連載 『芥川繭子という理由』 41~45

昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

連載第41回。「目指す場所、その意味」

2016年、12月16日、夜。


ソファーに座って携帯を弄っている伊澄の姿を何度カメラに収めたか分からない。お疲れ様ですと声をかけながら彼に歩み寄り、煙草の煙とともに口から発せられる「お疲れさん」を何度聞いただろうか。

-- 翔太郎さんて携帯ないと生きていけない人ですね。
私の言葉に伊澄は漸く携帯から視線を上げると、カメラに向かって微笑みを見せる。
「ご紹介に預かりました。どうも、猛り狂ったスペイン牛です」
-- あははは!やめてくださいよ!
「お前ら人の事あれやこれや言い過ぎ。何の事か知らないけど」
-- 面目ないです。今日この後少しお時間いただけませんか。
「いいよ。今日は予定ないし」
私がL字型ソファーの一辺に腰を下ろすと、伊澄は携帯を傍らに置いて体を後ろへ倒した。
-- こないだぽつりと仰っていた、『近いうち、全部話せる日が来ると思う』という言葉の意味を教えていただきたくて。
「なんか、覚悟決まったんだって?」
-- はい。正直まだ怖いですけどね。ですがその前にお伺いしておきたいのが『全部』という言葉の定義です。
伊澄は煙草のパックを口元へ運んで一本銜えて抜き取ると、火をつける前に目を細めてポツリとこう言った。
「…あいつらと話し合って。よっしゃ、じゃあアメリカ行くかって、決まった日にさ」
私が煙草に火をつけようとライターを差し出すと、彼はあからさまに嫌そうな顔をして上半身を遠ざけた。
-- 傷つくぐらいの逃げ方しないでくださいよ。
「聞いてんのか人の話」
-- もちろん聞いてますよ。いい加減火くらい点けさせて下さいよ。
「キャバクラじゃないんだからそんな事考えくていいんだよ」
-- こういうのも一つの距離感ですから。終了までもう3か月切ったのに、こんなこともさせてもらえないのかってへこみますよ。
「発想がいちいち乙女なんだよ」
-- 一回だけお願いします。
「何が嬉しいんだ」
-- …ありがとうございます。話し合いとは、アメリカ行きとはまた、何か別の事を?
「そう。…俺さ、考えたんだよ。俺達は一回、全部このスタジオに置いてくべきなんじゃないかって」
-- 全部、置いていく?
「抽象的な言い方になるけどそういう思いがあって。…例えばアキラ。…例えば昔の繭子。…例えば若い頃の俺達。もちろん、そういう一つの時代があって今の俺達がいるわけだから、現実的には死ぬまで切り離して考えられる事じゃないし、忘れ去りたい訳では全くないんだけど、一旦これまでの過去の出来事をあんたに話す事で全部預けてみようかなって。そう思ったんだよ。そのビデオと、アンタの頭の中と、その手が書き上げる文章で、このスタジオの空気を全部保存してもらおうと思ってさ。そいで日本を出る時には何者でもない俺達として、また一から大暴れしに行ければいいかなって思ったんだよ」
-- 『ドーンハンマー:日本編』のピリオド、という事ですか。
「あはは、日本編長すぎだよなあ。でもまあ、そういう事」
-- 大役ですね!
「いやいや、言う程大した話じゃないけど」
-- それを翔太郎さんの口から聞いた時、皆さんは。
「いいんじゃないかって、あいつらもそう言ってた。だから、皆から聞けるだけ色々話聞いて、日本を発つ前にでっかい〇(句点の事)を打ってくれたら有難い」
-- 分かりました。…実は私からもその事で、皆さんにお話しがあります。
「何?」
-- それは明日の朝、皆さんが揃っている時にお話しさせていただきますね。本当は今日言おうと思ってたんですけど、練習が始まる時間になっても答えが出なかったものですから。
「へえ。なんだろ」
-- 今日って翔太郎さん泊りですか?
「いや、繭子送ってからまた戻るつもりだけど、泊りはしない。誠がな、今日事務所を退社するんだって。送別会開いてもらうとかで遅くなるけど、終わったらタクシーでこっち来るっていうからそれまではここにいようと思うんだ」
-- 今日でしたか。あー、なんも用意してませんでしたよ。
「何の用意?」
-- お花とか。
「あんたさー、ほんとそういうの好きだなー(笑)」
-- 好き嫌いの話じゃないですよ。
「まあ、だからそれまでは時間使っていいよ」
-- ありがとうございます。まだ皆さんいらっしゃいますけど、もうお話始めちゃって大丈夫ですか?
「あいつらまだいんの?」
-- 先ほどまで会議室で大成さん達と一緒でしたよ。ニューアルバムの話を少しお伺い出来ました。順調のようですね。
「おかげさまで。一曲目も決まったし。タイトル聞いた?」
-- はい。笑っちゃいましたよ。『SUPERYEAH』ですよね?
「っははは、いいタイトルだろ。竜二らしいなあと思って」
-- お考えになられたのは竜二さんなんですよね。作曲は結局翔太郎さんになったんですね。
「メインリフはね。まあ(神波と)2人で作ったようなもんだけどな。『REMIND ALL!』みたいに俺が一個リフ持ってきて、色々相談しながら大成の書いたメロディに当て嵌めて作ったから。ここ最近一曲目に持ってくるインストは、印象的なリフ一個で押し切るタイプの曲って決めてたんだけど、今回のはちょっと毛色が違う感じにしてみた」
-- どういった点が違うんですか?
「割と長め」
-- 普通に3、4分ある曲なんですか?
「分数まではちょっと確認してないけど、前回の『PICTH WAVE』よりは長いよ。より、曲らしいというか。前回、前々回とゆったり目で始まって後半尻上がりにスピードを上げてって2曲目に突っ込んでいくスタイルだったけど、1曲目から全員でガンガン弾いてるよ」
-- そうなんですか!良い意味での裏切りがあるわけですね。
「そう捉えてくれる人は本当にファンなんだろうけどな(笑)。別に目新しい事をやってるわけじゃないし、いつもと雰囲気違うぞって分かる奴がたくさんいてくれると嬉しいな。あと今回のはタイトル通り、竜二が物凄いテンションでイエーイエー叫んでる」
-- 歌詞はイエーだけですか?
「そう。歌詞カードにはタイトルしか載せないし。だからまあ、インストに入るかな?」
-- 一応、そうですね(笑)。早く聴いてみたいです。
「多分予想してる以上に格好いいよ。タイトルダサいしイエーイエー言ってるだけなんだけど、あいつのイエーは世界一のイエーだと思う」
-- スーパーイエー、ですもんね! 前々から皆さん仰ってますよね。竜二さんの歌詞とは関係ないスクリームが好きだと。
「好きだねえ。ステージの上でさ、曲のテンションとか、テンポとか、あとその日の気分とか、そういう色んな要素が集まってあいつの叫び声は出来てると思うんだけど、横でギター弾いてて、たまに格好良すぎて笑う時あるもん俺」
-- 素敵ですね(笑)。笑っちゃうくらい格好いいと。
「そう。ウウウルアア、とかれこそイエエエとかさ。日本人が真似できない文化的なノリってやっぱりあると思うんだよ。例えばヒップホップを日本人がやってもファッションにしか聞こえないのは、そういう文化的背景が違うから雰囲気や世界観から入って行こうとするってのも、理由としてあるだろ。そういう生まれついた環境なんかを突破出来るセンスを竜二は持ってると思う」
-- 分かります。アメリカ人が着物着てるのと同じですよね。否定はしないけど、違和感は消せないというか。
「そうそう。でも少なくとも、音源だけ聞いて、あいつのイエーを聞いて、日本人だって分かる奴はいないと思う」
-- 確かに。昔からその声は多かったですけどね、日本人離れしたバンドだって。
「別に好きなジャンルをプレイしてるだけで、日本人から離れたいと意識してるわけなじゃいけど、必要以上に日本のカラーを出すのは違うと思ってるからそういう意味ではありがたい評価だよな」
--当の竜二さんは今日は、もう帰られました?
「うん。最近あいつすぐ帰るよな。…なんだろうな」
-- 多分ですけど、リディアじゃないでしょうかね。
「…来日してんの?」
-- いえいえ、電話とかスカイプとか。
「ああ。…ああ、そういうアレか」
-- 複雑な心境ですよね。
「なんで?」
-- 竜二さんが一番複雑な心境だと思うので、皆さんもきっと色々察しているんだろうと。
「ああ、まあ、なくはないけど。…それはでもどっちかって言うと俺達や竜二っていうより、あちらさんの事を考えるとどうなんかなって思うよな。本当にどこまで考えて、あいつの事見てんのかなって。俺は話は聞けるけど喋れないからさ、面と向かって何か意思の疎通を図った事がないんだよまだ」
-- 話せるものなら話をしてみたいですか? リディア・ブラントと。
「うん」
-- へえ。
「いや、やっぱいいわ。俺からは何も話す事はないし、言うことないのに聞くだけ聞こうなんて虫が良すぎるよな」
-- 竜二さんの口からは、そもそも何か説明はあったんですか?
「とりあえず俺と大成は、多分あんたが聞いてるのと同じ話を聞いてると思う。繭子にはなんて言ってるか知らないけど、俺から言うことはないな」
-- なるほど。特に反対はされなかったんですね。
「うーん、俺にはよく分からないんだよ、何が言いたかったのか(笑)。大成は色々喋ってたけど、俺は好きにしたらいいと思ってたから、そもそも」
-- リディアがどうとかではなく。
「関係ないな。竜二も自分で言ってたけど、何をどうやったってノイは帰ってこないから。それを分かった上で一人でいたいならそうすりゃあ良いし、新しい人を見つけて二人で生きていくも良いし」
-- 翔太郎さんはそういう考え方の人なんですね。
「変か?」
-- 全く。一般的ですらあると思います。ですがちょっと今頭を掠めたのは…。
「…自分は違うくせにって?」
-- なんでわかったんですか!?
「自分で言ってて白々しいなって思うから」
-- 正直(笑)。おそらく大成さんもその辺りの事を仰ってたんじゃなかろうかと勝手な想像をしてました。
「良い悪いの話は誰もしなかったけどな。2人がそれで本当に納得できてんのかって、ただそれだけだよ」
-- バンドとしては、リディアのネームバリューを利用することに抵抗はありませんか。
「突っ込んでくるな(笑)。俺がこれをバンドの意見として答えていいか分からないけど、それってそんなに問題な事なの?って思ってるよ、個人的には」
-- と仰いますと?
「逆に何が問題になるんだ?」
-- 例えば日本の芸能界で言う所の、バーターに似た扱いを受ける事を危惧されたりとか。正当な評価をされる前に、どうせリディアのゴリ押しでそこに立ってるんだろうっていう色眼鏡で見られる可能性もありますよね。
「可能性というか、そうなんじゃないの?」
-- あはは、割り切っていらっしゃるわけですね。
「割り切るというか、事実だろ?」
-- いやいや、本来あなた方のバンドはリディアの力がなくたって海外で活躍できる実力を備えています。
「それを色眼鏡って言うんじゃないのか?」
-- おっと。びっくりしましたよ今。どういう意味ですか?
「買い被りすぎだろって」
-- ええ!? 自信家・伊澄翔太郎の発言とは思えませんよ!
「自分達の事を疑ってるわけじゃない。けどそもそも実力があれば天下獲れるなんて、最初っから思ってねないよ」
-- え、ええ?
「もちろんここまで来る事は想定内だ。じゃあどうやってって考えた時にさ、掴まなきゃいけない運やチャンスみたいな事は絶対あるだろうし、それはずっと狙ってた。そらプレイするだけなら世界には行けるよ、簡単に。だけど俺達の言ってる『世界を獲る』ってのは実力だけで叶えられるもんじゃないんだよ。俺達は世界を舞台にしたメタルシーンのど真ん中にずーっと君臨し続けるつもりだんだぞ? 考えてみろよ。あんたらが昔から追いかけてるメタル界のトップランナーが、なんのチャンスにも恵まれずに実力だけでそこにいると本気で言えるか?」
-- それは…、分かりません。
「きっと皆誰かに見い出されてそこにいるんじゃないかな。俺が言いたいのはさ。とりあえず今俺達は、世界に出て自分達の音楽を発信できる場所に辿り着けたと言っていいと思う」
-- 間違いないです。
「だけど忘れちゃならないのは、まだ俺達はニッキーやジャックの名前があってこそだっていう大前提だ。確かに俺達は選ばれたさ。だけどあいつらにピックアップされて初めて俺達は、俺達である事を認識してもらえたんだ。自分とこの雑誌もっぺん見返してみなよ。今じゃ日本の若くてしょうもない小粒な連中ですら海外ツアーだなんだって恥ずかしげもなく平気で言ってるだろ。俺達がやるのはそういう遠征に毛の生えた事じゃないんだよ。日本から勢いのあるバンドが来たらしいぞ、面白いから見てみようぜってんじゃ話にもならねえよ。俺達は、当たり前の顔してスレイヤーとメタリカの横に立つんだよ」
-- はい。
「俺達がアメリカへ行く足がかりとしてリディアが力を貸そうって言ってんのに、なんで蹴る理由があるんだ? どんな目で見られようと屁でもないよ。そこから先が俺達の勝負なんだからな。問題があるとすれば一つだけ。リディアの顔に泥を塗る事。恐れるとすればそこだけだろう?」
-- …その心配は、なさそうですね。
「当たり前だろ」
-- …くーああー。久々に熱い。胸のここ、ど真ん中が熱いです。
「分かった、それが恋愛感情なんじゃない?」
-- 違いますよ!
「あははは、反応早えー」
-- 失礼しました(笑)。でも良かった。翔太郎さんが全然変わってなくて。一瞬ヒヤっとしましたよ。
「なんで」



そこへ着替えと帰り支度を終えた繭子が現れた。
本格的世界進出の鍵を握ると言っても過言ではない若きエースだ。
TWISTEDSISTERの白ロンTにグレーのジョガーパンツ、そしてアギオンライダースに黒のマフラー。
笑顔で私達に近づいて来ると、少し疲れを滲ませた溜息と共に私の横に座った。伊澄が煙草を銜えたのを見て条件反射でライターを手に取ってしまい「だから」と彼に怒られた。自分の膝の上で頬杖をついていた繭子が「なはは」と笑う。
-- ついつい、点けたくならない?
M「なるよー。なんでだろうね。点けたいわけじゃないのに、点けなきゃって思っちゃうのよ。結局点けたいのかもね」
-- そうそう。
S「変わってんな」
М「翔太郎さんの喜ぶ顔が見たいんです」
-- ヒュー(笑)。
S「喜ばないから」
M「でしょうね(笑)。でも誠さんが点けないのを知ってからは、意識して動かないようにした」
-- そうなんだ。誠さん点けそう。
M「ね」
S「外では絶対やらないけど、たまに2人だと点けるかな」
M「そこは許すんですね」
S「面倒だもん。俺が嫌だっていう気持ちより私が点けたいっていう気持ちの方が強い時はどうしたらいいの?放火する?って」
M「放火(笑)。可愛い人だな」
S「酒やめたみたいだからもうないと思うけど、酔うとそんな感じだからな」
-- 誠さん何時ごろこちらにお見えになる予定ですか。
S「12時は回ると思うって」
-- あと1時間近くあるのか。
S「とりあえず帰るか」
M「すみませんいつも」
S「どうする、待ってる? 意味なくついてくる?」
-- 意味なくついてっていいですか。
M「何、意味なくって」
-- この後誠さんが来られるまでお話お伺いするの。
M「そうなんだ。私も残る?」
S「お前はちゃんと帰って休め。明日朝寄ってやるから」
M「はい。じゃあ、そうします」


もともとそうではあるのだが、いつになく素直だと感じた裏にはやはり隠せない疲労があるようだった。伊澄の車に乗るのは今夜で二度目だが、二度とも同乗した繭子には意識がなかった。スタジオを出て夜の冷気に触れると急に体が強張るのを感じた。伊澄の車に乗り込んでドアを閉めた瞬間、密閉度の高さ故か外の音が完全に遮断される。運転席に伊澄が乗り込み、エンジンを掛けるとすぐに暖房が優しく後部席を温める。ふう、と無意識に溜息を発した繭子はコトリと体を倒し、シートとドアが作る三角に体を寄せて目を閉じた。分かる気がした。関誠と話をした後だから尚の事強く意識しているのかもしれないが、とても安心するのだ。
「繭子?」
とバックミラーを覗いて伊澄が声をかける。
「…あい」
と目を閉じたまま繭子が返事をする。
「うち来るか」
繭子はしばらく答えない。
やがて眼を開けて、「今日はやめておきます」と言って再び目を閉じた。
「そうか」
と伊澄は言い、車を発進させた。
「ごめんね、私は無視していいからね。貴重な時間だし、話、してね」
繭子は私を見ずにそういうと、さらに体から力を抜いた。



伊澄の運転する車内にて。
-- 大分お疲れのようですね。繭子だけでなく、皆さん相当。
「んー。まあ、そうかな」
-- 無理しすぎなんじゃありませんか? お休みなしですよね。
「あはは。サラリーマンじゃあるまいし、一日何もしない日なんてなくていいよ」
-- 休養は大事ですよ?
「休む事も仕事って? 織江に相談してみるよ」
-- またまた。
「あいつが一番忙しくしてるからな。俺達なんてまだマシな方だろ」
-- それは…。
「あ、さっきなんであんなこと言ったんだ?」
-- なんです?
「全然変わってなくて良かったって。俺なんか変だった?」
-- いえいえ、変ではないです。ただ、最近ドーンハンマーのカリスマギタリストというより、Pとかコラボのお顔を拝見する時間が多かったので。
「日和ったんじゃないかって?」
-- うふふふ、はい。
「どう思う?」
-- 全くの思い過ごしでした。でも実際何か変化はありましたか? 翔太郎さんの中で、見えたものとか収穫とか。
「ギタリストとしては特にないけど、単純に面白い事してるなっていう満足感とか達成感はあったな。マユーズのプロデュースに関しては正直、映像撮ってる合間の下らない時間がここ最近で一番笑ったし、それだけでやった甲斐があった」
-- 参加できて光栄でした。死ぬほど笑ましたし、泣きました。現時点であのPVのオフショット映像見れるの私だけなんで、流出事故が怖いです。
「あれ、織江にデータ渡してなかった?」
-- ああ、バイラル以外ではという意味ですよ、もちろん。なんというか、普通に遊んでるようなシーンとかもたくさんありましたし、もしかして皆さんバンド以外での顔ってこれなのかなーって思うと嬉しかったです。
「そう言われても自分がどんな顔してたか分からないけど、…でも多分そうなんだろうな。繭子を真ん中にして俺達はいつもガヤガヤ言いながらやってきたし、誠だろうが織江だろうが、誰がその輪に加わっても、弄られ役はいつも繭子だったしな」
-- 幸せな風景ってこういうのだろうなーって。…あの拘束衣のシーン良かったですよね。
「早送りで流してるトコ?」
-- そうです。本編にどうしても入れたい!ってお願いしたやつです。
(『still singing this!』のPVにおいて、繭子が拘束衣を着ているシーンが存在する。
不自由そうに体を捩ったり、画面を右から左へ、左から右へとピョンピョン跳ねて移動したりするのだが、曲の中盤辺りで早送りのシーンがある。本当は拘束衣を繭子自ら脱ぎ捨てて自由になる、という構想だったのだが、本番全く脱ぐ事が出来ずにカットがかかり、画面の外から伊澄、池脇、神波の3人が出てきて繭子を手伝う。だが彼らが何かをするより前に繭子は拘束衣を脱ぎ捨てて笑顔でバンザイ。「なんだそれ」と言って3人がまた元の場所へ戻っていく、という所謂NGカットなのだが、繭子のしてやったりという笑顔がとても爽やかで素敵なのと、そこには彼女なりの思いが込められているようで、私の大好きなシーンである)
-- 少し前に繭子に聞いたんです。あれわざとだよねって。そしたら、『皆がそこにいること。それが一番の力になるんだよね』ってそれだけ言って笑ってました。ああ、なんかそうなんだなあ、って。
「ふーん」
-- 絵コンテを描いた翔太郎さんの優しさも分かります。だけど、繭子の正直さも胸を打つというか。
「それを言うなら、反対にすれば良かったかもなあ」
-- 反対とは?
「俺達3人が拘束衣を着て、こいつに解放されるような」
-- そうなんですか?
「その方がしっくり来るよ」
-- そこにはアキラさんも含まれますか?
「いや、アキラが死んだ後だなあ」
-- 順番としてはじゃあ、アキラさんのお話からお伺いするべきですね。
「アキラというか、俺達4人の話になるかな。アキラが特別だったわけじゃないんだ。例えばそれが竜二でも、大成でも、多分俺でも同じ事で。…誰か1人でも欠けてしまった事が、全部の終わりだし、全部の始まりのような気がするんだよ」
-- …分かりました。明日私から連絡事項をお伝えさせて頂いて、その後、少しずつお話をお伺いしていきますね。翔太郎さん?
「ん?」
-- 繭子の家通り過ぎましたよ。
「っはは、そうみたいだな」
隣を見ると、繭子は完全に熟睡した寝息を立てている。伊澄と話をしている間何度か彼女の横顔を盗み見たのだが、反応している様子はなかった。本当に眠ってしまったようだ。繭子の家を通り過ぎたのはそんな彼女に気付いていたからだろう。私は伊澄の確認を取るまでもなく、ビデオカメラの電源を落とした。
繭子が目を覚ました時、伊澄の部屋には私と関誠しかいなかった。囁くように静かなトーンで話をしていた私と誠のいるリビングに、真っ白い顔をした繭子が姿を現した。
「やっちゃったよ」とたちまち泣き顔になる繭子に、おはよう姫、と誠が笑って言う。どういう意味かと尋ねる彼女に私が説明する。伊澄が車から自室のベッドまで繭子をお姫様抱っこで運んで来た事。その間繭子は目を覚ます気配もなく、笑えるのを通り越して少し怖かった事を話すと、繭子は両手で顔をごしごしとこすりながら「そうなんだ」と嘆いた。 そして彼女は私と関誠の座っているテーブルの側まで来ると床に座りこんだ。時間を尋ねる繭子に携帯を確認すると、深夜2時を回った頃だった。繭子は「うわ」と小さく声を漏らし、伊澄の所在を尋ねる。スタジオに戻った事を告げると更に「ううううーわ」と項垂れて、「最悪だ」と今にも泣きそうな声を出した。繭子は顔を上げると誠に謝罪の言葉を口にする。誠が首を傾げると、「今日事務所最後だよね、二人でお疲れさんやるはずだったよね」と繭子は言う。しないよ何も、と誠は笑って目を細める。30分程前まではここに伊澄もいて、二人はとてもいい雰囲気だった。私がお邪魔だったくらいだよと教えてあげると、ようやく繭子は笑顔を取り戻した。 爆睡してたね、と半ば心配の意味を込めて私が言うと、イビキガーガーうるさいうるさい、と優しいながらもお道化た声色で誠が冗談を被せた。「嘘お!?」と繭子は大袈裟に驚き、笑い声を上げる誠に「嘘?」と困惑した顔で首を傾けた。私は伊澄の様子を伝える。誠が来るまではいてくれるかと聞かれた事。別に(翔太郎さんと繭子)2人でも問題なくないですかと返事をした私に、自分は誠を迎えに行くし、誰かがそばにいた方が、きっとこいつも眠れるだろうからと答えた事。そして素っ気ない感じではあったものの、腹が立つくらい格好良かった事も付け加えて説明する。関誠が私の言葉尻を掴まえて、私今惚気られてたんだよ、と繭子に言う。特に意識していたわけではないのだが、関誠がいなかった間の伊澄の様子をただ話していたつもりが、聞く人間によっては惚気の類に捉えられるのだと今更ながら気が付いた。報告です、と私が笑って応戦すると、誠はウンウンと頷いて、繭子にベッドへ戻るよう促した。「無理だよー。だって翔太郎さん楽屋戻ったんでしょ?」と答える繭子に、じゃあ今から繭子も楽屋戻んの?どうやって?と誠は尋ねる。時間的にも物理的にも無理だと悟った繭子は、「ういー、えー。うあー」と意味の分からない声を上げた。いいから、ちゃんと寝て疲れ取れ。翔太郎からの伝言、と誠はそれっぽい口調で言って聞かせたが、これは嘘である。しかし「あい」と繭子はゆっくり立ち上がり、テーブルにあったコップ水を勝手に飲み干すと奥の部屋へと戻っていった。
その後私はタクシーを呼んで自分の部屋へ帰ったのだが、翌日約束通り伊澄が朝方迎えに来たそうだ。そして私が夜のうちに帰った事を知った伊澄は、お前がついてて何をやってるんだと誠を叱ったそうである。何のために俺がスタジオ戻ったと思ってんだ、と言われて初めて誠ははたと気がついた。深夜にも関わらず伊澄が部屋を空けた優しさは、繭子ではなく私へ向けられたものだったのだ。本人すらそう聞かされるまで気が付かなかったのだが、
言われて気付いた誠は申し訳なさそうに後日謝罪の言葉を口にした。断っておくが彼女は帰ろうとする私を何度も引き留めてくれた。こんな時間に帰るなんて心配になるだけだからやめてほしいと、何度も。だが私としては、先日繭子の部屋を訪れた時点で既に後悔していたのだ。それなのに流れでそうなったとは言え伊澄の部屋にまんまと上がり込み、彼の恋人と楽しく会話していた自分に吐き気がする程の嫌悪感を抑えきれなくなっていた。
謝罪するべきは私だという認識だった。それでも、誠は伊澄の取った行動の真意を理解できなかった事に後悔を滲ませた。私は返す言葉を持たず、ただただ青ざめた首から上を横にふるばかりであった。
もちろん、レベルが違う。話のスケールが違うと理解した上で思うのだが、関誠の言った伊澄翔太郎という男の優しさを、身を持って感じた出来事だった。
彼はやはりそうなのだろう。自分の身の回りにいる人間全てをなんとかしてやろうと本気で思っている人なのだと、私もそう思う。いや、彼にとってはきっとそれは自然な事なのだ。
誠も、繭子も、伊藤も、URGAも、そしてこの私ですらも、彼の目に映る人間は誰もがその優しさに見守れて暮らしている。その事をこの時程実感した日はなかった。
そして更には、もちろん相手が女性に限った話ではない事も付け加えておく。


あえてこの場面で書いておこうと思う。
伊澄翔太郎の持つ優しさとは、単なる愛情ではない。
そこには悲しいまでの「裏打ち」が存在する。
そしてそれは、(表現の仕方は別として)伊澄だけに限った話ではなかった。
池脇竜二にも、神波大成にも、善明アキラにも同様の傾向がある。
優しさとは何か。
それはつまり、理不尽な恐怖と抗えない暴力に翻弄され続けた、
若き日々が導き出した彼らなりの、たった一つの答えであったのだと。



明けて翌、17日。
前日から述べていた通り、この日は詩音社編集部としての大切な業務連絡をお伝えせねばならない日であった。
時間は午前8時、場所は会議室。
ドーンハンマー4人と、伊藤織江を前に私の心臓は早鐘を打っている。
私が会議室入り口脇にカメラをセッティングしている間、メンバーは普段通り静かなトーンの笑い話で暇を潰している。
練習開始時間は9時5分からだ。
一時間ほどの余裕を持って集まっていただいたのだが、私の中の焦りは消えなかった。



-- おはようございます。
R「ざす」
S「あーよう」
T「おはようさん」
M「おはよう」
O「おはようございます」
-- ええ、改めまして、今朝は皆さんにお伝えしなければいけない事があります。

私の言葉を受けて、全員の視線がカメラではなく私に注がれる。言葉を切っても、誰も先を急かそうとはしなかった。

-- えー、今日まで続けてきました、ドーンハンマー密着取材は早くも9か月になります。思い返せば9か月前、隣のスタジオで皆さんと初めてお会いして、…そして繭子に一刀両断されて慌てふためいたのが遠い昔のように思えてきます。

そこで再度言葉を切るも、誰も何も言わない。特に何かを感じている様子も、予想がついている様子でもない。ただ私の言葉を受け止めようとしている。そんな真剣な眼差しだけがあった。

