CLOUD SIDE - inspire - (第7話)
- CLOUD SIDE -
inspire - うごめく心 -
俺は……君に生きていて欲しかった。
でも、分かっている。
どんなに悔いても、過去には戻れない。
たとえ俺の血が流れようとも、俺の罪はあがなえないんだということを。
この胸の痛みは、俺の罪の証。
* * * * *
クラウドは、配達の仕事をしながら世界の情勢に目を向けるようになった。コスタ・デル・ソルで出会ったリンネのところにも、大勢の孤児がいた。それはクラウドの住む街、エッジにも、ミッドガルにも、大きな街であるほど多い。子供たちは、施設に収容されるか、路上で生活するか、どちらかに分かれている。街外れには、星痕に侵されて命を落とした子供の無残な亡骸が横たわっていることもあった。
星は、救われてなどいなかった。この世界に、大いなる苦しみを生み出しただけ。戦うべき相手がいれば、自分の力で倒せても、星を蝕む病魔に打ち勝つことは出来ない。
クラウドが仕事を終えてエッジに戻ると、セブンスヘブンには、まだ明かりが灯っていた。ティファの店は、相変わらず繁盛している。
フェンリルを店の脇の車庫代わりにしている囲いに停めて、クラウドは自宅の中へ入った。マリンは既に眠っているようで、姿が見当たらない。そのマリンは今朝、クラウドとティファの話を声を張り上げて制止した。ティファもクラウドも、前と同じ話をしている、と。クラウドは、そんなことすら記憶になかった。ティファの話を、ただ聞いて相槌しただけ。でもマリンは、それが空虚なものだと感じ取った。
クラウドは自室に入り、装備している武器を外してベッドに体を横たえた。そして、大きく息を吐き出す。目を閉じても、深く眠ることが出来なかった。 しばらくして、階段を上がってくる足音が聞こえた。店の仕事が終わったティファだと、すぐに分かる。最近、あまりティファと話していない。何を話したらいいのか、よく分からなくなってしまった。
ティファの足音が、クラウドの部屋の前で止まった。音を立てないようにしているのは分かるが、静まり返った夜ではあまり意味がないことをクラウドは知っている。
ティファは音を立てないようにゆっくりドアノブを回し、部屋のドアを開けた。眠っているのを見たら、きっと自分の部屋に戻るだろうと思い、クラウドは目を閉じたまま眠っているふりをした。しかし、彼女の気配はゆっくり近付いてくる。寝顔を見たら安心するのだろうか、と思い、クラウドはまだ目を開けない。
「私たち……大丈夫だよね」
ティファがささやいた。とても小さくて、不安そうな声。クラウドが眠っていると思っているのか、それともただ目を閉じているだけだと気づいているのか、クラウドには判断が出来なかった。
「私のこと……好き?」
クラウドは、思わず目を開けた。どういう意味なのか、それにどう答えたらいいのか、クラウドはただ困惑して言葉が見つからない。そんなクラウドを見て、ティファは目を伏せ、一呼吸置いてから口を開いた。
「ねぇ、クラウド。マリンのこと、好き?」
「ああ……」
クラウドはベッドから体を起こし、ティファと向き合った。
「でも、時々どう接したらいいのか分からない」
話がマリンのことに切り替わってしまい、クラウドはティファの質問に答える言葉が見つからないまま別の答えをする。
「もう、ずいぶん一緒にいるのに?」
「それだけじゃ……ダメなのかもな」
クラウドが答えると、ティファは一瞬口を噤んだ。クラウドがそれに気づいて視線を返すと、ティファは「私たちも?」と訊いた。クラウドは唇を引き結んで、視線を下へ向ける。ティファが何を求めて訊いているのか、それにどう答えたらいいのか分からない。
「ごめんね、変なこと訊いて」
クラウドが黙っているのが耐えられなかったのか、ティファは自分から話を終わらせてしまった。
「謝るな……俺の問題だ……」
答えなかったことで、ティファを傷つけてしまったのだろうか。でも、どう答えたらいいのか本当に答えが見つからなかった。それはきっと、簡単に答えていい事ではないから。でも答えられない自分が情けなくなり、クラウドは目を閉じて俯いた。
