連載 『芥川繭子という理由』 71~75

時枝 可奈

  1. 連載第71回。「繭子、最後のインタビュー」 9
  2. 連載第72回。「繭子、最後のインタビュー」 10
  3. 連載第73回。「エンディング」 1
  4. 連載第74回。「エンディング」2
  5. 連載第75回。「エンドロール」

昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。
自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、
こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。
既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

連載第71回。「繭子、最後のインタビュー」 9

2017年、3月。



-- 色々と話が途中で止まってしまっていますが、クロウバーの件は今は少し置いておくとして、冷静に話を遡れば、竜二さんの言葉を聞いてもらった所で、ストップしています。
「うん…はい」
-- だけどタイミング的に、一度そこで誕生日の映像を見せてくれたのは、繭子なりの理由があっての事なのかな?
「はっきりとした意図があったかっていうと、こうしたいとかこうして欲しいみたいなのはないんだけど、今日色々話してみてさ、思ったのがね。今の私と、今の皆の関係性というか距離感の話をした時に、正確な理解を求めるのはきっとこれは無理なんだろうなって思って」
-- あー(笑)。
「別にそれって私の話し方が下手だからとか、トッキーの聞き方が悪いとかじゃなくて、もっと別な所に理由はあるって思ったんだ」
-- うん、うん。あー、でもインタビューの限界を感じちゃうなあ。
「いやいや、ううん、話をしていく上で整理出来て伝えられた事って一杯あったんだけどね。でも自分でも感覚的な部分でしか処理しきれてない思いもあったりするからさ、話をする苦労っていうのも、あるなあと」
-- うん、凄くよく分かるよ。
「本当今でも、彼らの前に立った時に私がどういう感じになっちゃうか、当たり前のようにどうなっちゃうか、言葉で言うよりかは見てもらった方が伝わるかなーって」
-- なるほど。
「それを言葉に置き換えるのがトッキーの役割なんだろうし、うん。…もちろん、単純に見て欲しいとか見せびらかそうっていう思いもあったし」
-- なるほどね(笑)。私は今日、繭子の口から、繭子自身がどういう思いでドラムを叩いているか、自分がどうありたいかを聞いたよね。それを受ける形で竜二さんのインタビューを見てもらったわけだけど、時期的な話をすれば、今日繭子の話を聞くもっと前に、彼らは3人ともが同じような発言をしているんだよね。
「うん、うん」
-- 改めて、皆の気持ちを知って、繭子はどう思う?
「どう、かなあ」
-- 色んな意味で衝撃的だったと思うんだ。
「うん」
-- 私が彼らからこの話を聞いた切っ掛けって、実を言うとたまたまなんだよね。
「そうなんだ? 聞こうとして聞いたわけじゃないんだ?」
-- 想像もしてなかったよ。大成さんがね、話の切っ掛けをくれたんだけど。
「へえ、どんな?」
-- 『10年前に自分が何を考えてかなって振り返った時に出て来るのは、繭子の事なんだ』って。
「…」
-- まあ、そういう感じになるよね。私もびっくりしたし意味が分からなくて、時間を掛けて話を聞くうちに、ようやく理解が出来るようになった。その後はもう、自然な流れで皆、繭子の事を話して聞かせてくれた。
「そうなんだ」
-- 今までそれを皆が口にしてこなかった理由は分からないけど、彼らの話を聞いて変だなって思う事はなかったし、とても自然だった。だけど、今日繭子の口から、自分を理由にして欲しくないっていう言葉を聞いた時、目から鱗が落ちる思いがしたのも事実なんだよね。
「あはは」
-- 凄いのはさ、彼らの根底にある大事な思いや理由の、その具体的な詳細を知らずに、彼らを見続けた繭子の口からとても的を射た言葉が出て来た事だよね。
「そーお?」
-- うん(笑)。
「でも私、そういう意味では全然意識はしてないよ。今、具体的な詳細って言ったけどさ、わりと衝動的な感覚なのかなって思うんだよ。今はまだ竜二さんの言葉しか聞いてないけど、翔太郎さんと大成さんも同じような発言をされてるんだとしたら、…うん」
-- 衝動的? うーん、どうだろう。勢いみたいな事?
「練りに練った計画とか、温めて来た計画とかそういうんじゃなくてさ。もちろん当時の思い出とか、どういう話し合いを経てまた彼らが立ち上がったのかとか、そういう一つ一つのエピソードを聞くと、ぐーっと、胸が締め付けられるような喜びや感謝は私にだって当然あるよ。でも…これ自分で言うのは気が引けるけど、彼らが誰かを見て、例えば私を見て、その人の事を考えた時に『よし!こういう風にしよう!』って」
-- うん、うん。
「今大分簡略化して表現してるけど(笑)、うん、そういうのって閃きに近いと思うからさ、それって衝動って言って良いんじゃないかな」
-- 全部が全部、衝動的とは言えないんじゃないかな。もともと、繭子に対して考えていた配慮とか思いやりは、当時皆の中には既にあったからね。
「そうなんだけど、でも思い描いたままの形というか、流れというか。そのままの通りにはならなかったでしょ? お前が言うな、お前のせいだろって話なんだけど(笑)。だけどそれはやっぱり、後になって、あん時実はこういう風に考えてたんだよーって、なかなかそれは皆の口からは言えないと思うけどな。思い返して打ち明けるような、そういう発想にすらならないと思う」
-- そういう意味じゃあ、確かに今のこの結果というのは、計画通りではないもんね。
「計画自体があったのかっていう、そこもよくは知らないで言ってるけどね(笑)。でも、よく言う条件反射的に考えがパッと浮かんでさ、もうその通りにしか動けないぐらいの突進力がある人達だもんね。今回その中心にいたのがつまりは…私だったのか?っていう話なんだけど。そうだとしてもさ、あえて私の肩を叩いて、実はあの時俺達はな~って、それは言わないよ、言わないって(笑)」
-- あははは!うん、まあ、そうなのかなあ、そういう風に言われちゃうと。
「私はそれを聞きたいとか思う前に、そこに秘めた気持ちがある事すら知らなかったわけだしね。だから、私を理由にしてほしくないって言った事だって、別に彼らの思いを感じ取ってたから言ったわけじゃないもん」
-- ああ、そっかそっか。
「うん、全然…なんていうか、普段から皆ちょっとそういう所あるから。それは私だからっていうより、とても人として優れたバランス感覚を持ってる人達だと思うからさ。何度も言われてきた、『鬼畜』だとか『鬼気迫るような練習』をやった直後にさ、絶対いつも『帰りはどうするんだ?』って聞かれるし、トッキーもそうだったでしょ」
-- うん、それはもう、今でもそうだもんね!
「でしょ。この後用事があるのか、別の打ち合わせでどこかへ出かけるのか、帰るのか、帰るのならどうやって帰るんだ、タクシーか、送って行こうか…そういう事を当たり前の顔して言える、行動出来る人達だったでしょ?」
-- うん。
「でもそれって、全然当たり前じゃないよね?」
-- 絶対違うね(笑)。こんな人達いない。出会った事ない。
「私もそうだと思うんだよ。あれだけ、非現実的な絵面になる程、誰にも真似出来ない演奏と歌を武器に戦ってる彼らが、人としての優しさとか普段通りの自分達を見失わずにいられるって、物凄いバランス力だなって、私には思えるんだ」
-- 普通もっと極端な人間になりそうだけどね。あれだけ振りきれたパフォーマンスが出来る人達だと。
「そー、そうでしょ? でも思うのは、私が余計にそこを引きずりだしてる部分もあるんだろうなって」
-- そう?
「私、そういう所慣れないからさ。なあなあで、じゃあ今日も(車に)乗っけてってくださいよーって、言えないんだよ」
-- あー。
「だから10年経った今でも変に気を使わせてさあ。申し訳ないと思ってるんだけど、だからこそずっと慣れないんだよ」
-- うんうん、でもそれは、ある意味正しいかもしれないよ。
「そうかな?」
-- そこで慣れ慣れしく接する事の出来る人の強みっていうのもきっとあるし、その方が気楽だって思われる可能性もあるけど、でも繭子にそれは似合わない気がするな。
「似合う似合わないは分からないけど(笑)。でも、何事においてもあの人達ってそうでさ、もの凄く気をつかってくれるし、優しいんだ。だけど私としては、本当はそういう目線で私こそが彼らを見たいのにって、ずっと思ってた。なーんにも気にしないで好きにやってくれたらいいのになって、思ってる」
-- 年もキャリアも下だし、尊敬も愛情もあるわけだからね。
「そうそう、そう。なんなら運転手になって送り迎えだってしたいくらいだよ(笑)」
-- あはは、うんうん、気持ちとしてはね。
「本気だよ? っはは」
-- でも、まあ、だからと言って昔に逆戻りされても困るでしょ?
「ん?」
-- 昔みたいに大暴れするようなシーンはもう見たくないでしょ?(笑)
「喧嘩? それはそうだね。でも極端な言い方をすればそのぐらい、後先考えない無鉄砲さを持ってる人達だっていうのを知ってるから余計に、気を使われる事に対して恐縮する面もあるんだよ」
-- ああ、うん、そうだね。
「揉め事は不安になっちゃうから勘弁願いたいけどね、でも…」
-- …でも?
「こういう言い方は誤解を招くって分かってるけど。例えばそれで、ステージ上の彼らのパフォーマンスが更に向上するっていうなら、日常生活のあれこれは全部私が面倒見ますって言えるくらい、適当にやって欲しい思いもある」
-- フーウ! それは凄いね!
「病んでるかな?」
-- それはだって繭子の正直な気持ちだもん。他人がどうこう言える話じゃないよ。
「そっか。だからね、私が思ってたのは、その時、あの頃、彼らが私の何を見て、どう思って、何を考えていたのかっていう事も大事な事なのかもしれないけど、そこは私自身にはずっと見えない部分だったし、想像もしてなかった。私は私の目を通して彼らを見て、どう思ってるのかって、どうしたいのかって、ずっとそこを大切にしてきたんだよ」
-- うん。
「だからもちろん、私を生きる理由にしてほしくないっていうのは、皆の愛情の中心に私を置かないでくれとか、そういう高慢チキなことが言いたいわけじゃなくて、そんな安い理由で生きてほしくない程皆の事が大好きだって事が、言いたいんだ」
-- 分かるよ。繭子は全然安い理由じゃないけどね?
「あっはは、うん、言い過ぎたね。でも言いたい事分かる? 生きる目標が私だーとか、私の為にーだとか、そういう事を思われてると想定して言ってるわけじゃないんだよ。もっと手前というか、もっとそれ以前に、もうさ、私の事なんか彼らの行動の、判断材料にすらして欲しくないって事なんだよ。だって出会えた事はもちろん…バンドに入れてもらえた事が奇跡だし、一番辛かった時期に側で支え続けてもらえた事だけで私は…あああー、ごめん」
-- ううん、謝る必要なんてどこにもないよ。無理にだって話さなくていい。
「うん」
-- 自分のペースで話して。ね。
「うん。…うん、もうそれだけで私は誰にも負けないぐらいの幸せを、感じる事ができたわけだし…さ、ああー、どうしよ」
-- うん。繭子、私聞いてるからね!ちゃんと聞いてるよ!
「うん。…普段、あの人達が見せる人としての強さとか、優しさに対して、…私はずっと! もう甘えちゃいけないだろ!って、そういう思いがあった。これ以上優しくしてもらう必要なんてないって」
-- うん。
「だってさぁ。…もう、彼らこそが!もっともっと!最っ高に幸せになるべき人達なんだって私は本当にそう思ってるから!」
-- …。
「あの人達は絶対に幸せになんなきゃ駄目なの!そうじゃなきゃおかしいよ!そんなの不公平でしょ!?」
-- …。
「どれだけ彼らが頑張ってきたと思う? 今日までずっと死ぬような思いで!どれだけ愛して!どれだけ失って!どれだけ泣いてきたと思う!? アキラさんが亡くなった時、ずっと私に寄り添って支えてくれた彼らの温もりが、どんどん冷えきっていくのを何も出来ずにただ眺めてた!なんでこんな事になるの!? あんなに優しくて!あんなに素敵な笑顔だった彼らがなんでこんな目にあうのよ! 今、私は、彼らが私に対してどんな思いを抱いていたのかを知った所で何も変わらない! 私は絶対にあの人達を、絶対に幸せにするの! 私はこのバンドに入るんだって決めた時自分に誓った。彼らが世界に行く為なら例え私はどうなったって良い!どうなったって構わない!この気持ちは絶対に変わらないの!」
-- うん。
「それが、私だから」



PA室の小型冷蔵庫の上には小さな食器棚があって、上には伊澄の煙草のストック、中にはメンバーが使うグラスやマグカップ等が収納されている。
そこから二つ透明なグラスを出してテーブルに並べると、一つには半分、もう一つには三分の一程の量、メーカーズマークを注いだ。そして繭子は自分の方へ半分入ったグラスをスライドさせ、少ない方のグラスをお酒の弱い私に手渡した。
兄弟盃みたいだね、と私が言うと、繭子はピンと来ていない曖昧な笑みを浮かべて、左目の涙をぐっと拭った。
繭子の叫びを聞いたのは、これで二度目だなと思った。取材初日に炸裂した彼女の純粋な怒りと、今改めて閃光のように目の前で瞬いた彼女の誓いは、全く同じ物に違いないと思った。愛する者達を覆い隠す不幸という夜を憎み、輝ける朝へと導きたい彼女の全身全霊の願いだ。
何故かここへ来て、私は伊澄の言葉を思い出す。

『あいつはあんたが思ってるよりずっと凄いんだぞ』

確かにその通りだと、枯れない涙を拭いながら改めて思う。
今日、繭子は言った。
善明アキラの死を前に、彼女もまた彼女なりに辛かったのだと。
言葉で言えば平坦に聞こえてしまう経験も、彼女の胸の内には怒りと愛情が痛い程に渦を巻いていたのだと伝わって来た。
彼女が善明アキラから貰ったもの。
池脇達から貰ったものに思いを馳せればすぐに分かる筈だ。
辛いとか、悲しいとか、寂しいだとか。
到底そんなシンプルな言葉で表現できる感情ではなかった筈だと。



キン、とグラスが音を立てる。
「飲んだ事ある?」
とても静かな声で繭子が言う。
すぐには言葉が出て来ず、私は首を横に振って応えた。
「舐める程度にしておいた方がいいよ。本気で強いからね」
彼女の忠告を受けて、私は思い出し笑いでニンマリと顔を綻ばせた。
「何?」
-- ファーマーズ。
「…ん、ああ、アメリカで? なんか懐かしいな」
ひとくち口に含んですぐ、その香りだけで頭がグラグラと揺さぶられるのが分かった。
これはさすがにグラスの3分の一ですら飲めないと悟った。
「無理しないでよ(笑)」
-- ごちそう様。
「なはは。でも、いいタイミングでこれ、手元に来たもんだよね。そういう所もさー、尊敬する。本当に、思ってる以上に色々考えてくれてる人達なんだよなあーって、心からそう思うよ」
-- うん。…ちょっと、私が話をしても良い?
「いいよ、もちろん!」
-- (笑)、今ふっと自分の中で繋がった話があって。翔太郎さんから聞いた話なんだけど、さっき繭子が教えてくれた『大好きな話』がね。
「聞いた事あったんだ?」
-- ううん。思い出の話を聞いたわけではなくて、何て言ったらいいかな、翔太郎さんの、癖というか、症状というか。
「症状!? やめてよ病気みたいな言い方するの!」
-- いや、えっと、自分でもよく理解が出来てないから、まだ採用するか決めかねてる話だったんだけどね。別に怖い話じゃないよ、表現の仕方がうまくないだけで。繭子も聞いた事のある話かもしれないしね。
「何の事?」
-- 『この40年の中でも数回しか経験した事がないんだけど、俺、自分の頭の中で、キーン!って音が鳴り響く時があるんだ』って。
「…知らない。…怖い!」
-- あはは、何でよ(笑)。
「幻聴とか、耳鳴りみたいな事?」
-- 本人は違うって。耳じゃなくて頭の中なんだって。まあ、幻聴に近いものなのかなあ。感情が昂った時に体の中の空気が張りつめるようになって、最後にキーン!って響くんだって。時間にすると1、2秒で、痛みもなくすーっと消えていくんだけど、確かに聞こえるんだって。
「感情が昂った時?」
-- 一番最近その音が聞こえたのは、ここでURGAさんが『地平線にて』を歌い始めた瞬間だったって。
「へえ、知らなかったぁ」
-- うん。40年で数回ってレアな経験なんですね、って言って。そのURGAさんのコンサートの後に聞いた話なんだけどね、ちなみに前回っていつだったんですか?って聞いたら。
「うん」
-- 前回どころか全部覚えてるよって。
「あは、うん(笑)」
-- 『誠がモデルを始めた時』『繭子がデカい箱で叩いた時』『大成と織江が入籍した日』『URGAさんがここで歌った時』この4回なんだって。
「4回しかないの?」
-- うん、そうみたい。私それを聞いたのって渡米前だからさ、皆の事よく知らないの。考えてみればあの人にとって、その4回以上に心を強く揺さぶられた日や、そういう時代が一杯あったよなって思っちゃうんだけど、でもウソをついてる感じもなかったし、隠してる風でもなくて。
「へえ、面白いね、何でその4回なんだろ。大成さん達が入籍した日やURGAさんが歌った日はなんか、感動とか、感極まった状態が理解できるんだけど、私と誠さんは何だろうね」
-- だからそれが。
「ああ!その日なんじゃないかって? 駅のホームで見た誠さんの笑顔が?」
-- そうそう。どうだろうか。
「わー。だとしたら泣いちゃう」
-- あはは。
「笑うな」
-- ごめん(笑)。
「この話はさ。私の想像でしかないし、勝手に何盛り上がってんだってきっと言われるんだけどさ。誠さんの聞こえない『ただいま』を聞いて彼女の笑顔を見た時に、…いやー(涙を堪える)」
-- うん。
「たった今も病院で戦ってる幼馴染の猛烈な命の炎とさ、今まさにこれから燃え上がろうとする誠さんの命の炎を感じてさ、泣けて声が出せなかった翔太郎さんの気持ちを思うと、たまらないんだ。全然、理解しているとは思わないんだけど。私実際に昔翔太郎さんが住んでた部屋知ってるけど、本当に駅から近いんだよ。雨が降ってようが全然走って帰れる距離なの。でも、軽い足取りで、いつも通りスムーズに動けない何か心の引っ掛かりのような物があって、無意識に、当時の翔太郎さんの日常生活に影響してたんじゃないかな、とか。理由も分からず真夜中の駅で動けなくなって、煙草吸って気持ちを落ち着かせてたんじゃないのかなとか。その時の翔太郎さんは、どんな事を考えていたんだろうかとか。私この話大好きだけど、いっつも叫びだしたい感情にもなるんだよ」
-- うん。そう思うとたまらない気持ちになるね。
「誠さんを守ろう、って。そう思っただろうなあって」
-- キーンって、聞こえてたのかな。『燃えている命のようだった』…かあ。時系列的に言って、初めてその音を聞いたのがその晩なんだとすると、翔太郎さん自身戸惑いもあっただろうけど、でもなんか、翔太郎さんらしいエピソードだと思うな。さっき繭子から話を聞くまでよく分かっていない部分があったけど、きっと、そういう事だったんだよね。
「そうかもしれないし、そう思いたいよね(笑)」
-- でも絶対、翔太郎さんは苦笑いして、「はあ?」って言うだろうね。
「間違いないよ(笑)」
-- あはは。
「あのー…昔さ」
-- うん。え、結構飲むね(笑)、平気なの?
「え? あー、分かんない」
-- ちょっと!
「話変わるんだけど、昔さ、私竜二さんに聞いた事があって」
-- うん。
「翔太郎さんにこれだけは勝てない、大成さんにこれだけは勝てない。だけどこれだったら俺は誰にも負けない。そういう部分ってありますか?って」
-- インタビュアーみたい!結構突っ込んだ話聞いてるじゃない。
「ううん、私がバンドに入りたいってお願いした時の話だから、そんな気の利いた質問って事でもないんだよ」
-- えっと、それって。
「えー、土下座DAY?」
-- お、おう。
「そ」
-- 竜二さんは、何て?
「『勝てないと思った事は一度もねえな。そもそも勝つも負けるもねえよ。やると決めた事は終わりまでやる。そうと決めたら絶対にやる。ハナっからそういう生き方をして来たんだ。そんな奴が俺の他に3人もいて、同じ方向向いてんだから』」
-- (息を呑む)
「だから、何も怖いもんなんてなかったって。私さぁ…」
-- …。
「…もう、勘弁してよー。…見えてますよ!(笑)」



驚いて振り向く。
スタジオ入り口のドアを少しだけ開けて(いつぞやのURGAのように)、池脇竜二が覗き込んでいるのが見えた。無意識に時計を見やる。時刻は午後、4時43分だった。
ニッコリ笑って彼がドアを開けた時、私は、この旅の終わりを感じ取った。
毛穴が開いて総毛立ち、全身に力が漲るのを感じた。
やはり、私はドーンハンマーが大好きだ。
この人達と共にどこまでも行きたいと思った。
彼らの笑顔と、歌と、音を届ける為なら寝る時間も遊ぶ時間もいらない。
私はやる。
そうと決めたから。
最後まで絶対にやる。
池脇竜二の顔を見た時、私はそう誓っていた。



芥川繭子(M)×池脇竜二(R)。

-- お疲れ様です。
R「お疲れさん」
М「ありがとうございます。…わざわざ」
R「礼言われるような事じゃねえさ」

いつもと変わらない池脇の明るい笑顔とその声に、
何度も頷き返す繭子の目から無意識の涙が零れる。

R「良い香りがすんなーと思ってよ」
M「はい(自分のグラスにメーカーズマークを注いで、彼に手渡す)」
R「…翔太郎か?」
M「はい」

繭子の震える声に、私までも奥歯を噛み締めてしまう。
仕事上、『琴線』という言葉を私もよく使う。だが今思い返せばその言葉を用いる時、そこに普遍的な意味合いを持たせて使っている事が多かったように、自分では思うのだ。例えば「かつてない程多くの者の琴線を震わせるであろう、郷愁を滲ませた泣きのギターソロ」と言った具合にだ。だが考えてみれば本来そんな事はあり得ないわけで、心の奥底に秘めたる柔らかい部分も、そしてそこに触れる何かも(あるいは音楽も)、普遍的では決してない筈なのだ。生きる人それぞれに思いと願いがあり、それぞれの柔らかい部分を抱えて暮らしている。
例えば涙。私が不様に垂れ流してきたその涙に関して言えば、時枝にとって琴線に触れるものは伊藤織江であり、伊澄翔太郎だという事になる。彼らを見ているだけで私は涙ぐんでしまう。伊藤織江にとっての関誠。関誠にとっての神波大成。神波大成にとっての善明アキラ。池脇竜二にとってのURGA。伊澄翔太郎にとっての麻未可織。
誰が一番好きだとか、もちろんそういう区別ではない。相手の事を思う時無条件に心が震え、意図せず涙が流れてしまうような関係。そして芥川繭子にとってはそれが、池脇竜二であった。

-- 竜二さんで、最後です。
R「何が」
-- 皆さん、来てくださいました。
R「っは!もっと声張れよ!(笑)」
-- 皆さん、本当に素敵です!本当に凄い!
R「休みの日にスタジオに顔出しただけでこの言われようだぜ? なんだあ?」

