連載 『芥川繭子という理由』 56~60

昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。
自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、
こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。
既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

連載第56回。「フロム・サーティーン」1

2017年、3月19日。
会議室にて。
芥川繭子(М)×関誠(SМ)×伊藤織江(O)。


撮影用カメラとパソコンをダイレクトでつなぐ作業でたまにエラーが起きる。
ケーブルで繋いで編集ソフトとの認証を確認するだけの簡単な接続作業の筈なのだが、連続して長時間使用する事の多い機材の為か、ハード機器も接続部品も突然音を上げるのだ。
予定時間直前になってそういう事態に陥ると非常に焦り、大いに困る。
独り言が多くなりぶつくさと文句を言いながらキーボートをガチャガチャ叩いていると、
立って作業をしていた私の背後にいつの間にか関誠が歩み寄って来ていた。
「代ろうか」
唐突に耳元で話しかけられて私は飛び上がり、それを見た彼女が愉しそうに笑い声を上げる。いまだに私は彼女を間近で見ると顔が赤くなってしまう為、2、3歩後退しながら胸に手を当てる。
-- 脅かさないでくださいよ。
「そんなにびっくりしなくてもいいでしょ」
普段から男前所、綺麗所と接する機会の多い仕事ではあるが、彼女は別格だ。写真という平面の美しさでは伝わり切らない圧倒的な存在感を放っているのが、この関誠という女性なのだ。(背が)大きいからね、と本人は笑って受け流すが、もちろんそれだけで息を呑んだりするわけがない。
-- やっぱりキレイ。
「声に出すな(笑)」
慌てて両手で口を押える私に目を細くして笑うと、彼女は素早くキーボードとマウスを触り、見事にものの一分程で再接続を完了させてしまった。
「これでいいね?」
-- ありがとうございます。なんでも出来るんですね。
「うん?」
-- 慣れてる私でも何度か同じ作業繰り返すくらい面倒なエラーなんですけどね。
「分かっちゃうと意外とそうでもないよ。あとでコツ教えてあげる」
-- 苦手な事ってないんですか?
「虫」
-- ふふ。そういう事でなくて。
「例えば何のこと?」
-- 壊滅的に料理が出来ないとか。
「一人暮らし長いから、そこはね」
-- 分からないじゃないですか。翔太郎さん優しいから言わないだけで、実は。
「くっそ不味いって? あはは、もしそうならあの人どんだけ我慢強いんだってなるね。結構食べてもらってるけど、概ね高評価をいただいておりますよ。優しい嘘じゃなければね」
-- 凄い。わざわざ料理作ってあげてる側なのに『食べてもらってる』って言えちゃうんですものね。私思った事すらないですよ。
「私、創作料理に果敢に挑戦するタイプだからね(笑)。たまに色味のおかしいモノ出して不思議な顔されたりするけど、そういう時でも文句言わずに食べてくれるから、まあ協力者だと思ってるよ」
-- ほえー。料理研究家を目指してるわけでもないのに?
「食べるのも作るのも好きは好きだからね。毎日ってわけじゃないし苦じゃないよ。それにこういう言い方しちゃうとおかしな人みたいに映るかもしれないけど、翔太郎って放っておくと適当な物食べて済ます人だから心配になるじゃんか。あれだけお酒飲む人だし、ご飯はちゃんと食べて欲しいからね。昔からそうだけど一度も料理作れとか言われた事ないしさ、作ってもらうのが当然だと思ってない人だから、逆に色々したくなるというかね」
-- ふふふ、完成されてますよね、誠さんね。
「失礼だな。まだまだこれから発育するんです」
-- 発育(笑)。眉目秀麗、語学堪能、料理自慢で機械にも強いって。
「あと喧嘩も強いよ」
-- あははは!文武両道!
「明朗快活、猪突猛進、食欲旺盛、早寝早起、焼肉定食」
-- お腹痛い(笑)!
またも気が付かなかったのだが、そんな私達を伊藤織江と芥川繭子が会議室の入口に立って眺めていたらしい。関誠はすでに気付いていたようで、思う存分私を笑わせると片手を挙げて2人に言葉を掛ける。
開口一番私は伊藤と繭子にこう質問する。
-- 誠さんに弱点ってないんですか?
二人は顔を見合わせると、「翔太郎」「さん」と即答した。
それを受けて『違いない』と関誠は笑うのだが、その表情を見る限り到底弱点だとは思えなかった。



-- お待たせしてすみませんでした。では、始めたいと思います。是非一度はお願いしたい企画だったので念願叶って何よりですかが、タイミング的に今回限りとなりそうですね。なかなかOKして貰えなかったこの企画の趣旨などを改めて説明させていただきますと、えー、もう、ただの趣味です。
M「(笑)」
-- 何度かそれなりに理由を説明させていただきましたが、その都度「なんだかんだいって趣味だろ」「やりたいだけだろ」という茶々が入るのでもう諦めました。趣味です。綺麗な女が大好きです。それでいいです。
M「ちょっと怒ってんじゃん」
SM「仕方ないよね、だって趣味だもんね」
O「容赦ないね(笑)」
SM「しないしない、もう今更この人に容赦なんてしないよ」
-- (笑)。
M「でもダメだよ、全然堪えないね、トッキーはマゾだから」
O「懐が深いって言ってあげなきゃ悪いよ? これはでも表には出ないよね。バンドの取材とは関係ないものだよね」
SM「ダーメダメ。時枝さんがそうだとしてもメンバー自身が面白ければなんでもアリだって人達だもん。もう線引自体無意味になってきてるんじゃないかな。ノリで全部採用されちゃうと思う」
-- またまた(笑)。
O「ああ、そうかもしれないねえ。じゃあやっぱり気を抜かない。社長モードで行こ」
SM「お、じゃあ私も出来るモデル風でスカして行こう」
M「ずるい。私何がいいかな。天真爛漫な妹設定で行こうか?」
SM「自分では設定のつもりなのか。いつもはじゃあ、お芝居だったんだね?」
M「そうそう」
O「時枝さんに本物の繭子を引きずり出してもらわないとね」
SM「私並には恥かいてもらわないと割に合わない」
-- (笑)。
М「それは知らないよ。でも簡単に尻尾掴ませないよ、この芥川繭子って女は」
SМ「それも自分で言うんだ」
M「無邪気な感じ出てるでしょ?」
SM「計算高い天真爛漫だなあ(笑)」
M「全部計算」
SM「ウソつけ!」
-- あはは!
O「はーい、はい。よし、じゃあちゃんと座り直す所から始めましょうか」
SM「はい」
M「はい」
二人の居住いを確認する伊藤の姿勢は、入室し、着席した瞬間からずっと美しいままだ。
O「…それでは、準備オッケーです」
-- もう録ってるに決まってるじゃないですか(笑)。
O「(首を横に振る)いいえ、今からです」
SM「っは!」
-- ふーう、さっすがですねえ!
M「うちの代表舐めんなよっ」
SM「ボン、オン コモンス?」(フランス語=「さ、始めましょうか?」)
M「何今の…ずっる!」
O「今のはずるいよねえ」
M「ねえ」
SM「なんで? 出来る女社長に対抗するスカしたモデルの演出としては、完璧でしょ?」
O「あはは!」
-- 『翔太郎さんの女』って感じ出てますね(笑)。
SM「はあ?(笑)」
M「いいね、それでこそだ」
SM「絶対チクってやろ。絶対だ」
O「あはは!」
M「ごめん!」
(一同、笑)


-- 今日は本来なら、翔太郎さんに編集確認の為のお時間を頂戴する予定でしたが、体調を崩されたとの事で急遽お休みになりました。代わりに派遣されてこられたのが誠さんなわけですが、今回このような並びでお話する事が出来たのも、何を隠そう誠さんご自身の提案があっての事です。ありがとうございます。
SM「全然平気」
-- あっさり(笑)。
SM「色々お世話してもらったからね、一度ぐらい言う事聞いたげてもバチは当たらないかなと思って」
-- 恐縮です。お世話した記憶はないので、ひたすら誠さんのお心遣いに感謝してます。
SM「…全然平気」
-- っははは!
SM「そんな大した話じゃないでしょ(笑)」
-- 翔太郎さんのお加減はいかがですか?
SМ「大丈夫、過労と風邪が重なっただけだと思うから。でも昨日の晩にグンって熱が上がっちゃったからもういい加減にダウンしてもらったんだよ。本人はいたって元気です」
-- 良かったです。何気にこの密着取材を始めてから約束の予定が飛んだのは初めてなので、少し不安でした。
SM「そうみたいだね。今回はたまたま事前に気が付いたからよかったけど、多分これまでも体調崩しながら練習なり取材受けてる事は普通にあったと思うよ。先月もほら、肩痛いとか首痛いとか」
-- ありましたね。
SМ「でも絶対練習休むとか言わないし、そもそも本当気づけないからね。織江さんでも分からないって言うし」
O「なんで分かったの?」
SM「離れた場所から、煙草を根元まで吸い切らずに消したのを見てて。なんとなく嫌な予感がして寝てる間に熱計ったら8度以上あって」
O「わお。覚えとく」
SM「あー、でもこれ言うと次からしんどくても吸い切るようになっちゃうな。今朝もね、ちゃんと休んで早く治す方が皆に迷惑かけなくて済むからって私言ったんだけど、『風邪引いたぐらいで寝込むとかおかしいだろ』って言うわけ。普通は休むのって言っても普通は休まねえって却って怒っちゃって。『平気な顔で我慢してりゃそもそも迷惑かけずに済むから』っていう理屈でさ。なんとなくだけどこれまでずっとそうだったんだなーって思って」
M「あはは」
SM「笑いごとじゃないって(笑)。私自分も仕事してたからそういう所ホント見逃してたんだなって気づいて冷や汗出たもん。こういう人だった、忘れてた!って」
-- ほんと皆さん練習には命かけてますね。
SМ「それもそうだし、単純に迷惑かけるのが嫌なんだと思うよ。もっと言えば、メンバーに対しては本当に尽くす女みたいなスタンスだからね」
-- 妬けちゃいますね(笑)。
SM「いやあ? というか却って迷惑かけてると思うから。繭子に移したらどうするの、時枝さんに移しちゃったら責任取れないでしょって、そこまで言ってようやく着替えるのやめたぐらいだし。自分が辛いかどうかは考えてもないね」
-- とことん、ですね。
SM「だから今日のこれだってさ。じゃあお前俺の代わりに面白い話して来てくれって言って送り出されてるからね。今日インタビューじゃないのにそんな言われ方してさ、もう必死だよ今。あの手この手。喋りすぎでごめんね!?」
-- いやいや(笑)。
O「頑張ってんなーって思った」
SM「わーい」
M「私は今超耳が痛い」
SM「うん、繭子にも言ってるからね」
M「気を付けます」
O「(嬉しそうに小さな拍手)」


