連載 『芥川繭子という理由』36~40

時枝 可奈 作

  1. 連載第36回。「still singing this!」
  2. 連載第37回。「ひとつの世界」
  3. 連載第38回。「ニューアルバム」
  4. 連載第39回。「関誠について」1
  5. 連載第40回。「関誠について」2

昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

連載第36回。「still singing this!」

2016年、11月26日。
会議室にて。
完成したマユーズの新曲「Still singing this !」のMVを鑑賞しながら。


[ミュート状態の画面が映し出される]


一時停止。
池脇がリモコンのボタンを押したようだ。
早えよ!と笑い混じりの文句が飛ぶ。
テレビ画面にはいつもの練習スタジオのソファーに一人腰かけている繭子の姿。
七分袖の黒のVネックカットソー。両手に革のブレスレット。白かグレーに近い程色落ちした細身のブルージーンズ。足元は拍車のついた黒のレザーブーツ。
照れ笑いを両手で覆い隠す繭子ではなく、背後に立つ時枝の方へ質問が行く。
「これって隠し撮り?」と池脇。
-- なわけないじゃないですか(笑)。
テレビモニターを正面に、メンバーが横並びで座っている。
右から、池脇、関誠、伊澄、繭子、神波、伊藤の順だ。
初め伊藤はスタッフとして、壁際に並んで座っている上山達の側に腰かけたのだが、
隣に座っていた渡辺に「織江はあっち」と促されて神波の横に座った。


再開。
[無音]
[一人ソファに座り、膝の上に両肘を乗せて、両手を合わせて指を組んでいる]
[繭子が入口の方を見る。誰かを待っているかのような視線と、表情]
[音が入る]
[雑音。ノイズ]


「綺麗だね」
関誠が小声で伊澄に言う。伊澄は無言で肯き返す。
背後に立っていた時枝にしか聞こえない程の小さな会話だった。


[カメラが繭子に寄る]
[前に向き直った繭子の口元が動く]
[音声は生きているが、何を喋っているかは聞こえない]
[目を閉じ、祈りをささげているかのような顔]


「これ凄いな。こういうのって撮ろうと思って撮れる絵じゃないと思うんだよ、日常感が強すぎてニュアンスを伝えるのが難しいと思うわ」
誰ともなしにそう言った池脇の言葉に、全員が頷いた。繭子は照れて小さくなる。
「こういうのってその場で時枝さんが指示出してんの?」
-- え? いえいえ、全部翔太郎さんの指示通りですよ。繭子の動きも全部です。
「へえ!」
池脇の好奇の視線を伊澄は仰け反って躱す。
-- なんで知らないんですか(笑)
「いやいやだって」
「ちょともう!喋るなら止めて(笑)」
伊藤の突っ込みに繭子が一時停止を押す。
(一同、笑)
-- でも繭子にどういう説明がされていたかは、撮ってた私も知りませんよ。
「絵コンテ出さないからこいつ。誰が何の指示で動いてるか全然分かんねえしさ」
と池脇が言うと伊澄は腕組みしたまま笑い声を上げた。
「そもそも描けないからな、絵コンテとか」
-- 全部口頭だったんですよね?
「他にやりようないだろ」
-- だから私、繭子の前にしゃがみ込んで身振り手振りで話してる翔太郎さん何度も見て、うんうんと真剣な顔で頷いてる繭子の姿が印象的でした。



再開。
[目を開けて、何かを呟き続ける繭子]
[ぐっと、その目が真剣になる]
[天井を見ながら、言葉を発する]
[カメラが引く]
[そして立ち上がる繭子]
[画面一杯に『 still singing this ! 』というタイトルが映し出される]


「鳥肌出た」と繭子。
(一同、笑)
完成してから全員で揃って見るのは、今日が初めてである。


[繭子がマイクスタンドの前に移動する]
[マイクを握って発声練習をする繭子]
[イントロ、フェードイン]
[ギター、ベース、ドラムの混然となったミドルテンポの強靭なリフが段々と近づいてくる]
[繭子「アー、アー。…アアー。…アアアアアアアアアア!」]
[画面切り替わり、ボーカルの録音ブースで並ぶ池脇、伊澄、神波の姿]
[「comeon!!」]


一時停止。
(一同、笑)


「待って待って、ずっとこんな感じて刻みながら見るの?」と伊藤が笑う。
「今(リモコンのボタン)誰押した?」体を前に倒して顔ぶれを見やる池脇に、
「はい」と繭子が小さく手を挙げる。
「お前かよ!」
「私このシーンやばいんですよ。普段レコーディングん時もこの3人でコーラス録りってしないじゃないですか。竜二さんいなかったり、代わりに私だったり。だからこれレアですよね。熱いっす、めっちゃくちゃ熱いコレ。ちょ、ここだけもっかい良いですか」
巻き戻し。
(一同、笑)
-- 皆さんの表情が良いんですよね。3人のこんな真剣な顔、横並びで見る事ないですよね。
「そうなんだよ!そう!熱いよね!」
「うーるっさいなぁ」と吹き出して笑う伊澄。


[繭子、「アー。アー。…アアー。…アアアアアアアアアア!」]
[「comeon!!」]
[演奏が始まり、画面スタジオへ]
[ギター・神波、ベース・池脇、ドラム・伊澄、ボーカル・繭子]
[ノリの良いダイナミックなリズムと、メタリックな轟音]
[音の波に大きく体を揺らせる繭子]
[歌い始める繭子のアップ]
[Aメロ]


-- 竜二さんが、全部やってほしいって言った意味が凄いよくわかります。
「ん?」
-- 格好いいも可愛いもクールも全部詰め込みたいっていうアレです。
「ああ。まあまあ、やりきったんじゃねえかな」
-- 最高ですよ、本当に。


[Raise your face and look straight ahead rightnow
It is still too early to give in up.
It shaking my arms
Raise your legs
Let's run at full power.again again,and again]


「単純な歌詞だけど、化けたなあ」と呟いたのは伊澄だ。
「歌っててめっちゃ気持ち良いです。最高です」と答える繭子に伊澄が、
「曲がいいんだよ。俺、大成の書いた曲でこれが一番かもしれない」と小声ながら熱のこもった言葉を返す。神波は無言ながら目を見開き、「嬉しいね」と笑いかける伊藤をちらりと見てニコリと微笑んだ。


[サビ]
[I'm still alive.
Gonna all time, all ways
And I know i'm now love.
Still singing in my back.
I'll always throgh the end...
Forever alive!]


Aメロとサビが終わり、興奮状態で起こる一同のどよめきに室内の温度が上がる。
「歌ウマ!」と上山氏が改めて心からの賛辞を贈る。
「イエーイ!フォーウ!」言いながら繭子が両腕を頭の少し上まで持ち上げるが、その顔は照れて赤くなっている。
「どんぐらい(歌詞)変えた? 結構変えたんじゃない?」と伊澄は池脇を見やる。
「本当言えばひとっつも変えたくなかったんだけどな。どうしても曲に合わせたかったのと、ザビの言葉選びはやっぱ大事だから」
「うん」
「いーやもう、そんなん全然平気です。最高です」2人を見ながら目を輝かせる繭子に、
「お前最高しか言ってないぞ」と神波が声に出して笑う。


[Bメロ]
[拘束衣を着た繭子]
[腕を前で交差して固定され、動きづらそうに体を振り回す]
[ちょこちょこと跳ねながら、画面を右から左へ]
[When you look back at the place,
Ttars will not spill.
and don't be sadly
They were laughing in eternity


[関誠の手によるゴシックなメイクの繭子、アップ]
[眼の縁が黒く、口紅は濃い紫]
[カメラに向かって、噛み付くような凶暴な顔で歌う]繭子]
[拘束衣のままソファに座って動かない繭子]
[背後では男達が激しく体を揺さぶりながら演奏している]
[don't forget.
You must not betray them
Lays your heart,
loudly, run and run with full power]


[Cメロ]
[最初の衣装に戻り、メンバーとともに笑顔で歌う繭子]
[男達の楽し気な演奏]
[両拳を顔の前で握って、微笑のまま熱唱する繭子のアップ]
[There's no suffering that will last forever.
They are still here.
When you look back at the place
To make you smile,
Do not forget gratitude]


[間奏]
[神波のギターソロ]


「ここきつかったなあ」ぽつりと神波が呟く。
-- レコーディングのOKテイクでは歓声が上がりましたよね(笑)。
「考えたの翔太郎だからさ、どんだけ練習したか」
「そこまで派手さはないけど結構しんどいよな、ここな。俺やろうとして無理だったわ」と池脇が頷く。
「見せ場貰ってるんだけど、正直ちょっと長いしね。間違えるわけにいかないしもう必死で」黙っている伊澄に気付いて神波が、「なんか言えよ」と声を掛けるものの、伊澄は腕組みしたまま画面を見つめて頷いただけだった。


[ギター終わりでボリュームが意図的に下がる(* MVのみ)]
[画面中央に繭子の上半身が映し出される]


M「あー、やばい、ここ見たくないな」
SM「ここハイライトだよ。もの凄い可愛い、もの凄い可愛い」
M「2回も言わないで(笑)」


[画面に向かって語りかける繭子。声は出ていない]
[画面中央部に言葉だけがスクロールする。バックには演奏]
『顔を上げて。
 諦めるのはまだ早いよ。
 腕を振って、足を上げて、全力で走っていこう。
 私は今も生きてるよ。
 私は今もこの歌を歌っているよ。
 永遠の中で彼らは笑っていたね。
 私は今もそこにいるよ。
 あなたがその場所を振り返る時、
 涙が零れないように、
 悲しくないように』
[音声が入る。繭子の声]
『私はずっと、そこにいるよ』
[繭子の笑顔が照れたように傾く。涙が頬に落ちる]


[サビ2]
[I'm still alive!]
[録音ブースで熱唱する3人の顔]
[瞳が震える。紅潮する顔]
[Gonna all time, all ways]
[繭子が高音を振り絞る]
[And I know i'm now love]
[上山、渡辺、真壁の3人が叫ぶ]
[Still singing in my word
I'll always throgh the end...]
[画面分割、メンバー4人全員]
[forever alive! ...live! ...live!]


[PA室にて。右拳を何度も繭子に向かって突き上げる女]
[カメラに向かって親指を立てる繭子の笑顔]


[PA室にて、伊藤の姿を真横から捉える。涙で喉を詰まらせながら歌っている様子]
[バックに演奏と歌声が鳴っている為伊藤の声は聞こえない]
[歌うのをやめて繭子の名を呼んでいる]
[ヘッドホンを嵌めながら、唇を真一文字に閉じる繭子]
[スタジオ。彼女の声に応えるように、カメラに向かって拳を突き出す繭子]


[短いブリッジ]


[コーラス録りの最中、笑い合い手を叩く男達の姿]
[スローモーションで流れる4人のプレイ]
[録音ブースから手を振る繭子の笑顔]
[それぞれほんの数秒ずつ]


[ソファーに座って何かを呟いている繭子]
[テロップのみ]
『私は今もこの歌を歌ってる。
 永遠に続く苦しみなんてない。
 彼らは今もここにいるよ。
 あなたがその場所を振り返る時、
 笑顔になれるように、
 感謝を忘れないように、
 私はあなたと一緒にいるよ』
[繭子の声]
『今までずっと、ありがとう。
本当にありがとう。
本当に。本当に。…ありがとう』


[サビ3]
[I'm still alive.
Gonna all time, all ways
And I know i'm now love.
Still singing in my back
I'll always throgh the end...
forever alive!]


[PA室にて、関誠が叫んでいる。腕を振り上げ、ガラスの向こうの繭子にエールを送る]
[バックに演奏と歌声が鳴っている為誠の声は聞こえない]
[体をくの字に折って叫ぶ]
[叫んだ瞬間、誠は両手で顔を覆う]
[スタジオ。涙を拭いて、ニッコリ笑う繭子]


[エンディング]
[スタジオ、演奏する男たちの姿]
[ソファから立ち上がる繭子]
[画面右側のスタジオ入口へ向かって歩き出す]
[最後にカメラに振り向き、右手を上げる]
[スローモーション]
[入口へ差し掛かる瞬間]
[暗転]



MVが終わっても誰も何も言えずにいた。
池脇、伊澄、神波の3人はテレビモニターを見たまま何も言わない。
繭子は天井を見ている。
関誠は伊澄に寄り添いながらも俯いている。
壁際に並んで座る男達の鼻を啜りあげる音が聞こえる。
少し呼吸の荒くなった伊藤の肩に手を置いて、神波が顔を近づける。
「これ、ほんとにおまけでつけるの?」
関誠の一言に、我に返ったような顔で池脇が笑い声を上げる。
「この作品単体だけでも成立するレベルだよねえ」
-- そうですよね。下手な映画よりも色んな感動が詰まっていると思います。
「時枝さんもPVデビュー出来たしな」と池脇。
-- もー、恥ずかしすぎて目を背けましたよ。
何を隠そう、PAブースで繭子に向かってめちゃくちゃに拳を突き上げている眼鏡の女が時枝である。
「めっちゃ良かったよ。なんか、うん、込み上げた。あー、私もダメだ」
誠の涙声に、伊澄が微笑む。
「俺もやばいわ、昇天しそう」
「へえ?」
「…ええ?」
「あはは! バカ!」
とん、と伊澄の肩を握った拳で叩きながら、誠はそっと涙を拭う。
-- 私とか、織江さんや誠さんのシーンって、それぞれどういう指示が出てたんですか? 皆同じですか?
「指示って言うか、そう、ブースで歌ってる繭子を応援してやってってそれだけ。マイク通さないと聞こえないけど、聞こえるんじゃねえかってレベルで呼びかけてみてって言いはしたけど、『何を』ってのは指示してないよ」と伊澄。
-- 短いシーンですけど、カメラ事態は1曲分回しましたね。全部ご覧になられた上で、どこを使うかお決めになられたんですか?
「それはそうだろ(笑)」
-- 誠さんが笑顔からの涙、織江さんの祈るような涙で、私だけちょっと狂ってるみたいな絵面でしたけど、大丈夫ですかね。
一同、笑。
「うん。ぐっと来た」と伊澄。
-- えええ。
「狂ってるっていうかね。…ああ、狂ってるのはいいね。そうそう、そんな感じ。もう、我を忘れるくらい、目の前の繭子に思いのこもった拳叩きつけてる感じが良いな。応援の仕方は人それぞれだし、思い出したリ、考えたり、色々あって良いと思うんだけど、時枝さんはいっつも気持ちが前に出てるんだよな。今回はそのダイレクトな勢いが合うなと思って」
「うん、嬉しかった。あー、また泣いてるわこの人って思ったけどね」と繭子。
-- …泣いてないし。
「はああ?」
(一同、笑)


池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)。
伊藤(O)、関誠(SМ)。
上山、真壁、渡辺(バイラル4スタッフ)。


-- 今回は『バイラル4スタジオ』全員参加の一大プロジェクトになりましたね。ビデオはリプレイ再生されますので、そのままで大丈夫です。音量だけ少し下げましょうか。順を追って解説していただきたいのですが、今回プロデューサーを務めた翔太郎さん、まずは一言お願いします。
S「お疲れまでした」
お疲れまでしたー。
でしたー。
したーっす。
S「もともとマユーズ自体お遊びバンドなんで、何をやっても許されるというかね。制約がないからこそ真剣に遊べるっていうのが面白いんだけど、PVというかMVというべきか分からないけど、なんかそういうの作ろうっていう話になった時、やっぱファーマーズの事思い出して」
-- 当然そうなりますよね。
S「うん。比較するとかそんなんではないし、映像内容でいったら全然勝負にならないんだけど、また別の次元で熱い物を残したいって思ったんだよ。マユーズっていったらやっぱり繭子だし。こいつファーマーズでの撮影ん時かなりストレスで悩んでたから、何か思いっきり爆発するような作品にできないかなーって、ぼんやり考えてたんだけど」
-- だけど?
S「とんでもない歌詞書くからさ」
(一同、笑)
S「んー、まあそれはそれとして、今回はやっぱり大成の曲に救われたかなぁ。全部曲が持ってった」
T「いやいやいや、そんなわけないって。何から何まで繭子の力だと思うよ」
S「それは、うん、そうなんだけど」
M「ちょっと待ってくださいよ!」
(一同、笑)
-- 繭子は制作のどこまで関わってるの?つまり、歌詞を書いて自分で歌う以外に何か要望や提案などは出した?
M「全然。だから私の力とか言われても何の事だか本気で分からないよ。歌詞だって結局は竜二さんに書いてもらってるし」
R「いやいやいやいや。…俺は何も」
M「今回皆おかしいよ!なんでそんなに謙虚モードなの!?」
(一同、笑)
S「なんだろうなぁ」
T「なんだろうねえ」
R「結局だから、翔太郎の手腕とかさ、大成の作曲能力とか俺の歌詞とか、そこだけ見りゃあ普通に仕事はしてっけどね。それは多分慣れないPになって色々取りまとめて最初っから最後まで企画動かした翔太郎が最もしんどかったと思うしな。でも、蓋開けてみりゃあ、あれ、…こりゃ繭子だね?」
S「ふはは」
T「そうそう、そういう感じそういう感じ」
M「ええ?」
-- 美味しいところ全部持って行ってると。
R「持って行ってるし、それが正解だから大満足なんだけど」
T「そうね。俺らは自分の仕事して、繭子が美味しくなる為にバトンを繋いだだけだよな」
S「だから面白かったんだろうな」
-- なるほど(笑)。曲で言えば、そもそもイントロのフェードインが珍しいですよね。
S「そうだな。いくつかの点で映像仕様の箇所があって、イントロもどうしようか迷ったんだけど、相談して音源もフェードインにしてみた」
R「翔太郎の作る曲にはフェードイン・フェードアウトの曲ってないよな」
T「嫌いなんだよな?」
S「個人的にはな、嫌い。ガ!っと始まってガ!っと終わりたい」
R「そう、だからこいつの作る曲と大成の作る曲って色んな部分で聞き分けられるよな」
-- なるほど。私思ってた以上に激しい音になってるな、って初めて聞いた時に思ったのですが、音作りに関してはどのような?
S「最初に考えたのは、実は音じゃないんだよ。結果的にこういう音になった」
-- では、一番初めに決めた『核』みたいなものは、なんでしょうか。
S「決まったのはやっぱり、繭子の書いた歌詞を読んで、あああああーーって」
(一同、笑)
-- 衝撃でしたか。
S「そうなあ。なんていうか、…ここへ来て今この歌詞書くんだっていう意外さは感じたかな。ってか、繭子がこの歌を書いてる時俺隣にいたんだよ。俺がパソコンいじってる横で、宿題やらされてる小学生みたいに机に頬っぺた寄せて書いてんの見てて。こいつがトイレかなんか行った時にチラって見たら…うん」
M「どこまで書いてました?」
S「どこまでかは知らないけど、今も生きてるよ、は見えた」
M「ああ、…キャッ」(おどけて脇を締める)
S「最近はあんまり昔の事思い出さなかったから、え?って思って」
M「なんだそうかあー。あれですね、もっとハッピーな事書いてトイレ行ってれば、もっと違った曲になったかもしれないって事ですよね」
S「ハッピーな事って、例えば?」
M「え、いや分かんないですけど。…何かな、アイ、…アイー、i want to hand your hold、とか」
繭子の突然の英語に一同が固まる。
誰も何も答えない。
辛うじて伊澄が眉を下げて聞き返す。
S「な、何だって?」
M「私今なんて言いました?」
O「『私はあなたのホールドを手渡したい』。ホールドって何の事。『保留』?」
一同、爆笑。腕組みしていた伊澄が腕をほどいて手を叩く。聞いた瞬間意味を理解できた池脇はあえて黙っていたようで、伊藤が訳すと同時に机を叩いて大声で笑った。
M「やらかした(笑)」
SM「なんて言おうとしたの?」
M「えー、なんでも良いけど、抱きしめたい、とか?」
SM「そんな曲歌いたいの!?」
M「歌いたくない。気持ち悪いねー!あははは!」
R「アナグラムじゃねえけど、頑張って並べ替えて出てくるのだって、i want to hold your handで、『手を繋ぎたい』だからな。もうただただ、お子ちゃま」
O「i want to hold you ならハグしたいになったのにね」
S「いやいやいや、そんなもん俺がドキドキするわ、そんなん書いてトイレ行かれたら。いっぺんに煙草5本くらい銜えるかもしれん」
(一同、笑)
-- 繭子がどういう歌を歌いたがっているかは、すぐに理解できたということですか?
S「うん。そもそも歌の内容より先に、元気になるような曲を歌いたいって聞いてたからな。その後歌詞を読んで、大体の方向性は決まったかな」
-- 音作りはもっと後ですか。
S「大成の曲が出来た後かな」
-- なるほど。先程、単純な歌詞だけど化けたと仰っていたのが印象的でしたが。それはどういう意味ですか?
S「もちろん曲が良いからって話でもあるし、ここで言う化けたには竜二も一役買ってるね」
-- 竜二さんはその辺りどう思われますか。
R「俺はー、そうだなー、本当は歌詞を全くいじりたくねえなあって思ってたんだけど。歌うのは俺じゃねえしさ、この2人(伊澄、神波)と相談しながらちょこちょこ書き直ししたんだよな。曲を何回も聞いて、歌ってる繭子を想像しながら、一語一語当て嵌めてった感じかな」
S「このテンポだと却って難しいよな」
R「日本語で歌った方が歌いやすいメロディとテンポだしな」
-- そうなんですね。以前翔太郎さんが、竜二さんは展開の早い曲に歌詞を載せて歌メロを作るのが物凄く上手いと絶賛されてましたが、今回のように速さのない曲でも苦労があるんですか?
R「例えば俺なんかが歌う場合は正直曲に合わせなて書かなくても歌えるんだよ。俺が勝手に変えればいいんだし、端折っても通じるワードは抜けばいいんだし。たたコレみたいにテンポがハッキリしててゆったりと拍子を取ってる曲なんかは、ちゃんと、こと、ばを、いれ、ないと、うたえ、ない!みたいな事。これを英語でやるんだよ」
-- あははは。これ以上分かりやすい例えはないですね。
R「そう、まず先に綺麗なメロディがあって、そこをどうやって気持ちよく歌い上げるかを重要視したからな。そこはちょっと苦労したな」
S「おかげで俺がやりたかったコーラス部分がめちゃくちゃ格好いい、熱い仕上がりになった。それで化けた」
-- もうコーラスは最初からやるつもりで?
S「うん。元気になれるような曲で、繭子のあの歌詞を歌うなら、全員でコーラスやりたいってすぐ思った」
-- 全員というのは、真壁さん達も含めて全員ですか。
S「それがな、全員っていう言い方をすると、じゃあどこまでってなるのは分かってんだけど、あくまでも当時の繭子を知る全員っていう枠を作ってみたんだ」
-- なるほど。
S「だから俺としては、出てもらった以上時枝さんにもコーラスしてもらおうかなって一瞬思ったけど、やっぱりちょっとそれは違うかなって」
-- そうですね。そこは、物凄く大切な部分だと思います。大成さんは、作曲の際これだけは譲れない部分はありましたか?
T「譲れない部分?いや、ないねえ」
-- そうなんですか?
T「うん。俺らはずっと曲作りに関しては全員参加型で、あーだこーだ言いもって作ってきてるから、今更譲れない部分とか拘っちゃうと神経擦り減ってしょうがないよ」
-- 今回も同じような曲作りをされたんですか?
T「ううん、今回は分業制だったけど、結果そうなっただけであって、俺はいつでも変えてもらって良いと思ってたよ」
-- 難産でしたか?それとも。
T「どうだろうね。変な言い方だけど、俺は初めのうちは皆で作ると思ってたからさ、もともとそこまで煮詰めてなかったんだよ。Aメロとサビだけあって、構成は決まってなかったし。サビは割と気に入ってたから書けた瞬間すぐ翔太郎に聞かせて」
-- 翔太郎さんとしては初めて聞いた時、ビビッと来ました?
S「来た。なんか、これ本人前にしていうの気持ち悪いけど、嬉しかったね」
T「あははは、背中が痒いぞ!」
(一同、笑)
-- 嬉しかったとは?
S「今回なんで大成に書いてもらったかっていうと、繭子の好きな『アギオン』が頭にあったからなんだよ。アギオン書いたの大成だし、やっぱりあれを超える曲書けるのはこの男だけだろうなと思って。これまでもドーンハンマーでメロディ重視の曲は全部大成だしね。任せて間違いなかった」
-- 大絶賛ですね。
S「期待に応えてもらったっていう、そういう意味での嬉しさがあったな」
M「最高です」
T「何回言うんだお前」
(一同、笑)
-- 映像で言えば、普段ドーンハンマーが見せる硬派なイメージと違い、可愛らしい繭子の姿が堪能できるシーンも随所に見受けられます。構成から衣装から、全て翔太郎さんの案ですか?
S「アドリブも結構あるから全部ではないな。細かい動きの指示はしてなくて、こういう絵が欲しいっていうイメージだけ何度も話して。衣装とかメイクとかは繭子自身だったり、誠に助けてもらったり」
SM「私はメイク道具貸しただけだよ。あ、あのさ、繭子さ、コンシーラー持ってないの。なんか腹立つよね」
-- まじですか。ありないですね。
M「なんでよー、またそれ言うの?」
SM「コンシーラーってなんだっけ」
M「え、なんか、あの野菜剥く金属の奴でしょ」
SM「それピーラーだから!つって」
(一同、笑)
M「だからもう思い出したって言ったじゃん!忘れてたの!」
SM「そう、だからシミを隠したりしないんだもんね。腹立つよね。繭子じゃなかったらツイートしてるもん私」
-- コンシーラー知らない28歳はちょっと引きますよね。なんかキャラ背負ってますよね。
S「どんだけ言うんだお前らは!」
(一同、笑)
-- あははは。あの例の拘束衣も誠さんですか。
SM「事務所から借りたの。探せばなんでもあるもんだねえ」
-- 繭子の過去を想起させるメタファーとしてですか?
S「いや」
SM「待って、繭子、メタファーって何?」
M「ええ!? メタファー? トッキーなんで英語なんか使うの?え?英語なの今の」
S「お前、話終わらなくなるだろ」
伊澄はそう笑って言うと、繭子に耳打ちする。
M「嘘。メタルファッカー?」
-- 話終わりませんて!
(一同、笑)
-- 以前遊びだから歌の練習もしないし、だからこそ楽しいと仰ってましたが、今回目の周りを黒く塗ったりカメラの前で表情を作ってみたりというのは、普段とは違う表現方法として楽しめましたか?
M「そうだね。何が楽しいってやっぱり自分じゃなくて、周りがあーしろこーしろ言ってくれて、それをやる事で喜んでもらえる事の喜びがあったよね。表現をしているっていう感覚はなかったなあ。それこそ遊んでるに近い。遊んでもらってる、かな」
-- 拘束衣を着てぴょんぴょん跳ねてる姿は可愛かったです。あと普通の衣装でも、やはり普段カメラに目線を向けたり、笑いかけたりしながらプレイすることはないので、新鮮でしたね。
M「うん。実際トッキーがカメラ回してくれてるから分かると思うけど、シーンによっては歌ってない時もいっぱいあったでしょ。変な感じだったけど、面白かったね」
-- そうですね。やはりドラムセットに座ると、遊びという顔にはなりませんものね。
M「遊びじゃないからね」
-- 失礼しました。そして少し長めのギターソロが入ります。先程、翔太郎さんが作ったソロだとお聞きしましたが?
T「うん。ここだけそうなんだよ、俺曲は書けるけどギターソロは書けないしね」
-- そうなんですね。となるとやはり高難易度の。
T「俺にしてみればね。十分速いし、あと長い」
S「ふふふ」
T「笑ってるし」
-- 他の楽器パートはどうされたんですか?ベースは大成さんだったり、ドラムは繭子だったりが作った譜面を練習したんですか?
T「違うね。ギターソロだけだよな?」
S「うん」
-- そこは、拘りがあったんですね。
S「うん。なんか、さっきも改めて大成のギターソロ見ててさ。いいなあって思って。グッとくるというかね」
T「自分で作っといて(笑)?」
S「あー、そういうんじゃなくて。やっぱちゃんと弾いてるな、そうだよなあって。…俺はだから、今回の映像見てて、さっきの大成のギターソロのシーンとコーラス入れてる竜二の顔が、本気で良いなあって思うんだよ。それ言っちゃうと織江やマー達を見てるだけでも来るモンはあるんだけどね、なんていうか、イメージしてた通りの見たかったものが見れた感じがする」
-- 見たかったもの?
S「…そりゃあさあ、一応俺らプロだし、ギターの譜面とかベースの譜面とか、作って相手に渡せば楽だし、簡単だし、スムーズなのは間違いないよな。遊びだからうんぬんは抜きにしても、今回はそれをやめて、ちょっと頑張ってみようと思ったんだよ。よく言うだろ、儘ならないのが人生だって。思った通りに行かない。希望通りの道を歩けるわけじゃない。ずっと失敗の連続で、ずっと弾き返されてきたのが繭子だったし、俺達だったなって、繭子の歌詞を見た時に思い出して。きっとこいつは遊びとか言いながらどんな曲だって全力で歌うだろうから、なら俺達も全力でやんないとなって。…ギターソロはただテロテロ弾けばいいってもんじゃないし、後半のサビにつながる大事な部分だったり色々細かい事要求されるパートだから俺が作ったけどさ、でもその分難易度は上げた。大成なら絶対弾くだろうし、それは言わなくても分かるから。んでまた竜二がさ、こいつ阿保なんだよ。さっきのシーン見て分かるだろうけど、マジで本気の声出すからさ、俺と大成の声全然入らないんだよ」
T「そうだったね。びっくりしたもんな」
S「だけど、うん。竜二の顔見ちまったらさ。もう、抑えろなんて言えるわけないんだよ」
誠が伊澄の背中に手を添える。
S「やっぱり、男だなあこいつらはって、思って。そうやってるうちに、音もさ、どんどん良くなってって。最終的にはああいうメタリックな硬い音が出来上がったってわけだ。…以上」
-- ありがとうございます。…繭子が自分で書いた詩を読み上げるシーンは、PVのみの演出ですね。
M「あはは、来たー。うん。せっかく大成さんのギターソロなのに、そこに被さるのは本当に嫌だったんだけどね。竜二さんがね、どうしても、私の書いたそのままの歌詞を残せないかって言ってくれて」
R「本当はだから、全部読めよって話だったんだよ」
M「それは無理ですって言って(笑)。んで、最後だけ声乗せて」
-- アルバムに収録する段階では竜二さんの書いた歌詞も含めて、タイトル以外何も収録されない予定だと聞きました。
R「おまけだしね。作品としてこう、納める感じじゃなくて、ほんと、気持ちだけ受け取ってね、みたいな」
M「あははは」
-- びっくりしましたよ、最後の一言言った瞬間、笑顔なのに涙がポロっと一粒だけ落ちて。あれ演技じゃないですもんね。
M「違うよ、泣いてる感覚もないし、え?ってなったもん」
-- 女優だと思った。
M「自分の意志で出せてたらねえ」
-- あのシーンは、何を思っていましたか?
M「んー」
何かを思い出すような顔をする繭子。その瞳がブルルっと震えたように見えた。
M「伝わる自信ないんだけど。…刹那的なタイムマシンが開発されて、私の体は戻れないけど、例えば顔だけとか、声だけとか、なんでもいいからちょっとだけ昔に戻れて、『大丈夫だよ、諦めずに頑張れば、幸せになれるよ』って、過去の自分に言えたらいいのになって」
-- 自分を励ましてあげたかったんだね。
M「そうだね。今があるのはあの時の私が頑張ったおかげだって素直に思えたらいいけど、いつもいつも頑張れたわけじゃないからね。大丈夫って、言ってあげたいな。やっぱり自分の言葉なら信じられるでしょ。だから、皆への感謝だけは忘れちゃいけないよって、言ってあげたい。…ごめん(俯く)」
こちらこそ、ごめんと言いかけた私の言葉より早く、男達が身を乗り出す。
R「いいなあ、俺もそのタイムマシン欲しいな」
S「俺も欲しい」
T「俺も」
R「お前らなんて言う?」
S「え、コンシーラーで野菜は剥けないよって言う」
M「だははは!」
T「それだよな。竜二は?」
R「ずっと友達でいようねって言う」
S「汚ねえぞお前!」
T「うははは!」
M「…最高だー、もう。それしかないよね」
-- 最高に格好いい使い方だと思います。 やはり今回の繭子の歌詞は、過去の自分へのエールだったり、今が最高だと胸を張って言える事の幸せと感謝が歌われていると思います。この歌を元気に歌いたいという繭子の気持ちが、皆さんを奮い立たせたのだと思います。今回、真壁さん、渡辺さん、上山さんも参加されていますね。初めてこの企画を聞いた時、どう思われましたか?
真壁才二「…」
渡辺京「…」
上山鉄臣「…」
R「喋れよ!」
渡辺「あ、いいの喋って(笑)。ええっと、僕は単純に、タイミング的に思い出作りなのかなって思いましたね、正直」
-- それはアメリカに拠点を移す前に、というタイミングだったからですか。
渡辺「そうですね。僕はこっちに残るって決めたし、全員参加って聞いた時はそういう事なのかなって。でも全然違ったね」
真壁「全然かどうかは分かんないじゃない。翔太郎ってそういう優しい所もあるし。ああ、面倒だしお前喋んなよ。今こっちの番だから」
(一同、笑)
上山「なんで今このタイミングで、全員でって言ったら、やっぱりそれもあると思いますよ。ただ繭子の歌詞を自分も読ませてもらいましたけど、ああ、これってここにいる全員が必要な世界観だなって、納得したというか」
-- 世界観と仰いますと。
上山「えー、言い方おかしいかもしんないですけど、繭子は今の自分の目線で、原点を歌うつもりだったと思うんですけどね。多分翔太郎さんの中には今の繭子と昔の繭子と両方いたんじゃないかと思って」
渡辺「したら必然的に、このメンツになるよね」
上山「そうなんですよね」
真壁「繭子の高校時代からを知ってるメンツ」
-- なるほど。その辺り、翔太郎さんどうですか?
S「え、喋っていいですかねえ」
真壁「いいよ、喋って。好きなだけ喋りな」
S「お前まじで後でぶっ飛ばすからな」
SM「もー。いつまでも子供みたいな話し方しないの」
S「え、俺が悪いの?」
SM「悪いのはマーさんだけどね」
真壁「おい!」
(一同、笑)
-- (笑)。コーラス参加されてみてどうでしたか? 真壁さんと渡辺さんは元プロですが。
渡辺「懐かしかったね、そこはやっぱり」
真壁「めっちゃ発声練習したもん」
M「私ね。ちょっとだけでいいんで、『アギオン』一緒に歌ってもらえないですか?ってお願いしたの」
-- へえー!どうだったの?
M「うん、合唱した。大合唱」
渡辺「僕ね、普通に泣きそうになっちゃった」
真壁「うん」
S「嘘つけ、男泣きしてたろ」
真壁「ふふふ、うん。俺は普段サウンドデザイナー的な立ち位置でさ、演者を除けば誰よりも近くで彼らのプレイを見て来て。そんで一緒に音を作って来たっていう自負があるんですよね。それはつまり音を作る側の偉そうな立場じゃなくてさ、人間的な、もっと言えば男として、一緒に育ってきたんだっていう思い出とか、経験の蓄積なわけですよ」
渡辺「うん、今があるのはね」
-- その通りですよね。
真壁「うん。いくら彼らが優秀だって言っても、とても一朝一夕で出来る物じゃないですしね。彼らはもちろん、俺ら2人とか、他の若いスタッフも含めて、今この時点での自信って、自分達がやって来た事の裏返しでしょ。それをちゃんと皆分かってるし。だから余計に、繭子の口から今『アギオン』って言葉を聞いた時の、…なんだろうなあ」
渡辺「…僕はね、間違ってなかった!って思った」
真壁「ああ!そうね、それあるね」
渡辺「うん。バンドはやめちゃったけどさ、竜二前にして言うの気が引けるけど、2人とも全然後悔してないもんね。もっと面白い事やってるし、もっと胸張って誰かの力になってるって言える自信あるし。でもここまで来れたその道すがらにさ、過去の栄光じゃないけど、クロウバーはあるんだよね」
真壁「そう。繭子がキラキラした笑顔でさ、『アギオン』めっちゃ好きなんですって言った瞬間の、ああ、良かった、間違ってなかった俺、っていう」
渡辺「うん。誰か他の人と話すような『あの曲好きなんですよねえー』って言う音楽トークじゃなくてさ、僕らを『アギオン』だと思ってくれてる顔がね、嬉しかったね」
真壁「今でもちゃんと光ってるんだなって、教えてもらった気がする」
渡辺「そういう繭子と今回こうやって、これまでとは違った形でね、新しい曲を一緒に作れたのは、本当に良かったよ」
-- 貴重なお話を聞けて私も嬉しいです。私もクロウバーのファンですから。
真壁「ありがとう」
-- 上山さんは、どうでしたか?
黙って2人の話を聞いていた上山の目が、その時点で赤みを帯びていた。
上山「そうっすねえ。やっぱり、今お二人も言ってましたけど、昔があるから今があるじゃないですか。それって当たり前の話っすけど、考えてみればその当時は何一つ当たり前な事なんてなかったんですよ」
-- 当時と言いますと、まだ皆さんが音楽に携わる前ですか?
上山「そうです。いっつもなんか、この人達ボロボロだったんですよ。繭子もそうだし、竜二さんも翔太郎さんも、大成さんも、アキラさんも、皆気がついたらなんでかボロボロなんですよね」
R「お前それ今言う話かよー」
T「あははは!ボロボロだって」
S「確かになあ。そうだったなあ」
-- ボロボロの時代を経て、今があると。
上山「なんでこんなに不器用にしか生きられねえかなーって俺なんかは見てたんですけど、けど、全然楽しかったんですよ。この人らに出会う前よりも。自分の話で恐縮ですけど。…なんか、そんな事考えながらコーラス録り参加したんですけどね。俺いいのかなーってばっかり考えちゃって」
M「え、なんでですか!?」
上山「え、いやーなんか自分は、ここで働かせてもらってるけど、そんな何か皆さんの為になるような事できてるとは思ってないから」
M「えー!」
O「そんな事ないよテツ。助かってるよ?」
突然上山の目から、涙が落ちた。ともすればヤンチャで屈強さが売りだと思っていた上山のそんな姿に、私は動揺していまい、言葉を返せないでいた。
上山「何か人に胸を張れるようなもんもないですし。ただね、一つだけ自信をもって宣言出来るとしたら。俺この人らの為なら命かけれるんです。歌も下手ですし、楽器出来ませんし、そこそこ喧嘩が出来るだけのバカですけど、ズタボロの竜二さん達を高校生の頃から知ってるし、繭子の事も、泥だらけなのに馬鹿みてえに笑ってた昔っから知ってるんで、俺この人らを守る事に命かけれるんです。本気ですよ。だから、…うまく言えないんですけど…勿体ない時間だったと思います、自分には、ホント」
O「テツ…」
上山「俺、織江さんに拾ってもらってなかったら、絶対終わってたんで」
O「そんな事ないって」
上山「昔を思い出しました」
もう彼は涙を拭おうともせず、彼の言葉を止めようとする者もいなかった。
上山「全然、うまくいかない事だらけでしたよね。なんであんなに辛かったんでしょうね。なんであんなに、悲しかったんだろうって。今、皆笑えるようになりましたけど、今、皆が笑える事の凄さを考えると俺たまらなくなるんです。あの頃は本当に…すんません、クソみたいな事ばっか言ってすんません、俺ちょっと頭冷やしてきます」
立ち上がる上山に、真壁がしがみついた。
一人で行かせたくない気持ちがそうさせたのだろう。
しかし上山の力が強すぎて、足の悪い真壁は両手が離れて床に倒れてしまった。
慌ててしゃがみ込む上山に、真壁が言う。
「どこ行くんだよ。ここにいればいいだろうが」
真壁の弱々しい言葉に、上山は堪え切れずに顔をくしゃくしゃにして泣いた。