-- えっと。…だらだらと時間を掛けるわけにはいきませんので単刀直入に言います。今回の密着取材ですが、雑誌連載の話はなくなりました。
O「ウソ!」
恐ろしい程の反応速度だった。
M「え…。なくなったの?」
-- はい。
O「庄内さんから何も聞いてないよ?」
M「えー、びっくりだな」
O「予算とかそういう話? いきなりすぎない?」
M「知ってました?」
男達からは少し離れた位置に座っていた繭子が、体を倒して池脇らに尋ねる。
池脇、伊澄、神波の3人は顔を見合わせるも、特にこれと言った反応を見せない。
伊澄は黙ったまま煙草を銜えて火をつけようとした。
そして何かに思い当たったような顔で、私を見た。
-- 予算ではありません。庄内とも何度も話し合い、これは編集長とも合議済です。
O「うっそー。…え、ごめんね、疑うわけじゃないけど、ちょっと電話掛けてきていい?」
-- その必要はないと思います。
O「何?」
スイッチが入ったような伊藤の声に、思わず私の体が強張る。
S「うるせえな、最後まで聞いてやれよ」
伊澄が助け舟を出してくれた事で、気合の入った私は背筋を伸ばして一気に捲し立てた。
-- 雑誌連載はされません。しかし、ムック本2冊と単行本での書籍化が決定しました。発売は来年4月予定、ドーンハンマーの渡米後に合わせて出版します。わが社の社運を掛けて、三刊同時発売に全身全霊を捧げる所存です!誤解を招くような説明になってしまい申し訳ございませんでした!
O「うー、っそだ、ああ」
M「え、なになに、よく分かんなかった。何を出すって?」
O「本だよ本!あなた達の本が出るの!」
M「え…、なんで?」
O「ちょっとー、人が悪いよ!? 久しぶりに火が付きそうになったよ」
-- 少し怖かったです(笑)。すみません。喜んでいただきたくて。
O「翔太郎は知ってたの?」
S「知るかよ。ただ昨日もこの先の取材の話をしてたから、単純にハイ終わりってのはないんじゃないかってのは思ったけど」
M「ごめんなさい。ごめんね、もっかい説明して?」
R「ムックボンて何だ?」
-- 体裁は雑誌のようなものですが、所謂定期刊行物ではありません。ご存知だと嬉しいのですが、弊社の『Billion』における『Zillion』のような存在なのですが…。
T「別冊みたいなやつのこと?」
R「ああ」
-- 近いです。
M「雑誌とは違うの?」
-- 業界の話になってしまうのですが、定められた発売日ごとに書店に並んでいる雑誌、例えば誠さんなどが主に活躍されいてる『ROYAL』や『MEANING』のような女性誌などは月刊誌と言って、書店で販売できる期間が決まっています。これは販売期間というより返品期限に縛られていて、要するに発売から決められた何日間を過ぎれば売れ残った商品を版元へ戻せなくなる、というルールが存在します。しかし私が先ほど言ったムックには、その期限は存在しません。
M「本屋さんにずっと並べてもらえるって事?」
-- そうです。書店員が自発的に返そうとしない限り、基本的にはいつまでも並べておける商品です。
O「ムック本を2冊も出して、さらに本も出すの?」
-- はい。ムック本2冊に関しては、本来1年連載を予定していた情報量の多さを考慮して、例えば黒版白版とか、書籍で言うと上下巻のように対になった仕様を考えています。撮り溜めている映像はこちらにDVDとして付属します。
R「へえ」
S「本て?」
-- こちらに関しては改めての依頼になります。ドーンハンマーのこれまでの軌跡を、インタビューを交えたドキュメントとして書籍化させていただけないでしょうか。
M「…えーっと、全然ついていけないな。ちょっと待ってね。…さっき決定したって言わなかった?」
-- 失礼しました。それは社内での企画の話です。
M「これまでも一杯取材して話して、それを文章にして連載するっていう話だったでしょ? ムックってのでそれをやるんだとして、書籍化はそれと何が違うの?」
-- 密着取材で書き起こす記事はどちらかと言えばバンドのバイオグラフィを具体的なコメントを中心にして鮮明化していく作業だと思っていて、書籍の方ではバンドとりうよりさらにメンバーの人間性にスポットを当てたいと考えています。
M「んー、まだピンと来ないな、何をやりたいのか」
-- 説明が下手だよね(笑)。
M「それすら分からない」
O「でもさ、何を書きたいのか分からないけど、そもそもムック本でも2冊分必要なのに、単行本1冊で何かを書ききれるものなの?」
-- 実は、もう書いています。
M「わお」
-- というのも、この書籍化の話は私が雑誌連載とは別に個人的に構想していたものでした。ムック本は全ページカラーで写真も多く、構成として雑誌紙面に近いので2冊必要だとは思いますが、文章だけなら単行本でも十分書ききれると思っています。相当分厚くはなると思いますが、内容は、そうですね。…ライナーノーツだと思っていただけると分かりやすいかもしれません。アルバムではなく、あなた方と接して見えてきた人物像と音楽性、出来れば来歴や過去のエピソードなども交えながら、これまでドーンハンマーとして皆さんが生きて来た道程を、1冊に纏めてみたいと思っています。これは本当言うと、出版されなくても良いと思いながら書いていました。私が自分で読みたくて、大切にしたくて、取材の傍らコツコツと書き溜めている伝記のようなものです。それを、先日庄内に少しだけ読ませたんです。そしたら彼は、ボロボロ泣いて、これは絶対に出すべきだ、なんなら連載やめてでもこっちに専念するべきだって、そう言ってくれたんです。
R「庄内がねえ」
O「それで、会社に直談判したわけだ?」
-- そうです。
M「ほえ~」
-- あはは、ほえ~(笑)。
M「なんか、話が大きくなっちゃったね。生きてるのにもう伝記書いてるんだって」
R「それさあ、もしコケたらあんたクビになったりしねえよなあ?」
-- 間違いなくクビです。
R「おいー」
(一同、笑)
-- でもその覚悟はあります。たとえクビになっても、やりたいんです。
O「参ったなあ」
M「ねえ、なんで?」
-- 何が?
M「なんでそんなに私達に入れ込むの? 音楽ライターが仕事なんでしょ? 私達以外にもいっぱいバンドいるじゃん。格好いいバンドいるじゃん。そんなさ、他人の人生に自分の全部を掛けちゃダメだよ」
-- 他人の人生に掛けてるんじゃないよ。これが私の人生だよ。
M「そうだけど」
-- ありがとう。だけど問題はそこじゃないよ。言ったでしょ。私はやりたいの。あとは、皆さんの了承待ちです。
O「これは参りましたよお。…これまでさ、表に出す出さないを考えずに、結構プライベートな事を赤裸々に話して来たと思うの。どうせ編集されてある程度カタチを揃えてもらった文章と内容で世間に出るって分かってたからね。いわゆるオフレコに近いその場限りの本音の部分。そこが時枝さんや庄内さんの胸を打ったんだとしてさ、こっちはそんなつもりで話をしてないじゃない。でもそういうのを全部、ありのまま本に書いて出したいって、そういう事なんだよね?」
-- もちろんこちらの都合だけで勝手に出版したりはしません。ちゃんと事前にお見せして、世間に出せない部分は責任をもって削除します。
O「ふーん。世間に出せない事だらけだと思うけどねえ(笑)。ドキュメントかあ。…どうだろうか。私も今初めて聞いたけど、面白い話だとは思うし、表に出る人間として考えてもそうそうない経験だと思うよ。…まあ、死ぬ程恥ずかしい内容になる事は間違いないだろうねえ」
(一同、乾いた笑い)
R「まあ。アメリカ行った後に出すんなら、もう俺ら関係ないしな。もともと全部出せって言ってきた人間だし、俺は構わねえよ」
-- ありがとうございます。
S「俺らは構わないけど、日本に残る人間もいるからな。例えばナベん所とか、実家のモンとか、そういう面子に絶対迷惑が掛からないなら、個人的な話をどうこうってのはどうでもいいかな。そもそも、音鳴らしてない俺らなんかに誰が興味あるんだって思ってるから」
T「全く売れない可能性の方が高いもんね(笑)。まあ、やるだけやってみればいいよ。それ読んで、そん時駄目だと思ったら遠慮なく駄目って言うからな」
-- はい、もちろん覚悟しています。繭子は、どうかな。
M「んー」
口をぎゅっと結んで床を見つめた彼女の顔は、心なしか青ざめているように見えた。
M「嫌だって言ったら、やめるの?」
-- 出版はしない。でも書くのはやめないかな。
M「トッキーの事は信用してる。…でも私は、今はまだ、笑顔でいいよって言えないかな」
-- うん。
M「私、あんまり知らない人信用できないから」
そう言った繭子の両目に涙が浮かぶ。
それは、顔の見えない不特定多数の人間に自分の半生を晒される事への恐怖と、私に対する申し訳なさがないまぜになった表情の中で、きらきらと揺らいでいた。
-- そんなの当たり前だよ。私が勝手な事を言ってみんなを困らせてるのは百も承知だから。そんなの気にしないで。ムック本2冊を私の手で世に送り出せるだけで、光栄な事なんだから。
M「…ごめんね」
-- 謝らないで。
M「みんなが良いって言ってる事を私だけ我儘言ってなしにするなんて、ありえないよね」
-- そんな事ないよ。
M「ごめん」
R「まあまあまあ、そんな急くなよ。答えは一つじゃねえよ、きっと。分かんねえけど、ムック本てのを出して、その仕上がりを見て、世間の反応を見てからだって、別に話は遅くねえだろ?」
-- はい、確かにそうですね。
M「はい」
R「繭子。お前は何も配すんな」
M「はい」
R「これまでだってお前の目の前には俺達3人がずっと立ってきただろ。これからだってそれは変わらねえ。世間の目なんかお前には届かねえよ」
M「はい」
S「…それはお前、フォローになってないぞ」
R「うははは!」
T「ちょっと失礼だよな? びっくりしたわ、今」
R「間違えたわ、普通に」
M「(涙を飛ばして大笑いする)」
-- 繭子。
M「…ん?」
-- こんな素敵なバンドは世界中探したって、どこにもいないんだからね。
M「…そうだね」
-- 私が伝えたいのはその事だけだよ。
M「うん、分かってるよ」
S「ちなみに、その本出すとしたらタイトルはもう決めてあんの?」
-- 『POINT OF NO RETURN』(仮)です。
S「パクッてんだろうが!」
-- (仮)ですから!
(一同、笑)

連載第42回。「4人だった」

2016年、12月18日。


朝練習を終えた、昼食前の休憩時間。
バイラル4スタジオ内、会議室。
池脇、伊澄、神波に加えて、カメラの外には伊藤織江と繭子にも同席してもらう。
連日の事に心苦しくはあるが、本日も練習の合間を縫って話を伺くタイミングを作っていただいた。画面右から、伊澄、池脇、神波の並び順。特に緊張した様子はないが、普段通りというわけでもないようだ。どちらかと言えば彼らから少し離れた場所で椅子に座り、カメラに映らない位置に控えている繭子の方が緊張の面持ちを浮かべていた。そんな彼女を、池脇がしきりに気にしている。


-- 午前の練習が終わったばかりの所をすみません。お疲れさまです。
R「ざす!」
S「あいー」
T「お疲れさん」
-- 私はこれまで、敢えて繭子と3人を切り離した状態でバンドを見るという事を避けてきました。今でも、芥川繭子はドーンハンマーにおいてきっちり四分の一であり、最高のパワーバランスを保ったバンドでとしてあなた方を捉えています。ですが今回から始めるインタビューは、今存在するドーンハンマーとなるまでの、あなた方の道程を遡っていく旅となります。その過程でいずれ繭子にも改めて登場していただき、色々お話をお伺いする事になると思いますが、まずは3人に質問です。善明アキラさんを含めたあなた方4人の、一番最初の出会いは、いつですか?
R「…」
T「何才って事?」
S「…0才なんじゃないの?」
R「あー…」
-- 生まれる前からですね。と言う事は、親御さん達が既にご友人同士かなにかで。
R「そう。狭い町だったからなあ」
-- 他にもどなたかいらっしゃいましたか? つまり4人以外にも、そういう生まれる前から知り合う運命だったような人が。
R「いや、うん、アキラ入れて4人だな。回りに同い年いなかったしな、他には」
-- 特別な4人だったわけですね。
(一同、笑)
R「ただ覚えてんのは4歳とか5歳からだけどな、そりゃ」
T「親同士が知り合いでっていう話はあとになって聞いたもんな。特に気にしてなかったし、そういうもんだと思ってたよな」
-- そういうもんと言うのは。
T「毎日顔合わしてたしね。近所だったのもあるし、親同士仲良けりゃ子もそうなるだろ。自然な流れというか」
-- 確かにそうですね。どういう子供時代だったんですか?
何気ない私の質問に対し、答えに窮したような気配が一瞬空気をピリつかせる。
R「どういうって…言われてもなあ。あー、うん」
T「あはは」
-- やんちゃだったとか、実はよく勉強が出来たとか。
R「ああー。ははは、あー」
-- 私、おかしな質問してますか?
R「いやいや、そういうんじゃねえけど」
S「アレだろ。前に俺が言った事やなんかがずっと引っかかってて、そこを聞いてるんじゃないの?」
T「はあ。そうか、それでこういう話か」
-- と、仰いますと?
S「違った? ちょっと前に少しだけそういう話をしただろ。治安の悪い町だったとか、喧嘩に強くないと生きていかれないような場所だったとか」
-- それはそうなのですが、私が気にしていたのは場所の事ではなくて、あなた方の中にある暴力的な因子がどこから来て今どこにあるのかと言う事です。
R「そんな哲学的な事言われても」
-- 幼少期から今日に至るまでの、あなた方4人における人格形成の転換点と、その根幹にあるルーツと起因が一体何なのか、どこにあるのか、多角的に考察・検証を繰り返し試みることで、これまで本人達ですら見えていなかった…、いやいや嘘ですよ。竜二さん目を閉じるのはやめて下さい(笑)。私前から思ってるのが、なんでこんなに優しい人達の中に暴力性が垣間見えちゃうのかなって。普段日常の中では全くと言っていいほど横柄な態度を取らないし、紳士的で、尊敬に値する程周囲に惜しみない優しさを持って接している方達なのに、時にはこれまで私が見て来たどの現場でも感じた事がない程、凄まじい怖さを持っているんだなと感じる事もありました。
S「この一年たまたま大人しかっただけだろ」
R「テメエで言うな」
S「俺の話じゃねえよ」
T「お前の事だろお?」
S「…ウソだろお?」
(一同、笑)
R「不良中年って奴だ」
-- いえ、全く不良だとは思いません。ヤンキーとか不良とか、そういう人種とは全然違います。
S「それはうちのテツをディスってんのか?」
-- 全然違います(笑)。
R「じゃあやっぱり環境ってやつだ。場所柄は本当に気になんねえか?」
-- それはつまり、裏を返せば場所柄に関係があるというお話になりますよね。
R「つーか、そのものずばりだからな。時枝さんの言う、俺達の中にあるっていうその暴力性とやらがどこから来たのか」
-- はい。
R「例えば俺達が住んでた場所が仮に地獄という名前だったとしようか。じゃあそこを生き抜いてここまでやって来た俺達の中にある何かは、どこで培われたもんだと思う?」
-- …それは、地獄ですよね。
R「だよなあ」
T「言い方が怖いよ。時枝さんビビらせてどうすんの」
(一同、笑)
-- すみません。引き込まれました。では、皆さんは地獄のような街で育ったのだと、そう仰るわけですね。

神波が池脇の横顔を見た。
池脇は天井を仰いで、考えている。
伊澄は前を向いたまま、しかし視線を少し下方向へ落として、彼も何かを考えている。
皆言葉を選んでいるのだろう。
これまでのインタビュー同様の、弾むような会話のラリーが続くとは私も思っていなかった。しかしこんなにも早く行き詰まるとも思っていなかった。
不意に繭子が立ち上がったかと思うと、会議室入口脇に設置されている背の高い灰皿を持ち上げ、ゴロゴロと転がしながら伊澄の横に置いた。コミカルな動きと彼女の優しさが、場を少し和ませた。
伊澄はフンと嬉しそうに鼻で笑い、何も言わずに元の場所へ戻った繭子に頷きかけて煙草を銜えた。神波が伊藤を見やる。伊藤は彼の視線に気付くと片頬に笑みを浮かべて、机の上に置いた右手の平を上に向けて頷いた。神波は体を前に対して「翔太郎」と声を掛けた。伊澄が煙草のパックとライターを彼に渡す。
口を開いたのは池脇だった。

R「多分、実際にそういう言葉はないと思うんだけど。…こっち来てからは聞いた事がねえし、織江達も知らなかったから、俺らがガキの頃住んでた街でしか通用しない言葉なのかもしれねえんだけどよ、その町は以前、犯罪特区と呼ばれてた」
-- 犯罪特区?
T「でも聞いた事くらいはあると思うけどね。…『風街』とか」
-- えっと、もしかしてそれは『赤江』のことを仰ってますか?
R「お」
T「そうそう。ほら、知ってた」
-- いえ、知っていると言うには頭でっかちな部分が多くて、実際の事はなにも。

注釈が必要だと思うので記しておく。
特区=特別区域という言葉自体はニュースなどでも見聞きする機会はあると思う。辞書からの引用で簡単に説明すると、特定の分野・業種などに対し法的規制等を特別に緩和・撤廃したり、優遇制度が適用されたりする地域・区域のことだ。経済特区、あるいは特別行政区といった呼ばれ方で使用される。お分かりいただけると思うが、特区という言葉の頭に『犯罪』が付く事など普通はありえない。
しかし実際に調べたことのある者にしか分からない事だとは思うが、この日本にはそう呼ばれてもおかしくない地域がかつて存在した。

-- 今もあるんですか? もともと被差別部落だとされていた集落に、その、犯罪者や外部からの流入者が移り住んで出来た街だと聞いた事があります。(19)50年代から60年代頃の話だったと記憶しているのですが。
R「詳しいな」
-- 学生の頃、解放運動を調べていた事があります。とても4年間でどうにかなる問題ではなかったので、結果的には何も残す事は出来なかったのですが、知識だけならある程度は。
R「そりゃ話が早えな」
-- 『赤江』のご出身だったんですね。知りませんでした。
R「履歴書には書いてねえもんな。な? 織江」
O「まあね、プロフィールに敢えて書くような話じゃないもん」
-- そうでしたか。
T「逃亡犯というよりは前科者がほとんどだけどね。名前は違うけど今でもあるよ。聞いた話じゃ全然変わってないって」
R「そうなんだ?」
-- 私が調べていた頃にはもう、地図上に名前はありませんでしたが。
T「治外法権みたいな場所だからな。田舎だし、もともとどんな風に地図に記載されてたかも俺は知らないね。理由はきっと色々あるだろうけど、名前もコロコロ変わるみたいだしな。だから、実際そこが部落だったのかも俺は知らないし、当時はそういう種類の問題で何か被害を被った記憶は俺自身ほとんどないんだ。差別とか、偏見とか。ただ、何が一番厄介だったって、今時枝さんが言った、その流入者達だよね」
-- 風街と呼ばれた所以でもありますね。場所柄土地代も物価も極端に安く、よそで食い詰めた人間や犯罪を犯して逃げて来た者達が多数移り住んで身を隠していたとか。嘘の情報も出回っているようですが、エセ同和地区だという噂もありましたね。(部落解放同盟や同和会が同和予算を行政から獲得するため、もともと被差別部落が存在しない町に同和会が結成されるような事例が数多くあった時代の呼称である)
R「とにかくタチの悪い街だったのは間違いねえよ」
T「治安は最悪、まともに働いてないような奴が一日中ウロついてるし、常に身の危険を感じながらの生活だった。誰が何の目的で襲い掛かってくるかも分からないような」
R「毎日がバツゲーム」
T「そうそう」
-- そうそうって、そんな軽く。…翔太郎さんは、何かありますか?
S「ん?」
-- 普段より少し、言葉数が少ないようですが。
(一同、笑)
S「うーん」
そこへ、気遣いを感じさせる咳払いの音。
O「無理して、何か言おうとしなくてもいいんだからね」
-- (思わず、背筋が伸びる)
S「あ? ああ、分かってるよ。そんな顔すんなよ」

見ると伊藤の顔には、彼女の特徴ともいうべきある兆候が表れていた。
伊藤は自分自身のストレスに対してはとても強い。しかし家族であるバンドのメンバーや、スタッフ達に掛かる負荷には滅法弱いのだ。今も彼女の顔は青白く、私の胸は痛んだ。

S「正直、あの町の事なんて俺はもうどうだっていいんだよ。もうあそこには何もないしな」
T「そうだな」
R「うん」
S「二度と戻ることもないし。ただいまだに、夢に見る事があるんだよ。それを思い出してたんだ」
-- とても辛い経験をされたという事でしょうか。悪夢を見るという意味なら、わざわざ話していただなかくとも結構です。私がお聞きしているのは、何があったのかという具体例ではありませんから。
S「あんまり優しくされると泣いちゃうからやめて」
(一同、笑)
S「色々な部分で思い出が繋がってるから、全部が全部辛いわけじゃないし、話しておきたい気持ちもあるんだけど。…難しいんだよな、この話は」
-- 確かにそうですね。難しい問題ではあります。
R「俺もな。翔太郎が言うように、あの町の歴史とか問題点とか、そういう所にはもう頓着してないんだよ。あそこに帰ることはねえし、実際身内であそこに住んでる人間はもういねえもんな。たださ、今でも思い返す事があるっていうのはやっぱり、俺ら4人があそこで毎日泣かされて、転がされて、それでも負けずにやりあってた時代があったんだよなっていう。そういう振り返り方は嫌じゃねえんだよ」
T「うん」
S「そうだな。確かに」
-- アキラさんとの思い出もありますもんね。
S「アキラなあ…。うん」
T「アキラ。あはは」
R「この話した事あるかなあ。あいつさ、ガキの頃一番体が小さかったんだよ、全員同じ年だけど、一つ二つ学年が違うんじゃねえかってくらい」
-- そうだったんですね。いくつぐらいの時のお話ですか?
R「一番覚えてんのは、10歳とかそこら」
T「ああー、最悪だった年だよね」
R「まじでしんどい思いした」
-- 10歳ですか。…もう30年前の話になりますが、まだ小学4年生ですね。
R「周りがキチ〇イばっかだったんだよ」
O「こら(笑)」
R「っははは、まじでさ」
S「脳髄の腐ったイカレチ〇ポの大名行列だよな」
T「だははは!」
-- おおお。強烈ですね。
R「理不尽だったって思いは今も変わらないよな。全然納得できねえもん。理解出来ねえし、なんだったのか、こっちで勝手にこじつけて考えるしかねえんだけど、要はストレス発散とか、目障りとか、そういう部類だったんだろうかって」
S「理由なんかありゃしねえよ」
R「…」
T「…」
S「基本的によそから来た奴らとか脛に傷のある連中は、街の外に出ないんだよ。殆どが世間に顔向けできない前科者だったけど、中には本当に逃亡中の悪党もいたから、一応は外部の目を気にして内にこもるし、外は外で気味悪がって街の中を覗こうとはしない。警察や行政の介入ももちろんあるけど、大した意味なんてなかった」
R「一人や二人引っ張ったくらいで良くなるような街じゃなかったし、そもそも臭いモノに蓋をしておく為の器みてえな場所だもんな」
S「ああ。そういう悪循環の中で頭のおかしな連中のやる事と言ったら、俺達みたいな地元のガキを取っ掴まえてヤキ入れる事なんだよ」
-- まさか、え、皆さんがその標的だったわけですか?
R「アキラが特に酷かった。小さかったからなー」
-- そんな…。
T「逃げ足も遅いしね。結局は全員で死に物狂いで抵抗して、隙を見て全力で逃げる。その繰り返し」
S「多分、ちょっと想像を巡らせれば『ひょっとして』って肝を冷やすようなグロい事も俺達は経験してるよ。ある種殺される事の一歩手前だよ、もしくは死んだ方がマシ」
-- ちょちょ!ちょっと待って下さい!…そうなんですか?
S「うん」

息を呑む私を前に一同が静まり返る。
私は怖くて伊藤の顔も繭子の顔も見る事は出来なかった。
俯いたまま池脇が「きっつー」と小声で言う。
神波も苦笑いを浮かべた顔を両手で覆い、やがて髪の毛をかきあげた。

-- 周囲の大人達は、一体何を?
S「何もしないよ。大人だって頭のおかしな連中は怖いだろ」
-- 親御さん達もですか?
T「いやいや」
S「それはまた別(笑)」
T「そこはほら、前にも言ったけど、4家族そろって街を出たのはそういう理由だからさ」
-- ああ、そういう事だったんですね。
S「実際それだって相当苦労したと思うよ。事実関係は分からないけど、他所から見れば部落出身っていうレッテルを貼られるわ、犯罪特区から来るような連中だわで、引っ越す先も、仕事も、簡単には見つからなかったろうしな」
R「しかも4家族一斉にだからな。そもそも金がねえもんだから、10年掛かっちまったって言ってたよ」
-- さぞかし大変だった事でしょうね。失礼を言ってすみませんでした。
S「狭い町だからさ、逃げようにも同じ場所にばかり隠れていらんないって悩みもあったよな。そういう追い込まれる夢をいまだに見るよ」
-- 追い込まれる。…翔太郎さんがですか。いたたまれない…辛いお話ですね。
S「(苦笑)」
R「空き地の土管とか壊れかけたブロック塀の影とか?」
T「廃屋の物置小屋とか捨てたられたトタン屋根の下とか」
S「豚小屋の藁の中とか、…ひとん家の2階ってのもあったな」
R「あはは!あったあった!セックスしてるヤンキー兄ちゃんとヤンキー姉ちゃんの口を4人で塞いでな」
S「騒いだらキチ〇イに突き出すぞ!って脅して」
T「可哀そうな事したけどね。俺らも必死だったし」
R「でも結局最後は捕まっちまうんだよ、向こうも一人や二人じゃねえしな」
-- …集団なんですか?
S「いやいや、だからそういう奴らばっかりだったんだよ、あの時代の俺達の街は」
-- 想像すると息苦しくなって来ます。本当、地獄ですね。
T「俺達もそうだったよ、息苦しかった。今こうして笑って話してるけどね。どれだけ毎日、生き伸びる事が苦しかったかね」
R「アキラはすーぐピーピー泣きやがるしよ、翔太郎はまたそれ見てやり返しに行こうとするしな」
-- 10歳ですよね!? やり返そうとしていたんですか?
S「勝てないよもちろん。結局やり返せないんだけどな。でも泣いてるアキラ見てるとさ、じっとしてらんないだろ。あいつの口癖はいつも『なんで? なんで?』ってそればっかり。俺だって知るかよって。だけどその『なんで』を聞きたくなくて、やけくそになって向かってったな」
T「アキラさ、あいつ泣くとすぐ両手で砂利とか石とか掴んで投げるんだよね」
R「そーお。俺達それの巻き添え食ってな、余計翔太郎が怒って」
T「くふふ」
S「泣いて前見えないくせに叫びながら力一杯投げるもんな。キチ〇イに当たなんないで全部こっちに来て」
T「あの石は痛かったなあ。あと俺、あれよく覚えてるなー。竜二のドロップキック」
S「あったあった」
R「何だっけ?」
T「いっつも竜二が全速力で走って戻って来てくれて、ドロップキックかまして俺達を逃がしてくれたんだよ」
S「あははは!」
R「それはだってあれだろ、お前らがとろくせえからだろ」
S「とにかくアキラがすぐ捕まるんだよ。大成がいつもそれを庇って自分も捕まりに行く。俺は無鉄砲に突っ込んでく。竜二はその全部の尻ぬぐい」
T「うーわ、泣きそう!」
R「いやー、きつかったー」
S「最後は全員ボッコボコにされて」
R「…母ちゃんは風呂場で裸になった俺の体の青あざ赤あざ数えて、今日は22個だね、2つ減ったね、だって」
T「強烈!」
R「それでもなんとか、そういう毎日の中でも笑いに変えようとしてくれてたんだよな。10歳だもんよ、母ちゃん達が毎日泣いてんのは、実際気付いてたよな?」
T「どこも同じだよね。うちもそうだった」
-- 命の危険を感じながら、一日一日を逃げ延びるようにして生きてこられたわけですね。
R「まあ、そういう時代、そういう街があったって話だよ」
T「でもさ、11歳になって急に、翔太郎の才能が開花してからはマシになったんだよ」
-- 才能と言いますと、…記憶力ですか?
T「そう」
R「あー、そうだよ、忘れもしねえ」
T「曜日、人数、場所、時間を全部頭に叩き込んで、完璧に一日を逃げ切る逃走経路考えて、全部記憶したんだよこいつ」
-- なんでちょっと楽しそうに話してるんですか。どういう事ですか。
T「いつどこでキチ〇イに出会うとか、この時間この場所に何人いるとか、この道はヤバイとか、そういうパターンを全部覚え込んだんだよ。朝家を出て学校に着くまで。学校から家へ帰るまでの間。翔太郎を先頭に全速力で走ったよな、毎日」
S「まあそれでも、捕まる時は捕まるんだけどな」
R「イレギュラーな遭遇でバッタリ出くわした瞬間の恐怖は凄かったな(笑)」
S「絶叫したもんな」
-- …絶叫。
T「それでも格段に殴られる回数は減ったよ。殴られない日もあったし」
-- 学校やPTAなどで問題にならなかったんですか?
R「俺らの地区からその学校へ通ってるのは当時俺達4人だけだったし、あいつらも上手いもんで、見える場所は殴らないんだよ、顔とか、腕とか。だからいっつも腹とか背中とか太腿なんかを集中的にやられてな。学校でも俺ら浮いてたし、教師は見て見ぬふりだよ。まだ小学校だからクラスメートは俺達の住んでる町がどういう場所なのかも知らないし、理解してる大人達も下手に正義感振りかざして報復でもされたらかなわないって思ってたろうな」
T「もちろん酷い時は警察も来るし、何人かしょっ引いて行くんだけど、何も変わらないね。そういう街なんだよ、顔触れも流動的だったし。翔太郎がどれだけ記憶したって、次から次へ知らないキ〇ガイが現れるんだもんな」
S「俺達に出来る事は、体を鍛えて早く大人になる事だった」
T「俺は大人になれないと思ってたけどね」
-- (言葉が出ない)
S「うん、まあ…、うん」
O「4人で良かったね!」

不意に伊藤がそう言葉を掛けた。普段メンバーのインタビューの際、その場にいても彼女が声を発する事はほとんどない。最初から対談なり雑談の参加者としてそこにいる場合や話しかけられでもしない限り、彼女は裏方に徹する人間である。本来は今日もそのはずなのだが、やはり冷静ではいられない様子だった。
その気持ちは痛い程理解出来た。なんとか私も涙をこらえてはいるが、それは以前伊澄が私に言った、『理解なんかしてほしくない』という言葉を十字架のように胸の中で握りしめる事で、辛うじて踏み留まれているに過ぎないのだ。
そうだな、ほんとそう思うよ、と神波が優しく言葉を返すと、伊澄は煙草に火を点けて大きく吸い込み、天井に向かって深いため息をついた。



