CLOUD SIDE - repentance - (第5話)
- CLOUD SIDE -
repentance - 後悔 -
ミッドガル八番街、かつて最も華やかで賑やかだった街。メテオの災害の影響で、いまや光は失われてしまったが、どこよりも早く復興の兆しが見える街でもある。
ロイトに頼まれた封筒を持って、クラウドは八番街のアクセサリーショップに到着した。店は夜になっても営業していて、客もまばらだが入っている。世界が荒廃しても、娯楽や贅沢品を求める人も居るようだ。
店の主人は、ロイトと歳の変わらないくらいの男で、店の隅に神羅の社章のポスターが無造作に置かれていた。以前は神羅と関係のあった人物なのかもしれない。
クラウドは店の主人に荷物を届け、伝票にサインをもらい、店を出ようとドアに手をかけた。
「ちょっと待ちな」
しかし、そこで店の主人に呼び止められ、クラウドはドアの前で振り返った。
「あんたに、だ」
店の主人の言っている事が分からず、クラウドは眉をひそめて視線を返す。
「なんのことだ」
「これの内容だ」
渡した封筒の中身を手に持ったまま、店の主人は手招きでクラウドを呼び戻した。
「前に電話で頼まれてはいたが、あんたのことだったんだな」
クラウドが店の主人に近付くと、彼は奥の棚から箱を取り出した。それをクラウドの前で開けて見せる。
「気に入るかどうか分からないが、まあ、こんなもんだ」
箱の中には、銀色に輝くアクセサリーがいくつか並んでいた。その中でもクラウドの目に止まった物が2つある。ひとつはリング、もうひとつはリングと同じ形のピアス。どちらも、クラウドの肩当てに付いている狼の顔と同じデザインのものだった。
「気に入ったのが無ければ、あんたに返金してくれ、とさ」
店の主人は、封筒の中身の紙を振ってクラウドに言った。
「どうして、これを?」
「礼だとか言ってたぞ。何の礼か知らんが、ロイトと弟からだと」
店の主人は「ロイト」という名を知っている雰囲気だった。彼の知り合いだろうか。しかし、ナリオを「弟」と呼ぶ所をみると、ナリオの事は知らないようだ。
「どうするんだ? 要らなければ返金するが」
彼らの好意は嬉しかったが、自分がそれを受け取るだけの事をしたかどうかは疑問に思った。しかし、受け取らなければ返金するという。あの時は仕事にはしていなかったのに、お金を受け取るわけにもいかない。
「気に入らないか?」
返事の遅いクラウドに、店の主人は首を傾げて問いかけた。
「……いや、そうじゃない」
「じゃ、気に入ってくれたのか?」
極端な事を言う、と思ったが、クラウドは正直、見た瞬間の印象は悪く無かった。どちらかといえば、気に入ったという気持ちの方が正しいと思っている。
「受け取る程の事、したとは思えなかったから…」
「それは、あんたの気持ちだろ? だけどあいつらには、それだけの気持ちがあるってことさ。気に入ったなら持って行きな」
店の主人に箱を差し出され、クラウドはその中からピアスを選んだ。早速、今つけているピアスを外して新しい物をつける。
「ははぁ、似合ってるじゃねぇか」
顎に手を当てて、店の主人は満足そうにクラウドを見た。
「コイツは、ソレとペアなんだ。持って行きな」
店の主人は、同じデザインのリングを小さな箱に入れて、クラウドに渡してくれた。
クラウドは店を出て、停めておいたフェンリルの所へ戻った。すっかり夜も遅くなってしまったが、ナリオの所へ寄って行こうと決めた。フェンリルのエンジンをかけ、壱番街へ急ぐ。明かりの少ない道を走り抜け、壱番街にあるナリオの店へ到着すると、まだ1階部分に明かりが点いていた。中には人陰も見える。
フェンリルのエンジンを切り、クラウドはナリオの店のドアを開けた。中では、バイクの整備をしているナリオの姿があった。手が離せないのか、クラウドが入って来てもナリオは作業を続けている。