撮影は一時中断となった。
壁際に座る上山の前に、池脇達が立って話をしている。
怒っている訳でも説教をしている訳でもなさそうだ。
少し離れた机では、繭子を挟む形で関誠と伊藤が座っている。
泣いている上山をカメラに写さないように、無言の配慮で立っている池脇らの立ち位置に気が付き、彼らからレンズを背けた私に向かって伊藤が小さく右手を振った。
ごめんね。
そう言っている。
私は声を発する事が出来ずに、頭を横に振って答えた。



上山「取り乱しました!」
-- もう大丈夫ですか?
上山「ちょっと持病のナルシストが爆発したようです。もう平気です、お騒がせしました!」
-- (笑)。びっくりしましたよ。やはり、人に歴史ありですね。でも私思うんですけど、今回のこの曲ってこういう事なんだなって改めて思います。上山さんの涙をどう捉えるかは第三者には難しい所だと思いますし、あなた方を知らない人間からすればクエスチョンマークかもしれません。だけど、この歌には繭子だけじゃない皆さんの歴史が詰まっているのだと理解出来ました。真ん中に繭子がいて、彼女を見守り続けた皆さんがいて、今ここでこうしてまた一丸となって、歌っている。それら全部をひっくるめての、「まだ歌っているよ」なんですよね。素晴らしい曲だと心からそう思います。
S「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
М「やっぱりそういう所がトッキーだよね」
-- いえいえ(笑)。ここでお話をお伺いするのが順当かは分かりませんが、誠さんと織江さんからも感想をお聞かせいただけますか。
SM「織江さんからどうぞー」
O「誠からどうぞー」
SM「なははは。こういうの苦手だー」
-- 無理にとは言いません。
SM「んー、何も思わないわけじゃないんですよ、もちろん。さっき使われてた、あのレコーディングの部屋で繭子に手を振ってるやつ。あの日織江さんと繭子と事前に話をしてて」
-- 打ち合わせ的な相談ですね。
SM「いやいや、関係ない話。昔話を、スタジオのソファでね。それに繭子がね、やたら楽しそうに色々やってるのを見ててね、逆に胸が詰まる思がするんだよって言う話もして」
O「健気っていう言葉がここまで嵌る子もそういないって思っててさ。別に繭子だけじゃないんだけど、辛い時こそ頑張る、辛い時こそ笑ってみせる、みたいな事がよくあったからね」
SM「うん。状況的にみて、今普通に楽しいし。普通に幸せのはずなんだけど。歌詞もそうだし、コーラスで皆が参加する事とか、…ごめんね、ちょっと自分の事とか、色々考えちゃってさ。めちゃくちゃ楽しい事のはずなんだけど、胸が一杯になっちゃって」
-- そうですよね。そりゃ、…そうですよね。
SM「ガラスの向こうに立って笑ってる繭子を見てさ、何も思わないわけないんだよ」
-- はい。
SM「この子変なトコあってさ。昔から自分なりの距離感を絶対に守るんだよね。だからどんだけ仲良くなって、どんだけじゃれあってても、すっと、離れる瞬間があるの、心が。こっちが平然としてると甘えた声出して抱き着いてくるせにね、追いかけると離れちゃうんだよね」
М「(苦笑)」
-- へえ…。
SM「だから私、結構何度も、繭子の名前を呼んだ。もっと来い、もっとこっちへ来いっていっつも思ってたし。だけど言うと逃げるからさ、言えなかった。だから今回ブースで思いっきり叫んだんだよ」
-- そうだったんですね。
S「音声入ってないから分からなかったと思うけど、体をくの字に折りながら誠があん時叫んだ言葉は、俺一生忘れないと思うな」
M「私も一生忘れないです」
-- なんと、仰られたんですか?
S&M『どこにも行かないでくれ』
SM「ちょっとぉ(笑)」
せっかく泣き止んだ上山がまた後ろを向いてしまった。



O「私実はあの部屋に入ってコーラス録りするの2回目なの。ただ単に応援してるだけの様子を撮影されたのは初めてだけどね。レコーディングブースに入って、ヘッドセットつけて叫んだのは、このスタジオ建てた時に記念でやったのが最初で、今回が2回目」
-- そうなんですね。久しぶりに叫んでみてどうでしたか?
O「うん。…コーラスは単純にもう、楽しかったかな。色々思い出したけど、私と誠がコーラス入れた時って大成達も一緒にやってくれたから恥ずかしくもなかったし、良い思い出がまた一つ増えたねっていう感じ」
-- なるほど。いいですね。
O「まあ色々思い出して笑っちゃうくらいにボロボロ泣いてるからね、どの口が楽しいなんて言ってるのって話なんだけどさ」
-- そんなことありませんよ(笑)。
O「だけどね。今思うと、話の流れから察するに私と誠に本当にやらせたかったのは、コーラスじゃなくて応援の方だったんじゃないかなーって思うの。…ねえ、プロデューサーさん?」
S「ん? んん、いや、コーラスは大事だよー、君ー?」
O「あはは、そういうのもう良いですから」
S「お前が言うな(笑)。んー、…まあなあ。ナベとかマーならいざ知らず、お前らやテツがコーラス入れる意味なんてないもんな、音楽的な話で言うとな。だから、そこにお前らがいるっていう事が大事なんであって、そういう話で言うと確かにコーラス自体に意味はないのかもしれないな」
O「ね。今なんとなくそう思ったよ」
S「なんか、嫌なのはさ。俺ら一緒にバンド組んでるし、外に出る話はもちろんこの4人の話になっちゃうだろ。ただ、繭子の事に関して言えばよ、話の内容を表に出す出さないの前に、俺達なんかよりずっと、織江や誠の方が繭子の支えになってきたっていう事を全然理解されない事がまず、もうとにかく嫌なんだよ。繭子が言わないからとかそういう事じゃなしに。そもそもバンドマンとしてこれまで自分の過去をべらべらと喋ってきた訳でもねえからさ。いきなり誠や織江の名前を出すには立場と関係性が複雑すぎるし、仕方ない話なんだけど。…だから、形にしようかなと思って」
-- 昔から変わらず、繭子を支えて来た2人の姿を、あえて今残しておこうとお考えになったわけですね。
S「そう、かな。ずっと見て来たしな、今更だけど、そこは重要なんじゃないかな」
М「(両手で顔を覆っている)」
-- 涙なしには聞けないお話ばかりですね。どうしよう。
O「そこまで考えてるとは思ってなかったよ。今私が気付かずにこの話してなかったら、どうするつもりだったの」
S「どうもしないよ別に。俺が勝手に思ってやったことだから」
O「本当に優しい男になったね。カッコつけやがって」
神波が私を見ているのが目に入った。
彼が声に出さずに私にこう言った。
な、優しいだろ?
そしてバレないように、伊澄を指さしている。
私は下唇をギュっと噛んで、小さく一度頷いた。


[繭子の声]
『今までずっと、ありがとう。
本当にありがとう。
本当に、本当に、…ありがとう』


-- 最後のセリフは、歌詞にはないものですよね。やはり、どうしても伝えたかった思いという事でしょうか。
M「アドリブなんだけどね。気が付いたら、言ってたね。ありがとうなんて今まで何千回と言ってきたけどさ、伝わってないような気がして仕方ないんだよ。こんなもんじゃない、もっともっと強く思ってるのにって」
-- あはは。軽く受けながされちゃうわけですね。
M「そう。いつかちゃんと言いたいなとは思ってたし、タイミングが合っちゃったんだね」
-- 今回のPVでクローズアップされていますが、本番前とか直前に何かをつぶやいている姿は私も何度か見たことがあります。
M「うん。いつもだよ」
-- ステージ上がる時は毎回なんですね。それは知りませんでした。
M「いやいや、ううん。練習の時もそうだよ」
-- え?
M「え? ドラム叩く前はいつもそうだよ。スタジオ内でやってるかどうかの問題であって、直前じゃない時でも、毎日繰り返してるよ」
-- 知らなかった!なんて言ってるんですか?
M「だから、ありがとうだよ」
-- うわ!鳥肌がやばい!…え、でももっと長く喋ってない?
M「の時もあるね。ありがとうの前に、色々言う時もあるよ。なんか恥ずかしくなってきた」
(一同、笑)
-- 皆さんはご存知でしたか?
S「声には出してないんじゃない? 口が動いてるのは知ってるけど、なんて言ってるかは知らなかった」
M「そうですね。誰かに言ってるわけじゃないですから。えー、でも人が周りにいる時はそんなに長くやってないと思ってたけどなあ。バレてたんですね」
T「何年一緒にやってると思ってんだよ」
R「俺はお祈りかなんかしてると思ってたよ。目がいつも真剣だし、茶化せない雰囲気なんだよ」
S「そうそう、独特の雰囲気でな。俺結構それ見るの好きなんだよ。だから今回(映像に)入れてみたんだよ」
T「わかるわかる。綺麗だよね。清冽というか、神聖というか。近寄れない雰囲気」
-- 凄い見られてるよ繭子。
M「ねえ、びっくりだねえ。久しぶりに本気で照れた、今」
-- だけど、10年ですよね。10年ほぼ毎日、ドラムセットに座る時、必ず感謝の言葉を言ってから練習を始めて来たという事ですよね。それは主にどこへ向けられた思いなのでしょうか。
M「全部だよ。色んなもの全部。人も、環境も、これまでの事全部」
-- それらに対する感謝なくして、今のご自身は在りえないという思いがそうさせるわけですね。
M「そうだよ。ここにいる人達は皆私がどういう十代を送ったか知ってるから言えるけど、私は生かされたんだと今でも思ってるからね」
-- それはつまり、死んでいてもおかしくなかったと?
S「重っ」
(一同、笑)
M「あはは、でも、うん。…みんなと出会った時は当然、アキラさんが死んじゃうなんて思いもしなかったし、私は私の理由でドラムを叩いてた。私を救い上げてくれた恩人がこの世を去って、座る人のいなくなったドラムセットと、打ちひしがれた彼らが残された。そしたら私のやるべきことは一つだよ。死ぬ気でドラム叩いて、この人達と一緒に生きよう。そして一緒に死のう。…だからテツさんの気持ちはよくわかるよ。私も同じだもん。…だけどね、テツさんも分かってると思うけど、それって単なる我儘なんだよね。受け入れてもらえた事が、もうすでに返せないぐらい大きな恩義だし、毎日が感謝の繰り返しなんだよ」


消音状態のままのPVが流れる会議室。
9人の大人がいて尚静まり返る室内で、繭子の声だけが聞こえる。


「今日も皆と生きています。ありがとう。今日も精一杯ドラムを叩きます。ありがとう。…そういう感じ」


それは池脇の言う通り、祈りにも似た響きだった。
感情のこもった喜びの言葉というよりも、自分自身に言い聞かせる大切な日々の信念であるかのようだった。
誰もがそれぞれ、自分と繭子の関係を見つめている。
あるいは辛かった日々。
あるいはともに笑いあった素敵な過去。
あるいはこれから訪れるであろう最高の夜。
昨日も繭子は感謝を胸に抱き、今日もありがとうと呟き、明日もそう言って微笑むのだろう。


池脇が不意にしゃがれた声でこう言った。
「繭子のおかげで今日もうまい酒が飲めるよ。…ありがとう」
繭子はびっくりした顔で池脇を見つめると、頬を真っ赤に染めた笑顔で、ありがとうと答えた。


「忙しい毎日の中で、繭子の笑顔がお守りです。ありがとう」と伊藤が微笑む。
「ありがとう」繭子がそれに答える。


上山「繭子は俺の生き様のお手本だよ。ありがとう」
「ありがとう」


渡辺「こんなオッサンを忘れないでいてくれて、ありがとう」
「ありがとう」


真壁「繭子と一緒に音作り出来る事が俺の誇りだよ。ありがとう」
「ありがとう」


誠「こういう時、皆みたいに上手く簡潔に喋れる人間じゃないんだよなあ。もう胸の真ん中が痛すぎてダメだ、繭子。私、…繭子がどんだけ頑張ってきたか知ってるよ。でも悲しいだけじゃない。一杯遊んだし、一杯笑ったよね。皆が辛い時だって、繭子は笑顔で励ましてくれたし、弱音を吐かないでいっつも頑張ってたね。今までありがとう。これからも…、はー、駄目だ」
「…うん。ありがとう、誠さん大好き」


神波「この10年俺達の背中を毎日押してくれたのは繭子のドラムの音だった。もっと胸張ってほしい。ありがとな」
「はい。…ありがとうございます」


伊澄「テツのせいで思い出したわ。…ほんっとにクソみたいな毎日だったんだよ俺ら。だから、お前に会えて良かった。心からそう思うよ。ありがとう」
「ありがとうござました。これからも、よろしくお願いします」
最後にぺこりと頭を下げた繭子の両目からみるみるうちに涙があふれ、彼女は震える唇を噛んだ。そして照れたように、「なんか高校の卒業式を思い出すね」と言って笑った。



今日も明日も明後日も、スタジオには繭子の感謝の思いが漂よい続けることだろう。

連載第37回。「ひとつの世界」

マユーズの新曲制作と、ミュージックビデオの撮影が終了した。
本来ならば許されない程の近い距離で、彼らの笑い声を聞き、涙を見た。
あの時間に私が目撃したものは、苦悩を乗り越えた先に力業で幸福を持ってきた、男達の優しい眼差しだったと思う。そして目の前にどんと置かれた素敵な宝物を見た芥川繭子の笑顔と、彼女を思うバイラル4の面々が流した涙は、音楽人としてよりももっと深く大きな音を響かせていたように思えてならない。
だが一つだけ私の中から拭い去れない疑問が残った。
何故、今回の企画に「彼女」が呼ばれなかったのか。
はたまた、依頼はしたが断られたのか。
あるいは、参加したかったがどうしても調整がきかなかったか。
もしくは、それ以外の理由があるのか。


いつだったか、繭子が私に打ち明けた言葉がある。
『女性としての理想は関誠。人間としての理想が伊藤織江。だけど、もし今すぐ誰かに成り代われるなら、URGAさんになってみたい』


芥川繭子をしてそう言わしめた彼女の魅力というものをいつか私なりに探ってみたい。
そういう思いも私の中で漠然と広がっていた所へ、伊澄翔太郎の口から新曲を書いたと報告を受けた。ニューアルバムに収録する曲ではなく、URGAの為に書き下ろした曲だと言う。自分達がアメリカに行ってしまう前に、彼女との約束を果たさぬわけにはいかないという思いがあったようだ。忙しい時間の合間を縫って連絡を取り合い、URGAが書いた詩に、伊澄が曲を付ける事でその曲は完成した。


2016年、12月2日。
場所はURGAのプライベートスタジオ。
本来ヘヴィメタル専門誌の記者である私が訪れる機会など永遠に来ない筈のない場所に、その日私は足を踏み入れた。そこは意外な程、良い意味でニュートラルな空間だった。イメージだけで言えば、オーガニックでフレッシュなアロマの香りに満ちた空間を想像していたが、温度、湿度、全てが丁度良く、鼻の奥をクスグルいかなる匂いも漂ってはいなかった。
だが玄関に入って彼女が姿を現した瞬間、URGA自身が身にまとう優しい匂いに包まれて、なぜだか泣いてしまいそうになったのを、昨日のように思い出す。
ドーンハンマーに負けず劣らずお忙しい身でありながら、今回の取材を二つ返事で受けていただけたことを心から感謝いたします。



