第4話ー9

 軍省総官ン・トハはサングダム恒星系に属する衛星パードの前線基地で籠城戦を強いられていた。衛星バードは二酸化炭素に覆われた外界は呼吸すらできない環境だ。そこにクリスタルの正方形の建物がエアシールド、エネルギーシールドに覆われて建っていた。
 サングダム恒星系の戦場から救出した兵士、負傷兵で定員過剰となっていた基地は、人で溢れていた。
 無駄に広い司令官の私室すらも負傷した兵士へ渡して、トハは女性兵士たちと同室で寝泊まりしていた。部下たちはそこまでしなくても、とトハ専用の個室を用意したが、あまりに重傷者、ベッド数が少ないためトハは断じて個室に入ることをよしとしなかった。
 指令室に常に居る彼女は、寝ることを極力しない人物であり、疲労を取るということをしない人物でもあったのだが、さらにそれが加速したかのように彼女は例の生命体に関して、研究兵たちと何か打開策はないものかと調査した。だが、前線基地の装備、設備では敵生物の情報を分析するには限界があり、ただ単に疲労を蓄積させるばかりの日々が続いていた。
「そもそも連中はどこから来る」
 透明な球状の入れ物に入った、栄養分を補う透明な水分を、クリスタルのストローで吸いつつ、クリスタルで造られた部屋の中央にホログラムで放射されているデータを見ながらトハ総官は研究兵たちに問いかける。
 兵士たちはここ数ケ月、必死になって生物について研究してきた。命がけで手に入れたサンプルや、観測で判明した活動範囲など、ありとあらゆることを夢に出てくるほどに。
 その兵士からトハへ答えが提示される。
「ご存じのとおりサングダム恒星系のみならず、ジャザノヴァ各宙域に現れた敵生物は、我が軍を圧倒的数と捕食能力において兵力を超えています。我らの観測によって判明したのは、敵生物がその惑星、衛星固有の種ではない。つまりまったく生態系からは離れた存在だということです。しかしどこの惑星、衛星のここ数十年のデータを分析したところで、大気圏外よりそうした生命体が飛来した、または隕石に付着していたという根拠はどこにもありません。したがって突如現れたことになりますが、そのようなことは普通起こりえません。ですので考えられる結論は1つ」
 その先の言葉は腕をなくしてクリスタルの義手とクリスタルの眼帯を付けた兵士よりも先に、トハの口から出た。
「誰かの意図が裏にある」
 兵士は頷く。そしてクリスタルのゴーグルでデータと融合しているオペレーターに義手を上げて合図する。
 するとホログラムのデータが消え、1つの画像が現れた。黒い渦のようなものである。
「これは先日、この恒星系の第11惑星ファニムにてとらえた映像です。ファニムは恒星から最も離れ、氷に覆われた惑星なのですが、その表面に合計4879個の黒い渦を発見しました。スペクトル分析及びあらゆるスキャニングを行いましたが、なんの反応もありません。周尾の分子構造、空気成分、気圧などはすべて正常値であり、まったくそこになんもないような結果しか出てきません。ただしこれを」
 そういうと次のホログラムが現れた。
 そこからは黒い渦から例の生物が何万匹と這い出てくる様子が映し出されていた。
「超光学衛星が撮影したこの映像からもわかるように、この黒い渦は何らかのテレボート装置だと考えられ、その向こう側から生物は送り込まれてきているということになります」
 トハ総官はすぐに心当たりが脳裏にうかんだ。
「そういうことか。あの生命体でジェザノヴァの前線を崩して北から我が国を崩しにかかる。バジャラハ国が」
 クリスタルの眼帯がずれるのを指で押し上げ、兵士がうなずく。
 と、そこへ光速通信が入った。クリスタルのゴーグルでデータと直結しているオペレーターが口だけを、まるでアンドロイドかのように動かして高速通信が入ったことを知らせる。
 トハはすぐにホログラムで示すことを伝えた。
 すると文書データを暗号化して高速通信というわざわざ遅い通信手段に頼ったことから、機密情報であることは間違いなく、トハはすぐに暗号を文書に変換するよう命令する。
 するとすぐにホログラムは暗号から文書データへ変換される。そこには敵対する生物が原住生物を取り込み、細胞を変化させ異形の生物へ変化させる遺伝子構造と、それを撃滅するビーム兵器の設定周波数がデータとして送られてきていた。
「すぐに全軍へこの周波数を送れ。敵生物を容赦なく叩きのめせ!」
 まるで古代の軍団長のように拳を振りながらトハは指令室の全員へ命令を下した。