普段なら一緒になって笑い飛ばす繭子の頬が赤く染まり、
返事の代わりに大粒の涙がその上を流れた。
池脇はそれが見えていないかのような笑顔で、彼女の手元を見やる。

R「お前のは?(グラスは?)、飲もうぜ!」

気持ちを立て直せと言わんばかりの池脇の声に、繭子は気丈に顔を上げる。

M「…あー、じゃあ、トッキー全然飲めないんで、これ(使って)いいかな?」
-- どうぞ!
R「じゃあまあ、そういう事で。お疲れさま」
M「ありがとうございます」
-- 今丁度竜二さんの話してました。
R「俺もちょうど繭子の事話してた」
M「誰とですか!?」
R「大成」
-- どこでですか?
R「どこ!? どこって、電話だけど」
-- ああ、そうなんですね。
M「改まってなんの話ですか?」
R「顔出すつもりなら早く行かねえと繭子べろんべろんになるぞって。翔太郎が酒持ってくつって悪ーい顔してたからって言ってて。なんでお前がそんな事知ってんだって聞いたら、誠から電話あったんだってよ。まだ病院にいるから、肉まんを買いに寄る時間がありませんっつって。その横で、酒で良いんだよ酒でって言ってる翔太郎の声聞こえて、ああ、これはマークだって(メーカーズマークの意)」
M「(笑)」
-- 電話なのに『悪い顔してたから』って言われようは酷いですね(笑)。
R「見なくたってそんくらい俺にも分かるよ」
-- やはり事前に、皆さんが順番に顔を出される事は相談されていたんですね。
R「相談って程でもねえよ。織江がな、昼飯ぐらいは用意するべきだよね?って言ってきて。それを俺に聞くか?って話になってさ、たまたまウロウロしてたあいつら捕まえて、どうなのよ、そうなの?って」
-- 相談してるじゃないですか!(笑)
R「ここんとこ引っ越し作業や打ち合わせばっかでよ。練習出来ねえくせに顔だけは合わすもんだから気が付きゃ何かとダラダラ喋ってて。な?」
M「はい」
R「その流れだよ」
-- あまりそういう事をされてこなかったようなので、今という節目に相応しい時間なんじゃありませんか?
R「何が」
-- 落ち着いて話をする、という何気ない日常です。
R「どうかな。練習してる時の方が喋ってる気はするけどな」
-- でも練習時間が長ければ長い程、あるいは下らないと思えるかもしれない、貴重なお話をする時間って減るじゃないですか。
R「いや、だからそういう話をしなくたってよ、演奏しながらどういう動きをしてるかとか、どういう顔をしてるかってのを見てる方が、ただ喋るよりも俺は色々と見えてくる気がすんだよ。…クサ! 繭子!?」
M「私は何も言ってません!」
-- なるほど(笑)、よく分かります。
R「(笑顔でグラスをグイっとあおる)」
-- うわ、水みたいに飲みますね!
R「ああー!きっつ!美味い!普段なかなかこんくらいの度数行けねえもんな、あー、美味い、クソ美味い!」
M「(嬉しそうな笑顔で、グラスにおかわりを注ぐ)」
-- そういう飲み方するお酒じゃないですよね(笑)。
R「最初だけな、乾杯だから。…だからよ、どうすっかなーって俺も一応考えたんだけどよ。何も思い浮かばなくてな、繭子」
M「何がです?」
R「差し入れ」
M「いりませんよ!(笑)」
R「そう言うとは思ったけどよ、大成にしろ翔太郎にしろ手土産持って来たんだろ?」
M「わざわざ顔を出していただけただけで感謝です」
R「いやいや、考えてみりゃさ、繭子あっての企画だったもんな、この一年」
-- それはまあ、はい。
M「コラっ」
-- コラじゃないよ、本当にそうだったじゃない。私がそれを完遂出来なかったというか、初志貫徹出来なかったせいで皆さんを巻き込んだ流れになってはいるけど、もともとは確かに、芥川繭子さんの目を通して世界を見るって、そういう話だったもんね。
R「どういう流れになったにせよこの一年時枝さんに追っかけてもらった毎日は、考えてみれば繭子あってのもんだったと思うからよ、せめて最後の日くらい差し入れでもしなきゃバチがあたるぜって、考えてはみたんだけどなあ」
-- そんなに眉間に皺寄せなくても(笑)。
R「全然思い浮かばねえの」
M「(笑)」
R「それこそ甘い物だ、酒だ、食いもんだってのは他の奴らが済ませちまっただろうし、あとこいつの好きなもん、欲しいもんてなんだよって考えても分からねえの」
M「『アギオン』です」
R「お前それしか言わねえもん(笑)」
-- あははは!
R「だからとりあえず、ここに来て顔見てから考えようかなって」
-- 愛がありますね。
R「そんな大した話じゃねえよ。10年一緒にやって来てなんで好きな物の一つや二つ言えねえんだって、そっちの方が問題だろう?」
-- その発想が既に、愛で溢れかえっています。
R「相変わらずだな! 何言ってもそれだよあんた!」
M「(手を叩いて大笑い)」
-- どうしましょう。このまま続けて良いんでしょうか。それとも皆さん同様、休憩にしましょうか。
M「私はどちらでも」
R「どういう意味だ?」
-- 皆さん口を揃えて、話をしに来たわけじゃないからと、早々に帰って行かれたので。
R「気ぃ使ってんのかな? そっか、どうすっかな。別に俺は最後までいる気だったぞ、邪魔じゃなければ」
M「良いんですか!?」
R「今から予定があるわけじゃねえしな。時枝さんに任せるよ。あんたなりの締め方をちゃんと考えてあっただろうからな」
-- ありがとうございます。ですが、私もいて欲しいです。
R「そうかい? なら最後まで付き合おうかな」
-- 繭子は平気なの? 竜二さんを目の前にして話し辛いような事はないの?
М「話し辛い(笑)」
R「おいおい」
M「でもいて欲しい。一緒に話がしたい」
-- うん。
R「本当か? 気を使って言ってんならやめろ? 俺がいるせいで答えが変っちまうようなインタビューになるんなら、この酒くすねて帰るから」
M「(肩を揺らせて笑う)」
-- 余ったら取りに来るって翔太郎さん仰ってましたよ。
R「あいつが一旦出したもん下げに来るわけねえだろ」
M「っは!(笑)」
-- あー、確かに!
R「どうなんだよ(苦笑いで繭子の顔を見る)」
M「ええ?」
-- 大丈夫だと思いますよ。今日は朝からずーっとお時間を拝借して、最終日に相応しいお話が聞けたと思っています。今はただもう、終わりが来るのを避けているような物です。
R「へー」
-- へー(苦笑)。
R「俺の話って何だったんだよ」
-- ああ、はい。それは繭子の口から。
M「言い辛っ」
R「すげえな、すげえザックリ話振るな」
-- あれ(笑)。
M「まあ、私から振った話ではあるんですけどね。その、皆の前で土下座した日の話を、丁度してたんです」
R「前のスタジオの?」
M「そうです。その日に皆と待ち合わせして、まず最初に現れたのは竜二さんでした」
-- へえ。
R「あー(思い出しながら頷く)」
M「覚えてますか? 私、竜二さんに聞いたんです。『翔太郎さんにこれだけは勝てない、大成さんにこれだけは勝てない。だけどこれだったら俺は誰にも負けない。そういう部分ってありますか』って」
R「お、…ぼえ、てる」
M「覚えてない!(笑)」
-- (手を叩いて笑ってしまう)。
R「それは何、お前が俺に聞いたってのか? その日?」
M「今そう言ったじゃないですか(笑)」
R「…へえー。何て答えてた?」
M「今、今の竜二さんなりに答えてみてくれませんか?」
R「うーん(腕組み)」
-- 繭子は会っていきなり、それを聞いたの?
M「会うなり…、そうだね。そうかも。その何日か前にスタジオで、皆の前で頭下げてお願いはしてるからさ、早く本題に入りたいっていうのもあって」
-- ああ、うん。その間繭子の中では心変わりとか全然なく?
M「なく」
-- きちんと親御さんとは話をしたわけでしょ? きっと反対されたと思うけど、勢いで突き抜けた感じ?
M「今思えばそうだね。当時の私は私なりに、筋の通った説明をしたつもりでいたけどね。でもあっちにしてみたら、熱にほだされた子供のうわ言みたいに思っただろうね。高校はなんとか卒業出来たけど、死ぬような思いで、周りに迷惑かけまくって卒業した挙句、言った言葉が『ドーンハンマーに入る』だからね」
-- 笑い事みたいな言い方で言うけど、私はその時のあなたの本気を思うと全く笑えない。
M「うん、笑ったら怒るよ(笑)」
-- うん(笑)。
M「でもその時も私が本気だっていうのだけは伝わったと思う。例えそれが気の迷いで感情的に言ってる言葉なんだとしても、『今こいつは本気なんだろうから、何言っても耳には入らないと思った』っていうのは、二人とも言ってたしね」
-- 懐の深い親御さんで良かったよ。心からそう思う。
M「(頷く)、あとはだから、バンドがそれを受け入れてくれるかどうかって事だったし、織江さんも誠さんも反対だったからね。どういう風に転ぶにしたって、もう一度ちゃんと話をしたかったっていうのはあったんだ。話をしたかったというか、聞いて欲しかったというかね」
-- うん、うん。
M「いや、違う。聞きたかったんだと思う」
-- 何を?
M「皆の言葉を」
R「…飲めよ」
M「(ニッコリと笑って)これ2杯目なんで、チビチビ行きます」
-- 言葉って言うのは、返事とかじゃなくて?
R「うん。イエスノーじゃなくて血の通った、何でもいいから言葉を聞きたくて。それは全員に聞こうと思ってから」
-- ああ、それでさっきの質問があるわけだね。全員には聞けたの?
M「ううん。だって竜二さんだけ一人で来て、その後大成さんと織江さんが二人で来て、翔太郎さんめっちゃ遅れて来たんだよ。タイミングがもう(笑)」
-- なんかリアルだなあ、自由(笑)。
М「そう」
R「ああー、でもそれは、ああ、はは」
-- 竜二さんが言い淀む事なんてあるんですね?
R「あいつが遅くなるのは知ってたんだよ俺は。というより俺があいつに、ちょっと頼まれてくれねえかって言ってあったんだ」
M「え、そうなんですか!?」
R「(一瞬の間)うん。…そん時はまだ、繭子の家の場所をはっきりと分かってるのは翔太郎だけだったから、急いでお前ん家にバイク飛ばしてもらって」
М「ウチに!? なんでですか?」
R「お前んトコの父ちゃんと母ちゃんに頭下げて来てくれっつって」
M「…え」
-- 頭を下げるというのは?
R「もう俺達はその時、繭子と一緒にやる事は決めてたからな。一人で勝手に決めたりしねえで、ちゃんと両親と腹割って話して来いなんて偉そうな事言っておいてよ、俺らは誰の意見も聞かねえで勝手にそんな大事な事決めんのかよって…。まあ、織江に言われたのもあるし(後日、伊藤談『言ってません』)。だからまずは、きちんとこいつの親に一言でも良いから伝えておくのが筋だろうって思ったんだけど、そういう所俺馬鹿だから連絡先も住所も分かんなくて。あ、翔太郎がそういや卒業式ん時迎えに行ってるな!って思い出してよ。急遽、ちょっと頼まれてくれねえかって」
-- 翔太郎さんは、何と?
R「あいよって、それだけ」
-- はー(溜息に近い)。知ってた?
М「全く知らない」
R「そうか(笑)」
-- まあでも、おいそれと言える話ではありませんよね。
M「(そうでもねえけどな、という顔で首を捻る)」
-- 繭子(の心境として)は複雑だね。
M「(押し黙る)」
-- 繭子?
M「…家の事で言うと面白いの」
-- ん?
М「(涙を拭いながら)竜二さん達が素敵なのはさ、いっつも、この人は学校から家の近くまでの道を一緒に歩いてくれる担当だったの」
-- そうなんだ。
M「学校行く日の朝、家まで迎えに来てくれるのは決まって翔太郎さんで、学校から家までの帰り道を歩いてくれるのが竜二さんと、大成さんと、アキラさんだった。どうしてですか?って聞いたら、三人とも笑って『俺ら見た目いかついしなあ。あんまり家の近くまでは、行けねえよなあ』『近所迷惑だしなあ』って。『本気でいかついのはあいつ(伊澄)だけどなあ』って、そう言ってた」
R「よっく覚えてんなあ!」
M「すっごい好きだったんです、そうやって笑う皆が」
R「…ありがてえ。そう言ってもらえんのは」
M「(強く、首を横に振る)」
R「それとは全然別の日だけど、しばらくしてよ、多分繭子が初めてデカい箱で叩くっていう日にここの両親を招待して。開演前かなあ、翔太郎に気づいた二人がもうそれこそ土下座しそうな勢いであいつに頭下げるわけ(笑)」
M「ありましたね!」
R「あなたはあの時のー!って。な。すげえ勢いで、泣いて頭下げられて。でもそん時の会話の端々にちょっとずつ違和感があってみたいでよ、その後織江が聞いたんだって。うちの翔太郎と卒業式の日以外にも会った事があるんですか?って。俺ら言ってなかったからな、頭下げに行かせた事は誰にも。だからあちらさんも一瞬ぽかーんってなったって」
M「あああ、それでやたらと翔太郎さん贔屓なのか」
R「あはは!そうなのか」
M「個人的には、ご挨拶に来ていただいた大成さんや織江さんを差し置いてなんで翔太郎さんの名前が出るんだろうかって、昔からちょっと疑問だったんです(笑)。竜二さんと翔太郎さんの名前を覚え間違いしてるのかなって思った事もあったし。でもまあ、相手はあの翔太郎さんだから、何ていうか…ない話ではないでしょ?」
R「あははは!(ひび割れする程の音量)」
M「今やっと納得しました。全然言わないもんなー、そういう大事な事」
R「織江とか誠とか、もしかしたらそこらへんから聞いてるか、あるいは親御さんから聞いてるかもとは思ってたけどな。ただそこはやっぱり当時、口止めしたらしいぞ。翔太郎の方から」
-- あー(笑)、そうだと思った。
M「もー(苦笑いを浮かべた顔が不意に、キュッと涙に歪む)」
R「奮ったのがよ、その時初めて織江は翔太郎が頭下げに行ってた事を知るわけだよ。俺らだってあいつが何を言ったのかっていう内容までは知らなかったしよ。そしたらお前の父ちゃん、一語一句、全部覚えてたらしいぞ」
M「何をですか?…え、翔太郎さんが言った言葉をですか?」
R「ああ」
M「ウチの親がですか?」


『私のような名もないボンクラが頭を下げたって何にも価値なんてありません。それでも、私達がやろうとしている事の重大さは分かっているつもりです。あなた方が全力で育てて来られた繭子さんを、私達は今日、バンドに引き入れるつもりでいます。約束します。このまま、名もないただのボンクラで終わる事は絶対にしません。今日まで彼女が流して来た血を、決して無駄にはしません。約束します』


M「ウソ!ウソ!…ああぁ、もう(顔を両手で覆い隠す)」
R「っはは、翔太郎じゃねえからよ、実際に俺が覚えてる言葉がそのまま一字一句間違ってねえかって言われると、自信ねえけどな。でもま、あってると思うよ」
M「(背もたれに体を倒す)」
-- (唖然として何も言えず)
R「多分大成と織江が正式に挨拶に行ったのは、翔太郎が頭下げに行ったその直後だよな。笑ったぜえ、『ちゃんと報告しに行った方がいいよな?挨拶。許されてるのかも分からないし』ってあいつ(神波)が言うとよ、また俺か?って翔太郎の眉がこーんなへの字になって(笑)。いやいや今度は俺が行ってくるっつって大成張り切っちゃって。俺、悪いなあと思いながらもよ、あいつらも何だか楽しんでんだよ。まあ織江連れて行きゃ100人力だもんな、気楽なもんだよ」
М「(顔を覆ったまま)ああああ…、信じられない」
-- (溜息しか出ない)
R「時枝さんさ。ここで、ニューアルバムの話をした日を覚えてるか?」
-- ええと、はい、何度かあると思うのですが。
R「繭子の誕生日の、一週間ほど前かな」
-- …はい、アルバムタイトルをお伺いした日ですよね?(手元の手帳を確認すると、2016年12月5日の欄に『新譜、ネームレスレッド』と殴り書きされているのを見つけ、理由も分からず、ゾクリとする)
R「繭子の誕生日ってのが12日でさ、その日実はクロウバーをもう一回この場所で演ったんだよな」
-- はい! 先ほどその時の映像を拝見させていただきました。
R「おお、そうかい、話が早えな(笑)。まあ、こう言うとネタ晴らしになっちまってダセえんだが、実際にやると決めたのはもう少し前でよ。新曲もそうだし、マー達が練習する時間も必要だったしな」

(繭子は微笑みを浮かべた顔を上げて池脇を見やるも、紅潮した頬から見て取れる限り動揺と混乱は抜けきっておらず、普段通りというわけではないようだった)

-- 完璧な演奏でしたね!
R「そんな事はねえけどな(笑)。でもまあ、格好はついたかな。面白かったよな」
M「最高でした。今でも、毎日思い出してますよ、私」
R「あはは、そこまで言ってもらえんならやった甲斐があるよ」
-- たくさん、大事な曲がありますものね!
R「わはは、たくさんとは言えねえけどな、大事な曲ばっかりだと思うよ」
M「はい。嬉しい(小声)」
R「今更敢えて言う程の事じゃねえけど、本当はクロウバーのままで路線変更が可能なら、俺はあのまま続けてたと思うからね」
-- え?
M「おおーわ、それは(笑)!」
-- 翔太郎さんが黙ってませんよ?(笑)
R「ああ? あいつだってそれは分かってるよ。この場所(前の事務所)でやれねえなら他当たるわっつって辞めたはいいけどよ、そうなると契約の問題で『クロウバー』って名前は使えなくなるから表面上は解散なわけだよ。んでその後どうすっかってブラブラしてる間に、マーがあんな事になって(交通事故)」
M「(頷く)」
R「ナベがよ、もともと表に出て何かをやるのが好きじゃねえってタイプだから、マーの事があった時に頭下げて来て。このまま続ける気にはなれねえと」
-- そうだったんですか。
M「(時枝を見て微笑み、頷く)」
R「別に俺はそれをどうこう言う気はねえし、ちょっと待てよって言うこ…あ、今キムタクっぽかった!?」
M「(爆笑)」
-- 全く似てませんでした(笑)。
R「そっかー。ま、止める事も出来たんだろうけどよ、よく分かんなくなって」
-- 難しいですよね。メンバーの脱退劇というのは私も何度か立ち会いましたけど、言ってしまえばどっちも正解なんですよね。理由があってやめたい人も、その人の人生の選択ですし。あるいは残る側の『去る者は追わず』っていうスタンスが理にかなっているように見えて、でも傍から見れば『バンドが大事ならしゃにむに追えよ、そこは』って。
R「(笑)」
M「本当そうだよね、難しいなって私も思う」
-- ね。でも竜二さんは、追わなかった。
R「去る者は追わずっていう風には考えてなかったかな。例えばナベを説得、しようと思えば出来たと思う。だけどその時あいつが言ってたのは、更に僕は自分に自信が持てなくなる気がするって」
-- どういう意味ですか?
R「多分どっかで、アキラと自分を比べてるところがあったと思う。根っから熱い男だからよ、負けず嫌いな部分だってあるしな」
-- ああ、なるほど。
R「人一倍練習だってやってたし、(誕生部パーティーの)映像を見たんなら分かると思うが才能がないわけじゃねえ。ナベとアキラを比べる事に意味なんてねえし、そういう気もこっちにはねえが、本人が思い描く理想やらそういったもんとかけ離れて行く事が我慢ならねえって、それは理解出来るからな。そういうジレンマを抱えながらも必死にやってた中で、そもそも表に出る事が好きじゃねえとくれば、その上マーという相棒が横にいない状態でバンドを続けるには荷が重いっつーかな、そういうのは言ってたかな」
M「めちゃめちゃへこんだって言ってましたもんね」
-- ナベさんがですか?
M「竜二さんが」
-- あー、そりゃあそうですよね(笑)。
R「今だから言えるけど、俺はナベの叩くドラムは好きだったからな。…なんか話が全然違う方向に行ってるけど、まあいいか(笑)。だから、そこらへんの事情を知らない人間にしてみればよ、クロウバーがダメで、その次にパっと翔太郎やアキラに乗り越えて、勝手知ったる腐れ縁同志つるみやがってって見られるんだろうけどよ、俺マーとナベが抜けた時マジで落ち込んだからな(笑)」
-- はい、実は庄内から少しだけ話を聞いた事は、あります。
R「おうおう、そっかそっか」
-- クロウバーが解散してからドーンハンマー結成までに3年ぐらい開いてるその時期に、もの凄く色々な事があったんだぞって。例えば?って聞いたら、色々だよって。
R「(爆笑)」
M「(うんうんと、頷いて微笑む)」
-- 繭子はその辺り全部知ってる?
M「あー、全部かどうかは分からないけど、まあ、聞いてるかな。…色々(笑)。でも本当、笑い話ではないのかなーって思うね、私は」
-- そうなんだ? そうなんですか?
R「繭子にしてみればそうかもなあ。クロウバー解散ってタイミングでそのままマーとナベが抜けた事もそうだし、その後が上手く続かなかったからな。だから、アキラはアキラで思う事があって、翔太郎は翔太郎で、ああいう奴だから、んん、色々だな」
-- 複雑な事情が絡みあって、3年も経過してしまったと。
R「ああ。だってあれだぞ、一番最初にクロウバーを組むって時に、もちろん俺は翔太郎にもアキラにも声は掛けてんだよ」
-- はい。
R「でも二人とも何度言っても首を縦に振らねえ。じゃあ俺達はマーとナベと手を組む。そうなったらもう後になってお前らとやり直すようなダッセー真似はしねえぞって。分かってんのかって」
-- はい、はい。
R「そしたら…」
M「(苦笑いして)翔太郎さん…」
R「…なあ?」
M「『うるせえな、寝言は寝て言えよ』」
-- …きっつー(笑)。
R「あああ!?ってなって(笑)。まあ、ガキだったからね。でもそれでちょっとエンジンぶん回した所もあるよな、実際。ガキだったけど、ガキなりの本気を出して、デビュー出来たしな。勢いだけだったにせよ、よくやったと思うよ」
-- いやいや、快挙ですよ、凄い事ですよ!
R「短命だったけどな。だからこそ、その頃必死になって書いた曲は、今にしてみれば全然未熟だと思うけど、気持ちが入ってる分捨て曲なんてねえし、全部大事だわな」
M「だけど、…まあその後ドーンハンマー結成に至るまでにちょっと揉めるじゃないですか」
-- 揉めたの!?
M「あ」
R「お前、いや、お前今のは、わざとだな!」
M「(爆笑)」
R「お前ー」

(と、怒気を含んだ声色を作りながら池脇が繭子の持つグラスにお酒を注ぐ。繭子は照れ半分、慌て半分の素敵な笑顔で首を横に振る)

-- それはどなたとですか? 事務所関係とか、契約上の話ですか?
R「いやいや。…翔太郎」
-- へ?
R「マーがあんな事になって、ナベも抜ける事になって、どうすっかってへこんでる所へトリプルパンチだよ。俺もそん時ばかりは弱気になってたのかな。たまたまあいつと飲んでる時に、お前ギターやらねえか?って声掛けたんだよ」
-- はい。
R「そしたら(自分の顎に拳を当てる)」
-- …え?何故です!?
M「そこがだからもー、翔太郎さんだよね!」
-- え、え、全然分かんない。どういう言い分で竜二さんを殴れるの?
R「お前の約束ってのはそんなに軽いんかって、そういう事だよ」
-- ええ!? …ええ!?
M「二回驚いた(笑)」
R「ぼっこぼこにされて。うわ、これ意識飛ぶって思った所でテツが間入ってくれてよ。いや、実際ほとんど覚えてねえけどな。後になって色々その場に居合わせた奴らに聞いて、俺人が殺される現場見るのかと思って死ぬ程怖かったですって言ってる奴もいたし(笑)」
M「(両手で耳を塞ぐ)」
-- でも、竜二さん的に納得できる理由なんですか? それって。
R「だからそれが…んー、難しいけどよ、納得はするよ、そりゃ。間違ってんのは俺だし。ただ俺としても、筋は通ってねえかもしれねえけど、声掛けんならこいつしかいねえって、そういう思いはあったからな。そこはちょっと」
M「汲んでくれよと。辛いですよね、今聞いててもそう思いますもん」
R「お前が振っといて辛いとか言うな(笑)」
M「あははは!」
R「本当お前って…飲めよ!」
M「ごめんなさい、ごめんなさい」

(一口飲んだグラスへ更に注ぎ足そうとする池脇の腕を掴んで、繭子が笑顔で首を振る)

R「日を改めて大成から聞いた。クロウバーを結成する時に、二度と翔太郎とアキラを誘う事はしねえと啖呵切っておいて、事情が事情とは言え、5年10年経たねえうちから『じゃあ、次、お前』ってやり方は俺らしくないってさ。今回の事に関して言えば、お前が悪いって大成にも言われたよ。気持ちは分かるし俺だって翔太郎の力は借りたい。ただ意地でも言うつもりはなかったぞって」
-- (言葉にならない声)。
R「だけど思うのはよ、翔太郎の場合は、男に二言はねえだろうとか、そういう事でもねえ気がすんだよ。もしかしたらクロウバーを一緒に動かしたのがマーとナベじゃなかったら、意外とすんなり交代出来たのかもしれねえ。だけどどういう事情があってバンドを抜けたにせよ、マーもナベも俺達の側にいる。…自分の人生を(クロウバーに)賭けようと一緒に生きた人間がそこにいるにも関わらず、なんであいつはそんなに簡単に俺に手を伸ばした?って、翔太郎が言ってたらしい」
-- …。
R「逆だろって。それでも足掻いて必死こいて諦めねえ。例え一人になっても何が何でも先へ行ってやるって。俺はそういう竜二を見たかったし、そん時はあいつがどんだけ嫌だと首を横に振っても、土下座でもなんでもして、俺も一緒にやらせてくれって頼み込んだのにって。翔太郎が悔しそうに言ってたぞってのを大成とアキラから聞いて、いやあ、情けねえったらなかったぜ」
-- 翔太郎さんぽい。
M「ねえ~」
-- だけど、ちょっと子供っぽい。
R「(爆笑)」
M「こらー!(笑)」
-- 私、今の翔太郎さんだったら、そこもぐっと飲み込んで、竜二さんの手を掴んでくれそうな気がするんですよね。
R「いやー、どうだろうなー! 大成ならそういう事はあるかもしんねえけど、あいつは本当にそういう部分全然変わらねえし、きっと今でも同じ事やらかせば殴ってくれんじゃねえかな。身の回りにいる人間を蔑ろにしたり、傷つけたりする事には思春期並みに敏感だし、誰が相手だろうと容赦なく噛み付くからな。もちろん自分自身にもそういう厳しさを持ってる奴だし、今でも」
M「ちょっとだけディスってますよね(笑)」
R「いやいや、思春期はまずいか。思春期はまずいな。どうすっか。…なあ、何の話してんだ今!?」
M「(爆笑)」
-- 本当ですよね。貴重なお話ですけど、どうして今この話になったんでしたっけ?
M「なんだっけ」
-- あ、ああ、繭子の誕生にクロウバーを復活させたお話ですね。そこから…。
R「はいはい。あー、変な汗出た」
-- (笑)、当日クロウバーをやる事も、親御さんを呼んで同席してもらおうというのも、最初から決まっていた事なんですか?
R「最初って?」
-- 経緯は分かりませんが、繭子の誕生日にこのような催しをする事自体初めてだったと伺いました。計画をされた段階で、最初から決まっていた事なんですか?
R「呼ぼうって? そうだな、見て欲しいなとは思ってた。当日も言った気がするけど、今日じゃなきゃいけないとは思ってねえけど、これをやるんなら繭子の親御さんも呼んで、これまでの感謝を伝えたりなんだり、日本を離れちまうタイミングもあったし」
-- なるほど。
R「そうそう、話思い出した(笑)。そういうあれこれをあいつらと相談してる時なんだよな、要はその、アルバムタイトルを決めた時期ってのは」
M「…」
-- そうだったんですね。
R「もちろんそこには繭子もいたわけだし、お前も覚えてると思うけど、一番初めにタイトル候補を出したのは繭子なんだよ」
M「…DEAD BY HAMMERですか?」
R「そう。それ聞いた時にもう本当はそれでいいなって思うくらい俺自身は気に入って、実は」
M「そうなんですか(笑)」
R「なんか意味合いとしてもメタルらしくて、大味だけど俺達らしくて良いのかなって思って。けどそれは一番どこに食いついたかって考えた時によ、時枝さんも言ってたと思うけど、自分達を投影したタイトルってものを、今ここで使っておきたいっていう思いがあったからなんだよ」
M「んー…」
-- 本来はファーストアルバムに用いられる手法ですけど、極端な事を言えば『DAWN HAMMER』っていうアルバムタイトルを付けたいっていう感じだったんでしょうかね。
M「ああ、ああ」
R「ただまあ、そのものずばりを使う気は全然なくて。気持ちとしてはそうなんだけど、繭子の案を聞いて俺が出した候補が」
M「DEAD BY DAWN」
R「それもお前(笑)」
M「あはは、そうでした」
R「NAMELESS BLOOD」
М「あー…」
-- そうですね。そして、NAMELESS BLOODY HAMMER、NAMELESS RED HAMMERと続き。
R「NAMELESS RED」
M「はい、うん」
-- …。
R「(時枝の視線に気づく)」
-- …あの。
R「そん時のインタビューで俺達は多分、これまで通り意味なんてねえと、そういう答え方をしてると思う」
M「(頷く)」
-- Billionの記事についてのお話になったのでよく覚えています。今でも一番記憶に残っているのが竜二さんの仰った言葉です。『例え本当は何かしら思っていたとしても、気持ちを言葉に置き換えて見える場所に置いたりしない』。
R「ああ。言ったな。今でもそれは間違ってないと思う。だけどそれは例えば、仮に時枝さんがこの先も編集者を続けたとして、いつか新しい雑誌を創刊出来る話が来たとする」
-- はい。
R「そん時にあんたはその雑誌の名前を考える。その時あんたはきっと、こう考えるはずなんだよ。『例え世界中の誰にも伝わらなくたって良いから、自分が信じた思いをここに託そう』」
M「…」
-- (ぐっと涙を呑む)はい。そうだと思います。
R「あんたはずっと俺達に問いかけてた。ニューアルバムに込めた思いはありますか。そこを踏まえて、このタイトルに込めた思いは何ですか」
-- はい。
R「勘の良いあんたならもう分かってると思う。…違うんだよな。俺達は、外に向けて音楽なんて作ってねえんだ」
M「最高に格好良いと思える曲をこの4人でぶちかましたい」
R「そうだ。動員数もセールスも、その結果でしかない。誰にも伝えたい言葉なんてない。誰かに向けたメッセージを詩に書く事もねえし、曲名にも、アルバムタイトルにも思い入れなんてない」
M「(微笑んで、頷く)」
-- はい。
R「ただ」
-- …はい。
R「伝えたい人は、ちゃんといる」
M「(池脇を見つめ、止まる)」
-- はい。
R「今まで曲名やアルバムタイトルに思いを込めた事なんてなかった俺達が、今回のアルバムに関してだけは込めざるをえなかった」
M「…」

