同調率99%の少女(23) - 鎮守府Aの物語

同調率99%の少女(23) - 鎮守府Aの物語

=== 22 夏の合同任務2 ===
 館山で那珂と五月雨が観艦式を、川内が夜間の偵察任務をしている間、神通と五十鈴は鎮守府に残って長良・名取両名の訓練の監督に頭を悩ませていた。やがて鎮守府に残った4人と提督は、ある事態に巻き込まれる。

登場人物紹介

<鎮守府Aのメンツ>
軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。観艦式に参加するため川内たちとは別行動。練習中。

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)
 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。夜間の哨戒任務に出るも、様々な遺恨を残してしまった。いいことと言えば、暁と友達になれたということと本人は強く思っている。

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。鎮守府に残り、名取の訓練の面倒を見るが……。

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)
 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。鎮守府に残り、長良・名取の訓練の総監督として務めるが……。

軽巡洋艦長良(本名:黒田良)
 鎮守府Aに着任することになった艦娘。

軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)
 黒田良とともに鎮守府Aに着任することになった艦娘。水上航行がまともにできず、長良から大幅に遅れる。見てくれている神通に申し訳ないと思いつつも体と頭がついていかないためもどかしく訓練に取り組んでいる。

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)
 鎮守府Aの最初の艦娘。秘書艦。観艦式に出るため、那珂と一緒に練習した。館山には皆から遅れて到着。

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)・駆逐艦村雨(本名:村木真純)・駆逐艦夕立(本名:立川夕音)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。夜間の哨戒任務に参加した。比較的おとなしい彼女らなりに、今回の件では考えさせられるものがあった。

駆逐艦不知火(本名:知田智子)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。夜間の哨戒任務に参加した。

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子
 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。唯一の重巡洋艦。本合同任務では支局長代理(提督代理)として現地で那珂たちの取りまとめ役。

工作艦明石(本名:明石奈緒)
 鎮守府Aに在籍する艦娘。本合同任務には技師として参加。

提督(本名:西脇栄馬)
 鎮守府Aを管理する代表。関係各位と顔合わせの後、鎮守府に戻った。その後ある事態が起きたため、鎮守府のある検見川浜にずっといる。

黒崎理沙(将来の重巡洋艦羽黒)
 五月雨・時雨・村雨・夕立の通う中学校の教師。本合同任務には五月雨達の学校の部の顧問・保護者として参加。

<神奈川第一鎮守府>
村瀬提督(本名:村瀬貫三)
 神奈川第一鎮守府の提督。千葉第二、神奈川第一鎮守府両局の総責任者。違い鎮守府の艦娘とはいえ、危険を冒したり理にかなわないことをした者に対しては非常に厳しい。

駆逐艦暁
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。川内と共に哨戒任務を経験。千葉第二の艦娘達より経験月数は遥かに多いが、本人の性格面でまだ幼いところがあり、背伸びしたがり。それが災いしてミスすることも実はしばしば。しかし基本的には戦績は駆逐艦勢の中では優秀。

戦艦霧島
 観艦式の先導艦を務める。何事も規程やマニュアルを根幹として進めたがる性格。しかし機転が利かないわけではない。OLとしての経験も長く生真面目な性格のため、振る舞いや物事への対処能力が村瀬提督から評価された。

天龍(本名:村瀬立江)
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。村瀬提督の実の娘。館山イベント二日目の哨戒任務に旗艦として参加。千葉第二の川内とは、実は話し合ってみると意外と馬が合うかもしれない。

神奈川第一鎮守府の艦娘達
 鎮守府Aとは違い大人数のため、観艦式に参加する組、哨戒任務に参加する組、合同訓練に参加する組とそれぞれ存在。

<海上自衛隊、館山基地>

<千葉海上保安部>
 ある事態の際、千葉第二鎮守府に出撃要請を入れてくる。

鎮守府に残った者たち

 早朝に那珂たちを見送った後、神通と五十鈴は残った五月雨と不知火とともに本館に入り、執務室で今後の話をしていた。
「私はこの後神通と一緒に、長良と名取の訓練をする予定よ。二人は……一体何の用事があって残ったの?」
 そう五十鈴が尋ねると、五月雨はややふんぞり返って答えた。
「実はですねぇ~、不知火ちゃんの学校の人たちが来る予定なんですよ。ね、不知火ちゃん?」
「(コクリ)都合がやっとついたから。」
 先日行われた艦娘の採用試験にずっと携わっていた五十鈴はそれだけですぐに気づいた。普段察しがよい神通は完全に蚊帳の外の話題だったためか、頭の上に?をたくさん浮かべて視線を行ったり来たりさせている。

「もしかすると、近々艦娘が増えるかもしれないってことよ。よかったわねぇ神通。あなたはあっという間に先輩艦娘になるのよ。」
 五十鈴のやや茶化しが混じった説明に神通はゴクリと唾を飲み込んで緊張し始める。
「もう……次の人たちが入るんですか?」
「いや~もしかしたらってことですよ。不知火ちゃんのお友達がホントに同調に合格できるかわからないですし。でも合格してくれると、私はもちろんですけど、不知火ちゃんはもっとうれしいよね?」
 神通の恐々とした確認を聞いて五月雨はフォロー的な言葉をかけるが、本音は神通への気にかけよりも、不知火との喜びを共有しあう方が上だった。五月雨から同意を求められて不知火はコクコクと連続して頷く。

 神通は知らぬ人が増える現実に一抹の不安を覚えた。学校とは異なり、今まで知らぬ関係・他人だった人物が同じ組織に加わる。同じ運命共同体として活動する。神通はアルバイトをしたことがないが、両親の経験を聞いて間接的にではあるが働くということ理解しているつもりだった。
 しかし所詮話だけのこと。真に理解に至ってはいなかったのだと気づいた。ろくに任務も出撃もこなしていないのにもう後輩だなんて、諸々の責任や変なプライドで今から不安で仕方がない。
 とはいえいつまでも考え込んでいるわけにはいかない。

 神通は俯いて密かに悄げていたが、当面のやるべきことを思い出して自分に言い聞かせる。自分は決して不出来ではない。やれる。だからこそ、あの年上の後輩を見て奮起できたのだ。
「い、五十鈴さん!早く、やりましょう。二人の訓練。」
「へ?どうしたのよいきなり。まだ来てないから無理よ。落ち着きなさい。」
「そ、そう……ですよね。わ、わかりました。」
 五十鈴は悄げていた神通がなぜ急にやる気に火をつけたのか呆気にとられた。しかしこの神通も、後輩を持つことによる心境の変化や身の振り方を考え始めていることなのだろうと、他校の人間ながら、微笑ましく思っていた。

--

 その後長良と名取が到着し、基本訓練が始まった。神通がやることは、水面に立てるようになったものの未だ満足に水上航行をできないでいる名取のサポートだ。今日も今日とて、名取が危なっかしい腰つきと足で水面に立ったはいいが進むに進めぬ様を眺めるだけである。
 いつになったら先に進めるのだろうと、普段我慢強い神通もはっきりと苛立ちが顔に表れ始めていた。五十鈴は完全に役割を分けたのか、長良に訓練の説明をしている。この日の長良の訓練は、砲撃の訓練だった。
 自分たちの時は訓練する立場であった自分と川内が同じタイミングで訓練の説明を受けていたのに、五十鈴の訓練方針のなんと違うことか。那珂とはこれほどまで取り組み方が違うのかと神通は愕然とした。
 そしてチラッと名取の方を見ると、彼女は友人二人のほうを申し訳なさそうに、かつ羨ましそうに眺めている。サポートする立場としてこれほどやるせないことはない。
 何か思い切った行動が必要だ。そう感じたが、実際に訓練をするのは名取。自分に何ができるのか神通は悩みながら、この日も名取が何度目かのスッ転びをして服をびしょびしょに濡らすのを眺めていた。

 ピンクの花柄か。制服が白だと透けてしまうのだな。神通は目の前の名取の現在の状態を眺めてふとどうでもいいことに気づいた。 内気な彼女のことだ。直接指摘したらきっと慌てふためくだろう。水面の浮遊すら解けて危ないかもしれない。リアルの友人たる五十鈴か長良に後で指摘してもらおう。


 神通は、何度隣の水域から砲撃の音を聞いたかわからない。試しにひっそり数えていたが、20発を越えたあたりから数えるのをやめた。そんなことで気を紛らわしても名取の様子は変わらないし、単なる現実逃避だと気づいたためだ。
 一つ気づいたことがある。五十鈴がこちらにチラチラ視線を向けてきている。名取を自分に任せて長良の訓練をするがままに進めているのに、名取を半ば見捨てたような態度を取っておきながら、実は気になっているのか。
 やはり友人のことだから鬼になりきれていないのだろうか。そう思うと笑ってしまう。

「ど、どうしたの神通ちゃん。やっぱり私の出来が悪いから……笑っちゃうんだよね。」
嘲笑がハッキリ表に表れていたのか。神通は名取の勘違いを受けて焦った。
「い、いえ。そうではありません。ただ、名取さんの友人のちょっとした姿が気になったもので。」
 神通の簡単な説明で当然わかるわけがないのか、名取は顔と頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

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 やがて五十鈴が長良とともに言葉を投げあいつつプールサイドに向かってきた。
「あ~~楽しかったぁ!やっと砲撃の訓練に入れたぁ。主砲ってやつ撃つのめちゃ楽しい!これ弓道部とかと同じかなぁ?」
「同じなわけないでしょ。あっちはきっと弓を射るために精神力とかを鍛えて射ること自体が最大の目的だからそれにうんと集中してやらないといけないんでしょうし。私たちは敵を倒すために集中するのと素早い撃破をするっていう二兎を追わないといけないんだから。楽しいとか言っていられるのも今のうちなんだからね。」
「まったまったぁ~。りんちゃんだって深海悽艦倒してスッキリストレス解消するの楽しんでるくせにぃ~? 今思うと、たまにりんちゃんが学校にちょースッキリ朗らか笑顔で登校してきてたのって、前の日に深海悽艦に勝ったからなんだよね?」
 肩をすくめてギクリとする五十鈴。アホな友人のまれに鋭い指摘に慌てたのか必死取り繕うと、長良はケラケラと口を半月並に開いて笑顔を見せた。

 神通と名取が訓練をしているのはプール設備の出入り口付近のエリアだったため、戻ってくる五十鈴と長良の二人は必然的に神通と名取に近寄る形になった。そして神通は五十鈴と視線が合う。
「そっちはまだ水上航行なのね?名取の運動神経の悪さにはさすがの神通も手を焼いてるってことなのかしらね。」
 そのあまりに他人事のような物言いに神通はカチンと来た。
「な、なんでそういう言い方するんですか? 二人の訓練の監督官は五十鈴さんなんですから、名取さんのこともちゃんと見てあげてください!」
「だって、あなた名取のことは自分が全部見たいですとか言ってたじゃないの。だから私はあなたを信じて任せているのよ。」
「そんな……それはあまりのも勝手じゃない……ですか! それになんでさっさと長良さんの訓練だけ、先に進めてしまうんですか! 二人に差ができてしまっても……いいんですか!?」

 次第に言い返し方が強くなる神通。しかし五十鈴は至って平然と言い返す。
「私の訓練方針は那珂とは違う、それだけのことよ。それにね、出来の悪い方に日程を合わせていたら、きちんと進められるはずの方に悪影響があるかもしれないから、私はできる方から進めることにしたのよ。これもリスク回避の考え方の一つ。尤も、出来がいい方、悪い方両方に一つのことを教えるなんて経験、普段の学校生活でも滅多にないから私自身手探りなのは否めないけどね。」
「い、五十鈴さんは、普段学校でお勉強を友達に教えるときに、成績が悪い方を見捨てるというんですか?」
「そんなことは言ってないわ。状況に応じて優先順位を考えているのよ。履き違えないでちょうだい。」
「詭弁に聞こえます。今、い、五十鈴さんが振る舞っているやり方は、名取さんを見捨てているように見えます……。」
「そういう見方をされるのは心外ね。もう一度言うけど、見捨てはしないし、そんなつもりは友人としてない。ただ、効率を考えてできる方を先に進めているだけ。」
 またその言い方をする。苛立ちが30%増しになった感じがした神通は食い下がる。
「だからその言い方が……気に入らないんです。お友達、じゃないですか。なんでそんな冷徹に見られるんですか?」
「私はそう思ったからそう言ってるだけよ。……人の気も知らないで……文句言って期待を裏切らないでちょうだい。」
 平然と言い返している五十鈴の言葉に怒気が混じってきた。やや声が荒げている。ただし最後のセリフは声のボリュームを思い切り下げたつぶやきになっていたので神通は聞き取れない。

 五十鈴の言い表し方は極端すぎる気がする。神通はそう思った。言葉尻で本音が全てが全て読み取れるわけでもない。その無理矢理な言い方を聞いてると苛ついてくる。わざととしか思えない。隠し方が下手なのか。真面目がゆえか、先輩である那珂とは大違いだ。
 あの人は本音をうまく隠してる気がするが、周りを丁寧に取り繕ってくれる。言い方自体はわざと軽口を叩いて苛つかせることがあるが、それもあの人の性格と考えあっての振る舞い方だ。同じ苛つかせ方でも五十鈴は何もかも那珂とは違う。
 五十鈴とはこんな人だったのか。冷静ではあるが目の前で瞬時に声を荒げたり暴言とも取れる言葉を静かにひねり出してくる。
 情緒不安定。神通はそう感じていた。
 自身の基本訓練の時は、親身になって対応してくれた。あの時の真面目で熱心で相手を思ってくれてそうな姿は、少なくとも今の五十鈴からは見て取れない。
 なんだかガッカリだ。

「何か含みがあるなら……私に頼む前に、ちゃんと話してください。お友達ではないのですから、五十鈴さんの思いとか、口に出してくれないとわかりません。五十鈴さん、隠すの下手でしょ? ……那珂さんだったら、もっとうまく振る舞ってくれるでしょうが。」
 神通は目を細めて下唇を噛んでジトっと睨みながら言った。後半の言葉は硬い表情を僅かに解き、小さくため息をつきながら呆れ顔で何気なく言った。
 その瞬間、五十鈴の上瞼がピクリと引きつった。
「ちょっと待ちなさい神通。なぜ那珂が……?」
「え?」
 那珂の事を頭に半分思い描いて比較していたために思わず口に出してしまった。しかし別に何か問題でもあるわけではないだろうとなんとなしに適当に構えていたら、五十鈴は突然ヒステリックな勢いで語気荒く言葉を浴びせてきた。

「なんで那珂と比べるのよ!!これは私たちの問題なんだから!」

 思い切りプールの水面を蹴ったために水しぶきが辺り四方八方に撒き散らされる。
 突然声を荒げる五十鈴に、神通はもちろんのこと、長良と名取も唖然とする。五十鈴はハッと我に返り俯きながら謝った。
「「りんちゃん!?」」
 友人たる長良と名取が真っ先に反応した。
「い、五十鈴さん? え、えと……どう、されたんですか?」
 神通が続いて反応してそう尋ねると、五十鈴は顔をあげるがハッキリとは触れない。それどころか、これまでの強気な態度はどこへやらといった様子でしどろもどろになって取り繕う。そして後ずさる。
「あ……う、その……ごめんなさい。なんでも……ないわ。気に、し……ないd……あぁもう! ちょっとゴメンなさい。」

 五十鈴はプールサイドから離れ、演習用水路のそばまで一気に駆け去り、やがて完全に姿を消した。
 神通はもちろん、長良と名取も何が五十鈴に起こったのかちんぷんかんぷん、思考も何もかも置いてけぼりになった。
「え~っと、アハハ。りんちゃんってばどーしたんだろうね? えぇと……あの。あたしりんちゃん見てくるね!」
 長良は明るく弾む声ながらも、セリフに不安の色が混じらせている。そして五十鈴を追いかけてプールサイドから離れていった。長良は初めて使う演習用水路へと向かっていったが、神通はその初体験を心配する余裕がなかった。
 対して名取は俯いたままだ。神通は視線を送るが、これといって良い反応を示せず、まごつくことしか出来なかった。


--

 数分経ち、戸惑いつつも気持ちを切り替えて訓練を再開しようと動き始めた矢先にプールサイドのフェンスの先、つまりプール設備の外から男性の声が聞こえてきた。
 提督である。

「おーい、神通。」
「て……提督!? 館山行ったのでは!?」
 すると提督はフェンス越しに答えた。
「いや、紹介だけ済ませて一旦帰ってきたんだよ。これからまた五月雨と不知火を送らないといけないから、一応君たちに知らせておかないと思ってね。って、あれ? 五十鈴は?」

 提督が戻ってきていた。
 神通は自身の時計を確認すると、すでに昼を過ぎていた。なるほど、集中していてこのプール以外の出来事なぞまったく知らなかった。
 しかし提督の事情よりも、今は大事なことがある。それを伝えなければいけない。提督が姿を見せたのは好タイミングだ。
 神通は提督との少しの会話の後、改めてゴクリとつばを飲み込んで深呼吸をした後、口を開いた。

「あの……提督。ちょっとお話したいことがあるんですが。」
「うん?なんだい?」

--

 神通は途中途中、間を置きながらゆっくり説明を進めた。彼女の口が止まったことを確認すると、提督は表情を真面目に切り替えた。

「そうか。五十鈴の態度、ねぇ。」
 提督はそう言いながら胸の前で腕を組んだ。そしてまた言った。
「神通は、五十鈴のことがもう信頼とか一緒にやろうとはできそうにないかい?」
「え?」
 相手への不満を告げ口してしまえば、当然聞かれる可能性が高い質問。なんとなく想定していたがその質問への回答を覚悟していたわけではないので返事に詰まってしまった。やがて神通のか細い声が返事を生み出した。

「いいえ。そういうことは……ありません。まがりなりにも私の時にサポートしてくださったので、信じたいです。力になりたいです。けど……今の五十鈴さんはなんだか、嫌です。」
「ゴメンね。神通ちゃん。」
 突然背後から謝罪の声が聞こえた。神通が振り向くと、名取がいつものオドオドした態度を2割増しして申し訳無さそうにしている。神通の反応をそのままに名取は続ける。
「りんちゃん、ちょっと言い方きついときあるし、真面目過ぎて頑固で融通聞かないときあるんだけど……普段は友達思いの優しくて良い子なの。あとは……ちょっといいカッコしぃかな。」
「名取さん……。」
「そ、それにね、きつい言い方してくるりんちゃんこそ、本当のりんちゃんなの。本当のりんちゃんを見られるってことは、心許してくれた証拠だと、思うな。私もりょうちゃんも、りんちゃんの本性見るまで結構かかったもん。なんだかきついツッコミしてくるなぁって思って最初は戸惑ったけど、私達に対する心配とか気遣い・優しさは今までどおりだし、むしろホントに友達のこと気にかけてくれてるってわかりやすくなって、変に丁寧な頃のりんちゃんよりも気兼ねなく付き合えるように、なったよ。」
 そういう名取の表情は、訓練時よりも明るい。しかし神通は、五十鈴の名取への言い回しやその“ツッコミ”がどうしても許せない。
 神通がでも…と食い下がると、名取は続けた。
「もしかして……まだ気にしてるの? りんちゃんと私の接し方。」
 神通はコクリと頷く。
「私は実際気にしてないよ。だって友達だもん。実際ね、りんちゃんやりょうちゃんくらいなの。私がドジ踏んだりノロノロして周りに迷惑をかけてるってちゃんと伝えてくれるのって。だから、私は普段のりんちゃんが、好きなんだぁ……エヘヘ。ちょっと恥ずかしいね。」

 なんでヘラヘラ笑っていられるんだこの一学年上の後輩は。神通は心底疑問に感じた。自身には和子しか友人がいなかったからわからない。そして悪口言われてるのに平気だというその心構えが理解できない。
 その思いは表情に表れていたため、提督が気づいて確認のため問いかけた。
「俺としては名取がそう言ってるんだからその関係を尊重して見守ってあげたいんだけれど、神通にはまだ何か不満があるのかい?」
「……私はやっぱり、他人にきつく当たるのは許せません。友達同士ならなおさらじゃないんですか?」

「友達ってさ、別に仲良しこよしってだけじゃないんと思うんだ。仲良くなった相手にはあけすけにストレートに言ってくるやつもいる。俺自身、学生時代の友人にストレートにガシガシ言ってくるやつがいてさ。他にも一筋縄じゃいかない友人もいたよ。そんな色んな性格のやつらと付き合っていく上で、波風が立たないわけがないんだ。俺だってそんな交友関係多くはないけど、それなりに色んな性格のやつと付き合ってきたし、後からしたら笑い話にできる戦々恐々としたエピソードだってある。いろんな付き合いがあって今の俺がいるんだ。」
 提督が明かす友人事情の一端。神通は内容よりもその境遇の違いにショックを受けた。自分では到達できない高みにいるのが提督だったり、五十鈴だったり、そして那珂だったりするのだろう。もしかしなくても、年下組の五月雨たちや不知火にも勝てそうにない。神通は改めて提督の方を見ようとしたが、眩しくてまともに顔を見られなかった。せいぜいワイシャツの襟元くらいの高さまでしか視線の角度をあげられない。

 友人のことに対して明るく話せる提督や名取と同じ場にいて、神通はなぜ今まで友達を作ってこなかったのか、悔しくなった。五十鈴の本性も理解できないし、涙を浮かべたはずなのに五十鈴を笑って許せる名取を理解できない。

 ここまで思ってもなお、神通は五十鈴に対して納得できない。
「でも……でも……」
 その言葉を聞いて提督も名取も口をつぐんで、ただ呆れの表情を持って眺めていた。
「君も結構頑固だねぇ。はぁ……どうすれば五十鈴を許せるんだい?」
「五十鈴さんには名取さんに謝ってほしい。いくら五十鈴さんの口調が厳しいとしても、名取さんには丁寧に接して欲しい、です。」
 そう言った神通を提督は珍しく語勢を強めて諭した。
「それ以上はおせっかいだと思うぞ。」
「おせっ……かい?」
 似た指摘を以前受けた気がする。

「君には君なりの挟持…思いがあって、五十鈴と名取に仲良くして欲しいということなんだろうけど、二人には二人の思いがあるし、付き合い方がある。君の意見を通そうとする前に、相手のつきあい方振る舞い方をきちんと理解しておくべきだ。」
 そう諭す提督の表情はやや険しい。親以外の大人に初めて強く諭されて神通は瞬時に泣きそうになった。怖い。しかしその一歩手前で踏ん張る。提督はそんな神通を見てため息混じりに言った。
「俺は教師じゃないし本当は艦娘同士の関係についてあまり口出ししたくないんだけど、言わせてもらうよ。神通、君はもうちょっと相手をよく見たほうがいい。表向きじゃなくて、相手との距離感というのかな。それによって相手の気持ちにも気づきやすくなる。相手と互いに気持ち良いことを言い合うだけが付き合いじゃないんだぞ。」

 提督の言葉が突き刺さる。痛い。自分にとって当たっていることだから?
 感情がこんがらがってきて涙が出てくる。
 悔しい、言い返したいけど言い返せない。何を言っても提督には流されてしまう気がする。

 黙って俯いて思いを巡らせる神通をよそに提督はさらに続けた。
「那珂や四ツ原先生からの報告で、君はその……あまり交友関係が豊かじゃないということを伺っている。だから人付き合いもあまりうまくいかないところもあるんだろう。……本当なら君自身の力で五十鈴の思いを知って仲直りしてほしいところだけど、二人のためにも話しておくか。」

 また叱られた。しかしそれで神通が一憂する間もなく、呼吸を整えた提督が再び口を開いた。
「実はね、今回長良と名取の訓練に際して、五十鈴からある相談を受けてたんだ。」


--

 意外な話が舞い込んできた。神通は俯きながら目を見開き、反芻して尋ねた。
「ある……相談ですか?」
「あぁ。それはね、二人の訓練は全部私が見る。誰の力も借りたくないって。最初俺はそれを聞いて、せめて那珂を頼ったらどうだって言ったんだ。神通たちの訓練の時は那珂は五十鈴に手伝ってもらったんだしね。それ言ったらさ、すげぇこっぴどく怒られちゃったよ。普段は淑やかにしてた五十鈴しか見たことなかったから、いいおじさんなのにびっくりして泣きそうになっちゃったよ。」
 固くなり過ぎないようにおどけつつ独白する提督。途中の体験談、神通は自身にも当てはまることを見出した。
 五十鈴に突然怒られた。
 さすがに那珂がキーポイントなのはわかるが、なぜなのかがわからない。

「けど俺はめげなかったね。強気な五十鈴もまた味があってかわ……ゲフンゲフン。強気なのになんだか脆そうでさ。じっくり優しく問い詰めていったんだ。そしたら、那珂に頼られるのはいいけど、那珂に頼るのは嫌だって。これまで数ヶ月、那珂と五十鈴は結構仲良くやってたの俺は知ってるし、なんでそこまで那珂に頼るのを嫌がるのか俺は本気でわからなかった。本当の気持ちはどんだけ問うても教えてくれなかったけど、気持ちのいくつかだけは教えてくれたんだ。」
「りんちゃん頑固ですしね……。」と名取はつぶやきながら提督の言葉に耳を傾け続ける。

 二人の小さな反応に相槌を打って提督は続けた。
「これは私の姉妹艦、長良型の問題だから、誰にも頼りたくないんだって。それに親友の二人を艦娘に鍛えあげなきゃいけないんだから、自分がやらなきゃいけないんだって。並々ならぬ意気込みを感じて、俺何も言えなくなったよ。」
 神通はなんとなくわかってきた気がした。しかしそうであれば、なぜ那珂でなく自分が頼られたのか。
 疑問はするりと口から漏れ出した。
「……とするとなんで、私が頼られたんでしょう……?」

「おぉ、そうそう。この話には続きがあるんだ。それから数日経った日、また五十鈴から相談を受けたんだ。前に相談を受けた時とは打って変わって悄気げて弱々しい姿だったからびっくりしてしまってさ、どうしたんだって聞いたら、うまく指導できそうにないって。二人が等しく進められないのは自分の指導力が足りないせいだって悄気げてしまいには泣かれてしまったんだ。」
 その告白を聞いて思うところあったのか、名取が口を開いた。
「もしかして……私のせいかもしれません。やっぱ私、りんちゃんに迷惑かけてたんだぁ~。りんちゃんってば私たちにだって弱音吐いてくれないからわかんないときあるもん……。」
「俺としては誰が悪いとか良いとか決めつけたくないから、どう慰めの言葉をかけようか戸惑ったよ。五十鈴の真面目さと責任感の強さをわかってたつもりだから、どう慰めてもまた泣かれそうでさ。」
「それで、どうされたんですか!?」
 名取はいつのまにか神通と同じ並びに立っており、上半身をやや前のめりに傾けて提督のセリフを待ち望んでいる。
「その場の勢いで口走ったから細かい言い回しまでは正直覚えてねぇわ。まぁなんとか聞く耳持ってくれたからよかったけどさ。」
 照れくさかったのか、提督は肩をすくめておどけて続ける。

「……コホン。正直さ、五十鈴が弱音を吐いてくれたことが内心嬉しくて、かなりドキドキしちまったよ。あぁいや、変な意味じゃなくてだな。俺の艦娘の運用の考え方とでもいうべきかな。自分の限界をちゃんと理解すること。一人で無理やり進めようとはせず、できないことはできないとちゃんと伝えること。できなかったら誰かを頼って一緒にやっていこう、相談して知ってもらおうじゃないかというのが、俺の信条。俺自身がそんな出来る人間じゃないからっていうのもあるけどね。そういう考え方だから、その時五十鈴が正直に弱音を吐いて頼ってくれたのが、すごく嬉しかったんだ。俺のやり方で艦娘になった人たちを助けてあげられる、戦いにいけない俺だって、みんなの役に立てる、俺のやり方は間違っていなかったって。」
 神通は提督の考えを聞いて感心していた。ただなんとなく艦娘制度に関わって、自分たち艦娘となった人間にただ意味なく優しく接して管理しているのではない。その実ちゃんと信念があって関わっている。
 それを知ることができた神通は心の奥底にほのかに熱いものを感じ始めていた。