-- 特にテーマを設けようとは思いませんが、一つ許されるなら、泣かなくて済むお話を聞きたいですね。
O「それはあなたが頑張って(笑)」
-- 耳が痛いです。
M「私知らなかったよ。翔太郎さんに、もう泣くなって言われてたんだってね」
-- ああー、うん。でもそれと今の話は別だよ。せっかくニューリリースやアメリカ進出を目前に控えたワクワクする時期なのに、こちらからお願いしているとは言え結構深く心を抉っているのではと、ここ最近反省している部分もあるので。
M「んー。そうでもないよきっと」
-- そうなのかな。
M「こういう言い方するとおかしいけど、一度は経験した感情だし。それはその瞬間のピークを越える事は絶対にないしね。改めて考えるとやっぱり辛いな、寂しいなって思う事はあるけど、皆そこを乗り越えてここにいるから今更抉られたりしないし、逆に話してみる事で気持ちが楽になってる部分もきっとあるんだよ」
-- …今絶対私を泣かす気で言ってるよね?
M「バレた(笑)」
-- ひどい!でも、嬉しいです。
M「ほんとほんと、特に私なんかはその傾向が強いかな」
-- そうなんだ?
M「そもそも私この二人には完全に理解されてると思うんだ、全部。だから、もうそれだけで十分だって思って生きてきたからさ。それ以外誰に何を聞かれても適当に答えてた気がするんだよね、これまでは。だから覚えてない事も多いんだよ実は」
-- 複雑なだなあ、なんか、悲しいような嬉しいような。
M「私も複雑なんだよ。ちょっと前に誠さんと三人で話した時にさ、トッキーが熱く音楽について語ったでしょ。その時に誠さんがそもそも音楽にそういう余計な情報いらないじゃんって言ったの覚えてる?」
-- もちろん。
SM「繭子爆笑してたよね」
M「うん。私実はどっちも分かるんだ。トッキーみたいにさ、色々言いたくなる衝動も理解出来るし共感できるの。でもそれって私の中では自分のバンド内でしか起こらない衝動だから、外に対して発信したいとは一切思わないんだよ」
-- うん、うん。
M「それと同時にね、誠さんと同じで、ただ聞いて楽しむだけが全てだろう?っていうスタンスも凄く理解できるの。外に対してはそういう感情で接してるから何も言えないし言いたくないと思ってて。だから去年一年トッキーに取材してもらって、他のメンバーのストレートな言い方や気持ちなんかを全部ではないけど、私もその場で聞く事が出来たのはとても貴重だったし、嬉しいし、きっと他の人達も同じ様に感じてると思うよ」
-- 嬉しい。
M「それに私自身さっきも言ったけど、ずっと言わないでいようと思った事でもさ、言ってみると気が楽になる事ってあるなって感じたし。誠さんもあるよね?」
SМ「そうだね」
M「織江さんも?」
O「うん、そう思うよ」
M「うん。…それは私の学生時代の事だけじゃなくて、そういうのを経て日々どういう感情で生きて来たかとか、そこまで含めて考えた時に、私の中では当たり前のようにある気持ちだったとしても敢えて言葉にすることでびっくりされたり、喜ばれたリとか。そういう発見が去年一年はいっぱいあったから、良かったんだと思う。今にしてみればね」
-- (頷くしかできない)。
SM「ハイ泣いたー(笑)」
M「早いぞー」
O「常に涙9割の水瓶だね」
-- いやいやだって、今の繭子の言葉で全部報われた気がしますもん。ありがたい言葉をいただいたなぁと思って。
M「こちらこそ。こちらこそってフランス語でなんて言うの?」
SM「メルシーボークーで通じると思うよ」
M「あはは、URGAさんだ。メルシーポークー!」
SM「豚、ありがとう!」
M「…間違えた?」
-- (笑)、URGAさんと言えば、彼女のクリスマスコンサートを皆さんと一緒に観覧した時にもこの状態に近い状況にはなりましたね。その時はもう一人、大成さんがいらっしゃいましたけど。
O「ディナーの時?」
-- そうです。コンサート前にレストランでディナーをご一緒させていただきましたね。
O「あの時も割とプライベートな話結構したよね」
-- でも緊張しすぎててあまり覚えてないんです、実は(笑)。
O「緊張?」
-- ドレスコードがあるわけじゃないのに、皆さん割と煌びやかな衣装を着ておられて。大成さんなんてスタジオだと冬でも薄着じゃないですか。なのにその時はタキシードとロングコートで、私ゲスト出演されるのかと勘違いしたくらいです。
O「ちょっとディスってる?」
-- ディスってません!
O「似合ってたと思うけどなぁ」
-- もちろんです。でも普段と違う装いの雰囲気に圧倒されてしまって、見とれてしまいました。
SM「大成さんはほんと衣装選びし甲斐があるよね。織江さんもそうだけど、雰囲気作りが上手いんだよ。演出が出来る人というか。『夜が似合う』二人だよね」
M「私だけ普通に革ジャンだったからちょっと怒ったもん、言ってよって(笑)」
SM「そもそも打ち合わせしてないもんだって」
O「非日常を楽しもうとする気持ちが強いのかもしれない。本当は私がそういう特別な日にドレスアップしたりするのが好きなの。でも私一人だと浮いちゃうから、大成にも着飾ってもらってるっていうのはあるかな。本来は私達二人だけそうなる筈だったのが、誠と時枝さんも綺麗目な服装だったもんね」
-- 完全に余所行きの、普段袖を通さない服を引っ張り出しました。ここぞとばかりに。
O「よく似合ってたよ」
SM「そうだね、別人だと思ったもん最初」
-- ありがとうござます。
M「ずるいよなあ。私と竜二さんと翔太郎さんは相変わらずだったけどね。3人ともライダースだったし」
-- 同じ会社の人間とは思えない組み合わせだなあーって言われてたね、URGAさんに。
SM「実はあの後翔太郎に言われたもん。お前らちゃんと声かけてやれよって」
M「え、嘘」
SM「向こうも冗談半分だと思うよ。良い大人なんだしいちいちそんなトコ声かけしないよって言ったら笑ってたけど、でも気付く人は気付くんだなってちょっと思う所もあったよ、正直言うと」
M「あはは。私が言っちゃダメかもしれないけど、それはちょっと過保護だよね」
O「言うな言うな(笑)」
M「あはは」
-- 愛されてるなあ。
M「いやいや、単純にさ、あの二人がライダース着てたから自然と側に居やすいでしょ。そこでなんとなく気が付いて、言ってくれたんだと思うけどね。それは多分、私だからとかじゃないよきっと」
SM「繭子だからだよ」
M「ええ?」
SM「全然別の日だけどさ、私たまたま翔太郎の前でジャージ着てたの」
O「あっは、似合わない」
-- 似合いませんね。
SM「なんで!? 着るよジャージぐらい」
M「ジャージのイメージはないね。私にくれた練習着だってちょっと流行りのシュッとしたパンツだったし」
SM「…なんの話?」
-- ジョガーパンツの事ですよ。
SM「シュッとしたパンツ(笑)」
M「呼び方はなんだっていいじゃん!」
SM「あはは。そいでね、最近はマシだけどさ、冬場でも雪が降ったりとか特別寒い日とかあると、やっぱり胸の筋肉が縮こまったようになって腕が上がらない感じになるんだよ。引っ張られるような違和感というか。それをストレッチの要領で伸ばすんだけど、こうやってバスケットボールを手で挟んで持ち上げたりとか。それをやる時にジャージ着てやってたら後ろで翔太郎が見てて。汗かくぐらいやってたら凄い珍しそうな顔で見てるからさ、『セクシー?』って聞いたら『モデルって努力の仕方が独特だな』って見当違いな答え返って来るわけ」
M「(爆笑)」
O「そういうんじゃないと(笑)」
SM「そういんじゃないし、うん。リハビリだからって。モデルやめるって言ったでしょって。『ああ、そーかー』ってすっごい適当な事言われてさ。『どうする? 私このままジャージ大好き女子でスッピンで生きて行きますって言ったら、嫌だ?』って聞いたら『お前がそうしたいんなら俺は構わないよ。けどそれならお前の持ってる服全部繭子にやれよ。あいつお前の言うリハビリ着程度の服でステージ上がろうとすんだぞ』だって」
(一同、爆笑)
繭子、両手で顔を隠す。
O「優しいんだか優しくないんだかさー。そういう事言うもんね、あの男はね」
SM「私それ聞いた時めっちゃ笑ったけどさ、でも同時にやっぱり凄い人の事見てるなと思って。毎日顔合わせて同じ時間を共有してるから色々見えてくるのは分かるけどさ、服装にまであれこれ言うんだって思って。ちょっと面倒臭くならない? 正直に言ってみな?」
M「あはは、え、何が? 翔太郎さんが?」
SM「うん、いちいちうるさいなーとか思わない?」
M「いやそれだって、今初めて知ったもん(笑)。普段そんな服装の事とか言われないって」
SM「そうなんだ!? そっかー、まあ、それならいいのか」
O「言っても皆そこまで高級ブランドの衣装でステージ立ってるわけじゃないけどね。ライダースとかは素材が革だからそりゃそこそこ値段したけどさ、私物でステージ立つ時もあるし。そもそも衣装なんてあってないようなバンドだもんね。リリースの時にジャケット撮影用で一式揃えたりするけど、それも年一回だもんね」
-- 夏場ならバンドTシャツとデニムですからね。
O「なんならそれも脱ぐ奴いるしね、上は」
-- 確かに(笑)。
M「服装に興味ないからかなあ。そういう所を言われてるのかもしれないね」
-- なんかさ、敢えてっていう部分も感じるよね。
М「ん?」
-- バンドとしては繭子を特別扱いしないし、する気はないんだけど、でも女性である事を無視したくはない、そういう部分を抑え込んで欲しくないっていう風にも考えてくれていそうな気がするんだ。それは3人とも。だから男性3人は適当な服装であっても、繭子までそれに付き合う事ないよって思ってくれていそう。
M「そうなのかな。もしそうなら嬉しいけど、でも本当興味ないんだよ」
SM「昔から私の服よく着てるけど、あれもやっぱり好きで着てるわけじゃないの?」
M「誠さんがお洒落なのはもう間違いないから、安心して着れるっていう理由かな。何着ても変にはならないだろうなって」
SM「そういう理由なのか(笑)」
М「もちろん好き嫌いはあるから興味がないって言うより、お洒落を楽しむ自分に興味がないのかもしれない」
O「そこを楽しもうという事に意識がいかないんだ?」
M「うん。…うーん、難しいな。言ってもほら、このライダースを貰った時ってすんごい嬉しかったし、毎日着る!って言って本当に毎日着てるし、毎日格好いいって思ってるの。そう思うとその意識もお洒落を楽しんでるって事になるのかなあって一瞬思ったけど、どうだろ」
SM「でもそれってライダースだから嬉しいわけじゃないでしょ? 翔太郎が着てたこのペイントの懐メロ革ジャンだから嬉しいんでしょ?」
M「変な言い方やめて(笑)。なんかダサいっ」
O「懐メロ革ジャンはやばいな」
M「まあでもそうかもしれない(笑)。ライダースじゃなくても、きっと嬉しいもんね」
-- でも私繭子の練習着とか、私服もそうですけど、全部好きですよ。変だと思った事一度もないですけどねえ。
SM「冒険しないもんね。Tシャツとジーパンでしょ。冬ならパーカーに革ジャンだし。大体色は黒、青、白、グレー」
M「うん(笑)」
-- 確かに。
SM「ピンクとか着てみればいいじゃん」
M「なんで、嫌だよ」
SM「ピンクの花柄!今度持ってくるから」
M「嫌だよ!」
-- お二人だとどちらの方が身長高いんですか?
SM「背? 私の方が5センチくらい高いかな。ヒール履くと翔太郎と同じぐらいになるし」
O「でも履かないよね。誠ってヒール似合わないよね」
SM「うん(笑)。顔が幼いってよく言われる、ガキみたいな顔だなって」
O「あー、ガキではないけど(笑)。首から上と下でアンバランスになっちゃうんだよね」
SM「だからってあんまり濃いメイクしすぎると衣装の持ち味と合わなくなるから、昔から苦手な服装とかアイテムとか避けてたもん、ヒールもそうだし。これは私じゃない」
O「年齢が上がって来るとマニッシュな格好はメインページで求められる事が減ってくるよね。特集として組む事はあっても、やっぱり王道でOLとか出来る女ファッションが中心だったりしない?」
SM「うん、需要の多い部分でページ割くのは基本だからどうしたってベーシックとか着回しが多いね。私の場合ヘアスタイルも織江さんみたいに伸ばせばまた状況は変わってたんだろうけど、なんかせっかく好きでショートにしてるのに、仕事に寄せていくのは嫌だなあってそこを拘っちゃったんだよね。あともっと色を明るめにしたりとか、色々チャレンジしておけばもっと上に行けたかもね」
O「言うねえ」
SM「なはは。終わってから言うなって?」
O「雑誌の表紙を飾る人がもっと上って言えばそれはもうテレビタレントだけどね?」
SM「あはは、あー、それはないかな(笑)」
M「前からちょっと気になってたんだけどさ」
SM「うん」
M「誠さん写真撮る時口開いてる事多いのはわざとなの?」
SM「え。写真の選別は私じゃないし、狙ってそんな事しないけど?」
O「インスタとかツイッターじゃない?」
SM「ああ、ああ」
M「そうそう。なんかさ、一番多いのは澄まし笑顔なんだけど次に多いのは『わー』って言ってそうな感じで口開けてる写真なの」
SM「分かった分かった、アレね。うん、わざとと言えばわざと。丸顔だから苦労してんの(笑)」
M「そうなんだ。可愛いけどさ、流行ってんのなかと思って」
SM「流行ってない、流行ってない」
M「そっか(笑)。でも誠さんと言えばこの顔だなって思ってたから好きだし、良いと思うな。髪型だってショーヘアで誠さんより似合っててキレイなモデルさんて、私見た事なかったよ」
SM「ありがとう(笑)。ファッションに興味ない繭子が言っても贔屓にしか聞こえないけどね、嬉しいよ」
M「あはは!ずっとあなたが好きでした!あはは。でも誠さんが載ってる号だけは『ROYAL』も『MEANING』も織江さんと回し読みしてたよ。参考にはならなかったけど」
SM「おい(笑)」
O「それはあちこちの会社に対して悪く言うのと同じ発言だからダメ」
M「は、撤回します。私のような若輩者には高尚すぎて理解できませんでした」
O「繭子(笑)」
SM「こんな事言うくせにさー、意外とこっちの業界でも注目されてたんだよこの子。腹立つでしょー?」
M「うふふ、実はそーなの。具体的な事は何も知らないけど」
O「具体的な話する前に全部拒否するからでしょ!」
M「その節はどうも、ご迷惑おかけしました」
-- 一度ぐらいチャンレジしてみようとか思わなかったの? 回りまわってバンドの為になる、貢献出来るとは考えなかった?
M「えー」
O「そんな事さんざん言ったよ。でも泣いて嫌がるんだもん、可愛そうになっちゃってさ。もう最後抱きしめて私が謝ったもん」
(一同、笑)
-- 相当だ。
SM「相当嫌なんだよね。10年誘ってもグラビア一枚やらないわけだよ」
-- アー写は撮るの平気でしょ?取材とか。
M「ピン撮影は嫌い」
-- なんで?魂抜かれるとか思ってるの?
M「まさか!」
SM「江戸時代か」
M「ふふ、私個人を見て欲しいと思った事は一度もないし、そういう自己アピール欲みたいなのない人間にしてみたらカメラマンの前で笑うなんて拷問なんだよ」
O「それは、ちょっと私も分かるかも」
SM「織江さんはちょくちょく取材受けてんじゃん」
O「仕方ないよ、仕事だし。バイラルの肩書を堂々と表に出せるならやらない手はないはずだからって、自分に言い聞かせてるから」
SM「繭子聞いた!? 聞いた!? 聞いて! 耳を塞ぐんじゃない!」
O「あはは、でもその代わりこの子は誰にも真似できない力でバンドに貢献してるから、別にその他の仕事を断るからってどうこう思った事は正直一度もないよ。今後もない。却ってこの子の価値を高めてると思うし、繭子に余計なストレス与えて良い方向に転ぶわけないもん。それはバンド全体の士気に関わるからね。ご存知の通りめちゃくちゃ可愛がられてますから、もう伸び伸びやってくれてた方が私も気楽だよ。それに…」
-- …なんですか?
O「義理堅い子でもあるからね。そういう自分の嫌な事をやらない代わりにその倍他で取り戻そうとする姿勢を感じるし、うん。繭子はこのままでいい」
-- はい。
O「どう? 泣けそう?」
M「(顔を手で覆いながら仰け反る)」
-- ふはは!ちょっと待ってくださいよ、私の感動をどうしてくれるんですか。
M「私がやばいー(笑)」
O「まだダメかー。でもその代わり、そういった役目は誠に回すけどね」
SM「私?」
O「マネージメントは私が継続するけど、他は全部誠にやってもらおうかな」
SM「全部って?」
O「一番お願いしたいのは広報と営業だねえ。誠が会社の顔になってくれたら大助かり」
SM「織江さんの代わりなんて務まらないよ」
O「何言ってんのよモデルさん」
SM「顔で仕事するわけじゃないじゃん。そもそもルックスだって織江さんに勝ってると思った事一度もないよ」
O「はあ?」
SM「その卑怯な反則ふんわりオーラがどうやったって出ないんだもん」
O「卑怯って(笑)。そんなのはさ、『この人達とのつながりがやがてバンドをいい方向へ導くんだ』って考えれば自然と笑顔になるよ」
SM「それは人として完成してる織江さんだから出来る芸当だよ」
O「完成なんてしてないし、そんな事ない。誠なりのやり方で良いと思うよ、私には私の方法論があったわけだしさ」
SM「…ウソだよね?」
O「どうしてウソだと思うの?」
SM「いや、出来ないよ」
O「誠なら出来るよ」
SМ「出来ないって」
M「え、誠さんが社長になるの?」
O「そ」
SM「嫌だよ!」
O「どうして?」
SM「例え肩書だけだとしても織江さんの上に立ちたくなんかないし」
O「な」
SM「織江さんがどんだけ頑張って来たか私知ってるもん!」
O「あはは」
SM「それを知ってる私が横からかっさらう真似出来るわけないじゃん!」
O「大袈裟だよ」
SM「無理無理」
O「かっさらうわけじゃないよ。代変わりというか」
SM「絶対に嫌だ!」
O「絶対?」
SM「嫌だ」
O「私の事を思うなら出来るでしょ?」
SM「思うから出来ない」
O「私自身がお願いしてる事なのに?」
SM「織江さんがそこにいないなら私バイラル入らないから」
O「なんで誠が泣いちゃうかなぁ」
SM「絶対に嫌だから」
M「…誠さん」
-- 誠さん。
M「じゃあ私が社長やるね」
SM「お前がやるんかい!」
M「サプラーイズ!」
O「サプラーイズ(笑)」
-- …え、なんですか? どういう事ですか?
SM「どう? 泣けた?」
-- もおー!何をやってるんですかさっきから!
O「ちょっと涙出てるよ誠」
SM「感情移入し過ぎたー、想像したら本気で泣けてきちゃった(笑)」
M「設定が生々しいよ、どきどきしちゃったじゃないかぁ」
-- 遊びの限度を越えちゃってましたよ。もうやめて下さいね、本当に。…本当に!
(一同、笑)
-- でも、所謂モデル然とした写真撮影やグラビア以外でも、特集や企画などで参加してみれば、面白い結果が残せたと思うけどな。
М「私? 例えばどういうの?」
-- 以前『MEANING』で読んだんですけど、モデルさん同士での持ち寄り企画あったじゃないですか。私が覚えてるのは『男性に言われて嬉しい言葉、嫌な言葉』とか。
SМ「あったねー(笑)」
-- 題材はなんでも良いと思いますけど、そこで誠さんと二人で紙面担当するだけで大分売り上げに貢献出来たと思うし、バンドにも見返りはあったんじゃないでしょうかね?
O「なるほど。ビジュアル押しじゃなくて人物像にスポットを当ててね。それでもこの二人を並ばせるだけでインパクト出るもんね」
-- そう思います。
M「んー、言ってる意味は分かるんだけど、でもバンドにとってのリターンはあまり感じないから、やっぱりやらないかな」
-- 強情だな(笑)。
M「雑誌の売り上げに貢献出来てもバンドに見返りがないなら私はやんないって(笑)。写真撮影がメインじゃないっていう意味ではやりやすい企画だと思うけど。でもそれって誠さんと私が喋るだけなんでしょ? そんなの需要あるの?」
O「あ」
-- 今これがまさにそれなんだけどなー(笑)。
(一同、爆笑)
O「凄い事言うなー(笑)」
M「これもダメでした?」
O「正直で良いけど」
SM「でも実を言うと私もあの企画は苦戦したんだよ、苦手だった。あまりにも周りの子と食い違うから」
O「っはは」
SM「そう思ったでしょ?」
O「うん、誠も正直だね(笑)」
SM「そこはだから自信持って繭子を誘えない」
-- ええ、そうだったんですか?
SM「『恋人に言われて嬉しかった言葉、言われたい言葉』っていうテーマで同じ専属のモデルさん達とやった時にさ、皆超可愛いの、いちいち」
-- いちいち(笑)。
O「あれってその場で考えてたの? 事前アンケートみたいなのに記入して持って行ってたの?」
SM「テーマによるんだけど、その時は事前だった。でも間違えたーと思って」
O「間違えた?」
M「皆なんて答えてたの?」
SM「『将来の夢を私だけに聞かせてくれる』とか。『楽しかった事や幸せな事を一番に報告してくれる』とか、『テレビを見ていて同じ場面で笑って、似てるんだね』とか」
M「いいじゃん、ダメなの?」
SM「はぁ!?って思って。そんなふんわりドーナツみたいな例えで良かったんだーって焦ったもん」
M「え、今のでふんわりしてるの? いかにも恋愛楽しんでる女の人が喜んで答えてそうだなって思ったけど」
SМ「ふふん、ドーナッツ(笑)」
O「っはは。ごめん繭子、何かトゲを感じる」
M「ないですよ(笑)」
SM「でも全っ然だね。『恋人に言われて嬉しかった言葉』だよ。本気で人を好きになった事あるのこの人達って思ったし、私これ絶対裏切られたって思ったもん」
M「ええ!?」
O「ちょっとちょっともう、時枝さん止めて(笑)」
-- あはは!無理ですよ!では誠さんは何というお答えだったんですか?
SM「これはだから、ボツにして急遽別なの考えたけどさ。アンケートには『なあ、誠』って書いた」
(一同、大爆笑)
SM「うわ、間違えたー!って思って」
M「お腹痛い!お腹痛い!」
O「今耳元ではっきりと翔太郎の声が聞こえた(笑)」
SM「めちゃくちゃリアルに私が嬉しかった言葉を書いちゃってさ、これって伝わるのかなーとか思ってたけど、そりゃそうだ、伝わるわけないもんなって思って(笑)」
M「はー。最高!」
-- でも、面白いんですけど、でも私はやっぱり誠さん素敵だなって思います。
SM「そう言ってくれるのは時枝さんだけだよ」
M「最高って言ってるじゃん(笑)」
SM「笑いながら言うなっ」
-- 具体的と言えばそうなのかもしれませんけど、割とどこにでもある乙女なエピソードとか、甘ったるい夢みたいな浅い言葉なんかじゃなくて、ただただ、大好きな人に名前を呼んでもらって振り向く事が、誠さんにとって一番心躍る大切な瞬間なんだなって想像すると、ああ、ほら、私涙出て来ちゃいました。
SM「うわーお(笑)。現在進行形だから改めて分析されると照れるけど、でも嬉しい。うん、そういう事だよ」
-- はい。
O「日記を公開するレベルのリアルさだよね。でも本当言えば嬉しい事ってそういうものなんだけど、なかなか女性誌の企画でそれは通せないよね。…ダメだ、超面白い(笑)」
SM「あははは!」
M「結局はどんな言葉を採用にしたの?」
SM「普通に、作ったご飯を美味しいって言ってくれるとか、なんかそんな」
M「普っ通ー(笑)」
O「だから苦戦してるなーって思ったもん。全然誠の面白み出せてないなって。事前に考えたんじゃなくてその場でぱっとテーマ出されて、即答しないといけないような企画だったのかなって思ってた」
SM「あはは、本当だよねえ(苦笑)」
M「でも実はその裏でメガトン級の答えを用意してたんだね!」
SM「そうだよ。あとで事務所の人に、アンケ通り発表して話膨らませれば良かったのにって言われて、それアリなのかーって反省したもん。若かったからね、よく分かってなかった」
-- なるほどー。でも素敵な話だと思います。
SM「ありがとう」
M「今ならもっと面白い企画に出来たかもしれないね。意外だった、誠さんがそういう部分で苦戦してるとは思ってなかった」
SM「どういう部分?」
M「誰にも似てない人だからさ、そこを武器に変えて無双してると思ってた。さっきの企画なんかでも、独特の言い回しや尖った意見なんかで注目浴びたり、驚かせたりして。ルックスももちろんだけど、私誠さんの場合人間性が突き抜けてると思ってるからさー…」
SM「めちゃくちゃ笑ったから悪いと思って今フォローしてるな?」
M「(爆笑)」
SM「これだよ(笑)」
-- いやでも、私も繭子の意見に賛成です。私もそう思ってました。
O「へー。そういう風に見られてるんだね、誠」
SM「意外でしょ?」
O「うん(笑)」
SM「そうなんだよ、皆人を面白人間みたいに言ってさー」
O「いや、面白いけどね」
M「(お腹を押さえて顔を伏せる)」
SM「(繭子の上に"グー"を持ち上げる)」
O「面白い子ではあるけど、私はそこまで器用に他人の中でスイスイ泳いでいられる子ではないと思ってるかな。自分でも言ってたけど、多分真剣に考えれば考える程他人とは多くの場面で考え方がズレる人だと思う」
-- …深い。
O「頭が良いからね、こうやって会話も弾むし。だけど一般的なというか、普遍性があるというか、誰にでも当てはまるような感覚とか行動は、そんなに大事にしてない感じ」
SM「それやばい奴じゃない?」
O「ううん、全然そんな事はないよ。ちゃんと一般的なそこを理解した上で自分の思う方法を選択してると思うし。でも本当に見た事ないぐらい変わった人」
SM「あはは!」
M「そうなのかあ。…そうなの?」
SM「自分でなかなか『そうです』って言えないけど、他人と意見が合わない事は割とよくある(笑)」
M「それって分かんないけど、でも誠さんは間違ってないと思うよ」
SM「分かんないのにー?」
M「細かい部分は知らないけど話自体は前から聞いてるもん。周りのモデルさんとか業界の方針とか慣例みたいな事に染まれないって話でしょ? でもそこをさ、物ともしない自由さとか強さを誠さんは持ってると思うから、全然上手くやれてると思ってた」
O「上手くはやれてたよ、10年間一線(での活躍)だったもん、それは間違いない。もちろん愛される人間ではあるけど、それってきっと不器用さも含めてだよね」
M「それはそうですけど、相性の問題なんじゃないですか?」
SM「恥ずかしいよもう! 両側からこんな(笑)」
M「聞いて。私ずっと思ってたけどさ、誠さんだけじゃなくてそこへ私や織江さんが入って行っても、きっと同じ様にズレてた気がするんだよ」
SM「織江さんはズレないよ(笑)」
O「え、何で?」
-- あー…。
O「あー?(笑)」
-- いや、誠さんの仰る事分かります。織江さんてどこへ行っても自分を保っていられる方だろうなって。どこにいて何をしていても絶対に他人の影響受けないだろうなって思います。
O「すんごい嫌な奴に聞こえる(切ない表情)」
SM「強い人っていう意味だよね。強情とか見栄っ張りとはまた全然違ってね」
-- そうです。
M「なるほどね」
SM「包容力半端ないもん。とりあえず一度は相手の人間性を受け止める、でも受け入れはしないの。そこで織江さんの何かが変わる事は絶対にないけど、相手を否定もしない。上手に押し引きしながら絶妙な落とし所で自分も相手も気分よく事を進める事が出来る人だから。コミュニケーションエキスパート」
O「強情で見栄っ張りなんです」
SM「違うって(笑)。英語で発音してみて」
O「え? Communication expert」
SM「ね? 包容力。…めっちゃ発音良いな」
(一同、笑)
M「でもさあ、私は誠さんもそういう風に見えてたなあと思って」
O「へー」
SM「へーだって(笑)」
O「今ふと思ったのはきっと繭子は、誠を翔太郎とセットで見て来たからなんじゃないかな? 翔太郎といる時の誠は確かに、私が見てても真似できない柔軟性があるよね」
M「あ、それかもしれない」
O「だから本当に翔太郎は幸せ者だと思うもん(笑)。見て、これだよ?こんな子が『どうしてそこまでするのよ』っていうレベルで尽くすんだよ。まあ、半分冗談だとしてもさ、翔太郎はアレでなかなか優しい人だけど若い時なんて今程素直じゃないから、結構泣かせてるとこ見たもん。それがまた翔太郎が何かをしたってわけじゃいから、私それが腹立って腹立って」
SM「私が泣いて? あはは」
M「…ねえ、今まで一度も浮気した事ないの?」
SM「…私が!?」
М「見て、このリアクションがもうちょっとイラっとするもの」
-- (爆笑)。
SM「何でよ、普通でしょっ」
O「(胸に手を当て)この私が浮気なんてすると思いますか?っていうスタンスがね。…はいはい」
M「あはは!」
SM「織江さんだってしないじゃん」
O「分からないじゃない」
SM「誰とするのよだって。大成さん以上の男前いる?」
O「いない」
SM「ホラ!」
O「いたらするかもしれないじゃない。翔太郎以上に…なんだー、そのー、上がいるかもしれないでしょ?」
SM「何の!?(笑)」
M「(ずっとお腹を押さえている。顔が真っ赤だ)」
O「色々とさー、顔とか身長とか、学歴とか稼ぎとか」
SM「全部興味ない(笑)」
M「顔も格好いいよねえ?」
SM「うん、超好き」
-- はい。
М「…お酒強いしね」
SМ「そこは、どうでもいいかな」
M「…喧嘩も強いしね」
SM「どうでもいいよ(笑)」
M「ギター超上手いしね」
SM「あ、うーん(苦笑)」
O「あと何がある?」
-- え? …外見的な事に興味がないとなれば、内面の話になりますね。
M「え、でも待って。誠さんも所謂芸能界に近い場所にいたでしょ。普通に超絶男前とかイケメンがうろうろしてたと思うけど、何にも思わなかった?」
SM「えー。言ってもそんな芸能人みたいな仕事してたわけじゃないからなあ」
M「でも何度か対談とかしてたでしょ」
SM「私が専属で出てたのって女性誌だよ。そこの表紙を敢えて飾りに来るレベルの俳優さんなんて、別世界の人だったよ(笑)。ふわー、本物だー!って、それだけ」
-- 誘われたリしないんですか?
SM「何に?」
-- お食事とか、デートとか。
SM「あー、社交辞令なんだろうなって思ってたし」
M「あったんだ!」
SM「もうこの話止めたい(笑)」
-- 普段こういう話されないですよね。
SM「最近はしないね。前にもチラッと言った気がするけど、私はだから、そういう選択肢もあったよねとか、可能性あったよね、みたいな話すら…本当は嫌いだから」
-- 嫌いというのは、どういう意味ですか?
SM「イケメンと恋に落ちたりしない?とか。浮気とかそういう話も全部嫌い」
-- それは誠さんの性格的に、楽しくない話題という事ですか?
SM「違うよ。だって翔太郎以外の『男』はこの世に必要ないから」
M「ふうーわ!」
O「(目を見開く)…鳥肌立ったー」
-- ああ、私、胸が締め付けられるような思いです。さすが誠さんです!
SM「もお(苦笑)。いや、人として大好きな人は一杯いるよ。竜二さんも大成さんもアキラさんも、マーさんもナベさんもテツさんも大好き。庄内さんも好きだし、それこそ銀一おじさん達、上の世代の男性方も皆素敵。だけど皆が言いたがるような性愛としての対象は選択肢なんかいらないし考えたくもない」
M「えー…やっぱ凄いね」
SM「考えるだけ気持ち悪い」
O「言い過ぎ」
SM「聞くからじゃん」
O「…」
M「(怒ってる?という顔でカメラを見る)」
-- (少し、焦る)
O「(誠をじっと見やる)」
SM「(何喰わぬ顔で、伊藤を見返す)」
O「(カメラを見る)これだもん、そりゃ他の子とズレるでしょ」
SM「あははは!」
-- (ほっと胸を撫でおろす)。


(続く)

連載第57回。「フロム・サーティーン」2

(続き)



M「久し振りに聞いた気がする」
SM「何を?」
M「誠さんのそういう本音。昔はずっと言ってたけどいつもはどこか冗談ぽかったし、いつの間にか言わなくなったんだよね。でも今改めて聞いて全然変わってない、この、何て言うの」
SM「何その手の動き(笑)」
-- あはは。
M「そのー、熱というか思いの強さに、トッキーじゃないけどさ。…痺れたぁ」
-- うん、圧倒されました。
SM「あははは、そんなの変わるわけないよ。絶対に変らない」
O「何なんだろうね。良い事だけどさ、どこかでやっぱり理解しきれない部分を誠は持ってるんだよね」
-- 凄いですよね。
O「そこが魅力でもあるのかな」
SM「(苦笑)」
O「常に前のめりだよね。もうその必要はないと思うんだけどな」
SM「必要っていうかさあ。ううん、ずーっと追っかけてるんだもん、だって」
O「(じっと誠を見つめる)」
SM「うん」
O「…ああ、そういう事なのか」
M「(誠にしだれかかる)何なに?」
SM「(笑)、確かに15年以上一緒にいるんだけどさ、私、もう大丈夫だとかもう安心だって全然思えなかったんだよね」
M「翔太郎さんに対して?」
SM「対してじゃない。向こうが、ずっと変わらないでいるかは分からないでしょっていう話」
M「…え!?」
SM「うん、なんかそういうリアクションだろうなとは思ったけど(笑)。あの人が実は冷たいんだとか距離を置くとかじゃなくて、私の性格の問題なんだろうけどね。だから例えば夫婦として生きて来た人達の15年と、私の中での15年は全然違うわけ。ね。恋人ではあるけど何も保証なんてないし、それが普通なんだし、それを求める事は失礼だと思ってた。信頼や愛情を得る為に何か約束事が必要なんて変だし、おかしいって思ってた」
O「(頷く)」
M「(真剣な目で誠を見つめる)」
-- 分かる部分もあります。ですが『失礼だ』とまで思われるんですか?
SM「思うよ。私が織江さん達と出会った段階で、その時皆はもう大人だったから、本当は相手をしてもらえるだけで有難かったんだよ。翔太郎に対して、そりゃあ個人的には私だけを100%見て欲しいって子供みたいな事思ってるよ。でも同時に、それを口にしたらダメなんだろうなって、それも思ってた」
O「(当時を思い返すような目)」
M「(とても真剣な目)」
-- …それは。
SM「好きだとか、大好きだとか、そういう言葉は何度も言った事がある。でもその度に翔太郎は笑うんだけど、どうしていいか分からないような、そういう表情にも見えた。精神的にグラついて迷惑ばっかりかけてた子供がやがて大人になって、外に出て働き始めて、その時ようやく翔太郎や織江さん達の世界を知るわけ。特に、社会人として見た時の織江さんの存在は大きかったし、夢をさ、夢だと思わない翔太郎達の突進力も当時の私には考えられないぐらいに凄かった。皆、本当に頑張って生きてるんだなって思うとさ、辛抱強く私の相手をしてくれてたあの頃の大変さとかまで、自然と理解出来るようになった。若い時に勢い任せでも言えなかった言葉を、そうなるともう私は冗談でも言う事が出来なくなってた」
-- (何も言う事が出来ない)
O「(涙を拭う)」
M「(俯いている)」
SM「…結婚してる人達を見て素敵だとか羨ましいだとか普通に思う。でも、ずっと私を引っ張ってくれていた翔太郎を前にして、その手をぐっと自分の方へ引き寄せて、私だけを好きでいる約束をして、保証してなんて、それはあり得ない事のように思えた。考えちゃいけないなって。だからこの先もそれは、私の口からはきっと言えないと思う。…私が求めてたのは自分が愛情を受ける事じゃなくて、ずっと愛してて良いんだって思える実感だった気がするんだ。そういう相手が私の側にいてくれる事がただ、ただ幸せだった。それが私の世界の全てだったと思う。だからずっと追いかけて来た。明日もそこにいる保証なんていらないから、どこにいたって私が追いかけて行けばいいって。翔太郎だけが、私の世界の入り口だった。あの人がいなければ、きっと私は誰とも仲良くなんてしてないし、モデルもやってない。そうなれば正直さ、誰が目の前に現れようともう『邪魔だ』としか思えないよね」
O「…これを笑って、この子は言うんだもんね。…本当に凄い(涙を拭う)」
M「(何度も頷く)」
SM「それも何か、たまに言われるけどさ(笑)。これ別に言いたくて言ってる話じゃないから今日だけ敢えて言うけど、凄いのは私じゃなくて翔太郎だからね。皆そこを本当に誤解してるから」
O「あははっ」
M「すーげー(笑)」
-- もう声出して泣きそうです!限界です!
SM「なはは、何だよ!」
-- はー。…はああー!!
O「あはは!」
M「これが関誠だよー、本当凄い。超愛してる」
SM「何でよ(笑)。だってさぁ、例えば翔太郎と向かい合って…今は私辞めてるけど前とか一緒にお酒飲んだりしててさ、普通に『お前がフランス語で歌った歌レコーディングした時になー』とか、『前に仕事帰りにお前が買って来たあの惣菜がさー』とか」
M「(嬉しそうに頷く)」
SM「『昔ライブハウスで脱いだ革ジャン預けた時に、手の甲がお前のブヨブヨの腹に当たって、腹筋!って声出た』とか」
O「あはは!失礼な!」
M「それきっと誠さん相手にしか言わないと思う(笑)」
SM「そうかな。でも確かに、そういう私達しか分かんない日常のヒトコマが不意に出てくるわけ、突然と。でもそれって先週とか先月の話じゃないんだよ。何年も前の小さな笑い話を昨日の事みたいに話してくれるの。別に、ちゃんと覚えてるぞとか、そういうアピールじゃないんだよ。当たり前の顔してさ、大好きだったあの頃の私達を今でも全部共有してくれる。こんなに嬉しい事は私にとっては他にないんだよね。…別に悪気はないし、これも敢えて言うけど、日常を共有できる人って今、翔太郎だけだから」
M「悪くなんて思わないよっ」
SM「繭子や織江さんがそうじゃないとは思ってない」
O「そんな事わざわざ言わなくたって勘違いなんかしない!」
SM「うん(笑)。…翔太郎が昔と変わらず私の側にいてくれる事。それだけじゃない、私が一方的に大切だと思ってる思い出をさ、何年経ってもパッと目の前に広げてくれるわけ、向こうはそれが凄い事だとも思ってないんだけど。これは私だけが味わえる特権なんだって思ってるけど、そしたらやっぱりずーっと好きなままでいられるよ。だから不思議でも何でもない、もう、ずーっと好きなの。だから追いかけていられるんだと思う」
O「それはもう、翔太郎にしか出来ない事だよね」
SM「そうだよ。だけどそれでもさ、もうこれで安心だって、大丈夫だって言える所まで思いが至らなかった。私が心配症で、不安が消え去る事がない人間だから」
O「…うん」
SM「でももう実を言うとね、大丈夫な気もしてるんだ、最近」
M「(涙に濡れた表情に、ぐっと力が入る)」
SM「時枝さんのおかげで、たくさん本人の口から色んな話を聞けて、ひょっとして、これはもう、死ぬまで一緒にやって行けるんじゃないかなぁって。やっとそう思えるようになったんだ」
O「そっかぁ。良かったね」
SM「うん。さあ、これで理解したかな? 知りたがりの、愚か者どもめ」
O「よく、分かりました」
M「分かりました」
-- 分かりました。


本当は、そんなに簡単な会話では終わらなかった。
関誠に対する、伊藤織江の思いを私は知っている。
そして共に支え合いながら生きて来た、年の近い繭子の思いも。
関誠という女性を形どる努力と思いやりの中にいる、一人の人間を全力で愛し続けて今に至るあの頃の彼女を知る二人にとって、今日という日は忘れらない時間として思い出に刻まれる事は間違いない。
あえて書きはしないし映像を残す事もしないが、伊藤も繭子も本当に誠の言葉を泣いて喜んだ。声をあげて泣いて喜んだ。
撮影は一時中断せざるを得なくなったが、そんな事はどうでも良かった。