(池脇の目は真剣だった。繭子は、突然握っていた手が離れてしまったかのような、心細さを感じている表情を浮かべて池脇を見つめている。たくさん笑って立て直した彼女の気持ちが、またぐらりと揺らいだように見えた)

R「別に誰がそう決めたわけじゃねえけど、そうしなくちゃいけないような、今ここで思いを込めなきゃ、あん時翔太郎が繭子の親御さんに誓った約束を、形にする機会はそうそう巡って来ねえんじゃねえかって、アメリカ行きを前にしてそう思った」
M「…」
R「形ってのが例えばこいつの頑張ってる姿を指すんなら、それはもうとっくに自分自身の力でクリアしてると思う。だけどそりゃあ翔太郎が、俺達が、親御さんに対して約束した事とは少しばかり違うんじゃねえかって。…胸張って、これがそうですって差し出せる事ではねえのかもしれねえけどよ。それでもアメリカに打って出る、世界を獲る為の一発目には相応しいアルバムが作れたと思ってる」
M「…」
R「そこには時枝さんが欲しがるようなミュージシャンとしてのメッセージはどこにもねえけど、俺達だけが勝手に身を震わせる理由なり感動なりはあるし、これを見て下さい、これ聞いて下さいっていう願いと自信がある。『NAMELESS RED』っつーのは確かに、アキラを含めた俺達ボンクラの事だ。だけどやっぱり名もなき赤の本当の意味は、血を流しながらそれでも立ち上がってここまで辿り着いた繭子の事だよ」
M「…ウソォ。もう、…何で!」
R「俺達がやってるデスラッシュという音楽は、きっと必要としない人間にとっては無意味な雑音でしかねえ。だけどそんな無意味な音の塊の中で、俺達は毎日お互いを見つめて生きて来た。たった10年、日本で活動を続けただけで、そんなもん知らない人間にとっちゃあ何者でもないし、テレビに出ようがメジャーでCD売ろうが関係ねえだろうよ。ただ、これだけは確実に言えんのが、繭子がいたから俺達はまだこの先へ走っていけるって事なんだよ。それを例えどんな形であれ、お前の両親に報告する義務は絶対にあると思ってた」
M「ああぁー、何でよ、もう」
R「音楽的な感動は何一つ伝わんねえかもしれねえけど、芥川繭子はここにいるって、俺達は胸張ってそれを言える。それを伝えられたら良いと思って付けたタイトルだ。良い名前じゃねえか、お前もそう言ってくれただろ」
М「…」
R「さっき大成と電話で話した時によ、この事を繭子に打ち明けて良いか確認したら、お前が殴られても責任取らないぞって脅かされた。翔太郎に電話して聞いたら、俺はそんな事思ってねえって笑われたんだよ。逃げんじゃねえよって問い詰めたらよ、あいつ言ってたんだ。いちいち俺と大成を担ぎ出さなくて良い、お前が思う事をそのまま言えよチキン野郎って。あいつ本当口悪いよな」
M「(両手で顔を覆い、首を横に振る)」
R「…ぎりぎりまで迷った。今日こうやって話しながらお前を見てて、いやー、本当によく笑うんだなって、嬉しくなってよ。こういう言い方を今更すれば、繭子はきっと小っちゃく縮こまっちまう事は分かってんだけどよ。嫌なんだよ。俺達はずっと4人でやって来たから、どんな事だろうとお前に何かを隠すような真似はもう出来ねえ。だから、長くなっちまったけど、これがいわゆるその、俺からの差し入れって奴だ」
M「…もう、意味わかんない」
R「あははは!」
M「(自分の顔を覆っていた左の握り拳で、ゆっくりと池脇の膝を叩く)」
R「大した事じゃない。アルバムタイトルを誰か他の奴に決めてもらう事もざらにあった。ただそれを今回、繭子って名前にしようかって、笑ってそう決めたってだけの話だ」
М「…私の意見はなんなんですか。どこ行っちゃったんですか」
R「あははは! まあ、じゃあ次新曲書いたらDEAD BY HAMMERにすりゃいいじゃねえか(笑)」
M「え、そういう問題じゃないでしょ?」
R「悪かった。もう仲間外れにはしねえ」
M「(怒った目で池脇を見ながら)いつか私か新曲書く日が来たら、ドラゴン2っていう名前にしますから」
R「ふふ、そんなダサい名前はきっとあいつらが許可しねえ」
M「(爆笑)」
R「悪かった。俺達は3プラス1じゃねえ。4人だもんな」
М「(頷く)」
R「けど繭子、これからだぞ。こっから世界獲りに行くぞ。な」
М「(強く何度も頷く)」
R「(困ったような顔で繭子と時枝を交互に見る)」


凄い、と言う感想しか出て来なかった。
私は一体今何を見て、何を聞いているのだろうかと、これは全部本当の話なのかと疑いもした。つい先程まで目の前に座り、お酒の入ったグラス片手に涼しい顔で笑っていた伊澄が、誠意の塊のような言葉を繭子の両親に宣言していた姿を想像するのは、私にとって容易ではなかった。ましてやそれが10年以上も前となれば尚更だ。
そしてあれ程までにバンドのメッセージ性を頑なに否定していた池脇の口から今、とてつもなく優しいメッセージを聞いた気がする。その心意気とも呼べる彼らの思いは、ともに戦って来た繭子はもとり彼女の両親へも真っすぐと伸びて向かっていた。
ウソだと叫んだ繭子の気持ちがよく分かる。大きすぎる衝撃に耐えかね、地団太を踏んで声を上げた彼女の気持ちがよく分かった。
自分の隣にいる繭子や、目の前に座っている私の反応などお構いなしに、池脇はずっと笑っている。きっと特別な事を言っている、特別な事をしているという気持ちは全くないのだろう。なんなら少し照れているようにすら見える彼は、思えばいつだってそうだったように思う。池脇の人柄というものを繭子はとっくの昔に理解していた筈だし、私もこの一年彼の器の大きさを感じて来た。知っているし感じてもいたが、実際に目の前にしてみれば、それは到底受け止め切れるものではなかった。



(しばしの休憩を経て)



-- 繭子が皆の間で、改めてバンド加入を訴えた場面で話は止まっています。
М「翔太郎さんがなかなか来なかった話、だよね」
-- そうです。
M「あの日、竜二さんに遅れて大成さんと織江さんがスタジオについてすぐ、もう既に私が泣いてる事にお二人が気付いたんですよ、覚えてます? 大成さんちょっと怒った顔で『何言った、お前何言ったんだ』って竜二さんの胸倉掴んで」
R「わははは!」
M「『何も言ってねえよ』って竜二さん苦笑いして。その後織江さんと二人で話をしたの、翔太郎さんが到着するまでの間」
-- うん。どんな話だったの?
M「(指先で涙を拭うも、後から後から大粒の涙が溢れて来る)」
R「…」
M「『本当にいいの?本当に気持ち変わらない? 変わってもいいけど、今だって他に楽しい事一杯あるんだよ?』って。『これから一杯楽しい事出来るし、繭子が何をやって生きて行こうと、私達の関係は何も変わったりしないよ?』って」
-- ああ、織江さんだあ。
R「へー。それは俺知らねえや」
M「はい」
R「それは、そん時お前が泣いてんのは何で?」
M「あはは!竜二さんの言葉を聞いたからです!さっき私がした質問に答えて下さった、竜二さんの言葉を聞いたからです!」
R「へー」
-- へー(笑)。
M「っはは」
R「織江も困っただろうな(笑)」
M「だと思います。…もう私はそんな所で悩んでなんかいませんって答えて、止まらない涙の理由を説明しようとしました。だけどそこに翔太郎さんがいないせいで話をする事に抵抗があって、ただ首を振ってばかりでした」
R「なるほどな」
-- 誠さんや他の皆さんはいなかった?
M「その日はいなかった。出会ってたはいたけど、今思えばやっぱり気を使ってもらってたのかもね」
-- そっか。翔太郎さんが遅れて到着した時、まだ具体的な話は何も進んでいなかった?
M「うん、何も」
-- そっかー。切り出すタイミングがなかっただろうね。
M「怖かったのもあるしね。私的にはどういう断られ方をするんだろう、なんて言えばうまく伝わるだろう、どんな風に怒られるんだろうとか想像して怯えながら竜二さん達を見てたからさ。サングラスの向こうで険しい目をしてる大成さんが怖かったし、笑ってるんだけど喋らない竜二さんが怖かった。どうして翔太郎さんが来ないのかも分からないし、そもそも来るのかどうかも知らないしね。もう、生きた心地しなかったぁ(笑)」
-- 気付いていらっしゃいました?
R「まあまあまあ、そりゃあ、思い詰めた顔してんなあとは思ってたさ。でもこっちはこっちで気持ちは固まってるし、織江もそれは知ってたから、単純に、あいつ遅っせーなあって(笑)。テメエで頼んどいて言うセリフじゃねえけど」
-- 酷い(笑)。でも皆さんがバラバラに到着したせいで、翔太郎さんがお見えになった瞬間、繭子の緊張は尋常じゃないレベルに達しただろうね!
M「待ちに待ったからね。私、その時翔太郎さんが煙草銜えながらスタジオ入って来て、言った第一声今でも覚えてるんですよ」
R「何か言ってたか?」
M「『話終わった?』って」
R「(爆笑)」
-- これからだよ!って?
M「もーさー、私膝から崩れ落ちそうになったもん。わー、これやっぱ駄目なんだーって(笑)」
-- 可哀想ですよ、もおー!
R「俺じゃねえよ、あいつが言ったんだろ!?」
M「そこからもう震えが止まらなくて、自分でもびっくりするぐらい泣いて」
R「凄かったぜ、本当。防音効いてる部屋じゃなかったら間違いなく通報食らってるしな」
M「男三人で女の子一人全力で泣かしてますって(笑)」
R「な」
-- (笑)、でもそこからよく気持ち立て直せたね。よく心が折れなかったね。
M「絶対嫌だ!って思って(笑)。それだけ」
R「本当に言ってた。嫌だ!嫌だ!って。でも単なるファンが出待ちして無茶な願い事喚いてるのとはワケが違うしな。俺らはちゃんと出会ってるし、ちゃんと繭子を見てたし、ちゃんと俺達を知ってる子だったから。後はその願う内容ってのが、女の子っぽい恋愛とかファン心理とはまた全然方向の違う話だったっつー事だよな。俺らの後ろでドラムを叩いて生きて行きますって事だから」
M「重いですよねえ(笑)」
R「重いの軽いのよりも、レベルの話なんだよ。俺達の胸ん中にある本気と、こいつの本気が少なくとも同じレベルじゃねえと同じ目でモノを見る事は出来ねえし、俺達が要求するモノについて来れるわけがねえから」
-- 気持ちの強さというより、覚悟のレベルですよね。
R「そう!」
M「どこまで私が本気でそれを願ってるかっていうのを、伝えたいんだけどどう伝えたら良いのか迷っちゃってさ。飄々とした翔太郎さんの様子見たら、どれだけ言葉で熱く語りかけたって『ほーん、それで?』って言われて終わりそうだって思ったらパニックになって」
-- そりゃそうだよねえ。
M「その直前にウチの親と会ってるなんて思いもよらないし(笑)」
R「っはは。これもだからさ、言わないでおいてやろうと思ったけど面白いから良いか。あいつ土下座したらしいぞ」
-- え?
M「ちょ(立ち上がってソファを離れる)」
-- 衝撃が強すぎますよ!
R「そうか? 何で(笑)。笑えると思ったんだけど」
M「笑えませんよ!」

(口調だけ聞けば本当に怒っていると思えた。繭子はそのまま振り返らずにスタジオを出て行ってしまった。池脇は無言でそれを見送る)

R「…え、帰っちゃった」
-- 帰ってはないと思いますけど、相当動揺してるでしょうね。私もですけど。
R「なんで?」
-- なんでって。それだけ彼女が皆さんに対して、愛情とか感謝を抱えきれないぐらい抱えてここに座っているからです。本当はもうこれ以上繭子には、皆さんに対して返し切れない優しさや愛情を与えるべきではないんです。それが勝手な言い草なのは分かっています。だけど繭子はずっと皆さんの幸せを願って、その為に努力を続けて来た人ですから。その10年を易々と上回る皆さんの愛情と優しさは、容量を超えた衝撃以外の何物でもないわけです。
R「おー」
-- はい。
R「…全然意味が分かんねえ!(笑)」
-- もー(苦笑)。
R「喋り過ぎたな。喉があれだし、もう一杯頂こうかな(自分でグラスにおかわりを注ぐ)」
-- でも翔太郎さん、どうして土下座なんか?
R「…(笑ってはいるが真剣な目)」
-- 竜二さん?
R「当たり前だろ」
-- え?
R「まだ何者でもないカスみたいなバンドマンがいきなり押しかけて娘さんを下さいってやるわけだ。恋愛も結婚も二の次になる。それをどんな顔して言えってんだ? そんなもん俺だって大成だって土下座するわ」
-- ほ、ほええー。
R「実際混乱したらしいぞ、繭子の両親だって」
-- そうなんですか?
R「そうやって頭を下げて断りを入れに来る辺りとか、卒業式の事だってそうだし、それまで何かと世話を焼いてくれてた事は分かってるから、翔太郎がわざわざ頭下げてまで冗談を言いに来たわけじゃねえのは理解できる。だけどどうしてそこまでする?って。自分の娘が何でここまで必要とされてるんだ?って。そういう部分で何も実感がなかったって」
-- 実際に繭子がどのぐらいドラムを叩ける人間になっていたかを、ご両親はご存知なかったんでしょうね。
R「それもあるし、俺達がどこまで本気で音楽を志してるかもあちらにしてみれば全然知らないわけだよ。ただの気の良い兄ちゃんくらいにしか思ってなかっただろうしな(笑)」
-- いやいや、既に竜二さん達はメジャーデビューしてますから!
R「そんなもんどれ程の人間が知ってんだよ。そこまで自分を買い被れねえよ」
-- いやいや!…でも、うーん、そうかあ、そうだったんですねえ。
R「これ笑い話だったんだけどなあ。ギャップがスゲエだろ」
-- はい。
R「俺らその話聞いた時『そりゃそうだわ!』っつって手叩いて笑ったけどな」
-- いやあ、笑えませんよ。あの翔太郎さんが繭子の加入を願って土下座ですよ?
R「あの翔太郎って何だよ(笑)。別に神でも仏でもあるまいし」
-- か。
M「神ですから!」
R「お、戻って来た」
M「(池脇の横に腰を下ろしながら、テーブルの上に水の入ったペットボトルを置く)」
-- そうだよね、神様だよね。
R「はあ?」
M「誰が何と言おうと翔太郎さんは私にとって崇め奉る神です。大成さんは私の全てを許し導いてくれる仏です」
R「俺は?」
M「…(震えた声で)スターです」
R「ちゃんと用意しといてくれる!?」
М「(お腹を抱えて笑い転げる)」

連載第72回。「繭子、最後のインタビュー」 10

2017年、3月。



-- それで結局繭子が選んだ方法が、土下座だったの?
M「選んだんじゃなくて気が付いたらそうなってたんだ。こっちは泣きまくってるから膝が震えて立っていられなくて、お願いします!って何度も言ってるうちに額がゴリゴリと地面を擦って」
-- 壮絶!
R「俺らまた呆気に取られて。ぽかーん」
М「(笑)」
-- 思ってた反応と全然違うぞ、と。
R「思ってたっつってもその時どういう話し合いになるのか考えてなかったのが正直な話でよ。『バンド入れて下さい』『それは分かったけどお前どこまでちゃんと考えてるんだ』『一緒に世界へ行きます』『よーし分かった、その代わりビシバシやるからなー』『キャー、嬉しー』って、そんな事普通考えないだろ」
-- いや、言い方はあれですけど、考えましょうよ(笑)。
R「えー!?」
-- えーじゃなくって。
M「だから、私は絶対断られるって思ってるしそこからどうひっくり返すかっていうのを考えてたんだよ。でも皆は普通にもう一度『お願いします』ってひとこと言えば前向きな話合いに移行出来てたって言うの。もう信じらんなくって(笑)」
-- そりゃそうだよね!
M「もうさー…」
R「けど、さっきの話じゃねえけどよ、そこは繭子には申し訳ねえけど、やっぱり今思えば話合いなんかよりもずっと気持ちは伝わったよな」
M「本当ですかぁ? 初めて聞きますよ?」
R「ホントホント。それはやっぱ、感情表現という意味合いで言えば俺なんかは特にそうだよな。ああ、こいつはやっぱり俺達に似てるって思ったし、こいつが音楽で食ってくなら絶対ニューミュージックなんかやらせねえって思った。デスメタルだよ繭子は」
M「(お腹を抱えて大笑いする)」
-- それはでも、ちょっと面白い意見ですね。
R「そうか?」
-- なかなか第三者的意見で『こいつデスメタルだな』は出ないですよ。
M「あー、でも嬉しいかもしれない。私以前、前に、殿岡さんにパンクやねって言われてもピンと来なかったですけど、今竜二さんにデスメタルな女だって言われるとちょっと嬉しいもん。別に殿岡さん批判じゃないですよこれは」
R「抉るなあ~」
M「違うってば!(笑)」
-- あはは!でも分かる気がする。パンクとメタルというジャンルの違いじゃなくてさ、きっと竜二さんが自分達に似てるって思った部分が、彼女の中にあったデスメタル的何かなんでしょうね。それはきっと音楽の話じゃなくて、お互いに共通した人間的な要素なんだと思います。
R「良いフォローだ!」
M「ありがとう!」
-- キワドイもんなー!ビックリしたー!(笑)。
M「でも嫌なんだよ、殿岡さんをタブーにするのは。喧嘩にはなったけど、私はあの人嫌いじゃないしね」
R「(嬉しそうに頷く)」
M「なんならもう一度会って喧嘩したい」
R「あはは!」
M「ウソ。…誤解を解きたい」
-- そうだよね。
R「ちゃんと伝わってるから気にすんな。前もちょっと言ったけどよ、あの後飲みに行った時もお前の事褒めてたから。ああいう奴は今パンクの世界にいなくなった。お前らが羨ましいよって」
M「はい」
-- 惜しい人を亡くしましたね。
R「面白いおっさんだったよ。喧嘩クソ弱いのに昔っからまー気が強いのなんの。そこも含めてパンクだったよな。パフォーマンスも、テメエのスタイルを貫く格好良さがあった」
M「伸ばし放題のギターの弦振り回すのはやめてほしかったですけどね(笑)」
R「ヒゲな(笑)。昔翔太郎があれで目の端切って大暴れしたもんな」
M「聞きました。危ないですよね、実際」
-- (笑)、少しお話が逸れてしまいましたが、繭子の土下座と懇願を目の前にして、皆さんは何か声を掛けたりはされなかったんですか?
R「あー(頭の後ろを掻く)」
M「(それを見つめる、笑顔)」
-- (待つ)
R「そういう時黙って見てられる筈のない織江がよ、固まって動かないんだ。それぐらい繭子の勢いが凄かったんだけど。だから不謹慎かもしれねえけど、もうちょっと見ていたいぐらいの熱っぽさがあって、魅力っていうのとは違うんだろうけど、見とれちまったのはあるんだ」
M「ええ(笑)」
-- 繭子の土下座にですか?
R「土下座もそうだし、こう、湧き出るエネルギーみたいな」
-- ああ、なるほど。姿形はどうあれ、一人の人間の本気をバンドとは違ったスタイルで見ているわけですもんね。
R「そうそうそう、若干18歳の女の子に気圧される大人4人(笑)」
M「(笑)」
R「あの時何て言ってたか自分で覚えてるか?」
-- 繭子は絶対覚えてるよね?
M「もちろん」
R「俺も覚えてる」
M「え? 泣きながらグダグダ、結構喋ったと思うんですけど(笑)」
R「もちろん一言も間違えずに完璧にじゃねえよ。だけど不思議と忘れねえんだ。なんとなくそれを思うとよ、翔太郎が一度覚えた事を忘れないメカニズムも理解出来る気がすんだよな(笑)」
M「あはは。そんな所にまで私の言葉は影響を及ぼしますか」
R「及ぼしたねー」
M「(苦笑いして首を横に振る)」
R「(息を吸い込み)…だから」
M「ちょっと待って下さい。今、嫌な予感がしました、何か良い事言おうと思ってませんか!?」
-- 繭子(笑)。
R「思ってねえよ!」
M「本当ですか? 何言おうとしました?」
R「だからよ。私は…」



『私は自分の力で、自分の人生を生きたいです。いじめれていた毎日も、うまく行かない日常も全部、それでも、自分の人生として、私は背負っていたいです。嫌な記憶をここで捨て去るのも、嬉しかった皆さんとの思い出を、大事に抱えていく事も、全部、私が決めたいです。もう誰にも、邪魔されたくありません。皆さんが、大好きです。一緒に生きたいです。自分の人生を、皆さんと生きたいです。私の責任は、私にしか取れないと思います。だから何も、気にしないでください。皆さんは何も、背負わないで下さい。私は必ず、アキラさんに追いついてみせます。絶対に追い越してみせます。私の生きる場所は、あのドラムセットにしかありません。ここで、あの場所で、あなた達の後ろで、私は死にたいのです』



R「土下座したまま何度も頭を下げ、顔を上げては泣きながら叫ぶ。また頭を下げて、泣いて、叫んで。動けなかったなあ」
M「(両手で照れた顔を覆う)」
R「昔アキラが言ってたらしいんだ。俺と大成があの2人(善明と伊澄)に、正式な形でバンドに入れって誘った時、『ああ、これはいけるかもしれない』って、あいつ思ったんだって。俺はそれ後んなって聞いて半信半疑で笑ってたけどよ、そん時の繭子の言葉を聴いた時に、同じように思ったもんな。『ああ、これ行けるわ。こいつとなら本当に世界獲れるかもしれない』って」
M「うっそー(笑)」
R「本当に、うん。大成も翔太郎も同じように言ってた。繭子以外はあり得なかったって。俺もそう思う」
M「初耳ですけど、本当ですか? なんか、逆の意味で聞いた事がある気がするんですけど(笑)」
R「逆の意味?そんなウソは言わねえよ」
M「(頷く)」
R「俺達が誰かを選ぶとするならアキラ以外はあり得ねえ。だから俺達が今こうしていられんのは繭子がバンドを選んでくれたからだし、そんな事をやってのけるのは繭子以外にはあり得なかった」
M「私は選んだとも選ばれたとも思ってませんよ」
R「お前はそうだろうな(笑)」
M「ただ、優しいなあ、やっぱりって思ったのは…3人同時だったんですよね、あの時。私の手とか腕をつかんで立たせて、3人で、アキラさんのドラムセットに座らせてくれました」
R「ああ」
M「でもその時私は自分がどこに座っているのかよく分からなくて、何か皆さんの言葉を聞きたくて顔を覗き込んだりするんだけど、誰も私に目を合わしてくれなくて」
R「っは」
M「捉えられた宇宙人みたいな状態でしたよね」
R「あはは!」
M「力強く私を引っ張り上げて下さって、歩きながら首から上だけ動かして、頑張って皆さんを見ようとして。ドラムセットに座るまで3人の表情は分からなかったですけど、竜二さんが私の手にスティックを握らせてくれましたね。アキラさんのスティックでした」
R「そうだっけな」
M「手の中にある自分の物ではないスティックを見た時、ようやく涙が止まったんです。こいつを使ってやってくれ。はっきりとそう聞こえました。皆さんが楽器を担いでいつものポジションにスタンバって。その時見た3人の背中が、今も私の原動力なんですよ。私はもう二度と心を折られたリしない。ここで生きて行くんだって、そう思いました」
R「…何の曲やったっんだっけな」
M「ええ? だから『IMMORTAL WORK』ですよ」
R「…あぁー!そうなのか!? だからお前ベストの一発目にあれ推してたのか」
M「信じられない(笑)。忘れてたなら何でオッケー出したんですか?」
R「いや、別に良い曲だしよ。お前がそこまで推すなら、じゃあ、良いかーって」
M「もおー(笑)」
R「えー、覚えてないの俺だけかな?」
M「っはは、それは知りません。翔太郎さんが覚えていらっしゃる事だけは間違いないですけどね」
R「そっかー?言う程あいつ万能じゃないぞ?」
M「えー(笑)」
R「だってあいつ昔ポップコーンさあ…」
M「あははは!それ駄目!駄目です!」
R「何だよ(笑)。それよりどうすんだよこいつ、ガン泣きしたまま全然帰って来ねえじゃねえかよ」
M「放っておいてあげましょう。この人のこれはもう仕方ないです」
-- (何度も頭を下げてお二人から少し離れた)
R「俺さ、さっきお前が言ってた質問の答えは本気で思い出せないんだけど、改めて思うんだよ」
M「何をです?」
R「何つーか、あの時お前が叫んだ言葉や、表情や、声の張りとかさ、震えとかさ、そういう事ははっきりと覚えてんだ。…ボーカルだし」
M「関係ないです(笑)」
R「なー」
M「(爆笑)」
R「今、だからそうやってあん時の繭子を思い返してみてよ。さっきの繭子の質問の答えを考えてみると、もう何だろうな、意味分かんねえなーぐらいの感情になるんだよ」
M「あっは!意味ー?」


『翔太郎さんにこれだけは勝てない、大成さんにこれだけは勝てない。だけどこれだったら俺は誰にも負けない。そういう部分ってありますか』


R「あいつらに勝てないとか勝てるとかさ、そんなの一度だって考えた事ねえもん。きっと繭子にしてみれば、誰か他人と自分を比較して、自分の短所を直して長所を伸ばしてとか、そういう話を考えてたのかもしれねえけどよ。俺から見るあいつらはライバルじゃねえんだよな」
M「はい」
R「今思うとこの10年繭子もそうだと思うけど、絶対に、…うん、絶対にあいつらって途中で何かをやめたりしないだろ」
M「はい」
R「一度決めた事は絶対に最後までやるんだよ。そこの信頼に関しては誰にも負けないぐらい強いし、そういう奴ら相手に勝つだの負けるだのは無意味なんだよ。同じ場所へ向かってそれぞれの場所から全力で走っていくんだ。走ってる道は、もしかしたらそれぞれの人生って意味で言えば違うんだろうけど、最後には必ず同じ場所へ辿り着くと思ってる。それは繭子もそうだし。だから繭子の質問をどんだけ真剣に考えたって答えは出ねえし、うまく想像も出来ねえ。そういう意味じゃあ、俺には最初から、何んにも怖いもんなんてない」
M「…」
R「お前もそうだろ? 一人じゃねえもんな」
M「(堪えきれないという勢いで池脇に抱き着く)」
R「(驚いて抱きとめる)」


(慌てて駆け寄りカメラの電源を落とす)


(再開)