「そんで必死に考えてアドバイスしたんだ。自分だけでできそうにないってわかったんなら、素直に誰かに頼りなさいって。先回那珂に触れて怒られたから名指しは避けたよ。自分の思いを理解してくれそうで、一緒に取り組んでみたいって思える人に頼れ。それは恥ずかしいことじゃない。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥っていうじゃないかってね。」
 そこまで聞いて、神通も名取も一人の人物名を出した。
「それが……私だったのですか?」
「それが、神通ちゃんなんですか?」

「あぁ。正直、予想の範囲内だったから、あまり驚かなかったよ。理由を聞いたら、こう答えた。あの娘なら私と同じく真面目に集中して取り組んでくれる。それになにより私の思いに答えてくれそうな気がするって。」
「思い?」
「あぁ。まぁ~言葉濁してそこは教えてくれなかったけどな。本人の思いが伝わるか否かは別としてそう期待をかけているなら、本人にお願いしてみればいいって言ったら、やっと顔をあげて落ち着いてくれたよ。で、念押しなのか年下の神通に頼るのは問題ないのか、間違っていないのかって聞いてきたから、自信を持つように言い聞かせた。それでもあまりよくない表情をしてたから、そうっと耳打ちしてやったよ。どうせ頼るなら、長良か名取の一人を全部任せてしまうくらいの勢いと度胸でいけってね。きちんと役割分担してお互いの負担をカバーするのが大事と思うからね。」

 全部任せる。

 神通はその言葉に引っかかった。もしかして、五十鈴は提督のアドバイスを忠実に実施していたのか?
 だとすれば態度の豹変も納得できる。何かの本で読んだことがあるが、弱りに弱り切った時に身近な異性に優しくされると、相手に惚れやすい・従いやすいと。相手の言葉がなんでも自分にとっての最良のアドバイスに聞こえ、全て信じてその身に留め置きやすくなる。
 それでなくても、五十鈴の気持ちは(偶然に)知ってしまっているので、知らない世界の知らない思いの駆け引きではない。

 提督のアドバイスが五十鈴の行動を変えたのは確かだ。しかし腑に落ちない点がまだある。
「あの……それで、五十鈴さんが私にかけた思いって……?」
「いやいや、そこまでは知らないよ。まぁ、それは神通が本人に尋ねるべきことだと思うな。仮にそれを俺が知っていて話しちゃったら、なんだか二人の関係進展に水を刺すようで無粋だ。」
 手の平をひらひら掲げてそう言い返す提督。

 この口ぶり、多分提督はもう少し何か知っているのだろう。神通はもう少し確認したかったが、さすがに昼も過ぎ、フェンス越しの立ち話を提督という大人の男性にさせるのは申し訳ない。提督からの話は得るものがあった、それだけでも良しとしなければ。

「まぁ、あの娘も大概無理しちゃう娘だからね。ハッキリズバズバ言ってくれるのは頼もしいけど、その強気の裏や脆さが見えやすいから、大人としてはちょっと気になってしまうんだよね。ま、そんな五十鈴だけど、嫌わないであげてな?」
 神通はコクコクと頷いて提督に返した。

--

 後は自分と五十鈴の間で解決しなければいけない。
 友達がいない自分にとって、仲直りがどれほど困難なことなのかわからない。ただここまで提督から事情を聞いてしまうと、さすがに己で行動しないといけないというのはわかる。
 五十鈴が嫌いなわけではない。むしろフィーリング的には好きなタイプだ。だからこそ親友たる名取への言い回しや態度が気になったのだ。それが本性とか素だとか言われても乱暴な物言いは好きではない。ただ冷静に捉えると、五十鈴の思いとやらを理解しないで、本性の五十鈴を受け入れられない自分が悪いのかもしれない。
 そして五十鈴が訓練の進め方で悩んでいたのは理解できた。提督の一声で変わったかもしれないというのもわかる。わかるが、訓練の進め方に悩んで、結果として自分を頼ってくれたなら、なぜそれを自分に言ってくれないのだ。那珂より自分を選んでくれたのなら、信頼してくれてもいいのに。

 そうやって考えを巡らせるうち、五十鈴への憤りの矛先が変わってきた。
 神通の怒りは、本性とされる五十鈴の乱暴な物言いよりも、悩みがあったならなぜ自分に相談してくれなかったのだという、怠惰な態度にシフトしつつあった。

 神通と名取は提督に挨拶をして別れた。提督はプール設備の外を本館の方向に歩いて消えていった。神通は名取に合わせ、プールサイドから屋内施設、そして道路と水路を使わず、艤装を装着したまま歩いて工廠に戻ることにした。神通と名取が工廠に戻り、技師に確認したところ、五十鈴と長良は先に本館へ戻っていったという。それを確認し、神通はホッと胸をなでおろして、名取を連れてゆっくり歩いて本館へと戻ることにした。

 しかし昼食を取るために待機室に戻ると、いると思われた五十鈴と長良の姿は見当たらない。
「いない……ですね。二人とも。」
「りんちゃん……りょうちゃんまで。お昼一緒にいこうと思ってたのにぃ。」
 素直に残念がる名取をよそに、神通は五十鈴の気持ちを察してみた。
 もし自分が先に戻ってきたとしても、気まずくて先に出かけるかもしれない。考えることは同じということか。だとしてもこれ以上をわざと追う必要はないだろう。どのみち午後の訓練が始まれば、話す機会がある。
 神通はそう楽観視して、名取とともにお昼ご飯を買いに本館を後にした。

神通と長良型の三人

神通と長良型の三人

 昼休憩を終え、神通は名取を連れてプールに着いた。工廠で艤装を受け取り、プール設備出入り口から入ってプールサイドに姿を見せた。
 そこにはいるはずの二人の姿はない。デジャヴを感じた。
「……いないですね。」
 まさか待機室の時と同じセリフを呟くとは思わなかった。神通は困惑した。なぜ五十鈴はいない。まだ昼休憩が続いているのか?

 必死に状況を整理し、想像を張り巡らせていたところ、プールではない場所から砲撃の音が聞こえてきた。

(これって……まさか。)
「名取さん。ちょっとここで待っていてください。」

 名取の返事を待たずに神通はすぐに同調してプールの水面へと降り立ち、横断して海側の水路へと続く中間の通路に入った。そこからなら、ほとんど障害はなく工廠前の湾が見える。プール設備の方が海抜は高い。
 そして水路の上から神通が見たのは、湾の真ん中で的を使って長良に砲撃をさせている五十鈴の姿だった。

--

 神通は我が目を疑った。気まずいからといってここまでするのか。本性の五十鈴とはどこまでへそ曲がりなのだ。自分が悪いからと仲直りの心構えを整えていた神通はその思いが瞬時に瓦解するほどの怒りを湧き上がらせた。

 この私が至らなかったから、謝って仲直りしてあげようと思っていたのに。
 傲慢とも取れる解釈と思考を進めた神通はいますぐ行って話をしたい衝動に駆られた。しかしながら名取を置いてはいけない。自分に課せられた役割を思い返すと、神通は違う場所で訓練をしている二人をただ眺めることしかできない。
 その時、右後ろから声が聞こえた。
「あ、りんちゃんもりょうちゃんもあっちの海にいるんだね~。よかったぁ。」
「名取さん?」
「うん。私、てっきり二人に置いてけぼりになったかもって心配になったから、姿見れて安心したよ。」
 神通が右に振り向くと、名取がいつのまにか中間水路傍のプールサイドに来ていた。

「私も……二人みたいに海に出てああやって別の訓練したいよぅ……。私、いつになったら水上航行っていうのまともにできるようになるんだろ……はぁ。」
 神通はハッと息を飲んだ。初めてこの人からやる気をほのめかす一言を聞いた気がする。
 このおっとりオドオドほんわかな人はこの1週間と数日の失敗の毎日でも、先に進みたい欲求を諦めていなかった。
 自分の感じ方・思い方だけに囚われていてはいけない。今回の主役は自分などではない。名取と長良なのだ。とりわけ自分にとっての主役は名取だ。彼女のために動かないでどうする。
 神通は優先度を考えた。今は自身と五十鈴の会話よりも名取だ。同じ場に五十鈴たちがいないのは、むしろ好機なのではないか。

 そう決めた神通は、提督と別れる前に話した訓練の相談話を思い出した。

--

「それはそうと、ちょっとこっちおいで。」
 提督は手招きをして神通をフェンスの間近まで呼び寄せた。神通は一瞬後ろに視線を送ろうとするが、提督が手招きとウィンクをしたのでとりあえずフェンス側まで向かった。
 提督のいる外のほうが地面が低いため、神通はしゃがんで顔を近づける。提督は見上げる形にはなったが、相手が近寄って聞く体勢になったので一瞬外に向けていた視線と顔をプール側に向け直して再び口を開いた。

「あのさ……って、うおぉ!?」
「え!?」
 神通は提督がのけぞり、瞬時に顔を赤らめたのを目の当たりにした。突然態度を変えて照れを見せている目の前の相手に呆けていると、提督は戸惑いながら弱々しく神通に告げた。
「えぇと……あの~、非常に言いづらいんだけど、その座り方だと……俺の目の位置だと…………が見えてしまってね……」

 神通はさらに呆けてゆっくり視線を下に下ろす。提督の最小のボリュームの声で言われたことの意味を瞬時に理解した。

バッ!

 すぐに立ち、座り方を変える。そして神通は頬を赤らめながら一言、謝った。
「も、申し訳……ございません。殿方に……みっともない体勢を。」
 普通の女子高生ならば相手をやり込めるほどのセクハラ指摘をしそうなものだが、神通は低頭するかのごとく申し訳無さそうに謝ることしかできなかった。そもそも自分の下着が見られた見られない等の悶着なぞ今まで一度も体験したことがなく、またその手の騒動には無縁だったため、反応に困ってしまう。
 そのため提督に対して、怒るなどという反応は神通の辞書にはない。
「あ、あぁ気をつけてね。俺もうっかり覗く形になってしまってすまない。」
 中学生かよと思うかのごとくお互い赤面して頷き合う提督と神通だった。


--

 気を取り直して提督は問いかけた。
「ええと、当の訓練はどうなんだい? 一応五十鈴から毎日報告は聞いてるんだけど、たまには君たちから生の声をね?」
「え……と、あの。思うように進ませてあげることができていません。私の力不足です。長良さんは……五十鈴さんが担当していて先に。」
 神通が申し訳なさそうにオドオドと報告を口にすると、提督は明るい声で返してきた。
「そうか。まぁ遅れなんてあまり気にしないでいいよ。厳密に期限が決まってるわけじゃないんだから、その人のペースややる気に合わせて着実に、ね?」
「は、はい。それはわかっているのですが……やはりサポートする身としては……」
「不安かい?」
 提督の問いに神通は言葉なくコクリと頷く。それを確認して提督は続けた。

「ちなみに神通は名取をどのようにサポートしているんだい?」
 提督のさらなる問いかけに神通は呼吸を整えて一拍置いてから答えた。
 名取が転んだ時に立つのを助けたり、アドバイスをしたことを連々と述べる。アドバイスに関しては何度同じことをしたか覚えていない。おおよその回数を大げさにして提督に報告した。
 すると提督はまゆをひそめて苦笑いとも怒りとも笑顔ともつかない微妙な表情を作る。神通はその顔を見て、何かまずいことを言ったのだと察し静かに待った。

「そのサポートは……ちょっと違うな。いや、広い意味で見たらそういう行動もサポートなんだろうけど、君のサポートはちゃんとした意味での支援とはまだまだ言えない。」
「……え?」
 褒められるとは思っていなかったので多少の心構えはできていたが、提督の言った意味がよくわからず一声変な反応をしてしまった。提督は目の間の少女の反応を待たずに続けた。
「サポート、つまり支援っていうのはさ、単にその人が困ったときに助けてあげるだけじゃなくて、その人の環境、つまり周りの物事を整えてあげることも、支援なんだよ。」

「その人が……困ったとき、だけじゃない?」
 神通は提督のそのアドバイスにグサリと胸に何かが刺さったように感じた。その捉え方はなかった。
「あぁ。行動の後だけじゃなくて、行動の前にも助けられるようにするんだ。君はみんなの訓練の指導をしていく上ですでに気づいているものかと思ってたけど……どうだい?」
 提督の言葉に神通は頭を横に振った。そして思い返す。
 これまで神通がしてきたのは、名取の水上航行の練習を見て、アドバイスを与えて、そしてまた見るだけだった。たまに立ち上がるのを補助してあげるくらいだ。
 今までの自分の行いを振り返ってみると、そこまで深く考えてサポートという立場に立って行動はしていなかったと気づいた。提督が言う支援には程遠い。

「そうか。それじゃあこれからだ。これからそうしてあげればいい。」
 あっさり言う提督に神通は尋ねた。
「え……と、具体的にはどうすればいいんですか?」
「名取が取り組みやすいペースや環境を作ってあげるといいんじゃないかな? あるいは、君自ら率先して動いて何かを見せてあげる。一緒に体験してあげるとか。まぁやり方は色々だな。というか五十鈴と訓練の進め方を相談しなかったのかい?」
 神通は頭を横に振った。
「話し合うことも、サポートをする上では大事なんだよ。君たちの基本訓練の時は、那珂と五十鈴はしょっちゅう話し合ってたぞ。君たちが見えないところ、俺が知らないところでね。あの二人はかなり綿密に考えていたみたいだ。それでも100%の成果をあげられなかったって反省を最終報告ではしていたよ。」

 当時の指導役であった那珂と五十鈴の苦労が今になってわかった気がした。
 とはいえ先の通常の訓練では、自分はカリキュラムを作成して那珂と時雨・五月雨に伝えて確認してもらっただけで、実際の指導は那珂と時雨が行っていた。だからまだまだ二人の本当の苦労を理解したとは思えない。
 結局同じ意識のまま、名取の訓練のサポートに取り組んでいるにすぎない。

 神通は提督の言葉を受けて必死に思い返し、自分が至らなかったのを反省した。
「あまり深く考えこまないでくれよ。もうちょっと気楽にさ。なんだったら俺も一緒に見てあげるからさ?」
 提督は神通が眉間にしわを寄せてさらに考え込んでいることに気づき、そう声をかけた。神通はまた大人に気を使わせてしまったことに気が咎めた。
「あ……いえ。あの、すみません、ご心配かけて。私、一人でやってみます。」
「そっか。うん。期待してるよ、頑張ってな?」
「……はい。ありがとうございます。提督のアドバイスで……うまくできるかもしれません。」

--

 長く思い返したようなわずかな回想、神通は提督のアドバイスを反芻した。

・名取が訓練しやすい環境を作ってあげる
・疑似体験させる
・見ているだけではなく、自ら動くことが大事

 提督が言いたかったのはこういうことだろう。アドバイスの重要点を必死にまとめた。
 そして神通は顔を上げてしっかり名取を見た。

「あの、名取さん。私と一緒に水上航行しましょう。私が手を引いて動きますから、名取さんはバランスを取ることだけに集中してみてください。」
「え? じ、神通ちゃんと一緒に? それって……」

 名取が疑問を感じて俯くより早いか、神通はすぐさま名取に接近し、右手で彼女の左手を手に取り、プールの先を見据えた。神通が手を引っ張って方向を整えたため、神通の一歩右後ろながら、名取も自然と同じ方向を向く。
 突然の行動に名取が戸惑いながら問いかけた。
「うえぇ!? あの、えと……神通ちゃん?これからどうするの?」
「……こうします。」

スゥーーー……

 神通は名取の左手をギュッと握りしめながら、一歩右足を前に踏み込み、左足の艤装の主機に念じ、推進力をゆっくりと発生させた。やがて最初に踏み込んだ右足に左足が並ぶ。そして左足が一歩半分前に出たと同タイミングで右足の主機からも推進力を発生させて水上を滑るように航行し始めた。
「ふわぁ!!ちょ、神通ちゃん!!」

 名取は神通の右後方で足をつっかけて転びそうになるが、神通が速度を調整したおかげでもう片方の足を前に出して必死に神通に追いつかんと耐える。神通は名取の足元から水が跳ねる音を聞いた。跳ねる音はその後神通自身と同じような水を静かに切ってかき分ける音に変わる。それを聞き届けると神通は速度を上げた。

「速度、徐行から歩行に移行します。名取さん、姿勢ですが……立ったままで、気持ち的には重心を足元に思い切り下げるイメージで。私が手を引いていますから、少し私の手を引っ張るくらいしゃがんでしまってもかまいません。艤装が自動的にバランスを取ってくれますから、私を信じて、任せて。」
「う、うん。」
 ハキッとしたしゃべり方で、優しさが数%消えたような、しかしながら確かに自身の身を案じてアドバイスをして引っ張ってくる神通に対し、名取は相変わらず戸惑うことしかできない。
 神通はチラリと右を振り向いてアドバイスをする。名取の表情までは見えない角度なので、神通は名取がうまくバランスを取れていることだけを簡単に確認してすぐに視線を進行方向に戻す。

 プールの対岸に近くなってきた。空母艦娘用訓練設備側のプールサイドだ。完全に到達する前に神通は身体を左に倒し、足の艤装の主機をほんの少しだけ11時の方向に向ける意識をする。
 緩やかなスピードで神通は左へ曲がりだした。牽引されている名取はほんの僅差遅れて左へ曲がりだす。名取本人的には速度が出ているということはなく、ただひたすら神通に身を任せ、後は転ばないようバランスをとっているだけである。
 しかし艦娘としての本分である水上航行の気持ちよさは味わっていた。

「うわぁ~~。すごい。これが……みんなが見てる、水の上なんだぁ~。」
 神通は右後ろから名取の今までにない明るくはしゃぐ声を聞いた。おっとりとした声は誰かさんを彷彿とさせる。彼女も最古参といいながら、若干不安な面があった。あれでもう少し口数が少なく物静かであれば好きなタイプだが、そんな好みは自身が手を引くこの一学年上の後輩艦娘が体現していた。

「どう、ですか? 水の上を自由に動くのって。」
「うん! とっても楽しい!こんなことができる人たちがいたんだなって思うと、なんだかとってもワクワクしてくる!」
「よかった……。その楽しいという気持ち、大事です。」
「うん。」
「その“楽しい”を、名取さん自身の身で実現して味わってみたいと思いませんか?」
「……うん。思うよ。自由にこんな楽しいことができたらなぁ~。りんちゃんやりょうちゃんはすでにできてると思うと、ちょっと悔しい。」

 名取の言葉に神通は満足気に微笑み、そして緩やかに速度を落とし、徐行、やがて完全に停止した。

--

 手を繋いだまま、神通は名取の方を向いた。
「フフ。わかってもらえて、嬉しいです。」
「でも神通ちゃん。いきなり、どうしてこんなことを?」
 これまでただ見て、たまに立ち上がるのを助ける程度だった神通のやり方が午後になって急に変わったことに、さすがに名取もおかしいと気づく。
 神通は提督と話したことは伝えず、代わりに自分の考えをかいつまんで述べた。
「今までのやり方では、名取さんに対して何にも身になる支援をできていなかったって気づいたんです。えぇと、その。うまく伝わるかわからないんですけれど、数週間前までは今の名取さんと同じだった私がここまで出来るようになったんだよっていう証拠をお見せしたかったんです。指導する側の人間が、なんにも見せないで、さあやりなさいって言ったところで、訓練する人はついてこないと思ったんです。」

 神通の告白を黙って耳に入れる名取。
 二人が停まったことで、プールの水面に発生していた波紋はほとんど消えて穏やかな水面に戻りつつあった。

「だから、私が水上航行する姿を間近で見せたくて。でもただ見せるだけじゃ名取さんにコツを掴んでもらうのは難しい気がして。それなら……私が手を引いて一緒に動いてもらえばいいんだって思ったんです。」
「……ありがと。神通ちゃんはすごいなぁ~。私運動音痴だから何やってもダメで。きっと私じゃあなたみたいになることはできないよ。今まで何に対しても避けて過ごしてきたし。多分そこが……積極的に動ける神通ちゃんと違うところだよね。アハハ……。」
 明るく振る舞いつつも哀愁を漂わせるその口ぶりに神通は素早く切り返した。

「そんなことありません! 私だって艦娘になる前は何に対しても逃げて……いえ、何もしてきませんでした。積極的だなんてとんでもないです。名取さんと違って、私には友達はほとんどいないし、根暗な自分に満足も不満も持たずに、ただ漠然と生きてきただけです。」
「でも……神通ちゃんは変われたんだよね?」
 名取の問いかけに神通はコクリと頷いて明かした。
「はい。」

 返事をしながら思い返した。神通自身、進みが遅くて川内に遅れを取っていたことを。それなりに訓練を積んで自信がわずかについた今でも川内や那珂に追いつける自信はない。
 それゆえ神通にできるのは、基本訓練以外の運動やそれまでの訓練の復習をただひたすら重ねることだけだった。そうしなければ、他人どころか今までの怠惰な自分にすら負けそうな気がした。
 神通は混沌とした思いを飲み込み、うまく伝わるかどうか怪しかったが頭のなかで整理して独白し続けた。

「今まで……何に対しても受け身で変わろうとしなかった自分がそこまでやれたのは……こんな私のお友達になってくれた那珂さん・川内さんの期待に答えるため、今までの生活ではあり得なかった人たちや世界を知れたことで、もっとこの世界を楽しみたいって思う、役に立ちたいって思えるようになったことなんです。」
「楽しみたい……気持ち?」

 神通は再び名取の手を握る強さを高める。
「はい。だから、さっき名取さんが感じた楽しいと思う気持ちは、大きな前進だと思います。楽しかったんですよね?」
 神通が凛とした目つきで名取を見ると、名取は弱々しくしかし着実に視線の角度を上げて神通の顔を見ようとする。
「……うん。さっき神通ちゃんに手を引いてもらって水上航行した時は、今までで一番楽しかったし気持ちよかった! りんちゃんに頼まれなかったら、艦娘になろうなんて絶対思わなかったし、あんなに楽しい体験出来なかったと思うの。正直……りんちゃんに艦娘のことで協力するって言ってから今のいままで、本当にこんなんでいいのかなって疑問に思ってたの。私、流されるのかなぁって。でもお友達だから断りづらいし、同じ高校の私達がお願いを聞いて艦娘になることでりんちゃんを助けてあげられるなら、私さえ我慢して済むならそれでいいやって。訓練始まって、私思うように動けなかったから、ますます自信なくしちゃって……。」
 やや鼻息荒く喜と哀が入り混じるセリフを口にし続ける名取。神通はそれをコクコクと相槌を打って聞いていた。
「でも、さっきの体験してやっと、私も艦娘やってみたいってはっきり思えたよ。りんちゃんやりょうちゃん、それから神通ちゃんたちと一緒に海の上を進んでみたい。ねぇ神通ちゃん、もう一度さっきみたいに手を引いて動いて……くれる?」

 神通は目の前の少女がついに自らの意思でもってやる気を示したことを目の当たりにし、俄然やる気に燃え始めた。その中の思いには、自分よりできないからという軽蔑の色を持っていたことを反省し、彼女のためになんとしても力になってあげるという、当初からの念を100%にしていた。

「わかりました。それではもう一度しましょう。」

 そう言って神通は今度は左手で名取の右手を掴んだ。掴むために水面を歩いて名取の右側に移動した。立ち位置が逆以外は、さきほどと全く同じ体勢になった。
 そうして始まった名取の手を引いた水上航行は、やはりさきほどとは逆に、今度は時計回りにプールを大きく回ることにした。

--

 同じことをもう一度行い、神通はひたすら名取に間接的に艦娘の水上航行の感覚を教えこませた。次の回で、神通は途中で手を離して名取についに一人で水上航行をさせるつもりでいた。
 しかし神通の考えは名取の発言に先を越された。
「あの……神通ちゃん?私、そろそろ一人でやってみようと思うの。」
「え? ……うん、わかりました。ちょうど、私もそう勧めようと思っていましたので。」

 神通は速度を落としてひとまず停止し、きちんと言い渡して名取に心構えをさせた。そして自身は名取の手を握り直す。が、今度は緩めに握っている。
「いいですか。ここからは、しっかりと想像してください。自分が、水上を滑っている様をイメージするんです。そうですね……スケートとか、スキーとかを思い浮かべるといいかもしれません。」
 自身が当時アドバイスされたことだ。結局自分もウィンタースポーツをしたことがなくイメージできなかった。
 何度名取に同じことを言ったか覚えていない。果たして今回はどう反応するか。
「う、うん。頑張ってみる。今なら……感覚が分かる気がするよ。」
 心よい返事がもらえたので神通はコクリと頷く。

 そして神通は今まで数回繰り返した通りに名取の手を引いて航行し始めた。しかし今度は途中で手を離して名取から離脱する目的である。
 プールの縦の直線上に立った。速度を緩めずにそのまま進む。名取を握る手を一端ギュッと強める。プール全長の約三分の一まで到達したところで、名取の手を握る力をゼロにし、自身の航行速度を一気に早めると同時に2時の方角へ逃れる。それらをほとんど同時に行った。しかし視線は名取に向くよう、すぐに進行方向を0時の方角に向けて直進し、いわば車線変更のように振る舞って名取の直進ラインから外れたことを確認すると左後方を向いた。

「そのまま進む勢いが続いてることを意識して!想像してください!!」
 神通がそう叫ぶ。すると名取はやや裏声じみた大声で叫んだ。
「は……ひゃぁあい!!」

 その直後、神通が目にしたのは、手を離す直前とほとんど変わらぬ速度で水をかき分けて水上をまっすぐ進む名取の姿だった。

「わ、私……でき、てる!? 進めてるーー! やった、やったよ~~神通ちゃああん!」
「はい! そのまま、まっすぐに。」
「はーーい。」

 名取は自分の意志で、自身の艤装のコアユニットに念じ、水上航行ができるようになった。名取の想像力は漠然としたものであったが、彼女の艤装はそのイメージを補完し、彼女に水の上を緩やかに進むだけの推進力を与えていた。
 名取を見続けてから一週間と2日、神通はようやく目の前の少女の今までとは異なる動きを見ることができ、喜びひとしおといった心からの笑みを浮かべる。

 その直後、止まる術を聞いていなかった名取がプールの対岸に激突してプールサイドに倒れこんだのは唯一のオチとなった。

--

 その後1時間かけて同じことを繰り返し、名取はようやく自分の力で発進から水上航行をできるようになった。ただ綺麗に止まることはできないため、必ずつんのめりそうになり、そのたびに神通が駆け寄って倒れ込みそうになる彼女の腰や肩に手を当ててカバーした。
 ほどなくして名取は足腰が悲鳴を上げたため体力の限界を訴えた。神通はプールサイドに促して腰をおろして休憩を取ることにした。

「どう、ですか? 自分の力で水上航行ができるようになってみて。」
 そう神通が尋ねると、これまでの根暗そうな反応とは打って変わって明るい、のんびり淑やかそうな振る舞いでもって名取は答えた。
「うん。楽しいよ。普通の運動とかも、こうして動けるようになると気持ちいいんだよね、きっと。」
「そう……ですね。私もそのへんは未だにわかりませんけど。」
「アハハ。お互い運動苦手だもんね。」
「私は……本気で運動の経験は体育以外になかったです。けど、艦娘になって本格的に身体を動かし始めたら、意外と動けたので……今まで自分の身体能力の可能性を奪っていたのかもしれません。そう思うと、無味乾燥な生活を送っていた今までの自分が憎いです。」
「私の場合は、本気で運動音痴だから、自分はずっとこのまま仕方ないんだって思ってたから、違うことでみんなと仲良くできればいいやって諦めてた。」
 一端深呼吸をして空気を整える名取。
「……私、神通ちゃんみたいになれるかな?」
「え?」

 突然影を落とした声で名取はそう吐露してきた。神通は意味が理解できずただ聞き返す。
「私も、自分を変えたいって願えば、変えていけるのかな……。」
「……できます。私だってまだまだ足りないんです。名取さんだって、私とスタート地点はそんなに変わらないと思うんです。」
「神通ちゃん……。」
「だから、一緒に、やっていきましょう。私達のペースで。」
「……うん。神通ちゃんとなら、なんかやっていけそうな気がする。」
 お互い似た性格のためか、気が合うと感じるのは容易かった。それはいままでにも吐露しあったことのある気持ちではあるが、この時は達成感がその確認と心情の共有をさらに推し進めていた。

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 腰を上げて再び水上航行の訓練をする名取と神通。もう1時間経つ頃には、名取は停止もかろうじてできるようになっていた。ただ速度を徐々に緩めてエンジンブレーキのように自然に身を任せて止まるのみだが、それでも大きな前進と神通は評価した。
 何度目かの航行の後の休憩時、名取は突然神通にまっすぐ視線を向け、意を決したように神妙な面持ちになって言い出した。
「ねぇ神通ちゃん。私もやっと自分だけで動けるようになったから、りんちゃんのところに行かない?」
「……五十鈴さんのところにですか?」

 ついにこの時が来たと感じた。今なら、五十鈴に対してまっとうな理由と自信でもって謝らせることができる、神通はそう確信を得ていた。
 その材料は今の名取だ。

「私、やっとあの二人と一緒に訓練できそうだから、早くこのこと伝えたいんだぁ~。」
「そう……ですね。はい。行きましょう。」
 思惑は異なるが、向かう先は同じ。神通は密かに深呼吸をして返事をした。

 神通はプールを湾側に向かって進み、演習用水路とプールを繋ぐ中間通路に再び入った。
 少し手前で名取を待たせ、水路間を移動しやすくするための可動式の壁を動かすスイッチを入れ、その切替ポイントを利用する旨の説明をして先に湾に入った。
「さ、名取さん。私ここで待ってますから、思い切って来てください。ここから先は……海です。」
「じ、ジャンプするの、怖い~。」
 名取はこの2時間ほどですらやったことがない、水面での跳躍に恐怖心を抱く。若干の高低差がついたため、湾側から名取を見上げていた神通は、自身の時は那珂と五十鈴がそばに居てくれて万全なサポート体勢でだったなと思い出した。対して名取にとっては自分だけ、加えて互いに似た控えめな性格だ。恐れるのも無理はない。
 しかし神通の思いは、こんな自分でもできたのだから、きっとできるという相手への過大評価が占めていた。
 名取はゴクリとつばを飲み込んだ後決意して動いた。

「じゃあ……副島宮子、い、行きまぁす!!」
 自身の本名を名乗って手を挙げて宣言したあと、名取は一旦しゃがんでからジャンプした。可動して坂になった壁に着水し、傾きに従って自然と落ちていく。

 名取と神通では艤装の足のパーツの作りが異なる。脛の下半分から足の裏までを実際の船の船体を小さくしたようなパーツで覆っている。いわば長靴のように履く、それにより水面に浮いた状態であっても身長に違いがハッキリ表れる。
 神通は一度五十鈴の姿を見て自身ら川内型の艤装の姿と見比べて知ってはいたが、艦娘でも姉妹艦は同じ作りなのだなと感心した。
 坂となった壁を滑り落ちる名取は、足による踏ん張りが効かないようだった。素足に伝わる感覚はほとんどないため、自然にではあるが徐々にスピードが上がって滑る。
 神通は途端にスピードがあがって滑り落ちてきた名取にハッとしてすぐに身体を支えようと立ち位置を変えた。

ザブン!!

