身代わり人形の家

私には変わった友人がいる。友人いわく私の、もっといえば私の家族の方が変わっているのだというけれど、だって家鳴りだとか、人の声だとか、きっと近所の声や、家のきしみなんて気にしても意味のない事だし。普通、家鳴りが起きたからってすぐ怪奇現象に結び付けないのだと私は思う。とはいえ友人は……幼馴染でとても昔から頼りにしている。優等生だし、美女で、眼鏡。自分がもし男だったら絶対付き合いたい、うん、そんなタイプ。彼女は私の家にあるとある人形と会話ができる。もっとも、私たちの家族や家系も代々、母親の先祖から、ずっとその人形を神聖視していて、お仏壇のある部屋の、仏壇のすぐそばに、大切に置いてあるのだ。友人はその場所へ入る事が許されている、数少ない身内意外の人間だ。その部屋に入る時、緊張するのは、私より親友のほうだ。私は今日も、友人を家に招いた、学校帰り、2時間ほど居座ってからすぐ帰るのだけど、家が近所だし、私も友人がくると……あの子にとってもいいのかな、と思う、
「今日も行きたいの?ユリ」
「うん、トモ」
それは畳の部屋の座敷で、片側は押入れになっている、押し入れの扉が障子という変な部屋だ。私は、逆側の木の扉をひらき、ユリを催促し、部屋に入るようにうながした。
「こんにちは、カタナシさま」
もちろん、返事はない。あったら怖い、だが彼女には聞こえるという、心なしか、彼女がきたあとは、人形の顔つきがやさしくほぐれている気がする。
ユリは、初めは緊張しているのにものの5分と立つと、友人は人形とオシャべリを始める、家族のこととか、学校の事とか、まるでうちの家族と話すときのように、楽しく会話をする、それがおわると、その人形はうちでは「カタナシさま」と呼んでいる。その人形に呪術のようなものはかかっていないのだが、なにやらうちの家系や、もっといえば、この地域全体が、このカタナシさまから多大な恩恵を受けていて、大切に扱うべき品であり、魂のある人形なのだという。だから、私がその人形の世話をしている……。私は花を供えるし、毎日おじぎをするし、お供え物をすることもある。その作法は、祖父からきいた。だからこんなにフランクに話すのはどうなのか、と思うのだが、家族のものいわく、家の外の者は大丈夫らしい、私たちが失礼をしたり、粗末に扱うと、不幸がおこるらしいのだけど……。
「おまたせ、おぼんに乗せて来たから、でもこぼしたらおこられそう」
「大丈夫よ、私たち高校生なのよ」
今日は部屋を汚さないように、コーヒーを持ち込んでカタナシさまと友人とともにその部屋でティータイムをした、友人いわく、我が家のお人形さまは、今日はごきげんがいいらしいので、そうしてもいいといっている。家族全員、その手の感覚を持ち合わせていないので、友人の言葉は常に信用している、それで不幸が起きた事もないのだから、やはり大した友人だ。カタナシさまは、切り株の上のとても小さな座布団の上にちょこんとのっている。私はその前にマシュマロと、とてもちいさなカップにコーヒーをいれてさしだした。
「さあ、お召し上がりください」

「今日も人形にたとえている」
「またなんだ……」
彼女は常に、なにごとも人形にたとえる、ああ、彼女とは、人形の事だ、カタナシさまは、女形の日本人形だ、だけど瞳は青かったり堀が深かったり、奇妙な点もある。木製の人形で、ところどころ素人の人がつくったようなツギハギの目立つ場所がある。彼女はたまの来訪者や、友人が話す友達のことを家の人形に例えて話す事がある。
 友人いわく……例えば、あの人は、人形より綺麗だとか、人形くらい綺麗だとか、あるとき私の事はどうなの?ときいたら……。姉妹みたいなものだからそう聞かれても仕方がないって。私はあの人形にとっては姉妹なのだ、カタナシさまにとっては。「そういえば、」
「こんな会話も聞いているのかな?」
「さあ、お話できるんだから聞いているんじゃないかしら?私もそこまではわからないわよ、お話できるだけ」
「耳じゃなくて、感じるっていうのもありかもね」
「どうかしら」

親友はくすりと笑う。彼女はこの人形のいわれをしっている。代々我が家の……血筋に伝わる伝承。昔々、私たちの住む地域の信仰で、天災や飢饉などが当たり前に、もっと直接的に人間の身近にあったころ、ほとんどの人間は神を恐れていて、人身御供の儀式が行われた、この地域でいけにえとなったのが、若い少年少女たちだった。けれどそれはある呪術師の登場によって変わった。呪術師は、異国より現れて、一度も犠牲になったことのない家系の人間に呪いをかけた。以来その血筋の人間たちは“一切の不可思議な存在への感知・干渉の能力を失った”。

この話は、この人形もしっていて、よくユリに話をするそうだ。私はその話を彼女には話していないから、彼女は人形から聞いたことになる。あれは幼稚園の頃だった。そのころぼんやりと母や祖母から話に聞いていた話が、私の中で、自分の家系に関する過去と現実が……現実味を帯びるように変ったのは。
「トモちゃん、ユリね、人形ちゃんにきいたの、私のご先祖さまも犠牲になった人がいるって、でもね、この人形やこの人形の家族たちが身代わりになってくれたから、トモちゃんの家の人たち、ご先祖さまがこの人形を守っているから、もう誰も犠牲にならないんだって」

身代わり人形の家

身代わり人形の家

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-22

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