「一緒に……頑張ろうよ」
ティファが言った。でも、答えられなかった。何を頑張ったらいいのか、よく分からない。一緒に暮らすこと、共に働くこと、それ以外に何を求められているのか、クラウドには分からなかった。
「もう……寝るね?」
「ああ……」
それだけ言うと、ティファはクラウドの部屋から出て行った。ティファが出て行った後、クラウドはそのドアをじっと見つめる。ティファにとって、何が必要なのか……クラウドには分からなかった。
* * * * *
「おっ、クラウド!」
その日のクラウドは、配達の仕事を早く終えた。最後の届け先は、ミッドガル壱番街に住むナリオの所だ。
「兄貴から?」
「ああ、いつもの食料みたいだ」
「ったく、俺はいつでもティファの店で飲み食い出来るんだから、送ってこなくていいっつーの」
そう言いながらも、ナリオの表情は嬉しそうにほころんだ。クラウドは伝票にサインをもらい、控えをナリオに渡した。
「そっちは順調みたいだな、仕事。でも、たまには整備に来いよ?」
「そうだな……時間が空いたらな」
「じゃなくって、空けろよ時間を。フェンリルの整備中は、家でゆっくり出来るし、一石二鳥だろ?」
「仕事が減るのは困る」
「なぁに言ってんだよ。配達の仕事始めてから、ずっと休んでないんだろ? ティファが心配してたぞ」
クラウドがナリオに視線を移すと、ナリオは口許を押さえて「口がすべっちまった」と苦笑を浮かべた。
「ティファが言ったのか?」
「まあ……休んでないとは言ってたな。俺も、ちょっと心配になっただけで……」
「分かった……今度な」
「そうそう、たまには休め……じゃなくって、整備点検しないとな!」
しどろもどろなナリオに、クラウドは苦笑を浮かべた。それにつられてナリオも歯を見せて笑う。
「今日は、まだ仕事終わらないのか?」
「いや……」
クラウドはフェンリルの所へ戻り、エンジンをかけた。
「……でも、寄るところがある」
「寄るところ、ねぇ……」
ナリオは怪訝そうな顔でクラウドを横目に見た。
「整備の事は、今度考えるよ」
それだけ言い残して、クラウドはナリオの家を後にした。フェンリルを走らせ、向かった先はスラム伍番街に建っている教会だった。
教会の前に到着すると、フェンリルを停め、携帯電話をハンドルに下げてエンジンを切った。大きな扉を開け、中に入る。彼女が居なくなってからは、クラウド以外は足を運ぶ者は居ないようで、人が歩いた形跡さえ無い。静まり返った教会の中は、夕日を差し入れたステンドグラスが、眩いほどに教会内を照らしていた。クラウドは、静寂を湛える教会の中で、ゆっくり流れる時を感じると心が落ち着くようになった。西日の暖かさも心地よく感じ、目を閉じるとまどろむことさえあった。ずっと眠ることの出来なかったクラウドは、夕方の教会の中でだけ、ようやくその心を緩める事が出来た。リンネに会ってから、少し変わることが出来たのかもしれない。
教会の中でしばらく休んでいると、陽は沈みかけ、あたりが薄暗くなってきた。教会に咲く花に視線を向け、それをじっと見つめてから立ち上がる。ティファとマリンの待つ家に、そろそろ戻らなければならない時間だ。
クラウドは教会の大きな扉の前まで歩いて振り返った。薄暗い教会の中で、彼女が大切にしていた花は綺麗に咲いている。今のクラウドにとって、唯一休める場所は、ここしかなかった。
「また来る」
誰にともなく言い、クラウドは教会の扉を開けた。
「?」
クラウドは眉をひそめた。教会の前に止めたフェンリルと、その隣に倒れている少年。彼の手元に落ちているのは、クラウドの携帯電話だ。誰かに助けを求めたのだろうか。
「おい!」
少年に駆け寄って、クラウドは肩に手を置いた。歳はマリンよりも一つか二つ上に見える少年は、茶色い髪が少し伸びて、額には黒く膿んだ星痕の症状が見られた。おそらく、星痕の痛みで気を失ってしまったのだろう。