 名取を押すように手を伸ばして勢いを殺したおかげで名取は海上に落ちてもバランスを取って平然と浮くことができたが、殺された勢いを受け継いだ神通は衝撃に耐え切れずに海面に尻もちをつくように倒れた。当然尻からは艤装の浮力などは発生しないため、神通は尻から“く”の字になって沈む。慌てて姿勢を正常に復帰させ、気を取り直すと心配げに名取が手を差し伸べてきた。

「ご、ゴメンね神通ちゃん。大丈夫?」
「は……はい。なんとか。」

 恥ずかしいところを見せてしまったかも。神通は余計な心配をして頬を赤らめて湾の方に視線と意識を向けてごまかした。

仲直り

 神通と名取が演習用水路と湾の仕切りを越えると、離れた場所にいた五十鈴と長良が二人に視線を送っていた。基本的には静かな湾であるため、僅かな一悶着があれば離れたところでもすぐに気づく。
 遠目から注目を受けた神通は深呼吸をし、名取の手を掴んで五十鈴のもとへと移動した。

「宮子? あんた……!」
 五十鈴は神通のことよりも、真っ先に名取に言及して驚きを示した。神通は、まず掴みはOKと心の内でガッツポーズをした。
「うん。私、やっと動けるように、なったよ!」
 名取は感極まって素早く五十鈴と長良に駆け寄り抱きついた。お互いの艤装があるため、一部衝突して五十鈴と長良はバランスを崩して転びかけたが、三人共すぐに間を空けて手と表情で喜びを伝え合う。

「やったじゃん、みやちゃん! 運動音痴、略して……のみやちゃんもやっと水上航行できるようになったんだねぇ!!」
「まったく……あんたと来たら心配させて。あのまま航行すらままならなかったら、どうしようか内心ヒヤヒヤ心配してたのよ?」
「うん! 待たせてゴメンね。これからまた一緒にお願い、ね?」
「やっぱみやちゃんがいないとねぇ~、りんちゃんからのツッコミの傷癒やしてくれる人いないからしっくりこないよぉ。」
「あんたねぇ……真面目にやってくれれば私だってツッコまないわよ!」
「アハハ。もう二人とも~。」

 神通はキャイキャイと楽しく会話しあう三人を遠巻きに眺めていた。名取と自分は同じ、といいながら、実際はああして友人と楽しく明るく振る舞える点は全然違う。自身の満足と優越感は、名取の不出来な様、そしてまだ至らぬが自身の教えによりできるようになったという事実による。
 あくまで自分が、似た感覚と能力の名取に僅差で勝っているという自分視点の世界観だ。卑屈だ。改めて自分を見直すとそう思う。
 自分を変えるために艦娘の世界に飛び込んだ。その結果がこの卑屈さなのか、それとも自身の中に宿る本性なのか。そんなことすら判断つかないしつけたくない。
 今の自分にできるのは、物静かを貫き通し、ひたすらに訓練に励み、他人を納得させられるだけの実力をつけることしかない。
 そう思いを巡らす神通だった。

--

「それで、あんたどうやって水上航行が突然できるようになったのよ?」
「あ、うんうん。それはね。……ねーえ、神通ちゃ~ん。」

「!! あ、はい。」

 卑屈な物思いにふける作業を中断し顔をあげた。すると名取が手招きをしている。神通はもう一度深呼吸をしてから近寄った。
 神通が1~2mの距離まで近づいたのとほとんど同タイミングで名取が説明を再開した。
「神通ちゃんがね、私のために一緒に水上航行してくれたの。」
「神通が一緒に?」
「うん。彼女のおかげなの。」
 名取が簡単に言い終わると釈然としない表情で五十鈴が視線を神通に向けた。いよいよここから自分の口撃のターンだ。神通はそう感じて意を決して口を開いた。

「名取さんが出来たのは、私の指導のためではありません。名取さんにやる気があったから。私はそれに気づけたから……。それに私、わかったんです。ただ見てるだけじゃダメだって。私も運動苦手なところあるし、私達みたいな運動苦手な人は、すでにできる人がその身を呈して動いて、その人の身に直接教え込むべきなんだって。だから私は、名取さんの手を引いてひたすら水上航行しました。……彼女に、海の上を進む楽しさを早く味わってほしかったので。」
 神通の吐露を真面目な表情で聞き入る五十鈴。神通はさらに続けた。

「名取さんはちゃんとできます。私だって運動苦手なのにここまでやってこられたんです。ペースとやる気に火をつけることができれば、名取さんは必ずお二人に負けぬ艦娘になります。可能性は、絶対に見捨ててはいけません。だから……五十鈴さん。名取さんに一言、謝っていただけませんか?」
「「「「え?」」」

 精一杯下っ腹に力を入れ、視線は鋭く力を入れて五十鈴を見据える。ただでさえ引っ込み思案な自分だ。己への自信で負けたら相手に正しく伝えられない。
 神通はそう考えつつ言い、言い終わると医師の診断を待つ患者のような気持ちでジッと黙り込む。当然視線は言い終わったと同時に角度が下向きになっていたので俯く形になる。
 数十分とも感じられる約1分の後、五十鈴がゆっくりと口を開いた。と同時に腰を折って上半身を前に倒す仕草が行われた。神通は俯いていて五十鈴の下半身周りしか見えなかったのに、突然彼女の頭部や背中の艤装の一部が見えたのに驚いてとっさに視線を上げた。
 五十鈴は頭を下げていた。
「まずは感謝を述べるわ。宮子をちゃんと動けるようにしてくれてありがとう。それから、ゴメンなさい。」
「……え。」
 素直に謝られて神通は戸惑ったが水を差さずに黙って耳を傾ける。

「私、宮子のことになるとどうしても強く言ってしまうクセがあるの。だって見てるとのんびり具合や平和主義すぎる思考がイライラするんですもの。……そうしたプライベートな振る舞い方を艦娘としての名取に対しても持ち込んでしまっていたわ。まさか、りょうと提督の二人から同じ指摘されるとは思ってなかった。公私混同っていうのかしらね。二人の注意はすっごく効いたわ。艦娘になってから、プライベートのことは持ち込まない、切り分けてみせるって当初は考えていたのに、親友二人が艦娘になれて、舞い上がってその考えが埋もれていた……のかもしれないわね。」
「五十鈴さん……。」

 五十鈴は深くため息を吐きながら続ける。
「提督の言い方を借りるなら、身内に甘えてた、ね。そんな私だから性格も能力も全く違う二人を同時に指導して鍛えるなんてできそうになかった。宮子に対してもガミガミツッコんで怒ってばかりできっとまともに振る舞えない。そう思ったから神通、あなたに頼んだのよ。」
「まったくさぁ。りんちゃんは頼み事が下手なんだよいっつも。自分の思いを明かすのも隠すのも下手っぴ。あたしやみやちゃんから見ると、意外とりんちゃんもポンコツだよ~。」
「ポンコツってあんたねぇ! 少なくともあんたらよりは私はまともよ!!」
 五十鈴の真面目な告白に水を指したのは長良だ。しかし暗く落ち込みかけていた五十鈴は、明るくそして普段那珂や川内に対して見るような輝きをその身に戻してツッコんだ。
「あぁ~もう二人とも~。」
 五十鈴と長良の絡み合いを名取が苦笑いして止める、こんな構図のパターンが出来上がりつつあった。神通はそれを見て微笑ましく感じる。
 少なくとも、五十鈴のツッコミ時の表情の明るさは、那珂や川内と絡んでいた時よりも眩しい。

「五十鈴さんの……本性、か……。」
「え、私の何?」
 しまった。声に出ていた。心の中で思うだけにしていた言葉だったが、最小のボリュームで口にしていたことに気づいた。焦る神通は思わず提督に相談したこと言い出した。

「あの……さきほど提督がプール側にいらっしゃって、少しお話していたんです。それでその……五十鈴さんが名取さんたちの訓練のことで提督に話したことをお聞き致しました。」
 その発言を耳にした瞬間、五十鈴はボッと顔から火が出るかのごとく顔を耳まで真っ赤にする。
「え? う、あの……えぇ!? 彼から……聞いちゃったの!?」
 五十鈴は神通そして名取を見る。すると二人とも無言でコクリをほとんど同タイミングで頷く。五十鈴は顔を赤らめたまま額に手を当てて俯いて口をつぐむ。

「そ~いや西脇さん、あたしたちがお昼食べて戻ってきたときに呼び止めてきたけど、その前にみやちゃん達とお話してたんだね~。知らなかったぁ。」
「……ほ、本当よ。それ……で、彼はなんて?」
 長良がそう思い返すかたわらで、五十鈴は顔をまだ赤らめたままでいる。しかし提督の物言いが気になるのか、眉をひそめ、頬を引きつらせつつも口元を僅かに釣り上げてにやけ顔を醸し出したまま神通に尋ねた。その様に若干引きつつも神通は答えた。


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 神通が一通り説明し終える頃には五十鈴はようやく感情を落ち着かせており、しんみりした表情になっていた。
「そう。そういうふうに考えていてくれたのね。」
 口調も態度も落ち着いているはずなのに五十鈴の頬は再び赤らんでいる。
 神通はそんな彼女に強く言った。
「あの、五十鈴さん。私は、もう一つ怒っていることが、あります。」
 ?を浮かべて五十鈴は神通に視線を向ける。

「く、訓練のことで悩んでいるなら、私に期待をかけてくれるなら、なんで……私に相談してくれなかったんですか?なし崩し的に協力を求められて、名取さんに成果がでなければ怒る、そんなのはまともではないと思います。提督と相談して、私のことを決めたのなら、そのときに呼んで、正式に指名して、そして……一緒に訓練のカリキュラムを作って話し合いたかった、です。」
「神通……。」

 神通の怒りを伴った、しかし必死の懇願の意味がこもった訴えを聞いた五十鈴は申し訳なさそうに言った。
「ゴメンなさい。そうね。最初からあなたに協力を仰いで、一緒にやっていけばよかったわ。けれどあなたには私の代わりに通常訓練の指導役になってもらってるし、おとなしいあなたのことだから両方に本格的に関わって、パンクしやしないか、そういう気がかりもあったの。だから、せめてこっちでは楽に構えてもらおうと思ってた。けど私の宮子への言い癖もあったり、あなた……達が私達の関係に入ってきたような気がして、正直戸惑って、ついつい厳しく当たったり、私もパンク気味だったかもしれないわ。」

 五十鈴の言葉に俯きつつも首をかしげる神通。その様子に訝しげな気配を感じた五十鈴は断ってから続けた。
「あ……誤解を招かないようにこれだけは言っておくわ。あなた達川内型の三人は嫌いじゃないわ。艦娘としてのあなた達には一目置いてるし敬服も期待もしている。」
「でしたら、なんであのとき怒ったの、ですか? 提督とのお話のときといい、那珂さんが……何かしたんですか?」
 五十鈴が言いよどんだ。やはり何かある。それを解き明かさないことには埒が明かない。
 ジッと五十鈴を見据える。僅かに五十鈴が視線を脇にそらす。それでも神通は視線を向け続ける。やがて神通の寂寥感漂う視線によるプレッシャーに耐えかねた五十鈴が重たい口を開いた。
「那珂は……あいつはなんでもできる。出来すぎるのよ。私はそれが怖い。那珂の人を食って掛かる、人の癇に障るようなことをする性格が嫌い。そして、提督の……信頼を、最初の軽巡である私よりはるかに深く得ている……のが嫌。けど私の嫌いと思う量を、超えるすごさがある。将来のすごさを想像できる。なんとなく許せてしまう。仲間としてあいつさえいれば安心って言える存在。だからみんな那珂に頼る。頼りやすい。……私はそれが気に入らないの。私の安いかもしれないプライドが、あいつに頼るのを拒む。」
 面倒くさい人間関係、神通はそう評価した。そして真っ先に思い浮かんだ感想は、
((それって、嫉妬ですか?))
 で、そうツッコミたかったが心の中だけで済ませた。そんな神通の代わりに言ってのけた人物がいた。
 長良である。
「りんちゃんさぁ。それってやっぱ嫉妬だよ。ヤキモチだよ。あ、こっちはちょっと違うかぁ。」
「りょう!あんた……!」
「あ……てか誰もわかんないからいいじゃん別にぃ。」
 五十鈴は長良の発言の一部を聞いて頬を引きつらせて鋭い視線を向けるが、長良の返し通り、神通も名取も今の発言のどこに五十鈴が焦るキーワードがあったのか、あるいは全てなのか判別付かなかった。

 ワナワナと震える五十鈴。さすがに泣きそうになるほどまで追い詰めるつもりはない神通は空気を整えるため、場所移動を促した。

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 湾のほとんどど真ん中で立ち話していた神通たちは、出撃用水路の脇の桟橋まで移動しそこに腰掛けた。盆を過ぎた夏後半、日が落ちかけているこの時間には、四人の背中には日中のものとは異なる、わずかに橙色じみた光線が降り注いでいる。
 気分が落ち着いた五十鈴はゆっくりと口を開いた。
「まさかりょうから二度も同じ指摘を受けるとは思わなかったわ。バカりょうの癖に生意気よ。」
「うわぁ~ひっどいなりんちゃん。あたし確かにバカだけど、りんちゃんのことはしっかり見れてるつもりだよ?だって友達じゃん。」
「あ、私も!」
 長良の発言に名取が頷いて慌てて同意を示す。

「てかさぁ、りんちゃん、そんなに那珂さ……あぁ面倒だ。なみえちゃんのこと好きなの?」
「は、はぁ!!?あんた私の言ったこと聞いてたぁ!? 私は那珂のこと嫌いなの!!」
 そう言った五十鈴だが、左隣で長良、その奥にいる名取の二人が顔を見合わせてニヤニヤ・ニタニタねっとりと視線を送ってきているのを目の当たりにした。
「な、何よ? 何が気になるのよ?」
 五十鈴の言葉に返さず、長良と名取は五十鈴の右に座っていた神通に向かって言った。

「ねぇ神通ちゃん。どー思う?」
 長良が尋ねる。神通は俯いて少し考えた後、そうっと口にした。
「好きの反対は無関心……ですよね。嫌いはまた別のベクトルだとすると……好きと嫌いは、両立し得ると思います。嫌いというのも好きというのも、相手を意識していないとありえない……からです。」
「そーそー!あたしそういうのを言いたかったの!」
「私も神通ちゃんの考えに同意かなぁ。好きすぎてその人の一挙一動が逆に憎らしくなってことあると思うし。」
 調子よく頷いて手をポンポンと叩く長良に、名取が控えめに同意する。
「だ~か~ら~……くっ。あんたら、揃ってなんなのよ? 私をいじめて楽しいの!?」
 せわしなく左右にキョロキョロ視線を何度も向け直す五十鈴を見て、神通は言葉には出さずにただ思う。

((こういう人、小説やドラマとかでもたまにいるなぁ。きっと五十鈴さんにとって、那珂さんは……ということなんだろう。だから仲良くもできるけど、反発したい。素直に従いたくない……のかも。))
 豊かな感情と交友関係、自分には到底得られぬ物だ。それらを持ちながらいまいち素直になれないところのある五十鈴。この先輩のことが少しずつ好ましく感じてくる。

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 共に行動するにあたり気がかりなことはある。この真面目すぎて物事に反応しやすい先輩に、そのまま感情的に反応されてしまうと諸々の活動に支障が出る局面があるかもしれない。そうなったその時どうするか。自分が彼女の反応を助けてあげればいいのだろうが、どこまで自分がやるべきなのか。果たしてやれるのか。

 そう危惧した神通は目の前で展開されるツッコミ合戦に終止符を打つのがひとまずやるべきことだろうと察し、決意を口にした。
「私、五十鈴さんに協力します。」
「え?」
 長良と名取にツッコまれまくってアタフタと慌てている最中に、話の方向が異なる言葉を受けて五十鈴は聞き返す。

「私が……那珂さんのときの五十鈴さんになれるよう、五十鈴さんの右腕になります。通常の訓練とちゃんと両立してみせます。だから……私をもっと頼ってください。その……うまく言えませんけれど、五十鈴さんと私が組めば、那珂さんを超えられる気が、するんです。あ、ちょっと言い過ぎました。那珂さんと肩を並べられると、思うんです。」
「神通……うん、ありがとう。けど私、別に那珂に対して……ううん。あなたにだけはちゃんと言っておくわ。私、那珂に負けたくない。だから、協力して頂戴。改めて、お願いするわ。長良型がうちの鎮守府の戦力になれるよう、基本訓練に協力してください。お願いします。」
 五十鈴は腰掛けていた桟橋から立ち上がり、神通の目の前1m弱に立ち、ペコリと頭を下げた。それは、正式な願い入れの意味がこもっていたことに神通はすぐに気がついた。
 今この時をもって、神通は改めて長良型の二人の基本訓練の指導の協力に正式に携わる心持ちで五十鈴に返した。

「こちらこそ、微力ながら全力を尽くします。よろしくお願い致します。」
「えぇ、あなたには期待しているわ。こんなこと、行き当たりばったりな川内じゃまず無理だし、時雨たちじゃ学年が離れすぎててそんな気にすらならないし……ね?」
 締めの言葉は五十鈴なりの冗談だったのか、ぎこちなく舌をわずかにぺろりと出してウィンクをしながら口にした。

 神通は五十鈴のことをようやくわかってきた気がした。真面目で強気で頭も良いし運動神経も良い、艦娘としても確かな実力を持つこの少女。冷静になりきれなかったり感情的に反応しすぎる面もあるけどそれは友達思い過ぎるがゆえ、真面目過ぎるがゆえ。よくこの人を見た上で付き合っていかなければならない。神通は提督から言われたことを思い出した。
 それを実践するならば、裏表が激しく掴みどころがなさげな那珂という偉大な先輩よりも、人間臭いこの五十鈴という先輩のほうが自分の性に合っているのかもしれない。
 そう思い、神通はぎこちない笑顔を目の前の先輩に向け、視線を絡ませた。

 友達が和子しかおらず、人付き合いが苦手な神通もまた、川内型の他二人と同じように自分勝手に揺れ動くのだった。

たった二人の出撃

たった二人の出撃

 那珂たちが初日の訓練を終え、神通たちが長良型への指導の初日を終えたその翌日。場所は違えど、鎮守府Aのメンツは己に与えられた役割や立場を遂行していた。

 神通は五十鈴と朝早く本館に集まり、この日の訓練の打ち合わせをしていた。自分たちの訓練当初の那珂と五十鈴の光景さながら、二人は真剣に内容を詰める。

「名取は武器の説明からね。長良は昨日まで少し砲撃をさせてしまったから、一旦ストップして、二人とも説明からにし直しましょう。いいわね、神通?」
「はい。それで、主砲以外も今日説明とデモを行いますか?」
「そうねぇ……どうしようかしら。」
 待機室で頭を悩ます二人の視界の端には、長良と名取がいた。五十鈴は元々二人とは行動するときほとんど一緒なのだ。学校以外に、鎮守府への出勤も三人揃って行う様子が目立ち始めていた。
 自分たちのときは、本来の艦としては一番の姉貴分のはずの同期が、いっつも朝は欠けていたっけな……と、心の中で苦笑いして、長良型の三人をそうっと流し見ていた。

「ねぇねぇりんちゃん!あたし今日は魚雷撃ちたい!主砲は面白いけど、今日はそんな気分じゃないの。いいでしょ?」
「あんたの乗り気とか気分とか聞いてないわよ。宮子とあんたの差分を解消しなきゃいけないんだから、少し黙っときなさい。」
「うひぃ……りんちゃんきびしいぃなぁ~。」
 長良は肩をすくめておどけながら意見を引っ込め机に突っ伏す。そんな親友を名取は背中をポンポンと優しく撫でて慰めていた。

「今日はまず武器の説明をするわよ。二人が水上航行できるようになって、艦娘としての足が問題なくなった今が正式なスタート地点と捉えて頂戴。いいわね?」
「はーい。」
「うん、わかった。」
 五十鈴のキビキビした指示に相槌を打つ長良と名取。
 二人は初めて見ることになる武器にドキドキしていたが、神通は別の意味で胸の高鳴りを感じていた。

 基本訓練を終えてからまだ3週間程なのに、果たして武器の取扱いとその説明を、この年上の後輩たちにわかるように、また恥ずかしい思いをせずにできるだろうか。
 今日に至るまでの日数、神通は自主練も含め通常訓練は一通りこなし、ようやく移動しながらの砲雷撃に慣れてきた。それでもまだ総合的な成績では川内や那珂はもちろん、不知火や夕立らにすら未だ追いつけない現状である。

 ただ神通の能力、命中率のみに注目するとなると話は別だ。砲雷撃の精度と集中力のフィルターを重ね合わせて評価を割り出すと、神通は鎮守府Aの艦娘の中でもトップクラスに躍り出るようになる。トップが那珂なのは誰の目にも明らかだったが、その次点で神通がいることに川内を始め他の艦娘たちも目を見張った。
 ただ元来の自信の無さから、神通が他人も納得する自身の優秀な点に気づいていなかった。

 自信の無さからうつむき始める。傍から見れば何の脈絡もなくただ俯いてしまったように見えるそんな様を、五十鈴は視線と口を長良たちから向けて問いかけた。
「どうしたの?何か問題とか提案あるのかしら?」
「え!? あ、あの……大丈夫だと、思います。」
「そう。」
 五十鈴は一瞬怪訝な顔をするが、気にし続けるつもりはないのかすぐに視線を長良たちに戻して話を続けた。

 その後五十鈴と神通は、出勤してきた提督に挨拶と説明をしに執務室へと赴いた。説明を始める前に五十鈴がこの日の提督の予定を伺う。
「今日の提督の予定は?館山に行かなくていいの?」
「あぁ。妙高さんに全権委任してるからね。それに、万が一の体制ということで、俺は鎮守府に残って担当海域を監視できるようにね。村瀬提督とすり合わせ済みさ。だから現場での立ち回りはあの二人にすべておまかせ。観艦式が終わっても今日は館山に泊まるよう言ってあるから、迎えに行くのは明日だよ。今日はずっとここにいるから、君たちは気にせずのんびり訓練に集中してくれていい。」
「そう、安心しました。わかったわ。」
 最大の責任者が今日はいる。五十鈴は安心感を得て笑顔で受け答えした。その後2~3の雑談を交わしたあと、4人は執務室を後にした。

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 神通たちが演習用水路の脇で武器の説明を始めてから15分ほど経った。工廠の第二区画では民間の小型艇の整備を行っているのか、機械音が響き渡ってくる。技師たちも慌ただしく作業をしているため、四人はやや肩身狭く感じて縮こまっていた。
 なおかつ、機械音が思いの外うるさく、試し撃ちをさせようにも集中できずに進行が滞ってしまっていた。

「あの、五十鈴さん。やはり……プールに行ってやりませんか?」
「そ、そうね。今日は何だか皆さん珍しく作業しまくってて気まずいわね。」

 神通が提案すると、激しく同意見だったのか五十鈴が戸惑いつつも素早く賛同してきた。結局4人は普段通り、演習用プールで続きを行うことにした。武器は主砲パーツ、副砲パーツ、機銃パーツをいくつかのみだ。魚雷は各々発射管だけは装備していたが、五十鈴の方針で装填はしていない。

 気を取り直してプールサイドで五十鈴と神通は説明および試し撃ちの準備を進めた。


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 そして1時間半ほど経った時、プール設備の出入り口から一人の技師が小走りでやってきた。五十鈴も神通も顔見知りのその女性技師は息を切らしており、まだ呼吸が整わないうちに喋り始めた。
「ハァ……ハァ。い、五十鈴ちゃん、神通ちゃん。提督さんから緊急の連絡よ。急いで執務室に来てだって。」
「「え!?」」

 想定だにしていなかった“緊急”という語を含む発言を耳にし、揃って聞き返した。しかし技師の女性は詳しい内容までは聞いていないのか、とにかく執務室へと促すのみ。神通と五十鈴は顔を見合わせて、技師の女性に了解の意を伝え先に戻ってもらい、自身らも演習用水路を伝って急いで工廠に戻った。
 軽装のためすぐに艤装を外せた神通は、コアユニットだけは残して同調したまま、比較的重武装な五十鈴たちの艤装解除を手伝った。
「りんちゃん、あたしたちも行くよ?」
「う、うん。私も聞きに行くよ。」
 拒否して一問答やっている時間がもったいない五十鈴は長良と名取の言葉に軽く頷き、二人の同行を許可した。