「取込み中か?」
クラウドが声をかけると、ナリオは首を動かしてクラウドを見上げた。すぐに驚いた顔に変わり、作業を中断して立ち上がった。
「よお……久しぶり……だな」
彼の胸元には、クラウドが届けたペンダントが見える。嵌め込まれた紫色の石が、光を反射して美しかった。
「お礼を言おうと思って……」
クラウドが言うと、ナリオは左の眉を上げて首を傾げた。
「お礼?」
「あんたと、あんたの兄貴からだって言われて、アクセサリーを受け取った」
「アクセサリー?」
今度はクラウドが首を傾げた。ナリオは事情を分かっていない様子だ。
「俺は、アクセサリーなんて……」
ナリオは顎に手を当てて眉をひそめたが、間もなくして何かに気づいたかのように目を見開いた。
「兄貴のヤツ……」
彼のそのセリフで、クラウドも気が付いた。ナリオは、クラウドにアクセサリーを贈ってはいない。彼の兄が1人でしたことだ。しかし、2人からだと言えば、クラウドからナリオに会いに行ってくれると考え、そういう事にしたのだろう。クラウドに、なんて言って謝ればいいのか悩んでいたという弟の為に、きっかけを作ってくれたのだ。
「今度、ロイトの所へ行って礼を言わないとな」
クラウドが言うと、ナリオは肩をすくめた。
「俺もな」
ナリオが笑って言うので、クラウドもつられて微笑んだ。
「怪我は……もう大丈夫なのか?」
「ああ……気にする程の事じゃ無い」
「いや、でも……あれは、モンスターにやられたんじゃないのか?」
「ああ、ちょっと隙を突かれた。でも大丈夫だ」
「その……悪かったな。あの時は、なんにも考えられなくて……手当てもしてやれなくて……」
クラウドは、首を横に振って「俺も悪かった」と答えた。
「ちょっ……なんで、お前が謝るんだよ」
しかし、その問いには答えられない。クラウドは、ただ自分も悪いと思っていた事を伝えただけで、何故と言われても答えは無い。クラウドの思っていた答えは、彼の兄に「感謝してる」と言われた事で、すでに意味を打ち消されてしまっていた。
「お前は何も悪く無いよ。でも、考えてくれてたんだな。ありがとな」
クラウドは、とても複雑な気持ちになった。自分が悪いと思っていた事に対して、感謝の言葉が返ってくるなんて考えられなかった。
「あ、そうだ。フェンリルに乗って来たんだろ?」
「ああ」
「いいもんがあるんだ。ちょっと中に引っ張ってこいよ」
怪訝に思いながらも、クラウドは一旦外へ出て、停めておいたフェンリルをナリオの店の中へ移動させた。ナリオは、どこからか持って来た箱を開け、中から小さなコードを取り出した。
「これ付けないか? 携帯の充電器。走ってる時に携帯に繋いどけば、充電出来るようになってるんだ」
「あれば助かるな」
「だろ? お前の仕事の役に立ちそうだと思ってよ」
「そうだな、頼むよ」
「了解」
ナリオは嬉しそうな顔で、フェンリルの改造に取りかかった。
携帯の充電器を取り付けるのに、長い時間は掛からなかったが、ロイトの家を出た時は既に夜も更けていたため、時間は深夜に差し掛かっていた。
改造が終わって、クラウドが代金を支払おうとすると、ナリオはそれを受け取ろうとしなかった。
「たいしたもんじゃないけど、開店祝いだ」
「でも……」
「それぐらい、させてくれてもいいだろ?」
クラウドは、自分がそれをしてもらえる程の事をしたとは思えず、どうしたらいいのか困惑したが、何を言ってもナリオは代金を受け取ってくれそうにもない。それに、お祝だと言ってくれた気持ちを無下にするのも申し訳なかった。
「俺には……勿体無いな。でも、ありがとう」
クラウドは、気持ちを上手く伝えられたかどうか分からなかったが、ナリオは何度も頷いて嬉しそうに笑っていた。
「仕事、頑張れよ!」
クラウドは頷いて答えた。
* * * * *
チラシを配り始めてから間もなく、仕事の依頼は徐々に増え始めて来ていた。