クラウドは教会を振り返った。この教会の前で倒れていた少年 --- クラウドにとって彼は、つながりがあるように思えてならなかった。
少年の手元に落ちていた携帯電話を拾って服のポケットにしまい、クラウドは少年を抱き上げてフェンリルに跨った。エンジンをかけ、片手でハンドルを握り、もう片方の手で少年の肩をしっかり押さえた。バランスを崩さないようにスピードを落とし、セブンスヘブンのあるエッジへ向かう。
陽は沈みかけ、エッジの街に明かりが灯り始めた。
少年を乗せたフェンリルは、セブンスヘブンの前で止まる。
音を聞きつけて迎えに出てくれたのはマリンだったが、少年を抱えたクラウドを見て、血相を変えた。
「どうしたの?」
気を失っている少年を見て、マリンは心配そうにクラウドに問いかけた。
「倒れてた。ティファは居るか?」
「呼んでくる!」
クラウドは少年を抱きかかえたまま、フェンリルを降りて自宅に入った。すると、マリンがティファをつれて駆け寄ってくる。
「クラウド!? どうしたの!?」
少年を抱きかかえているクラウドを見て、ティファは状況が飲み込めないまま問いかけた。
「どこか……寝かせられる場所、あるか?」
「あ、うん……じゃあ、こっちに連れて来て」
クラウドはティファの後について歩き、入ったのはマリンの部屋だった。バレットが旅に出る前は二人が使っていたため、ベッドは二つ置いてある。
「どうしたの? まさか……事故……?」
「いや……倒れてた。星痕、発症したばかりみたいで、気を失っている」
ベッドに少年を横たえさせて、クラウドは彼の前髪を人差し指で掻き分けた。少年の額には、黒い膿 --- 星痕症候群の症状に間違いなかった。ティファは少年を寝かせたベッドの横に膝を付き、少年の首元に優しく触れた。
「……熱がある。今、水と布を持ってくるね」
そう言って部屋を出たティファは、店で使っている氷水と、清潔な布を持って、急いで部屋に戻ってきた。布を氷水で濡らし、少年の額に当てる。
「ティファ……ありがとう……」
クラウドに言われ、ティファは驚いて振り返った。
「ううん……いいんだけど、でも……」
クラウドが連れて来た以上、最低でも少年が目を覚ますまでは看病をするつもりだった。もし保護者が居たら、探して戻してあげなければならないし、孤児であるなら、施設へ委ねることも出来る。
「この子は……俺のところに来たんだ」
そう思っていたティファは、クラウドの言葉に首をかしげた。
「どういう意味?」
「意味って……」
そこで、クラウドは押し黙ってしまった。エアリスの教会の前で倒れていた少年を見つけたとき、理由もなくそう思って抱きかかえた。でも、それをティファに説明するのは難しかった。理解してもらえる自信がなかった。
「う……うぅ……」
少年のうなされた声に、ティファとクラウドは視線を彼に移した。ティファは優しく少年の髪を撫でる。
「苦しいのかな……」
ティファの言葉に、クラウドはナリオの母親が星痕に侵されていた時の事を思い出した。ナリオの母親と会ったのは一度だけだったが、とても痛々しくて、苦しそうだった。この少年も、いずれそうなってしまうのだろうかと思うと、クラウドはとても複雑な心境になる。
「クラウドは、少し休んでて。仕事で疲れてるでしょ?」
そうい言ったティファに、クラウドは首を横に振った。
「疲れてるのは、お互い様だろ。ここに……居ることしか出来ないかもしれないけど……」
眉をひそめ、クラウドは少し俯きながら答えた。そんなクラウドを振り返り、ティファは少しうれしそうに笑った。
「ううん、ありがと。居てくれるだけで、いいよ」
その少年が目を覚ますまで、ティファの看病は続き、その傍らにクラウドが居た。マリンはティファの部屋で休ませたが、時々目を覚ましては様子を見に来ていた。
看病の甲斐あってか、少年は病状が落ち着き、翌朝には目を覚ました。名を尋ねると少年は「デンゼル」と教えてくれた。助けてくれたクラウドと、看病をしてくれたティファに礼を言い、自分を施設に送るのかと訊ねた。
「デンゼルは、お父さんとお母さんは?」