 五十鈴らがノックをして執務室に入ると、提督はノートPCの打鍵を止め、手招きして艦娘を近寄らせた。執務席の前まで五十鈴らが来ると、提督はようやく口を開いた。彼の眉間にはシワができており、その表情に五十鈴らはゴクリとツバを飲み込んで身を固くした。

「ついさきほど、東京海上保安部から連絡があった。東京港で深海棲艦が確認された。」
 東京港と聞き、神通らは息を呑んだ。さすがに首都圏の水域の有名どころ真っ只中とくると、緊張感が違う。
「船の科学館近く、つまり東京海上保安部の近くに2体発見したとのこと。駆逐艦級と類別される個体だ。」
「ねぇ提督。警戒線は?今回はなんで鳴ってないの?」
 五十鈴がすぐに気づいた違和に提督は頷いて答えた。
「厄介なことに、レーダーやソナーに引っかからない個体らしい。幸いかどうか怪しいが異常奇形タイプじゃない。深く潜られて見逃す心配はないが、やつらは砲撃まがいのこともしてくるから危険性は高い。沿岸にいる市民や観光客にはすでに緊急避難指示が出された。すぐに退治してほしいとのことだ。」
「了解よ。」
「了解致しました。」
 五十鈴と神通は普段の真面目さを数割増しして返事をする。真っ先に返事をした二人に対し、長良と名取は戸惑ったままだ。
「え、え、えぇ!? 東京湾に深海棲艦って、それって大丈夫なの?」
「こ、怖い~。ここの検見川浜も、結構近い……ですよね?」

「あんまり大丈夫……と言える状況ではないかな。今回は……。」
 途中で喋りを濁して提督が視線を向けたのは五十鈴と神通だ。提督の言わんとする事を察した神通はボソッと喋って補完する。
「出撃できるのが、五十鈴さんと私の……二人だからですか?」
「ご明察通り。」
 こめかみを掻いて乾いた微苦笑を浮かべておどける提督だが、この人員の少なさとタイミングに不安だらけだった。隠しきれないその様は五十鈴と神通に伝わってしまった。

「ねぇ提督、本当に出現ポイントは東京港でいいのね?他はないのよね?」
「あ、あぁ。うちと海上保安庁の連絡体制は、東京海上保安部と千葉海上保安部とその各地方の保安署だ。東京以外からは今のところ連絡受けてないから、大丈夫だと思う。とにかく最優先で東京港の深海棲艦を倒してきてくれ。他があってもそれからだ。」

「うちらも行ってあげたいけど、さすがに砲撃すらままならない今じゃねぇ~。」
「うん。私も。」
「そうだな。二人には……いい機会だから臨時で秘書艦を任せる。出撃したメンバーとの通信の手順を学んで欲しい。早く二人にも一人前になってもらえれば俺としても助かるからさ。五十鈴たちは早く出撃準備を。俺との直接の通信コードはこの番号で確保しておいたから。何かあったらいつでも連絡してくれ。あと東京海上保安部の連絡は……で。」
 自身らにまだわからぬ事なだけに空気を読んで長良と名取は引き、二人にすべてを託す気持ちで心の内を述べる。提督は頷きつつも二人に期待を込めていることを示し、そして五十鈴らに再度必要な案内を出した。
 五十鈴らは執務室に残る三人に海兵風に敬礼をして本館を後にした。

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 工廠では提督から連絡を受けた技師が神通たちを待ち構えていた。
「あ、来た来た。二人の艤装は出撃用水路の前に移動しておいたからね。」
「ありがとうございます、○○さん。」
「(ペコリ)」
 五十鈴は立ち止まらず言葉で挨拶をかけて技師の側を駆け抜ける。神通は一旦立ち止まって会釈をし、慌てて五十鈴のあとを追って出撃用水路へと向かっていった。二人は艤装を装着し、別の技師と出撃の手はずを確認する。
「今日は奈緒ちゃんいないから、私が水路の操作をするわ。」
「よろしくお願い致します。××さん。」
「(ペコリ)」
 明石の代わりに水路の操作をする技師に対し二人は素早く返事をしながら水路に駆けて行き、飛び降りる直前に同調を開始した。
 その瞬間、名前と格好だけだった五十嵐凛花は軽巡洋艦五十鈴に、神先幸は軽巡洋艦神通に完全に切り替わった。今回の二人は、本番用の弾薬エネルギーおよび本番用の魚雷も全装填済みである。

 構内放送で二人の名が呼ばれる。技師が操作と出撃時のいつもの儀式を始めた証だ。その直後、提督の声が響き渡る。二人の大人の声を聞き受けて、神通と五十鈴は心に安心感を得て、水路を抜けて湾へと飛び出していった。

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 検見川浜にある鎮守府Aから東京港たるエリアへは、直線コースの航行でも50分近くかかる。ただしそれはベースとなる速力区分=スクーターで進んだときの時間で、今回は違った。
 先頭を行く五十鈴は、速力区分=自動車で行くことを神通に指示していた。鎮守府Aの面々で決めた速力区分のうち、“自動車”はスクーターの2倍速、つまり約20ノットで航行することになる。
 人の身で20ノットを出し、身体に受ける風はお世辞にも弱いとはいえない。ただしバランスは艤装が自動的に制御するため、二人はもちろん、一般的な艦娘もよほど変な姿勢でないかぎりは速度に負けて転ぶつまり転覆するなどということはない。

 東京湾を斜めに突っ切る神通は、日が出ている明るい海を航行することに心が弾んでいた。先日の初出撃は夜間戦闘であったため、暗いという恐怖が自然に植え付けられたが今回は違う。今日は安心して戦えそう。そう高揚感があった。
 これから戦いに行くのに薄らにやけて不謹慎と感じたが、そんな顔を見られる心配はない。
 神通は安心して五十鈴の後に続いて進んだ。

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 やがて二人の視界には東京○ィズニーシーや若洲海浜公園が遠目に確認できるようになってきた。前の夜間のときよりも、水平線上の先のその姿はクッキリと見える。それでなくても同調して視力がよくなっているため、普段眼鏡着用の神通も、裸眼でその光景を視界に収められている。

 次に見えてきたのは海の森公園のある青梅・若洲人工島だ。2020年および2060年代に東京オリンピックが開催され、一部競技の開催場所ともなった場所で名実ともに東京港の玄関たる人工島だ。ごみ処理施設等があった時代はすでに遠く過ぎ去り、公園以外にもレジャー施設、市民の海上の足たるフェリー設備が設置されている。
 ただしフェリー設備は2080年代、半分以上稼働停止している。深海棲艦の被害が懸念された結果である。それでも鎮守府Aが設立されてからはフェリーの本数はほんの僅かではあるが回復した。
 五十鈴はそのフェリー乗り場から出るフェリーの護衛を一度したことがあるため、複雑な思いを秘めて横目に見る。神通は当該地域の地理なぞ女子高生の知識レベルでしか知らなかったため、海上から東京港に入るという普通ならばありえぬ行動も相まって、不思議で愉快な思いを湧き上がらせていた
 そんなバラバラな思いを胸に二人の艦娘は東京港の中心部に入り込む。

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 位置的には暁ふ頭公園の海の森公園寄りの橋をすぎた頃、二人はこちらに向かってきて、なおかつ前方の妙な方向に放水している船を見かけた。遠目のためハッキリとは確認できないが、どうやら巡視艇らしいというのは想像に難くなかった。
 五十鈴は提督から事前に確認していた無線通信でもって連絡を試みた。

「こちら深海棲艦対策局千葉第二支局の艦娘、五十鈴です。海上保安部の方ですか?要請により参りました。応答願います。」
「(ザ……)こちら東京海上保安部所属の巡視艇○○。前方約200mに深海棲艦2体。○時○分から×分にかけて、沿岸施設に向かって体液のような物を三度放出、被害あり。明確に害獣判定、深海棲艦勢力DD2匹と測定。以後の対応の引き継ぎを願います。」
「了解しました。行くわよ神通。私は右から、あなたは左からまわりこんで。あの巡視艇からやつらを引き離すわよ。」
「……はい!」

 五十鈴の合図で神通は10時の方向に、五十鈴本人は2時の方向に針路転換し始めた。二手に分かれたのとほぼ同時に巡視艇は放水をやめ、艦娘たちに深海棲艦を任せるために速度を落として距離を空け始める。
 深海棲艦の駆逐艦級と判別された2体は放水がやんでも針路を変えず、そのまま五十鈴らに向かって直進してきた。
 五十鈴は右手に持っていたライフルパーツを対象の方角に向けつつ、9~10時の方角に駆逐艦級を視界に収める位置まで航行し続ける。さすがに上半身を軽くひねらないと狙えない体勢になると、速度を落としつつカーブして針路を左手側に捻る。
 神通はというと、五十鈴の見よう見まねで姿勢と針路を駆逐艦級のほうに向け、やや遅れて右手側に曲がって完全に深海棲艦2体の背後に回り込んだ。海上保安部の巡視艇は前方の深海棲艦との間に艦娘が入ったことを確認し、緩やかにUターンしてこれから戦場海域になるその場を離脱した。

「このまままっすぐに見据えて、集中して魚雷を撃つわよ。いいわね?」
「はい。」
「先輩からあなたにおさらいよ。艦娘の魚雷の最大航続距離は?」
 五十鈴から質問を投げかけられた神通はすぐには答えず、腰の魚雷発射管を前方に向け、駆逐艦級をジッと睨みつけた。
 艤装の脳波制御を伝って数々の情報が魚雷発射管を経由して魚雷のメモリに書き込まれる。

 自動操舵装置が、標的の方向と進行のコースをインプットする。
 速度調整装置が、前方150mに収まる駆逐艦級に可能な限り安全に素早く当たるための速度を魚雷にインプットする。
 深度調整装置が、調整された進行コースと速度を受けて、駆逐艦級の海中にある腹に確実に当てるための深度の浅深の範囲をインプットする。

 魚雷発射管にあるスイッチに指を当てて情報を入力し終えると、神通は正解を口にしながら一瞬チラリと五十鈴の方を見る。念のためもう一つのスイッチに手をあてがって同じ思考をしてから口を開いた。
「……正解は、距離だけなら最大15km、威力とコースを最大限にカバーするならば、約3km、です。」

 チラリと意識を五十鈴に向けた神通は一拍置いて、右の魚雷発射管のスイッチだけでなく左の魚雷発射管のスイッチも押した。

ドシュ、ドシュ

スゥーーーー……

ズド!ズドドドーーーン!!!

 神通の腰の魚雷発射管から放たれた一撃必殺のそれは、5秒以内に駆逐艦級の2体の脇腹に相当する部分に激突し、東京港の大井ふ頭と青梅流通センターの間の海域に二本の5~6mの水柱を作り上げた。
 もちろん、二体の駆逐艦級は爆発四散して肉塊に成り果てた。

 水柱が収まり、二人は、駆逐艦級の大小様々な肉塊と鱗と思われる鋼のような硬い物質、そして目玉と思われる、爆炎で焼け焦げた球体を目の当たりにした。通常ならば東京港たる海に浮かぶはずのないものが浮かび上がってきたため、遠目でも確認できた。
 あえて口に出すまでもなく、完全勝利である。

 五十鈴が指示だけ出して撃たなかったことに疑問を覚えた神通は尋ねてみた。
「あの……なんで、五十鈴さんは撃たなかったんですか?」
「……それじゃあ逆に聞き返すけれど、あなたはなぜ二つも魚雷を放ったのかしら?」
「それは……五十鈴さんが。」
 撃つ動作を一切していなかったから。言いかけた神通のセリフを五十鈴がキャンセルさせた。

「ゴメンなさい。意地悪な問答をする気はないの。あなたの初めての戦闘をちゃんと見届けたかったの。」
「五十鈴さん……。」
 五十鈴は頭だけなく身体も完全に神通に向けて続けた。
「この前の緊急の出撃では私はあなたとは別艦隊だったから、あなたの実戦の姿勢を見たかったのよ。仲間の不意な行動や状態悪化があっても、きちんと判断して臨機応変に行動できるかね。ちょっと心配だったのだけど……普通に戦えたわね。うん。安心したわ。あなたの訓練をサポートした身としては、やっと個人的な合格を出せるわ。とっさの判断で行動できたのはさすがよ。ご苦労様。試すような真似して本当、ゴメンなさいね。」
「そういうことであれば別に……。うぅ、でも恥ずかしいです。ありがとうございます。」
 五十鈴の意図がわかり、神通は若干抱いていた憤りを解消させた。しかし自分の動きを観察されていたのかとわかると、今度は恥ずかしさで顔を赤くする。もちろん俯いて。
 五十鈴はそんな神通を気にせず感想を尋ねた。
「どう?日中の戦いは? 怖い……という感情は多分同調のおかげで感じてないと思うけれど、その他不安は?」
「確かに、怖くはありませんでした。後は……五十鈴さんの動きを参考にさせていただいたので。」
「そう。役に立てたのなら幸いだわ。次はあなた主導でやってみるのもいいわね。」
 軽い口調でそう口にする五十鈴。その雰囲気に神通は真に受けて頭をブンブンと横に振って返事とした。

 五十鈴はクスリと笑うがすぐに真面目な顔になる。
「フフッ。それじゃあ戻りましょうか。そうそう。海保の方々に報告しておかないと。」
 そう言って五十鈴は無線で巡視艇に連絡し、帰還する旨伝えて任務終了を合図した。

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 東京港を南下して東京湾に出た二人は、雑談しながら一路北東に針路を転換した。鎮守府に早く戻るためにやや速度を上げる。
「さーて、この後は長良たちの訓練の続きよ。急な任務に邪魔されたから集中してやりたいわね。」
「はい。でもなんとなく、今回の出撃、気分転換といいますか、私自身、ハッキリ自信が持てたような気がします。」
「そうね。変に小難しい出撃よりも、初出撃はこれくらいの緊張感と難度のほうがいいスタートが切れるものね。那珂たちが帰ってきたら、教えてあげましょう。一足先にちゃんとした初出撃できたってね。」
 軽やかに語る五十鈴の言葉に神通はコクリと頷き、長い髪を潮風になびかせながら進んだ。

 20分ほど移動に時間を費やしていたその時、五十鈴は鎮守府から通信を受けた。
「はい。こちら五十鈴。……提督? はい。はい……えっ!?えぇ。わかったわ。今すぐ向かいます。」
 口ぶりが怪しい雰囲気になってきた五十鈴の声を聞いていた神通は何事かと不安をもたげて五十鈴の背後をひた走る。通信を切った五十鈴が急停止して神通に対面して喋りだした。

「これから養老川に向かうわよ。」
「よ、養老……川?」
「千葉県の養老川の河口付近で、深海棲艦らしき物体が1体浮かんでいるのを民間人が発見したって千葉の海上保安部に連絡があったらしいの。あの辺りは火力発電所や石油会社があるから、その手の設備を万が一にでも攻撃されたら大被害になるわ。急ぎましょう。」
「は、はい!」

 気持ち的には初出撃となる一戦を終えて気持ちよく戻ろうと思っていた矢先に発生した二つ目の緊急の案件。神通は心がざわめき始めたが、深呼吸をして気を落ち着けて五十鈴の後を追う。
 鎮守府に戻る航路の途中で東南東に針路を切り替え、速度を20ノットに上げて二人は養老川河口へと向かった。
 しばらくして河口付近にたどり着いた二人が見たのは、公園の端で何かの機器を用意して川に向かって放水している数人の姿と、対象たる深海棲艦1匹の光景だった。


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 明確な撃退手段を持たないため、海上保安部の隊員や市民ができるのは、せいぜい脅しのための放水程度だ。水を、活動するための環境の根本要素とする海洋生物の一部たる深海棲艦に、放水がどの程度通用するのか明確にわかってはいないが、想定通りの軽い脅し程度には効果を発揮することが多い。
 ただし最低でも消防機器に代表されるような、強力な放水能力を持つ本格的な機器でないと効果的ではない。それゆえ、地上からの深海棲艦への対策は、正式な機材を所有する消防団もその役割を担っている。

 このまま放水で沿岸部に近づけないように保ってくれれば五十鈴たちとしても行動しやすい。五十鈴は後ろにいる神通にこの後の動き方を伝える。
「養老川は川幅が最大350m前後しかないわ。私達の魚雷ではどんなに抑えても距離が伸びてここでは危ないから、今回は砲撃および射撃で行くわよ、いいわね?」
「は、はい!」
 場を読んで咄嗟の判断で指示を出す五十鈴に、神通は感心する間もなく砲撃の準備を急かされる。左腕に装着した2基の単装砲の砲身の向きを調整し、腕を構える。狙いやすい左腕を前方に向け、深海棲艦との距離を測った。まだ遠すぎる。さすがに集中しても狙える距離ではない。
 僅かに腕を下げる神通を見て、五十鈴は言った。
「まだ撃つことを考えないで。せめて100mくらいまで近づいたらね。さて神通。あなたの作戦を聞きたいわ。あなたならあそこにいる深海棲艦をどうやって安全に倒す?」
「え!? そ、そう……ですね。えと……」
 神通は僅かな時間でシミュレーションを完遂させるべく頭を働かすが、敵勢力が先ほどと異なり判別がつかないので肝心の動き方まで行き着かない。
 それを正直に言うことにした。

「敵の正体…というか勢力の判別がついていないので、細かく決められませんが、とにかく、沿岸部から引き離すべき、かと。そのためには、威嚇射撃をします。」
「そうね。こういうシーンでの基本のやり方がそれよ。よくわかってるじゃないの。」
「さ、さすがに……教科書に載っていた事例にそっくりなので……。」
 五十鈴に褒められたゆえの照れは自信の知識の由来を明かすことですぐに解消させた。五十鈴も引っ張るつもりはないのか、神通の受け答えを聞くと一つだけアドバイスを述べ、すぐに前方を向いて次の案を期待し始める。
「本当なら偵察機持ってきていればよかったのだけれどね。まぁ仕方ないとして、実際に誰がどう動く?」
「そう、ですね……。」
 相槌を打ちながら、そうかしまったと心の中で舌打ちをした。自分の強みは、艦載機の操作だ。それだけは誰が何を言おうと譲れないし譲りたくない。そんな得意といえる分野の操作をするための大事な機器を持ってきていない。慌てていたがゆえの結果だ。

 ないものは仕方ないので、今いる自分含めた艦娘二人を効果的に動かすしかない。神通の頭の中では、自分すらコマだ。頭の中でこの辺りの地図を広げて、3つのコマを置く。挟み撃ちにするには誰か一人に大きく遠回りして川上に向かってもらう必要がある。なおかつ川下の一人は河岸に沿って近寄り、深海棲艦が川の真ん中に移動するよう砲撃する。川上の一人の射程に入ったら、集中砲火して撃破。
 神通はその旨伝えると、五十鈴はコクリと頷いて承諾した。

「わかったわ。私はどっちをすればいい?」
「五十鈴さんは川下を。私は遠回りして川上に行きます。私は……慣れてきたとはいえ、まだ動く敵を砲撃するのは厳しい、です。」
 有利なポジションを自ら選ぶことで自分でも最大限に役立てるようにする。そう思惑を抱いて答えた。神通が言い終わると五十鈴は数秒ほどジッと神通を見ていたが、“そう”と一言だけ口にして方向転換し神通の右側に移動した。
 何か含みがある反応だったが今は深入りすべきではない。そう判断した神通はあえてスルーして五十鈴と合図を示しあい、五十鈴とは逆の左側、方角としては北の河岸に向かった。

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 神通と五十鈴の唯一の誤算は、地上から放水して応戦していた消防団の存在だった。彼らは、養老川河口付近に姿を現した、水面に立つ少女の姿を目の当たりにしたことで、俄然やる気と希望を湧き上がらせていた。
 遠目なのではっきりとした判別はつかないし、別段連携体制にあるわけでもないので、消防団から少女たちに、あるいは五十鈴ら艦娘から消防団に連絡を取り合えたわけでもない。が、深海棲艦ではないことは分かる。なおかつ近づいてきているのでだんだん判別がつくようになってきている。
 せめてあの少女たちの役に立とうと考えてもおかしくない。
 消防団はもう一機の放水砲装置を川岸ギリギリに設置し、ホースを水面に落として取水し、放水用のホースを深海棲艦に向けて、発射し始めた。

 艦娘の存在によりやる気を得た消防団の放水砲は、あろうことか深海棲艦のギリギリ手前に放って脅すという目的から逸れ、深海棲艦自体に当てて追い払ってやろうという目的にシフトしてしまった。

ブシューーーーーー!!!

ザバァ……

 背に強烈な水流を直接浴びた深海棲艦はブルブルと身を震わせて顔を水面に浮かび上がらせる。日中といういうことと水中に没していたということもあり、はっきり見えなかった目を怪しく橙色に光らせ始めた。
 その目は消防団側からしか見えなかったので、明らかな異変に消防団のメンツはざわめき立つ。水上に出た目らしき物は明らかに自分たちの方を向いているからだ。
 動きが止まっているが何かがおかしい。
 そう気がつくのはあまりにも容易い。

 深海棲艦の背がパカパカと動き始めたように見えた。それは五十鈴たちからでは距離があったため確認できない。しかし五十鈴と神通の目にも、何か様子がおかしいと映る。

バシュ!バシュ!バシュ!

「なんか、発射した!?」
「い、五十鈴さん! 何か見えました!?」
 距離が空いていたためやや声を上げて神通が尋ねると五十鈴も同じような声で返事をした。そしてその口調には焦りの色が見えていた。
「えぇ!ちょっと予定変更してこのまま二人で近づくわよ。いいわね?」

 自身が立てた作戦が変更になる。予定外のことが発生したためだ。こういうとき、アドリブで動きを変えられる五十鈴はさすがだと感心した。まだ自分は状況に応じた作戦変更ができない。
 神通はひそかに悄気げる。

バシャ!バッシャーン!シュー……

「うわ!うわぁ!!」
「やべやべ!後退後退!」

 河岸付近が慌ただしくなる。消防団は放水砲の機器そのままで一斉に内陸側に走っていく。しかしそれでも深海棲艦は何かの放出を止めない。

バシュ!バシュ!バシュ!

バシャ!バッシャーン!シュー……
パァン!!

 深海棲艦が放出した何かが河岸に降り注ぐ。ほとんどは地面に命中してそのまま何も起きなかったが、放水機器に一つが当たった瞬間、効果がハッキリした。
 ポンプを構成する金属製の管が音を立てて溶け、表面の形を変え始める。当たった何かが隙間を伝ってポンプの部品内に入り込んだ瞬間、甲高い破裂音を立てる。そしてその直後、放水機器は取水ポンプ付近から爆発を起こした。

ズドガァーン!!

 大小様々な鉄の破片が地上部はもちろんのこと川にも飛び散った。
 深海棲艦に約50mまで近づいた時、神通たちようやく河岸の様子を把握することが出来た。消防団が使っていた放水機器は見るも無残な形になっていた。

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 二人が異変をハッキリ認識できたときは、放水機器が破壊されるという、消防団にとって明確な被害が出てしまっていた。
 五十鈴は瞬発的に速度を上げる。その直前、五十鈴は神通に指示を出した。
「ちょっと引きつけておいて、お願い。」
「え、え? は、はい……。」
 五十鈴は神通の答えを待つ事無く深海棲艦を追い抜き、河岸近くでドリフトばりに急停止して消防団に向かって大声で問いかけた。
「こちら千葉第二鎮守府の艦娘、五十鈴です!あなた方の所属を教えてください!!」

 五十鈴が消防団に諸々の確認をすると同時に神通は左腕を構え、速度を緩めて徐行にしてから1基の単装砲で砲撃した。

ズドッ!!

バッシャーン!!

 神通の砲撃は深海棲艦の右胸ばらと思われる部分の手前10mに着弾して水柱を上げた。驚いた深海棲艦は咄嗟に水中に身を沈め、方向転換して移動し始める。
 水上部分から敵が見えなくなった。つまり、見失った。

((まずい。水中に逃げられた……どうしよう?))

 ただでさえ不安だったところにさらに不安を煽られる事態。表向きだけは冷静にと努める神通の心境はもはやアタフタと小さな自分が走り回っているようだった。
 こういう時、艦載機またはソナーを使えばいいのだろうが、不幸にもどちらも装備していない。川内や夕立のような裸眼で深海棲艦の影を捉える能力もない。それでも神通は必死に水面とごく浅い水中を凝視する。
 数十秒後、件の深海棲艦は水中に没したポイントから東南東に20mほどの場所から顔を出した。そこは、養老川の臨海備蓄センターの前、波止のため湾になった部分の袋小路だった。

しめた

 結果的に有利に追い込んだ形になったため、神通はやや俯いてニンマリと口で弧を描く。幸いにも五十鈴は河岸側にまだいるので、自分が湾に入れば、完全に追い詰められる。
 神通は速度を上げて湾に入り、五十鈴に合図を送った。

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 五十鈴は避難勧告を伝えている最中に突然背後で砲撃音を聞いたため驚いたが、ひとまずの目的を完遂させた。そして方向転換して神通の方を見ると、深海棲艦の姿は無く必死にキョロキョロと探している。
 砲撃による状況の動きがあったのか。五十鈴はすぐに察し、神通と同じく周囲を注視していると、一足先に発見したと思われる神通から指示が耳に飛び込んできた。

「五十鈴さん! あいつを……一緒に狙いましょう。」
「えぇ。わかったわ。」

 神通は五十鈴に指示を出した後、また深海棲艦が潜って逃げないように左腕を構えつつも慎重にゆっくりと歩を進める。もはや集中しすぎて目の前の黒い生物しか見えない。五十鈴もほぼ同じように深海棲艦との距離を詰めている。
 ジリジリと距離を詰める二人の目前で、深海棲艦は再び背中の各部をパカパカさせて何かを発射してきた。

バシュ!バシュ!バシュ!

 数個の何かは神通の近く、神通と五十鈴の間、五十鈴の近くに降り注いできて着水し、いくつかの小さな水柱を巻き上げていた。

「くっ!攻撃してきたわね。神通!大丈b……夫そうね。」
 五十鈴は神通の方をチラリと見、最後まで言いかけてやめた。五十鈴がビクッと反応してかわす動作をしたのに対し、神通はピクリともせず、まっすぐ標的を見据えているのだ。
((すごい集中力。あの娘、ああいうところはさすがだわ。負けてられないわね。))

 五十鈴の闘志が燃え上がる。その感情の使い道の半分は、目の前の深海棲艦を狙うライフルパーツを握る握力に行き着く。そして残りは睨みつける眼力と集中力にプラスされた。
 二人が深海棲艦との距離をさらに詰め、頃合いになった瞬間、今度は深海棲艦ではなく、神通ら艦娘の主砲が火を噴いた。

ドゥ!
ドドゥ!ドゥ!

 深海棲艦が反応して避けるより早く、二人の砲撃によるエネルギー弾は目、背、カマに相当する部分の三箇所に当たった。
 もだえ苦しむが、深海棲艦はかろうじて動くことが可能だった。逃れようと湾を出るべく進もうとするが、針路の先にわざと砲撃して神通がそれを防いだ。止まったところを離れたところにいた五十鈴が狙いすまして三連続の砲撃で畳み掛ける。

ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

ズガァ!!