-- あなた方4人が東京へ引っ越してこられたのは13歳でしたね。全てが大きく変わったのではありませんか?
R「環境ももちろんそうだし、何よりその頃には俺達自身が変わっちまってたんじゃねえかな」
-- どんな風にですか?
R「織江も言ってたけどさ、…そのー、相当怖かったらしいし」
T「小学校を卒業する頃にはそこそこ体も大きくなってたし、頑張れば4人なら大人1人に勝てる時もあったんだよ。そうなってくると…うん」
S「向こうでの最後何か月かは、学校行かないでこっちから襲いかかってたからな。毎日毎日よくもやってくれたなあって」
-- そうなんですか!? それはまた、頼もしいと言って良いのかどうなのか。
R「広げないでおこうか(笑)。まあ、そこらへんの中一とは明らかに違う人相の4人が平和な街にやって来たわけだからな。異質な存在だった事は認めるよ」
-- 織江さんはその頃4人と初めて出会う事になるわけですが、特別思い出深い出来事など憶えていらっしゃいますか?
O「ん? うーんと…」
S「無理して、何か言おうとしなくてもいいんだからね?」
(一同、笑)
O「うるさいなぁ(笑)。あー…そりゃ、第一印象は怖かったよ。今3人が話をしていたような事情とか経験は、その時の私や皆は何一つ知らないし、とにかく目つきの悪い、暗い男の子4人がいつも固まってじっと動かないからさ。不気味ではあったけど、でも気になって仕方なかったよね、実際は」
-- じっと動かないって、…暴れたりするような人達ではなかったんですか?
O「全然。どっちかっていうと、進学したてで変にテンションの上がってるそこいらの男子の方がよっぽど煩かったし、喧嘩もしてたんじゃないかな。そういうのをちょっと引いた目で見てる人達というか」
-- そうなんですか?
R「いやー、ごめんそこまでは覚えてねえかな」
T「ちょっと環境が変わりすぎて、思うように体が動かなかったとかじゃないのかな」
O「翔太郎は? 覚えてるよね」
S「いや、…俺も入学したての頃なんかはちょっと。織江達と話をするようになってからはぼちぼち覚えてる事もあるけど、お前らが俺達をどう見てたかなんてそもそもこっちサイドの記憶じゃないからな」
O「あはは、それはそうだね。でも…うまく私の言葉では表現できないんだけど…優しい人達なのかもしれないと思って、話しかけたのは覚えてるかな」
-- 織江さんの方から声を掛けたんですか?
O「うん。…だったと思う。転校生だったからさ、5月ぐらいに入って来て。それぞれクラスが別なのにいつも一緒にいるから、『仲良しなんだね』って言ったのを覚えてるよ」
R「ああああ、なんだろこの感じ。じわじわ来る」
S「え?」
T「何、じわじわ?」
O「私、面白い事言った?」
R「違うよ。なんというか…、あー、こいつその頃からの付き合いかーって思って」
O「何よいきなり(笑)」
-- しんみりしちゃいますねえ。13歳の織江さんが発した、仲良しなんだねっていう声かけを想像するだけで、まさに今日この日まで繋がっている皆さんの、絆の始まりというものを感じる事ができますね。
O「大袈裟だよ、はっきり覚えてないよ。『お前ら超暗いな』だったかもしれないよ?」
-- それでもです(笑)。そうか、全ての始まりは織江さんの一言なんですね。真壁さんや渡辺さんとお知り合いになられたのも、同じ時期ですか?
O「ちょっと後かな。中学一年生の…終り頃? 冬だったね。なんで覚えてるかって言うとさ、その時期になってナベが当時の一年をシメちゃったの」
-- シメちゃった?
O「えっと、一番俺が強いぞ宣言しちゃったのよ」
-- あれ、そういう人でしたっけ、ナベさんて。
O「当時はね(笑)。相棒のマーはそんなに喧嘩しないんだけど、当時から2人は仲が良くてね。それでその寒い冬の時期に、ナベがこの人達を体育館に呼び出したの。普通そういうのって校舎裏とかでしょ? 後で聞いたら、寒いから体育館にしたんだって。あー、ナベらしいなと思って、覚えてるんだけど」
-- もともとお二人と織江さんは顔見知りだったんですか?
O「マーとアキラが私と同じクラスだったけど、まだマー達とは話をした事はなかったかな」
R「よっく覚えてんなあ」
T「翔太郎のせいであれだけど、織江も相当記憶力いいからな」
S「あれだけど(笑)」
-- あれ(笑)。ナベさんはどうして4人を呼び出したんでしょう。喧嘩なさったんですか?
R「そう。タイマンでも全員でもなんもいいぞって言われて、4人でぼっこぼこにしてやったよ。マー泣き出したもん、やめろよーとか言って」
S「うはははは!」
-- 酷い話ですね。
T「いやーもう当時の俺らなんて相当酷いよ。筋とか通さないし、加減知らないし。それこそ相手にしてみたら理不尽の塊だったろうね。そういう風に出来上がっちゃってたもんな、4人ともが」
S「でもそれでも俺達とつるもうなんて相当頭悪いよな」
O「おい!」
S「いやいや、だって」
O「喜んでたくせに!」
T「俺達4人にしてみれば、きっと初めてのツレだもんな」
-- 皆さんご自身が初めてのご友人なのでは?
R「ゼロ歳から一緒にいれば、友人とかそんなんじゃねえよな」
-- ああ、なるほど。そういう意味では、ナべさんとマーさんが同性では初めての友達になるわけですね。全く感動的ではない出会いでしたが。
S「あはは」
R「後になって、タイマンで来い!ってもっかい声かけられて、あ、面白い奴だなって思ったのは俺も覚えてるかな」
-- その時は誰が相手をされたんですか?
S「俺」
-- ああ、瞬殺コースですね(笑)。
S「見て来たみたいに言うな」
-- 違いますか?
S「違わないけど、でも根性はあったよ。結局あいつも鼻〇〇〇〇〇〇し」
-- えええええええ、もおおおおおお。
S「そのくらい、立ち上がって向かってきたって話」
T「それで言うとナベんとこ、翔太郎嫌いだもんな(笑)」
S「ヨーコ? まじで?」
-- お嬢さんですよね。鼻の話、家でしてるんじゃないですか?
S「まじかあ」
-- 話を戻しますが、織江さんやナベさん達と出会ってからは、平和な学生生活を過ごされたという事でよろしいでしょうか?
O「そうならどれだけ良かったかね」
-- 全然違ったようですね。
O「平和な時間なんてあったっけ?」
S「今。今平和」
O「そうだよねえ、ホントそうだよねえ。今だよ、平和なのは」
T「あははは」
R「それこそこっち来て変に知識とかついて来た連中が、俺達のもといた場所やなんかを色々揶揄ってくるわけ」
-- 典型的ないじめのパターンですね。
R「そういうのをいちいち相手にしてらんないからさ、とにかく無視してたら面倒な事になってて」
-- なんですか?
R「んー」
O「ナベとマーがね。そういうよく知りもしないで人を差別して揶揄うような連中に怒ってさ、ガッツリ敵対して学校中で大暴れしたの」
-- おお、格好いい。泣けますね!
O「何が男前って、まだその時はこの人達とそんなに仲良くないのよ。でも男同士の変なフィーリングってあるじゃない。喧嘩したら仲間、みたいな変なやつ」
-- いきなり棘が凄いですけども。
O「私の棘なんかより何が凄いって、そういうのが全然分からない連中だったの、当時この人達が」
明らかに面白がって話をしている伊藤に、池脇ら3人は苦笑いで顔を見合わせ、首を横に振った。
T「これきっと死ぬまで言われ続けるんだなって今悟った」
O「あはは、耳元で囁き続けるよ」
-- どういう意味ですか?
R「時枝さんはこの話初めてだけどよ、俺ら何回この件で責められたと思う? なあ、繭子」
M「私に振らないで下さい(笑)」
-- 責められるというのは、…自分達の代わりに戦ってくれたマーさんやナベさんに対して、何もお礼を言わなかったとか、そういった事ですか?
O「もっと酷いよ。そもそもちょっとややこしい関係だったんだけどね。ナベが単独で一年生仕切っちゃったのを良く思わない連中もいただろうし。そこへ来て風の噂程度だったけど、彼らの故郷がいわくありげな街だっていうのも広まって。ナベに言わせるとね、相手は転校生だし、よく知りもしないで集団でへらへら笑いながらついでに人を傷つけるような連中に、この人達がやられてほしくなかったって事らしいの。自分がコテンパンにされた相手だしね。だから本当は全然仲良しって関係じゃなかったんだけど、変な噂を広めようとする奴は全部俺んとこ来いっていうスタンスを取っちゃったんだって」
-- 男前ですねえ。
O「でも中学生なんてさ、集団心理が一番強烈だったりするでしょ。相手は喧嘩強いかもしれないけど、たった2人だし、とりあえずむかつくからやっちまおうぜっていう」
-- そうなりますよね。
O「で、あえなく撃沈と」
S「フフ」
O「ちょっと(笑)。性格悪い奴って思われちゃうからやめてよ」
-- 何を思い出されてたんですか?
S「いや、話だけ聞いてりゃどんだけゴツい連中の武勇伝かと思えば、中学生かよって」
R「あはは!13歳!」
-- 皆さんの話をしてるんですけどね(笑)。
O「ダメダメ、こういう発言は削ってかないとね。イメージダウンは今は絶対ダメ」
-- 分かりました(笑)。
O「でもなんか、当時もこんな感じだったな。思い出したよ。子どもなりに皆それぞれ大真面目に、誰かを思い合いながら傷ついたり仲直りしたり、そういう時間を過ごしてる間も、今みたいに『大した事じゃないよ』っていう顔で笑ってるの。…まあ、今思えば実際大した事ない話だけどね」
-- 織江さん(笑)。
O「でさ、結局そういう経緯で、あいつボコボコにやられたらしいよって言う話をね、私がこの人達の耳に入れたのよ。マーに言えって言われたからなんだけど。そしたら4人が4人ともポカーンとした顔で、『なんで?』って言うの。男同士のそういう、シンパシーとかさ、昨日の敵は今日の友みたいなさ、そういうの全然分からない人達だったの。挙句なんて言ったと思う?『変なの』だからね!」
-- あはは!ああ、それで先ほど『変な』を連発されたんですか。
O「うん。腹立つくらい鈍感でしょ」
-- ちょっと不思議な感覚ではありますね。
O「なんとも思わないの? 君らが馬鹿にされたり根も葉もない事で暴言吐かれたりする事に対して、あいつらは怒ってくれたんだよ?って。そこまで言っても、『なんであいつらが怒ってんのー? そいでなんで伊藤さんが怒ってんのー?』」
-- それはどなたが?
O「アキラ」
S「お前相当記憶力いいな!俺、全っ然覚えてないぞ!」
O「ウソ!?」
S「そういう事があったのは覚えてるけど、誰が何言ってたかなんて全然記憶にない」
R「俺もねえなあ」
T「言われた方は覚えてるもんだね」
S「今更だけどお前が社長で大正解だって改めて思う」
O「ありがとう(笑)、給料アップしとく」
S「ウソ!?」
-- (笑)、結局、その騒動に対して4人は何か行動を起こされたんですか?
O「だから私が4人を引っ張ってって、ナベとマーに会わせたの。ちゃんと話をしなさいって」
-- 織江さん、もうすでに社長みたいな行動力ですね。
M「(格好いいなあ)」
-- 繭子聞こえてるよ。
O「あはは、ありがとう、給料上げとく、もういいか(笑)。でも会わせたって言ってもナベ寝込んでたから、皆で彼の家に行って、ご両親に向かって友達ですって無理やり言わせて上がり込んでね。その時じゃないかな、ようやくこの人達の目に力が入ったのは」
-- 何があったんですか?
O「ナベもこの4人が来るって思ってなかったみたいでさ、最初はテンパって空元気で、何なんだよ皆して馬鹿にしに来たのかよーなんて言ってたのがさ、無言で座ってるこの人達を見て、ナベの顔がだんだん真っ赤になってね。最後泣いちゃったんだよね」
-- え、それはどういう。嬉し泣きですか。
R「違うだろ」
O「うーん。あはは、皆ね、言葉にはしないんだけど、そこでちゃんと伝わるものがあったみたいでさ。結果オーライだね」
-- なんでしょう。…悔しかった、とかですかね。
R「なんで?」
-- 結局、大口叩いておいてこのザマだよ、と思ってしまったとか。
S「状況だけ聞けばそうだよな。でもその場のあいつの顔は違った気がする」
T「そうだね。なんていうか、あいつなりに本気で俺達の名誉を守ろうと思ったんだろうなって、俺はそう思ったな」
R「うん。喧嘩弱えくせにな」
S「あはは。あいつが俺達をどういう風に見てたにせよ、一度は俺達の前に立って守ってやろうとした気持ちがあったってのは、実際あいつが泣くのを見るまで信じられなかったし」
O「自分が負けちゃった事で、守ってやれなかった。そう思ったってことか。…後悔とか謝罪に近いのか」
-- ええ、ナベさんて凄い方ですね。
S「その時は今ほどはっきりとした意図や感情は汲み取ってやれなかったんだけど、あいつが泣いてるのを見て、無性に腹が立ったのは覚えてるよ」
R「そうだ。こいつ言ってたもん」
O「言ってたね。『面倒くせえからもう泣くな!』って」
T「あははは」
-- ひどいー。
O「違う違う。翔太郎そう言ってさ、立ち上がってナベん家を飛び出してったの」
-- え。まさかやり返しに行ったとか?
O「そ」
-- やったー!
(一同、笑)
S「なんの笑い?」



-- ノイさんとの年齢は二つ違いでしたね。皆さんが中学三年生の時に、一年生です。
R「初めて織江の背中から出て来た時、コノカワイイノワナンダーって思った」
S「ヒヨコかな?」
O「あはは」
R「いやでもまじでそんな感じ。なんか、ギューってしたくなるような小動物感」
T「12、13なんてそんなもんだよね。子供と子供の初恋だ」
S「トサカのグアー!ってなった雄鶏とヒヨコの恋な」
R「あははは!」
-- 今でこそこういう風になんの抵抗もなくノイさんへの思いを口にする事は出来ますが、当時はやはりそこまでストレートには出せなかったんじゃないですか?
R「まあ、こいつらには釘刺して手を出すなって言ってたけど、だからってすぐに付き合うとかそういう発想にはなんなかったな。そもそもガキだし恋愛がよく分かってなかった」
-- なるほど。高校受験を控えた年でもありますし、精神面では大人に近づきつつある年代ですよね。
R「あっと言う間だった気がする。中学の頃はちゃんと毎日学校行ってたし、一番学生生活らしい生き方をしてたな」
-- その後も変わらず喧嘩三昧でしたか。
R「学校内ではほとんどしなかったな。自分達から喧嘩を売るという事がなかったし」
-- そうなんですね。皆さん揃って同じ高校に進学されたんですか?
R「一応な。近所の馬鹿でも入れる学校に」
O「倍率1.1倍のね」
-- それ試験受けたら入れるじゃないですか。
O「そうよ。私はノイの事があったから、地元で家から通える所ならどこでも良かったし」
R「俺達はほとんど行ってねえけどな」
-- 何故ですか?
R「んー」
S「反動かな」
T「そうそう、それだ。中学の頃よりトゲトゲしてたもん4人とも」
-- 反動とは、何の反動ですか。
R「こっちへ来るまでが、それこそ一生分の苦痛まみれな地獄だったからさ。なーんもない日常に対して精神的な拒否反応を示すようになってったんだよ。俺らにとっちゃなんの不自由もない平和な時間が3年も続いたから、その事に意味なくイライラして」
-- そんな風になってしまわれてたんですね。
R「それが反動だって事は当時はよく分かってなかったけど、きっとそういう事なんだと思う」
T「繭子が言ってたけど、俺がテツを入院させた話を聞いたんだろ? あれもそういう所に原因があるんだよきっと」
S「心の中でいつも、早く誰か殴って来い、蹴って来いって考えてたよな」
-- ええっ?
R「信じられないんだよ、何も無い一日ってやつが」
-- (言葉が出ない)
R「毎日、頭のイカレたおっさんが俺達に襲いかかろうと物陰に潜んでたり、街中追い掛け回されたりってのが日常だったからな。今平和だって事は、またどこかでどえらいしっぺ返しが飛んで来るじゃねえかって、いつからかそういう不安に気が付いて。毎日毎日イライライライラ」
-- 織江さんはそういう4人をどのようにご覧になっていたんですか?
O「怖かった。もう一言。怖かったよ」
-- そうですよね。
O「それは例えば私が殴られるかもっていう不安じゃないのね。私やノイと話をしている時は普通なのよ。でも…側に私達がいる事に気づいていない時、4人で顔を見合わせて立ってる時の姿は、…なんて言ったらいいか分からないな。今でも」
-- お互いの目の中に、同じ思いを感じ取っておられたんでしょうか。
R「そこにしか安心がなかったんだよ」
T「そうだね。この4人だけは、誰の目を見ても自分と同じだって思えたし、裏を返せばこの4人以外誰も信用してなかったよ」
-- 織江さんやノイさんもですか。
S「その時はそうだったな」
T「それがまた嫌でさ。それがまたストレスにもなって」
R「ここにいるべきじゃねえなあって」
O「物凄く怖かった。ノイと一杯話して、どうしよう、どうしたらいいって。何が出来る、何もしない方がいいのかって。そもそも事情をよく知らないままだからさ、答えなんで出ないんだけど。ただまあ、私達の方から逃げたり離れたりするのはやめようねって」
-- そうだったんですか。
O「いたってシンプルな乙女の思考だけどね。恋心もあるし、だから余計に力になりたいし、でも子供だから何もできないし。そんな自分達に酔ってるような部分もあったと思うよ。そういうのを察知したかのように、まず翔太郎がサーって遠くに行ってしまって」
-- 皆さんの元を去ってしまわれたんですか?
R「単独で行動する事が増えたってのは一時期あったな。多分…気を使ったんだろうな」
S「いやいや、違う違う。面倒だっただけ」
T「違うね」
S「ほーら、面倒くさい(笑)。…繭子笑うな」
-- (笑)、学校外で大人の女性とたくさん遊んでいらしたとか。
S「ああああ!面倒くさい!」
O「モテモテだったよー。私生徒会役員だったんだけど、研修生みたいな若い女の先生がね、伊澄君に話があるんだけど居場所を知らないかって聞いてくるの。その時はなんとも思わないよ。私友人なんで伝えておきますよ、何ですか?って言っても、直接話がしたいって言うの。何か問題でも起こしたのかなって心配になって、なんですか、正直に話してくださいって食い下がったらさ。『なんでよ、話がしたいって言ってるんだから教えてよ。あなたは出て来ないで!』って泣き出したからね」
-- ええ!?
O「アナタハデテコナイデ?って思って。ああー、これはそういう事なのかーってびっくりした。そういう方面で問題起こしたのか、って」
S「ややこしい言い方すんな(笑)」
(一同、笑)
O「名前覚えてる?」
S「お前の嫁どうなってんだよ」
T「(苦笑い)」
O「まあでも、ちょっと安心もしたんだよね。そういう普通の男の子としての魅力を持ってて、それを見つけてくれる人もいて、青春してんだなって。そこまで具体的な感想は思ってなかったけど、なんとなくほっとしたのは覚えてる」
-- 実際翔太郎さんとしては、学校外ではどのようなお気持ちで過ごされたんですか?
S「どのようなって?」
-- 少なくとも、同じ気持ちを抱いている仲間が3人いると分かっていても、そこをあえて離れてみたくなった心境といいますか。
S「方向性の違い?」
-- バンドの空中分解みたいな話ではなくて(笑)。
S「はっきり覚えてない。だからさっき言ったみたいに、誰でもいいから殴ってこいよって待ってた部分は大きいんじゃないかな。学校なんてそもそも俺達よりタチの悪い奴いないもん。そりゃあ、街に出たほうがまだましだろうって」
R「アキラもそう言ってたな」
S「あいつと俺はほとんど学校行かないでブラブラしてたもんな。面白かったのがさ、街ん中で喧嘩の声が聞こえるなーと思って近づいてったら、アキラが知らない高校生達と大喧嘩してる現場に出くわして」
T「あー、それ聞いた事ある。お前すぐ側まで近づいてって、地面にウンコ座りしたままニヤニヤ見学してたんだってな」
S「そ。アキラが負けたら次俺行こうと思ってたんだけど、あいつ俺に気づいてエンジン掛かってな。ボロ勝ちしやがった」
T「聞いた聞いた。笑ったよその話。絶対譲ってなんかやらねえから!って思ったんだと」
S「いや、実際そう言ってたよ、声に出して(笑)」
(一同、笑)
-- つまり喧嘩ばかりしていたと。
R「喧嘩と女と酒と煙草な」
S「演歌だねえ~」
M「あははは」
-- 嬉しそうに笑うねえ。
M「面白いじゃんだって」
R「お前ホント昔の話好きだな」
O「違うよねえ。繭子は昔話が好きなんじゃなくて、あなた達の事が好きなのよ?」
S「J-POPだねえ~」
M「あははは!」
-- 手叩いて笑ってますけど(笑)。
O「結局竜二も大成もさ、私やノイとちゃんと話をしてくれたっていうだけで、基本的にはやっぱり翔太郎やアキラの側にいたがるんだよね。言わないんだけどそれは分かったよね。いっつも目が、その場にいない誰かを探してるように泳いでたんだ」
-- うーん。友情のお話を聞いているはずなのに、…なんでこんなに切ないんだろう。
O「そうなの。切ないんだよね。ただ仲が良いとか、男同士つるんでる方が気が楽でいいとか、そういう次元じゃない気がしたんだよ。絶対に離れちゃいけないんだって、何かそう信じ込んでるような感じがして、そこもまた少し怖かったりね」
-- そういう織江さん達のお気持ちって気付いていらっしゃいましたか?
R「…」
T「いやー、悪い、覚えてない。というかこういう話も初めてではないから今はもう知ってるし、ありがたいなって思ってるけど、当時は本当に最悪の精神状態だったからね」
普段と変わらない優しい口調なのだが、神波の言葉には過去の出来事だと笑い飛ばせない生々しさがあった。沈黙と、何本目かの煙草に火をつける伊澄の動作。
S「こういう言い方をすると誤解されるけかもしれないけど、一瞬本気で、あの街へ戻って大暴れしてた方がマシなんじゃないかって、考えた事もあるんだよ。そのぐらい何をやっても落ち着かなくて、人のいない隙を狙ってわけわかんない事叫び続けたりした」
-- ええっ…。
S「あはは、引くよなあ」
-- そんなわけないじゃないですか。引いてるように見えますか!?
S「怒るなよ」
-- 怒ってません。
R「あの街で俺達は、ずっと4人だったんだ」

弱々しく伊澄に言葉を返した矢先、ポツリとそう放った池脇の言葉が、とてつもなく重たい鉄球のように私の体にぶつかって来た。私は黙って彼の言葉の続きを待った。

R「雨が降って街中がドブ臭い日も、カンカン照りで脱水症状になってぶっ倒れた時も、熱が上がって学校休めって言われた日も、あいつら大丈夫かなって気になって休めなかったよ。4人とも信じられないような酷い目にあって来た。口にすべきじゃないような事だ。いくら根性座ってようが、歯向かう気持ちを持ち続けていようが、10歳やそこらの俺達には抵抗しようがなかった。昨日はお前、今日はこいつ。そんな具合に胸倉掴まれて路地裏に引き摺り込まれる。誰かが金切り声を上げながら助けを呼びに全力で走る。残った2人で死に物狂いの反撃に出る。だけど地面や壁に叩きつけられて呆気なく気を失う。父ちゃんや母ちゃんが助けに来る頃には俺達全員転がってる。これ以上何かされたらあいつらマジで壊れちまうって、怯えながら今日も4人が揃ってる事を確認する毎日だった。でもそれは、俺だけに限ったことじゃねえんだよ。目を見れば分かる。全員がそうだった。お互いが、お互いをそういう風に見守り続けてた。俺達は毎日、毎日、ずーーーーっと、命がけで走ってたんだ。そんなの今更止まれないって。だって止まったら。…捕まったら今度こそ死ぬって分かってたんだから」

池脇の言葉が終わるのを待たずして、伊澄と神波の目から音もなく涙が零れ落ちた。
伊澄も神波も煙草を吸い続けている。
しかし止めどなく涙は流れ、そのアンバランスな光景がとても悲しかった。

R「もちろん、それぞれ親は皆優しかったさ。愛情に飢えてたなんてそんな話じゃねえことは分かってくれ。ただどこも、どうしようもねえくらい貧乏だった。親は親で必死になって、体力の限界まで働いてやっと人並みの貧乏暮らしだ。そんな中で俺達は我儘なんて言えるわけねえ。学校だってタダじゃねえんだ。引きこもって家ん中で震えてるだけじゃダメだ。泣きながらでもなんでも学校へ行かなきゃまともな人間にはなれねえ。ガキの頃は本気でそう思ってた。それに、俺にはこいつらがいた。それだけで、生きてく理由があった」

投げ出した長い両足の間で左拳を右手で握っていた神波の体が、震えているのが分かった。恐ろしく強靭な力で涙と嗚咽を抑え込んでいるように見えた。
もはや私に掛けられる言葉はなかった。

R「だから皆揃って引っ越しが決まった時はホントに嬉しかった。この地獄も終わる、あと一週間で終わる、あと一日で終わる。…引っ越し当日になって、お互いが同じ事を言い出した。うちの家族が最後に街を出発するように言うから、お前らは早く行け。いやお前ん所が先に行け、いやいやお前が…。携帯電話もない時代でよ、結局うちの家族が一番に街を出たんだけど、俺なんか後ろの連中が気になって仕方ねえんだ。ちゃんとあいつら来てっかな。誰か一人でも、取っ捕まってあの街に取り残されてやしねえか、事情が変わって一日遅れで出発なんて事になってねえかって、そんな不吉な事ばかり考えながら何度もトラックから身を乗り出して父ちゃんに怒鳴られた。引っ越し先に到着したのはもう夜中で、隣同志ってわけでもねえからそれがまた心細くてよ。皆の到着を一人駆けずり回りながら待ってた。家ん中入って荷解き手伝えって叱られても、ずーっと待ってた。最後に到着したのがアキラん所で、4人揃って顔合わせた時は皆で泣いた。ああ、これでもう大丈夫だ。もう逃げ回らなくていいんだってな。…けどよ。…駄目だったんだよな。体に染み付いちまったもんからはそう簡単に逃げられやしないんだよ。他所の街へ移って、中学に入って、高校に進学してからも、それこそバンド組んでからだって、なんなら今だって、追いかけ回された挙句に取っ捕まって、悲鳴上げながら転がされた感覚はしっかりと背中に残ってる。なあ、俺達は何発殴られた? 30年経った今も、アキラが死んで10年経った今でも俺はうなされるよ。酷い時なんて、アキラはどこにいるんだって混乱して飛び起きる夜もある。あいつは病気で死んだんだ、あの街に取り残されてるわけじゃねえ。そんなの分かり切ってるはずなのに今でも怖くなって飛び起きるんだよ」

精神力で抑え込もうと塞いだ喉を突き破り、伊澄と神波の慟哭が『音』になって零れた。
池脇の言葉は決して彼だけのものではないという事を、彼らの嗚咽が証明していた。
怖くて怖くて、とても悲しくて、私は叫び出してしまいそうな自分の口を両手で押さえつけながら、息を殺し、両目を閉じた。
繭子は俯いて耳を塞ぎながら震えていた。
伊藤は放心したような顔で、お守り代わりのネックレスを握って唇を動かしていた。
彼女はずっと自分に言い聞かせるように呟いていたのだと、後に聞いた。
もう終わった話だ、皆ここにいる、皆ここにいる、と。それはまさに、神波が悪夢に苛まれて飛び起きた時、彼の背中を抱きしめながら掛け続ける言葉なのだと教えてくれた。



恐怖に顔を歪めながら走り続ける少年達を想像する。
彼らはついぞ逃げ切る事叶わず、心は未だあの街の恐怖に取り付かれたままだ。
30年経った今も、彼らにとっては過去ではないのだ。
繭子も伊藤も、彼らの話を聞くのは今日が初めてではない。
それでも耳を塞いでしまう。
それでも彼らが味わった恐怖に心が委縮してしまう。
伊澄は私にこう言った。
『俺達は、一回全部このスタジオに置いてくべきなんじゃないか』
私も心の底からそう願っている。