ティファが訊ねると、デンゼルは俯いて答えた。
「分からないけど……たぶん、もう居ない」
「どういうこと?」
デンゼルは、ベッドから見える窓の外へ視線を移した。
「俺、プレートの上に住んでたんだ。七番街」
それを聞いたティファは、凍りついたように動かなくなった。クラウドは、壁にもたれてデンゼルの話を聞いてる。様子を見に来たマリンは、クラウドの隣で足を止めた。
「あの日……俺だけ伍番街に逃げた。父さんが、急に俺を連れ出したんだ。すぐに母さんを連れて戻るって言って、七番街に戻った。でも、そのあと……プレートが……」
デンゼルは言葉を詰まらせ、泣きじゃくった。その後、七番街のプレートが落ちたことは知っている。それによって、甚大な被害と犠牲者が出たことも。アバランチの仲間だったビックス、ウェッジ、ジェシーの三人も、犠牲になった。
「デンゼル……」
ティファは、泣きじゃくるデンゼルを抱き寄せた。
「ねえ、デンゼル……。デンゼルさえよかったら、私たちと暮らさない?」
もちろん、被害者はデンゼルだけではない。でも、自分の前に現れた被害者は、その小さな体で現実を受け止め、両親を失った悲しみを背負っている。耐え切れない悲しみだっただろうに、彼はもっと大きな病魔を抱え込んだ。無責任に、施設へゆだねる事が出来なかった。
「でも……俺……」
「デンゼルはね、クラウドが連れて来たの」
ティファが言うと、デンゼルはクラウドに視線を向けた。金色の髪、奇麗な青い瞳。あの輝きは何か分からなかったが、デンゼルはクラウドの瞳に釘付けになった。
「クラウド……?」
「そう、この人がクラウド。倒れてるデンゼルを連れて来たんだよ?」
「俺……星痕だよ……?」
クラウドは、そう言うデンゼルを黙って見つめ返した。
「迷惑……かけるかもしれないよ……?」
そう続けたデンゼルに、クラウドはもたれていた壁から離れ、首を横に振った。
「俺たちは……そんなこと、思ってない」
クラウドの言葉に、ティファが頷いた。
「デンゼルは、どうしたい? すぐに決めなくていいから、体力が戻るまで、ここに居て……それから考えたらいいと思うよ?」
デンゼルは俯いたまま、何も答えなかった。ティファは小さく微笑み、後ろに居たクラウドとマリンを振り返る。
「ね?」
同意を求めると、二人は頷いて答えた。
「それじゃあ、まず食事。デンゼル、お腹空いたでしょ?」
そう言って、ティファは食事の支度をするために部屋を出て行った。俯いたままのデンゼルに駆け寄って、マリンは彼の手を握る。
「私、マリン。よろしくね」
「マリン……?」
「私も、クラウドとティファに助けてもらってるの。だから、デンゼルと一緒……」
「マリンは、お父さんとお母さんは?」
二人の会話を最後まで聞かず、クラウドは部屋を出て行った。マリンはバレットが娘として育てていたが、本当の両親は居ない。マリンはバレットの親友の娘だった。マリンが自分の悲しい過去をデンゼルに話したかどうかは分からないが、クラウドはあえてそれを確認したくはなかった。もしマリンが自分の悲しい過去を話したとしたら、聞かれる相手が少ない方がいいと思った。
部屋を出て階段を下りて行くと、ティファが営んでいる店の入り口がある。ティファは4人分の食事を作っていた。仕事が増えたというのに、ティファは嬉しそうにしている。
「ティファ……?」
声をかけると、ティファは嬉しそうに笑った。
「もう少し待ってて」
クラウドは、そんなティファを見て首をかしげた。
「いいのか?」
「何が?」
デンゼルを連れて来た時、ティファは少し困った様子だった。クラウドは、それが気になっていたが、今のティファからは困っているどころか嬉しそうに見えるので不思議でならなかった。
「デンゼルのこと言ってるの?」
「ああ……」
「いいも何も……デンゼルの話を聞いて、私……自分が恥ずかしかった。一瞬でも、どうしようか考えた自分が」
「え?」
「それに……看病している間ずっと、クラウドが居てくれたから……ちょっと嬉しかったし」
「……どうして?」
クラウドの問いかけに、ティファは考えるように首をかしげた。