O「さっき事務所の話した時に思い出したけどさ。結局PV出演の話は断ったの?」
SM「断った」
O「気にしなくて良いのに」
SM「そんなわけにいかないよ、私も春からバイラルだし。それでなくてもファーマーズの件飛ばしちゃったのに」
-- なんの事ですか?
O「前の事務所退社したすぐ後に連絡あって、あるバンドからミュージックビデオに出て貰えませんかっていう依頼が入ったんだって。ほんと辞めてすぐの事だし、あちらさんに恩義もあるからちょっと迷ったらしいよ」
-- へー。なんというバンドですか?
SM「内緒ね。『MEADOWS』」
-- え!すごい!
SM「あはは、うーん」
-- 今勢いのあるロックバンドですよね。大物じゃないですか、MEADOWSなんて。
O「誠のファンがいるんだって、メンバーに。どうやって断ったの?」
SM「正直に言ったよ。翔太郎とやり直せたので、他のバンドには関われません」
O「そっか」
-- 格好いい(笑)。それは事務所に断りを言れたって事ですか?
SM「うん。先方とは私面識ないしね。ウチの社長は私が翔太郎と付き合ってるの前から知ってたし、治療の為に離れた事も後で正直に話したし、頭も下げた。でもこういう結果になった事を喜んでくれてたから『なら、仕方ないね』って。その後になって、もう辞めたのにまた迷惑かけちゃうなと思って、自分で連絡取りますよって言ったんだけどね。社長が、『誠はドーンハンマーの身内だけどそれでも起用したいですか』って向こうに言ったら、『じゃあいいです』ってあっさり手を引いたって(笑)」
M「何それ!ひどい!」
-- 相当ビビられてますね(笑)。
SМ「爆笑した。あー、そういう評判なのかって。なんか皆らしくて笑った」
O「プラチナムの社長さんも面白いよね。私誠が戻って来た後に連絡してるのよ。今後の相談もしたかったし。そしたらあちらさん笑って『あなたと仲良くしておくと怖いモノなしだって誠が言ってましたよ』だって。『今後ともよろしくー!』だって」
(一同、爆笑)
O「そういうとこ本当抜け目ないよね」
SM「織江さんを見て育ちましたから」
O「人をババア呼ばわりすんなよ(笑)」
SM「あはは!」
M「誠さんはそれで良かったの?」
SM「何が?」
M「記念にそういう仕事受けておくのも良かったんじゃない?」
SM「記念で受けるような仕事じゃないでしょ。たとえ小さな役だとしても、一瞬とは言えそのバンドの曲の世界観を担うわけだし。そう考えたらとてもじゃないけどドーンハンマー以外でそこを共有したいとは思えないかな」
M「そっか、偉いね」
SM「織江さんを見て育ちま」
O「もーいー(笑)」
-- ちらちらこっち見ないで下さいって(笑)。
M「PVとはちょっと話違うけどさ。『I WILL I DIE』の話知ってる?」
-- 制作秘話的な事? いえ、聞いてないですね。
O「昔の映像見た話?」
M「え?」
O「あ、違った」
M「なんですか?」
O「翔太郎の話だと思って」
M「どちらかと言えば竜二さんですね。なんでした?」
O「いや、珍しく翔太郎がウチに来たのね。もう結構前だよ。何かと思えば昔のスタジオで撮ってたビデオ見せてって言うわけ。今時枝さんが撮ってくれてるような練習風景の映像ね。なんでって聞いてもちょっとって言って教えてくれなかったんだけど、新曲書いた後にあそこからインスピレーション貰ったって教えてくれて」
-- へー!そうだったんですか!ちなみにその映像は織江さんも一緒に見たんですか?
O「うん、大成と3人で見た。アキラがいる頃もそうだし、まだ10代の繭子や誠も映ってた、ちょっとだけね」
M「へー!そうなんだ!」
SM「見たいねえ」
M「見たい!」
O「じゃあ今度ウチ来た時にね(笑)。でも不思議だったのがさ、翔太郎に限って言えば曲を書けない事がないじゃない。もう既に数えきれない程のフレーズを残してるわけだし、今更なんでインスピレーションが必要なんだろうって思ったけど、出来上がった曲を聞いちゃうと納得するよね」
M「あー、うん、はい」
-- 演者が轟音バンドなのでガッチリとした音作りで仕上がってますが、ジャンルとしてはドストレートなヘヴィロックとかハードロックに近いですものね。90年代から00年代初頭に増えたミクスチャー系やクロスオーバー系とも似て音に派手さや現代味があって、…まあ、デスメタルではないですよね(笑)。
M「なんかね、ジャンルの話をしちゃうとそうなんだけど、曲の事で言えば今翔太郎さんの中からデスラッシュじゃないメロディが出て来た事に意味があるって、私は感じたんだよね。それが音に関してはロックでもなんでもいいんだけど、普段通りのあの人の脳内ルートとは違う道を通って出て来た音楽だって事に、変に感動しちゃったんだ。何か、今まで作って来た遅い曲とは違うな、あれ、これ凄くない?って」
-- うんうん。
M「バックボーンは知らないよ、今初めて聞いたし。でもなんとなくだけど、それに近い事は私も感じてたの。懐かしいような、改めて気持ちがガーッと奮い立つような」
-- 普段の曲よりもエネルギーの出し方がストレートだと思った。
M「うんうん、そうかもしれないね。でもそれが何でかって考えた時に思ったのはさ、去年一年てさ、後半は平行して『ネムレ』を作ってたけど割かしその他では人間味溢れるというか、内面的な感情を押し出す楽曲が目立ったでしょ?」
-- 『END』『Still singing this!』『ひとつの世界』だよね。
M「そうそう。竜二さんにしても大成さんにしても、もちろん翔太郎さんもそうだし。新しい事に挑戦してるんだけど、前向きな明るさよりもどうしようもなく泣けて仕方ないような、格好良さからくる震えとはまた違う感動があったでしょ。時系列とか、作曲の順番があやふやだから一概には言えないかもしれないけどね、そういう部分も関係あるのかなってちょっと思った。翔太郎さんが『I WILL ~』の曲を竜二さんに聞かせた時にさ、その後ちょっと竜二さんと話をしたんだ。その時はまだどこに入る曲なのか決定してない頃で…。多分誠さんが帰って来た直後だったと思う」
O「うん、確かそうだね」
SM「へえ。11月?」
-- そんなに前からある曲なんですか。
M「そんなに前かな?」
-- ドーンハンマーの制作スピードを知ってしまうと、大分前に感じてしまう(笑)。
M「ああ(笑)。まだ作り始めの段階だから、もちろん完成はしてなかったけどね。まず翔太郎さんが曲を書いて、竜二さんに聞かせてっていう流れでしょ。その翌日かな。たまたま夜遅いスタジオで一人でぼーっとしてたの、竜二さんが。セットの中でマイクに手を置いたまま、ぼーっと立ってるのを見かけて声掛けたんだ。ふふ、そしたらさ、『繭子。今更俺がサーティーンっていう曲書いたらどう思う?』って言うの」
-- サーティーン? 13?
M「うん。割かしありふれた名前ですけど、でも良いと思いますよ、私好きですって答えたんだけどね」
-- え、それって『I WILL I DIE』の話?
M「うん。だからもともとあの曲は『フロム・サーティーン』っていうタイトルになるはずだったんだけど」
-- へえ!13より?…13歳から?
M「そう。タイトルに思いを込める事すら稀な人だから新鮮な驚きがあってさ。何か書きたいと思える歌があるんですか?って聞いたら、照れたように笑ったの。私キュンとしちゃって」
-- 13歳と言えば、皆さんと織江さんが出会った年ですね。
O「それは初耳だなあ。翔太郎、竜二に言ってたのかな、昔のビデオ見返して作った曲なんだって。…言うわけないか」
M「言わないと思いますよー? そのビデオだって13歳の映像じゃないですもんね(笑)。誠さんは翔太郎さんと何か話した?」
SM「11月でしょ? さすがにその頃バンドの話する余裕はなかったかな(笑)。そもそも仕事の話ってしないしね」
M「ああ、ごめん」
SM「良い良い良い(笑)。結局そのタイトルはなんでボツになったの?」
M「なんかね、やっぱり13ていうよくある数字や使い古されたフレーズをタイトルに持ってくる事に抵抗があるんだって。その時もずっとそれ言ってて。普遍的な言葉なら使えるけど、それを聞くと別の何かを想像しちゃうような手垢の付いた言葉は使いたくないって言うの」
-- 13日の金曜日とか? 向こうだとホラーテイストな雰囲気だもんね。
M「うん、私はよく分からないけどね(笑)。『パッとその数字が出て来はするんだけど、別にそのタイトルじゃないと駄目だって事でもねえからさー』って言ってて。その時は私、特別13歳がなんだったのか思い出せなくてあいまいな返事しか出来なかったんだけど。でも竜二さんてやっぱり適当に歌ってるわけじゃないんだなって思うとちょっと嬉しくてさ。人に語って聞かせるメッセージじゃないとしても、きっと竜二さんにとっては何かしらの意味はあるんだろうなって、前々からそこは朧気ながら感じてたんだ。大事なのは言葉面じゃないんだよね。単純にファックって言いながらもそこに竜二さんの真意があると限んないし。せっかく話をしてもらってるんだからちゃんと答えなきゃって色々考えるんだけど、上手く答えらんなくて、逆に質問責めになっちゃって」
SM「それこそ、何か特別な意味が13にあるんですか?って聞かなかったの?」
M「聞いたよ。そしたら『唯一、今日まで途切れる事なく続いてる時間の流れを考えると、やっぱりなあ』って。とっても優しい目でさ。やっぱり大事なんだなと思って。じゃあ、フロムサーティーンにしましょうよ!って提案したんだよ。いいねえ、って喜んでくれてたんだけど、『ネムレ』作ってるどこかの段階で候補からは外れちゃって、完成には至らなかったんだよね」
-- 良い曲なのに、勿体ないですね。
М「知らないだけでそんなの一杯あるよ(笑)」
-- それは、そうですよね。
М「しかも今回出来上がって蓋を開けてみれば『I WILL I DIE』になってるっていう(笑)」
SM「なんでだろうね。なんか言われた?」
M「ごめんなあ、やっぱ、恥ずかしくてって。可愛いでしょ」
-- 織江さんもこれには撃沈ですね。
O「なんで? 13だからって私とは限らないじゃない」
-- 何を言ってるんですか!
O「なんでよ(笑)。13歳とは限らいんだよね?13個かもしれないし、13番目かもしれないじゃない」
M「13歳ですよー、きっと」
O「そーお? でも竜二も分かってると思うけど、もしそういう意味で使うならFROMじゃなくてSINCEだと思うよ」
М「あ、じゃあ私が間違えてたんですかね?」
SМ「ああ、それでじゃない?」
М「あははは」
-- 私も同罪です、お恥ずかしい(笑)。
O「フロムでも間違いじゃないけど、それだとちょっと意味合いが違ってくる気がするけどね。私としてはさ、以前出した『ALL HUMANS WILL DIE』に引っ掛けてるんだと思ってたもん。でも結局もっと使い古された言葉並べてるのはちょっと面白いよね」
М「なるほどー。学がないとこういう所で(笑)」
SМ「(笑)、いや、うん、でも意味合いの問題であって、フロム・サーティーンっていう言葉自体は別に変じゃないよ」
O「そうそう。微妙な違いだし、そこは竜二にしか分からないかもしれないね。それよりもさ、ふふ、あの曲もコーラスで私達参加したでしょ。そっちの方が私は意味があると思うな」
M「あー(笑)」
SM「あれ参加って呼べるのかな。ブースに入って適当に叫べっていう指示だったけど、普通あんな録り方しないよね?」
M「しないしない。マイクから離れたりしないもん」
-- あれ遊んでるんだと思いました(笑)。
SM「私もそう思ったよ。マイクの側に立ったらさ、別に動いても何してもいいから楽しんで、笑って声出してっていう変な注文されてさ。もうそれだけでちょっと面白いじゃん。私素人だからさ、部屋の中にさえいれば声拾ってくれるものなのか、マイクに近づいて歌わないと入らないのかすら知らないじゃん。だからもうこれは遊びなんだと割り切って、腕上げて飛び跳ねてたもん」
O「ああいう時の誠は本当助けになるよね。ムードメーカーだし、見てるとこっちも楽しくなる。でまた嫌になるくらい絵になるんだよね」
M「オフショットでカメラ回してる時なんか、気付くと自分から寄ってくじゃない? 見てて偉いなー凄いなーって感心する」
-- それは確かに、本当にありがたいです。私の手持ちの映像だけでセキマコイメージDVDが発売出来ちゃいます。
SM「あはは、じゃあお金に困ったらお願いするね」
-- いつでも仰ってください。
SM「売れるわけないでしょ(笑)」
-- 何言ってるんですか。物凄く素敵な映像たっくさんありますから!
SM「いやでも昔撮影現場でさ、オフショットをオフじゃなくす天才だって言われた事あるよ。気づいてないから撮る意味あるんだろ、お前敏感すぎんだよ、触覚でも生えてんのかって。ひどくない?」
(一同、笑)
O「でもオフショットって撮影の合間とかに撮る物でしょ。誠が気付いてる気づいてないは関係なくない?」
SM「本番と同じ顔を作ってるんだって」
O「自然な状態を晒すのが嫌だったんだ?」
SM「それを言われた当時はね。そうだった」
-- なるほど。その点繭子は気付かないよねえ。
M「それはどうなのよ。流れ的に鈍感だって言いたいの?」
-- ううん、自然体な絵が撮れるからある意味美味しい。
M「あはは、美味しいんだって」
SM「ほお」
-- 目を細めないで下さい(笑)。でも『I WILL I DIE』の時も途中からカメラ回してますけど、機材側のブースで椅子に座ってる彼女を撮ってて。言ってみれば同じ部屋にいますから、気付いてそうなものなんですけど、全然こっち見ないんですよ。
O「気づいてないの?」
M「え、覚えてないです」
SM「あはは!繭子らしいなぁ」
M「それは私、何してるの?」
-- レコーディングしてる誠さん達を見てるの。それがさあ、これ言うとどうせまた私が冷かされるの分かってたから言ってないけどね、めっちゃ可愛いんですよ。
M「また言う!」
SM「ほえー」
O「ほえー」
M「(爆笑)」
-- ちょっと(笑)。誠さんと織江さんがノリノリで歌ってるのを見ながら、こっち側で繭子も座ったまま歌ってて。声は出してないんですけど微笑み浮かべながら頭横に振ってる姿が本当に自然体で可愛くて。気づいてないんだ?
M「知らないよそんなの(笑)、絶対話盛ってるよね?」
SM「でもそれは昔からだよ。最初自分で天真爛漫だっていかにも作為的な事言ってたけど本当にこの子そうなんだもん。ペンネーム、天真爛漫娘さんからのお便りです」
M「嫌だ!」
(一同、笑)
SM「嫌じゃない嫌じゃない。ね、織江さん」
O「間違いないよ。頭も良いし純粋だし、思いやりもある素敵な子だけど、正直隙は多いよね」
SM「あはは!ホームラン!」
M「ちょっとー!褒めてよー!」
O「褒めたでしょ今。頭良いって」
M「その後!」
-- 隙が多いほど男寄って来るんだから、その方が魅力的って事ですよね。
M「嬉しくない嬉しくない」
-- はー、腹筋が切れそう。あのー、少し話を戻しますね。他の現場ではほとんど見ないのですが、バイラル4ではよくスタッフや社長がコーラスに駆り出されてますよね(笑)。
O「私? そうだね。でもそれが例えば作品として本気で必要な事かって言われると、違うと思うけどね。でもそれなりに意味はあるんだと思ってるよ」
-- つまり?
O「雰囲気作りとか、そういう事だと思っていて。特に私や誠が参加する時はそうかな。マーとナベは元々プロだし、そりゃ使えるものは使うじゃない? 人件費削減につながるし、自家発電が大好きな会社なので」
-- 出た、自家発電(笑)。確かになんでも自分達でやろうとしますものね。音作りや環境作りまで個人事務所内で賄えるって相当レアですよ。
O「でしょ。つまりはそれが好きでやりたいわけね。それだけの能力があるからっていう理由じゃなくてさ、あまり外部の人の手を借りたくないとか、入れたくないっていう、言ってしまえば閉塞感が昔からあるんだよ。でもそれは仲間意識っていう友達ごっこの延長とも実は違ってね。信頼関係がない人と仕事したって遠慮やイメージのズレはどうしたって埋まらないし、そこにお金を使いたくないっていう事なの。それなら自分達でカバー出来るように、欲しい能力を身に着ける方向でお金を使おうねっていう逆転の発想が、バイラルの方針かな。アイウィルにしたってその他の曲だってさ、実際私達が歌った部分が音源に使われるかっていったらそんな事もないし、使われたって知らなきゃ分からない程度だしね」
SM「プロを雇った方がいい場合でもそうしないんだよね?」
O「その方が良いならきっとそうすると思う。ナベが受け持ってる音響なんてそもそも一人ではどうにもならない事も増えて来たし。でも物理的な環境づくり以外で今の所、この子達4人がやってる事以上に誰かの手助けが必要な場面なんてなかったし、きっとURGAさんだけだよね、事務所外の人の手を借りたのは」
-- なるほど、納得ですね。
O「アイウィルの時ってさ、誠が盛り上げて、私も参加して、繭子が加わってだんだんテンションが上がっていくのがスタジオ内の空気を肌で感じて分かるのね。それを少し離れた場所から竜二達が嬉しそうに見てて、何やら悪巧みしてそうな顔で相談してるわけ。それを見てたらなんだかこっちも更にワクワクしてくるの。ここ2人のノリの良さもあってそれこそ遊んでるの?っていう空気になった所で、男達のレコーディングが始まって。その時の何ていうの、私達の噛ませ犬感?」
M「あははは!」
SM「分かるー」
-- 噛ませ犬は酷いなあ。
O「でも全然嫌な気はしないのよ。はいはい、格好いい格好いいって思ってるんだけど、実際ね。…ちょっとこれ言いたくないけど」
M「うん」
O「もうホント、うっとりするぐらい格好いいの」
M「そう!」
(一同、笑)
-- あー、なるほどー!
O「よく言う舞台の前説みたいな事に近いのかなって思うんだよね。場の空気を盛り上げる為に。仮にそうだとしてもさ、それこそ外部の人間には出来ない事だし、私達だからこそ意味があるんだって思うとそれはそれで嬉しいじゃない」
SM「単純に喜んでくれてるのを見るとほっとするし、楽しいもんね」
O「ね。それにさ、後になって彼らと話した時にね。『良い感じにテンション上がってたよ』ってワザと生意気な事言うとさ、竜二なんかすっごい嬉しそうに笑って『ありがとうな』って言うわけ。翔太郎は翔太郎で、あの時お前ん家で見たビデオからインスピレーション貰ったんだーなんて言うしさ。違和感ありすぎだよね(笑)。帰って大成に、あれって特別な歌なの?って聞いたらさ。『わかんない』って」
-- ええ!?
SM「はぐらかしたって事?」
O「う~ん、どうなんだろう。スタジオでなんか楽しそうに男3人話してたでしょって聞いたら『でも全然違う話してた』って言うのよ」


『竜二がさ、こないだ庄内に会った時聞いたんだって。編集部の方にBillionの記事に対してファンメールにみたいな内容が届いたらしくて。今年結構俺達載せてもらっただろ? タイラーとの対談もそうだし、あとファーマーズでの件とか。そこへ来て向こうでの披露試写会での演奏とかそういうの見たファンの子がさ、もう泣きながら書いてるんじゃないかって程熱っぽい文章をメールで送ってくれたのを読んで、俺も震えるぐらい泣きましたって庄内が言ってたって。なんか、ありがてえよなあって、竜二も。それこそ丁度お前らがブースの中で遊んでる時かな。「こんな気持ちになれた事を感謝します、ドーンハンマーのファンで良かった」って書いて寄越したそのファンの言葉を聞いて思ったのが、俺はこいつらにありがとうを言いたいよって、お前ら見ながら言ってたよ。俺もそう思うんだ。だから別にあの曲が特別って事じゃないよきっと。今日まで一緒にやって来た時間が、…ああ、まあ、何かそんな感じじゃない?』


O「やられた!って、それ聞いた時に思ったけどさ。と同時にそういう思いを音源に封じ込める方法として私達が必要だったなら、もっとちゃんとそう言って!って(笑)」
SM「言ってくれたらもっと頑張ったのにってね、うん。ちょっと悪ノリが過ぎるかなってぐらいフザケてたもんね」
O「ねえ、本当に」
SM「私最終的には声出さないで踊ってたもん(笑)」
(一同、笑)
M「でも私達見ながらそんな話されてたんですね。全然知らなかった。そこを踏まえてあの3人の歌入れを思い返すと更にやばいですね」
SM「そりゃあ、うっとりもするよー」
M「するねー」
O「繭子は音作りの段階で何かそれに似た話をした?」
M「音作りの話はしたけど、どんな心境でとか思い入れとかは特に話さないですね。そういう個人的な話って皆言わないし聞きたくないとすら思ってる所があって。今回曲調が今までと違ってロックテイストが強いから、音数とか仕上げとか、そういうアレンジの注意点の話はなんだかんだ結構しましたけどね」
-- だけど男性3人は同じような思いで皆さんを見ていらしたんだし、そちら側へ繭子も入れて欲しい気持ちもありますね。
M「ん?」
SM「いや、それは…」
M「多分だけど、竜二さんも大成さんも翔太郎さんも、お互いが個人的に思ってるアイウィルへの思いなんかは口に出してないよ」
SM「うん、それはそうだと思う」
-- そうなのかな?
M「そこは、多分そうだと思う。本当にそういうお互いの気持ちって、言わない人達だから(笑)。3人とも仲が良すぎるっていうのもあるだろうし、恥ずかしいのもあるし、きっと同じ事考えてるしね。敢えて言う必要はないから、伝えたいと思ってない」
O「(頷く)」
-- なるほど!
M「…あ、でも、あるかも、一つ」
-- 何?
M「歌詞が、前半とかコーラスパートが特に短い単語で構成されてるから、なんか翔太郎さんが歌ってるうちに意味を理解しちゃったらしくて。腹立つわーって笑ってたのを見てました。なんかきっと、…良い歌なんだろうなーって(笑)」
SM「ざっくりしてるなあ」
O「え、それは何、その場ではスルーしたの?」
M「何をですか?」
O「私も知りたい!とか教えてくださいよ!とかはならなかったんだ?」
M「んー、さすがにちょっと思いましたけど。でも、聞いてはないです」
SM「なんで!? 断られるの?」
M「ううん、そういうんじゃないよ。ただ…んー。格好付けた言い方だけど、歌ってる時の皆の顔とかさ、演奏してる時の顔とかさ。そういう姿以上に説得力のあるものはないって私ずっと思ってるから。歌詞を読まないのはわざとなんだよね、昔から」
SM「へえ」
M「うん。ずっとそうやって来て、今さら歌詞を読んで竜二さんなり誰かなりの思いを理解した気になって、なんていうか、寄り添うような感情を持つ事は、私自身にとって言えばそれは傲慢な事なの。そうなる事に今も躊躇いを感じるかな。それに知らないままの方がドキドキするし、無邪気が許されるでしょ。理解を共有する必要がある時はきっと話しかけてくれると思うし、自分もこれまでそうして来たからさ。この距離感は大事なんだよ、私にとっては」
SM「ちゃんと考えてるんだね」
M「私なりにね」
O「どうして寄り添う事が傲慢だと思うの? 繭子はきっとそうする事を苦だとは思わないでしょ」
M「…誰かを支えたいとか側にいたいという意味の寄り添うじゃなくて、私はあなたを理解していますよ、共感していますよっていう顔をしたくないっていう意味です」
O「ああ、なるほど。それはそうかもしれないね」
SM「歌詞を読んじゃうとどうしても演奏しながらそれを思い出しちゃう?」
M「うん。それが良いのか悪いのかはまだ分からないけど、こう見えてデスラッシュメタルのドラマーですから(笑)、そんな感傷的になってる場合じゃないってのもあるし。とにかくやる事多いもんね」
SM「よくあんなに手足がバラバラに動くよね」
M「そこ、基本(笑)」
(一同、笑)
SM「でも変な事言うようだけど、ドラム叩いてる時の繭子が一番綺麗だし、一番格好良いし、一番エロいよね」
M「変な事言った!」
SM「変な事言うよって」
M「言わないでよ!」
O「あはは、面白い子達でしょー?」
-- 最高ですよね、ほんと、溜息の連発です。
O「ね。あー、でもそういう繭子の思いをはっきりと聞いてしまうと言いづらくなっちゃった」
M「なんですか?」
O「聞きたい?」
SM「目がマジだ」
M「えええ」
O「後悔しないな?」
M「…しない」
O「アイウィルに関してはだけどさ、今までにないぐらい歌詞が本当にストレートじゃない? ストレートなんだよ。大成も繭子も少しくらいは歌ってて理解出来る言葉があっただろうし。曲調だってさ、これまでも彼らは遅い曲を作ってはいたでしょ。ライブでやる気にならないから音源化しないだけで。あるいは遅い曲でも使いたければ彼らの流儀に乗っ取って速度を上げたり、激しさをプラスするなり変えて来たと思うんだけど、今回はそのどちらも竜二は提案しなかったんだなって思うと、私そこにぐっと来たんだ。歌う事に拘ったのかなって思った時にさ、きっと何かしらの意味があるんだろうなって」
M「あー(笑)」
O「うん。それだけで私ちょっと興奮したもんね。その、13の意味とか竜二個人の世界観とか抜きにしても、彼の中でこのバンドのボーカルを続けて来た事の意味が、少しずつ変わって来てるんじゃないかなって感じて、ほんと、ぐっと来たんだ」
M「(頷く、真剣な眼差し)」
O「直訳すると、『私は死ぬだろう』でしょ。もうなんだろ、メタルバンドとしては恥ずかしいぐらい普通だし、敢えて言わなくたって皆そうでしょ。一周回ってそれが格好良いんだという評価があるにしたって、でも竜二が言いたいのはそういう事じゃないと思うんだよね。きっと、彼らの事をずっと応援してくれているファンや、自分達を支えてくれた家族や、自分が好きな人達への感謝もあるんだろうなって。『今までありがとう、実は俺達だってこういう曲やれるんだぜ、まあ、もうやらないけどな』って、ニヤリと笑って言いそうじゃない?(笑)。これまでの彼らだったら、きっとやってない曲だと思うんだ。繭子もそこは感じてると思うんだけど」
M「(微笑んで、頷く)」
O「外野の意見に耳を貸さず、自分の好きな事だけを追いかけて来た人達だし、そこに究極の格好良さがあると、信じて付いてきてくれたファンにだけ分かるように、残していく曲だと私には感じられた」
-- ファンにだけ、分かるように。
O「音もさ、歌詞もそうだけどさ、曲の構成もさ、どっちかって言うと、クロウバーに近いじゃない」
-- それは、私は言えなかったです(笑)。
O「あはは。そういう意味でも、色んな思いがあるんだろうなって」
-- なるほど。これはぐっと来ますね。
O「竜二に限った事じゃないけどね。…だけど複雑なさ、思いもきっとあるんだよね、バンドに対する思い入れっていう部分ではさ。別にややこしい意味じゃないよ、竜二なりに考えてる事や信念みたいな事って、きっと一本の太い幹に見えて実は細い枝の寄せ集めが大木に見えてる部分だってきっとあるから」
M「(頷く)」
SM「(真剣な目で聞き入る)」
O「きっとそこには音楽だけじゃない部分での、彼の信念だったり、積み重ねて来た経験だったり、記憶だったりとか。好きなバンドで好きな歌を歌う。…でも竜二って絶対、ただそれだけの男じゃないからね」
-- (言葉が出ない)
O「そこを考えさせられたのが今回、個人的には一番印象的だったかなぁ。それにさ、ベスト盤で初めてバンドを聞いた人って、アイウィルを良い曲だなって思う事はあっても、今まで聞いて来たファンの人ほど感動はしないと思うんだよね。繭子を含めた4人の、5人の、もっと言えば7人のこれまでを知ってる人だけが、あの歌を聞いて震えるぐらい泣けるんだと思う。メッセージソングを歌わないこの子達なりの、ありがとうのメッセージだと思うな。演奏はいつにもましてタイトでクールでヘヴィでソーマッチだけど(笑)。竜二のボーカルと掛け合いで、翔太郎と、大成と、繭子がマイクに噛みつくようにして、『ノーウォン!(no want)』とかさ、『バライダイ!(but i die)』とかさ、叫んでる姿はなんというか、俺達はいつか死ぬけど、お前らと一緒にここまで来たよ、どうせいつか死ぬけど、きっと無意味なんかじゃないよなっていう、あ、歌詞言っちゃった、あはは。だからなんと言うか、…ああ、ホント、ここまで来たなあって…あー、うまく言えてないけど」
M「ううん、分かります。分かりますよ、私」
O「うん。…だからさ、これを言うと竜二は怒るかもしれないけど、URGAさんとの出会いだってきっと大きく影響してるだろうし、誠の一件だってそうだし。あえてベスト盤にあの曲を入れようかって考えた彼らの今の姿を考えた時にさ、何度も言って馬鹿みたいだけどさ、ぐっと来たんだ」
SM「だけどそれしか言いようないもんね(笑)」
O「うん。急に名前出してごめんね」
SМ「え、全然だよ。私自身もコーラス参加しながら思う事たくさんあったしね。そもそも繭子の歌(『Still singing this!』)以外であの人達の仕事に参加した事ってほっとんどないんだよね。別に今回だって本気のコーラス参加ってわけじゃないし、私自身半分遊んでるような気でいたけどさ、その遊びの部分が必要とされてる事なんだとしたら、…これ今だなって。今、全力で盛り上げよう、ここだ、今だ、みたいなさ(笑)」
O「二人とも翔太郎みたいな話し方になってる」
SM「思ったぁ!」
M「あはは」
O「年取るとさ、考えて言う事纏めるよりも先に、今言わないと駄目だ!みたいに気持ちだけ先走るよね」
SM「なるよね」
O「あ、10歳も若いのにごめんね。あとね」
SM「あははは!」
O「あとね(笑)、今言ったぐっと来る彼らの姿には、そこにはもちろん繭子も含まれてるんだよ。含まれてるんだけど、それでも歌詞を読まないこの子の凛々しさって、じゃあ一体どこから来てるのよって、それも思う(笑)」
M「あはは」
-- 私も今同じ事考えてました!
O「でしょう? 不思議な子だなーって」
М「ボンソワール!」
SМ「それ『こんばんわ』」
(一同、笑)
M「自分ではよく分からないなあ。今織江さんが言ったようなぐっと来る気持ちって実は私も思ってたりするけど、その中に私自身は入ってないんだ」
O「入ってるよ」
M「いや、私の目を通してあの人達を見ると私は入らないじゃないですか(笑)」
SM「んー。きっと肌で感じてるんだろうね。一番近くでこの10年バンドを見て来たんだし、今でもどこかで『彼らの為に』って思ってる部分もあるだろうから」
M「それは、あるね」
SM「目線が織江さんに近いんだろうね。私とか。だけど私も織江さんも、時枝さんだって、繭子はあちら側だと思ってるからさ。凛々しい筈なんだよ。ちゃんとこの10年間4人で頑張って来たんだから成長してて当たり前だし。客観的に見たら絶対そのはずなのに、繭子自身がそこを意識してないんだね」
M「なんか、…難しい話してるね」
SM「ラジオネーム、天真爛漫娘さんからのおハガキで」
M「いやーだ!」
O「あはは」
-- さっき織江さんが言ったようにさ、例えば竜二さんが『I WILL I DIE』をいつもみたいにぶっ飛ばした曲にしようぜって言ってたり、翔太郎さんが原曲通り遅いままのアレンジでやるつもりはないって言ってたら、繭子はそれに従った?
M「え、当たり前でしょーが(笑)」
-- でもさ、実際に今回このアレンジになった事に対してぐっと来る気持ちもあるんでしょ? それはどうしてだと思う?
M「え? そういう風に言ったつもりはないけどな。私は、どういうアレンジかなんて関係ないよ。歌詞も関係ない。なんなら誰が作曲したかも関係ないって。ずっと言ってるじゃん。あの3人だから格好良いんだよ。あの3人としかやりたくないのはクオリティが理由じゃないよ。私にとってはその部分に一番大事な意味があるの。私が今回のアイウィルでぐっと来るのは、10年を費やしたこのバンドの集大成とも言えるベストアルバムでさ、デスラッシュじゃない曲を持ってきた彼らの人間としての誠実さだよ。そういう意味で根っこの部分で言うと織江さんと似てる気がする。だってホントはもっと簡単なんだよ、完成してるけど音源化してなかった曲収録すれば一瞬で終わった話なんだから。でもあの人達はそうじゃなかった。この10年皆で何をやって来たか、どれほどの思いを抱えて進んで来たか。その結果、ファンやレコード会社に対して、真正面から新しい事にチャレンジして全力で答えるって凄い事じゃない? バカみたいな言い方するけど、すっごい良い人達じゃない? それなのに3人ともすっごい楽しそうだったんだよ。『ネムレ』に合わないって一度は没にした曲をもう一度掘り返してきてさ、最高に格好良い一曲に仕上げたんだ。だから、私ぐっと来るんだよ。別にさ、本当言えばアイウィルが今回みたいなヘヴィロックじゃなくても私はいいの。彼らが笑って、面白い事やってる姿こそが意味のある事だって思うから。今回それが、昔から聞いてくれてるファンに『歌声は今の竜二さんだけど、ちょっとクロウバーっぽくない? え、凄くない?』って伝わるんなら最高だと思うし。だけどもっと楽しい事が出来たなら、それがデスラッシュでやれてたなら、それでも全然いいわけだし。そこは織江さんだってそう言うと思うよ」
O「もちろん(笑)」
M「うん。でも、ただ新しい曲を作りましたっていうだけに留まらない彼らの音楽家としての拘りとか、それこそそこに込めた意味だったりとか、皮肉ったようなユーモアとか、笑顔とか、もうね、最高なんだよ。…え、何?」
O「だから何でこっち側に来るのよ」
SM「繭子はあっち側!」
M「なんでよ、いいでしょどこにいたって(笑)」
-- 繭子は本当に繭子だねえ。
M「どういう意味よー。皆難しい話しすぎだって」
SM「ペンネーム…」
M「もー!(笑)」