トントン。
会議室の扉が優しくノックされたのは、その時だった。

連載第43回。「麻未可織のいた時代」

2016年、12月18日。
会議室。



扉を開けて姿を見せた関誠は、
「お疲れ差し入れに、なんだこの空気は…!」
と仰け反って扉を閉めた。
そして敢えて私達に聞こえるような声で、
「テツさーん、私この空気の中入れる度胸なーい」
と言った。私達はお互い顔を見合わせて笑うしかなかった。
ああ、こういう事なんだろうなと改めて思う。
誰もが大切な人を思いやり、泣き声の次には笑い声を運んでくる。挫けそうになって両膝を折ろうと、我慢強く見守る誰かがきっと側に立っている。全員が全員、そうやってお互いを見つめながら生きて来たのだ。
関誠の姿を見た事で思い出した。それは彼女が教えてくれた、彼らの『長兄』という立ち位置へのこだわりだ。幼い彼らにとって、お互いを守りたいと願う優しさそのものが、生きる理由だったのだ。
伊澄が両手で顔をごしごしと擦って立ち上がり、扉を開けた。
「おおっと。…おはよう、遅れてごめんね」
誠がそう言うと、伊澄は肉まんの袋を受け取り彼女の耳元で何かを囁いた。
「…それは、日本語で言ってよ」
と誠は答え、困ったような嬉しいような笑顔を返して室内に足を踏み入れた。
当初、今日のインタビューには最初から立ち会ってもらうはずだったのだが、既に定期検査の予約が入っていた為病院を訪れてからの合流となった。
「検査どうだったの?」と伊藤が声を掛ける。
誠は笑顔の横でピースサインを作る。
本当に?と尚も伊藤は心配そうな顔を浮かべる。
「ちゃんと結果貰ってきてるよ、あとで見てね」
誠はそう言うと、カバンから病院の封筒ではなく雑誌を取り出した。
女性誌『ROYAL』だ。表紙には関誠の笑顔が大きく掲載されている。
「最後の奴か?」
と池脇が気付いて手を伸ばす。
誠は彼に雑誌を手渡すと、近くにあった椅子を自分に引き寄せ、私の隣に腰を下ろした。
関誠が有終の美を飾る雑誌にメンバーが集まるのを横目に、私は小さく彼女に挨拶の言葉を掛けた。誠は私の右手を取って手の平を上に向けると、自分の右手をパーンと打ち鳴らした。
そして、「助っ人に来たよ」と言ったのだ。
思わず私は彼女を抱きしめそうになる。
ありがとうございます、心強いです。
なんとか小さな声でそう答えた私は涙を拭いて顔を上げた。
繭子がこちらを振り向いて元気な声で言う。
「インタビューだって! 最後だから?」
「そうだよ。一応ロイヤルが一番長く、多く掲載してもらった雑誌だからね。卒業っていう形で、グラビアとインタビューページを割いてくれたんだ。良い雑誌でしょ」
「凄いねー。誠さん超キレー!」
口々に誉め言葉やどの写真が一番好きかなどの感想を言い合っている。
私は誠に聞いてみる。
先程翔太郎さんはなんて?
誠は嬉しそうにメンバーの姿を眺めていたが、ゆっくり私の方を見やるとすぐまた向き直り、
「聞いたらなんでも答えると思うな?」
と言った。
誠のその言いようが何故だか私は嬉しくて、無言で頷いた。
そしてやはり笑ってしまうのだった。



もちろん彼女とプラチナム、そしてROYAL発売元の出版社『中央未来』様の許可を得て、
全文ではないが関誠のモデル人生最後のインタビューをここで紹介したい。
さすが一流の女性ファッション誌だ。
インタビュアーの女性の語り口も、目線も、距離感も何もかもが優しい。
思わず私まで嬉しくなってしまう程愛情溢れるインタビューである。



-- まずは、おかえりなさいという言葉を使わせてください。
「ありがとうございます。ただいま戻りました」
-- 大病をご経験されて、この度復帰されるまでに半年ほどかかった思いますが、ご自身では長かったですか。短かったですか。
「長かったです。過ぎてみれば半年だし、それほど日数は経っていないのですが、一日一日がとても長く感じていたし、戻ってこれないんじゃないかと思い悩んだ時期もあったので、やはり」
-- 『ROYAL』と共に歩んできたと言っても過言ではないこの10年にして、卒業を迎えた最後の年にこれほどの試練が待ち受けていようとは。
「そうですね。今回体の事もあって、今のようなタイミングで卒業という形を取らせていただく事にはなりますけど、それでもきちんとこうして戻ってくる事が出来て、そしてわざわざページを割いてくださって、もう感謝しかありません」

(省略)

-- 何年も前からお噂になっていた男性とは、その後も素敵な関係を育んでおられるそうですね。
「あははは。えーっと、そうですね」
-- 素晴らしいことですね。なんでも、とてもお優しい方だと伺いました。
「そうです。博愛主義者のような人です」
-- (笑)。それは八方美人とは違うんですか?
「あるいは、そうかもしれませんね。でも、私は心から尊敬しています」
-- 尊敬。いい言葉ですね。男女間において、時に忘れがちになる大切な信頼ですよね。
「そうですね。…もちろん男性として見た時に感じる魅力というものも、大前提としてあるわけなんですが、最近この年になって思うのは、一緒に生きて同じ時間を過ごす人間として、どれ程掛け替えのない存在なのかという事を、強く意識してしまうんですよね」
-- 所謂ラブラブな期間を過ぎて、相手の存在が自分と同じような比重でそこにある、と。
「今でもラブラブです(笑)。でも、そうですね。そうなんだと思います。どう言ってよいのか、適切な言葉が分かりませんけど、少なくとも私自身よりは大切な人だと思っています」
-- そう思えるお相手とは、本来出会うことすら難しいですよね。
「ラッキーでした(笑)。この10年で女性としての格好良い在り方や理想を求める姿勢をロイヤルで沢山学ばせてもらったので、それが今に繋がっているのだと思います」
-- 10年経てば、流行のファッションやトレンドが目まぐるしく変化します。誠さんの中で、あえて変わらない事、変えなかった事を挙げるとしたら、どんな事になりますか?
「そうですねー。難しいですね。…優先順位でしょうか」
-- 例えばどのような場面ですか?
「仕事も、人間関係も、恋愛も。若い頃から私は常に周囲の誰かに助けてもらいながら今に至ります。自分一人で何かを成しえた事などないと言っていいぐらいです。なので、大切にする物、する事、する人。その中身はずーっと変わらないですし、常に私自身よりも優先します」
-- ご自身の努力をもっと褒めてあげて下さい(笑)。
「仕事で、まあ、仕事だけでなく何でもそうですが、努力することは当たり前だと思っています。というより、そう教えられて育ちました。人間、調子が良い時はなんだって出来るし、いつまでだって出来る。それで例え他人より優れた結果が残せたとしても、それは努力とは言わない。本当にしんどい時、辛い時にこそ頑張る事が努力なんだと」
-- 素晴らしく力強いお言葉ですね。ご両親ですか?
「博愛主義者です(笑)」
-- お噂の(笑)。

(省略)

-- ここから、関誠さんにとって新しい世界が始まるわけですが、ビジョンのようなものはありますか?
「とりあず長生きします」
-- 健康第一ですね。
「それもそうですが、ロイヤルが他の女性ファッション誌と大きく違うなと思うのは、流行を追いながらもそれがファッションだけに留まらない女性の生き方そのものの最先端を追っている点だと思うんです」
-- ありがとうございます。励みになります。
「実際に最先端かどうかでなはく、そこを追いかけている姿勢が好きなんです。ロイヤル自体の読者層は今20代後半から30代なので、おそらくファッションだけで言えばもっと若い10代の方が流行には敏感ですよね。ですが私ぐらいの年代になると服装の流行りすたりよりも、その服が自分の時間にとってどういう意味を持つかとか、どれだけ自分らしくいられる時間を長く作れるかとか、そういった見方をするようになると思うんですよ」
-- その通りだと思います。さすがですね。
「そういう目線で最先端を常に探求している姿勢が好きなんです。私も、モデル人生は一旦休止になりますが、この先もロイヤルと同じ探求心を持って、自分が歩く道のずーっと先を見つめて生きていこうと思っています」
-- ずっと応援しています。10年間お疲れ様でした。あなたに会えて良かった。ありがとうございました。
「こちらこそ、夢のような時間をありがとうございました。定期購読し続けますね」
-- ありがとう、是非(笑)。



「この博愛主義者ってまさか翔太郎じゃねえよな?」
眉間に物凄い縦皺を刻んで池脇が振り返る。
まだインタビューを呼んでいない伊澄は咳込んで煙草の煙を盛大に吐き出し、そして片眉を吊り上げた。誠は何かを言おうとして口を開いたが、結局言葉では何も言わずにただ微笑んだ。
「んだよお前はよー」
池脇は心から嬉しそうに悪態をつき、
「結構前に噂になったイケメンカメラマンだったらどんなに大笑いするかね!」
と悪戯っぽい笑顔で誠を見ながらそう言った。
誠は驚いた顔で「おーい!」と叫び、次いで伊澄を見やって立ち上がる。
伊澄は側へ来ようとする誠を見ずに、右手を上げてそれを制した。
そして伊澄に睨み付けられた池脇は、両手を頭より高く持ち上げた。
関誠がまだ20代前半の頃、当時勢いのあったアイドル専門のカメラマンと仕事をした事があった。当時今よりもアイドル路線での売り出し傾向が強かった誠に白羽の矢が当たり、バリで写真集とDVDの撮影が行われたのだが、何故かその時のオフショット写真が芸能週刊誌に掲載された。カメラマンには妻子があり、いわゆる撮影旅行を隠れ蓑にした不倫疑惑の記事に誠は利用されたわけだ。仕事のオファーは出版社側から来た為、相手にそのような思惑があったかどうかは分からない。当のカメラマンとはそれまでも何度か仕事をした事があり知らない関係ではなかったが、ご存じの通り関誠は15歳から伊澄翔太郎と交際している(実際は違うが、誠本人の意識としてはそうだ)。不倫など100%在りえない話なのだが、その100%を人に伝える事は出来ないし、掛けられた疑惑を払拭しきるだけの証拠はどこにもない。
まだ20代前半だった誠は傷つき、落ち込んだ。カメラマンとの疑惑を掛けられた事はどうでも良かったという。不本意な形で雑誌に顔と名前が掲載された事も、どうでも良かった。嫌だったのは、伊澄がたとえ1%でも信じてしまう事だった。伊澄本人は全く気にしていなかったが、気にするしないではなく、彼の頭の中にその可能性が1%でも刷り込まれ、想像される事が嫌で嫌で仕方がなかったそうだ。結局話題先行で発売された写真集もDVDも売れ行きは伸びなかった。その後もアイドル路線の仕事のオファーは何度もあったが、関誠が引き受ける事はなかった。
だが、そんな話も今は昔だ。
後に私が本人から話を聞いた時、とても彼女らしいなと感心した発言を残している。


『私そうなってみて初めて気づいたんだけど、ヤキモチ焼いて相手を疑う事より、疑われる事の方が何倍も嫌なんだよね。理解されなかったらどうしよう。信じてもらえなかったらどうしようって、そればかり考えすぎてハゲるかと思ったもん。他人からどう見られるとか、売名行為とか、写真集の売り上げとか、将来とか、小指の爪の先程も考えなかったよ。そんな事なんかよりも翔太郎の事だけ考えて、パニックになったもん私。意味なく彼の部屋に連泊したりしてね、全然帰ろうとしなかったり。あはは、若っけー。…でも実を言うと、ちょっと騒動を利用した部分もあるんだよ今思えば。だって私は100%嘘なんだって自分で分かってるから。それを伝えようと頑張ってる時間は純粋にあの人だけを見ていられたからね。なかなかないよ、人生でそんな贅沢な時間は』


呆れたような溜息をついて再び私の横に座った誠の横顔を見つめると、それに気づいた彼女はメンバーらを見据えたままこう言った。
「今私の話してる場合じゃないよ。どんどん行って、ほら」
大成さん、…本当にこの人凄いですよね。



-- では、再開しますね。皆さんが高校時代、過去と向き合いながら葛藤と苦悩に苛まれる季節を過ごされていた所までお伺いしましたが、ここまでの段階でまだ音楽の話が出てきていません。その後数年で竜二さんと大成さんはメジャーデビューと相成るわけですが、その辺りのお話をお伺いできますか。
R「でも丁度その時期なんだよ、本格的に楽器を触りだしたのは」
-- そうでしたか。きっかけはなんですか?
R「何かな。色々あるし、一番最初がどこっていわれるとまたあの街に戻っちまうかもしんねえなあ」
-- 一番古い記憶はそこにあるわけですね。
R「娯楽の一種だったよな。金がないし、オモチャで遊ぶとか考えたことがないから、父ちゃんが拾ってきたエルヴィスのレコードを空で歌えるまで覚えこんで」
S「小3とか小4のガキがラブミーテンダー歌ってんだがら、笑えるだろ? 声変わりもしてないで、あの声色皆で真似してな」
-- 可愛い少年達だなと思います。それぐらいの年の頃から、歌う事を覚えていったわけですね。
R「まあ、考えてみればオモチャを使わない遊びなんて探せば意外とある中で、キング(エルヴィス・プレスリーの愛称)だもんな。だからあん時聞いてたのが例えば美空ひばりだったら、洋楽へは行ってないかもしれないねえよな」
S「なわけあるかぁ」
R「冷てえなあ!(笑)。けどまあ、転換期と言えるのはもっと後で、やっぱりカオリだろうなーとは思うよ」
T「最初にそこ言うと思ってたよ。なんだよ今更エルヴィスって(笑)」
M「でも今でも酔ったら歌いますもんね。めっちゃ好きですよ、竜二さんの『好きにならずにいられない』とか『この胸のときめきを』」
R「そりゃどうも(笑)」
-- (笑)。…カオリさん。あなた達の口から何度も聞かされた女性の名前が、まさかこういう形で鍵となってくるとは想像していませんでした。善明アキラさんの恋人だった方ですよね。
S「だったじゃないよ、最後までそうだったよ」
-- 失礼しました。お苗字は、なんと仰るのですか?
S「アサミ」
R「麻未可織」
-- アサミさん…。
R「ここ来るまで使ってた、前のスタジオを紹介してくれたのがカオリなんだ。まともに高校行かないでふら付いてた頃に、アキラとカオリが出会って」
-- そうだったんですか、それは大きいですね。3歳程年が上だとお聞きしましたが、どのような出会いだったんですか?
R「カオリはもともと10代から音楽をやってて、普通にライブハウスでワンマン張れるレベルの人気者だったんだよ」
S「アキラがたまたま入ったライブハウスでカオリを見て一目惚れして、出待ちして声かけて」
R「当時カオリも色々抱えてたし、目付きのおかしい年下のアキラを見てなんだか放っておけなかったんだとよ。なんて言ってた?えー」
S「『まるで迷子のハリネズミのような…』」
R、S、T「見た事あんのかーっつーの!」
(一同、笑)
-- 名言ですね(笑)。迷子の子猫でも子犬でもなく、ハリネズミですか。
R「詩人だったからねえ、カオリは。しかもアキラが当時金髪で、ツンツンした髪型だったしな。でもあいつの凄い所は、会ってその日に一目惚れしましたって言えた事だよな。びっくりしたもんそれ聞いた時、色々すっ飛ばすなーと思って」
-- 素晴らしいじゃないですか。すっ飛ばすというのは?
R「普通人気者を好きになっちまったら身の程を知ってわきまえるだろう。そこで思い悩む時間があって、それでも我慢できなくて、とりあえず気持ちを伝えるだけでもっていう青春ノイローゼの階段を登っていく所を、全部その日のうちにすっ飛ばしたんだよ」
-- 確かに(笑)。会ったその日というのは凄いですね。
R「だろ?」
-- 以前誠さんから、お綺麗な方だったとお伺いしました。
関誠(以下、SM)「憧れたよ。あの2人が並んだ時の嵌り具合とか、色々」
R「そうだなあ。まあ、いかつい性格の女だったけど、確かにルックスは最高だったな」
S「いかついとか言わなくていいんだよいちいち(笑)」
R「あはは!いや、性格の話な? 顔はほら、…顔もほら」
S「お前なあ」
T「あはは」
-- 正直、誠さんとどちらがお綺麗ですか?
R「顔? んー、どっこいなんじゃない?」
-- え、そうなんですか!? 誠さんですよ? そんなにですか。
SM「あはは、織江さんと繭子の目が怖いよ。全然納得されてないじゃん」
M「冗談だけどね(笑)。でも、そうだね、2人並んだらどっちも両端の頂点にいるような感じ」
SM「どっちなんだよ、端なのか上なのか(笑)」
M「上、上。格好いい側のトップがカオリさんで、綺麗側のトップが誠さんかな」
-- トップとか言い出したし(笑)。
M「ええ、なんで? 変?」
S「天然サイドのトップはお前だよ」
M「なんですかー?」
-- まあまあ。ちなみにカオリさんは何系の音楽をされてたんですか?
R「パンクロック。『EYE』って名前の」
-- アイ。
R「当時はまだインディーズだけどそこそこ人気あったぞ。出会った時点でメジャーからも声掛かってたらしいから、若いのに相当だったんだろうな。その頃は俺らもまだ良く分かってなかったけど」
-- …。
R「翔太郎が全部CDとか貰い受けたんだっけ」
S「俺がって言うか、アキラが貰ったもんを俺が引き取ったんだけどな」
R「ああ、そうなるか。今度EYEのアルバムも持ってきてやれよ」
S「大成持ってるだろ?」
T「ないない、カオリの私物だろ?」
S「別に私物じゃなくていいだろ」
R「あ、そうか。じゃあスタジオにも何枚かあるな」
S「楽屋?」
R「おお、俺自分の部屋では聞かねえし、多分な」
-- あのー、もしかして私、その麻未さんにお会いした事あるかもしれません。
M「え!?」
O「うそ、そうなの?」
R「カオリに?時枝さんが?嘘だろう。そんな偶然あるかあ?」
T「結構年離れてるよね」
-- もしかしたら別人なのかもしれませんけど、私6歳年の離れた姉がいるんです。今年36なんですけど、もともとバンドやってて、その後出版社の音楽雑誌で編集のバイトをしていたんです。姉の影響で私この道を志したんですよ。
M「へえ、そうなんだ」
-- 私がまだ10代の頃に姉のライブを見に行った時、楽屋で憧れの人だよって言って紹介された人がめっちゃくちゃ綺麗だったっていう印象は覚えてるんですが、名前がずっと思いだせなくて。うっすらと、アイっていう名前だったような気がするっていう曖昧な思い出だったんです。だからカオリさんと聞いても全然分からなかったのですが、アイってバンド名だったのかもしれないって今思いました。
R「EYEのカオリ、って紹介されたのかもな」
M「顔は覚えてるの?」
-- いやあ、一度しかお会いした事がないし、どうかな。金髪だった気がする。
R「おお、そういう時もあったよ。時枝さんの姉ちゃんてパンクバンドやってたのか?」
-- そうです。『RECNOISE』というバンドです。一応ボーカルでした。
R「レックノイズ?」
-- ご存じですか?
R「聞いた事ある気がするなあ」
-- 嬉しいです。
T「カオリと対バンしてたってことだよな。会った事あるかもね。翔太郎は?覚えある?」
S「んー。バンド名はともかく時枝さんに似てる子はちょっと覚えあるかな」
-- そうなんですか(笑)。
S「時枝さんて半々ぐらいの割合で眼鏡かけて来るだろ。そん時ふっと誰かを思い出そうとするような感覚はあったんだよ」
-- 眼鏡。多分その人であってる気がします。なんで仰って下さらなかったんですか。
S「だとしても時枝さんに直接関係ある人だとは思わないだろ」
-- 確かにそうですね。ちなみに目は悪いのでコンタクトか眼鏡です、ずっと。
S「似てる? 顔」
-- 似てると言われます。何だか面白くなってきましたね。名前言いましょうか?
S「ちょっと待って、思い出してみる」
R「出た!」
O「ウソだよ(笑)、なんだよこの人」
M「そんな事ってあるんですねえ」
-- 狐につままれたような感覚です。出会ってから9か月経ってコレだもんなあ。
S「えー、あの子なんだっけな、ほら。…何年くらい前に活動してたって?」
-- 姉が20ぐらいの頃にやってたバンドなので、15年程前でしょうか。
M「誠さんと出会う頃だ」
-- あ、ホントだね。
SM「何、私先越された感じ?」
-- なわけないじゃないですか(笑)。
S「チカ?」
-- うわ! 鳥肌立った! 正解です。すごい。
SM「呼び捨てって(笑)」
-- 今誠さん繋がりで思い出しました? なんで分かったんですか?
S「いやいや、誠は関係ないよ。当時のメンツを思い浮かべて片っ端から見渡してっただけ」
-- すごっ。
R「チカさんねえ。…てことは、時枝さん本当にカオリと会ってるんだ。しかも時枝さんの姉ちゃんと俺達も会ってるんだ。翔太郎なんで覚えてんの?…まさかお前」
S「違う違う。逆にお前らがなんで覚えてないんだよ、アイのローディーやってた眼鏡の子だろ?」
R「あー!え?」
T「思い出した、あ、似てるわ確かに。あ!チカだ!」
M「なんだなんだ(笑)。眼鏡姉妹なの?」
-- そうです。うわー、めちゃくちゃ嬉しいです。なんでしょうね、この感覚は。
R「でもカオリなんて、その時一回こっきりしか会った事がないのによく覚えてんな」
T「確かにね。だって時枝さんがカオリと会った回数より、俺達がチカと顔合わせた回数の方が多いよな」
-- 姉のおかげですかね。姉は憧れの人と同じ舞台に立つのが夢だとずっと私に話をしていました。今思えばその憧れの人が麻未さんなんですよ。そもそも、私姉のライブに行って楽屋に通されたのってあの時が初めてだったんです。あ、今ちょっと思い出しましたけど、麻未さんて腕にタトゥー彫られてませんか? 割とカラフルな奴。
R「腕?」
S「あるよ、肩から二の腕に掛けて。右側に薔薇で左側に鳳凰。そんな事覚えてんだ?」
-- 恥ずかしくてまともにお顔を拝見出来なかったせいだと思います。勿体ない事しましたね。
R「ああ、あれか」
T「そうだそうだ。だってそれのおかげでアキラは右肩にピストル(のタトゥー)入れて、左肩に同じ鳳凰入れたんだもんね」
-- でもお声は覚えてます。私、『いつも姉がお世話になってます』って頭下げたんです。そしたら麻未さん、『こちらこそ。あんたの姉ちゃんはいい女だね』って言ってくれました。
R「ううーわ、めっちゃ言いそう」
一同、笑。
O「カオリだねえ、それはカオリだわ」
-- ああ、一気に懐かしさがこみ上げてきました。嬉しいです、なんだかとても。
M「分かるよー」
R「俺もなんか気分がいいよ。なんだろうな。忘れた事なんてないと思ってたけど、改めて他人の口から名前を聞くと、より鮮明に思い出せるな」
O「皆カオリには頭上がらないもんね」
-- その割に皆さん呼び捨てなんですよね。
O「カオリが自分でそうしろって。これは命令だ!って」
-- あはは。命令ですか?
R「気の強さで言ったら翔太郎並みの女だったもんな」
-- えー。おまけに金髪で、両肩両腕にタトゥーですか。どういう方だったんですか?
R「俺がこういう言い方していいか分かんねえけど、『いい女』だったよ。気が強くて、トゲトゲしくて、危ない目付きで、挑発的で、酒が強くて、喧嘩っ早くて、歌が上手くて、寂しがり屋で、面倒見が良くて、よく笑う」
S「格好良かったなー。何やっても」
T「アキラに紹介されて初めて4人揃ってカオリに会った時にさ、楽屋でたまたま一人だったんだよ。目の前に並んで立った俺達を見て、『なんか、涙出そうなんだけど』って言った言葉が俺はずっと忘れられないな」
R「感受性の塊みたいな女だよなあ」
S「俺聞かれた事あるよ。お前ら昔なんかあったのか?って」
R「あははは」
T「それ俺も聞かれたよ。凄いな」
R「俺もあるよ、全員に聞いてんだろうな。お前らなんて答えたんだ?」
S「何にもねえよって」
T「そうだよなあ、言えないよなあ」
-- シンパシーのようなものを感じ取られたんでしょうか。4人が居並ぶ時に発する独特な気配のような物を敏感に察知されたとか。
R「そうなんじゃねえかな。とにかく感の鋭い女でさ、ここの(お互いの)仲がちょっとでも拗れると、まず理由を聞いてくるんだよ。どうした?じゃないんだよ。何でだ?とか理由はなんだ?って」
-- 皆さんの事を良くご覧になっていたんでしょうね。
R「保護者みたいな目線だったのは、感じてたよ」
O「皆ずっと麻未さんって敬語で呼んでたんだけどね。ある時心底うんざりしたような顔で、『いい加減やめろよ腹立つなー』って」
R「あー、そうだった」
O「『お前らみたいな危ない連中に敬語で呼ばれてるとさ、ただでさえ怖がられてんだからアタシ友達いなくなるろーが』って。本気じゃないのは分かったけど、顔はマジだったよね」
T「あはは。アキラが困った顔で『そんなわけにいかないよ』って言うんだけど、『良いんだよお前らはそれで』って笑うんだよね」
-- お前らはそれで…? どういう意味なんでしょうか。
T「『お前らはいい男なんだから、アタシの事なんて速攻で飛び越えていけよ。早いとこ上に行ってくれりゃーいいんだ。その方が自慢出来てアタシも嬉しい』って」
O「ああ、だから前のスタジオ紹介してくれた時だよね、それって。格好いい事言うなーって。あんな事サラッと言って嫌味になんないのはカオリだけだよねえ」
-- 恩人ですね。先見の明もお持ちだったわけですね。
R「恩人はそうだけど、先見の明とかじゃなくてよ。おそらくその言葉は願いとか、希望とか、そういう優しさに聞こえたな」
M「改めて考えると、カオリさんがあのスタジオ紹介してくれてなかったら、私皆に会えてないかもしれないんですね」
R「うわ、ほんとだ」
T「…凄いねそれ。本当そうだわ」
S「そう辿っていくと、アキラがカオリに一目惚れしてグイグイ行かなかったら、その時点でもアウトだったな」
-- アキラさんも繭子の恩師だし、そこにカオリさんも加わって、なんだか胸が熱くなるね。
M「うん」
S「最初はホント面倒だったんだよ、アキラの馬鹿が調子こいて余計な事言うから」
-- え?
S「カオリと出会って一目惚れして、ライブハウスに通いつめるんだけどチケット買うような金は持ってない。結局出待ちするしかないんだけど、カオリはカオリで硬派だから『そこまでしてくれるって事はよっぽどウチのバンド気に入ってくれてんだな』ってなって。『バンドやってんのか?』って話しかけられて舞い上がってさ、あいつ『やってる』って答えやがって」
R「あはは!」
-- やってないんですか、まだ。
S「そんな金ないって、16、7だぞ」
-- なるほど(笑)。
S「なんでお前適当な事言うんだボケって怒って」
-- 可愛いじゃないですか。
S「可愛くねえよ。『バンドやってんだけど、なかなか練習する場所もないしさあ。学校で部活程度の時間しかとれなくってー』とか。お前学校行ってないだろ適当な嘘並べやがって」
R「毎日喧嘩しかしてねえよな」
T「でもって、お前それはまずいぞーって。あの人そういうウソは好きじゃないと思うぞーって皆で脅かして」
-- どうなったんですか?
S「アキラが泣いて頭下げるから、俺がとりあえずギター弾いてやるからお前もなんかやれって」
-- うわ、翔太郎さんぽいなー!
一同、笑。
S「いやいや、面倒くさかったんだって。ライブ終わりのカオリの前でギター弾かされてさ、アキラは見よう見真似でドラム叩いて。『へー、翔太郎はスジ良いね。アキラどうした、筋肉痛のロボットか?』だって」
一同、爆笑と拍手。
S「まあそこから実際にスタジオ紹介してもらうまではちょっと間が空くけど、その後俺と竜二がクロウバーって名前でパンクバンド組んで」
-- ああ、そこへつながるわけですね!
R「すぐ辞めちまったけどな」
S「カオリみたいな全身パンクがそこにいるのに、真似事みたいな事してたって全然詰まらないってすぐ気づいて」
-- なるほど(笑)。初めてその話を聞いた時にも思ったのですが、何故一番最初にバンドを組まれた時、大成さんやアキラさんは一緒じゃなかったんですか?
R「あー。分かりやすいと思ってバンドを組むって言い方をしてるけど、細かい事を言えば、よし、今日からバンドやろうぜ、俺達クロウバーなって話し合って何かを始めたわけじゃねえんだよ。要は翔太郎がギターを弾けて、俺が歌を歌えた。適当に歌詞書いて、タイトルを付けた。そうやって遊んでただけで、練習したりライブやったりは全くねえよ」
-- 今でいうマユーズのような、お遊びだったわけですね。
R「もうそれ以前の、正真正銘のお遊びな」
T「けどまあその時点で俺はこの2人のお遊びには全くのノータッチだったからね、クロウバーの名前を出すのであれば、やっぱりここの2人が最初っていう思いはあるかな」
S「律儀」
R「ははは」
-- なるほど。まだこの時点では、大成さんは音楽を初めていらっしゃらない?
T「んん?」
S「ちょっと話戻っちゃうけどさ、こっちへ来るまでの時点で、4人ともギター弾けるようにはなってたよ」
-- そうなんですか?
R「だから、一番最初のきっかけって話をした時に迷ったのはそこでさ。ガキの頃、捨ててあったギターを4人で修理して代わる代わる練習して遊んだんだよ。父ちゃんのレコード聞いて、耳コピして、ギター弾いて歌って」
-- なるほど、そういうわけですか。
S「だから今でも竜二だって大成だって、そこいらのクソバンドより全然上手いのはそういうワケ。年季が違う」
-- クソは余計です(笑)。ですが色々腑に落ちました。貴重なお話ですね。



その時携帯電話のアラームが鳴り響いた。



-- ああ、もうタイムリミットが来ちゃいました。長時間ありがとうございます。今日はこの辺で切りますね。次回またよろしくお願いします。
R「うーい」
S「眠」
T「お疲れ」
M「お腹空いた」
O「お疲れ様」
SM「肉まん食べてよー」
S「あはは」
一同、笑。