URGA、単独インタビュー。

-- なんだかお久しぶりな気がします。
「そうだね。どうぞ」
-- お邪魔します。ご自宅兼スタジオなんですね。
「そ。結構頑張っちゃいました」
-- (笑)。素敵なお家ですねえ。これぞまさしく、住む世界が違うというやつです。
「まあまあまあ、それ以上お褒め頂いても嬉しいですけど、お宅拝見みたいになるから、とりあえずはそのへんで」
-- はい(笑)。
「そこ座っててくれる。お茶入れますね」
-- すみません、お気遣いなく。
「そんなわけいきますか。お酒もあるけど、まだ早い時間だし、ワインぐらいにしておく?」
-- どういう計算式ですか(笑)。水かお茶でお願いします。
「私飲むけど?」
-- 釣られて飲みたくなったりしないので大丈夫ですよ。
しばらくして湯気の立ち上るお茶とホットワインをトレイに乗せたURGAが戻ってきた。
「何か食べる?」
-- 本当にありがとうございます。何気にとても緊張してますので、おそらく全く食べれません(笑)。
「緊張してるの?」
-- やばいぐらい、してますよ。
シンプルでモダンな白い木製テーブルを挟んで向かい合って座ると、私の言葉にURGAは微笑みを浮かべ、私の顔を見つめたまたホットワインとお茶の場所をスっと入れ変えた。思わず声に出して笑う。何故だろうか。相手の緊張のほぐし方や優しい素振りが、どことなく伊藤織江を想起させる。私が彼女をすぐに好きになったのは、そこも関係しているかもしれない。(※ 伊藤本人からその例えは失礼にあたるからと掲載不可のダメ出しが入った。しかしURGA本人がそれを突っぱねた)
-- あのスタジオにいる時にこれを言うのは、なんだか憚られる気がしたので言いませんでしたが、実は私も大ファンです。結果的に全く違うジャンルの音楽ライターをしてますが、アルバムも全部持っています。
「ワオ、ありがとう。…あのね、世の中にはDVDっていう素敵なアイテムがあってね」
-- あははは!
「知ってた? 10枚ぐらい出てるの」
-- はい、存じげています。もちろん所有しています。
「そ? 大変結構です」
-- あー、おかしい。今回こうしてご自宅にまでお伺いしたのは他でもない、ドーンハンマーのギタリスト・伊澄翔太郎さんとのコラボレーションについてお話をお聞かせいただく為です。これまで二度、お二人揃ってのインタビューを弊社で収録させていただきましたが、今回はスケジュールの関係上URGAさんお一人となります。
「逃げやがってさー」
-- (笑)。とんでもないですよ。もちろんご存知だとは思いますが。
「事前に断りの電話はあったけどね。逃げやがってーって言いました」
-- 直接仰ったんですね。翔太郎さんはなんと?
「ん、なんか言ってた気もするけど、普通の返しだったから面白くないよ」
-- そんな無敵のURGAさんに早速聞いていきたいと思います。まず、曲のタイトルは『ひとつの世界』です。これは歌詞を書かれる前から決まっていたとお伺いしていますが?
「うん。言葉としてどういったものを選ぶかは決めてなかったけど、こういう物を形にしようという思いは最初からありました。実際歌詞に出てくる主なフレーズは英語だけれど、思い描いた世界観にぴったりとはまる言葉は『ひとつの世界』というものでした」
-- 初めてURGAさんの口から、翔太郎さんと曲を作ってみたいという提案を聞いた時、2パターンあるなと思ったんです。URGAさんの世界に、翔太郎さんの色を混ぜて形作るか、もしくはまだこの世にない世界を2人で作るのか。主にアーティスト同士のコラボだと、今ゆるフィーチャリングという形の前者が圧倒的に多いわけですが。
「そうですね。一番初めにパっとインスピレーションが浮かんだのは、もともとある私の曲を彼にアレンジしてもらったら面白いんじゃないかっていう思い付きがあって。そういった所から今回の話は始まっている気がします」
-- 翔太郎さんのギタリストとしての技量と、表現力を高く評価しておられましたね。
「うん。…知り合って少し経つから言っても良いと思うんだけど、大きいのは、人間性かなあ」
-- ミュージシャンとしての側面と、彼本来の人間力と。
「そうだね。良い言葉だね、人間力。一緒にやってみたいと思うからには、何かしらの魅力がないとね。別にそこは男性としてどうこうという事ではなくて、音楽家としての生き方だったり、人としての在り方だったりというのを私なりに見て、この人は私とならどういう音を出すんだろうなあ、どういうアレンジで世界を作り上げるんだろうなあ、という部分に強く興味が湧きました。そこがスタート地点ですね。まあ、技量だけ見てもピカイチですが」
-- 今こうして一曲仕上げてみて、作り手側から見た率直な感想をお聞かせください。
「はーじーめーのーだい、いっぽ!だね」
-- 可愛い(笑)!
「そうだろう?」
-- (笑)。曲の完成度ではなく、これから先を見据えた展望に気持ちが傾いていると。
「もちろん素晴らしい曲が出来たと自負しています。これまで私が歌ってきたどの歌とも違う、意義のある存在になったという自信もあります。だけど一番強い思いは、今回の曲は生まれたばかりの赤ん坊のような歌だなということ」
-- これから歌い続ける事で成長していく楽曲であると?
「そういう意味でもあるし、また違う意味も込められています」
-- なんだかURGAさんのお話を聞いていると、とてもわくわくしてきます。
「ありがとう(笑)。…今回作詞がある程度終わって、こういう方向性の曲なんだけどっていうお話を持ち掛ける時に、私の歌詞を読む前に、翔太郎くんが言った言葉があって」
-- 歌詞を読む前ですか。
「そう。『前もって言っておくけど、いわゆる作曲能力で言ったら、うちの大成の方が優れてるよ』って」
-- ははあ。なるほど。
「これまで私が歌ってきた歌を思い浮かべてそう言ったんだと思うんだけどね。曲調とか、世界観とか。それから、それでも俺に歌詞を読ませるっていうなら、後になってやっぱり大成が良いって言ったって譲れなくなるよって。それでもいいの?って」
-- うふふ、はい。
「カチンと来たの」
-- ええ?そうなんですか(笑)。私なら照れるぐらい嬉しいですけど。
「あはは。うーん。なんだろうな。…誤解を恐れずに言うと、選ばせてあげるよ、っていうスタンスに腹が立ったの。上手に曲を書く人がいいでしょ。でも一旦関わったら俺にも意地があるよ。…そんな事さ、言われなくても分かってるよ。だってそもそも私から言い寄ってるわけだからね、このお話は」
-- そうですね。
「私が翔太郎くんにお願いしてるのに、その翔太郎くんが自分よりいいやつ紹介しようかっていうのは、優しさではないよねえ」
-- 確かにそうですね。弱気な発言とも取れますよね。
「だから言ってやったの。私を疑うな、って」
-- 凄い。力強い言葉ですね。
「そしたら、そうだね、ごめん。って謝ったから許したんだけど」
-- あはは。
「でもそこからは早かったなあ。歌詞を読んでもらう前に、私の方からも説明した事があって、そこを理解してもらえるかどうかが全てだったから、そこをクリアできた事で、完成までの道のりはただただ楽しい時間でした」
-- コンセプトのようなものですか?
「コンセプト。そうだなあ、そう呼んで差し支えないかもしれないなあ」
-- どこかしっくり来ていない感じですね。
「曲に対するって言う事では、ない気がします。今回に限って言えば、そのコンセプトすらも、お任せしたかったので」
-- ですが歌詞をお書きになられたのはURGAさんですし、形にしたい思いというものがもともとおありだったんですよね?
「そこが難しいので、歌詞を読んでもらう前に説明したという事なんですけど。私が翔太郎くんに話したのは、『世界』についてなんですね」
-- 『ひとつの世界』の、『世界』ですか?
「いろいろな世界です。これは言葉で説明する事にとても勇気がいりました。抽象的すぎて、哲学的だったり、宗教的な観念が入り込んで来そうになるからです。だけど私が想像している『世界』はもっと日常的です。過去、現在、未来。私のいる世界。翔太郎くんのいる世界。今を生きているすべての人に、それぞれの世界がある。そしてそれらが、この地球上の同じフィールドにおいて、時間や空間や文化を共有している事の不思議。これもまた言い換えれば大きな世界の在り方の一つです。私には私だけの世界があるのに、別の視点から見れば私の世界は、翔太郎くんの世界でもあったりする。どこまで交じり合っているのか、交わっていくことが出来るのか。あるいはまったく交わることのないまま一生を終えていく世界もある中で、こうして出会えた奇跡。世界って、とても便利な言葉だなあと思っていて。今、私の頭の中にあるのも世界だし、心の中に広がるものも世界だと言い換える事が出来ますよね。そうして多角的に見る世界というワードを、人の一生になぞらえて表現し続けていきたいなあとういう思いが、私の抱いたテーマです」
-- 実に壮大ですね!
「そうでしょう。だから、この話をした後に、翔太郎くんに頭を下げてお願いしました。どうか、名曲にはしないでください」
-- え、おあ…え?
「いいリアクションだ! 100ポインツ!」
-- えへへーっと(笑)、翔太郎さんはそのお言葉を聞いて、すぐに理解されたんですか?
「私はそう思います。ちょっと卑怯なやり口だったし、言い方は悪いけど、試した部分もあるんですよね。そしたらさ、彼はこう言ったの。120点の曲を作るんじゃないくて、80点の曲をたくさん作るの?って」
-- なるほど!一曲で終わらせないために、ですか。それで、はじめのだいいっぽ、なんですね。
「そうです。彼はやっぱり見込んだだけの事はあったね。頭の良い人だった。この曲は第一歩なんだよ。…例えば、このたった一曲を生み出すために私は生まれたんだ、私は歌っているんだ、とか。そういう大切な歌はさ、私が私自身の力で死ぬまでに辿り着くのが正解だと思うし、例えそんな曲が書けなくたって、思いを込めながら人に寄りそう歌を歌っていく事が使命だと感じているから、そこは私だけの物。そことは別に、いつまでも変わらない確かな気持ちを感じていたいっていう話をしたの」
-- URGAさんにしか成しえない事だと思います。
「ありがとう。私来年で20周年なんです、実は」
-- はい、存じ上げています。
「これまでにも色々なミュージシャンの方たちとお仕事をご一緒させていただいて、ありがたい事にとても波長の合う方や素敵な音色を持ってらっしゃる方とお近づきになれた事で、今自分の中にある言葉やメッセージなんかは、簡単ではないけれど、ほぼ思った通りの形にすることが出来る環境にいます。これは本当に幸せな事で、感謝の言葉が足りないくらいなんですけど、そういうこれまでのキャリアとはまた違う道の先にある歌を、残して行きたいなと、思い至ったんです」
-- 違う道の先にある、歌。
「んー。簡単に言ってしまえば、遊び心です」
-- ええ!? 壮大なテーマから一転、実は遊びの感覚でもあると。
「ライフワークってよく言うじゃないですか。一生をかけて行う事業とでもいいますか。そういうものにしたいんです。だけど、それって自分一人で行う分にはいいですけど、他人を巻き込む事には勇気がいるじゃないですか。普段私が行っている楽曲制作も言わばライフワークなんですけど、そこには責任感や重圧や、孤独なんかもぴったりとくっついて来ます。それはお仕事である以上当然の事だし、それがあるおかげで実現出来る事だってあります。それが20年続けてきた私のキャリアです。今回想像したものは、そんな私がなんのプレッシャーもない状態で自由に遊べたら、どんな歌を歌えるのかな?という好奇心からです。そこを理解してもらえるかが私にとっては全てでした。その第一回目の曲を、翔太郎くんにお願いしたいです、と。そういったお話です」
-- 翔太郎さんは、なんと御返事されたんですか。
「素敵だよ。『一回で終わり?』だって」
-- うーわあ、凄い。
「凄いよね。私どこかで、色んな否定の言葉が返ってくる事を予想して身構えてたの。忙しいから無理だよーとか、抽象的過ぎでついてけないよーとか、何で一発目が俺なんだーとか。何かしらグサっとやられるだろうなーって」
-- そういう言葉もなく。
「少し、考えてはいたけどね。だけど、余計な事は何も言わずに、分かったって。分かった、いくらでも曲書くけど、一回で終わり?って」
-- 嬉しいですね!
「そうだねえ。リップサービスだっていうのは顔を見れば分かるんだけど、良い人だなあって感心した。そんな事言って調子にのった私が、じゃあ目指せ100曲って言ったらどんな顔するんだろうとか思ったもん」
-- あはは。おそらくですけど、それでも「分かった」と仰る気がします。
「そうなんだよね。だから怖くて言えなかったです」
-- (笑)。ですが、一つ疑問に思ったのが、今URGAさんが仰ったような壮大で素敵なコンセプトを、いわゆるご自身の本筋と呼んで良いか分かりませんが、今後のアルバム制作の基盤とされる事は、お考えにはならなかったんですか?
「もちろん考えました! だけど、縛られるのは嫌だなあという思いも同時に考えたんです。これは私だけではないですけど、歌の中に、自然が出てくる歌詞って結構あるんですね。雨とか、風とか、空、夜、海、星。これも言い換えれば、自然をコンセプトにした楽曲と言えなくもないですよね。だけど、私は自然をテーマに歌を歌います!なんて言おうものなら、永遠に尽きる事のないテーマに縛られて制作の喜びを見失う事になるかもしれない。世界と言う大きなテーマもそうだと思うから、そこはお仕事ではなく、もっと気楽に、自由に捉えて行く事が大事なんじゃないかなあと、思っています」
-- なるほど。遊び心を持って臨むぐらいが丁度良いと。
「そういう事です。だけどおかしなもので、自分がメロディを付けるわけじゃないって思って書く歌詞って、なんでだろうって思うぐらい色々詰め込んじゃうんですね」
-- あはは、そうなんですね。
「自分でも、これは一曲目だしあんまり肩に力を入れすぎない方がいいな、簡単な歌詞の方がメロディも色々アレンジしやすいだろうなって分かってるんです。入りきらない思いはまた次の曲で書けばいいんだって分かってるんですけどね、なんだか書いてるうちに泣けてきちゃって」
-- そこにはやはり、曲を頼む相手が翔太郎さんだという思い入れもあるのではないでしょうか。
「うん、正直に言います。そうだと思う(笑)。なんか勿体ないよなーとか思っちゃいました。4分とか5分の曲に全部こめらんないよーとか勝手に『うわー』ってなって。『違う違うこの一曲で終わりじゃない、あー、でもせっかくだし色々言いたいー!』って」
-- あははは!URGAさんでもそういうジレンマあるんですね。
「あるよー?なんでー?」
-- 天才肌だと思っていたので。そういう努力の痕を見せないというか。
「まあ、聞かれないと自分からは言わないけどね」
-- それで、今回7分という超大作に仕上がったわけですね。
「ギターとピアノだけっていう軽いアレンジの割りに長くなったのはやっぱり歌詞が多いせいと、翔太郎くんの見せ場というか、聞かせ所を挟んでもらっておかげだよね。もう聞いた?」
-- はい。すみません、毎日聞いてます。
「どうかなあ」
-- 一番初めに聞いた時、曲の完成度や世界観よりまず先に「うわ、二人だ」っていう喜びを感じて、気持ちが温かくなりました。
「グーレイトー!」
-- それはこちらのセリフですよ(笑)。
「ありがとう。もう、すっごいすっごい嬉しい。そういう感想が聞けるとは正直思ってなかったよ」
-- 私はこれまで主にメタルバンド専門で記者をしてきたせいもあって、割と音先行で聞いてしまうんです。4人と5人でも全く違いますし、3ピースでもびっくりするぐらいクッキリガッチリした音を出すバンドもいます。だけどそれがバンドである以上、やはり音の塊って大事じゃないですか。どれだけクリアな音を出していても、それぞれが分離しているバンドなんて魅力的には聞こえないです。そう言った意味で、バンドではなく、ソロでもない、URGAさんと翔太郎さんという天才二人の出す音がこれ以上足しても引いても駄目なくらい、嫉妬するくらい2人じゃないと駄目だっていう音になっているのを聞いてまず、「これだ!」って思いました。
「よし!このインタビューはここまでだ!飲もう!」
-- あははは、またですか(笑)。
「気分が良い!朝まで飲もう!」
-- もう飲んでるじゃないですか。
「そうでした。取り乱しました。続けて」
-- ですが、びっくりしたのが、思ってた以上にドーンハンマー感強いですよね。
「そうなの!あはは!あ、笑っちゃった。でも、あの人結局そうなんだよね。まあ、結果的にそれが功を奏したと自分では思ってるので、良しとしようかな」
-- 最初から最後までこちらで制作されたんですか?
「きちんとしたレコーディングは別のスタジオで行いました。お互い忙しいので、各々持ち帰ってアレンジを考えたりというのはあったけれど、打ち合わせとか実際の音合わせなどはここで全部やりました」
-- バンドサウンド以外で聞く翔太郎さんの泣きのギターやアコギ、URGAさんのピアノ演奏やバイオリンの音も少しありますよね。音に関しては、どのような制約を設けていたのでしょうか。やろうと思えば、色々な可能性があったと思うのですが。
「今回アレンジを全て翔太郎くんに任せるつもりでいたんだけれど、それだと自分がここへ来て顔を見ながら作る意味がないから、一緒にやった方が楽しいと言われて、そうかもしれないなと思いなおしました。その中で気づいたのですが、意外と彼も触れる楽器が多いんですね」
-- そうですね(笑)。ベースならまだしも、ドラムさえ叩けますからね。
「ね。私もそれこそピアノだったり、バイオリンだったり、フルートだったりっていう音は出せるし。じゃあ、それらの楽器を全部使って二人で出せる限界の音を出してみようかっていうアレンジも一応試してはみました。だけどそうなってくると、とても楽しい音にはなるんだけれど、不思議とこれは全く違うなという感想が一致して」
-- お二人が音を出して、うまくはまらない事なんてあるんですか。
「はまるかはまらないかで言えば、きっとはまるよ。はまらない状態でOKしない2人だしね。一応保存はしてあるから後で聞いてみる?実際完成した曲とは180度違う物に聞こえると思うよ」
-- 是非。では、もともと抱いていたイメージとかけ離れてしまったという事でしょうか。
「そうです。もっと言えば、この先もし2人で舞台に立つことがあった場合、とてもじゃないけど二人で鳴らすには忙しすぎると(笑)。バイオリンだけ最後に少し余韻を残すために使いましたが、基本的にはギターとピアノだけで行こう、と」
-- ステージでメンバーが出せない音はいらないというドーンハンマーのポリシーに近いものがありますね。
「あ、それも言ってたかもしれない。だけど、出せる出せないにかかわらず、そもそも…なんていうか、大きな音は必要じゃなかったんですよね」
-- 二人である事に意味があるんですよね。
「そうだ!今日も冴えてるな!」
-- ありがとうございます(笑)。
「曲の持つ顔というのが、テンポに表れてるなーと思っていて。全く速い曲ではないけれど、展開が多かったり、歌メロが割と特徴的なので、そこで大きな音や印象的な使い方をしてしまうと、ハードロックに近いイメージになっちゃうんですよ」
-- なるほど。確かに音ではなくてURGAさんの歌声で曲が進んでいくような印象ですもんね。
「どちらかと言えばそうですね。だけど、だからと言って音を軽んじるわけにはいかないので、そこは何度も色んなアレンジを試しました」
-- 先ほどもドーンハンマー感が強いと言いましたが、やはり、翔太郎さんは独特なギターリフを持ち込んできましたね。
「それはやっぱり、嬉しかったね」
-- あ、そうなんですね。
「そりゃそうだよー。自分らしさって言ってもいいのか分からないけどさ。彼は激しい音を出す事を生業とするバンドのギタリストでしょう? 人が聞いてさ、あ!伊澄翔太郎の音だ!って分からせることの大切さは、私も共感出来るからね。そこを曲げない人じゃないと、一緒にやる意味がないとさえ思うかな。彼は私のサポート役ではないから」
-- 確かにその通りですね。それでは実際に、翔太郎さんのギターリフを体感して、彼のギターに乗せて歌ってみた感想をお聞かせ下さい。
「それはねえ。そもそも印象的なフレーズをギターで作んなきゃいけないっていう発想が私にはないから、ギターリフというものの強みや効果的な使い方っていう意味では、多分彼がバンドで出している時の方が何倍も強烈なんだと思うな。今回はアコギだしね。でも私が好きだったのは、彼がイントロや伴奏で効果的に使うフレーズが、きっとボーカルである私の気持ちを引っ張り上げるためにここへ持って来てるんだろうなっていう、心意気? そういうのが見えて。分かりやすく言うと、超気分がイイ!ってなったね。あと何度も何度も一緒に合わせて歌ったから分かるし、今更、改めましてなんだけど、本当に巧いんだよね、翔太郎くんはね」
-- そこはもう、そうですねとしか言えません(笑)。プロのミュージシャンが口を揃えてベタ褒めなさるので。
「ねえ。めちゃくちゃ歌いやすいですよ。主張するとことしないとこの線引きが分かる人だし、ただ間違えないだけでじゃなくて彼自身に心の余裕があるからさ、私の声を聴きながら並走する演奏レベルが抜群に高い。これは一緒にやってるバンドメンバーも楽だろうなーって、あ、楽とか言っちゃうと失礼か。でもそう思う」
-- それでは実際、翔太郎さんと曲作りをされて、驚いた事や印象に残った事などをお伺いできますか。
「全部だよねえ」
-- (笑)。先程、コンセプトを理解してもらってからは早かったと仰ってましたが、作業自体がサクサク進んだという意味ですか? それとも意思の疎通がとり易かったという意味ですか?
「どちらの意味もあるかもしれないなあ。前に、あっちのスタジオで対談した時に、なんでそんなおかしな曲の作り方するんだ?って疑問に思ったの覚えてる?」
-- もちろん。仮音源を作らないでその場で創作し続ける手法ですよね。
「そう。それを今回初めて体験したんだけど。思ってた以上に心地良かったかな」
-- そうですか!
「最初はちょっと恥ずかしかったけどね」
-- 恥ずかしいと仰いますと。
「もう出来上がってる歌ならいくらでも、どこでだって歌えるんだけどね。まだ歌メロも確定していない鼻歌レベルをマイク通して他人に聞かせるのって、意外と勇気がいるんだよ(笑)。なんだそれは、って言われる可能性もあるわけだし、本来そこは他人に聞かせないからね」
-- そうかもしれませんね(笑)。
「そこもちょっと凄いなと思ったのは、前にもチラっと言ったかもだけど、そういう部分で気恥ずかしさとか躊躇とか全くない人なんだよね。なんなら私が歌うより先に歌って『こういうのは?』って言ったりするの。はー、凄いなーと改めて思った。真面目で、誠実で、集中力を切らす事のない体力を持ってる。初めてみるタイプの人だね」
-- 非の打ち所のない…。
「そんな事はない。非は一杯ある」
-- あははは!しまった、また馬鹿笑いしちゃった。
「あるよ。あるある。まあ、そこは彼の名誉を守ってあげよう。…でまあ、歌に関してはそういう具合に2人で交互に歌いながら作り上げていく過程が新鮮で、彼が明るい笑顔で良いねって言えば嬉しいし、逆もまたしかりで。ドーンハンマーはいっつもこうやって作ってるんだなーって思うと少し羨ましくなったよ」
-- なるほど。目に浮かぶようです。今回、歌詞が長いせいか、あるいは意図的なのかは分かりませんが、所謂AメロやBメロがとても複雑ですよね。あえて言うならサビまでの間にDメロまでありませんか。
「あります(笑)。抑揚をはっきりと付けながら歌う場面も多いね」
-- たゆたうようなメロディで壮大なアレンジをなさるイメージのあるURGAさんとしては、珍しい曲調だと言えなくもないですよね。
「実際音源化している曲を並べてみた場合、確かにそんなに多くはないよね。だけど色んな歌を歌いたい人間でもあるから、こういうのは避けたいなっていうメロディは実はないんだよ」
-- ご自身がそうだとして、作曲されたのは翔太郎さんですし、驚きはなかったですか?
「そう来たか!っていうのはあったよ。単純にサビに辿り着くまでが長いのも面白いと思ったし。もちろんサビの盛り上がりも頑張ったけど、でも最終的にはサビよりもずーっと聞いていたいAメロが書けて嬉しいって言ってたのが印象的だなあ」
-- それは私も感じました。名曲ってサビだけじゃなくてその他の部分がとても印象深い物ですよね。
「そうだね、そう思う。今回は歌詞とメロディとあと歌い方。長い曲だし展開も多いからだけど、歌い方も色々変えて、ダブルボーカルにしようかと迷ったくらい抑揚のメリハリが大変だった」
-- 低音が凄いですよね。普段URGAさんは伸びのある高音や声量たっぷりに聞かせる音階が素敵ですが、実は低音も凄いぞ、と。
「ワンダフォー!」
-- それはこちらのセリフです(笑)。
「じゃあそう言って!」
-- 言えませんよ、馬鹿にしてんのかって返されちゃいますよ(笑)。
「言わないよー、別にいいのにー。そう、でも今回ね、曲調がドーンハンマーっぽいっていうのは正解でさ。メロディのテンポはそんなに速くないけど、言葉数が多いせいでずーっと歌ってるイメージある所が似てるんだよね。実際歌ってるんだけど。音はバンドサウンドじゃないから、ヒップホップみたくならないように気を付けた」
-- なるほど。しかし大成さんが曲を書いていれば、多分こういう作りにはならなかっただろうなとは思います。
「そうなんだ。やっぱり全然違うの?」
-- 完成した曲を聞いて聞き分けられるのはファンだけだと思いますけど、やっぱり違いますね。翔太郎さんの場合、印象的なフレーズが浮かんだとしてもそこをサビに持ってこずに、ご自分のギターリフとして使う人なので。
「あ、そうかも。サビに関しては2人で作ったようなもんだし。だけど今回も一応、竜二くんの時と同じように、頭から最後まで歌詞と睨めっこしながら書いてくれたみたいだよ」
-- まさか、また1日で書いたなんて言わないでしょうね(笑)。
「さあ、それは分からないなあ。ここに来てからも、ここ座って書き書きしてたし」
-- そうなんですか!見たかったなー。私今まで一度も、曲を書いている姿を見た事はないんですよ。
「なんだか、いつでも曲を書いてるイメージがあるけど?」
-- あはは。確かに常時、かなりの曲数、ストックをお持ちです。私フレーズを思いつく瞬間には立ち会った事あるんですけど、それを曲として採用して譜面を書いている場面は見た事がないですねえ。
「話しかけ辛い雰囲気だよ。頼もしくはあるけどね。でも、もしも次の曲を作るとなったら、大成くんにお願いするのもありだね」
-- ドーンハンマー推しが凄いって他のミュージシャンから嫉妬されますよ(笑)。
「あははは、確かにそうだ。だけど翔太郎くん本人は点数付けなかったけど、私は70点取るつもりが100点取った気でいるからね。次が誰であろうと、比べられるのは嫌だろうね」
-- そう思います。ここ最近ドーンハンマーの曲よりも、竜二さんの曲や繭子の曲、URGAさんの曲と言ったソロに近い感覚の歌を聞く事が多いので思うんですけど、とんでもない名曲が次々と生まれる事に心底驚いています。
「『still singing this!』でしょ。アレも凄いねぇ」
-- あ、お聞きになられましたか。
「聞いたよー。大成くんなんでしょ? 名曲だよね。なんなら翔太郎くんに、歌えよーって無茶ぶりしたぐらいだし」
-- あははは。
「ちょびっとお酒の力を借りてね。一緒に歌ってあげるからさあって」
-- おおお、URGAさんバージョンも凄そうだなあ。
「いやー、私にはああいう繭ちゃんみたいな歌い方は出来ないなあ。結構喉の筋肉を酷使する歌い方だよね」
-- そうだと思います。以前竜二さんが仰ってたのは、敢えて潰しにいって強くするんだと。
「ね。あ、でもそうだ。撤回しなきゃ」
-- 何をです?
「翔太郎くん、歌下手じゃなかった」
-- あはは。それ実は繭子も首を捻ってましたよ、そんなはずないけどなーって。
「やっぱりそう? 電話あってさ、この曲とこの曲をリクエストしてみてください!って言われて。面白い子だよねえ」
-- (笑)。えっと、それは『still singing this!』を歌う翔太郎さんの歌が上手かったと?
「ううん。UP-BEATの曲」
-- 『夏の雨』ですか?
「あ、知ってる?私気づいたんだけど、彼歌は上手いけど、英語が苦手だね」
-- もー、リアクションしづらいなあ(笑)。だけど、これを言ってもいいのかずっと悩んでいたのですが、今回繭子をボーカルにして製作された例の楽曲に、この1年バンドと深く関わってこられたURGAさんが参加されなかった事は、少し残念な気持ちもありました。
「ああ、…あはは、うーん。それはねえ。…もう制作自体は終わってるんだよね?」
-- はい。
「んー、ならいいかな。どの段階かははっきり知らないんだけど、翔太郎くんから話は聞いてたよ。あとオリーからもね」
-- そうでしたか。
「私は繭ちゃんがそれをどう思うか分からないんだけど、彼女自身にとってとても大切な歌だと聞いていたから、その大切な部分に触れて良い人達だけで作るのがいいんじゃないかなあっていう返事はした。複雑なのはさ、翔太郎くんやオリーは声を掛けてくれるじゃない。でもそれはきっと繭ちゃんにとって必要だからじゃなくて、後になって知る事になる私に気を使ってくれてのことだろうなって思ったの。なんか、それは嫌だなって思って」
-- なるほど、そうでしたか。
「んー。本当はこんな話もしちゃいけないんだろうけどね」
-- いえ、繭子自身が気にしていたので。
「そうなの?」
-- はい。ただ、今回コーラス参加やPVに参加した顔触れとURGAさんでは大切のカテゴリーが違い過ぎて、誘い方が分からなかったんだと、そういう言い方をしていました。寂しい顔をしていたのが印象的でした。
「どういう意味だろう」
-- 要は、繭子もURGAさんの歌にパワーも貰って生きて来た一方的なファンですから。その部分と、自分を若い頃から見て来たバイラル4の面子とでは同列に扱えないと。誤解されたくないので前もって言っておきますが、私もPVに一瞬だけ出させていただきました。でもそれは私が馬鹿みたいにバンドを追いかけ続けた事へのご褒美なんだと解釈しています。必要とされたという認識ではありません。
「うーん。難しい話になってきたね」
-- 本当は繭子が自分で声を掛けたかったんだと思います。今回プロデューサーを務めたのは翔太郎さんで、繭子自身は一切口出ししていません。しかし自分で誘おうにも、敬愛して止まないURGAさん相手に、一ファンである彼女がお遊びバンドでPV撮るんで手伝ってください、出演して下さいとは言えないと。ただ、今でも後悔はしているようです。
「そっかあ。色々気を使わせちゃったねえ」
-- 翔太郎さんが考えなしにバンバン声を掛けてるからおかしな事になってますけど、繭子も私も、本当はこうしてURGAさんとお近づきになれた事を未だに信じられない思いでいますから。
「あはは。まあ、そうかもしれないね。そもそもお互いが、普通に生活してて仲良くなる種類の音楽をやってないもんね」
-- もちろんそれだけが理由ではありませんが、それもありますね(笑)。
「だけど、あ、私全然怒ってるとかじゃないからね。逆に、こう、乗っかって行ってあげられなかった自分にちょっとイラっとした思いがあって」
-- ええ!? もう、泣きそうなくらい優しい人だなあ。
「いやもう、泣いてるのと一緒、その目は。はい、これ使いなさい」
-- すみません。
手渡しで戴いたティッシュはとても柔らかく、何故だかとても温かかく、とてもいい匂いがした。
「翔太郎くんにはね、直接会った時に話を聞いたんだよ。こういう事を考えていて、こういう事をやろうと思うんだけど、また助けてくれないかなっていう風にね。あはは、またゲスト参加かよっていうオチは置いといて。なんにせよどんな形であれ関われる事は私にとっては嬉しい事だから、本音はどうでもいいと思ってるんだけどね。だけどよくよく聞いて、ちゃんと話を聞くうちに、ああ、これは、翔太郎くんや周りの皆の優しさや愛情から来る物語なんだなあって思ったの。仮に繭ちゃん本人から話を聞いていたとしても、私は気持ちの面でぐっと前のめりにはなれないなって思ってしまって。後になって、考えすぎなんじゃないか、私にもやれる事があったんじゃないかなって。真面目ぶって、偉そうに値打ちこいてる場合か!そんな人間だったか!って後で自問自答して。滝に打たれろ!って(笑)。私は私でちょっと落ち込んだんだけどね。だから実を言うとさ、今回私の曲を翔太郎くんと一緒に作ってる間中ずっと、その事で愚痴ばっかり言ってたんだよ」
-- そうだったんですか。でも繭子、喜ぶと思います。
「そう? だと良いな。だからそこも申し訳なかったな思ってるんだよね。私の方からしつこいくらい曲書いてってお願いしておいて、いざ書いてくれたら今度は違う話の愚痴ばっかりこぼしてさ、なんだよこいつって思われただろうなと思う」
-- 翔太郎さんですか?いやいや、大丈夫ですよ。
「顔に出さないでずっと笑ってくれてたから救われたけどね。後になって自分に腹が立ったよ。きっとね、自分の中にあったテーマが他人にはとても理解力を必要とする難易度だろうなって自覚してたからだろうね。拍子抜けするくらい簡単に『分かった』って言ってもらえた事で、心の重しが取れてダー!って全部流れ出ちゃった、みたいな」
-- URGAさんにとっては、簡単な話ではなかったわけですね。
「もちろん不安はあったよー。全然理解してもらえなかったらどうしよう。ちゃんと説明できるだろうか、とか。逆に、全然理解してもらえなかったとしたら、それでも私は翔太郎くんに曲を書いて欲しいとお願い出来るんだろうかって。思い続けられるんだろうかって」
-- ああ、なるほど、そうお伺いすれば確かにそうですよね。
「今更狭間で揺れ動くのは嫌だな、しんどいなあって、不安だったけどね。全部綺麗にフタが取れたみたいになって、ちょっと聞いてー!って愚痴ばっかり」
-- (笑)。具体的な返事はあったんですか?
「愚痴に対する?あったかなー。全部相槌だった気もするな。そういう所も人の扱いがうまいというか、やっぱり優しい人なんだろうね」
-- そうですね。そう思います。でも意外です。
「私?どうして?」
-- あまりそういった、不安定さと言いますか、揺らいだり不安がったりするお姿を想像出来ないです。いつも自信に満ち溢れた方だとばかり。
「自信の種類にもよりますね。もの凄くある部分と、全然ない部分と」
-- 歌い手としては、私はあなた以上の人を見た事がありません。
「ありがとう(笑)」
-- もちろん、ミュージシャンとしての自信はおありですよね?
「どうかな」
-- ええ!?
「誰かに必要とされる、思い出してもらえる存在であり続けないと、私は歌っている理由を自分に言い聞かせる事が出来ない。…うん」
-- 好きだから、ではダメですか。
「私は、ダメだと思います。いつかURGAでいることを諦めて、家のキッチンで思い出したように鼻歌を歌う理由ならそれでも良いと思うけど、私がURGAでいるうちはダメだと思う」
-- それはプロフェッショナルとしてという意味ですか。
「生き方だね。存在意義かな」
-- なるほど。ビジネスの話ではなく。
「関係ないことはないけどね、もちろん。だけど根本に、そういう誰かにとっての特別でいることが出来ないなら、私の歌は誰にも届かないのと同じことだし、そうなればこの世界にいる意味もないでしょ。だから繭ちゃんの件に関して私は、もしかしたら必要だと言ってくれた誰かの手を、あえて掴まなかったのかなぁって」
-- URGAさんにとっても、悔いの残る一件だったわけですね。
「あちら側の企画にとっての善し悪しは分からないけどね。自分の中では、ちょっと情けない結果になったなって思ってます」
-- そこを踏まえて考えると、今回翔太郎さんとの共作が満足のいく楽曲に仕上がって本当に良かったと心から思えます。
「そうだね。本当にそう。さっき言ったみたいなね、愚痴をポロポロこぼしながら作ってるとね、めっちゃいい笑顔で笑ったりするの。口では、馬鹿にしてんのかーなんて言ってたけど、大分救われたよ。あ、これ伝えておいてね」
-- ご自分でどうぞ(笑)。
「おおー!言うようになったなー!」
-- またひとつ夢が叶いましたね。
「1年以上かかったけどねえ。でも最高にい嬉しいし、幸せな事だよ。生きてれば良い事って起こるもんだよね。辛い事も一杯起きるけどさ、その次にやってくる幸福の切なさとかさ、儚さなんかもひっくるめてさ、今回の経験はちょっと特別なご褒美だと思いたいね」
-- それはきっと、翔太郎さんにとっても同じ事が言えると思います。
「ありがとう。時枝さんて凄い人だねえ。実は私事前に聞いてたの。時枝さんって人はいきなりど真ん中の核心をバシーンと突いてくる鋭さを持ってるよって」
-- 誰にですか? 翔太郎さんですか?
「全員だよ」
-- ふえええ。
「愛されてるねえ、可奈ちゃーん」
-- 滅相もないです(笑)。でも光栄です。繭子の話で言えばもう一つ。以前彼女が言ってたことがあって。


