マスキングイヤー

クーラーの効いた 真夏の涼しい部屋の匂いも

少し生温い リビングのマニキュアの匂いも

昨日 大切な人と寝た 特別なベッドの匂いも

その全てが わたしの今を感じさせてくれるんだ


匂いというのは あまりにも重要

卒業式のサクラ色の ほんのり赤いあの匂いを

まだわたしは忘れられないままでいる

学生時代は 過酷

青春なんてもの

そんなものを知ったのは

もう古びてしまったこの体になってからで

毎日が辛くて

朝が来るごとに

ああ まだ生きてるんだって

息してるんだって

生きてる心地を感じるだけで

苦しかった

消えてしまいたいなんて

そんな簡単な言葉じゃ表せなくて

毎晩泣いた 枕の匂い

教室に入った時の みんなの視線の匂い

覚えている

思い出すたびに

あの頃の感情を

掘り返して


匂いの絶大な力

感情との深い関係を意味している

わたしはこの季節を追いかけることで

逃してきたんだ

大人になったわたしは

もう何も感じなくていいと思った

あの頃よりはきっと自由だと思った


大嫌いだった大人の匂いは

今のわたしの匂いでした

マスキングイヤー

マスキングイヤー

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-03

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