落ちないあざ

 家のどこかで、常に家鳴りがしていて、あるいはそれは物音で、きっと家人の心を一時も休ませる事はしないだろう。
「なぜ彼女は生き返ってしまったのか、その理由や事情は、自分の側にあるのだろうか、けれどもう、僕にはまるで関係がないように思える」
彼女は、僕にしがみついた、僕は、朝食を与える決意をする……彼女の目が死んでいるのは、彼女の瞳は、僕の瞳の鏡だからだ。彼女の……一度目の命は、一度目の人生は、はかなげな夏祭りの帰り道、弱い力で両肩をにぎった。
「来年もこよう」
自宅に彼女が訪ねてきたのは、テレビで繰り返しゾンビの増加が取りざたされるようになってからだ。
「最近の若い者はすぐゾンビになって、楽しい事ならたくさんあるのにね、何事もチャレンジよ」
彼女は3年前のあの日と何も変わらなかった。テレビの中じゃなく、自分のそばに非日常がやってきた、彼女は、どんな有名人よりも有名だ。生き返ったあとにも、優しい、枯れた声、干からびた皮膚と、向きだしの頬骨、腐った目玉で、こうつぶやいた。
「違う、あなたじゃない、あなたは、恨んでいないの」
町には死人があふれている、死んだように生きる人々、だけど彼女は生きていたのに、どうして死んだふりをしてよみがえったのだろうか、3年前に彼女は墓地に入った。そのまま死んでいれば、いい思い出だったのに。犬のように昂奮しているときもあれば、猫のようにおとなしい時もある、だから僕が変われば、彼女は変わるだろう、時に僕は彼女のそばで、読書をするのだ、首輪をつないだゾンビのそばで……。僕は彼女を居候させて、彼女の世話をする、彼女の意識は食欲の中にある、何かを食べた直後にこんなことを呟く。その部屋は、コンクリートがむき出しの部屋だ、そんな部屋が、この家のどこかにあったのだ、隠されていたのだ。それは彼女だけが知っていたのだ。
「私、今なら話せル」
食事の直後だけ、少しだけ意識がはっきりして、話せる事がある、それは生前の名残、しぐさや口調はそのままに、彼女は彼女らしく生きているのだ。
そしてつづけて要求する。
「私に復讐をさせテ、私を殺した人間ニ」
彼女は知らないのだ、一家は、無理心中だったことを、ゾンビ映画を見たせいで、街は死人にあふれたのだろうか、幸福と不幸は紙一重、ゾンビウイルスが蔓延したのは、きっと三年前のあの日から。

 僕は毎朝、ゾンビ増加率のニュースを見て、この世の中に絶望する。そしてパラレルワールドを夢想する。何があっても、変わらないんだ、変わる事は出来ないんだ。人が興味があるのは、自分の身近な人だから、だからパラレルワールドを想像する、ゾンビのいる世界で、彼女はよみがえっていて、きっと僕の家のどこかに居候をしていると、そのゾンビがほかのゾンビと違うところは、感情を持っている所なんだ。

 最後に強くにぎられた左手のあざが、消えない。緊急治療室で、彼女は僕の腕を握った。医者はそれを、反射だといった。いいえ、彼女は、生き返ったのだ。嘘つきに、人の感情はわからない。

落ちないあざ

落ちないあざ

ゾンビストーリー

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-20

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