『私誰かに憧れてばっかりで、影響受けまくりで、自分っていうものがいまだによくわからない事があるんだよね。環境は最悪だった時もあるけど、人に恵まれてどうにかこうにか生きてるトコあるから、そういう人達の気持ちに報いる為にも今の自分を好きだと言い続けたいし、生まれ変わっても私になりたいと思ってるよ。だけど今すぐ、もしも他の誰かになれるよって言われたら、私はURGAさんになりたいかな』


と。私がそう言った瞬間URGAの両眼から驚くほどのスピードで涙が溢れた。ぎりぎりで堰き止めていたのだと思う。計らずしてして心の防波堤を決壊させてしまった私は狼狽え、テーブルの上にあった彼女のティッシュを箱ごと手渡した。



「孤独。うん、孤独感はずっとあります。悲しい意味だけではないですけどね。
一人で戦う事も時には必要だって思ってるタイプの人間だからかなあ。
例えばピアノの前に座って、深呼吸して、思うまま鍵盤に指を走らせて、
震えるくらい感動的なメロディが書けたとするじゃない。
きっとその時私は涙ながらに、どうだ、これはすごいぞ!って思ってるの。
だけど、周りを見渡してふと気づくんだよ。私は一人だって。
そうだよ?一人だよ。
誰かに届けることを常に想定しながら生きてる私みたいな人間は、
特に強くそれを意識しますね。
色んな人の顔を思い浮かべるだけに、余計とね。
責任感とかプレッシャーとか、そういう事も関係してるかもしれないけど、
精神的な部分が一番大きな割合を占めている気がします。
この曲を良いと言ってくれる人はいる。一緒に演奏してくれる人もいる。
好きだと言ってくれるファンもいる。
だけど、最後の最後に、自分を信じ続ける事が出来るのは自分だけなんだっていう思い。
…覚悟。
誰に何を言われようと、自分の背中を押してゴーサインを出せるのも自分。
当たり前の事のように思うかもしれないけど、ヨロヨロとよろけながら、
壁にぶつかりながらも前に進んでいくことの大変さは、
結局孤独に耐えた自分にしか分からない事だと思うんですよね。
もちろん、周りの人たちへの感謝を思わない日はないよ。
そのことと、私の、内なる孤独感は別もの。
今日も私は歌っているけれど、私は今日も、誰かにとって必要な人間だろうか?
私にとって、この世界はたった一つ。
この世界にとって、私の歌は必要だろうか? 特別だろうか?
信じていたい。私だけは、私自身を。…そんな感じです。
そうやって毎日、孤独と共に生きている私が、
ああ、一人じゃないって良いなーと思えた今回のコラボは、
本当に心から幸せな時間でした。
さっき言ってもらえた、『二人だと思った』っていう感想が、
実は私が強く実感していた事でもあるので。
だから、二人で作った意味や感触がそのまま伝わる音や、歌や、
世界に仕上げることが出来た喜びは、私の新たな自信につながりました。
そこに対する感謝の気持ちの全てを、言葉で伝えきる事は出来ないけれど」



後日、この日のインタビューを振り返って伊澄と話をする機会を得た時、私は思い切って聞いてみた。愚痴ばかり零していたというURGAに、正直どういった気持ちで接していたのかと。その時浮かべた笑顔の意味は、なんだったのだろうかと。伊澄翔太郎はこう答えた。


「何言ってんだ?って(笑)。…そりゃそうだろうよ。どこまで本気で言ってるか分からない人だろ。でも仮に、100%本気で、そんな心配をしていると仮定してもだよ。少なくとも俺は、俺達はあの人の歌を必要としてきたしこれからもそうだって言い切れるから、なんの問題もない。あの人がどこにいたって、俺たちがどこにいようと、死ぬまで歌い続けてくれる事を願ってるよ。あの人が今日も、明日も明後日も歌い続けている限り、ひとつの世界がそこにあるっていう、安心感を抱いて俺たちは生きていける。そう思わないか? だから意味ないんだよな。愚痴も、不安も、心配も、あの人には必要ないし意味なんてない。よく言うだろ。他人の悩みなんて聞いてるだけでいいって。言ってる本人はその時すでに自分なりの答えを見つけてるもんだからって。あん時もそんな感じだったんじゃないかな。繭子のために、自分にもできることがあったんじゃないかって。そんな事さ、考えてもらえるだけで十分だよな。気持ちはわかるけどね。俺や他の奴らだって、そう思って生きてきたわけだし。だけどさらにそこを飛び越えて、自分の歌が誰かに必要とされてるか不安になるとまで言うんだよ。笑えるよな、そこまで行くと。自分を誰だと思ってんだ。URGAだぞ?って。あはは、そうだろ?俺さ。正直言うとさ。もしかしたら彼女は人ではないんじゃないかって。そう思った事が何度もあったよ。俺みたいにさ、周りに色々適当な言葉並べたてられて、よく分かりもしないくせに天才とかギフトとか。あんたの事言ってんじゃないよ。…でも。俺達の立ってるフィールドとは全然違ったよ。こう、…スタンドマイクに右手で触れながら、集中力を高めるためにあの大きい目を閉じて、顔を上に向けるわけ。ファって目が開いて、何かを探すように天井を見つめて、もう一度目を閉じる。そっから息を吸って、ブワって吐き出される歌声がさ。あれ、これ本当に人間が出せる声かって思うぐらい立体的なんだよ。音って振動だろ?目の前だけじゃなくて、見えない空気全部にあの人の声が入ってく瞬間はもう、…凄い。うん、…ほんっとうに凄いね。竜二の声のでかさとはちょっと意味が違う。それでいてあのユーモアのセンスだろ。ちゃんと人を笑顔にするもんな。…特別だよあの人は。前にも言ったろ?今の世代ではあの人がナンバーワンだって」

連載第38回。「ニューアルバム」

一番最初に準備を完了させるのはいつも繭子だ。
まだ誰も楽器を持っていなくても、決められた時間近くになると時計を確認し、ストレッチを終えて立ち上がる。長年同じことを繰り返しているのだ。今更誰かに声を掛ける事はない。"アギオン”ライダースを脱いで無造作にソファーの背もたれに置くと、両腕を真上に伸ばしながらドラムセットに向い、座る。使い古したスティックを握るとキックペダルに足を置いて、深呼吸。目を閉じる。
PAブースから神波が姿を現す。既に上着を脱いでいる彼は、12月の今の時期だととても寒いであろうTシャツ一枚の姿だ。線が細い為余計にそう見えるのだが、実はメンバー内イチの暑がりだそうだ。先に準備を終えている繭子を一瞥すると、立てかけてある自分のベースを持ち上げて肩にかける。サングラスの真ん中をクイと指で押すと、両足を大きく開いて、深呼吸。
そこへスタジオの扉を開けて伊澄が入ってくる。羽織っていただけの"MADUSE”ライダースをソファーに投げると、神波と繭子を見る事もなくギターを持ち上げる。ギャ、ギャ。無意識に右手が動いて弦を撫でる。アンプの上に置いた灰皿で銜えていた煙草をもみ消す。モニター類、エフェクト機器などにざっと目を通すと、左手でネックをグイっと引き寄せ、ガーン!と一撃音を鳴らしながら左手を外へ開く。そこで初めて2人の顔を見て、何かを確かめるように頷く。
頷き返す神波と繭子。
何度も見ても何が、どこが合図なのか分からない切っ掛けを経ていきなりの爆音スタート。
まだ池脇は来ていない。3人での、練習開始。
一発目は最近の練習では必ず頭に持ってくる定番、「NO OATH」だ。
恐らく次のアルバムでは、「BATLLES」と並ぶキラーチューンとなるだろう。
速さ、重さ、手数、3拍子揃ったその熱量と勢いは、聴く者の感情に波風を立てるほど煽情的だ。
満面に怖い程の笑みを浮かべた池脇がスタジオ入りする。一心不乱にギターとベースを弾きまくる伊澄と神波の真ん中に立ってマイクを取り上げると、なんの脈絡もないタイミングで叫び声を上げる。
ザアアアアアーーーース!(と、聞こえる)
池脇の絶叫が終わる瞬間を見計らい、伊澄と神波が演奏を止め、繭子と共に2発目の曲が始まる。『GRAND SPIN PARTS』だ。池脇はその場で回転し、繭子を見ながら歌い始める。神波は両肩を上下させながらヘッドバンキング。繭子は池脇に微笑み返しながら目にも止まらぬスピードで左手のワンハンドロール。伊澄が左足を大きく前へ踏み込んだ。
ああ。フロアよ! 裂けろ!



2016年、12月5日。

-- お疲れさまでした。どうやらニューアルバムの曲順は決まりそうですね。
R「お疲れさん!ううーんと、え!なんだっけ!?」
-- あはは、練習終わりの一発目はいつもテンション高いですね。あ、タオル使って下さい。
R「お!ありがとう。優しい!あああ(一声唸るとペットボトルの水を一気飲み)」
M「一曲目のインストが出来上がれば、一応の流れは固まるんじゃないかな。ですよね?」
S「うん。今日やった流れをそのままパックするかな」
-- 間違ってなければ、11曲です。あ、インスト入れて12ですね。
S「そ。日本で出す奴にはマユーズのおまけつけて、アメリカで出す奴にはボーナストラック。あと1曲」
-- 日本版には『still singing this!』のMVボーナスDVDですよね。CDには入れずに、音源化ではなくDVDでのみ見れる形なんですね。アメリカ版に入る曲って、新曲ですか。それともデモか、以前の曲とか、ライブverとか。
S「新曲そのまま入れるとただの13曲目になっちゃうから、一応例の、なんちゃら試写会で演奏してみせた時の、『COUNTER ATTACK :SPELL』を入れる予定」
-- ファーマーズverというわけですね!それは喜ばれますよ、ファンにも、そしてファーマーズにも(笑)。
S「だといいけどな」
-- え、もしかしてスピーチも入れます?
R「あははは!勘弁してくれよ!」
S「スピーチ自体は入れないけど、俺達がドーンハンマーだー!てのは入れようかなと」
-- うおおああ、これはちょっと本気で2枚買うべきアルバムになりますね。
S「どっかのアイドルみたいに商売根性出していこうと思って」
-- 駄目です駄目です。ドーンハンマーの口からアイドルという言葉が出るとタイラーを連想する人結構多いですから、誤解を与えちゃいますよ。
S「割と近い事やってんだろ。知ってるぞ、アルバム以外にも何枚か細かいCD出してるの」
-- もう!
M「もう!」
S「なんだよ(笑)」
-- そういう他所さんの話はさておき、現時点で出来上がっている11曲をおさらいしてもよろしいでしょうか。こちらで戴いている資料に間違いや変更が無ければ、このような曲名と順番になりますよね。


1.(イントロ・未定)
2. NO OATH
3.GRAND SPIN PARTS
4.UNBREAKABLE FRONTLINE
5.BATTLES
6.MAD USE
7.ONE KILL BY ME ATTACK
8.BEHOLD
9.GONE BY
10. REMIND ALL!
11.DEAD BY HIGH HOPES BELLS


-- なんだか、コンセプトアルバムのようなタイトルの並びですね。一見戦争映画のようでもあり、強いメッセージを投げつけてくる楽曲陣です。
М「4.5.7が特にそうだよね。この並びに入れることで『BATLLES』が更に光る気がする」
-- やはり今回はどこかでそういった、言葉で響くメッセージなども取り入れてみようと?
R「うーん。…それが全く」
-- え!? ご冗談ですよね。
M「なはは」
R「そんなもんよお、戦後生まれの日本人が向こうで戦争をテーマに歌なんか歌えるわけねえだろ。たまたまだよ。たまたま」
S「繭子が余計な事言うからだ」
M「ごめん、適当にそれっぽい事言ったけど、私たちは相変わらずだよ」
-- うおーー、まじかあ。これはある意味ものすごい事ですよ。ここまで意味深なタイトル並べておいて、やっぱり歌詞の中身は8割どうでもいいことなんですか。
R「(笑)、まあ、そうだな。一応、今回何曲かはちゃんと意味の通った歌詞を書いたのもあるけど、基本的には曲と音重視。そこは変わらねえな。やっぱり最後にぎりぎりのところで、変えちゃなんねえなっていう思いが強く針を振り切ったっつーかね」
-- うー。やっぱり凄いなあ。感動すら覚えますよ。
R「あはは。前に時枝さんが直感した『GONE BY』以降ラスト3曲は割とシリアスにちゃんと書いてみた。けどそれより前の曲は全部勢いだね。それこそ、4.5.7は歌詞の中にタイトルは一切出てこない」
-- 出た。
T「うふふふ」
-- (笑)。まあ、もう慣れてはいるんですけどね。でもここへ来て、やはりアメリカ進出何するものぞという姿勢を貫く意志の強さはファンとして胸が熱いです。
R「だろ?」
-- はい。いくつかお伺いします。まず、アルバムタイトルは?
R「本当は『GONE BY』にするかっていう案もあったけど、もう『GONE』っていうアルバム出しちゃってるしな」
S「『GONE』なんて曲ないのにな」
M「はいはい、私のせいです、ごめんなさい。もう何回も言われましたよ(笑)」
-- それは繭子のせいじゃないよねえ。5枚目のアルバムだから『GO』は流石にねえ。『FIVE』ならまだしもねえ。そもそも『GO』っていう曲だってないですし。
M「そうだよー。しかもあの時私何回も、良いですか?良いですね?って確認しましたよ」
-- あはは、そうなんだ。
M「当たり前だよ、勝手に決められるわけないじゃん。私あのアルバム大好きだからちゃんとしたかったんだけどなあ。出来上がった瞬間もう興味なくした感じになってたの、3人とも」
-- そうなんですか?それはどういう…。
S「どういうって?そういうもんなんじゃないの」
T「なあ。さ、次次、って」
R「5枚目6枚目なんか特にそうだよな。取り合えずライブやりてえ。早く曲書いて早くレコーディングしてめちゃくちゃ暴れてえっていう時期」
M「『ASTRAL OGRE』『GONE』『NOCTURNAL DROP』あたりまでは結構色んなトコで揉め事多かったですよね」
S「竜二がイケイケだった頃な」
M「人の事言えませんからね!」
T「この際言っとくけどウチで一番イケイケなのお前だからな」
-- あははは!あ、ごめんなさい。
S「笑いすぎだ」
M「ほら、ほら、ね?」
(一同、笑)
R「でも今にして思えば、『ASTRAL OGRE』も『NOCTURNAL DROP』も軽く恥ずかしいくらい自分からは出てこないフレーズで笑うわ」
M「私は結構好きですよ。曲名で言えば、『GONE』の『NO!YES!FUCK!』とかすごい好き」
-- 初耳(笑)。でもちょっとパンク寄りじゃない?
M「そうかもね。だけど自分トコのバンドでさ、こういう分かりやすいド定番な語感の曲を持ってるのって、よく分かんないけど嬉しいんだよね。「HELLYEAH(アメリカのヘヴィメタルバンド)」に通じるダサ格好いい感じというか。自分だとつけたいけどつけられない名前って、あると思うんだよ。そういうのって他人が平気な顔でつけてると羨ましくなっちゃうんだ。だけどうちにもそういうのあるんだぜ!って言いたい」
-- 分かる気がする。ちょっとジャンル違うけど、「ダイナソーjr」が出た時はなんじゃそりゃって思ったし。
R「あははは!」
T「面白いね。いいの、そんな事言って」
-- 分かりませんけど、別にディスってるつもりはないですよ(笑)。…あれ、なんの話でしたっけ。あ!アルバムタイトルですよ。教えてくださいよ。
R「DEAD BY DAWN」
-- え?
S「またまた(笑)」
R「っていうのが繭子の案で」
-- まあ、私は好きですけどね。
M「良かったあ」
-- ただでも、もう既にありそうですけどね。
M「そうだね。DEAD BY HAMMERと迷ったんだけどね。織江さんに、殺人事件の見出しみたいだよって言われて」
-- 確かに(笑)。
R「でもそういう方向性は気に入ったんだよ、俺らも」
-- ええっと、自分たちの存在をタイトルに持ってくるような。
R「そうそう。今までやった事ないしね、いいタイミングかもって。今まで繭子や織江にはタイトルで苦労かけてるしな。ちゃんとしたの、ここらで考えてみようかって」
-- 本当は全曲その意気で曲名つけてほしいですけどね。
M「あはは。でも私何度も言うようだけど、この3人の中から出てくる言葉とか、言葉選びとか好きなんだよ。歌詞とリンクしない事が多いっていうのがちょっと問題なんだろうけど、センスは本当好き」
-- 相性なんだろうね、それも。こういう仕事続けてると、とにかく色んなバンド名や色んな曲名を目にするから、麻痺しちゃうの。何が格好いいんだっけ?って。だから、こういうの好き!って思える気持ちは大事だと思う。
M「良い事言うねえ、ありがとう」
-- あはは、偉そうに言いました。
R「確かに、意味なんかなくたって力業で認知させるバンドが一番格好良いもんな。KORNとかhed:P.Eなんかその最たるもんだと思う。意味分かんねえもんな、最初」
-- そうですよね。ドーンハンマーもそうだと思います。
R「世間の目にどう映るかを考えた事ないもんな」
S「いやいや、一応は考えるさ。左右されないだけで」
T「それ考えてるって言えんのか?」
S「言えるだろ。これ世間的には適当な名前だって思われんだろうな、くらいはさ」
M「でもその後にはお決まりのセリフがくっつくんですよね?」
R、S、T『まあ、どうでもいいんだけど』
手を叩いて大笑いする繭子。私も釣られて笑ってしまってからはたと気が付く。
-- いやー、もうー、全然タイトル教えてもらえないですね(笑)。
M「確かに(笑)。えーっと、アルバム名だよね。『NAMELESS RED』、です」
-- 名もなき赤?…うわ。超好きかも。
R「DEAD BY HAMMERから始まって、DEAD BY DAWN、NAMELESS BLOOD、NAMELESS BLOODY HAMMER、NAMELESS RED HAMMER、でもって最終的に」
-- 『NAMELESS RED』。ああ、良い響きですね。口に出して言いたくなる言葉です。
M「ありがと」
-- いえいえ。BLOODY HAMMERというボツ案を聞く限り、REDの赤はやはり血液の赤なんですね。皆さんの事ですよね。竜二さんがスピーチで仰ったNOBODYとも通ずるものがありますね。いいですね、格好良い。ああ、じわじわ来る。
R「あははは、相変わらず面白いなあアンタ」
T「面白いと言えばさ、さっきも出たけど織江にね、色々聞いてたわけ。んで、NAMELESS BLOODY HAMMERって聞いて何想像する?って聞いたら、『凶器?』だって」
(一斉に手を叩いて爆笑)
S「それは流石に違うよな」
R「そういうつもりは一切ねえよっつって」
-- (笑)。皆さん的には、このタイトルにどのような思いを込められたんですか?
R「本当はさ、言葉ではっきりと断言できるような意味合いを答えるのがこういうインタビューの意義なんだろうけど、外に向かって言えるような事は本当になんもないんだよな、残念ながら」
-- 語感やインスピレーションで選んだと?
R「どうしたってさ、本当の思いなんて伝わるわけねえし。言っちゃあ悪いけど、Billionをどれだけ世界中のキッズが読むかって話だよ。例えば、したり顔でよくある秘めた思いを語りだす馬鹿のインタビューを読んでるとさ、こいつ本当にこんなこと思ってんのか?って俺なんかは考えちまうわけ」
-- それを言われてしまうと、どうにも(笑)。
R「違う違う、あんたらの存在意義の話じゃなくて、受け手側の話な。俺達の問題。クソ真面目にインタビューに答えてるミュージシャンがいたとして、それを読んだ俺達みたいなひねくれ者は、その言葉を言葉通りに受け取らなかったりするわけだ。ましてや人種も言葉も違う奴が格好付けて言ってる言葉なんて、どうせ適当にその場しのぎの嘘っぱち並べてギャラ全部酒に変えてんじゃねえの?って思いながら読んでる所があって。全くの嘘だとまでは思わなくても、ふーん、っつって読み飛ばす事もざらにあるよ。何が言いてえかってーと、俺達自身がそういう強い思いみたいなのを言葉で発信する事に抵抗があるんだよ」
-- よく分かりますよ。特にあなた方のスタンスはすでに存じ上げているので、仰ることの意味は物凄くよく分かります。ただ…。
M「皆が皆、そういうわけじゃないしね」
-- そう思いたいですね。
R「うん。だからあんたらが世界中のミュージシャン掴まえて言葉を引っ張ってくる事は本来凄い事だし、面白い記事だってあるのは知ってるよ。そこをどうこう言いたいわけじゃねえよ。要はさ、そういう俺達だから、例え本当は何かしら思っていたとしても、気持ちを言葉に置き換えて見える場所に置いたりしないって事だ」
S「小難しい話をしてるようだけど意外と簡単な話なんだよ。このアルバムタイトルや曲名なんかもそうだけど、結局はそれを見た人、聞いた人がそれぞれ想像を膨らませた感想が全てだと思うし。そこでさ、いや違うんだよ、俺達が言いたいのはそういう事じゃねえよ、っていう反応を取りたくないんだよ。どうせ理解なんてされないんだから、適当でいいよと。とりあえず聞け、とりあえず見ろ。本当、ただそれだけ」
-- たとえ本当の意味での理解を得られないとしても、ご自分たちの胸の奥にある本心を突き付けたいという気持ちは、ありませんか?
R「…ない」
S「ないなぁ」
T「なきゃ駄目かい?」
-- いえいえ、そういうわけではないのですが、違和感があります。善し悪しの事ではなくて、私にはあなた方に強い思いがないとはどうしても思えません。繭子も同じ気持ち?
M「言葉で伝えたい思いがあるかないかって言うことなら、うん。ないよ」
-- だけど、アルバムタイトルを考える時に、DEAD BY DAWNっていう言葉は思い浮かぶわけでしょ?その他の言葉も色々ある中で、取捨選択する時の天秤は、じゃあどこにあるの?
M「私の場合は、格好いいかどうかだけかな」
S「俺もそうだよ」
-- なるほど(笑)。本当に徹底していますね。これまであなた方から聞いた言葉を思い出すに、これっぽっちもブレがない事に心底驚きます。
R「まだ一年経ってないってのに、そんなコロコロ気持ち変わらねえだろうよ」
-- それがそんな事ないんですよ。結構ありますよ、前言ってた事と違うな?って人。
M「そういう時どうするの?」
-- 以前はこうこう、こういうニュアンスで仰っていましたが、今回そのようなお気持ちになられた背景には、やはりニューアルバム制作に向けた思いが強く作用しているという事でしょうか?って。
M「へえーー!」
R「おおお、さすがだね。やるもんだな」
S「言ってる事違うじゃん!とは言えないわけだ」
-- 言えませんよ(笑)。それに心境の変化が必ずしも悪い事だとは思いませんし、否定的な持って行き方はしませんね。ただ、方向性の転換ぐらいなら良いんですけど、たまに事実と異なる事を言ったりする人がいて、それは正直困ります。
M「例えば?」
-- 例えば、来年3月に出される予定のニューアルバムですが、っていう話を振った時に、『は?出さないよ、そんなの』と。
M「止めちゃったってこと?」
-- いや、実際は出すんですよ。でも違う事言ったりする偏屈な人もいるって話。記事に出来ないから困るんだよね。
M「その人は何の意味があってそういう事を言ってるの?」
-- 単純に機嫌が悪いとか、やる気をなくしてるとか、うまく行ってないとか。
M「ああ、あはは。阿保な人の話ね」
-- あははは、まあまあ。人の事はこのぐらいで。これで、アルバムタイトル、曲名、曲順が決定しましたね。今回のアルバムで強いて一番の特徴を上げるとするなら、何ですか?
S「長い!」
-- そうですね(笑)。
R「大成の書いた曲が多い」
T「今回翔太郎あんまし時間なかったもんね。色々その他で忙しくしてたし」
S「んー、まあ言い訳にはならないけどな。っても、半々くらいじゃない?」
-- どの曲が大成さん作曲ですか?
T「3、4、7、8、11。あともしかしたら1曲目も」
-- 現時点で5曲ですか。確かに半々ですね。ボーカルの竜二さんとしては、翔太郎さんと大成さんの曲ではアプローチの仕方は変わるものですか?
R「昔はあったかもしれねえな。でも今は全くない」
-- 全くですか。
R「うん。多分俺の想像だけど、お互いの良いトコ盗んで、だんだん似て来たんだよ、この2人」
M「あ、分かりますソレ。私もそう思います」
S「相変わらず俺サビはよく分からないんだけど、自分のギターリフだけじゃなくて、俺なりに歌メロ考えたり、サビに行くまでの部分で特徴的なメロディ想像したりするのが好きになって来たのは自分でも思う」
T「ああ、そんな気はしてた。俺が逆に翔太郎ならこうやって弾くんじゃないかって想像しながら、導入部を考えてるのと同じ思考パターンだよきっと。本来自分が得意としてきた分野以外の所にも、意識が行くようになってきた」
S「そうそう。結局俺自分で書いても大成に書いて貰っても好きなように弾いちゃうからさ。そこはなんとでもするから、もっと違うトコで遊ぶのが楽しくなってきた」
-- やはり、ドーンハンマー以外での楽曲制作やプロデュースなども、影響しているんでしょうか。
S「あるかもしれないな」
R「昔はやっぱり、大成が曲を書くと、クロウバー感を俺が勝手に思い出してたところがあって。大成はきっとあえてそうならないように気を使って曲書いてたんだろうなってのは分かってんだけど」
T「でもどっかでクセみたいなもんは出てたよね。そこはやっぱり、自分が良いと思う感性を頼りに書いてるから。今は自分だけじゃなくて、それこそ繭子や竜二の事も思い浮かべながら曲が書けるから、昔程分かりやすいクロウバー印みたいなのは消えただろうね」
S「だから今後一番いいのはさ、『REMIND ALL!』に近い事をやってけばいいんじゃないかって。これは俺がどうしても弾きたいギターリフと繭子のドラムとのユニゾンがあって、そこだけ渡すからあと曲付けてって大成に書いてもらったんだよ」
T「確かに、意外と作りやすかったね」
-- 面白いですね。合作じゃないですか。これも今回のアルバムの特徴と言えますね。
T「合作ともまた違うなあ。そもそも俺達の曲の作り方ってずっと変わってなくて。動物で言う所の骨を考えるのが作曲者で、そこから肉や皮を付けて動物らしく仕上げていくアレンジは全員でやるわけ。だから俺がかつてのようなメロディアスハード全開な骨を差し出しても、翔太郎と繭子がきっちりデスラッシュに仕上げてくれる。逆も同じで、3つ4つギターリフを繋げただけみたいな骨を翔太郎が差し出して、それに俺達で肉付けしていく。合作と言えばずっと合作だよね」
-- 確かにそうですね。今回の『REMAIND ALL!』はどこが違うんでしょう。
S「曲全体を作んなかったんだよ。これまでは一応リフ主体だけど、こうやって始まってこうやって終わるんだっていう骨組を作って提出してるわけ、普段は。だけどコレに関しては、こういうパートをやりたいっていうその部分だけを聞かせて、そこを上手く使った曲を書いてってお願いしたわけ」
T「合作と言えば合作なのか。なんとなく、引き継いだようなイメージだったけど」
S「そうそう、引き継ぎな。今回何が一番いいって、ギターリフだけで作る曲ってどこか単調になりがちだけど、大成らしいフックの効いたAメロがあるおかげで俺の作ったリフをより強くサビに重ねて持ってこれる印象に仕上がった」
M「私が一番好きなパターンの奴です」
-- なんだっけ?
M「いわゆる翔太郎リフって勝手に呼んでる、この人しか弾けない激ムズ馬鹿っ速の高速リフじゃなくて、ドラムとベースとシンクロしながら突撃するスタイル」
-- 馬鹿っぱや(笑)。
T「翔太郎リフ(笑)」
S「影でそんな風に呼ばれてたのか」
M「そうです。『REMIND ALL!』は私ここ数年で一番熱いかもしれない」
-- おおお、それは凄いね。
M「テクニカルっていう意味では『BATLLES』がちょっともうしばらく越えられないぐらい振り切ってるし、突進力とか速さっていう意味なら前回の『ULTRA』か『GORUZORU』、今回だと『MAD USE』だと思うんだよね。竜二さんが叫びに叫んでるシンガロングスタイルというか、曲のテンションと竜二さんのテンションが高くてアガるのは『NO OATH』と『ONE KILL BY ME ATTACK』は凄い。だけど一番胸が熱くなるのは『REMIND ALL!』。そしてそのまま流れ込むラストの『DEAD BY HIGH HOPES BELLS』のイントロの凄さね」
S「もうお前色々言いすぎて何が一番か全然分からない!」
M「あははは!」
-- (笑)、繭子が胸が熱くなるのは、どういった部分で? 興奮とは違うの?
M「興奮はいつもしてる(笑)。最後のサビの後にね、全員で同じリフを延々繰り返すの。もちろん竜二さんも。ここの持って行き方は本当に大成さんだなーって思う」
T「伝わんねえー(笑)」
-- 伝わります(笑)!
M「だよね、分かるよね。もうなんでこんなに気持ち良い流れを思いつくかな!って思う(笑)。その瞬間ていうのは歌もなくて、竜二さんが叫び終わった後、4人が一丸となって繰り出し続ける音の格好良さときたらさ、私叩きながら涙ぐみそうになるんだよ!!聞いて聞いて!今ここ超格好いいんだよ!ってなる」
-- 確かに練習中、アルバム終盤にきてあのテンションと集中力の高さは見ていて何度も鳥肌が立ちました。
R「俺でも弾けるぐらいだからそんなに速いわけでも難しいわけでもないフレーズなんだけど、ライブで客が拳上げてウオー!ってなる絵が浮かぶくらい熱い瞬間だよな、確かに」
S「竜二もほんとギターうまくなったよなあ」
T「なあ」
R「うははは!」
S「最初の頃は全然歌いながら弾けなかったもん、こいつ」
T「危うくスイッチする羽目になるとこだったもんね」
-- そうなんですか?
R「大成がギター上手いからよ。俺もベース弾けるようにはなってたし、ボーカルと兼用するならギターはやめとけって何度か言われた」
M「それだいぶ昔の話じゃないですか?」
R「そうよ。まだアキラだった頃に言われてた」
M「へー!」
S「大した男だよ」
R「うるせえよ、お前の指導がきついからだよ(笑)。出来るまで帰れねえんだからやるしかねえだろ」
S「当たり前だろ(笑)」
T「笑ってるよー、これ本当の話だからね」
-- 相変わらず仲が良いですね(笑)。今回竜二さんはボーカルで何か苦労された事とか、新しく試みた事などありませんか?
R「ボーカルでっていうよりは、歌詞かな。ちゃんと読んで物語性のあるのをいくつか書いたのと、あとコーラスを増やしてみた」
-- コーラスはずっと課題でしたものね。改善されました?
R「(伊澄の顔を覗き込みながら)まあ、頑張ったんじゃないっすか?」
S「来たぞお」
-- (笑)。
R「今回からちゃんと音源にも乗る形で繭子も入れたし、大分分厚くなってると思うよ。もともとそんなにコーラスを多用する方じゃないけどな、曲によってはサビ全部コーラスありっていう曲もあるし。熱い仕上がりになったよ」
M「そうなんですよー!今回『NO OATH』といい『REMIND ALL!』といいボーカルサビめちゃくちゃ熱いですよね。めっちゃくちゃ格好いいです。コーラス大変でしたけど」
R「何回も聞いたよもう。ありがとお!」
-- やはり歌詞や曲名に関しては、竜二さんしか書けない部分ですものね。バンドの舵取りをしているようなものだと思いますが、責任感や重みを感じる事はありませんか?
R「だからって言うとこじ付けになるかもしれねえけど、あんまし意味のある歌を歌ってこなかったのは、そこもちょっとあるんだよ。思想とか主義なんかを感じ取ってほしくねえからさ。今回は割と日常レベルというか、普遍的な感情で歌詞を書いたつもりだからマシだけど、メッセージソングをやるつもりがないっていうのは、今後も変わらねえだろうな」
-- 日本語では恥ずかしくて言えないような本音も母国語でなはい英語で表現する事によって、ストレートに伝えられるという面もあるように思うのですが。
R「そうなんだろな。でもそれはだから、前提として伝えたい思いがあっての話だろ。そもそもないから」
S「何度かこういう話になるな(笑)。なんだかんだ言って時枝さんはメッセンジャーが好きなんだな」
-- いえ、正直に言いますけど、本当は好きじゃないです。
M「ええー」
-- あはは。私はお話を聞く側なのであえて自分の好き嫌いの話はしないように心がけているんですけど、聞かれたので正直にお話します。信じていただけるか分かりませんが、繭子と全く同じ意見なんです。その人に興味がないと、どんなに感動的な歌詞やセリフであっても、全く響いてこないんです。なので、メッセージよりも、人間が大好きです。皆さんにとってとても分かりやすい例えになるので敢えてお名前をお出ししますが、URGAさんが理想なんですよ。
M「そうなんだ。知らなかった」
T「へー」
R「それはあれかな。俺達の言動に何かしらのメッセージや意味を求めたがる傾向にあるのは、俺達を好きでいてくれてるからっていう解釈で良いのかな?」
-- その通りです。メッセージって時には言葉ではないようにも思います。私はこの数か月皆さんと時間を共有させていただく事で、お伺いしたお話以上のメッセージを受け取ったつもりでいます。そこを踏まえて皆さんを見ていると、この人達の言葉をもっと聞きたい、もっと知りたいと思う気持ちが止まらなくなるんです。
M「ありがとう」
-- こちらこそ、ありがとうございます。
R「気持ちは本当に嬉しいんだけどなあ。言葉ではなにも言えねえよ」
S「だから、今時枝さんが言った言葉がそのまま答えだよ。俺達から何かしらのメッセージを受け取ってんだとしたら、それは言葉以外の何かなんだろ」
T「アルバムであり、ライブであり、音であり、プレイであると」
-- そうかあ。そうですよね。
R「今回のアルバムのラスト3曲で割と意味のある歌詞を書いたって言っただろ。それだってさ、万人受けするような事は何一つ言ってねえしな。URGAさん風に言うなら、誰かに寄り添えるような、そういう歌詞はやっぱり俺には書けねえし」
-- 竜二さんがそういう歌詞を書けば、また違ったファン層を獲得できると思いますけどね。
R「っはは。寄り添ってほしいと思う事はあっても寄り添いたいとは思わねえもんなあ」
-- 思ってない事は書けませんものね。
R「そりゃそうだろ。そういう意味でもあの人(URGA)はすげえと思うよ」
M「へー。竜二さんでも寄り添ってほしいと思ったりするんですね」
R「なんだよそれ。人を神父か僧侶みてえに言うなよ」
S「よ、生臭坊主!」
R「お前が言っても全然刺さらねえよ」
T「全部自分に帰ってくるぞお前」
S「イタタタ」
M「なははは!」
-- 翔太郎さんは生臭坊主である、と。
S「そんな事メモらなくていいかから」
M「いいぞトッキー!それでこそだ!」
-- (笑)。具体的なフレーズは自分の耳で確かめたいので避けていただくとして、ラスト3曲はどういった内容の歌なんですか?
R「難しい注文だな。あー、『GONE BY』は俺の側から去っていったものについての歌だな。『REMIND ALL!』はそのままだよな。忘れていた思いを全部思い出させてやるっていう歌。これだって不特定多数の誰かじゃなくて自分に言ってるんだけどな。最後の『DEAD BY HIGH HOPES BELLS』は、人は予想もしないような理由で心臓ぶちぬかれたりするよね、っていう皮肉った内容の歌。そんな感じかな」
-- ありがとうございます。ますます興味が湧いてきました。早く音源として徹夜で聞き込みたいです。
R「まあ、まだまだやり込むよ。時間と、その他の仕事とのバランスが難しいけど」
-- お忙しいですものね。今回のアルバムでは、前回の『P.O.N.R』で言う所のゲストミュージシャンのような、楽曲内容とはまた違った方向性の遊び心などは考えていらっしゃいますか?
R「それが多分日本版のマユーズだったり、向こうでのボーナストラックに当たるんじゃねえかな。作品内容的には、割と初期の頃のような、4人でがっつり手を組んで、4人だけの剛腕ぶりを聴かせてやろうじゃねえかって言うのは思ってるけどな」
-- なるほど。私言葉としては原点回帰ってあんまり好きではないんですけど、竜二さんが言うと却ってゾクゾクします。
M「分かるなあ。同じ事を言ってても聞くに堪えない人と、何言ってもうんうん頷いちゃう人っているよね」
-- それってつまる所は自分の仕事に対して誠実かどうかだと思う。そういう点でドーンハンマーは間違いのないバンドだと思います。
M「仕事人間と言えば仕事人間だもんね。さっきも休憩中にベスト盤に入れる曲何にしようかなー?なんて話して」
-- 休憩になっていないと(笑)。
M「それが楽しいんだけどね」
-- よく分かります。
M「トッキーも仕事で遊べる人間だもんね」
-- 遊んでるだけと言われないように頑張ります。先程竜二さんが仰った4人だけの剛腕ぶりという話ですが、これはアメリカ進出一発目に対するバンドの解答と受け取ってよろしいのでしょうか。
R「まあそうだな。どう受け取ったか分からねえけど、初心に帰るって意味じゃねえよ?」
S「俺らそういうのほんと嫌いだし」
R「余計な事はせずに、『お前らが好きなもんはこれだろ。これを期待して俺達を呼んだんだろ?』ってのを言葉で言う代わりに音源で示そうかって話」
T「円熟って言う程じじいじゃないけどね。それでも若い時からずーっとぶん殴るような音を鳴らしてきたわけだよ。だから敢えて新しい事にチャレンジする事よりも、現在進行形の俺達を見においでっていうアルバムだね」
-- 実にクールですね。とても嬉しいです。今回音源でじっくり聞く前なのではっきりこうですよね、というお話はまだできませんが、練習を拝見する限り、竜二さんの歌メロが割と聞きやすいと感じました。デスメタルバンドに言って良い言葉か分かりませんが。
R「まだまだ変えていく部分はたくさんあるから、完成品を相手にして話すような事は何もないけど、一つ言えるのはやっぱ俺は歌いたいんだよ。叫ぶのも好きだし吠えるのもシャウトもスクリームも全部好きだけど、一番好きなのは全力で歌う事だって思うよ」
-- カッ、ケええ…。
M「素が出てる素が出てる」
-- は!失礼しました!
R「びっくりした」
-- すみません、自分でも驚くぐらい言葉が飛び出ました。あと私事で恐縮ですが、今回アメリカ版につけるライナーノーツを私が担当させていただく事になりました。織江さんから頂いた話なのですが、ご存じですか?
R「もちろん!」
T「間違いないよ。時枝さんならね」
M「アメリカデビューだねえ」
-- あ!本当だ!うわ、すげえ!
S「なんだよそれ。考えてなかったのか?」
-- 全然そんな事考えてなかったです。皆さんの事を言葉でバックアップする大役を任された喜びだけで胸がはちきれそうですから。
T「殊勝な子(笑)」
-- とんでもないですよ。それではまた作品が完成に近づきしだい、お話を聞かせて下さい。お疲れの所貴重なお時間ありがとうございました。
R「したー」
S「あいー」
T「お疲れ」
M「あーい」