 五十鈴の鋭い三連撃はいわゆるヘッドショットになり、深海棲艦の頭を完全に貫通した。ほどなくして深海棲艦はゆっくりと水面に横たわり、プカプカと力なく浮き始めた。

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 トドメを刺した五十鈴は距離があったためやや速度を上げて神通に近づいてきた。
「この深海棲艦を撮影するわよ。」
「え? そ、それに何の意味が……?」
 突然の提案に戸惑う神通。五十鈴はそれに対してサラリと説明した。
「今回、こいつがどの等級だったのかわからなかったでしょ。こいつが新種かもしれないし、あるいは私達や海上保安部が知らなかっただけの既存の種かもしれない。こいつの全長を撮影して鎮守府に送っておくの。そうすると提督が大本営にデータを送って、国のデータベースで調べてくれるのよ。」
「へぇ……そんな作業が、あったんですね。」
「まぁ、これは実際の現場でしかやらないから、訓練時に説明しなかったのは悪かったわ。ちょっとこれ持ってて。急いで撮っちゃうから。」
 そう言って五十鈴は自身のライフルパーツのベルトの金具を外し、ライフルパーツを神通に渡した。そしてすぐに深海棲艦だった物体に近寄り、持ってきていたデジカメで撮影する。その手際は素早いというよりも、なんとなく急いでいる様子だった。
 神通は撮影している五十鈴に確認してみた。

「あの……随分慌てているようですが、なぜなんですか?」
「深海棲艦はね、倒して死亡するとあっという間に腐食したり破裂して原型を留めなくなるの。そうなるとさすがの国のデータベースでも判別は難しくなるのよ。」
 神通の方は一切向かずに撮影をしまくる五十鈴。ようやく五十鈴が顔を向けてカメラの電源をオフにすると、神通はすべてが終わったことを察してホッと胸をなでおろした。
 そして二人が帰りの準備をしていると、深海棲艦だった物体は五十鈴の説明通りあっという間に腐り、バラバラになって湾や川底に沈み、文字通り海の藻屑と消えた。

 そして五十鈴は河岸に戻ってきた消防団員に報告し、最寄りの海上保安官連絡所から海上保安部に連絡をしてもらうことにした。神通の側に再び戻った五十鈴は次に提督に連絡をし、この日二戦目の現場の任務完了報告をした。
 基本的に他人との折衝は五十鈴任せにしている神通。性格的に赤の他人と会話するのは苦手なためだ。それが仕事であっても、所詮女子高生の神通としてはノータッチでありたい。
 また、五十鈴は率先してその手の作業をしてしまう。そして折衝事を神通にやらせる思考はない。そのため五十鈴との組み合わせは神通としては利害が一致していた。

「……ということです。写真は送っておきましたのでお願いします。……え? はい。……はい!? またなの!? 次は……牛込、えぇと、地図を確認して行ってみるわ。燃料とバッテリーは……大丈夫だから。へ?トイ……変な心配なんかしないでいいわよデリカシーないわね!」

 五十鈴の反応っぷりを耳にして、神通は再び嫌な予感がした。五十鈴が提督との通信を終えて振り向いて顔を見合わせると、すぐに予感が確信に変わった。
「あの‥‥神通。よく聞いてくれる?」
「?」
 妙に改まって語りかけてくる五十鈴に、神通は身構える。

「もう一箇所、追加で行くことになったわ。」

 その時の五十鈴の引きつった笑顔を、神通は忘れることができそうになかった。

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 その後神通と五十鈴は海岸線に沿って南下し、袖ヶ浦の牛込海岸にたどり着いた。付近の海上保安官連絡所によると、深海棲艦らしき生物が4匹出現、浅瀬に3匹ほど乗り上げ、もう一匹は船道を通って船溜に入ってきてしまっているという。
 浅瀬に乗り上げた3匹は駆逐艦級、比較的巨体である。浅瀬に入って呼吸器官が水面に出てしまったためか呼吸ができなくて苦しがっている。頻繁に体液のようなものを放出し、暴れもがいている。船道に入ってきた残りの駆逐艦級も船溜をうろうろしているという。
 潮干狩り場として有名な場所のため、来ていた観光客を避難させ様子を見ている最中とのこと。

 神通たちは数十分かけて牛込海岸にたどり着くと、浅瀬は潮が引いて海底が完全に露出した状態になっていた。海水がほとんどないため、3匹の深海棲艦は動けなくなって息も絶え絶えもがいている最中だった。
「なるほどね。潮が満ちてる最中に入ってきて、潮が引いて戻れなくなったのかしら。」
「こうしてみると……なんだか普通の魚みたいにかわいそうですね。」
「あまり感情移入しないほうがいいわよ。」
「それは……わかりますが。」

 一旦立ち止まっていた二人はゆっくりと船道に向かって移動する。
「とりあえずあいつらは放っておきましょう。もはや動くのもしんどそうだし、そのうち息絶えるわ。もう一匹を優先して倒すわよ。」
「(コクリ)」

 二人が船道を通ると、ちょうど船溜から残る一匹の駆逐艦級が沖に進んできていた。
 船道は狭く、目の前の深海棲艦の巨体だと、神通たち二人で道を塞いでしまえば確実にぶつかるしかなくなる。つまり艦娘の攻撃を防ぐことができない。
 五十鈴がライフルパーツを構えると、神通も左腕の単装砲の砲身を調整して構えた。五十鈴はもはや声を出さずに神通に視線を指先だけで合図を送る。神通としても、そうしてくれたほうがなんとなく取り組みやすい。
 そうしてタイミングが合った瞬間、二人の主砲が同時に火を噴いた。

ドゥ!
ドドゥ!

ズガァン!!

 着弾の衝撃で駆逐艦級の巨体が左右に揺れて軽く沈む。しかし駆逐艦級は潜る気はさらさらないのか、すぐに体勢を立て直す。そして次の瞬間、口を開けて黒く濁りが混じった紫色の体液状のものを吐き出した。それと同時に海水が吐き出される。
 思いの外飛距離があるその液体は五十鈴に向かってきた。その液体は海水と重なった次の瞬間、五十鈴の電磁バリアに検出され、手前100cm程度でジューという蒸発音の後、爆発した。

ボン!ボボゥン!!
「きゃっ!」

 五十鈴が悲鳴を上げてのけぞっていると、狙われていない神通は五十鈴の方を目だけでチラリと見た後すぐにを前を向きそれ以上気にすることせず、数歩前に出て再び砲撃した。

ドゥ!

ズガァン!

 集中して狙える距離とシチュエーション。この機を逃すべきではない。神通は他人を心配して機を失うのが怖かった。
 駆逐艦級は打ちどころが悪かったのか、神通の一撃で絶命した。

 神通は敵がプカプカ浮いてきた事を確認するとすぐに後ろを向き、爆煙を吹き飛ばして姿を現した五十鈴に伝える。
「一匹、倒しました。」
 そう感情を込めずに言うと、五十鈴はケホケホと咳をして呼吸を整えた後、拍手を送ってきた。

「うん、よくやったわ。ちゃんと戦況を見て行動を起こせたじゃないの。」
 神通はてっきり味方の心配をしなかったことを咎められると密かに気にかけていたが、杞憂に終わった。構えすくめていた肩をゆっくりと下ろす。そして五十鈴の次の言葉を待ってみた。
「そんなに気にしないで。あなたってば、態度と表情に出てるわよ。」
「えっ!?」
 神通は俯いていた顔を一気に上げた。五十鈴と視線が絡む。なぜバレたのだと心臓がキュッとつぼむ感じがした。

「あなたに心配されるようじゃ私もまだまだってことね。ちゃんとバリアは効いたし、怪我もなし。だから心配はいらないわ。」
「けど……。」
 神通は実際の初出撃の際、足の艤装を破壊されて、艦船的にいえば轟沈の憂き目にあったのを思い出して、後から気になって仕方がなくなった。勝てたからいいが、もし敵が執拗に攻撃し五十鈴に追い打ちをかけていたら?
 どうするのか本当の正解なのか?
 自身の軽率な行動で仲間が危険な目に合うかもしれない。もし逆の立場だったら、どんな手を使ってでも助けて欲しい。そう考えると五十鈴の本音も実はそうだったのかもしれない。
 再び俯く神通に五十鈴はピシャリと言った。
「ホラ、また俯かない! まだここでの任務は終わってないのよ。あそこに打ち上げられてる3匹を始末しないといけないんだから。」
「は、はい……。」

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 神通と五十鈴が残りの三匹のところに行くと、うち二匹はすでに力尽きていたのか、ピクリとも動かない。残りの一匹も息も絶え絶えで、かろうじて腹ビレに相当する部位をゆっくりと動かすのみだ。
「もう、死んでいるのでは?」
「かろうじて生きているわ。だから一発で楽にしてあげるのよ。」

 五十鈴の冷酷とも感じられる声が脳に響き渡った感じがした。神通は今のこの状況に戸惑いを隠せないでいる。
 深海棲艦とはいえ海の生き物の命を奪うことに変わりはない。優位性が変わると、こんなにも可哀想に思えてくるのか。気にし過ぎたらいけないのはわかっているが、こうしてじっくり見る機会があるので考えが捗ってしまう。しかし海水という生きるための環境を失って死にかけているこの個体を早く楽にしてやるという考えにも納得がいく。
 艦娘となった自分がすべきなのは、やはり深海棲艦を倒すことなのだ。互いの関係や状況がどうであれ、変わることはない。
 神通はなんとなく理解出来た気がした。

「あんたがやらないなら、私がするわ。」
 五十鈴のセリフと行動を神通は手で塞いでとめた。それだけで意思は伝わった。
「そう。それじゃあやりなさい。これも経験なんだから。」
「(コクリ)」
 一旦深呼吸をする。幾分気持ちが落ち着き、冷静に敵を倒す思考が戻ってくる。そして神通は得意の左腕の単装砲を構え、トリガースイッチを押した。

 爆音とともに目の前の駆逐艦級の腹が衝撃で破裂した。数秒して残った部位が異様に膨らみ始める。
「あ……これは危ないパターンね。こいつは爆発するわ。離れるわよ!」
「はい。」
 二人が3匹の深海棲艦の死体から10mほど距離を開けた途端、甲高い音を立てて駆逐艦級の身体は爆発四散した。側にあった影響か連鎖反応で残りの二体も破裂し、潮干狩り場の一角に、深海棲艦の身体の一部が四散して残った。
 潮が満ちれば海に流れるなどして、人目につかなくなるだろうと踏み、二人は任務完了とした。

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 一旦船溜に戻り、五十鈴は側にいた潮干狩り場の管理者に駆除完了した旨を報告した。神通はやや離れたところで五十鈴が管理者の老人と会話するのを眺めていた。
 すると港近くで待機していた観光客が神通や五十鈴のいる近くまで出てきて、ひそひそと話を始めた。
 神通は態度には出さなかったが、ハッとした。よく考えたら、海上にポツンと立っている自分たちは、恰好の注目の的じゃないか。艤装を装備していなければ、生身の人間では絶対できない行いをやってのける存在が自分たち艦娘なのだ。
 艦娘の知名度がどのくらいなのか、今まで普通の女子高生だった神通は知らない。艦娘界隈のことなど最近まで特段興味がなかったし、艦娘の気持ちや立場などを知ろうと図る気もサラサラなかった。

 人に見られるのが苦手な神通はどうすればいいのかまごついて五十鈴の背中に視線を送るが、五十鈴の話はまだ終わっていない。
 そうっと観光客の方に視線を戻すと、小さな女の子がガッツリ見ているのに気がついた。離れたところにいる別の子どもも。そして年頃は小学生と思われる数人がきゃあきゃあ黄色い声を上げている。
 恥ずかしい。とても居心地が悪い。落ち着かないので早く帰りたい。
 なんか手をこちらに振っている。どう反応すればいいの?

 手を振り返すのは恥ずかしいし、笑顔を送るなんてもってのほかだ。こういうとき、那珂さんなら率先して話しかけたり接してうまく立ち回ってくれるんだろう。
 神通がわざと視線をそらして明後日の方向を見てごまかしていると、ようやく話が終わったのか、五十鈴が戻ってきた。
「話終わったわ。なんだか感謝されちゃった。このあたりの人は艦娘と会うの初めてなんですって。今度揃って潮干狩りしに来て下さいですって。一応名刺渡しておいたから、うちの鎮守府をご贔屓にって営業しておいたわ。……どうしたの?」
「い、いえ! なんでも、ありません。早く、帰りましょう。」
 神通の顔がやや赤らんでいるのが気になった五十鈴だったが、特に気にしないでおくことにした。
「やっとこれで帰れそうね。」
「(コクリ)」
 二人揃ってグッと背筋を伸ばして身体をほぐしていると、五十鈴のスマートウォッチに通信が入った。

神通たちの戦い

神通たちの戦い

「はい。……は? あの、提督。これで三戦目だったんだけど。私達艦娘は単なる移動でも蓄積すると地上移動するのより疲れるの、分かってるわよね? で、詳細は? ……えぇ。えぇ。神奈川第一の人たちが? はい、分かりました。さすがに次で終わりにしてほしいわ。うん、それじゃあね。」

 神通は、通信を終えた五十鈴が振り向いたその瞬間、あることわざが思い浮かんだ。振り向いた五十鈴の顔がややウンザリといった表情になっている。

「もう感づいてると思うけれど、お次の現場が決まったわ。」
「また……ですか。」
「えぇ。またよ。お隣の鎮守府、つまり神奈川第一の艦隊が風の塔で警戒態勢を取っているらしいわ。合流してあちらの作戦任務に加わって欲しいそうよ。」

 よそとの合同任務と聞き、神通は身構える。そして再び緊張で身をこわばらせた。それは五十鈴にはあっさり見抜かれ、やんわりとフォローされる。
「まぁそう固くならないで。別に怒られに行くわけじゃないんだし。あっち主導なら私達は従って動くだけでいいんだから楽なものよ。」
「そ、それはそうですが。」
「とりあえず行きましょう。」

 五十鈴の言葉に相槌を打って表向きは納得の様子を作るも、内心は不安で胃がキリキリ痛むような錯覚を覚えながら一路、アクアラインに沿って移動し始めるのだった。

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 神通と五十鈴は木更津側から伸びるアクアラインに沿って移動していた。浅瀬がかなり沖まで伸びる海岸線、神通たちはなんとなしに海を眺めつつ、ようやくアクアラインの真下まで来た。
 そのまま沿って進もうとしたところ、南西から嫌な影が近づいてきたのに気づいてしまった。気づきたくなくても否が応でも気づいてしまうそれは、この日初めて見る軽巡級だが、野良であるために提督からの情報がなく、この時の二人にはすぐに判別つかなかった。

「え!?あそこにいるの……深海棲艦よね?」
「えぇと……私にもそう見えます。」
「潮がまだ引いてるから沿岸間近に行く恐れはないけれど、今日だけで4回目よ。これだけ多く目撃するのはなんかおかしいわね。」
 五十鈴はそう口にする。神通も同じように感じていたので相槌を打つ。そして思考を切り替えて戦闘準備を取り始める。さすがに4度目となると、言われなくてもなんとなくタイミングがわかってくる。
 神通が構えると、五十鈴はそれをチラリと見て音を出さずに微笑み、そして真面目な表情に戻った。

「風の塔に行く前にもう一戦よ。今度のやつは……遠目から見てもでかいわ。私が先陣切って切り込むから、あなたは距離を開けて援護してちょうだい。あなたの狙いやすいやり方でね。」
「……はい。」

 それ以上の会話は、二人には不要だった。

 軽巡級は思いの外硬く、砲撃ではなかなか傷がつけられなかった。そして大気中に飛び出ると燃え上がって火の玉になる体液を放つので安易に近づけない。このままではらちがあかないと判断した五十鈴は、干潟に追い込んで動けなくし、魚雷で撃破しようと提案した。
 その作戦は成功し、辛くも軽巡級を撃破した二人は深い溜め息をつき、踵を返してようやくアクアライン沿いに戻ることができた。

 神通たちがその後風の塔に到着した時、昼をとうにすぎていた。風の塔の一角、桟橋が設置された場所で数人の艦娘が待っていた。


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「あなた方に状況をお伝えしておきます。」

 目の前の艦娘は神通。といっても自分のことではない。神奈川第一鎮守府から出撃してきた、軽巡洋艦艦娘、神通だ。同じ制服で同じ艤装つまり武装。
 何もかも自分と同じだが、違う点もある。当然、担当している人物が違う。高校生で割りと低身長である自分とは違って身長が高く、すらっとしていて美しい。年頃は大学生かそれより少し上だろうか。前髪は長いため、鉢巻をしてわずかにたゆみを持って押し上げられ、そして横に流されている。そしてよく見ると自分の制服や艤装と違う部分がある。ちょっと豪華だ。
 物腰は穏やかそうだが、喋り方の端々に機敏さが感じられる。ほのかに冷たさも感じられた。なにより、神通を見る他の艦娘たちの顔がこわばっているかあるいは尊敬の眼差しを燦々と送っていることで感じ取れる。


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 神通は五十鈴とともにアクアラインの途中にある風の塔、その一角にある桟橋に神奈川第一鎮守府の艦娘らとともに、旗艦たる人の説明を聞いていた。顔合わせをして艦名を聞いた瞬間、“あ、自分と同じ艦だ”と感じた。制服と艤装が同じという担当艦でかたや新人、かたや大人の女性で回りから尊敬されていそうなベテラン旗艦。勝手に比較してしまい、気まずい、肩身が狭く感じる。

 自己紹介をして神奈川第一の神通も何か思うところがあったのか、鎮守府Aの神通にこう指示してきた。
「あら、あなたも神通担当なのですか。そう……。通常、同じ艦隊に同じ艦がいるのは望ましくありません。ですが合同任務ではまれにあるそうです。紛らわしいので、申し訳ございませんがあなたには別の呼び方を提案致します。」
「別の、呼び方……ですか?」
 チラッと五十鈴を見るが、我関せずというか口出しできないからゴメンなさいという心の声が聞こえそうな沈黙を保っていた。

「千葉神通ということに致しましょう。千葉第二鎮守府出身ですので、分かりやすいと思うのですが、いかがでしょうか?」
 ネーミングセンスとしてそれどうなの、と真っ先に思ったが、神通という艦名をまったく変更されてしまうよりかはアイデンティティが保たれてマシか。そう判断した神通はコクリと頷いて承諾した。

 神通の側に寄ってきた五十鈴は肩に手をポンと載せてこう言った。
「まぁ、仕方ないわ。頑張りましょう、千葉神通。」
「(キッ)」
 目を細めて睨みつけるが五十鈴は動じない。もちろん、冗談で言われていることくらいはさすがに神通も理解していたので、五十鈴が軽く肩をすくめたのを見てため息を吐き、それ以上のツッコミは止めておいた。


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 その後神奈川第一の神通は全員を見渡せる桟橋の上に上がり、説明を始めた。五十鈴と神通はようやく現在の状況を把握した。

 東京湾の各所で深海棲艦の出現が多発している。
 五十鈴たちがなんとなく感じていたことは、神奈川第一の艦娘らにとってすでに事実だった。

 神奈川第一の調査では今日未明から、普段深海棲艦を見ない東京湾の一部の海域で異形の存在を発見。退治したはいいが、帰還する途中でも発見が相次いだ。通常、東京湾でも深海棲艦は少なからず確認できるが、この日は普段の3~4倍ほどの頻度とのこと。
 神奈川第一では昨日から二十数名ほどの艦娘が館山で開催されるイベントのため出払っており、残りの人数で少人数制のチーム分けし、臨時で警備範囲を広げて東京湾各所を回っているという。

 神奈川第一鎮守府の主担当は神奈川の相模灘以東の海岸線全域と、中ノ瀬・浦賀水道の航路の常時警備だ。担当範囲の関係上、海上自衛隊や米軍への協力もすることがある。
 風の塔に集まったのは旗艦神通含め、3艦隊計12人。鎮守府近辺と二大航路の警備に必要な人数を残すと、それが出撃可能な人数の限界だった。
 加えて、神奈川第一の提督も外出しており指示系統・判断基準が秘書艦に一任されている。今日未明から舞い込んでくる目撃報告の処理の対応にオーバーフロー気味な鎮守府司令部のため、現場の指揮や担当海域の割り当ては現場の最高権力者たる旗艦に任された。

 今回、五十鈴と神通が出撃してまもなく神奈川第一鎮守府の秘書艦から鎮守府Aの西脇提督へと連絡が行き、ちょうど五十鈴たちが近くまで出撃してるために即協力を結ぶことになったのである。
 現場の旗艦である神奈川第一の神通には、深海棲艦目撃報告のあったポイントに向かわせるためのチームたる艦隊の割り振りが一任されていた。編成して出撃させたはいいが、午前中だけでも中ノ瀬航路以南ではいたるところに駆けつけざるを得なかった。
 正直なところ3艦隊では足りないのが現状だった。
 そのため鎮守府Aから艦娘が加わるという情報は、実際の戦力たる艦娘がたった二人の参加であろうが願ってもない吉報には違いなかった。


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 神通と五十鈴は二人で一艦隊という立ち位置は変わらず、神奈川第一鎮守府の艦隊の作戦に参加することになった。神奈川第一の神通の案内で風の塔にて軽い腹ごしらえ、弾薬エネルギー・燃料・バッテリー等の補給を受けて準備をすることになった。

「千葉神通さん。ちょっと、よろしいですか。」
「え、は……はい。」
 神通は風の塔から離れる際、神奈川第一の神通から声をかけられた。目の端を弱々しく下げて五十鈴にチラリと視線を送るが、五十鈴は顎と視線でクイッと指し示し、もう一人の神通へと誘導させて一歩引き気味に佇んでいる。
 よその人と折衝するのは五十鈴さんの役目だろ、と思い込んでいた神通は戸惑いながらも呼び止められた方に視線を戻した。

「あなたも神通ならば、あの能力は使えますか?」
「へ? あの能力って?」
「あ……そう。まだ、神通の艤装に慣れていないのかしら。」
 意味ありげに言い淀む神奈川第一の神通。神通は怪訝な顔をして暗に問いかけるともう一人の神通が再び口を開いて語り始めた。
「こうして会えたのも何かの縁でしょうし、あなたにはアドバイスとしてお伝えしておきます。神通の艤装には隠された機能があるようです。」
「え……それって?」
「私自身、試している最中ですが、確証は得ています。あなたも同じ神通になれたのなら、いずれ発見できるかと。自分の力で、それが何か見つけられれば、きっとそちらの鎮守府の艦隊の大きな力になるはずです。」

 チラッと白い歯を覗かせてニコリと笑ったその表情は、優しく気品が感じられ、そしてどことなく母を思わせる慈愛に満ちつつも、凛とした厳しさを伴う笑顔だった。神通は同じ艦担当者から言われたその「能力」が気になった。ここまで言われて気にならないほうがどうかしている。
 きっと川内になった流留なら、さっさと答えを教えてくれと急かしていただろう。だが自分は違う。自分を、自分の力を、自分の可能性を信じられるようになりたい。そのためには誰からどんなことを言われても、出来る限り自分だけで結果に行き着いてみせる。
 思わせぶりにクイズっぽくヒント程度のアドバイス、それは神通にとっては望むところだった。そして川内や夕立以外で、神通にもどうやらあるらしいことがわかった特殊能力。確かにそれを開花させれば大きなアドバンテージになる。
 その事実は神通の心の拠り所となった。神奈川第一の神通に向かってペコリと素直に頭を下げて感謝を示した。

「あり、ありがとうございます。私、自分の力でそれを発見してみます。そして、活用してみせます。神通さんは……それを今使えるのですか?」
「えぇ。従ってくれる駆逐艦の子たちが、しっかり揃ってくれさえすれば。この能力は、私だけではどうにもならないのです。もう一つヒントを言うならば、あくまで随伴艦……つまり一緒にいてくれる人たちが頼みの能力なのです。ともに戦ってくれる味方が戦いやすくしてあげるサポートも、大事なのですよ。」

 そう言った後、神奈川第一の神通は神通の肩にそっと手のひらを乗せ微笑んで仲間のもとへと去っていった。

 同じ神通同士、耳に入れてしまうのは野暮と思っていた五十鈴は少し距離を置いていたため内容は耳に入れなかった。そのため神通の側に戻ってきた後すぐに尋ねた。
「何の話だったの?」
「え。ええと……その。同じ神通なので、艤装の使い方とかそのあたりのアドバイスを、いただきました。」
「そう。よかったじゃないの。よその鎮守府の人と知り合いになれて。」
「は、はい……。」
 まだ不確定要素が多いので言う必要もないだろうと思い、神通は能力のことは伏せ、一応の事実のみを口にした。五十鈴は勘ぐることなく頷いて神通に返事をするのだった。


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 その後、神通と五十鈴は指示された海域へと向かうことになった。まずは木更津の木材港を始めとし、君津にある小糸川付近、海岸線に沿って南に下った磯根崎付近、そして浜金谷だ。
 千葉県沿いの目撃事例・連絡体制は千葉各所の海上保安部から鎮守府Aに伝わるようになっているが、協力体制以後は指示系統を神奈川第一鎮守府の秘書艦に一本化していた。そのため西脇提督は受け取った情報を自分の艦娘たちに指示はせず、まずは神奈川第一に提供した。
 改めて神奈川第一の秘書艦~神通を経由して、次の(千葉県の)現場を指示されるという、連絡体制の手間が生じてしまっていたが、現場にいる神通と五十鈴にとってはさほど問題とは感じないどころか、そのあたりの運用の手間があったとは夢にも思わない。

 二人は一箇所が終わったら神奈川第一の神通および秘書艦に連絡し、すぐに次の現場を指示された。それを繰り返して転戦していくうち、千葉県沿いをかなり南下してしまっていた。
 そのことに気がついたのは、時すでに日が落ちかけ、あたりはほのかに朱が薄く混じりはじめていた頃だった。

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 完全に夕方の気配で包まれた海上、南に視線を向けて左手の方角に漁港や内房なぎさラインが小さく臨める海上のとあるポイントにて、次の現場の指示を求めた二人はようやく一息つける指示を聞いた。

「……はい。えぇ、了解致しました。現在は……緯度○○、経度○○の海上です。え、一番近い署が? はい、わかりました。近くの海上保安署に寄ってみます。お疲れ様でした。」
 五十鈴が通信を切る。隣でジッと聞いていた神通は五十鈴の顔を見上げる。すると五十鈴は溜め息を吐いてから説明した。
「どうやら一段落したみたい。これで緊急の任務は終わりだそうよ。現地解散で以後は西脇提督の指示に従うようにって。念のため一番近くの海上保安署に寄って報告しなさいってさ。」
「一番近くって……。」
「木更津の南では館山分室らしいわ。」
「館山……あ!」
 神通がハッと気づいたことは五十鈴もすぐに気づいたことだった。
 皆がいるその場所。新人の訓練を優先してあえて自分が行かなかったイベント事が開催されている町だ。神通は急に鼓動が速くなった気がした。もしかしたら皆に会える。そう思うと、途端に安堵感も倍増、湧き上がる喜の思いでバクバクし始めた心臓を手で抑えて、五十鈴に言う。
「那珂さんたちに、会えるでしょうか?」
「そうね。のんびり移動しながら、提督に聞いてみましょうか。」
 神通は五十鈴の気の抜けた声での提案に、コクリと頷く。
 二人は鋸南町の保田漁港付近にいたため、15ノットで飛ばせば30分ほどで館山に到着できる。夕焼けを背に、すっかり辺りが暗くなった海上の現在位置から南下するため、コアユニットに念じて、主機を再稼働させた。

観艦式:メインプログラム

 館山に来て二日目の朝。那珂は誰よりも早く起き、宿を飛び出して海沿いの歩道を散歩していた。薄手のピンク色のTシャツに下はクリーム色のハーフパンツというラフな格好で海岸を歩くその姿は、周りから見ても艦娘だとは気づかれない、ただの少女だ。
 時計を見るとまだ5時40分。少々早く起きすぎた感もあるが、早朝の館山の築港では漁船側でなにか作業をしている漁師らしき姿がちらほら確認できるため気にならない。

「おはよーございまーす!」

 なんとなく手を振って挨拶をする。漁師たちは顔を上げ、地元民の触れ合いのように気さくに那珂に挨拶し返す。那珂は知らない土地での知らない人との触れ合いが大好きだ。早朝の挨拶をかわすことで、目覚めもスッキリ、この後のお祭りのメインイベントにかける意気込みも高揚感も高まってくる。心はすでに飛び立たんばかりだった。

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 那珂が宿に戻ると、妙高と時雨・不知火が起きてまどろみを楽しんでいた。他のメンツはまだ寝ている。部屋が別のメンツもきっと寝ているだろうと那珂は察した。
 そして朝7時過ぎ。全員起床を済ませ宿の食堂で朝食を取り終えた時、妙高が全員に説明を始めた。