クラウドの仕事は忙しくなり、エッジに戻るのは深夜になることがほとんどだった。セブンスヘブンに戻れば、店は深夜まで開店しているのでティファは仕事をしているが、マリンはいつも眠っている。朝は早く出かけなければ、スケジュール通りに配達が出来なくなるため、ティファとマリンとは会話を交わすことが出来ないまま出発する。
しかしそれは、世界を駆ける事の出来るクラウドにしか出来ない仕事であり、依頼を受ける度に、自分が必要とされていると実感することが出来る。それが、今のクラウドの生きる意味を支えていた。
ある日、仕事の依頼が珍しく少なく、早くにエッジへ戻ることが出来た。ティファの店も開店前で、久しぶりにマリンとも顔を合わせた。マリンは、色々な話を嬉しそうにクラウドに聞かせてくれた。クラウドは、ただ頷いたり相槌をするだけだったが、マリンはそれで満足そうだった。 ふと、クラウドは自室の電話の音に気づいた。マリンには話を中断してもらい、階段を登って自室へ戻る。仕事の依頼の電話を自分で取るのは久しぶりだった。
「はい、ストライフデリバリーサービス」
『ああ、良かった。今日は居てくれたんだね』
受話器の向こうの声に、聞き覚えがあった。
『あたしだよ、覚えてるかい?』
それは、エアリスの育ての母、エルミナからだった。
「……はい」
『何度か電話したんだけどね、女の子しか出なかったから。どうしても、あんたに直接頼みたかったんだ』
「俺に?」
『荷物の配達、お願い出来るかい?』
「届け先は、どこまで?」
『忘らるる都、行ってもらいたんだ』
伝票に記入するクラウドの手が止まった。受話器を握る手に、無意識に力が入る。
『あの子に……花を届けてもらいたいんだよ』
クラウドの心臓が早鐘を打った。息苦しさを堪えながら、伝票に依頼者の名前を書き込む。届け先は、忘らるる都。しかし、届け先の人の名前は書けないまま、クラウドは固く目を閉じた。
「……分かりました、明日伺います」
依頼を断る理由は無い。ただ、届け先に人は居ない。受け取りのサインをもらうことも出来ない。それでも、クラウドはエルミナからの依頼を受け、そこへ向かわなければならない。大切な人を失った、あの場所へ。
「クラウド?」
呼ばれて気づくと、自室の入り口にマリンが立っていた。心配そうに、こちらを見つめている。
「マリン、話はまた今度にしよう。今日は、先に休んでいいか?」
そう言うクラウドを、マリンはまだ心配そうに見ていたが、少しの間を置いて頷いた。
「うん、分かった」
クラウドは平常心を精一杯装ったが、マリンには悲しそうな顔に映っていた。しかし、クラウドはそれを知る由も無い。
自室で1人きりになり、クラウドは窓の外を眺めた。戦いが終わって、エルミナとは一度だけ会った。エアリスを守れ無かった事を彼女は許してくれた。エアリスを引き取った時から、彼女の背負う運命の大きさをなんとなく感じ取っていたと言い、気丈に振る舞っていたが、それでも話の節々では悲しそうに俯いていた。その時クラウドは、こんなに多くの人を悲しませて、本当に自分のしたことは正しかったのか、と疑問に思った。犠牲の上に成り立つ存続の中で、自分自身が生きている後ろめたさを強く感じた。いや、今でもその思いは変わっていない。今はただ、人に必要とされる仕事をしている事だけが、唯一の救いだった。
その日のクラウドは、食事を摂ることも出来ず、眠ることも出来ず、自室で1人きりで過ごした。店が終わったティファが、クラウドの部屋の前で足を止めたのも知っている。でも、暫くして彼女は自分の部屋へ去って行った。朝になるまで、色々な思いがクラウドの中を駆け巡っていた。
クラウドは、とうとう一睡もすることが出来ないまま、静かに自室を出て行った。フェンリルのエンジンをかけ、ミッドガルで預かる荷物をひと通り集め、最後に向かったのはエルミナの家だった。
