奇人と変人、仮面の絆

ある女性と男性のもとに再婚の話が持ち上がったのは、丁度半年前だった、そのころから振り回されていたのは二人の間の娘と息子だった、男性には息子、女性には娘がいた。二人にとっては、新しい家族が突然でき、しかも女系家族と男系家族。何がおこるのか恐ろしい、と男の子がいうので、何度も会い、みんなで話をすすめてきた。男の子のほうが女の子より2つ年下で、女の子は高校生で男の子は中学生だ、姉は……ちゃらんぽらんだった、天然だった。ちょっとめんどくさいな、と思うこともあったが、悪い人でもなさそうだし、二人とも美人だったので、男の子は納得していた……結婚、その時その日がくるまで。男の子の家は一軒家で、女性の女の子の家は、アパート、ということで二人が、もちろん一軒家の方に越してきたのだが、それ以来……、結婚式や、旅行などあっても、義理の姉弟となった二人は、あまり打ち解ける事もなかった、それもそのはず、姉は本当はとてもかしこく、狡く、けちで、その本性を見破られないように、外見上天然だとか、おっちょこちょいだとか、そういうていを装っていただけだったのだ。

義弟君は奇面収集家だ。世界中から変わった仮面を集めている、祭りに使われるもの、儀式に使われるもの、部族や民族の中で優れた地位にあるものや、シャーマンなど祈祷師のような人間にだけ使われるもの、ある地域の伝統工芸品のようなもの。彼はそのマスクの裏にすべて細かく名前や、番号をふってある、意味のない数字の羅列のようであって、それは彼発案の記号カテゴリーや、それぞれのの識別のために割り振られた番号だ。彼のノートを見れば、それがどんなマスクだかすぐにわかる。そのコレクションは秘蔵の——祖父の代からある蔵―—に所蔵されている。

『あなたのマスクの中で、一つ気になるものがあるの、譲っていただけないかしら』

ここからは義弟目線、ある休日の午後、いつもツンケンとしていて、外出時は人がかわったように天然のふりをする姉を、かわいげのない人間だと思っていた奇人の弟が、初めて姉の弱みを見つけた。姉にはどうしても譲ってほしい品が自分のコレクションの中にあるらしかった。だからこそ、奇人としてにやり、として聞き返した。
『ただで?……』
姉は、変わりにひとつのノートを渡してきた、頬を赤らめ、そっぽをむいている。
『友好のしるし、ちょっとあなたを突き放しすぎていたわ、それに、これがあれば、あなたは私を脅すことができる、たまになら、頼まれごとをきいてあげるわよ』
姉の小さいころ書き溜めた詩だといい、本人いわくいわゆる“黒歴史”というやつらしかった。
弟はニヤリとした、丁度猫の手も借りたいと思うときがあるのだった、それは主に……仮面のメンテナンスや、蔵の整理に関することなのだが。弟は姉につれられて、姉が求める仮面というものをさぐり手に取った。彼は家ではいつも和服、背丈も小さくまるで小さな子どもが背伸びしているようで、姉は初めに会ったころから生意気だとおもっていた。今ではなれっこだ、それに、彼女のお眼鏡にかなう“怪奇な面”を彼が所蔵している、それだけで姉は弟を弟と認めたにひとしい。
『姉さん、いつ蔵に入ったのですか』
ここにくると、祖父の癖がでて、眼鏡にてをかけ、なぜだかかしこまった口調になる、弟は案内しつつ仮面の番号に合わせて、詳細なデータの書きこまれた筆記ノートをとりだした。パラパラとページをめくる音。
『小さな仮面なのよ』
『これですか?』
『あら、すごいわね』
ノートの一枚一枚、割り振られた番号と記号や説明文に合わせて、簡単なスケッチがのせてある、写実的で影まで書き込まれたそれは、弟の一種芸術的な才能をにおわせた。姉は何度もすごいわね、とつぶやいて関心した、そのしぐさが、自分のものがうつったようでかしこまっていたので、弟も思わず吹き出してしまった。
『あっ、これですかってちがうわよ、こんなひょっとこみたいなの、あなた私がこんな人が好きだと思うの?』
『ひょっとこ?どこが、イケメンじゃないですか、あなたの基準がおかしいんですよ、いっつも天然のふりをしているから』
なにいぃいと言い合いをしていたが、母屋から母親の呼ぶ声がしたので、弟は真後ろ、天井にかけられた時計を首をななめにかたむけふりかえる。
『ああ、こんな時間だ、姉さん、番号ではなくてそのものを指さしてください、呪いのかかるようなやつはありませんから』
そういうと姉はもじもじしながら、ある仮面をゆびさした。
『ほほう……』
それは大きなハート柄の、たとえば○○仮面とか少女むけのアニメとか漫画でありそうな、魔法少女的な、変身少女てきなテイストの仮面だった、それは一風変わったフランスの仮面収集家が独自のアイデアで仕上げたもので、プレゼントされたものだった。
『それは僕のともだちのものですが、いいでしょう、あなた、姉さんがきにいったのなら』
そういうと、姉は満面の笑みをみせ、なぜか義弟に……頭をなでなでして、仮面を後ろでにもって、にこにこと立ち去って行ったのだった。とりのこされた義弟は初めての事に顔をあからめ、放心状態になっていた。

姉はその仮面を四六時中大事にもちあるき、学校にまで隠れて持って行った、そのおかげか変な男はよりつかず、かわりにオカルティストが大量によってきたが、姉は得意のちゃらんぽらんな天然ちゃんのふりをしてのりきった、だが、屋内で、たとえば家の中ではそれが顕著だったのだが、毎日毎日その仮面を、風呂場や食事中にまで顔につけていたのには、さすがに変人としての素質をある意味敬服せざるを得なかった。こうして奇人と変人はしっかりと姉弟の関係になったのだった。

奇人と変人、仮面の絆

奇人と変人、仮面の絆

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-09

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