「それでは皆さん、これからの予定をお伝えいたします。那珂さんと五月雨ちゃんはこの後8時半までに基地の本部庁舎に行ってください。観艦式参加メンバーと準備があります。他の皆さんは体験入隊午前の部がありますので、9時半までに本部庁舎に行ってください。理沙、引き続きそちらの引率は任せましたよ。なお、本日は一般参加者もいらっしゃいます。艦娘だけではありませんので、うちの鎮守府や艦娘として恥ずかしくないよう、振る舞ってください。」
「はい、わかりました。」
「「はい!」」
 丁寧に返事をする理沙。それに続く艦娘達は元気よく返事をした。

「那珂さんと五月雨ちゃんは観艦式が終わった後は、渚の駅の桟橋で艦娘との触れ合いコーナーが開かれるそうなので、神奈川第一の方々に従って最後まで行動するように。体験入隊の方々は昼すぎに終わるそうなので、その後は自由行動です。ただし、昨日の今日ということもあり、哨戒任務で支援艦隊として呼ばれる可能性があります。どこにいてもかまいませんが、必ず連絡が取れるようにしておいてください。」

 妙高の説明が終わり、部屋に戻った那珂たちは思い思いにこの日の意気込みを語り合う。先に出る必要がある那珂と五月雨は準備を早々に済ませ、提督代理の妙高とともに宿から出発した。

「それじゃー川内ちゃん、みんな。行ってくるね。」
「頑張ってきま~す!」

「うん。行ってらっしゃい二人とも。あたしたちも体験入隊最後までやりきるよ~。」
「あ~~、さみと那珂さんの観艦式見たいっぽい。」
「そうだね。でも僕たちの体験入隊が終わるのは12時過ぎらしいし。その頃にはもう終わってるよね……。」
「せっかくのさみの勇姿ですもんね。でもテレビか海自で撮影してるでしょきっと。あとでゆっくり見せてもらいましょ。ね?」
 時雨が若干淋しげな目つきになると、隣にいた村雨が肩に手を置いて同じ気持ちを示して励ます。
 最後に不知火が言葉なく、視線だけを那珂と五月雨に合わせ、コクンと頷いて暗にエールを送った。

 宿の敷地を出てなぎさラインをひたすら歩いて数分、那珂たちは館山基地に再び足を踏み入れ、その日の任務を開始することにした。

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 観艦式が行われるのは、渚の駅たてやま側の桟橋沖約100mの海域である。メインの観客席は桟橋だが、館山駅からほど近い北条海岸に特設の会場が設置され、テレビ局や館山市および海自のドローンの撮影により、各所設置のワイドスクリーンで見られるようにもなっている。

 那珂と五月雨が本部庁舎に入り、促されるまま会議室に入ると、そこには昨日ともに練習した神奈川第一鎮守府の艦娘たちが勢揃いしていた。先導艦の霧島や供奉艦らはピシリとしているが、第三列を成す軽巡や駆逐艦たちは朝早くから起きていたためか、時折あくびをしてやや緊張感を崩している。
 那珂たちの姿を見た霧島が声をかけてきた。
「来たわね。うちの提督は別件で海自の幕僚の方々と会議をしているので、この場では私が全体の指揮と統括を行います。え……と、そちらの女性は提督かしら?その制服は妙高型?」
「あ、申し遅れました。私、千葉第二鎮守府の重巡洋艦妙高を担当しております、黒崎妙子と申します。この度はうちの西脇から提督代理を仰せつかっております。」
 妙高が会釈をして挨拶すると霧島も丁寧に返した。一通り挨拶が終わると霧島が観艦式の流れを詳細に説明し始めた。

 テレビ局や各団体の撮影は、自衛隊堤防から始まる。艦娘たちは先導艦から第四列を成す那珂・五月雨まで、速度を6ノットで保って順に前進。桟橋前までの約800mを単縦陣で航行する。その後は先日の練習通り、列を切り替えながらのメインイベントたるプログラムが始まる。終了後は桟橋前に並び、観客や撮影陣に向かって挨拶。その後、フリーパートとなり、決められたチームごとに各自のプログラムを行っていくことになる。
 そして締めの挨拶のため、再び桟橋前に並び本当に終了。その後は撮影や観光客のための触れ合いタイムと称する交流時間。
 ちなみに午後の部では、海上自衛隊主導の護衛艦乗艦体験なども行われる。

 詳しいプログラムを確認し、那珂と五月雨はこれから挑む観艦式に向けて自分を奮い立たせて気合を入れる。
「五月雨ちゃん、これから長丁場だけど、頑張ろーね。」
「はい! 私、絶対ミスしないように頑張っちゃいますから!」
「ミスしないようにとか、あんまり意気込みすぎないほうがいいよ。気楽にね。」
「エヘヘ。はい。」

 那珂たちが二人でしゃべっている周りでは、同じように神奈川第一の艦娘たちが意気込んでいる。各人が各人、この観艦式にかける意気込みで熱意をさらに熱くしている。
 そしてリハーサルの時間が訪れ、那珂たちは自衛隊堤防から海へと飛び出した。

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 本番の海域でやると勘違いされるため、若干北西に移動し、コースを再現して行われた。自衛隊堤防の桟橋に相当するブイから合計14人、一列に揃って単縦陣でメインのポイントまで移動した。
 若干のズレが第三列に残るも、リハーサルはほぼ想定通りにスムーズに事が運ばれた。一連のメインプログラムが終わると、先導艦の霧島は全員を集めて声をかけた。
「うん。オッケーね。これなら問題ないわ。ただ、第三列はほんの少しだけ遅れていたわ。第四列の那珂さんたちにまでタイミングのズレが影響してしまうから、そこ、気をつけてね。」
 霧島から注意を受けた第三列の夕張たちは背筋をピンと伸ばして返事をした。

 その後各チームに分かれてのフリーパートのリハーサルが行われた。那珂がメインで行う、全員を巻き込んだフリーパートプログラムは、フリーパートの最後に配置されていたため、いわゆる大トリだ。しかし内容が内容だけに、リハーサルでは簡単な説明と那珂のアクションのわずかなデモに終始した。

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 本番開始直前、那珂たちは自衛隊堤防から海に降りて並ぶ。村瀬提督や妙高、そして海自の幕僚らは、観艦式挨拶のため、渚の駅の桟橋へと向かっていた。

 しばらくすると、那珂たち北東のあたりから放送音を聞いた。挨拶が始まったのだ。スピーカーが多いため、司会と思われる女性の声がよく聞こえてくる。ほどなくして村瀬提督の声続いて妙高の声が聞こえてきた。
 いよいよ、自分たち艦娘の演技が始まる。胸の鼓動が激しく打ち込まれているのを感じる。大きく深呼吸して息を吐くと、背骨あたりがピリピリする。緊張が高まる。人前でのスピーチや立ち居振る舞いは生徒会長として場馴れしているが、よくよく考えると、こうした公衆の面前での、しかも地方自治体の行事でのそれは初めての経験だ。
 五月雨に気軽に行こうねと言っておきながら、自分がガチガチになってどうする。自分を奮い立たせ、努めて普段の自分を思い描く。
 大丈夫。ヘマはしない。
 ここで、自分が艦娘にかける、そして西脇提督がかけてくれた想いを自分の力に昇華させて演じきってみせる。あたしは、ただの女子高生で終わりたくないし、ただの艦娘としても終わりたくない。
 いつどこにチャンスが転がっているかわからない。だから、毎回全力を尽くす、それだけのことだ。

 艦娘たちの列が動き出した。那珂は直前にいる駆逐艦峯風に続いて、動き出した。

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 先導艦霧島から続く14人の艦娘たちの列は、6ノットのゆっくりとした速力でもって、桟橋前へと向かう。途中放送で、一人ひとりの艦名と所属鎮守府が呼ばれる。
 直前にいた峯風が呼ばれ、所定の位置から離れていった。次は那珂と五月雨だ。

「……続きまして、第四列。千葉第二鎮守府より、軽巡洋艦那珂、駆逐艦五月雨。」
「行くよ、五月雨ちゃん。」
「はい!」

 那珂と五月雨は二人だけの単縦陣で移動する。上空に意識を向けると複数のドローンが飛んでいるのが分かる。自分たちの一挙一動が撮影されている証拠だ。その内の一台が高度を下げ、那珂や五月雨の視線の先に現れた。
 気にはなるが、視線を前方の第三列からそらすわけにはいかない。すでに演技中なのだ。カメラ視線になっていい演技ではない。切り分けをハッキリさせ、那珂は真面目に、しかし若干の笑顔を浮かべる。その様は自信に満ちた艦娘の顔だ。那珂の凛々しい顔をドローンのカメラが撮影し続ける。
 そのうち那珂の視界からドローンが消え、代わりに後ろにいる五月雨を撮影し始めた。五月雨の様子を面と向かって気にするため振り向くわけにはいかない。彼女が演技に集中していることを信じ、那珂はもはや五月雨を気にしない。

 那珂と五月雨は、最初の緊張の谷を抜け、第三列の艦娘らに続く位置に到達した。そこは、桟橋の全長の端だ。自動的に観艦式の司会や村瀬提督ら上長たちからは一番遠い位置になった。しかし話される内容や雰囲気は、かなりの大音量のため問題なく聞こえてくる。
 そのうち、それぞれの艦娘たちの簡単な紹介に入った。最後に妙高が那珂と五月雨について触れる。もちろん自身も艦娘であることと提督のこの日の都合も簡単に説明し、ほとんど新米の鎮守府の立場としての意気込みを語り、司会の女性との会話のキャッチボールをし、桟橋にできあがった会場と観客の雰囲気を賑やかにさせている。
 妙高さんはスピーチも結構出来るんだな……。
 那珂はまた一つ、お艦の一面と魅力を知った気がした。絶対ただの主婦じゃないでしょあの人……と、自身の想像にオチをつけた。


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 桟橋にいる幕僚長の一人が村瀬提督と顔を見合わせ、先導艦の霧島に合図をした。那珂は遠目でそれを確認しただけだが、その意味がすぐにわかった。これから、観艦式のメインプログラムが始まるのだ。
 那珂の想定は正解だった。ほどなくして霧島が前進を始めたからだ。順に前進し、那珂たちも前に合わせて進む。
 一同は数十m進んだ後、順次回頭してUターンした。そのまま自衛隊堤防のある南西に進むが、あるポイントで再び順次回頭し、Uターンする。
 その時点から、ついにメインプログラムが始まった。

 先に先導艦と供奉艦の5人が進み、自身らの方向に向き直して停止した。後は第一列から第四列までが、実際の演技をする。
 霧島が合図をすると、供奉艦の妙高が手を挙げて合図をする。
 神奈川第一鎮守府の妙高。那珂は彼女と挨拶以外の話をしなかった。するタイミングがなかったといえば対面的な聞こえはいいが、実際は、自分と五月雨にとって妙高といえば黒崎妙子が担当している妙高の印象が強く、なんとなく避けてしまっていた。願わくば、一度は話しておきたい。
 そんな願望を考えている時間が終わった。第四列の合図を担当する羽黒が合図をしたからだ。
 那珂と五月雨は第三列の移動した方向、針路を15度つまり北北東に変え第三列のいるラインの後に回り込んで並んだ。数十m前方には第一列、左前方には第二列が並び立っている。すべての列が、単横陣になっていた。

 やがて供奉艦の足柄が手を挙げた。すると第三列の艦娘たちは一斉に主砲を前方にいる第一列めがけて構える。放送でこの後の行動が発表された。そして足柄が手を振り下ろすと、第三列の主砲が一斉に火を吹いた。

ドゥ!
ドドゥ!ドゥ!

 先に何度も見てわかっているとおり、主砲から放たれたエネルギー弾は第一列の艦娘らの間をすりぬけ、はるか北西に向かって飛んでいきやがて見えなくなった。
 次に供奉艦の羽黒が手を挙げる。放送で発表された後、那珂と五月雨は主砲を構える。次は自分たちの番なのだ。
 固唾を呑んで羽黒の指示を待つ。

「放てーー!」
 若干か弱い声が響いた。羽黒の声だ。
 那珂と五月雨は、第三列の三人の間から一斉に砲撃をした。

ドゥ!
ドゥ!!

 那珂たちの砲撃によるエネルギー弾もはるか水平線へと飛び去って見えなくなる。

 その後は第一列の戦艦艦娘たちの番だ。那珂は五月雨にチラリと目配せをする。五月雨の頭がわずかに下に傾いた。つばを飲み込んで喉が震えた仕草だと気づく。五月雨もそうだが、自身もやはりこの後の轟音は何度聞いても震えてしまう。だから自分たちの出番以上に気合を入れて備えておかなければならない。
 供奉艦の妙高が合図を送り、放送ののち手を振り下ろす。戦艦艦娘たちはその口径の大きな主砲パーツから、恐るべき爆音を響かせて砲撃を行った。

ズドゴアアァァーーー!
ズドオォォォ!!

 那珂たちは集音調整用の耳栓をしているが、それでも脳に響いてくる轟音。雷のような爆音。当の艦娘が頭と耳をくらませる有様ならば、那珂たちから数十m離れた桟橋にいる観客たちは一層、轟音に仰天してしまうのは明らかだった。

 戦艦艦娘のエネルギー弾は那珂たちの上空をあっという間に越え、内陸に向けて飛んでいった。角度を高くし出力を調整してあるため、その砲撃が着弾するのは4km先の山中だ。いくら対深海棲艦のエネルギー弾による砲撃とはいえ、普通に地上の生物を消し飛ばせるし、鉄板など軽くぶち抜くどころが溶かし尽くす。安全面を考慮した結果、問題なさそうな山中に落ちるように綿密に計算されていた。

 その後、第一列と第三列・第四列同士の疑似砲撃戦が始まった。わざと外す撃ち合いが続き、観客をヒヤヒヤさせたり、胸熱く心躍らせる時間が続いた。
 まさに本物の軍艦同士の砲撃戦のごときそれに、会場の熱は高まりに高まっていた。

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 そして次に供奉艦の那智が合図を送った。放送では、第一列・第三列・第四列とは異なる説明が挟まれる。第二列を成すのは空母艦娘であるためだ。
 那智が手を振り下ろすと早速二人の空母艦娘が動作に入る。第二列を構成する空母赤城と加賀を担当する女性たちは思い切り引いた弦を離し、矢を射った。風を切り裂く鋭い音がしてあっという間に高空へと飛んで見えなくなっていく。

 普通の矢であればそのまま海上に落ちるところだが、艦娘が放つそれは実際は矢の形をした高性能ドローンである。那珂たちは何度もそれを見ているためもはや驚かなくなったが、観客は違った。
 射られて飛んでいった矢がホログラムを纏ってまるで戦闘機のようになって戻ってきたことに、観客は先刻の砲撃戦以上に声を上げ限界かと思われていた熱をさらに高める。
 戦闘機・爆撃機となった矢は桟橋の上空を含めた付近一帯を自在に飛び回り、そして本来の目的を果たすために艦娘たちの上に戻ってきた。
 そして機体の中央から下向きにチカチカと光が弾けたように誰もが見えた。

バババババババ!!
バシャバシャバシャ!

シューー……
バッシャーーーン!!

 機銃のごとく高速のエネルギー弾の射撃、そして爆撃に見立てた質量の大きなエネルギー弾の投下。それらが第一列から第三列・第四列の間の海上に水しぶきを立て、水柱の林を作り出す。観客からは艦娘たちの姿が見えなくなるほどだ。
 やがてホログラムがかなり薄まった戦闘機、爆撃機は空母艦娘たちに引き寄せられるように宙を舞ってゆっくりと移動し、高度を下げて彼女らの手のひらに収まった。手の上に乗ったその形は、完全に矢に戻っていた。
 観客には、彼女らの上に移動してきたドローンがズームを繰り返して撮影した映像が目に飛び込んでいた。

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 空母艦娘たちの演技が一段落すると再び放送があり、次のシーンのアクションが指示された。第一列が単横陣から単縦陣に陣形変換する。供奉艦の目の前に移動すると、主機の推進力を使わずその場で方向転換をして再び単横陣になった。
 続く第二列は単横陣のまま、まっすぐ前進し、第一列とは一定の距離を開けて停まった。第三列は一旦先導艦の方とは逆方向に単縦陣で進み、第二列と間隔を開けて陣形変換し、同じように単横陣に戻って停まる。最後に那珂と五月雨の第四列も移動を始めた。五月雨が先頭となり、単縦陣で進み、第三列の十数m後まで移動し、陣形変換して単横陣になって停止した。
 これですべての列が、単横陣になって先導艦に向かって整列した形になった。

 先導艦が先頭で合図すると、供奉艦の妙高が上空に向けて砲撃した。すると第一列の戦艦艦娘たちが同じく上空に向けて砲撃する。今度は祝砲目的のため、実弾ではなく空砲だ。それでも戦艦の大口径の主砲パーツから放たれる音は、耳をつんざかんばかりの轟音なのは変わらない。
 続いて第二列の空母艦娘が今度は艦載機ではなく、機銃パーツで空砲として撃ち出す。
 第三列も続き、最後に那珂たち第四列が撃つ番になった。

 那珂は五月雨と一瞬顔を見合わせ、コクリと頷いた。そんな刹那の後、上空にそれぞれの主砲を掲げ、そしてトリガースイッチを力強く押した。

パパーン!!
ドーン!

 那珂は確かに空砲を撃った。しかしその後の音は明らかな実弾である。那珂はもちろん観客の全員が、最後に放たれた実弾たるエネルギー弾がはるか遠くに向かって放物線を描いて飛んでいき見えなくなったのを目の当たりにした。空砲による祝砲とプログラムが記載されたパンフレットに書かれているのを皆知っていたため、ほどなくしてざわつき始める。
 まさかと思い那珂は左に視線を移すと、五月雨がプルプルと震えて見るからに泣きそうなオーラを醸し出していた。
 これはまずいと瞬時に察し、那珂は密かに通信を霧島にした。

「霧島さん、ゴメンなさい。うちの五月雨が間違えて実弾を撃ってしまいました。フォローお願いできますか。」
「……了解よ。」

 そして那珂は小声で五月雨にひそりと告げた。
「五月雨ちゃん。大丈夫だよ。ダイジョーブ。」
 五月雨からは“う”が弱々しく連続する唸りのような泣き声が、隙間風のように響き渡って止まらない。
 十数秒後、桟橋の海上にいた幕僚長の一人から説明と合図がなされた。

「え~、最後尾からの実弾で終いの合図がありましたので、最後に、先導艦が応答のため、実弾で撃ち返します。」

 その直後、先導艦の霧島が自身の主砲パーツを構え、豪快に発射した。

ズドゴアァァー!!

 アドリブのため、湾内に落ちるよう急いで調整された結果、800m先の海上に着水して水柱が立ち上がった。
 本来事前にインプットすべき距離計算結果がないための処置である。

 桟橋に作られた会場にいる観客、そして駅に近い浜辺の特設会場で見ていた観客は、そこまでが綿密に練られたプログラムと捉え、大喝采を送る。そのざわめきと熱気は那珂たちの列にも聞こえてくるほどだった。
 それを確認して、那珂は五月雨の方を向き、説明代わりのウィンクを送る。すると五月雨は片目を指で拭い、コクリと頷いて泣き顔を拭い笑顔を取り戻した。

観艦式:フリーパート

観艦式:フリーパート

 観艦式のメインプログラムがすべて終わった。那珂たちは先導艦霧島を先頭に単縦陣で並び直し、大きくOの字を描いて会場たる桟橋の数m先に並んだ。観艦式が始まる前とまったく同じ列を成した。

「それでは続きまして……」

 放送で次のプログラムの指示が発表された。いよいよ、フリーパートに移るのだ。予め決めておいたチームごとに分かれ、順番に演技をしていく。
 演技をする以外の艦娘たちは、桟橋の側で待つ。つまり、待機中は、観客と同じような立ち位置で他のチームの演技を見学する形になる。

 那珂たちはさっそく桟橋ギリギリに迫り、方向転換して停止した。ちょうど単横陣になった。
 放送で最初に神奈川第一鎮守府の全員でと案内があり、那珂達以外は全員動き出した。取り残された那珂と五月雨は背後にいる大勢の存在にやや恥ずかしさを感じたが、努めて背後は気にしないことにした。会場にいる上層部的にもその姿勢が求められていたからだ。
 とはいえ、若干移動することは許されていたので、那珂はそうっと五月雨に近寄った。二人隣り合って立ち並ぶ形になる。顔を見合わせた後、視線は前方に向いた。

--

 目の前で展開されるのは、神奈川第一鎮守府の艦娘たちによる、主砲や副砲、機銃、魚雷など、一通りの兵装を使ったデモだった。本物の護衛艦のそれらとはスケールが明らかに小さいが、それでも単なる少女・女性たちが海の上に立ち、本物さながらにする砲雷撃は、遠目でよく見えなかろうが放つ人物が護衛艦よりはるかに小さかろうが、迫力は見劣りしないものとして観客に受け入れられた。

 那珂たちにとっては他鎮守府の艦娘の動きであっても、日常の光景であるため感動こそしないが参考にはなる。
 那珂が眼前の後継をボーっと眺めていると肩をチョンチョンと突かれた。振り向くと、五月雨が小声で話しかけてきた。
「あの……那珂さん。ありがとうございます。」
「ん? いいっていいって。」
「う~~。でもどうしてああなったんですか?私てっきり演技が中断されちゃうかと。」
「ま~いいんでない? みんな機転が聞く人たちだったってことで。結果オーライオーライ。」
 那珂の口ぶりに釈然としない五月雨。この先聞いても、多分はぐらかされるとわかっていたので、あえて聞くのを止めたが、五月雨は那珂が何かしてくれて、その結果会場でああいう指示があってみんな対応してくれたのだろう。
 現実の正解を察していたし、那珂を信じていた。
 五月雨は再び「ありがとうございます。」と、最小の声量で囁くと、神奈川第一の艦娘たちの演技に視線を戻した。

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 その後、戦艦艦娘の演技、空母艦娘の艦載機の演技、その他いくつかが行われた。さすがに人数も準備期間も多かった神奈川第一鎮守府の艦娘たちの演技は、メインプログラム以上に観客を楽しませるとともに、艦娘の力を誇示する結果になった。
 そして最後のパートになった。ついに那珂が主導で演技をする番である。しかも大トリである。那珂は神奈川第一の艦娘たちが戻ってくる前に、両手で頬を軽く叩いて気合を入れる。
 パンッ、という乾いた音が響いたので五月雨が那珂のほうを向く。
「ついに、この時ですよぉ~、五月雨ちゃん。」
「はい!」
「事前に打ち合わせしたとおり、全力でね。」
「わかりました。私は神奈川第一の夕張さんや太刀風さんたちと一緒に攻撃すればいいんですよね?」
 那珂は五月雨の確認に、言葉なくコクリと頷いた。


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 前日のフリーパート練習時、那珂の提案した演技に、霧島たちは何度もネガティブな反応を返した。そんな動きできない、追いつけない、などと渋る様子を見せて、最終的には理解はしたが実際にはできない結論づけて那珂に苦言を呈したのだ。

 練習時間があまりないことを危惧し、那珂が代案として持ちかけたのは、自分を深海棲艦に見立てた模擬戦だった。事前に観艦式の意義を聞いて、那珂は自分を主役として見せるのは諦めた。あくまで霧島ら大手鎮守府の艦娘が組む艦隊を主役にし、自分は主役を引き立てる敵に徹する。その上で、この観艦式を目にする全員に印象づける方針に切り替えた。
 実際の戦闘もどきであれば演技など気にせず、全員が全員本気でやれると踏んだ那珂の提案は、霧島から提案された模擬戦で実力を評価され晴れて受け入れられた。とはいえすべてアドリブだけというのも間を調整するのが難しいため、最低限、那珂にやられる担当、那珂に攻撃を当てる担当を事前に決めた、いわゆる八百長だ。

 どう動くかは基本的に自由だが、攻撃担当がどのタイミングでヒットさせるかまで自由だとさすがにタイミングが掴めなくなる。
 攻撃のタイミングは霧島が機銃パーツを真上に向けて撃ち出すこととなった。それを合図に実際に当てること。ただし那珂は一人で他人数を相手にする関係上、その制限は受けず自由に攻撃可能となった。
 そうして那珂が5回被弾したところで、霧島が勝利宣言をし、模擬戦は終了となる。

 那珂が(バリア越しであっても)ヒットさせていいのは、重巡洋艦足柄、羽黒、空母赤城、戦艦榛名、軽巡洋艦夕張、そして駆逐艦峯風である。
 一方で那珂に実際にヒットさせていいのは、重巡洋艦那智、羽黒、戦艦榛名そして駆逐艦全員だ。
 それ以外の艦娘やタイミングは、ギリギリで外すか牽制程度に足元に当てる程度であとは自由と定めた。

陣形: 南西 ← → 北東
霧島      妙高
             羽黒 太刀風
  陸奥 加賀 赤城 榛名   峯風  夕張    vs    那珂
             足柄 五月雨
        那智
※旗艦は赤城。霧島は審判・進行役

 戦況が異なれど勝敗があらかじめ決まっている模擬戦の練習だったが、最後の方となると、艦娘としての血が騒いだのか、ルール無視ギリギリの接戦もあり、終わると全員満足げに汗を拭って感想を言い合っていた。

 一人で13人を相手にする那珂の行動は、那珂自身もこれほどまでに動けるのかと驚くほどだったが、対する霧島たちの驚き様はさらに数倍上だった。
 この小娘は口だけじゃない。
 もはや霧島たちは、目の前にいる軽巡洋艦の少女を、ただの艦娘とは思わないことにした。このにこやかな笑顔と軽い雰囲気でもって重巡羽黒や那智、空母加賀や赤城を速攻で捕らえて撃破(判定)したこの少女は、本気で一人でも多人数を相手にできる。
 被弾させる担当や勝敗が定められた模擬戦だからまだマシだが、最低限のルールがなければ、勝敗はどう転ぶかわからない、誰もが痛感していた。
 深海棲艦の新種か何かと思い込んだほうがマシ・何か恐ろしいものを持っているのでは。というのが、神奈川第一の艦娘たちの共通の意見だった。

 一方の那珂は、霧島たちを強力な深海棲艦の集団と捉えることにした。
 化物風情が実際の艦隊のようにチーム編成を組むとは思えないが、知能はイルカ以上人間並に良いと聞いている。そのため、万が一あり得ると考えてシミュレーションするほうが、今後のためだ。そう思うことにした。

 短い時間にどうにか納得できる数の練習を重ねた14人は、大トリであるこの模擬戦に、全力を尽くす覚悟ができていた。それと同時に、一同の体力や集中力、緊張感がそろそろ限界に近かった。

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 那珂の目前に迫るは13人の艦娘。艦娘の推奨チーム構成は6人だが、それを越えるため、いわゆる連合艦隊と内々で称される、複合チーム構成が臨時で結成された。
 ペイント弾用の弾薬エネルギーに入れ替えている時間がないため、実弾とバリアをフル活用することになった。バリアで弾いた流れ弾が会場に飛び込むと危ないため、戦場と会場は約100m開いている。

 那珂は一つだけ言っていないことを思い出した。
 その時、放送で指示が出た。動き出す前、向かい合う距離およそ100m、那珂は密かに通信で霧島に伝えた。
「霧島さん。一つ、言い忘れたことがあります。」
「何かしら? もう開始よ。」
「実はあたし……同調率が98%あるんです。」
「へっ!? 98%!? それほんとうn
「あたしに98%の本気、出させてくださいね~!」
「あなたもしかして改二!? ちょっと……!?」
 那珂が言うだけ言って通信を一方的に切断したため、霧島たちはそれ以上は那珂から聞き出せなかった。
 那珂は満面の笑みで、左腕に装着した機銃3基、単装砲1基を顔の前で横一文字に構え、姿勢をやや低くしてゆっくりと前進し始めた。

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 最初に主砲が火を吹いたのは、夕張たち先頭の軽巡・駆逐艦たち4人だった。

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 牽制がてらに4人の主砲から放たれるエネルギー弾を那珂は軽やかな蛇行でかわす。その速力のまま、自身の2時つまり北西に針路を向け、神奈川第一の連合艦隊の左舷に回り込み、そのまま次は羽黒と対峙する。

 那珂が撃つフリをして主砲を構えると、羽黒も負けじと構える。那珂は本当に撃つつもりは毛頭なかったが、相手の羽黒は過剰に反応したのか、10mの至近距離で砲撃してきた。

ズドォ!!