連載第44回。「伊澄翔太郎×伊藤織江」

2016年、12月21日。
カフェ&バー『合図』にて。
伊澄翔太郎×伊藤織江、対談。



この日の取材は伊澄翔太郎の希望により、伊藤織江との対談形式で行われた。
伊澄から取材内容の提案や場所の希望を依頼されたのは今回が初めてである。
あまり広くはないが落ち着いた色調とクラシカルな調度品で構成された店内。
3セットあるうちの一番奥、4人掛けのボックス席に向かい合って座る2人。
伊澄はソファーにもたれて煙草に火を点け、伊藤はテーブルに両肘を乗せて指先の爪をもう片方の指の腹で撫でている。
普段背筋を伸ばして美しい姿勢を崩さない彼女しか見たことがない私は、そこに女性らしさのようなものを感じて少し、照れた。


-- 困惑に似た緊張が伺えますね。
S「…」
O「…」
-- 織江さんです(笑)。
O「…なんで私なの?って」
-- メンバーを差し置いて前に出る事を極端に避けられますものね。
O「当たり前じゃないですか(笑)。あとなんでココ(『合図』)なの?」
-- ありそうで意外とこれまでになかった組み合わせですね。お二人だけでお話されている場に立ち会う機会があまりないんですよね。
O「スタジオでは普通にあるよ。仕事の話はいつもしてるんだけどね」
-- 織江さんと竜二さんとか、織江さんと大成さんとか、そういう組み合わせはこれまでありましたよね。
O「ああ、取材始まってから? そうだね」
S「え、待って。お前さ、前からずっと気になってんだけど、普通に喋ってるけど外の人間と話す時は敬語使えって身内(スタッフ)に命令してたの忘れた?」
私などはいまだに少し怖いと思ってしまう程、割と強めの伊澄の口調にも伊藤は動じず、
姿勢を変えることすらせずに彼女は明るい笑い声をあげた。
おそ、という言葉を受けて伊澄の口元にも笑みが広がる。
-- うわー。めっちゃ素敵だなあ。年輪を感じます。
S「はあ?何が」
O「あはは、ジジイとババアみたいだね」
S「おじいさん、おばあさん。お前がそんなんでどうすんだよ」
O「誰のせいかなー?」
S「お前の旦那」
O「あなたそれはずるいよ(笑)」
-- (笑)、私に対して敬語は必要ありません。私の方から、やめてくださいとお願いしてますから。
O「私も、一応立場をわきまえながら話をしようとしたんだけどね。事務所代表として、そういう顔で最初は話してたけど、この人とにかく本音を引き出すのが上手いのよ。だから途中から面倒になっちゃって」
-- 恐縮です(笑)。
S「いや、分かってやってんならいいけどな」
O「ねえ、なんでわざわざ外出た?」
S「わざわざって、ここも自分らの家みたいなもんだろ」
-- 麻未(可織)さんが以前切り盛りされていたそうですね。私今日が初めてなのですが、とてもクラシックな雰囲気で、落ち着きますね。この時間(17時)はまだ夜営業の準備でしょうか。
O「うん。夜は19時からだね。最近はあまり来てなかったからちょうどいい機会だとは思うけど、なんか意味あるのかなって思った」
S「事務所にいるとなんだかんだで仕事するだろ」
O「ああ。え、私が? あはは、気遣われてる」
S「そんなんじゃないけど、お前が倒れたら色々厄介な事になるからな。大成もあれで色々見てるようで、もうお前との生活も同じサイクルで慣れちゃってるだろうからさ、ちょっと分かってないんじゃないかと思って」
O「あはは、ありがとー。あなた達ってほんと気味が悪いくらい優しい時あるよね」
-- 織江さん言い方。でも今日の織江さんなんだか社長の顔されてませんね。とても嬉しそうです。
O「あ、そーお? 浮気してるって思われちゃいますね」
S「なんだお前(笑)」
-- ちょっとURGAさんみたいになってますよ。
O「うん、真似してみた。内緒ね」
S「最近来ないけど、元気なの?」
O「誰、URGAさん? …まあまあまあ、元気だけど」
S「え、…面倒臭い話?」
O「言い方考えろ」
S「ふーん」
O「ね、こういう所あるからさ。全てを委ねようとは思えないよね」
S「あははは」
-- 4日後に、竜二さんとURGAさんの対談を撮ります。何かお伝えしましょうか?
S「俺? 言いたい事あったら自分で言うよ」
-- そうですよね。
O「まあでも、あんまりややこしい印象与えるとアレだからはっきり言っとくけど、やっぱりこことURGAさんはないみたい。違ったとかそういうのではなくて、近づきすぎるのは嫌みたいよ」
-- 恋愛の愛ではないと。
O「翔太郎はどうだかわかんないけどね。少なくとも私が話した限りでは、向こうはそんな感じだったよ」
S「…え、今俺振られた?」
O「そもそも最初から相手にされてないんじゃない?」
S「そっかー」
-- うふふふ、あははは。
O「何?」
-- いや、やっぱりこのお二人の関係も独特で凄いなーと思って。翔太郎さんだけではないんですけど、皆さんやはり色々な顔をお持ちですね。なんでしょうか、このファミリー感。
O「ファミリー感(笑)」
S「全然ピンと来ない、なんで笑ってんの?」
O「やっぱり仕事場以外で顔合わせると、どうしても昔に戻っちゃうね。ニヤニヤしちゃうのはそのせいかも。家で大成といる時の私に近いんだと思うなあ」
-- 以前繭子が、家に居る時の織江さんはとても穏やかで癒し系だと言ってましたよ。
O「フ」
S「鼻で笑ったぞこいつ。素直に受け取ってやれよ(笑)」
O「はいはい。どうせ普段は鬼だから」
-- そんな事誰も思ってませんよ。
すると伊藤は髪をすくって形のよい右耳を見せると、右手を添えて伊澄の方へ近づけた。
S「たまにな、鬼だけど」
O「はい、いただきました」
-- あははは! あー、そうか、お二人はこういう感じなんですね。
O「こういう感じ? そうだね、いつもこうやって、色々助けてくれるよね、翔太郎は」
S「都合の良いように解釈してくれてどうもありがとう(会釈)」
-- 以前織江さんは、翔太郎さんが一番昔と変わらないと仰っていたのが印象的です。その事は、織江さんにとってはありがたいことなんでしょうね、きっと。
O「うん、安心感はあるね」
-- 安心感! はい、安心感ですね!
O「あはは、え? うん。変わったって言っても皆のそれは成長とも言えるし、一概に変わった事が駄目だなんて思ってないけどね。でも昨日と同じ、明日も同じっていう不動の存在はこの年になると無性に心強いよ。今だから言える、結果論だけどね。もう今、凄い目力で突っ込み受けてるからちゃんとフォローするけど、翔太郎が成長してないっていう話では全然ありません。もー、こっち見んな(笑)」
-- あははは!やばい、今日ずっと馬鹿笑いしそうです。翔太郎さんて意外と甘え上手ですよね。
S「おいおい」
O「おー、そう来たかー。これ、甘えてんだなー」
-- だってとても話をしやすそうですよ。何も構えずに同じ目線でずーっとじゃれ合っていられそうな空気です。
S「ああ、そういう意味か、ファミリーって」
-- なんだと思ったんですか。
S「いや、ファミリーカーって聞こえて」
-- もー(笑)。
O「きっと奇妙な二人だと思われるだろうね。私は結婚してるし、ここの恋人はモデル、…元モデルだし。事務所の代表と所属アーティストだし、…でも一番初めにあるのは幼馴染で、友達だよね」
S「あの、頼むからガールズトークみたいなノリで俺に振って来ないで」
O「あはは! ズットモだよ?」
S「いいとも!」
O「ふはは!違う違う!」
-- 駄目だ、笑いが収まらない!
O「こういう会話がね、昔から自然と成り立つ人だったの。竜二も割とそうなんだけど、彼はムラっ気があるよね」
-- どういう意味ですか?
O「物凄く、真面目なんだと思うの。一度決めた自分のルールは決して変えられないような人でもあるしね。普段ホントにデリカシーのない男なんだけど、でも実は誰よりもちゃんとしていたい人なんだと思う。皆ね、それぞれ胸の内に秘めた熱いものを持ってるんだけど、理想と向上心の高さは竜二が一番だと思うなあ、私は。だけど、希望とか思想とかそういうのを言葉に出して表現するのが彼は意外と苦手だからね。そういう意味では翔太郎のユーモアと竜二のユーモアは少し種類が違う気がする。大人になってからもそこはあまり変わってないかな」
-- 深いですね。
O「こういう言い方をすると実は竜二って怒るんだけどね。自分だけ特別扱いされると途端に嫌な顔するし、ニッキーが竜二の事ベタ褒めした時だって、なんとか翔太郎達に目を向けさそうと慌てたり」
-- ああ、はい。確かにそのような事を仰ってましたね。
O「でしょ。翔太郎はね、頭の良さからくるユーモアなの。でも竜二は、半分ごまかしだよね。本音を見せられない照れ屋だから」
-- 織江さんにしか語れない、池脇竜二像ですね。
O「そうかな。半分はノイの受け売りだよ。…でも大人になってからの竜二は本当に器の大きい人になったなーって思う。翔太郎もそう思うでしょ」
S「さあ」
O「あはは、この顔はね、照れてる顔」
S「竜二が褒められてなんで俺が照れんだよ(笑)」
-- 大成さんは、どうですか?
O「どうって?」
-- あの方の持つユーモラスな一面は、どこから来ていますか?
O「優しさ」
-- 即答!
O「あはは。それはもう、ずっとそうだから。…心から、尊敬してます」
S「お前平気で年下をパクんなよ」
O「だってホントだもん(笑)」
-- 出会った子供の頃からそうなんですね。私、織江さんが皆さんに初めて声を掛けた時の話、感動しました。
O「そう? 忘れられてたけどね」
-- 具体的なセリフは忘れてしまっていたとしても、その時抱いた気持ちというのは翔太郎さんの中に残っていませんか?
S「んー」
O「…」
伊澄が考え込んで沈黙が生まれたその隙を待っていたかのように、若いウェイトレスがトレーに飲みものを乗せて運んできた。
画角に入らないように、お借りしたスツールを通路に置いて座っていた私は、彼女の邪魔にならぬよう立ち上がって身を引いた。
見ればその横顔は高校生ぐらいの若さだ。アルバイトだろうか。
画面左側の伊藤へアールグレイのホット。右側の伊澄にブラックコーヒー、ホット。
女の子「メリークリスマス! あれ、今日織江さんスーツじゃないんですね、珍しい」
O「そうなの。さすが、気付くねえ」
女の子「なんか今日綺麗。あれ、もしかして2人、デートですか?見ちゃいけないもの見ちゃった感じですか?」
O「内緒にしといてね」
女の子「分かりました。後で大成さんに電話しときます」
S「フフ」
女の子「翔太郎さんクッキー好きですよね」
S「いや、好きじゃないよ」
女の子「今日学校でクッキー焼いたんですよ、食べてください」
S「相変わらずだなぁお前も」
女の子「翔太郎さんも相変わらずですね。女の子に『お前』って言っちゃいけないって何度言わせるんですか。いつか誠さんに捨てられますよ」
S「分かったから早くクッキー置いて帰れよ」
女の子「今持ってないんで、帰る時渡しますね。まだ帰らないですよね」
S「まだ一口もコーヒー飲んでないからね」
女の子「じゃあ、失礼します」
最後にカメラに向かって笑顔で会釈し、ウェイトレスの女の子は厨房へ戻っていった。
伊藤は彼女の姿が見えなくなるまで見送ると、右手を口元に添えて小声で伊澄に言った。
O「相変わらずだね」
S「うっせーなあ」
O「あははは」
-- とてもお若く見えましたが、物凄く親しげでしたね。
O「ああ、顔は知らないのか。あれがヨーコ」
-- え!? 渡辺さんのお嬢さんですか? でか!
S「16?」
O「うん。いやー、最近の若い子は本当に物怖じしないよね。まあ、ナベの子ってだけあるか」
-- 翔太郎さん嫌われてるとか言われてませんでした?
S「なあ。俺毒入りクッキー食わされんのかな」
-- あははは、可哀想ですよそんな事言ったら。
S「でもさ、今織江も自分で言ったけど、物怖じしないっていう特性にレベルがあるならそのテッペンにいるのが織江とノイだと思うよ」
O「私?」
-- ああ、なるほど。先程の答えですね。
S「うん。実際にその時そいつが何を考えてるかは分からないし、本当は泣きたいくらい緊張してるのかもしれないけど、行動に移せるっていうことは克服出来たって事だと思うからさ。あの頃の俺達が4人揃ってそこにいて、声を掛ける事が出来たってのは俺は奇跡に近いと思うよ。いくらそれが13歳のガキ相手だとしても、織江だってそうだったんだから」
-- 確かに。
O「へえ、そんな風に思ってくれてたんだ、嬉しいな」
S「織江だけだったからな、声を掛けてくれたのは」
O「物怖じしないとか、怖いもの知らずとか、そういう事ではなかったと思うけどなあ」
S「それかあれか。大成狙いでか」
O「うん。もうじゃあ、それでいいよお前。うん」
S「ふははは! あー、面白い」
-- 最高ですね。ヨーコさんも言ってましたけど、今日本当に織江さん綺麗ですね。可愛い。
O「嬉しいけどさぁ、あんまり言われると複雑な気持ちになるんだけど。大成も良い気しないと思うなー」
伊藤がそう言いながら笑顔で眉を下げると、伊澄はとても楽しそうに笑い声を上げる。
-- もちろん、お二人の関係をどうこう思って言ってるわけじゃないです。仕事を離れて友達と楽しくお喋りをされてる織江さんを見たのは初めてなので、とても素直な感想を述べているにすぎません。
O「まあ、でも確かに、久しぶりにどうでもいい感覚で喋ってると思う。全然肩に力入ってないし、仕事だと思ってないかも」
-- 何よりです。ね、翔太郎さん。
S「問題ですよー社長、その発言はー」
O「あはは、そうか、さすがに駄目か」
-- あらら。私多分まだ聞いてないと思うんですけど、そもそもなぜ織江さんが社長なんですか?
O「お願いされたから」
S「竜二達がクロウバーやめてインディーズに戻った後にさ、さすがにインディーズのまま世界に行くのは無理があると思うよって言ってくれたのが織江でさ。でも今更また他所の事務所に頭下げたりデモ配ったりオーディション受けたりってのも面倒だなって思った時に、個人事務所作って流通だけメジャーに乗せればそれでいいんじゃないのってアドバイスくれたのもこいつなんだよ。ああ、やっぱすげー頭いいなと思って」
-- さすがですね。なかなか素人はそこまで考えつかないですよ。
O「いやいや、そんなわけないって。カオリがいたからだよ。色々話聞けたのが大きかったよ」
S「それでもさ、じゃあちょっと頼まれてくれねえかっていうあいつらの無茶ぶりに、『うん、じゃあちょっと勉強してみるから待ってて』つってすぐ事務所立ち上げてくれたんだよ、俺らが入った直後くらい。第一声が『出来たよー』だからな。晩飯かと思ったもん」
-- うわ!めちゃくちゃ面白いけどめちゃくちゃ格好いい!なんだこの感情。
O「あははは。懐かしいねえ」
S「それまで普通に働いてた会社辞めて、俺らの為に代表を買って出てくれたんだからな。頭が上がらないよ織江には」
-- ほえー。
O「ほえ?(笑)」
-- しかもビクターですもんね。信じられない手腕ですね、
O「時代が良かったのかもね。人との巡り合いもそうだし、助けてくれた人もいたからね」
-- それまでは何をされてたんですか?
O「会社勤め。会計事務所」
-- あ、やっぱり頭良いんだ。
O「ある程度会社組織がどういうものかを学ぶにはちょうど良かったよね。前振りだって言っちゃうと前の職場に悪いけど、運命だと思ったよやっぱり」
-- なるほど。勝算はあったんですか?
O「なんの?」
-- 成功する、しないという結果に対する。
O「ないよそんなの(笑)。成功しなくたって私は良かったもん。この人達が本気で何かをやるという事。そこに私が参加できるという事。私が二つ返事で動けたのはその喜びがあったからだし、成功して金持ちになってやろうとは一切思わなかったよ。それは今でも思ってない。本気で本気になったこの人達は絶対凄いって知ってるから、世界に通用するって信じてるよ。世界よ、なんとか彼らを受け止めてくれ、ってもう毎日それだけ」
-- 翔太郎さん泣いちゃ駄目ですよ。
S「お前汚ねえぞ(笑)。そういうやり口覚えたのか、やるなー」
O「あはは」
-- はー!もう、織江さん好き。大好き。
O「おお、ありがとうよ」
-- だけど織江さん個人の考えとして、いわゆるデスメタル、その中で特化型とも言えるデスラッシュという分野をバンドが選択した事については、何か思う所はありましたか?
O「ないなあ。音楽的な話は一切してない。それは知らないとか分からないという事じゃなくて、口出ししたくないんだ、そもそも」
-- なるほど。自主性を重んじるべきだと。
O「うーん。自主性というか、自然にやりたい事突き詰めていったら今の音楽性になったんだと思うの。それが所謂デスラッシュになったんであって、自分達で考えなさいっていう事を重んじる前にもう出来上がってたんだもん」
-- あれやこれや言う前に。織江さんの方から特にアドバイスや方向性の議論を持ちかけるような事もせず。
O「それは絶対しない。彼らのやりたい事をやるための会社じゃないと意味ないんだから」
-- はい。ううーーん、突き刺さるなあ。
S「あはは。社長、名言連発ですね。相手KO寸前ですよ」
O「そうか、徹夜で考えた甲斐があったな」
S「嘘つけ(笑)」
-- もうしっかりKOされてますよ。それがクロウバーであろうが、ドーンハンマーであろうが、織江さんにとっては重要ではないんですね。
O「ん、名前が?」
-- 音楽性の話です。
O「ああー、どうなんだろうね。…ただ、竜二と大成と、マーとナベの時代の音楽も私好きだけど、ちゃんとやろうとしてるんだなあっていう感想を持った自分に気付いて、何も言わないようにしてた。当時はまだ彼らの仕事に絡んでもいないしね」
-- ちゃんとやろうとしている?
O「ハードロックがどういうものかとか、ヘヴィメタルかどういうものかっていうジャンルの話は当時全然分かってないけど、クロウバーを初めて聞いた時に私が思ったのは『綺麗だな、ちゃんとしてるな』だったの。あるいは思ってたよりシンプルだな、とか」
-- シンプルですか!? クロウバーの曲がですか?
O「え、おかしい?」
S「いや、おかしかないよ。俺もそう思うよ。ただ織江の言ってる話と時枝さんの考えてる事は違うと思う」
-- どんな風にですか?
S「だから、織江は多分楽曲の構成の話はしてないよな?」
O「あ、うん。シンプルっていうのは、竜二も大成も、こんなに単純な人間じゃないのになって思ったっていう事なの。音楽って自己表現でしょ。少なくとも竜二と大成は、私の知ってる限りクロウバーでやってたような綺麗な音楽では表現しつくせない人間だと思ってたから。だから、ああ、ちゃんと人に聞かせるための音楽をやろうと努力してるんだなって思った、って話」
-- なるほど、とても理解しやすいです。そうなると、ドーンハンマーとして演奏した4人を初めて見た時、これだ!って思ったんじゃありませんか?
O「思った(笑)。マーとナベには悪いけど、やっぱりこういう事だよねって思ったよ」
S「それはでもマーも自分で言ってたよ。最初にクロウバーとして曲を作った時に、なんでこんな抑えた作り方すんだろうなって疑問だったんだって。曲自体はそんなに難しくないし、マーもナベも別に下手ではないからさ。こいつらはもっとやれるんじゃないかって。モヤモヤはあったみたい」
-- 抑えた作り込みをされてたんですか。知りませんでした。
S「それは完成図を描いた時に、色んな箇所が突き抜けないように角を丸くしてあるような曲ばかりだった、っていう言い方してたな。さすが音響志望の奴は面白い表現するなって思ったけど、実際そうだったんだよ。ただ、手を抜いてたって話とは違うぞ?」
-- そうですよね。
O「音楽的な言い回しは分からないけどさ、分かる気がするのはさ、前に時枝さんが四分の一っていう言い方をしてたじゃない」
-- パワーバランスの事ですよね、メンバーの。
O「そう。そこがさ、テクニックじゃなくて精神的な面で、マーとナベでは竜二と大成に張り合う事が出来なかったんじゃないかなあ。出会いからしてそうだし、その後の関係性においても、竜二達に対する尊敬なり信頼を、もう隠そうともしないしね、2人とも。初めからそうだったように思うし。それでも竜二達は優しいから、あの4人で出来る最高のバンドを目指そうと思って、クロウバーを動かしてたんだと思うけど」
-- そうですね、実際素晴らしい名曲をいくつも残されていますしね。
O「『アギオン』『裂帛』『アンダー・ザ・アスファルト』『ブルーアース・バット』、もっともっとあるもんね」
-- はい。翔太郎さんもクロウバーの曲を好きだったと仰ってましたよね。
S「うん」
-- そんなクロウバーを経て、バンドがドーンハンマーになった時、そして会社を立ち上げた時、その責任を重く感じたりはされませんでしたか?
O「面白そう!とは思ったけど別にプレッシャーはなかったな。私の力なんてたかがしれてるし、私をあてにするような人達でもないし」
S「いやいや」
O「あれえ? あはは。でも、自分の会社を商業だと思ってない部分もあってさ。夢を売るとかそんな綺麗なものでもなくて。要はこの4人が全力で何かを成し遂げたいんだと。そうした時に、会社はその為に必要な武装なんだよね。ライブがやりたい。じゃあイベントの仕事貰ってこようね。アルバム出したい。じゃあ流通に乗せようか。なるべく大きい流れに乗せたい。じゃあネットやサイトを使って販売経路を増やしてみよう。ツアーをやりたい。じゃあ費用を捻出しよう。銀行からお金を借りようか。担保も入れようね。株式にしようか。海外でやりたい。じゃあアポを取ろう。箱を抑えよう。向こうで音源販売してくれるレコード会社見つけよう。…そういう色んな『じゃあ』を行動に移すために会社という装備が必要なだけであって、ビジネスやってます、っていう意識は昔からあんまりないかな。お給料とか維持費とかがあるから、最低限赤(字にならないよう)には気を付けたけどね。実際そこも別に、大して…」
S「なあ、今の話で織江がどんだけ忙しく働いてくれてるか分かるだろ?」
-- 分かります。凄いです。こんな人見たことないです。
S「それでさらに大成の嫁で、家で炊事洗濯掃除もやってるからな」
-- はー。やっぱりもっとお休みされた方が良いですよ。
O「ありがとう。大丈夫、今の翔太郎の言葉で報われたから(笑)」
S「馬鹿な事言うな。だから今日無理やりここ引っ張ってきたんだぞ」
O「ね。こういう人なのよ」
S「(苦笑して首を振る)」
-- 分かります。
O「こうやって色々気遣いをしてくれるしさ、その反面本当に倒れちゃうまで自分を追い込んで努力を続けて来た姿を私は誰よりも近くで見て来たからね。休むことより大事な事があるんだって。それを私は知ってるもの」
-- はい。
O「私一人だけの頑張りでここまでやって来たなんて全く思ってないし、褒められたって『そうだろう?』とは言えないよね。それに家では大成も色々してくれるしね、家の事も、あれこれ。料理だって上達したし」
S「へえ。そうなんだ」
O「ちょっと。そこでなんで翔太郎が嬉しそうなの」
-- なははは。
S「…お前ら何年?」
O「何年?籍入れて? …8年かな」
S「おー、もうそんなかあ。そっかあ」
O「知り合ってもう28年だからね。そのうちの8年なんて大した時間じゃないよ」
-- 28年! 改めて聞くと溜息が…。
O「あはは、そりゃあ年取ったって思うよねえ」
S「幸せか?」
O「ちょ、っとー。やめてよー」
伊藤の頬が赤く染まり、カメラに向かって首を横に振った。
私は伊澄の横顔にカメラを向けるのだが、いつになく真剣な目をした彼の笑顔に、吸い込まれるようにして見入った。
O「なんでいきなりそんな事聞くのよ。幸せよ。当たり前でしょ」
S「当たり前の幸せなんてあるかよ。でもまあ、お前の顔見てたら嘘がないのは分かるから、良かったよ」
O「っはは、そんな事言っていいならね、私も言うよ」
S「駄目」
O「なんでー?」
S「何言う気だよ」
O「私と大成が入籍した日の話」
S「駄目だ、却下」
O「はあーあ? 自分だけずるいよ」
S「考えろ。バンドのイメージを考えろ」
-- あははは。
O「その日ね、大成がインフルエンザにかかったって嘘ついて。病院連れてってくるって言ってスタジオ抜け出したのよ。そんなの疑うような人達じゃないしさ、3人だけで練習始めて。要はその間に私たちは役所へ行って婚姻届けを出して来たんだけどね。…なんか恥ずかしかったらしいのよ。大成がそういうのを言葉にしてどう説明していいか分からないとか言い出して。結婚しますでいいじゃないって言うんだけど、うん、うん、って答えながら全然言えないような雰囲気でさ。それで仕方なく嘘ついて、先に入籍を済ませて、その足でスタジオ戻ったのよ」
-- はい。
O「丁度休憩に入るか入らないかのタイミングで。繭子はもうソファーに座ってたかな。翔太郎はギター置いて汗拭いてた。竜二は担いでたギターをまだ右手に持ってた。スタジオに入って来た大成を見て、2人ともびっくりしてさ。帰って寝てると思ってるから、何で来てんだよみたいな顔してて。私が後ろからついてって、彼の背中をバシって叩いたの。その時ようやく大成が『結婚して来た』って言ったの。入籍して来たじゃなくて結婚して来たって言ったの。そんなのさ、普段の翔太郎なら絶対突っ込んでくるはずなんだけど、それがなくて。まず竜二がガーンってギター落としてさ。繭子がそれにびっくりしちゃって。翔太郎が大成の前まで来て、いきなりあの人にガバッと抱き着いたの」
-- …はい。
O「いやあー。…言うぞとか脅しておいて自分がやばいんだけど。…遅れて竜二もやって来て、翔太郎と大成を二人とも抱きしめるの、私の目の前で。まさかそんな反応になるとは思ってないからさ、びっくりして涙が止まらなくなって。繭子も両手で口抑えながら泣いてるし。そしたら竜二と翔太郎が泣きながら私の前に立って。あ、これは抱きしめられるなって思ったらさ、なんていうんだろーな…、おじいちゃんみたいにゆっくりと震える両手を差し出してさ、二人して私の右手と左手を片方ずつ握って、上下にゆっくり振りながら、『ありがとう』って言うの。ありがとうって言うのよ。いやいやいや、違うじゃない。おめでとうでしょって心の中では思ってるんだけど。気持ちが物凄く伝わってきたんだよね。言っても30越えた屈強なオッサン2人だよ。ヨボヨボのおじいちゃんみたいに震えながら、何度も何度も何度も何度も、ありがとうって言うの。大成も立ったまま泣いてるし。その時私思ったのよ。私、この人達3人と結婚したようなものなんだなーって。そのぐらい、この人達の繋がりは強くて深い物なんだなって改めて実感したし、心の底から嬉しくて、幸せだった」
-- …はい。
S「20年だもんな」
そう言葉を発した伊澄の顔はとても優しくて、同じくとても幸せそうだった。
S「子供の頃に出会って20年だよな。死ぬほど喧嘩した時や、誠が俺達の前に現れた時や、色んな奴の死に際に立ち会ってズタズタになった時や、繭子と出会った時も、ずーっと織江は俺達の側にいてくれた。ノイがあんな事になってから、例えこの先どんな事があったって、織江だけは絶対に幸せにしなきゃいけないって。皆そう思ってたし、それがどんな形であれ、出来る事はなんだってやってやろうって話してた。…前の日、大成の顔がいつもと違うのは俺も竜二も気づいてた。嫌な予感がしてさあ、竜二と二人して戦々恐々と内心震えあがってたんだよ。次の日になって、織江からインフルエンザだって聞いて、なんだそれ阿保くせえなんて笑ってたら、俺達の人生で最大の幸福と言っていい出来事が待ってた。…ああ、これで…。もうこれで大成は大丈夫だ。もうこれで、織江は大丈夫なんだって、そう思ったよ。おいアキラ見てるか、カオリ見てるか、ノイ見てるか。大成の父ちゃん見てるか。こいつら結婚したぞ!って。…そうだ。こういう時だ。こういう時こそ泣いて良いんだよなって思ったら涙が止まらなくなってさ。竜二と2人して壊れたみたいに泣いたな。オイオイ言って泣いた。俺の人生で一番嬉しかった日かもしれない。…だからあん時、大成をぶん殴っといて良かったんだ」
伊澄の最後の言葉に、テーブルに肘をついたまま両手で顔を覆って聞いていた伊藤がくぐもった笑い声を上げた。
O「それはね、ほんと感謝してる。…ちょっとトイレ行ってお化粧直してくるわ」
S「ごゆっくり」
伊藤が立ち上がると同時に、伊澄は煙草に火をつけた。