M「ちょっとー!(笑)」
R「今の止め方は駄目だ、完全に誤解を生む!あはは!スゲエ面白いけど多分駄目だ!」
-- すみません、ビックリして思わず(笑)。だけど繭子の衝動的な行為は誰にも誤解なんてされないと思います。繭子じゃなくたって、そこにいれば100人中100人抱き着いてたと思います。そのぐらい竜二さんが今、格好良かった。
M「まあね」
R「ならいいか」
M「(笑)」
-- でもそれだけじゃないですけどね。質問の答えとして完璧すぎました。
R「何が」
M「私が10年前に聞いた時に答えて下さった言葉と、ほぼ同じ内容でした」
R「へー」
M「へー(笑)」
-- 本当に覚えてないんですよね?
R「覚えてねえ。多分今言った事だって来年の今日は覚えてねえよ。でもきっと同じ質問されたらまた同じ事答えると思うぞ、俺馬鹿だから全然進歩しないし(笑)」
M「…」
-- …凄いですね。
R「声小っちゃ! …なんで今そこで泣くのか全然分かんねえ。なんか、俺だけ筋書きの知らないドラマを一緒に見てて、エンディング知ってる二人が先回りして泣いてるイメージ」
M「…全然ピンと来ない」
R「(爆笑)」
M「(耳を塞ぐ)」
-- (耳を塞ぐ)。
M「なかなか言えない事だと思いますよ」
-- 10年間何も変わらないでいられる事の凄さに気づかず、この先もきっと変わらないと思うなんて、普通は言えないよね。
M「ね」
R「馬鹿だからね」
M「違いますよ」
-- 本当に、翔太郎さんと大成さんを信用されているんですね。
R「それがなんだよ今更(笑)、あいつらなんてもう自分自身みてえなもんだよ」
-- それが凄いんです!
M「人を信用する事も、信用してるって言える事も、簡単なことではないと私は思いますけどね」
R「簡単だろ。一緒に生きてみればいい。それだけじゃねえか」
M「…信用できない人とは暮らないじゃないですか」
R「そりゃ好きでもない奴とは暮らせねえさ。でも一緒に生きてみればそいつがどういう人間かはすぐに分かる」
M「結果その相手がとんでもない大悪党だったら?」
R「離れればいい」
M「その時間を無駄だったと後悔しませんか?」
R「そいつをクソだと思ったとしても後悔はしねえ。そいつをクソだと思えたテメエを褒めてやりたいね」
M「最初から信用出来る人と長く一緒にいられる時間が持てたかもしれないのに、勿体ない事したなって思いません?」
R「最初から信用できる奴なんてどこにいんだよ」
M「…確かに」
R「好きだと思える奴とテメエのやりたいように生きてるだけで良いんじゃねえかな」
-- なるほど。『信用はするもんじゃない、結果そこにあるもんだ』ですね。
R「へえ。誰が言ったんだ?」
-- 竜二さんです(笑)。
M「(爆笑)」
R「(珍しく少し慌てて)俺そんな事言ってた? まじで? なんで?」
M「(爆笑)」
R「格好わりーなあ」
-- そんなわけないじゃないですか!
R「言っちゃいけねえよなあ。そんな決め台詞みてえな手垢の付いた言葉をしたり顔で話すようになっちゃあ、俺もいよいよだ」
-- いやいやいやいや、そんな事言われちゃうと聞き出した事を後悔するじゃないですか。
R「(首を捻りながら)ダセえ」
-- 繭子、フォローして(笑)。
M「何だこのインタビュアー(笑)」
R「(ちょっと笑う)」
M「私みたいなのがフォロー出来る事じゃないけどさ。この人達の凄い所は思ってる事を漠然とじゃなくてちゃんと自分の言葉で他人に言える所だと思うの。でもそれは間違いなくトッキーが聞くから敢えて答えてるんだけど、きっと聞かれなくても最初から皆の中に思いとしてあってさ。言うか言わないかの違いだけで、答えはずっと皆の胸にあると思うんだよね」
-- うん、うん。
M「それは自分で考えて行動してきた事の結果だったり、裏付けのある自信だったりがあるから平然と言葉に出来るんだって、私は思ってるかな」
R「(誰の事を言っているんだろう、という顔)」
М「フォローになってる?」
-- 超なってる(笑)。そうなの、そこもだから、私達のジレンマというか弊害というかね。全てにおいて彼らが発した言葉っていうのは、間違いなく私が質問した事への回答だからさ、その声なり言葉なりを文字に起こした時に、彼ら本来の人間性と乖離しちゃう事ってあるんだよね。
М「…カイリ?」
-- かけ離れるんだよね。
М「あー、どうだろう(池脇を見る)」
-- ウソか本当か、本音か建て前かっていう部分を考える前にさ、『こういう事をサラっと言ってのけちゃう人なんだな』とか『めちゃくちゃお喋りな人なんだな』っていう余計な印象を読者に植え付ける事がこれまでもあって。
М「うんうん」
-- ものすごーく寡黙な人相手でもさ、粘り強く取材を続けて言葉を引っ張り出せば、本人の意図しない人格を形成する事だって出来るじゃない。人にもよるけど、そこを気にしすぎて物凄く素敵な言葉や考え方を掲載出来なくなるっていう悩みを抱えたりもするんだよ。
М「なんで? 悪さする意図がないなら、書けるでしょ」
-- 悩むよね。
M「なんでよ(笑)。印象操作って事?」
-- そう。特にこういう、一年はやり過ぎかもしれないけど(笑)、長期的な取材になると『インタビュー』とは別の部分でも人として深い部分を話していただける事ってあって。
М「雑談とか?」
-- 私の呼び方だけどね。うん、でもそういう会話の中にこそ重要な事って含まれてたりするけど、それって言ってしまえば『発信したい事』ではない場合もあるでしょ。そこは聞いてて私にも分かるから、記事にしたい、でも出来ない、すると余計なフィルターをかけてしまう、固定観念を植え付けてしまう、とか考えちゃうからね。
R「俺は別になんとも思わないけど」
-- いやだって、ご自身が発言された事に対して『ダセえ』って仰るじゃないですか。それなのに私が無邪気に書き起こす事は出来ませんし、繭子が言ったように、普段から当たり前のように思っている事でも私が聞く事で敢えて言葉にしてもらった大切な部分を、そういう誤解を与えるきっかけにするわけにはいきませんよ。
R「いやいや、そんな事気にする必要なんかねえよ。ダセえもんはダセえんだ。仕方ねえよ、それが俺なんだから」
-- いやいやいやいや!そんな訳にいきますか!
R「(爆笑)」
M「トッキーはだから、その時点でもうフィルターをかけようとしてるんだよ」
-- え?
M「もう思考がバイラル側なんだよ。格好良く見てもらおう、彼らの魅力を届けたいってそればっかり。それは悪い事じゃないけど逆を言えばありのままの彼らを何で見せちゃいけないんだって事にもならない?」
R「おー(笑)」
-- あああああ。
M「(池脇をチラリと見て)…出過ぎた真似を…」
-- あはは!いやいやいやいや、本当にその通りだよね。
M「もちろんトッキーが色々気にかけてくれてる事は十分知ってるから、トッキーのスタンス全部が駄目だなんて言ってるわけじゃないよ。その、さっき自分で言ってた掲載すべきがどうかの部分ですごく悩んでくれてる事とか、有難い事なんだよなって思ってるし。だけどその部分と、私達の発言によって私達がどう思われるかまでは、それは考えなくても良いと思うな」
R「…おおー(笑)」
M「っはは、何なんですか」
R「大人になったなー、お前なー」
M「にじゅーきゅー、なんで」
R「っかー(笑)」
M「竜二さんがタブーなんてねえってよく言ってるのはそこなんだろうって思う」
-- ああー、なるほどね。
M「話の内容によってはそりゃ気にしなきゃいけない部分ってあるんだろうけど、要は自分が話す言葉によって周りからどう思われようが何を言われようと、気にしないしどうでも良いっていう、そういう事ですよね?」
R「(頷く)」
M「この一年皆のインタビューを、全部じゃないけど見た時に確信したのはそこだよね」
-- ん、そこって?
M「普段全然喋らないこの人達がさ、聞かれた事にはびっくりするぐらい丁寧に答えてたでしょ?もう最初めっちゃ驚いたし」
-- ああ(笑)、懐かしい。そうだったね!
M「私自身はタブーなんてありまくりで生きて来たしさ、言いたくない事だらけだったけど、段々そういう皆を見てるうちに羨ましくなって来て」
-- 色々話せてる事が?
M「そう。そいでまたその方が格好良いなって思って。まあ、そう思えるようになったのはつい最近ですけども(笑)」
R「あはは!」
M「私、竜二さんが話してる内容はほんと、ここだけの話ほとんど全部、織江さんとかトッキーに頼んでビデオ見せてもらってたんですよ」
R「あー、そうなんだ。何で?」
M「竜二さんて普段あんま深い事言わないじゃないですか」
R「(爆笑)」
M「(耳を塞ぐ)」
-- (耳を塞ぐ)
R「え、それ逆を言えば翔太郎大成は普段からなんか偉そうな事言ってんのか?」
M「言わないです(笑)。でも輪をかけて言わないんです、竜二さんが」
R「へー」
M「竜二さんはこの一年で他の皆さんのお話ってチェックしてました?」
R「全然(笑)。ただなんつーの、話の内容は興味ねえけど、それぞれの言葉で昔話をしてるあいつらの側を通りすがりで見たりとか、そういう場面って今までなかったからそこはずっと新鮮だった」
M「あー、確かにそれもありますね。生で見るってなかなかないですもんね」
R「Billionとか他の雑誌取材で音楽以外の話ってまずしねえし。でも実際に本音が出るのってそこ以外の話だからな」
-- そうですよね。
R「実際、昔の話なんてどんな内容であれ、実は俺もその場にいたりするからな。懐かしいーって言いたくなるような場面でもよ、翔太郎や大成が改めて自分の言葉で喋ってんの聞いたりすると、なんかすっげー新鮮なんだよな」
M「確かに(笑)」
-- それはきっと去年後半の事を仰ってるんだと思いますが、その事に関して私としては翔太郎さんのおかげだとしみじみ思ってます。
R「ん?」
M「自分達のこれまでを記録保存して、一旦リセットして行こうかっていう申し出の事です」
-- そうです。
R「あー、なるほどな。そういう意味でな」
M「翔太郎さんからその話をされた時皆会議室にいて、一瞬重苦しい沈黙になりましたよね」
-- そうなんだ!?
R「全体会議(笑)」
-- ええ!?
R「そりゃーやっぱり、とんでもねえ事言うなって思ったよな」
M「そうですよね(笑)」
R「あいつがそれを言うって事はきっと本当に全部話すって事なんだろうなって。…繭子の事も、自分達の事も、アキラの事も、全部って事だろって。それってどうなの? 俺が自分で自分の事喋るのはアリだけど、お前らそれ他の人間に喋られてアリなのか?って」
-- 確かに。
M「でもその時点で私自身が、自分の学生の頃の話をしちゃってるわけなんですよ。だから私は私の事よりも皆の昔の事思い出して、普通に無理でしょって(笑)」
R「収録できないでしょって?」
M「ピー!(笑)」
R「まあな。だから大成がそん時言ってた言葉が俺の答えとほぼ一緒で」
M「はい、私もそうです」
-- 何と仰られたんですか?
R「(繭子を見る)」
M「(視線を受けて)『誰に言って聞かせたい話とか、自慢したい話があるわけじゃないけど。ただお前と違って最近忘れっぽいから、時枝さんに話す事でもう一度思い出してみるのは面白いかもな』って」
-- 大成さんがそんな事を…。
M「『なんだかんだ言ってずっと面白かったからなー、俺』って言われて私何も反論なかったです」
R「(頷く)」
M「そうだよ、面白かったよ、ずっと楽しかったんだって思って」
R「それ聞いた織江が嬉しそうでな。そういうの見ちゃうとついな、おお、良いね良いねってなるしな」
M「なりますね。しかもその時誠さんもいてさ、『私にも喋る権利あるー?』ってめっちゃ楽しそうな笑顔で。やべえっていう顔してる翔太郎さんが可笑しくて!」
R「あったな(笑)」
-- 目に浮かびます(笑)。
M「ただもちろん、本になる、本にしたいって言われた時は動揺したよ?」
-- それはね。ちょっと話の路線が違うものね。
M「うん、記録として残しておく為に昔の話をするのは精神衛生的に良い部分もあったし、私だけの話じゃないから色々聞けるのはちょっと楽しみでもあったし。ただそれを全然知らない第三者に読ませるって何でよって、それはちょっと今でも思ってる所あるしね(笑)」
R「まあそれが当たり前の反応だよな」
-- そうですよね。
M「そこも踏まえて振り返った時にさ。だから私はやっぱり、この話とかこの日とかじゃなくて、この一年で一杯これまでの皆の事を思い出したり、感謝したり、泣いたり、そうやって過ごした時間が幸せだったんだよねって思う」
R「(頷く)」
M「過去の出来事って自分の中では、通り過ぎた事として経験に変えちゃってる部分もあって、敢えて振り返ろうとしない場面もあったりするでしょ?」
-- はい。
M「だけどそこには大切な、忘れちゃいけないような思い出だって一杯あったわけだし。そういうのを改めて考えたし、何より自分だけじゃなくて竜二さんだったり、翔太郎さんや大成さんの口から当時の気持ちを聞けた事とか。…うん、幸せだったな」
R「いいねー」
M「あ、今綺麗にまとまってましたね。お疲れ様でした!」
R「した!(立ち上がる)」
-- 待って待って!そんな急に終わらないで!
M「あははは!」
-- もー!びっくりしたー、今。本気で終わったかと思った。
M「(両手をハサミにして)上手く、コレすれば」
-- 綺麗に終わるって? まーねー(笑)。
R「なら全然関係ない話していいか?」
-- お願いします!お願いします!
M「必死(笑)」
R「今でも具体的な事って何も聞いてないんだけど、ちょいちょいお前と自分を比較して器の小ささを嘆くわけ、あのー、あの人が」
M「?」
-- 名前伏せなきゃ駄目ですか?
R「いや(笑)」
M「URGAさんですか?」
R「おお」
M「私と比較してですか? ちょっと意味が分からないですね」
-- 繭子と皆さんの関係を傍から見た時に、とても真似が出来ない部分があるっていうお話は私も聞いた事があります。その事ですか?
R「多分、そうかな。具体的な『何』っていう部分は笑って首を振るだけだし分かんねえけど。前にお前あの人の家行って色々話したんだってな」
M「いつだろう」
R「年明けて、末ぐらいか?」
M「っはい、はい」
R「何話したんだよ」
M「え、言えませんよ」
R「何で」
M「ガールズトークなんで」
R「何だそれ」
M「URGAさんが話して良いっていう許可を出すまでは、言えません」
R「そういうもんなのか? いや、俺は別に何でも構わないけどな。ただよく分かんねえ所あるからよ、聞いて欲しいのか欲しくねえのか。考えたって俺は分かんねえから」
M「それらしい、聞いてよーみたいな、そういう雰囲気になるんですか?」
R「それも分かんねえ。突然繭子の名前が出て、お前みたいにはなかなかなれねえとかそういう事は言うかな」
M「えええー(腕組み)」
R「それが何なのかも俺は別になんだって良いけどよ、どういう話をしたのかが分かればすっきりすんのかなって」
M「うんうん(頷く)」
R「…いた?」
-- 私ですか!? さすがにその場にはいませんでした(笑)。それってあれですか、年明けの、会議室での皆さんとの会談での件を仰ってるんですか?
R「それもだから分かんねえって(笑)」
-- あはは。
M「そんな、何ていうか、哲学的な話とか難しい事は何も言ってませんよ。私の目から見た、この10年の皆さんの事とか。…うん、そういう話ですから。ただそれを受けてURGAさんが仰って下さった話の内容は、私は口が裂けても言いません」
R「お前(笑)」
-- 余計に謎を振りまくっていう暴挙。
M「あはは。でも、うん…うーん! こればっかりはね、言えないんです。ごめんなさい」
R「え、謝られるような話なのか?」
M「内容うんぬんもそうですけど、私が竜二さんに向かって首を縦に振らない事がもう苦しくて仕方ないです」
R「おいおいおい、そんな脅迫紛いの話はやめよーや!」
-- あははは! でもガールズトークなんだ?
M「ガールズトークって実際何?」
R「(爆笑)」
-- 恋愛トークじゃない?
M「ああ、じゃあ、そうかも」
-- 繭子はURGAさんの話を聞いてどう思ったの?
M「んー、まあ、仕方ないんじゃないかなって」
R「…」
M「…ちょっと待って!何喋らせようとしてんの!?」
R「(爆笑)」
-- (両手を上げて)ごめん、職業病の悪い癖が出た。今のは誘導尋問だった、心からごめんなさい。
R「(爆笑)」


あいつの笑い声ってドア閉まってても聞こえる気がすんの俺だけ?
ああ、俺も聞こえるわ、イラっとするよな。
なー。
何でそうやって聞こえるように言うの?
聞こえない所で言う方がダメ。
あははは。



彼らの声が耳に届いた時、正直に言えば少しだけ怖かった。
機械的なまでに流れ続ける無色透明な時の移り行く様が、目に見える形で押し寄せて来たような感覚だった。
終わりが来る事ははじめから分かっていたし、この時の為に随分前から心構えを固めてきた。
それでも尚少しだけ怖かったし、愛すべき彼らの声であるにもか関わらず、悲しかった。

今夜このスタジオで、全員が顔を揃える事はこれが最後かもしれないと、この日を振り返った時に涙を見せて語った伊藤織江の言葉を、あれから私は何度も思い出している。



芥川繭子という理由。
その言葉の意味を考える時、いつも決まってこの夜の彼らの笑顔が一緒に浮かんで来る。
愛すべき彼ら。
愛すべきドーンハンマー。
愛すべきデスラッシュミュージック。
愛すべき過酷な日々。
愛すべき、バイラル4スタジオ。



この夜の全てを、ここに書き記す。

連載第73回。「エンディング」 1

2017年、3月。



ぎゅっと目を閉じる。
ゆっくりと、開く。


扉を開けて入ってきたのは伊澄、神波、伊藤、関誠の4人だった。もうとっくに帰ってしまったと思っていた彼らだが、今改めて4人の姿を見た時に、『そうだ、こういう人達だった』とすんなり納得してしまう自分もいた。
反射的に振り返り見た芥川繭子の顔には満面の笑みが浮かんでいる。付き合いの長さから考えればきっと、彼女も心のどこかでこうなる事を予想出来ていたに違ない。同じ会社、同じバンドのメンバー、幼馴染であり腐れ縁。絆の深い彼らはそれでも一人一人が強烈な個性を持ち合わせるが故に、ただ笑ってそこに居並ぶだけでオールスター大集合(あるいはこの世界で言う所のスーパーバンド)のように特別な豪華さを感じさせる。しかしそれでもこの時だけは、私の目は繭子に釘付けだった。そして彼女の横顔に見惚れていた私は池脇の視線に気づいてはっとなる。


そうか、終わったんだ。


一年間続いたドーンハンマーへの密着取材も、今この瞬間を思って終了したのだ。私は立ち上がって黙ったまま頭を下げた。正直に言えば終わってほしくなどなかったが、今は以前と違い私の立っている道には続きがある事を知っている。それでも尚、涙はあとからあとから湧いて出た。私の体のどこにこれ程の水分が備蓄されていたのだろうかと、馬鹿な発想が過る。
下を向いていたから分からない。どういう流れでそうなったのかは分からない。しかし気が付けば私の頭を芥川繭子が抱きしめてくれていた。無様に声だけは上げまいと下唇を噛締め、震える手で涙を押さえた。私のすぐ側まで伊藤織江が歩み寄り、「さて」と言いながら場の意識を自分に集めたのを感じ取った。
「さて…」
もう一度彼女はそう言ったが、その続きは聞こえてこなかった。
伊澄と神波が優しく笑う声が聞こえ、私の頭を抱きしめる繭子がトントンと背中を叩いた。
私はそれを合図だと受け止め頷いて顔を上げると、「最後にご挨拶だけさせてください」と申し出た。
そして応接セットの指定席に腰掛ける皆の顔をゆっくりと見つめた後、私は最後のあいさつに臨んだ。



-- 時間帯の事を言えばもう夜だと言って差し支えありませんから、お疲れの所これ以上引き留める事は出来ません。ちゃんとこうした場で言おうと決めて来た言葉がありますので、手短に済ませます。まずはこの一年、長い期間、多くの時間を割いてくださり、そして最後までお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。仕事というのは建前で、ほとんど趣味道楽に走って楽しんでいただけじゃないかと思われても仕方がないような若輩者でしたが、当初目標にしていた企画内容を遥かに上回る素敵な世界を体験する事が出来たのも、ひとえに、皆さんが私を受け入れて下さったおかげだと思っています。ですが、恥ずかしながら、私が個人的に掲げていた目標を達成できたのか、大満足大成功で幕を閉じる事が出来たのか、そう問われれば時間の足りなさを痛感し、返答に困るのが現状です。だからと言ってしまえば手前勝手な話になりますが、ご存じの通り私は今後も皆さんに付きまといます。目標を成し遂げるまで決してやめません。これからも、どうかよろしくお願いいたします。そして、今日というこの一年の締めくくりに相応しい時間を用意して下さった皆さんの心意気に報いる仕事が出来るよう、邁進いたします。これは最早覚悟というよりも、私の人生を賭けた喜びとも言えます。今はまだほんのスタートラインに立ったばかりの私ですが、どうか、なにとぞ、この通り、よろしくお願いします! 一年間、ああ、言いたくないっ、本当に、ありがとうございましたっ。…ありがとう、ございました。…ありがとうございましたー!!

(拍手)


2017年、3月。
バイラル4スタジオ、応接セットにて。

S「…手短?」
T「っは」
R「(笑顔で伊澄の肩を殴る)」
O「さて、そんな所に一人で突っ立ってないで、さあさ、こちらへ座りなさいな」
-- …はい。
SM「私飲み物取ってくるよ」
M「私も行く」
O「よろしくー」
S「カメラちゃんと回してるか?」
-- え、あ、はい。…はい?
T「この後予定があるなんて事は、ない?」
-- はあ。
T「まあ、だから、打ち上げって事で?」
-- えええ…。
O「そんな下を向かない。それもあるし、壮行会も兼ねてるからさ、気楽にやろうよ。気に病むような事じゃないんだから」
-- はい。
S「(真上へ腕を持ち上げ背中を伸ばしながら)時間がまだ足らないって、何を想定してたんだ?」
-- はい。多分、これが雑誌連載であったり書籍化の原稿だけをゴールに設定していたなら、こういう言い訳をする事はなかったと思います。じゃああと一年あれば足りるのか言われると困るのですが、きっと私は良い本良い文章を書く事を念頭に置いていないので、自分が満足できる所まで到達しない限り、ずーっと時間が足りない、まだ足りないと言い続けると思います。
O「時枝さんが満足できる所ってどこ?」
-- 余すところなく皆さんの魅力を世界中に届けられるまで、です。
(一同、笑)
-- 笑う所ですか?
S「ギャグだな」
T「面白いよ、面白い人だと思う。多分だけど本気で言ってるもんね」
-- 本気ですよ。
O「もちろんその、誰も馬鹿になんてしてないしありがたいとも思うけどね。なんだろうな、きっと言葉選びとかその程度の誤差なんだけど、ちょっとやっぱり面白いなーとは思っちゃうかな」
-- 織江さんまでどうしてですか!? 私本気で言ってますよ? 竜二さん!?
R「うわっと、はは、まー…。まあまあまあ…、なははは!」
-- ええええ!
R「まあよ、こういう言葉をテメエて言うのは死ぬほどダセえと思うから、そういう意味でもこれまで突っ込んでは来なかったのもあるかな、俺の場合は」
S「(頷く)」
R「俺達のその、魅力とやらを世界中に届けるんだってそりゃぁお前、それは俺らがテメエでやんなきゃ何の意味もねえだろ?」
-- …あ。
T「この子は分かってるとは思うけどね。そういう意味で言ってるわけじゃないってのは伝わるけど、ただ織江の言うように、言葉のチョイスがどうにも」
S「ギャグだな」
(一同、笑)
R「だからそういうアンタの気持ちを聞いて、織江からバイラルへ引き抜こうと思うって話になった時に、それしかねえだろうなって」
T「ちゃんと前を向いて言ってる事なんだから、いいかなって。詩音社が嫌だとか庄内が駄目だとか、そういうネガティブな気持ちを一度でも口にしてたら、誘ってなかったと思うよ」
O「脅かすわけじゃないけどね(笑)」
-- いえ、仰ることはごもっともだと思います。ちょっと、言葉を扱う人間として恥ずかしすぎるので上手く頭が回りませんが。
S「(笑)」
-- …庄内の事は、皆さんに対する尊敬とはまた違った意味で、感謝の気持ちが大きいですね。詩音社という会社組織とも、職場という居場所とも違った、うーん、なんと申し上げて良いか難しい所ではありますが、やっぱり始まりという感覚が強いので、きっとどこまで行っても庄内の存在は私の中から消えてなくなる事はないんだと思います。
R「良いねえ。上手い酒が飲めそうだ」
-- あはは。お恥ずかしい。詩音社もそうです。
O「(頷く)」
-- 付き合いで言うともしかしたら皆さんの方が全然長いのかもしれませんが、私はその中で毎日生活していましたから、そういう意味ではずっと濃い時間を過ごせたと思っています。編集長吉田を筆頭に、特に私が席を置くBillion編集部は本当にメタル馬鹿の集まりなんです。自分で楽器を触ってバンドを組んでいる人もたくさんいますし、足繁く自腹でライブに通って、仕事でもライブに通い詰めて、家でも通勤途中でも音楽を聴き続けるような、愛すべき人達のいる場所です。
R「吉田さん元気にしてるか?」
-- はい、おかげさまで。相変わらずパワフルです。
R「そっか」
O「じゃあちょっと、今日は特別な夜ですから、時枝さんにも思う存分語っていただこうかな」
-- お望みとあらば(笑)。
T「(口笛)」
S「酒!」
(一同、笑)
-- 誠さん達はどちらへ?私も手伝います。
O「平気平気。ちょっと見て来るね」
-- え? いやいや。
O「待ってて。…ああ、なんだ、切っ掛け待ちかな(笑)」
S「あ?」
-- …え?
(伊藤はスタジオ入口の前に立つと、笑顔で扉を開けた)
(スーツ衣装に着替えた芥川繭子と関誠が入って来る。タイトなスカートに白のブラウス、上下グレーのセット。おまけに二人とも眼鏡をかけるという用意の良さ)
(意味が分からず時枝は何も言えず)
SM「えー、それではー」
M「誠さん、マイクマイク」
SM「ああ、そうだ。(上着のポケットからマイクを取り出し)えー、それでは時枝さん、一年という長期に渡る密着取材の終着点で見えた、あなただから言えるドーンハンマーの真実の姿とは、一体どのようなものなのでしょうか!?」
(一同、笑。時枝、呆然)
SM「んん?」
O「…説明が必要な顔してるけど?」
M「トッキー、ノリが悪いぞ!」
(思わず振り返って池脇らを見る)
-- なんですか?
S「あははは!」
R「完全に素じゃねえか」
T「なんに見える?」
-- え、…ビジネスウーマンとか、キャリアウーマンですか?
SM「ウソでしょ!? この格好でマイク持ってりゃさ」
M「取材記者!」
-- (ようやく事態を飲み込み始める)あー、ああー、逆パターンですか? 私にインタビューしてやろうみたいな。
SM「遅い(笑)」
-- その為にわざわざ着替えたんですか!?
M「織江さんのスーツわざわざ借りて楽屋に持ち込んでさあ、必死で階段掛け登ってはあはあ言いながら着替えて来たのにさあ、そんな薄いリアクションある?」
-- いやいや、もう二人がめちゃくちゃ綺麗で可愛すぎて、似合い過ぎて格好良すぎて、意味とか理由とか何も考えらんないよ。何かのコスプレかと思ったけど。
(一同、笑)
SM「何だよもー!(笑)」
S「誠」
SM「はい?」
S「酒は?」
SM「…お酒はフランス語で」
S「(立ち上がる)」
SM「ごめんなさい!」
M「今ダッシュで取ってきます!」
S「人を鬼みたいに言うな。座ってろよもう面倒臭いから」