 敵生物への攻撃は成果を上げた。星間国家ジェザノヴァの肥大した前線は持ち直したかに見えた。が、その考えはあまりにも安易な考えだとすぐに前線の兵士たちには分った。
 確かに敵生物を殺すことはできる。だが敵が溢れてくる勢いに攻撃が追い付かない。倒せども、敵生物を灰にしても、すぐにまた黒い波となって敵は押し寄せてきて、味方の攻撃師団を呑み込む。
 ジェザノヴァの前線は後退の速度を遅くはできたものの、それを食い止めることはできなかった。
 それに加えて北の星間国家バジャラハ国の進軍の手も緩むことはない。
 トハはジェザノヴァ全体の戦況を軍省総官として命令を下す立場にもあり、新しく敵国が進軍してきたことが、これまで自由にできてきた通信網すらも自由を失い、敵に感づかれないよう暗号化する手間がかかり、各軍団の連携がうまく取れないでいた。これも総官トハの苛立ちにつながっていた。
 首星から敵生物殲滅の周波数が送られてきて数日の後、トハ総官は決断を下した。
「これより前線基地を離れ、敵を攻撃しつつ首星へ帰国する。総官として戦況の立て直しを行う」
 各部隊の司令官を指令室へ集め、彼女は断言した。
「しかしなぁ総官。ワシらも帰りたいのはやまやまじゃが、相手がそう簡単に返してくれるじゃろうか?」
 額が禿げ上がり、逆に褐色の髭を蓄え、クリスタルにヒビの入った甲冑のような装備を装着したがっしりとした老人司令官が言う。
「そう。そこが問題だ。敵が出てくる転送装置と思われる場所は複数あり、確認しているだけでも到底攻撃できるものでもない。それに残念だがあの黒い渦は破壊できない。どういったわけかビーム兵器もミサイル兵器も爆薬もすべて呑み込んでしまう。だから敵の放出は食い止められない」
 司令官たちは互いの顔を見合わせた。
「ではどのように撤退をするおつもりなのです?」
 若くていかにも神経質そうな司令官が、額の宝石を中心にハンカチで汗を拭い、白い皮膚のモハンリアンの中でもさらに青白い皮膚をひきつらせた。
「攻撃だ。敵が現れたらとにかく攻撃をして負傷者を載せた艦船から優先してワープで逃げる。それだけだ」
 司令官たちの中にざわめきが走る。
「それが作戦といえるのですか。自殺行為なのでは?」
 今回の戦い以前のものなのだろう、頬に大きな傷のある司令官は、クリスタルの設備に半分腰を掛け、態度悪く反抗的に言う。他の司令官たちはこれを正すべきなのだろうが、彼の言っている言葉が事実で、自分たちの言葉を代弁しているのは確かだったので、あえて誰も正すものはいない。
「そう作戦なんてものはない。あたしたちは逃げるだけ。ここで死ぬか、うまくいけば帰れるかの違い。それだけよ。異議は認めない。すぐに準備に取り掛かって」
 とだけ言い残し彼女は自らの準備に向かう。
 司令官たちは訝しく互いを見合うも、確かにここでこうしていても食料を尽きるのを待つばかりだな、と無理矢理自分を納得させ、それぞれの部隊の撤退準備に入った。

 撤退作戦は急ピッチで行われた。動けない兵士たちは基地の周囲に停泊中のクリスタルの軍艦へ移動させられ、自分で動ける者は自力で移動した。武器や食料は最小限にとどめて全員がとにかく軍艦へと移動した。
 そして脱出という崖をギリギリで渡るような作戦が開始された。
 反重力エンジンにより浮上した艦隊をすぐに、周囲の惑星、衛星で敵が嗅ぎ付けたのだろう。宇宙空間に黒い液体のようなものが放射され、うねうねと宇宙空間で渦を巻くと、一直線にクリスタルの艦隊めがけて高速で飛び来る。
 旗艦の艦橋のクリスタルの浮遊椅子に座っていたトハはすぐに作戦開始を合図する。
 すると各軍艦のクリスタル表面から敵を撃滅可能な周波数の巨大ビームが幾筋も放射され、黒い敵めがけ飛翔する。そして敵に衝突すると激しい爆発とともに黒い生物は消滅する。
 が、次々と新しい黒い液体のような生物が惑星から湧き出してきて、艦隊へ迫ってくる。
 一番外側の軍艦はそれに取りつかれると、瞬く間にクリスタルの表面が黒に染まってしまい、爆発を引き起こして消滅した。
「回避行動を!」
 トハの命令で各軍艦は回避行動をとりながら、敵を攻撃する。それはもはや艦隊行動というレベルではなく、各軍艦と黒い生物との戦いに入っていた。
 この戦いの間に負傷兵を載せた軍艦は数隻ワープ航法で脱出していく。これに続くように各艦が脱出していった。
 トハが乗船する旗艦でも、
「総官、脱出を!」
 と艦長が脱出を促す。周囲の宇宙空間を見回すとまだ残っている軍艦が見えるが、すでに黒い生物に取りつかれている。彼女は苦い顔をしながらも頷きでそれに答え、旗艦はワープ航法へ突入した。
 旗艦の正面に見える巨大なクリスタルの窓の外の空間が歪むとワープ航法へ入ったことを意味した。オペレーターたちも汗をかいた額を拭う、大きくため息をつく。
 が、環境にアラームが鳴り響く。
 穴の下に髭を蓄えた耳が妙に大きな艦長が何があったのかを聞く。
 すると調べたオペレーターが叫ぶ。
「エンジンに異常を確認。ワープ航法が解除されます」
 と言った途端、旗艦はワープ空間から放り出され、宇宙空間へと投げ出されてしまった。
「機関部、状況は」
 通信で艦長が機関部に聞くと、通信を受けた機関部部長の声と背後で慌ただしく叫びあう機関部の兵士たちの声が聞こえてきた。
「ダメです。反重力エンジンがさっきの戦闘でやられたます。通常航行はできますが、ワープはもう無理です」
 艦長が呆然とした顔をすると、トハがオペレーターたちへ聞く。
「ここの位置は?」
 オペレーターがすぐに座標を割り出す。
「マンガリアム星区の近くです。首星まで700光年の位置です」
 間髪を入れずにトハは聞く。
「通常航法で首星まで何日かかる」
 オペレーターがコンピュータに計算させるとすぐに回答が出た。
「首星標準時間でおよそ2週間です」
 下唇を噛み、トハは眉間を苦渋で濡らした。

ENDLESS MYTH第4話ー10へ続く

第4話ー9

第4話ー9

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted