連載 『芥川繭子という理由』 46~50

時枝 可奈 作

  1. 連載第46回。「神波大成×芥川繭子」
  2. 連載第47回。「スイッチを押せ」
  3. 連載第48回。「いろどり橋にて」
  4. 連載第49回。
  5. 連載第50回。「ベストアルバム」

昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。
自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、
こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。
既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

連載第46回。「神波大成×芥川繭子」

2016年、12月27日。
バイラル4スタジオ内、会議室。


この日、本来であれば練習終わりの神波と繭子と3人で、弊社が予約していた焼き肉店を訪れるはずだった。しかし当日はあいにく朝からの大雪で、練習の終わった22時の時点で帰る事すら断念せざえるを得ない降雪量となった。神波と伊藤であれば自宅は歩いて帰れる距離だが、吹雪く深夜に無理して帰る理由も特にはなく、前日に引き続き今晩もメンバー全員が建物内に残った状態でのインタビューとなった。


一昨日、クリスマス当日はメンバー全員でURGAのコンサートを鑑賞。
名残惜しさに後ろ髪を引かれながら楽屋への挨拶を終えると、その後スタジオへ戻ってパーティー。忘年会を兼ねた大人数での開催となり、ビクターからも担当者が数名、詩音社からは私と庄内他数名が参加。
催しは夜通し続き、開けて26日はお休み。
そのまま飲み続けるメンバーや爆睡したまま起きない関係者達。
食べて飲んで寝てを繰り返す者や普段といっこうに変わらない者など、混乱と驚喜に満ちた年に一度の大宴会は終わることなく26日の夜中まで続いた。
そして27日。
嘘のようにいつもと変わらない顔で朝から練習を開始するメンバー達に愕然とし、とにもかくにも着替えて通常業務に戻らねばならない私と庄内はスタジオを後にした。
その時点でかなり強めの雪が吹きすさんでおり嫌な予感はしていたのだが、私が20時前に再びスタジオを訪れたのを待っていてくれたかのよに、そこから猛烈な吹雪が一帯を襲った。


伊澄翔太郎と伊藤織江が向かい合って座った光景を見た時にも感じた新鮮さを、今日も同じように感じる。神波大成と芥川繭子が二人だけで何かをしている現場に出くわした記憶がほとんどないからだ。もちろん二人で話をしている場面は何度も見かけているが、二人だけでというのはない。しかし私が知らないだけで、もしかすると普段から接している時間の多さから判断すれば、メンバー内で一番仲の良い二人なのかもしれないとも思う。
会議室内でよく見かける光景なのだが、部屋の真ん中に置かれた会議机にメンバーの誰かが座る時、もしくは座る予定が決まっている時、繭子は決して自ら彼らの横に座ろうとはしない。必ず彼らの顔が見えるように、少し離れた壁際に置かれた椅子に座る。思い返せばその椅子には繭子しか座らないし、そこが彼女の定位置なのだろう。


「焼肉、食べたかったな…」
と、繭子。
壁に体を預けて長い足を放り出し、頭頂部を壁につけるように天井を向いたまま目を閉じている。毎日羽織っているアギオンライダースの下には白のパーカーとタンクトップ。
黒のスキニージーンズとボロボロの練習用スニーカー。
飾り立てているわけではない。
それでも。
-- 繭子、なんか、…綺麗になったね。
私の言葉に閉じていた両目が開き、言葉の意味を理解すると私を見やって、
「…うえ?」
と言葉にならない声を出した。


ドアが開いて神波が入ってきた。
繭子は私から目をそらして居住まいを正す。
神波は会議机の椅子を引くと、コトリと机にサングラスを置いて入り口を向く形で着席した。練習終わりのためか、長い髪を後ろで束ねて持ち上げている。身長が高く割と筋肉質な為今はそれ程でもないが、若い頃は女性に間違われる事も多かっただろうと想像する。
-- お疲れさまです。
T「お疲れさん」
M「お疲れさまです」
-- いきなりですけど、最近繭子綺麗になったと思いませんか。
M「あはは、なんだよ、なんで2回も言うのよ」
T「本当にいきなりだな。それは、時枝さんがここへ来るようになってからってこと?」
-- そうです。髪を染めて、服装も少しタイトに変えて、バンドとしても着実に実績を積み上げていますし、自信から来るのかなあ。もの凄く綺麗だなと思います。
T「へー。だってさ。良かったな」
M「えー。どうでしょうか?」
-- 繭子は本当に自分の容姿を褒められるのが苦手だね。別に不細工だなんて思ってるわけじゃないでしょ?
M「というか、綺麗とか可愛いとか言われてその事に反応するより先にさ、『なんでこの人私にそんな事言うの?』っていう身構えた感じになっちゃうんだと思う」
-- 気持ち悪、と。
M「言い方がアレだけどね(笑)。織江さんと誠さんがギリギリかな。だから初めてトッキーに会って話してさ、そういう事言われた時もなんだよって思ったもん。これはあれか? 私を褒めておいて他のメンバーに上手い事繋いでもらおう的な魂胆か?って」
T「ふふ」
-- 恐れ入るよ。筋金入りだね。
M「でも大成さん聞いてくださいよ。この人めっちゃくちゃ言うんですよ」
T「何を」
M「可愛いとか綺麗とか、もうオッサンみたいに言うんです」
-- えー。
M「なんなら言葉じゃなくて、『ハアアッ』とか」
T「それは何?」
M「小動物を見つけた時の女子高生のリアクションです」
T「あははは!」
M「そんな事ばっかやってんですよ、この人。だから最近はもう慣れっこにはなりましたけどね」
T「まんまと嵌められてんじゃんお前」
M「え?」
T「上手い事やったね、時枝さん」
-- はい。
M「えええ!」
-- 嘘だよ。何も考えてないよ。ただ単純に綺麗所が好きなだけ。なんだかね、皆さん似てるんですよ。繭子も、織江さんも、誠さんも。だからきっとノイさんもそうだろうし、なんならURGAさんもそうです。皆どっちかと言えば可愛いさのある綺麗系でしょ。Sっ気のあるふんわり綺麗系に弱いんです、私。
M「ああ、トッキーどMだもんね」
-- ふふ、そうかもね。
M「笑ってるよ」
T「お前らいいコンビだな。年近いんだっけ」
-- 私が一つ上です。
T「へえ。誠の一個下か。更に同世代の友達が出来て良かったな」
-- 友達って(笑)。
M「まあ、面白い人ではありますよね」
-- ありがとうございます(笑)。昨日、一昨日と、庄内とパーティーに参加させていただいたじゃないですか。その時私と誠さんと繭子を見比べながら同じ話になったんです。
M「年齢の話?」
-- うん。一個上に関誠がいて、一個下に芥川繭子がいるってどんな気持ち?って。
M「どういう意味?」
-- お前は何をやってんだ、って事?
M「はあ!? 何言ってんの?」
T「それはちょっと酷いな。二人と比較する事に意味なんてないだろ」
-- あはは、そんなに大した話でも怒るような事でもありませんよ。私自身そう思ってる部分もありますからね。彼なりに発破かけたんだと思います。楽しい、嬉しいだけじゃ駄目なんだぞっていう。ちゃんと仕事を全うしろよって。
T「言い方ってもんがあらぁな」
-- あらぁな(笑)。だけど本当はこうして優しくして頂けたり、気遣ってもらってる事や、なんなら自宅にまで上がり込んでる事態を庄内は心良く思わない人なので。そこは私自身反省している部分でもありますし、残り3か月はこれまで以上にしっかりとした、意味のある取材を行わねばと、思う次第です。
T「まあ、そう言われちゃうとな。仕事だしね、会社の方針やマニュアルなんかもあるだろうから何にも言えないけどね」
M「あの人、ああ見えてすごいちゃんと考えてるんだね、ちょっとびっくりした」
-- あはは、ああ見えて一応次期編集長だからね。仕事に対しては厳しいよ。
M「厳しいんだ」
-- 例えば、取材を終えた後は内容を記事にする前にまとめて報告を上げてるんだけど、ほとんどそのまま通る事はないよ。
M「へえ、何で?」
-- 私どうしても感情が先に出ちゃうんだよね。本当は、目の前で起きている事や聞いた話をそのままアウトプットして、そこから私なりの考察や行間の意味なんかを付け加えていくべきなんだろうけど、どうしても感情が前に出ちゃう記事を書いてしまうんだ。だから絶対、こんなじゃただのゴシップ記事だ、こんなんじゃただのティーンズノベルだ、こんなんじゃだめだのオンパレード。
M「んー、まあ、そういう仕事の話はよく分からないけどさ。多分私は読んだ瞬間、あー、トッキーだって分かっちゃうような記事が読みたいかな」
T「そうだね。俺もそうだよ」
-- ありがとうございます。
M「まあ書籍化の話はちょっと置いといてもさ、ムックだっけ。売らなきゃいけないもんね。色々大変な事をたくさん考えながら作らないといけないんだろうけど、トッキーにしか出来ない事をやって欲しいとは思ってるよ」
-- うん、頑張る。でも上からポカンとやられる事もさ、ありがたいなと思う面もあってね。前に言った、私が個人的に書いていた連載用とは別の文章を読んだ時に、庄内が言った事があって。ドーンハンマーというバンドは自分にとっても特別なバンドだから、本当はこの連載は自分も一度は企画した事があるんだって。だけどなかなか時間の調整がつかずに断念したけど、やるからにはせめて自分と同等かそれ以上にバンドを愛してくれる奴にしか任せられないと思ってたって。その文章を読みながら、涙流してありがとうって言われた時は本当に嬉しかったんです。私はとても大きいものを背負ってるんだなって、更に火が付いた思いがしたし、そういう人が真顔で駄目出ししてくる以上、やっぱり駄目なんだなって(笑)。
M「へー、なんか嬉しいな。そういう人達がこうして積極的に関わってくれて、バンドを良い方向へ導こうと頑張ってくれてんだなって思うと。嬉しいですね」
T「ありがたいね」
-- 頑張ります。
M「でもさ、庄内さん、昨日一昨日とかなーりテンション高かったねー」
-- うん。久しぶりに皆さんと会えてうれしかったのと、生で皆さんの歌う『still singing this!』を聞けたからだと思います。私がPVに出させてもらった事に対しては本気で拗ねてたからね。
M「あはは、可愛い人」
T「あいつそういう大人げないトコあるよな」
M「(PV)次出してください、次まじで出してくださいってね、私に言ってたもん。知らないですよ私はって(笑)」
-- ごめんね、珍しく結構酔ってた。やっぱり竜二さんと翔太郎さん相手には勝てないんだね、さすがだなーと思って。
T「酒の強さにさすがもなにもないよ。体質だろ。結局それで体壊すような事になったら目も当てられないよ」
-- 確かに(笑)。
M「楽しい夜だったねえ。ナベさんもさぁ、最後まで泣かなかったし、格好良かったなあ」
-- スピーチでしょう? ちょっと惚れちゃうレベルで格好良い人ですよね。this is 男気。
T「男気という意味ではあいつは本当熱いモノもってるよね。普段『僕』とか言ってるくせにね。だから俺はどっちかって言うと今、マーが心配だよ」
-- マーさんがですか。それは渡米後の仕事についてとか。
T「いや、そうじゃなくて。知ってると思うからあえて言ってないけど、ナベはどちらかと言えば日本にいた方が仕事には困らないからね」
-- 彼の仕事の性質上という意味ですか?
T「そう。面倒だしひとくくりで『音響』って言ってるけど、マーとナベでは仕事の分野が違うんだよね。ナベはPAエンジニアがメインだし、俺達の担当を外れちゃうと現場が日本中に散らばってしんどいだろうけど、需要はあると思うんだ。あいつくらい仕事出来てキャリアがあるとね。もちろん俺達の仕事もこれまで通り相談はするし、でかい場所でやる時は普通に呼ぶけど、こっちだと織江のコネとかクロウバー時代のつながりもあるから今まで以上に手広くやれる思う。でもマーはどちらかと言えばミキシングとかレコーディングとか、サウンドエンジニアの方がメインなんだよ」
-- 一般的には分かりづらいかもしれませんが、結構違いますよね。
T「うん。音作りと環境作りって言うと分かりやすいかな。それぞれがお互いを手伝ったりアドバイスし合ったりって具合に、コンビで頭使って体動かしてやってきたけど、今度から一人でやんなきゃいけないからね。もちろん俺も手伝うしテツもいるけどさ、そういう体力的な部分意外でどうしてもさ。ナベとマーもずっと2人で生きて来た所あるからね。ちょっと心配ではあるかな」
M「あの2人も長いですもんね。学生時代からだし、クロウバーも一緒にやって、マーさんが足を悪くされてからも2人で支え合って、頑張ってこられたんですよね」
T「うん。本当はマーもこっち残してやりたいけど、それはやっぱり俺達も困るし、何よりナベがそういうの嫌うからね。そうなった時のマーの心境はきっと、辛いよなあと思う」
-- バンドも人も環境も、色々変わって行きますね。
M「トッキーだけじゃなくてさ、私達も気を引き締めて、前を向いて頑張んなきゃいけないね」
-- 無理はしないでね。
M「無理は、する!」
-- 言うと思ったよ。
M「どんどん血反吐吐いて頑張るよ!」
-- 怖いよ!



-- 『still singing this!』のPVを先行公開されるという話を聞きました。
T「もうちょっと先だけどね、多分2月頭とか。アルバムの宣伝用に何パターンか広告映像作るらしいんだけど、その一つにマユーズが入るのかな、確か」
-- TVCMとは違うんですか?
T「違う違う、ビクターとうちのサイトで見れる宣伝用の動画。いついつ発売!みたいな」
-- なるほど。繭子どっきどきだね。
M「まあ誰に何言われても返事はもう決めてあるしね」
-- 分かった。『遊びだし』でしょ。
M「イエス、マム」
-- 私は実は、ちょっとだけ嫌なんだ。
T「おいおい」
M「嫌って言った(笑)」
-- うん。…やっぱりなんだろうな、大切すぎる気持ちとか思い出って誰にも汚されたくないじゃないですか。もちろんこの場合は私の思い出って意味じゃないですよ。皆さんの作品においては色んな人の目に触れる事は本当は願ってもない事だし、汚されるなんて事はあるわけないんですけど。皆さんと繭子の関係だとか、他人には決して見えない、理解されない記憶や温もりや愛情の塊であるあの曲を、私自身がとても大切に思ってるんですよね。勝手にですけど。なんなら、おまけでアルバムにつけるのもやめたらいいのにって。
M「わーお、凄い事言った今」
T「まあまあまあ、言うのはね、タダだから」
-- あははは。すみません、これ暴言ですよね。
M「でも分かるよ、凄い分かる。凄い分かるし、嬉しい。ありがとうトッキー。本当に」
-- ううん、感謝されても、申し訳ないしか言えないけど。
M「でもね。本当は違うんだよ」
-- 何が違うの?
M「あの歌はね、そういう歌じゃないんだよ」
-- え、え、何を言い出すの。怖い怖い。
M「あはは。んー、今ならやっと言えるかなっていう気もするから言っちゃおうかな。大成さんもいるし、言っちゃおうかな」
T「なに、怖い話すんの? お前怖い話駄目じゃん」
M「怖い話なんかしませんよ(笑)」
-- ドキドキしてきた。どうしよう。
M「やめる?」
-- やめないよ。
M「顔が怖いよ。あのさ、クリスマスに全員で合唱したでしょ、『スティル』」
-- うん。
M「いつもの楽器セットの所にさ、あるだけの数マイクスタント置いてたの気が付いた? あれあらかじめ私がセッティングしといたの。どこかのタイミングで皆で歌えればいいと思って」
-- そうなんだ。わざわざ?
M「うん」
-- マイクを増やしたのはなんで? 常に3本は立ってるし、コーラスなら3人で1本とかでも足りたんじゃない?
M「そうだね。コーラス部分を交代で歌いましょう、なら全然足りるけど、私は皆で歌いたかったんだよ」
-- コーラスじゃなくて、歌って欲しかったんだ。最初、繭子が歌い始めてすぐに竜二さんの腕掴んだでしょ。その時一瞬竜二さん嫌がったらさ、んんー!って繭子も怒った振りして見せたじゃない。あれってそういうやり取りだったんだね。
M「そう。竜二さん的にはね、自分はボーカルだし、人の歌を取りたくないっていう気持ちがあったみたい。私が大切に思ってる歌だっていうのは皆が知ってる事だし、酔って大威張りで歌って良いとは思えないって」
-- うん、うん。
M「それは私もわかるしね、翔太郎さんの腕を取った時も、優しいから振りほどきはしないけど、見えない程度には抵抗されたしね」
T「あははは、そらそうだわ」
M「大成さんもですよー(笑)。名前呼んでもなかなか前出てこないし」
T「俺が歌うってなんだよって思うよ、皆思うよそりゃ」
-- どうして繭子は皆で歌おうって思ったの? クリスマスだから、皆で大合唱しよう!みたいな事なのかな。
M「私にとってあの歌は、いわゆる『みんなのうた』なの」
-- …NHK的な?
M「分かりやすく言うとね、そう」
-- へー、なんだろう。どういう意味なんだろうか。いつからそうんな風に考えるようになったの?
M「最初から」
-- …えっと?
T「最初っていうと。…翔太郎がお前に歌詞書けって言った時から?」
M「はい」
-- え。…え、おかしくない?
M「あははは」
-- いや、笑ってるけどさ。だってあの歌は繭子のものでしょ。子供の頃繭子に『アギオン』というお守りソングがあったように、死ぬほど頑張った昔の自分や、支えてくれたメンバーへの感謝を忘れずに、ずっとこの歌を歌っていこう、そうやって私はずっと生きてるよっていう応援歌なんだよね。
M「うん」
-- それがなんで『みんなのうた』なの?
M「今すっごい嬉しい。ちゃんと伝わってるって物凄く嬉しいんだね。今トッキーが自分で言ったよ。そういう事なんだよ。私に『アギオン』があったように、皆にそういう歌があればいい、この歌が力になればいいなと思って書いた歌詞なんだよ」
-- えーっと、やばいぞ(笑)。鼻の奥がツーンとするな。
M「(笑)、だってもともとお遊びでしょ。練習でこう、ぐわ!っと同じ筋肉を酷使した後にストレッチ感覚で、別の筋肉使ってほぐそうぜっていうノリで始まったシャッフルだし。私がボーカルだからって私のバンドだなんて毛程も思った事ないからね。ニューアルバムの話になって、向こう(アメリカ)で織江さんとおまけの話した時に、すっごい面白そうだなって思ったのと同時にさ、これひょっとしてこういう機会は最初で最後かもしれないなって、ふっと思ったんだよね」
-- なんで?
M「んー、直感。思いっきり皆で笑って遊べる最後のチャンスかもしれないから、絶対元気に歌える歌が良いなって。翔太郎さんにまずその事だけは伝えて」
-- うん。
M「なんで泣くんだよ(笑)」
-- 分かんないけど。なんだろうな、…あなたって人はもう。
M「皆さ、これまで大切な人を失ってきたんだよ。大成さんだって、竜二さんだって、織江さんだって、翔太郎さんだって、誠さんだって、もちろん私も。皆いっぱい辛い思いしてきたじゃんか。それなのにさ、私が私だけに頑張れっていう歌なんか歌えるわけないでしょ? 皆で一緒に歌ってさ、変な言い方だけど、亡くなられた人達を側に感じながら、それでもまだ生きてるよな、それでもまだこの歌を歌い続けようよ、って。そういう事がしたかったの。だってどう考えてもさ、アキラさんもノイさんもカオリさんもさ、生きてるじゃんか、皆の中で。まだ生きてるんだよ皆。人間いつかは絶対死ぬんだけどさ、それまでの間はずーっと、『まだ生きてるよ、歌ってるよ』って皆に歌い続けて欲しいと思って、そうやって書いた歌だから」
-- すごいなあ。…すごい。うん、すごい。
M「あはは」
-- すごいすごいすごいすごいすごい! 繭子みたいな人には出会った事がないよ。
M「壊れたかと思った(笑)。今まで言わなかったのはね。私がどう考えてるかとか、何を思って書いたんだとか、制作中はもうどうでも良くなるぐらい皆の気持ちが嬉しかったからなんだ。もしかしたら地味に聞こえるかもしれない翔太郎さんのドラムだって、物凄い高度な技術だって私には分かるし、めちゃくちゃ練習してたの見てるし。それこそ翔太郎さんが弾くレベルのギターリフを何度も指攣りながら練習してくれた大成さんの真剣な顔や、こめかみの血管ブチ切れるくらい本域の絶叫でコーラス入れてくれた竜二さんの泣き笑いを見たらさ、今はもうひたすら喜んでいようって。ね。うん。だから本当の本当は皆が歌って欲しいんだよ。…大成さん私これ、怒られるような話じゃないですよね?」
T「ああ、怒らないよ。お前らしいなーって思う」
М「(照れたように笑う)」
-- 私今日絶対泣くもんかって思って来たのに。ああ、これだよ。
M「あはは、今日誕生日だもんね。おめでとう!30歳だね!」
-- ああああ、とんだプレゼント貰った気分だよ。
M「もひとつ言うとさー、私実はノイさんに会った事ないの。知ってた?」
-- …私? うん、知ってた。取材内容整理してて気が付いたけどね、敢えて聞いたりするのも性格悪いかなと思って、言わなかったけど。
M「そっかそっか。…うん、アキラさんはもちろんだし、カオリさんにも会った事あるけどね、ノイさんだけないの。私が皆と出会ったのは高校生の時で、会いに来るのが間に合わなかったんだよね。そこからほぼ毎日、一緒に時間を過ごしてきて思うのは、本当にこの人達は愛情を忘れないんだよね。愛情を無くさない、見失わない。私なんて一度もお会いした事ないのに、もうなんだか10年来の付き合いがあるような錯覚に陥るからね。もちろん写真では顔を見てるしさ、古い映像を何度も見せてもらったり。なんか変な気分なんだよね」
-- うん。そうだね。私もそういう瞬間あるよ。
M「だよね。それに、年齢的に言ったら最後に死ぬのは私でしょ、分かんないけど。でも年功序列で言うとさ、皆の死に際に私立ち会うでしょう。そんな時にさ、一人一人の側に立って『私はずっとここにいましたよ』って言えたらすっごい幸せな人生だなあって。そういう事も考えた。前に翔太郎さんが言ってくれた事があるってトッキーに話したよね。俺達はどこへも行かないよって、言ってくれたんだって。私もそうですよって、その時は言えなかったからさ」
-- うん。いいね。すっごい、いいね。
随分間の抜けた返事だと自分でも分かっている。
しかし言葉で何かを返す事の意味のなさにも、私は気が付いていた。
具体的な感想を100個並べて隙間を埋める事より、大切なものがあるからだ。
芥川繭子の言葉と笑顔だけが必要な真実だ。それ意外は、今は何もいらない。



T「織江に聞いたんだけどさ。URGAさんもあの歌聞くと泣けて仕方ないんだって」
M「ああ、それめっちゃ嬉しいですね」
-- 名曲だと仰ってました、確かに。
M「そうかー。嬉しいなあ。沁みる」
-- 嬉しいね。
M「嬉しいよー」
-- 次は大成さんに曲書いてもらうとも仰ってましたよ。
T「俺? ああ、書いてみたいね」
-- 妄想が膨らみます。
M「聞いて、私さ、誠さんにURGAさんの存在を教えてもらってから、よく2人でコンサート見に行ってたの」
-- へえ、そうなんだ。
M「うん。東京だけじゃなくて地方にも追いかけてって、並んでサインしてもらったり、握手してもらったり」
-- そうなの? 知らなかった。URGAさん2人の事は覚えてたの?
M「覚えてないよそんなの(笑)。何人ファンがいると思ってんの」
-- いやいや、そうだけどさ。絶対そのファンの中でも美人のツートップでしょうよ。
T「あはは」
M「失礼な事言うな(笑)。もっともっと綺麗なファンの人だっているでしょうよ」
-- セキマコより綺麗な素人なんていてたまるか!
M「おいおいおい、怖い事言うよ(笑)」
T「素人だけとは限らないだろ。でも誠と言えばさ、昔髪の毛長かったのを今みたいに短くしたタイミングもURGAさんの影響だしな。あっちは一回セミロングにしてまたすぐ今の長さに戻したけど、誠は翔太郎がショートヘア褒めたからそのまま。でも切る切っ掛けはURGAさんなんだよね」
-- へえ。意外な切っ掛けですね。
M「ニューアルバムのジャケット見て『うわー、これいいなー』って叫んでその日のうちに切りに行きましたよね。だけど髪切ってすぐモデルの仕事増えたって喜んでたの今でも覚えてる(笑)。私あの頃のURGAさん好きでさー。全然見せないけど、あの人も相当も辛い経験されてるもんなあ」
T「そりゃあ刺さるよな、お前の歌詞は。『END』だって良く歌ってくれたよな」
-- 確かにそうですね。あの歌こそ人によっては凶器並の破壊力を持ってますものね。お相手が竜二さんだからこそ、可能だった組み合わせに感じます。
M「いくら翔太郎さんの頼みとは言えね、伴奏ならまだしも一緒に歌うのは相当覚悟いるよね。URGAさんにしてみれば実績やキャリアとは関係のない歌入れになるわけだし。竜二さんっていう人を知っていないと、出来ない事だよね」
-- 本当にそうだよね。いっつもふわふわで、温かくてニコニコで、天真爛漫な天使のような人だけど、そういう外見や表面的なものの奥にある人間URGAの底力って、とてつもないんだなって心から思う。
T「いいね、ライターっぽい」
-- 10年選手です(笑)。そう、こないだのコンサートだって凄かったですよね!
M「クリスマスコンサート? もう、天使というか神だよね、あの人」
-- 確かに、人が神がかる瞬間を見たよね。あの集中力とか、胆力とか、実力もそうだし、愛嬌、立ち居振る舞い、話し方、声、全てが完璧だった。私が褒めた所で何程のものでもないけどさ、やっぱり分かってるようで全然分かってなかったなって改めて感動した。
M「分かる。色々思い出しながらさ、凄い楽しみでドキドキしながら開演待ってたけどさ、いざ始まってみたらもっともっと凄い事に気付くんだよね。あんな人いないよね(笑)」
-- 楽屋で泣いてたね。
M「え?」
-- 皆さんで楽屋にご挨拶された時。
M「私? 見られてた(笑)。一瞬だけどね、色々思い出しちゃってさ。多分、公演終わりで本気オーラが抜けてないURGAさんを見ちゃったから余計になんだけど、顔見た瞬間ギュー!ってして欲しくなった」
-- 思い出したのは、自分の昔の事を?    
M「それもあるけど、URGAさんの事かな、あの時は」
-- ああ…。
M「私今でも一番CD聞いたり、ツアーDVD見たりするのが『WHOSE NOTE』の赤なんだよね(REDとBLACKの2枚同時発売のアルバム)。『WOLVES & FILMS』とか。あの頃のURGAさんて今よりもずっと少女性があってさ、幸せに満ち溢れた笑顔なの。声のトーンとか、話す内容とか、幸せ一杯なの。見てて辛くなる瞬間もあるんだけど、でも幸せな笑顔のURGAさんが可愛くて大好きだし、当時一番コンサート見に行ってた時でもあるから思い出もたくさんあって。大切な人を失ってからこの2年の間、今がダメとか嫌だなんて全く思ってないし、そういう話じゃないのは分かってもらえると思うけど。当時の私のコンディションとか、誠さんとの楽しい思い出ともリンクしてるし、私にとってはあの頃のURGAさんは切り取って額に入れて飾っておきたいぐらい特別な存在としてあるんだよね。…だけどこないださ、そのコンサート見てて、あれ、なんか今日凄い良いな、綺麗だな、可愛いなって思って。いや、いつもだけどさ(笑)。クリスマスだからかなーなんて思ってたけど、楽屋入った時の満ち足りたURGAさんの笑顔見たら、何でか急にダー!って涙出たんだ」
-- 幸せなんだね、きっと。
M「うん、きっとそうだよね。…良かったぁって思って。そう思いたいしね」
-- マニアックな話するけどさ、私URGAさんのコンサートで好きな瞬間があって。
M「うんうん」
-- 終盤も終盤でさ、『今日は本当に、ありがとうございましたー!』って手を振りながら笑顔で言うじゃない。
M「うん」
-- あの声って、凄くない?
M「マニアックすぎるよ!(笑)」
-- 歌ってる時の声とは違うけど普段話す時には出さない声量じゃない。高くて明るくて清らかで、のびやかで爽やかな声なの。
M「あー、分かるなーそれ」
T「地声がめちゃくちゃでかいから出せるんだよ」
-- そういう事なんですか!
T「うん。実は歌ってる時ほど出てはいないんだけどね、ちょっと意識して声を張るっていう程度であそこまで出せるんだよ、あの人。気持ちいいよね、あの声。俺も好きだな」
-- 良いですよねえ。あの声だけは、コンサートに行かないと聞けないんですよ。
M「ああ、そうかもー。ホールで、そこそこのキャパのあるとこでね」
T「前に隣(練習スタジオ)で歌ってくれた時に言ってた『メルシーボークー!』っていう声がそれだろ?」
M「あ、ほんとだ!そうだ!」
-- 私それ生で見てないですからね、残念(笑)。箱の大小に拘らず色んなステージで歌われる方ですけど、クリスマスコンサートは私毎年通ってます。年一のご褒美です。
T「そうなんだ」
M「知らなかったー、誕生日プレゼントみたいなもんだね」
-- そう。今年がいっちばん幸せでした。席はバラバラでしたけど、皆さんと同じ時間に同じものを見て幸せな思いに浸れました。ありがとうございました。
M「私達は何もしてないけどね(笑)」
T「俺らはあえてバラバラに見る方が好きなんだよな。周りに知った顔が見えると気が散るから」
M「皆さんそうですよね。私今回トッキーと織江さんと並んで見てましたけど、楽しかったですよ」
-- 前見ても横見ても夢見心地でした。だから実を言うと、ここへ来て割と早い段階で繭子の口からURGAさんの名前聞いた時、びっくりしたんですよ。仕事中だし、繭子の前で『私大ファンなんです!』なんて言えないからすっとぼけてるんだけどさ。今だから言えますけど、めっちゃラッキーでした。
M「あははは!言えば良かったのに」
T「時枝さんのそのデリカシーをさあ、竜二に別けてやってよ」
-- 竜二さんはああいう感じで大正義なんです、きっと。
T「おおおおお。絶対そんなわけねえし」
(繭子、時枝、爆笑)



--『BORN TO ROLL』拝見しましたよ。
T「ありがとう。変じゃなかった?」
-- 変になりようがないですよ。
今月発売されたバイク雑誌『BORN TO ROLL』2017年1月号に、
神波大成単独インタビューとグラビアが掲載されている。
T「俺見てないんだよ」
-- 何故ですか、現場でチェックされてますよね?
T「してない。誠がついて来てくれたから、代わりに見てっつって」
-- そうなんですか!
T「織江が忙しくてね、わざわざ俺だけのために手間取らすの嫌だったんだけど、その日空いてるんで行けますよってあいつから連絡くれて。勝手が分からない現場だし助かったよ」
-- へえー!
M「トッキー顔に書いてるよ」
-- 何?
M「ワタシモイキタカッタナ!」
-- え、行きたくならない? そんなのさあ、当たり前だよ。ハーレーと神波大成と関誠とグラビアだよ? 涎出ちゃった。
T「フフ」
M「誠さんのインスタにオフショット出てたよ」
-- あ、更新されてるんですね。チェック忘れてるや、しまったな。
M「大成さんベースの事は全然喋らないのにバイクの事めっちゃ喋るんだって」
-- あははは。
T「今更なあ、ベースの事ってもバイク雑誌で言える事なんてそんなないしね。最近乗ってはないけど、いじるのは昔から俺も好きだからな。アキラとかマーとも一緒に何台か作ったし」
-- そうなんですね! …はあ、ここへ来て私知らない事だらけだなあ。
M「はは、そらそうだって」
T「あ、こないだも途中で話終わってるけどさ、多分竜二と翔太郎がクロウバー名乗ってパンクごっこやってた時期に、俺とマーはバイク弄ってたんだよ。近所のバイク屋に入り浸って、クズみたいなパーツ磨いて組み立てて、アキラに試乗させてスッ転んで、ゲラゲラ笑って。何にも考えずに笑えた瞬間があったのはバイクのおかげだと思うし、マーのおかげかもしれないね」
-- 素敵なお話ですね。
T「『BORN』は昔から読んでるから取材受けたけど普段ならきっとグラビアは断ってると思う。けどオファーがあった時に、マーも織江もいいじゃんって目をキラキラさせるからさ。そういうもんかなーと思って」
-- でもチェックはしない、と。
T「しない。自分の写真とか興味ないよ、見ても分からないし」
-- ドハマりでしたよ。私も胸が熱くなる思いでした。あのごっついハーレーって版元のアイテムですか?
T「なんでだよ。俺のだよ(FLS、ソフテイルのオールブラック)」
-- うわ、そうなんですか。めっちゃ格好いいですね。
T「バイク好きなの?」
-- 私も免許取ろうかと思って。いつかアメリカ遊びに行って皆さんと一緒に乗ろうと思ってるんです、ハーレー。
T「へえ、いいね。知り合いに教習所の教師やってる奴いるから紹介するよ」
-- ありがとうございます!
M「トッキーも大概だね。忙しいの好きでしょ」
-- うん、ずっと動いてたい。もしくは文章書いていたい。
M「あはは、病気」
-- 誉め言葉だね。
M「いいねえ(笑)」
-- あ、大成さん、目、平気ですか。かなり赤いで…。
すよ、と私が言い終わらないうちに、繭子は椅子から立ち上がって神波に歩み寄る。
持ってます?と彼女は顔を覗き込みながら声を掛け、忘れたと神波が答える。
おそらく目薬の事だろう。
私が教えてもらった話では、もともと神波は黒目の色素が人より薄く、光に弱い。加えて幼少期に負った怪我が原因で右目の視力が悪く、光に過敏に反応し痛みを伴う事もあるそうだ。充血も酷く、よく目薬を差している場面を見かける。彼のトレードマークである度入りのサングラスも、もとは彼の目が悪いせいで掛け始めたのが切っ掛けである。
M「私取ってきます。楽屋ですか?」
T「ごめんなー」
繭子は会議室を出ようとしたが、ピンと背中を伸ばして立ち止まる。
M「違う違う、私持ってるんだった」
そう言って彼女はライダースの右ポケットから目薬を取り出して神波のもとへ戻る。
M「織江さんから預かったんでした。ごめんなさい」
T「なんで謝るの、助かった」
M「注しますね」
座ったままの神波が顔を上に向けると、繭子は覆い被さるようにして右手で持った目薬を彼の上に持っていく。
T「近い近い、近い繭子近い」
どうやら繭子の体が神波に当たっているようだ。
M「動かないでください(笑)。…はい」
繭子は神波から離れると、キャップと閉めて机の上に目薬を置いた。
右目から涙を流しながら前を向く神波。
サングラスをしていない彼を見るのは久しぶりで得した気分でいたのだが、やはり掛けた方が良さそうだ。繭子は元いた自分の椅子に戻り、何事もなかったような顔で座りなおした。
-- 不思議なものを見た気がします。だけどそれが何なのか分かりません。
M「何の話?」
T「あああー、滲みる。ごめんね、中断したな。なんだっけ」
-- いえ、大丈夫です。
神波は机に転がしていたサングラスを掛けると、微笑んでカメラに手を上げて見せた。



-- 以前もお伺いしましたが、やはり今後もインスタやツイッターなどのSNSを利用されたりはしないんですか? その時は確か、考えてはいるけどなかなか難しいと思う、といったご返事でしたが…。
T「それは、誰が?」
-- 織江さんです。
T「ああ、うん。そうだね」
-- やはり。ドーンハンマーのオフィシャルサイトはありますが、特にメンバー個人のツイッターやブログとリンクしているわけでもないので、情報発信のツールとしては正直少し弱いですよね。
M「あった方が良いのはなんとなく思ってるんだけどね。分からないけど、メンバーって個人的にもやってないんじゃないかな。やってます?」
T「やってない。リリースの情報はビクターが出してくれてるのがあるし」
-- でも逆に言えば「そこしかない」ですからね。今後海外に拠点を移すわけですから、ファンは生の最新情報を知り得る手段を欲しがると思います。私も欲しいです(笑)。
T「いやー、うん、でも厳しいよな。結局うちがそれらをオフィシャルで使うっていう事は、織江の仕事が増えるっていう事だからね」
M「そうですよね」
-- 繭子がやればいいじゃない(笑)。
M「無理無理、何すりゃいいのよ」
-- ライブ告知とか、アルバム制作状況とか、練習風景の写真アップしたりとか。
M「面倒臭いが勝っちゃう(笑)」
-- はっきり言うなあ。いいんですか、大成さん。
T「はは、どうだろうね、人の事言えないしな。他に上手く扱える人がいればメリットもあるんだろうけどね、男所帯みたいなもんだし俺らは無理だよ。繭子も含めてね。織江は確かに人任せにするのを嫌うから、自分達の情報は自分達で出して行きたいっていうのは前から言ってるけど、今は織江の仕事増やすのはデメリットでしかないな」
M「そうですね。私がやれたらいいんでしょうけど、続ける自信ないなあ」
-- 誠さんは、どうなんですかね。今でもご自分のインスタ継続されてるのを考えると、やはり流行には敏感な方だと思いますし。大成さんが仰ったように、やはり情報発信としてはメリットはありますよ。
M「仕事柄頑張ってた、みたいな所あるみたいだよ。事務所やめるって決めた時にさ、一度全部アカウント消そうとしてたし」
-- そうなんだ。意外だね。更新頻度は分からないけど、アップされてる写真の枚数は結構多いように感じたけどな。
M「人気商売みたいな面もあるからね。同じ事務所のモデルさん参考にしながら頑張ってるって言ってたもん。割と気づかれないみたいだけど、仕事場とか仕事内容の事しかアップしてないんだって、インスタもツイッターも」
-- そうなんだ。
M「うん、完璧にそこは分けてたって。だから今回大成さんとのオフショットも何かの仕事だと思われたって(笑)」
-- へえ。そっかー、あまりプライベートでSNSを利用する人ではないんだね。
M「それがさ、面白い話があってね。誠さん、織江さんと大成さんに相談したんだって。アカウント全部消そうと思うんですよねって。そしたら大成さん真顔で『お前外に顔出して金稼いでてた自覚ないんか』って言ったんだって。ね、大成さん、ね。でね、『いきなり黙って消すとストーカーになったりする奴出てくるから自然消滅するまで適当にやってろ』だって」
-- もう、繭子。地味だけどそれは一番世間に出しちゃマズい話(笑)。
T「あはは!こいつ怖いよなー」
M「え、駄目でした? 私めっちゃ笑ったんですけど」
T「面白けりゃ話して良いと思ってんのかお前は」
-- あー、面白い。リアルな意見ですよねえ。でも、そういう時翔太郎さんだったらなんて仰るんですかね。そもそも自分の恋人がインスタとかツイッターに写真上げてて、それをよく分からない人がいいねしたりコメント寄こしたりする事自体、嫌じゃないのかな。
M「それもさあ」
T「お前本当懲りないな(笑)」
M「マズイですかね。あ、じゃあ、分かった。あのね、誠さんもちろん翔太郎さんにも相談してるわけ。そん時の返事がね」
繭子は両手で口元を覆い隠し、音声さえ消せば何を言っているか分からないよう工夫する。
M「『誰がどんな誉め言葉であいつに声掛けようが誠自信関係ないと思うんだろうし、仕事辞めてメリット感じないなら意味ないんじゃないの。でもそうやって上から目線でいられる間は単純に俺が気持ちいいから、続ければ』だって。誠さん照れて超喜んでるし。でもそれ聞いた織江さん何て叫んだと思う?『このクソドエスが!』って」
神波と時枝、手を叩いて大笑い。
地団太を踏んで仰け反って笑う。
伊澄の声と伊藤の言葉が脳内で完璧に再生されて、ツボに突き刺さった。



-- もちろん入ってはないですけど、昨日楽屋前の廊下までは行ったんです、私。
T「誠起こしに行った時か?」
-- そうです。
クリスマスパーティー2日目の26日。伊澄の楽屋で仮眠していた関誠を、頼まれて起こしに行った時の事だ。
-- こちらからお声かけする前に自分で出てこられたので入ってませんけど、なんで楽屋ってあの並びなんですか?
T「部屋の並び?」
-- ここ(会議室)の隣から階段上がって3階すぐ、手前から翔太郎さん、繭子、竜二さん、織江さん 大成さんの順番なんだとお聞きしました。
M「私が一番奥嫌がったんだよ。角部屋は怖いって言うでしょ」
T「あはは」
-- え、怖い話? オカルト的な事なの? 繭子って本当にそっち系ダメなタイプなんだ。
M「そっち系行けるタイプって逆になによ。普通嫌でしょう?」
-- 大成さんは平気なんですか。
T「真面目にそんな話すんの?」
-- まあまあ、息抜きですよ。雑談も大切な時間です。
M「トッキーは全然大丈夫な方?」
-- そうだね。忘れっぽいのもあるし信じてないのもあるし。そうかあ、でも繭子って全くそういう事には頓着しないイメージだったけど、可愛い一面もあるね。角部屋も嫌だし、きっと一番手前も嫌だって我儘言ったんだろうね。
M「言った(笑)。一番手前はね、階段上がってすぐの近い部屋がいいって翔太郎さんが自分で言ったから、どうぞどうぞと。竜二さんが隣は嫌だって言うから間に私が入って、あとは角部屋をどっちが取るっていう話で、大成さん優しいから」
-- ちゃんと理由があるんだね、ホントに面白い人達。なんかそういう理由で角部屋避けてるとさ、もともと何とも思ってなくたって、嫌な気分になりませんでした?
T「いや別に。遠いなあ、ぐらい。そもそも俺と織江はあまり寝泊りする方ではないし、そんなに使ってもないからね。今日みたいな日とか、動けないくらい(練習)やった日とか」
-- なるほど。
T「でも繭子さ、仮に幽霊みたいなのがいるとしたらだよ」
M「ええっ、はい」
T「そういうものが存在出来る世界があるっていう事だよな。次元というか、なんかそういった空間が」
M「はい」
T「そしたらさ、それはそれで面白い事になるよなって思うんだよ」
-- 面白い?
М「面白くないです」
T「繭子が怖がってるのは、そりゃ単純に幽霊がいたらびっくりするってのもあるけど、脅かされたリ襲われたりするのが嫌なんだろ?」
M「はい」
T「でもさ、もしそういう世界があるんなら、きっとそこにはアキラもカオリもノイもいるはずだろ」
M「え!凄い!なんですかその発想」
-- あはは、豪華な世界だなあ。
T「そういう事にならないかな。もし幽霊がいるんならね。だから、もし何か変な奴が繭子にイタズラしようとやって来たとしても、きっとその後ろから鬼のような形相したアキラ達が殴りかかって来てくれると思うよ」
繭子はぽかーんと口を開いたまま固まっている。
神波の語った優しい空想話は、おそらく本人が想定したであろう子供だまし程度の効果を完全に超えていた。イメージした瞬間うるっと涙腺が緩むくらいに、友情と思いやりに満ちた世界だからだ。確かに彼の言う通りだとすれば、あちらの世界は少しも怖くない。
T「なんならさ、そういう世界があってほしいくらいだよ」



-- 以前大成さんに繭子のお話をお伺いしましたが、繭子の時は恐縮した感じで、少し距離を置いた印象でメンバーを語っているのが記憶に残っています。個人的には、繭子にとって大成さんはどんな人?
T「俺のいない所で話せよ(笑)」
-- あはは!
M「難しい事言うなー」
-- そうかなあ。別に一言で言い表せなくてもいいんだよ。
M「そうは言ってもなあ。私これでも大成さんが独身の頃から知ってるでしょ。すでに織江さんていう美人で何でも出来る女性とお付き合いされてて、プロデビューもしてて、楽器も上手くて、作曲もできて、男前で、全部持ってる人なんだよね」
-- あはは、そう聞くと凄いね。天は一体彼に何物を与えたもうたか。
M「そこなんだよトッキー。まあ男前はさておきさ、一つ一つちゃんと考えてくとさ、大成さんて全部努力で手に入れて来たからさ、だから幸せになって当たり前の人なの」
-- うん、うん。
M「何が難しいってさ。それを言い出すと竜二さんも翔太郎さんもそうだから、私にとって大成さんはどんな人って言われると、『彼らとの違いは何』っていう話になるの」
-- ははあ、そうか、なるほどね。
M「やっぱり、一番大きいのは織江さんの存在だよね。私織江さんの事嫌いな人なんていないと思うんだよ。付き合いの長さによって度合いは違ってくると思うけど、きっと昨日織江さんと出会ったどこかのスタッフさんだって、会ったその日のうちに好きになっちゃうんだよね」
-- うん、分かる。私も大好き。超大好き。超ー大好き!
T「あはは、あー、なるほどね。ありがと」
-- こちらこそ、ありがとうございます。
T「なんだよ(笑)」
M「まっすぐで裏表なく見たままの人。優しくて、思いやりがあって、綺麗で、温かくて、良い匂いのする人。その織江さんがさあ、…こーれ、まーた怒られるかなぁ(笑)。心の底から大成さんを愛してるんだよ。私二人といる時間が一番長いから結構色々知ってるんだ。織江さんてね、今でも大成さんと二人っきりになるとドキドキするんだって」
-- ヒャ!
T「(腕組みしたまま項垂れている)」
M「織江さんて子供の頃に皆と出会ってるからさ、言い方悪いけど選び放題だったわけでしょ。まだサラピンだった皆を知ってるわけだし」
-- おい!(笑)
T「こいつ…駄目だー(笑)!」
M「あはは、でも竜二さんでも翔太郎さんでもアキラさんでもなく、大成さんなの。今でも、全然間違ってなかったって言うの。腹立ったから全部言ってやりましたよ」
カメラに向かってニヤリと笑い、ピースする繭子。
-- 大丈夫なの、本当に怒られるよ?
M「あはは、ウソだよあれは。怒られないよ。こんな事で怒られた事一度もない。織江さんと大成さんはね、…うん、怒らない。うわ、ごめん、急に来た」
繭子は笑いながら指先で涙を救い、立ち上がってティッシュケースを取りに向かう。
いきなりの涙に私は少し動揺したが、神波が苦笑いを浮かべて彼女を見つめている姿を見て落ち着きを取り戻した。
-- 平気?
M「平気平気、ごめんごめん。あー、今久しぶりに思い出した。私さ、高校卒業してすぐ、まだ18歳の時にバンドに入ったんだけど、その時大成さんと織江さんがね、うちの実家に挨拶に来てくれたの」
-- え?
M「なんなら普通は逆だと思うけどね。お世話になる会社に挨拶しに行くなら分からないではないけど、二人の方からうちへ来てくれて。それって、後で聞いたんだけど大成さんが、織江さんにそうした方が良いって言ってくれたって聞いて」
-- そうなんですか?
T「(黙って繭子の方へ顎を向ける)」
M「まだ二人は結婚してないけどね、二人ともスーツ着て、菓子折り持って、育ての親みたいな雰囲気でうちへ来てくれたんだ。私それだけで涙出ちゃって。両親は何がなんだか分かってない様子でオロオロしてた。当時まだ今程ドーンハンマーの知名度がなくて、『名前を名乗っても、社名を言っても何も説得力がないのを承知でお願いします。娘さんを私達に預からせてください。あまり印象の良くない世界である事は否定できませんが、私達が全力で彼女を守ります。彼女の力が必要です。どうか、この通り、よろしくお願いします』。正座して、畳に額をつけて、織江さんはそう言ってくれたんだ。うちの親は馬鹿だから、素直にうんて言えば良いものをなんだかんだ言っちゃって。『まだまだ教育の出来上がっていない小娘ですので、お預けすると言っても迷惑ばかりおかけすることになると思います』とかね。そしたらね、大成さんがすーって顔上げて、にっこり笑ってさ。ウチの親に言うの。『少なくとも私なんかよりは、お嬢さんはご立派です。お嬢さんの直向きに生きる努力が、今の私達に必要な力です』。一発でうちの親落ちたもん。よろしくお願いしますー!って」
-- 凄いねえ。凄い話だなあ。
M「ねえ。凄いんだよこの人は。私いじめられて死にそうになってた18のガキだよ。片やプロデビューまでした凄腕ミュージシャンだよ。ましてや幼馴染を亡くした悲しみが全然癒えてない時だからね。もう、なんか今でも震えてくるよね、そんなのってさ…」
-- (頷く)
「何年か経ってその時の話を織江さんとしたの。そしたらさ、当日、うちの家に到着するまで織江さんはどうやって両親を説得していいか分からなかったって言うの。今だから言えるけど、口の巧さで言えば翔太郎の方が達者だし、一度会ったこともあるから、連れて来るのは大成じゃない方が良かったかもしれないって思ってたんだって。でね、娘さんを下さいじゃないけどさ、とりあえず怪しい者ではございません的な、なんとか信用してもらえないかって方向で話をするんだけど、そこはやっぱりなかなか、うん、難しかったって。そんな時に横で黙って座ってた大成さんの空気が一変したんだって。びっくりして横見たらさ、キラースマイル。ニッコリ笑って言うじゃない。一撃で両親落とした姿を見て、この人で間違いはなかったんだって、自分を恥じたって言ってた」
-- 恥じた?
M「うん。一番信頼を置いてる人に不安を感じた自分の器の小ささを恥じたって」
-- ああ、織江さんらしいな。
M「あはは、うん。その後家に帰ってね、『さっきなんか怒ってなかった?』って聞いたんだって。物凄いオーラを感じたから。そしたら大成さん真顔で首振って、『怒ってないよ。本気でそう思ったから、どうしても伝えておかなきゃなって思っただけだよ』って。その本気がさ、感情が言葉より早く織江さんに伝わったんだよね。私その話聞いて凄いなと思うのがさ、大成さんの人柄はもちろんだけど、もの凄く大成さんを近くに感じてる織江さんの寄り添い方なんだよね」
-- うん、うん。
M「物凄く使い勝手の良い言葉で言うとさ、『雰囲気』だよね。ただそれだけの事なのかもしれないけど、とことん相手を思っていないと、そんな簡単に人の心境が変化する瞬間なんて分からないと思う」
-- うん、そう思う。
M「そういう人だからさ。その場のノリで適当に言ってる上っ面な私の言動なんか全部どーんと受け止めてくれるし、簡単に怒ったりなんてしない。違うと思ったら違うって言ってくれるし、正しいと思う事を教えてくれるけど、そこに怒りなんてない。繭子、それは違うよ。繭子、こうした方がいいよって教え導いてくれる。…そういう素敵な人が心に決めた相手が大成さんだから。私が何かを言うより100倍分かりやすいでしょ」
-- 確かに、これ以上の事はないね。
T「…もう終わった? もうその辺でやめてくれる?」
(一同、笑)



-- 翔太郎さんが仰ってたんですけど、『あの時大成さんをぶん殴っておいて良かった』と。どういう意味なのか教えていただくことは出来ますか? ずっと気になってて。
T「何? 急に物騒な話振ってくるね」
M「喧嘩の話ですかね。 お二人の喧嘩って私ほとんど見た記憶ないですよ。お互い尊敬し合って仕事してる気がします」
T「仲違いしてた時は何度かぶつかった事あるけどね」
-- それって意見の衝突とかではなくて、拳骨ですか?
T「の時もあったよ」
-- でも大成さんは一番翔太郎さんと喧嘩したくないんですもんね。
T「そうだね(笑)、殴り合いは勘弁したいね」
-- あ、思い出しましたけど、翔太郎さんがそれ言った時、織江さんも『そこは感謝してる』って仰ってましたよ。
M「えー、なんで?」
T「…ああ、ああ。うわ、あいつそんな事まで話してるの?」
-- 込み入ったお話なんですか?
T「込み入ったと言うか、恥部だよ恥部。黒歴史って言うの、今」
-- あらら。大成さんにそんな歴史があるんですね。そもそも翔太郎さんて人殴りすぎですよね(笑)。
M「コラ。思ってても言っちゃ駄目」
-- 繭子も怒ってたでしょ。
M「私はいいの(笑)」
-- ずるい!
T「あいつ確かに手出すの早いからね。最近はやっと落ち着いて来たかなって思ってたけど、全然だよね。前にここで竜二ぶん殴った時にやっぱり凄いなって思ったのが、全く衰えてないなっていうのがさ、ちょっとびっくりした」
-- どこに感心してるんですか(笑)。
T「殴る蹴るに関しては今更良いとか悪いとか、そういう感想出て来ないしね。人の事言えないから。それよりテツも言ってたけど、正直俺もテツも純粋な腕力では負けないって思ってる所あったけど、全然止められないことにびっくりした。本気でびっくりした。あ、これやっぱまだ勝てないわって思って。時枝さんやURGAさんは多分喧嘩自体見慣れてないと思うけど、俺はあいつを全然止められないんだって事が衝撃だった」
M「それだけ本気で、思う所があったんでしょうね」
T「うん。まあね」
M「翔太郎さんはどんな流れでそんな事言ったの?大成さんを殴ったのなんて、私の知る限り随分前の話じゃない?」
-- それが分からなくてさ。話としては、大成さんと織江さんが入籍した話の流れで。翔太郎さんも竜二さんもお二人の結婚を泣いて祝福してくれたのがとても幸せだったという織江さんのお話を受けて、ぽつりと翔太郎さんが仰ったんですよ。
M「んー」
T「それはだから、うん、アキラが死んだ時の事だね」
-- ああ、そうだったんですか。
T「うん」
-- そうなって来ると、おいそれとお伺いできる話ではありませんね。
T「別に構わないよ。翔太郎がもう先に言っちゃってるようなもんだからね」
-- そうなんでしょうか(笑)。
T「人がね」
-- はい。人が。
T「…死に過ぎたんだよな。俺達の周り、ずっとそうだったから」
-- …はい。
T「うん。あえて悲劇的な話をしたいわけじゃなくてね。でも普通死んでるよなっていう俺達みたいなのが生き残ってるのに、うちの父ちゃんが拍子抜けするほどあっさり死んじまったり、ノイが若くして死んだり、カオリも、アキラもさ。…誠の御両親なんて俺達があいつに出会う直前に二人同時に亡くなったわけで…。その事に関しては翔太郎も言ってたのがね、誠の両親の墓参りに行く度に、言いようのない心細さに襲われるって、…うん。飄々としてるように見えるあいつですらそんな風に感じてるんだよね」
-- 心細さ。
T「誠はどんどん大人になっていくし、年をとっていく。だけど、誰が見たって素敵な子だなって思えるあいつをさ、生み育てた両親には一度も顔を会わせる事もなく、それが永遠に叶わないなんて寂しすぎるって。永遠に許しを得られないまま誠の隣にいる自分が卑怯者のようにすら感じるんだって、翔太郎はそこまで言ってたよ。だけど、なんか、そういう死んだ人間に対する後ろめたさみたいなものは、俺にも分かるんだよ。分かるけど、これは一体なんだろうなーってずっと思ってて。タチの悪いバツゲームなのかな、残された俺達は何を思えばいいんだよって。ぐるぐると同じ事考え続ける時間もあったよ。本当はさ、たった一人だって、誰かを失う事は自分の身を切られるより辛いからね。絶対に慣れる事はないもんな。時枝さんは、身近な誰かを亡くした経験はあるかい?」
-- …すみません、まだありません。
T「なんで謝るんだよ。それがいいよ、良い事だよ」
-- 私では、皆さんのお話を噛締める事も出来ませんね。
T「そんなのはさ、いずれ絶対やって来る悲しみの予行演習程度に思ってりゃいいよ」
-- んー、あはは。…ただですね。私が皆さんの口から誰かの死を、お聞きする時に考えているのは、大事な人を失った悲しみは想像もつきませんが、私が大切だと思っているあなた方が、なぜこんなにも、悲しくて辛い思いばかりしなければいけないんだろうかと、そんな事を思ってしまいます。
T「あはは、優しいねえ」
M「ありがとね。大丈夫だから、せっかくの誕生日に泣いちゃ駄目だよ」
T「そうだそうだ、誕生日なんだから」
-- 普段仕事をしていて何気ない瞬間にふとあなた達の事を思い出します。
M「…」
T「うん」
-- 資料をまとめてホチキスでパチンと止めるその瞬間に何の脈絡もなく、絶唱する竜二さんの横顔を思い出して泣いた事もあります。取材先で撮った写真のレイアウトを考えながら気が付くとあなた方の歌を口ずさんでいます。目を見開いて観客を煽りながらギターリフを弾き飛ばす翔太郎さんを思い出して、カップに注いでいたコーヒーが溢れた事もあります。
M「…うん」
-- 一日の終りにお風呂に入り、シャワーを浴びて汗をかく度、必ず一瞬大成さんを思い出すんです。今も、毎日です。
T「あはは」
-- 汗だくになりながら一心不乱にベースを弾いてる大成さんは、全身から火傷するほど熱い蒸気を立ち上らせて、それでもいつだってメンバーを横目にとても優しい笑顔をされています。…大事な全体会議の最中、広げたノートの隅っこに芥川繭子と何百回も書きました。本当言うと、それら一つ一つに意味なんてないけれど、ここにいる間だけじゃなくて、私の日常の全てにドーンハンマーは紛れ込んでいます。…出会って1年にも満たない私ですらこうなんです。話を聞くたび新たな発見があって、私のこれまでの10年全部を使って、バンドの魅力を世界中に伝えたい衝動に日々突き動かされて生きています。あなた達がこれまで失って来た大切な誰かを考える度に、もし私があなた達を失ったとしたらと、自分に置き換えています。…もう、気が狂いそうになるくらい悲しいです。
M「…うん。もう分かったから。分かってるから」
T「俺もそうだよ、時枝さん」
M「…」
T「…アキラが死んだ時にさ。アキラのいなくなった病室で、俺言っちゃったんだよね。『俺が先に死にたかった。俺が死ねば良かったのに』。織江が泣いて、その瞬間翔太郎にぶっ飛ばされた」
M「…」
T「後にも先にも、あれほどの勢いで一方的に翔太郎に殴られた事はないな。顔面をボカーンと殴られて倒れ込んだ俺に馬乗りになって、何発も何発も。シャレじゃないけどさ、死ぬほど痛かったよ。翔太郎が泣いてるのが見えて、俺も泣けてきた。すぐに竜二が止めに入ってくれたんだけど、あいつ黙ったまま俺に覆い被さって自分が殴られてさ。翔太郎もお構いなしで、竜二ごと殴り続けた。繭子もいたね。誠もいたし…、皆いた。そのうち翔太郎が声を上げて泣き出して、でも殴る手を止められなくて、たまたまやって来た看護師や医者が何人かであいつを止めにかかるんだけど、そんなの全員軽々と振りほどく勢いなんだよ、ああいう時のあいつって激しいから。そしたら織江が泣きながら、『大成、謝って』って言うわけ。殴られてる俺にそれを言うわけ。『早く謝ってよ!』って。ああー、そうかーと思って。小さい声で『ごめん』って言ったら、翔太郎も殴る手を止めた。…後になって思うのがさ、俺達上手くできてるなぁっていうのがさ、うん。…俺もさ、口では格好良い事言いながら絶対死にたいわけないんだよ。でもそのぐらい辛くて。同じ辛さや怒りの矛先を、俺に見い出して殴る翔太郎がいて。耐えかねて俺の代わりに殴られる竜二がいて。そんなの肉体的な痛みなんてきっと何も感じなかったくらい、あいつらだって辛かった。アキラがいなくなった日に俺達はそうやって、3人になっちまった事を身をもって知ったというかね。俺は、なんかそういう風に思ったな」
M「…不器用でしょ?」
T「あはは、違いないね」
-- うん。でも…うん。



M「落ち着いた?もっと楽しい話しようよ、泣いてばっかりだよ今日(笑)」
-- ごめんごめん、楽しい話しようか。んーと、つい先日竜二さんとURGAさんの対談を撮影させてもらいましたけど、昨日かな、竜二さんにちらっと聞いたんです。『FIRST』収録の『レモネードバルカン』という曲についてなんですけど。
T「はは、懐かしいなあ、なんの話?」
-- バンドとしては最初のアルバムですが、そういう意味とはまた違う理由で思い出深いという言い方をされていました。
T「思い出深い…。そうなんだ」
-- そうなんだ? 大成さんとの思い出という風に受け取りましたが、違うんですか?
T「曲書いたのは俺だけど、何かな。聞いた事ある?」
M「大分前なんでうろ覚えですけど、大成さんのお母さんの事じゃなかったでしたっけ?」
T「母ちゃん?」
しばらく思い出すような顔で考え込んでいた神波が、ゆっくりと体を前に倒した。やがて持ち上げた顔には今にも泣き出しそうな程の笑みが浮かんでいた。
T「ああ、…多分何となくだけど分かったよ」
-- 何となくですか。繭子はどこまで知ってるの?
M「いや、どういう曲かっていうのは知らないんだけど、『レモネードバルカン』っていうタイトルの由来は前に聞いたかな。面白い名前でしょ、だって」
-- まあ、言われてみればね。その対談の時にURGAさんが、記憶に残ってる歌詞があるって言ったのが『aeon』と『レモネードバルカン』だったの。
M「へえ!意外」
T「2曲しかないのかよ!」
-- (笑)、その時は歌詞の内容にはほとんど触れられなかったので、気になって後でお伺いしたんです。そしたら竜二さんが、思い出深いのは確かだなって。大成覚えてっかなーって、優しい笑顔されたので、じゃあ直接聞いてみますねっていう、そういう経緯なんですけどね。
T「へえ」
M「へえって(笑)」
T「うちの母ちゃんが関係してるなんて今知ったもん。あいつ何だって?」
M「私が言うんですか? 竜二さん呼んできましょうよ。まだ隣にいますよ、どうせ皆帰れないでしょうし」
T「いいよわざわざ、大した話でもないだろどうせ」
М「ほほう、言いましたね。よーし、絶対泣かしてやる」
T「お前がか。俺をか」
M「ちょっと待っててよトッキー、今から神波クール大成の泣きっ面を撮らせてあげるからねえ」
T「あははは!」
-- 笑われてるじゃん、もう(笑)。繭子もうろ覚えなんでしょ?
M「ん、というかストーリー性のある事は何も知らないよ。昔ね、大成さんのお父さんが亡くなられた時に、お葬式って言ってたかなぁ。その時に大成さんのお母さんが出してくれたレモネードを飲んだのが、人生初だったんだって」
-- うん、それで?
M「…さあ泣け、グッドルッキング大成!」
T「無茶言うなお前!」
-- もうネタに走ってるじゃない(笑)。でも、人生初のレモネードの味が衝撃的だったって話なのかな。バルカンってバルカン砲の事ですよね。
M「あ、携帯に入ってるから久しぶりに聞く? アキラさんのドラムも聞きたいし」
-- ああ、聞きたい。でも歌詞の中にレモネードバルカンっていうフレーズは出てこないですよね。
T「相変わらず詳しいね」
繭子のスマートフォンから、懐かしい音が流れ出す。
DAWN HAMMRER 1st ALBUM 『FIRST』より、M.7 『レモネードバルカン』。
小さな情報端末から流れる疾走感あふれる若々しい音。しかし今もって誰にも真似の出来ない完成された演奏技術とオリジナリティだ。ギター、ベース、ドラム、ボーカル、どれ一つとして色褪せてはいない。まるで昨日作られた新曲のようでさえあるが、違いを上げるとするならやはりドラムの音だろう。善明アキラの持つ天性の軽やかさとグルーヴを鮮烈に感じる事が出来る。繭子の叩くドラムとはやはり明らかに違うのだ。池脇竜二の熱唱が、会議室内の温度を上げていく。
-- はー。やっぱいいなあ、格好いいー。
M「ねえ。このクオリティでアルバム7曲目だもんなあ。大成さん何か思い出しました?」
T「まあ確かに、衝撃的な不味さだったのは認めるよ」
-- 美味しいですよ、私好きですよ、レモネード。
T「そこらへんに売ってるやつじゃないよ、自家製だからね。しかもそんなシャレたもん作った事ないのにだよ。聞きかじった適当なレシピで初めて作ったものをさ、それを薄めずにシロップ状のまま原液で出したもんで、くっそ不味いしありえない程濃いドロッドロなモン飲まされて」
繭子、時枝手を叩いて笑う。顔が真っ赤になるほど、笑う。
T「あはは。まあでも、俺以外全員がそれ飲み干してた。それを、さっき思い出した」
神波のサラリと放ったその言葉に、ポ、と胸の中で火が灯った。何故だろうか、それは急に胸の中がじわりと熱くなる感覚に似ていた。また私の考えすぎる悪い癖が出たのかと繭子を見ると、彼女もまた、苦笑いを浮かべて視線を落としていた。
T「前にチラッと話した思うけど、こっちへ越してきてすぐに仕事中の事故で父ちゃん死んだんだよ」
繭子が右手の中で少し音量を下げた。
T「造船業の下請け会社でさ、他の家の父ちゃん連中なんかも自分で立ち上げた会社に誘って、さあこれからって時にあっさり逝っちまいやがってさ。途方に暮れるというより、呆れたよな。そんな簡単に死んでんじゃねえよって、悲しさよりも怒りとか申し訳なさみたいなのが先に立って、葬式ん時も、俺も母ちゃんも泣けなかったよ。俺はまだ13歳のガキだからさ、なんか適当にそれらしい顔してりゃ良かったけど、母ちゃんにしてみりゃ実際泣いてる場合じゃないって思ったって。申し訳なさすぎてそれ所じゃなかったって。もちろんあいつらの両親は誰一人として父ちゃんを責めたりなんかしなかったよ。逆に俺ら以外皆号泣してたからね。本当にありがたい事だし、胸を張っていい光景なのかもしれないけど、あの時はそんな風に思えなくてさ。そんな空気だったから、まあ、あいつらも、なんからしくないんだよね。冗談の一つも言えないで、大人しく正座したまま動かないし、そもそも一言だって喋らないし。そこへ気を利かせたつもりでうちの母ちゃん、ここぞとばかりにレモネード。…まあ、出したはいいけどこれがこの世の物とは思えない味とトロミでね。…あはは、しんみりすんなよー」
M「…はは。色々想像しちゃいますね」
-- (涙を堪えるのに必死だ)。
T「俺なんか一口含んでゲ!って吐いたもん」
-- ははは。
T「でもなんでかな、あいつら喋んないし、本当なんでか分からないけど、3人とも嫌な顔一つしないで飲んでくれたんだよ。それを見た時にさ、…ああ、本当に父ちゃん死んだんだなって。さっきのアキラの話じゃないけどさ、あいつらを見て初めて、そうなんだなって思った」
繭子の右手の中で、池脇がサビのフレーズを叫んでいる。
私は繭子のスマートフォンを睨みつけるようにして聞きながら、溢れようとする涙を抑え込むのに精一杯だった。
M「これ、…竜二さんなんて叫んでるんでしたっけね。リーブイット…」
繭子は少しだけボリュームを上げて、耳元へ近づける。
私は携帯を取り出して歌詞を検索してみる。
-- ええーと、サビだね。ちょっと待ってよー。『 Leave it to us! 』かな。翻訳かけてみるね。
M「Leave it to us!Leave it to us!Come over me you glory! Leave it to us!yes! go now! やっぱカッコイイなー!」
-- ああ。
M「分かった?」
-- …駄目だー。
M「ん?」
私は震える声でその意味を口にする。



『こいつは俺達にまかせろ!』



「…ああー」
溜息を全て吐き出し、神波は体を前に倒した。
繭子は左手で口を押えながら、右手の中で叫び続ける池脇の絶叫を見つめている。
「くそが」
神波は負けじと顔を上げるのだが、止める手立てのない涙が両頬を濡らしていた。
この歌のタイトルが『レモネードバルカン』である事の意味。
神波の母親が出したレモネードの原液。彼女の喪失感と言葉に出来ない後ろめたさ。
早逝した父親の無念と、友人達の悲痛なる嘆き、嗚咽。
子供たちの無言の励ましと、そして決意の絶叫が時代を超えて今目の前に広がった。
伊澄と善明はただ黙って甘ったるいレモネードを飲み下す。
そして池脇は誓い、歌うのだ。
こいつは俺達に任せろ、と。
泣き声をかき消すように、繭子がボリュームを最大に上げた。



後日この時の話を伊藤織江に聞いてみると、想像だにしていなかった真相を教えてもらう事が出来た。
「逆に今まで知らなかった事が驚きだよね。何回歌って来たんだと。何回コーラス入れて来たんだって話だよね(笑)。竜二の方が衝撃受けちゃうよね。まあ、言わなかった私のせいでもあるのかな、私は当時から知ってたしね」
-- 本当に子どもの頃から、お互いを見守る眼差しや、思いやりや、絆の深さがとてつもない人達ですよね。
「そこは本当にそう思う」
-- アキラさんが亡くられた時の話、お伺いしました。大切な人の死に直面した時、そういう時こそ残された人間の絆の強さでお互いをガッチリとホールドしてるんだなって、涙が込み上げて仕方ありませんでしたよ。
「あはは、上手い事言うねえ。確かにその通りだよね。なかなか、受け入れる事が難しいと思うんだよ、家族だったり、仲間だったり、もう自分の一部だとさえ思っている人間が目の前で消え去るんだもんね。だから、あえて殴ったりとか、黙って見守ったりとか、その方法自体は何だっていいんだけどさ。側にいてお互いをちゃんと支えるっていう姿勢がね。今となっては時枝さんも色々話を聞いちゃったから納得できると思うけど、彼らは昔からあんな風だからね」
-- はい。もう、またダメだ(笑)。でも本当、『レモネードバルカン』素敵ですね。まさしくバルカン砲のごとき強烈な感動がありました。
「ん? 違う違う、違うよ、バルカン砲じゃないよ」
-- え、違うんですか。
「うん。クロウバーをやってた頃を知ってるとあんまり違和感ないかもしれないけどね。ドーンハンマーになってからはあの1曲だけだから、ひょっとしたら時枝さんも変だなって思った事あると思う。なんでカタカナなんだ?って」
-- ああ、はい。思いました。でも、そうですね。クロウバー時代は結構ありましたもんね。
「うん。だけどあれにはちゃんと理由があってね。逆にアルファベットで書いちゃうと、それこそバルカン砲とかバルカン地方みたいに、言葉に意味が生まれちゃうでしょ」
-- はい。
「でも違うんだよ。バルカンっていうのは名前なの。大成のお父さん、春雄っていうの。ハルオ・カンナミ。だからバルカン。レモネードバルカンっていう言葉の間にスペースもピリオドもないでしょ。あれは、大成のお母さんお父さんっていう意味の、そういうタイトルなんだよ」



『こいつは俺達にまかせろ!』
『こいつは俺達にまかせろ!』
『あんたの栄光を俺にくれ!』
『こいつは俺達にまかせろ!』
『こいつは俺達にまかせろ!』
『あんたの栄光を俺にくれ!』
『行こうぜ!今すぐに!』

( DAWN HAMMRER 『レモネードバルカン』より。サビ、一部抜粋 )

連載第47回。「スイッチを押せ」

2017年、1月3日。
練習スタジオ、楽器前応接セットにて、芥川繭子と。
(同席者として、伊藤織江)。



-- 年が明けて、今回が一発目の収録になります。
「私だけでいいの?」
-- はい。よろしくお願いします。
「じゃあ、よろしくお願いします」
(カメラに映らない位置で静かに座っている伊藤にも頭を下げると、『今日は私はいない感じでお願いします』と言われた。理由を問うと、『たまにはマネージャーらしくちゃんと付いていようと思って』との笑顔。いつもちゃんとしていらっしゃいます!)
-- やっぱりこの楽器前の、応接セットに座ると体温が2、3度上がる気がします。
「大変だ。高熱だ」
-- (笑)、会議室だったり外のお店だったり、場所がどこであれ皆さんは変わらず偽らないご自身を語ってくださるのですが、この場所はなんだか特別な気がします。
「なんでだろうね」
-- 繭子にとっては、ただの休憩場所?
「休憩しながら考え事してたり、他の皆が弾いてるのをここから眺めて参考にしたりっていうのもあるから、ただ休憩する場所ではないかなぁ。ここで仮眠する事もあるし、時間が惜しい時はここでご飯食べる時もあるしね」
-- そうだね(笑)。
「トッキーも一杯ここでお話したね。それこそ夕ご飯一緒に食べたり。思い入れが強い分、身が引き締まる思いがあるのかな?」
-- うん。流石にこの至近距離で演奏を聴く事はないけど、この場所はここにしかない最高の空間だと思うな。
「そうだね。…そっか」
-- さて、そんな最高の空間から今年を始めて行きたいと思うわけですが、この間資料を整理していて、自分が勘違いしてた事にひとつ気が付いたんだけど。
「うん」
-- アキラさんて『ワンバス』だったんだね(バスドラムを一セットで叩くスタイル)。
「へ?」
-- え?
「違うよ?」
-- でもうちのインタビュー記事整理してたら、ワンバスの話を熱っぽく語られていた回が出て来たんだけどな。
「そうなの?」
-- 繭子がツーバスだからてっきりアキラさんもって勘違いしたんだなーって、それ見て思ったんだけど、アキラさんもツーバスだった?
「そうだよ。だって私が叩いてるセットは元々アキラさんモデルがスタートだからね。その後ちょこちょこ変えて自分なりのセット組んだけど、めっちゃ苦労したの今でも覚えてるもん」
-- そっか。あれ、私何を読み間違えたんだろう。
「なんだろうね。ドラマーだし普通にワンバスについて話す事はあったかもしれないけど、アキラさんのセットは違うよ」
(んん)と伊藤の咳払い。
彼女を見やると、カメラの外で口パクをしている。
(『ペダル、ツインペダル』)
-- ありがとうございます(笑)。
「ああ、ツインペダル? 織江さん声出しましょうよ(笑)」
-- ツインペダルの話だったんですね。なるほど、だからワンバスなのか。
「あー、うん。言われてみればドラム始めた最初の頃はワンバス・ツインペダルだったって聞いた事あるよ。でもそれって単純にお金がなかったのと、ファーストアルバム聞けば分かると思うけど、恐ろしくパワフルだったもんね」
-- ツーバスで叩く必要性を感じていなかった?
「傍から見れば全然ワンバスでも通用する音だったと思うよ。『FIRST』の時はもうツーバスだから、今となっては本音は分からないけどね。別に速く叩けない人でもなかったし」
-- そうみたいだね。前に『タイラー』Dバンドの青山くんと話をした時にさ、善明アキラというドラマーについて何か知ってる事はある?って聞いた事があって。
「ほお」
-- そしたら実際に叩いてる姿を見た事はないけど、恐ろしい速さの連打をツインペダル無しのワンバスで踏んで、しかもツーバス並みの音出してたって話を聞いた事があって、『同世代だったら僕Dバンド入れてないと思うんで、鳥肌立ちました。日本人でそんな叩き方出来た人いたんですね』って言っててさ。
「あはは! 別にそういうスタイルを好んでたわけじゃないと思うけどさ、そもそもそれを生で見た人って誰なのよってなるよ!?」
-- 嘘なのかな?
「嘘つくような人?」
-- 全然、真面目な人だよ。
「じゃあ疑っちゃ悪いよ。でも凄いレアな場面だよね」
-- そうなんだ。
「だって私ですらステージ上では見た事ないよ。誰が言ってたのかな?」
-- ごめん、今度聞いておくね。
(『んんっ』伊藤の咳払い。『竜二』)
「あっはは、そうなんだ!まあでも、そりゃそうかぁ」
-- ありがとうございます(笑)。でもそれ聞いた時、私アキラさんに速さのイメージがなかったからさ、ちょっと意外だったの。私がこのスタジオ出入りしてるのは知ってるだろうし、お世辞でも言ってるのかなって思ったりもしたけど、繭子の言うように速さでも勝負出来る人だったんだね。
「もちろんもちろん。それはアキラさんだけじゃなくて皆に言える事だけど、どこを重要視するかは好き嫌いだと思うんだよ。でも出来ない事を出来ないまま放っておく人達じゃないし。皆、アキラさんは練習嫌いって言うけど、私の中であの人はずっとドラムセットに座ってる人だからね。それに色々な考え方あるけど、…ちょっと専門的な話をしちゃうとさ。速さってどういう叩き方をしようが要は連打じゃんか。それがツインペダルだろうが、ツーバス連打だろうが、音圧の違いや音の鳴り方の違いはあっても、結局はペダルの踏み込み回数と手数でしょ、ブラストの基本って。160で何分叩けるとか200で何分叩けるとか」
-- BPMの数字?
「うん」
-- 200って(笑)。
「普通だよ今。180以上は当たり前だし」
-- いやいや、そうだけどさ。改めて聞くと凄い話なんだけどねえ。
「バスドラとスネアの組み合わせが基本だって考えた時にさ、別に高速ブラスト叩くだけがドラムじゃないよっていう話をよく言ってた気がするの、アキラさんて」
-- うんうん。
「私はアキラさんの影響が強いから特にそうだけど、手数・音数で速さだけじゃない色んな音出したいんだよね。全曲200で叩けたとしても、それこそワンハンドロールが出来たって、それだけで一曲押し通すなんて面白くないしすぐ飽きちゃうよね。疲れるだけだし。ダブスト(ダブルストローク)もフィンガーショットもそれ自体に重要な意味はなくて、強弱のない音はそもそも嫌いだしね。弱いだけの音なんて尚更嫌だし」
-- なるほど、音圧ジャンキーだもんね。
「ふふ、うん。変な顔やめて(笑)。でも気持ち良いのは私がどれだけ速いかじゃなくて、他の皆の音と絡み合いながら走っていく時だからさ。もちろんそれは色々叩ける選択肢があっての話にはなるけどね。…ってまぁ、私の事は置いといて。だからアキラさんが速く叩けるのは私も皆も普通に知ってたし、使い所を選んでるのも知ってたよ。若い時はお金もないし拘りが速さにあったわけじゃないから、ワンバスで始めて、ツインペダル使ってみて、『音圧足りねーよー!』って言って頑張ってツーバスにして(笑)」
-- そうなんだー。おもしろい。
「普通だよこれ(笑)。皆通るよ。ってかさ、トッキーそんな事本当は知ってるよね?」
-- ん、なんで?
「色んな現場を取材してるんだから、知らないわけないよね。どうした?」
-- 知ってるから聞かないってなると、私取材出来ないじゃん。
「…ああ、そうか」
-- そうだよ。楽器の事を聞きたいんじゃなくて、それを扱う人のエピソードを聞きたいわけだしね。
「なるほどね。ただ、今でもやっぱり敵わないって自覚してるのは筋肉量だよね。ペダル踏み込む速さに直結するもん」
-- どこの筋肉?
「どこだろ」
(その場で高速地団太を踏む繭子)
(思わず目を見開いて微笑む伊藤)
-- あはは。速い速い。
「脛かな。脛周り」
-- そうなんだ、そこまで細かい話は知らないな。
「極論だけど速さだけならワンバスでもツーバスでも同じだよ。速く叩きたいからツーバスにしましたって言う人は、楽したいからツーにしましたって言うのと同じ。ワンバスでもめちゃくちゃ速い人は速いし」
-- 理論上はそうだけど。でもより正確に連打し続けるためにはツーの方がいいよね?
「正確さは人によるんじゃない? ブラストそのものは組み合わせと速さだから関係ないし。ワンバスツインペダルは音を消し合う事があるから音圧で比較すると弱いっていうのはあるけど、正確に叩けるかどうかは練習量だよ」
-- そうなのか。繭子はワンバスは嫌なの?
「体がもうツーバス仕様だよね(笑)」
-- 最初からだもんね。
「うん。だから、普通にアキラさんのセットのまま座って叩いた時にさ、ツーバスの上にタムがあるから、叩きにくかったよ。今より身長低かったし、背中も伸びてなかったしね。でも今はもう戻せないかな。うちのバンドには音圧必要だしね。ただでさえ女の私が叩く事で、音負けしてんじゃないの?って思われがちだし」
-- そっかそっか。ツーバス・ツインペダルは?
「使えるよ。でも、うーん、今の所正式な導入は考えてないかな。ドラムアレンジも大事だけど全体を見てから私の音は決まるからね。より複雑な叩き方採用して『お?』って思わせるよりも、…そういう派手な部分は私じゃなくて翔太郎さんの方が似合うかな。絶対勝てないし、あは、イカレた変態ギタリストだし」
-- それ今月号のモーガンのインタビューの事言ってる?
「もー、アレすんごい笑ったんだけど!」
-- なんで!? めっちゃ感動したんだけど!


『初めてステージでの演奏を生で見た時はぶっ飛んだよ。人間あんな風にギターを操れるもんなんだなって魔訶不思議なものを見た気がしたね。俺が使ってる楽器ってなんだっけ?って。ああ、イスミはイカレた変態ギタリストだと認めるよ。…世界一のね』
(『Billion』2017年1月号に掲載された、ドイツのエクストリーム・メタルバンド『Throne Of Dimension』のギタリスト・Morgan Pikeが語った、伊澄翔太郎への賛辞である)


「もっと言い方あるでしょうよ!って皆して大笑いだよ。まあでも、モーガンも良いよね。ライバル心が滲み出てて格好いい」
-- 同世代としての思いもあるだろうしね。手放しで褒めるのは嫌だけど、でも世界一っていう言葉を口にしてくれたもんね。凄い事だよ。
「ねえ。アメリカ人なのにドイツのスラッシュメタルバンドに移籍して一躍スターに登り詰めたもんね。彼も大概変態だよね」
-- 誉め言葉?
「もちろん!」
-- いきなり濃いドラムの話から始まりましたが、本当はアキラさんのお話を聞いてみたくって。
「私に?」
-- アキラさんの人間的な深い部分というのは他のメンバーの方が詳しい筈だけど、私が今日聞きたいのは、繭子とアキラさんの関係というか、繭子から見たアキラさんの事。
「なるほどー」
-- 難しい?
「うーん。大切な人だし、私の中でとても重要な部分なんだけど、言葉にして語れる事はそんなに多くない気がするなぁ」
-- アキラさんと出会ってから亡くなられるまでの期間て、どのくらいなの?
「知り合った時私が16歳で、亡くなったのが高校卒業する少し前だから、2年ぐらいかな」
-- 前のスタジオで出会ってるから、ドラムはもう始めてたね?
「うん」
-- あまり多くを語れないのは、どうして?
「例えばエピソードトークみたいのは、あるよ。でもそういう思い出話をする事で、それを聞いた人や読んだ人に『アキラさんってこういう人だったんだ』って思われる事に、まだ抵抗があるんだよね。大事過ぎて。もうあの人は自分の言葉で話をする事が出来ないから、一方的な決めつけになったとしても、反論できないじゃんね」
-- なるほど、難しいね。
「だから、話をするのは簡単なの。話をするのは好きだから(笑)。でも今いない人の話をするのは私にはリスクが大きいね。他の3人が話すのとは、ちょっと立場が違うもん」
-- 確かに。
「トッキーの事だからそこらへんは上手く編集してくれるんだろうけどさ、自分からはなかなか、ね。ごめんね、相変わらずで」
-- なんのなんの、腕の見せ所だと思ってるよ。
「あはは」
-- 皆の前で初めて叩いた時の頃覚えてる?
「それは覚えてるよ(笑)。初めて会った年の年末でさ、皆お酒飲んでて。そういう事強制したりする人達じゃないけど、ノリでね」
-- 繭子も飲んだの?
「うん(笑)。これアウトですか?」
(伊藤を見やる繭子。伊藤、苦笑したまま首を横に振る。これくらいの話私がなんとでもする、という頼もしい表情)
-- このくらいでアウトにはさせないよ。前のスタジオってさ、皆結構入り浸ってる感じだったの?
「うん、今とさほど変わらないイメージ」
-- 変な事聞くようだけどさ、前のスタジオって自分達のものじゃないよね? 使用料とかどうなってたの?
「お金の話(笑)!」
-- ごめん、気になっちゃった。
「私はバイトしてたし、なるべく自分で払うようにしてたよ。ただちょっと甘えてたのは、父親がスタジオ会員になってくれてさ、事情も理解してたからある程度援助してもらってた。それでも頻度が頻度だったから結構頑張ったかな、バイト。他のメンバーはー…」
(繭子の視線を受けて、伊藤は唇に人差し指を当てた)
-- なるほど。それで?
「何がそれでだよ全く(笑)。でー、まだその時は全然下手くそだったから却って抵抗なく叩けたんだよね。酔ってたのもあるし、楽しかったな。アキラさんのセットに座れる事とか、あの4人が仲良さそうにゲラゲラ笑ってる姿とか。当時の自分の日常と比較しちゃうと、どうしたってそこが天国に思えたよね。何叩いたかなー。多分コージーだと思うけど」
-- コージー・パウエル?
「渋いでしょ。何が良いかなーって、皆が好きそうなの狙って叩いた」
-- あはは!何叩いたの? どんな反応だった?
「『スターゲイザー』。皆ポカーンとしてた」
-- あっはは!そりゃそうだわ、そんな女子高生いないよ。やったね!
「イェイ!」
-- アキラさんて、繭子にどんな風にドラムを教えてくれたの?
「あーっと…、だから手ほどきのような事はなくってさ。前にもちらっと話した気がするけど、私の方からは色々聞けなくて。話はたくさん聞いたけど、実際に模範演奏があって、じゃあ次繭子叩いてみなーみたいなのはほとんど無いんだよね。勿体無いことしたな」
-- そっかー。でも優しい人だったんでしょ?
「子供みたいな人だったよ」
-- そうなんだ。前に誠さんから聞いたのがさ、末っ子体質だったって。
「アキラさんが? どーなんだろ。私からしたら皆10歳以上年上だからそんな風には見えてないけど、確かに可愛らしい人だよ、うん。顔だけ見たら本当にキリっとした男前なんだけど、いっつも目を細くして笑っててさ、なんか…ニヤニヤしてるの」
-- あはは!言い方!
「ニヤニヤは失礼か。でもそう、うん、ニコニコ笑ってるイメージ。笑顔」
-- へえ、そうなんだ。ジャケット写真だとそうでもないしさ、少ないインタビュー記事の写真とか見ても、割と真面目なイメージだったからね。やっぱり聞いてみないと分からないよね。
「うーん。…私がまだ十代で視野が狭かったのもあるだろうし、年の近い誠さんがいてくれた事や、それこそ織江さんみたいなしっかりした人が側にいたからっていうのもあるから、言葉とか行動を受けて彼らを自分で判断する前に、頭っから漠然と信頼しきってる部分は確かにあったよね。その時点で何を知ってるんだってくらい付き合い浅いくせに、何も不安や怖さがなくて。でもそれって私じゃなくて向こうの人柄だと思ってるんだけど、そこにはアキラさんの可愛さっていうのも、理由としてはあったかもしれない」
-- 可愛さって?
「目線が…、同じって言うと申し訳ないけど、全然上からではなかったからね。同じ年の友達と話をするように、聞いてくれたし、返事してくれてたから、カオリさんが驚いてたもん。あいつ丸くなったなーって(笑)」
-- そうなんだ(笑)。
「私は尖ってた時代をまだ知らない頃だからそこまでピンと来てなかったけどね。…だってさ、今思い出したけど、あの人、えー、ビックリマン?」
-- ん、何?
「あの、シールの付いたお菓子あるでしょ。今でもあるのかな。ビックリマンシール」
-- ああ!懐かしい!あった!
「アキラさんあれを集めてたの」
-- あははは!嘘!可愛い!
「可愛いでしょ? そいでさ、スタジオ遊びに行った時に『繭子、これあげるよー』ってくれるわけ。見たらそのビックリマンのキラキラしたシールなの」
-- ふふ。
「意味分かんないじゃん。何ですか?って聞いたら怒って『何ですかじゃないよ!お気に入りの奴上げるっつってんの!』って。本気で怒ってるわけじゃないよ? これ、どうするものなんですかって聞いたら、『財布に入れといてー、休み時間とかに見て、ニヤニヤするの』って」
-- 素敵な話だねえ。今でも持ってる?
「もちろん。落とすの怖いから財布には入れてないけどね。だから、そういう話は一杯あるよ」
-- あはは、良いなあ。アキラさんて繭子に対してだけそういう感じだったの?それとも皆に対しても同じような態度だったの?
「そういう感じって?」
-- 可愛い男の子みたいな。
「そうだよ。ああ、末っ子体質ってそういう感じなのかな。あの人達はもちろん全員同じ年だしタメ口でふざけ合ってるから、誰が上とか下とか全く感じないけど、アキラさんがやっぱり突っ込まれてる場面を多く見かけたね。竜二さんとアキラさんは、とにかく翔太郎さんに突っ込まれてた」
-- 目に浮かぶよ。
「あはは、だろうね。ただいざ演奏を始めるとそうじゃないんだよね。私がずっと溜息ついて憧れた、あの4人の一体感とか奇跡のバランスは、彼らでしかありえない物だと今でも思ってる」
-- そうなんだね。
「うん。同じドラムスだから言うわけじゃないけど、当時で言えば一番いい音出してたのはアキラさんだと思うよ」
-- ええ!?
「あの人がバンドの音を前へ前へ押し出してた。前にさ、翔太郎さんがインタビューで言ってたじゃん。あいつが一番音楽的な才能があったって」
-- うん。
「あれってきっとそういう事だと思う。上手いとか下手っていう事じゃないんだけど、当時から既に自分の出してる音に迷いがないというか。練習とかリハって普通はもっといい音、もっと格好いい演奏を手探りしたり確認したりする時間でしょ。でもアキラさんだけはいつも自信満々だった。迷いなくドッパンドッパン叩いてたよ。なんなら、翔太郎さん達がそれに合わせてた」
-- へええ!
「ように見えた(笑)。思い出補正かもしれないけどね」
-- いやー、それは凄い話だよね。だってそういう思い出があると、繭子としてはアキラさんの壁はやっぱり高いよね。
「もうだから、そこを超えようとする事を諦めたよ。私は私なりのやり方であの人達とやって行こうって。私が彼らを前へ押し出すのは無理だから、せめて横並びで、一緒に食らいついていこうって。絶対に振り切られないぞって(笑)」
-- そっかー。音源を聞いてるだけだと、よりクリアで粒の揃った、硬質な音を出してるのは繭子の方だって思ってしまうけど、実際にステージ演奏となるとテクニックだけではないプラスαが大きいんだね。
「逆にそうじゃないと、本当に機械でいいじゃんってなるよね。機械を超える演奏をするには人間なりの良さを出していかないとさ。それはやっぱり呼吸だったり、間合いとタイミングを自在に操れたり…うん、そういう部分じゃないかな。人間関係が一番大きいよね。スタジオミュージシャンの集まりでは出来ない演奏をやってる自信はあるよ」
-- そうだね、そう思う。
「たまに、マユーズやっててね」
-- うん。
「演奏中とか歌ってる時って単純に楽しいけど、やっぱりどこかで他のパートを聞いちゃうじゃない」
-- 比較しちゃうって事?
「比較っていうよりー…」
-- 私ならこう叩くな、とか?
「ああ、近いね。どうやってその音出してるかとか、どうやって叩いてるかとか、見ちゃうよね。前にここでメタリカの『St.Anger』を演奏したでしょ。あの時もさ、何がスゴかったって、本気で『あなたラーズなの?』って思って(笑)。そういう凄さって翔太郎さんには誰も敵わないけど、でも単純にドラム叩く技術だけで言えば私が負ける理由はないんだよ。でもびっくりして振り返っちゃうレベルで、何だ!? 超上手い!?って嫉妬するわけ」
-- あはは、凄かったもんね。
「ねえ。でもさ、本当に凄いなって思う瞬間って実はそこじゃなくて。大成さんだって溜息出るぐらいギター上手いし、竜二さんだって普段あれだけ歌いながらギター弾いてる人が、サラっとベース担いで演奏出来ちゃうわけじゃない。余裕綽々でジェイムズコーラス当ててくるしさ」
-- 繭子も十分凄かったけどね。圧巻のパフォーマンスだったもん。
「ありがとう。でも私の歌は気持ちであって技術じゃないでしょ。それだけにさ、いざドーンハンマーとしての布陣で音を出した時の、あの人達の収まり具合って言っていいのか、『コレだ!』っていうハマリ具合と来たらさ、もう感極まって涙吹き出るくらい格好良いんだよ」
-- そうだね、めっちゃ分かる(笑)。
「このカタルシスを味わうためにマユーズはあるんだ!って思っちゃうくらいね、次元が違うんだ。何が言いたいかっていうと、そこにもともと嵌ってた黄金のピースがアキラさんなんだよ」
-- ああ、うん。
「その凄さたるや、って感じしない?」
-- うん、よく分かるよ。言いたいことはね。
「別に自虐的な話がしたいわけじゃないよ?」
-- 分かってるよ。私が質問してそれに答えてもらってるんだって、ちゃんと分かってるよ。だけどドラマーとしての彼の力量とか存在感って、実際同じ時間を過ごした人にしか本当の意味では分からないと思う。だから少し具体的なエピソードを聞いていきたいなと思うんだけど、楽曲制作において、アキラさんてどの程度参加していたのかな?
「ああー、ごめん、それは分からない。バンドの内情なんかは、実際に私が加入するまでは全然知らないもん」
-- そっか、そりゃそうだよね。
「うん」
-- 夏にさ、翔太郎さんと二人で会議室で話をしてくれたの覚えてる?
「どの日だろ、結構あるよね、それ」
-- 夏だよ。七月とかだと思う。確か渡米直前で。あのね、その時繭子が、ドラムパートだけじゃない部分でもっと貢献していきたいって話をしてたの。
「ああ、うんうん、そうだね」
-- その気持ちって今も変わってないと思んだけど、そこにはアキラさんに対する思いなんかも作用してるのかなと思って。
「うん?アキラさんが楽曲制作に深く関わっていたから、私もそうありたいって思ってるんじゃないかって?」
-- そうそう。
「でも今言ったみたいに、私そこは聞いた事ないんだよね」
-- そっか。
「別に聞いたら教えてくれたと思うんだけどね。初めのウチはそんな話にならないし、私自身がそこまで気が回らなかったよね、必死だったし。2ndを出せた事が何よりも嬉しかったし、そこから枚数を増やしていくにつれてもちろんやれる事も増えたし、要求される事もすぐに理解出来たり、反応出来たり、喜んでもらえたり、そこが嬉しくて。言ってもまだ10年だからさ。長いようで、あっと言う間だったから、ほんと去年辺りからなの、欲張り始めたのって(笑)」
-- 欲張りだとは思わないよ。メンバーとしては普通の事だし、きっと翔太郎さんも嬉しかったんじゃないかな。
「どうかなぁ」
-- 今回の、『NAMELESS RED』ではどうなの?
「いやー、無理無理、まだそんな具体的な事が出来るような案はないよ(笑)。意識としてね、ドラムパートだけで満足しないぞって思ってはいるけど、作曲って本気で難しいんだからね」
-- あはは、そっかそっか。
「そうだよー」
-- でもさ、私知ってるよ。
「何を?」
-- インタビュー撮ってない時間でもスタジオでよくカメラ回してたり、固定から外してメンバーと積極的に話したりしてるでしょ?
「オフショットの事でしょ?」
-- うん。
「あれ、あいつの趣味なんかなーって竜二さん言ってたよ」
-- 違うよ!
「そうなの? そうなんでしょうねえって言っちゃった」
-- ちょっと(笑)。編集で使うのよ、色々と。話逸れちゃうけど、収録出来る時間や尺は決まってるから、普通にインタビュー映像そのまま使うとそれだけで終わっちゃうでしょ。だから違う映像に各個人の声だけ乗せたり、繭子が考え事してる映像の上に別撮りの声当てたりしながら作っていくんだよ。だから全部資料です。
「なるほどね(笑)。で、何を知ってるって?」
-- よくここ座ってさ、それこそさっき繭子が言ったみたいに、他のメンバーがそこで音合わせしたり色々試してるのを見ながら歌ってるもんね。
「ええ!?」
-- 気付いてないの? 口パクパクさせてるよ。『タラッタッタター、パパラパー、パパラパー、ダッダーン』みたいな。
「ちょっとー! ふわー、そーかー」
-- うん。それ見てて、ああ、作ってるなーって思ってたんだけど。
「超絶恥ずかしいなあ。…織江さん笑い過ぎですよー。でもさぁ、普通そういう場面見たらドラムの譜面考えてるとか思うもんなんじゃない?」
-- でも繭子はドラムパート考える時はやっぱり実際に自分のセットに座って考えてるんじゃないかと思って。考えるというより他のメンバーと話をしながら即興で叩いて、直して叩いて。フレーズ作る時も叩きながらな気がする。
「よっく見てるなー、その通り過ぎて気持ちが悪いよ」
-- おい(笑)。ってだからね、機嫌よく頭の後ろに手を回しながら口ずさんでる歌を聞いて、それが私の知らない歌だった時はいつもドキドキしてたよ。『新しい波が来ようとしているのだ』って勝手にナレーション付けてた。
繭子と伊藤の明るい笑い声がスタジオ内に響く。
「しているのだ」
-- のだ。うん、でも違ったみたいだね。
「いや、違わないけどね。確かにさ、私が前に言ってた貢献の仕方はどちらかと言えば作曲というよりは翔太郎さんで言うリフに近い発想だからね。自分の中に自然と沸いて出て来たメロディをいつか形に出来たらいいなと思うけど、まだそこまでは」
-- マユーズで形にしたり。
「まだその方が現実味あるね。でも本当にやりたいのはそこじゃないよ」
-- そうだよね。
「それよりも最近嬉しいのがさ」
-- うん。
「ちゃんとドラムスとして、バンドの一員として必要とされてるんだなって思える瞬間が増えて来た事なの」
-- あああ、いいねえ。求めてた事だもんね。
「あはは、うん。だから夏?に言った制作に関しては今も思ってるけど、それ以上に今ドラムが楽しいんだよ」
-- 例えばどういう時?
「なんか、言葉にすると色々変ってしまいそうで、どうだろうか」
-- そうなの?オフレコにする?
「外に対してというか…。一番私が嬉しいのがね」
-- うん。
繭子の目が伊藤を見つめる。
黙って私達の会話を眺めていた彼女が姿勢を正した。
「大成さんにも言わないで欲しいんですけど」
伊藤はうんうんと真面目な顔で頷く。
「私がいない状態で練習を始める事がなくなったなって思うんです」
繭子の言葉に、またも伊藤は真面目な表情でうんうんと頷く。
「なんなら、練習を始めるきっかけは私で、私がスタンバってると、それを見て大成さん達が集まってくれるんです。時間は決まってるので偶然かもしれません。だけど、時計で確認するよりは私の動きを見てくれているように感じます。それにこれまでは、翔太郎さんと大成さんが二人で練習している事もよくありました。『遅れてすみません』って私が頭を下げて参加すると、別に二人は怒りもせずに『勝手にやってただけだから』と仰ってました。だけど去年はずっと、私がいない時に練習されてる姿を見なくなって。勝手にですけど、お前がいないと練習になんないだろって思ってもらってるのかなーって。そういう事考えるとなんか嬉しくて」
伊藤は小さく『うん』と答えた。
あえて言葉少なに返事をしたようには見えなかった。
彼女なりに思う部分が、胸を一杯にしているようだった。
「アキラさんがそうだったんだよ」
と繭子は私を見て言った。
-- そうなんだ。
「アキラさんて練習は嫌いなのかもしれないけど、きっと4人で音を出す事は大好きだったと思うの。だから練習だとは思ってたかったのかもね、スタジオの時」
-- そっかあ。スタジオで4人でおしゃべりしてる間もずっとドラムセットに座ってて、アキラさんきっかけで練習が始まるっていう感じだったのかな。
「そうそう、本当にそんな感じ。私が顔出す時間にはまだ音は鳴ってなくて、ひとしきり笑い話で盛り上がって。『じゃあ』ってアキラさんがスティック握って、翔太郎さんが煙草に火をつけて、大成さんは逆に煙草を揉み消して。竜二さんの叫ぶ『スリーフォー!』がホント、格好良くて」
-- ううう、目に浮かぶ!
「あはは。だからね、そういう一員になれた気がして、そこは密かに喜んでるんだ」
-- それは嬉しいねえ。聞いてて私も嬉しいもん。
「なんで(笑)」
-- 分かんない。胸アツ。
「…誰?」
-- あはは。
(ムネアツ、という人の名前だと思った模様)



「ちょっと、ドラムとは関係のない話してもいい?」
-- もちろんだよ。
「私がまだ高校生の時。16歳の時に皆と出会ったって言ったでしょ」
-- 13年前になるね。
「そうだね。生まれた子供が中一になるね」
-- あはは、繭子が産んだみたいに聞こえるから。
「…」
-- …やめてよ!
「ごめんごめん!そういうジョークはよくないね。もうしないよ」
-- 心臓に悪いよ。ホラー、織江さん真っ青じゃないのー。
「ウソですウソです、ごめんなさい」
(『イイイー』と言いながら繭子のほっぺをつねる伊藤)
「あはは。ごめーん」
-- 13年前って言うと、皆さんが28歳とかですね。今の繭子と同じくらいだ。
「そうそう。もともと私がドラムを叩き始めて、いじめに合って学校休みがちになるでしょ。その時スタジオでドラム叩く事が唯一の救いみたいになってたんだけど、実を言うとアキラさんは、そういう私を外へ連れ出そうとしてくれる人だったの」
-- そうなの? 意外。
「そう?」
-- うん。アキラさんがっていうか、皆さんがそういう繭子をスタジオという自分達の基地に招き入れて守ってくれていたイメージだったから。
「あー」
繭子が天井を見上げて少しの間言葉を切った。思い出しているような目だった。
「そういう気持ちも、皆は思ってくれてたかもしれない。ただその、守るっていう方法がさ、いじめてる奴らや黙認してる学校の目から守るとか、触れさせないように匿うとかそういうんじゃなかった気がするんだよね」
-- うんうん、なるほど。
「よく言われたのがさ、『お前は普通にしてりゃあいいんだ』って。それはアキラさんにもさんざん言われた。ずーっと言われてた言葉。『お前は何も気にする必要なんてない』って。多分、そう出来ない私を見兼ねてなんだろうね。だからスタジオでドラム叩いてるとさ、ちょっと付き合えよって言って連れ出して、コンビニでお菓子買ってくれたり、アイス買ってくれたり。テイクアウトのお弁当買いに行って一緒に並んだり。そいで持ち帰らずにお弁当屋さん横の駐車場で二人で立ったまま食べて、そのまま買いに戻って店員さんに『え?』って言われたリ(笑)。だけどそういう時間の間でも特別な話は何もしないの。学校の事聞かれたり、友人関係や男関係の話もされた事ないし。なんだったらさ、『ごめんねえ、翔太郎も大成も、お前が来る時は煙草控えなって俺言ってんだけどさあ』って謝られてさ。もう、びっくりして。『やめてください!』って言ったらアキラさん大笑いしてた」
-- 素敵な人だねえ。うわー、何だろう、素敵な人。
「うん。私をちゃんと一人の人間として扱ってくれてた」
-- そうだね。凄くそう感じる。
「前に会議室でさ、子供の頃アキラさんて体が一番小さかったって言われてたでしょ?」
-- うん。
「ジャケット写真とかインタビュー記事を見てるからトッキーは知ってると思うけど、大人になってからはそこまで皆に差はないんだよね」
-- そうだね。竜二さんが骨太で、大成さんは一番背が高いけど、皆さんそんなに凸凹なイメージはないよね。
「うん。でもアキラさんが19、20くらいのヤンチャが抜けきって無い時代の写真とか見せてもらうとさ、ガタイ云々抜きでとにかく凶悪な人相で半端なく怖いんだよ」
-- あははは!その頃ってあれじゃないの。竜二さん達がお互い反目し合ってた頃の。
「そうそうそう。その頃のアキラさんて、マンガみたいな髪形なのよ。完璧なモヒカンで、トサカの部分以外を綺麗に剃り上げたスキンヘッドで」
-- いえええ!?
「うふふふ、いいリアクションするなぁ」
-- バンドのアー写かインタビュー記事でしか見た事ないもん、そんなイメージ全然ない。
「あはは、まあないだろうねえ。それがさ、普通になんでもない時間にね、いきなり『これー』って言ってそういう写真見せてくれるの」
-- 本当に面白い人だねえ。ちょっとトボケた感じの人なのかな?
「うんんー、どうだろ。私は、敢えて取っ付き易くしてもらってると感じてた」
-- ああ、やっぱり大人なんだ。
「そりゃそうだよ。言っても30前だもの(笑)。それでもね、そういうマンガみたいなThis is 不良みたいな写真見ても、当時の私ってうまくリアクション取れなかったの」
-- なんなら嫌いだっただろうしね。
「うん。『この頃俺、超喧嘩強かったのー』って笑顔で言うのね。『あ、はあ』って。え、私いじめられてるの知ってますよねって思いながら、でもそんなの関係ないくらい笑いが込み上げて来て。アキラさんの持ってる、人をこう、柔らかくする、柔和にする?そういう力って本当に凄いんだなーって」
-- へえー。なんだろうねえ、その魅力の源は。
「私馬鹿だから言葉には出来ないんだよね。きっと私だけじゃなくて誰に対しても、相手のバリアを簡単に溶かしちゃうくらい人懐っこい人でさ。物凄く近い距離感なんだけど全然嫌な気持ちになったことないし、不思議だったなあ、あの人の持ってる独特の空気。それでさ、『俺今はドラム叩いてるけどさ、今でもそこそこやれると思ってんだよねえ』みたいに言うわけ。ん?ってなるじゃん。何がですか?って」
-- うん。うふふ、またなんか突拍子もない事言いそうな気配(笑)。
「『お前になんかあったら俺が一番に突っ込んでくからな』って」
-- …ああ、…もう!
視界の隅で、ずっと耐えていたであろう伊藤の頭ががくんと前に倒れたのが見えた。
私は奥歯をぎゅっと噛んで涙を堪えた。
アルバムのジャケット写真。
かつて見た初代ドーンハンマーとしての宣材写真。
弊誌で収録した若き日のインタビュー写真。
それらで私が目にしてきた善明アキラの顔は、そのどれもが凛々しかった。
ファーストアルバム『FIRST』におけるリーフレットの最終ページ。
そこに映る彼は微笑みすら挑戦的で、横並びで立ちカメラから視線を外して隣の伊澄を見ている横顔などは、ブロマイドにして財布に忍ばせておきたい程の魅力に溢れている。
しかし今日の今日まで、善明アキラという男が人懐っこく良く笑う人だとは思ってもみなかった。可愛らしい少年のように、繭子のボロボロだった心に優しく触れていたのだと、考えもしなかった。



『-- 前略、善明アキラ様。

私は名もなき編集者です。
あなたとこの先もうお会い出来ないことが、
あなたと直接お話出来ないことが、
こんなに辛く悲しい事だと思い知ったのは今日が初めてです。
私は今、芥川繭子と毎日のように言葉を交わしています。
彼女の笑顔と、彼女の叩くドラムの音、
彼女の優しさと、彼女の持つ愛情の向こう側に、
今日初めて血の通ったアキラさんの存在を感じる事が出来ました。
あなたがいなければ、私は今ここにいなかったのかもしれません。
繭子は今も、あなたと並んで食べたというお弁当の具材を、
全部覚えていると言っていました。
あなたがくれたビックリマンシールのキャラクター名は知らないけれど、
10年以上使い続けるスネアのシェル(胴体)で、今も彼女を見守っているそうです。


アキラさん。
これからも私は、たくさん繭子の姿をカメラに収めたいと思います。
あなたが彼女の事を見守っていた優しい眼差しを思い浮かべながら、
私はカメラを回して行きます。
そして出会った日から今日の今まで彼女の前に立ち、
とてつもない実行力で彼女を引っ張り続けているあなたの親友達の素晴らしさを、
世界中のメタルキッズに届けるのが私の夢です。
いつかそれらを纏めて、両腕一杯に抱えてあなたの元へ届けに行きますね。
その時は私にも、素敵なニコニコスマイルを見せて下さいね。


アキラさん。
本当に、お会いしたかったです。
あなたが繭子に放った言葉が、時を超えて私にまで届きましたよ。
繭子は毎日あなたと共にいます。
あなたと共に、ドラムを叩いています。
これからもよろしくお願いします。
私もあなたの演奏を繰り返し聞きながら、ともに生きて行きたいと思います。
いつか芥川繭子という努力の天才が、あなたを追い抜く日が来る事を信じて。


それでは、また』



「喉の奥をガルル!っ鳴らしながら言うの。『繭子。だからお前は安心してただ普通に生きてりゃいいよ。それでももし暴れたくなったら、いつでも俺のスイッチ押せ。いつだって俺がお前の代わりに突っ込んでってやるよ。だからドラムを捌け口にしちゃいけない。もっとしなやかにさ、歌うように叩くのがいいよ。…って、カオリが言うんだよ』って。そんなわけないよねえ」
-- んんー。んーー、ふふ。…あー、ちょっと待ってね。
「待たない。それでね…、アキラさんが言うには…」

連載第48回。「いろどり橋にて」

2017年、1月11日。


池脇竜二が足繁く通う小料理屋が、都内にあるという。
その店の事を教えてもらったのは、練習終わりの、雪の降る寒い夜の事だった。
今晩時間あるか?と声を掛けられて、驚きのあまりただ黙って頷いた。
そして私は池脇と初めて二人で街へと繰り出した。
時間は夜の11時半だ。
駐車場に止めてある彼の車に乗り込んだ時点では、まだ行く先を聞いていない。
たまには飯でも行こうかと、ただそれだけだった。
バンドメンバーとご飯を御一緒させていただくのは初めてではないが、
敢えてこの遅い時間に疲労を押して誘われたからには、何か理由があるのだと直感した。



車内。
-- カメラ回しても大丈夫ですか?
「今?」
-- 今と、この後。
「おお、全然構わねえよ。…あ、警戒してる?」
-- してませんよ今更(笑)。
「ああ、それで織江がびっくりしてたのか?」
-- してませんって。するわけないじゃないですか、私が。
「…ああ、あはは!」
-- 2017年です。
「なあ。早えなあ」
-- 早いですね。昨年は本当に大変な一年でしたが、今年もとんでもない事になりそうですね。
「全然見えねえけどな。とりあえずアルバム出して、日本で最後にでかいライブやって、拠点移して。その後どうなんのかな…」
-- どうなるんですかね。引っ越し先の相談もぼちぼち始まっているようですね。
「ああ、うん。織江だけに任せるわけにはいかねえし、そこは全員でちゃんと考えていかねえとな。生活スタイルを変えたくねえし、ある程度都市部への利便性も良くて、だけど今みたいにスタジオにこもって毎日練習が出来てってのが理想だしな。しばらくはファーマーズで過ごしたみたいな合宿スタイルが楽なのかもしんねえな、とか」
-- ああ、具体的なお話を聞くとぐっと淋しさが募ります。
「あはは。まあなあ、実の所どうなんだよ、取材の方は。記録とか資料映像とか、もう管理し切れねえ程あるんじゃねえか?」
-- 確かに膨大ですけどね。でも毎日きちんとバックアップとって整理してますから。
「ああ、そうか、そこらへんはちゃんとプロだもんな(笑)」
-- 何をもってプロって呼んでいいのか分からない時ありますけどね。この年で未だに新人の前で怒鳴られたりしますし、今年何本ボツ食らったかなあ。
「そんなに出来の悪い子には見えねえけどなあ。庄内とソリがあってねえんじゃねえか?」
-- あははは!あー、すみません、竜二さん相手に何を愚痴ってるんだろう。余計な心配を掛けてしまいましたね。
「構わねえよ、遠慮すんな」
-- いやいや。
「まだ終わってねえから口には出さねえけど、皆感謝してる」
-- まさかそんな、感謝だなんて。
「本当ほんと。上手く言えねえけど、時枝さんで良かったってのは皆思ってるよ。もし取材に来てたのがアンタじゃなかったら、翔太郎も、全てを話してみようなんて思わなかったって言ってるし。俺もそう思うよ。もちろん庄内が悪いって事じゃねえよ。女だからっていう言い方も好きじゃねえから上手く言い表せねえけど、なんだろうな」
-- 嬉しいです。勿体ないです。
「少なくとも去年一年カメラを回して俺達の言葉を記録し続けてくれた事は、特に織江が背負ってた広報の材料を全部用意してもらったようなモンだから、本気でありがたいって喜んでたよ」
-- ああ、でもそれは初めから条件に入ってたんですよ。商品化する映像や文章は詩音社が権利を所有することになりますが、資料は全てバイラル4と共有しますと。
「そうなんだ?」
-- 織江さん頭良いですよ、企画の段階でそこまで見越していらっしゃいましたからね。録画した映像ってこっちで宣伝用にアレンジして使い回していい?って言われて、私慌てて確認とりましたからね。
「あははは!あいつらしいな」
-- 肖像権や楽曲の著作権、使用料など色々と権利が絡んで来る仕事ですからね。…そもそも、私が来てカメラ回すまで、広報ってどうやってたんですか?
「良く分かんねえけど、多分織江がやってたと思うよ。やってたって言っても、あんまり大掛かりな事は出来てねえと思うけどな。正直、あいつにマネージャー付けたいくらいだよ」
-- ほんとですよね。
「外回りはテツを補佐に付けてるから移動に関しては何とかなってるけど、それでも手が回ってるとは言えないって嘆いてるからなあ。今年から一応誠がバイラルに入るって事になってるからマシにはなるだろうけど、仕事覚えるまでは苦労が絶えねえだろうし、だからホントに感謝してんだよ、そういう意味でも」
-- お役に立てて良かったです。誠さんなら即戦力ですよ。
「出来が良いのは知ってるけど無理してほしくねえからな。なんなら別に、遊んでりゃいいんだよ、あいつは。せっかく帰ってきて、今自由なんだから」
-- やはり、お優しいですね。
「そういう事じゃねえよ。俺達が自分で出来ねえ事を他人に押し付けて、当たり前の顔してんのが嫌なだけだ。自分の生き方見つけて頑張って来たあいつを、本当は巻き込みたくなんかねえよ。翔太郎について来るのは間違いねえから、そういう形を取るだけで」
-- うん、優しい。
「いやいやいや」
-- 私ここだけの話、詩音社とは別でバイラルの為に文章書いて提出してたんですよ。取材用の資料とか、バイオグラフィまとめるの得意なんで、スケジュール確認して、最新情報に全部更新して、刷新して関係者に送ったり。めちゃくちゃ楽しかったです。
「…知ってる」
-- ええ!そうなんですか。
「最近聞いた。見かねて手伝いを打診してくれたんだって、実は半年前から手伝ってもらってたって、織江が謝ってきた」
-- 謝るって、なんで織江さんが謝るんですか?
「あいつなりの筋の通し方だろうな。実は翔太郎や大成もそうだけど、俺が一番そういう所口うるさいの知ってるからな。背に腹は代えられねえからアンタの手を掴んだんだろうけど、本当は独断で決める事じゃないし、事前に話し合いの場を持って詩音社にも相談すべきだった。ズルをした気分だって。でもそれは、そこまであいつを追い込んでた俺達が悪いんだって話なんだし」
-- ううー、難しい話ですね。私は別に、そこまで真剣に仕事をした気でいませんでしたから。ただ単純にお役に立てる事が嬉しかったり、皆さんの活動に参加できている事がハッピーでした。それは、私の方でクリアにしておくべき状況でしたね。却って申し訳ない事をしました。
「そんなわけねえよ、現に助かったのはこっちなんだし。だから今日は、感謝の気持ちを込めてお年玉をあげようと思って」
-- おおおお、お年玉ですか!
「食えねえものとか、好き嫌いはあるかい?」
-- いえ、ないです。
「ちょっと、美味い物食わせようか」
-- やったー!



店の名前を『いろどり橋』と言った。
吹きすさぶ雪の中を歩いて、立ち止まった先に見上げた温もりのある小料理屋の提灯を見上げた時、なんとも昔懐かしい匂いが鼻の奥をくすぐった。
暖簾をくぐってガラリと扉を開け、まず池脇が中に入る。
続いて足を踏み入れた私を迎えたのは、
綺麗に和服を着こなしたとても綺麗な女将さんだった。
「寒い中ようこそいらっしゃいました。善明アキラの母でございます」
私はその言葉を聞いた瞬間、つま先から脳天まで勢いよく震えに突き上げられた。
両手で口鼻を押さえて涙が溢れるのを必死に我慢した。
そのまま何度も頭を下げた。
しかし声に出して挨拶をする事が出来ず、見かねた池脇が私の肩に手を置いた。
「こないだ話した、世話になってる出版社のライターさん。アキラの事も知ってる」
私の動揺を驚きの目で見ていた女将さんは、
池脇の言葉に納得したような笑みを浮かべ「そう」と頷いた。
席に案内されて、よくやく私は自分の言葉で名乗る事が出来た。
カウンターに池脇と並んで座り、向こう側に回った女将さんに頭を下げる。
-- 失礼いたしました。時枝可奈と申します。
「ご丁寧にどうも。この子にアキラの母親だとわざわざ名乗るように言われて、その意味を図りかねてたの。今ようやく理解出来たわ。改めてまして、善明まどかと申します」
「まあまあ、良いよ堅苦しいのは。…イクは?」
「先に帰らせたよ、こんな時間だもんね」
「そっか、いねえのか」
「でも色々作って残してくれたから、ちゃんと出せるよ」
「ありがたいね。この店の板前でな、イクってのが作るメシがまた美味いんだよ。でもせっかくだし、久しぶりにおばちゃんの作ったのも食いてえなあ」
「それは構わないけど、そんな事より竜二。こないだ連れて来た女性よりもお若いようだけど、あんた、おかしな事してないよね」
これには笑った。涙も鼻水も、女将さんの言葉で全部出し切る程に笑った。
聞いた話では、女将さんなりの気を使ったジョークらしかった。
職業柄お客の交遊関係を話のネタにする事など絶対にしない人だが、
池脇が少し困っているような雰囲気だったのを見かねて、助け船を出したそうだ。
しかし私は出版社の人間なので、これはある意味ギリギリの、(池脇の)身を削ったジョークと言えた。
「…おばちゃん頼むぜえ」
「まずかった?」
「まずかねえけど、…ビビったあ」
「あんたでもビビることあるんだね。熱燗でいい?」
「おお、熱めで頼む。時枝さんは?」
-- 同じものを。
「2本。いや、3本」
「少々お待ちを」
ニッコリ微笑んで女将さんが店の奥へ姿を隠す。
ふう、と言いながら池脇がライダースを脱ぐ。
私はそれを手伝い、私の右側へ自分の上着と共に畳んで置いた。
ずっしりと重たい革ジャンだった。
池脇が背負って来たであろう様々なものを勝手に想像する。
「古くていい店だろ」
-- 素敵ですね。落ち着きがあって、歴史を感じます。…もしかして貸し切りですか?
「ああ、(普段)12時には閉めてっからなあ」
時計の針は零時を15分程回っている。
-- ありがとうございます。私の為にわざわざ。
「あんまり遅くならねえように帰すから、まあ気楽にやんな」
-- すみません、何から何まで。
女将さんが戻って来て私達の前に熱燗を並べる。
片方の手で着物の袖口をつまみ、もう片方の手で「ト」と置くその所作がとても素敵で、
ただそれだけの事に私は嬉しくなって笑ってしまう。
互いにお酌し合い、同時に口をつける。
その背後で音もなく暖簾をしまう女将さん。
「あああ、沁みる」
-- 美味しいですねえ。
「いつも通り、お任せでいいかい?」
「いいよ」
-- こちらへはよく通われてるんですか?
「一番の常連客じゃねえかな。な?」
「まあね、ご贔屓にしてもらってますよ。いっつも一人でふらっと来て、熱燗3本とお任せで2品食べて帰っちゃうんだけどね。一時間もいないよね。その代わり多い時は週4で来てた事もあるね」
-- 週4ですか、それは凄いですね。全然知りませんでした。
「今年は忙しかったみたいでご無沙汰が続いたけどね。いつも昔話をちょろっとだけして、特に酔いもしないケロっとした顔で帰ってくよ。最初は何しに来てんだろうって思ってたけど、この子はきっと私の事心配して顔見に来てんだろうなあと気付いてからは、もう可愛くてしかたないよ」
-- それは可愛いですね!
「違う違う違う。気持ち悪い気持ち悪い。飯、飯食いに来てるから」
「あんたみたいな図体のでかい男が2品食べた程度で足りるわけないでしょうに」
「今ちょっと糖質抜きダイエットにはまってて」
「…あんた10年前から何飲んでると思ってんのさ」
「あははは!」
「かと言ってツケて経費で落とすような無粋な真似もしないし、イイ男になったよ」
「落として上げるのがうめえなあ」
「ここらで長い事お店やってりゃあね。どうだい、気分いいだろ?」
「違いねえ」
上品に笑う女将さんと池脇の満開の笑顔を見ているだけで、とても幸せな気持ちになれた。
地獄を生きた少年と、その親友の母親なのだ。
ドラマのワンシーンのような粋な大人のやりとりを見ているのとはワケが違う。


出される料理全て、顔面の筋肉がとろけて崩壊しそうな程美味しい。素材の良さ、味付け、温度、量、全てが丁度良い。しかし女将さんの言う通り、夕ご飯目的で訪れるには2品だと少々物足りないであろう事は同意出来た。大衆食堂ではないのだ。池脇がそもそも熱燗3本で引き上げる以上それ以外の目的がある事は容易に頷ける。
「おっちゃん元気か」
「元気よ。今日もね、築地終わった後また船出してこれ、竜二に食わせろって釣ってきたんだから」
私達の前に出されたアコウダイの煮つけを指さして女将さんが言う。
おっちゃんとは女将さんの旦那様であり、善明アキラの父、和明(カズアキ)さんだ。
「へえ、ありがてえ。よろしく言っといてよ。日本にいる間に必ず顔見せるから」
「うちの人の事よりさ、ちゃんとチヨの所へは行ったの?」
「まだこれから」
「ちゃんと行きなさいよ。あんただけじゃなくて、翔太郎や大成の所へもね」
「分かってるよそんな事」
「ホントかねえ。織江ちゃん所にも行くべきなんだからね?」
「分かってる(笑)。ちゃんとするよ」
チヨというのはおそらく池脇竜二の母親の名前だったと記憶している。
父・池脇竜雄さん、母・池脇千代乃さんである。
「…やっぱり、聞いてもいいかねえ、どうしても気になっちゃって」
「何」
女将さんの視線が私を捉える。
私は思わず口に運んだお箸を止めて、見つめ返す。
「こないだのさあ、なんてったっけ、あの人。ほんとに、あんたでいいのかい?」
「またその話かよ!」
「だってさあ、あ、ごめんね、時枝さんよね。時枝さんは、竜二と付き合ってないんだものね?」
-- はい、お付き合いしてません。気にせずお話を続けてください。
我関せずという口調で話の先を催促する私に、池脇が「おい」と突っ込みを入れる。
「私あんな綺麗な人見た事ないもの、びっくりしちゃってさあ。有名な人なんでしょう?」
「まあ、少なくとも俺達よりはな」
どんなご様子でしたか?と、私は我慢出来ずに割って入る。
池脇は驚いた顔で私を見つめ、女将さんは斜め上を見上げて思い出しているご様子。
「どんな。…そうねえ、終始ニコニコして気立ての良い、一見お嬢様タイプなんだけど、苦労知らずというワケでは決してない。このお店も20年やってるけど、あれ程の女性はちょっと見た事ないねえ。マコちゃんやマユちゃんを初めて見た時以上の衝撃を受けたわね。まああの子達は出会った頃子供だったけどね。どことなく雰囲気は織江ちゃんに似てるけど、でもなんだろう、もっと別世界の人というか。宝石みたいな目で竜二や私を見つめてくれてね。とっても素敵な人だったけど、却って不安になるというのかしらね。あの人には、もっといい人いそうなもんだけど。…アラブの石油王とか」
女将さんの例えに、池脇は吹き出しそうになり日本酒を少し零した。
-- どういう意味ですか? 釣り合っていないという意味ですか?
「だってこの子、粗野な面が一番手前に来るような子でしょう」
女将さんの言いように私は思わず笑い声を上げる。
隣では池脇が頬杖を突いて苦笑を浮かべているが、しかし嬉しそうだ。
「ちゃんと見てやれば、そこらへんにはそうそういないイイ男なんだけどねえ。あの人にそれが本当に伝わっているのか、心配になっちゃうのよね。一番引っかかったのがさ、お互い良い年なのに結婚はしないって言うのよ。それも笑顔で。びっくりしてさぁ」
-- そうなんですか、それは残念ですよね。
「そうでしょう。実際にするしないは別に当人同士の事かもしれないけど、他人に向かって、しないって宣言しちゃうのは聞いていて寂しいというのかしらね。この子も色々あったもんだから、私としては…どうにか」
そこで女将さんが言葉を詰まらせる。
私は視線を落とす。
池脇がクイっとお猪口を傾けて、言う。
「向こうもこの業界の人間だし、俺なんかよりずっと抱えてるもんも多い。今どきの若い奴らみてえに勢いだけで幸せ面できりゃあそれが一番かもしれねえが、そもそも公表すらおいそれとは出来ねえよ。こっちは再来月にアルバムを出してアメリカに打って出る。向こうもリリースの予定が控えてるし、同じタイミングで俺の昔の曲をカバーすると来た。やましい事なんか何にもありゃしねえとは言え、この時期に浮いた話が出ようものなら売名だなんだと扱下ろされて、癒えてもいねえ昔の傷口ほじくり返された挙句、魂込めた大切なモノまで引きずり降ろされる。そんなのはもう糞食らえだ」
池脇の声には、少しの怒りと諦めが含まれているように聞こえた。
私は何も言えず、何故だかとても悲しくなって、お猪口を持つ手に力が入る。
「分かるけどさ。だけどそれはあんた一人の言い分だろうに。実際男と女なんて、損得勘定で生きられる程論理的に出来てやしないものよ」
「分かってるよ」
「あんたはウソをつかないからね。ちゃんと考えての事だってのは理解してるよ。でも、これだけは言うよ。あの人の優しさとあんたの優しさを同じ物だと勝手に決めつけたらダメだよ」
池脇は言葉を返さない。
沈黙。
私は零れそうになる涙を日本酒と一緒に飲み込んだ。
「時枝さん、あの人さ」
と女将さんは私に言う。
「私を見て色々察したんだろうねえ。『私達、似たもの同志ですから』って言うの。それからね。『もう十分ですから』って。私年甲斐もなく胸が痛くなっちゃってさぁ、思わずこう言ったのよ。『この世にはさ、体から色が抜け落ちる程自分に我慢を強いてしまう生き物だっているからね。そんな風になっちゃダメなんだよ。幸せにもう十分なんて事はないんだよって』。そしたら彼女、パッと朗らかな笑顔になってさ。『白き蟷螂』って言ったの。もう感動しちゃったわよ。…分かる?」
-- すみません、勉強不足です。白き、トウロウ…?
カマキリ、と池脇が言った。
-- カマキリですか、へえ。
「大昔の詩なんだけどね。カマキリってほら、交尾の後メスがオスを食べちゃう事があるって言うでしょ。大体がオスの悲しみを皆言うけど、そこにはきっとメスの悲しみだってあるんだよっていう詩。生き残る為、産卵の為、命の為にオスを貪りながら、全身が白くなるまで耐え忍ぶメスの悲しみを歌った詩なの。実際にカマキリが白くなっちゃう事なんてないんだろうけどね、そういう表現が詩の中に出て来るの」
-- 凄い詩ですね、調べて私も読んでみます。
「あはは。昭和初期に読まれた詩だからさ、今でも手に入る物なのか分からないけどね。でもあの人は私が直接詩を諳んじたわけでもないのに、ポツリとその名を口にしたのよ。それ聞いて、この人は分かってる人だなあって、とても感動したの」
-- 博識な方なんですね。
「そうねえ。私が思春期の頃に読んで衝撃を受けた詩だもの、相当古いわよね。そもそも、メスカマキリが無自覚な悲しみに全身を白く変えるなんて事は、作者の想像でしかないと思うのよ。ちゃんと調べたわけじゃないからはっきりとした事は言えないけど、確かメスカマキリってオスを食べているっていう自覚はないそうなの。ただ目の前に動く餌があると思って食べている。だけどそれは今まさに自分と子を成さんと奮闘しているオスであった、という事なんだけどね」
-- か、悲しい…。
「そうなの。でも傍から見れば悲しいけれど、それは生物として持つ本能だったり、あるべき姿なのよね。そこへ、メスとしての感情を悲劇として投影したばかりか、全身を白く変えたとまで言い表している。無自覚なままオスを貪っているように見えて、そこには表に出さないメスの悲哀が確かに存在し、色が抜け落ちる事で喪失感を表現しているのよね」
「語るねえ」
カラカラと低く優しい笑い声を上げて、池脇が言う。
女将さんは少し照れて、私に「ごめんなさいね」と小さく謝った。
私は思わず池脇の腕を叩き、「物凄く勉強になります!」と首を横に振った。
「イイ子だねえ。だけどそういった事はさ、実際にその詩を読んで自分なりに思いを巡らせてみないと見えてこない、情景とでも言おうかしらね。大体がそういう物でしょう、詩には答えなんて書いてないんだから。でもあの人は、きっと私と同じように、そのメスカマキリの白さが悲しい事を知っているし、感じている人なんだなって思って。それが凄く嬉しかったのよ」
-- はい。
「…竜二」
「聞いてるよ」
「分かるかい。あの人は、そういう優しさを持ってる人だよ。自分がどんなに辛くたって、それを表に出さずに最後は白くなってしまうまで耐えてしまう人だ。あの人に、うんと優しくしておやりよ」
「ああ」
「あんただって…もう十分頑張ったんだから」
「はは、なんだよ」
「ちゃんと幸せにおなりよ。…アキラの分まで」
まだ熱いであろう徳利を、池脇は震える手で握りしめながら涙を堪えている。
「…なんだよ」
「あんたらがちゃんと幸せになんないうちは、私はアキラに会いに行けないからね。うちの人も言ってるよ。アキラは死んだけど、俺達にはまだ悪ガキが3人もいるよな。あいつらをちゃんと何とかしてやるまで、俺は船下りねえよって」
「っは、よせよ。おっちゃんもう70近いんだからさ…」
「竜雄さんだってそうだよ、相当腰の具合が悪いってのにまだトラック乗ってるって聞いてるよ。銀一さんも、ユウちゃんも、響子も。織江ちゃんとこの恭平さん達だってそうだよ、皆現役で頑張ってる。別にあんたらが金に困ってるなんて思ってリタイアしないわけじゃないよ。皆、あんた達がちゃんと幸せになるまで踏ん張ってるんだ。アメリカ行くのもいいだろうさ、大成功収めて帰ってくるがいいよ。でもさ、ちゃんと地に足を着けた幸せってもんを疎かにせず、大事にしておくれよ。竜二、頼むよ」
「おばちゃんよぉ、…それはずるいって」
「知ってるよ。あんたの気持ちはずっと前から痛い程知ってるよ。だからって、はいそーですかと黙って見てられるわけないでしょうが。私はね、竜二。結婚する事が最高の幸せだなんて言ってるわけじゃないんだよ。ちゃんと自分の幸せと向き合おうとしないあんたを叱ってるんだ。もうこれ以上幸せから逃げるのはやめておくれよ。アキラも、乃依ちゃんも、絶対にそんな事望んでやしない。あんたがどんだけブチ切れたって、余計なお世話だと怒り狂ったって、チヨに代わって私は言い続けるよ!幸せになれ!竜二!ちゃんと幸せになれ!」
「おばちゃん」
「竜二!幸せになれ!幸せになれ!」



あらかじめ予定していた通り、帰りはタクシーを呼んで別々に岐路に着く事になっていたのだが、私はどうしても帰るのが嫌で、気が付けば始発の動き出す時間まで話し込んでしまった。
どういう会話の流れだったかは失念してしまったのだが、メンバーのご両親についてはお名前と年齢ぐらいは伊藤から聞いて知っていた。
しかしこの日池脇の口から改めて、伊澄の御両親の名前が「銀一(ぎんいち)」と「友穂(ゆうほ)」である事を聞き、神波の母の名前がレモネードではなく「響子(きょうこ)」である事を教わり、正式に紹介されたような気持ちになって、とても嬉しかった。
そして更には、池脇は少し込み入った御自分の家庭の話も聞かせてくれた。
彼の母親・千代乃さんはアルツハイマーを患っており、近年は息子の事も分からない時が多いそうだ。辛うじて夫である竜雄さんの事は認識出きるようだが、それでも時間軸が交錯している事がほとんどで、悪い時は子供時代へ記憶が逆行していたりするそうだ。
今回アメリカ進出が決まって家族への報告をする段階になっても、未だに池脇は母親にその事を伝えられないでいる。
アメリカへ行く事も、両親と遠く離れて暮らす事にも不安はない。
ただ、事実をありのまま伝える事の難しさに彼は苦心していた。
父親の竜雄さんは厳格な方で、そもそもアメリカ行きを遊びのように捉えている節があって、何度か衝突したそうだ。
複雑な思いがあるように感じる。
話せば分かるといった、認識違いによる齟齬では済まされない家族間の思いが存在するからだ。
もしかしたら、竜雄さんも息子の偉業を頭では理解しているのかもしれない。
ただ自分達の元を去ってアメリカへ旅立つ息子を心配もすれば、不安に思う事もあるだろう。ご自身の体が昔のように動かない忸怩たる思いも当然あり、素直に喜べないだけではないかと、池脇と女将さんの会話を聞きながら考えていた。
「カメラ回して欲しいんだけど、頼める?」
と言われて初めは何の事なのか分からなかった。
しかし日程を聞かされ、その日池脇が実家を訪れ両親にきちんと事情を説明すると聞いて、一旦は辞退した。
そこにはエンターテイメント性の欠片もないからだ。
仮にあったとしても、不特定多数の目に触れてよい光景ではないと思った。
しかし彼は「ただ、記録してほしいだけなんだよ」と微笑みながら言ったのだ。

連載第49回。

2017年、1月某日。



池脇達の実家は都心部から離れた下町にあり、お互いの家が割と近いそうだ。
同じ町内ではないが同じ区内らしく、池脇の実家を訪れた後各々の実家を訪問する予定となっていた。
ある晴れた日の午前、繭子を除いたメンバー3人が連れ立ってその町を訪れた。
移動用の黒いバンから彼らが降り立つ場面で、カメラを回し始める。
池脇のモッズコート、伊澄のライダース、神波の黒のロングコート。
三者三様の出で立ちがとても絵になっている。
今回私は聞き手でもカメラマンでもなく、その場にいない者として扱ってもらった。



「あー。さみい」
「革ジャンとかアホだろ俺」
「だから事前に言ったのに」
「織江がだろ? 言われたってこれしかねえもんだって」
「ウソ言うなよお前」
「替えてくれよその金持ちコート」
「ふふ。絶対嫌だって」
「うーわ、懐かしい。お前ら最近いつ来た?」
「えー。去年の今頃かな」
「あはは!」
「俺は夏にも一回来てるよ、ちゃんとお前らんトコにも顔出したぞ」
「織江がだろ?」
「ふふ、うん」



池脇竜二の実家の前に立った時、私は背中に視線を感じて振り返り周囲を見回した。
すると私達が歩いて来た道の曲がり角の向こう側に、小柄な女の子が立っているのが一瞬だけ見え、そしてすぐに消えた。
こちらを見つめていたようにも思えたが、何分私は目が悪い。眼鏡をしていても20メートル先の人間の顔は分からない。
この時その曲がり角までは30メートル以上あったように思う。一瞬だったこともあり、
私は首を傾げただけでそのままメンバーの後を追った。
失礼があってはいけないと思い、池脇の家には事前に連絡しておいた。
今回メンバーの密着取材の一環としてカメラを回す人間が付き添っているが、
池脇竜二本人からの個人的依頼であり映像が世間に出回るわけではない事、
そこにはいない存在として扱ってもらいたい事などを電話越しに説明した。
その時話をしたのは池脇竜二の父・竜雄さんであったのだが、いろどり橋で聞いて思い浮かべた印象とは違い、
「はいはい、はいはい」とスムーズに事は進んだ。
昔ながらの引戸の玄関扉を池脇が開けると、上り框に御年配の女性が座っていたので驚いた。
「び、っくりした。…ただいま、母ちゃん」
と池脇が声をかけ、続いて伊澄と神波が深々と頭を下げた。
ニコニコ笑っているその女性はしかし答えず、代わりにその背後から、左足を引きずりながら背の高い男性が歩いて来た。
がっしりとした骨太の体躯の上で短い銀髪がつんつんと逆立っている様は、池脇竜二の30年後を思わせた。
「ただいま、父ちゃん」
「おう。とりあえず入れ」
竜雄さんが片手を挙げて答えると、伊澄と神波が少し強張った様子で頭を下げる。
顔を上げた二人の顔をまじまじと見つめた竜雄さんは、
「翔太郎と大成か、全然分かんなかった。入れ、寒いから戸閉めろ」
と嬉しそうな笑顔でそう言った。そしてゆっくりと千代乃さんの両脇に手を差し込んで立たせると、
優しく声を掛けて手を繋ぎ、家の奥へと歩き出した。
お邪魔します。口々にそう言いながら靴を脱ぐ皆の背後から、私も声を上げて挨拶をする。
竜雄さんはすでに背を向けて廊下を歩き始めていたが、肩から上だけを振り向かせて右手を挙げた。



和室に通されると、部屋の奥に竜雄さんと千代乃さんが並んで座り、その正面に池脇が胡坐をかいて座った。
そしてその背後に伊澄と神波が並んで正座する。
「寒いとこよく来たな。お前らも久しぶりじゃねえかよ、なんで後ろ座ってんだ」
竜雄さんが首を伸ばして言うも、伊澄らは曖昧な笑みで頷いている。
「今日は良いんだ、話があって来たから」
「そうか。まあ酒でも飲めよ」
そう言って竜雄さんが立ち上がるも、
「飲まねえよ、朝から」
と池脇はにべもなく断る。
そうか、と言って座りなおす竜雄さんの動きが、痛みを庇っている分とても辛そうだ。
「足もやってんのか、重そうだな」
「ああ、腰はもうずっとダメでよ。年のせいかな、色んなトコがガタガタだ」
「まだトラック乗ってるって?」
「当たり前だろ」
「もう降りりゃあいいじゃねえか」
「なんで」
「金ならあるだろ」
「どこに」
「ちゃんと仕送りしてるだろうが」
「馬鹿か。働けるうちは働いてテメエの金で飯食うさ。なんでお前らのわけのわからん稼ぎで酒飲まなきゃなんねえんだ」
「わけのわからんて」
「右足が動くうちは降りねえぞ」
冗談なのか本気なのか分からない。
私の前で座っている伊澄が俯いたのを背後から見る限り、彼は笑っているように思えた。
「こないだも『まどか』行ったら和明と二人して心配しとったぞ。お前ら、織江ちゃんに働かせすぎじゃねえのか。おい大成、そこらへんどうなってんだよ」
(まどか=『いろどり橋』。善明アキラの母が経営する都内の小料理屋)
「え、何の話っすか?」
神波が顔を上げて答える。
「いまだにお前、半年に一回ぐらいまとまった金がぽーんと振り込まれるっつってよ。それでなくてもなんだかんだ金の工面してもらったのにって、一体どうなってんだ」
「いや、印税ってそういうもんだからさ」
「お前らがそんな偉そうな事言ってる裏っ側で、織江ちゃんが汗水流して働いてんじゃねえのかっつってんだよ!」
…なんでそうなるんだよ。
口ごもる神波の横で伊澄が肩を震わせる。
「笑ってんじゃねえぞ翔太郎!」
「あい、スンマセンっす」
「お前全然誠連れて帰って来ねえじゃねーか、どうなってんだ」
「平常運転っす」
いつもの事なのだろう。そんなやり取りの間も池脇は我関せずという態度で、ニコニコ笑っている千代乃さんに小さく手を振っている。やがてそのままの状態で池脇が切り出した。
「父ちゃんよ、偉そうな事言ってんのはどっちだ?」
「おお?」
「別に俺らはよ。今更納得してほしくて金入れてるわけじゃねえよ。ここまでデカくしてもらった自分の親に対して感謝の気持ちを形にしてるだけで、やましい気持ちなんか一切ねえよ。アキラんとこだけ特別扱いしてるわけじゃねえし、うちにも、こいつらんトコにも、もちろん織江のとこにも平等に分配してる。受け取らねえなら別に構わねえよ。でも理解出来ねえからって人を悪く言うなよ」
「生意気言うなチンピラ」
伊澄の肩がブルっと震える。
「織江はそらぁ頑張ってるさ。けどこいつらが普段どんだけの事をやってるか、父ちゃんは絶対に見ようとしねえんだな」
「見たって理解出来ねえもんは、理解出来ねえからな」
池脇は大きく鼻から息を吐き出し、
「それでも構わねえ。それでも、ちゃんと報告はしておこうと思って、今日皆で顔出したんだ」
と言った。
「アメリカへ行く話か?」
「ああ」
「なんでだ」
「何が」
「何をしに行くんだって聞いてんだ」
「何回言わせんだよ」
「もっぺん言ってみろよ」
「歌を、やりに」
「なんで日本じゃいけねえんだ」
「世界で勝負するんだよ」
「誰と」
「…世界とだよ」
「誰とだよ」
「…」
「竜二」
「…」
竜雄さんの深いため息。池脇らの沈黙。



私はこの場にいない約束だ。だから何があっても絶対に口を開く事はしない。
だから今ここで書こうと思う。
ドーンハンマー、あるいは彼らを取り巻く人々に基本的にはNGがない事実は、
ここまで読み進めて下さった読者諸兄にはご理解頂けていると思う。
しかしたった一つだけ、これまでの取材で全く明らかにしてこなかった事がある。
既にお気づきの方もいるかもしれないが、それは彼らが練習中に倒れてしまう場面だ。
この場面に関してだけは、伊藤織江から口外しない約束の言質を取られた。
女性である芥川繭子が体を痙攣させて倒れる場面など映像で残すわけにはいかないし、
彼女だけではなく全員が同じような姿でスタジオの床に転がって来た。
何度も救急車を呼び、いい加減にしてくれ、通報するぞと救急隊員にお叱りを受け、
そのうち119番すらしなくなったのも随分と前の事らしい。
そのせいで長時間の練習には必ず誰かスタッフが側に付くようになる。
それが伊藤の時もあれば上山の時もある。
しかし誰が側に付こうが彼らの顔に笑みはなく、固唾を呑んで見守っている。
そんな光景を感動的な場面として取り上げたくはないし、
メンバー誰一人そんな風には考えていないとの思いが全員に共通してあった。
これまで「リタイアマラソン」と呼ばれる月に一、二度行われる過酷な練習について、
会話の中で触れることはあっても直接的な描写は避けて来たし、
カメラを回す事もしなかったのその為だ。
だか私は幾度となく彼らが崩れ落ちる姿を実際この目で見てきたし、
酸素吸入や水分補給、別室への移動などの介助を手助けして来た。
自慢したいわけでは全くない。
そうやってとても近い場所で彼らの本気を見て来た私だから、
今彼らが理解されずに追い込まれている状況がとても辛かった。
しかも相手は、実の父親なのだ。



「竜二よ。…お前らが来る機会なんてめったにねえからこの際全員に言っとくぞ」
竜雄さんが口を開くと、伊澄と神波が背筋を伸ばした。
「ワシは、お前らが何をしようと一向に構わねえよ」
一度そこで言葉を切り、竜雄さんは3人の顔を見た。
本心だと、それだけで伝わった。
「お前らがどこで何をやらかそうと、テメエで考えてやる分には何とも思わんし、テメエのケツをテメエで拭けるんならそれでいい。だが理解は、出来んよ。そんなもの理解しろって方が無茶だろうが。こっちは50年近くトラック乗って生きてきた。ロックンロールなんてもんはエルビスで十分だし、お前らが何を喚こうがワシの耳には全然入って来ねえ。だからお前らも、そこをどうにかしてくれようなんて金輪際考えるな。どうでもいいし、興味はねえ。だが履き違えてくれるな。ワシは、お前らを憎く思ってこんな話して」
「あー!」
突然、千代乃さんが膝立ちになって池脇を指さして声を上げる。
全員ギクリとして彼女を見つめる。
だが声を上げた当人が、何故声を出したか分からない顔をして、首を傾げた。
池脇も首を傾げる。
千代乃さんは膝立ちのまま息子に近づいて、彼の顔を覗き込んだ。
「男前だねえ」
千代乃さんはそう言い、あははと笑う池脇の頭に手を置いた。
話の腰を折られた竜雄さんは俯いて後頭部をぼりぼりと掻いている。
「あんたぁ、うちの竜二に似てるよねえ」
と千代乃さんは言った。
「へえ、そうかい」
答える池脇の声が僅かに上擦る。
「兄さんもいい顔してるけどねえ、うちの子もなかなかよお。ただね、うちの子はまだちょっとだけ子供だからね。心配ごとは尽きないよね。特にこの町じゃあ生きてくだけで大変だものね」
「ああ、ホントにな」
「兄さんも、この町の人かい?」
「…ああ、昔ちょっとな」
「そうかい、今は違うんだね。…そうだ、兄さんに頼んでもいいかねえ」
「何?」
「うちの竜二をさぁ、よろしく見てやってくんないかねえ」
「…え?」
「うちの人さあ、腕っぷしはなかなかのモンだけど、ご覧の通り腰が悪くってさあ。仕事でね、トラック乗ってるんだけど、いつもいつも無理して日本中走り回ってくれてっからさ、子供らの事は私らでなんとか守ってやらにゃあ、いけないよね」
「ああ、うん、そうなのか。大変だな」
「うーん、うふふ、こんな事会っていきなり言うのも変な話だけどさあ、兄さんほら、うちの子に雰囲気がそっくりだからさあ。うちの竜二も兄さんみたいな良い面構えになってくれっといいんだけどねえ。なかなかどうして、ままならないよねえ」
「ああ。…分かるよ」
「春雄さんはでっかい船作ってんだって。和明さんはその船乗って海に出てんだって。うちの人は日本中走り回ってる。皆、額に汗して踏ん張ってる。休みなんてないんだ。あたしらはそれをよっく分かってるからさ、うちの人らにはこれ以上言えないもんねえ。でもさ、近所にね、うちの人が小さい頃から世話になってる大親友が住んでてね、その人だけはこの町にいて、いつも子供らを見守ってくれてんだ。銀一さんって言ってね、物静かでちょっとおっかない人だけど、優しい人なんだよ。突き当りの路地入った所進んでくと、…あるだろ。あそこで牛打ちの銀って言ったら知らない人はいない職人さんなんだよ。こないだもね」
「母ちゃん、まあま、そこらへんで」
竜雄さんが背後からそっと千代乃さんの肩に手を置いて、後ろへ下がらせようとした。
しかし千代乃さんはそれを振りほどき、上機嫌で息子に話を続ける。
池脇は微笑みながらうんうんと頷き、いつの間にか千代乃さんの手を握って話を聞いている。
「あ、所で兄さんお名前なんていうの?」
「名前?…あー、奇遇だねえ、俺も竜二ってんだよ」
「へー!竜二!こんな事あるんだねえ。でもやっぱりそうだ、うちの子に似てるよお」
「あはは」
伊澄は俯いている。神波は視線を外して背中を震わせている。
「悪いね。…ずっと聞いていたいけどよ、この後予定あんだわ。また来るから」
池脇がそう言うや否や、千代乃さんは息子の手を両手で握りしめた。
「頼むよ!兄さんお願いだ!」
彼女のあまりの勢いに、池脇は息を呑んで何も言い返せない。
「うちの竜二を見てやってくれよ。竜二だけじゃない、翔太郎も、大成も、アキラも、本当はもうどうにもなんないんだよ、私らじゃ!兄さんみたいな強い人ならさ、守ってやってくれるだろ!? あの子らにゃ助けが必要なんだ!こんな!こんなクソみたいな町でこれ以上ボロボロにされてたまるか!」
「母ちゃん」
「駄目だ、終わりにしよう」
そう言って竜雄さんは千代乃さんの肩に置いた手に力をこめる。
「母ちゃん」
項垂れた池脇の背後へ、ゆっくりと伊澄が這い寄る。
そしていきなり無言の一撃を彼の脇腹へ叩き込んだ。
「い!っつ…」
四つん這いの姿勢からだったが、不意打ちの右フックに池脇の顎が跳ねあがった。
「泣いて良い場面じゃねえだろ、竜二」
奥歯を噛締めながらそう言った伊澄の声に、池脇はぐっと堪えて千代乃さんの手を握り返した。
「ああ。分かったよ。あいつらの事は俺に任せな。ちゃんと面倒見てやるから」
「ホントに!? あ、あの、竜二だけじゃ嫌だよ!? 他の3人も一緒に頼むよ!あの子らいっつも一緒なんだよ!4人で力合わせて生きてんだよ!我儘なんて絶対言わない、良い子達だから!だから!ね!だから!あの子らだけは幸せになんなきゃいけないんだよ!」
「ああぁ…クソ!…クソ!」
どうしようもなく溢れ出る涙に池脇の震えは止まらず、
優しい母への言葉も返せない彼の顔面は鬼のような形相に変わっていた。
全てが腹立たしかったと、後に彼は語った。
あの町も、自分達や家族を苦しめた悪夢も、今尚母親の前で泣いてしまう自分も、何もかもが。
「翔太郎」
池脇が名を呼ぶと、心得たとばかりに伊澄が2発目をお見舞いした。
その時だった。
ずっと膝立だった千代乃さんが立ち上がり、叫んだ。
「お前うちの竜二に何をしよんじゃあ!」
右手に何かを握っているかのように、腕をめちゃくちゃに振り回しながら伊澄に襲い掛かろうとする。
背後から竜雄さんが羽交い絞めにし、正面から池脇が抱きしめてそれを止めた。
「早く行け、外出ろ」
竜雄さんが顎をしゃくってそう促す。
池脇も同じく顔だけ振り向いて、「頼む、先行ってくれ」と2人に告げた。
無言で立ち上がる伊澄と神波に習い、私もカメラと共に外へ出た。
玄関の扉を開けて家の前の道に出ると、向かいのコンクリートブロックの塀を神波が思い切り蹴った。何度も蹴った。しかし塀はびくともぜす、乾いたその音はとても悲しく寒空へ登っていく。
伊澄は神波の側でしゃがみ込んだ。両膝の上にだらしなく両腕を乗せ、「きっついなあ」と一言漏らし、深く項垂れた。