-- これ本当に偶然以外の何物でもないんですけど、昨日、庄内が足を骨折しまして。
(一同、大爆笑)
-- (笑)、あのー、病院に付き添ったわけなんです。その時受付でいろいろ手続きをしている間に、声を掛けられまして。もしかして、時枝可奈さんですか?てフルで呼ばれましてね。びっくりして顔上げると、とても上品な顔立ちの、看護師さんが立っていらして。全然知らない方なんでちょっとびっくりして、名札を見ても『青木』さんとだけあってどうにもお会いした記憶はないんです。返事に困っていたら、『すみません、渡辺です』と。それでも私全然気が付かなくて混乱しちゃって。却って気を使わせてしまったわけなんですが、ええ、そうです。『渡辺京の家内です。のぞみと申します』って。もう飛び上がって驚いちゃいましたよ。そんな事ってあるの!?って。
M「なんでトッキーの事知ってたの?」
-- 名前が珍しいからね、受け付けて呼ばれてるのを通りがかりに聞いて、もしかしてって。
M「なんで庄内さんじゃなくてトッキーの名前が呼ばれるのよ」
-- あ、ごめん、呼ばれたのは庄内だけどね(笑)。あの人と一緒にいる女ってもしかして…って事だったみたい。
M「ああ、ナベさんから聞いてたのか(笑)」
O「私かもしれないけどね。でもごめん、待って。なんで庄内さん骨折したの?」
(一同、笑)
-- 分かりません。朝から連絡があって、家で立ち上がって足を付いた瞬間右足首からパキパキパキパキって音が。
M「なんでなんでなんでなんでなんで!」
SM「痛ーたー(笑)」
O「着地をミスしたとかそういう事なの?」
-- だと思います。テーブルの脚に躓いたとか言ってましたけど、よく聞いてないです。
O「なんでよ(笑)」
-- なにやってんのよ朝からってイライラしてしまって。それでまあ病院へ連れて行きまして、もろもろありまして。
O「もろもろって?」
-- まあまあ、そこは別にいいじゃないですか(笑)。
O「あはは」
R「仕事どうしてんだ?」
-- そりゃ行ってますよ、普通に。
R「右足だと車乗れねえだろ」
-- 電車ですね。ギブスで固めてしまうと松葉杖が必要になるらしくて、迷ったんですけどフットワークが重くなるのは嫌だからって、痛み止めだけ出してもらってました。
M「ええー…。普通に歩いてるって事? 足首折れてるのに?」
-- ポッキリ行ってるわけではないみたいです。複数個所でヒビが入ってるとかで、きつめのテーピングと、反対の足に重心乗せる感じでなんとか歩けてますね。
SM「タフだなー、痛いでしょうに(笑)」
-- まあ、それは置いといて、渡辺さんの奥様ですけど。
O「あははは!」
T「そうは言うけど、のぞみちゃんに会った話より庄内の足首折れた話の方が俺達にしたら面白いからね」
(一同、爆笑)
-- そんな事仰らないで下さいよ(笑)。
O「だってちょいちょい会ってるもん」
-- ああ、そうかそうか、そうですよね。私外で偶然バイラルの方とお会いした経験ないものですから。
S「え、バイラルなの?」
O「違う(笑)」
-- でも家族みたいなものじゃないですか。
SM「言葉を扱う人間としてはだなー」
-- すみません(笑)!
R「向こうから声掛けて来たってのは何だ、ただの挨拶か?」
-- お昼休みに少しだけお話お伺いしました。ほんの15分程ですけど。
R「ナベの話?」
-- そうです。
S「カメラ回した?」
-- 回してません(笑)。素敵な方でした。穏やかで、とてもどっしりとした太い芯のある方だなあと思いました。体はとても華奢ですが。
O「家族と言う表現を使うなら、私達の中では一番まともだよね。一番社会人として安定した常識人で、ナベの女版みたいな人。良い人見つけたと思うもん」
T「マーの面倒もよく見てくれたからね」
O「うん、本当に」
-- 出会いはその頃らしいですね。マーさんの事故をきっかけに、病院で。
R「そこでマーとくっつかない辺りが面白いんだよな」
S「マーってその頃女いたよな?」
O「いた。いたけど、自分から別れたんだよね。足の事を気にしてね」
T「そういう部分でのケアも進んで買って出てくれからね。助かったよ」
R「それを側で見ててな、ナベの方がぽわーんとなっちまって」
-- そういう事だったんですか。
S「そういう話はしてないのか?」
-- お伺いした内容とは一致しないですね(笑)。
(一同、笑)


渡辺京の言葉。
『レストランです。当時は今程忙しいわけじゃなかったんで、午前中からマーの病院へ見舞に行って、昼ぐらいにそこのレストランで昼食をとって帰るっていうのが決まりになってて。僕カレーライス好きなんでいっつも同じ物頼むんですけどね、その日、運んで来たウェイトレスさんに「辛いですよ!」って突然言われて、びっくりして。普段そんな、人の顔ジロジロ見ませんけどさすがに驚いて顔上げたらよく見かける看護師さんで。向こうは向こうで「間違えました」みたいな顔で笑ってて。聞いた話だと、割と辛めに作ってるカレーなんで、子供がいる席で注文が入った時には必ず一言添えないとクレームになるって聞いてたんですって。そもそも彼女看護師ですから、そういうウェイトレスみたいな仕事をしないんですよね。たまたまお昼休憩でそこ利用してたら、友人にちょっとだけ手伝ってと言われたらしくて、ボランティアですかね。それで聞いてた注意点をいきなり僕に言っちゃったらしくて、二人で大笑いして。その笑顔が、マーの側で見てた険しい、真剣な表情とはまた違って、ほっこりしたと言いますか。その話は今でもしますよ、はい」


-- のぞみさんはその時既にナベさんの顔を覚えていたらしいです。もちろんワザと間違えたわけではないので、顔から火が出る程恥ずかしかったと(笑)。
O「それが、お互いを認識しあった初めてのエピソードなの? 初めて聞いたー!」
-- どうなんでしょうか、それ以前から面識自体はあったんですよね。というか、初めて聞かれたんですね、そっちの方がびっくりです。
T「一番記憶に残ってるとか、印象深いとかそういう意味で話したんじゃない?」
-- そうだと思います。
SM「のぞみさん口固いもん。よく聞き出せたね、15分とかで」
-- あー、それはきっとご自分から声を掛けて下さった事への義理立てじゃないでしょうか。私自分からする質問を全然用意出来てなかったくせに、もう、目がらんらんと輝いてたと思うんで(笑)。
M「骨の髄までインタビュアーだね」
-- 聞きたくて聞きたくて仕方ないんです(笑)。
O「でも、のぞみの立場からしたらそりゃそうだよね。甲斐甲斐しく献身的にマーの面倒見てらナベが惚れちゃったんですーなんて、普通は思わないよね(笑)」
(一同、爆笑)
-- だけど当時はそんな、浮ついた気持ちには全然なれなかったけど、マーさんを支えるナベさんの必死な目とか。それこそ先ほど織江さんも仰っていた、マーさんの昔の恋人の相談に乗ってあげている真摯な眼差しとか、そういった人としての魅力は感じていたそうです。
SM「ちょっと待って!それを何、昨日会っていきなり聞いたっていうの!? 15分で!?」
S「あんたホント何者なんだよ」
-- いえいえ、本当、そこだけです!そこだけピンポイントでお伺い出来ただけです。本来ならもっともっと皆さんとのご関係とか色々聞きたかったですよ!
SM「感心する。凄い人だわ」
-- いやいやいや(笑)。
O「のぞみがどこまで考えてるか分からないけど、ナベ自身時枝さんには感謝してるからね。マーもそうだけど。そういうのを家で聞いてたりするのかもしれないよね。そしたら少しくらいサービスしようって気にもなったのかも」
-- 感謝する方であってされる側ではないです。
O「そこはでも、人の感じ方はそれぞれだから」
S「なんならもっとうちの旦那を出せぐらいの(笑)」
O「あはは」
T「でものぞみちゃんて出会った頃は、俺達の事知らなかったよね」
S「辛うじて名前だけ聞いた事ありますって、確か」
T「うん。音楽聞く時間がなかなかーって苦笑いしてね、でもしばらくしたら全部アルバム買ってくれて」
O「それだって、ナベの事を思ってだからね。一瞬でブワ!って燃え上がったように見えた。出会ってから二人が結婚するまで本当早かったもん。私達より全然長いもんね」
T「ヨーコがもう16とか7とかだろ。バンドより長いよ、クロウバーのすぐ後だし」
O「ねえ。…早い」
(一同、笑)
-- ヨーコさんのお母様だって思い出した時、なんでこんなに若々しいんだよって二重の衝撃でした。繭子よりも誠さんよりも、付き合いは長いんですよね。
M「長い長い、だって私ヨーコちゃんに負けてるんだもん」
S「あははは!」
R「何と張り合ってんだお前(笑)」
SM「それ言ったら私も負けてるな(笑)」
-- なんか、そういう付き合の長さを象徴してるなーと思ったのが、別れ際にのぞみさんが仰るんです。一瞬下を向いてから明るい笑顔を上げて、『翔太郎くん、元気ですか』って。
SM「ちょっと待って」
S「…」
-- ね、そうなるじゃないですか。そしたら手を叩いて笑って。私をつんつん指さして、『では、またー』ですって。やられたー!って思って。超可愛かったんで全然怒れませんでしたけど。
(一同、爆笑)
S「(苦笑を浮かべて首を横に振る)」
O「まあね、そういう類の話は昔よくしたもの(笑)」
SM「焦ったー。いくら相手がのぞみさんでも…」
S「うーるっさい」
O「あはは」
-- ですが結局この一年、スタジオでお見掛けする事はなかったですよね。やはりお忙しいのでしょうかね。
O「うん、そうだね。ヨーコが中学生になったあたりから本格的にフルタイムで病院に戻ってるからね。優秀だからって重宝がられてるみたいだし、時間の融通はなかなか効かないよね。疎遠だとかでは全然ないよ」
-- はい。織江さんの事呼び捨てにする人に初めてお会いしたんですけど、ちょっと嬉しかったです。
O「一つ上だしね。呼び捨てにしてるのは私の方(笑)」
-- ああ、だから皆さんちゃん付けなんですね!
R「何がそんなに面白いんだよ(笑)」
-- 面白いですよ!一年経ってまだまだ新しい話聞けるんですよ!最高じゃないですか!
R「はいはい」
(一同、笑)


M「トッキーは、お姉さんの影響でBillionに入ったんだよね?」
-- 詩音社ですね。Billionに配属になったのはたまたま、融通がきいて。
M「ごめん、Billion以外の音楽雑誌も出してる?」
-- 以前はあと2つ程ありましたけど、今は定期刊行誌で言うとBillionだけですね。あ、ごめん、ちょっと切り替えが難しくなるから敬語でいかせてね(笑)。
M「了解(笑)」
R「別にタメ口でかまわねえぞ」
-- 仰ると思いました。絶対に、無理です(笑)。
(一同、笑)
SM「紹介で入ったの?」
-- 姉のですか?いえ、姉は詩音社じゃないので、そういうわけではありません。編集というか、好きなバンドの記事を書いて生きて行きたいという志望動機が姉の影響だっただけです。新卒で入ってるんですけど、学生時代からバイトでお世話にはなってるので、10年勤務したことになります。
M「いきなりBillionだったの?」
-- はい。
M「嫌じゃなかったの?なんでメタルなんだよって」
-- もともと好きだったので嬉しかったですよ。当時他に出してた雑誌がパンク雑誌とファッション誌だったので、希望とかあるって聞かれたバイト時代に、Billionでお願いします!って自分から。
M「じゃあ、ずーっと庄内さんの下で?」
-- 最初は吉田です。欠員が出た事もあり色々と雑用をこなしてくれる若いのが欲しいって(笑)。でも良かったと思います。やっぱり人を使うのが上手い人なので。
R「俺らが覚えてないだけで、実は若い頃に俺達と会ってたりする?」
-- ライブの控室で会釈程度ならあります(笑)。お話した事はなかったと思いますね。
O「庄内さんとはどうやって知り合ったの?」
-- 私の書いた記事を認めてくれたのが最初ですかねえ。もちろん同じ部内にはいたので知り合ってはいましたけど、あまり口数の多い人じゃないんで、最初は怖くてあんまり話した事なかったんです。
O「いかついもんね」
-- あはは!今にして思えばむさ苦しいと言いますか、こきたないと言いますか。
(一同、爆笑)
(伊澄が隣の神波に何事かを訴えている。小声で聞こえない)
(神波が顎をあげて笑う)
R「詩音社入ったのが10年ちょいくらい前だとして、俺達の事はいつ知ったんだ?」
-- 入る前から知ってましたよ(笑)。クロウバー時代から知ってます。
T「へえ」
-- これ言いましたよ私(笑)。繭子と同じでリアルタイムではありませんけど、音楽を好きになり始めた速い段階から、皆さんの事は大好きでしたから。
O「じゃあ気が合ったんじゃない?」
-- そうですね。セカンドアルバムを手渡されて、これ聞いてレビュー書いてみろって言われたんですけど、改めて聞き返さなくても今書けますって答えて(笑)。別に喧嘩腰じゃないですよ。
T「へえ、読みたい」
-- 今度持ってきます。
O「実際書いて読ませた時の、彼の反応はどうだったの?」
-- 子供みたいに喜んでくれたんです。それが、嬉しくて。
O「そっかー!」
SM「良い話じゃない。ねえ、なんでそんなに庄内さんに厳しくなっちゃったの?」
(一同、笑)
-- え、厳しいですかねえ。
M「厳しいよ!」
-- うーん、多分。…多分誰よりも尊敬している分、あんまり人に笑われるような姿を見たくないといいますか(笑)。ただ最近は、そういう姿にも人の良さだったり面白味を感じるようになってきてるので、もちろん嫌ってなんかないですよ。
SM「…なんかちょっと照れた(笑)」
-- あははは!
S「ムキミに偽りなし」
(一同、爆笑)
M「誰よりも尊敬してるんだね」
-- してますね。もちろん吉田もそうですし、皆さんの事もそうですけど。庄内は、そうですね。仕事でもプライベートでもたくさんの生きた思いをもらったなあと、そう感じますね。
M「生きた、思い?」
-- 頭で考えるのでも、感情的になるのでもなく、素直に、導かれるように生きていればずっと全力で楽しめるって。言葉は臭いですけど、常にそうやって動きながら好きな事に思いを馳せてるあの人と一緒にやってきましたから、実感という意味でも、これ以上の生きた思いはないですね。
R「…」
S「…」
T「…」
SM「…す、…え」
M「(驚いた顔で池脇らを見つめる)」
O「ふふ」
-- え、どうされました?
R「いや。…うん、こないだな。お前らが京都行ってる間に、ここの4人と庄内とで飲んだんだよ」
-- ええ! 聞いてません!
M「長くなりそうだったから私は途中で抜けて誠さんトコ逃げたけど(笑)」
(一同、笑)
R「なんか。…な」
S「…」
T「あんたの事すごい大事なんだなーってのが、伝わってきたよ」
-- (言葉が出ない)
R「あんたのお株を奪うようでどうしようかと迷ってたけどよ、せっかくだし、良いか」
S「(立ち上がってPA室へ向かう)」
T「カメラをね、回してたんだ」
-- …え。
T「もちろん庄内は知ってるよ。まあ、途中から忘れてるのかもしれないけど(笑)」
R「今見るか?持って帰ってもかまわねえけど(笑)」
-- …見ます。
O「え、一緒に見てもいいの?」
-- え、はい。もちろん。
M「本当に!?」
SM「庄内さん怒らない?」
R「こんだけの人数の目に触れる事は想定してえだろうし、今はやめとけ。テメエで振っといて悪いけどな」
-- 私や庄内に怒る権利なんてないですよ。どんだけこっち側、皆さんにカメラ向けてるんだって話ですから。誰の知り合いでもない他人の映像ならいざしらず、私や庄内の事なら隠し立てするような事ではありません。
R「いやいや」
T「でも多分、後悔するよ?」
-- それが例えば恥ずかしいとか情けないとかそういう意味なら、動じません。
T「(苦笑したまま池脇を見やる)」
R「あんたがそれでいいなら」
S「何、今見んの?」
R「そうらしい」
S「(ビデオカメラを神波に手渡しながら)俺煙草吸って来るわ。勝手にやってて」
SM「あ、ごめんね」
S「お前は関係ない」
R「逃げんじゃねえよ(笑)」
T「お前こそ便所とか言うなよ!」
R「あははは!」
S「(誠に耳打ちする)」
SM「(頷く)」
-- 意固地になりすぎてますかね。ちょっと嫌な予感しかしないな(笑)。

連載第74回。「エンディング」2

2017年、3月。


伊澄の煙草を機に、繭子の為の休憩を挟んだ後、ビデオカメラの映像を全員で視聴すべく会議室へと場所を移した。接続のセッティングを扱いなれた伊藤が行い、各自いつもの場所へと腰を下ろす。こういう時繭子は決まってメンバーから離れた壁際に座る為、私もいつもの通り全員が視界に入る様入り口脇に椅子を置いて座った。すると池脇が自分のふたつ隣、つまり伊澄の椅子を引いて私に座るよう手招きした。煙草を吸いに出たまま彼の姿がないとは言え、当然その椅子に座る事など考えられない。戸惑い首を振る私に全員の視線が注がれ、促されるまま止む無く言われた通りにする。
全員で『still singing this!』のMVを視聴したモニターに居酒屋の個室が写し出された時、私の鼓動は『SUPERYEAH』のイントロのように猛烈なスピードで疾走し始めた。



映像の右下には撮影された日時が記録されており、2017年、3月12日とある。
伊藤織江の帰省に同行した、3日目と同じ日だった。私が彼女に自らの進退を相談する前日である。
少しの雑音と、カメラをセッティングしている神波の胸元。一瞬映像が白飛びし、ピントが合うとそこは広い個室。池脇が入室し、後ろから伊澄がと繭子が入って来る。少し遅れて庄内が恐縮した動きで現れた。池脇が指さし、カメラの存在を教えている。庄内は一瞬ぼーっとカメラを見つめたが、すぐに笑って頷いた。

映像・左から、池脇竜二(R)×伊澄翔太郎(S)×芥川繭子(M)×神波大成(T)×庄内俊充(庄)。
全員の顔が映る様配慮したのか、横並びで座っている。

R「お疲れさん」
T「お疲れ」
S「あいー」
M「お疲れさまです!」
庄「お疲れ様です。お久しぶりです」
T「久しぶり?」
庄「こうやって一緒にお酒飲むの、何年振りですかね。竜二さんと二人とか翔太郎さんと二人とかはありましたけど、こうやって皆さん全員とご一緒するのなんて。本当、芥川さんなんてそれこそ(笑)」
M「数える程ですよね(笑)」
庄「ありがとうございます」
M「いえいえ、こちらこそ」
庄「お元気そうで何よりです」
М「庄内さんこそ、お変わりなく」
庄「『NAMELESS RED』毎日聴いてます」
M「あは、ありがとうございます!」
S「お前喋りやすいからって繭子にばっか言ってんだろ」
(一同、笑)
庄「でも毎日聴いてますよ。ドキドキでしたけどね、織江さんからサンプルお預かりして。時枝は何て言ってますかって聞いたら、こういう形で音源をお渡しするのは庄内さんが最初ですって仰っていただいて」
R「へえ」
庄「取材してる中で生で練習風景等を拝見させてもらってますから、情報量としては時枝が全然多くを把握してると思うんですけど、あいつから聞く印象意外には何も先入観なかったですからね」
T「普段から仕事で大量の音源死ぬ程聞いてんじゃないの」
庄「そうっすね(笑)」
M「違いとか分からなくなりませんか?」
庄「正直それはありますよ。あの格好良い曲どのバンドだっけなーとか」
M「ええ?(笑)」
S「失格!」
(一同、笑)
庄「あはは、もともと知ってるバンドとか好きなバンドならそんな事もないんですけど、これだけ聞きまくってると意外に、うわ、なんだ今の!って反応するのはニューカマーだったり日本初上陸のバンドだったりするんすよ、まじで」
S「失!」
M「格!あははは!」
庄「いやいや本当ですから。時枝に聞いてみてくださいよ(笑)」
R「んーで実際どうなんだよ、うちのは」
庄「あはは。あー、うーん。もう、なんて言ったら良いんでしょうかね…」
(沈黙)
(伊澄が煙草に火をつける)
(沈黙)
(繭子が伊澄と池脇を見やる)
(沈黙)
庄「すんません…」
S「お前ら付き合ってんのか。あの子の泣き癖はお前の指導のたまものか?」
(繭子以外、爆笑)
M「(鞄からハンカチを出して庄内に手渡す)」
庄「ああ、すみません、大丈夫です、大丈夫です」
T「何なんだよもう(笑)」
R「切らねえからな(カメラ)、面倒くせえ」
庄「平気っす」
M「でも竜二さん、嬉しそうですよー?」
R「あははは!」
S「前(『POINT OF NO RETURN』』)とどっちが上?」
庄「…ああー、すんませんっした。だけどそういう比べ方をすると難しいですね。実際リターンの時も実感しましたからね、国内敵無しってこういう事だなって。本気でそう思ってうちのレビューでもそう書きましたから」
R「ウソつけ!」
S「そんなん読んだ記憶ないけど」
T「お前読んでないだろ」
M「(笑)」
庄「まじっすよ。でも吉田からバツ食らって。お前の立場でそれは言ったらいかんって言われて久々に原稿直したんすから」
(一同、爆笑)
庄「作品ごとのテンションってあるじゃないですか、どんなバンドでも(浮き沈みの話)。それがグワー!ってすんごい高いレベルにまで持って行けた時に、要するにそれが勢いなのか、持ち味として出せてるのかで全然俺の評価変ってくるんですけど、リターンの凄さって、込み込みで20年やって来てまだこの張り詰め具合で最後まで持ってけんだ?って、俺仰け反ったんで」
M「あああぁ、嬉しい~っ」
S「(上手い事言うな~、と池脇に囁く)」
R「(達者だわ、と囁き返す)」
T「(二人を振り返りながら)聞こえるように言えよ」
庄「わははは!いや、まじっす。吉田と一緒に聞いたんですけどね、『ッホホウ!』って手叩いてましたよ、あの方も」
(一同、爆笑)
庄「しかもだから、そこの収録曲で、まあ言ってしまえば世界に爪痕残したわけじゃないですか。映像ありきって言う馬鹿もいますけど(『COUNTER ATTACK:SPELL』の事)」
R「まあまあまあまあ(笑)」
庄「アルバム聞いた時に俺が思ったのが、凄く生意気な言い方しますけど、『&ALL』でちょっとゴール見えた気がしたのが、リターン聞いた時に、よし来たこれだ!って思ったんすよ。バンドがガチっと嵌って全員が全員やりたい事やれたんじゃないかなって。こういう言い方すると芥川さんがもしかしたら背中丸めちゃうかもしれないんで敢えて言いますけど、俺芥川さんはずっとイケてたと思います」
M「あははは!」
T「もうちっと言い方あんだろう、副編だろお前(笑)」
庄「いや、ストレートに行きましょう!この方は本当に凄いと思いますよ! 俺ん中で常に成長著しい人っていう印象があって。どんどん上手くなって行かれたじゃないですか、枚数追うごとに。それが聞いてていっつもワクワクしてたし、うは、すげえ、うは、かっけえっていっつも時枝と騒いで。そういう意味で、技術的な事を言えばずっと若かった芥川さんがここ2、3枚で他の皆さんに完璧に追いついちゃって。こんな事ってあるんだなって心底ビックリしてました。そこへ来てリターン聞いた瞬間全部がガチ!って嵌ったように思えたんですよ」
M「ありがとうございます。もう、本気で嬉しいです。早くガソリン(お酒)入れましょうよ!」
(一同、爆笑)
R「接待らしくなってきましたよ~」
S「(詩音社の)接待なんかこれ、うち持ちだろ?」
庄「いや、うちが出しますよ」
T「いいよ、織江から聞いてるから」
庄「いやいや、俺も吉田の了承得てますから」
R「あはは!」
S「無理すんな。人数考えろよ。うちがお前ひとり分余計に出すのに対して、大成は良いとしてもここ3人どんだけ飲むと思ってんだよ」
М「そんなに飲みませんよ私(笑)」
庄「いやいや、飲み放題に決まってんじゃないすか!」
S「(目の前のメニューを取り上げて凝視)…ねえもん、俺が飲むやつ」
庄「ちょっと待って下さいよ!(笑)」
R「よ!伊澄の兄貴!」
M「あー、これ本気のトーンの奴です」
T「知らないよ、俺は(笑)」
庄「まじっすかぁ…」
S「繭子」
M「はい」
S「…マーク」
M「ないです(笑)」
S「じゃあ、八幡」
庄「何でプレミアム行くんすか、勘弁してくださいよ!(笑)」
(八幡…プレミアム焼酎)


(中略)


庄「『SUPERYEAH』聞いた時に、最初分かんなかったですけど歌詞ないじゃないですか。インストから雪崩れ込むパターンにしてはこれまでよりもイケイケだしそのままドーン!終わって、即『NO OATH』行った瞬間、俺バックしちゃって(前の曲に戻した)」
T「なんで?」
庄「やっぱり最初っからぶっ飛ばして来た意外さと、あと今歌詞なかったけど竜二さんめちゃくちゃ叫んでなかったか!?って」
T「あー(笑)」
庄「ただそれ確信して聞いた時に浮かんで来た絵は、もうこれこの人達日本なんか全然見てねえなーって思いましたよね。オーディエンスの顔全員向こう(海外)でした。ドローンが観客の絨毯舐めるように飛ぶんすけど、こっち見上げて手を振るキッズ&ガールはものの見事に金髪でした」
R「へえ」
M「そこまで?(笑)」
S「それが、庄内にとっては前との違いになんのか?」
T「そんなふわっとしたイメージ映像で語られても」
庄「大事っすよー、自分にとっちゃあ」
T「相変わらず感性だけで生きてんな(笑)」
庄「おかげさまで!」
S「200字」
M「っはは」
庄「あー、来たー(笑)」
R「飲め飲め、まず飲め」
庄「うぃっす。(グラスを煽り)えー。

…『我が国が誇る最強のKNIGHTS&QEENが世界にブチかます記念すべき10th。より高みにという印象はない。より自然体でありながらどんなフォロワーの追従も寄せ付けない圧倒的なパフォーマンスは本年度の最高傑作。2.5.6.で聞ける暴虐性と最大速度は前作の2.9と合わせてこのジャンルの最新型でありながらカリスマスタンダードと呼ぶべき代物だ。前作までと趣を同じくしながら、あくまでリスナーを置き去りにしようとするその姿勢は控え目に言って、世界レベルの狂気』

