蝶と蛾

昔々あるところに、変わった特殊能力をもった少女がすんでいました。少女は風変りな職人が営む靴屋の娘でした、風変りな職人は、自分の変わった性質、そのせいで少女が生まれてすぐ母親はここをでていったのだと少女に言い聞かせていました。少女はそれを信用していて、ときたま父の手伝いをしたり、知恵を絞ってデザインの手伝いをしたり、店の陳列を整えたりしていました。しかし父の代わった性質のせいか、少女の手伝いの結果、へることもないけれど、お客さまはそれほど大きく増えることも、変わることはありませんでした。父の変わった癖とは、蛾をみると、人が変わったように怒りっぽくなり、理屈っぽくなり、愚痴っぽくなることです、この町では昔からよく蛾や蝶がみられ、気候のせいか、そんなことはしょっちゅうで町の人々は、靴屋のおやじはこの町にうまれた人なのに、難儀なことだとうわさをしあっていたものです。
 
 そんなある日、少女は少女は店の前の、少し先にある広場で、サーカス団の催しものがあるときき、友達の少女とでかけることにしました、その催しもののひとつに、まるで人間が蝶のように空中でひらひらと舞うような踊りがありました、少女はその時、ある事をひらめきました。少女はさっそくそのひらめきを行動にうつしました、あくる日のことです……赤い屋根の靴屋の一階で、癇癪を起していた人間がいました、靴屋の主人です。
「なんでこんな絵を、蛾の絵なんかをかいたんだ!!」
少女は驚きました、まさか絵で、自分の書いた絵で父の性格が変わるとは思っていませんでした、それにこれは良かれと思ってやったことだったのです、ですからめずらしく、店のある一階、ガラス張りの、開店前の店内で、二人は言い合いました。
「おとうさん、おちついてちょうだい、これは蝶よ!!」
親子は大げんかをしてしまいました、喧嘩はすぐに収まりましたが、娘が、父のためにその絵を描いたのだときき、ついに父親は勢いあまってあることを口にしてしまいました。
「お前の母はでていったんじゃない、お前がうまれて少したったとき、病死したのだ、お前の母親も絵がうまかった、だが俺には、蛾と蝶の区別もつかないのだ」

 娘にはある才能がありました。それは絵の才能です、そして変わった特殊能力もありました、それは思いを伝える心です、彼女が本当に想いを伝えようとした、演技だとか、歌だとか、絵だとかは、いつも人の心をしっかりとつかみ放しません、しかしそれは変わった条件がつきものでした。それは、彼女が嫌な思いをすることです。ですから、彼女にわざわざ嫌な思いをさせるような人が、この町にはいなかったので、彼女は中々、彼女の特殊な才能使うこともしませんでしたし、また、必要がないと思ったのです、だけどその日、彼女は泣きながらも、父からうけた酷い嘘と告白を、恨みつつも、複雑な感情で一枚の絵をかきました。

「お父さん、蛾も、蝶も同じなのよ、人間が区別しただけなのよ」

そういって翌朝、父の前に差し出された絵は、父のこころをうちました、それはなくなった母親を、写真からイメージして書いた立派な絵画でした。そのまわりを、蛾だか蝶だかわからないような―—“影”ーーが飛んでいます、その朝あらためて、父は昨日のことと、嘘とを謝罪し、娘をそっとだきよせ、いいました。
「わかってやらなくてすまない、俺はきっと、この町と、あの蛾や、蝶に、おびえなくて済むようになるから」

それから父はありとあらゆる工夫をしました、サングラスをつけたり、そうみえるような影や、形をもつものからすぐに目を覚ます習慣をもったり、しかし一番効果をもったのは、店の中にあるその絵でした。店の中では、あれからというもの父は豹変することがほとんどなくなっています。それはひとつには、絵の効果といえるのでしょうが、父いわく、母と出会ってから、この町に住む母とこの家の頑固な父親のもとへ会いにくる事がなんどもありましたが、母に会うという目的の上では、決して蛾にたいしてアレルギーの反応を示すことも怒ることもなかったといいます。
「母親がしんで、どうなるかと思ったが、お前がいてくれてよかった」
それから時折絵を見て、そういって、父は笑います。今でも店の外では人が変わることがままありましたが、店は繁盛していたし、ときどきのことなら、仕方ないことと少女もめをつむるようになったという事です。

蝶と蛾

蝶と蛾

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted