慌て鏡《都市伝説》

 慌て鏡のうわさ、ただの合わせ鏡ではなくて、慌てている最中、本当に慌てている最中に合わせ鏡をすると、恐ろしいものが目に入るって。
「人を利用する自分の姿」
が目に入るんだって、人は誰でも、どんなときでも誰かを目の敵にしたり、誰かを自分のために利用したり、それらはすべて、“欲求”の作用、だから良しあしの問題なんて初めからなくて、罪悪なんて言うものも存在しない。

 ビルに囲まれた都市での生活は、いくつく間もなく、情報が情報を呼び、やがて自分が誰かという事さえ忘れさせてしまう、あるいは自分に価値があるかという事さえ謎な問題になってくる。

 だけど昨日私はみたんだ。なんども試したことなのだ。聞いてからすぐ朝起きてすぐの、寝ぼけ眼、昨日の失敗や、彼氏とのあれこれ、友だちの気になるセリフ、すべてわすれるように、洗面台へ向かう、カーテンを開けてからのそれは恒例行事となった。ベッドから起き上がり、テレビをつけ、天気予報。騒がしい借りているアパートの一室で、201号室、化粧をしながらバイト先に急ぐ、下着のまま鍵やら、お金、バイト先の制服の整理、忘れ物の確認。そんなとき私は細長い合わせ鏡の向こうに、小さめの卓上鏡と私が目が合うのを感じる。鏡と目があったことは、私と私が目を合わせたことにはならない、だけど気にせず、私服で急ぎの用意を続けなける。お気に入りの薄手のカーデガン、優しいクリーム色。暗いブルーのスキーニーをはいて、忙しい朝の支度を終えて、そのあと必ず食パンひときれたべる。時計を確認、7時15分、そして再び、私は私と目を合わせる、そんな時に、私はみたのだ。にっこり微笑むその人物を。

「今日はきれいな顔をしているね」

鏡の中の私が私に向って微笑みかけてくれる時もある、だけど、その向こうに見える私は、疲れや悩みでうすきみわるい、皮肉っぽい笑顔をうかばせていた、自慢のえくぼがだいなしだ、だから先輩はそんな私に、この合わせ鏡の都市伝説を教えてくれたんだって思う。

慌て鏡《都市伝説》

慌て鏡《都市伝説》

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-05

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