ってな感じで」

R「おおおい!」
S「(煙草を銜えたまま拍手)」
T「(指笛)」
M「すごーい。格好いい!」
庄「ちょっと200越えたかもしんないっす(笑)」
S「ナイツ&クイーン(笑)」
T「カリスマスタンダード(笑)」
M「リスナー置き去り!?」
R「いやー、上手いもんだよ思うよ。即興でもそういう引っ掛かりをちゃんと入れてくんだもんな」
庄「ありがとうございます。っつーかね、俺らなんて普段こんな事ばっか考えてますから(笑)。時枝が書かせて頂いたアメリカ版のライナーノーツも面白いですよ」
R「読んだ読んだ。笑った。嬉しいけどね、何にしろこうやって好意的な言葉でもって、援護射撃をやってくれんのはね」
M「ありがとうございます、いつも」
庄「いえいえ!そんなそんな。業界全体を盛り上げたいだけですから。皆さんはその先端を突っ走って下さってるわけですからね、そりゃ熱も入るってもんです」
S「ゴリゴリのデスラッシュうたっといてより自然体って書かれる事の不自然さよな(笑)」
T「ありたがいね」
庄「いや、だけど今回俺ん中で一番デカいのはそこでしたね。高みを目指した印象はないって言ってるのも、落としてるようにも聞こえますけど俺の中だと違うんすよ。大いなるマンネリなんてよく言いますけど、そんなの敢えてスケール広げて新しい事を取り入れる必要のないバンドなんて、世界中探したってほっとんどいないと思うんすよ。一歩前へ挑戦し続けるのが当前だっていう姿勢こそがアーティストだと思いますし、ドーンハンマーだって、これまでやっぱり芥川さん筆頭に、色々試行錯誤してこられたと思うんすよね。音の出し方から構成から、上手く嵌る方法というか、本当に色々。でもここへ来て思ったのが、目新しい事に手を伸ばすクリエイトな作業よりも、今持ってる物を全力でぶつけるだけで、ここまで格好良いんだなって、そういう事思いました。ただ4人が全開で音出せばそれだけでここまでの形が出来あがんだなっていう、そういう意味です。完成度の高さとか好みの音とか言い出すともうそれって好き嫌いなんで、言う意味ないんですけど、アルバムの持ってる雰囲気とか匂いを何度も自分の中に取り入れて聞きながら、牛みたいに反芻させて、溜息と一緒に吐き出すんですけどね。したら、ああ、これはあれだ。ファーストアルバムに近いんだ!って思って。それがもう、聞きながら超嬉しくて!涙出て…」
(沈黙)
庄「…すんません、生意気言いました」
M「(首を横に振る)」
(沈黙)
庄「…すんません(小声)」
M「え、私は嬉しいですよ。なんか、もちろん、庄内さんの仰るように、あえてそれを作品として見た時の完成度で言えば、今出来る事を全部詰め込んでる分、ネムレが最高だって私は言えます。でもその、プレイヤーとして嬉しいのはそこよりも、何が出来たかとかよりも、この、うちのメンバーが若い頃に目を輝かせて、行ったるぜー!世界、待ってろよー!って叫んでた頃の雰囲気に戻せたっていうのは、私の中で最高に嬉しい大正解なんです」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「あはは、ああー。でもその、芥川さんの仰る事と俺が個人的に感じた印象が同じかどうかまでは分かりませんが、決して若いとか勢いが振り切ってるっていう意味で言ってるわけではないんです」
M「…はい」
庄「…? あーっと、マインドっていう言葉はあやふやかもしれませんけど、そういう物かもしれません。アルバムの方向性というよりは、もっと内面的というか」
M「…はい。だから私もそうですよ。『FIRST』を超えるアルバムを作らなきゃ世界には行けないと思ってましたから。そこをずっと目指して来たんです。3枚目も、4枚目も、リターンも良いアルバムですけどね。だけど私がまだまだダメでした。だけどネムレは、ファーストアルバムにだって負けないと思ってます。すんごい熱くて、すんごい格好良いですから。アキラさんも悔しがると思います」
庄「…」
M「いや、喜んでくれますよね?」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「そんな…俺、明日っから涙無くしてコレ聞けないじゃないっすかー!」
(一同、爆笑)
庄「もおおー!すげえ泣いちゃうじゃないっすかー!」
T「っせーなあ(笑)」
M「あはは!」


池脇による何度かの早送りを経て映像内では1時間程が経過し、酒が進み庄内の緊張から来る硬さが取れた辺りで、芥川繭子が帰った。
それを見ていた関誠が同じタイミングで会議室を退出する意思を告げる。誰も理由などは聞かなったが、この時点でまだ伊澄は会議室に戻って来ておらず、おそらく先程彼から耳打ちされていた事と関係があるのだろうと誰しもが理解した。特に池脇と神波の2人は最初から分かっていたような顔をしていた。誠の退出を待って、映像が再開される。
両手でしっかりと握手を交わし、何度も頭を下げる庄内に最後まで明るい笑顔で応じ、繭子は最後にカメラの前まで来てを手を振った。全員でタクシーに乗せるまで見送ったという。もぬけの殻だった個室に繭子を覗く4人が戻って来て、宴の続き。


庄「天使っすね」
(一同、笑)
庄「天使っすねえ。なんか、俺。…芥川さんに失礼じゃなかったですか?大丈夫っすかね」
S「なんの心配してんだ」
T「嫌われたかもなぁ」
庄「ええええ」
R「それよりもお前何人天使いんだよ。会社の若い子掴まえて天使天使言い倒してんじゃねえだろうな?」
庄「今の時代それシャレんなんないすからね」
T「でもお前織江の事もそんな風に言ってなかった?」
庄「…昔の事言うのよしましょうよ!」
T「昔の事なんだ?」
庄「(カメラを見る)天使っす!」
S「(八幡をグイっと煽り、苦笑を浮かべた顔を横に振る)まだ時枝さんの方が笑えるよ」
庄「え、あいつ何か言ってます?」
S「自分の事織江の信者だって」
(一同、爆笑)
S「お前より振り切ってんな!」
R「(笑)」
庄「そらまー、なんつーか、答えようがないです(笑)。でも今の今、芥川さんがちょっと衝撃だったんでアレっすけど、俺今でも織江さんに会うとドキドキするんですよ」
T「お前(笑)」
R「うははは!」
S「おおー、そう来たか。いいぞ殴り合えー、止めねえからなー」
庄「やめてくださいよ危ないなあ。でもそんな事言ってたら翔太郎さんもっすよ!」
S「ああ?」
庄「ま、…関さんなんて、めちゃくちゃ可愛いし…」
R「声ちっさ!」
T「(肩を揺すって笑う)」
庄「あんの、YouTubeの奴なんかもうちょっと、アレだーめっすよね、メロメロんなりますもん。逆に翔太郎さんが凄いっすよ。あんな子が彼女なんだもん」
T「お前直球だなぁ(笑)」
S「あいつ何言ってんだ。YouTubeの奴って何?」
R「知らね」
S「何?」
庄「知らないんすか。結構前にアップされてる動画ですよ。以前素人さんの間で流行ったじゃないですか。歌ってみたとか、踊ってみたとか。あれです」
S「分かんない(笑)。何?誠が何をしたって?」
R「俺は分かんねえって」
T「あいつが昔なんか撮ってネットにアップしてたのか?」
庄「そうですそうです。誰の曲かまでは知りませんけど、もともと存在する歌を歌って、踊ってしてた動画だったと思います。なら、今スマホで見ますか?」
S「見るかぁボケ!(笑)」
庄「あはは、いやそれがもう超絶可愛くて」
(沈黙)
庄「…天使っすね!」
(一同、爆笑)
T「モデル時代の仕事って事?」
庄「え、いや、違うでしょうね。それこそ例えば翔太郎さんがカメラ回して、ほんとその目の前で関さんが踊ってる、みたな絵面なんで。プライベートだと思います」
R「そりゃあ、何の目的で?」
庄「そういう遊びが流行ったんです(笑)」
R「へえ。ダンスミュージック?」
庄「全然、全然。何て言うんでしょうね、ご存じないかもしれませんけど、初〇ミクとか、ああいう打ち込み系の曲でした。だからダンスっていうよりも、振り付けに近いんでしょうね。コミカルな振り付けを可愛く踊るっていう」
R「分かんねえ(笑)」
T「全然ピンと来ない」
庄「いーや、でもアレ本当破壊力ありまくりでしたよ!」
T「誠が踊ってる動画がか?」
庄「絶対一度は見た方がいいっす」
T「どこで踊ってんの?」
庄「場所すか。場所はちょっと分かんないすけど、外だった気がします。屋外。でも撮影したのが翔太郎さんじゃないなら芥川さんか織江さんでしょうかね、撮ったの」
R「モデル仲間かもしれねえじゃねえか」
庄「ああ、いや、えーっと。記憶違いじゃなきゃ10年以上前っす、それが撮影された日時」
R「っはは!」
T「よっく覚えてんなあ」
庄「正直、何度も見ました(笑)」
(一同、爆笑)
R「もしそれがモデルやる前とか、なり立てとかなら何でお前がそれを見れんだ?」
庄「え、どういう意味っすか?」
R「素人だったかもしんねえあいつがプライベートで上げた動画をどうやって見付けんだ?」
庄「ああ、でもそれは見つけたのはもちろん俺じゃないっすよ。あの方がもしもモデルをやってなければ探せなかったかもしれないですけどね。誰か、ファンなのかそういうのに詳しい人なのか知りませんけど、要するにセキマコの若い頃の超可愛い動画見つけたー!みたいな感じで発掘されて、それが今も生きてるんです」
T「怖え話だなあ、おい」
庄「いやいや、そんな事言ったら皆さんの若い頃のライブ動画だって普通に出回ってますよ。キッズが勝手に撮影してアップしてるやつなんか、削除要請出しても出してもイタチごっこですから」
R「はあー、そういう世の中になっちまったんだよな。ついてけねえわ」
庄「ジジイみたいな事言わんでくださいよ(笑)」
T「でもそれ、今でもそういうのが見れちまう事って、誠本人は知ってるのか?」
庄「俺はちょっと分かんないですけど、それこそ大分前に織江さんとは話しましたよ。ちゃんとご存知でしたし」
R「あああ」
T「ならまあ、大丈夫なんじゃないの」
庄「大丈夫ってなんすか。別にいかがわしい話じゃないですよ(笑)、超絶可愛いっすって、それだけですから」
T「(伊澄を見やる)」
S「(グラスを煽って無視)」
庄「翔太郎さん!」
S「分ーかったよ、うっせーなぁ。人の女が踊ってる動画見て何をそんな興奮してんだお前は」
R「うははは!違えねえ!」
庄「まあね、そうなんすけどね(笑)。ああーあ、何か、空しいですよー。ガソリン追加しよ。ああー」
T「お、飲め飲め、よくわかんねえけど」


ペースの早い宴だった。庄内はどちらかと言えばアルコールに対してかなり強い部類に入る人間だが、対する伊澄・池脇の2人がその部類で言う所のテッペンに立つ男達だ。彼らに釣られるように杯を空けていくペースは庄内の普段の飲み方とは全然違った。記録されている撮影時間のカウンターが2時間を過ぎた頃、少しずつ壊れ始めた。
庄内という男の事を少しでも知っていれば、関誠の素人時代の動画でギャーギャーと盛り上がるような人間でない事は当然分かるはずで、ドーンハンマー側にしてもそこに違和感を抱かないような鈍い人達ではない。
そうなると私の目で見るこの映像は、はっきりと言ってしまえばとても不快だった。それは女性としての立場で見る嫉妬などでは無く、人間的な不快さだった。しかしそのように見えた理由も、そうなってしまった理由も、すぐに判明する事となる。
池脇が何度目かの早送りボタンを押し、再び映像が動き始めた時、私は自分の目を疑った。
庄内が、伊澄の胸倉を掴んでいたからだ。
会議室の椅子に座って画面を睨んでいた私は驚きのあまり、思わず机の上を叩いていた。
同じく画面を見つめながら「え?」と伊藤織江が声を上げ、「えー」という驚嘆の滲んだ声が背後から聞こえた。振り返りはしなかったが間違いなく繭子の声だった。
「あ、間違えた、行き過ぎだった」
と池脇は笑って言い、場面を少し巻き戻した。
彼らが座っている場所は最初と変わっていないが、映像の中に神波の姿はない。便所に行っているという説明が本人から入る。
左から池脇、その横に伊澄、2人分開けて、庄内が座っている。


庄「…そういう意味じゃあ、俺だけの問題じゃないんす」
R「まだそうと決まったわけじゃねえんだろ? 何か、それっぽい話があったりとか、前もって相談受けてたり、そういうんじゃねんだろ?」
庄「付き合って5年以上になるんで。…まあ、ある程度、考えてる事は分かりますよ。顔だけは毎日見てるんで」
R「決めつけはよくねえぞ」
庄「…」
R「じゃあよ、例えばそうだとしようや。そいでお前はあの子からはっきりとそうしたいって言われたら、どう答えるつもりなんだよ」
庄「…どうって」
R「Billionがどうとかよ、仕事がどうとか会社がどうとか、そういう事聞いてんじゃねえよ。お前はどうしたいんだよ」
庄「(息を吸い込み、吐く)…どうなんすかね」
R「どうなんすかねって、俺はお前に聞いてんだよ」
S「まあまあまあ、落ち着けって。…庄内にしたってさ、今俺らにそれを言うって事はきっと前々からそういう可能性を感じてて、何かしら自分なりに思って来たんだろ?」
庄「…」
S「それを聞かせてくれよ」


話はすぐに理解出来た。私(時枝)が詩音社を辞め、ドーンハンマーと共にアメリカへ渡るという決意についての事だ。しかしこの時点で私はまだ何も庄内には告げていなかったし、バイラル側にも相談などしていない。伊藤織江に打ち明けるのは日付で言えばこの日の翌日なのだ。私は何も言う事が出来ず、また誰も、映像以外に言葉を発する者はいなかった。


庄「ひとつだけ聞かせてもらっていいすか」
R「ああ」
S「…」
庄「もし、あいつがあなた達について行きたいって。ウチ辞めて、俺との結婚をやめてまでアメリカへ行きたいって言ったら、あなた方はそれを受け入れますか?」
R「…」
S「…」
庄「答えて下さい」
R「…」
S「…」
庄「答えないって事は、連れて行くって事でいいんですかね。なら、もう、俺は別に言う言葉はありません」
R「…」
S「…」
庄「…何とか言えよ」
R「…なあ」
S「結局お前も答えてないだろうが」
庄「…え?」
S「あの子の人生に対して何も言う権利なんてないだろ、俺達にも、お前にも」
庄「…はあ?」
S「お前のプライドなんかどうでも良いけどな。あの子がどうしたいのかをまず聞いて来いよ」
庄「だから」
(庄内が勢いよく立ち上がり、伊澄の胸倉を掴む)
(伊澄は特に抵抗もせず掴まれるがまま身動きもしないし、立ち上がろうともしない)
R「おい」
S「かまわねえよ」
(そこへお手洗いから神波が戻って来る)
T「…ええ? 何で?」
庄「…」
(庄内は何を言うでもなく、伊澄の胸倉を掴んだまま彼を睨み付け、拳を震わせている)
(神波は黙って庄内の後ろに立ち、彼の自慢のモヒカンを掴む)
T「事情を俺にも聞かせてくれよ。じゃないとこのまま」
S「良いって。大成手放せ」
T「酔っぱらってる奴の命令なんて聞かん」
R「大成」
T「このまま引き離す方が手っ取り早いだろ。別に殴ったりなんかしないって」
庄「何なんだよあんたらは」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「頼むからさ。もうちょっとだけで良いからさ、格好悪くいてくんねえかな。それで出来ればさ、もうちょっとだけで良いからさ、あいつの事ちゃんと考えてやってくんねえかな」
(神波が手を放す)
庄「ずっと見て来たんだよ。あんたらの事だって、あいつの事だって。分かってるよ俺だって。あんたらについてってすんげえ面白い人生送りたいよ、そんなの何年前から思ってんだって話だよ。なあ、だけどそんなのはさあ、ダメだろお?」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「アキラがさんが死んじまった時、俺考えたんすよ、一晩中。絶対悔いのない生き方しなきゃいけねえ。絶対幸せになんなきゃいけねえんだ。だって俺らは絶対に死ぬから!それがいつになるか分かんねえんだから、何に耐えても、めちゃくちゃ頑張って生きなきゃいけねえって、そう思ったんすよ!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「だから俺は敢えてあんたらから距離置いたんだ。引っ張られてる場合じゃない。俺は俺の出来る事で、俺が最高に幸せだって思えるものに打ち込まなきゃいけない。それが、あんたらに胸張って感謝の言葉を吐ける唯一の事だって自分に言い聞かせて生きて来た!最高に楽しい夜だった!最高にカッコいい音楽に触れて来た!あんたらと過ごしたそういうもんをさ、あー楽しかったで終わらせたくなかったんだよ!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「あんたらは格好良い。ごく自然に、自分達が好きな事に血反吐吐くまで打ち込んで、それでも笑っていられる、最高にタフで最高に狂った格好良い人らだと思う。でも俺は違う。今でも毎日色んな事に迷ってる。毎日不安に潰されそうになってびびってる。仕事の事、会社の事、金の事、女の事、親の事、色々考えすぎて剥げて来たよ。あんたらがそうじゃないとは言わない。だけど俺とあんたらは同じじゃない。時枝も、あんたらと同じじゃないんだ!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「なあ。…あんたら本当に時枝に対して責任取れんのか? なあ。たった一人であんたら追いかけてくかもしれないあいつの事、ちゃんと考えくれんのか? あいつがそうしたいからそうさせてやれなんて、なんで人の人生そんな簡単に突き放せんだよ!あいつがどういう人間か、ここまでどうやって生きて来た人間か、あんたら真剣に見つめた事が一回でもあんのかよ!!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「なあ。本当はあんたら、別にあいつの事なんて大して気にしてないんだろ? そんな事いちいち気にしてないだろ?」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「頼むからさ。もし、あいつがそうしたいとあんたらに頭下げたとしても、首(横に)振ってもらえないかな」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「あいつは思い込んだら視野が狭くなるから」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「何とか言え!」
(庄内の右アッパーが伊澄の腹を叩く)
(会議室内が凍り付き、繭子と伊藤がビクっと体を震わせたのが分かった)
庄「俺は結婚できなくてもいい。辞めたいならウチ辞めたって構わない。だけどさ」


神波が黙ったまま庄内の肩を掴んで伊澄から引き離し、その場に座らせた。少し離れた場所にあったグラスに手を伸ばすと『八幡』を注いで彼の手に握らせる。ずっと膝立ちの姿勢だった伊澄が立ち上がって煙草に火をつけると「便所」と言い、庄内の後ろを通り抜けながら彼の後頭部を平手で叩いた。なかなかのスイングに素敵な音が響いて、八幡がこぼれた。池脇が目を逸らして笑う。


庄「すんませんでした」
R「なんのなんのー」
T「織江からは何も聞いてないけど、時枝さん俺らについてくんの?」
庄「おそらく、それを真剣に悩んでると思います」
T「…なんでまたそれをお前が?」
R「…」
庄「…」
T「え、お前らって付き合ってたの?」
庄「…うーわぁー」
R「(爆笑)」
庄「そうっすよねえ。そこ、まず、言ってませんもんねえ」
T「いや、別に聞きたかないけどね。途中まではすーごい部下思いの上司なんだなあって聞いてたんだけど、いやいやこれ違うんじゃない?って。知ってた?」
R「(首を横に振る)」
庄「すんません、マジで、あー、酔っぱらってんのかなあ」
T「ふーん。難しくてよく分からないけど、…実際にはまだ何も言われてないんだ…よな?ウチとしては」
庄「はい、すんません、その通りです」
T「まあ、それが、お前の思ってる通りなんだとして、時枝さんが俺らについて来る!って言い出したとしたらさ。まあ、それは翔太郎の一人や二人、ぶん殴るだろうね」
R「あははは!」
庄「いやいやいやいや、あー、もう、俺、あー、もう、俺、詰んだなぁ」
R「大した事じゃねえよあんなもん」
T「別にさっきのでチャラなんじゃないの? そういうの根に持つタイプじゃないよ、あいつは」
R「飲め。取りあえず、飲め」
庄「もう結構いったんすよ、ちょっとさすがにこれ以上は(笑)」
T「お前ら2人がガンガン飲ますからこういう事になるんだろうが。少しは責任感じてくれよ、これ撮ってんだぞお前ら(カメラを指さす)」
R「あっはは、忘れてたわ」
庄「うわっちゃー」
R「つーかお前も飲め飲め煽ってたろうが!」
T「っはは、そーかそーか」
R「っは!あー、けどまあ、庄内の考えてる事は分かったよ。なあ」
T「…なんとなく?」
R「好きなんだなー!って」
T「そこはね、うん。そこしか分かんなかったけどね(笑)」
庄「…すんません」
R「謝るようなこっちゃねえさ」
T「何にせよ、お前の取り越し苦労ならいいな」
庄「(首を傾げる)」
T「…お前の中では十中八九?」
庄「間違いないと思ってます。言うか言わないかは別としても、気持ちはそうなんだと思います」
R「へえ。こいつがここまで言うんならそうなんじゃねえの。そこ疑い続けたって話にならねえからそこはもう良いや。そしたら俺らは、お前の望み通り、あの子の申し出を断ればいいのか?」
T「…」
R「そういう事だろ? それで良いんだな?」
庄「…」
T「そう苛めてやるなよ(笑)。こんな話俺らやお前だけで考えてたって何の意味もないよ」
庄「…はい。すんませんでした」
T「…結婚すんのか」
庄「そういう、話だったんすけどね」
T「(溜息)。めでたい話なんだけどな」
庄「めでたい報告出来る筈だったんすけどね」
R「…」
T「…お前の事は昔から知ってるし肩入れしちまう気がするから、そうなっちまう前にあえて言うけどね」
庄「…」
T「あの子がどうするつもりなのか、したいのか、お前らの結婚がどうとか、その過程というか道中は、お前らが必死にどうにかするしかないと思うぞ。…そんな顔すんなよ(笑)」
R「別に白紙に戻ったわけでもねえしな」
T「そりゃそうだ(笑)」
庄「…すんません」
(伊澄が戻って来る。庄内には目もくれず自分の席に腰を下ろす)
庄「翔太郎さん、すみませんでした(土下座)」
S「あいよ」
庄「…」
T「だろ?」
庄「(頷く)」
S「お前テツと仲良いんだろ?」
庄「…ええ、まあ。よく飲みには行きますね」
S「あいつ面白いぞー」
庄「あはは、そうっすね」
S「それこそ、もう何年前かはっきりしないけど、あいつと腹割って話した事があってな」
庄「はい」
S「あいつはほんと、楽器出来ねえし、歌えねえし、頭悪いしな」
庄「ちょっと、そんな事ありませんって(笑)」
S「いや本当に。だけどガキの頃から知ってるからな。やっぱり心配にはなるわけだよ。お前ちゃんとやりたい事やれてんのかって聞いたら、目輝かせてさ、当たり前じゃないっすかーって、底抜けに明るいんだよ。あいつは所謂音楽的な要素は一切ないけど、言ってしまえば、それだけなんだよ。それがどうしたって話でしかなくて」
庄「…」
S「そこ以外の部分は、本当俺達となんも変わらない。すっごいタフだし、面白い事追いかけながら生きてるよ。でも自分が本当に面白い事なんてさ、絶対に他人には理解されないんだよ。同じような飯食って同じように生きてるようでもさ、そこは絶対理解しきれないもんてあると思うし」
庄「…はい」
S「だけど実際聞いてみれば、目こーんなキラキラさせて、面白いっす!って、そやって言うからね、テツは。だからお前も、ちゃんとあの子と腹割って話せ。とことん聞いてやれ。ずっと見て来たお前にとっては視野の狭い一本気な子なのかもしれないけどな、ちゃんと聞いてやればお前ですら理解しきれてなかった何かが、そういうモンがあるのかもしれないだろ? お前らの人生なんだから、お前らで決めたらいい。あの子が良くってお前だけが辛いとか、お前だけ贔屓目に見てあの子をないがしろにするとか。…そういうのだけは、ないようにしないとな」
庄「(深々と土下座し、声を震わせる)…すんませんでした」
S「いちいち大袈裟なんだよお前ら2人とも」
R「(神波を見やって、頷く)」
S「…飲まないのか?」
R「飲むよな?」
庄「…いただきます(笑)」
T「ほどほどにしとけよ。それより今頃テツの奴、くしゃみ止まらないだろーね」
(一同、爆笑)


ま、こんなもんで。池脇がそう言って映像の再生を止める。おそらくまだ続きがあるのだろうが、彼らが私に見せたかったものは十分過ぎる程見たように思う。誰も私に感想を求めようとはしなかったが、私は何度か頷いた後こう切り出した。


-- まだ学生だった頃に初めて彼と会いました。その時は副編集長と部下ではなくて、ただの音楽好きアルバイトと平社員です。特に親しくしていたわけではありませんが、とにかく音楽の趣味が同じだった事はよく覚えています。好きなバンドの名を言えば盛り上がり、その中で好きなアルバム名を同時に言えば一致する。…今思えば、相当な量を聞き込んでた彼の事ですし、何人もそういう人間と接した来たわけですから、話の筋から相手の趣向を察知して答えを合わせるぐらいの事は、普通に出来たんだろうなって、思うんです。だけど、大学を卒業して、正式に新卒で採用された時、廊下ですれ違った私の肩を掴んで当時の人事部に掛け合ってくれました。『この子はうちで育てていこうと思うんで、うちに下さい』。その言葉もそうですが、必要とされている事が嬉しかったです。緊張も、不安もありましたけど、バイト経験を経ている事で部内の雰囲気も掴んでたいましたから、きっと有意義な毎日が送れるだろうと期待に胸を膨らませていたスタート地点で、同じ音楽を聴いて、同じ感想を抱いていた男性と知り合えた事は、幸せ以外の何ものでもありませんでした。それでも、すぐに男女の仲になったわけではありません。彼は言葉の通り、本当に親身になって私を育ててくれました。音楽が好きで、この仕事にやりがいを感じるなら、嫌われてでも本音でぶつかっていく。そういう姿勢を感じました。その気持ちに答えようと努力するうち、愛情と呼べるものが芽生えていったのだと思います。


自分語りをしたいわけではなかったが、何か言わなくてはいけないと思い込み昔を思い出している内、止めどない感情が溢れて流れ出た。池脇達は特に相槌を打つでも返事をするでもなかったが、拙い私の話に耳を傾てくれているのが分かった。その事がまた嬉しくて、気持ちばかりが前に出た。


-- 何も、考えていないだけのかもしれません。その場その場の興奮だけで生きて来ました。私はただ見たいものだけを選んでいただけで、自分を支えていた物や、人を、全く見つめ返して来なかったのだと知りました。私は私なりに庄内を大切に思っていると、そう思い込んでいました。ですが、今、彼の言葉を聞いた時、私は、全然釣りあってなどいなかったんだと、はっきりと、そう思い知りました。竜二さんが仰って下さった言葉で、勇気をもらった気でいました。10年後、20年後の私とは付き合えないのかって言ってやれ。そのぐらいの気持ちでいればいいんだって…。私はどれだけ、人の優しさを誤解すれば反省できるんだろう。自分が嫌になります。…馬鹿だ。…大馬鹿が!