連載第39回。「関誠について」1

関誠、31才。
女性誌で活躍するファッションモデル。
当時まだドーンハンマーではなかった伊澄翔太郎と彼女が出会ったのは15年前。
この15年という月日で彼女は自分の周りにいた素敵な大人達の魅力を吸収して現在に至る。
持って生まれた隙のない美しさ。童顔を彩る微笑みの奥に光る芯の強さ。女性らしく柔らかな声と遊び心を感じる言葉選び。
池脇竜二のような包容力。伊澄翔太郎のようなユーモア。神波大成のような思慮深さ。伊藤織江のような温もり。
完全武装とも言えるそれらを引っぺがしてみた時、一体彼女はどんな姿をしているのだろうか。



2016年、12月10日。都内某所にて。
前回とは違うの居酒屋の個室。
外の寒さと、年末の賑わいで熱気の籠る店内の温度差が強烈だった。
綺麗に整えられたショートヘアにぐるぐる巻きのマフラー。黒ぶち眼鏡をかけたロングコートの関誠が現れると、開いた襖の向こう側では振り返った幾人もの男達の熱い視線が、一斉に彼女の背中を見つめているのが分かった。
「何笑ってんのよ(笑)。こないだはごめんね」
-- お疲れさまです。いえいえそんな。
「いいよ立たなくて。ここ暑いねー」
-- そうですね。とりあえず早く締めましょう。視線が痛いです。
「え? はは、はいはい」
笑って彼女は、振り返ることなく後ろ手で襖を閉めた。


この日の2日前、バイラル4スタジオへ遊びに来た彼女と少し話をする事が出来た。
まずはその時の模様から順を追いたいと思う。
会議室にて。
-- なんだかんだ、あれからお会いできなくて(芥川繭子が酔って騒動になった日)。
「そうだね。入れ違いはあったみたいだけどね。どうも、お騒がせ女の、関誠です」
そう言って私ではなくカメラに向かって深々と頭を下げた。
-- それはどっちかって言うと、繭子の方が…。
「あー、本当だよね。えっと、どこ座ったらいい?」
-- どこでも大丈夫ですよ。すみません、パソコンとか書類とか、散らかしたままでしたね。
「じゃあ…ここで。この建物全体的にどこもちょっと寒いんだよね。コート着たままでいいかな?」
-- あはは、大成さんが暑がりなせいですかね。全然お好きな感じで、気を使ったりしないでくださいね。
「写真映りを気にする」
-- あははは! あー、そうか、モデルさんですもんね。色々細かい注文が入ったりもするんですか、普段。
「そりゃ現場によってはね。筋肉痛になるぐらい指先一本までって時もあったよ。そうは言っても最近めっきり仕事さぼってるから半分プウ太郎だけどね。あ、翔太郎みたいな響きだね。プウ太郎」
-- そうですね(笑)。
「でもちょこちょこと話す機会はあったけどさ、正式にじっくり一対一でっていうのは、え、何度目? 2度目かな?」
-- 先日のその居酒屋でのお食事をインタビューにカウントしないならそう…いえいえ、以前一度アキラさんのお話を少しお伺いしましたよ。
「あー、そうだったね(笑)。そう言えばその時もここだもんね。そうかそうか。うわー、なんか、もうちょっと懐かしい気がする」
-- 半年以上前ですもんね。前回も今回も、いきなりですみません。せっかく遊びにいらしたのに。
「ううん、全然。ここにいても音は聞こえてくるし、そもそも爆音を直に聞くのは心臓い悪いしね。終わるまでお話して待ってよっか」
-- ありがとうございます(笑)。やばいです、そんな笑顔で見つめられたら涎が出そうです。
「なはは、時枝さんてそっち系の人?」
-- 違います(笑)。でも誠さんて、同性からバレンタインチョコ貰うようなお人じゃないですか?
「昔はね。学生の頃はそうだったよ。今でもそんな感じする?」
-- しますね。所謂宝塚系の男前キャラとは真逆にいるタイプなんですけど、美人側に振り切りすぎて全く近づけない男の子が現れそうなレベルです。
「分かり辛い(笑)。それ、私喜んでいいの? どうしたら良いの?」
-- すみません、ライター失格ですね。ちょっとテンション上がりすぎてあわあわしてます。
「自分でこういうエピソードを出すとイメージ落とすからあまり雑誌では言えないんだけどさ、繭子とか織江さんレベルでも、綺麗ですね!とか、今日も可愛いな!とか言ってくれるわけ。でも自分はこの顔で30年生きてるから、もう分からないの、今日がどうとか昨日がどうとか。そりゃあ仕事場では身綺麗にしてるよ。そういう仕事だし、プロが仕上げてくれるからね。それでまた仕事が仕事だけに、やっぱり初対面の人とか、私の事をどこかで見かけたことのある人は、まず間違いなく容姿の話題から入るわけ。挨拶代わりに」
-- もう、ウルサイと(笑)。
「いやあ、女だからね。嫌ではないよ。ただ辛くなったりもするよ。私よっぽど中身ないんだなって」
-- なんと贅沢な悩みだ。
「だから言ってこなかったの(笑)。そう言われる事も分かってるから」
-- あはは、私も今敢えて言いました。
「あー、意地悪されたんだ」
-- 翔太郎さんに意地悪されてきましたからね。ここらで少し返しとかないと(笑)。
「あっはは。そっか。そういう事なら仕方ないな。甘んじて受け入れようか」
-- ええっ? 思ってもみなかった素敵な御返事。てっきり、それは翔太郎さんに直接返してって言われるものかと。
「あの人に直接返せる?」
-- 無理です。
「だろうねえ」
-- あはは。見透かされてた。
「散々やられただろうなーって思ってたよ。誰彼構わず良い顔出来る程大人じゃないし、相手を見る人だもんね。でもこれだけ取材を続けて来たって事は、時枝さんももうとっくに理解できてるか。結構大詰めなんじゃないの?時期的に」
-- 取材ですか?そうですね。でもあと3か月ほどありますよ。丁度新作アルバムが出るぐらいのタイミングでしょうか。バンドもアメリカに拠点を移しますし、切り良く終えられそうです。
「寂しくなるね。ここ最近はほどんと一日置きくらいで通ってるって聞いたよ」
-- 筒抜けですね(笑)。まあ、正直終わりたくないです。ですがきちんとどこかで終えないと、その次を始める事が出来ないですからね。
「うおおー、偉い人だなあ。ちゃんと仕事だと割り切って考えられるんだね」
-- 口先だけですよきっと。終わった日の夜は泣き明かす羽目になると覚悟してます。
「あはは、正直。でも、そうだね。余計なお世話だろうけど私実はちょっと心配してたんだよね」
-- 何をですか?
「あなたを」
-- え?
「私は経験者だし、失敗してるからね」
-- えっと…。
「あの人達と一緒に時間を過ごして、惚れ込まないわけないと思うんだ。私は彼らと出会って、翔太郎と出会って、離れられなくなって15年経つから、そういう意味では経験者だよ。しかもさ、悩みに悩んで血の滲むような覚悟で別れを切り出したのに、結局こうして戻ってきてるもん。失敗してるんだよね」
-- うーん。…あはは、…うーん、どうしましょう。…もうやばいぞ(笑)。
「あ、別にあれだよ。恋する乙女とかそういう話をしてるんじゃないよ。大袈裟に言うとさ、人生変えるくらい人を惹きつける力を持ってる人達だと思ってるからさ。実際に、マーさんやナベさん、テツさんなんかがいい例だし」
-- 分かります。
「だからこの後、密着取材を終えた時枝さんは燃え尽き症候群みたいになっちゃうんじゃないかとか、今だってどこの現場行ってもドーンハンマーと比較しちゃって取材相手に煙たがられやしないかって。私もたまに取材受けたりする側だし、なんとなく想像できる部分もあるから。平気かなーって」
-- あはは。あー、なんとお答えしてよいか分からないのですが、本当にありがとうごいざます。ここまで親身なお言葉いただけるとは思ってなかったので、ちょっと動揺してますが、心底嬉しいです。
「こっちサイドの面子で言うと一番顔を会わせた回数が少ない人間だもんね。お節介だって分かってるよ。だけど心配なもんは心配だもん。別れっていうのはいつだって辛いんだよね」
-- お節介だなんてこれっぽっちも思いません。…ごめんなさい。…すみません。
「なんで謝るのよ。そんな風に泣かれたら私まで泣いちゃうでしょうが」
-- 泣かないと決めていたのに。
「え? なんでそんな変な事決めるの。自然にしてればいいじゃん」
-- いえ、仕事中ですから。感情に流されてばかりでは、良い仕事できませんから。
「なんで? 音楽ライターなんだから。心から感動したら、感動した!って体が反応するのが普通だよ。それを抑え込んでまで何を伝えるの?」
-- あああ、もう。あなた方二人はなんでそういう、人の心に入り込むのが上手いかなあ。
「あははは。あ、え!? 翔太郎がなんか言ったの? …まじかあー!」
-- まじです。
「じゃあ、仕方ないね。あの人is大正義だから」
-- 凄いですね(笑)。今私に掛けて下さった今世紀最高クラスの名言はどこへ行ってしまったんですか。
「あはは。私が言った事はそうだな。そんな考え方もあるよ、程度かな。所詮思い付きの戯言レベルだよ。どれだけ真剣に私がそう思ってあなたに言葉を掛けようともさ、翔太郎の経験に裏打ちされた言葉には勝てないよ。勝った負けたの話ではないけどさ。生き方の問題だよね。私が思ってる事は私の生き方ではあるけど、実際翔太郎といる時の私は彼の言う事が全てだと思ってるし」
-- 仮にご自分の意見と食い違う考えた方を、翔太郎さんがしていてもですか。
「そりゃあ拒否反応くらいはあるよ。何言ってんの?って思う事だってある。若い時はいちいちそんな事でふくれたりもしたよ。だけど結局分かっちゃったんだよ。最後に私が選択するのは、翔太郎が行きたい方向へついてく事なんだって。そこに思い至ってからは彼に対して怒るという事は一切なくなったんだ。私がどう思ってるかじゃなくて、翔太郎がどう思ってるか。それが最後の判断」
-- なんだか繭子の献身的な覚悟に通じるものがありますね。とても簡単に言えるセリフではありませんよ。
「あ、うん、そうだと思う。自分というものを、自分個人の意思とか自分一人の人生だと思ってない所は似てるかもしれない」
-- 誠さんもそのようにお考えになる方だったんですね。少し意外です。
「そう?でも私だけじゃないよきっと。繭子もそうだし、なんなら翔太郎達も、織江さんだってそうだと思う」
-- ええー、そうなんですね。
「自分の事よりも、一緒に過ごして来た目の前の誰かを大切に思うような人達だからね」
-- ああ、そういう風に仰ると分かる気がします。繭子が以前言った言葉が印象的だったんですよね。『自分の事はきっとこの人達がなんとかしてくれる。だからこの人達に何かあった時は私が絶対助けよう、支えになろう』って。
「あはは、あの子らしいな。繭子はみんなに対して本気でそう思ってるし、私は翔太郎に対してそう思ってるよ。でも私は、翔太郎や誰かが私の事を何とかしてくれるとは思ってないし、そんな風に思ってくれなくていいかな」
-- それは少し、寂しい考え方ですね。
「そうかな? 寂しいのとはちょっと違うと思うけど。繭子はきっと私とは違って肌で感じ取ってる所があるから真実味があるんだけど、私自身は見返りを求めるような考え方だと動けない人間なんだ。卑しいというか」
-- どういう意味でしょう。
「ハナから選択肢に入れないようにしてるというかね。例えば、私の事は何とかしてくれる、じゃなくて何とかしてねって思った瞬間終わりだと思うから。そしたらさ、何とかしてくれるまで私もあなたに対して何もしないよって。そういう考え方をしてしまいそうで嫌なんだ。実際の所は分からないけどね。幸いにもこれまで、翔太郎という人は私が考えるずっと先を行っていて、何かを期待するより先に私を笑顔にしてくれる人だったから」
-- ご馳走様です。
「ふふ。(カメラを見て)たまには良い事も言うでしょ? 翔太郎、ちゃんと聞いてた?…まあ冗談抜きで、私が今回こういう、生き死にを思わざるを得ない病気になって本気で思うのは、翔太郎が笑っていないとなーんにも意味なんてないなっていう事だよ。うん。そこはね、綺麗ごとが言いたいわけじゃなくて、本当にね、世界の見え方が変わっちゃったから。どこかで聞いたような言葉だけど、世界が色をなくすって、実際にそうなんだよね。見えてるのに見てないというか。これまで見えてた色が意識から消えるの。それと同時に意識していなかった不吉なものが見えたり。そんな中で不思議と翔太郎だけは以前と変わらない姿形で、そのままの色で心の中に思い描けたし、それはМステの録画を何度も見返して確信したんだよね。私の中心にいるのはやっぱりこの人なんだなって。…あはは、重ったい話してるなあ。まあいっか。そんな時、私昔を思い出してさ。…あー、私ずっとそうだったなーって。この人にずっと笑っててほしいから、色々あれこれ…ああ、変な事言いそうになった(笑)。うん、はは、そんな感じ」
-- ちゃんとカットしますよ(笑)。…ふむ。やっぱり誠さんて、素敵な方ですね。
「なになにーなんでー。今の流れでなんでそうなるー?」
-- いやなるでしょう。
「ならないよ(笑)。ちょっと痛々しさすら滲んでない? 大丈夫? あ、そうそう、話変わるんだけど。さっき思い出したのがさ、前にここで繭子と3人でお話したじゃない。その時に時枝さん、私の事をきっと常識人として見てるんだろうなーって感じたの。それが凄くびっくりでさ。うわー、全然違うのにーって」
-- あはは、ええ、今でもそう思ってますよ。あなたのような真っ当な常識人がバンドの側にいることで、とても素晴らしいバランスを保ったまま邁進できていると思っています。織江さんもそうですが。
「織江さんはそうだよ。本当にその通りだと思う。でも私は違うかな」
-- なぜそう思われるんですか?
「んー、ふふ。何故って言われると難しいなあ。…物事に対して、一歩引いて冷静に判断出来る人、そういう常識や正義を元に色々な判断を下せる人に、ずっと憧れを抱いて生きて来たから、…かなあ。私自身が、そういう大人としてあるべき姿をしていないんだよ」
-- ご謙遜が過ぎるように思います。お話していて、とても聡明でバランス感覚に優れた良識ある大人だと感じます。
「聡明なんて初めて言われたよ(笑)。素麺ならあるけど」
-- どういう状況ですか、細いからですか。
「お前言ってる事支離滅裂だぞってよく注意されるし」
-- あはは。でも、私本心ですよ。
「ありがとう、嬉しいよ。こんな学もない、特技もない、人に誇れる実績もない空っぽの人間なのに」
-- もし誠さんがそういう人なのだとしたら、そんなあなたをずっと大切にしてこられた翔太郎さんの名誉にも関わりますよ。そんな事決してありませんから、やめましょう。
「いやー。ははは。もう、どうしようもないなー。本当に、何にもないんだけど」
-- 水掛け論ですね(笑)。こないだ、大成さんとお話していて誠さんの話題になったんですよ。
「ほお」
-- 翔太郎さんて昔っからモテる人で、これまでも一杯泣いてきた女の子を見て来たんですって。誰一人として誠さんには勝てなかったんだって、そう仰ってましたよ。
「嫌な女だなあ(笑)」
-- どうしてそうなるんですか。
「モテる男の横でさあ、すんごい高笑いしてるイメージでしょう? そんなん嫌だよ」
-- そんな想像してませんよ。でも実際、翔太郎さんてどのくらいモテたんですか?
「うー…。例えば、色んな女の子がばんばん告白しに来るとか派手なのは、私の見てる前ではないんだけどね、そういうのは大成さんの方だし。でも気が付くとあの人と知り合った女の人は一度は必ずポーっとなる事があるみたいだよ。でもそれってさ、モテるって言うの?」
-- そうでしょうね。ある意味100%ですからね。
「ああ、んん。でも私それ聞くといつもちょっとイラっと来るの。織江さんやカオリさん、ノイちゃんくらいは分かるよ、繭子とか。付き合い長かったり子供の頃から顔見知りだったりするから。けどその他の人にさ、翔太郎の何が分かるわけ?って思っちゃうの。基本、優しい人ではあるからさ。口の悪さとか人を寄せ付けないオーラがふっと消えて笑顔で話が出来るようになっただけでさ、そんな簡単に理解した気になってんじゃねーよなーって思っちゃうんだよ」
-- うおわあ、ははは。辛口ですね!耳が痛い!
「あ、時枝さんも?やー、でも時枝さんはホントにちゃんと一人一人を見てくれる人だし、私もそれを分かってるからいいけどさ。要は大成さんが言ってるのってそういう、勝手に勘違いして勝手に振られていく子の事でしょ?」
-- そうなんですかね、分かりません(笑)。
「きっとそう思うなあ。そういう子達がさ、勝手に泣いて翔太郎に悪いイメージ持つのはちょっと私は耐えられないな。やめてほしい」
-- 事実、15年間誠さんを超える女性には巡り合わなかったという事でもあります。
「面倒くさがりな人で良かったよね。私より良い人なんて一杯いるし」
-- いやいや、そういう良い人もひっくるめて、誰も誠さんには勝てなかったという話でしょう。
「誰かと争ったような記憶もないし、実感は全くないけどね。だから何とも言い難い。そもそも私自身としては自分に対する評価はきっと低い方だと思うし、織江さんやノイちゃんにはどう転んだって勝てないんだもん」
-- そこはノーコメントで。
「意地悪だー」
-- あはは、でもいいですね。ちょっと話がそれますが、伊藤乃依さんの事をちゃんづけて呼ばれるのは誠さんだけですよね。なんだか新鮮で、お会いしたことのないノイさんの事をより近くに感じられます。
「結構年離れてるんだけど、ノイちゃん自身がちゃんづけで呼んでねって言ってくれたんだ。当時一番年下だったのがノイちゃんとテツさんだった所に、私が加わった事への彼女なりの気遣いだったんだろうね」
-- 優しい方だったんですね。
「相当ね。そして超!絶!可愛いい!」
-- へえ! そうなんですね。
「写真とかは?」
-- いえ。見てないです。
「そっか。うん、織江さんとはまた少しタイプが違ってね。織江さんて今でこそふわっとした優しい丸みのある雰囲気でしょ。けど昔は結構ピリピリして怖い時もあったんだよ。まあ、ずっと気を張っていたってのはあると思うし、それはそれで仕方のない事なんだけど。それでいてあの整った顔だから近寄りがたい空気もちょっとあったりしたの。無意識だっただろうし、それに実際喋るとそんな事全然ないんだけどね。でもノイちゃんはいっつも笑ってて、いっつも目を細くして優しい顔でお話してくれるの。特に竜二さんと話してる時のノイちゃんの可愛さときたら誰もがメロメロになるくらいで。翔太郎でさえノイちゃんには完全に下から行ってた」
-- え!? 下からって!?
「ノイはいっつも良い顔で笑うなー、竜二にはもったいねえなあ、あんまり頑張り過ぎんなよーって。揶揄ったり、冗談でも彼女を下げるような事を、一度も言わなかった」
-- ほええ。それは、…凄いですね。
「でしょ? でも…ノイちゃんがいたから、私もこういう女性でありたい、こういう風に、翔太郎の隣で笑っていたいって思うようになったの。さっき私が思い出したって言ったのが、そういう私の原点」
-- 今現在に至る、関誠に影響を与えた人物でもあると。
「多大なる影響だね。私色んな人から少しずつ影響受けてるけど、人に対する接し方とか態度とか、今の仕事を始めるにあたってお手本にしたのは、まんま伊藤姉妹だからね」
-- そうだったんですか。
「全然うまくはいかないけどね(笑)。中身が違い過ぎて」
-- そんなことは。
「いいのいいの、私がそう思ってるから。だから演じてみる事が多いかな。結局誰かのように考えて誰かのように生きる事は出来ないし。その瞬間瞬間、あの人だったらこうするな、あの人だったらこう言うなっていう私なりの理想像を演じて生きてきた。ね、私に中身なんてないでしょ」
-- 誠さん。それは皆そうですよ。
「そうかなあ」
-- 誰だって、何か判断を迫られた時に過去に経験した事を思い出したり、影響を受けた言動をなぞるものだと思いますよ。それを無自覚に行っているか、誠さんのように律儀に誰かの顔を思い浮かべながら行っているかの差があるだけです。
「だってそれをしなきゃ、何も判断できないもん私」
-- えええー、そんなことないと思うんですけど、うまく言葉で伝えられないのがもどかしいです。
「あはは、律儀なのはあなただよ。めちゃくちゃ良い人だなあ。面倒臭いでしょ、私」
-- そんな素敵な顔で笑うお人には、似合わないセリフですね。