ここから先の映像はない。
思いがけないタイミングの思いもよらない出会いに、私の心の歯車は上手く噛み合わず、
失礼を働いたかもしれないという肝の冷える思い出だけが強く残っている。
まず池脇の実家を出た直後、言葉を無くした私達へ一人の女性が声を掛けてきた。
「そんな所で、なんでお前が泣いてんの?」
言葉はぶっきらぼうだが、とても優しい声だった。
振り向いたそこに立っていたのは、少女のように小柄な女性だった。
黒のニットセーターとスリムフィットデニムの上から、濃いえんじ色の厚手のエプロンを被っている。
そしてミディアム・ショートボブという髪型を見て私はぎょっとする。
この場所に到着した時に感じた、あの視線の先に立っていた人影だと直感したからだ。
ご部沙汰しています、と神波が九十度に体を曲げて頭を下げた。
その後頭部に手を置いて、優しい声の女性は言った。
「頭下げるのちょっと早いなぁ。顔上げてみ」
言われた通り神波が頭を上げると、小柄な女性の背後にゆっくりと近づいてくる男の人影があった。
紹介されずとも一発で誰だか分かってしまった。顔さえ見なければ同一人物と思い込む程雰囲気が同じだったからだ。
おそらく息子から贈られたであろう、まだ新しそうなシングルのライダース、その下は真冬だというのに白のVネックシャツ一枚だ。
そんな所まで似てるんだなと感心して胸が熱くなる。
そして顎のラインから首筋と鎖骨にかけて、酷使してきたであろう筋肉と刻まれた皺が惚れ惚れする程に色っぽい。
男性に向かって神波はまたもや深々と頭を下げた。
お疲れさまですと神波が言うと、小柄な女性は後ろの男性の腕を引いて頭を下げさせ、耳打ちした。どうやら耳が不自由のようだ。
「俺はスジモンか」
身体を起こすとその男性は小さく呟き、神波を見ながら蹲っている伊澄を指さした。
神波は黙って頷き、翔太郎、と声を掛けた。
伊澄はゆっくりと顔を上げて、泣いてねえよと答える。
「久しぶりだな。父ちゃん、母ちゃん」
私達の元へ現れたのは伊澄銀一、友穂ご夫妻であった。
先程からずっと、私の心臓が繭子のツー・バス連打並みの早鐘を打っている。
言葉が出て来ない。本来なら一番に自己紹介して状況を説明せねばならない部外者の立場だが、
二人の放つ存在感に圧倒されてしまい息をするのもやっとだった。
見兼ねたのだろう。友穂さんの方から、大丈夫?と心配の声を掛けて頂いた。
ある意味いつもの私らしいリアクションを見て落ち着きを取り戻したようで、伊澄は立ち上がって私の背中をトンと叩いた。
「父ちゃん、銀一。母ちゃん、友穂。この人は出版社の時枝さん」
私は先ほどの神波よりも深々と頭を下げて名乗った。
一年前からバンドの密着取材ウンヌンと説明し始めた私の言葉に興味がないのか、銀一さんはふらっと池脇のお宅へ入って行ってしまった。友穂さんはその姿を目線だけで追いながら、やがて私を見て微笑んだ。気にするな、そう言ってもらったように感じた。
ここへ来た時の伊澄の言葉が本当なら、親子の再会は一年振りのはずだ。
友穂さんは息子の顔をまじまじと見上げながら、なんの取材?と尋ねた。
何かやらかした?と言いたげに、眉を下げて苦笑しているその顔は、お世辞でなく60代には絶対に見えない。突拍子もない話だが、私がこの一年で出会った女性達を、例えば全員60代になるまで時間を押し進めて統一した場合、おそらく最も若く見られるのはこの伊澄友穂さんだと思う。そのぐらい圧倒的に若い。何の取材と言われて答えに窮する息子を面白そうに見ながら、織江ちゃんが言ってた話か、と思い出したように納得する。
またもや飛び出す伊藤の名前に、胸が鳴ると共に思わず溜息が出た。
友穂さんが神波に一歩近づいて、声を掛ける。
「なあ、男前。あとでウチ寄っていきな。響子来てるからね」
「え、母ちゃんすか。なんで」
「たまたま。さっき父ちゃんの忘れ物をこのウチに取りに来たらあんたらが見えて、急いで電話掛けたらちょうどウチの家に来る所だったってさ。もう着いてんじゃないかな」
「分かりました。伺います」
「チヨには会った?」
「今しがた」
「最近まともに話してなかったんじゃないの?」
「はい」
「…びっくりしたろ」
「…少し」
「あの子一人だけ若返りやがってさ、やんなるよ」
「あはは」
「織江ちゃん元気?」
「はい」
「お前もこっち来るのはいいけどさ、ちゃんとあちらさんにも顔出しなよ?」
「そうします」
少女のようなシルエットで優しい声を放つ友穂さんが、伊澄と神波を従えている事が不思議と、とても幸せな光景に見えた。
「翔太郎は、どう」
「どうって?」
「すぐ戻るの?」
「どうすっかな。竜二次第」
「そうか。忙しい?」
「まあ、おかげさまで」
「良い事だよ」
「今度は誠も連れてくる」
「ああ。体の具合はいいの?」
「え? 誰が」
「誠、もういいの?」
「…俺、言ったっけ?」
「電話あったよ。なんでか知らないけどすっごい謝ってた」
「へえ」
「会いに行こうかって言ったんだけどね、自分から行きますって」
「そっか。うん、大丈夫。ちゃんと見てるから」
「じゃあ、任せた。何か助けがいるならすぐに言いな」
「頼りにしてるよ、元看護婦だもんな」
「それは別に関係ないけどね。父ちゃんもお前の事より誠を心配してたよ」
「あはは、そらそーだ」
「お前は相変わらずそうだね」
「絶好調」
「あはは。いいね、それでこそだ。…あ」
何かを思い出したように友穂さんはエプロンの前ポケットから小さな財布を取り出した。
そして折りたたまれた何枚かのお札を抜き取り、伊澄に手渡した。
「何、こづかい?」
「父ちゃんの革ジャン代。繭子が新しいの買って持って来てくれたんだ」
「…あいつ」
「どう見たってお前の着古したボロよりあっちの方が高いだろう?」
「だろうな」
怒ったような伊澄の苦笑い。
「父ちゃん喜んで毎日着てるけどね。繭子は受け取らないだろうし、お前から何かの形で返してやりな」
「いいよ、俺が自分で返すから」
「それじゃ意味ないだろ」
「なんで。俺が父ちゃんに新しいの買ってやるのと同じ事だろ。母ちゃんが金出す理由はどこにもない」
「…ほんとだ」
「だろ?」
「うん。なあ、やっぱり今日泊まっていきな。一晩ぐらい時間あるだろ」
「うーん、どうすっかな」
「泊まって行けよ」と神波。「今日は、俺もそうさせてもらう」
伊澄は何度か頷き、黙って池脇宅の玄関を見つめた。
友穂さんは俯き加減の顔に微笑みを浮かべて、やはりとても嬉しそうだ。
あ、と声を上げて神波が私を見る。
私は慌てて後退り、一人で運転して帰れるから気を使わないで欲しいと告げる。
伊澄の眉間に皺が寄ったので、何度も首を横に振る。
午後から予定が入っている為もともと戻る気でいたと説明しても、伊澄は疑ったまま私を見つめる。睨んでいるようにも見える。
「まあまあ、気も遣うだろうしね。他人の実家で居心地良いわけないし、帰る方が彼女も気楽だと思うよ」
と神波が言わなければ、伊澄は納得しなかったかもしれない。
しかし友穂さんが「お前送ってきな」と伊澄に言った事で、結局私はまた彼らの優しさに甘えてしまう形になった。



伊澄の運転する帰りの車内にて。
-- はー。胸が一杯です。
「お腹一杯?」
-- 胸です。
「巨乳アピール?」
-- 今はカメラ回ってますからね。
「ホントーニモーシワケゴザイマセンデシタ」
-- (笑)。はー! 凄い日だなあ、今日。情報が多すぎて処理しきれないです。
「あはは、なんか帰り際グダグダでごめんな」
-- 何故です?
「結局竜二出て来ないままだったし、父ちゃんもあんな感じで、フラフラした人だからさ」
-- いえいえ、お会い出来ただけで光栄でした。もともといない者として扱ってもらう筈が、最後には写真撮影までお願いしちゃって申し訳ないです。それにしても翔太郎さん、お父様とそっくりですね。
「俺? そうかな」
-- お顔と言うよりも、雰囲気とかシルエットが全く同じでした。翔太郎さんの30年後が見えました。竜二さん所もそうですけど。
「あそこは似てるよなあ、竜二よりでかいもんなあ」
-- 翔太郎さんのお母様、友穂さん、可愛くて素敵な方ですね。
「そうかい? じゃあそう言っとくよ」
-- 千代乃さんも、涙が出るぐらい素敵なお母さまです。
「あの年代の、俺らの親世代は皆地獄を見てきてるからね。強いよ、本気で凄い人達だと思う」
-- はい。
「うちの父ちゃんの耳、気付いた?」
-- はい。
「左はまだ大丈夫みたいだけど、右側は完全にダメなんだよ」
-- 事故か何かで。それとも生まれつきですか。
「どっちでもないな。竜二の父ちゃん、竜雄さんの腰もそうなんだけど。…俺達の子供の頃の話しただろ、さっきチヨさんも言ってた」
-- はい。
「父ちゃんは違うって言うけど、実際体張って守ってくれてたんだと思う。それはきっと、頭のおかしい連中ばっかりだったあの街に生きて、俺達が家にいる間だけは安心して眠れた事だけ見ても、もう証明されてると思うんだよ。父ちゃんも母ちゃんも外で働いてたし、俺達が学校へ行ってる間、通学路の往復なんかはそれこそどうしようもない地獄だったけど、完全に目を付けられてたにも関わらず、家にいる間は全く何もされなかったしな。今思えば、相当外で苦労しただろうなってのは、想像付くよ。俺の父ちゃんだしね、やりすぎて恨み買ってただろうし、ヤクザ者やシャブ中も多かったから、敵だらけだったんだよ。母ちゃんなんて一年中貞操帯つけてたよって笑って言うからな(笑)」
-- …笑えません。
「…うん。ある日夜明け前にさ、父ちゃんが顔面血塗れになって帰って来た。父ちゃんの仕事ってのは遅くとも夕方前には終わるはずだったから、その日は帰りが遅いの心配して皆起きてたんだけど、嫌な予感が見事に的中したもんでめちゃくちゃ怖かったのを覚えてる。顔面どころか、首から肩から一杯血がついてて。それ見た母ちゃんが凄くてさ。泣きも喚きもしないで、たまたま家に帰って来てた竜雄さん呼びに走って。でも父ちゃんさ、母ちゃん達が戻ってくるのを待たないで、仕事道具のハンマー持ち出すわけ。どうするの?って俺が聞いたら、父ちゃんなんて言ったと思う?」
-- …。
「『ちょっと仕事行ってくるわ』。…俺、今帰って来た所だろって思いながら、条件反射で『いってらっしゃい』って答えちゃってさ。父ちゃん血塗れの顔でニッコリ笑って、心配すんなって言って走って飛び出してった。その時にはもう両方の耳やられててさ。左側だけは手術でなんとかなったけど、右側はダメだった。左側だって、今でも耳元で喋ってやんないと聞き取れないし、仕事の時は補聴器手放せないしな」
-- す、凄い話ですね。とにかく、ご無事で何よりでしたね。
「あはは。その後戻って来た母ちゃんは自分もハンマー持って飛び出して行くし、竜雄さんもブチ切れて追いかけるわで誰も止める人間がいないんだよ。大成とアキラんちはちょっとだけ離れてたし、呼びに行こうにも夜中だし誰が行くんだって話だろ。あの日は凄かったなあ。皆が戻って来るまで竜二と二人でガタガタ震えてさ、家のカギ閉めてずーっと起きて待ってたよ。途中いきなり電話が鳴ってさ、悲鳴上げて。恐る恐る出たら大成なんだよ。お前ふざけんな!って怒って(笑)」
-- 震えるぐらい怖いお話ですけど、翔太郎さんにとっては懐かしい思い出話の一つなんですね。私、冷や汗が止まりませんけど(笑)。
「まあな。でもそういう一つ一つがさ、その時何を意味してるかとか、当時は全然分かってないんだよな。ただ怖かったり、気味悪かったり。だけどこうして俺達も大人になってあの頃を振り返った時にようやく見えて来る、あの人達の強さとか、優しさみたいなものがね…」
伊澄は前を向いて運転したまま、言葉を切った。
泣いているわけではない。
彼の沈黙の奥に、容易に口に出来る言葉では言い表せない思いがある事だけは、私にも伝わった。
-- 友穂さんがハンマー持ったら後ろにひっくり返りそうですけどね。
「あはは!じゃあそう言っとくよ」
-- モーシワケゴザイマセンデシター。
「いいねえ(笑)」
-- 皆さん同じ年なんですか?
「誰?」
-- 竜雄さんや、銀一さん達です。
「父ちゃん達はそうだよ。春雄さんも和明さんもうちらの親と同じ年。母ちゃん連中はちょっと違うみたいだけど。なんで?」
-- 先日お会いしたアキラさんのお母様、まどかさんもそうですけど、皆さん本当にお若いのでびっくりしました。
「おばちゃん綺麗だろ」
-- まどかさんですか? そうですねえ。あんな風に年を重ねられる自信がありません。
「俺も自分でそう思う」
-- いやいや、翔太郎さん達は絶対、格好いいおじいちゃんになりますよ。
「そうかい? …あ、さっきあんたよく怒らなかったな」
-- 怒る?
「竜雄さんに俺らボロクソ言われて、俺はひたすら面白かったけど、大成きっと織江の事言われて不満がってるし、時枝さんも腹立ててんだろうなあって」
-- あー。あはは。
「違った?」
-- んー。最初は確かに、怒るというか辛いなと思ったりしたんですげど、でもちょっと、そんな単純な話ではないんだよなって思いながら、聞いてました。
「そうか」
-- 竜雄さん、物凄く真っ直ぐな方なんじゃないかなって思うんです。きっとそれは私が竜二さんを知っているからそう見えたんだと思いますけど。分からない事は分からないとしか言えない。相手を慮って優しい愛想を振りまく言葉や行為は、きっと竜雄さんの中では優しさなんかじゃないんだろうな、って。
「うん」
-- 途中で話が止まってしまったのが残念ですが、きっと、バンドとしての皆さんの活動は理解できなくても、息子としては誰よりも心配されているだろうし、愛していらっしゃる。だからこそ、アメリカ行きの話が突拍子の無いものに聞こえて仕方がないのだと思います。
「うん」
-- 私は、たった一年ですが皆さんの本気を見てきました。だから立ち上がって、「息子さん達はたった4人で、何万人もの人間が発する熱狂と狂乱を相手に真正面から戦える音楽戦士です!」って叫ぶ事は出来ます。
「あははは!」
-- でもそれはきっと竜雄さん達の理解出来る現実ではないし、伝わらないんだろうなと思いました。きっとこう仰ると思います。「自分達は60年日常と戦い続けて、20年かけてこいつらを男にした親という戦士だ」って。その経験と愛情に打ち勝つ言葉は、私の中から出てきません。
「そんな上等なセリフは逆立ちしたって出て来やしないだろうけど、思ってはいるだろうな」
-- はい。
「あんたやっぱ凄いな」
-- はい?
「ちょっと感動した」
-- やめてくださいよ。
「あそこの親子は本当、似た者同志でな」
-- 竜二さんですか?
「うん。とにかく責任感が強い。あいつ自分で言ってたけど、時枝さんが諦めたように、竜雄さん達に自分の仕事を認めさせようとはもう思ってないんだよ。ないんだけど、あいつはバンドや会社を自分の責任として抱えてる部分もあるからさ。『俺はいい、だけど他の奴らの事は認めてくれ』って、変に意固地になってる所がある」
-- なるほど。分かる気がします。
「でもそれって見方を変えれば同じ事なんだよな。竜雄さんだけじゃなくて、うちの父ちゃんも、和明さんも同じように家族への責任感で生きてる。なんだったら、母ちゃん達だってそうだ。なんつーかな。…例えば竜雄さんだったら、体悪くしてもトラックを降りない、子供の世話になんかならない。でも言いたいのは自分の頑張りなんかじゃなくて、アメリカが本当にそんなに大事な事か、もっとお前らを育てた母ちゃんを大切にしろ、分かってんのかって、…そういう気持ちなんじゃないかな。立場が違うだけでさ、あの二人は同じように感じながら生きてると思うんだ」
-- はい。確かに仰る通りですよね。
「親子!って感じだよ、あそこは本当に」
-- 翔太郎さんはそこまで分かっているから、面と向かってチンピラと罵られようが、笑っていらっしゃったんですね。
「だってチンピラだもん(笑)」
-- あははは! 翔太郎さんは、どうなんですか。お父様とはどういったご関係ですか?
「あー。うちはあんまり喋らないから」
-- 寡黙な方なんですね。それは耳の事がある前からですか?
「うん。声を上げて笑ってるトコ見た事ない気がする」
-- えーっ!そこまでですか。
「うーん。逆に、変に怒鳴ったり喚いたりもしないし、そこは良かったけどね。竜雄さんも和明さんも気性が激しい人だから子供の頃はマジで怖かったし。…今でも怖いけどね(笑)。その点春雄さんとうちは愛想ないくせになんでか一目置かれるタイプというかね。けどうちの母ちゃんがああいう人だから、暗い家ではなかったよ、全然」
-- にこやかですけど、芯の強さが滲み出ている方ですね。好きです、ああいう女性。
「ちっこいクセに貫禄あるだろ。あれで一番年上だからな」
-- え!?
「2、3個しか違わない筈だけど、確か一番上はうちの母ちゃんで、次が響子さんかな。チヨさんとまどかさんがその下で同い年、だった気がする」
-- へえー、私響子さんとはまだお会い出来ていませんが、友穂さんの若々しさはちょっと見過ごせませんね。お幾つなんですか?
「父ちゃんと同じだから、67?」
-- 嘘だー!
「あははは」
-- あ、…『アギオン』ライダース。あれって銀一さんがずっと着ていらしたんですね。
「あー、バレちゃったな。くっそー、格好悪」
-- そんなワケないですよ。絆とか、歴史とか、優しさとか、愛情とか。そういう気持ちのギュっと詰まった素敵なエピソードだと思います。でも、繭子はいつ知ったんでしょうね。代わりに新しいの買ってあげるなんて、やっぱり彼女も素敵だなあ。
「バレるとそうなるのが分かってたから言わないようにしてたんだけどな。…織江かもな、俺らの実家連中と今でも一番顔合わせてるのって、多分あいつだし」
-- ああ、なるほど。先日竜二さんと『いろどり橋』ご一緒したんですが、その時も、今日も、さっきも、今も、もうどこにいたって織江さんの名前が出てくるんですよ。私あんなに凄い人見た事ないです。私の中の歴代ナンバーワン女性です。
「織江? まあね、あいつは…うん。…今後ろ乗ってるけどね」
-- ええ!?(驚愕して振り返る)
「あははは!」
-- …びっくりしたー。ちょっとしたホラーじゃないですか!
「そう言っとくよ」
-- ほんと勘弁してください、織江さん大好きです!超愛してます!心の底から!!
「うるせえなあ!」



伊澄銀一の握る仕事道具、相棒としてのハンマー。
そして我らが、ドーンハンマー。
偶然の一致とは言え怖いぐらいに交差するその意味合いに、より深みが増した気がした。
血塗れになりながらも、我が子らの行く道を死守せんと夜明けのハンマーを握りしめる彼の背中は、
伊澄翔太郎に、そして若き日の彼らに本当の強さとは何かを教えていたのではないだろうか。
池脇竜二の横腹に喝を入れた伊澄に対して両腕を振り回した千代乃さんの叫び声は、
きっと彼らが子供の頃から、本当の愛情とは何かを教えていたのではないだろうか。
そんな事を考えている間に視界に飛び込んで来た、住み慣れたはずの我が街の光景は、
何故だかいつもより色褪せて、現実味が薄いように私には感じられた。

連載第50回。「ベストアルバム」

2017年、1月26日。


その日のお昼休憩に、ニューアルバムリリースと同時発売を予定している、ベストアルバムにまつわるお話を聞く事が出来た。楽屋で仮眠してくると言ってスタジオを出た伊澄と、それに習って同じく楽屋へ戻った繭子を除く池脇竜二、神波大成、そして伊藤織江を交えて。



池脇竜二(R)、神波大成(T)、伊藤織江(O)。

-- 全22曲、2枚組というのは決定ですか?
O「3枚組っていう話だったんだけどね。ベストなんだし、ちゃんと絞ろうよと」
-- ビクターとしては3枚組が良かったんですね。
O「大きい企画打つ時は3枚組っていうのがなんとなくあるみたい。もちろん単価も上がるし、マーケットを見た時に算出出来る確実な規模っていうのがあって、その流れで行くと勝算があったみたいだけどね」
-- 大人の事情ってやつですね。確かにドーンハンマーファンは間違いなく買いますからね。ご新規さんも手に取りやすいですし、確かに分母を拡大するのは『今』のタイミングがベターですよね。
O「ベストアルバムだけにね?」
-- あ、ベターって言っちゃった。
O「翔太郎がいたらアウト(笑)」
そこへPA室から神波が出て来た。
切れた弦を直し終わったベースを立てかけて、伊藤の横に腰を下ろす。
-- お疲れ様でした。
T「お疲れ。竜二も(楽屋)戻った?」
-- お手洗いです。
T「そ。ベストの話?」
-- はい。ほぼほぼ完成ですよね。
T「俺らはほとんど何もしてないけどね。収録曲とか順番とか聞いた?」
-- 資料頂きました。曲選びには苦労されてたじゃないですか。もう確定なんですよね?
T「今からはいじれないね、ギリギリだよ。あとは写真選考して終わりかな」
-- ジャケットはもうビクターのサイトと大手通販サイトの予約画面で見る事が可能になってますね。
O「仮だけどね、あれ」
-- そうなんですか。見た事ない写真だし本決まりなのかと。
T「『NAMELESS RED』の没写真だよアレ。ジャケットにメンバー写真なんか死んでも使わない(笑)」
-- そうでしたか。『P.O.N.R』までの9枚から22曲ということは、1枚あたり2曲、多くて3曲です。どうなんでしょうね、バランス的に。
T「どう思う?」
-- タイトルを見る限りツボを押さえてるとは思いますが、私のようなガチ勢からすれば物足りませんよ。全曲名曲ですけど、ドーンハンマーの傑出した名曲がこれで全てかって言われると、全然ノーですから。
O「それはそうかもしれないけど、内容的にはどう? この曲入れるなら、こっちの方が良かったっていう違和感はない?」
-- そういう目線で言うと、ありません。むしろ素晴らしいです。特に1曲目と22曲目は新曲ですよね。盤面的には分かれてしまいますが、大きな一枚のアルバムとして仕上げる為の仕掛けとしてはこの上ない構成だと思います。
T「良かった。もう聞いた?」
-- 聞きました。1曲目のイントロは大成さんですか?
T「そう」
-- 『Shot』、いいですね。潔い響きのタイトルなのに、予想を裏切るどこか哀愁を帯びた音に仕上がっています。割とこれまでのオープニングと近い、ゆったりとした重みのある曲なんですね。
T「うん。あんまり今感を出すより、オールタイムベストを楽しんで貰いやすいかなと思って」
-- 本当に才能豊かな方ですね。
T「あはは、ありがとう。そういう誉め方されると思わなかったよ」
そこへ池脇が戻って来る。
R「あー、ケツ痛い」
O「毎度ごめんね、リアクションしちゃ駄目だからね」
-- はい(笑)。お疲れさまでした。
R「あいよ」
机にあったミネラルウォーターのボトルを池脇に手渡すと、言葉ではなくニッコリと笑顔で返し、一人分開けて私の横に腰を下ろした。テーブルに置いてある資料を手に取る。ベストアルバムの収録曲と曲順のリストである。
R「タイトルどーすっか。やっぱり、普通に『オールタイム~』が良いのかな、普遍的だし、分かりやすい方が」
O「そこで色気出し過ぎると、却ってベストアルバムのイメージ消しちゃうものね。ニューアルバムと喧嘩しても駄目だし」
-- こういう時って皆さんがそれぞれ案を出し合って決定されるんですか? それともどなたか一人が決定権をお持ちなんですか?
T「持ってるとしたら織江かな。でもちゃんと話し合って案は出すよ。どうにも決められない時に全員が言う事聞くのは彼女だけだからね」
-- そうでしたか。『オールタイムベスト』、私も良いと思います。
O「良かった」
-- どのような案が出てるんですか?
O「『BEST OF DAWNHANMMER』『ALL TIME BEST』『DAWNHAMMER'S BEST』かな? 私と大成は『ALL TIME BEST』で竜二が『BEST OF』?」
R「『BEST OF』。繭子が『DAWNHAMMER'S BEST』」
-- これまた微妙な違いなんですね(笑)。もっとこう、それこそベスト感の全くないタイトルを考えてるのかなと思ってました。
R「ネムレに引っ掛けて、『BIG NAME BLUE』とかな(笑)」
-- そうですそうです!
O「それはまず最初に避けた(笑)」
-- そうなんですか?
O「うん、完全に別個の作品として別けたかったの。新作と関連性があるようなバーターネームは嫌だよねって言って」
-- なるほど。それほど、今回の新作には強い思い入れと自信があるわけですね。
O「その通り」
-- ちなみに、翔太郎さんは『なんでもいい』ですか?
R「よくお分かりで」
O「あはは! 凄いね、感心する」
-- いや、まさかまさか、当たっちゃうなんて。…本当ですか?
T「あいつに聞いたら全部の候補に、『お、それで行こう』って言ったからな」
-- うふふ。翔太郎さんらしくて良いですね。
O「そうだね。だからもう真剣に考えてる事が馬鹿らしくなってきたよ。もう『ALL TIME』で良いかな?『BEST OF』にする?」
T「結局誰も決められないっていうね」
-- 拘りがないのであれば、全部混ぜちゃうのはどうですか?
R「ん?」
-- 『BEST - ALL OF THE HAMMER'S TIME -』、なんて。
O「おお(笑)」
T「それで行こう」
R「やっと決まったー」
-- ちょちょちょちょ。
伊藤がテーブルに転がっていたマジックペンを手に取り、資料の候補タイトルに消込線を入れていく。候補に挙がっていた3つのタイトルを全部消すと、その下に『BEST - ALL OF THE HAMMER'S TIME -』と書き入れた。
O「一丁上がり」
-- 本音言っていいですか。
O「うん」
-- じゃあ、もうちょっとちゃんと考えて良いですか?
(一同、笑)