「そんなに大きく間違いを犯したわけじゃないと思うよ」
そう言ってくれたのは、芥川繭子だった。
「間違えたんだとは、思うよ。トッキーは私達じゃなくて、一番最初に庄内さんに相談するべきだったのかな。そこは、間違いだったんじゃないかなあとは思うね。だけど、さっき見た庄内さんの顔と言葉はさ、これまであの人に接してきたトッキーへの愛情があるからだよね。ただ優しいだけで、あの言葉は出ないよ。だからああやって、あんなおっそろしい真似が出来たんじゃないかな。顔上げなよ。まだ何も終わったわけじゃないんだから」


「俺ぁさっきから織江が怖くて仕方ねえぜ」
頷いて繭子への感謝を言い終わるか終わらないかのタイミングで、池脇が冗談にも聞こえる言葉を口にした。
机の右端で一人座っていた伊藤は珍しく姿勢を少し前に倒し、机の上に両肘を付いて自分の爪を撫でていた。確かに上機嫌には見えなかったが、もし池脇の危惧する通り彼女が怒っているのだとしても、私はその理由が分からなかった。
「そう?」
と伊藤は答えてチラリと池脇を見たが、その目は少しだけ睨んでいるようにも見えた。
「ねえ。…何で今この映像見せた?」
伊藤の問いに、池脇は答えず彼女を見つめ返した。伊藤はそのまま神波へ視線を移し、尚も言う。
「大成さあ、これはフェアじゃないよ」
「そうか?」
「肩入れしたくないなんて言ってたけど、これは結局肩入れじゃないのかな」
「どうかな」
「庄内さんは、ストレートな人だし、おかしな事言ってるわけじゃないよ。彼の意見も大事だし、気持ちも大切にしなきゃいけないと思うよ。でも、いくら時枝さんが自分で見るって言ったとしても、前もってこの内容を知ってた二人は止めてあげるべきだったんじゃない?」
静かだが怒りの滲んだ伊藤の言葉に、池脇と神波は答えられないようだった。
「今彼女をこうやって泣かせる事が目的だったの? それって」
神波の手前、気持ちを抑えて話している様子だった伊藤は、
「そんな事考えてるわけねえだろうが」
という池脇の言葉に少しだけ気持ちを剥きだした。
「だからそういう所でしょ? 庄内さんがもっとちゃんと見てくれって言ったのって」
「お前のそれは肩入れじゃねえのかよ」
「肩入れだよ。そっちがどういうつもりなのか分からないから、肩入れし返してるんだよ」
「俺達は別に肩入れしてるわけじゃねえよ」
「結果そうなってるじゃない。自分の夢を追いかけて考えて考えて決断した彼女に今このV見せてさ、気持ち揺るがせてどうしたいのよ。考え直せとでも言うの?」


コンコン。会議室の扉をノックする音が響き、「入りまーす」という関誠の声。だが扉を開けて入って来たのは伊澄だった。もちろんその後ろには誠の姿もあり、彼らを見て心なしか池脇と神波がほっとしているようだった。
「終わったか?」
そういう伊澄は自分の席に座っている私の顔を見て顔を曇らせた。事情を聞いていたらしい関誠は私の横まで来ると肩に手を置いて、耳元で囁いた。


-- (頷く)。泣いてる場合じゃないですね。…あー、うん。今、この映像を見せて頂いた事は、織江さんのお気持ちをお伺いした上で言いますが、私には感謝しかないです。私、織江さんの凄さって、もう分かってるので。私が肩身の狭い思いをしたんじゃないかと心配して下さり、所謂援護射撃で助け舟を出していただいた事は、ちゃんと理解出来ています。損な役回りをさせてしまって、申し訳ありませんでした。率直に言えば、私自身庄内の本音を聞いて気持ちが揺らいだ部分はあります。ですがそれはきっと必ず通る道でしかなくて、それをこうして皆さんの前で経験した事については、正直、恥ずかしいとも何とも思いません。却って自分を偽れない状況なだけに、有難いとさえ思います。私は強い人間ではありませんから、自分の部屋で一人この映像を見ていたら、もしかしたら本気でアメリカ行きをやめようと思ったかもしれません。それに、繭子の言ったようにもっと早い段階から庄内に相談出来ていれば、こんな痴話喧嘩みたいな事に皆さんを巻き込まずに済んだだけに、心苦しい思いで一杯です。(「そんなつもりで言ってないよ」という繭子の言葉に笑って頷き返し)、ただ今の所、私の決心が大きく覆されたとは思っていません。自分が感じていた以上に庄内は私を見ていてくれたんだという事に対する感謝はあります。そこに対して私はもっともっと誠意をもって向き合わなければいけないと思います。だけど、それでも、私は、バイラル4で仕事がしたいです。…そしてもちろん、彼が許せば、庄内と一緒になれたら嬉しいです。例えそれが今日でも、10年後でも、20年後でも。



再び練習スタジオへ戻ると、打ち上げの準備を終えた渡辺、真壁、上山の3人が笑顔で出迎えてくれた。いつの間にか運び込まれたテーブルの上に、オードブルや凄まじく蠱惑的な匂いを放つ料理が整然と並び、ありえない程の量のアルコールがメインディッシュのように飲み干されるのを今か今かと待っている。会議室内での沈鬱な空気を吹き飛ばすように池脇が唸り声をあげ、神波の指笛が綺麗な音色を響かせた。メンバーの後に続いて最後にスタジオ入りしようとした私の手を、更に後ろにいた伊藤が掴んで引き寄せた。
「ごめんね。頑張ろうね」
と彼女は言い、私は勢いよく伊藤に抱き着いて泣いた。

連載第75回。「エンドロール」

2017年、3月。



物事に線を引くのは本当に難しい。
境界線というやつだ。
実際の時間は常に連続で、一定の速度だ。
時間の流れに沿って生きている我々のスピードは一定の筈だが、どうにも私と『彼ら』では感じ方も見え方も違う気がしてならない。
私は今日、一つの区切りを迎えた。つまりは終わりを見た筈で、しかし『彼ら』はどこ吹く風。
打ち上げだ壮行会だと、それらしい言葉で幸福な時間の過ぎ行く様を演出し、同じ時間を共に生きた事を教えてくれはする。
確かに私の密着取材は終わったのだ。確実に終わった。
ドーンハンマーはもう間もなく日本を離れる。
だがそれでも終わったという気がしないのは、一体何故だろう。
たった一本どこかに線を引けば良いだけなのに、その線をどこに引いて良いか分からないのだ。
それはおそらく『彼ら』がそう仕向けたからに他なく、今思えばそれすらも『彼ら』の優しさに相違なかった。
そして今図らずしてバイラル4スタジオに携わる全員が顔を揃えた。
私はビデオカメラのツイッチをオンにすると、嬉々として飛び回った。


宴の喧騒を背景に。
伊澄翔太郎(S)×繭子繭子(М)。

M「…こないだ忘年会やったじゃないですか。不思議な感じしません?(笑)」
S「その前もお前の誕生日でこんな感じだったしな。ライブやらないで酒ばっか飲んで騒いでるバンドって思われるな。なんつーんだっけ」
M「え、パリピ(笑)」
S「上手そうなおつまみにしか聞こえねえよな」
М「はい(笑)」
S「(誠の居場所を確認してから、煙草を銜える)」
M「お疲れさまでした。翔太郎さん(そう言いながら流れるような動きで煙草に火をつける)」
S「(苦笑)。お疲れ。終わってみてどうだった、この一年」
M「…最高でしたよ」
S「言うと思ったけど」
M「正直そのー、いっちばん初めに翔太郎さんが喰いついて話がトントーンて進んだ時は、もう、え、何グルなの!? 許せない!って思って」
S「何が、何の話(笑)?」
M「この人(時枝を指さし)がここに初めて来た日です」
S「あー」
M「結局は私は皆さんについて行くだけでなんで、なんだって構わないって言えば実際そうなんですけどね。ただまあ」
S「入り口が違うんじゃないのって、な」
M「そうです。私じゃないだろ!そこは!って(笑)」
S「でも多分Billionとかでアンケート取ったら100人中97人は繭子に密着しろっていう集計になると思うけどな」
М「Billionでそれはならないですよ。せめて…」
S「…」
M「…60人くらい(小声)」
S「普通ー」
M「(お腹を押さえて笑う)、正解なんですか、正解教えて!」
S「自分で考えろよ」
M「でも97人てことは3人くらいは私じゃない方が良いんですよね。すっきりしないなっ」
S「へえ(笑)。…まあ、織江と誠とノイだけどな」
M「あっは、そこはもうちょっと気を使いませんか(笑)?」
S「いやいや、何言ってんの。『あの人』絶対自分に101入れるから」
M「(立ち上がる)ちょっと待ってー。ダメだー、ダメー。…(爆笑)!」
S「あ、酒取って来る」
M「行きます行きます、そのままそのまま」
-- 私が行ますから、お二人こそ、どうぞこのままで。
S「だから」
-- これはもう仕事ではりませんから(笑)。
S「…そうか。なら」
-- マークですね。
S「いや、とりあえず吐くまでビール」
-- あはは。
M「うわーお、これ朝までコース(笑)」
-- そうなの?
M「(伊澄を遠慮がちに指さし)、吐くわけないでしょ。あるもの全部飲み干したって吐かないよ」
-- あはは、限界ってないんですか?
S「んー? …ねえな!」
M「うーわお!」
-- (爆笑)!


PA室に場所を移して。
真壁才二×渡辺京。

真壁「多分、若い頃の全然使えないような話しかしてないよなって、こないだも二人で話してて(笑)」
渡部「きっと僕らは全然出てこないよねって」
真壁「いいけどね、いいけどね(笑)。ただ逆に全く協力的じゃねえなこいつらって思われても困るけど」
渡辺「結構、喋ったよね?…そーだ、うちヨーコも出てるから。特別出演(笑)」
真壁「あはは!本当だ、すげえな。でも…そうそう、俺なんかの仕事だとさ、何の切っ掛けか分からないけど、…大成繋がりかなあ、SEの記事を書きに来る編集さんとかもいるだろ、たまに」
渡辺「はいはい(笑)」
真壁「よく分からんけどさ、あんまり興味ないんだろうけど、上からの指示で取り合ずインタビュー取りに来ました、みたいなのがね」
渡辺「ふふふふ」
真壁「ね、来るじゃない。それは仕事だから別にいいんだけどさ、この人(時枝)一切それやんなかったのよ!」
渡辺「あはは!」
真壁「それどーなのよ!って思って(笑)」
渡辺「今度は逆にね」
真壁「そーう。俺結構いい仕事してるぜえ?」
渡辺「そうだね、うん。そうそう」
真壁「(笑)、ただ、うちの大成なんか特にそうだけど。手の内明かすの嫌がるし、好きじゃないじゃない、その手の話が」
渡辺「うん」
真壁「それちゃんと分かってるんだよな、この人は。こっちもそれを知った上で、とりあえずじゃあ聞くだけ聞いておこうかっていうスタンスで寄って来ない事に感心したし」
渡辺「却ってその方が『聞いてー』ってなるよね」
真壁「なった(笑)。そいで結局じゃあどういう話をしてんのよって織江に聞いたりしたけど、もちろん音楽の話もちゃんとするんだけど、昔の思い出話をしてるんだーって聞いて」
渡辺「え?ってね(笑)。ウソでしょって」
真壁「ここ数年で一番びっくりしたもんな。あの翔太郎が!? あの大成が!?」
渡辺「でもこうやって大団円というか、ちゃんと終わりを迎えてさ、今もこんな、ああいう空気になってるでしょ。それが、ああ、来た。…もーおおおおおお、うっさいなあ!!」
(茶化しに来た数名とともに爆笑)
真壁「(笑いながら首を横に振る)」
渡辺「今更んなってこんな事言ったって意味ないけどさ。もっともっと教えられた事あったよなーって思うもんね」
真壁「あー」
渡辺「教えるっていうと偉そうだけど、…告げ口でもいいけど(笑)。なんか、クロウバーの時にも同じ事思ってたんだけどさ。『やると決めたら絶対やるんだ』っていう、そういう言葉ってよく聞くし、そらあ格好良いんだけど、だけど普通は出来ない事の方が多いじゃない」
真壁「普通はね。そうそう出来ないようになってるよな、人生というか、物事ってのは」
渡辺「ね、そうそうそうそう。出来ないよ、出来ないから、成長するんだと思うし。だけど見ててずっと思ってたのはね、こいつらに出来ない事って逆に何なのよって(笑)」
真壁「…うわー!言いたくねえー!」
渡辺「わははは!」
真壁「まあねえ。まあ、その、アキラがああいう風になってさ。やっぱり完全無欠じゃない、人間らしい姿を見てしまうわけなんだけど、そこを踏まえて見たあいつらの凄さっていうのも、あって」
渡辺「うん。困難を乗り越える為に強くなるとか、困難を経て強くなったとか、そういう風には感じないもんね。もう出会った時からあんな感じだった。でまた、前にテツも言ってたけどね、なんであいつらの前に立ちふさがる壁ってあんなに強烈なのよって(笑)。…ま、お前もな」
真壁「(仰け反って笑う)」
渡辺「そういう物を彼らは全部突き抜けてきたし。もちろん余裕綽々ではなかったんだろうけど、…こんな大人げないバカ騒ぎしてるようなのがさ、アメリカ行っちゃうんだもんね。あ、お前もな」
真壁「何だよ(笑)!」
渡辺「だから言ってるんですよ。僕もね、ヨーコが成人したら追いかけるから、それまでは絶対帰ってこないでねって」
真壁「(爆笑)」
渡辺「アメリカの土踏ませてねって。いやー、楽しみだ!」



会議室の静寂の中で。
上山鉄臣×時枝可奈。

「すんません、お待たせしましたー、お疲れしたー。…もう、涙拭いてよもう(笑)」
-- すみません。先程うちの庄内と仲が良いという話を改めて伺いまして、色々と考えてました。
「こんな所で一人でねえ、もう、皆時枝さんどこだって騒いでましたよ」
-- うふふふ。
「庄内さんの話します?」
-- 興味津々で待ってました(笑)。
「そうなんですか(笑)。実はテツくんトシくんの中ですから(庄内の下の名はトシミツ)。主にあの人らの愚痴を言い合う飲み会を夜な夜な開催してます」
-- 同い年でしたか?
「本当はあっちが一つ上なんで、最初さん付けだったんですけどね、仕事付き合いも長い人なんで何となく、漫才コンビみたいでしょ」
-- (笑)、ご迷惑かけてませんか?
「うーん、どうだろうか。飲みの席で? いや、静かな人ですよ。ってそんなのはねえ、そりゃあ時枝さんと俺とじゃあ向こうも接し方違うじゃないですか。言っても男と男ですから、お互いに格好付け合う部分って女性とは違いますもんね。だから、お酒に関して言えばうちの怪物達に引けをとらないんで、ずーっと同じテンションで話して」
-- 色々と余計な事をテツさんの耳に入れてなきゃいいんですけど。
「あはは、ううーん、まあ、聞いてない事はないですよ、そりゃあね。ただでも、答えらんないっつーかね」
-- あははは!そりゃあ、もう、仰る通り。
「いや、うーん。俺はもう、最初っからそういう、結婚とか若いうちから考えてこなかったですから。アメリカには行くもんだってそこは信じ切ってましたから、第二の人生考えるとしたらそこから先の話だなって(笑)。そんなんだから、相談みたいな感じで来られても、言いようないですよね」
-- もう、ほんと、本当にすみません、厳重注意しときます!
「あはは!いやいや、そんな事は全然良いんですけど」
-- お二人の時って、どういう会話になるんですか?
「よく話してるのはアキラさんの事と、繭子の事ですよね。思い出話っすよ、普通に」
-- そしたらお二人も、10年以上になるんですかね。
「いや、自分はバイラル入って8年ぐらいなんで」
-- そうでしたか。
「大成さん達の結婚を機に、ちょっと手伝えって言う話になってからずっとです」
-- それまでは何を?
「言えない事です」
-- …こっわー…。
「(爆笑)」
-- いやいや。
「ただ単に格好悪いから言いたくないだけですよ。付き合いはずっとあったんですけどね、きちんとした話をいただいて、色々勉強させてもらって」
-- 今って現場の実働的な事ってほとんどテツさんですものね。お顔は色んな場所で拝見してましたから(笑)。
「あはは、まあ全部織江さんが段取り組んでるんで、そのまま任務遂行するだけですけどね。体力には自信あるんで、それだけが取り柄っすよ」
-- 失礼な話、最初はバンドのローディーさんだと思ってました。
「似たようなもんですよ」
-- 全然違いますよ。イベンターやレコード会社と相談してスケジュール組まれたリもされてるじゃないですか。
「ようやくですけどね(笑)、基本は織江さんの運転手です」
-- 兼ボディガード。
「そうです。それが一番楽ですもん。織江さんが頭使ってくれて、俺は彼女の道を開けて、手足となって動く! これが一番ベスト!」
-- あははは! 繭子は移動の時や待ち時間で、テツさんが側にいてくれると安心だから助かるって言ってましたよ。
「あー。それはでも上の人ら(おそらく池脇ら)に口酸っぱく言われてますから。何トチっても良いけどあいつから目離したらお前分かってんな?って」
-- うふふふふ。
「怖がり過ぎです(笑)」
-- うふふふふ。
「でも最近はなくなりましたけど昔はマコちゃんが打ち上げに来る時の方がやばかったですよ。飛んで来る視線の量が半端ないんで俺ずっと会場の入り口で仁王立ちして、おかしな動きする奴全部とっ捕まえて。バイラル入る前からそんな事してましたから」
-- あははは!
「でも皆舐めてかかってますけど、マコちゃん本気で喧嘩強いですからね」
-- (笑)、それどこまで本気で仰ってます? 誠さん本人もそうやって言ってましたけど。
「え、真実ですよ。だって翔太郎さんの愛弟子ですから」
-- (爆笑)
「やっぱ気にされてましたもんね、そこは。昔色々ありましたし、あの見た目ですからね。だからちょっとやそっとの野郎なら太刀打ち出来ないくらい鍛えてましたよ」
-- ええ、え、本当ですか?
「はい。具体的なネタ晴らしすると死活問題なんで言えませんけど、多分全然知らずに喧嘩売ったり力づくで何とかしようとしたって絶対勝てませんよ、マコちゃんには。そういう風に鍛えられてますから(笑)」
-- そんな格闘家みたいな。
「ああ、近いっす近いっす。翔太郎さん昔路上で、プロデビュー前だったイケイケの総合格闘家に勝ちましたからね。その上マコちゃんなんて何でもアリな分余計にタチ悪い、あっ(下を向く)」
-- あははは!
「え、トシくんの話どこ行きました?」
-- 本当だ。でも飲みの席だと音楽の話ばっかりしませんか?あの人。
「ほとんどそうですよ。勉強になるんですけどね、音楽的な知識が自分にはないんで、まあ、あんま理解はしてません(笑)」
-- 正直な方ですねえ(笑)。
「だから結局思い出話になって」
-- 庄内も、アキラさんには格別の思いがあるようです。
「そうですね、はい。だけど、存在感で言うとほんと、俺の目から見てもアキラさんと繭子って同じぐらい凄いんですよね」
-- …はい。
「…え?あー、そんな感じで泣くんだ(笑)。これはこれは、自分貰い泣きとかやばいんで早く拭いて下さい。そんな急に涙出るんすね!」
-- すみません(笑)
「そこは、トシくんも同意してましたね。普通はありえないっすよねーって言って(笑)。あの人らにしたら幼馴染以上の、家族、血よりも濃い兄弟、そういう繋がりですから。俺にしたってそうですし、学生時代からの付き合いで、最強で、最カワだったっすからね、アキラさんて。そういう人が死んで、入れ替わりではないんだけど繭子がそこに居て。ありえないっすけど、アキラさんがもし今でも生きてたらーとか、やっぱ考えちゃうじゃないっすか。でもそれって虚しい事なんで、話したとしても会話が全然違う方向へ流れて行くんですよね。だけどもし繭子がいなかったらって話になると、もう皆それどころじゃなくなるんすよね(笑)。そんな悲しい話はよせ!ってスッゲー不機嫌になりますから。だから、うん。繭子はやっぱり凄いですよ。時枝さん、目の付け所が良かったですよね」
-- はい(笑)。
「…俺何様だ!?」
-- (爆笑)



応接セットを独占しながら。
神波大成(T)×伊藤織江(O)。

O「この方はやっぱり、平常運転だったというか…」
T「んん?」
O「もちろん家でもこの、密着取材の事は話題にしてたけど、新曲のレコーディングがーって話す時とおんなじテンション(笑)」
T「逆にその分織江がうちでの事を話したりするから、そこはびっくりしてた」
O「どして?」
T「絶対にプライベートな話とかしない人だったもんね。スタジオの中ならまだしも、外に出ると分かっててそれをするっていうのが…」
O「(照れた顔をそむける)」
T「んん?」
O「(神波に向き直り小声で)ごめんなさい」
T「構わないよ、するなって思ってたわけでもないから。ただ竜二も翔太郎も気にしてたよ、大丈夫なのあいつって」
O「あはは!」
T「やっぱり女の子なんだなーって」
O「うー、ちょっとおー…」
T「繭子も誠も話したがるもんねえ。織江にもそういう部分あったんだなって、妙に感心した(笑)。ただ時枝さんが一番分かってると思うけど、色々話してた割にはきっと翔太郎も竜二もほっとんど私生活って謎のままじゃない? …ね、だと思った。うちはほら、繭子が出入りしてるからそこ目線で言われてるだろうと思ったし、気が付けば織江もちらほら言ってるっぽい事聞いてて」
O「(申し訳なさそうに頷く)」
T「でさ、私生活とは違うけど時枝さん自身が翔太郎の家行ったりとかも聞いてて、それって書こうと思えば書けるじゃない。でもじゃあ、どれほどあいつらの私生活に踏み込んだ?って聞かれたらきっと、…ね。そうなんだよ」
O「私生活かー。難しいね、それが必要かどうかの線引もそうだし、私ですらあの二人のそういう部分は知らないもんね(笑)」
T「俺も知らない」
O「翔太郎はまだあれだけど竜二って昔から本当、謎」
T「単に家にいないだけだよ」
O「それはそうだけど、じゃあどこで何してるのっていうのも、誰も把握してないじゃない」
T「興味ない(笑)」
O「具体的な名前は出せないけどあの人とかあの人とか、いつの間にそんなに会ってたのよって(笑)」
T「あはは!そういう奴だよ、昔からそう」
O「うん。でもそこに目を向けなかった時枝さんは偉かったね。密着取材ってさ、無理に人員割いてでもそういう言ってしまえば下世話な部分にスポット当てがたがるじゃない。絵としても面白いわけだし」
T「まあ、引いて見ればね。ただまあ実際」
O「それやってたら終わってたけどね(笑)」
T「そうそうそう。けどそれが当たり前だと思うよ。ドーンハンマーというバンドに目を向けた一年だったわけだし、そもそも、私生活じゃないにしても個人的な古傷やなんかも晒すはめになるとは思ってなかったしね」
O「うん」
T「織江も辛そうだったもんね」
O「(首を横に振る)」
T「さっき見たから言うわけじゃないけど、庄内とも実は何度か話してて。今こういう流れなんだけど、どう思う、上手くお前らんとこで処理できるのか?って聞いたらさ。他の会社じゃ無理だと思いますけどうちには俺と時枝がいますから、任せといてくださいって言うし」
O「あはは、頼もしい」
T「んーじゃあ、まあ、いっかーって」
O「大成らしいねぇ(笑)」
T「んん?」
O「もちろん私の思惑として、まずバンド。この、ドーンハンマーというバンドをなんとかせねば。世界へ行くんだ。そこを思えば今回のこの企画を前向きに捉える事はそこまで難しい事ではなくて」
T「そうだね」
O「この人(時枝)もそうだったし。ドーンハンマーを通してワールドワイドなメタル界の実情に近づく。それってきっとバンド目線とか繭子目線っていうカメラのレンズはあっても、映ってるのは向こう(海外)で活躍する歴戦の勇者達だったはずなの。もちろんずっとあなた達の事を知ってて応援してくれてた人だから、バンドをただのレンズっていう扱いにしなかったとは思うよ。でもきっと、本人が思ってる以上に大きな方向転換をしてると思う」
T「うん」
O「…『うん』? 分かってる?」
T「分かってるよ(笑)」
O「だけど本当に、全然、最初っからなーんにも変わってなんかなーいみたいな顔してさ。あなただけは平常運転だったね」
T「…俺? 俺の話してんの?」
O「あなたの話をしています(笑)」
T「ごめん」
O「私としては心強かったよ。まあ、家で何度も言ってるから今更人前で言うなって思うんだろうけど」
T「そういう部分が女子だね」
O「ああーーっ!」
T「(笑)」
O「だけど、話と違うじゃねえかぁって、ならなかった?」
T「よく分かってなかったかもしれないね、そうやって言われてみると。言い方悪いかもしれないけど、必要な場面で必要な事だけ言えば良い役割だって思ってたから、この人が最初の時点でどこまで計算出来てて、何を書こうとしてるかまでは考えてなかったんだよ。何その表情」
O「大成だねえ(笑)」
T「お前それ悪口だからな?」
O「私が言うのはアリなんです」
T「…今日凄いね」
O「あはは。あー、どうだろうこれ、後で悶え苦しむのかな」
T「知らないよ(笑)。けど、秋ぐらいに翔太郎がややこしい事言いだした時にはさすがにどうなるんだこれって思ったけどね。正直それぐらいじゃない、取材受けてて焦ったのって」
O「だんだんと趣旨が変わって行った事に対しては、特別?」
T「何も。今だから言うけど俺達は織江がゴーだって言えばゴーなんだって」
O「んーないないない(笑)」
T「俺だけじゃないよそれは。だから本当、失礼かもしれないけど取材に対してあれこれ悩んだり考えたりは、俺は一切してないよ。仕事の一つとして、今日は俺が喋る日ね、今日は皆いるんだなって、その都度知って『はいはいー』って」
O「思い入れみないたのも、なく?」
T「思い入れ? 思い出にはなってるよ。けど思い入れとかフォーカスとかそういうものは全部曲作りの為にあるもんだから」
O「かっくいい!」
T「いや、普通」
O「あはは、失礼しました」
T「ただ上手いなーとは思ってたよ。これまで受けたどの取材よりも喋りやすかったのは感じてたからね」
O「それはそうだね」
T「織江をここまで表に引っ張り出せた人は未だかつていないよね」
O「お恥ずかしい限りです」
T「織江が自分で上手い事言ってたもんな。この人自身は10も喋らないのにこっちが100喋ってるって。才能だよね。努力家でもあるし。ここまでバンドの事とか業界の事詳しいとさ、ぽんって聞かれる質問にも上辺だけじゃ澄ませらんない深みがある気がしてね、つい喋りすぎるっていう」
O「ちゃんと答えなきゃいけないって思わせるまっすぐな目をしてるんだよね」
T「(頷く)、自分の事もそうだけどさ、そうやって向かってくる真剣な目に対して、真剣に応じてるあいつらを見れたのは意外だったし貴重だった。それこそ、曲作りとか練習中のような熱意とか集中力を感じたし。それはやっぱり、音楽だけやってきた俺達にとっては凄い事だと思うよ」
O「そうだね、本当にそうだった」
T「織江も、お疲れさま」
O「お疲れさまでした」
T「本当なら一番最初に感謝しなくちゃいけなかったって思ってた」
O「何よ急に。やめて、泣いちゃうから(笑)」
T「多分いつもみたいに、家に帰ったら言葉に出来ないまますぐに寝ちゃうだろうからさ、こうやって無理やり時枝さんに撮ってもらって、今しかないんだってわざわざ教えて貰わないと言えないんだよ」
O「…」
T「今頃言っても大分遅いんだけど、この企画を通して改めて思ったよ。何を?どんな風に?って聞かれても全部言葉で言える程器用じゃないけど、俺だってこれまでの事を何ひとつ忘れてなんてないからな」
O「(顔を両手で覆う)」
T「ありがとな。もっと織江が楽出来るように頑張るから、だからもうちょっとだけ、よろしく頼むよ」
O「(何度も頷く)」
(スタジオ内が静まり返り、池脇と伊澄が近づいてくる)
R「なんだ?」
S「どうした、なんで泣いてんだよ」
T「なんでもねえよ(笑)」
-- 大丈夫です、揉めてるとかじゃないですから、皆さんどうぞ続けて下さい!
T「(カメラに向かって困った顔を見せ、伊藤の頭に手を乗せる)」
(誠が彼女の前に立ちふさがり、冗談めいた顔でカメラに手をかざす)
(同じく繭子が伊藤の体を抱き寄せ、『見世物じゃねえぞ』と凄む)
(一同、笑)
O「…い」
SM「え?」
O「お酒飲みたい」
(一同、爆笑)