その時、会議室の扉がノックされて、私の返事と同じタイミングで伊澄が顔を覗かせた。
入口に背を向ける形で座っていた私は、伊澄の顔を正面から見つめた誠の頬がパーッと赤らむのを見て胸が熱くなった。
「悪いんだけどさ、買い出し頼まれてくれないかな」
-- あ、分かりました。
「はい?誠に言ってんの。時枝さん仕事で来てんだからって何度言わせんの」
-- それぐらいさせて下さいよ。
「遠慮する。インタビュー中? 終わったらでいいから。いつもの6本、タクシー使っていいから」
「はい」
「…どうした」
伊澄から視線を外して誠を見た瞬間、彼女の目から涙がポロリと零れた。
しかし彼女は悲しい顔などしておらず、いつものように照れた表情で笑っている。
「ううん、なんでもないよ」
伊澄はそれ以上言葉で追及しない代わりに私の顔をじっと見る。私は慌てて首を横に振る。
「ふうん。なんでも良いけど、出る時は声かけろよ」
「はい」
首を傾げながら帰っていった伊澄の足音が遠ざかるのを待って、私は誠の顔を覗き込んだ。
彼女は指の腹でそっと涙をすくい取り、ごめんね、と言った。言った瞬間、その言葉をスイッチに新しい涙がさサーっと流れた。私がカバンからハンカチを取り出して差し出すと、持ってる持ってると誠は笑い、くるりと背を向けた。私は特に何も言わず、彼女が落ち着くのを待った。涙の理由を聞いてよいものか答えを出しあぐねていた所へ、誠の携帯が鳴った。すん、と鼻をすすり、電話に出る誠。
「はい。…うん。…うん。…了解。あーい、…ありがと」
とても短い会話で電話を切り、くるりと向き直って私を見つめた誠の顔は、もういつもの彼女に戻っていた。
「ごめんごめん、自分でもびっくりした」
-- さっきの翔太郎さんですけど。
「うん?」
-- 変ですよね。私でもわかりますよ。あの人あんな風に人をパシらせないですよね。
「あっはは。うん、まあ、そうかな」
-- いつもの6本て、冷蔵庫に常備してる水分補給飲料ですよね。何度も飲んでる所見てますけど、あれって織江さんが業者に納品手配をされてるから、切らして6本だけ買いに行くなんて事ないんですよ。
「名探偵カナン」
-- あはは、出しゃばっちゃいました。お気付きだったんですね。
「そこは、付き合いの長さがあるからね。そもそもここに顔を出したっていうだけで、私ちょっともうやばかったんだよ」
-- そんな感じでしたね。
「黙ってどこかへ行くような事をした覚えはないけど、行方眩ました前科持ちだからね(笑)。わざわざ確認してくれてんだなってのが分かって情けないやら嬉しいやら。やっぱり申し訳ないやら」
-- 頬っぺたがパーって(笑)。
「なってた? くっそー(笑)。いつもの飲み物だって時枝さんの言う通りだよ。織江さんはそういう所完璧だからいきなり無くなるような事にはならない。もし本当ならそっちが心配なくらいだよ。しかもついた嘘がさ、タクシー使っていいからなだって。泣かせるぜえ」
-- あはは、本当に泣きながら言うセリフですか。
「しかもご丁寧に、私が本気にして出かけないように、別の冷蔵庫に残ってたからやっぱりいいだって。アフターフォローも万全ですよあなた」
-- 今の電話ですか? もー、なんだかなあ。
「勘だけどさ」
-- はい。
「また来ると思うんだよ」
-- ええ?
「悪いけど本当に来たら、私帰るよ。また近々機会作るから」
-- え? 帰っちゃうんですか?
「ごめんね」
-- なんで帰るんですか?
「集中力切らすような真似しちゃったからかな。たぶん車で送ってくれるっていう話になると思うし、ちゃんと顔見て話しないと納得してもらえないと思うから」
-- 電話でそう仰ったわけじゃないですよね。
「そういう気がする」
-- そんな予知能力者みたいな発言ありですか!? じゃあそれまでお話しの続きを…。
足音が近づいてくるのが聞こえて、誠はカバンを手に取り膝の上に乗せた。
-- え、嘘でしょ…。
「ホントごめん、もう行くね」
誠は立ち上がり、ドアに向かう。そして彼女は気を使って自分からドアを開けて外に出た。
やがてドアの擦りガラス越しに伊澄の影が見えた時、私は寄り添い並ぶ2人の姿から目を逸らした。少し待ってから、大きな溜息をつく。
すっごいな。
その言葉は誰もいなくなった会議室を映していたビデオカメラに記録されている。私がまず最初に思ったのが、関誠以上に伊澄翔太郎と通じ合っている人間はいないという事だ。愛だの恋だのではない。2人はもうとっくの昔にそこをに飛び超えたのではないか。ただひたすらに、お互いの幸福だけを祈っている。そんな関係なんじゃないだろうか。簡単に、15年間で培った信頼という言葉で片付けられない絆を見た気がした。思いやりと、そんなお互いの優しさに応えようと真剣に向かい合う誠実な心。私の目から見ても、確かに関誠は最強だ。



そして2日後の今に至る、都内某居酒屋にて。
「あの後翔太郎と話した?」
-- 翔太郎さんの方から。悪かったなって。
「そっかそっか」
ビールジョッキに並々注がれたウーロン茶を、か細い手が握って持ち上げる。
-- お疲れ様です。
「お疲れい」
-- 今更ですし、これを言ってしまうと誠さん自身お辛いと思うんですけど、こうしてバッチリメイクの余所行き関誠を見てしまうと、やっぱりPVに出て欲しかったなあというのは今でも思います。
「余所行きって。…ファーマーズ?」
-- はい。
「そうなんだ」
-- 毎日見てますからね。ああ、本当はここで誠さんが飛び出してくる筈だったんだーって。
「あはは。…うーん。まあ、これこそ今だから言えるけど、最終的には私断るつもりだったよ」
-- へえ!?
「いきなりクソ真面目な話でつまんないかもしれないけどいい?」
-- はい。
「私こないだも、自分に対する評価は低いっていう話をしたと思うけど、だからって何も努力をしないとか考えない、動かないっていう生き方は出来ないんだ。これ別に自慢でもなんでもなくて、とりあえずやってみようとする思い切りの良さだけは昔からあるの。結果が伴わない能無しなりに、一丁前の事言うようだけど。自分がそういう考え方だから織江さんから話もらった時、勢いで、やるー!って言っちゃったんだけどね、それって私やりたいか?って後で後悔しちゃって。本当はそこは繭子が頑張るべき所だし、あの子のチャンスのはずなんだし」
-- そもそも、ジャック(オルセン)にドーンハンマーの映像を送られたのも誠さんですよね?
「なんで知ってるの?」
-- ジャックが、以前仕事をしたプラチナムのモデルから送られてきたって言ってました。誠さん以外ありえないですよ。
「そっか。うん、まあ、そうなんだけどね。だから結果的には皆の元をああいう形で去ったから、繭子がきっちり仕事してくれて私としては満足してる。引き継ぎ方はよくなかったけどね。気持ちとしては、私じゃないなとは思ってたから」
-- ほえー。なるほど、そういう事だったんですか。
「繭子頑張ってたね」
-- そうですね。彼女は、…凄いですね。
「そうだね。昔から強い子ではあったけど、まさかここまで来るとは想像つかなかった」
-- 意外にもお二人って2つぐらいしか年違わないんですよね。
「…ほお」
-- 目を細めるのはやめてください(笑)。
「何が意外なの?」
-- もちろん見た目じゃないですよ。でも誠さんはもっとお姉さんなイメージです。というより繭子が妹気質なんでしょうね。実際一対一で話してみるとしっかりした大人の女性ですけど、誰かといる時の彼女はどこか子供のようです。表情や仕草が特に。そして誠さんは誰に対しても全く気後れしない方なので、余計に年の差があるように感じます。
「姉御肌?」
-- 特に繭子といる時はそのような雰囲気ですね。実際お二人が並ぶと実は誠さんの方が年下に見えるお顔立ちなんですけどね。
「メイクでごまかしてるからじゃない? 繭子ノーメイクが多いし」
-- 昔からですか?
「ん?」
-- えっと、お二人の関係というか。
「あー、そうだね。でも…私こう見えて意外と人見知りなところがあって。人見知りって言っていいのかわからないけど、ご新規さんお断りな雰囲気を出すらしいの」
-- 仲間意識が強くて、そう簡単には新参者は認めないぞ、と。
「無意識にそうやって身構えるところがあるんだって。言葉で何かを言うとか睨みを効かすわけじゃないんだけど、ウェルカムな顔をしないみたいで。そこへあの遠慮の塊みたいな繭子が現れたの」
--バチバチだったわけですね。
「それが逆なの。あの子の事を知った時、こいつは俺のもんだ!って思った」
-- 俺って(笑)。
「分かりやすく言うと母性本能を超くすぐってきたわけ。こんな言い方すると嫌な感じだけどさ、割と高校時代イケイケで遊んでた人間なのね、私実は。方々で問題起こして面倒な連中から逃げ回るような火遊びしてたわけ」
-- いきなり放り込んできますね(笑)。なんでそれが嫌な感じなんですか?
「繭子とは対照的だなと思って」
-- なるほど。良く言えば青春を謳歌されたわけですね。
「あはは、物凄く綺麗に言えばね。うん。そんな私から見た繭子って、明るい健全な女子高生なんだけど、どこか危うい空気を出してる子だったの」
-- 危ういとは?
「んー。限界まで無理してるのに精神力で抑え込んでるというか」
-- 爆発寸前のような。
「そうだね、まだ爆発してくれた方がマシだって思ってたな、個人的には。それにさあ、ドラムをきっかけにして、スタジオで大人の男達と出会うなんてさ、ありそうでそうそうないじゃん。これもまた綺麗な言い方すれば彼女にとっては、運命だったりするでしょ。多感な時期にそんな素敵な出会いから交友関係が広がって、パーって頭の中お花畑になってもおかしくない状況で、男達の向こうに自分とそう年の違わない高校生だかなんだか分からない女がいるのを見るとさ、普通は冷めるじゃん、なんだか」
-- 確かに、想像すると冷めますね(笑)。あー、なんだ、私だけじゃないんだー、みたいな。
「そうそう。なんだったら、このオッサン達大丈夫か?って思うよね。あとからあとからJK一杯出てくるんじゃないかって疑うよね。怖いよねえ」
-- あははは!言い方がもう!
「でもさあ、繭子は逆の捉え方したんだよね。私がいたおかげで、安心出来たって。この人達を信用出来る証明書とか保証書みたいな存在だって、私に言ったの。もう、キューンとしちゃって」
-- こいつは俺のもんだ!って。
「なるでしょ?」
-- なりますね。
「バラバラーって私の壁も取れた。そこからはずっと仲良くしてる。あの子ホント頭良くてさ、人を不快にさせるような言葉や行動を一切とらないで生きていける子なの。瞬間瞬間で選択肢のボタンを押す基準がきっと人とは違うんだと思う。自分がこれだと思う意思じゃなくて、これを選ぶと丸く収まるなっていう自分の身を一歩引いた考え方をする子でさ。もの凄く良い子だよ。でもそれって自分を傷つけ続けてやしないか?って私怖くなるの。もっと自分の意見出したらいいのにって言ってもさ、『それ』があの子の意見なんだよね」
-- なるほど。分かる気がします。
「最近ようやく自分の中の譲れない部分を守るってことを、覚えたんじゃないかな」
-- 最近ですかあ。
「うん、ようやくね。きっとそれも周りの皆のおかげなんだと思うよ。あの子本当に主張しない子だったもん。あんだけ泣いてバンドに入るんだって大騒ぎしてた繭子はどこいったの!?って。…前にね、翔太郎が言ってた事があって」
-- はい。
「あいつは、…あ、繭子ね。あいつは、努力さえすればきっと何者にだってなれるし、その気になればどんな分野でも天下獲れると思うんだ、って」
-- …うわ、ごめんなさい、急に来ちゃいました。ツーンとする。
「うん、分かるよ。私もそれ聞いた時鳥肌立ったし。翔太郎がそういう言い方するとシャレに聞こえないよね。実際本気で言ってたし。でもそれ続きがあってね。だけど繭子は、自分からは何者にもなろうとはしないし、あのドラムセットに座る事以外でその気になる事なんてないだろうなあ、って。だから俺は、あいつを世界に連れてってやろうと思うんだよって」
-- うわ!もう無理だ、ごめんなさい!
「あはは、泣け泣けー。気にするな泣けー」
-- ああああ、もう、なんだよ伊澄翔太郎ー!
「あははは!どうだー、超格好いいだろうー」
-- すっげえーなー、あの人。
「うん、凄いね。私もそれ聞いた時なんでか体ブルブル震えたもん。凄い話聞いちゃったって」
-- あはは、あー、鼻水がヤバイ。…でも誠さんてヤキモチとか焼かないんですか。自分が可愛がってる妹分に、恋人が持って行かれるんじゃないかっていう不安で疑心暗鬼に陥らないんですか?
「昔はあったよ。それこそ言葉にして、絶対駄目だからかね!って繭子に言ってたし。でも今はもういいかな」
-- いいってなんですか。もうそういう疑ったりとか、面倒くさいと。
「え、いや、もし誰かに持ってかれる事態になったとして、最悪それが繭子ならいいかなーって」
-- え!? 嘘ですよねえ?
「あはは」
-- ありえませんよ!親友ですよ!?
「だからこそ、かな」
-- いやいやいやいや、おかしな記事になっちゃいますから!
「記事にしないでいいよ。よし、するな(笑)」
-- それはまあアレですけど、おかしいですよ!
「こないだ居酒屋で繭子が言ってた言葉がちょっと響いちゃってさ。幸せになる権利は皆にあると思います、って奴。あれ聞いた時にさ、お前翔太郎とヤリやがったなって冗談言おうと思ったの。いつもならそれが冗談でもイライラムカムカするんだけど、あの時はそう考えた瞬間ちょっと笑いそうになって」
-- ええー…。
「…許せるとまでは思わない。けど、結局私も繭子と同じように思ってる所があるんだろうなって気付いたんだよね。もう、私自身の欲求とか願望はそこまで色んな優先順位の前には出て来ない。こうなってみて、体の事が影響してるのかもしれないけどね。翔太郎さえ幸せならそれでいいやって思ってる。繭子の言う、幸せになる権利は皆にあるっていう言葉は凄く重みがあるし、私もあの子には本当に幸せになって欲しいからね」
-- …。
「それに私の知ってる繭子はきっと自分から翔太郎に手を出す子ではないし、もし何かあったなら翔太郎の方からだろうなって思う。それもまあ、全っ然想像は出来ないんだけど、そういう私の思い込みを超えて来るんならもうどうしようもないなって。…どこ見てんの?」
-- アレです。
「(背後のポスターを振り返る)これ?『 良いカニ入ったカニー』。カニ食べたいの?」
-- 全然食べたくないです。どうでも良い広告見て気を紛らわせてるんです。泣きそうだから。
「そうカニ。…もうしこたま泣いてるカニー!」
-- 凄い人だなあ。…なんか、皆凄いなあ。
「ため息がでかいな?」
-- 凄いついでに、繭子の話になったので言いますけど、この間初めて彼女の部屋に泊まらせていただいたんですよ。
「へえ。それは本当に凄いね。あの子潔癖だからほとんど人入れないんだよ」
-- 織江さんと誠さんだけだと聞いて、余計に緊張して身動き取れなくなっちゃいましたけど(笑)。
「さすがにそれは少ないね。私も人の事言えないけど。どんな話するの? やっぱり音楽の話?」
-- もちろんそれもありましたけど、ほぼ夜通しガールズトークでした。割と酔いが回ってきて睡魔と疲労でガクガクしながらだったので、彼女自身どこまで本気で、どこまで覚えているか分からないので詳しくは言えませんけど。
「まあ、うん、そうね(笑)。自慢じゃないけど、それはよくある事だから敢えて聞いたりしないよ」
-- それはそうかもしれませんね(笑)。最近になってようやく、メンバーの、ミュージシャンの顔以外の部分を掘り下げていくインタビューを積極的に撮っているんです。プライベートな質問だったり、過去の出来事だったりを聞いているうちに、やはりどこかで男女間の話にもなってきます。その時とても理解に苦労するのが、翔太郎さんなんですよね。
「うんうん」
-- 全くと言っていいほど、『あー、分かりますー』って言えないんですよ。
「ほほお?」
-- ノリというか、会話のテンポというか。相槌すら打てない時があるんですよね。私も割と、自分が撮ったインタビューやメンバーの発言に関しては覚えている方なので、色々断片的な言葉にはなりますけど、つなぎ合わせて考えると、とても一筋縄ではいかない方なんだなと、強く思います。
「なるほど」
-- 繭子の部屋にお邪魔した日って、皆さんと会議室で『still singing this!』のPVを見た日なんですよ。その帰りのタクシーの中で、翔太郎さんと恋愛について話をしたんだという事を彼女に聞かせました。
「うんうん」
-- 急に言葉数減らさないでください(笑)。
「余計な事言わないほうが賢いだろうなって」
-- 鋭いですね。
「そういうトコはね」
-- あはは。で、ですね。もう翔太郎さんとは、そもそも恋愛感情ってなんだよっていう部分で話が噛み合わなくて。だけど繭子にしてみれば、それはそうだろうねっていうある種分かり切ったような顔で返事をするんです。
「うん」
-- 衝撃的だったのは、繭子から見た翔太郎さんの恋愛観です。
「翔太郎の?繭子のじゃなくて?」
-- 同じだったんですよ。
「んー、ん?」
-- おあ。今の顔写真撮らせて下さい。
「おいっ(笑)」
-- あ、その笑顔も!
「え、さっきから何飲んでんのそれ。牛乳?」
-- どぶろくです。
「嘘だろ!?」
-- 大切だと思ってる人の大切な部分に切り込んでいく以上、私も曝け出していこうと思って。
「単純だなあ。それで、どぶろく?」
-- お酒の力借りないとガード硬いんです、私。
「あははは!知らねえよお、お酒弱いくせに!」
-- なんでも聞いてくださいね。
「で、翔太郎の恋愛観て?」
-- そうでした。つまり、2人とも恋愛と言う行為で得られる幸福では決して満たされる事のない種類の人間だと。
「ああ、うん、なるほど、そういう話か」
-- 誠さんも、同じ見解ですか。
「そうだね。いや、分からないかな」
-- 分からない?
「うん。そういう風に見えるからって、そうだとは限んないでしょ」
--あー、確かに。
「繭子が自分でそう言ったんなら、あの子はそうなんだろうし、そう思ってるんだろうね、自分を。その、色恋では満たされないんだって。ただ翔太郎とあの子は少し種類が違う気がするよ」
-- やはり恋人としては、ご自分の相手が満たされない人間だとは思いたくないですよね。
「あー、ははは、違う違う。そういうんじゃないよ。えーっと、どういう風に言おうかなあ」
-- ゆっくりで構いませんから。私、全然待ちますから。
「いや、それ以上酔われると面倒臭い」
-- あははは。
「あのー、私の話をするとさ。私はずるい人間だなーと思うんだよね」
-- そうなんですか?
「うん。翔太郎とは子供の時に出会ってるんだけど、子供って言っても高校生だから基本的な思考回路は大人とそう変わらないと思うんだよね。どうやってこの男落とそうかって色々チャレンジした結果、うわー、これ無理だなーって思い知ったの」
-- それはどうして。
「全然こっち向かないんだもん。こっちっていうのがその、恋愛とはなんたるかみたいな部分ね。私の事相手してくれてはいるんだけど、仕方なくなのかなあって。最初この人ホモなのかなって思ったし」
-- あははは!
「笑いすぎだろ(笑)。私の男だぞ」
-- いいですねえ、誠さんもノッてきましたねえ。
「私ウーロン茶だけどね? それでさ、私の見せた本気って言うのがね。よし、じゃあとことん都合の良い女になってやろうじゃないかって」
-- ええ?どういう意味ですか。なんでまたそんな? 私繭子からも聞きましたし昔のお写真も拝見しましたけど、当時の誠さんて芸能界でアイドル無双出来るレベルで反則並みに可愛かったですよね。
「今はもう無理か?」
-- あはは!いやいや行けますけど、そういう事じゃなくて。
「前も言ったけど、私自分の顔はそうでもないと思ってるからね。お仕事貰えてる以上どこかに需要はあると信じてるけど(笑)。そもそもずっと若い頃にこの顔で翔太郎落とせてないんだから、容姿にそんな胸は張れないよ」
-- ほええ。
「ほええ(笑)。なんだよ、ちょいちょい出るな」
-- 誠さんて砕けた話し方の時翔太郎さんそっくりですね。
「あー、やばい。出てる? ごめん、気を付ける。口悪いよね」
-- 私なりの誉め言葉です。素敵ですねっていう意味です。
「分かり辛いなぁ(笑)」
-- 誠さんの言う、都合の良い女ってつまりはどういう存在ですか?
「翔太郎にとってって言う話だから一般的な意味とは少し違うのかもしれないけど。そうだなあ。分かりやすい所で言うと、ずっと側にいる。痒い所に手が届く存在でいたいって思ったのが最初で、呼ばれればいつでもどこにでも出かけていくし、やりたい時にやりたいようにセックスしてくれて構わないし、お酒だって煙草だって全然付き合うよと。止めたりなんかしない。なんだって望み叶えようって思ったの」
-- 究極に都合の良い女ですね。15歳ですよね。
「出会った時はね。年齢の話するとそうなんだけど、そこはあんまり重要じゃないかな。逆に若かったからそこまで突き抜けた発想出来たのかもしれないけどさ、別にお巡りさんの前に出て何かをしようとしたわけじゃないし、私がOKならオールOKでしょ、そんなの」
-- それはそうですけど、だけど一般的には辛い立場ですよね、都合の良い女なんて。
「そうかな」
-- 経験ないんではっきりとは言えませんけど、でも例えばそういう誠さんの真っすぐな愛情を知りながら、ちゃんと向き合う事もせずに自分の都合だけで呼び出して、美味しい事だけよろしくやってる男なんて、どうなんですか。
「翔太郎はそんな奴じゃない(笑)」
-- あっはは!いや、まあ、そうなんですけど(笑)。でもそういう風に見られるじゃないですか。
「どう見られるかなんて関係ないし、そもそもそんな最低な奴相手に都合の良い女を演じる程私も馬鹿じゃないよ」
-- 格好良い!
「って今なら言えるけどね(笑)。でも確かに当時はよく分かってなかったかもしれない。勝手に、思い込みでやってただけだからね。だけどそういう話で言うとさ、翔太郎は全く手を出してこなかったよ」
-- そうなんですか。
「うん、だから全部自分から。それもなんか途中で、ああ、これって迷惑かもしれないとか思いだして、一歩引いてみるっていう事も覚えて、それでも側を離れたくはないから、自分を空にして、求められた時には全力で応じよう。そのうちそういう私という存在に慣れて、こいついないと不便だなって思わせる事が出来たら勝ちなんだって、思うようにして」
-- …どうしてそこまで出来たんでしょうか。
「好きな人の側にいたいからだよ。それ以外ないよ」
-- 愚問でしたね。
「超愚問でした(笑)。そうやって側にピターっと張り付いて、身の回りの事全部、嫌がられない絶妙なラインをなぞりながらこなしてるとさ、見えてくる物が色々あって」
-- 翔太郎さんの事ですか?
「そう。一番初めから今まで一度も揺らいだことのない印象が、『優しい』だよね」
-- ここまでのお話でその要素一切ないですけど(笑)。
「それは私の話し方が下手なせいだよ。自分の事しか話してないから。…結論を言うとね、なんで私がそういう都合の良い女になるっていう手段を選択をしたかっていうと、自分を空にしておくことで、この人とずーっと一緒にいられるんじゃないかって思ったの。逆を言えばそれしか方法が見つからなかったの」
-- 自分を空にしておく。
「私がそういう思い切った決断をした頃って丁度、前の面子が揃ってバンドを組んだ時期なんだけど。具体的にどういうっていう内容は分からないけど、翔太郎や織江さんやノイちゃんにだって、皆には自分の人生を賭ける夢があった。俺にはこれがあればいいっていう覚悟を持った大切なものがあったでしょ。私はそういう物を作らない事で、柔軟に自分を変化させながら翔太郎の側にいる人生を選んだの。それまでは本当にどこにでもいる、生意気で傲慢で自分勝手な高校生だった。いつも怒ってたし、いつも翔太郎に突っかかってたし。でも内心泣きたいぐらい大好きだったんだけどね」
-- えっと。ごめんなさい、ちょっとアレ(涙)ですけど、全然話聞こえてるんで大丈夫です。
「うん。…確かに皆は分かりにくいって言うんだけどさ、翔太郎の優しさって私はすぐに理解出来たし、凄く、自分に合ってた。だけどこれって何なんだろうって考えた時にさ、要するに彼の場合は自己犠牲に近いんだって事に、ある時気づく事が出来て。それまで私がどれだけ気持ちぶつけても、JKを全面に押し出したエロいアプローチしても、なんかしっくり来てないなーって感じてたのは、翔太郎が自分よりも相手を大切にする人だからなのかもしれないって、後になって気付いたんだよ」
-- 凄い人ですね。普通の男なら、女子高生の誠さんがぐいぐい来たら猛り狂ったスペイン牛みたいに突っ込んで来るでしょうね。
「…」
-- 間違えました!下ネタになっちゃいました!
「っははは!鼻水出るよー、もうー」
-- ごめんなさい、天然ですね、私。
「まあでもこの15年でトータル、何回…」
-- いいいいいですいいです、広げなくていいです。
「私が猛り狂ったスペイン牛に突っ込んで来られた話はいらない?」
-- いらない、いらないです。普通の恋愛の話しましょうか。
「せっかくなのになあ、こんな機会もうないよ?」
-- (笑)、でもご自分で仰る程、『自分を空にする』って簡単な事ではないですよね。
「簡単だったよ。若かったしね」
-- 年齢が関係あるんですか?
「背伸びしなくて済んだ分楽チンだったかも。自分を大きく見せたり、見栄張って誰かと競いあったりしなくて済んだ分ノビノビ自由に生きられたよ。自分に合ってたって言ったのがさ、彼の場合優しさを目に見えて押し付けて来ないの。私が勝手に感じ取ってるだけに思われてたみたいで、周りの人はそういうのを優しさとは言わないって言うんだけど、私はその方が楽だった」
-- へえ、凄いな。
「別に優しい言葉を一切言わないっていう偏屈な人でもないしね(笑)。だけど大体が後になって気付くの、色々考えて、そうしてくれてたんだって事に。だからそこも含めて翔太郎の凄さだと今は思ってるんだ。すぐ小馬鹿にするし、揶揄っては来るんだけど、ノリで言い返せる雰囲気をちゃんと作ってくれるし、本当に傷つく事を言われた事ないもんね。…うん、ないね。まあ好き補正入ってるから鈍感になってるのかもしれないけどさ」
-- 愛は盲目と言いますからね。
「古いなあ。それ翔太郎のお母さんに言われた事あるよ。時枝さん何歳?」
-- あはは。まあ一応、活字を扱ってますから。
「なるほど。それに繭子がさ、自分の事を恋愛で満足できるタイプじゃないって言えるのはきっとドラムがあるからだと思うんだよ。夢の方が大きいんだね。翔太郎の場合は、恋愛で得られる自分の満足よりも、相手はどうなんだろうって考えたり、笑顔にする事を望んでる人なんだよ。要するに、自分の幸せは二の次っていう人なんだ。変な話、さっきの話題にちょっと戻っちゃうけど、ああ見えて、どれだけ酔っぱらって、もんの凄い怖い時でも、冗談で体触られたリとかは一度もなかった。…これ言って大丈夫なのかな(笑)」
-- 何とかします(笑)。
「でも、だからそういう意味では、似てるようで2人は少しタイプが違うかなあ、って」
-- なるほど、言われてみれば確かに。よく分かります。
「そこでタチの悪いのが私だよ。私は夢を作らずに、『あなたの側にいる事が私の幸せだよ宣言』をしちゃったわけだから」
-- 文字通り空っぽにするのではなく、他に大切なものを作らないという生き方なんですね。
「さすがに言葉では言ってないけど、そういう態度を取ってきたんだよね。ずるいでしょ。本当のあの人はきっと、世間的な常識に縛られず色んな人間を幸せに出来る人なんだけどね、私が独り占めしてきたってわけだ。だからボタンのかけ違い一つで、隣にいるのは織江さんだったかもしれないし、繭子かもしれないし、URGAさんかもしれない。あるいは、その3人が私と同じように自分の中に、抱えきれない程の大きな夢を抱いた人達じゃなかったら。そして皆んなが一斉に翔太郎にアプローチしたら、私を含めた全員の思いを受け止めようとさえする人だと思う。そこには、きっと特別な悪意なんてないんだよ。自分を選んでくれた相手を、なんとか笑顔に出来ないか。そんな神様みたいな事真剣に考えちゃうような人だから」
-- 普通、そんな話を聞くとただのジゴロかスケコマシかって思ってしまう所ですが、確かに実際接してみると、すんなりと受け入れてしまう部分があります。翔太郎さん自身それを思わせる発言をされていますし。
「自分ではそんな事口が裂けても言わないと思うよ!?」
-- 以前『END』を竜二さんが歌われた際に収録した時のインタビューで、ノイさんに対して『もしあの時に戻れてやれる事があるんなら、俺はなんでもする、全部やる』と仰ってました。何かとても後悔していらっしゃるのかなと思っていましたが、それがあの人にとっては普通なんですね?
「あはは、そうだよ。そんな人私一人がどんだけ頑張ったって落ちないよ。自分よりも誰か。本気でそうなんだから泣けてくるよね。だからさ、そういう人の側にいる為には、私も究極に都合のいい女を目指して、居心地よく生きて欲しいな、ずっと笑っていて欲しいなって。そればかりを考え続けて生きて来た。結果的にはあの人の笑い声が私に返って来るわけだから、いつも楽しくて、幸せで、満たされてたよ。私はずっとね」
-- いいですね。 素晴らしいお言葉です! 私、以前翔太郎さんに、誠さんに対して『生涯こいつでいいんだ』とお決めになられたのには、それだけの何かがあったんですかって聞いたんです。そしたら普通に『ないわけないだろう』って仰ったんです。私それが嬉しくて。
「あはは、なんで時枝さんが嬉しいの」
-- 漠然とした強い思いとか直観とか曖昧な気持ちではなくて、二人を強く結びつけた絆がちゃんとそこにあるのが分かって、ほっとしたというか。
「適当に言ってるわけじゃない、具体的な出来事があって良かったってこと?」
-- そうです。
「それって何の事だか言ってた?」
-- そこまでは聞いていません。
「何のこと言ってんのかなあ?」
-- 分からないんですか?
「それこそ私と翔太郎の認識が同じとは限らないじゃん。私はこれがきっかけですって思ってても、向こうは別の事考えてるかもしれないし」
-- 言われてみれば。ともあれ、そういう部分で嘘を言わない方だと思うので、彼があると言えばきっと何かあるんですよ。
「そりゃそうだろうけど(笑)、ざっくりした編集者だな。宿題ね」
-- 承りました!ちなみに誠さんが翔太郎さんに決めた出来事って覚えてますか? そうはいっても15年前なんですよね。
「覚えてるよ。出会いがさっきも言った通りちょっとバイオレンスな一件だったの。危ない事してた自分たちが悪いんだけど、厄介事に巻き込まれた私を翔太郎と竜二さんが助けてくれたの」
-- あ、また人助けだ。あの人達女の子助けるの得意ですよね(笑)。
「あははは、ホントだねえ。ホントだわ。凄い! 面白い!」
-- 今無理やり笑い話風に引っ張り込んだんです。誠さん今日大丈夫ですか? 結構際どい話題多いですよ。
「大丈夫。…だと思う。まあ、今の仕事について心配してくれてるなら、もうやめる事にしたから。会社にも報告はしてある」
-- え、お辞めになるんですか!?
「そんな意外な話でもないでしょ?」
-- …えっと。
「うん?…ああ、うん、ちゃんと翔太郎と話したよ。翔太郎からちゃんと、付いてくるよな?って言ってもらってるから。大丈夫だよ」
-- 良かったー!
「そりゃ焦るよね。それがないとさすがに怖くてやめれないよ。それでなくても体の事があるし、以前よりも仕事内容も範囲が限られてくるしね、年齢的にはまだやれたと思うけど、良い区切りかなとは思う」
-- アメリカで入籍、というご予定は。
「結婚? あー、しないと思う。…多分しない」
-- なぜです?
「んー、何故っていうか、お互いにそこを重要視してないからね。私もう30超えてるけど別に焦りもないし、彼にしたってバンド以外の部分でまた別の責任を負う事になるわけでしょ。そこを求めるのはちょっと」
-- いやいや、普通に求めましょうよ、焦りましょうよ(笑)。
「今まで通りやっていけたらそれが一番良いよ。冗談程度に、私の男っていう言い方はしたいけど、私だけの男とか、私の夫っていう呼び名は付けたくない」
-- いやいやいやいや。そんな所まで究極に都合の良い女を演じなくたって。
「ホントにホントに。なんか、関誠でいる方が大事にしてくれそうな気もするし(笑)」
-- 何でですか。
「分かんないけど。もうここまで長いとそこも曖昧だけど、身内よりは他人でいた方が扱い良さそうじゃない?」
-- あはは、ああ、そこはなんとなく理解できます。
「それにさあ。もし翔太郎が浮気したとするじゃない。そん時は可愛い顔でヤキモチ焼きたいけどさ、これがもし結婚して不倫ってなったら、ちょっと私可愛いを通り越して可哀そうな女に見られるでしょ。それは嫌だな」
-- そういう問題ですか? なんですか可愛い顔でヤキモチって(笑)。
「クッソーって言葉では言いながら、きっと本気では怒れないと思うから、可愛い顔を作るぐらいの余裕は持ってたいよね」
-- 本気で怒って下さいよ(笑)!
「もう無理だよそういうの」
-- いやいやいや、…えー。
「だって時枝さんは知らないだろうけどさ、私翔太郎の前では大暴れしなかっただけで、若い時はめっちゃくちゃヤキモチ焼いて怒り狂ってきたから。もういいよ、そういう自分嫌いだし。15年経って今更浮気されるってんなら、もう怒れないよ」
-- …え、でも許せます? そんな、相手が誰であれ他の…。
「いや、え? 本気で怒らないっていうのは諦めるっていう意味であって、理解を示したりはしないよ」
-- そうですよね!? びっくりした。可愛い顔でヤキモチとか言うから。
「矛盾してるかな。もちろん浮気するぐらいなら別れて欲しいって思うよ、やっぱり。私よりもそっちがいいならそっち行けよって思う。思うけど、もう怒りはしないかなあ。さっきも言ったけど結局最後はあの人の事は許しちゃうからね。翔太郎がそうしたいってんなら私は身を引く方を選ぶ」
-- いやいやいや! 何言ってんですか!
「あははは! もう本当に、さんざん翔太郎には笑顔にしてもらったからさ。15年間ずっと幸せにしてもらってた。それだけの事を彼はしてくれた。そんな簡単には語りつくせないけどさ。だからもう好きにしてくれたらいい」
-- いやいやいやいや! ダメダメダメダメ! 誠さんクラスの人がそんな事言ったら世の男共が勘違いしてつけあがるから駄目です!
「世の男達はそりゃ駄目だよ(笑)。翔太郎と私だから許すんだよ」
-- ああ。…ダメダメ!
「あははは、だってもう翔太郎がどういう男かは私なりにずっと見て来たからさ。それでも他所に手を出すってことは、それなりの理由があったり相当魅力的な人が現れたって事なんだよ。そんなのもうどうしようもないじゃんか。例えば相手が繭子だったとしようか。なんの理由かは置いといて、もしそういう形になったんなら、それでお互い後悔してないんなら、仕方ないと思うよ。もしそれで幸せに笑えるってんなら、笑ってみやがれって今思っちゃったけど」
-- あははは!全然許してない(笑)。
「まあまあまあ、でも…こんな話したくないけど。もし私がいなくなった時はきっと繭子にお願いすると思う」
-- そんな話は聞きたくありません。
「そういう意味では、結局最後には許してしまう相手ではあるよ。繭子はね」
-- 分かんないですよ。アメリカ行った瞬間、向こうでそこらへんのパツキンのチャンネー転がしてイチャコラするかもしれませんよ!
「それは許さん(笑)」
-- 良かった!
「何だよもー(笑)」