-- この三人で話が出来て良かったよ。
M「なんで?」
-- 今朝、今日のこのお話を誠さんから連絡いただいて、色々想像してたの。この3人が並んでそこに座っていて、お話を聞く事が出来るんだって考えただけで感無量だと思って。欲を言えばURGAさんもここにいて欲しいですが。
O「あはは、怖いモノ知らず」
SM「ふふ」
M「なはは。私達と話をするのがなんで感動的なの?」
-- 好きだからです。3人の関係性や人柄、思いやりと誰にも負けない内側からくる人としての美しさが大好きなんです。
SM「あはは、『ROYAL』の取材みたいな言い回しだね」
-- 人を観察しながらお話を聞くのが仕事なので、色んな情報をキャッチしながら頭の中で整理していく作業が得意になりました。皆さんはお互いをとてもよく見ておられる。それは今に始まった事ではないですが、改めて3人揃った時の気遣いの凄さには恐れ入りました。
O「気遣い?何かな」
-- 織江さんの持つ信頼と統率力の高さ。どれだけ面白可笑しく弾んだ会話が繰り広げられても織江さんの一言で場面がきゅっと締まります。最後に物事の答えを求められるのも織江さんです。お二人にとってあなたがどれほど大切な存在かは、二人が話しながらあなたを見つめている視線に全て表れていました。
O「怖がられてる?」
-- 違います。あなたに話を聞いて欲しいんです。あなたがここにいるだけで、皆が安心出来ます。
O「そんな事ないよ、買い被りすぎです」
SM「いやいや、あっぱれ恐れ入った。大正解だよね。ねえ繭子」
M「オーソレミオー!」」
SM「それイタリア語だから」
(一同、笑)
M「どう意味だっけ」
SM「『私の太陽』」
M「…じゃあ、あってるね!」
SM「最終的に奇跡起こした(笑)」
-- あはは、そして誠さんの、…これはもう優しさなんでしょうかね。私誠さんは普段これほど前に出る方ではないと思っていました。おそらくそこには翔太郎さんから託された任務を果たそうとする頑張りと、織江さんの重荷を少しでも肩代わりしようという意思、場を和ませようとする天才的なユーモアのセンスを持って果たさんとする心配りというものを、鳥肌が立つ程、胸が苦しくなる程感じました。
SM「ネタばれしないでくれる。営業妨害だよ」
M「そこは否定しなんだ」
SM「してやるものか」
O「誠はねえ、昔からほんっとに」
SM「織江さんさー」
O「まだ何も言ってないでしょ(笑)」
-- なんですか?
O「ううん。何でもない」
SM「そこは言って!」
O「じゃあ、…これからも愛してるよ」
SM「ううーわ」
M「ハイ泣いたー!」
-- 最後に繭子(笑)。一番気遣いが凄いのは繭子だと思った。初めに誠さんが今回の経緯を話してくださった後、一番に話をしてくれたのが繭子だったね。適格で、愛情に満ちた素敵な言葉だった。織江さんにも、誠さんにも、ここにいない翔太郎さんにも、私に対しても、優しさを感じる話だった。凄いなあと思う。3人の人柄はもともと心から尊敬しています。なので驚きという意味での衝撃はないけど、やっぱり想像を超えるも思いやりの力で動く人達だなぁと感じながらお話をお伺いしていました。こうしてゆっくりと時間を取って皆さんとお話出来るのは最後かもしれないので、言わせて下さい。皆さんとお会いできて本当に嬉しいです。一年間お付き合いいただけた事、心から感謝しています。春以降の事は今はまだ明言すべきではないと思いますので、先の話はしません。このスタジオへ通うようになってからの一年で、私は当初の目的をはるかに超えた結果を残せると自信を持つようになりました。芥川繭子さんの目を通し、バンドを通じて世界を見るという目標はいとも容易く方向転換を強いられましたが(笑)、その向こう側にある人間力への探求を、皆さんはその懐の深さで可能にしてくださいました。…一年間、生意気にもずっと呼び捨てだった事を、今でもずっと、心から申し訳ないと思っています。それと同時に本当に有難い優しさだったと今も噛み締めています。私はこれから寝る間を惜しんで、全身全霊を持って、世界中へあなた方のすばらしさを伝える物を書き上げます。最後に芥川さんともう一度じっくりとお話をさせていただいて、正真正銘それが最後です。ですがこの終わりは、きっと始まりへ繋がっていると確信しています。大切な人の死が決して終わりなんかではないように、私が両腕一杯に抱えた大切なものを全部世界中へ届けていく事で、この先の未来へ繋げて行きたいと思っています。それが今の、私の夢です。後日改めて皆さまの前でご挨拶させていただいますが、今日は今日で、どうしても言いたくて。…長い間、本当に、ありがとうございました。

連載第58回。「神波大成について」

2017年、2月下旬、某日。
神波大成、ラストインタビュー。



-- よろしくお願いします。
「別にやり返す意味はないけど、なんか緊張してない?」
-- してます(笑)。
「あはは、やっぱり。なんで?」
-- 単独インタビューとしては今日が最後なので。後悔しないように、聞き逃す言葉がないように、色々整理して考えてたらパニックになりそうでした、昨日。
「最後って言われてもピンと来ないけどね。逆に実はもう終わってたんですよー、あとは編集だけなんですーって言われても、『あ、そうなんだ』ってなるし」
-- ひどい!
「なんで(笑)」
-- でも確かに、改めてお伺いしたい事などはもう特にありません。バンドの魅力、これまでの軌跡、これからの展望、メンバーの皆さん、そしてバイラル4の皆さんの人柄はこれでもかというぐらいお伺いする事が出来ましたから。
「そっか。大成功だった?」
-- 心の底からそう思います。
「良かったね。頑張ってたもんな。お疲れさまでした」
-- あー、ごめんなさい。…早いなー、早い。
「あはは」
-- 最後迷ったんですけど、やはり最初の順番通り、大成さん、翔太郎さん、竜二さん、そして繭子の順番で単独インタビューをお願いして、終わりにしたいと思っています。
「そうだったそうだった。メンバーで一番最初にインタビュー撮ったの俺なんだよね?」
-- そうです。焼肉デートでご一緒したのも大成さんが初めてです。
「ああ、そうだね。また行こうな」
-- ああ、もう、どうしましょう。
「今日いつにもまして涙腺崩壊してるね」
-- 昨日からこの調子です。いや、嘘です。これは涙ではありません、心の…。
「…パクんなよ(小声)」
-- ええ、ええーっと。涙は心の、…結露です。
「はい、普通。涙って言ってるしね」
-- あはは、何か良い例えないですかね。翔太郎さんへの言い訳。
「言葉を使って飯食ってんじゃないのかよ(笑)」
-- 面目ないです。
「そういうのは誠に聞くと良いよ。あいつはそういう切り返しの天才だからね」
-- ああ、なるほど!
「誠ともちゃんと話せた?」
-- はい、おかげさまで。大成さんの仰った通り、とても魅力的な方でした。
「そうだろ?」
-- はい。とは言え私惚れやすいタチなんで、繭子にも織江さんにもぞっこんです。
「色々聞いてるぞー。ますます疑惑が深まるな」
-- もうそれもアリかなと思えてきました。
「開き直った!」
-- (笑)、URGAさんもそうですし、素敵な人の側には素敵な人達が集まってくるものですよね。
「どうだろうね」
-- ご謙遜を。
「素敵な人っていうのがそもそも自分では分からないし意識した事ないよ。URGAさんはちょっと別格過ぎて話が違って来るけど」
-- やはり大成さんでもそうなんですね。URGAさんに対しては、皆さんそう仰います。
「それこそ出会いの…、なんて言うかさ、タイミングって言っていいと思うけど。時代であったり、それを共有した面子であったり、年齢であったり。全てが特別だった頃にポンと現れたんだよ、あの人は」
-- はい。
「もちろん歌声や、佇まいや、笑顔や、人柄、彼女の活動内容なんかを見ると本当に稀有な才能を持ったアーティストだと思うし、そこを愛してる気持ちも当然あるけどね」
-- 20年ですものね。デビュー当時からご存知なのだと伺いました。
「そうだね。10年とか20年とかっていう数字も何かしらの意味はあると思うけど、そこよりも今言ったみたいな、特に俺にとっては面子と年齢の話だよね。竜二がいて、マーとナベがいて、もちろん織江達もいて、でも今程近くに翔太郎とアキラの姿はなくて。…何か、いつもフワフワと、常に自分の居場所を確認しながら前に進もうとしてた頼りない時間を、側で支えてくれるような歌をあのURGAって人は歌い続けてたんだよね」
-- 特別な人なんですね。
「うん。恩人だと勝手に思ってるし、永遠にこの距離は埋めようがないよ、俺は」
-- 今、びっくりですね(笑)。
「あはは。うん、なんか、はは、うん。…ちょっと泣いたもん俺」
-- ああ…。
「竜二から電話受けてさ。…あいつ珍しくちょっと震えた声だったんだ。どうしていいか分からないような様子で、『いいかな』って聞くんだ。俺泣けて泣けて仕方なくて、…もちろん嬉しくてだよ。嫉妬とかじゃなくて」
-- はい。
「40オーバーのおっさんが何を言ってるんだって話にしか聞こえないけどね」
-- 私にはもうそのようには聞こえませんね。
「そうだね(笑)。…うん、びっくりはしたけどね。急だったし、竜二自身そういう素振りを見せて来なかったし。でも、俺は嬉しかったね」
-- 私もです。
「改めて話もしたけどさ、お互いがこれで良かったんだろうなって思える関係だし、色々あって当たり前だもんな。だからあそこ二人はホント不思議だよ。並んで立ってる姿は今まで何度も見て来たはずなのに、これまでと何かが違うんだよな」
-- 素敵ですよね。
「まあ、別に竜二なんてどうってことないけど」
-- あはは!なんでそんな事仰るんですか(笑)!
「素敵と言えばさ、話戻っちゃうけど、誠や繭子なんかも今時枝さんから見れば素敵に見えると思うんだけど、初めのうちは全然そんな事なかったし、素敵な人間が集まったっていう表現はだから違うと思うんだよね。もちろん俺達なんてほんとただのボンクラだったし」
-- いやいや(笑)。
「ほんとほんと、今でもそうだしね。だからきっと、…あの二人に関して言えば素敵な人間になっていったんだろうね。それは努力だよね」
-- ああ、なるほど。
「ごめんな、なんか全然音楽の話にならないけど」
-- いえいえ、音楽の話題ならこの一年十分すぎるほどお伺いしましたから。
「あはは、編集者がバンドマンに言うセリフじゃないな」
-- 面目ないです。
「うん、だから誠はねえ。…まあ、誠の話はいいか。俺が語るのも変だしね」
-- あはは、そういう所も大成さんらしくて好きです。
「なんだよ(笑)。…なんか、年越してからがめちゃくちゃ速くてさ。毎日同じように練習して、レコーディングして、レコ発用の取材なんかもちょこちょこ受けたりとか、向こう(アメリカ)での事も色々全体会議したりなんだりで、びっくりするぐらいアッと言う間。誠が戻って来たのだって、もう3か月ぐらい前だって織江から聞いてさ。ウソ!?って」
-- あはは、目まぐるしい毎日ですものね。せっかくのご休憩や休日もこうして私が出しゃばってましたし。
「本当に」
-- あはは、それも今日で最後です。
「あ、やっと今ちょっと寂しいって思えたよ」
-- やったぁ! 厳密に言うと顔だけは毎日出しますけどね(笑)。
「だろうね! でも、うちはなんだかんだ毎年色々あるけど、去年はここ数年で一番濃かったと思う」
-- 一年を通してずーっと何かしら忙しくされてましたものね。
「忙しさの種類が今までと違ったかな。おかげで全然ライブやれてないよ」
-- 確かに。ライブバンドなのに(笑)。でもここからですよね。ここからドッカンドッカン行くわけですから。
「そうだね」
-- 大成さんは、ほんっとに男前ですよね。
「なははは!急だなー、そういう感じで来るか、今日」
-- あはは。
「誠とか繭子にガンガン言ってるの見てるから、そういう言葉を普通にさらりと日常会話で混ぜて来る人なんだってのはもう分かってるけど、時枝さんは真面目だから俺達に対してはそういう無意味な発言は極力控えてたように思うんだけどな」
-- はい、それはそうですね。
「なのに今日いきなりそれ言うんだ」
-- もう最後ですから、全部言っておこうと思って。
「言わなくていいよ(笑)」
-- あのー。私この一年大成さんと話をしてみてはっきりと思う事があって。
「ふふ、うん」
-- 大成さんてルックスで逆に損してるなって。
「(爆笑)」
-- いや、笑いごとじゃないんですよ、私にしてみたら。なんか、歯痒いと言いますか。男前過ぎてそこに目が行きがち、そこに惚れがちになるという人多い気がするんですよね。でも私大成さんの魅力って全然そこじゃないなって思っていて。
「ありがとう」
-- もちろん男前なのは良い事ですよ。デメリットでは全然ないし、いい面も一杯言えますけどね。でも本当の良い所より目立ってしまっている部分もきっとあって、ご自身としても不満はおありなんじゃないかなって。
「もう何を言ってんのか全然意味が分からないけど」
-- あはは。以前誠さんとお話した時に、出会う人皆に顔の話されて辛いって仰ってました。それに近い感じじゃないかなって。
「ああ、なるほどね。誠はそうだろうね」
-- 誠さん、は?
「あいつの場合、職業柄そこを褒めて来る相手にそもそも悪気はないんじゃないかと思うね。でも俺の場合バンドマンだし、見てくれをどうこう言う必要なんか本当はないし、言われたいとも思わないから」
-- そうですよね。
「それに個人的には音源とライブが全てだと思ってるから、人間的な内面を見てくれよっていう誠が悩むような問題も俺には関係ないしね」
-- でも人気商売である以上、内面の魅力も重要だと私は思いますよ。
「でも例えばすごい良い人でも、全然面白くないバンドの音源なんか聞きたい?」
-- まあ、それは(笑)。
「じゃあ男として、みたいな話だとしてもさ、俺はもう織江がいるから本当にルックスどうこうで思い悩んだ記憶が全くないんだよ。格好良いとか格好悪いの話じゃなくて、そこを意識し始める頃にはもう織江と出会ってるから、俺」
-- ああ、幸せ者って事だ。
「いやいや、え?」
-- 異性を意識して自分の外見や内面に思い悩む必要がなかったんですよね、この人だって決めた方と早々に出会う事が出来たんですから!
「あはは、そういう事だね。じゃあ、自分で言うのも変だけど、時枝さんの思う俺の良い所って何なの?」
-- ベースです。
「うわ、…響いた。嬉しい」
-- もう、本当にそう思います。
「へえ。今さ、このバンドにおいて男前担当みたいなポジショニングされる事は心外だねって言おうと思ってたから、グサッと入って来た。それは嬉しいな」
-- そうですそうです、こうしてお話をお伺いする前は私も違和感なく、ハンサムガイとか平気で記事で使ってましたし、実際めちゃくちゃ男前だと今も思ってますけど、…なんか、ちょっと悔しくなってきて。
「悔しい?なんで?」
-- ドーンハンマーにおいて大成さんが担ってるものをちゃんと伝えていかなきゃいけない立場としては、もうそこはいいから早くこっち来い!とか思って。大成さんが男前なのはもう見たら分かるだろ、そこじゃないもっとこっちだ!ここ見ろ!ベースを聞け!って。
「本当にそんな事思ってんだ? 本気で面白い人だよね、時枝さんは飽きないね」
-- あははは!あ、すみません馬鹿笑いしちゃいました。ありがとうございます。
「じゃあ最後だし、時枝さんのそんな気持ちに答えて真面目な話するとさ」
-- はい。
「…これは別に卑屈になってるって話でもなんでもなくて、自然とそう思って受け入れてる所から来る本音なんだけど、バンドにおける立ち位置で言うと自然と一歩引いてる気持ちもあって、そこは割と自分の中で大事にしてるんだよな」
-- どういう意味でしょうか?
「そのまま。竜二と翔太郎が凄すぎてさ」
-- ええ!?
「そんなに変?」
-- はい。
「あはは。いや、でも俺としてはそうなんだよ。何でかって言うと、竜二も翔太郎も、結局一人で成立するミュージシャンなんだよね。竜二はもう絶対そうだし、翔太郎だって今すぐドーンハンマーがなくなったって、あいつを欲しがってるバンドは世界中にいるわけだからね。そこへ来て俺はって言うと、なんとか作曲という役割でバンドに貢献してはいるけど、本当の事言えば俺も演奏家としても張り合いたいわけだよ。でも俺自身それを嫉妬だとは考えてなくて、あいつらの努力や思い描く完成図に俺らしい音で報いたいという感じでさ。食らい付いてくだけでも一苦労な奴らと一緒にやってるのは誇りでもあるし、俺のベースマンとしての根幹だからやりがいあるよね。だから今ここへ来て自分の音をちゃんと聞いてる人がいるっていうのを聞けて、ほんと嬉しいんだよ」
-- 最後の最後で超意外な話が飛び出てびっくり仰天ですよ。でもきっとそれって大成さんにしか分かりえないお気持ちなんでしょうね。
「なんで? 割と普通の事だと思うけど」
-- ええ?
「そうそう、なんか誤解されてるんじゃないかと思って言ってみたんだけど、やっぱりええってなるんだね」
-- きっと竜二さんや翔太郎さんは否定なさると思うので。
「否定って?」
-- 一歩引いた立ち位置にいると仰った事です。
「そんなわけねえじゃんって? まあ…言うだろうね(笑)」
-- 私ですらそう思ってますからね。
「歴戦の雑誌記者である時枝さんですら?」
-- 真面目なお話なので真面目にお答えしますけど(笑)、全然理解出来ないぐらい大成さんのプレイは心底凄いと思っていますし。
「あはは、ありがとう」
-- ドーンハンマー程アグレッシブな演奏をされてるバンドは日本に他にいないと思っています。
「そうかもね」
-- 竜二さんと翔太郎さんがミュージシャンとして抜きん出ているという意見を否定するつもりはありません。ですがそのお二人と同じバンドで、同じ土俵でプレイなさっている事をご自身でも評価されるべきだと思います。
「あはは、慰められてる」
-- だって!
「だってじゃない。高校生みたいな反応するな(笑)」
-- なはは。真ん中の竜二さんを翔太郎さんとで挟み込んで、ダウンピッキングで信じられないぐらいの速度でリフを弾き飛ばしている方には、一歩引いてるなんて発言はやはり似合いませんよ。
「バランスで言うとさ、ベースという楽器自体が一番前に出る音ではないのは間違いないんだよ。まあ、バンドによって違うかもしれないけど、うちはね、絶対そうで。かと言って他のパートの引き立て役だと思ってるわけじゃないし、なんなら俺はギター・ドラムと横並びのボリュームで音圧掛けてるから卑屈になる理由は全くないんだけどね。俺はベースが好きだし、俺にしか出せない音や、あいつらの出す音に対するアプローチの仕方ってものにも自信を持ってるから、そういう意味でのバランスは丁度いいと思ってるんだけど」
-- けど?
「やっぱりあの二人は凄いんだよ」
-- うーむ。そうなんですけど、でもちょっと納得いかないですね。
「あはは、自己評価が低いって思ってる?」
-- 大成さん優しすぎますよ。
「そういう問題か?」
-- もともと別の楽器ですから勝った負けたはないはずですよね。大成さんは自分が前に出る事よりあの二人の実力を引き出す事で役割を果たそうとお考えになっているのだと思います。ですがあの二人をあそこまで押し出せるのは大成さんだけだと思いますし、そういう意味で言えば、世界最強のベースマンとも言えるわけです。
「ふふ、うん。だから音で、一歩引いてるつもりは全くないんだ。スタイルの問題かな。そもそも翔太郎の完璧なプレイをリズムで揺さぶって遊ぶのが好きなくらいだし、ちょっとでも隙間があれば自分の音をねじ込むしね。そういう面白さとか楽しさは人より理解してるつもりだから、ベースとしての存在意義とか役割っていう話で言えば、全然負けてるとも引いてるとも思ってないよ。じゃあ何をって話だけどさ、でもそれってよくよく考えてみれば、さっき時枝さんが言ったようにあの二人がいるから俺はここまでやってるんだなって思うわけだよ」
-- もし別の誰かと組んでいたら、ここまで弾けていない、と?
「絶対そう思うよ。他所に行けばエース級だなんてよく言うけどそんなのウソだからね。あの二人と、いやいや三人か(笑)、三人とだから俺はより高い次元に立ててると思うよ。だから嬉しいし、報いたいという気持ちになってるんだと思う。それこそ特に翔太郎なんかは、俺がベースを弾こうが誰が弾こうが、関係なく実力を発揮できる男だからね」
-- ご本人がそう仰る以上それが正解なのかもしれませんし、一介の雑誌記者が言うセリフではありませんが、いつからそんな風に一歩引いた目線をお持ちになられたんでしょうか。
「具体的な時期を挙げるとするなら、翔太郎が『Hanging my own』を書いた頃だね。
-- 3rdアルバムじゃないですか!結構前ですね。
「そうだけど、あいつがあの曲を初めて演奏した時衝撃だったんだよ。こいつマジでスゲエなってびっくりした。今回ベストにも入れるけどさ、未だに俺一番難しい曲だと思ってるんだよ、プレイするのが難しいって」
-- 繭子も以前そう言ってました。
「な、そうなんだよ。単純な速さとか手数の多さだけ言えば他にも幾つかあると思うけどさ、とにかく難解。初めてあいつの模範演奏を聞いた時に三人ともメロディを追いきれなかったんだよ。え、今どうなった?ひょっとして今翔太郎間違えた?って皆で顔見合わせてさ(笑)」
-- 分かります。ドーンハンマー史上イチニを争う程難解なメロディですよね。リフも、歌メロも。
「何度も聞けば譜面は覚えられるんだけど、実際弾いてみると『なんだこれ!気持ち悪!』ってなるんだよ。あれ聞いた時にこれはこいつモノが違うなって思ったんだよ。それは今まで何曲も書いて来たからこそ、余計に思ったと思うんだよ、こんなの俺書けないよって(笑)。そこは、俺としては同じバンドで飯食ってる以上張り合っても仕方ないって思ってるからさ。なかなか人を尊敬したり認めたりって出来ない性分だけど、あいつは子供の頃からそうだけど、いまだ底知れないというかね。素直に凄い。だからあの二人がどんどん前に行ってくれるから、俺は好き放題やりたいようにベース弾いてるよ。だからこそ拘れるというかね。そこでかえって俺をもっと前に出させろよみたいなスタイルを取るのは、ちょっとそれは違うなって思うし」
-- ははあ、なんとなく分かってきました。
「なんとなくかー(笑)」
-- 理由はどうあれ、回りまわって大成さんのベースプレイは今完全に花開いてますよね。もんの凄い格好良いですよ。そこをもっと皆に気付いてほしいくらいですから。
「あー、嬉しいね(笑)。あいつらの凄さにちゃんと報いる音を出せてるかな?」
-- 当たり前じゃないですか!大成さんにしか出来ない音を出してます!
「なんかね、俺のベースを聞けー!みたいな気持ちにはなった事がないんだけど、バンドとしてダサい音とか力負けした音になってるとしたらそれは絶対に嫌だと思ってんだよ。そこだよね、俺のこだわりは」
-- なるほど。まずは、大成さんが認めているお二人の演奏があって、そこをぐっと前に、更に前へ押し出すためのベースプレイであると。
「そういう事だね。まずはあの二人、音で言えば翔太郎の出す音を聞いてから俺の音は決まるから。それに見合うだけの質を求めて俺なりのプレイを心掛ける。引いてるっていうのはそういう意味だよ。楽器としてもプレイヤーとしても正しいと思わない?」
-- 人として最高です。
「あははは!そう来るか。楽しい人だな」
-- 繭子と二人で高速リフを反復練習される場面をよくお見掛けしました。
「二人でやってるやつ? 指のウォーミングアップ」
-- 『カオス・ランディング』という曲名が付いているそうですね。
「ああ」
-- どういう意味なんですか?
「俺のベースが割とキーの高い位置から始まって、繭子が叩き始める頃には物凄い低い音になってるんだよ。空から振って来て、着地した瞬間からベースとドラムでそのまま走り出すようなイメージらしいよ。繭子が勝手に名付けた(笑)」
-- なるほど、イメージ通りのタイトルですね。お二人だけの練習曲だとお伺いしましたが。
「うん。毎回やってるわけではないけどね、翔太郎が来るまでの数分だけでも、指動かしてるだけで準備運動になるしね。その為の(曲)」
-- いつか一曲分の長さにして翔太郎さんにも弾いて欲しい、竜二さんにも歌って欲しいって言ってました。
「ん? それ多分俺があいつに言ったんだと思う。どうする、これで曲作る?って言ったら、いつかはそうしたいですね、凄い曲になると思いますって。でもその時は今以上の練習曲書いて下さいねって言うから、面倒臭いって(笑)」
-- ラブコール蹴ってるじゃないですか(笑)。
「あははは!」
-- その二人だけの練習中、大成さんはよく目を閉じていらっしゃるんですよね。今頭の中では翔太郎さんのギターが一緒に鳴ってるんだろうなと想像するんですが、聞こえてくる音はそれこそギターリフ並みに速い大成さんのフィンガーピッキングと繭子の超高速連打です。始める瞬間は顔を見合わせて無言で始まるんですが、すぐに大成さんは目を閉じます。まあ、サングラスをされてる事がほとんどなので、いつもかどうかは自信ありませんけど。
「ふふ、うん。それで?」
-- 大成さんがご存じなのかお聞きしたいんですけどね。お二人で高速連打と高速リフを練習された後、ドン!って曲が終わった瞬間、涼しい顔をしておられるあなたの横で繭子がスティックを握った手を肩まで上げて『ぶるるる』って武者震いする事があるんです。
「何それ、知らない(笑)」
-- そうなんですよ!ちゃんと大成さんを見てるんですけどね、大成さんはほんと、ケロっとした顔で汗一つかかないんです。そんなあなたを繭子はとても嬉しそうな顔で盗み見ていますよ。
「あははは!」
-- やはり私は、大成さんは物凄いプレイヤーなんだと思います。
「ありがとう。よく分からない話の流れだけど、嬉しいよ」


-- 一年を通して何度もスタジオ練習をお伺いしました。その中で新曲が作られる大変貴重な過程を見せていただく事もあったわけですが、当初思い描いてたよりも幾分和やかで、大人しい印象を受けたのは今でも変わらないないですね。
「もっとガンガン揉めながら作ってると思ってたんだよね」
-- はい。怒号が飛び交う中、『何やってんだお前!』とか『違う違う、全然分かってねえな』と罵りあうような、そんな鬼気迫る現場だと思っていましたが、実際骨組みに血肉を付けていく過程ではそんな事一切ないんですよね。
「怒号が飛び交う現場って何だよ(笑)。イライラカリカリする奴らはいるかもしれないけど、そんな声荒げて揉めるくらいならやめちまえって思うよ」
-- でもありましたよ。さっきまで普通に話してたのに、急に立ち上がってドアばん!って開けて出て行って、そのまま帰って来ない人とか。
「なんで、喧嘩で?」
-- そうですね。でもそういう分かりやすい理由なら良いですけど、本当よく分からない人達にも一杯出会いましたから。
「そうなんだ。うちは制作に関してはとりあず過剰なまでに血肉を付けて、演奏を繰り返すうちに削ぎ落してくやり方だからね。組み立ての段階で揉める事はまずないし、傍から見れば物凄くスムーズに曲が出来上がってるように見えるみたいだね。だけど実際は繰り返す演奏量が半端ないのと、拘るポイントが細かすぎてお互いが違うパートに対してお任せになっちゃう部分が多いんだよ。信頼もあるしね」
-- そのようですね。
「互いの音の摺り寄せとかは二言三言言うだけで理解してもらえるし、実際やってるうちに自然とお互いのやろうとしてる事が分かってくるからね」
-- そこはベテランバンドの強みですものね。
「そうだね、それもあるし、やっぱり実際に演奏してみないと分からない事がほとんどなんだよ。曲自体もそうだし、物凄く速いフレーズを要求されたり、したりするし。あと手数が多いから口で説明されたってすぐには分からないしね。やってみて、なんだそれって大笑いする事は一杯あるけどね、付いて行けねえよと(笑)」
-- なるほど(笑)。あ、制作風景で言うと私、今でも印象に残ってるシーンがあって。
「うん?」
-- 翔太郎さんと大成さんがボリュームを落としてAメロのラインをひたすら反復して、それに合わせて竜二さんが歌メロを当てていく作業なんですけど、ちょっと嘘みたいな速度で曲が出来ていく過程を見て『これ絶対からかわれてる、こんなわけない』って信じられなくて。
「あはは、まあ、そんなセッションみたいな作り方するのは、気の短い俺達ならではだろうね」
-- そこで完成させるわけじゃない、基本形を組み上げるだけだというのは今は理解していますが、初めはそれこそ度肝を抜かれました。リハか何かかなって思ってたら普通にそうやって全曲制作してますものね。
「歌当てを優先しないバンドも珍しいって言ってたね。どんどん音だけ先行で出来ていくって」
-- 竜二さん程の人でも曲に合わせるじゃないですか。セッションを得意とするバンドは割と多いですけど、あなた方はちょっと異端です(笑)。レベルが違います。
「そうかな? 合わせるって言っても、あいつはあいつで無茶苦茶やってるよ」
-- 知ってます。ですがほぼほぼ、あの方が自分の我を通す事はないですよね。大成さんなり翔太郎さんなりが用意した音の中で、これでもかと暴れ倒す人ですけど。
「あははは、なるほど、そうかもしれないね」
-- ですがその過程の中で特に印象深いのが、まだ出来上がっていない曲に対して翔太郎さんが竜二さんにこう質問するんです。『えっと、その部分て本番も伸ばす? ジャストで切る?(タイミングを合わせて歌い終える?)』って。
「あー」
-- 制作途中なんですよ。でもそれを受けて竜二さんが一瞬考えて『あー、伸ばしちゃうかもしれないなぁ』って答えるんです。そしたら翔太郎さん全部分かったような顔で『そっかー。了解ー』って。
「あははは!ほんっとに良く見てんね、普通そんな所気にも留めないと思うけど?」
-- いやいやいや、だって、ここ本当に凄いなって私皆さんの才能に震えた瞬間でしたから。
「作ってる最中にどれだけ本番のイメージが出来上がってるんだって事だよな。まあね、慣れたけど、凄い話ではあるよね」
-- 本当にそうですよね。どれだけ細部に神経使ってるんだとも思いましたし、尋常じゃないスピードで曲を構築して、すぐ演奏して、すぐレコーディングして、すぐに壊す。その繰り返しでどんどんどんどん音圧が上がっていくのが分かるんです。曲が固まって完成していく様が見えるというか。完成というか、形になっていく瞬間ですね。
「熟練職人みたいだってURGAさんも言ってたね」
-- 鬼畜だとも仰ってましたね(笑)。
「ああ、言ってた」
-- 実際運動量というか、頭も体もフルタイムで動かしながら目まぐるしく制作していく様は確かに、鬼気迫る何かがありますよね。そこにはちゃんとお互いの顔を見ながら話をする時間も、冗談を言う時間も含まれているのに、やはりピリっとした本気の空気がいつも漂っていました。
「嬉しいね、なんかそういう風に言ってもらえるのは」
-- そうなんですか?
「うん」
-- 何故ですか?
「何故? 何故だろうね。なんか嬉しかったんだよ今」
-- あはは。
「やっぱりうちは、気持ち悪い言い方するけど家族みたいなもんなんだよ。そういうメンツで作ってる物って身内受けで終わるんじゃないかっていう怖さも実はあって」
-- ああ、分かるような気はします。
「俺達だけがさ、格好良い連呼して盛り上がってるだけでさ、蓋開けてみれば誰からも見向きもされないんじゃないかっていう不安は常にあるよ」
-- 杞憂ですがね。
「いやいや、作り手である以上これは死ぬまで消えないと思うよ。なんならさ、今日だってずっと竜二はすげえ翔太郎はすげえって言ってるけど、この日本にだって上には上がいるだろうし、世界を見れば俺達なんて吹けば飛ぶような存在なんだよ」
-- 褌を締めて掛かるべきだと、常に。
「誰か一人くらいはそう思ってないとね、うちは皆自信家ばっかりだから」
-- あははは!あー、また馬鹿笑いしちゃった、すみません。
「構わないよ、そんな事」
-- 大成さんが頼られる理由はそこですね。大胆な面をお持ちなのに、やはり芯がしっかりと立っておられる。
「大袈裟だよ。だからさ、スタジオでもどこでも、仕事をしてる間はちゃんとしてたいなって思ってるから、時枝さんから見てピリッとした現場だなとか、URGAさんから見て鬼畜だなって言われる事は俺達にとってはありがたい意見だと思って」
-- なるほど。でも皆さん4人ともそこは本気で心配になるぐらい大真面目ですよね。
「うん。だから今俺が言った事は実は4人とも思ってるはずだよね。そこは本当に同じ方向向いてると思う」
-- 勇ましいお言葉ですね。
「ただまあ、これから先はもっと自分達自身の事に目を向けるのも必要じゃないかなって、思う時もあるよ」
-- 音楽以外の部分でという事ですか?
「そう」
-- これまでがちょっと疎かすぎましたよね。
「あははは、はっきり言うなあ」
-- すみません。
「いや、いいよ。でも疎かにしてきたと思って言ってるわけじゃないけどね。何度も言うように、やりたい事やりたいようにやって生きて来たからね。何かを犠牲にしたつもりもないし。ただようやく、思い描いた絵の一枚目が完成するなと思って」
-- はい。
「そこから先は、別に俺達4人の絵じゃなくたって、それぞれが思い描いた絵があってもいいんじゃないかと思って」
-- 解散するみたいな話に聞こえるんでやめてください。
「確かに(笑)。いや、何ってさ、色んな角度からバンドを見れた方が良いよなってのは、前々から思ってるしね。去年バンド活動と並行して色々やったけど、最後には全部ドーンハンマーに帰ってくるし、単純に面白いからね」
-- そうですね。
「竜二も翔太郎も繭子も、もっと欲張って欲しいしね。せっかく環境も変わって刺激も多いだろうから、そういう楽しみもあるよなって言う話」
-- なるほど、よく分かります。個人の生活を豊かにする事によって、全てがバンドの糧となって帰ってくると。
「そうだと思うけどね」
-- 夢が広がりますね。
「40超えたおっさんが夢を語るなってね」
-- 何を枯れた事仰ってるんですか(笑)。
「でも何より俺は、ようやく世界を獲りに行く姿を見せられる事が嬉しいよ」
-- はい。…え、織江さんとかですか?
「そうだね。織江もそうだし、アキラにも、カオリにも、ノイにもね」
-- お父様にも。
「そうか、そうだね。ああ、織江と言えばさ。何切っ掛けでそうなったのかちょっと忘れちゃったけど、このスタジオの話を二人でしてて」
-- はい。
「感極まって泣いちゃったわけ、あいつがね」
-- そうなんですか。それは、ここを離れる事に対する…。
「そう。まさに」
-- ああ、それはやはり、やっぱり寂しいですよね。
「寂しさももちろんあるし、あいつの話を聞いてると怒りも少し含まれてるように感じてね。ちょっと、俺自身傷ついたというかさ。…あって」
-- どこへ向けられた怒りでしょうか。
「あいつがこのスタジオを手に入れるために奮闘した経緯なんかを、俺は全部知ってるからね。俺達が世界を目指して必ずそこへ行くって事は確定事項だったけど、まさかこのスタジオを始めてたった10年で手放す事になるとは思ってもみなかったって、言うわけ。手放すって言うと正確には違うんだけど、生活とか活動の拠点を移すわけだからそういう感覚にもなるのは分かるし。この10年はとても濃密で、そこへ至るまでの道のりだって平坦じゃなかったんだよ」
-- それと同じだけの思い出がこのスタジオにはありますものね。
「だね。…先月実家に帰った時竜雄さんと話をしただろ? そん時、なんで日本じゃ駄目なんだって言われて、何言ってんだって反抗する気持ちで聞いてたけどさ、ここへ来て俺達はとんでもない大馬鹿野郎になってやしないかって、なんかそう思わざるを得ないんだよね」
-- アメリカ行きを、少し躊躇ってしまいますね。
「例えばじゃあ、分かったよ織江、アメリカには行かないよって俺が言ったとするだろ。でもあいつはそれを喜びはしないし、俺にそう言わせて『何言ってんのよ、そんなわけにいきますか』って答える事で心のバランスを取るような、そういう人間でもないわけ。相手に何かを望んで嘆いたり、泣いたりするような奴じゃないからさ。応えようがない分俺の方が参っちゃってね」
-- なるほど、そうでしたか。
「それにあいつ自身が、だからどうしてほしいって思ってるわけでもないってのは分かってるからね。もともとが、世界でプレイするっていう事を前提に組んだバンドだし、その為の努力の10年だったわけだよね。その結果が実を結んだわけだし、やめたいとかやめようとかそういう発想にはなりようもない。だけど織江がこのスタジオに込めた思いだって、相当なものを背負ってるし抱えてるんだよ。だからただ、ただ単純に涙が出るくらい寂しくて辛いんだってのが伝わって来て、俺は何をやってるんだろうなって、ちょっと思った。竜雄さんが何度聞いても理解出来ねえっていう意味も少し分かるなって。だって、そこに傷つく誰かや悲しむ誰か、寂しいと感じる誰かがいる事が分かってるのにさ、いいのかなって」
-- その問いかけに対して私は正解を持っていませんが、私が見て来たこの一年での話をすれば、やはり皆さんはアメリカへ行くべきなんだと思います。
「うん。…そうだと俺も思うよ」
-- そこにどうこう言いたいわけでは、織江さんもきっとないですよね。
「うん、違うと思う」
-- あまりクローズアップされる事を望まない方ですから、あえて話題に上らせはしませんでしたけど、織江さんて本当このスタジオ好きですもんね。皆さんが使用されていない合間に、スタジオの色んな場所に椅子を置いてくつろいでいらっしゃる姿をよくお見掛けしました。応接セットではなく敢えて別の椅子を持ち込んでみたり、竜二さんのポジションに立ってみたり、PAブースで座ってみたり。お相手は大成さんなり、繭子なり、私だったりでその都度違いましたけど、色々とお話をされているお姿はとても穏やかで、幸せそうな笑顔だったのを強く覚えています。
「うん。それは時枝さんがいるいないに関わらず、織江はずっとそうだからね。忙しい彼女なりの、それが息抜きなんだよ」
-- はい。あー、なんで泣けてくるのかな(笑)。以前、何故社長室がないんですかって聞いた事があるんです。名前はなんであれ、彼女が一人で仕事をする部屋がないのは何故だろうなって。すると織江さんはこう仰いました。


『この建物全てが私の居場所だから、特別部屋を設ける必要なんてないじゃない? 楽屋でもいいし、会議室だっていいし、別に階段でも構わない。机と椅子があれば書類整理は出来るし、今はパソコン一台、スマホひとつで何だって出来ちゃうしね。この建物の全ての空間に思い出を作りたいから、決まった部屋は欲しくないの』


-- その言葉を聞いた時、無欲で面白い発想をされる方だなという印象しか抱かなかったのですが、こうして大成さんから聞いた彼女の涙を思うと、胸が詰まります。
「そうだね。…このスタジオが完成した時にさ、皆でレコーディングした事があるんだって、前に織江が言ってたの覚えてる?」
-- はい。
「あれって織江が言い出した事なんだよ」
-- そうだったんですか。
「うん。織江は別に歌う事が好きとか、歌が最高に上手いとかそういう事ではないんだけど、本当にきちんとした人間だから、物事の節目を大切に考えてるんだよね。皆の誕生日だって全員分覚えて、毎年何かしらのプレゼントを渡してる。記念日や、本人がそうと自覚していない日にだって、あいつは自分から話しかけて、今日は何々の日だねって言って周りを驚かせてる。単純にそういう事をするのが好きなんだってあいつは笑うけど、でもやっぱりそれって凄い事だなって思うんだよ。好きだからって言うけどさ、そこを好きだって思える織江の人間性は俺からすれば、誰もが持ってる感覚と同じ物ではないと思うしね。ただイベント事が好きだとか、そういう目に見えるハッピーが好きなんじゃなくて、きっとあいつは自分の目に映る相手を本当に大切に考えてるんだと思うんだ。だから忙しい中イベントを立てて、…なんで泣くんだよ(笑)」
-- 分かりません(笑)。こういう所が私駄目なんですよね。
「そら翔太郎も変だって言うわっ」
-- あははは。
「うん。笑ってなよ、あんたはその方がきっと良い」
-- ううー、もー。
「あはは。それでさ、このスタジオが出来た時にも率先して、普段そんな事しないのに自分からレコーディングブース入ってあれこれ聞いてくるわけだよ。これは何?これはどこに繋がってるの?今これもう音録れるの?マーやナベなんかが嬉しそうにそれに応えてさ」
-- 目に浮かぶようです。
「そうだろ。そういう時のさ、あいつのキラキラした眼とか笑顔とか、本当格好いいよな」
-- ふぁい。
「なんだよ(笑)。それに時代的な話をすると、まだ当時はアキラを失った心の穴とか傷とか、そういうものが全然塞がり切ってない頃なんだ。なんとか皆前を向いてやっていこうなっていうこれからの時期に、このスタジオは完成した。織江の笑顔は今ももちろん素敵だけど、当時はリーダーシップすら感じる程力強かったんだ」
-- はい。
「俺の口から言うような事でもないんだけど、当時やっぱり誠がガタガタでさ。あいつは若い時にノイと出会ってるから、立て続けに大好きで憧れた人間を3人亡くすわけだよ。その前には自分の両親だってな。もうそんなのはさ、誠じゃなくたってボロボロになるよね。心が持たないと思うよ。そういう時代、そういう最悪の空気、それでも織江は一人歯を食いしばって、このスタジオをスタートさせたんだ。『泣いてばかりでは前に進めない。生きてる限り絶対に負けないから、見てて』って、あいつ俺に言ってたよ。凄いだろ?」
-- (言葉が出ない)
「本当言うと、誠はこのスタジオが出来たからと言って、今みたいにワー!って遊びに来れるような精神状態じゃなかったんだよ。それでも織江はじっくりあいつと話をして、何とかここへ呼んで。その時にさ、皆で記念に一曲録音して残そうかって言い出したんだ。びっくりはしたけどね、そこは織江の気持ちを知ってる俺達がワザとらしく盛り上げて」
-- (俯いてしまう)
「なんだよー、急に喋んなくなっちゃったなあ」
-- ええーっと。ええ、バンドの曲ですか?
「ううん。ぜーんぜん。なんでこの曲?って思うだろうね」
-- 私が聞いても分からないような曲という事でしょうか。
「どうだろ。年代的には知らないかもしれないけど、ジャンルは時枝さんの専門だよ」
-- 誰ですか?
「『U.D.O』の『アズラエル』っていう曲」
-- あ、え、知ってますよ!名曲じゃないですか!…え、アズラエル?
「そうなるよな(笑)。なんで?って。でもたまたまなんだよ。その時まだきちんと音を録れるようなセッティングなんかも出来てないし、機材の搬入自体完了してなくて。だから音源があれば歌録りぐらいは出来るよって程度でさ。翔太郎が車に積んでたCD持ってきて、そこから選んだのが『U.D.O』で」
-- なるほど。皆さんで歌われたんですか?
「そう。帰りに聞いて帰ってもいいけど、音源よりはビデオで見た方が面白いと思うよ」
-- 映像があるんですか!それはぜひ拝見したいですね。
「そういう所も織江っぽいだろ。もしかしたら録音失敗するかもしれないから、ビデオも回しておこうかって」
-- あはは!確かに!では『still singing this !』のような事を10年前にも一度されていたんですね。
「あー、近いかもね。メインボーカルは竜二だし、テツとかマー達は参加してないけどね。誠は『アズラエル』どころか『U.D.O』自体知らないからその場でサビだけ覚えてね」
-- 楽しいですよね、そういうの。確か女性コーラスのある曲ですよね。
「そうそう。でも門出で歌う曲ではないよね。お前の命を奪うぞぐらいな感じだよ確か(笑)。そこらへんに頓着しない感覚が面白いんだけど。記念って言ってもさ、この面子で何かやろうよって言う軽い気持ちでしかないしね、レックレベルも御粗末だし外に出せるような代物では到底ないんだけど、妙にワクワクする気持ちというのが、あの日のあの場には相応しいなって思った記憶が残ってるよ」
-- 織江さんの名プロデュースがあったわけですね。
「ホントそう。ただCD流して、それに合わせて俺達が歌ってるだけのカラオケ映像だけどね。その日ばかりは皆の笑顔が戻った気がする。ああいう事はきっと、竜二や翔太郎の口からは出ない発想だよな。俺も含めてね。さっきも言ったけど、織江は自分の目に映る人間の生活を大切にする人だから。ちゃんと前を向く為に顔を上げた記念に、ひとつここらで幸せな思い出でも作りましょうかねって言ってた。やっぱり、愛情を感じたよね」
-- なんて、凄い御人なんでしょうかね。
「そうだね。何をやるかというより、いつ、誰とやったかっていう事を大切にしてる気がするな」
-- あー、見たい、…見たい!
「あはは。俺も久し振りに見たいよ。10年前の俺達だもんね。…早いなあ」
-- しんみりしちゃいますね、やはり。
「時の流れは、って事だよ。毎年誕生日祝ってもらうだろ。気が付けば40だけど、自分の40歳の姿なんて全然想像してなかったし、織江が40になるなんて思いもしなかった」
-- それはタブーじゃないですかー?
「あいつだけじゃなくてね。この先バンドはどうなっていくのかなとか、考えた時にさ」
-- はい。
「俺個人としては、ここから先は未開の地なわけで。長く続けていけたらそれでいいんだけど、ただ同じ毎日を繰り返すなんて嫌だしね。さっき言ったみたいに何かしらまた面白い事見つけてバンドを続けていけたらいいけど、実際は、何も考えてこなかったからさ。10年前の俺は、俺達は、何を考えてたっけなーって思い返した時に浮かぶのは、俺はやっぱり繭子なんだよ」
-- …え!? びっくりした!
「あははは。…うん。…繭子なんだよね」