「うん……時々、クラウド帰ってこないでしょ? 帰ってくる日も夜遅いし、朝も早いし。久しぶりにみんな揃った、って思って」
ティファの言葉を聞いて、クラウドは黙って視線を外した。ティファが求めていたものが何か分からなかったが、ただ一緒に居るだけで充分なのだろうか、と考えた。
「仕事だから仕方ないって思ってても、ダメな時もあって……どうにかして、繋ぎ止めたかった」
「繋ぎ……止める……?」
クラウドが怪訝な顔で首を傾げると、ティファは少し悲しそうに笑った。ティファもクラウドと同様に、失ったものは沢山ある。だから、クラウドが居なくなってしまわないよう、必死で繋ぎ止めていた。それは結果的に正しい方法ではなかったかもしれないけれど、クラウドがデンゼルを連れて来た事で、何かが変わるような気がした。これまで自分が必死で繋ぎ止めようとしていた気持ちが、突然楽になったように思えた。
「それは私の我がままだって思ってても、ダメな時もあった……」
「ダメって……?」
クラウドが問い重ねると、ティファは「終わり!」と声を上げた。
「用意できたよ、簡単な食事だけど。みんな揃って食べよう?」
ティファからの答えは聞けないまま、クラウドはデンゼルとマリンを呼びに行った。どういうわけか、マリンも嬉しそうにしてデンゼルを連れて来た。デンゼルは突然変わった環境に戸惑いながらも、自分を助けてくれたというクラウドの後ろにぴったりとくっついてくる。
「少しは食べられそうか?」
クラウドが声をかけると、デンゼルは頷いて答えた。
食卓に並べられた料理と、嬉しそうにしているティファとマリン、戸惑いながらも心を開きかけているデンゼルを見回して、クラウドは椅子に座った。しばらくまともな食事を摂ってこなかった事を悟られないように振る舞い、クラウドは久しぶりに会話らしい会話を交わした。もしかしたら、それはデンゼルが居てくれるからではないか、と思えるほど、彼が居るだけで空気が変わった気がした。
* * * * *
「おかえりなさい」
クラウドが仕事を終えて戻ると、マリンよりも真っ先にデンゼルが迎えに出てくれるようになった。
「ああ……体は大丈夫なのか?」
「今日は平気」
「そうか……」
そう言って、クラウドはデンゼルの小さな背中にそっと手を当てて、家の中に先に入るよう促した。デンゼルは、クラウドのそんな小さな気遣いが好きで、いつも傍に付いている。
「ねぇ、クラウド」
家に入り、デンゼルは振り返ってクラウドを見上げた。名を呼ばれたクラウドは、首を傾げてデンゼルの話の続きを促す。
「俺、思い出したんだ」
「何を?」
「クラウドに……助けてもらった時のこと」
エアリスの教会の前で倒れていたデンゼルを抱きかかえ、クラウドはフェンリルの速度を落として彼を運んだ。その時、デンゼルが目を覚ましていたかどうかは分からないが、気を失っているものと思っていたので、クラウドはデンゼルの話を聞いて驚いた。
「ちょっとだけ……クラウドの顔を見たこと、思い出したんだ」
「そうか……」
「うん。あのバイクに乗ってる時、意識が朦朧としてたけど……クラウドの……目を覚えてる」
「目?」
「うん。ベッドで目を覚ましてクラウドを見たとき、どこかで見たと思った」
デンゼルは、自分の目を輝かせながら、クラウドの顔を見つめていた。
「……目が奇麗だ、って思った。それで思い出した」
クラウドは、デンゼルの言葉に思わず吹き出した。まるで、女の子を口説くかのような口調で言うものだから、突然おかしく思えてしまったのだ。
「何? なんで笑うの?」
「いや……」
「俺、変なこと言った?」
デンゼルが眉根を寄せて問いかけてきた。自分自身の発言が間違っているのかと不安そうな顔をしている。
「気にしなくていい」
「えぇー!? 気になるよ!!」
今度は口を尖らせて不満そうな表情を見せた。なんとなくだが、昔もどこかでそんな顔をされた事があったような --- 懐かしくて、緩やかな気持ちで、とても愛しいような ---
--- もう、クラウドったら!