伊藤を直視出来ずに半ば背を向けるような角度で立っていた私は、ハンカチで涙を拭うと振り返って伊澄に聞いてみた。
-- もしその時点で、大成さんがバンドをやめて普通に働くって言ったり、織江さんが家事に専念するって言ってたら皆さんどうされました?
S「あああー。それは、うん、確かに考えたけど。でも、格好つけた言い方かもしれないけど、自由にして欲しいとはずっと思ってるよ」
-- 自由に。…任せるという意味ですか?
S「やりたい事をやってここまで来たけどさ、他にやりたい事あるんだって言われた時に止める理由が思いつかないんだよ。もちろんめちゃくちゃ困るよ、バンドとしては。でも困るのは俺達であって、抜けたいと思う相手じゃないだろ。自分が困るからって、そいつを繋ぎ止める理由にはならないと俺は思うよ」
-- ドライですね。
S「そうなのかな」
-- でも翔太郎さんらしいなとも思います。
S「はは。でも実際にそこで思い悩むって事はあの2人を疑うって事になるんじゃないかと思ってさ、あんまり考えないようにしたってのが本音かな」
-- なるほど、はい。
S「結果的にあいつらそんな事一言も言わなかったし。そもそも、…織江まだ戻らないよな? …大成が俺達になかなか結婚の事言えなかったのは多分、恥ずかしいからじゃなくて、先に幸せ掴む自分をどこかで許せてなかったんじゃないかと思うんだよ。カオリもノイも辛い別れ方してるだろ。だから余計にさ。あいつそういう奴だから。だからそういうあいつのケツ叩いて、無理やりにでも幸せな方向へ引っ張ってってくれた織江には、俺達は本気で心の底から感謝してるんだ」
-- 本当に相手を理解している人の使う『そういう人』という呼び方程、胸が熱くなるものはありませんね。
S「あはは!あんたの記憶力も大したもんだな!…だから、その結果あの2人がどういう生き方するにしろ、幸せであれば俺はなんだって構わない」
-- 翔太郎さん。
S「ん?」
-- 私翔太郎さん大好きです。
盛大に煙を吐いてむせ返る伊澄。
-- 私皆さんの事大好きです。だからこれは嬉し泣きです。カウントしないでくださいね。
S「ああ、あはは。そういうやり口も使ってくるんだな。覚えたぞ」



O「お待たせしました。時枝さんもお化粧治す?」
-- 私はいいです。表に出ないので。
O「可愛い顔してるのにね。ね、翔太郎」
-- やめてください。
S「巨乳だしね」
-- やめてください(笑)。
O「あはは。なんか2人で話してた?」
-- アルバムの話を少し。
O「真面目だなあ(笑)」
S「鼻かみながらさ、アルバムの、ブヒー、制作状況は、ブヒー、いかがですか、ブヒー!」
O「あははは!」
-- はしたなかったです。ごめんなさい。
S「いやいや、目が真剣だったからちょっと怖かったけど。全然いいよ」
O「こないだ繭子と話してさ。意見が一致したんだけど、そんな時枝さんにも聞いてみていいかな」
-- そんな時枝(笑)。なんでしょうか。
伊藤は、先程と同じ位置に座ってアールグレイの入ったカップをソーサーに戻す。飲み口を左手で隠し、その下では右手が僅かに横へスライドする。普段から色の濃い口紅を引く人ではなくカップに口紅が残っているわけでもない。身に着いたたしなみが無意識に体を動かしたようなのだが、残った口紅を指で拭う仕草をも隠そうとする、そんな彼女の美意識の方が私の目を引いた。しかし伊藤の眼差しはどこか悲し気に空中を見つめていた。
O「誠が私達の前から去って、五ヶ月ぶりに戻ったじゃない。理由を聞いて納得したし、無事で良かったと心底思ってるんだけど、黙って嘘ついて出てった事がどうしても、私の胸のつかえになっててまだ取れないの」
-- ああ、はい、なるほど。
O「私さ、意外に思われるかもしれないけど、誠の人間性を誰よりも理解してる自信があるんだ」
-- へえ、そうなんですか。え、翔太郎さんよりもですか?
O「ここの関係はだって、人間性を語る前に男と女だし」
S「勝手に自分の色恋語られるとか耐えられない。帰っていい?」
O「ダメ、これは今後の大事な話だから」
-- 駄目みたいです。それでなくとも織江さんはバンドの存続を揺るがすような問題には容赦しない人ですものね。
O「そうよ。だからね、はっきり言うと私も繭子も、もし自分の体がそうなったらちゃんと皆に伝えるのが筋だと思うし、言わずにはいられないと思うんだ」
-- そうですね。多分私も、打ち明けると思います。
O「うん。…誠のさ、それは強さでもあると分かってるんだけどね。ちょっと普通の人では耐えられない苦痛や不安を耐えようとするあの子の強さだって分かってるんだけど。…これはそうだな、やっぱり打ち明けて欲しかったとか、そういう話になっちゃうのかな」
-- 見ようによっては確かに誠さんの強さと優しさを象徴するお話ですが、私などはさておき、もし本当に黙ったままあの方が旅立たれたとしたら、皆さんそのまま彼女を忘れてしまえるような人達ではないと思うんですよね。皆さんはきっと、ずーっと、誠さんを探し続ける事になっていたと思うんです。
O「うん、そうだと思うよ」
-- そう考えるとやりきれない話ですよね。
O「それに翔太郎の辛さを思うとさ、もう済んだ話なのに今でもちょっと腹が立つの」
S「あはは」
O「笑ってるし。辛くなかったなんて言わないよね?」
S「辛かったというか…。ちょっとみじめだとは思った」
O「え?」
伊澄の本音を聞いた伊藤の眉間に皺が寄る。この顔をする時、彼女は本当に怒っている。
-- 翔太郎さんがですか? 何故ですか?
S「いやそんな大した話じゃないけどさ。一応、どうしてっかなーと思ってツイッターとかインスタグラムとか見てたんだよ。あれから全く更新も途絶えたし、前兆とか何も感じさせない笑顔のアップとかの写真上げたまま止まってるのを見てて、ちょっと焦ってた部分もあったんかな。初めてツイッターの方にコメント残したんだよ。したら見事に無視されて。まあ更新自体止まってるから俺だけをって事じゃないんだけど、怒るでも寂しいでもない複雑なおいてけぼりを味わって。アイドルに相手にされないファンの心理がちょっと理解できたもん」
-- あはは。
O「笑えない」
-- お、っとー…。
O「全然笑えない。…はー。…あー、ダメだ。やっぱ駄目だ」
S「なんでまたお前が今更」
O「今更もなにもないよ。もしもあなたと繭子がくっついてたらどうなってたと思う?」
S「はあ? どうってなんだよ。そんな事ありえないだろ」
O「もしそうなってから誠が帰ってきたって、その時あの子に居場所はもうなかったかもしれない。帰ってきたあの子を見て繭子は身を引いて心を痛める。そういう可能性だってあったかもしれない。あなたをみじめな気持ちにさせて、誠は居場所を失って、あなたを支えようと決心した繭子は心を痛めるハメになったかもしれない。そういう未来が待ち受けていたかもしれなかった! あの子は何より自分の幸せを考えるべきだった!そうすれば、誰も傷つかずに済んだのに」


あー、そうなのか。と、私は思う。


S「そりゃお前の妄想の話だろ。結果誰も傷ついてねえし、勝手に繭子の名前出して話ややこしくするんじゃねえよ」
O「もう二度と起こらないとどうして言えるの? 私のこの妄想が現実に起こりえないってあなた言えるの? 癌てそんなに甘いものじゃないんだよ」
S「そんな事お前に言われなくても分かってるよ。とりあえず繭子の名前出したくだりは消すからな。こんなもん外出せるかよ馬鹿馬鹿しい」
-- あの。
S「あ?」
O「何」
-- 誠さんは、そのことについては本気で、心底後悔されていました。だからもう二度と、黙ってどこかへ行かれるような事はないと思います。
O「これだよ。皆分かってないなぁ。…誠はやるんだよ。また同じ事をあの子はやる子なの」
-- ええ、だって。…そんな。
O「それが関誠という子の優しさだから。あの子は自分が傷つく事を恐れない。何よりも翔太郎を優先する。それは間違ったことではないかもしれないけど、常に正解を出せてるわけじゃない。例え翔太郎が望んでいない事だとしても、あの子は自分がそうすべきだと思ったら絶対にやる」
伊藤の頬を今日何度目かの涙が伝う。
伊澄は黙って煙草を銜え、強く吸い込んだ。
ミリミリミリ、ミシ。
煙草の先端が赤く燃え、音を立てて灰になって行く。


あー、やはり、そうなのだろうな。と、私は悲しくなる。


O「私誠と出会った時の事よく覚えてるんだ。…翔太郎程ではないだろうけど、私だって誠の事大好きだからね」
-- 誠さんがまだ、15歳の時ですか。
O「そう。両親を亡くして、目の前が真っ暗になって、色んな物事に対する希望を見失って、笑いながら危険な事に頭から突っ込んでいくような、そういうやけっぱちな心理状態だったあの子を翔太郎が連れて来た。…めっちゃくちゃ綺麗な目をしてたんだ。だけど見覚えのある目だった。それは昔の翔太郎や大成と同じで、絶望を知ってる目だと私には思えた。まだ15歳なのに、なんでそんな目をするんだと思ったらやりきれなくて、ずっと陰ながら見守って来た。…時枝さん、あの子は良い子なんだよ。本当に素敵な子。誠はね、普通じゃありえないスピードで、人生の選択を次から次へと迫られながら生きて来たんだ。頭が良くて、とても綺麗で、だけど破滅志向の強い厄介な子。…だからそんなあの子がモデルになるって言った時、私奇跡が起きたんだなって思ったよ。昔から勉強の出来る子でさ、進学校に通ってるくせに危険な遊びばかり覚えてきて、それでいて有名な難関大学の推薦もらえたりするような要領の良い子だった。だけど私に言った事があるんだ。当時あまりにも衝撃的で日記に書いたから今でも覚えてる。『生きてて楽しいって思える事や、喜びを分かち合いたいと思える人はもう今の所翔太郎さんだけだから、私自分の将来には興味ないんです』。そんなあの子が具体的なビジョンを持ってモデルという大変な仕事を勝ち取った時、これは奇跡なんだって、冗談じゃなくて本気でそう思ったの。嬉しかった。大変な時期だったけど、だからこそあえて前を向いて一歩踏み出せたなって。…私と大成が入籍した時も、あの子私に言ったくれたのよ。『織江さんみたいに上手くはやれないと思うけど、私なりに、翔太郎を幸せに出来るよう頑張ってみるよ。だから一つ肩の荷を下ろして、大成さんと幸せになって下さい』。それなのになんで…、なんであの子がこんな目に合わなきゃいけないの!? なんで一人でどっか行っちゃうのよ。私はその時どこで何をしてたの?」


ああ、やっぱりそうだ。伊藤織江は関誠ではなく自分を責めているのだ。


O「あの子はまた絶対に同じ事をやる。自分がそう信じたら。それが翔太郎の為だと信じたら、あの子はまた誰もいない暗闇に向かって突っ込んでいく」


ずっと彼女は、関誠を一人で行かせてしまった自分を責めていたのだ。
誠の母親代わりとして寄り添って来た彼女の後悔だった。


O「翔太郎にさえ掴まえられないスピードで、またあの子はどこかへ行ってしまうかもしれない。私はそれがたまらなく怖い」
S「織江」
O「翔太郎は怖くないの?」
S「…」
伊澄は強めの一服で煙草を根本まで吸い切ると、ふと私の方を見て無言で首を横に振った。
私はビデオカメラの電源を落とすと、お化粧治してきますと小声で告げて席を立った。
その後二人にどんな会話があったのか、その日の私は知らない。
ゆっくりと時間を掛けて涙を止め、心を整理し、メイクを直してお手洗いから出て戻った時、伊澄と伊藤は並んで座り、楽しそうに小声で笑い話をしていた。
お手洗いから出てすぐ、甘くて香ばしい匂いが漂っているなと厨房を見やった時、
心配そうに両眉を下げたヨーコちゃんが私の所へ来た。
そして泣きそうな顔で「大丈夫ですか」と言った。
もちろんそれは私に対してではなく伊澄と伊藤に対する心配の言葉だ。
私は唇をぎゅっと結ぶと力強く頷いて、大丈夫ですと答えた。
席に戻ると伊藤がテーブルにごとりとおでこをつけて、すみませんでした、と言った。
となりで微笑んでいる伊澄の笑顔が、この上ない安心感を生んだ事は言うまでもない。


-- とんでもないです、謝らないでください。
O「(ビデオカメラの)電源オンにしておきました」
-- 何からなにまで(笑)。
S「間違って消したりしてないよな?」
O「アメリカでさんざん触ったから大丈夫」
-- その節はお世話になりました。
O「はは、時枝さんが席を外してすぐにね、翔太郎が立ち上がって横に座って、もしかして織江聞いた事ないかな?って私に言うの」
-- はい。何をでしょうか。
O「私が初めてこの人達に声をかけたっていう話をした日に、翔太郎が誠に聞いたんだって。最初の言葉がなんだったかお前覚えてるか?って」
-- 翔太郎さんと誠さんが初めて出会った日という事ですか?
S「そう。俺が一番最初に声を掛けた時、なんて言ったか覚えてるか?って」
-- どうでしたか?誠さんの事だから、やっぱり覚えてるような気がします。
S「笑ったのがさ、あいつ覚えてるけど、一番初めに声をかけたのは翔太郎じゃなくて私だよ、って言ったんだよ」
-- ん、ん? そうなんですか?
S「俺は自分が先だと思ってたんだけど、誠は真顔で首を振って、私だよって言うんだよ。でも状況的に考えて間違いなく俺なんだよな。何回思い出しても、俺なんだよ。言葉まで覚えてて、確認したら、翔太郎が自分から最初に言った言葉はそれだねって言いやがって。教えてって言うのも癪だし、ふーんつって、もういいやって顔して」
-- あはは。
O「それをさ、私に聞いてくるわけ。お前なんか聞いてない?って」
-- どうなんですか?
O「うん。一応知ってる」
-- ええー、凄い。なんでした?
O「絶対聞き返されると思うけど言うね。『お茶ですか?』だって」
-- …なんですか?
S「あははは!」
O「でもそれってさー、一番初めに交わした会話だって認識するかなあ。誠らしいなあーって思って」
-- お茶って、あのお茶ですか?
O「そうよ、飲み物のお茶。まだ2人がちゃんと出会う前の話なんだって。誠がバイトしてたコンビニをそうと知らずに翔太郎が利用してたらしいのね。毎朝決まった時間にやって来て、煙草2つと緑のパックに入った飲み物を買っていくんだって。商品名出すとアレだから言わないけど、意外性のある飲み物です。別にそれはなんだっていいんだけど、とにかく毎朝そのセットを買っていくんだって。でもその日、フラフラした足取りの状態で翔太郎が入って来て、レジに置いたのがいつもの飲み物じゃなかったんだって。誠はあれって思ったんだけど、当時あまり愛想の良いタイプではなかったし、面倒な事になったら嫌だからスルーしようとしたらしいんだけど、手に持った瞬間無意識に『お茶ですか?』って言っちゃったんだって。物凄く似てたらしいの、いつも買ってるものとそのお茶がね。だからきっとこの人間違えて棚から持ってきたんだなあって。そしたら翔太郎が誠の手を取って、『おーい、…お茶?』って言ったって言うの。2人して朝から声に出して爆笑したっていう話なんだけど」
-- あははは!…うふふふ、あはは。へえー、凄い。なんで翔太郎さんそれ忘れちゃうんですか?
S「だから出会ってないんだよまだ。まあそれ聞いても、そんな事があったって事も思い出せないから、あいつ作ったんじゃねえかな」
-- ひど(笑)!そうかあ。最初の言葉は『お茶ですか?』かあ。なんかロマンチックですねえ。
S「どこがだよ」
-- ちなみに翔太郎さんがかけた最初に言葉は何ですか?
O「ダメ」
S「社長命令があるのでカメラの前では言えません」
-- あはは! えー、絶対エロいんだろうなあ。
S「お」
O「あはは、ダメダメ、あははは」
-- はい、分かりました(笑)。



対談という名目の『伊藤織江を休ませる日』。
思わぬ展開はあったものの、とても穏やかで丸みのある笑顔を浮かべた彼女を見る限り、
伊澄の優しさは確実に多忙極まる幼馴染を癒したのだと思う。恐らくこういった優しさの形は、夫である神波大成よりも距離を持った友人の方が効果的なのだろう。
神波という男は誰よりも伊藤織江に優しい。
それは同時に、伊藤織江も神波に対して誰よりも優しい事を意味する。
だが時として優しさは努力と忍耐を要する。
それを取っ払えるのが、唯一無二の友人の存在なのだと私は思っている。


ここからカメラの映像はない。


帰り際、レジの前に立った伊澄にヨーコちゃんが、
焼いたばかりのクッキーが入った小袋を手渡した。
『パパの分はないので、隠れて食べて下さい』
『おう、ありがとう』
『パパが、寂しがってます』
『おう、俺達もだよ。だけど二度と会えないわけじゃない』
『私も寂しいです』
『まだ少し先だから、またみんなでくるよ』
『私の初恋は、翔太郎さんです』
『…ありがとう』
『絶対また来てください』
『約束するよ』
『怖いから誠さんには言わないでください』
『あはは。後で電話しとくよ』
『織江さん、パパをよろしくお願いします』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
ヨーコちゃんは最後にカメラに向かって手を振ることを忘れなかった。
私はそんな彼女の言動や気づかいに思い切り胸を打たれた。
彼女はかつて、伊澄達転校生4人の為、
そして内なる正義の旗を掲げ続ける為に戦った、あの男の子の娘なのだ。
重金属の音塊が私を打つ。
あの日々。彼らの若き日々。池脇竜二と神波大成、そして真壁才二を支えながら軽快なドラムを響かせていた、クロウバー時代の渡辺京。
彼のそのバスドラの響きが今また、私の耳に届いた気がした。



『合図』を出てしばらく歩いた。
少し離れた場所に停車してある伊澄の車までの距離なのだが、
突風の寒さが身に染みたらしく、伊藤は立ち止まってコートの前を掻き抱くように抑えた。
そして黙ったまま『合図』を振り返った。
それに気づいた伊澄は伊藤の前まで戻ってくると、彼女の左手を取った。
驚いて向き直る伊藤。
伊澄はそのまま彼女の右手も取って、両手を握った状態で言った。
『織江の手は二つしかないんだ。右手には神波大成。左手にはドーンハンマー。それ以上はもう持たなくていいんだ』
そして伊藤の手にクッキーの入った小袋を握らせると、
『ナベには俺から言っとくから』
と言ってまた歩き始めた。
私はその光景が何を意味するのかしばらく分からず、ようやく理解できたのは彼らと別れた後だった。

連載第45回。「池脇竜二×URGA」

2016年、12月25日、クリスマス。


池脇竜二(R)×URGA(U)。
場所は都内某コンサートホール。
この日の対談は、毎年恒例となるURGAのクリスマスコンサートの会場を借り切って、
当日の朝に収録される運びとなった。
コンサートスタッフもまだ誰も来ていない静かな空間を独占する二人。
客席に並んで座り、照明の当たった舞台セットを見ながら静かなスタート。
ちなみにこの日、時枝は二人の側にはいない。



U「おはようございます」
R「おはようございます」
U「メリークリスマス」
R「メリークリスマス。なんで小声なの?」
U「年末だから?」
R「そうかい(笑)」
U「しかもまだ9時過ぎだよー?」
R「よく遅刻せずに来れたなって自分で感心してる」
U「でもクリスマス当日の早朝にさ、これだけ広くてこれだけ静かな場所を二人占めできるってすごくない?」
R「なあ」
U「あの池脇竜二が憧れるURGAさんとの対談だよ。テンション上がるでしょ」
R「小声で言われてもなあ」
U「声の大きさが取り柄みたいな二人なのにね」
R「今日いつもと違うじゃん。すごいキレイ」
U「お、おお。どうしたいんだ。喜ばせたいのか?落としたいのか?」
R「なんで落とすんだよ」
U「いつもと違うってのは失礼でしょ」
R「そか。いつも以上にって言えばいいのか」
U「ここ入って来る所からやり直す?」
R「(会場を振り返りながら笑い)結構大きい箱だな」
U「そうでしょ、ここ6年ぐらいずっと25日は私が抑えてます」
R「やるじゃん。渋谷なんて何年ぶりだろ」
U「いつもどこを拠点に課外活動をいそしんでるの?」
R「課外活動? …家の近所とかスタジオの近所で飲んでるかな」
U「お酒強いもんね」
R「まあ、そこそこは」
U「ずっと同じ所で飲んでて飽きない?」
R「大丈夫」
U「…」
R「…え?」
U「…なんか緊張してない?」
R「あははは。バレたかー」
U「竜二君にも緊張の二文字はあるんだね」
R「んー、普段ほとんどしないんだけどな。人が多い程緊張しないかもしれない。こうやって一対一とかの方が全然緊張する」
U「あー、分かる。客席って見えてるし見てるんだけど、でも見てないもんね」
R「視界には入ってるけど誰かと目が合うなんて事はねえよな。合っててもこっちは焦点合わせてないっつーか」
U「逆に一対一とかだと相手の目を見なきゃいけないから、人によっては緊張するよね」
R「うん」
U「前に翔太郎君と対談した時も、こうやって横並びにしてたもん」
R「そっか」
U「…疲れてるね」
R「あははは!気ー使いすぎだよ!」
U「だーってなんか変だもーん」
R「いやーまー、ううーん、色々あるよなあと思ってさあ」
U「あはは、うーん。色々あるよー。…生きてるからねえ」
R「ああ、良い事言った。そうだな、それに尽きるよな」
U「それはさておき、アメリカ行き、おめでとうございます」
R「あー。それもさあ、最近ちょくちょく言われっけどさ。ちょっと癪だなと思えてきて」
U「おいおい、今言う事か?」
R「(笑)、もちろん俺達がやってる音楽はアメリカが本場だし、向こうでプレイすることが日常になるってのはものスゲエ事だって分かってるんだよ。そこを目指してやって来たわけだから。だけどどっかで、俺達が一番だって思っていたい傲慢さも捨てたくねえんだよ。分かるだろ?」
U「うん」
R「だから本当は、世界に対して『お前らが来い』って言いたいんだけどな。でもまだそこまで言える状況じゃないってのに、おめでとうってなんだよって」
U「ワールドクラスとは、って事だもんね」
R「アメリカに行くのは楽しみだしワクワクしてるけど、アメリカでやんなきゃ意味ねえじゃんっていう言われ方は、なんだかね」
U「本当は、ドーンハンマーが好きなら海越えて日本まで見に来いよって事でしょ」
R「そ。本当の意味でワールドクラスってそれだと思う。だからいずれそうなったら、帰ってこようかな」
U「いいね、竜二くんらしい目になってきた。お目覚めですね? 今ここにカナちゃんいたらきっともう泣いてるね」
R「カナちゃん? 時枝さん? ああ、そうだな。時枝さん明後日誕生日だって」
U「27日?そうなんだね。おめでとう言わなきゃ。…え、12月って他にも誰かいなかった?」
R「繭子。12日」
U「もう過ぎたじゃん。そっかー」
R「はは」
U「…」
R「…うん?」
U「…そこはさー、URGAさんはー?でしょうが」
R「あー、…いつ?」
U「3月22日」
R「なんだよ!」
U「なんだよって何だよ(笑)」
R「今日かと思うじゃねえか」
U「あはは」
R「…いやそこはさあ」
U「竜二くんは?」
R「5月19日」
U「へー」
R「なんだよ(笑)。なんだこのやりとり」
U「もう日本にいないんだね」
R「あー、確かに」
U「プレゼント貰えるとしたら何が欲しい?」
R「くれんの?」
U「貰えるとしたら、何が欲しい?」
R「んー、考えとく。URGAさんは?」
U「池脇竜二をいつでも好きな時にコーラスに従える事が出来る権利!言えた!」
R「即答って(笑)」
U「同じ内容のプレゼント交換はなしだからね」
R「分かった」



U「今夜本当に皆で見に来るの?」
R「来るよ、チケット取ったもん」
U「買ったって事? あれ、オリーには用意したって伝えたけどな」
R「用意って、タダって意味?」
U「用意は用意(笑)」
R「そんなもんタダで来るわけねえだろ」
U「私は良いけどそうしないと席バラけちゃうよ? 自由席じゃないし、発売開始したの結構前だしね。逆によく取れたね、一応ソールドだよ」
R「織江はそこらへん抜かりないよ。いつ取ったかは知らないけど、そもそも取れたとしても横並びで抑えるとかしないだろうな。並んで見たいわけじゃねえし、却って好都合だよ」
U「袖に来る?」
R「…あわよくばステージに呼び込もうとか考えてない?」
U「ないよ(笑)」
R「うーん、でもいいかな、やめとく。ちゃんと正面から見たいし」
U「そっかー」
R「ありがとう、なんか気い使ってもらって」
U「ええ、自分達の事素人だと思ってない? 会場で顔指して私より騒がれるとか許さないからね?」
R「あははは!あんたのコンサートでそれはないだろ!」
U「あるよ。何度か別の雑誌のインタビューでバンドの名前出した事あるし、無関係じゃないのは割と知られてるよ」
R「そうなんだ。じゃあバレて面倒な展開になったら帰る」
U「ええ!?」
R「声がでかい(笑)」
U「袖に来る?」
R「ずっと袖の方向いて歌ってくれんなら袖行くわ」
U「ちょっとしたパニックになるね」
R「大混乱だろ(笑)。あれどうなった?『ひとつの世界』。やる?」
U「今日はやらないかな。やれないよね、なんかね」
R「やっぱり翔太郎とじゃないとやる気しない?」
U「ふふ、でもそういうものじゃない?」
R「そらそうだと思うよ。誰か別のスタジオミュージシャンが同じように弾いたってきっと、全然違う!って受け付けないだろうし」
U「そー。あー、嬉しい。そうなんだよ。分かってんなあ、竜二」
R「ふふ、ゲロ吐いちまうよなあ」
U「吐かないよ(笑)。吐かないけど、拒否反応出るんだろうなっていうのはやる前から分かっちゃうから、依頼するだけ失礼だよね」
R「あれ歌メロどっちが考えたの?」
U「二人で」
R「凄いな、あれ。普通になんの予備知識もなく聴いて、Aメロ開始20秒で鳥肌立ったもん」
U「よおおおーーし!」
R「静かにしようよ、な。朝だから」
U「やっぱり今日やろうかなあ?」
R「あははは」
U「いやー、しかしさあ、翔太郎くんてやっぱり凄いよね。天才だわ」
R「おーほほほ。ありがとう」
U「やっぱりバンドのメンバー褒められると嬉しいんだ?」
R「そりゃまあ、そうさ。今のバンド組んでからのあいつの貢献度って考えると、計り知れねえもんがあるからな」
U「プロとしての実績は竜二くんと大成くんの方が上でしょ?」
R「メジャーで音源を何枚か出したってのが実績なら、そうだろうな。ただバンドの音楽性が変わったから延長線上には考えてねえし、それはもともと一緒にやってた奴らにも失礼だと思うから。別の話だと思ってるよ」
U「今の4人で一緒にデビューしたんだ、くらいの気持ちなわけだ」
R「そうだな。まあ繭子の前にもう一人いたんだけど」
U「アキラくんだよね、知ってるよ」
R「そうそう。繭子になってからの方が長いけどな」
U「そっか。…翔太郎君て最初っからあんなに才能豊かな人だったの?」
R「どうだろうな。もともとガキの頃からの知り合いだけど、性格自体がガラっと変わったしな。あ、違うか。性格は同じかもしんねえけど、感情を表に出すようになったっていうかさ。昔は全然喋らねえ暗ーいガキだったし」
U「全然想像つかないね(笑)」
R「あはは、俺また殴られるかもしれねえな。まあ、いいや。でさ、最初のうちはあいつにあんな才能があるなんて分かってなかったけど、とりあえずギターの腕は俺達4人の中では抜群だったな」
U「へー」
R「でも俺の思うあいつの凄さって、もちろんそのテクニックもそうだけど、ほんと無尽蔵じゃねえかなって思えるぐらい、常に頭の中で音が鳴ってる所だと思うんだよ」
U「何それ」
R「俺らってまだ形になってない曲のストックがめちゃくちゃあるんだけど、なんでかっていうと翔太郎が狂ったようにメロディを生み出すからなんだよ。その、短いギターリフとか、ワンフレーズだけとかも合わせると正確な数が把握できないくらいに」
U「へええ、凄いね。ありがたい存在だねえ、曲作りに困らないなんて」
R「却ってプレッシャーだよ(笑)。死ぬまでに全部形になんのかよって真剣に途方に暮れるからな。ピンとくるかどうか分かんねえけど、あいつずっと携帯持ってんの。ギター弾いてる時以外ずっと」
U「今流行りの依存症だと思ってた」
R「だろ。あれ実はスマホのアプリで曲作ってんだよ」
U「えええ!スゴ。そういう人なのかあ」
R「そう。だから、めっちゃくちゃあるんだよ。色んな音が色んなスピードであいつの頭の中にあって」
U「ああああ、…欲しいー」
R「ふははは!そこはもうちょっと心の声にしとけよ。本気度がすげえよ」
U「そっかー。大した音楽家なんだなーやっぱり」
R「だから『ひとつの世界』の曲と歌メロを聞いた時、悔しかった部分もあるんだよ。いや、ちゃんと仕事したな、名に恥じないだけの曲作ったなっていう思いもあったけど、良い曲出しやがったなーおいーっていうね(笑)」
U「嫉妬だ」
R「そう。でもそれは多分俺よりもきっと大成が強く感じたんじゃねえかなあ。あいつの方がどっちかっていうと、曲調としては(URGAと)タイプの似てる作曲家だし、先越されたーっていうかさ」
U「ああ、うん。彼もそう言ってた」
R「翔太郎?」
U「うん」
R「へえー。でもあの歌はアレだな。全体のメロディもそうだけど、やっぱり歌メロがいいな。歌詞を上手く利用した響きの良い歌い方が出来てる。聞いてて気持ちがいい」
U「お、ボーカリスト対談らしくなってきたね。全然話変わるけど私竜二君の発音するThunderが好きだよ」
R「いきなりだな、ありがとう(笑)。びっくりした今、注意されんのかと思った。俺も今回のURGAさんの歌い方は好きだな。結構喉潰してる所がセクシー」
U「潰してはないよ、絞ってるけどね。捻り上げるような歌い方というか、慣れるまでは顎がガクガク動いちゃって、全然セクシーじゃなかったよ」
R「あー(笑)」
U「最初のうちは、『竜二意識してんのか?』って翔太郎くんに突っ込まれたし」
R「あははは! え、俺、顎ガクガクしてねえよ」
U「ガクガクって言うかなんかね、歌いながら顔でリズム追いかけてたみたい。体感的には速さを感じない曲だけどさ、作曲者の持ってる個性みたいなのがこれまで私が作ってきた歌とは全然違うリズムだったんだろうね。新鮮だった」
R「どっちかって言うと俺の方が馴染みがある曲な気がする」
U「そうなの。だから翔太郎くんに『竜二ならもっとこう歌うんだけどな』っていつ言われるかって内心ドキドキしてたもん」
R「そういう事は、言わねえよあいつは」
U「うん、言われなかったけどね。でもその時は不安でしょ」
R「まあな。でも初めて聞いた時に、大分あいつ寄りな気がしたから良かったのかなって思ったけど」
U「ドーンハンマーっぽいってことでしょ?」
R「いや、ドーンハンマーって言うか、翔太郎カラーが強いというか。歌メロは二人で作ったとしても、曲調がこれまであんたが作ってきた曲とは全然違うし、昔からいるファンは絶対違和感と受け取るだろーなって」
U「それはでも、…うーん、そうだなあ。ファンの期待に答えたい私と、裏切った上で新しい私を好きになって欲しい私がいるかな。今回は裏切ってもいいからやりたいことやろーっと、って」
R「ああ、なるほどな」
U「転調の多い曲を歌った事がないわけではないし、苦手でもないよ。あとは好きになる人と嫌いになる人がいるってだけだし、そこを判断基準にするのは独立した時にやめたかな。ただ、私が好き勝手に歌う事が誰かの心に寄り添うことなんだーなんて傲慢な事も思ってないから、私にしか出来ない事をしたいけど、でも一人でも多くの人に届けばいいなあとも、思ってる。それは普段私が歌ってる歌もそうだし、実は『ひとつの世界』だってそうだよ」
R「うん」
U「今回の共作がどういう受け止められ方をするかというより、私が歌う歌をたった一曲でもいいから側に置いておきたいと願う人が現れるかどうか、そこが大事」
R「すげえなあ。やっぱ色々考えてんだなあ」
U「でも君達と似てる発想なんだよ」
R「そうか?」
U「私の場合は、格好良いかどうかじゃなくて、誰かに必要とされる歌になっているかどうか、だね」
R「そこだけを追求していると」
U「そ」
R「難しいぜー?」
U「難しいよ~(笑)」
R「いわゆる流行歌になってはいけないし、かと言って説教くせえ魅力のない音楽でもいけねえしな。でも今それをやれてるのはURGAさんだけかもしれねえな」
U「ええー…。何だよ急にー。上げて落としてかあ?どうやって落とすつもりだあ?」
R「あはは!落とさねえよ」
U「あとさ、私歌ってて眉間に皺が寄る時があるの」
R「うん、知ってる」
U「でもそうなるのって私にとっては良い事でもあってさ。感情がスーっと入って行く時で、さっきの観客席の話じゃないけど視界が狭まって、違う場所へ魂が飛ぶような感覚になるんだよね。一瞬で別の次元に行けるみたいな」
R「ええー、凄いな」
U「『ひとつの世界』がまさにそうだったんだけど。竜二くんはそういうのない?」
R「そんなトリップ感はねえかなあ。いいなあ、一回その別次元に行ってみたい」
U「変な薬はやってないからね」
R「…からの?」
U「違う違う違う。ホラ!やっぱり落とした!」
R「(笑)、でも歌っててそういう感覚に陥るって怖くないの?コントロール不能になったりしない?」
U「ずーっとではないよ。完全に入り込むわけじゃないし。そういう感覚になれる時って物凄く集中できてるっていう事でもあるから、そういうメロディとか歌って、やっぱり自分の中では特別な一曲になる事が多いんだよね」
R「ああ、なるほどなあ」