伍番街スラム、エアリスの住んでいた街。雑踏から離れた場所に、エルミナが住んでいる家がある。家の隣の花壇には、エアリスが育てていた花が、まだ当時のまま咲き続けていた。クラウドはフェンリルを降り、花壇の花を見つめた。そこに彼女の姿を映しこんで、胸の痛みに耐えるように目を閉じる。
エルミナの家のドアをノックすると、彼女はドアを開けてクラウドを招き入れてくれた。
「久しぶりだね、元気そうで良かった」
クラウドは口を噤んだ。こういう会話に慣れていないのもあるが、エルミナに対しては、申し訳ない気持ちしか持てない状態なのだ。
「あんたに直接頼みたかったんだ、どうしてもね」
そう言って、エルミナは用意していた花束をテーブルの上に置いた。
「あの子が大事に育ててた花だよ。喜んでくれると思ってね」
クラウドは、テーブルの上に置かれた花束を見つめた。教会に咲いているのと同じ花だ。初めて会った時も、彼女からこの花を買った。
「そんな……悲しそうな目、しないでおくれよ」
エルミナの言葉に、クラウドは目を見開いた。
「あの子は、あんたのこと大事に思ってたよ。あの子が、あんたたちと一緒に行くって言った時、あたしは止めたさ。でも、あの子はこう言ったんだ」
テーブルの上に置いた花束に触れながら、エルミナは言葉を継いだ。
「大切な人は、待ってるだけじゃ守れない。だから行くんだ、ってね」
クラウドは目を伏せた。エアリスが、そんなことを思ってくれていたなんて思ってもみなかった。
「あたしは分かったんだよ。あの子は、あんたのこと大事に思ってた」
そして、テーブルの上に置いた花束を再び胸に抱き、エルミナは微笑みながら話を続けた。
「だから、あんたに直接頼みたかったんだ。あの子もきっと、あんたに会いたがってるよ」
クラウドは、胸が酷く痛んで言葉を発することが出来無かった。会いたい気持ちは、叶うことの無い焦燥感に変わっていく。それはクラウドにとっては、苦しみでしかない。
クラウドはエルミナから花束を受け取り、挨拶だけを交わして彼女の家を出た。ミッドガルで預かった荷物を届けながら行くなら、忘らるる都は最後になりそうだった。
* * * * *
世界は荒廃していても、自然は以前と変わらなかった。
花の無い所には、花は咲けず。
木々が茂る森は、美しい緑が広がっている。
海の風、潮の匂い。
朝焼けの赤、夕焼けのオレンジ。
夜の闇、星の輝き。
世界を走り続けるようになってから、クラウドは改めて感じていた。
忘らるる都付近に到着する頃には、陽が暮れかけた薄暗い空に、星が輝き始めていた。
エルミナから預かった花束を載せて、クラウドは忘らるる都へ続く森を走っていた。いつもなら濃い霧がかかっている森のはずだが、その時は不思議なことに、霧は晴れて夜空が見えた。でもそれは、エアリスの後を追っていた時の胸騒ぎが、鮮明にクラウドの記憶の中に甦ってくる。
本当に忘れられてしまったかのような、人の居ない静かな都。
クラウドの眼前に、水に囲まれている大きな巻貝の形をした建物が見えて来た。それは、エアリスが最期の時を迎えた水の祭壇へ続く青い回廊だ。クラウドは、その青い回廊の前でフェンリルを止めた。
エンジンを切ると、そこにはクラウドしか存在しない事が肌で感じる程、静まり返っている。そして、その静かな空間は、あの時と変わりは無かった。
水に濡れてしまわないように携帯電話はハンドルにかけたが、ホルスターに挿した剣は抜かずに、クラウドはゆっくりフェンリルを降りた。フェンリルに収納してある荷物は、その日の朝、エルミナから預かった花束だけが残っている。生の強い花なのか、受け取った時と同じ状態を保っている。 クラウドは花束を抱いて、青い回廊を映し出す水面に視線を落とす。
足を一歩、前へ踏み出した。
水音と共に、聖なる泉に波紋が広がる。
冷たい水が、クラウドの服から染みてきて、足が重くなっていく。
