四台精霊と亜人物語。(1)

「捨てるわけにはいかないんです。だけど、なんで家にあったのかわからなくて」
「その財布が?」
「ええ、幽霊の仕業だと思います、でなければ、おじいちゃんの形見は、あの日、たしかに棺桶の中にいれて、葬式の日にやいたはずですから」

ヨーマ食堂ウェイトレスのレドは今年で19になる。
「また厄介ごとに巻き込まれるのか」
というと、会話の相手は、汗をかいていた。幽霊と聞いて思い出すのが、あの青い夜の出来事。死のうと思ってでかけた、自殺の名所の湖、空までも湖の青に包まれて、天さえ飛び越えるほどに沸き上がった水流は、神秘的な姿ーー大きな人ような形状を形づくり、彼はその中で呼吸をしていた―—そんな空想。

そのころ別の場所では、それはある地下空間だったが……4人の若い人影、膝まですっぽりと覆うまるで、てるてる坊主のような、あまがっぱのようなフードつきの長いコートの格好をした格好から……男女各二人と見える人物が、左右の扉つきの壁をよこにして、正面を向き、壁に面した最奥のつきあたり階段つきの、小高い段上の上の、祭壇のようなものをたたえている個所に、そのそばの椅子に腰かけていた老人がいた。その老人にむけて、4人の男女は、それぞれ棒立ちしていて、まるで判断を仰いでいるようだった。老人はたちあがり、一言彼等につげた。
「まだ何も知られてはいけない。アズカ教のことを……」


食堂のスタッフ専用の廊下では、さっきの会話が未だに続けられていた。どうやら少女が、レドに相談をもちかけていたようで、ロッカー室の入口の傍らで、もじもじと会話をしていた。
「祖父は、彼は、魚人なんですか」
「さあ、そこまではいわないけど……僕、たしかに霊能力探偵……を名乗って入るけど、まさか、それは裏アカウントの事だしまさか君にばれるとは」

君……とは、彼の目の前にいる、髪の毛がくせっけの、むくれっつらをしている、眼鏡をかけた、たれ目の背の低い美少女のアイナ事だ。彼女は勤務先の後輩なのだ。

「先輩!!先輩ならどうにかしてくれるって、アスカ先輩にきいて」
「ああ、わかった、わかったよ」

レドは少々面倒くさいと思っていたが、SNS裏垢の事が人質に握られているようなもので、後輩のアイナにばれては仕方がない、時刻は8時、仕事おわりだったのでその場所を見に行くことにした。車を運転しながら、彼女に、彼がしている探偵業の概要を説明し始める。

「まあ、おかしいと思わないできいてくれよ、四大精霊って知っているか?」
「ああ、ファンタジーとかで!!サラマンダーとか、ありますよね、サブカルは得意分野です!」
とかなんとかいって、彼女はスマホをとりだして、流行りのソーシャルゲームカンパスのアプリ画面を開いてミラー越しにみせた。
「あ、ああ、そうなんだけど、おわっ」
「そ、そこです、私の家」
「いや、そうじゃなくて、今の車……すごい水」
「え?先輩、わかりませんよ」
「うん、まって」
レドはすぐに会社の車を近くに止めて、その舗装された道路へ近寄った。さきレドがみた軽自動車、青いやつだったが、そこからすごい水しぶきがあがってみえたのだ。
「本当だ、道路が水浸しだわ、私の家の前で、あっ!!」
「どうした」
「車がない、私の青い車!!先輩!!どうしよう!!」
レドは冷や汗をかいた。まさか、自分が四大精霊ゲートのオカルト都市伝説を信じていたがゆえに、裏稼業の探偵業がうまくいくとも思わなかったし、
まさかわざわざ自分のリアルでの知り合いの中で、その事件に片足を突っ込んでいたものがいるとは……その時までは考えもしなかったのだ。

彼女の家に案内され、通されたのは、リビングだった。綺麗に整頓された本や食器類がところせましと、ガラスアイナにソファに座るようせかされ、彼はここにくるまで、車の中で、後輩の——アイナに説明したことを再び説明し始めた―—
「死にかけの甲虫だ」
「!?どこ!?」
「財布の中だよ、これは、エサだ」
「エサ?」
財布は一部がまるで何かに食べられたように腐食し、削れていた、その箇所から、財布の形状にあわせたように、財布の質感をたもったまま、命を持ったように甲虫型の《生物もどき》がふってわいてくる、レドいわく、確かにアイナが遭遇したものは、この世ならざる世界のものだという、そしてそれは、死者の魂を媒介にして、生前大切にしていたものを餌としてくらい、完全に食らいつくしたとき、異形と化す、そうなれば、それを止める事ができるのは、死者の死の直前に感じた《願い》のみ。
「なあ、アイナ、ここからは君がかかわらないほうがいい、とはいいたいが、無理なことなんだ、君はすでに危険な立場にある」
「え?、どういうことですか?」
「サブカルチャーじゃないんだ、ラノベの中でもない、これは現実なんだ、いいか、俺だって平凡な、冷めた目をして、ただ裏垢で中二病演じて遊んでいただけだったんだ、最初はな」
「最初は??」
「あったんだよ、都市伝説も、幽霊の世界も、そして、都市伝説から生まれた怪物も、確かにいたんだ、それに対抗する組織も……」
ガチャ―ン、まだ話の最中だった、玄関の近くで音がした。二人はキッチンをこえて、家の正面からみて、さらに奥の一番右端に位置するリビングにいた。はあ、と、タイミングを合わせたように溜息をつくレド。その真正面、丁度アイナの死角になっていた場所には……サングラスをとりかけた。これもまた背の低い、金髪のグラマラスな、小さなケースを抱えた、スーツ姿の褐色美少女がいた。それはまるで映画の一瞬をきりとった場面のようだった。第一声が
「ガラスわっちゃった」
だったという事以外は。彼女はつかつかと、そのままアイナの前に、カーペットへ土足へふみこんで、こういった。
「見たくないものを見る覚悟がある?あなたがこれから見るものは、異形、これまでのあなたの知る誰かでも、家族の誰かが、これから知るべき誰かでもなく、誰もしらない、異形なのよ」

四台精霊と亜人物語。(1)

四台精霊と亜人物語。(1)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-16

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