U「特別な一曲って何かある?」
R「『終わりがくる時』」
U「ヘーイ、センキュー」
(手の平をパーンと上下で打ち鳴らす二人)
U「意外とベタなとこ選んで来てるように思えて、なんか竜二君らしくて好きだな。嬉しい。でもそれってやっぱりボーカリストとして選んでるとこない?」
R「意識したことないけど、そうかもしれないな。あの曲のあの声は、それこそ特別だよなーってつくづく思うんだよ。あの曲が出た時代とか身の回りの思い出やなんかも含めて好きだってのもあるけど」
U「へえー、そういう風に自分のこれまでの時間とともに愛してくれるのは嬉しい。そういう風にありたいといつも思ってる事だからね。曲で言えば、歌詞の内容もそうだけど、そこよりも歌い方であったりメロディの良さであったり、声の出し方とか、色んな要素が綺麗に補い合ってるなって自分でも思う。ベストパフォーマンスを発揮する為に歌うとしたら、絶対選択肢に入る歌ではあるよ、確かに」
R「URGAさんて自分の曲の中で一番二番とかある?」
U「あー、それはないかな。曲ってさ、好き嫌いでは作れないよね」
R「んー、でもうちは結構好き嫌いは関係してるかな」
U「そお? どんな風に?」
R「思いついたとしても避けるような歌い方とかあるだろ?」
U「ないよ?」
R「あるの(笑)」
U「例えば?」
R「サビでファルセットになるとか、ハイキーでハイトーンボイス使うとか」
U「へー、避けてるんだ」
R「うん。俺にハイトーンは似合わねえよ」
U「そんな事ないよ」
R「聞いた事ねえくせに(笑)」
U「あるよ」
R「ええ、いつ?」
U「大体分かるよ、想像力ないと思ってるでしょ」
R「あははは」
U「でも高い音域まで地声で持っていく方が竜二君らしいのは私もそう思う。叫んでるというか、吠えてる姿が似合ってるもんね」
R「ありがとう。そういう、スタイルっていう程大した話じゃないけど細かい部分で、それが消去法なのか、好きな物だけで固める方法か分かんねえけど、やっぱ偏りはするよ。ある時期はどうしても似通った歌い方が多いな、とか。そこを敢えて模索して別の歌唱法を試していく事でパフォーマンスに幅を持たせるんだけど、それってやっぱりもともと好き嫌いの存在があって、一つの方向性として自分の中にあるわけだしね」
U「それはでもいわゆる池脇竜二カラーをコレっていうものに決めてしまうか、カメレオンのように色々変化しながら挑戦していくかっていう話であってさ。曲を作る時の材料って詞とメロディと声でしょ。作ってる時は例えば、なんだろうな、格好良いぜ!って思って作ってるわけだから、絶対好きでしょ? じゃあ次の曲が出来た時に、前の曲はやっぱり好きじゃないってなる? ならないんじゃないかな」
R「嫌いにはならねえよもちろん。俺はでも、一番二番は言い過ぎかもしれねえけどこっちよりこっちの曲の方が好き、っていう感覚はあるよ。それもないの?」
U「あー、どうかなあ? 例えば新しいアルバムとデビューアルバムだったら、どっちが歌いやすいって言ったら新しいアルバムだよね。でも、じゃあデビューアルバムから何曲か歌いませんかって提案されたら、妙にワクワクしたり、嬉しかったりしない? やあ、久しぶりに会えたねえ、またよろしく頼むよー、なんて具合に」
R「分かる気はする」
U「なんかね、私の場合特に、ただ伝えたい言葉を書き連ねて一曲に仕上げました、というよりは、その時の自分の考え方や、歌詞には書ききれなかった色んな感情までぎゅっと詰まってる気がするんだよ。だからその歌を歌えば、それを作った時の自分が戻って来るような感覚になるし、その時私の側にいた大切な人や、友人や、家族や、…色々なものを感じながら歌ってるんだよね。竜二君が『終わりがくる時』を好きなのと同じように」
R「ああ、そうか。…そうなると、『好き』に順番はねえよな」
U「うん、そうなんだよねえ。でもさっき聞いた特別な一曲っていうのは、別に私の歌で好きなのどれって聞いたわけじゃなくて、まあそこも含めてだけど、竜二くんにとって特別な一曲ってどういう物なのかなって言うことね」
R「自分たちの歌も込みでって事? …それはー、ちょっとすぐには出てこねえなあ。多分歌ってきた曲数は、URGAさんにも引けを取らねえんじゃねえかなー」
U「そうだね。クロウバーの時代から数えると余裕で10枚以上アルバム出してるもんね」
R「それもそうだし、さっき言った音源化してない曲がいっぱいあるからなあ」
U「そっかー。デビュー曲って覚えてる?」
R「クロウバーのは覚えてる。シングルだったしな。ドーンハンマーはアルバムしか出してねえから、『FIRST』の1曲目がそれになんのかな」
U「思い入れ強くないの?」
R「思い出はあるけど、…どうだろう。今の方がもっと格好いい曲作れるしなって思っちまうかなあ」
U「過去の栄光は振り返らないぞ、と」
R「栄光なんてないけど。まあ、そういう見方もあるな」
U「君達っぽいね、それは」
R「なんていうか…。URGAさんにこういう話を聞かせるのは勇気がいるんだけど。音源に対してどこまで拘りを持ってるかっていう話になったらきっと、あんたとは何も語り合えない気がするんだよ」
U「なんで!?」
R「拘らないから」
U「ウソだよ、めっちゃ拘ってるよ」
R「うーんと。…もしかしたら翔太郎がもう言ってるかもしれねえけど、俺達のアルバムって作品じゃないんだよ」
U「ん、それはあれでしょ。そこで完成するわけじゃなくて、一杯演奏する事でどんどん進化していくんだって話でしょ?」
R「そう。要するにライブで暴れる為の手段なんだ」
U「そんなの別に珍しくないよ。皆そうだよ。私だってコンサートで色々なアレンジを試して曲の持つ顔をガラっと変えたりするもん」
R「それとはちょっと意味が違うかな」
U「どんな風に?」
R「もともと完成してる曲に新しい一面を持たせるとしたら、そこには準備や練習や入念な打ち合わせ、リハーサルが必要だろ?」
U「うん」
R「俺達は音源を完成した曲だと思ってないから平気で本番違う事をやるんだよ」
U「合わせらんないじゃん」
R「それでも合わすのがあいつらの凄さなんだよ」
U「ちょちょちょ、ちょっと待って待って。あはは、またこんな展開か(笑)。なんでそんな事したいの?」
R「格好いい曲をプレイしたいから」
U「それを作る為に、アルバム制作にあれだけ魂削ってるんじゃないの?」
R「そこがだから、あんたと違う所なんだよ。だから話が合わなくなるんだ」
U「えー」
R「いい曲を作りたいっていう目的はなくて、4人で格好いい曲ブチかますっていう目的の為の手段だから、曲は。今日完成させた曲を、明日壊したってかまわないんだ、そっちの方が格好いいんならね」
U「…じゃあ、何のために音源作ってるの?」
R「セトリだよ。これをライブでやる予定!全く同じにやるかは未定!」
U「あ、え、ライブに来ないファンはファンじゃいって事?」
R「そんな風に分けて考えてはいねえよ。音源聞いて『デスラッシュいいなー』『ドーンハンマーまたやりやがったなー』ってニンマリされるだけでも十分嬉しいし。けど、ライブに来たら確実に音源より凄いもん見せるとは思ってるよ」
U「それを音源で封じ込める事は出来ないの?その、凄いもんを」
R「やってるさ。やってるだろ? でもそこで完成なんだって誰が言える?なんで思える?今この瞬間にさ、もっといいアレンジ浮かぶかもしれないだろ。それをやるなって言うのか?だって毎日そんな事の繰り返しなんだぞ、俺達は」
U「ふわー…」
R「な、言った通りになったろ?」
U「ん?いや、怒ってないよ。逆にドーンハンマーの本当の凄さに触れた気がする。ずーっと動いてるんだね。立ち止まれない人達なんだね」
R「あはは、回遊魚か(笑)」
U「そうかー。そっかそっか。うん、なるほどね。色々理解出来た気がするよ。竜二くんのボーカルが曲ごとに違うのも、そこが理由なんだね」
R「そう。あー、うん、嬉しい。理解者がいた(笑)」
U「あはは、URGAです、どうぞよろしく」
R「よろしく」
U「私ね、こないだクロウバーのアルバム聞き返してみたの」
R「お、ああ、普通にびっくりした。ありがとな、忙しいのに」
U「ううん。だって音楽としてただ聞いて楽しむだけならドーンハンマーより全然心地いいしね」
R「うははは!」
U「綺麗なハイトーン出てたよ」
R「だから。ウソだろ、出してねえよ(笑)」
U「…『HOUSE OF NOISY INSANITY』」
R「…あ」
U「ほらー、ちょっとタイトル思い出すのに時間かかったけどもー(笑)」
R「完全に忘れてたよ。あー、確かに出してるわ。何で忘れてんだろ」
U「前にさ、たまには良い歌詞書くよねって話をした時にさ、私『AEON』って言ったでしょ。でも一番最初にそう思ったのって、実は別の曲なの」
R「なに?どれ?」
U「『レモネードバルカン』」
R「ああ、え、『FIRST』の? クロウバーの曲なのかと思った」
U「ややこしい話し方しちゃったね。『レモネードバルカン』という曲を初めて聞いた時、『俺達に任せとけ!』みたいなさ、ありふれた言葉のリフレインだけど、歌詞の内容と君達のキャラクターにマッチした音の世界が、なんかグッとくるなあって思ったんだけど、他はやっぱり8割方変な歌でしょ。でさ、今回クロウバーの音源を改めて聞き返してた時びっくりしたのがさ、ちゃんと書けるじゃないか!って思ったの」
R「あははは、あー、そこか。そうか、そうなるよな」
U「当時はやっぱりレコード会社から注文入った?」
R「いや、ビクターじゃなくて前の事務所からはね、あったよ。若かったから、こいつら分かってねえんじゃねえかって思われてたみたいで。だから当時は俺が言いたい言葉というより、曲を活かす為のフレーズを当て嵌めて作った感じだから、URGAさんにとっては変でも実は今の曲の方が全然歌いやすいんだよ」
U「分かんないもんだよねえ、そうなってくると」
R「そこは実際に作ってる人間にしか分からねえよな」
U「あれだけ絶叫しながら、早口だったり字余りを凝縮したりっていうあれやこれやの技術を要して歌ってるのに、もう少し大人しかった時代より歌いやすいんだ」
R「今もそうだけど、曲ありきの言葉選びだったりするからな」
U「昔からそうなんだね」
R「うん。また身内を褒めて気持ち悪いけど、昔みたいなああいう曲書かせたら本当に大成は名人だと思うよ。それは単純にミドルテンポとかバラードっていう話じゃなくて、綺麗な旋律や高揚感のあるサビに関しては翔太郎も自ずと道を開けるし」
U「棲み分けがちゃんと出来てる感じだね。曲書ける人間が2人もいるなんて贅沢だよなあ」
R「あはは。まあでも俺達のジャンルだと割とザラにいるよ、特にあっち(海外)だと」
U「世界は広いもんね。あと印象に残ってるのは、クロウバーの方だとこないだお願いした『裂帛』と、えーっと、『ブルーアース・バット』」
R「うんうん」
この時点ではまだ公式に発表されていなかったのだが、2017年春頃にリリースされるURGAのカバーアルバムに、CROWBAR時代の名曲『裂帛』を収録したいと申し入れがあったようだ。もちろんバンド側は快諾している。
U「あれさ、アルバム誤表記だよね?」
R「どれ?」
U「『BLUE EARTH BAT』」
R「何が?」
U「え、だって意味合い的には『わが星、あるいは』っていう事だよねえ。そしたらBUTじゃないと駄目でしょ。BATだとコウモリか野球のバットになっちゃうよ」
R「あはは。あってるよ」
U「ええ!? なに、どっち?」
R「野球のバット」
U「えええ!地球はじゃあ…ボール?地球をバットで打っちゃう歌なの?私の感動を返せ!」
R「ちゃんと聞いてくれてんだねえ、嬉しいなあ。ありがとうな」
U「聞いていい? なんでクロウバーやめたの?」
R「クロウバーをやめたというより、作りたい曲の方向性を今みたいなのに変えたいと思った時に昔の事務所では了解得られなかったんだよ。売れないっつって。でも、…やりたかったんだよ」
U「ああ、そうかあ。そういうのはホント辛いね。でも今は、逃した魚は大きいぞ!って思ってる?」
R「あはは。ああ、思ってるよ」
U「ワーイ!」
R「そんなの最初から思ってるよ。ただ恩義も感じてるし、一度は面倒見てもらってるからね。後ろ足で砂掛けるような事は言ってねえけど、ただもう今更戻って来いって言われてもな」
U「それはね。今の君達があるのはそれこそオリーの力もあるもんね」
R「ああ、他のスタッフも含めて、よくここまでついて来てくれたなと思ってるよ」
U「でもガラっと変えたじゃない?昔みたいにさ、気持ちよさそうに喉を鳴らして豪快な歌ウマアピールで世界を目指す事だって出来たんじゃない?」
R「ああ、ううん。そこは難しい話だな」
U「なんで?」
R「バンドで、歌うたって生きてくっていう目標を叶える事は割と早い段階で出来た」
U「うん」
R「そこからさらに世界を目指したのは、俺の夢というよりは俺達全員で世界を獲り行こうぜっていう意味なんだよ」
U「皆で思い描いた夢って事?」
R「皆がそこにいるっていう絵が出来上がってる夢、うん。実際行けると思ってたしね。夢というよりも予定とか計画とか、決定事項ぐらいに考えてたんだけど、それは翔太郎や大成やアキラじゃないと駄目だったんだよ。もちろん支えてくれるスタッフやそれまで一緒に戦ってくれてたクロウバーの奴らも含めてそうなんだけど。結局、俺一人が良い気分で歌い上げてるだけのバンドで、そこへ行けるとは全然思わなくて」
U「ええっ、らしくないじゃん、謙虚だね」
R「あはは。うん、そう。でも事実だからな」
U「そんな事ないよって、私が言っても信じない?」
R「アンタの事は信じるよ。でも信じる信じないじゃなくて、人が何を言うかで自分の人生を決めたりしない。…今スゲー嬉しいの堪えて必死にカッコ付けてるから」
U「あははは!正直に言わなくていいトコだよそこは!」
R「翔太郎がギター弾いて、大成がベース弾いて、アキラがドラム叩いて、あいつらが全身全霊で音を鳴らしたら、きっと俺の悦に浸った歌声なんか消し飛ばされるなって。だから俺は血管ブチ切れるまで絶叫しなきゃいけねえって。ドーンハンマーはそういうバンドなんだよ」
U「うん。…震えがくる程100点満点のお答えいただきました」



U「どういう評価のされ方が嬉しい?」
R「あんたは?」
U「『あなたじゃないと駄目なんです』」
R「ああ。…今ぐっと来たわ」
U「えへへ、なんで?」
R「いや、実際そうだし」
U「うおーう。ありがとう!そんな風に思ってくれてたの!?」
R「ずっと思ってるよ。URGAファンは全員そう思ってるよ」
U「あとで事務所に何か贈っときますね」
R「焼酎でお願いします」
U「芋派?麦派?」
R「麦」
U「私はワイン」
R「聞いてねえよ(笑)」
U「鈍いなあ。お酒誘っていいよっていう合図でしょう?」
R「あー、なるほどねえ。でも俺ワイン飲まねえしなあ」
U「いいお店紹介したげるよ」
R「そこは今度連れてったげるよ、でしょうが」
U「そういう意味でしょーが。にっぶいなあ(笑)」
R「あはは、そうなのか」
U「でもここ最近のドーンハンマーってちょっと、いやかなり、飛ぶ鳥を落とす勢いでしょ? 色々言われてるんじゃないの?」
R「色々って?」
U「賛否」
R「ああ。でもそれは別になんとも思わねえよ。実際に音源出してみて、ライブやってみて、その手応えや客のリアクションが全てだし。そんなのURGAさんだってそうだろ?」
U「そりゃあそうだけどさ。でも気にならないといったらウソになるかなあ」
R「評価?」
U「うん。評価よりも評判を気にするタイプかも。それこそアルバムの質とかコンサートの出来栄えとか、その瞬間の事であれば受け止められるんだけど、私という存在を揺るがすような言葉を見てしまった日には、一日落ち込んで立ち上がれない事もあるよ」
R「なになに、何を見たんだよ(笑)。インターネット?」
U「誰々さんに似てるよね、とかさ」
R「ああ、それは腹立つな」
U「もうねえ、…ちょっと待ってよーって。それを言う人の所に走ってって、全然違うよ!って言いたくて仕方ないもん」
R「そんな事言うと変な奴がそれっぽい事一杯言ってくるから、やめとけ」
U「あはは。でも、うん。そうなんだよね。竜二君は?」
R「そもそも、特に俺は言葉で何かを伝えるのが苦手なもんだから、具体的な感想を貰おうとも思ってないんだよ」
U「たとえば?」
R「今度の曲は怒りに満ちていますね!とか。…はあ!?ってなるし」
U「あははは!やばい、ツボに入った! でもそれさあ、別に向こうは変な事言ってないよね」
R「変な事っつーか、そう歌ってねえのにそう聞こえたっていうのはそいつだけの感想だろ。そんなん知らねえよってなる」
U「ああ、竜二君が怒りソングを作ってないのにってこと? そんな事言われる!?」
R「めちゃくちゃ言われるよ!」
U「そうなんだ。全然伝わってないんだね。やばい、まだ面白いよ(笑)」
R「そもそもそういうモチベーションじゃないからさ。いつまで笑ってんだよ(笑)。そこに勝手なテーマ性を求められても困るんだよ。格好良いかどうだかだけ聞きたいんだよこっちは!って。だから前にうち来て歌ってくれた時に言ってたあんたの感想が一番好き。『なんだか分からないけど、凄いぞ!』って」
U「そうかあー。やっぱり、凄いねえ」
R「…ええ?」
U「多分誤解されてると思うし、いい機会だから言うけど、私ドーンハンマーで一番才能豊かだと思ってるのは竜二君だよ」
R「え!」
U「あははは、カメラ見て!凄い顔してるから(笑)」
R「なんで?冗談だろ?」
U「ええ、何言ってんの。そんな冗談言うわけないでしょ。嫌なの?」
R「嫌じゃねえけど、びっくりはしてる。そこは普通に翔太郎だと思うだろ」
U「あはは、流れ的に、みたいな?」
R「そう」
U「デリカシーないって本当だね」
R「あははは!それは、やっぱり同じボーカリストとして、みたいな」
U「贔屓目に見て? ううん、もっと単純に考えて、バンドで唯一ひとりでも世界で戦える人だと思ったから。もちろん翔太郎君も大成君も繭ちゃんも非凡だとは思ってる。でも彼らがそういう才能で全力を出せるのは、君がいるからだと思うよ」
R「いやいやいやいや、違う違う、逆、逆逆」
U「認められてこれだけ否定する人初めて見たんだけど(笑)」
R「あはは、いやー、困ったな」
U「竜二、お前が一番だ!」
R「いやいやいやいや…」
U「あははは!」
R「そんな事今まで一度も言わなかっただろ。なんでいきなりそんな事言うんだ?」
U「もう言ってもいいかなあって思って」
R「え、頃合いの問題? なんで今なんだよ」
U「どこかでまだ信じてないっていう顔だね(笑)。うーんとね、…才能の話とはまた少し違うかもだけど、同じボーカリストとして初めて生で歌声を聞いた時に、なんていうか、嬉しかったの。言い方がすごく難しいけど…私に近いなって。ただ友達同士仲良く楽しんで音楽活動してるだけじゃないな、この人なんか背負ってるなって。物凄く良い雰囲気を持ってる人だなって勝手に思ってて。もちろん才能に嫉妬したり奮起したりっていうのもあったけどさ、全部ひっくるめてそういう言葉を本人の前で口にしたくはなかったんだよ、その時は。なんでかって言うと、私の個人的な経験だとか考え方だとかが色々影響してる見方だから、言われた方はきっと混乱するし迷惑だろうなって思ったからね。ほら、今のそういう顔。…だから実はそーっと見てたんだよ。戦ってるな、今日も戦ってるな、叫んでるなって。それを確認するのが密かな楽しみとか、励みになってた」
R「…えー、全然知らなかった。ぜんっぜん知らなかった」
U「びっくりした?」
R「かなり」
U「だから言いたくなかったんだよ。なんか…ホントは私だけが勝手に思ってればいい事なのにね。でも、アメリカ行く前に伝えておくのも良いかなと思って。竜二、ちゃんと見てるからな!」
R「おう。ありがとう(笑)」



R「前から気になってたんだけどさ」
U「うん」
R「なんでURGAっていう名前なの?」
U「何がなんでなの?」
R「何が。え?」
U「名前だよね」
R「うん、だからなんでURGAにしたのって」
U「だから名前だよ。え、言ってなかった?」
R「…え、URGAっていう名前なのか?本名?」
U「いや、え、うんと。漆の葉っぱと書いて、ウルハ」
R「ウルハ?」
U「Uruha Ray Gabrielle。ウ・ル・ガ」
R「え!? ハーフ!?」
U「うん。ウィキにも出てるけど」
R「えー、知らなかった。え、じゃあ向こうだとガブリエル・レイ・ウルハ?」
U「アメリカ式に言えばね。でも日本でもどこでも活動はURGAだよ」
R「うわー、全然知らなかった。皆知ってんのかなこれ」
U「皆って誰のこと?(笑)」
R「織江とか、翔太郎とか」
U「オリーは知ってるよ。だから大成君も知ってるだろうね。翔太郎君にはウルガとしか呼ばれたことないなあ、どうだろう」
R「いやー、たまげた。全然思ってた話と違ってびっくりした。普通にURGAっていう言葉自体に意味があるのかと思って」
U「今でもあるのかな、新宿に同じ名前のライブハウスがあるって聞いて見に行ったことある(笑)」
R「ああ、あそこは今違う名前になってるよ」
U「そうなんだ。ますます頑張らなきゃ」
R「そっか名前かあ。公表してんの?」
U「あえて公表はしてないけど、どこかから漏れ出ちゃったね。間違ってないから否定も出来ないし」
R「そっかそっか」
U「…別に気にしなくていいからね。嫌だと思ってたら最初から言ってないから」
R「おう」
U「…え、なんか気にしてるよねえ、その顔」
R「してねえよ、全然違う事考えてた」
U「何を?」
R「もし俺がその名前だったら絶対、『ニックネーム統一してくれない!?』って言うよなあと思って」
その瞬間、大きく目を見開きこれまでにない大きな動きと声で笑い声を上げるURGA。
途中ゲホゲホと咳き込み、池脇が慌てて背中をさする。
U「あー。おー」
苦しそうに喘ぐとまた笑い出すその姿に、池脇は背後を振り返ったり誰かを探すようにきょろきょろと辺りを見回している。よっぽどURGAの反応が想定外だったようだ。
U「ごめんごめん、ありがとう。なに、なんで。私の事昔から見てたの?」
R「なんだよ、笑いすぎだって」
U「凄いねえ、まさしくその通りだよ。私本当に同じセリフ言った事あるもん」
R「あはは、そうなのか」
U「だってさあ。まずは、ウルでしょー? ウルハ、レイ、レイちゃん、ガブリエル、ガブ、ガブちゃん、ギャビー、ゲイブ、もー!」
R「うははは!や、そりゃそうだろうなと思って。やっぱそうか、そうなるよな。でもやっぱりそんな感じする。ガブリエルだわ。あんた天使感あるもんな」
U「天使感!(笑)。あのさあ、そういう事は人前で言わないでくれるかな。いくらこんな私でも世間の目は気にするからね?」
R「あー、俺絶対ガブちゃんて呼びたい」
U「あははは、公表してないって言ってるだろ。あと私40だからね?」
R「平気平気」
U「ん?」
R「平気だって」
U「…見えないって言う所!早く言って!」
R「あははは!見えない見えない、天使、天使」