収録される曲目と曲順、オリジナルアルバムは以下の通りは以下の通りだ。

DISC.1

1.Shot(新曲)
2.IMMORTAL WORK(『FIRST』)
3.RHIZOME(『FIRST』)
4.ALL HUMANS WILL DIE(『HOWLING LEO』)
5.DEVIL'S ENGINE(『HOWLING LEO』)
6.Hanging my own(『KIND OF SORROW』)
7.In Coma(『KIND OF SORROW』)
8.Strike on holy pray(『ASTRAL OGRE』)
9.Versus Bacchus(『ASTRAL OGRE』)
10.One By One Break(『GONE』)
11.NO!YES!FUCK!(『GONE』)


DISC.2

1.Verve on hate.…thunder?(『NOCTURNAL DROP』)
2.Nasty kings road(『NOCTURNAL DROP』)
3.AEON(『7.2』)
4.Deadmans crowl(『7.2』)
5.Luny's of thoruns(『7.2』)
6.DOMINO(『&ALL』)
7.RESIDES GOD ME WHAT?(『&ALL』)
8.CRUEL DRIVEN(『&ALL』)
9.ULTRA(『P.O.N.R』)
10.GORUZORU(『P.O.N.R』)
11.I WILL.I DIE(新曲)



新曲で挟み込まれた、リリース順の見事なラインナップである。
各オリジナルアルバムの中でもハイライトを飾る名曲揃いである事は間違いないが、選抜されたそれらはオリジナルアルバム内でも同様の曲順なのが興味深い。
例えば『7.2』から選ばれた3曲は、本来間にいくつかの曲を挟むとは言え、オリジナルアルバムと同じ流れでベスト盤に収録されている。
全体を通して、本当の意味での時系列と言えるだろう。
あの曲がない、この曲が入っていない、などファンにとっては文句があるかもしれない。
私としても、『FIRST』から『レモネードバルカン』が選ばれない事は不満だ。
しかしかと言って、選ばれた曲に問題があるかと言えば全くそんな事はない。
どの曲もドーンハンマーならではの目くるめく熱いリフと絶叫ボーカルが堪能できる、素晴らしい選曲だと断言しよう。
このアルバムを聞いて満足しないようであれば、ヘヴィメタルファンを辞めた方がいい。
そして何より特筆すべきは、オープニングナンバー『Shot』と、ラストナンバー『I WILL.I DIE』の秀逸さだ。何故ニューアルバムに入れないんだと腹が立つくらい、鳥肌ものの2曲である。
この2曲を聞くためだけに購入したとしてもお釣りがくるぐらいだ。



-- ちなみにこの2曲って、『NAMELESS RED』の選考に漏れた曲ですか?それとも敢えてベスト盤用に書き下ろしたんですか?
T「選考漏れ(笑)。もともと前から存在する曲ではあるね」
-- すみません、言い方悪いですね。
R「ってか、あえて選考漏れって言うんなら毎回選考漏れ出るからな。そもそもアルバムを企画する段階で、ざっと40曲ぐらいは用意するから、どうしたって出てくるんだよ」
-- ワオ、40!? それはどういう曲達なんですか?
R「未完成の曲もあるし、翔太郎が使いたいフレーズだけ仮タイトル付けて持って来るのもあるし」
T「あとは結構前に作った曲でも全体のバランスとかカラーを考えて使わなかったと奴とか、これを機会にブラッシュアップしたい曲とか。それらを一通り並べた上で、そこからまた新曲書くからね。毎回そのぐらいは候補に挙がるよ。だから絶対外れる曲が存在するんだけど、それだって別に上から順位をつけて9曲なり10曲をすくい上げてるわけでもないんだよね。良い悪いってのはないから、難しいよな」
-- 『Shot』のように割とゆったり目の重みのある曲は、確かに『NAMELESS RED』のオープニングとは趣が違いますものね。
T「そういう事。まあ『Shot』に関しても、もともとはもう少し速かったのを敢えて落としたんだけどね」
R「タイトルもずっと『Shot』って呼んできたからそのまま使ってるけど、今一つショットっぽいイメージじゃなくなったもんな。でもそこが面白いって言うかな」
-- ふつふつと煮えたぎるマグマのようなメロディに、敢えて「激流」とか「濁流」っていうマインドを込めるような物ですかね。
T「あはは、そうそう、面白い」
-- ありがとうございます。『I WILL.I DIE』は、これはどちらの作曲か分からないです。
T「一応翔太郎だけど、サビの部分は俺も一緒に作ったよ」
-- そうでしたか!レコーディングを拝見させて頂いた時、衝撃的でした。ちょっと、感想を口に出来ないぐらいでしかたから。
R「どういう意味?」
-- ドーンハンマーでこういう曲やるんだ!っていう(笑)。
T「ちょっと裏切りに近いもんね」
-- いい裏切りだと私は思いますけどね。徹頭徹尾音圧とスピード重視のデスラッシュで攻めて来られた10年でしたから、そのベストアルバムのラストがミドルテンポのヘヴィロックなの!?っていう。言っていいのかどうなのか、その時は迷って何も言わなかったんですよ。いやでも、…うーん、凄い!あはは。
R「良い曲だと思う?」
-- 思いますよ!当たり前じゃないですか!コーラス録りの時、皆さんの温度の高さに感涙しまくりでしたよ。これはファンも大喜びで大合唱するでしょうね。
R「温度の高さか。うん、それは保証する」
-- もうここまで来るとコーラスが課題なんて言えませんよ。相当格好良いです。翔太郎さん、大成さん、繭子というバック3人のレコーディング風景を拝見しましたけど、自然と拳握って体が揺さぶられました。
R「あはは、そりゃ良かった。具体的に何が変わったと思う?」
-- 待ってました。繭子がバックでデスボイスコーラス当ててるおかげで『芯』がありますよね。
T「ああ、なるほど(笑)」
-- 竜二さんが今回割と歌う事に関して余裕があるように感じるんです。手を抜いてるとかではなくて、スピードがゆったりしている分グルーヴィーですし、いつもより歌心が光って聞こえます。そこへ被さる男性二人のさすがの声量と、繭子の芯のある声がぴったりマッチしていますよね。狙ってやってるんでしょうか?
R「結果論に近いんだけどな」
-- そうなんですか?
R「そのまま地声で叫ぶとどうしても女声だから、あえて低めの声でシャウトさせるわけだ。そうすっとどうしても声量だけで言えば他二人には負けちまうから、コーラスの中でも繭子の声を少し前に出すように調整して」
T「そのおかげで、そこのパートに関しては竜二よりバックの方が印象として残りやすいアレンジになったんだ」
-- 確かに物凄く耳に残りますよね。ずーっと聞いていたくなるんです。
R「おお、いいねえ」
T「翔太郎が言ってたんだけど、別に遅い曲を作ろうと思ったわけじゃならしいよ。でもサビらしいサビが思い浮かばないまま、AメロBメロで気に入ったフレーズがもう書けちゃったんだって」
-- サビへ行くまでの段階でコーラスが多様されていたので、最初は『ここがサビなのかな?』って思いました。初めてのタイプですよね。
T「そうそうそう。竜二にちゃんと歌わせようと思ってたらすげえテンポ遅くなっちゃったんだけど、これどう思う?って言われて。もう鳥肌立つような曲書いてるから慌てて俺も参加して、絶対ボツらせないように工夫したんだけど、結果一回ボツってるんだよね(笑)」
R「あはは。まあ『ネムレ』にはちょっと違うもんな。けど今回俺が短いフレーズを気持ちよく叫んでる裏で、コーラスが熱いリズムを取ってくれてんだよ。ノリノリだったもん歌入れん時。確かに俺もあーいうのをこのバンドでやると思ってなかったから、久しぶりに若返った」
-- 若返った!?
R「あはは!なんつーか、うん。クロウバーとはまた違うんだけど、気負いもない楽しいだけの歌っていうか。特に世界観みたいなのもなくて、…本来あいつが曲書くと急き立てられるような展開が多いからな。今回のはアンセムみたいな感じがしてさ。皆で大合唱して、ウオオみたいな。歌詞はまあ、昔の『ALL HUMANS WILL DIE(やがて死ぬ)』の流れをくんでるから、アレなんだけど」
T「どっちなんだよってな(笑)」
-- 音はしっかりがっちりのヘヴィロックで、この曲に関しては完全にデスラッシュ要素はありませんね。抵抗はありませんでした?
R「それはないかな」
T「ニューアルバムじゃなくてベスト盤のボーナス的な位置づけがぴったり嵌る曲になったよな」
R「そうそうそう」
T「何度か言ってると思うけど、ああいう曲自体は好きだしね。ライブてやろうとあんまり思わないから収録しないけど、普通に曲書いてりゃそら遅いのも出来るよ」
R「結局『END』を入れるのやめたり、新譜の方におまけでマユーズが付いたりっていうのがあるからな。こっちのバランスとして、ドーンハンマー名義であの曲をやれたのは自分としては嬉しかったな。良い曲だと思うよ、あれはほんとに」



-- 『FIRST』からは2曲ですね。ここを3曲にしてくるんじゃないかと個人的には思ってましたが、外れました。
R「それはやっぱ、アキラ時代って意味で?」
-- そうです。この一枚しかありませんから、もう少しスポットを当てるのかなーと。
R「うーん(笑)。何が正解で何が不正解は分からねえけど、正直ベスト盤自体には特別な思い入れはねえからな。前も言ったけど、レコード会社が企画して俺らがそれに乗っかるみたいな、置き土産みたいな意味の作品だし、アキラのドラムに焦点当てたいとか考えた事ねえよ、俺はね。だからそれを言うなら、そのまま『FIRST』聞いてくれよって」
-- あはは、なるほど。あえて2曲に絞る事すら本来は…。
R「俺はね(笑)」
T「最初のアルバムだし、そういう意味ではもちろん思い入れはあるよ。そりゃあ竜二だって絶対それはそのはずだし、実際選曲する時一番揉めたのもここだしね」
-- そうなんですか!
T「揉めたって言っても喧嘩じゃないよ。割と他のアルバムの曲ってのはすんなり決められたんだよね。これだろっていう曲が一致する事が多くて。でも『FIRST』に関しては選ぶ基準がそれぞれ違ってたね」
-- なぜ『FIRST』だけズレたんでしょうね。
T「繭子だよな」
R「うん。…あいつはやっぱりアキラへの思いが俺達の感覚と違うっつーかさ。どちらかと言うと時枝さんみたいな考え方をするんだよ。特別視というか、別枠というかね。今回選んだ『IMMORTAL WORK』って曲は、知ってると思うけどアルバム一発目ではないわけ。でもおそらく定番としてはファーストアルバムの一発目を持って来る事多いだろ、こういうオールタイムベストって」
-- 確かにそういう傾向はありますね。バンドの歴史を振り返る上で重要なスタートラインですからね。『IMMORTAL WORK』は3曲目です。
R「絶対これがいいですって繭子が選んだのがこれでさ。まあ、やっぱりドラムが特徴的な曲じゃんか、言ってしまえば」
-- はい、確かにその通りですね。
R「良い曲だと思うよ、もちろん。これが駄目ってんじゃねえけど、アルバム全体から2曲って枠を作った時に、これか?ってのはあったけどな。まあまあでも、繭子がそこまで言うんなら、いいかと(笑)」
-- 繭子が言うなら?
R「単純に嬉しいからね。あいつが自分の意志を貫こうとする姿勢を見たり聞いたりするのは。普通に、ガっと意見してくる事すら稀だからな」
T「曲数を増やすっていう案はなかったけど、でもそれぞれ言いたい事がちょっとずつ違って面白かったよな」
-- なるほど。私が、2曲で良いの?と思ったのもその辺りと関連性があるように思います。この曲を選ぶなら、枠は3曲必要だったんじゃないかと。
T「やっぱりこれに関しては、『アキラ枠』だと感じたわけだ?」
-- まあ、正直に言うと、そうですね。そうかもしれないな、程度ですけど。
T「なるほどねえ。さすが時枝さんだ」
-- いやいや。
O「ほんっとに良く見てるね。よく考えてくれてるし」
-- ただ単に好きなんですよ、こういう事考えるのが(笑)。
R「そこに関して思ったのがさ。穿った考え方かもしんねえけど、だから敢えて2曲のまま押し切ったっていう事でもあるんだよな。大成が今言ったけど、結局じゃあ3曲にするかとは誰も言わなかったけど、思ってはいたと思うんだよ」
T「うん。面倒臭がり屋の翔太郎なんかは特にね。身も蓋もない事になるの分かるから言わなかったみたいだけど」
O「まだやってんの?とは言ってたよね(笑)」
-- ああ(笑)。でも、やっぱり深いですね。竜二さんの仰りたい事はすごく分かります。
R「うん。一周回って、繭子の選んだ曲が正解かもなって、ちょっと思ったし」
-- そうですね。『アキラさん枠』を設けた事でもう一つ曲を増やしてしまうと、そこに別の意味合いが生まれてしまう気もしますね。オールタイムベストという考え方で行けば『アキラさん枠』という発想イコール『FIRST』時代そのもの、と考えるべきですよね。
O「スゴイ! 何この子(笑)」
-- あはは!
R「繭子もきっとそういう事が言いたいんだろうなって思ったんだよ」
T「今日も冴えてるなあ。まあもう一曲の『RHIZOME』に関してはアルバムで一番テンション高い曲だし、さすがに全員一致だったけどね」
-- 珍しいタイトルですよね。地下茎の事ですよね、植物の根。
T「良く知ってんね!」
-- もちろん調べましたよ。私以前までは皆さんのルックスや音からしてこういうちょっとビジュアル系っぽいタイトルのイメージがなかったので、面白いなーなんて思ってたんですけどね。今はしっくりきます。
R「え?俺らビジュアル系?」
-- いや、言葉の意味です(笑)。
O「あはは、これもだから、アキラ時代の4人だった頃を象徴するナンバーだよね」
-- グッときますよねえ。翔太郎さん戻って来られる前にひとしきり泣いておこうかな(笑)。
O「ハンカチ用意しないとね」
R「ちゃんとカメラの電源落としてからじゃねえと」
T「証拠残すとややこしいからな」
-- や、優しい。
(一同、笑)



-- 年明け一発目に、繭子と話をしたんです。その時アキラさんについてもお伺いしました。
T「うん。織江から聞いた」
-- ああ、ええ。
O「なんかね、今だから言うけど年末にさ、繭子と大成と3人で話してたでしょ? 大雪の日、隣(会議室)で」
-- はい。
O「あの後ね、大成が私に言うのよ。もうすっごい嬉しくなるんだよーって」
T「あはは」
-- 何でしたっけ?
O「時枝さんはあまり自覚していないのかもしれないけどね。繭子って、私達と話をする時と、あなたと話をしている時では表情から口調から丸っきり違うんだよって、この人が教えてくれたの。知り合って10年以上、毎日顔を合わせて、寝食を共にする勢いで一緒に生きて来たけど、それでもあの子は私達に礼儀を忘れないし、本当にちゃんとしてる子なのね。だけどあなたと話をする時は、それこそ同世代の友達と笑い合いながら話してる感じなのが、見てて新鮮だった、それだけで凄く嬉しくなっちゃってさーって言うわけ。何それ私も見たい!ってなって」
-- ええー…。えへへ、うーん、あはは、…どうしましょう。
R「電源切るかい?」
-- いいです、もうありのまま行きます。
T「あははは!」
O「それがあったからね、年明けの単独インタビューの時に居座っちゃったの」
-- そうだったんですか!全然気が付きませんでしたよ。
O「やっぱり見れて良かったよ。うん、すっごく楽しそうに喋ってたもん繭子」
R「へえ。俺も見てえな」
-- 私はそんなに変化があるように感じないんですけどねえ。
O「だって繭子が誰かを弄ってるトコ見た事ないもん。これまで何度もインタビュー映像チェックしてきたけどさ、やっぱり現場で顔を見ながら話を聞くと全然違うなあと思って。あの子私達以外の人と話す機会ほとんどないし、これまでだって社外の人相手だと割と平坦な話し方をする子だったの。だからもうビックリした。ボケるし、突っ込むし。本来そのポジションは誠なんだけどね、なんか、繭子楽しそう!って感動した(笑)」
-- 女版・伊澄翔太郎ですね(笑)。
R「あははは!それきっと繭子は喜ぶんだろうな」
O「ねえ、妬いちゃうでしょ」
R「メラメラだよくっそー」
T「なはは」
-- うふふーん、私からはもう何とも言葉が(笑)。
O「それでさ、アキラの事を楽しそうに話してるあの子見ててね。あー、これは本当に繭子にとって必要な時間だったなあ、時枝さんに感謝しなきゃいけないなあって思ってたんだよ。あ、ごめんね、口挟んじゃって。どうぞ」
-- 織江さんずるいですよ。そんな風に言われて『えへへ、感謝してくださいね』なんて絶対言えるわけないじゃないですか!
T「言った方がきっと面白いけどね」
-- 無理です(笑)。
R「アキラの話って、どんな話だったんだ?」
O「繭子との思い出話」
R「あー、もうバンドやってる頃の話か」
-- そうですね。やはりこないだのお話もそうですけど、私その人単独のエピソードを知る事よりも、誰か別の人の目を通して見た人物像を知る事に意味があると感じていて。
R「繭子の目から見たアキラって事?」
-- そうです。それは繭子だけに限ったことではなくて皆さんにとってのアキラさんとは、というお話にもなるんですけど。
O「バイオグラフィを作りたいわけじゃないって言ってたもんね」
-- はい、その通りです。彼が何をしてきたかではなくて、皆さんににとってどういう人であったのか。そこを辿る事の方が大切だと思っています。なので先程ベスト盤収録の選曲で一番揉めたという話を聞いただけで、実はぐっと来てました(笑)。
R「早い早い!」
T「まあでも、最近俺らも人の事言えないよな」
R「確かになあ。それで言うとさ、俺最近誠の話ダメなんだよ。ツボ」
T「ツボ!?」
O「面白い感じになってるよ?」
R「ツボじゃない。なんていうの。すぐ泣いちゃう奴」
-- 弱点ですか?ウィークポイント。でもツボとも言いますよね。それは誠さんの話をするだけで、という事ですか?
R「そう。これまで全然そんな事なかったんだけど、一旦出てって帰って来てからのあいつの顔見るだけでちょっともう、変なふわふわした感じになるしな」
O「それって、好きになっちゃったんじゃないの?」
R「今更か!?」
T「あはは!あー、だったら面白いなあ。全力で翔太郎と揉めて欲しい」
R「なはは!」
O「駄目だよ何言ってんの(笑)」
-- めちゃくちゃ言いますね。竜二さんとしては、やっぱりちゃんと帰って来れて良かったなあっていう思いが強いわけですよね。
R「うーん。…まあ病気の事は大きいよな、もちろん。知らなかったわけだからビックリもしたし。ただそこが一番問題なんじゃなくてよ。なんつーかな。…これまで特別意識してなかったんだよ、あいつの生き方や生き様や、その…努力とかそういう物全部」
-- はい。
R「言い方悪いけど、側に翔太郎がいるんだから俺が心配するような事もねえしって。もちろんもしなんかあった時はなんでも相談に乗るし、それは大成とも前々から話してた事ではあるけど、別に普段は、何もそんな、…うん。そもそも出来は断然あっちの方が良いわけで、頭の良さとか要領の良さで言ったら織江並だと思うし、安心して見てた部分もあったからさ。だから余計となんだろうな。去年の夏にあいつが消えちまった時、俺はこれまで一体あいつの何を見てたんだよって愕然としたし、誠がこれまで生きて来た時間や通って来た道の険しさってものを、改めて考えるきっかけにもなったんだよな」
-- はい。
R「…大丈夫?」
-- はい。
R「安心して見てたって言ったけど、それはあいつが頑張って来た結果そう見える人間になれたって事であって。あいつの人生は順風満帆とは真逆だったって知ってたはずなのに、何を勝手に安心してたんだ俺はって自分に腹が立った。夏の後に翔太郎と一回だけ話したことがあって。…特に誠の名前は出さなかったけど、『行けるか?』って聞いたら『正直、きつい』って言ってて。そらそうだろうなって思って適当な相槌しか打てなかったよ。だって考えてみりゃあ、ノイがいなくなった時の事やアキラが死んだ時のあいつ思い出してみりゃあよ、どう考えたって平然としてられる男じゃねえんだよ、翔太郎って奴は。なあ」
T「(頷く)まあね」
R「そこはでもあいつは男だから。…死んだわけじゃねえしって、そう割り切る事で男として格好つけようと踏ん張って立ってたんだよ。けど絶対、何も感じねえわけねえんだよ。逆に本気でそうなら俺友達やめるわ」
O「言い過ぎ」
R「いやいや」
T「まあ、…うん」
R「でもなあ。…そもそもあいつが弱音吐くなんて絶対ないから。だからそれを聞いちまって俺の方がちょっと折れた部分あるもんな。これは、とんでもねえ事になっちまったなあって。でもなんだかんだ、繭子も織江も、色々気を使って見守ってくれてたし」
O「当たり前でしょ、そんな事」
T「うん。時枝さんも助けてくれたしね」
-- 私ですか!?
O「そりゃそうだよー。翔太郎が冷静でいられたのはやっぱり時枝さんが側にいたからっていうのもあるよ?」
-- いやいや、何を仰るんですか。ただただ本当に強く優しい方なんですよ。なんだかんだ言って、凄い御人なんです、翔太郎さんはとても。…とてもとても、タフで、ああー、駄目だ。
O「そんなの分かってるよ。でも強くなくたっていい場面でも強がれたのは、彼にとっても助けになってたと思う」
-- いやいや。
R「ま、そんなこんなでよ。翔太郎に関して言えば心配は心配だったけど、忙しさもあって時間は止まらず過ぎ去ってくれたわけだよ。ガキの頃から知ってる分、最後の最後は絶対に折れない奴だっていう信頼もあるしな。…問題は誠だよ、だから」
-- はい。
R「帰って来てあいつの変わらない笑顔を真正面から見た時に、…なんて言うんだろこれも、分かんねえけど。出会ってからこれまであいつがしてきた頑張りの結果がこれかよ!って。どこに怒りをぶつけていいのか分からねえけど、それまで意識してなかったくせに勝手な言い草だってのもテメエで分かってっけどよ。…ああ、こいつ本当すげえなあって、改めて思える人間だって事に気づかされたというかね」
-- はい。
R「あいつが帰った来た日にさ、俺になんて言ったか知ってる?」
-- いえ、聞いてないです。
R「知ってる?」
T「誠が?」
O「知らない。何て?」
R「『結構ドラマチックな人生ですけど、まだ誠っていう曲書いちゃダメですよ。まだまだやりますから。続き、ありますから』って」
-- うわ!…うわ!
O「あいつめー」
T「あー、それはちょっと、俺もダメだ…」
R「うっすら涙浮かべた目で、笑ってそうやって言うわけ。だから最近誠の顔見るとやばいし、誠の話をするだけでもやばい」
T「今もちょっとぎりぎりだからね、これ」
-- はい(笑)。
O「ああー、私アウト。時枝さん一緒にメイク治しに行こっか」
(一同、笑)



-- 敢えて今、アキラさんの記憶で一番強く残ってる思い出にタイトルを付けるとしたら、何になります? 繭子は『スイッチ』だそうです。
O「あはは」
R「スイッチ?何それ」
-- 今話すと私脱水症状起こすかもしれないんで直接繭子に聞いてください。
R「なんだそれ(笑)。ふーん、タイトルねえ。何が良いかな」
T「歌詞書いてるボーカリストとしては、やっぱり一味違うねっていうタイトルが欲しいね」
R「お前は?」
T「アキラかあ」
少しの沈黙を経て、伊藤の挙手。
-- じゃあ、織江さんから。
O「『カオリ』」
-- なるほど、そう来ますか。
T「あ、それいいなあ。話しやすそう。じゃあ俺はあれかな。『約束』」
-- ああ、聞きたいですねー。これは素敵なタイトルですよ、竜二さん。
R「ああ、じゃあ俺『約束2』で」
(一同、笑)
T「クリエイターが一番やっちゃ駄目な二番煎じを堂々と持ってきたな」
R「じゃあ『約束2 ~青空の彼方に~』」
(一同、爆笑)

連載 『芥川繭子という理由』 46~50

連載第51回~ https://slib.net/85545

連載 『芥川繭子という理由』 46~50

日本が世界に誇るデスラッシュメタルバンド「DAWNHAMMER」。 これは彼らに一年間の密着取材を行う日々の中で見た、人間の本気とは何かという問いかけに対する答えである。 例え音楽に興味がなく、ヘヴィメタルに興味がなかったとしても、今を「本気」で生きるすべての人に読んで欲しい。 彼らのすべてが、ここにあります。

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-08-01

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