「うわっと! あっぶな~~。さすがに重巡の主砲は迫力違うなぁ~」

 那珂は海面スレスレまで身を思い切り低くして避ける。速力を若干あげて連合艦隊に反航して進む。那珂も、霧島から旗艦を任された赤城も、随伴艦らにまだ砲撃の応酬をさせる気はない。那珂はそのまま連合艦隊の最後尾まで回り込み、そのままぐるりと連合艦隊に沿って回頭し、同航する。

 連合艦隊の右翼を務める重巡の二人が見え、そしてその先にいる五月雨と同じ列でしばらく並走する。
 その時、後方から機銃の音が聞こえた。

バババ

 霧島が合図をしたのだ。以降、攻撃担当の誰かが那珂に実際に当てることができる。
 那珂に一番近い足柄が、前方にいる五月雨に合図を送って促した。それを受けて五月雨は右手の端子に付けた連装砲を那珂のいる3時の方向に構えて狙いをすまし、トリガースイッチを押し込む。

ドドゥ!

バチン!

 那珂は左肩に付けたバリアを事前に弱め、肩付近の制服で五月雨の砲撃を受けた。エネルギー弾は制服の特殊加工によって四散する。
「くっ~……五月雨ちゃんの一撃いってぇ~~。」
「ご、ゴメンなさ~い!」

 一撃食らわしてきた五月雨が一言謝ってきたので、那珂は手をブンブンと振って返事としひとまず距離を開けた。

((さーて、この本番ではどうしようっかなぁ~。霧島さんの合図が出る前に、もう一周しつつ誰か狙いたいなぁ~。))

 連合艦隊はゆっくりと左に舵を取り、コンパス0度つまり真北から315度、270度、225度つまり南西と、反時計回りにゆっくりと、しかし機敏に順次回頭している。那珂は連合艦隊の右舷と距離を開けてそれに追随する。
 連合艦隊が南西に向き終わると、機銃の射撃があった。また誰かから攻撃が来る。那珂は覚悟した。

 そのまま攻撃を受けても良いが、それでは面白くない。
 避けてはダメとは決めていないし、かつ自分は攻撃をいつ当てても構わない。有利に思えるが、裏がある。ルール決めの際の霧島たちの考えでは、那珂を意思疎通が不可能で、どう行動するかわからない深海棲艦に見立てているのであろう。那珂自身相手をそう思い込むことにしていたので、容易に察しがついていた。
 そっちもその気なら、どうせ自分の負けが確定しているのなら、あたしだってそのルールを存分に活用してやる。
 ただ、観艦式という建前上、深海棲艦と見立てた自分が暴れまわり、霧島が艦娘たちが苦戦する様を観客の目に焼き付けてしまうことは、上の人間的にもまずいだろうとはなんとなくわかっている。だから、自分のやりたい動きで思う存分暴れて艦娘の能力の可能性もとい自分の可能性を探りつつ、霧島たちに華を持たせる。
 その両立をしなければならない。

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 考えながら、那珂は速力を上げ、先頭にいる夕張に追いつき追い越し、そのまま横切る素振りを見せる。

 再び夕張と3人の駆逐艦による牽制のための砲撃が那珂に襲いかかる。

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 那珂はジグザク航行、続けて身を思い切りかがめての低空ジャンプでその砲撃の雨を避ける。避けきった後は、太刀風の真横に来ていた。そこですかさず那珂は右手の主砲パーツを目前に寄せて構え、撃ちだした。

ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 那珂の視線は太刀風に鋭い眼光を持って向けられたまま、太刀風の後ろにいる羽黒にすべての砲身が向けられていた。結果として那珂の砲撃を食らい、思い切り被弾したのは羽黒となった。

「きゃああ!!」

 羽黒の驚きを伴った悲壮的な悲鳴が響く。いくらなんでも過剰に反応しすぎだろうと、那珂が思う以上の驚き様だった。実際には出力弱めの連続砲撃がバリアで弾かれていていただけで、普通に訓練した艦娘なら大して驚かない水準のものだ。
 あんた以前会った時からどんだけ経験したってのさ……と那珂は心の中で謗言を吐いた。そしてすぐに意識を羽黒の後ろにいる榛名と赤城に向け、姿勢を低くしてダッシュして迫った。

ドドゥ!

バチバチ!

ドンッ!!

「きゃっ! 痛っ!?」

 悲鳴を上げたのは榛名でも赤城でもなく、攻撃しようと迫った那珂だった。
 那珂は、突然右真横からタックルされ、その衝撃で後ろに吹っ飛ばされていたのだ。慌てて足の主機を海面、後方に向け、ブレーキを効かせてそれ以上の後退りを防ぐ。艤装と同調して腕力や脚力が強くなっているとは言え、単なるタックルではないことはすぐにわかった。衝撃は強かったが、身体のどこにも打ち身や捻挫的な傷害は感じられないからだ。
 那珂が目を丸くして衝撃のあった方向を見ると、そこには神奈川第一の妙高が榛名と赤城を庇うように立っていた。

「練習ではあなたの実力を測るために黙って見過ごしていました。本気でスポーツに携わって精進している私から言わせていただくと、あなたはただがむしゃらに暴れて万能を演じている小娘にしか見えません。」
 距離があるのにもかかわらず、圧倒される威圧感。彼女の身体は屈強だった。自分たちのお艦たる妙高と雰囲気は似ていると思い込んでいたが、実際は体格や放つオーラがまるで異なる存在。
 那珂はカチンときた。かなりイラッと瞬間的に頭に血が上っていたが、ゴクリとツバを飲み込んで僅かに冷静さを取り戻し、喉を震わせて言葉をひねり出して返した。

「妙高さん、でしたっけ? 今のすんげぇ~効きましたよ。何したんですか?」
 那珂のドスを効かせた声を一切気にせず妙高は答えた。
「タックルですよ。私、社会人ラグビーしているもので。」
「ラグビー!? 選手がしろーと相手にタックルなんてしていいんですか!?」
 わざとらしく仰天の表情を作って那珂が訴えかけると、妙高は鼻で笑って言い返した。
「なんでも、艦娘ってこの機械で、相当に身体能力が高まるそうじゃないですか。だからこそやれるんですよ。意外と駆逐艦や軽巡の娘たちも、私のタックル相手に本気出して立ち向かってきてくれるので、よい訓練だって言っていただけてます。それに私は射撃など細かい作業が苦手ですから、その分、私の得意分野のスポーツを取り入れて深海棲艦と戦うことにしているんです。それは、演習などで艦娘と戦うときも例外ではありません。」
 那珂は朗らか笑顔で恐ろしげな事を口にする妙高を目の当たりにして、身震いがした。しかし恐怖などのせいではない。

 いつのまにか連合艦隊は前進をやめ、全員那珂の方を向いていた。さきほどの着弾・被弾指示がまだ生きているから、誰が本当に当てに来るかまだ心構えをしていなくてはいけない。
 そして目の前には、その人となりの一部をついに知ることができた神奈川第一鎮守府の妙高が、身をかがめて海面に握りこぶしを当てて構えている。

「那珂さんでしたよね。榛名と赤城さんには、弾一発も通しません。」
 まるで巨大な壁のように立ちはだかる妙高に、那珂は満面の笑みを浮かべた。それを見て妙高が怪訝な顔をする。
「……何がおかしいのですか?」
「あ~いえいえ、別に妙高さんを笑ったわけじゃないですよ。自分の境遇がおかしくって。あたしの可能性を試すシチュができたので、とっても嬉しいんです。……ぶっちゃけ、戦車みたいなあなたと真っ向から勝負する気は……ありませんから!」

 言い終わるが早いか、那珂はクラウチングスタートの姿勢のまま、足の艤装、主機に念じて思い切りロケットスタートをした。それを目の当たりにして妙高は自身のラグビーのポジションのためなのか、独特の構えを深める。そして那珂同様、主機に念じ足元に激しい水しぶきを巻き上げながら突進した。
 二人がまさにぶつからんというタイミング1秒前で、那珂は海面を蹴り、進む方向を正面45度の宙へと向けた。向かいの妙高が直後に見たのは、那珂の足の艤装の一部のパーツだった。突進の勢いを殺せず、妙高はしばらく前進した後ようやくカーブして方向転換した。
 艦娘全員+会場の全員が目の当たりにしたのは、宙を舞う・飛ぶというよりも、空を矢のように空気を切り裂いて飛ぶ那珂の姿だった。


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 那珂は連合艦隊の上を通る直前に両腕の全砲門を真下に向け、両手のトリガースイッチを押した。

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!
ガガガガガガガガ!!

「きゃあーー!」
「きゃっ!」
「くっ……!?」

 連合艦隊の第二列を成す榛名たちは突然の上空からの砲撃・射撃の雨に慌てふためいて隊列を大幅に崩す。
 那珂はそれをじっくり確認することなく、連合艦隊から15mほど離れた海上に着水した。連合艦隊の左舷から右舷に移った形になった。
 そして那珂が連合艦隊の方に振り向くと、目の前にエネルギー弾が飛び込んできた。

バチッ!

「きゃ!!」

 それは、那智の撃ち放ったものだった。顔に当たらないよう急いで左手を突き出す。その手のカバーでかき消したが、その衝撃が左手に伝わって那珂を後退りさせた。と同時に、エネルギー弾の熱でグローブカバーのスイッチ類のあるバンドが焼け焦げ、ブツンと切れる。
 那珂は正面に目を向ける。すると那智は一切表情を変えずに同じ姿勢のまま再び放ってきた。

ズドォォ!!

 駆逐艦や軽巡洋艦の装備する主砲パーツよりも規格が大きく出力があるその単装砲から撃ち出されるエネルギー弾は、想像よりも早く那珂に迫ってきた。那珂は身体を後方に回転させながら右足の主機だけに注力して推進力を高めてダッシュする。結果として那珂は舞うように回転しながら真横に飛んで被弾を避けた。

 その時、三度霧島の機銃が音を鳴らした。短い射撃の後、さらに機銃がバババと空気を切り裂いて上空へ撃ち込まれる。
 これで那珂は二回は攻撃を受けなければならない。ヒットを伴う攻撃担当が果たして誰と誰になるかわからない。
 正義の艦娘側に有利を演じさせてあげるか。
 那珂はそう判断し、針路を前方から11時の方向に向ける。そこには駆逐艦3人と軽巡洋艦夕張が待ち構えていた。
 那珂は弧を描いて4人の前を通り過ぎる際、身をギリギリまで傾けてレーシングカーばりにドリフトを決める。自身の右側に水しぶきがカーテンとなって激しく舞い上がる。自然と那珂のスピードは次のダッシュのために遅くなる。
 その時、榛名が合図を出した。
「てーー!」

ズドォ!!
ドゥ!
ドドゥ!ドゥ!
ドゥ!

 攻撃担当外である足柄を除く第一列の全員が一斉に那珂に向かって砲撃を浴びせてきた。
 溜めているためにスピードを瞬発的に出せない那珂は、その砲撃の幕を食らう。

バチバチ!バチ!

 那珂のバリアが甲高い音を立てて連続して弾き、かき消す。那珂の周囲にはかき消した際に発生した煙がモクモクと立ち込め、彼女の姿を見えなくさせる。
 さすがに5回分を通り越すだけのヒットをしたと判断した霧島は、煙が散ってようやく姿を見せた那珂の×を描くその手の動きを見て、認識が合ったとして宣言代わりの空砲を鳴らした。

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パーン!

 その音と密かに通信で報告を受けた村瀬提督と鎮守府Aの妙高、そして海自の幕僚長たちは、会場に向かって宣言した。

「そこまで!」
「深海棲艦役の艦娘が轟沈判定を掲げたので、模擬戦は艦娘の連合艦隊の勝利となります。」
 そう幕僚長の一人が高らかに宣言すると、司会の女性が進行を引き継いで喋って放送した。
 会場からは、歓声と拍手が大合唱して鳴り止まない。その音は那珂たちがいる、会場から100m離れた海上からも普通に聞こえてくるほどだった。

 霧島が誰よりも先に動いて艦隊の前列の先に出る。那珂はその姿を目に写し込んだ。中腰になって肩で息をしていたため、霧島から差し伸べられた手は掴みやすかった。そうっと掴み、姿勢を元に戻す。

「ご苦労様。」
「エヘヘ~ちょっと物足りないですけど、こんだけやっとけば十分ですよね?」
「えぇ。見てご覧なさい。聞いてご覧なさい。会場のあの熱気。あれが、最後まで演じきった私達に対する世間の評価よ。」
「はい。」

 那珂と霧島の周りには、他の艦娘たちも集まってきていた。すぐに駆け寄ってきたのは五月雨だった。
「那珂さ~~ん!」
 ガバッと音を立てるかのように五月雨は那珂に抱きついてきた。普段は自分から行くだけに、逆をされて那珂は本気照れしつつも五月雨に声を掛けた。
「あ、アハハ~。五月雨ちゃんってば。みんなの前で照れるよ~? お姉さん本気で惚れてまうやろ~~!」
 さすがにスリスリするのはやめて五月雨を引き剥がした後、肩をポンポンと叩くのみにしておいた。五月雨も那珂のその引き具合を察して、自ら身を引いて離れた。

「模擬戦の演技は終わりよ。みんな、並んで。また会場前に行くわよ。」
「はい!!」

 霧島の合図で全員単横陣に並び直し、そのまままっすぐ前進して会場傍の海上で停止した。
 会場からはさらに拍手と歓声が鳴り響く。司会からこの後のプログラムが説明される。那珂たちは疲れも同調を維持するのもそろそろ限界に近かったが、もう一踏ん張りすることにした。

祭りの裏

祭りの裏

 那珂と五月雨が先に出てしばらく経った頃、川内たちも宿を後にして館山基地へと向かった。体験入隊のプログラムが残っているためだ。
 川内たちが基地の敷地に入ると、やけに人や車が多いことに気づいた。
「な~んかえらく人多くない?海自の人じゃないよね?」
「パンフレットによりますと、体験入隊以外にも今日は一般開放されているみたいですよ。ヘリコプターとかに試乗できるそうです。……できるそう、です。」
「……なぜに二回言ったのさ時雨ちゃん?」
 真顔になって川内がすかさずツッコむと、時雨は頬を赤らめて口をつぐんでしまった。代わりに村雨が説明を代行した。
「だってぇ~~、ねぇ? 時雨はヘリコプターとかそのたぐいの乗り物好きですものね~~?」
「う……ますみちゃん。あまり大きな声で言わなくていいよ……。」

 珍しく恥ずかしがる時雨をネタに、川内たちは茶化し茶化されワイワイお喋りしながら体験入隊の集合場所へと向かった。

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 その後川内たちは、再び神奈川第一鎮守府から体験入隊に参加する艦娘たちと顔を合わせ、この日のメニューに臨んだ。
 さすがに一般参加者もいるとなると、この日のメニューは、前日よりも専門性が薄れた、難度が柔らかめの基本的な内容だった。整列・行進の訓練から始まり、隊内見学、体育、ロープ結束などの、道具のメンテナンスの訓練などだ。そのため前日はただの引率として見学だった理沙も、この日は一般参加者にまじって体験入隊に本格的に参加して、知識と経験を艦娘達と共有した。
 艦娘たちは午前で終わるため、隊内見学が終わると一般参加者から離れて隊列を組み、別の海尉から訓練終了の挨拶が述べられた。
「これで艦娘の皆様の体験入隊の全課程を終了いたします。皆さん、お疲れ様でした。ここで学んだことが、今後の皆さんの活動に活かせれば幸いです。海を守る同じ立場の者同士、頑張りましょう。」
「はい!!」
 神奈川第一の艦娘たち、川内たちは声を揃えて引き締まって威勢のよい返事をした。

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 挨拶が終わり、解散となって隊員に連れられて一旦本部庁舎へ戻ってきた。神奈川第一の艦娘たちは引率の鹿島に連れられ、すでに移動を始めていた。彼女たちが外に出て、室内から見えなくなっても川内たちはまだ庁舎のロビーの一角に残っていた。

 川内たちは、この後どうするかを集まって話していた。
「終わった。さて、どうしようか?」
 川内が口火を切ると、いつものパターンで夕立が一声挙げる。
「那珂さんとさみの観艦式見に行きたいっぽい!!」
「いいわね~。でも……。」
「うん。時間的にもう終わってるよね。海自の隊員さんに状況聞けないかな?」
「あ、そ、それじゃあ先生が聞いてきてあげます。」

 村雨も時雨も親友の案に乗りかかるが、時間を確認すると状況が容易に想像できたので、実際乗るかどうか一歩踏みとどまっていた。誰かに聞こうにも尻込みしてしまう。学年的にも各々の性格的にも自分たちのテリトリーたる鎮守府外だと、積極的になれないメンツが揃っているためだ。それでなくとも海上自衛隊とは基本的に関係ない本来の立場の少女たちなのだ。
 そんなとき、唯一の大人でしかも教師と職業艦娘という2つの泊がついている理沙が名乗りを上げたことで、艦娘たち少女は安心と信頼感を存分に理沙に直撃させ、期待して結果を待つことにした。

 時折通り過ぎる隊員らしき人の視線が痛く感じるが、頼もしい大人が聞いてくれているので安心できる。川内は理沙のことを特段良くも悪くも思っていなかったが、こういう交渉事をするときいてよかった、と初めて意識するのだった。

「あ、あの……私達、千葉第二鎮守府の者なんですけれど……。」
「え?」

 数人の隊員が通り過ぎたが理沙はその大半に話しかけずやり過ごしていた。そしてようやく一人の隊員に話しかけることに成功した。
 頼もしいはずが、なんだか弱々しく危なげだ。

「あー。先生、割りと男性苦手だったの思い出したわぁ。」
 そう明かしたのは村雨だ。
「そういえばそうだったね。」と時雨。
「えっ!?んなアホな……。」
 村雨と時雨のかなり他人事のような言い方とその内容に川内は呆気にとられてすぐさま理沙を見直す。すると、傍から見てもアタフタとしている様を目の当たりにしてしまった。
 そして今まで対して関わってこなかったから理沙に対して艦娘制度と今回今現在の状況を詳しく説明していなかったことを川内は思い出した。

 仕方ない。一緒に聞いてやるか。

 川内は小走りで理沙に駆け寄り、顔を赤らめて必死に説明しようとしどろもどろになっている理沙と話しかけられた男性隊員の間に割って入った。

「すみませ~ん。連れがちょっとご迷惑かけてます~。」
「せ、川内さん……?」
 理沙がホッとする。先程の二人の関係と態度は完全に逆転した。
「ちょっとぉ~、お聞きしたいんですけれど、いいですか?」

 一人ないし自分ら学生だけだったら、こうして赤の他人に話しかけるなんてしないだろう。しかし今はこうして(しどろもどろになっているが)大人がいる。保護者がいる。
 それゆえ川内は自分でも驚くほどスムーズに(と自分では思っている)他人に話しかけていた。しかも普段は自分のキャラではない若干の猫なで声で可愛さアピールモードでだ。
 対する話しかけられた海自の男性隊員は、美女+美少女に話しかけれて内心心臓バクバクもんの脳内ファンファーレ状態だった。しかし歴戦とはまではいかないが経験を積んだ海上自衛官の一人として、女性にアタフタする様は晒せないと心に誓ったのか、努めて冷静に応対していた。

 相手の心境なぞ察する余裕がない理沙と、察することが苦手で鈍感だが無意識につついてしまう川内のWコンビと海自隊員の暗なる攻防。傍から見ると何気ないただの会話の光景だが、その気配を敏感に感じ取って密かに享受していたのは村雨だけだった。

 結局川内が聞き直した。隊員に手を振ってお別れを言い、理沙とともに駆逐艦組の元へと戻ってきた。
「す、すみません。すみません川内さん。情けない先生で……。」
「い、いや。別にいいっすよ。赤の他人と話すのあたしだって苦手だし、先生がああなるのもなんとなくわかりますよ。」
「うぅ……すみません。」
 ひたすらしょげて謝る理沙に、若干苛立ちを覚える川内。
((一番最初の頃のさっちゃんがこんな感じだったっけな~。あの頃のさっちゃんが懐かしいわ。))
などと場違いな感想を頭の片隅で抱くのだった。

 聞いたところによると、観艦式のメインプログラムは大盛況のうちに終了。今は昼休憩という。哨戒任務組は引き続き任務中で、残りの神奈川第一の艦娘らは基地内で待機になっているという。
 結局間に合うことはないと理解した川内は願望の赴くままの提案を述べた。
「と、特に急を要する用事はもうなさそうと考えていいんでしょうね。」と理沙。
「そうっすね。そういうことなら安心して羽根を伸ばそう。よし。まずは明石さんに会いに行こー!」
「なんで明石さんなんですかぁ?」
 村雨がツッコむと、まったく川内は意に介さず言い返す。
「だってあの人いっつも裏方でかわいそうじゃん。遊びにいくなら一緒にさ。」
「あ、なーるほど。それなら賛成ですぅ。」
「わーい、明石さんも一緒に~っぽい!」
 川内が意図を説明するとそれならばと村雨も夕立も乗る。時雨と不知火そして理沙も言葉無く頷き賛同した。半ば強引な牽引と提案だったが、一同は明石の下に行くことになった。

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 明石は神奈川第一鎮守府の技師らと一緒に艤装のメンテナンスと技術談義に花を咲かせていた。決して忙しそうにしているわけではないが、割り込みづらい雰囲気はさすがの川内でも感じ取ることができた。川内が施設の入り口付近でマゴマゴしていると、別の技師が気付いた。伝えられた明石はようやく見知ったメンツに気づき近寄ってきた。
「どうしたんですか、みんな?」
「いや~、体験入隊も終わって暇になったんで来ました。」
「明石さん!あたしたちと一緒に遊びに行こー!」
 川内の発言に続いて夕立が催促すると、明石は横髪をサッと撫でながら2~3秒して答えた。
「って言われてもですねぇ。メンテチームの私としてはまだ仕事ありますから。妙高さんから何か聞いてないんですか?」
「体験入隊が終わったら、うちらは自由だって。」
 川内は素直に言った。加えて哨戒任務で呼ばれる可能性があることも打ち明けると、明石は視線を集団の中の唯一の大人だった理沙に向ける。
 その視線の意味に気づいた理沙は口を開いた。
「私も、今朝そう伺いました。」
 すると明石は納得した様子で言った。
「そうですか。それならいいじゃないですか遊びに行っても。昨日川内ちゃんたちは深海棲艦をしっかり撃退したんですよね? 昨日の出撃がなかったらもしかしたらのんびりできなかったかもしれないですし。何かあっても今日は神奈川第一の人たちが大勢いますし、対応してくれるでしょう。」
 明石の言い分はやや適当な雰囲気があったが、実際前日の出来事の当事者であった川内たちは深く頷ける部分がある。
 自信を持って遠慮なく遊びに行こう。そう決意した川内は明石には一言謝り、声を張って時雨たちに伝えた。
「それじゃあ明石さん、お仕事頑張ってね。暇できたら言ってくださいね。一緒に遊びたいですし。そんじゃみんな、行こうか。」
 明石は苦笑しながらも軽く返事をする。川内たちが踵を返そうとしたとき、明石は一言忠言した。
「先生~! 皆のことよろしくお願いしますね~。」
「え、あ……はい! おまかせ下さい!」

 大人たちの約束なぞ何するものぞ、密かにそう思う川内だった。

 大人二人の約束のかわしが済んだ直後、明石は電話に出て何かを誰かと話し始めた。
 川内たちはそれを見て、なるほど社会人とは一見暇そうに見えてもやはり忙しいのだなと再認識してその場を後にした。

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 川内たちは基地を出て、海岸線となぎさラインに沿って移動し、祭りの会場の一つである渚の駅に来ていた。
 那珂と五月雨は未だ会場の最前列で追加プログラムのため、川内たちは合流できずにいた。むろん妙高や村瀬提督らに会うことも叶わない。いる大人は時雨たちの学校の教師たる黒崎理沙だけだ。
 那珂達には会えそうにないと諦めた川内たちは出店を回って祭りの雰囲気を堪能することにした。
 しばらくして川内たちは渚の駅、そして連絡バスを使って館山駅西口先にある北条海岸の第二会場へと来ていた。出店の数や関連団体・民間企業によるミニイベントはこちらで行われており、会場の規模も広い。実質的にはこちらがメイン会場といっても差し支えない規模だった。
 ここでも主に川内と夕立が率先してはしゃいでいろんなミニイベントや出店に顔を出し、楽しんでそれを時雨・村雨・不知火そして理沙が呆れながらも付き従うという構図が展開されていた。

 そんな時、川内の携帯電話に着信があった。
「ん? あー、明石さんからだ。はい、川内です。どうしたの?やっぱ遊べる?」
「よかった繋がった! ついさっき提督から連絡がありまして。妙高さんが電話に出ないので私にって。どうやら、哨戒任務に参加してもらうことになりそうです。」
「え? え? すみません意味がわかりません。」
「ええとですね、今東京湾で異常事態が起きているそうで、神通ちゃんと五十鈴ちゃんが、そして神奈川第一からも艦娘が出撃してるそうです。詳しく話しますので、基地まで戻ってきてもらえますか?」
 明石から突然の話に川内は息を飲んだ。そして電話に出ながら、視線を時雨たちにさっと向ける。その視線に不安の色が混じっているのに気づいたのか、駆逐艦4人も途端に明るい表情を消して不安がる。
「ええと、とりあえずわかりました。那珂さんたちには?」
「妙高さんと同じで連絡が取れません。まだイベントの真っ最中でしょ?」
「あ~、そっか。渚の駅のほうの会場の海上でまだやってるんだ。わかりました。あたしたちだけでも戻ればいいんですよね?」
 明石は受話器越しに頷いて返事をすると、電話を切った。川内は顔を上げて駆逐艦たちに簡単に伝えた。

「どうやら、東京湾でおかしなことが起きているそうなの。それで、もしかしたらこっちの哨戒任務にあたしたちも追加で参加しなければいけないみたい。明石さんがそう伝えてきた。」
「え……と、どういうことなんでしょう?」
「え~~~遊びの時間終わりっぽい?」
 時雨と夕立がすぐに反応して声に出すと、村雨が言った。
「それを詳しく聞きに行くんですよね?」
「仕事なら、仕方ない。」
 不知火の簡潔な言葉まで聞いて、川内は口を真一文字に閉じてはっきりと頷いた。普段は趣味など遊ぶことしか頭になく那珂とは別次元で適当で軽い川内が真面目モードになっていることに、駆逐艦たちは事態の重みを次第に感じ始める。
 川内が先頭に立って動こうとした時、子供達の会話を黙って聞いていた理沙が声を上げて叫んだ。
「あの! 私も……ついていきます、よ。」
 そういえばまだ艦娘になっていない一般人がいたんだった、川内はそう心の中で舌打ちをした。
 同行を願い出る理沙に対し川内は強めに言った。
「あ~、あのですね。先生は無理してついてこなくていいですよ。戦うことになるのはあたし達だし、あたしたちが海に出ていったら先生は自衛隊の基地でひとりぼっちですし。ねぇ皆?」
 そう言い放ち川内は駆逐艦たちに同意を求める。しかし返ってきた返事は川内の期待したものと違った。
「え~~~。先生と一緒にいたいっぽい~~!」と夕立。
「それはちょっと……どうかと。僕達○○中学の保護者としてせめて基地までは一緒にいて欲しいと思います。」
 時雨の言葉に村雨がウンウンと頷く。一気に反対勢力に囲まれる形になった川内は慌てて言い放つ。
「な、なによなによ。あたしは黒崎先生のためを思ってさぁ。だってあたしたちが出撃したら一人で気まずい思いするのかわいそうじゃん。」
「それを言ったら、先生を町中に一人残しておくほうが可哀想だと思います。それに基地には明石さんもいますし、少なくとも知り合いはいないわけじゃないですよ。」
 時雨の正論。初めて食らう時雨の普段よりややきつめの口調による説明を受けて、川内は言い返す言葉につまり黙り込む。そんな時、一言で制したのは不知火だった。
「全員で固まって、動くべき。私達は全員、千葉第二鎮守府の関係者。」
「それもそうねぇ。私は不知火さんの意見に一票。先生だっていずれ艦娘になるんだし、今のうちに私達の活動の一部を見てもらうのは大事だと思うもの。」
「村木さん……。」理沙は安心感をまとった目つきで村雨を見つめる。夕立も時雨も自然と理沙に視線を送る。和やかな雰囲気が醸し出され、川内は居心地が悪く感じた。このまま疎外感を味わうのは嫌だ。おとなしく折れることにした。
「わ~かった。わかりましたよ。全員で行こ。仲間はずれ的にしちゃうのはあたしだって気分悪いもん。」
 川内がそう言うと、理沙がおどおどしながら言った。
「昨日は那珂さんと早川さんを宿でただ送り出すことしかできませんでしたし、今日はせめて、皆さんの出撃の無事を近くで祈らせてほしい……です。それが教師としての私の務めだと思っています。」
 理沙の心意気を知り、完全に毒気が抜かれた川内は一行の先頭に立ち、改めて基地に戻ることを宣言した。