自分が水の中を進む音だけが、その空間の全てだった。
--- あの時、エアリスを抱いて、こうやって歩いた。
抱いた花束とエアリスが重なる。
--- どうして、どうして、どうして……。
あの時は、その言葉だけが頭の中をぐるぐると回っていた。
どうして、君がセトラの生き残りだからって、使命に縛られなければならなかったんだ……。
どうして、目の前に居ながら、君を守ってやれなかったんだ……。
どうして、俺は生きているんだ……。
どうして……。
あの時は、どんなに自問しても、答えは見つからなかった。 クラウドは、抱いていた花束を水面につけた。エアリスの体から手を離したように、そこへ花を捧げる。
水面に浮かぶ花を見つめて、クラウドは天を仰いだ。
クラウドの胸の奥の深い場所が、突起した鋭利な何かで裂かれるような痛みが走る。
天を仰いだクラウドの目には、抑えきれない涙が滲んでいた。エアリスを失った時は、涙を流すことさえ出来無かった。ただ、頭の中には「どうして」という思いばかりで、ほんの少し前まで、自分の目の前で微笑んだ彼女を守れ無かった。そのほんの少し前の瞬間に戻りたい、そればかり願っていた。でも、深く沈んで行く彼女を見つめた時、クラウドは自分自身に殺意さえ抱いていた。後悔、憎悪、殺意。そればかりがクラウドの感情を支配して、どうにかなってしまいそうだった。
エアリスを失っても生きていなければならなかったのは、彼女が命を捧げてでも守ろうとした星を救わなければという思いもあった。そして、彼女の命を奪ったセフィロスへの憎悪 --- この手で決着をつけるまでは、死ぬわけにはいかないという思い。クラウドを突き動かしていたのは、それだけだった。
「でも……」
クラウドは呟いて、ホルスターから剣を抜いた。水に浸かっていた剣は、水音を立てて、月光にギラリと反射した。水面と平行に切っ先を向けた後、クラウドは両手で柄を握り、自分の首元へ刃を突き付けた。剣の刃先から水が滴り落ち、目を閉じたクラウドの頬には涙が伝った。
--- 本当なら、あの時こうしたかった……。
そう思いながら、更に強く柄を握りしめた。仲間たちの目の前であっても、こうして償いたかった。でも、クラウドには生きていなければならない理由があった。エアリスを失ったことで強まった、星を救わなければならないという気持ち。そして、彼女の命を奪った者への憎悪 --- 果たすべき戦い。でも、時が経てば経つほど、あの時「どうして」と頭の中を巡っていた自問の答えは、クラウドは胸の痛みと同時に、はっきりと頭の中で分かってきた。
「エアリス……全ては終わったんだ。俺があの時、生きている理由と一緒に……」
君は、どこにも居ない。
失われた命は、取り戻すことは出来ない。
俺が生きている理由も、本当はもう無いんだ……。
「俺が一番憎いのは、俺自身なんだ……」
聖なる泉に佇んで、クラウドは剣の刃を首元に突き付けたまま、固く目を閉じた。少しでもクラウドの手が動けば首筋を切ってしまうほどに、剣の刃は確実に急所と密着している。
静かなる空間の中で、水の滴る音だけが聞こえる。
そして、クラウドの手が僅かに動いた時だった。
剣の柄を握りしめた両手が、暖かい何かに包まれた。
霧のようにぼんやりとして、消えそうな危うさを感じる。
とても繊細で、でも心地のよい温もり。
懐かしい気持ち。
「……!」
クラウドは息を飲んだ。
目をあけると、クラウドの手を包み込んでいたものは、まばゆい光りだった。その眩しさに目を細めた瞬間、クラウドが佇んでいた青い回廊は、周囲には何も映らない程の大いなる光に包まれた。クラウドは光に飲み込まれ、胸の奥から体全体が熱くなり、剣の柄から手を離した所で意識が遠のいていく。光の中へ伸ばした自らの手を視界に捉えながら、クラウドの意識は再び光から闇へと消えていった……。
CLOUD SIDE - repentance - (第5話)