楽器セットの中にパイプ椅子を並べて。
池脇竜二(R)×伊澄翔太郎(S)。

R「俺とお前とどっちが喧嘩強いって話になって」
S「うん?」
R「そん時はまあ、喧嘩なら俺、酒なら翔太郎だって答えようと思ってて」
S「うん」
R「でもこの一年、俺お前に何発殴られた?」
S「(爆笑)」
R「(嬉しそうでもある、彼特有の苦笑を浮かべる)」
S「お前なあ、いい年して喧嘩とか言うなって。事務所構える時織江に教わんなかったか?」
R「ふはははは、クソがぁ!」
S「もっと感動的な話出来ないもんかね」
R「感動的なあ。…なんもねえなあ」
S「全然考えないよな、お前は」
R「考えたって何にも出て来やしねえよ」
S「…」
R「知ってるか。俺らが揃って40になった年の暮れに織江が言うわけよ」
S「ん」
R「私が言えた事じゃないけどさぁ、あなた達は、もう少し早く売れると思ってたなぁ」
S「あっははは!」
R「辛いー」
S「あははは!」
R「まあなんか、そういう話になるとよ、巻き込んでる奴らの顔まで浮かんできちまってよお。ほとんど同じ年の連中で集まってるからこそ余計に、早えとこなんとかしねえとって」
S「老けたよなあ、皆なあ」
R「(腕を組んだまま肩を揺すって笑う)、だからって言い訳は関係ねんだけど」
S「改めて言われちゃうとね」
R「いや本当そう。今だからそやって笑って言えるけどな」
S「織江のそういうマジなのかジョークなのか分からん抉り方は昔から変わらないな」
R「あいつのはマジだと思うよー?」
S「嫌っそうに言うなぁお前(笑)」
R「ノイがよ、織江のちょっと後ろに立ってよく『ごめんねえ』って口パクしながら手合わせてたもんな」
S「(爆笑しながら何度も頷く)」
R「…そっちはなんかねえのかよ」
S「あー、はは。この一年で言うと笑ったのがさ、ついこないだ、この人面白いぞー。織江と誠ならどっちが優秀ですかーだって」
R「なんだよそれ。それ聞いてなんなんだよ(笑)」
S「な? ネタがもう、尽きたんだろうなぁ」
R「わははは!おうおう、睨んでる睨んでる」
S「優秀もなにも俺では分からないけどな。それ聞いた時に思い出したのが、俺と大成でどちらが作曲家として優れてるか議論みたいなのが、昔からちょくちょくあって」
R「(頷く)」
(そこへ上山がお酒の追加を持って現れ背後から二人に手渡すと、カメラに向かってウィンクしてまた次の場所へと歩き去った)
(池脇は右手に持ったハイネケンを少しだけ隣の伊澄に向かって傾ける)
(伊澄は左手に持ったコロナではなく、右手の拳を池脇の瓶に当てた)
S「お疲れさん」
R「お疲れ。…まあ、外から見ればそういう疑問も沸くか」
S「疑問か? 好き嫌いだろ。大成とも言うんだけど、俺達は同じバンドだからそこで競い合っても仕方ないんだよ本来。曲書ける人間が二人いてそれぞれがお互いにない部分を補い合って一つの楽曲に向かってる」
R「(頷く)」
S「それを外から見て、やっぱり大成作曲だと思ったんだよ、こういう曲はなんだかんだあいつだよなーって。そういう時それを考える奴は自分の中で、どういう満足感を得てるんかなと思って」
R「あはは」
S「こっちは気にしてないからね。気に病む病まないの事じゃなくて、どっちが作るかを重要視しないし」
R「(頷く)。だから、そこじゃねえか? そこを重要視してねえとはきっと周りの奴らなり、ファンもそうなんだろうけど思ってないと思うぞ。お互いが切磋琢磨しあって、アルバム中何曲が翔太郎だ、今回は大成が多い、どうなんだこのバランスはーとか思ってんじゃねえのかって」
S「違う違う、それがなんだってどう思われようがどうでもいいよ。そこがそいつにとってどんな意味なんだって話。結局俺達は、俺が作曲しても大成が作曲しても、それは絶対楽曲として作るだろ?作らないとか作らせねえとかなら、また話変わってくるけど」
R「ああ、ああ。作曲した段階じゃ優劣なんかないって事?」
S「そう!」
R「っはは、それはもう、内輪でしか分かんねえだろ」
S「そうだけど。…結局は全部作るんだよ、可能な限り形にする。それをどのアルバムに入れるかだけの違いだろ」
R「まあな。改めて聞くと当たり前の事なんだけど、知らないわな、普通外野はな」
S「この人(時枝)は割とそこらへん公平に見てたから良かったけど」
R「公平っつーか、あれだろ。二人とも大好きー!!みたいな」
S「(爆笑)」
R「顔真っ赤!」
S「誠と織江、どっちがより頭脳明晰ですかって」
R「ふふ、うん」
S「お前どう思う?」
R「織江かなあ」
S「なあ。俺もそう思うんだよー」
R「…なんだこの質問!(笑)」
S「(爆笑)」
R「なあ」
S「あ?」
R「俺とお前どっちが喧嘩強い?」
S「お前」
R「いやいや、翔太郎さんですよ」
S「クソが(笑)」
-- (爆笑)
R「…向こう行っても、その調子で頼むわ」
S「あいよ」



会議室にお酒を持ちこんで。
関誠(SM)×伊藤織江(O)×時枝可奈。

SM「この一年で一番を恥かいた人、それが私です」
O「変な自己紹介しないでよ(笑)」
-- 恥なんて一つもかいてません。世間に対してまだ何にも出してませんから、今のそれは自虐になります(笑)。
SM「そお?」
-- 先程お会いした時お伝えするの忘れてたんですけど、誠さん雰囲気変わりましたよね。
O「そうそう。そうそうって私が言うのも違うけど(笑)」
SM「分かんない」
-- 髪の毛少し伸びました?
SM「そりゃあ、人間ですから(笑)。でもメイクさんとかスタイリストさんに切ってもらってたから自分でなんとかするタイミング見失っちゃって。それはある」
O「自分では無理?」
SM「ちょっとなー」
-- いや、無理でしょう。
O「え、いや、この子人のは上手に切れるから」
-- そうなんですか!?
SM「今度やったげようか?」
-- え、お願いします! そうだったんですか! 資格を取られたんですか?
SM「結構前にね。お店するわけじゃないからいらないっちゃいらないんだけど。せっかくだしね」
O「私はまた別で付き合いの長い美容師さんがいるからたまにだけど、他の皆は全員この子だよ」
-- え?
SM「だから、私がいない間翔太郎髪長かったでしょ? 竜二さんと大成さんは敢えて他でカットしてもらったらしいけど、翔太郎と繭子は切ろうとしなかったんだって。泣けるよね」
O「大成は私が整えて、竜二は私が通ってる所紹介してね(笑)」
-- えええ、知らなかったあ。
SM「でも自分ではなかなか切れないよね。それでかな、雰囲気。ずーっと同じスタイルだったからさ」
-- それもあると思うんですけど、多分、…メイク?
O「あー」
SM「あれかなあ。よく気合入れてメイクって言ってたでしょ。見られる前提で隙なく仕上げるっていう意味で使ってたんだけど、今はそういう必要がないからかもしれないね。パキパキにすることはもうないかもしれない」
O「寂しいよねえ、誠の本気メイク見れないのはねえ」
-- はい、月イチくらいで見たいですよね。
SM「分かったじゃあ、意味なくすっごい化粧濃い日作って、え、あいつ今日どうしたって言われるように心がけるよ」
O「(笑)」
-- よろしくお願いします。
(一同、笑)
-- 全体的に柔らかい雰囲気になりましたね。お顔の表情も含めて。
O「繭子も言ってたね」
-- そうなんですね(笑)。
SM「もともとそんなにはっきりくっきりの顔じゃないんだよね。なんとかメイクでパリっとした顔作ってたから」
O「それだけ聞くと薄い顔なのかって思われるけど、そういう事ではないよね」
SM「違うかなあ」
O「この顔でそんな事言われたらあなた、私達どうしたらいいのよ(笑)」
-- 顔の作りの話じゃなくてメイクの雰囲気ですよね。ただまあ誠さんに関して言えば正直今でもスッピンで外歩けるレベルの方なので。メイクの雰囲気が変わったからって大した問題じゃないですもんね。
SM「お、なんだ、めっちゃ苛められてんじゃん」
O「(笑)」
-- 一度ちゃんとがっつり、モデル・関誠とお話がしたかったんですよね。大好きだったので。ただまあ、紆余曲折ありました。
SM「ありましたなあ(笑)」
O「なあー」
-- いやでもー。…うん、やっぱり、すごい。凄い綺麗です。
SM「わはは!」
O「がっつり褒められたね」
SM「ね」
O「誠。ちょっとカメラ目線でピースしてみてよ」
SM「ピース?なんで」
-- お願いします。
SM「…」

(カメラ目線。真顔で頬を少しだけプクリと膨らませ、顔の横まで持ち上げた両手の先で、2本の指がクイクイと動く。センチ刻みで顔の角度を変えながら、肘から先で動きを作り、頭の上下左右様々な場所で指折りピースを決めていく)
(やがて飽きる)

SM「…何これ」
-- ちょっと感動すらあります(笑)。
O「(誠を見つめ)、やっぱりプロは違うんだね」
-- そうですね、ピースっていうシンプルな要求に色々くっついてましたねえ。
SM「何が(笑)」
O「ピースしてって言ってまさかあなたの脇が見られるとは思わないよね」
SM「あははは」
O「(2本の指をビシっと伸ばしてカメラに突き出し)、ピースはこう!」
(一同、爆笑)
-- この一年、繭子を中心にドーンハンマーを追いかけて来ましたが、なんだかんだで、織江さんと誠さんには計り知れないご協力を戴いたなと思っています。お話をお伺いした量だけ言えばバンドメンバーとも遜色ないレベルです。そんなお二人から見てこの一年、何か発見のようなものはありましたか?
SM「あった。こないだも言ったけど、私はありまくりだったよね」
O「体の事とは別に?」
SM「どうだろうなあ。関係あるのかないのか分からないけど、私はバンドの事をつぶさに見てこなかった分翔太郎の事に関してだけは誰よりも理解してるって思ってたよね。だけどそこを揺さ振られたというか」
O「悪い意味に聞こえちゃうけど?」
SM「認識の甘さとか未熟さって言えばそうだね。でも気付かされた事は驚きなんだけど、その先、結果として見聞き出来た事の内容で考えれば、幸せの絶頂ってこれ今だなって」
O「あはは、それは、物凄い事ですよー。あはは、発見どころじゃないね」
SM「ね」
O「ねえ、結婚しなよ」
SM「あはは(首を横に振る)」
O「視聴者の皆さんもやきもきするでしょう」
SM「視聴者?」
-- どちらかと言えば、読者。
O「そっか(笑)」
SM「知ったこっちゃない(笑)」
O「ああ、酷いな~」
SM「考えたりするのはさ。例えばそれがいつだとしてもね、私が死ぬ前に婚姻届け握りしめて、翔太郎の奥さんとして死にたいって言えば割とすんなり通るかもしれないなあって」
O「お~わあ、あはは」
-- おんもしろー、この人(笑)。
O「ごめんね、あんまり若い言葉使うの苦手だけどこれしか思い浮かばないから言うね。『誰得!?』」
(一同、爆笑)
SM「でもそれぐらいの欲しかないもん、結婚に関して言えば」
O「そうなのかあ」
SM「織江さんとか他の人達でもそうだけど、いいなあって思う素敵な関係っていうものをさ、上手く自分に当て嵌められないっていうのもあるね」
O「どういう意味? 無理だとか、似合わないとかそういう引いた感じになるって事?」
SM「なんだろうねえ。比較して劣等感を持ったりはしないんだけど、そこはそこ、私は私、って、却ってそう思ってるから拘れないんだと思う」
O「ふんふん」
SM「もちろん翔太郎の気持ちだって尊重しなきゃいけないわけだから、私の考え方だけで言えばそういう感じかな。だって、例えば翔太郎を絡めた事で何か欲求とか妄想とかで楽しんだりする時ってさ」
O「なはは、ちょいちょいちょい。大丈夫?それいける話?」
SM「大丈夫大丈夫。いけるいける」
-- ややこしいなあっ(笑)。
(伊藤、誠、爆笑)
SM「もお、変な話じゃないって。だってさ、翔太郎が昔住んでた部屋の事思い出したり、また戻りたいなーって思ってニヤニヤする事だから」
O「え、まだ言ってるの!? ちょっともう、誠ぉ」
SM「わははは、心配されてるー!」
-- どういう事ですか?
O「…(誠を見つめる)」
SM「(正面を見てむず痒そうに笑う)」
O「私も人の事言えないけどこの子も結構涙もろいからさ、この一年でもわーわー泣いてたと思うの」
SM「言い方(笑)」
-- 言い方、言い方。いやー、それこそ私がそれを誰か人に言う事も思う事も出来ないですよ。実際、私の方が酷いですから。
O「うん(笑)。でもこの一年でさ、こっちサイドで一番泣いたのは私だって自分で言ってたよね」
SM「うん、自信ある」
-- あははは!あー、そういう風に言われると、そんな気もします。
O「だけど断言出来るのはさ、絶対前に翔太郎が住んでた部屋を引き払った時の方が泣いてると思うんだよ」
SM「うん!うん!間違いないよ!(笑)」
O「そうでしょ? 今も前の部屋がどうとか言い出してさ、うわ、まだ忘れてないんだこの子ったら!って(笑)」
-- それって何年ぐらい前のお話ですか?
O「(誠を見やる)」
SM「…このスタジオが出来て、すぐぐらい。だから、10年とか、そんな? もうそんな前!?」
O「そうなるねえ」
-- 翔太郎さんが昔住んでた部屋に戻りたいんですか?
SM「戻りたい。戻れるものなら戻るし、昔の若い頃の苦労しまくった時代に今更戻れんのかよーなんていうありがちな脅し文句は私に通じない。全然戻れるから(笑)」
-- それってどういう心境なんですか? 当時を思い出す事が楽しいっていうのは、え、何かちょっと皮肉な感じもしますよね(笑)。
O「でしょ?」
SM「あはは」
-- 今だって全然楽しい筈ですし、誠さん流に言えばこれから先の事を妄想して楽しむ事だって出来ますよね。
SM「出来るよ。出来るけどそれはまた別の楽しみ方じゃない」
-- 違いが分かりません(笑)。
SM「そ?」
-- お引越しされた時に泣いたというのは何故ですか?
SM「寂しいからに決まってるよー、何言ってんのー」
-- 普通はそうですけど、この一年を上回る涙の量で泣いたんですよね。
SM「うん(笑)」
O「今冷静に考えてみても、今よりあの頃の方がいい?」
SM「どの部分を比較したらいいの?」
O「部屋(笑)」
SM「翔太郎の?そりゃ今だけど!」
O「そうでしょ!? あの子の部屋どれだけお金かかってると思うのよ」
SM「それはまた別の話だよ(笑)」
-- 基準がややこしいです(笑)。
SM「違う違う、私が言いたいのは部屋のグレードとか居心地の話じゃないの。そこにいた私達二人のシルエットの事を言ってるの」
O「シルエット(小声で呟き、俯く)」
-- 織江さんですら理解出来ないならもう、お手上げです。
(一同、笑)
SM「いやー、だってさー。今でも思い出すとさぁ、胸が苦しくなるんだよ。時代もそうだしさ、自分も含めて身の回りの流れが全然軌道に乗ってなかったの。何もかもがこれからだった」
O「うん」
SM「最高と最悪が同時にそこにあった。あの部屋で私色んな事を考えた。うれし涙やくやし涙が染みついてるんだよね。翔太郎のキック一発で穴の開いた壁とか、私が起き上がる事も出来なかった時代に爪を立てたベッドとか。泣きながら食べた夕ご飯の食べこぼしなんかもあの部屋には落ちてる。もちろん辛い思い出だけじゃない。虫嫌いの私がここにずっといたいと思えたのは翔太郎がいたからだし、あの狭さと、日当たりだけは良い寝室の温もりとか、聞こえて来る線路の音とか。私の求める安心の全てはあの部屋にだけ存在した。それなのに、何でこの部屋出なきゃいけないの?って、何度も泣きついた。新しいスタジオなんか少しぐらい遠くたって車で通えばいいじゃない。贅沢なんかよそう、この部屋にいようよって何度もお願いした。翔太郎はずっと『何だこいつ』って顔で戸惑ってたし、一度こうと決めたら変えない人だから結局は引っ越ししなくちゃいけなくなったけど、泣いたなー。泣いた。泣いたし、引っ越しして大分離れた所に借りた今の部屋から、何度も昔の部屋を見に戻った」
O「通報されたんだもんね」
SM「うん(笑)」
-- 勘違いしてたらすみません。お二人は同棲をしてこられなかったんですよね。
SM「うん」
O「そりゃ翔太郎も『なんだこいつ』って顔するよね(笑)。俺の部屋じゃねえかって」
SM「まー、そうだけどもー」
-- と言う事は、誠さんの方から同棲を拒んでいたという事ですか。
SM「拒む。…うん、まあ、そうなるかな。ほぼほぼ遠慮だけどね。だけど大人になって働き出してからも別で部屋を借りてたのは意地もあるよ」
-- 意地ですか。それはどこに向かっての?
SM「んー。運命」
O「大きい(笑)」
-- (笑)。
SM「結構な頻度で翔太郎の部屋に転がり込んでたから偉そうに言えないけど。私は一人でも生きていけるって思いたかったし、思わせたかったのよね。だから実を言うと織江さんにも声を掛けてもらったり、繭子にも一緒に暮らさないかっていう話をされたんだけどね。実際金銭的にもきつい時はあったし、もう本当ただの意地なんだけど。だけど、ちゃんとやんなきゃいけない、ちゃんと、考えて生きようって思って努力をする事は嫌でも辛くもなかったし、結果なんとかなったからさ。そこは私にとって、結構大事な部分でもあるよね」
O「実際今まで一度だってお金を貸した事はないし、頼まれた事もない」
-- ほええー。
SM「ほええなの。そうそう、ほええでしょ」
-- では、何故です?
SM「…ん?」
-- 通報。…そこまでして、以前の翔太郎さんの部屋を見に戻られた理由は…。
SM「なんかね。…すごく寂しがってるような気がして。部屋が。まだ私や翔太郎の何かがそこに残されてやしないかとか、置忘れてやしないかとか、そういう感じだった。その部屋が空室の間は私ずっとそこに通い詰めて、もちろん勝手に入ったりはしないけど、遠くから眺めて、よし、今日も来たぞって一人で満足して帰るの。だけど私、いつの間にか新しい住居人が入ってた事に気づかなくてさ、ある時ばったり出くわしちゃって、『お前か、不審者ってのは!』って捕まって通報されて」
O「大家さんから翔太郎に連絡が入ってばれちゃったのよね(笑)」
SM「そう。その後漏らすんじゃないかってぐらい怒られたし」
O「まずいまずい(笑)」
SM「そういう部屋だからさ。戻りたくても戻れない場所だからこそ、なのかな」
-- なるほど、渡米された後、日本で誠さんの不審な姿をお見掛けして腰を抜かさないよう、心構えしておきます。
O「あっはは!言うようになったねえ!」
SM「半泣きのくせして生意気だ(笑)!」
-- (泣き笑い)



応接セットにて楽器セットを眺めながら。
池脇竜二(R)×神波大成(T)

R「お疲れさん」
T「お疲れさん」
R「飲んだ?」
T「普通に。…もういらないぞ!」
R「…それ何?」
T「水」
R「え?」
T「氷水」
R「…っすか(笑)」
T「…」
R「…」
T「喋んなさいよ(笑)」
R「…長かったー、…かな?」
T「んー、そー、なー」
R「お前は(苦笑)」
T「この一年、ドーンハンマーについて色々と考えてきたおかげで却って、クロウバーって何だったんだろうって思う事もあって」
R「…」
T「我ながら良い曲残せたなあって思うし、あのバンドでしか出来なかった事が確かにあったんだよなっていう風にも思うから」
R「(前方、足元を見つめて腕組みをしたまま、深く頷く)」
T「良い曲を書く、良いプレイをする。それが俺のやるべき事で、やりたい事だとして、じゃあ何であのまま行けなかったんだろうって」
R「(頷く)」
T「…確かに終わりを意識してたのは俺も同じだから、お前のせいにして言ってるわけじゃない。ただ、なんでだっけなあって」
R「…」
T「言葉で言える理由は意外と簡単に出て来るんだよ。もっと激しい曲をやりたくなった。前の事務所の方針とは合わなかった。マーやナベと足並みが揃わなくなった」
R「…」
T「マーが事故を起こしたのは解散した後だから、直接の原因がそこにあるわけじゃない。ナベが一緒にやれないって切り出したのもその後だから、関係ない」
R「…」
T「…良いバンドだったと、思うんだよ」
R「(頷く)」
T「織江がな。…物凄く機嫌の良い時に鼻歌を歌う。ドーンハンマーの時もあるし、URGAさんの時もある。だけど、一番多いのはデビュー曲なんだよ(『TAKING ALL THE FLAG』)」
R「…」
T「繭子は今でも『アギオン』を好きだと言うし、URGAさんは『裂帛』をカバーした」
R「…」
T「今俺達は、この一年だけじゃなくて、色んな所で色んな人の後押しを感じたし、色んなチャンスを掴んだのかもしれない。それは凄い事だし、感謝もある。自信もある。達成感だって、まだ途中とは言え、ない事もない」
R「…」
T「後悔もしてない。…うん、全然してない。もっとクロウバーを続けたかったとか、そんな事言ってんじゃないんだ」
R「…」
T「ただ…」
R「…」
T「なんて言うんだろうな。まだ、翔太郎もいなくて、アキラの手も借りてなくて。だけどそれでもカオリは喜んだし、織江もノイも、物凄く応援してくれたよな」
R「(頷く)」
T「必死だった。…楽しかったんだ」
R「(頷く)」
T「やがて迎える俺達のピーク」
R「…フ」
T「翔太郎と、アキラ。もう既に天下を獲ったような気でいたよ。それは、この一年で色々思い出した。頭の中の、細い血管、一本一本に、思い出というかその映像が、立体的に浮かび上がって、炸裂するように爆発しては、消えてった」
R「…」
T「繭子を迎えて、海外で何度もプレイして来た。横を見れば翔太郎が笑って、ギター弾いてる。後ろを振り返れば繭子が、汗を飛ばして高速連打。顔を上げれば、オーディエンスをなぎ倒す勢いでお前が叫んでる」
R「…」
T「ドーンハンマーは。良いバンドになった」
R「…」
T「ただ。あの時代、あの時間は、一体」
R「…(腕を組んだまま、俯く)」
T「俺達は、何者であろうと、したんだろうなーって。そこが俺にもお前にも、見えてなかったんじゃないかって。だから、楽しかったんだろうかな」

(沈黙)

R「…全然、いくら誘ってもあいつらが乗って来なかった時代によ、一回だけ、あの二人が冗談で俺に言った事があって」
T「(頷く)」
R「俺らは俺らでバンドやるから、放っておいてくんない?」
T「(腕組みをしたまま笑う)」
R「そんな話聞いてねえぞ!って怒って。あいつら二人してケラッケラ笑って。もう名前も決めてるもんなー。なー、っつって。何だよ、言ってみろよって聞いたらよ」
T「…何?」
R「シャイニング・ドラゴン・ゴッドウェーブ」
T「ダサ」
R「それは何。プロレスのワザ?」
T「あははは!あー、あー、アキラ、竜二、俺?」
R「そう」
T「考えたのアキラだろそれ。あ、え、翔太郎は?」
R「続きがあって。正式にはシャイニング・ドラゴン・ゴッドウェーブ・オブ・フライングジョンだって」
T「(爆笑)」
R「長いしダサいしもう」
T「知らなかったー。完璧に翔太郎が繰り出すプロレスワザになってんだな。…フライング(笑)」
R「フライングジョン(笑)!」
T「あははは」
R「…だから俺達は、もしかしたら、シャイニング・ドラゴン・ゴッドウェーブ・オブ・フライングジョンだったかもしれない」
T「…」
R「…」
T「ありえない」
R「(笑)」
T「…それメロスピだろうなぁ」
R「(爆笑)」
T「(首を横に振る)」
R「…その程度の誤差なのかもしれねえぞ。所詮、俺達なんてのは」
T「…」
R「ここへは最初から来るつもりで来た。だけど正直、よくここまで来れたもんだとも思う。…アキラは、残念だったけど、あいつの存在が消えてなくなったわけじゃねえし、今でも当たり前のようにあいつの話をして笑ってる」
T「(頷く)」
R「今俺達はドーンハンマーだけどよ、10年後にはシャイニング…」
T「もういいって(笑)」
R「あはは!うん、まあ、そんなもんだよ」
T「そうだな」
R「俺達はあの頃、まだ何者でもなかったし、今でもそうだと思う。だけど、ただクロウバーとしてそこにいて、歌って、お前はベース弾いて、それこそ『アギオン』仕上げた頃なんかはよ。それはそれで」
T「…それはそれで」
R「…」
T「…」
R「…」
T「…泣くなよー(笑)」
R「俺も楽しかったよ」
T「…」
R「…まだまだやろうなあ」
T「(頷く)」
R「…ありがとう」
T「あー、くそ」

(神波が立ち上がって歩き去る)
(涙に濡れた目でカメラに笑いかけると、池脇もまた立ち上がった)

連載 『芥川繭子という理由』 71~75

連載 『芥川繭子という理由』 71~75

日本が世界に誇るデスラッシュメタルバンド「DAWNHAMMER」。 これは彼らに一年間の密着取材を行う日々の中で見た、人間の本気とは何かという問いかけに対する答えである。 例え音楽に興味がなく、ヘヴィメタルに興味がなかったとしても、今を「本気」で生きるすべての人に読んで欲しい。 彼らのすべてが、ここにあります。

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