連載第59回。「伊澄翔太郎について」

2017年、2月下旬、某日。
伊澄翔太郎、ラストインタビュー。



カチ、カチカチ。「あれ?」、カタン。ボサ。ドスン。
シュボ。コン。ズズズ。スー。「…ふー」。


音楽雑誌の編集者として書くべきではないし、その必要もないのだが。
あえて書いてみる事の楽しさや、冒険を侵す事にも意味があるのだと、己に対する言い訳を理由に白状したいと思う。
私は伊澄翔太郎に恋をしているかもしれないと、本気で思った季節があった。
それは間違っていたと振返るのは失礼なのかもしれないが、やはり恋愛の感情とは違う。
しかし確かな愛情を持ってこの男を見ていると感じる瞬間を、自分でも自覚する時がある。
ソファに腰を下ろすなり煙草に火をつけ、携帯を触るいつもの光景。
今この瞬間も彼の中では恐ろし程の速さでメロディが流れているのだと想像する。
眼にも止まらぬ速さで弦を弾く両手・両指、手首から肘までの太く血管の浮き出た腕。
ただ彼が動いているのを目にするだけで、この人と出会えてよかったと身震いする。
自分の人生はそれだけで幸せだと思える。
彼のような存在に巡り合う事はこの先もないだろうし、
同じ気持ちにさせてくれる人は、決して現れる事はないだろう。


-- ひとまず、今日で区切りです。
「(携帯を傍らに置き、煙草を深く吸い込んで微笑む。私の事は見てはいない)」
-- なんか言ってくださいよ。
「そのー。なんだよ」
-- ええ?
「ちゃんと楽しんだか?」
-- (言葉が出ない)
「俺は楽しかった。だから、ありがとう」


やはりもう駄目だと、私には無理だったと諦めざるを得なかった。
彼との約束は結局、全く守れなかったに等しい。
私は深く頭を下げるとせめて泣き顔を見られない角度で、ごめんなさいと謝った。
これまで自分の仕事に誇りを持っていたし、こう見えて、責任を背負う事にプレッシャーを感じるタイプでもない。誠意を持って真面目に当たれば大抵の事はクリア出来たし、高い壁もよじ登れると信じて生きて来た。しかし言葉に出して交わした約束を、ここまで守れない人間であった事に私自身打ちのめされる毎日だった。
ただ泣かなければいいだけだったのに、結局、泣いてばかりだった。編集者という名の、取材記者という肩書きを振りかざすだけの、ただのファンでしかなかったのだ。その事が今猛烈に悲しかった。
伊澄の言葉に責められていると感じたわけではない。ただ敬愛する彼を前に、不甲斐ない姿しか見せられなかった自分が、恥ずかしくてたまらないだけだ。私は今まで一体何を大切に握りしめて頑張って来たのだろうかと、己を疑う気持ちにさえなった。それ程までに、彼の言葉を納得した上で心に決めたつもりでいた。
彼の前では泣くまい、取材中に涙を流すまいと、自分なりに真剣な誓いを立てたつもりでいたのだ。しかしたった一言、優しくちょんと突かれただけで私の心はいとも容易く震えてしまう。そんな私を見透かす様に、伊澄翔太郎はこう言った。


「俺も悪かったと思ってる。あんたにあんな事言うべきじゃなかったな」
-- そんなわけないじゃないですか。私も、翔太郎さんの仰る事をその通りだと感じたから約束したんです。全然守れてなくて、申し訳ありませんでした。
「いやいや、そうじゃないんだよ。なんつーかな、…あ、誠に怒られたんだよ」
-- (笑)、いやいや、嘘ですよ、誠さんが翔太郎さんに文句言うわけないです。
「ほんとほんと、『他人の生き方に口出しする程偉かったっけ?』って」
-- 絶対ウソだ!!
「あははは!」
-- 私が一番感じたのは、私が勝手に一方通行で感情移入しているだけだと言う事実を直球で突かれた事もそうですし、誰かを感動させるための思い出じゃないんだというあなたの言葉を聞いた時、それが鉄球のように重かった事です。
「そんな事言ったかあ?」
-- はい。音楽って、やはり感動を生むと思うんです。でも私が涙してきた場面は、やっぱり怒られてしかるべき場面だったなと自分でも思います。歌や、音や、演奏とは関係のない人間的なバックグラウンドを覗き見て、勝手に胸を震わせていたわけです。それって、自分で言うのはおかしいですけど、卑怯じゃないかって思って。
「卑怯?」
-- はい。取材する側の人間として自分の立ち位置を見失っているなとも感じました。私は、私に話してもらっているわけではないにも関わらず、全てを私一人が堰き止めてしまっていました。私ではなく日本中の、世界中の人々にあなた方の魅力を伝える役目を担うはずが、勝手に感動して、勝手に想像して、なんだかぼんやりとした輪郭のない涙ばかりを垂れ流していたのだと思っています。
「勘違いすんな」
-- (驚きで言葉に詰まる)
「俺達は世界中の誰かに向かって話をしたつもりなんかない。あんただから話をしてるんだ」
-- いやー、あの。そういう風に仰ると、また。
「俺はあんたを勘違いしてた。あんたは俺達を理解した気になって無意味に涙を流してたわけじゃなかった。あんたはずっと不器用に、その必要もないのに俺達を受け止めようとしてくれてたんだなって。だから悪かったと思ってる。これまでさんざん泣きはらして来た俺達が、…俺が、ひと様に向かって泣くななんてよく言えたもんだなって思うよ。悪かった」
-- 違います。私は嬉しかったです。怒られると言う事は、それだけ自分達の生き様に誇りと信念を持っている方達が、私に偽りのない言葉を話してくださっている事だと分かったからです。翔太郎さんが間違うはずがありません。あなた方が過ごしてこられた激動の40年を、ほんのついこないだ出会ったばかりの私が理解できるわけがありませんし、分かったような顔で頷く事など言語道断だと思います。だから。
「初めて会った日の事を思い出すとさ」
-- は、あ、あ…はい。
「考えてみれば初めからそうだったんだよ。自分を曝け出す事に抵抗のない、剥き出しの馬鹿」
-- はい(笑)。
「そういう人が流す涙っていうのはさ、俺の言った思い出し笑いとはまた違うんだろうなって。自分と比較してとか、何かを思い出してとか、そういう事じゃなくってさ、その場その場の、なんとか相手を受け止めようとして溢れた気持ちの、その零れちまった部分なんだろうなって考えると、時枝さんの涙ってのは随分と優しいんだなって、そう思ったよ」
-- (号泣)
「あはは。今のそれはどうなんだよ、なあ(笑)」



-- 初めてお話を伺った時、繭子の印象と平行して、翔太郎さんの天才っぷりにも話題が及びましたね。
「ああ、そんな話したな」
-- 正直に言うと、その時私が抱いていた翔太郎さんの印象は、今完全に消えてなくなっています。
「あらら」
-- 天才という漠然とした印象はなくなりました。しかし評価が下がったわけではありませんよ。むしろ逆です。翔太郎さんは、私の大好きの塊です。
「全然ピンと来ない。ちゃんと考えて来たのか?」
-- あはは。いえ、全然考えてません。
「おい」
-- 大成さんの時もそうでしたが、本来のインタビューという意味での取材はもう私としては終えた物と考えています。
「喋りつくしたもんな」
-- 音楽的な事も、人として大切な記憶も、抱えきれないぐらい多くの事を語って下さいました。ただ私としてはそこで終わりにしたくなくて、今日があるわけです。しかし、特にテーマもありませんし、前もって用意してきた資料もありません。
「何気にカメラ以外手ぶらってなかったよな。いつも分厚いファイル抱えてたし、ペンもノートも膝の上にあったな」
-- はい。今日は何もなしです。ただ、お話がしたくて。
「おお、きゅんとするなあ」
-- ウソばっかり。誠さんにお伝えしておきますね。
「どうせそのうち来るから。言えるもんなら言えよ」
-- なはは、無理です!でも翔太郎さんは、私が思う私の好きな物や好きな事の塊なんですよね。理想や目標の塊のような人です。愛情、実行力、希望、自信、優しさ、自分に対する厳しさ。常に持っていたいしそうでなければいけない、大人とか社会人とか、そういう枠組みを取っ払っても、そこを軸にして立っていたい大事な物を、とにかく塊にして人型にしたような方です。
「そうかー。プロでもちゃんと纏めないとこんなにグダグダな喋りになるんだなあ」
-- 何でですか!分かるでしょう!?
「分かんねえよ、なんかちょっと怖いし」
-- あははは!あー、また馬鹿笑いしちゃった。
「なんで、それも禁止してんの?」
-- いや、そこはだって、遊びに来てるわけじゃないですから。それこそ何、我を忘れてるんだって話じゃないですか。
「そこはでも、皆褒めてたよ」
-- ええ、そうなんですか? 意外です。
「これだけ喋っておいて今更ウソ言うなって思われるかもしれないけどさ、俺も含めて繭子以外、誰もが本当は普段、そんな喋んないんだよ」
-- …分かる気がします。
「本当に?」
-- はい。私の立場からは言えませんけどね、そんな事。でも、色々な意味できっとそうだろうなと思います。他の方の話をするのもあれなので翔太郎さんの事だけ言いますけど、翔太郎さんはきっと『無言実行』タイプだろうなと思っていました。翔太郎さんの場合は、言わなくていい事は言わない、言わなくてもやれるなら黙ってやればいいっていうお考えの方だと思っていて。
「へえ」
-- 自分からベラベラと、あーでこーでと仰る方ではないと思っていました。
「時枝さんは、喋りたい人だっけな」
-- はい。もう言いたくて言いたくて仕方のない人間です。
「あはは!あー、正直だ」
-- はい。
「まあ、こっぱずかしいから俺の事は置いといて、竜二も大成も、織江はそうでもないけど、なんなら本当は誠も、普段スタジオ内で楽しくお喋りっていうタイプじゃないわけ。繭子は年が一番下だし、とにかく気を使う奴だからさ、俺達の間を取り持つように話を振って距離を縮めようとするんだ。分かると思うけど、別に仲が悪いわけじゃないし、喋ろうが喋るまいが関係性に何も変化はないんだけど、繭子はとにかくそうしたがるタイプなんだよ」
-- はい。
「なんかそれが昔の誠に似ててさ。そういうあいつを見て、俺や誠が弄って遊ぶんだけど、この取材が始まってからは時枝さんが弄られ役になってくれて、聞き役を務めてくれるようになったおかげでさ、もうとにかく繭子が明るくてな。さっきみたいに馬鹿笑いして話を聞いてくれてる事がとにかく、何だろ、楽になるというか、そっち方面はこの人に任せておけばいいや、俺らはこっちに集中しよって。結果俺達もなんだか楽だった」
-- ありがとうございます。そんな風に思ってもらっていたとは、全然…。
「言い方変だけどさ、仕事しに来てるんだけど、半分遊びにも来てるって繭子も俺も思ってる所があって」
-- 翔太郎さんもですか?
「うん。違う違う、仕事仕事って思い返すんだけど。見た瞬間『お、来た来た、繭子ー』って思ってる部分もあって」
-- それは、心から嬉しいですね。仕事と言う面においても、きっとそれはインタビュアー冥利に尽きると思います。
「…泣きながら喋ってると全然何言ってるか分からない」
-- 活字化した時はばっちり読めるようにしておきます。
「はい」
-- はい。
「あと音楽の話しないのがいいね」
-- あははは!絶対ダメな奴じゃないですか!
「冗談じゃなくて、本当に」
-- してましたよ!
「後半全然してないだろ(笑)」
-- えええ!?してたと思うんだけどなあ。
「要は俺達についてのあれやこれやは正直聞きに来る必要ないぐらい詳しいだろ。そんなの『はい』『いいえ』しか答える事ないし(笑)。それはもう音楽の話じゃなくてバンドに対する確認だったり、ただの感想だったりな」
-- 面目ない。
「いやいや。所謂音楽雑誌としての真骨頂というか、よりマニアックな方へ舵を切ってく見せ方とか読ませ方とかあるだろ。機材の話とか、曲に対するこだわりとか」
-- ええ。
「知っての通り俺達皆そういうの嫌いだろ?」
-- はい(笑)。
「ある程度協力したつもりではいたけどさ、そこを更にもっともっとって、無理くり掘り起こそうとしてたらこの企画は早い段階で蹴ってたかもしれないよ」
-- え!そうなんですか?あっぶなー。
「あはは。言っても一応はなんていうの、定期購読みたいなのしてるだろ、それはBillionだけじゃないけど」
-- はい。いや、うちはバイラルには献本してるはずです。
「ん?」
-- 無料でお届けしてます。
「タダなんだ。それはそれは。それで一応ざっとは目を通してはいるんだけどさ、まー、興味なくって」
-- ちょっと!
「そのー、音への拘りとかデモ作りの基礎コーナーとか、愛用機材紹介のコーナーとか」
-- 怖い怖い怖い!(笑)
「いやいや、好きな人は好きでいいよ、そんなの。ただ俺達が興味ないだけであってな。でも時枝さんのコーナーだけは皆ちゃんと読んでて、バカ笑いして」
-- なんで!?
「いや笑うだろ。あのファーマーズでの回とかさ、名言だよなあ。『胸が、張り裂けそうだ』」
-- いやだ!
「あははは!」
-- でも本当にそうだったんですよ!本気で!
「分かってるよ。俺達は分かってるよ。でもそれを情熱と勢いだけで記事にして採用させるって力業だよなあっつって、しばらくは影であだ名が『ハリサケ』になってたんだよ。お、『ハリサケ』来たぞって」
-- そうなんですか!? でもちょっと格好いいじゃないですか。
「ウソだろ!?」
-- あははは!
「でもそういう部分なんだよな、実際読んでて面白いのって。吉田さん(編集長)も庄内もちゃんとバランス見て作ってんだろうなって感心するけど、俺達に関して言えば、正直専門的な話なんかしたくも聞きたくもないから」
-- でもちょっと、意外ですよね。
「なんで?」
-- 私としては、皆さんのそういう感覚を分かり始めてからは避けるようにはしてたんですけど、本来翔太郎さんや大成さん程ご自身の楽器に精通していらっしゃったり、それこそ超絶的なテクニックをお持ちだと、自慢と言う表現でなくたって、言いたくなると思うんです。そういうアーティスト側の欲求と読者のニーズが上手く噛み合って特集が生まれるわけなんで。
「んー。分からないな」
-- その、欲求がないという意味ですか?
「うん」
-- 全くですか?
「ギターの話とかベースの話だろ?ないな。それはゼロだな」
-- 改めてびっくりです。
「別に取材がどうとか関係ないけどな。昔からそんな楽器マニアでもないし。大成にしたって、詳しいは詳しいし聞けば答えると思うけどさ、なんだろうな」
-- 機材の説明やそれぞれの違いなどはよく話してくださるんですけど、実際それがどうバンドの音に影響しているかとか、そういう具体的なエピソードはあまりお話しになりたがらないイメージです。
「それはでもマー(真壁)に遠慮してるっていう部分もあるかもな。そういう話はあいつの専門だし。要はさ、俺にしたって7弦ギターだからどうとか、難しい譜面を弾くためにはどこに重点を置いてるかとか、アレンジの癖とか、そういうのって演者が独自で開発していけばいい裏話であって、読者とかファンに伝えたい事ではないんだよ、全く。そこはウチのは全員そう思ってるし。もうCD買ってそれ聞いて『すげえ!なんだこれ!』って言ってもらえるかどうかが全てだから」
-- そうですね。ど正論です(笑)。
「だろ?そのはずなんだけどさ。…だから、初めて時枝さんがウチ来た時に、頭おかしいんかなって思うくらい全部曝け出しながら、ぐちゃぐちゃんなって喋り倒したあんた見て、面白い奴が来たなーって、ちょっとそういう壁みたいなのを壊す人だなって感じて、テンション上がったんだよな」
-- あはは、ありがとうございます。…ディスられてませんよね?
「一応な(笑)。音楽の話だってさ、俺達を前にして話題にはするけど、実は全部内面的な話ばかりだったりして」
-- 私は、人を見つめ過ぎたのかもしれませんね。
「それって本当は日本のパンクバンドとかにやるようなアプローチだと思うぞ」
-- そうですね。人間賛歌みたいなテーマのバンドとか。
「メッセージなんかない!って言ってるバンドに、ずーとメッセージ性を求めてたしね」
-- 今でもそうですよ。そこいらにいる凡百のバンドより数万倍も人間らしいエネルギーを放っているバンドだと思ってますから。
「まだ言ってんのか(笑)」
-- ずっと言い続けますよ、こればっかりは。
「はいはい」
-- かと思いきや、物凄くバンドとして誠意のある発言をされてたりとか。
「どんな?」
-- 『ギターが一番楽をすることは恥ずべき事だと思っている』。
「ああ。…誠意?」
-- そう思います。プレイヤーとして、これほど心強い発言はないですよ。
「それはだって、多分その時も言ったけど、ギターという楽器その物の話より俺の事を言ってるわけだしな。バンドとしてってのはそうかもしれないけど、一般論じゃないし、誠意とかって言われても」
-- 具体的な事をもう一度お聞かせいただいても?(雑談中に聞いた言葉なので撮影が出来ていなかった)
「だから竜二。あいつを見てたらその凄さが分かるだろ」
-- はい。
「うちで一番エネルギー使ってんのはやっぱりあいつだし。あの歌であの演奏だよ。一番前に立って、一身に視線を浴びて、堂々たる筋肉」
-- あはは。
「酷使してると思うよ、色んな所を。運動量で言えば繭子もそうだけどさ、あいつらに甘えるわけには、やっぱりいかないんだよ俺としては。ギターバンドだって思いたいし、言わせたいし。マーを押し退けてまでギター担いでんだから、それぐらい言わせないと俺が入った意味がないだろ」
-- はい。あー、また『はい』とか言ってる。はいじゃねえよアホ。
「あはは! 面白いなあ、アンタは本当。でもさ、これまだ言ってなかったと思うんだけど。昔マーがさ、クロウバー辞めた後俺んトコへ来て言うわけ。『別に今すぐじゃなくたっていいとは思うけど、お前調子に乗ってうかうかしてっと一生竜二に追いつけないぞ。あいつ、本気で凄いからな』って」
-- うわわわわ!
「な、ちょっとドキドキしたもん俺(笑)。そうかー、あいつ、そんな事になってんのかーって。実際アキラと4人で音出した時に、なるほどなあって。うん。上手い下手とかね、良い音悪い音って意味でもないんだよ。一番俺達が求める物があいつにはあって。言葉では上手く表現できないけど、聞いた瞬間鳥肌が立つくらいクソ格好いいなって、それは今でも思ってるし、そういうあいつの横でやる以上少なくとも俺は一番努力をしようと思ったよ。別に人に言われたからでもなんでもないけど、素直に、楽してあの場所にはいられないなと思う」
-- ううううわあああ!
「良い事言った俺今?」
-- …かなり。
「目ェキラッキラしてるぞ」
-- かなりですよ!
「じゃあ帰っていい?」
-- 駄目です(笑)。
「だと思いました」
-- 本当にちゃんとしてますよね。
「何、俺が?」
-- 今ここで庄内って言ったら私バカですよね。
「…どっからあいつが出て来た?」
-- ウソです、翔太郎さんです(笑)。
「そんな風に見えたならいいけど、実際は違うよ。全然違う」
-- まあまあ、皆さんそう仰る事は想定内ですけどね。
「だから何を見てそう感じるかなんじゃない? 俺なんて適当に思い付きで生きて来ただけからな」
-- 本人が仰るならそうなのかもしれませんけど。でもその時々の、物事への向き合い方は非常に誠実ですし、全力ですよね。
「いやいやいやいや、何言ってんだよ。それはきっとバンドの事に対して言ってるならそうかもしれないけど、そこ以外は俺本当にダメ人間だから」
-- ダメ人間って事はないでしょう。
「何を知ってんだ俺の(笑)」
-- まあでも、結局はバンドに対して全力であるからこその伊澄翔太郎なので。正直そこ以外が下衆でも関係ないんですけどね。
「下衆ってお前」
-- 下衆じゃないからこそ言えるんです。
「時枝さんにとっては何が下衆なの」
-- 不誠実である事です。
「誠実or下衆なのか。極端だな(笑)」
-- バンド以外の面で翔太郎さんがそうだとしても私に何かを言う権利はありませんし、そこを深く考えた事もなかったです。ですが今となっては、音楽家としての顔以外の部分には興味がないのかと問われれば、実はそういうワケでもないんですけどね。
「うん、そんな感じするな。でもギター弾いてない時の俺なんて何もしてないのと同じだし、飯食って、酒飲んで、寝てるだけだからな。下衆になりようがないな。だからそういう何もない生活について語るとするなら、色んな意味で誠に出会ったのが大きいんじゃないかとは思うよ」
-- へえ、そうなんですか?
「もう年も年だし、放っておかれてもなんとか生きてはいけるけどね。俺ら3人ともがさ、そこらへんの奴よりはきっと底辺でも平気な顔で生き抜く図太さはあるだろうしね」
-- あ、すみません、冗談を仰るのだと思って適当な相槌打っちゃいました。
「ふふ、適当でいいよ、こんな面白くもなんともない話。使えないよ」
-- 使いますよ。
「使えるんならいいよ」
-- (笑)。でも、織江さんがいらっしゃるじゃないですか。
「…どういう意味?」
-- あの人が側にいれば、誰もが真っ当に生きていけると思います。
「うーわー。信者みたいな事言うなー」
-- 信者ですもん。
「あいつ何やったんだよ(笑)」
-- 何でそんな事言うんですか?
「目が怖いって。あ、でも織江と言えばさ。前に、一番俺が変わってないみたいな話してたろ。それってやっぱり俺の適当な部分が昔っからそうだってのがデカいと思うんだよ。あん時は冗談ぽい流れにしたけどやっぱり、竜二と大成には人間的な真面目さとか、そういう部分で勝てないよ俺は。どっかで今も大抵の事はどうでもいいと思ってるし、直そうとも思わないしな」
-- 自分の事適当だって言う人は、本人的にはそう思ってない事多いですけどね。
「(苦笑)」
-- それに翔太郎さんの思っているご自分の適当さと、世間に溢れている適当は同じ水準ではありませんよ。
「だから買い被り過ぎだって。この一年誠と話して、俺のおかしな話聞いてきたんだろ?」
-- お話は、はい、もう、一杯聞きました。おそらく翔太郎さんが予想している以上に、プライベートな過去の話をお伺いしてます。
「まあ、それもある程度は聞いてるよ」
-- あはは、誠さんですもんね。黙ってるわけないですよね。
「あいつはあいつで何か熱っぽい目をする時あるしさあ、あんた実は物凄い人なんじゃないか?」
-- ええ?(笑)。熱っぽいとはつまり、どういう場面でですか?
「今日こんな話したよー、明日はこんな話するよー、いいよねえ?って俺に迫って来るんだよ。いいよねえも何も話す気満々だから俺の返事なんて聞きやしねえよ」
-- 何か、すみません(笑)。
「笑ってんじゃねえか」
-- でも、まるでその場にいる錯覚を起こしてしまいそうな程臨場感のあるお話をしてくださいましたが、今まで一度だって翔太郎さんをおかしな人だと感じた事はありません。もの凄く面白い人ではありますが(笑)。
「じゃああいつが相当美化して話してんだな」
-- ふふふ、そうかもしれませんし、あるいは私の中に揺るぎない信頼があるせいかもしれません。
「そんなに思われる程俺何かした?」
-- 私にではありませんよ。それこそ誠さんだったり、繭子だったり。もちろんバンドマンとしてでもありますが。
「ああ。キャリア的な事な」
-- だけではありませんが、誠さんが翔太郎さんの話をされてて必ず仰るのが、とにかく優しいの一点張りなんです。
「あははは!それは確かに面白い!」
-- 凄いんですよ。繭子のように『私の口から言う事じゃないかもしれないけど』みたいな遠慮や前置きをする事もなく、極自然に翔太郎さんの人間像をまるで自分のエピソードのように語って下さるんです。そこには迷いがなくて、本来私がやろうとしていた『近しい人間の目を通してバンドを見る』という事を彼女は、翔太郎さんを相手にしてくださった事になります。
「うん。それで?」
-- 誠さんの語る翔太郎さんは、もう、世界最強かもしれません。
「あははは!やった、世界最強」
-- ごめんなさい、私今日本当に喋れてないですね(笑)。一体何を子供みたいな事言ってるんだろう。あーあ。
「まったくだ(笑)。でもやっぱりさ、強くあろうとしたっていう部分で、誠の存在は大きいんじゃないかなと思って、そこは割と自覚あるよ」
-- 強くあろうとした?
「面倒臭がりだって言う点でも、誰が何と言おうが基本いい加減だしさ、人に誇れるような生き方もしてこなかったし、どっちかって言うと後ろ指差されたり、笑われたり、蔑まれたり。そういう側の人間だったから、どっかで今でもいじけてる部分てあると思うんだよ」
-- …はい。
「ちゃんと生きようとかちゃんとしていたいって思った事もなかったけど、誠と出会った事によって自分でも変わったなって思うのは、考えるようになったって事だと思うんだ」
-- 考える…。
「うん。ちょっと、長いかもしれないけど、聞く?」
-- はい、是非お伺いしたいです。どこまでもお供します。
「あはは、期待した以上の返事をどうもありがとう。やっぱり面白いよ、アンタ」
-- ありがとうございます(笑)。
「…関誠って女はさ。ちょっと、…ちょっとじゃないな、大分、変わった女で。例えば俺が誰かに対して何か問題を起こしたり、まあ喧嘩でもなんでもいいけど、あった時にさ。仮に俺が100%悪くても平気で俺の味方をするんだよ。それによって『何あの人、あんな奴の味方なんかして。どういう神経してるんだろ』って他人に思われる事を全く恐れないような人間でさ。判断基準が正義じゃないんだよ。世間的に見るとそれは危ない事だし褒められた事ではないって、織江なんかも言うし俺もそう思うんだけどね、やっぱりここだけの話、どっかでそういうあいつの気持ちをアテにして生きてる自分もいてさ。…分かるか?」
-- (頷く)
「うん。単純な話、嬉しいよな。どこまで行っても自分の味方でいてくれる人間がいるって。具体的な事話すとややこしくなるから言わないけど、実際に、そういう場面を何度も経験してきてるから、俺の思い過ごしとか思い込みでない事は確かだよ。お前どんだけ問題起こしてんだって話だけど、ある程度は時枝さんの耳にも入ってるかもしれないな。…でもさ、あいつはもちろん馬鹿ではないんだよ。どっちかって言うと、俺なんかじゃ天井が見えないくらい頭良いんだって思ってる。だから本当は何が正しくて何が間違ってるかなんて、あいつはすぐに答えを出せるはずだし、どっかで自分の中の正義を殺して俺の側に立ってるって事なんだよ。そういう時のあいつの、はち切れんばかりの笑顔がさ、苦しいとまで言うと失礼な話だけど、やっぱり申し訳ないくらいの事は思うわけだよ、こんな俺でも。でも、…お互い特殊な人生を歩いて来た人間同志でもあるから、あいつはあいつで、そんな事は屁でもないよって。誰かを、俺を、喜ばせる事が出来るなら何でもないって、そういう考え方なのも俺は分かってるからさ。傍から見て良い悪いはあるにしても、俺達二人がそれで良いなら、もうそのままで良いよなって。このまま行こうかって、なんとなく暗黙の了解みたいなのが出来上がってると思うんだ。…言ってる事、分かる?」
-- はい、とても。
「まあ、今日まで付き合ってくれてんだし、何となく分かるか(笑)」
-- はい。皆さんがお付き合いして下さったおかげで。
「でもさ、俺なりに一つ自分に誓いを立ててるというか、そういうのがあって」
-- 誓い。
「時枝さんの目から見て誠って、まあ普通に面白くて、優しくて、よく笑う、…なんかそんな感じだろ?」
-- 女版・伊澄翔太郎です。
「…それあんた色んなトコで言ってないか?ちらほら聞くんだけどどういう意味なんだよ」
-- ひたすら面白くて格好良い女の人です。
「お、おお、ちゃんと定義づけしてんだな」
-- あはは、はい。
「まあそういう感じだろ、誠はやっぱり。でも俺に言わせれば全然違うんだよ。あいつは、皮を剥いて剥いてしてった時に最後に出てくる小さな大人しい誠こそあいつだからさ。あはは、それは皆そうか。でもそこまでしてようやく見る事の出来る誠の姿ってのを、俺はちゃんと知ってるし、そういうあいつを、俺は忘れずに覚えていたいと思ってんだよ。あんな、フリースタイルラッパーみたいな、社交的で明るいお洒落な女みたいなの、全然本当のあいつじゃないからさ。あいつはもっと繊細だし、もっともっと、人が思ってるよりずっと柔らかいというかね。本来は無口だし、優しいのはそうだけどな。まあ、笑うのもよく笑うか。…でも、うん、本当のあいつは目に見えない所にもいるから」
-- はい。
「おー、堪えてる堪えてる(笑)」
-- (苦笑)
「誠自身は普段あんな風だし、もしかしたら昔の事は忘れて欲しいって思ってるのかもしれないけどな。でも、出会った頃のあいつは偽り方も知らないような、武装も武器も何もない、それこそ剥き出しの子供だった。実際見てない人間にこれを言っても仕方ないけど、あそこまで人は落ちるし、実際そこにあいつはいたんだって事を俺は忘れたくない。もしいつまたそうなった時でも、俺は平気な顔してあいつの隣にいようと誓ったんだよ、自分に。別にこれは恋愛の話をしてるんじゃないぞ」
-- 分かってます。
「もう竜二や大成なんて放っておいてもどうにでもなるしな。だから俺は、そういう意味で、目に見えてる事以外にも考えておかなきゃいけない事ってあると思ってるし、誠に対してはそうでありたい。だから俺が強くあろうとするのは、誠のおかげだと思う」
-- はい。
「今自分で言ってても勘違いしそうになるのがさ。世間的によく言う『強い男とは』みたいなのは分からないし考えた事ないんだ。飲みの席でそういう話振ってる来る奴も嫌いだし、庄内とか(笑)」
-- (苦笑して俯く)
「ウソだからな? ただ何かあった時…漠然としてるけど、何かあった時はそれが何だろうと、自分の器の容量を超えようがどうしようが、絶対芋引かねえぞって(退かない)。心構えに近いのかな。世間的な強さの基準は分からないけど、誠に対して俺は絶対という言葉を使ってもいいし、そうであろうって。隠すような事でもないし格好良い事言いたいわけじゃないけど、唯一希望とか願望とか、そういう意味で思ってるのは、昔からあるな」
-- はい。
「長々と、ご清聴ありがとうございました」
-- いえいえ、すみません。最後までこんなで。
「考えてみれば本当不思議な人だよな。だって今でも俺、なんで泣いてんのって思ってるからな(笑)。だけど前ほど嫌な気持ちにはならないよ」
-- あはは、ごめんなさい。ありがとうございます。
「大前提だけど、大事な事って本当は人に言いたくないもんだろ。だろって、俺はそう思うんだよ。『あー、わかりますそれー』みたいなさ。共感されて、『大変でしたねえー』なんて勝手に過去や記憶や、その時の思いを共有してくれるなって思ってて」
-- はい、それはもう、もちろん。
「自分から話しておいて馬鹿言うなって思うだろうし、そもそも年末からこっち色々聞いてもらってるのは俺が言い出したからでもあるんだけど。聞く人のタイプによると思うけど、多分、…俺自身の事ならまだ耐えられる。でももうここまで付き合いが長いとさ、あいつらの事に関してだけは俺は許す事ができないんだよ」
-- もちろん、そうだと思います。
「今はなんていうか、時枝さん見てて思うのはさ。きっと、いわゆるキャパオーバー起こしてんだな、溢れちゃったんだなって。理解出来てないだろうし、感情が追い付かないで決壊してるんだろうなって思ってる。でもそれがアンタの生き様なんだろうな」
-- ありがとうございます。誠さんに対する思いは、事情を何も知らない人が聞けば怖いくらいの過保護だし、単なる惚気に聞こえてしまいそうな翔太郎さんの宣誓も、今の私には震えるぐらい嬉しくて、温かいお話です。
「あははは。まあ、過保護か。そうだな」
-- 私あの話好きです。このスタジオが完成した時に皆さんで『アズラエル』を歌われた時の。
「…っは!誰に聞いたんだよ。うっわー、懐かしい」
-- 大成さんです。
「ああー、へえー」
-- 当時誠さんのお加減が優れない中、スタジオにいる間ずっと、翔太郎さんが側にいて手を繋いでいたんだと仰ってました。ごめんなさい。…ここで記念に皆で歌って記録を残そうという話になった時、なんとかこのスタジオにお見えになられた誠さんに対し、翔太郎さんは普段絶対に人前で見せないような態度で接しておられたと、伺いました。
「…あいつ」
-- 先ほど私は敢えて、過保護だと言いました。ですがそれは全くそぐわない表現だと思っています。完全に打ち消すつもりで言いました。偽りのない翔太郎さんの優しさは誠さんにとって、どこまで行っても過ぎる事はなかったと思います。誠さんにとってあなたがどれほどの存在であるかは、この一年の間に、他の皆さんからたくさん教えて頂きましたから。
「人の事をベラベラとなあ(笑)」
-- はー。またやらかしましたね。
「そんな大層な話じゃないけどな」
-- (深い溜息)
「単純にさ、人に向かって『強くなれ』とか『しっかりしろ』とか、『前を向け』とか『顔を上げろ』とか。そういう格好良い事が言えないんだよ俺は。俺がそれを出来なかったか人間だから、もう、他人に対してそういう事思わないんだ。敢えて言うとしたら竜二と大成にだけかな。あいつらと俺は似た者同志だから、自分に言い聞かせるようなものだからな。ただ誠に対して思うのは、別に俺はあいつが強くなくたっていいし、あいつがもう歩けないって言うなら、それでもいいと思ってんだ。そんなのは俺がおんぶでも抱っこでも、お姫様抱っこでもなんでもして連れて行けばそれで済む話だから。それだけ」
-- (すげえ、と思わず泣きながらつぶやく)
「何て?」
-- 私はそうやって、その場で真剣に考えながら、常にちょっと遠い目でお話をされてる翔太郎さんにずっとドキドキしていました。
「はい?」
-- 私はこの先もあなたのような人を探し続けると思います。
「…え?」
-- だけども、絶対にあなたのような人はいないと思います。だから、こうやって出会う事が出来て本当に良かったんだなあって、そう思っただけでこの有様です。
「…ああ。あはは…あーりがーとー、う? 何て言えば良いんだよ(笑)」
-- 一つ、誠さんに関してお伺いしても良いですか。
「何?」
-- 誠さんが大病をされて、それを伏せたまま皆さんの前から姿を消した時。そして戻ってこられるまでの間、翔太郎さんは一体どのようなお気持ちで…。
「何でそんな事聞くんだ?終わった事なのに」
-- あの時の皆さんの事を、勘違いしたまま書きたくないからです。もちろん、絶対に書くという前提ではありませんが。
「同情してるわけじゃないよな?」
-- もちろん違います。
「んー。まあ、正直言うと、『うわあ、やっぱりつまんねえな。あいついないと色々面倒くさいな』って」
-- (ガッツポーズ!)
「はあ!? お前それはねえだろうよ」
-- はあああ、誠さんに早くお会いしたいです。
「なんで」
-- 彼女に聞いてください。
「あ、おい、それはずるくないか?」
-- あはは。あー、駄目だ。ダメダメ、あああー!頑張れよ私!
「(爆笑)、あい、頑張ってください」
-- あい(笑)。これは単純な興味になりますけど、誠さんと織江さんてどちらがより、頭脳明晰だと思われます?
「何だその気の抜けた質問は!」
-- そうなんですけど。でも却って今日ぐらいしかタイミングないですよ、バンドの話題に紛れ込ませるには無理がありすぎて。
「俺には分からないよ。二人とも俺なんかより全然頭良いし」
-- 全員という話なら私は翔太郎さんが一番だと思ってます。お話をしてみての感想ですが。
「大成じゃなくて?」
-- あー、あはは、難しいですけど、そうですね。
「織江じゃないかな」
-- へえ。
「俺が言うと贔屓にしか聞こえないかな」
-- 逆ですよ、誠さんと仰るのかと思いました。
「そっか」
-- やはり織江さんですか。
「実際どうかは知らないけどな。…例えば、学生時代なんかだとテストで満点連発して来てさ、連勝記録どこまで伸ばせるか、みたいな学習能力の高さだと誠が勝つと思うんだよ」
-- え、え、満点連発?連勝記録?
「そういうのを生で見てるし、織江も心底驚いてたから」
-- ええー!全教科ですか?
「さあ、そこまでは詳しく見てないけど、そうだと思うよ。テストの答案を織江が提出させてさ、なんでか最後は俺が管理するっていう流れになってたけど、100点以外見た事なかったよ。出会う前は知らないけど、俺達と出会ってからはずっとそう。他にやる事ないですからねってつまんなそうに笑うんだけど、そんなのウソだしね。あいつずーっと親戚の家帰らないで遊び倒してたから。印象的だったのがさ、推薦で入れる最高ランクの大学に筆記試験なしで入れたはずだったのにって嘆いてたよ、織江。両親を亡くして精神的にグラグラで、夜の街に出かけて遊び惚けていながら何なんだよこの学力の高さは!?って」
-- ひいいい!
「まあグラグラとかは言ってないけど(笑)。でも俺から見れば織江も似たようなもんだと思うよ」
-- レベルが違いますね、頭の良いレベルが。
「まあな(笑)。ただ織江の学生時代って周りに俺達みたいなゴタついた輩が多かったり、ノイの事で色々問題抱えてたから、勉強どころじゃなかったと思うけどね。成績自体は誠程じゃないと思うけど、それでも聞いた話じゃ常にテストの結果は学年トップだったって」
-- うっひゃあー。
「でもさ、やっぱりよく言うけど、頭の良さって勉強だけでは測れないと思うんだよ」
-- はい。そうだと思いたいですよね!
「あはは、勉強できない奴が言うと説得力ないよな」
-- そうですね(笑)。
「でもじゃあ例えば織江と誠どっちが頭良いんだって話になるとさ、やっぱり俺には織江じゃないかって思えるんだ」
-- 何故ですか?
「単純に長く生きてる分出来る事も多いし、これまでのあいつの生き方を思えば、頭の使い方を知ってる奴だってのは間違いないから」
-- ほえー。
「っは、ほえー」
-- ありがとうございます(笑)。
「織江が凄いなって思わせるのは総合力の高さなんだと思う。勉強が出来るだけじゃなくてな。多分今でもそうだけど、誠は絶対織江に勝てると思ってないし、勝とうとも思わないんだよ。もう、誠ぐらい頭の良い奴にそう思わせてる時点で、織江に軍配が上がると思うね」
-- あはは!確かにそうですね。
「俺にしてみりゃ二人ともF1マシンなんだよ。でも誠は自分でマシンを運転するタイプで。織江はきっと、最高記録を叩き出す為にアイルトン・セナを雇うタイプ。だけどそれをずるいと思わせないだけの努力をちゃんと他で示せる奴だから」
-- あはは!もう、完璧に納得しました。完璧なお答えだと思います。誰も反論出来る余地がないと思います。
「アイルトン・神波」
-- やっぱり翔太郎さんも頭良いですね。
「何言ってんだか」
-- いやいや、ご謙遜ばかり。
「そんな曖昧な判断基準はそもそもお前の中にしかないだろ。あ、すまん」
-- いえいえ。
「ほらほら、すぐお前とかいうし。織江に偉そうに敬語使うんじゃなかったのかよとか言っといてこれだから」
-- だって今のはワザとじゃないですか。
「…」
-- それぐらいは分かりますよ。
「面倒くさい」
-- あはは。あのー、先々月…去年の12月。誠さんとお話をさせて頂いた日に、翔太郎さんをお呼び立てした事がありましたよね。その時翔太郎さんが話してくださった、夢の話を覚えていらっしゃいますか?
「俺が見る夢の話? 覚えてるよ」
-- つい先日誠さんと少しだけお話する機会があって、その夢にまつわるエピソードをお伺いしました。
「まつわる?」
-- バイラルの皆さんで近畿地方へご旅行に行かれたというお話でした。
「(思い出そうとしている様子)」
-- 誠さんが仰るには…


