第4話ー10

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 各方面軍団から首星の軍省へは、ビーム兵器の周波数変更による一定の効果が報告されてきたが、その一方で数が増幅しているという報告、そして撤退を懇願が上がってきていた。
 これは軍省から次々に執政官ン・メハのところへあげられていく。政治的決断ならば彼女は即決できる。だが軍事的な言葉が、妹のトハがいない今としては、父である国王が最高責任者となる。が、国王は撤退を認めない。兵士は国のために尽力するもの、というのが国王の軍人に対する認識であった。
 再三、謁見の間に撤退の助言をしに向かったのだが、国王の言葉は曲がることなく、どうしても撤退はしないと断言した。
 首星バエウのクリスタルタワー、ワートの中に血はない。だが前線には血で満ちている。この父とのやり取りの間にも幾十、幾千の命が一瞬にして消えている。それを防げてない自分が情けなく、怒りが込み上げ、自らの執務室へ帰ると、デスクに拳を叩き付け怒りをあらわにした。
 そこへ職員の女性が入ってくる。彼女は黒髪で額の宝石はオレンジ色に光っている。トーガのような衣服に黒髪を垂らすことなく、後ろで縛っている。
「失礼します」
 その声が震えているのに、自分への怒りに満ちた拳でデスクを突くメハですらも、何か異変が起こったことを悟った。
 黒髪の彼女は執政官へ近づくと、クリスタルのスティックをクリスタルの部屋の空中へ先を向ける。そこにホログラムの人影が現れた。褐色で上半身裸の屈強な男で、眉が濃く、いかにも力がみなぎっている顔つきをしている。
 彼女は一目でそれが北の蛮族星間国家バジャラハ国の国家元首だと気づいた。その堀の深い顔は見間違えるはずがない。
 褐色の男は凄まじい迫力のあるその顔で真正面を見据えながら言う。
「我が目の前にあるは巨大なるクリスタルの国、ジェザノヴァ。だが、俺はもはや恐れることはない。なぜならば、もはやクリスタルに輝きなどないからだ」
 そういってホログラムにはもう1人の男と1人の女が映り込む。
 1人は筋肉に覆われた巨大な大男で、なめし皮のズボンをはき、それすらもはち切れそうな筋肉だ。腕には巨大な剣を持つ。それは人を5人は一気に斬れそうなほどの大きさだ。
 もう1人、女は明らかにモハンリアン、ジェザノヴァの兵士だ。捕らわれた女の顔には、白い皮膚に血がべっとりとつき、額の宝石は黒く塗られている。これはモハンリアンにとって侮辱の行為だ。
 気の強そうな女性兵士は何も言わない。この場にありながらも凛然としている。
 バジャラハ国の国家元首ゴーゴナは続ける。
「さあ、戦争の始まりだ。これからが始まりなのだ。見ているかジェザノヴァの王よ。ドフ、お前だ」
 と、ホログラム指さす。
「お前がクリスタルの中にこもっているうちに戦場では血が流れる。血を見たことがあるか、ドフ。お前に弱者の苦しみがわかるか。ドフ。お前に戦場で狂っていく兵士の姿が見えるか、ドフ」
 そうゴーゴナが言った刹那、横に立っている巨大な筋肉の塊は巨大な剣をなんと片手で高速で振り上げ、一気に女性兵士の頭上へ振り下ろした。そして何もそこになかったかのように剣は地面の鋼鉄に振り下ろされ、金属音が響く。
 だがその金属と剣の間にひざまずかされていた女性兵士は、肉がはがれる音と共に大量の血煙と内臓を床にぶちまけて、左右に分かれて絶命した。
「次はお前た、ドフ。もはやバジャラハを止めることはできない」
 そこでホログラムが消滅した。
 メハは呆然とするしかなかった。
 一緒に見ていた黒髪の女性は気分が悪くなったのか、蒼白になった顔の口元を抑え、執務室を駆け出していく。
 これがどこまで広がっているのか、それがまず第一の問題だ。メハはそう思い、情報統制の必要があると、慌てデスクでその手続きを開始しようとした。が、すでに手遅れであった。また数多のジェザノヴァ属国より離反の宣言が届く。それがホログラムのせいであることは明らかで、離反届の数が増大していた。
 メハは慌て父の謁見の間へ向かった。国王にこれが届いていないはずはなかった。
 謁見の間の広大なクリスタルの壁面にドフ国王の声が大きく響く。
「砕け! 砕くのだ!」
 メハが来る前にすでに参謀本部の参謀長たちが駆け付けてきた。
 メハもその列に加わる。
「ですが国王陛下。我が軍は先の戦闘で要塞を失っております。援軍もすでに近衛軍団以外は前線へ投入しております。後方支援も追いつきません。食料、燃料も各国の離反で間に合っておりません」
 小さく、妙に頭の大きな参謀が禿げ上がった薄い頭を撫で上げて、困った様子で言う。
「わたしの言葉が聞こえなんだか! 敵を砕けを言っている。近衛軍団を前線へ送れ。総力で北の蛮族を叩き潰せ。虫けらのように叩き潰すのだ!」
「冷静におなりください陛下。もはや前線を維持するのは不可能です。近衛軍団まで出してしまっては、ここを誰が守るのです」
 冷静を求める娘メハの言葉に、国王はクリスタルの玉座から立ち上がった。
「国民が守る。わたしの命を国民がきっと守ってくれる。ここまでわたしは尽力したのだ。版図を拡大し、歴史稀に見る巨大星間国家へと育てたのだぞ。国民は喜んでわたしを守るだろう」
 もうそれ以上、国王は家臣たちの言葉を耳にしなかった。
 謁見の間を出たとき、あの色気のある秘書がメハを一瞥して謁見の間へと入室していくのが見えた。それをメハは苛立ちで見ていると、横に居る腰の曲がった参謀長の1人が言う。
「国王は狂われた」
 その溜息にメハはただ慟哭を口にしそうなのをこらえ、ゆっくりと眼を閉じた。

ENDLESS MYTH第5話ー1へ続く

第4話ー10

第4話ー10

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-12

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