セミとワンピース

 昨日の夕立によってできた道路の水たまりを飛び跳ねなかったら、その奇跡はおきなかっただろう。背の高いワンピースの女性に、飛び跳ねた泥がかかった。
「ごめんなさい」
「あ、こちらこそ」
僕は麦わら帽子を深くかぶり、ハンカチをさしだし、そのままにげさるように、林へと急いだ、それは祖父母の家の敷地の裏手にある林だった。ひる前までその林の木陰にいすわった、虫よけスプレーもあったし風もとおる、宿題はそこでやりたいくらいだった。さっきの長身のワンピースの女性が、麦わらをかぶってそこに現れるまでは、
「あ」
「あ」
ぎくっとして汗をながした、女の人はきまり悪そうに挨拶と一緒に名前をなのった。
「こんにちわ、わたしナナ」
「こんにちは、シローです」
「シロー」
「はい?」
意味ありげに笑う女性は、特に意味などないのだと首をふった。女性はここらに遊びに来ているのだといい、少し一人になる時間が欲しかったのだといった。僕は虫取りについて女性に詳しくはなしたが、あまり説明する必要もないほど、甲虫をとるのが上手だった、だけどトンボや、蝶には逃げられてばかりで、面白い人だった。
「あした、川へいきませんか?」
勢いあまって、そう話すと、女性はこんな風にいった。
「私、セミなのよ」
その意味はわからなかったが、そこではじめて、女性のめもとが腫れて化粧が落ちている事に気がついた、詳しい事は聞かないでおこう、と目をそらすと、女性がいった。
「君はいい男になるね」
ふりむくとすでにそこには、女性の姿はなかった、ただ、おごってもらった自分のコーラ、それから女性の分のサイダーは、手が付けられずにのこっていた。この思いでの気になる点は二つだけ、サイダーをあけるとき、自分の部屋で爆発音とともに中身が噴出したことと、その夜のこと、ワンピースを着たセミが夢にでて、デートをしたことだけだ。

セミとワンピース

セミとワンピース

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-18

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