続く。

連載第40回。「関誠について」2

2016年、12月12日。
都内、某居酒屋にて。


(続き。関誠が現事務所を退社し、一旦モデル業から退くという話を受けて)

-- という事はあれですね。本当は事務所関係の事気にせず込み入ったお話も、色々聞けたわけですね。
「そうだね。でも今そこそこ突っ込んで来られたと思うけどな」
-- もうスペイン牛は一旦忘れましょうか。
「もうと牛がかかってる?」
-- 忘れて下さい!
「あはは。面白い人」
-- だけどモデルを辞めるっていう事については、翔太郎さん何か仰いませんでした?
「反対って事? 少しはされたかなあ。でも反対というよりは確認かな。別に辞める必要はないんだぞって」
-- 未練はないんですか?
「事務所にはあるよ。モデルにもある。日本にはない」
-- 格好いい(笑)。しかし今のポジションへ至るまでの努力や苦労も並大抵ではなかったと思います。
「うん。まあでも相当、運もあったと思うけどね」
-- ご自身の中で、どのようにして決断をされたのでしょうか。
「格好いい世界だなーと思うし色んな人を見てきたからね。もちろん好きだよ今でも。事務所にもお世話になったし、迷惑も掛けてきた。だけどそういう、人として大切にしなきゃいけない部分とこれからの自分の人生は、やっぱり天秤にはかけられなかったな」
-- 歩きたい道を歩くのが最善ですよね。
「格好良く言えばそのはずだけどね。でも自分一人で生きてるわけじゃないから、簡単に判断は出来ないんだけどさ」
-- 今これを言ってどうなるんだという感想で恐縮ですが、私モデルとしての誠さん大好きです。
「初対面の時から知っててくれたもんね」
-- はい!
「あはは、それはだって、辞めるって言ったの今が初めてだもんね。仕方ないよ。でもありがと」
-- 後悔されませんか。
「しないとは言い切れないし、もう二度とやりたくないなんて思って辞めるわけじゃないよ。でもいつか復帰するとしても、同じようにはいかないっていう覚悟はしてるよ。同じ事務所で、同じ雑誌で、同じ顔触れでお仕事に参加出来るとは思わないし、やるならまたイチからになるだろうし。でも年齢的な事を考えると、復帰は現実的じゃないかな」
-- それでも、アメリカ行きを決意された。
「体の変化も理由の一つだからね。向こう行ったって迷惑かける結果になるかもしれないから、正直悩んだよ」
-- 好きな人について行くって、そんな耳障りの良い甘い話ではないですよね。
「そうだね。…ねえ、凄い残念がってくれるね(笑)」
-- そりゃあ、そうですよ。…御迷惑でしたか?
「いやいや、全然。でもまあ今となっては、自分としては出来過ぎだったとも思ってる部分もあるからね。どこまで通用するのか分からないけど、精一杯やれるだけやろうと思って飛び込んだ世界だったし、やっぱり性格的な事とか、人間的な面で不自由は感じてたからさ。これまでの10年が夢みたいな物だったんだよ。10年ずーっと活躍出来てたわけじゃないし」
-- そうなんですか、天職だと思ってました。
「自分ではあんまり、モデル向きの人間ではないと思ってるかな」
-- 誠さんほどの人でもですか?
「私ほどの逸材でもね(笑)」
-- (笑)、ドラマみたいなマウンティングなどは実際にあるものですか?
「あるよ。私はそこまで誰かの邪魔になるほど上り詰めてないから全然だけど、…でも若い時に揶揄われる事もよくあったし」
-- 例えばどのような?
「ウソつかれたリね。まだなり立ての頃ってやっぱり先輩モデルを見て盗めるトコ盗もうという姿勢でしょ。そういう若い子に向かって『本気でモデルを目指すんならフランス語を勉強しなさい』って言ってみたりとか」
-- なるほど、パリコレですね。
「ね、信じちゃうでしょ」
-- ウソなんですか!?
「ウソというか、それ本気にして忙しい中机に向かう勉強で時間潰せって事だからね。今みたいに細分化された日本のモデルとして活動していく事だけ考えたら、完全に無駄だよね。本気でパリコレ目指すならアリかもしれないけど、それにしたって立場的に現地の人間とどれだけ話す機会があるんだって話だし。もっと言えば全員が努力で行ける場所じゃないからね。それやるぐらいなら他にすべきことが山程あるよ」
-- うわー。…なんか、黒いですね。
「そんなの日常茶飯事だし、言う方もそこまで悪く思ってないよ。遊びの範疇だと思ってるよね。なんなら英語じゃなくてフランス語って部分で気付けよぐらいに」
-- ああ、誠さんも言われたわけですね。
「うん。だから『そうなのか』って信じて猛勉強しちゃったよ。私はさ、翔太郎が早い段階で指摘してくれて揶揄われてるって気づけたから良かったけどね」
-- そうだったんですか。以前どこで目にしたか忘れましたけど、誠さんのプロフィール拝見した時に『特技、フランス語』って書いてあるのを見て、やっぱりモデルさんは違うなぁなんて感心したものですが、あれってあて付けのような事ですか?
「あはは、誰にだよー」
-- 今の流れから察するに…。
「まあ、うーん、あて付けと言えばそうなるのかなぁ。だから私は却って、マジで喋れるようになってやろうじゃんかって思うタイプだから(笑)。翔太郎もそっち側の人だから一緒になって応援してくれたんだ。自己紹介から始めて、俺と話す時は全部フランス語で返せるまでやってみたら?って言ってくれて」
-- うーわー。愛のフランス語講座だ。
「とりあえずジュテームは連発したよね」
-- あははは!
「本気でやれば一年掛からないよ」
-- 今でも喋れます?
「喋れるよ」
-- それってフランス人と意思疎通が取れるって事ですか?
「円滑かどうかは抜きにしていいなら、そうだよ」
-- なんで仰って下さらないんですか!
「っは!ねえねえ聞いて、私フランス語喋れるんだっていつ時枝さんに言うの? どんなタイミングでそれ言うのよ、私おかしな奴でしょ」
-- すごい、誠さん面白い!
「なんだよ(笑)」
-- でも、それってある意味反骨心ですものね。相手の皮肉や嫌味を正面から受けてその上行ってやるっていう。大変なお仕事ですよね、華やかとは言え。
「そうだね。何クソって思う性格だから乗り越えられた部分もあるし、前向いて頑張れば、何とかなる事もあるんだなって、そこは本当勉強になったよ。でも具体的な事一つ言うとさ、インタビュー、あるでしょ」
-- はい。モデルとしてお受けになったインタビューという意味ですか?
「そう。やっぱり私の場合活動の場が女性誌だけあって、ファッションの事はもちろん恋愛の話も皆するでしょ。その時いつもいつも感じてた事があって。流行には皆敏感なくせに、なんで恋愛の話の時だけ口を揃えて古臭い、同じ事ばっかり言うのかなって」
-- はは、それはつまり?
「どんなタイプの男性が好きですかー?面白くて優しい人が好きですねーって」
-- (笑)。いや、でも実際そうじゃないですか。
「全然違うよ、そんなのウソだね」
-- ウソじゃないですよ(笑)。
「ウソだね。考えてみなよ。そんなさあ、相手の条件見て好きになる事なんてある?好きになったらその人がタイプなんじゃないの?」
-- ですが、面白くて優しいから好きになってしまう、というのは自然な流れでは?
「そんなの人付き合いの基本でしかないじゃん。そんな事言ってたらさ、時枝さんだって面白くて優しいでしょ。ただそれだけで、世界中の男共から求愛される?」
-- あー、なるほど、確かにそんな夢のような事態にはなりそうもないですね。
「でしょ?」
-- それはそうかもしれませんが、それでも条件ありきで人を選ぶ人はたくさんいますよ。それこそ男女関わらず、優しいとか、可愛いとか、面白いとか、仕事が出来るとか。その程度なら条件とすら皆思ってないかもしれません。
「でもそんな人さ、本気で人を好きになってないよね。そんな通販のカタログ見て品定めしてるような人がさ、キラキラ着飾って流行最先端謳ってんだよ? それが私ずっと悲しくてさ。モデルの仕事、格好いいな、好きだなって思ってるから余計にさ、そんな人しかいないの!?って思ってたし。どっかで私がオカシイの?って悩んでもいた」
-- 人間的なソリが合わないと感じておられたんですね。
「全員がそんな人ばっかりでもなかったけどさ、でも、皆が考えてる程突き抜けた個性の塊っていう世界ではなかったな」
-- でもそれは、モデル業界だから、というのが理由ではありませんよね。
「もちろん違うよ。だけど少なくとも情報を発信する側ではあるじゃん。なのになんで皆同じこと言うの?って」
-- では誠さんはいつも、どのようにお答えになってなんですか? そういった恋愛に関するインタビューの場では。
「ほとんどの場合で正直に、タイプなんてないですって答えてたよ。でもそれって良い子ぶってるとか意見の無い面白くない奴って思われるから困ったよ」
-- そうですよね。インタビューする側からすれば、真意を測りかねると思います。
「真意っていうか本当にそのままなんだけどね。だって、もう、時枝さん相手だからこんなこと言えるけどさ。私、翔太郎が優しくなくても好きだよ。面白くなくたって好きだもん」
-- うわー!照れる!超照れるし、またなんか泣きそうです!
「あはは。でも、そうよ。まず相手を大切だと思う気持ちが一番手前にあるからね。最初に好きにさせてくれたのは向こうだし、あえて言葉で表現するとしたら、どういう所が好きですか、翔太郎であればなんでもいいです、だね」
-- もうなんかちょっと、腹が立って来た。なんなんですか!?
「あははは!いや、でもさ、ホント、このぐらい言えよなーってずっと思ってたもん。誌面読みながら」
-- ああ、確かにそこまで話せる人に出会った事は一度もなかったですね、私も。仕事と、プライベートの本音を分けてしまうんでしょうね。やはりそこは女性らしいというか、ある意味現実的というか。
「うーん。別にさ、いつでもどこでも本音で生きろって言いたいわけじゃないんだけどね」
-- でも実際にそこまでストレートに愛情表現されると、グイグイ食いつかれて困った事はないんですか?
「名前言ってないだけで、基本的には恋人いますっていう情報はずっと出してたよ」
-- ああ、確かにそうでしたね。翔太郎さんはその辺り何か仰ってましたか?
「…私さ、翔太郎といる時仕事の話ってしないんだよ」
-- え、そうなんですか。全て曝け出してお話をされているイメージです。
「前にちょっと面倒な事があって、あの人の頭に余計な情報を入れたくないというか」
-- 余計な情報?
「どこどこで誰々と仕事したとか、どんな仕事だったとか、そういう具体的な情報」
-- はい。へえー。
「だから私も翔太郎のバンドの話とかは極力聞かないようにしてたんだよ。私は話さないのに、こっちだけ聞くのは申し訳ないしね」
-- はい(笑)。
「だからほんと最近まで、翔太郎が私の仕事をどう思ってるか知らなかったし、自分の恋人が表に顔の出る人間ってどういう心境なのかなって、実はずっと気にはなってたんだ。でも私があの人を世界的なギタリストだと意識してないのと同じような感覚で、向こうもそんなに気にしてないのかなーとは漠然と思ってる部分もあって」
-- 私もそういう人な気がしますね。好きにやればいいよーっていう。
「そうなんだよ。やっぱそう思うよね。ただなんで私が気にしてたかって言うと、知り合った時は10代の子供だった私がモデルになって、平たく言えば他人に自分を見せるっていう仕事を始めたでしょ。そういうのってあの人にはどう見えてたのかなって。私自身若い頃は、自分に興味もなかったし、人に見られる事も、人前に出る事も、…なんていうかな、特別重要な事だと思ってなかったからさ」
-- 誠さん自身の中では、カメラの前でポーズを決める事は出来ても、その姿を自分を知る人間に見られる気恥しさのようなものはなかったですか?
「ああ、そりゃあ最初の何回かはあったよ。若い時は週刊誌でグラビアのお仕事もしたしね。お尻の形丸出しとか、背中全開とか普通にあったし」
-- それって撮影している間はいろいろと、他のスタッフの目にも入りますよね。
「一応周り全員プロだからお互い自然と気を付けてはいるよ。でもまあ、見えてただろうね」
-- うわあ、やっぱりそうなんだ。
「あはは。まあでも、そういうのはさ、現場に入っちゃうと2、3回で慣れるんだけど、出来上がりを翔太郎に見られるのは嫌だったね。グラビアは流石に私の中でも特殊っちゃー特殊な仕事だったけど、そういう部分もひっくるめて、私は『あくまでモデル』というか、私を見て欲しいわけじゃなくて、洋服やアクセサリーを飾っておくマネキンで良かったんだよ。格好良いマネキンでありさえすればいいって思ってたし。そう思ってたから余計に、見られることへの抵抗もなくなっていったかな」
-- なるほど。翔太郎さんが仰ってた言葉を今ふっと思い出したんですけど。煙草を買おうと思って適当にコンビニふらーっと入った瞬間、雑誌コーナーに誠さんの顔があって、『え!?』っていまだに立ち止まるって仰るんです。
「あー(笑)。知った顔が雑誌の表紙になってるのは違和感あるよね」
-- それもそうですし、単純に、『綺麗な人だなー。誰だこれ、誠だこれっ』て仰ったの聞いて私爆笑しましたよ。
「ああ、嬉しいなーそれ、普通にそういうのが嬉しいね」
-- あの方って自分にも他人にも厳しいですけど、頑張ってる人にはきちっと周りの意見に左右されず評価されるんですよね。なので誠さんのその雑誌の表紙の件だけではなく、以前にも仰っていたのが、


『俺なんかでも知ってる雑誌の表紙を飾るような女の子がさ、家帰ったらたまにいて、勝手にソファー座ってテレビ見てんの。その姿は15年前から全然変わらない、阿保なガキだった頃の横顔と同じなんだけど、普段は俺の知らない所へ自分の足で歩いて行って、めちゃめちゃ努力しないと絶対に出来ない仕事を、ちゃんとあいつはやってるんだなって改めて思ったりするんだよ。それって別に世間的には当たり前の事なんだけど、俺はやっぱりずっと知ってるからな、あいつを。だから今でも急に、誠を見てるとこう、震えが込み上げて来る時があるよ。保護者面してるみたいで嫌だから、言わないけどね』


「…ふうーん(頬杖を突いた手で口元を隠し、そっぽを向く)」
-- 泣いてもいいですよ。オフレコにします(笑)。
「泣かない。今日は泣かない。…でもちょっと色々思い出してやばいな、…やばい」
-- …ごめんなさい、どうしても伝えなきゃって思って言いましたけど、カメラ回ってる前で言うべきではなかったですね。
「平気、聞けて良かった。ごめんね、変なタイミングで泣いちゃって」
-- いえいえ。調子に乗りました、すみませんでした。でもそれで可愛らしいのが、コンビニで立ち読みするのが恥ずかしいから、凄い速さで誠さんのページだけ見て帰るらしいです。
「はは!買ってよ!あー! もー! 面白すぎる! 40だぞあの人ー(笑)」
-- 世界屈指のウルトラプレイヤーなんですけどね。
「ムフフ」
-- 素敵なご関係だと思います。
「私、こないだも言ったと思うんだけど。…ちゃんと体を見てもらったのね、帰って来てすぐ、その日のうちに」
-- はい。
「びっくりしたんだけど、…思った以上にあの人泣いたんだよね。それこそ今自分で言ってたみたいに、震えるぐらいにさ。そういう翔太郎を見る事ってもう長い間なかったから私も一緒になって大泣きしちゃって。でさ、さっきの私の仕事の話に戻るんだけど、その時何か一つ答えを貰ったような気がしたの」
-- 答え?
「私がモデルとして自分の顔や姿を写真に収めて、それが公の物になってる事について、あの人がどう思っていたか。直接的な意見として肯定も否定もされてないけど『あ、大切に思われてたんだな』って、そう感じた」
-- …なるほど。
「うふふ、やーい、泣いてやんの」
-- うふふふ。
「モデルとしてとか、普段の私としてとか。そういう区切りをつけるような人ではなかったなって。やっぱり私小さい事気にしてたんだなって思えて嬉しかったし、その反面、相談もせずにおっぱい取っちゃった事については、謝ったよね」
-- 怒ったりはされなかったんですよね。
「もちろん。だけど悲しんでくれてる姿を見た時に感じたのが、これはひょっとして私以上に寂しいとか辛いって思ってくれてるんじゃないかなって。例えなんの意志も感情もないただの脂肪分であったとしても、それでも30年間ここにあった物は、やっぱり関誠だったんだよなって。そういう風に思ってくれてた人にはちゃんと言うべきだったって、そこは本当後悔した。だからもういいんだ。仕事とかモデルとか、そういう肩書を気にして何かを語る前にさ、一人の女として翔太郎を大切にしようって思ってるから」
-- 分かりました。…あー、やばい。
「あははは」
-- 無理やり話戻しますけど、誠さんにとって翔太郎さんと竜二さんを別けた理由ってなんだと思われます?
「なんで翔太郎を選んだのかって事? そうだな。なんだってそうだと思うんだけど、『距離』なんじゃないかな。何かあった時、より私の近くにいてくれたのが翔太郎の方で、竜二さんはとっくにノイちゃんがいたからそもそも私に女としての興味なんかなかったよね。厄介ごとに巻き込まれて面倒くさそうだったし、腹立つぐらい私ガキだったし。翔太郎も下心があるようには見えなかったけど、竜二さんよりは、側にいてくれたかな。あの頃はみんな今よりも尖ってたけど、それでもやっぱり翔太郎は優しい」
-- 何があったんですか?
「あはは、それは。…物凄い長い話になるからまた別の機会にしない?」
-- 分かりました。

(後に彼女の告白を元に執筆した著書、『たとえばなし』を上梓させていただいた。弊社より刊行中。是非お手に取って頂きたい)

「出会った時私は子供だったけど、女だったし、少しくらいは意識して見るじゃん。街ですれ違ってナンパとか、学校で知り合ってとか、何体何の合コンでとか、そういうありふれた出会いではないし。…はっきり覚えてる感情があってね。私その時色々抱えてて、怖かったり、焦ってたり、いつも緊張状態にあったんだけど、どんなピンチな状況で、膝がガクガクするような時でさえ、翔太郎が私の前に立ってくれるだけでなんでもない事のように感じられたの。その安心感の凄さっていうのは、今でも覚えてるんだ」
-- 安心感。
「私ね、時枝さんからどれだけ熱っぽくギタリストとしての伊澄翔太郎を語られてもピンとこないのは、今でも夢に見るぐらいその頃のイメージが強いからなんだと思う」
-- なるほど。そういう事だったんですね。
「時枝さんの中で、翔太郎はスタジオや、ステージにいる人でしょ? 私も最近やっとそういう彼を思い出せるようになってきたんだけど、ほんとついこないだまでは、私の中で翔太郎はまだ街にいるイメージだったんだよね。竜二さんや、大成さん、アキラさん達と笑い合いながら走り回ってる」
-- 10年以上経ってもまだそのイメージが強いというのは、相当思い入れの深い時代という事ですよね。
「そうなんだろうね。そんなに長い間続いた時代の話じゃないんだけどね」
-- 大立ち回りを見た事もあるとか。
「喧嘩? うん、見た見た。映画みたいだったよ、思い出して今でも笑う時あるもん」
-- 怖くはないんですか?
「その時の感情はやっぱり、安心だったような気がする」
-- それはつまり、誠さんを守るような立場での、争い事と言いますか…。
「なんか安いドラマの話してるみたいだね(笑)」
-- ほええ。
「出た(笑)。でも全然、気分いいぜー!みたいな感じではなかったよ、もちろん。後になって申し訳ない気持ちにもなったし、一杯色んな人に頭下げたし。でもその瞬間、私の目の前で彼らが大暴れしてる姿というのは、…ああ、これで大丈夫だっていう、安心感だったね」
-- 皆さん相当喧嘩がお強いと聞いています。
「何、どこまで引っ張るの? 喧嘩の話好きなの?」
-- 全然好きじゃないです。でもちょっと、思う所ありまして。
「何?」
-- 私の友人で、以前パンクバンドを主に取材していた雑誌記者がいたんです。もう辞めてしまったんですけどね。その子と最近偶然会って、当時の話とか心境とかを改めて聞いたんですよ。
「喧嘩ばっかりする人だったの?」
-- いえいえ、女性です。取材相手のパンクバンドがそんな話ばかりするんだそうです。たまたまなのかもしれませんけど、ライブハウスでよく怪我人が出たり、実際何度も打ち上げ先で警察沙汰に巻き込まれたり。
「ああ、そっち方面でか」
-- ええ。それが嫌でやめてしまったのを知っていたものですから、おそらく人より喧嘩の話は好きじゃないんです。
「それは、うーん、勿体ない話だね。念願叶って出版社に就職できて、好きなバンドの取材でご飯が食べられるっていうのに」
-- そうですね。その子も、音楽としてのパンクロックが大好きだったので、ひとつの側面でしかないとは言え実際に触れた現実がそのような血生臭い実態であった事が、かなりショックだったようです。
「という事はいわゆるポストパンクとか、割と年代の若いポジティブなパンクとしての、メッセージソングが好きだったんだね」
-- そうですね、そうだと思います。誠さん煩い音楽嫌いな割に意外とお詳しいんですね。
「私じゃなくて他の皆がね。翔太郎たちが10代の頃よく聞いてたパンクって、ポジティブなイメージはないしそういう捉え方が出来ないような時代の、『世界をぶっ壊してやる』系のハードコアなレベルミュージックだったからね。時枝さんのお友達が体験したようなキナ臭い世界が、どちらかと言えば私なんかでも馴染みのあるパンクだよ」
-- そうでしたか。いやいや、貴重なお話が聞けました。
「それでどうなったの?」
-- その子が辞めちゃってもう5年程経つんですけど、その間会って話すことはあっても仕事の話題は避けていたんです。ですが、今回ドーンハンマーの密着取材を進めるうち、どうも彼らの中にもそういった暴力的な世界が見え隠れするようになって、相談してみたんです。
「あはは、暴力的な世界か。まあやってる音楽自体がそうだし、時枝さんも今の業界10年でしょ? ある程度彼らがどういうバンドなのか知ってたんじゃないの?」
-- 予備知識としてはありましたけど、実際メタルバンドのそういった逸話って、本人達に確認をとってみればそんなにピックアップするようなレベルの話ではないことが多くて。私今の仕事を始めて思うのは、メタル畑のミュージシャンって、怖いのは見た目だけで実は紳士が多いんですよ。
「そうなんだ(笑)」
-- あとオタク体質な人とか。だから、彼らのような本物のミュージシャンからそういうエピソードが出てきた事が少しショックではあったんです。どう向き合うのが正解なのかなと。そういうった面を避けるべきなのか、密着取材である以上避けるべきではないのか。やっぱりこれは付き纏い続ける問題なのかなあ、とか…。
「時枝さん」
-- はい。…なんでしょう。そんなにじっと見つめられたら、腰のあたりがムズムズします。
「翔太郎達の敵に回ったりしないでね」
-- へ!?
「申し訳ないけど、私それだけは絶対に許さないよ」
-- 違います違います!真逆の話ですから!
「そ? ならいい」
-- え、言っちゃっていいですかね。めっちゃ怖い!
「あはは、嘘うそ」
-- 嘘じゃないです。前に、繭子が誠さんめっちゃ怖いって言ってた意味が今理解できました。
「あいつー」
-- あはは、あー、まだ心臓がバクバクしてる。いやいや、違うんです。その相談の内容っていうのは、私も最近取材相手からちょくちょく、喧嘩や過去の暴力的な思い出話を聞く機会があったんだけど、不思議なぐらい嫌悪感を抱かないと。どうしてだろうね、って。その友人の子とは、何が違ったんだろうねって、そういう話です。
「本当にー?」
-- 本当ですよ!逆にどういった話をすると思われたんですか?
「やっぱり程度の低いチンピラバンドだったよーとか、そういう笑えない笑い話」
-- するわけないじゃないですか!
「うわ、…っとお、びっくりしたあ。怒ると立ち上がるタイプかあ。ごめんごめん、ちょっと本当の所確認しておきたくて」
-- 私、ここまで来たら何があっても彼らを嫌いになんかなりませんよ。私彼らがどれだけ本気で世界を獲ろうとしているかこの目で見てますから。今後どんな話が飛び出そうとも、絶対彼らから逃げないし、最後まで全力で全うしたいと考えています!
「分かったよ。そうだよね。ごめん。だから座って」
-- いえ、私の話し方がいけませんでした。誤解を与えるような話し方ですみません。ちょっとお酒追加しますね。
「まだ飲むの!?」
-- 飲まずにはいられません。私、そもそも男の人の喧嘩話とか武勇伝とか、馬鹿にしてる部分は確かにあったんです。その友人の子から色々聞かされる以前から。でもドーンハンマーにはまず音楽で心臓を鷲掴みにされて、実際会ってお話をしてすぐメロメロになって。トマトサワーお願いします!そんな彼らから聞く話だから平気に思えたのか、気づいてないだけで何か別の理由があるのか。そういった部分の話なんです。
「なるほど(笑)」
-- その友人の子が言うには、ほとんどのバンドが持ってた暴力的な怖さって、実は大きく分けて2つのパターンしかなかったらしいんです。一つはカースト。もう一つは病気。このどっちかなんですって。
「カースト制度のカースト?」
-- そうです。それこそ今でいうマウンティングですよね。誰が強い、どっちが強い、あのバンドはやばい、アンタッチャブルな噂話、上下関係。そういうのを広めて、業界内で自分達のポジションを上げてテリトリーを拡大していくための手段です。それをする事で、自分達の名前を広めやすく、単純に一目置かれる存在になる事で流通にも影響してきます。
「昔からよくいるタイプだよね」
-- インディーズパンクが隆盛を誇っていた頃はこの手のバンドが幅を利かせていたように聞きました。もう一つが病気。ドラッグジャンキーなんかもこの手合いです。あとは単純に性格的な喧嘩馬鹿。あるいはその2つの要素を兼備えた本当に危ないバンドもいたり、そのファンがもっと危なかったりで、…まあ、相当嫌いだったようです。
「面倒くさい人多かったもんね」
-- 実際誰かとお会いになられた事があるんですか?
「あるよ。あるけど、誰かっていうとまた…、ややこしい話になるから。バンドがイケイケだった頃は色んなトコと対バンしてたし、なんでか私もよく誘われたんだよ。翔太郎は嫌がったんだけど、竜二さんがとにかく呼ぶの、私を」
-- 見せびらかしたかったんでしょうかね。バンドの側にいい女は付き物ですから。
「あはは! いやぁ、分からないけどさぁ。でも断れないよ実際。そんな事ぐらいで悲しい顔されるの嫌だし」
-- そうですよね。
「あと繭子の側にいてやって的な理由もあると思ったから、そうしてたんだけど。だけど今思うと明らかに私らが並んで座ってる時の方が揉め事多かったんだよ」
-- 嫉妬ですねえ(笑)。
「かなあ。何かそれを楽しんでる風でもあったし、やっぱあの人達も病気なのかなあ」
-- いやいや、違いますよ。その友人と話していて、ドーンハンマーはどちらでもない気がするって答えたんです。そしたら彼女も、確かにそのどちらでもないけど暴力沙汰の絶えないバンドは、少ないけどいるよね、って言ったんです。
「へえ。どちらでもないバンド」
-- はい。彼女が言うには『群れから外れたがるバンド』だそうです。
「あああ、あはは」
-- そうなんですよね、ここなんですよ。あと私が付け加えたいのが、自分を貫くバンド。そういうバンドって、どちらからも嫌われるし、攻撃対象にされやすいから自分からアクションを起こさなくても暴力の渦から離れられないんだそうです。
「その子もよくわかってる子だね」
-- 私もそう思って感心しました。その子と話せて良かったです。迷いが吹っ切れたので。
「何を迷ってたの?」
-- 翔太郎さん達の、過去の出来事をお伺いしたくて。
「いいの? それこそ音楽からかけ離れてっちゃうよ?」
-- それでも。あの方達の全ては今に繋がってるんだと確信が持てたので。
「そっか。…まあ、話す話さないは彼らが決める事だしね。少なくとも皆自分の事あまり話したがらないから、我慢強く粘らないと、嬉々として話してはくれないよ」
-- はい、今はもう覚悟してます。以前繭子に聞いた時、結構泣いたという感想を教えてもらって、正直物凄く迷いがありました。私の友人が体験したような、血生臭い話だったり、誰かが傷ついたりするような話だったらどうしようって。だけど、さっきの友人の言葉を聞いて、思ったんです。
「群れから外れたがるバンド?」
-- なんだか、繭子みたいじゃないですか?
「ああ。うん、そうだね」
-- 絶対に自分を貫く所も、同じ。繭子贔屓の私としては、彼らの体験したことから目を背けるわけにはいきません。
「バンドに対して音楽の話だけしてたって、上辺をなぞってるのと変わらないもんね。彼らの魅力がそれで一杯引き出されるんなら、良いんじゃないかな。もちろん、そうならない時は記事にしないって約束してくれるよね」
-- します。
「いや、泣いたら私脅してるみたいに映るじゃん」
-- 嬉しいです。誠さんとこういう話が出来て。ただ単に、翔太郎さんの恋人としてだけではなく、バンドの側にいる人間として彼らを守りたいという気持ちを強く持っている事が伝わってきました。
「あはは。それこそ翔太郎じゃないけどさ、もしも私にやれる事があるんなら全部やる気でいるよ。ただ悲しいかな何にもないから、私はこれまでの自分を振り切ってでも彼らについて行くんだよ。一回でも多く翔太郎に笑って欲しいからね。翔太郎が笑えば、みんなも笑うと思うんだよ。だからそう信じて、海なんてひとっ跳びだぜい!いえい!」
-- ああああああ。
「何なにいきなり、どーしたの、吐きそう?」
-- 私、一日で分かっちゃいましたよ。
「分かっちゃったの? 何を?」
-- 大成さんです。大成さんとお話した時に言われたのが、『誠の側に一週間いてみな。あいつの凄さが分かるよ』って。
「何それー?」
-- その時はまだ誠さんが帰っていらっしゃる前だったので、その場で私聞いちゃったんです。どういう意味ですかって。まさかこんなに早く面と向かってお話をさせて頂く機会に恵まれるとは、思ってもみなかったので。
「大成さんかー。あの人はなー。全部知ってるからなー。弱ったな」
-- どういう意味の全部ですか?
「なんていうかな。女ってお喋りだから横の繋がりの中では全部が共通認識になる事多いでしょ。でも男はそうでもないじゃん。特に翔太郎達も、お互いに自分達のプライベートな話とかしないんだよ。だから普通男側は女側の事あんまり知らないし、逆もそうじゃん。ただ大成さんはさ、織江さんと色々話をするから、男側の出来事も、女側の共通認識も、全部耳に入っちゃうの」
-- なるほど(笑)。自分の目で見た物と、織江さんから耳に入る物と。
「そう。…で、あの人なんて答えたの?」
-- 『あいつは俺が出会った中で一番綺麗な顔してる。でもそれ以上に、俺が出会った中で一番努力してきた人間だと思う』って。
「大成さんが?」
-- はい。失礼ながらちょっとした衝撃でした。織江さんや繭子を差し置いて、誠さんが一番に踊り出るの!?って。
「あはは!そりゃそうなるよね。ええ、なんだろう。やばいな、意味も分かんないのにもう泣きそうになって来たよ」
-- 録画した映像持って来てるんで、見てもらえますか。
「勝手に見て平気なの?大成さん怒らない?」
-- 許可は得てます。