記憶の中で声が聞こえた。ひとつに結った長い髪を揺らして振り返り、腰に手を当てて、顔を覗き込まれた。その時の顔が、確かこんな感じだった。
「クラウド?」
「え?」
デンゼルに袖を捕まれ、クラウドは我に返った。見ると、デンゼルは首を傾げて何かを訴えかけたが、何も言わず口を閉ざした。言いたいことを我慢したのだろうか。もしかしたら、何か心配をかけてしまっただろうか。
「なんでもない、行こう」
クラウドはデンゼルの背中に手を当てて、先に部屋へ戻るよう促した。
「俺、今日はマリンと伝票整理したよ。それと、部屋の掃除と、お店の掃除も手伝った」
「そうか……」
クラウドは自室に入ると、思った以上に片付いていて驚いた。
「随分、頑張ったんだな」
デンゼルはクラウドに褒められて、嬉しそうに笑った。
「掃除は得意だよ。ここに来る前は、伍番街に住んでた人に世話になって……その人に、掃除の仕方を教えてもらったんだ」
「世話になった人?」
「うん……街で一人ぼっちだった俺に、一緒に住もうって言ってくれた人。その人も、もう居ないけど」
クラウドは、デンゼルの言葉から、彼がどれほどの悲しみや苦しみを経験したか感じ取れた。おそらくは、デンゼルの言う世話になったという人も死んでしまったのだろう。だからデンゼルは、一人でプレートから降りて、スラム街を彷徨っていた。小さな子供が、頼れる人を失ってスラム街で彷徨っていたなんて、どれほど心細かったことだろう。
「星痕……だったんだ」
デンゼルが不意に口を開いた。クラウドは黙ってデンゼルの話を聞いている。
「俺の目の前で、その人は……。助けてもらったのに、俺は助けてあげられなかった」
クラウドは、黙って拳を握り締めた。助けてあげられなかった --- その言葉が胸に突き刺さる。
「俺も……死んじゃうのかな」
デンゼルの小さな声に、クラウドは目を見開いた。
「俺、知ってるよ。星痕は、治療法が無いって。死ぬしかないって」
「デンゼル……」
クラウドの呼びかけにも、デンゼルは振り向かなかった。
「星痕が痛くない時は、これで父さんや母さんに会えるのかもしれない、なんて思ったりもした。でも……星痕が痛くなると、怖くなるんだ。俺も、あんな風に……あんな……」
デンゼルは手で涙を拭った。小さな肩を震わせ、恐怖という苦しみにじっと耐えている。
「俺、やっぱり……死ぬの怖いよ……」
声が震えていた。デンゼルは、普段は見せることの無い本音をクラウドの前で晒している。なんとかして、デンゼルを救いたい。けれど、治療法が無いのは紛れも無い事実だ。
クラウドは、デンゼルを後ろからそっと抱き寄せた。ティファがしていたようにギュッと抱きしめてやることは出来ないが、デンゼルを自分の体に寄せ、肩に触れて、彼の胸の前でそっと手を重ねる。こんなに不安に駆られているデンゼルに、何も言ってやることは出来ない。無責任に励ますことも、逆にデンゼルを傷つける事になるかもしれない。だから、ただ黙って彼に触れてやることだけが、クラウドにとって精一杯の意思表示だった。
「クラウド……?」
デンゼルは、泣いて濡れた眼でクラウドを見上げた。デンゼルが奇麗だと言ったクラウドの瞳は、薄暗い部屋の中でも美しく青く輝いている。
「分かったから……泣かなくていい」
クラウドの言葉に頷きながらも、デンゼルは涙を手で拭っては嗚咽をもらした。デンゼルが落ち着くまで、クラウドはずっと黙って彼を抱き寄せていた。
俺は君を助けてあげられなかった。
でも、もしかしたらこの子は……救える方法があるのかもしれない。
君の居た教会の前で倒れていた……この子の命。
君の命と重ねてはいけないと分かっている。
でも……この子を見たとき、理由も無く君が連れてきたんだと感じた。
俺の罪があがなえるとは思っていない。
ただ、俺の目の前で誰かの命が失われていくのは、何があっても阻止したいんだ。
こんなに小さくて、弱くて、怯えて震えて泣いて、でも確かに感じる温もりを。
どんなリスクがあっても、守らなければならない。
俺に出来るのは、それしかない。
それが出来なければ、俺が居る意味なんて何も無いんだ……。
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