U「幸せって何だと思う?」
R「…でかい話するなあ」
U「日常レベルの話だよ。なんでも思いついた事でいいから、聞かせて」
R「世界平和とかそういうんじゃなしに?」
U「なしに。…それが本気の願いなら構わないけど、それが幸せ?」
R「個人的な幸せの話をするなら、今」
U「…具体的には?」
R「バンドのボーカルとしてガムシャラにやりたい事やって、倒れそうなほど忙しい毎日で、すんげえ酒が美味い。腹立つくらい才能豊かなメンバーに恵まれて、背中を押してくれる仲間がいて、俺が世界で唯一別格だと思ってる歌うたいがクリスマスの朝、今横にいるから」
U「さすが綺麗にまとめて来るなぁ(笑)。さっきの私の話がもう影響してない?」
R「してねえよ(笑)、ちゃんと本音で言いました」
U「なら、良し。私ね、皆んなの演奏見たの、ファーマーズでの舞台を」
R「お、ありがと。感想聞いていいの?」
U「やっぱり、自分の気持ちを人に伝えるって大事だなって改めて思ったよ。それは竜二君のスピーチだけを言ってるんじゃなくて、音楽そのものがさ、言葉だけじゃなくて、生き方や考え方や、人となりで溢れてた。格好良かったよ」
R「おおー、…沁みたぁー」
U「あはは。パソコンで見たんだけどさ、目が痛くなるくらい、グーって入り込んで見ちゃった。字幕なしで竜二君のスピーチ聞けるからさ、一人モニターの前で頷きながら見てた。何度も鳥肌が立った。考えてみればあれ見てる時ってもう日本帰って来てたんだろうしさ、電話でもすれば良かったね」
R「そんなテンションで電話あっても照れて何も話せないかもしれない(笑)」
U「あはは、そうかもしれないね。うん、あと純粋に嬉しかったのもあって。ジャンルは全然違うけど、心から凄いんだ彼らはって思ってるから、あれだけ大勢のセレブの前で堂々としていてくれる姿や、喝采を浴びてる姿を見れたのが嬉しい。喜んでないでお前も頑張れって話だけどさ」
R「いやいや、何言ってんの。すっごい嬉しい。ありがたい」
U「勉強にもなった」
R「どんだけ言うんだよ(笑)」
U「ほんとほんと。音楽を仕事にしてやってるとさ、目の前の音や歌に縛られてるなって感じる時があるの。でも音楽ってさ、人の思いや願いを増幅させるツールだったり、素直に言えない気持ちを通すフィルターだったりして、本来一番手前にあるべきは心だと思うんだよ。そこを忘れちゃいけないんだって自分で反省する事がよくあるし、ドーンハンマーはその部分がしっかりしてるなって感じる。もちろん音楽に対する捉え方は、私のは一般的じゃないのかもしれないけど、でもそう思う」
R「うん」
U「『うん』?」
R「え? いや、音楽論を戦わせる程の学はねえよ(笑)。けどなんつーか、分かんねえけど、大事なのは多分何が正解かとかじゃなくてさ、あんたがどう思いながら自分の音楽と向き合ってるかって、そこだけなんじゃねえかな」
U「うん、うん」
R「自分で出した答えが何よりも正しいと思うし、あんたはきっとそういう所間違わねえよ」
U「あはは、凄いね」
R「何が」
U「それでね、君達が心底楽しそうに、嬉しそうに演奏してたあの日の舞台を見て、あー、幸せってこれじゃないか!ってシンプルにそう思ったの」
R「仰る通り(笑)」
U「いつまでも自分達を偽らずに思うがままプレイし続けて欲しい。君達はそれが出来ると思う。その事が分かったんだよ」
R「なんで? 笑ってた?」
U「笑ってたし、本気だったよね」
R「もちろん」
U「だから、私から見て君達は今とても幸せだろうなと思う」
R「うん」
U「本人としては、どういう時が幸せ?」
R「だから今だよ」
U「あはは! ありがとうって言わせたいのか? もう、ありがとうっ」
R「あははは!いやいや、違うよ。なんつーかなあ。…結構俺ら、小っちゃい時どうしようもねえような育ち方したからさ、面倒な現実から逃げたくて、とにかく必死でここまで来たって思うんだよ。不幸自慢とかそんなんじゃなくて、何が言いたいかってーと、多分世間一般の人が最近俺達をどこかで見かけて思うのは、メタルとかやって、余裕かまして、カッコばっかつけて生きてやがんだろうなあって事だと思うんだよ。別に否定はしないしどんな風に見られようと気にしないけど、あんただけに本音を言うとまだまだ全然余裕なんかねえし、一杯一杯だよ」
U「そうなんだ」
R「だから今、すっごい眩しい。意味が分からねえくらいどきどきする」
U「なんで?」
R「あんたの事を別世界の人だと思ってるから」
U「…私が!? 今更!? なんで(笑)。全然一緒だよ、デビューも近いし、ほとんどやってる事同じじゃない」
R「全然違うよ」
U「一緒に歌った仲じゃないか」
R「まあ、そうなんだけど」
U「ええー、なんかショックだなあ。同志ぐらいに思ってたのに」
R「あはは、うん。でも別格だし、別世界だと思ってるから。…だから、これぞ夢って感じ。さっきも言ったけどさ、俺達がアメリカ行って活動する事自体は想定内なんだ。自分で敷いたレールの上をただ走ってるだけだし、もともと目的地だった場所に行くだけだからな。でも俺の人生にあんたは登場するはずじゃなかった」
U「寂しい事言うなよっ(笑)」
R「そのぐらい次元が違う。…朝も早えしさ、俺はまだ夢の中にいんじゃねえかな」
U「おいー。新曲のタイトルが出来そうだぞー!?」
R「まあ、そんな感じだな」
U「なんか嬉しいけど複雑だなぁ。でもなんか意外だったな」
R「なんで」
U「竜二君て普段はもっとこう…、来いよ!みたいな人だと思った」
R「…何?」
U「だから、来いよ!みたいな」
R「なはは。なんだよ、全然分かんねえよ」
U「えー!まあいいけどさあ、でもやっぱりショックだー」
R「こっちこそ意外な反応されてびっくりしてるよ」
U「竜二君さあ、自信家なのに、控えめだね」
R「トムとジェリーみたいな言い回しすんな(笑)」
U「私と竜二君の何が違うの?」
R「それは分からねえよ、俺あんたの事何も知らねえし」
U「…うわ。…うわ、泣きそうだ!」
R「なんで!?」
U「そんな突き放すような事言う人だったんだ」
R「えええ、今これ泥沼だな。喋れば喋るほどわけ分かんねえ深みにはまってく気がする」
U「ショックだー。ガーン」
大袈裟に肩を落とし、天井を仰ぎ見て目を閉じるURGA。
池脇は苦笑いしながら頭を横に振って、
カメラに向かって何度も「何が?」と口パクしている。
R「あんたはどうなんだよ。幸せはどんな形をしてる?」
U「カタチ?」
R「世の中には色々な形があるだろう? 歌、芸能界、友達、恋愛、結婚、妊娠、出産、育児。…酒」
U「酒」
R「あははは!」
U「そーだなー」
R「別に女としてとか、そういう括りで決めつけなくていいけど、そもそも今言った事ぐらしかぱっと思いつかないし。URGAさんにとっての幸せは何なんだ?」
U「今竜二君が言った中での話をするなら、まず歌だよね。これが一番大きいし、それは歌える事もそうだけど、少なくとも誰かに届ける事が出来る環境が整ってるっていう幸運もあると思うんだよ」
R「うん、それはこの20年であんたが続けてきた努力の結果だろ」
U「そうだけど、私がCDプレスしてるわけじゃないし、私が段ボールに詰めて出荷してるわけじゃないしね」
R「ああ、そういう話?」
U「違うけど」
R「なんだよ(笑)」
U「うん…。結婚、妊娠、出産、育児は、私の、ひとつの夢でした」
R「うん」
U「自分が生きた証は歌として残せるけど、世界を繋げていく事もまた大切な事だなって思ってる部分もあるし、そんな大きいテーマで考えなくたって、一人の女性として愛する人の子供を産んで育てていくって事はさ。それは、…ねえ?そりゃあ凄いよ」
R「…うん」
U「自分で聞いといてそんな顔するな(笑)。 意外と私も限界近いぞ?」
R「あははは!ごめんごめん、色々考えちまった」
U「そっか、そうだね」
R「デリカシーなくてごめんな。この話はやめよう。酒の話しよう」
U「別にいいよ。竜二君はいつも腹割って接してくれるから、なんでも話せるよ」
R「…うん」
U「最近になって悔しいなと思うのはさ。意外なほど身近にいた人達なのに(レコード会社が同じ)、去年のアルバム制作に参加するまでずっと関わり合いを持てなかったじゃない?」
R「うん」
U「今こうやって二人で並んでこれだけ色々と話をするっていう事も、考えてみれば初めてかもしれないしね。何で今まで、ちゃんと聴いてこなかったんだろうって。改めてドーンハンマーやクロウバーの音源を聞いてて思うし、勿体ない事したなぁって」
R「嬉しいねえ。嬉しいけど、そらそうだろうなって思うよ。同じ音楽とは思えないしね、やってる事が違い過ぎて」
U「表面上はね(笑)。私自身は、制作現場にお邪魔した時に得る物が凄くたくさんあったし、竜二君が思ってる程は、距離は感じてないよ」
R「それはでもちょっと、意外だった。初めてうちのスタジオ来てくれた時も、生音にびっくりしてるようなリアクション取りながら笑ってたし、懐深いなと(笑)。もう、うるさい!嫌い!ぐらいに思う人だっているからな、実際」
U「うるさい!とは思ったけどね。でもそこはある程度覚悟して行ったし、思ってたより全然うるさくないなって思う方が嫌だよね」
R「それは確かに」
U「ちなみにだけど、私の事っていつから知ってる?」
R「ずっと前から」
U「…」
池脇を見つめるURGAの微笑が少し、赤みを帯びた。
R「20年前から知ってる」
U「…あはは」
そのままURGAは両手で顔を覆った。どうやら照れているらしい。
U「ありがとう」
R「デビュー当時からずっとファン。まだオカッパみたいなおぼこい髪形で、満足に弾けもしないでかいファルコン(アコギ)かついでライブ演ってた頃も知ってるし、生で見てたよ。CDショップのインストアライブを昔のメンバーと見に行った事もある。この人どこでも裸足で歌うんだなーって、綺麗な足の爪してんなって思った事も覚えてるよ。あとは、俺達が昔メジャーだった頃にPV撮る話になってさ、俺も大成もまだガキに毛の生えた程度だったから場慣れしてなくて、ガチガチに緊張してさ。あんまりにも体動かねえもんだから、2人してアンタの『 Far beyond my voice 』の振り付けを踊って緊張解したんだ。だからその頃から誰かに寄り添う愛の歌を歌って来た事を知ってるし、世の中に二番煎じ、三番煎じが出て来た時は鼻で笑ってやったよ」
池脇の冗談に突っ込みを入れようと、顔を覆っていた手をどけた瞬間彼女の目から涙が零れた。笑顔だが、感極まった様子だった。涙を抑えて池脇を見つめるのだが、当の池脇本人はURGAを見ずに俯いている。
R「俺達皆そうだよ。あんたの大ファンなんだ。…だから翔太郎があんたと初めて対談した後に俺聞いたんだよ、どうだった?って。したらあいつ、『ゲロ吐きそうなぐらい緊張した』って真顔で言ってたよ。大成もあんたの楽屋に初めて呼ばれた時、ションベンちびりそうになったって言ってた。今日だって俺もすげえ緊張したし、…今でもどっか抜けてねえ。制作の場でさ、皆がいる中でワイワイやったり、そこで話をしたりってのは全然平気なんだけど、一対一になっちまうと今でも震えがくる。多分、そこにはドーンハンマーとしての俺ってものはいなくて、あんたを20年好きでいるただの俺になってるからなんだろうなって思う」
URGAは俯いて、左手で目鼻を覆った。
R「前にスタジオで目の前で歌ってくれたろ。…これは一体なんだろうなって、まじで信じられなかったし、完全に無防備になってた。人生の半分、俺はあんたの歌とともに生きて来たから。その20年の中で起こった色んな、楽しい事や辛い事が全部目の前に広がったんだよな。いつかちゃんと、思いのこもった『ありがとう』を言わなきゃなんねえなって…それは初めて顔を合わせた時からずっと思ってた」
自分でもいけないと思ったのだろう。
URGAは顔を覆うのやめてしっかりと池脇の横顔を見つめた。
R「タイミングがずっとなくて。…改めて、畏まって礼を言うのも柄じゃねえなって思ってたけど、さっきあんたが言ったように、俺が腹を割って接してると感じてくれてんなら、今じゃねえかなと思う。…ずっと、ありがとう」
微笑みながら話していた池脇が彼女を見た瞬間、URGAの笑顔が泣き崩れた。
U「あはは、変な感じ」
そう言ってなんとか笑おうとするのだが、涙が止まらず、唇がわずかに震え始めた。
池脇はカメラに向かって右手の平を差し向け、首を横に振った。



U「あ、こないだネットニュースに出てたけどさ、あの噂って本当なの?」
R「噂って?」
U「ハリウッドスター、リディア・ブラントと熱愛!って書かれてたよ」
R「ああ、あれわざと向こうサイドが流したんだよ。すごい事するよな」
U「ウソなの?」
R「ウソではないけど」
U「あはは、すっごいね。君、やっぱり信じられないモテ方するんだね」
R「なあ。ウソなんじゃねえかな」
U「そういう事は冗談でも言うもんじゃないよ。たとえジョークでも相手は傷ついちゃうからね。絶対ダメ」
R「…はい。付き合って、ます」
U「ちょっと変な間があったけど正直でよろしい。…そうするとあれだね、映画主演とテーマソングのタイアップで共演とか夢じゃないんだね」
R「どっかの好き物が自分とこの映画にデスメタルを起用してくれんならね」
U「ハードロックとかヘヴィメタルは多いでしょ」
R「ハードロックとメタルは多いね」
U「デスの部分にこだわりがあるんだね」
R「『どこまで本気で暴れられるか』ってのが一つの指標というかね。全力で歌って全力で弾いた時に今の音楽性以上のジャンルはねえし、グロテスクなのも全然ありで、えぐいぐらいの攻撃性を持って奏でられる最高の音楽だと思ってるよ」
U「急にそうやって男の子の顔するもんなぁ。惚れてまうやろー」
R「古いんだよ(笑)」
U「あははは。…ハリウッド女優だって(笑)」
R「んー、ふふふ、そこは何も返しようがねえよ」
U「あ、思い出した。ちょっと前にも女優さんと話題になってなかった? 日本の」
R「ああ、あれはウソ。一回しか会った事ないし、二人で会った事はないな」
U「こわっ。あれウソなんだね」
R「うん。そんな事言ってそっちだって、共演する若いミュージシャンといっつも噂されてんのはなんで? いっつもだよな」
U「ああ、ねえ。こわいね。多分プライベートスタジオに呼んで演奏したり打ち合わせしたりが多いのと、ブログでその風景をアップしちゃうからじゃないかな。やっぱり楽しい事は、楽しいって言いたいし、そういう事なんだろうね」
R「隙が多いんだな」
U「おい、レディに言っていい言葉じゃないぞ(笑)」
R「あー、またやった」
U「学習しないなぁ」
R「えーっと、恋多き人、か」
U「だから違うって(笑)」
R「あはは」
U「そういうの気にする人?」
R「そりゃ人を傷つける発言しといて何にも思わねえ程ボンクラじゃ」
U「違う違うそっちじゃなくて、噂話とか」
R「…本人の言葉を信じるから噂は気にしない」
U「裏切られた事がないんだね」
R「あんの?」
U「あるよそりゃあ」
R「そっか」
U「本当にないの?」
R「分かんねえ」
U「幸せな奴だなあ(笑)」
R「おかげさまで」
U「竜二君はやっぱ、モテるわ。あはは」
R「なんだそれ。そうそう話変わるけど、多分年明けて、1月中には表に出ると思うんだけど、リディアのインタビューをもう撮影してあるんだよ」
U「そうなんだ! え、今言って大丈夫なの?」
R「うん。この、今日の映像だって表に出るとしたら相当先だぞ。春以降とかだし」
U「そっかそっか。二人で話してるの?」
R「いや、時枝さんがインタビューしてる単独の奴。一応その場にはいたけど、俺は参加してねえよ」
U「そうなんだ。どんな内容か聞いていいの?」
R「リディア・ブラントにとってドーンハンマーとは、みたいな。そのインタビューで本人言ってるけどさ、『自分だけではないと思うけど、人間の一番奥の、一番深い所に刺さるものって、決して美しい形をしてるとは限らないと思うんだ』って、言うわけ」
U「…ワオ。…あー、凄い人なんだね」
R「うん。『彼らが何者であろうと私にとっては重要じゃない。彼らが誰よりも強靭で、見た事のない程ギザギザで、鋭く尖った大きな槍を、私の心の真ん中に突き刺さしてくれたおかげで、私は今ここであなたと話をしているんだ』って笑顔で言ってるのを見た日にゃあさ。ああ、そうかーって」
U「…うん」
R「本当に遠くまで俺達の投げた槍は届いたなーって感心したし、それが人の生きる励みなったのは音楽的な評価とはまた違った嬉しさがあるっていうのは、あんたにはよく分かるだろ」
U「…うん」
R「だから、リディアの一番深い所に刺さったものが、要するに俺達で言うこだわりの強い『デス』とか『スラッシュ』の部分なんじゃねえかなあって理解した時の喜びというかね。別に死のイメージとか言葉通りのニュアンスを売りにしてるわけじゃないけどけど、…もっと行こう、もっとやれる、もっとだ、もっと!って常に思ってる気持ちの先端部分はきっと、歪んでイビツな形をしてるだろうなって自分達でも思うんだよ。そこはきっと誰にも理解されないくらい、形容しがたいカタチをしてるんだろうなって思ってる」
U「…」
R「大丈夫?」
背筋を伸ばし、話す池脇の横顔を黙って見つめていたURGAの目にまたも涙が浮かんでいた。
彼女はそれを指先で拭いながら何度も小刻みに頷いて返すものの、返す言葉を口にすることはできないでいる。
R「ダイレクトにそこを拾い上げてくれた人ってのがこれまでいなかったし、はっきりと言葉で賞賛してくれた人もいなかったから、余計嬉しかった。だからって安易に、じゃあお付き合いしましょうなんて、そんな子供みたいな単純な発想にはならねえけどさ。それでも俺は…」
U「言わなくていいよ。そんな大事な気持ちは他人に言わなくていい」
R「何も知らねえなんて言っておいてアレだけど、他人だとは思ってねえよ。20年だから」
U「あはは、ありがと」
URGAは何度か胸の真ん中をさすり、喉の調子を整えると足元に置いていたペットボトルを拾い上げた。
U「じゃあ、せっかくだし、恋愛の話する?」
R「フフ。どうぞ」
U「例えばさ、自分の才能に酔ってるって思われるかもしれないから言い方に気を付けないといけないんだけど、どっちの自分が好き?どっちの自分が本当?どっちの自分が気持ちい良い?って自分自身に聞いた時にさ、出てくる答えは全部、URGAなの」
R「…そうなんだ」
U「うん。じゃあ、全部URGAでいい?って言われたらさ、人間…」
R「そうでもねえわな」
U「そうでもないよね。その部分なの、私にとっての、恋愛は」
R「うん、うん。…ぶっちゃけすぎじゃねえか?」
U「あはは、昔は違ったけどね」
R「うん」
U「なんか、似てると思ってるの、竜二君と私は。だからこういう話出来るんだけど」
R「うん、そうかもしれねえな」
U「うん。この先、多分誰もこんな事を私に確認してこないしさ。もっと言えば他人には関係ない事でもあるでしょう、プライベートという部分においては。だからきっと本当は、隠れてうまくやっていけるはずなんだよ。隠れてって言うとコソコソしてるみたいで変だけどさ。わざわざ公言しなくたって、いい恋愛をして、良い曲つくってさ、幸せに歌っていく事ももちろん出来るはずだし、昔は出来たんだけど、今はもう『URGA』程の全力と時間を使っては出来ないんだよね」
R「うん。出来ねえな」
U「ふふ、ごめん、そんな、合わせなくていいからね」
R「何だよ、気なんか使うなよ(笑)」
U「それはこっちのセリフだよ、デリカシーないくせに優しさは人一倍あるなあ。でも自分自身が一番理解してるからさ。誰かを心の底から愛して、そうして得られる幸せを糧に生きていきたいっていう、私の中にあった女心という魂は、もうあの人の棺桶にそっと入れてきちゃったんだよ」
R「…ああ」
腕組みをしたまま、池脇がURGAとは反対方向に顔を向ける。
U「良ければだけどね、これを機会にちょっとでも知ってくれれば良いなと思うし、おそらく色んな人に誤解を与えたと思うから言うんだけど、例の彼の事はもちろん今でも好き。でもじゃあ、彼が手に入るなら音楽やめて、一人の女性として彼の側で生きていきたいの?って言われたら、そんな風に聞かれなくても同じ事だけど、そういうのはもう無理なんだよね。それに、それ以上に彼の音楽家としての存在を尊敬するし、大好きだからこそ、一人の男性として見るという狭い見方はもう出来ないかな」
R「…いや、そこはでも」
池脇が何か言葉を挟もうとすると、URGAは無言のまま彼を見つめる事でそれを遮った。
池脇はその眼差しに観念したような顔で頷き、下を向いた。
U「一度ヒヤっとしたのがさ。身近な人に言われたんだよね。URGAさん彼を甘やかしすぎですって。ああ、もうそういう距離感で見られてるのかってびっくりしたのと同時に、なんだか怖くなってさ」
池脇がURGAに視線を戻す。
U「何を言われようと少なくとも好意はあるからさ。そこにどんな言い訳引っ付けたって周りから見れば同じ事でしょ。でも、種類はどうあれ久しぶりに他人にそういう感情や興味を持った事で、余計にいなくなったあの人を思い出してる自分に気がついたの。めちゃくちゃ寂しいよーってなって。例の彼とは似ても似つかない人だったけど、二人の人生を一緒に歩いていけるはずの人だったから、一杯思い出して一杯怖くなったんだ。これってひょっとして無意識に忘れようとしてる感覚なのかな、違うよねって焦ったりもした。だってさあ、…やっぱり今でも、どうしようもないくらい死んじゃったあの人の事が大切なんだよ。これはもうどうしようもないんだけどさ。それに私がURGAでいる以上は、そこを他所へ押し退けてでも一人の男の人に私の全てを捧げる事は、もう出来ないなぁ」
R「当たり前だろそんなの。死んだからって好きな気持ちが消えるわけねえだろうが」
U「だけどもう二度と会えない人を思い続ける事が、幸せだとは限んないでしょ」
R「幸せだと俺は思ってるよ。そういう人がこの俺の人生に確かにいたんだって何度でも思い返せる事は、俺にとっては十分幸せな事だから」
U「でももう二度と会えないんだよ?」
R「それでも。俺は忘れるなんて出来ねえな」
U「…うん。竜二君ならそう言ってくれると思った。ありがと」
R「何がありがとうなんだよ」
U「同じ経験をしたあなたにだけは分かって欲しかったし、そう言って欲しかったんだと思う」
R「分かるに決まってんじゃねえか。俺の気持ちだってあんたが一番分かってるはずだろ。忘れちゃ駄目だなんて事は簡単に言えねえけどさ、心の隅っこだっていいから、ずっと覚えててやんなよ」
U「うん、ありがとう」
R「なんつーか、人恋しくなったら適当に若いのと遊んでさ、後ろ向いて舌出してりゃいいんだよ」
U「あははは、そんなわけにいかないでしょ。一応これでも愛の歌を歌ってるんだから」
R「いいじゃねえか別に、お互いがそれで良けりゃ丸く治まんだから」
U「丸く治まらないでしょ(笑)」
R「なんで。それこそスタジオミュージシャンでもなんでもさ」
U「だから、ちーがーう!」
R「あんたの寂しい顔見るよりゃあずっといい」
U「そんな事言ってさあ(笑)。…え、ちょっと待ってちょっと待って。ひょっとして竜二君て遊んでる人なの?」
R「ん?」
U「遊んでるな?」
R「…はいい」
U「え?」
R「…はいい?」
U「ええ?…もー。…もう!」
URGAは池脇の太ももにペットボトルを叩きつけると、嬉しそうな笑顔で涙を拭った。
池脇はURGAのペットボトルと自分のペットボトルを手に持つと、おどけた顔でその2つを戦わせて見せる。喧嘩している男女のようだ。いや、一方的に怒られている男と、怒っている女だろう。
U「でもさあ。もう竜二くんだから正直に告白するけどさあ。確かに、どこか少しくらいはそういう部分で遊んだりする事もなくはないんだよね」
R「そういう部分って?」
U「駆け引きとまではいかないんだけど、ちょっと笑顔多めで接してみたりとかさ」
R「(手を叩いて爆笑する)」
U「ただ相手によるけどね。もの凄くそういう事に飢えてるような殿方だったり真面目な人には、それは出来ないし。なんなら全然私に興味ないような人の方が遊びを仕掛けてみたくなるというか」
R「上手にあしらってくれるような相手ならって?」
U「そうだね。…あしらわれるのは、腹が立つけど」
R「ギリギリのライン攻めてたなー」
U「そうなのかな、分かんない(笑)」
R「その、…まだ例の彼で良かったと思うよ」
U「あはは、そういう事言えるんだ」
R「でもさあ、それで相手がちょっとでも本気になったら、そんなつもりじゃないんですぅーってなんの? それなんて言うか知ってる?」
U「アイドル」
R「ビ、あははは!お手上げだ、アンタには誰もかなわねえ」
U「ビってなんだ、おい(笑)。ただやっぱり私の方から誰かを本気で求めたりはしないかなあ。竜二君は? あ、これ聞いちゃうとまずいのか」
R「いいよ。俺もそうだよ。でも俺は、断る理由もねえかなって思ってるよ」
U「んー。ん?相手から来た場合ってこと?」
R「そう」
U「あー。なるほどね」
R「じゃないと、俺やURGAさんはこの先リアルな人の体温を感じないまま生きてく事になるだろ。実際それでも俺はかまわないけど、くれるってんなら貰おうかなって思ったっていいんじゃねえかな。なあ?」
U「…それを私に同意しろと?(笑)」
R「だめか?」
U「もっとなんか、素敵な表現してよ」
R「えー? あー、なんだあ、そのー」
U「誰かに必要だって言ってもらえる幸せをさ、振りほどける程孤独が好きなわけじゃないよね」
R「それ!」
U「また新曲出来たね」
R「ニュー、マキソソンゴーゥ」
U「バカにしやがって(笑)」
R「あー、話せて良かったなあ。…やっぱり俺、アンタの事好きだわ」
U「うん。ありがとう。私も話せて良かった。側に池脇竜二がいてくれて良かったよ」
R「よせやい。…惚れてまうやろー!」
U「救われたな。全然知らねえって、ドーン!ってされたけど」
R「まだ言ってんのかよ。俺のボケを返せよ」
U「先に言ったの私だから。私のボケだから(笑)」
R「女版・翔太郎みたいな人だな」
U「それはごめん、あんまり嬉しくない」
R「あははは!」
U「ねえ、私、何だっけ?」
R「ガブちゃん」
U「そこは普通に天使でいいでしょ!」
R「やっぱ言われたいんじゃねえか!」



ひとしきりの笑い声が治まった後、会話が止まって何度目かの静寂が訪れた。
URGAは座席の両側のひじ掛け手を置いて、うつむき加減の顔には微笑みを浮かべている。
特に沈黙を気にする様子はない。
そんな彼女を、池脇竜二が見つめている。
不意にURGAは天井を見上げて、歌のようなものを小さく口ずさんだ。
そして何かを発見したような表情で人差し指を天井に向けて、池脇を見やって初めて、
自分が見つめられていた事に気が付いた。
ん?
と無言で彼女は尋ね、池脇は笑って首を横に振る。
URGAは手を下ろして池脇の顔を見つめ返し、言葉を待つ。
二人は見つめ合ったまま何も言わず、10秒程経って、池脇が下を向いた。
URGAも倣って自分の膝小僧辺りに視線を落とし、ふふ、と嬉しそうに笑う。
沈黙。
んん。
喉を鳴らして、膝を手で払いながらスカートの裾を直すURGA。
そして、照明に照らされたステージを見つめる。
今夜、彼女が立つステージだ。
想像し、思いを巡らせるような目でURGAは自分の生きている場所を見つめる。
なんでそんなに強いの?
不意を突いて聞こえた来た言葉に、弾かれたように、驚いて池脇を見る。
彼の動かない視線を浴びて、彼女は前に向き直る。
さあ。…やっぱり、薄情者なのかもしれないね。
URGAはそう言い終わると池脇を見つめ返し、両手を肩の位置まで持ち上げた。
終わりにする?
そういう意味に取れた。
池脇は不貞腐れたような顔になって、右側のひじ掛けに寄りかかって反対側を向いてしまう。
拗ねちゃった。
URGAは芝居がかった表情を浮かべ、そしていつもの微笑になって反対側を向く。
沈黙。
俺はもう全部言ったからな。
やがて池脇がそう言うと、URGAはゆっくりと顔だけ振り向いて彼を見た。
そしてカメラを向いて目を軽く見開き、問いかけるような仕草をする。
彼は本気で言ってるの?
そういう意味だろう。
池脇が立ち上がった。
彼を見上げたURGAは少しだけ驚いたように笑うと、
カメラに向かって両手でトントンとバッテンを作って見せた。



私から言えるのはただ一言だ。



メリークリスマス!

連載 『芥川繭子という理由』 41~45

連載第46回~ https://slib.net/85471

連載 『芥川繭子という理由』 41~45

日本が世界に誇るデスラッシュメタルバンド「DAWNHAMMER」。これは彼らに一年間の密着取材を行う日々の中で見た、人間の本気とは何かという問いかけに対する答えである。例え音楽に興味がなく、ヘヴィメタルに興味がなかったとしても、今を「本気」で生きるすべての人に読んで欲しい。彼らのすべてが、ここにあります。

  • 小説
  • 長編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 連載第41回。「目指す場所、その意味」
  2. 連載第42回。「4人だった」
  3. 連載第43回。「麻未可織のいた時代」
  4. 連載第44回。「伊澄翔太郎×伊藤織江」
  5. 連載第45回。「池脇竜二×URGA」