『人を好きになるのは簡単だと思う。けど人から愛され続ける事の大変さってのもさ、何となくだけど分かりそうなもんじゃない。俺達も人気商売だからさ、恋愛のそれとは全然違うかもしれないけど、駆け引きみたいな考え方の部分では、似てる所もあるからね。だから誠の持ってる愛情の大きさは並大抵じゃないと思うんだよ。皆初めは誤解するんだけどね、あいつの顔が綺麗すぎて、やっぱソコなんだろうって。いやいや、翔太郎はそんなんで落ちないよって、俺達はとっくに分かってるからさ。あいつ、どっか狂ってるからね、特に20代なんて。…そんなあいつを15年連続で落とし続ける事が出来るのは誠だけだし、努力の結晶だと俺は思ってるよ。良い仕事してると思う。誠の笑顔見ると俺達まで幸せになるもんな。ただ笑顔でいるって、それだけでも本当に凄い事なんだって分かってるし。…なんかさ、俺らってやっぱりどこかずるいと思うんだよね。そもそも好きな音楽をやっててさ、やりたい事をやりたいように、やりたいだけ追及してるんだから、そんなの上手くなって当たり前だよ。答えを先に出してそこへ向かって走ってるような物だし。でも、出会った時の、…15年前の誠に答えなんかなかったよね、きっとね。翔太郎って他人に自分を掴ませない所あるから、そもそもあいつの方から掴んでやらないと、誠は全然安心出来なかったと思うんだよ。するのは好きだけどされるのは嫌いっていう典型的なドエスマンだし。その上で、今日も明日もそこにいるか分からないようなフラフラした奴をずっと側にいて支え続けるって、言ってる言葉以上の努力が必要なんだと思うよ。ちゃんと相手を見て、自分が動かなきゃいけないからね。今自分で言ってても、誠のこれまでを思い返すと溜息出るもん。…誠が何かの楽器なら、ベースなら、めっちゃくちゃ良い音鳴ってると思うんだよなー。フフ、うん、マジで』


-- 大成さんらしいコメントだなーって思いながら、私笑いながら泣いちゃってました。やっぱり嬉しいなーって。やっぱり誠さん好きだなーって。もう一度会いたいなーって。…もしかしたら大成さん、その時には誠さんが帰っていらっしゃるって知ってらしたのかもしれませんね。
「あー、やばいやばい。化粧全部落ちちゃうよ」
-- とてもお綺麗です。
「揶揄わないでよ」
-- 本心です。
「翔太郎、ボロカスに言われてるのが笑えるね。あの人さー。…大成さんさ。若い時からそうなんだけど、本当に気遣い半端ない人なの。言葉でひと口に優しい人って言っても色んな種類あるけどさ、竜二さんや翔太郎とはまたタイプの違う、気遣いの人っていう印象があって」
-- 性格なんでしょうかね。
「それもあるし。実を言うとさ、私に関してはいつも気にしてくれていたのはアキラさんだったの。あ、この話したよね。それでね、アキラさんが亡くなってからは、大成さんがその肩代わりをしてくれるようになったんだって思ってるの」
-- ああ、そうだったんですか。
「わざわざ聞いたりしないから分からないけど、そんな気がする。もちろん一番近い距離にいるのは翔太郎なんだけど、…どう言ったらいいかな」
-- 誠さんだけでなく、お二人の事をずっと気にしていらした?
「ん? そうなの?」
-- いや、分かりませんけど。…半年前、誠さんがああいった形で皆さんの前から去った時、私その場にいましたよね。最初、大成さんとお話していた所へ織江さんがお見えになられて、翔太郎さんと誠さんが別れたらしいっていう話をされたんです。
「へえ、そうなんだ。びっくりした?」
-- いえ、びっくりというか、私はバンド内のそういう話題には本来乗っていかないタイプのライターだったので、聞いてていいのかなあなんて思いながら呑気なものでしたけど(笑)。ただ、その時の大成さんのショックの受け方がちょっと普通じゃなかったというか。え、そんなに大成さんが傷つく話なの?って思ったぐらいでした。
「ああああ、そうなんだよ。そういう人なんだよ。だからそれも、私達二人をって事じゃなくて、私が結構心配されやすいタイプなんだよ、昔から」
-- 無鉄砲なんですか?
「そう聞くとそんな想像するでしょ。でもそんな事ないと思うんだよ自分では。結構ちゃんと考えてるし。ただね、私皆と違うのは、大事な事を誰にも相談しない癖があるの」
-- それは心配しますよ(笑)。
「やっぱり? 大成さんから聞いてるかもしれないけど、私割と早くに両親を亡くしててね」
-- いえ、え、初耳です。
「そ? 実はそうなんだよ。皆に出会うちょっと前の事なんだけどね。翔太郎に指摘されて気付いたんだけどさ、私バカみたいな下ネタとかどうでも良い話はベラベラ喋るくせに大事な事は誰にも相談しないみたいなんだよね。本当は色んな事をお父さんやお母さんに話す筈の場面でさ、その、行き場を失ったような感覚に陥ってるように見えたって言われて。逆に意固地になって自分一人で考えなきゃ、やんなきゃって思ってるんじゃないかって。…私より早く泣くんじゃない(笑)」
-- 大丈夫です、聞いてます。
「だけど、言わないだけであって自分なりにちゃんと考えてはいるんだよ。ああ、でも今回の病気の事も結局自分で決めてるもんね。変わってないなあ、私やっぱり(笑)。…そうそう、そんなんだから、心配かけてた部分はあると自分でも分かってるの。…これ言って良いか分からないんだけど、あのスタジオ行った日さ、半年前に。あの後って、私タクシー呼んでもらって玄関先で大成さんと待ってたんだけどさ、あの人泣き出したんだよ」
-- …え、大成さんがですか?
「ごめん、って言うの。私に。だけどそれしか言わないの。もうね、ギリっギリだった、私。全部言おう、今全部言ってしまおうって、本気で考えた。もうあとちょっと、タクシー来るのが遅かったら縋り付いてたと思う。…謝らないでくださいって、私もそれだけ答えて。それでも、ごめんなって。ずーっと見てきてもらってたんだもんなあって改めて思ったよ。アキラさんにも、大成さんにも。出会ってから今まで、翔太郎ばっかり追いかけて、面倒ごとばっかり起こして迷惑かけてきた。モデルになってからも、バンドが軌道に乗ってからも、世界を相手に戦いを挑んでいる間も、変わらない距離でずーっと見守ってくれてたんだなっていうのが、大成さんの涙を見た時にようやく気が付いたんだよ。あんなの初めて見た。いっつも心配ばっかりかけて、あんな優しい人達を泣かして、…なんなんだよ私はって。何をやってんだよって。久しぶりに帰ってきた時、あの後真っ先に大成さんに頭下げたもん。あの日、心配かけたまま行ってしまって、すみませんでしたって。そしたら、ニッコリ笑って、そんな事どうでもいいって。また会えるのは分かってたって。じゃあなんで謝ったんですかって聞いたら、『お前が一人で悩んだり、行き場をなくしたりしなくて済むようなオッサンでいようなって、竜二といつも話してたから。お前がどういう奴なのか分かってたくせに、いざって時に何にも出来なかった事が悔しかったんだ』って。身勝手な理由で翔太郎から離れようとした私にさえ、そんな風に思ってくれてたんだよ。もう私、大成さんの胸バシ!って叩いて走って逃げたもん(笑)。号泣とはこのことか!ってくらいトイレで大泣きしたよ。今の時枝さんの5倍泣いた」
-- はああー。
「ため息がでかいな(笑)」
-- ふううー。
「泣きすぎてこの部屋酸素薄いよね」
-- やばいなー。私やっぱり向いてないかなー。
「あははは、めっちゃ泣いたもんね。人の事言えないけど」
-- 大成さんやばいなー。
「いい人でしょ。そりゃあ織江さんも落ちるよ」
-- 分かります。
「まあ、それぞれ皆いい男なんだけどね。実は私も昔、彼らを分析したことがあって。聞きたい?」
-- 是非!
「あの人達ってさ、3人が3人とも自分を長兄だと思ってるんだよね」
-- 長兄? 兄ですか?
「うん、言うなればドーンハンマー4兄弟。今は繭子が一番下だけど、アキラさんがいた頃も、アキラさんが末っ子体質だったの。だけど他3人はそれぞれ自分が一番上の兄貴だと思ってるの」
-- あはは、あー、面白い考察ですねえ。
「時枝さんは誰が一番上のお兄ちゃんだと思う?」
-- ええ、誰だろう。やっぱり竜二さんかなって思うんですけど。でも、いや待てよ、って考え直したくなるぐらい皆さん突き抜けた兄貴肌ですもんね。
「バランスが丁度いいんだよね。繭子がいるおかげで皆それぞれお兄ちゃんの役割を果たせてるもんね」
-- そこは大きいですよね。却ってバランス良すぎて誰かが頭一つ抜けるような印象になりませんよね。ちなみに誠さんはどなただと思われますか?
「私も竜二さんだと思うよ」
-- やはり、なんとなくそう思っちゃいますよね。なんとなくは失礼か(笑)。竜二さんは見た目から動きから笑顔から器から、何から何まで人としての大きさを感じます。
「昔からそういう人だね。一番後ろでドンと構えて、最後に出ていくような大将キャラ。何が面白いって、そうは思いながらもそれぞれ一番上の兄貴はなんだかんだ俺だろって思ってる所が笑えるんだよ」
-- そうなんですか(笑)。
「そう、本心は分かんないけどさ、なんでか知らないけどそこは絶対に譲りたがらないね。でも説として一番有力なのはさ、皆に言わせると翔太郎は特攻隊長らしいの。特攻隊長ってのは一番上の兄貴がやるもんじゃねえって(笑)」
-- どういう意味なんでしょうかね、特攻隊長って。
「揉め事があるとイの一番に飛んでって引っ掻き回す奴」
-- あははは!
「確かに一番手を出すのは速いね」
-- ああ、そうかー。それで言うとそうなのかなあ。でもあの人の持つ優しさの種類って特別な気がするんですよねえ。
「お、私を前にして語るじゃないか。どういう了見だ?」
-- 了見(笑)。場当たり的では決してないというか。今だけを見ずにずっと先の事まで考えてくれている優しさと言いますか。その場では計り知れないぐらい大きな一手を打ってくる人だと思います。
「おいおいおい!あげないからな!」
-- 残念(笑)!でも大成さんも凄いしなあ。
「まあまあ、誰が一番優しいとかって話になっちゃうと答えは出ないよ」
-- 確かに。特攻隊長だって言われちゃった翔太郎さんは、その時なんて答えを返すんですか?
「お前らの為に俺が切り込んでいくんだろうが、って」
-- うわーあ。
「そう。皆黙るよ、それ言われちゃうと。でね、少なくとも大成は違うって、竜二さんと翔太郎が結託しちゃうの。そしたらさ、大成さん笑って、じゃあ、まあいいよ、二番目でって」
-- 素敵(笑)。
「上手いよねえ。その時点で竜二さんと翔太郎どっちかが3番目になるからね」
-- 本当だ。…ってか何をそんなに争う必要があるんだっていう。
「これからさ、時枝さんはあの人達の過去に足を踏み入れていくわけでしょう。彼らがさ、お互いをどういう目で見ているのか分かった時に今の話思い出してみてよ」
-- ええ、何ですか何ですか。気になる言い方しないでくださいよ。
「お楽しみに~」



ドンドン!
乱暴にノックする音がしたかと思えば、驚き固まるこちらの返事を待たずして入り口代わりの襖が勝手に開かれた。思わず身構える。
だが姿を現したのが伊澄だと分かった瞬間私が感じた安心感は、例えようのないぬくもりの種類であった。
関誠を見る。
彼女は上目使いに私を見ていた。
何かを物語る微笑みをその目に浮かべ、ウーロン茶のジョッキに顔半分が埋もれていた。
今彼女はどんな言葉を私に投げかけているだろうかと想像する。
格好いいだろ。
安心したでしょ?
惚れちゃうよね。
また泣いてしまいそうなんだけど。
それら全部を彼女は思ったかもしれない。
しかし私が感じ取ったのは全然別の言葉だった。

『お膳立てはしたからね。あとは自分で頑張れ』

そう言われた気がしたのだ。
伊澄が現れると思っていなかった私は、いたずらっぽい微笑を浮かべた関誠に嘆息し、
無言で伊澄に深々と頭を下げた。
先日とは逆のパターンだ。
どぶろくを飲みすぎた私を心配したのか、どこかの段階で連絡を取ってくれていたらしい。
ノックの音が乱暴だったのは伊澄なりの冗談だったが、正直、俺はお前らの付き人じゃないぞという思いもあったように思う。
伊澄は迷うことなく誠の隣に腰を下ろし、「飲んでんのか?」と彼女の顔を覗き込む。
誠は満開の花弁のような笑顔で首を振り、そのまま私を指さした。
伊澄は片眉をクイっと持ち上げて私を見つめ、「またかよ」と溜息をもらす。
私は言うほど酔っていないと自分では思っていた。
少なくともスタジオで醜態を晒した日とは比べ物にならないほど意識ははっきりしており、
誰かの介助がなければ帰れないような状態ではなかったのだが、かと言って全く酔っていないわけでもなかった。
それに関誠と過ごした濃密な時間のおかげで、混乱と多幸感がぐちゃぐちゃになったような精神状態であることも否めなかった。
私は勢いに任せてこう言う。
「翔太郎さんは誠さんの一番すごい所ってどこだと思いますか」
句読点を含まない私の棒読みに伊澄は鼻で苦笑し、
「酔っぱらってるアンタにゃあ理解できないんじゃないかな」
と答えた。
「ごまかさずに教えてくださいよ」
と言った瞬間私は自分の背筋が凍りつくのを感じた。やはり、酔っている。
「ごめんなさい私勢いでも失礼がすぎました。お酒のせいにするのは卑怯ですが忘れてください」
永遠とも思える5秒を経て、伊澄と誠が2人して吹き出して笑う。
「可愛い人だね。でも危うくおしぼり投げそうになったから気を付けてね」
「なんだよお前、今日荒れてんな」
「私が投げないと翔太郎が投げるでしょ」
「投げねえよ。使用済のこれ(おしぼり)で化粧落とすけど」
「あはは、余計いやだ」
「誠の一番すごい所ねえ」
「お、教えて教えて」
「ざっくりしてんなあ。えー…っとおー…」
「あー、そういう感じかぁ」
「ある意味もう一つの人生では、ある」
「…全然分かんない。もっとスパーンとこう、スパーンと決めて。いつもみたいに」
「あはは、いやー、俺なりに今すごい考えて真剣に答えたんだけど」
「そうなんだ。…もう一つの人生…。何だろうね」
照れたような、困ったような顔で誠が私を見る。
しかし私は何も答えず首を傾げるに留めた。
伊澄はまるで私などそこにいないかのように優しい顔で誠を見やりながら、
彼らしい思い付いたままの言葉で話し始めた。
「たまに夢を見るんだよ、今でも。…ここどこだよっていうくらいの山合いに住んでんの、俺。山奥ってわけじゃないんだけど、周囲を全部山に囲まれた、色々不便そうななーんもない集落に暮らしてんの。別にジジイになってからの話じゃなくて、今の俺な。携帯も圏外だろうし、一応道は舗装されてんだけど、周りは田んぼと、ぽつーんぽつーんと離れて建ってる家しかないような場所で、仕事もせずに自給自足で暮してるわけ。俺意外と現代っ子だからそんな生活絶対嫌な筈なんだけどさ、夢の中だと穏やかで幸せな気持ちなんだよ。不思議と満たされてて、焦りも不安も何もないような。なんでかなってしばらくは分からないんだけど、ふと気づくんだよ。…あ、そうか。ここには誠がいるんだなって。どうやら一緒に暮らしてるみたいなんだよ。みたいってのは、夢によっては誠が出てこない時もあるからなんだけど、いるってのは分かってんだ。寝巻みたいな服装で玄関から出てきたり、一瞬しか姿を見せない事がほとんどなんだけど、でも笑ってる。面白い事が他に何もなくたって、ギター弾いてなくたって、周りにあいつらいなくたって、誠がいるって分かってれば楽しく生きていけんだなって、そう夢ん中では思ってる。何もしないなんてクソつまんねー人生かもしれないけど、そこに誠がいたら面白いんだって事に妙に納得してるっていう、そういう変な夢。夢から覚めてはいつも『たまに見るけどなんなんだこれ』って自分でも思ってんだけどな。けど目覚めた後もどっかで引き摺るような感覚が残ってて、そういう時に誠に会うと妙に納得する自分もいたりして。その夢がどこからくる物なのか分からないけど、やっぱり自分自身がそれをアリだと思ってるって事なんだろうなって。実際今はもう無理だけどな。俺ギターやめられないし、あいつら捨てられないし。…だから、それでもどこかの分岐で今の道を選んで俺はここにいるけど、きっと別の人生を選んでたとしてもそこに誠はいるだろうなって思ってるよ。それは凄い事だなって思うよ。…なんだよ、長々と喋ったのに珍しく泣かないんだな」
朦朧とまではいかないまでも、気を抜けば緊張の糸が切れてしまいそうであった混濁した酔いの境地と、感覚が鈍くなった現実の狭間をふわふわと浮遊しているような状態が功を奏したのだろうか。
私は少し掠れた伊澄の低い声を心地よく聞きながら、とても幸せな妄想を思い描いてうっすら笑っていたように思う。
関誠も笑っていた。そして静かに泣いていた。
伊澄は誠の手からジョッキを取り上げて喉を潤す。
「ビールじゃないよ」
恥ずかしげもなく隣の男を愛おしそうに見上げながら誠がそう言うと、車で来てんだから分かってるよ、と伊澄は答えた。
「ほら、結局酔っぱらって、よく分かってない顔してる」
伊澄は私を見ながらそう言うと、口をパクパクさせてなんとか言葉を返そうとする私にニッコリと笑いかけた。


この日の事ではないが、いつかのインタビュー収録の際、伊澄が私に教えてくれた事がある。彼が関誠と出会ってからこれまでの日々を思い返した時、たった一度だけ彼女に向かって弱音を吐いた事があるという。
たった一度なんですかと私が笑って尋ねると、伊澄は臆面もなくこう言った。

「あいつ(誠)がいたでせいで弱音みたいなもんは、もう吐けなくなったんだよ」

それが嘆きなのか惚気なのかすぐには判断が付かなかった。
しかし考えてみればたった一回でも、あなたが誰かに弱音を吐く姿を想像できないですね。出会って間もない頃ですか、という私の問い掛けに伊澄は黙って頷いた。
なんと仰られたんですか、というストレートな食い下がりには、笑って首を横に振った。
私が関誠にその言葉を覚えているかと尋ねたある日、外は偶然雨が降っていた。
とても寒くて冷たい夜に、誠はバイラル4内会議室の窓を開けて私を手招きする。
怖いほどの激しい雨音が会議室に飛び込み、彼女が笑顔で発した声が全て掻き消されてしまった。
「なんですか?」
と私が耳を近づけると彼女は窓を閉めて、両腕で体を抱きしめて震えた。
お道化た様子で窓の側を離れると、「てな具合にさ」と言って振り返る。
伊澄が関誠にたった一度の弱音を吐いたとされる日も大雨で、全身がボトボトに濡れ沈む屋外での出来事だったという。

『何一つ自分の思い通りにならないでただ時間だけが過ぎて行く。
振り返る事も出来ずに自分の意志では止まる事も出来ない。
何かにぶつかるようにして霧のように消え去る。
きっと俺は、そういう終わり方をすると思う』

伊澄の声が全く耳に届かず、触れるか触れないかぐらいの距離まで体を近づけてようやく聞いたその言葉に、彼女は驚きのあまりすぐに返事をすることが出来なかったそうだ。
とても後悔したのを覚えているという。
その日は別れてお互いの家へ帰る予定だったのだが、その道すがら堪えきれなくなった誠は踵を返すなり走って伊澄の元へ舞い戻った。
そしてこんな言葉を返した。

『私を連れていけば良いと、思うんです。ただ黙って側に置いておけば良いと思います。私だけはあなたの思い通りになります。私が全部上手くやりますから。私が、翔太郎さんをそんな風に終わらせたりはしません。絶対にさせません。…約束します』

その言葉を聞いた私が思い起こしたのは、
関誠がスタジオを去った日の深夜に伊澄が零した言葉だった。
再録ではあるが、あの日の会話を掲載する。

「じゃあなんで止めなかったの。…そんなに誠の事大切なら、なんであんなにあっさり受け入れたのよ」
不意に伊藤の声が真剣味を帯び、池脇も繭子も笑顔でいられなくなった。
伊澄は煙草に火をつける。
普段は視線を送らずとも先端だけに綺麗な火を灯す彼だが、
今は深い縦皺を眉間に刻み、怖いくらいに強い目でその火を見つめていた。
「あっさりじゃねえよ。ボケ」
口調は強くなかったが、最後に「ボケ」と付けた瞬間伊澄の装えない本心が見えような気がした。
明るかった室内の雰囲気が、またきゅっと温度を下げたようだった。
全てを吹き飛ばすような音量の溜息をついて、池脇が言う。
「もう終わったことは終わったことだ。今日はもういいだろ」
沈黙の中で伊澄の煙を吐く音が微かに漂う。
「約束したからな」
と彼は言った。
「どんな約束ですか」
と繭子が問う。
「…言わない」

伊澄がその続きを言わなかったのは、約束の意味が恐らく周囲の抱いた印象とは食い違っているだろうと、初めから分かっていた為だと思われる。約束をしたのは伊澄ではなく関誠の方だった。だからあえてその言葉を口に出来なかったのだ。結果として誠は約束を守るために彼のもとへ戻ってきた。しかしこの時、一度はスタジオへ一人残された彼の胸中を思うと、過ぎ去った出来事とは言え涙を禁じ得ない。
そんな彼の心からの本音を、思いもよらぬ形で5か月越しに見た関誠の、絞り出すように吐き出した言葉を思い出せば、尚。
紡がれる人の想いと絆を実感する出来事だった。
彼らは15年前からずっと繋がり続けている。
そんな2人の物語『たとえばなし』の書き出しは、関誠のこんな独白から始まる。


「馬鹿で生意気で経験不足の私があの人と話をしたいと思った時は、いつも『たとえばなし』をするしかなかったんだよ。最初は正直面倒くさそうに見えたし無表情な時もあったけど、それでもきちんと私の目を見ながら話を聞いてくれた。学校で授業受けてる間中ずっと、今日はどんな話をしようかなって、話のネタばかり考えてたの覚えてる。作してたんだよ、ただあの人との会話が欲しくて。まだ私には、私の話を聞いてくれる人がいるって思いたかったの。その頃の私にとってそれがどれほど救いだったか。
『たとえばですけどね。10年後は2人ともいい年した大人じゃないですか。その時私達は、どんな風になって、どんな風に生きてるんでしょうね』
って、聞いたことがあるの。そしたらさ、あの人、珍しく笑って煙草の煙吐き出してさ、こう言ったんだ。
『知るかよ。10年経ってから聞いてくれよ』
だって。嬉しくて嬉しくて舞い上がってたらね、15年経ってたよ」



まだ何者でもなかった頃の彼らに思いを馳せる旅が、始まろうとしている。

連載 『芥川繭子という理由』36~40

第41回~ https://slib.net/85394

連載 『芥川繭子という理由』36~40

日本が世界に誇るデスラッシュメタルバンド「DAWNHAMMER」。これは彼らに一年間の密着取材を行う日々の中で見た、人間の本気とは何かという問いかけに対する答えである。例え音楽に興味がなく、ヘヴィメタルに興味がなかったとしても、今を「本気」で生きるすべての人に読んで欲しい。彼らのすべてが、ここにあります。

  • 小説
  • 長編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-07-26

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