『京都京都、うん。理由は知らないけど、メンバーそれぞれが自分で車を出して行ってたからさ、帰りは別行動にしようかってなって。真っ直ぐ東京へ戻るもよし、行きたい場所があるなら寄り道して帰ってもよしって。なんかね、一台の車でギュウギュウで行くのもそれはそれで楽しいと思うけどさ、同じ目的地へ向かうのにそれぞれ自分の車出してる所があの人達らしいなあって(笑)。それで私は翔太郎の車に乗せてもらって帰るんだけどさ、どうしようかって話になって。割と田舎な場所だったからさ、そんな、観光地って言っても見て回る場所がたくさんあるわけでもないし、ゆっくり適当に帰るかってなったんだけど。…うん、そう、やっぱり真っ直ぐ帰るには惜しいし、頑張って携帯で色々探したんだよ。そしたら車で2時間かからない場所に遊園地があるってなって。周り見ても山とか田園風景だからさ、本当に1時間半走ったぐらいで遊園地なんてあるかなあ?ってわざとらしく盛り上げて(笑)。疲れてるのは分かってたけど強引に誘ってみたの。…うん、…そ、他の皆とは完全に別で、二人で。うん、…あはは、あの人さ、全然初めての土地なのにナビも見ないしさ、野生の感とか言いながら涼しい顔して走ってるのね。『怖くないの?迷ったりしない?』って聞いたら『なんで、別に迷ったら迷ったで面白いだろ』だって。隣で見てて不思議な感覚になって来て。周りは紅葉真っ盛りの山々でさ、絶景ではあるんだけど、だからって見る物はそのぐらいしかない場所をいつもの調子で運転してる横顔見てて、なんて言うのかなあ、急に寂しくなっちゃって。あはは、そう、うん、なんなんだろうね、ああいう時の切なくなる感じ。季節的な事もあったのかなあ。でも分かんないけどね、私としては特別な思いがあったから。だって知らない土地でさ、二人っきりで、行ったことのない新しい場所へ向かう途中は、私にとって本当にスペシャルな時間なんだけど、全くいつもと変わらない翔太郎を見てて温度差を感じちゃったというか。でもきっとこういう時間はそうそうあるもんじゃないって思って、咄嗟にビデオカメラ回して、無意味に外の風景撮ったり、翔太郎撮ったり。私が勝手に一人で寂しがってる事なんて絶対知られたくなかったしね。それにそうは言ってもさ、楽しいのはもちろん楽しいわけだし。そこに記録されてる会話が面白くてさ。『人いないねー』って、私が言って。『こんな場所に一人取り残されたら私泣いちゃうなー』って。『え、なんで』ってあの人が言って。『知ってる人が誰もいない場所で一人で生きてくのはもう私無理かもなー。翔太郎がいれば話は別だけど』って。したらあの人鼻で笑って、頷いて終わり。『何だよ!』って怒って二人で笑ってるだけなんだけど。…うん、こないだの話聞いて。ああ、やっぱり翔太郎は優しい人だなあって、嬉しくなっちゃった。ちょっと号泣していいかな?』


-- 私最初のうちは正直ピンときませんでしたけど、お伺いしてるうちに誠さんが仰ったのは、翔太郎さんはあまり直接的な姿を見せないけれど、周りが思ってるより数倍色々考えていて、そして優しい人なんだということです。あの時居酒屋で聞かせて下さった夢の話に出て来た、四方を山で囲まれた何もない田舎の風景は、あの日車で走った景色に違いないと彼女は仰っていました。翔太郎さんはその時鼻で笑っていたけど、自分も同じように考えていた事。そして今でもあの時一緒に見た風景を忘れていないと教えてくれた事。あの日誠さんはそれを知って嬉しくて仕方がなかったと仰っていました。ご清聴ありがとうございました。
「ほえー」
-- (笑)。何年前ぐらいの話ですか?って聞いたら、織江さん達が結婚した年だから8年前だって仰って。ああ、それは嬉しいはずだって、私も感激しました。
「あははは!なんで時枝さんまで」
-- 女性は思い出とか記念日とか大切にしますからね。ましてや、自分が好きな相手にとってどのような存在かを知る機会は、そう多いとは思えませんし、翔太郎さんは最高の形でそれを誠さんに伝えたんだと思います。
「そんな深い事何も考えてないってば」
-- 翔太郎さんから見て、誠さんの一番凄いと思う部分はなんですか、という質問の答えがあの話ですからね。もう…たまりません。
「ああーあ(笑)、はは!…全く。そんなもんあいつなんか全然記念日とか覚えてないぞ!?」
-- ええ!?
「あいつ思い出は忘れないけど数字は全く覚えないから」
-- あははは!ああ、確かに以前そう仰ってました!
「そんな奴が何言ってんだって」
-- 女って奴はねえ。
「自分で言うな」
-- あははは! でも、これまでお伺いしてきて思ったのが、誠さんの存在と、彼女に対する翔太郎さんの向き合い方は見えてきましたが、そこから今のウルトラプレイヤーとしての姿へ繋げ憎いと感じるのは、私の知識として何が欠落しているのでしょうか。
「…」
-- おそらく、翔太郎さんと誠さんて、きっとどこで何をされていても、ご関係に変化はないように思うんです。なので、今の翔太郎さんがバンドに対してこれほどまでに打ち込んでいる根本的な動機や熱は、実は誠さんにはないんじゃないかって、思ってしまって。
「…大成から何か聞いたのか?」
-- すみません。…そうです。
「そうか。…ああ、まあ。そういう事だよ」
-- では、やっぱり翔太郎さんも。
「うん。…根本とか難しい事はあれだけど、時枝さんが言いたい事は分かるよ。ただ俺の場合は、答えは一つじゃないぞ。誠に対しての思いもあるし、織江に対する思いだってある。大成がどういう話をしたのか分からないけどさ、じゃあ切っ掛けはなんだって言う事ならきっと、そこにいるのは確かに、繭子なんだと思うよ」
-- あまりの事に、ちょっと気持ちの整理が追い付かないです。
「仕方ねえなあ。でも約束したもんな、あんたには全部話せる日が来ると思うって」

連載第60回。「池脇竜二について」

2017年、2月下旬、某日。
池脇竜二、ラストインタビュー。


-- 思わぬ方向へ、来ちゃいました。
「ん?」
-- 竜二さんに初めてお話をお伺いした日に、言われた言葉です。『あんまし掘り下げすぎると思わぬ方向に行くかもしれねえから、気を付けてな』。
「俺が言ったのか?」
-- そうです(笑)。
「へえ」
-- なんでそんなに驚いた顔するんですか(笑)。竜二さん、なんとなく私がここまで食い下がる事を見抜いていらっしゃったんですね。そして本当に思わぬ方向で、素晴らしい皆さんのお話をお伺いすることが出来ました。
「良かったじゃねえか、最後にそう思えたんなら、最高だよな」
-- はい。…はい!
「なはは、俺は別に泣いたって怒らねえよ。泣き虫」
-- でも翔太郎さん仰ってましたよ。皆優しいから言わないだけだって。
「あはは、まあ、そうかもしれねえな」
-- 前に、竜二さんには壁があるっていう話したじゃないですか。
「ああ、あったな」
-- その時言いたかったのは、竜二さんが時に怖く感じる程、不機嫌な瞬間があるっていう事なんです。
「…ぐいぐい来るなあ」
-- あはは、すみません。
「ウソウソ、冗談だよ」
-- だけどそれって、私が勝手に機嫌が悪いと思っていただけで、そういう時の竜二さんは物凄く真剣に物事を考えていたり、悩んでいたりする時なんだよって教えてもらって、私本当に自分が恥ずかしくなって。今日はどうしてもまずそれを謝りたくて。
「あははは!謝られたって許しようがねえよ。怒ってねえもん。それよりも、誰がそうやってあんたに教えたんだ?」
-- 直接的な言葉で教えて下さったのは、織江さんと繭子です。間接的なものを含めて良いなら、皆さんです。
「へえ、ありがたいもんだね。俺は単純だからな。翔太郎達と違って理解はされやすいだろうけどよ」
-- あるいはそうなのかもしれません。しかし、私にとっては逆でした。
「そうかい?」
-- 一見シンプルなんです。大らかで、豪快で、器が大きくて、どこまでも熱い人です。だけどその実、これほど責任感のある人は見た事がないなって。
「(首を傾げる)」
-- 誰とも話をしていない、おひとりでいらっしゃる時の竜二さんを見かけて、今は話しかけ辛いなと感じた事が何度もありました。でもその数だけ、その裏側で、バンドの事、メンバーの事、スタッフの事、色々と悩んでおられた事を私は教えて頂きました。
「うーん(低く、大きな唸り声)」
-- あはは。
「格好悪いな」
-- (首を振る)
「ありがてえな」
-- ごめんなさい。
「また泣く(笑)。…でも、色々見せちまったし、聞かせちまったもんな」
-- ごめんなさい。
「謝んなって。そうだ。いい話を聞かせてやろうか」
-- お願いします。
「庄内とは10年以上になるんだよ」
-- はい。
「ああ見えて、ウダウダと人に語って聞かせるような男じゃねえし、もしかしたら聞いてない事もあるかもしれねえが、あいつも相当、うちのバンドを好いてくれてる」
-- はい。
「あいつが一番初めにインタビューを撮ったのは、実はアキラなんだよ。まだ『FIRST』が出てすぐの頃で。俺も、他の奴らも今よりタチが悪かったから、わざわざ作り終わったアルバムの話をするのが嫌で庄内の誘いをずっと蹴ってた。困り果てた織江を見兼ねて、アキラが自分一人で良ければっつって、詩音社へ出向いて行って話をしたそうだ」
-- 初耳です。
「あはは、やっぱそうか」
-- どうして黙っていたんでしょうね。『Billion』へ掲載したのは俺が一番最初だー!っていつも自慢してるのになあ。
「あいつはきっとあんたが考えてる以上に、俺達を理解してくれてるよ」
-- あはは。
「当時はあいつも突っ張ってるタイプの人間だったから、俺達の問題行動相手に口では不満ぶつくさ言いながらだったけどな」
-- しょうもない上司ですみません。
「いやいや(笑)、俺らの方が数倍大人げない人間だったからよ」
-- 滅相もないです。
「後になってあいつが言うにはな、実は恩義ってもんを感じていたそうだ。本来は逆なんだけどな。こっちは紹介して売ってもらう立場だから恩義を感じるとすりゃこちら側のはずなんだが、アキラが出向いてくれた事がよっぽど嬉しかったんだって。今でも、あの時は助かりましたよっつって俺達に礼を言うんだ。それだけに、アキラが死んだ事で耐えがたい苦痛をあいつなりに抱え込んじまった。もちろんアキラの死と庄内になんの因果関係もねえことはあんたも知っての通りだが、優しい奴だからな、あれはあれで」
-- そうだったんですか。
「当時から、今のあんたに負けず劣らずっていう力の入れ具合だった。今にして思えば、あの頃庄内がふた月と開けずバンドを扱ってくれたおかげで、俺達がここまで認知されたんじゃねえかと思うよ」
-- いえいえ、そういうわけでは。
「あははは、感謝してんだぜ、これでも一応は」
-- ありがとうございます。喜ぶだろうなあ、庄内。
「吉田さんもな。昔はここへも来て、毎回毎回うちの庄内が凄いうるさいんだよねえっつって、苦笑いしてたよ。ゴーサイン出すまで動かねえんだよって」
-- うちの、吉田がですか!? はー…。
「Billionに育ててもらったようなもんだ、俺達は」
-- あああああ。嬉しい!
「あはは。これはあんたに言っていいもんか分からねえけど、庄内はずっと織江を追っかけててよ」
-- 聞いてますそれは(笑)。
「そうかい? うん。って言っても、きっと女として好きだとか言う事以前によ、あいつなりに見てきた織江の頑張りや、それこそアキラが死んだ後俺達を支え続けたパワーみたいなもんに、惚れたんじゃねえかと思ってて」
-- …はい。
「当時の織江は全部蹴ってたけど、今のあんたみたいに、あいつをドーンハンマーの一員として紹介したくてうずうずしてたらしい。そのぐらい、近い距離でバンドを応援してくれてたんだ」
-- はい。ご迷惑じゃなかったですか?
「あんたがそれを言うのかよ!(笑)」
-- 自分に言ってる部分もあります。
「(笑)、迷惑なんかじゃなかったさ。織江も口ではさんざん文句言うんだけど、最低年4回は必ず自分で出向いてって庄内に挨拶してたよ」
-- ええ、 織江さんがですか!?
「ん?うん」
-- らしいと言えばらしいですけど、なんか嫌だな。こちらからお伺いしないといけないのに。
「フフ、おもしれえなあ、あんたは」
-- それは、バンドを扱ってくれてありがとうございます、というスタンスですか?
「分かんねえけど、そうじゃねえかな。でも別にわざわざそういう言葉を言いに行ってたわけじゃねえと思うよ。差し入れ持って、調子はどうだい?って。世間話だけして帰ってくるような、そういう関係ではあったからな、昔から。今でもそれはそうだし」
-- 初耳です。
「っはは、なんで怒ってんだよっ。けどまあ、あいつもいっぱしの男だからね。これではいかんと思う所もあったんだろうよ。ある時から距離を置くようになって、それこそドーンハンマー専属みてえになってた立場から一歩退いて、テメエんとこの雑誌を大きくする為に奔走し始めた。副編になったのはその頃かな」
-- なるほど。
「あいつ言ってたぞ。時枝が、俺の後を継ぎますからって」
-- い…。
「誰だよ、いつの話だよって俺は笑ってたけど、…何年かしたら本当に来たよ、時枝って変わった名前の、剥き出しの編集者が」
-- (言葉が出てこない)
「何度も何度も叱り飛ばしたって言ってた。このままだとこいつは俺の二の舞になる。感情に押しつぶされて、本当に伝えなければいけないバンドの魅力をメロドラマみたいな安物に変えちまうって。だけど、時間を掛けてどんどんと上げて来る原稿を見る度に考えが変わってったそうだ。俺も、こうやって開き直って、とことん突き抜けちまえば格好ついたんでしょうかねえって、しまいにゃあ良い顔で笑ってたぞ」
-- …はあ。そんな風には私は、言われた事ありませんねえ。
「人の出会いってのは本当に不思議なもんだと思い知らされるよ」
-- はい。
「アキラが死んだと聞いた夜、庄内は一人で、バッティングセンターで700発打ったそうだ。いい加減にしてくれと店側から断られてやめたけど、そこまでやっても涙が止まらなかったって。見兼ねて『いろどり橋』へあいつを連れてった時、おばちゃんとおっちゃんの前で手をついて土下座して、『息子さんに、一人前の男にしてもらいました』っつって大泣きしやがってさ。そりゃあお前俺達への嫌味でしかねえだろう!って俺らはゲラゲラ笑ってたけどよ、実際嬉しかったねえ」
-- (言葉が出ない)
「そういう男が自分の後釜に据えて寄越したのがあんただからな。きっと面白い事やってくれんじゃねえかって、俺は思ってたよ」
-- 面白い事ですか。…おもっ…。
「どしたどした、今度はなんだ!?」
-- すみません。先日、翔太郎さんにお話をお伺いして、開始早々、この一年楽しかったよと言ってもらえた事を、急に思い出して。
「あははは!良いねえ、あいつらしいよなあ。でもよ、俺もそういうもんだと思うんだよ。責任感なんて言うけどよ、俺が何を背負う必要もねえくらいあいつらはテメエの責任で死に物狂いでやってるもんな。だから俺が引っ張られてんだよ、あいつらに。ガキの頃から知ってる分心強えし、やっぱ心底面白いんだよな」
-- はい。
「ったくー、泣いてばっかりだったなあ」
-- (大きく息を吸い込んで、溜息)はい。
「まあ人の事言える程強えのかってーとそーでもねえしな。とりあえずは、ありがとな。この一年、助けてもらって感謝してる」
-- もう!だからァ!
「あははは。でもよ、こういうのを運命と呼ぶのかねえ」
-- …運命?
「ここへ来て、あんたみたいな人が現れて、こうしてまた俺達に光を当ててくれた。良い事も悪い事も多い一年だったけど、最後まで逃げずに付き合ってくれて感謝してる。まだ今日が終わりってわけじゃねえけど、言える時に言っておかねえと明日はやって来ないかもしれしれねえもんな。だから、ちゃんとありがとうを言いたいんだわ」
-- (もう嫌だ! この人達何なんだよ! と思っているが言葉が出ない)
「俺は本当は運命とかそういうものは信じねえタチだけど、なんであれ、この出会いには感謝してる。織江を手助けしてくれた事が一つ。それを出来る奴が誠以外にいるとは思わなかったから、本気で有難がった。そして誠がいない間、翔太郎が倒れないように話を聞いてやってくれた事が二つ。それに、蚊帳の外になりがちだった誠の話相手になって、毎日不安と共に生きてるあいつを支えてくれた事が三つ。それから四つ。繭子を、明るい女の子に戻してくれた事。この通り、心から、ありがとうございました!」