--

 本部庁舎に戻る頃には15時をとうに過ぎていた。本部庁舎前の広場は未だ一般人の人混みで溢れており、かなり騒々しい状況だった。とはいえ川内たちは向かうのはその広場ではなく、その先の庁舎だ。すぐさま入り口をくぐると、総務らしき受付窓口に、明石ともう一人人物が立っていた。

「あ、来た来た。みんな、こっちですよ。」
「明石さん! ……と、そちらは?」
 気になって明石に声をかけたついでにすぐに川内が尋ねると、彼女は自己紹介を始めた。
「こうして話すのは初めましてですよね。私、神奈川第一鎮守府の練習巡洋艦鹿島を務めている○○と申します。」
 続く口で、鹿島は詳細を語り始めた。
「実は、うちの秘書艦とあなた方のところの提督さんから緊急の連絡がありました。今現在、東京湾の各所で深海棲艦の目撃が急増しているそうなんです。うちの艦娘とそちらの艦娘さんたちが現場に出動して、事実確認と対処を行っているそうです。それで、念のため館山周辺の海域の警戒態勢を強めておいてほしいとのことです。」
「え……それ、本当なんですか!?」川内は声を荒げて尋ねる。
「えぇ。今朝未明から今までに、普段の3倍くらいの報告が舞い込んできているそうです。このことは今哨戒任務で出ているうちの娘たちにもすでに連絡済みです。あなた方の昨日の任務報告は私も伺っています。ゆっくり羽根を伸ばしていたところ申し訳ないのですが、出撃していただけますか?」
 鹿島によると、幕僚長らと合わせ村瀬提督も携帯電話が繋がらず連絡が取れなかったため、神奈川第一鎮守府の秘書艦は、館山イベント参加組としては提督についで序列二位の鹿島に連絡を取った次第という。
 このことは鹿島によって館山基地の警衛隊や基地本部にも連絡済み。イベントを抜け出せない村瀬提督と鎮守府Aの妙高は幕僚長と話を交わし、対応案を模索した。
 一般市民に悟られないように警戒態勢を強めるには、海自が表立って出ると目立ちすぎるということで、今館山にいる艦娘で一時的にカバーする方針を伝えてきた。イベントが終わり次第、村瀬提督らは基地に戻ってくることになっている。

「それはいいんですけど、那珂さんや観艦式に出てるそっちの艦娘の人たちはどうするんすか?」
「彼女たちはイベント参加が優先ですので連絡はしていません。あくまで警備する人を増員ということで、今空いているあなた方に頼んだ次第なのです。」
 鹿島は申し訳なさそうに言ってから、川内たちに軽く頭を下げた。
「うちも妙高さんからOKいただいてるんで、あとは川内ちゃんたちさえよければ、すぐに出動してもらえますか?」
 明石が鎮守府Aの事情を交えて補足すると、川内が全員に同意を求めた。
「いいですよ。いいよね、みんな?」
「うん!おっけーっぽい!」
「はい。いいですよ。」
「私もOKよぉ。」
「不知火も。」
 快い回答を得られたので川内は改めて明石と鹿島の方を向いて返事をした。明石はそれを受けて鹿島に視線を送って軽く会釈をして促す。鹿島は軽く頷き、川内達を艤装のもとへと促した。

哨戒任務、再び

 明石と一緒に艤装を収納している施設に行き、各自の艤装を装備して川内たちは早速自衛隊堤防から海へと降り立った。
 事前に、この日の哨戒任務にあたる神奈川第一の艦娘の旗艦に、川内達が増員メンバーとして参加することが伝えられていた。そのため川内は自衛隊堤防を離れてほどなくして旗艦と出会った。

「よう。あんたらが隣の鎮守府のやつらかい? あれ、あんたどっかで見た気がするな。」
「ど、ども。」
 川内は彼の人と初めて会ったときの嫌な緊張感を思い出した。一切喋っていなかったので実質的には面識はないと言っても過言ではないその人。
「あ~、思い出した。那珂さんや五十鈴さんと一緒にいたヤツだよな?」
「軽巡洋艦川内です。そういうあなたは天龍さんっすよね?」
「おぉそうだよ。んーっと、後ろのやつらも知ってるけどまぁいいわ。うちのやつらをあっちのブイの傍で待たせてるから、詳しくは集まって話すぞ、いいな?」
「は、はい。」
 川内が妙におとなしくなったので、夕立始め他のメンツも川内に従い、おとなしく返事をした。

 指定されたブイまで天龍に連れられて行くと、そこには見知った顔が三人いた。
「あ、昨日の!」
 顔が見える位置まで近づくと、雷が真っ先に反応した。続いて綾波と敷波が会釈をして挨拶をしてきた。川内たちが一気に気持ちを明るくして同じく挨拶を返すと、天龍が一通り全員を見渡してコホンと咳払いをし、音頭を取って説明を始めた。

「これで全員だな。あたしらは午前中から海中探知機のあるブイに沿ってずっと巡回していたんだ。うちのメンバーはこの6人さ。」
 天龍はそう言って自分の艦隊のメンバーをざっと紹介した。
 軽巡洋艦天龍
 軽巡洋艦龍田
 駆逐艦雷
 駆逐艦綾波
 駆逐艦敷波
 水上機母艦日進

「ホントは暁って駆逐艦が入る予定だったんだけど、外すってパ……提督から連絡あって、水母の日進さんを急遽入れた編成なんだ。まぁ偵察とか監視とかやりやすくなったから助かったけど。昨日何かあったの?」
 一瞬にして気まずさを覚えた川内は、黙っていられず正直に言おうと口を開きかけた。しかしそれを雷に制止された。
「実は、あたs
「あ~!えー! 千葉第二の娘たちとは関係ないところで何かあったから全然知らないハズよ。それよりも天龍ちゃん、早く任務に戻りましょうよ! ホラ龍田ちゃんもそう思ってるわ、ね?」
 同意を求められた龍田は一切口を開かずにコクリと頷く。綾波と敷波はというとアタフタと明らかにバレそうな態度をし、唯一まったく関係ない日進はポカーンとしているのみである。
 それを見て天龍は首を傾げるが、興味を持続させる気はないのか、雷の言に素直に納得を見せて話を続けることにした。
 口を滑らそうとした川内は雷から諫言目的のウィンクを投げかけられ、ひとまず空気を読んで黙ることにした。

--

「事情は聞いている。東京湾の各所で深海棲艦の出没が急に増えたらしいじゃねぇか。午前は特にこのへんでそういう気配はなかったから、多分こっちのほうはまだ大丈夫なんだと思う。けどこれからの夕方にかけてが不安なところだな、うん。ここまでで何か意見は?」
 天龍が一同に視線を送って確認すると、神奈川第一の艦娘たちは黙って頷く。それを見た川内たちは一瞬天龍と視線を合わせた後、すぐに真似をしてコクコクと頷いて相槌を打った。
「でだ。人数も倍に増えたし、哨戒の範囲を広げようと思う。あたしとしてはあんたら千葉のやつらには海中探知機のブイ周辺を警備してもらって、あたしたちは外洋、もうちょっと外側を回ってみようと思う。日進さんは綾波・敷波を従えて、南向きに回ってくれ。偵察機もガンガン使ってくれよな。あたしと龍田と雷は北向きに回るよ。」
「あ、あたしたちの回るルートとか細かい流れはどうすればいいんすか?」
「ん~? そっちは任せる。旗艦はあんたなんだろ?」
 天龍の投げやり気味な指示に川内は恐々と戸惑いながら尋ねる。
「そうです。けど、あたし新人なんすけどいいんですかね?」
「は? 何言ってんのお前? 一回でも戦場出てんだろ、んなの関係ねぇよ。自分の役割ちゃんと意識して考えてやれよ。新人だからとか甘えて言い訳すんな。」
 急に声を荒げて川内を叱る天龍。カチンと頭にきたが、よくよく考えると確かに甘えと捉えられても仕方ない。
 川内の弱気な返しには意味がある。どうしても昨日の暁のことが思い出して頭から離れない川内は再び事情を言うべく口を開いた。
「いやーでも、うちらがもし何かしくじったら、そちらが責任取らされるんでしょ?」
 すると雷たちは苦々しい顔をして目を反らし始める。天龍は疑念を再発させて脅すようにゆっくりとした口調で確認する。
「あ? なんでうちのその運用のこと知ってんの? おい、雷お前何か知ってんな?」
「え? あ、えと……天龍ちゃん、運用規則のことわかるでしょ?だったら……」
「うるせぇ。第三者が口出すなとか関係ない、教えな。もしかして暁が妙に悄気げてたのと関係あるんだな?」
 天龍がそう察して口に出すと、さらに気まずそうに雷たちは態度を変えて小さくなった。
 そして天龍の詰問の矛先は川内に向いた。
「おい川内って言ったな。お前暁に何かしたのか? あの責任の運用が関わってるとなれば、さすがのあたしも察しがつくぞ。言え。」
 川内は制服の胸元のタイの結び目を掴まれて引き寄せられる。かねてから自分が悪いと感じて収まらなかったために、なすがままの川内は眉を下げて悔し泣き顔を作り、謝りながらすべてをぶちまけた。

--

 川内が一通り説明し終わると、天龍は睨みを利かせるのをやめ、川内の制服から手を離した。
 そして深い溜め息を吐いてから川内に言葉をぶつけた。
「そっか。そういうことだったのか。だったら二人とも悪い。少なくともあたしだったら、提督の決め事なんて無視してその場で二人とも叱り飛ばす。で、暁をひっぱたいて川内、あんたもぶん殴る。二人とも夜間の出撃を舐めすぎだぞバカ。」
「う……やっぱ、ですかねぇ~。」
「でも、あたしはお前みたいな勢いのヤツ、嫌いじゃないぜ。」
「へっ!?」
 突然天龍が感情の方向性が異なる言葉を発したことに川内は驚いて顔を見上げる。身長的にはほとんど変わらないか川内のほうがわずかに高かったが、叱られていて川内は頭を垂らし悄気げていたため、多少の身長差が発生している。
「さすが那珂さんの後輩だけあるな。面白い素質ありそうだわ。あんたはちゃんと規則とか覚えた上で暴れるようになれば、きっと良い艦娘になれるぜ。うちの川内さんより話通じそうだし。」
「そ、そうですかね……?」
 川内の性格が天龍の琴線に触れたのか、天龍は口厳しく川内を叱った後、肩をバシバシと叩いて励ました。
「それにしても、暁の変なこまっしゃくれぶり面白かったろ?」
「え、えぇまあ。からかいやすいってのはあったかもしれないっす。」
 川内が控えめに言葉を返すと、天龍はガハハと豪快に笑いながら、今この場にいない人物に対して評価を述べる。それを当該人物の親友たる雷に確認させ、その場の雰囲気を緊張感あるものから氷解させて賑やかした。
 川内の傍で黙って様子を窺っていた時雨たちはキモを冷やしていたが、様子が一気に明るくなったことにホッと安堵の表情を浮かべた。それは雷や綾波たちも同様だった。

「うんまあ、あんたの事情はなんとなくわかったよ。でも今回の哨戒任務では抑えてくれ。切り替えをきっちりとな。」
「はい。わかりました。」
「一応言っておくと、今回はあたしが責任代理者だ。あたしだってパパ……提督に他人のヘマのために叱られたくはないからさ。何か見つけても勝手に行動しないで必ずあたしに連絡してくれ。」
 今度こそ余計な失態をしたくない。川内は心に強く誓って強く返事をした。
 暁はこの場にいないので未だ自身の反省の念は溜まったままだが、天龍という、先輩那珂と親しい人物から一定の評価をもらえたことは川内に気持ちの引け目を無くさせ、心を前向きにさせた。

 川内は思わぬ形で天龍と意気投合に近い距離に縮めることができ、やる気を充填した。天龍たちが先に動いて離れると、鎮守府Aのメンツに向き直して音頭を取った。
「よし、あたしたちも行こう。」
「どういうルートで回りますか?」
 時雨が質問すると、川内は数秒思案した後、答えた。
「そうだね。うーんと、天龍さんたちみたいに二手に分かれよう。それで北と南でぐるりと。どうかな?」
 時雨を始めとし、全員が快い返事をしたので川内は頷き返す。メンバーは川内・村雨、そして時雨・夕立・不知火のチーム分けとした。二つのチームは早速分かれ、海域の巡回を始めた。

--

 巡回が始まって以降、川内はずっとおとなしく前進していた。妙な違和感があった村雨は、後ろから背中越しに川内に話しかけた。
「あの~、川内さん? どうかされたんですかぁ?」
「ふぇっ!?いや。何もないけど……どうしてさ!?」
 急な質問をされて川内は慌てふためく。
 村雨から見て、やはり何かおかしいと気づくのは容易いことだった。誤解であればそれにこしたことはないが、今まで川内に対して感じていた溌剌さがまったくにじみ出てこない。川内とそれほど親しくなったわけではないが、村雨自身としては自然な観察を欠かさない。自分なりによく見て観察していたから、川内に対してもそれとなく気付ける。

「川内さん……。いつもならゲームや漫画に絡めて案をおっしゃったり、だらけてあくびでもしてますよね?」
 自身の行動パターンをチクリと指摘してきた村雨に、川内は顔を近づけて抗議する。
「うおぉい!? 村雨ちゃーん、あたしのことどう見てたのさぁ!? あたしだって真面目に任務こなすよ?」
「え~、でもぉ~。」
 村雨が、自身が見ていた普段の川内を伝えると、川内は苦笑するしかなかった。
「あ、アハハ。村雨ちゃん、人のことすっげぇ見てるね。あたしいつそんなに観察されてたんだろう。こえーよ村雨ちゃんってば。」
「ウフフ。それは褒め言葉として受け取っておきますねぇ。」
「なんか神通以外に隠せない娘ができてつらいな~。まぁいいや。」

 気が抜けた川内は、口が軽くなっていた。それに呼応して村雨も問い詰めの手(口)を強める。
「それでぇ、本当にどうなさったんですか? ……もしかして、昨日のことが気になって?」
 その指摘を聞いた瞬間、川内は「う」という一言の唸りとともに上半身をやや仰け反らせて悄気げてとうとう白状した。
「まぁ……ね。昨日のあんなの見せられちゃったらさぁ。あたしはさ、自由気ままにやりたい、縛られたくない。だけど、あたしを見守ってくれてる人に迷惑かかってるってわかったなら、それを押してまでしようとは思わないんだ。それくらいのブレーキは持ってるつもりだよ。」
「私が言うのもなんですけど、あまり気になさらないでいいと思いますけどね。」
「あぁうん。そう言ってくれるのはありがたいんだけど、一度気にしだすと……なんていうのかなぁ。嫌な思いって、結構心のなかに残ったりするじゃん。良いこと楽しいことははすーぐ忘れちゃうのにさ。前に那珂さんを怒らせちゃったときもそう。あの人はその後ケロッと忘れた素振りあったけど、あたし的には結構心の中で引っ張ってたんだよね。まぁあたしがワガママ言ったから自業自得といえばそうなんだけどさ。」

 村雨は黙って川内の言を聞いている。
「昨日のさ、神奈川第一の事情を聞いて、さすがのあたしも普段通り振る舞うのはまずいって察したのよ。でもだからどうすればいいのかがわかんない。」
「……で、悩んだ末にああいう棒立ちでの移動なんですねぇ。」
 正解の指摘に川内はコクコクと勢い良く頷く。
「何もそこまで極端にしないでも、普段通りにすればいいんじゃないですか? 今この場では誰も見ていないんですし。」
「いや、村雨ちゃんがいるじゃん。」
「な……私は告げ口とかしませんよぉ!」
 普段の立ち居振る舞いに似合わず頬を膨らませ、途端にプリプリと立腹する村雨。川内はなだめながら話を進めるべく白状した。
「ゴメンゴメン。冗談だってば。誰ってわけでもなくなんとなく周りが気になってくるの。だから自然とああなっちゃったのかもしれない。」
「はぁ……。いいですかぁ川内さん。逆に周りの人が気にしちゃってみんなの調子を狂わせるときもあるんですよぉ。だ~か~ら、なるべく意識して普段通りにしてください。いいですかぁ?」
「お、おぅ。了解。」
(なんであたしは年下に説教されてるんだ……)

 川内は何か釈然としないながらも、逆らえない妙な気迫を感じたため、村雨の言に何度も頷いて従順な姿勢を見せておいた。

--

 村雨との会話以降、川内はしきりにキョロキョロと周囲を見渡したり、時々スマートウォッチで方角やソナーを確認するようになった。時々グローブカバーの主砲の角度を調整して構えて撃つフリをするその様は、普段の川内らしさをようやく表していた。
 それを見て村雨は少し安心感を得るが、その極端っぷりに、この人のことだから逆に慎重さや警戒能力が落ちてしまわないかと気が気でない部分もあった。そのため、手放しで全面的に喜べるわけではなかった。

 ただ、そんな二人の警戒体勢とは裏腹に、なんら問題を見つけることなく時間だけがただ流れていった。川内は定期報告を天龍に入れ、相手からも同じく報告を受け情報を共有しあう。状況は、夕立たち別働隊メンバーも、さらに天龍らとしても同様だったことを知った。
 1時間ほど経ち、集合した川内と天龍たちは、改めて報告しあった。
「相変わらず発見できずじまいだ。そっちは?」
「こっちもです。ぜーんぜん見当たりません。まぁそれが普通なんすよね?」
 川内は肩をすくめてため息を吐き、あっけなく感じた気持ちを吐き出す。天龍も同じような仕草で続けた。
「まぁな。けど事情が事情だからな。この辺でも発見してもいい気がするけどな。とりあえずこの時点までの報告はあたしの方から送っておくから、みんなは引き続き回ってくれ。いいな?」
 天龍の指示に川内たちは返事をし、再び巡回ルートに戻った。

--

 8月も末に近づいた残暑の季節。気がつくと17時をすでに過ぎ、辺りは朱に染まった空のみ視界に飛び込んでくる。海上は傾いた太陽の光を反射して赤みがかった色に変えている。川内たちが陸地に視線を向けると、わずかではあるがポツポツと灯りが見えるようになっていた。
 気分的には早く帰宅したい気持ちでいっぱいである川内は村雨と普段の生活を混じえた雑談をしながら警備していた。

 村雨は若干辟易していたが、相槌を適当に打って、川内のトークショーばりのおしゃべりの独壇場をやりすごした。
 正直言って、川内の男子寄りの趣味話には興味が持てない。年頃の(ませた)女子中学生である村雨こと村木真純の、流行の最先端をゆく女子中学生の趣味とは肌が合わないのだ。
 村雨としては川内の女子高校生としての恋愛話に期待してみたが、それは結果として無駄な期待だった。川内および那珂たちの高校の事情を知らぬ村雨がそのあたりの川内の心境に気がつくはずもなく、その方面の話題出しでは川内を見限ることにした。

「ねぇ川内さぁん。それよりも、那珂さんや神通さんの恋愛周りってご存知ですかぁ?」
「え~、あの二人?」
 川内はせっかくノっていた趣味話を中断されて戸惑いながら振り向くと、村雨はコクコクと勢い良く頷き、期待の眼差しを見せている。
「いや……あの二人のそういうことは知らないわ。ゴメンね。」
「そ~~~ですかぁ~~。はぁ。じゃあもういいです。それよりもぉ、そろそろ戻りませんかぁ? もうだんだん暗くなってきましたし。」
「うん、そうだね。特に異常なしってことで連絡するよ。さっさと終えて遊びに行こう!」
「はぁい!!」

 川内の帰りたい気持ちは村雨にすぐに伝播し賛同に変わる。川内が連絡をすると、天龍からは戻ってこいとの指示が入ったので、二人は踵を返して指定の海上のポイントまで戻ることにした。

--

 その後、結局天龍たち、時雨たちも、改めて深海棲艦を目にすることは叶わなかった。それならそれで良いことだと天龍も川内も認識を一致させたため、帰投の意欲を固めた。
 天龍が村瀬提督に指示を仰ぐと、帰投命令が下されたため、全員安心して帰路についた。
 その頃になると辺りはさらに染まり、夜の帳が落ち始めていた。帰る道すがら、川内と夕立は出撃があと数時間遅ければ活躍できたのにとささやかに愚痴り合うのだった。

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 川内たちが館山基地に戻り、すでに到着して久しい村瀬提督・鎮守府Aの妙高と話をし始めたのは、17時を数十分過ぎた頃だった。
 この頃になると、観艦式に参加していたメンバーも全員帰投しており、そのメンバーはイベント全体の報告会が終わった後、休憩用の会議室でくつろいでいた。川内たちとは別の部屋だったため、実際に会えるのは宿へ足を運ぶ途中か待ち合わせ場所など様々だ。
 ただ今回この時は日中の東京湾の問題があったため、村瀬提督と妙高はそれぞれ自身の鎮守府の艦娘を呼び寄せひとまとめにして、改めて説明をした。
 なお、その場には情報共有のため海自のメンバーも数人出席した。

「那珂さ~ん!五月雨ちゃん!」
 川内と夕立らが那珂の姿を見つけて嬉々として駆け寄ると、那珂たちもまた手をブンブンと振りながら川内たちのほうへと駆け寄ってきた。
「川内ちゃん!みんなぁ!」
「ますみちゃーん、みんなー!」

「さみ、お疲れ様ぁ~。」
「さみ、ごくろーだったなっぽい!!」
「お疲れ様、さみ。僕たちイベントを見られなかったから、あとでテレビとか録画で見させてもらうね。」

 親友から思い思いの言葉を受けた五月雨は那珂を顔を見合わせ、照れつつも笑顔で返事をした。那珂はそれを微笑ましく視界に収めた後、川内にそっと寄って小さな声で話した。
「そっちの状況教えて。」
「え? 那珂さん達もう聞いたんですか?」
「ううん。妙高さんと村瀬提督からは、話があるから全員集合としか聞いてないの。けど、あたしの想像ではそっちの哨戒任務で何かあったのかなぁって。どう?」
 那珂の問いかけに川内は口をゆっくりとつぐみ、真一文字にしながらコクンと頷いた。その表情は数々の思いを胸にしていたために複雑なものだった。
 那珂はすべてがすべて把握できたわけではないが、何かあったのだろうという程度に察し、川内に簡単な説明を求めた。
「あたしも聞いて慌てたり焦ったり興奮したりしていたんで内容怪しいかもですけど、東京湾で深海棲艦が出たらしいです。」
「……そりゃこのご時世見かけるでしょ。もっとちゃんと教えて。」
「あぁ、すみません。いつもの数倍多いって言ってました。」
「え……?」
 その追加の一言だけで、那珂は胸騒ぎを覚えるのに十分だった。しかし自身には今回、その原因となりえそうな事象を想像するだけの経験が足りない。どちらかといえば、川内のほうが今回は経験者だ。そう判断して、那珂は一言だけアドバイスをして、この後の打ち合わせに臨ませることにした。
「今回は、川内ちゃんが頼りだから、昨日のことなんて気にせず、アピールして活躍してね。あたしはそれをサポートしてあげるから。」
「へ? あ、あぁ、はい。」
 那珂はそう言って駆逐艦たちの方に戻った。残された川内は、先輩が言ったことの意味がわからず、ただ口を半開きにして呆けるだけだった。

--

 村瀬提督の口から、その日、観艦式の裏で展開されていた事実が語られた。その内容に艦娘達はそれぞれ異なる反応を示す。
「18時の時点で緊急の目撃情報はゼロ。鎮守府に残してきた司令部から連絡を受けている。明日までは我々が戻らずともよいとひとまず判断した。うちの各所の警戒態勢は、出撃していたメンバーを割り振って人数を一時的に増員させて引き続き強化中。それからそちらの鎮守府から協力してもらっていた艦娘には協力体制は終いとして解放させました。あとは我々で人を割いて対応することを西脇君にも伝えてあります。」
「それでは……事態は収拾したということで、よろしいのですね?」
 妙高が心配げにそう尋ねると、村瀬提督はゆっくりと首を縦に動かした。妙高は胸に手を当ててホッと安堵の息を吐く。
「このことは海自と海上保安本部の第三管区各事務所にも通達済みだ。以後の館山周辺の警戒態勢は海自の指示に従って行うことになっているから、念のため明日の最終日まで一切気を抜かないように。」
 村瀬提督の言葉に艦娘たちは声を揃えて返事をした。那珂たちもまた同様に声を出して意識を合わせた。

 その後、館山基地司令部からは、艦娘を出動させない通常レベルの警戒態勢が取られた。前日と日中に、艦娘により地元館山守られてしまいやきもきしていた司令部は、せめてこの時間以降は自分たちの手で使命を果たしたいとプライドを賭けて動いていた。
 おかげで艦娘たちはある報告が来るまで、館山基地の中で下知がいつあるのかもどかしい気持ちで待機し、何もしない時間を費やしていた。

--

 神奈川第一鎮守府の艦娘たちは打ち合わせがあった会議室および本部庁舎に残る者もいたが、一部はホテルに戻っていた。那珂たちは妙高と明石の指示で、全員がそのまま残っていた。
 いつまで続くのか、そう辟易していた那珂と川内、そして他の艦娘たち。そんな空気を破ったのは、会議室のドアを開けて声を荒げて報告してきたとある海尉だった。
「村瀬支局長および妙高支局長代理に申し上げます。今から15分ほど前の1845、安房勝山沖の浮島の西部海域で、艦娘二人が深海棲艦と交戦開始と通信がありました! 所属コードによると、千葉第二とのこと!」

 那珂の胸が、燻られるようにゾワゾワとざわめき出した。

同調率99%の少女(23) - 鎮守府Aの物語

なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=69968465
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1lV_PdlbZdnqXm52W22i-K_tZkciUzrejYkWYvwfJ_TQ/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

同調率99%の少女(23) - 鎮守府Aの物語

館山で那珂と五月雨が観艦式を、川内が夜間の偵察任務をしている間、神通と五十鈴は鎮守府に残って長良・名取両名の訓練の監督に頭を悩ませていた。やがて鎮守府に残った4人と提督は、ある事態に巻き込まれる。 艦これ・艦隊これくしょんの二次創作です。なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。 --- 2018/10/03 - 全話公開しました。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-01

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 登場人物紹介
  2. 鎮守府に残った者たち
  3. 神通と長良型の三人
  4. 仲直り
  5. たった二人の出撃
  6. 神通たちの戦い
  7. 観艦式:メインプログラム
  8. 観艦式:フリーパート
  9. 祭りの裏
  10. 哨戒任務、再び