一瞬意識が途切れていたのだと気づいたのは、後ろから視界を覆い隠されて驚きの声を上げた時だった。自分が何をしていたか、どういう状況なのか混乱してしまい、
「また泣かされてんのかー」
という伊澄翔太郎の声を聴いて初めて、自分が泣いていた事を思い出した。
「最近私相手してもらえないんでえ、竜二さん早くこの人回して下さいね」
頭のすぐ後ろで繭子の声が聞こえ、視界が開ける。
私の顔を背後から抱きしめていたのは帰宅準備を済ませた芥川繭子であり、その後ろには同じく伊澄翔太郎が笑顔で立っていた。
手を振ってスタジオを後にする二人の背中を見えなくなるまで見送って、応接セットの池脇の元へ戻って来てようやく私は落ち着く事が出来た。


-- ふうー。大変失礼いたしました。
「声小っちぇえなあ(笑)。いやいや、全然構わねえよ」
-- お疲れの所無駄に時間を取らせてしまいました。ごめんなさい。
「いいってそんなのは」
-- 繭子に会って、今、思い出していました。
「ん?」
-- 誠さんが戻っていらした晩、ここで一晩繭子とお話をされていたと。
「あー。おお、うん。聞いた?」
-- はい。
「なんかよ。そう。辛いのはもちろん誠なんだけど、あいつがとっても可愛くて、とってもいい奴で、優しい奴だからかな。そういうあいつの身に降りかかる不幸はある意味、本人よりも重く俺達は捉えちまう。…そういう事ってあるよな?」
-- はい。
「テメエの事を抜きにしてもよ。あの日『なんでだよ!なんでだ!』って叫んだ大成の声や、見た事ねえぐらい苦しそうに顔を歪ませる翔太郎を見て、これはきっと本当の終りが来たんじゃねえかなって思ったんだよ」
-- 本当の終わり。
「ガキの頃さ。手や足や、腕や、背中、腹、顔、骨。体中の至る所に傷を作って、腫れあがって高熱にうなされても、お互いの身を案じてただの一度も学校を休まなかった俺達は、そういう終わりが来ないようにお互いを見張ってたんだと思う。だけどこれまで何度も何度も、見たくもない終わりを見て来たんだ。ノイや、カオリや、アキラの死を受け止める度に自分の中でたくさんの何かが消えて行くのを感じた。今またここで誠を失うような事があったらきっと、バンドは終わっちまうんじゃねかって」
-- はい。
「どこにいようと生きてさえいてくれりゃあそれでいい。幸せなら尚の事いい。けど、死んじゃダメなんだよ。もしもそんな事になればよ、確実に翔太郎の中にある、なんつーかな、…人としての柔らかい部分が消え去っちまう気がするんだよなぁ。そうなればバンドは崩壊するぞって。俺達もボロボロになる。きっとそういう風に全てが崩れて行くって、俺はあん時そこまで考えたんだよ」
-- もう耐える自信がないと、仰っていましたね。
「俺?…ああ、そうだな」
-- 大変な一日でしたね。
「なあ。…結果、誠が文字通り身を削ってテメエの命を守り、翔太郎を守り、俺達を守ってくれたんだって。繭子とは、そんな話をしたんじゃなかったかな」
-- はい。誠さんが皆を守ったんだと、私も彼女から聞きました。
「大の男がよ、そんな簡単に死ぬとか終わりとか言ってんじゃねえよってなあ。自分でも思うけどよ、あの時は本気でそこまで見えたし、覚悟したんだ」
-- はい。
「そうならなくて良かったよって、あいつ(繭子)とも話して。だから今言ってても鳥肌が立つよ」
-- そうですね。物凄く怖いお話でした。
「でよ、繭子が言うわけ。前に、ここで私が言った事覚えてますか?って。『もし誰か一人でもバンド辞めちゃったら、私も辞めますよ、忘れないで下さいね』ってやつ」
-- はい、もちろん。私もその場にいました。覚えています。
「うん。『もしそうなった場合、おそらくですけどその人はきっと辞めたくて辞めるわけではないと思うし、その時はきっと助けが必要になっていると思うので、私が支えます』って。あいつさ、何かを想定して言ったわけじゃなくて、漠然と昔から思ってた事をあのタイミングで言っただけなんだけど、誠の話を聞いた瞬間『無理だ』って思ったって」
-- 無理…。
「ああ。もし万が一誠を失って、翔太郎に支えが必要になった時、自分がそこへ飛び込めるかって言われたら、きっと無理だと思うって言うんだよ。何で?って聞いたらあいつ涙流して、私も耐える自信がないですって」
-- あああ…。
「うん。そりゃそうかもしんねえなあって。…まあ、とりあえずは良かった!」
-- あはは、はい。もう、全く同感です。心からそう思います。ですが、繭子と話をしていて印象的だった言葉があって。『きっとそれでも、竜二さんなら翔太郎さんを支えられると思うんだ』って。
「ええ?俺が?」
-- はい、そう言ってましたよ。それはノイさんの事を言ってるの?って聞いたら、違うって。
「同じ経験をしている俺だからって?」
-- そうじゃないって、彼女は首を振りました。繭子が言ったのは、『竜二さんは絶対最後まで倒れない人だから。そういう人は、自分の目の前で人が崩れ落ちるのを見たら、絶対そのままにしたりなんかしない。男の中の男だから』って。
「何言ってんだよ(笑)」
-- 一人の人間にそこまで信頼されるって、相当凄い事ですよね。あの芥川繭子が、キリリとした顔でそう断言しましたから。どれだけ心強いと思ったことか。
「うるせえよ(笑)」
-- 私の、記者としての腕が悪いだけかもしれませんが、個人的にこの一年で一番攻めあぐねていると感じていたのが竜二さんだったので、そうやって繭子や翔太郎さんや、織江さんからあなたの事をお伺いするのがとても嬉しかったんです。
「へえ」
-- …へえ!?
「あははは!知らねえよ!そんな事言われても!」
-- そうですよね(笑)。でも、…どこかで似てるなあって思うのが、やはりURGAさんなんですよね。
「俺と?そうかい?…顔?」
-- (笑)、とてもユーモラスで、場の空気を和ませる能力に長けていて、器が大きくて人懐っこい。だけどその実、思慮深くて、仕事に全力で、本当の自分は絶対に見せない人。
「すげえ嫌な奴に聞こえるけど?」
-- いやいや!え!? いやいやいやいや!
「違う?」
-- 違います!
「なら良いけど」
-- びっくりした!いや、まあそのう、私の言い方がまずかったですね。自分を見せないというのは自分を偽ったり隠したりしているという意味ではなくて、とても我慢強いという意味です。
「急にこう、いい方向へグイっと持って来たー、今ー」
-- 違います!
「何でも良いけどな」
-- あはは、でも、そうですね。確かにどうでも良いですね。本当の竜二さんがどういう人なのであれ、あなたを見ていて湧き上がる感情が私にとっては全てですから。
「へえ。良いじゃねえか、うん、なんかのCMみたいだ」
-- 攻めあぐねるー(笑)。
「あははは!」
-- この一年竜二さんの歌声を聞いて来て、そのお姿を拝見してきて、あなたの言葉を受け止めて一番強く思うのが、この人に積まれてるエンジンはきっと特別製だなって。
「っははは!なんだそれ!?」
-- きっと私程度の人間では解き明かせないメカニズムがあって、色んなシチュエーションや要求されるアクションに対して瞬発的に解答が出せて、それら全てが格好いい。そしてその勢いたるや同じ日本人とは思えない程に激しくてエネルギーに満ち溢れています。
「…」
-- 翔太郎さんは凄い人ですよ。大成さんももちろん凄い人です。ですが、竜二さんはちょっと積んでるエンジンが違いと思います。
「…リアクション出来ねえなぁ」
-- いえ、言いたい事言ってるだけなんで気にしないでください。
「そ。…じゃ、黙って聞いてるわ」
-- たらればの話をしても意味がありませんが、もし、竜二さんがバンドにいなければどうなっていただろうと考えると寒気がします。
「翔太郎と大成がいりゃあそんなもんは」
-- 黙って聞いてください。
「はいっ」
-- 失礼しました(笑)。…あなたが抱えているもの。これまで抱えて来たもの。竜二さんを支えているもの。経験と記憶は人間の営みにおいて色んな場面で助けになると思いますが、きっと竜二さんにとってはこれまでの全てがバンドに向かって注ぎ込まれているなって、感じています。
「んんんんーーー(獣のような唸り声)」
-- 反論したげですね(笑)。…私、ドーンハンマーになってからあなたが書いた全ての歌の歌詞を読み返しました。この10年、竜二さんがどのような思いでバンドを続けてこられたか。意味なんてないような歌の中にさえ必ず、人の苦しみと喜びを感じさせるワードが散りばめられています。
「…」
-- 竜二さんにしてみれば無意識かもしれません。だけどあなたが書いた歌の中には必ず、竜二さん自身がいました。読んでいてパっと顔が浮かんで来るぐらい、あなたの感情が飛び込んで来ました。
「…」
-- 単純だとか、底が浅いなんて話ではありません。URGAさんも仰っていました。『めちゃくちゃ歌のうまい人でも、普通全く意味のない言葉を並べて歌ってたら誰の心も動かさない。だけど竜二くんて実はそれが出来ちゃう人だと思う。これは凄い事だ』って。
「…」
-- 私も同じ意見です。歌詞に物語性があるかないかで意味のあるなしを語るなら、ドーンハンマーの歌には意味なんてないかもしれない。だけどこの10年間、全身全霊を叩きつけて来たあなたの歌には、紛れもない池脇竜二の言葉と心がありました。
「…」
-- あなたはちょっと、凄すぎます。
「…」
-- 竜二さんがいて良かった。あなたがバンドにいて良かったです。一年間取材を通してとても近くで皆さんのお姿を拝見しました。驚くような発見や、思いも寄らない出会いに恵まれて、とても、人間として有意義な時間を過ごさせて頂きました。ですがその中で特別な思いがあるのは、言葉では聞けなかった竜二さんの本当のお姿です。
「…」
-- それは、一年前から全く変わらない竜二さんの…。
「まあまあまあ、もうそこらへんで良いよ。気持ちは伝わった」
-- (苦笑)
「翔太郎ならこんな時、黙って聞いてやれって言うんだろうがよ。ごめんな、むず痒くて聞いてらんねえよ(笑)」
-- すみません。
「あんたの気持ちが嬉しくないわけじゃないんだ。ただもう、自分がされていい評価を超えちまってるようにしか思えねえんだ」
-- ええっ、私これでも全然足りません。
「っはは!」
-- またそうやって笑い飛ばす(笑)。
「…昔、アキラに言われた事があんだ」
-- はい。
「お前の歌はちょっと硬くて攻撃的過ぎる。全然楽しそうに聞こえないから、格好良いと思う前に疲れるんだよって」
-- なかなかに、辛辣ですね。
「人を攻撃するつもりで歌詞を書いた事は一度もないから正直ショックだった。だけどこういう音楽をやるにあたって、キルもデスもファックも使わねえなんてありえない。だからもう俺は意味のある歌詞なんて書くのをやめようって思った。そしたらあいつ大笑いして、そういう意味で言ったんじゃねえよって」
-- (笑)
「だけど、そうやって初めて書き上げた歌が、意外と皆には好評でな。思いつめたような説教臭せえ歌詞を眉間に皺寄せて歌うより、何だこれってバカな歌を大真面目な顔で、目ん玉ひん剥いて歌ってる方がお前らしくて笑えるって。何だよそれって苦笑いするしかなかったけど、まあ、これで良いかってな」
-- なるほど。素敵なお話ですね。
「俺自身特に言いたい事があるわけでもねえしな。だからあんたが俺をどういう風に見て、どういう風に持ち上げてくれようがよ。結局俺はその程度の、軽い提案に対する思い込みでここまで来たような男だしな。上も下もねえし、奥行きも幅もなんもねえよ。アルバム聞いてくれ。ステージ見に来てくれ。そこで歌ってるのが俺だよ。本当に、ただそれだけだから」
-- …。
「…」
-- 泣きませんよ!
「うははは!」
-- もー、格好良いなあ。ずるい。惚れる。
「っかしーなあ、こういう風に言えばきっと号泣し始めて綺麗にフェードアウトするって誠に聞いたんだけどなあ」
-- ちょっと!
「上手い事それっぽく言えたと思ったけどなあ」
-- 本気で仰ってます?
「…怖い顔するなぁ。まあまあまあ、冗談だよ」
-- 良かった、違う意味で泣きそうになりましたよ今。あ、忘れる所でした。
「何」
-- この間、会議室で皆さんお話されたじゃないですか、URGAさんと。
「おお」
-- あの時、実は今まで言ってこなかったお互いの秘密はないのかという話題があったと思います。それを見て、ずっと聞きたかった質問がある事を思い出して。
「なんだよ改まって」
-- 年末にですね、『レモネードバルカン』のお話を大成さんから伺って、その後織江さんにタイトルに込められた意味も聞きました。その時どこかで確信めいた気持ちになったのですが。
「勿体ぶるなよ、なんだよ(笑)」
-- 『アギオン』って、どういう意味ですか?
「…ああ(そして、深い溜息)」
-- まずかったですか?
「ううーん。どうかな。今まで何だと思ってた?」
-- 自分なりに調べてはみました。カトリック教会のミサで使用される『サンクトゥス』が三聖頌と呼ばれ、何語かまでは失念しましたが『トリスアギオン』と言われている事までは分かったんです。
「…それで?」
-- 日本語訳が『聖なるかな、聖なるかな、昔いまし、今いまし』。
「っは、悪い、何を言ってんだか全然(笑)」
-- やはり、違いましたか。
「真面目だなあ、本当。確かに織江からも言われたよ。関係あるようには思えないけどねって。トリスアギオンって言葉は存在するけど、アギオンって言葉はないよって。まあ、何かと勘違いしてると思われたみたいでな」
-- あ、え、そんな言葉ないんですか?
「織江が言うにはな、そうらしいぞ。人の名前としてはあると思うけど、自分が知る中では意味を見出せないって」
-- ほえー。
「あはは、ほえー」
-- (笑)。竜二さんはどこでアギオンという言葉を知ったんですか?ちなみに何語なんですか?
「俺がそれでヘブライ語とかギリシャ語っつったら理解出来んのかよ」
-- できません。
「何だよ!」
-- ギリシャ語なんですか?
「さっきからあんた誰を相手してると思ってんだよ。日本語に決まってるだろ」
-- え!? あ、方言か何かですか?
「だから、作ったんだよ俺が」
-- えええ!
「そもそもトリスアギオンなんて言葉がある事も知らねえよ。知るわけねえだろ、中卒だぞ俺」
-- いやでも、竜二さん英語ペラペラだし。
「単純だなーおいー」
-- え、作ったって何ですか?じゃあ、どういう意味なんですか?
「そこだよなあ。うーん」
-- ひょっとして、繭子の事を気にされてます?
「アタリ」
-- ああ、という事は、とんでもない意味だったり、あるいは何も意味がなかったり。彼女がとても大切にしている曲だというのを知ってて言い出せないんじゃないですか?
「アタリ」
-- あああああ。そうでしたか、それは…。ああ、でも知りたい。
「いいね、っははは!そう来なくっちゃな!」
-- オフレコにしましょうか。私と竜二さんだけの。
「いやいや、そういうのはよくねえな。言うんなら、隠し事はなしだ」
-- でも、繭子が傷ついちゃうかもしれないんですよね。
「まあでも、そうは言っても、『still singing this!』を作れたおかげであいつの中での『アギオン』も少しはランク下がっただろ?」
-- そんなわけないじゃないですか。
「ちょいちょい顔が怖い」
-- ただ繭子はきっと、竜二さんが何を言ったところで傷ついたりはしないと思います。
「そうかい?」
-- それはそうだと思います。
「ならいいかな」
-- はい。
「俺さあ。実は子供の頃、小学生ぐらいの頃よ、ずっと翔太郎の母ちゃんが好きだったんよ」
-- あははは!びっくりした、なんですか急に。
「笑うなよお」
-- ごめんなさい(笑)。え、友穂さんですよね。
「おお。もうさ、今でもそうなんだけど、小っちゃくって可愛くってさ、それでいて超喧嘩強えんだよあの人。もうずっと憧れで、大好きで」
-- へえー!真剣じゃないですか。
「おうよ。言ってもガキの頃の話だけどさ。そいでよ、俺言った事あんだ。面と向かって友穂おばちゃんに、『なあ、おっきくなったら俺と結婚してくんない?』って」
-- あははは!え、ちょっと待って下さいよ。え、可愛い!あははは!
「待て待てお前、笑いすぎだろ」
-- えええ、いいなあ。え、それでどうなったんですか?
「おばちゃんも笑い転げてた。そいで俺がへそ曲げちまうとさ、俺の頭をポンポン叩いて言うわけさ」


『ありがとね。一生誇りに思いながら生きてくよ』


「もう俺メロメロんなってさ。しばらくずーっとマジで惚れっぱなしで」
-- 凄いなあ。翔太郎さんはそれ聞いてなんと仰るんですか?
「笑い転げてた」
-- はーー!!
「お前なあ(笑)」
-- すみません。いやあ、私なら絶対結婚の約束したのになあ。
「状況飲み込めてるか。俺小学生だぞ」
-- はい、未来を見据えます。
「よく言うぜ。でさ、何度かアタックするんだけど。毎度そうやってニッコリ笑ってあしらわれるワケだ。その内ムキになって来て、終いにゃ敢えて側に銀一さんがいる時見計らって大声で言うんだよ。おばちゃん、俺と付き合ってくれよ!って。したらおばちゃん、呆れたように笑って銀一さん見てよ、俺に言うんだ」


『そこまで言うなら分かったよ竜二。あんたも男ならウチの人と勝負しな。それで万に一つひとつでも銀一に勝つような事があれば、アタシはあんたと結婚でもなんでもするから』


「俺顔真っ赤になって。勝てるわけねえだろ!って叫んで。したらさ、最高に格好良いぜ」


『そういう事だよ。死ぬまで。死んだって、アタシは銀一の女だから』


「もう完全敗北だよ。俺の初めての挫折は友穂おばちゃんと銀一さんだよ」
-- ふうーわ。格好良い…。
「だろう?…そういう事だよ」
-- …え?
「話終わりましたけど」
-- …え、いや、今のは何の話ですか。竜二さんの初恋の話ですよね。
「アギオンの話だろ?」
-- その要素どこにありました?
「言ったじゃねえか、友穂おばちゃんが。アタシは、ギンイチの、オンナだ。アギオン!」
-- ウソー!? 何それー!ウソー!
「アギオン!」
-- えええー、え、本気ですか?揶揄われてますよね?
「そんなもんだって、俺が10代で作った歌だぞ、だって」
-- この一年で一番びっくりしたかもしれない…。
「大袈裟な事言うな(笑)」
-- うう、ええ、色々整理させて下さいね。もちろん大成さんも翔太郎さんも、ご存知で?
「それ知らねえでさ、なんでクロウバーじゃなかった翔太郎がアギオンライダース作るんだよ。そもそも誤解してっけど、リリースよりアギオンライダースの方が古いからな」
-- もー!えー!ウソー!?
「あはは、あんたキャパオーバー起こすとそこいらのギャルみたいになるな」
-- そりゃこんな反応になりますよ。…えっと、繭子は知らないんですよね?
「俺は言ってねえよ」
-- 誰かが言ったかもしれないですよね?
「んー。かもしれねえな。それも知らない」
-- うわあ。…うわあ。…え、うわあ。
「そんなもんだって。何度も言ってんだろ、そもそも曲のタイトルなんて記号の代わりだし、歌詞と直結してない事の方が多かったんだからもともと」
-- そうですけど。
「そうかあ。やっぱこんな反応になるのか。…繭子には言わねえほうが良いかな」
-- いや、でも繭子は大笑いする気がしてきました。どちらかと言えば、喜ぶんじゃないでしょうか。もし、今でも知らなければですけど。
「んー。あいつ全然そういう歌詞とか、意味とか、聞いて来ねえからなあ。興味ねえのかもしれないし、無理に言うつもりはねえけどな」
-- ええ、そうみたいですね、興味がない事は絶対ないと思いますけどね。にしても驚いたな。…ふふ、『アタシは銀一の女だ』か。格好いいなあ。似合うなあ。うふふ。
「ったく(笑)」
-- 竜二さん。
「ああ?」
-- ありがとうございました。
「お、もう終わりか?」
-- いえ。これは私が編集者として言う言葉ではありません。仕事の話でも、今この時間の話でもなく、個人的な感謝です。個人的な感想であり、個人的な愛情です。
「んん?」
-- 竜二さんとお会い出来て良かったです。
「おう」
-- 大成さん、翔太郎さんにも同じ感謝をお伝えしました。
「おう」
-- ですが、ここで終わりですと言えない事情も、お伺いしてしまいました。
「何?」
-- 繭子の事です。
「…何だよ」
-- 皆さんが今こうしてバンドを続けている最大の理由は、繭子なんですね。
「…あー」
-- はい。
「俺がこれを言うのはどうかと思うがよ」
-- はい。
「…カメラ切ってくんねえか?」
-- …分かりました。

連載 『芥川繭子という理由』 56~60

連載第61回~ https://slib.net/85662

連載 『芥川繭子という理由』 56~60

日本が世界に誇るデスラッシュメタルバンド「DAWNHAMMER」。 これは彼らに一年間の密着取材を行う日々の中で見た、人間の本気とは何かという問いかけに対する答えである。 例え音楽に興味がなく、ヘヴィメタルに興味がなかったとしても、今を「本気」で生きるすべての人に読んで欲しい。 彼らのすべてが、ここにあります。

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 連載第56回。「フロム・サーティーン」1
  2. 連載第57回。「フロム・サーティーン」2
  3. 連載第58回。「神波大成について」
  4. 連載第59回。「伊澄翔太郎について」
  5. 連載第60回。「池脇竜二について」