海辺・バイバイ・バイロケーション

 
 うす暗い景色、ぼんやりとした風景の中、けたたましい高音の、鈴のような音がきこえている。
布団のなかの寝心地が、ふんわりとした心地よさが、その音で断絶された。
眠たい目をこすり、OLのママリは、不機嫌ながら目覚ましをとめて、目を覚ました。
今日が休日であってよかったと思う、今日の夢を思い出す時間もある。
「あ、ゆめかあ」
上半身の寝巻のすそをめくり、背中をぽりぽりとかいた。
とても懐かしい夢をみた、それは、今よりもオカルトにどっぷりだった時期の思い出だ。
カーテンから光が差し込んでいる部屋、青緑の柄のついたカーテンは、実はよくみるとその柄はUFO、オカルト雑誌は毎日購読しているし、
フリーズ中のノートPCの画面をたちあげると、昨日読みながらねたネット掲示板、オカルト板まとめが立ち上がる。いわゆるアフィ系ブログだ。
「はあぁーあ、ねっみ」
女性らしからぬセリフと声をあげて、左手をぴんとはってのばし、もう片手でその上腕のうらがわをささえた。
「なんかいいこっとないかしらー」
(あっ!!)
そうなのだ、いいことはあるのだ、今日から、二泊三日の旅行なのだ、となりのうみぞいの街の海岸沿いのホテルにとまって、
まあ、問題はひとつだけ……師匠の、彼女ママリが師匠と呼んでいる、親友、雑誌記者のリィーリーが、彼氏をつれてくることだった。
男嫌いのママリにとっては、それが唯一、この、日常の鬱憤を吐き出すための、小旅行の大問題だった。
といいつつも、お気に入りの提灯イヤリングをつけて家をでたときには、そのおかげで、少し機嫌がよくなっていた。

 揺られる車の中、先ほど嘔吐したビニール袋を、三重にかさねた得たいのしれないごみを腹のあたりにかかえて、ママリは申し訳なさそうに眉をゆがめながら、エアコンのついた車内で、親友の彼氏の運転する車の中で、
「ううーん」
と小さくうなった、その様子を、ルームミラーからうかがっていた師匠、リィーリーは、ヘビーローテーションしていたママリ好みのパンク・ロックの
データの再生をとめて、少し、ラジオにきりかえ、彼氏に、ママリの昔話をし始めたのだった。
彼氏はボクサーで、最近傷をつけた鼻筋には、絆創膏がはりついている、こわもてのようにみえて、つぶらな瞳、金髪の短髪だ。
服装は簡素な、ボクサーらしい、ある種の地味さをもっていた。筋骨隆々だが俗にいうほそマッチョだ。
2人は楽しそうにお話をしている。もう2年も付き合っているらしいがさしたる問題はおこっていない。
そんな二人をはために、ママリは、車酔いと気持ちわるさ、その昔話のせいで、今朝見た悪夢の事を思い出しつつ、深い深い眠りの中に落ちていくのだった。

 あれは3年前、彼女、大学生のころのママリが、趣味で書いていた小説、それを、ある喫茶店にpcを持ち込んで初めて書いていたとき、丁度そのとき、師匠と出会った、大学近くの、確か名前は、ビュッフェ。
師匠はそのとき、紺色のタンクトップと白のスキニーパンツをはいていた、師匠は、今と同じ長髪の、できる女性風の顔立ちである、どこか、アラブ圏の顔立ちの感じもある、薄く影がさしたような、憂いのある、まゆやまつげの濃い顔立ちの女性だ。
そこで、はじめて二人は出会った、初めに奇抜な行動をしたのは、確か師匠のリィーリーだった、師匠のリィーリーが、彼女に話しかける。
「あなた、悪霊がついてますね」
「…………」
ママリの格好は、タイトな短パンのジーンズに、だらっとした青い色のシャツとキャミソール、髪の毛はショートカットで、中性的にかんじるほど短く、無造作な感じのスタイルだった。口元はおおきく、ぱっちりとしたひとみによく似合う、笑えばかわいいな、とおもったのだが、
彼女は笑わず、涙袋をクマのようにして、ひたいにしわをよせていった。
「霊感商法ですか?お断りです、ごめんなさい」
「うっ」
そういわれると、どうしようもない、しかしなぜかカチンときてしまった師匠、リィーリーは畳みかけるように彼女の座席、
——そこは店内の丁度真ん中あたりで、厨房近くのカウンターの近くに位置していたのだが。――リィーリはカウンターからみた左手、入口からみて、ふたつとなりの隅の座席においていた自分のヒョウ柄のバックをとりあげると、せもたれにかけていた薄手の黒ジャケットとともにわきにかかえて、
汗をながし、少しおこった調子で、丸いテーブル、彼女ママリの座席の対面に向かい合う椅子をひいて、こういった。
「すみません、人がいっぱいなので、相席失礼しますね!!!ね!!」
ママリは、次の言葉をいいかけ、飲み込んでしまった、それが奇妙で、二人とも2分後にふきだしてしまうのだが……。
「いらない水とか、壺とか、うりつけられま……せん……かっ……」
クスクスクス。
 そこから話をきりだしたのも師匠リィーリ、まずママリのファッションが気に入ったときりだした。
それから二人は自己紹介と、なんだかわからないが最近のニュースの話をはじめた、ママリは、きっとこの人——師匠には——言いたいことがあったのだということはわかった、なかなか切り出さないので、友達との待ち合わせがあるといって、別れを切り出したところで、名刺をいただいた。
社会人からの、はじめてのちゃんとした挨拶だった。
「何かあったらおしえてください、あなたには悪霊がついてる、信じないなら、連絡してこないほうがいい」
ママリはにやりとした、それはなぜか、彼女の名刺は、心霊関係の肩書ではなく、彼女もよくしっている週刊誌の、記者であるという事が書かれていたからだ。

 まさかもう連絡を取ることはないだろう、いいひとだけど、怖い人だな、と思いつつ、その場をあとにしたママリ、
その後、自分から彼女に連絡をすることがくるなんて、そして今の様な、5つはなれた師匠と、親友ともいえる関係になるとは思ってもいなかったのだった。

2週間後――

 《ブブブブ》
スマホのバイブレーション機能が、大学の階段教室の机の下から三番目に座っていたママリのスマホが、うなり、音をたてた。
もう講義はおわって、雑談の最中だったが、その雑談が、奇妙なものだった。
雑談は二人で行っていたが、友達のアイリが、奇妙な話をしてきたのだ。

《メアリがね、隣のY区の映画館で、あなたをみたっていうの、変よね》

そうなのだ、変なのだ、先週の土曜日というが、つまりこのアイリと一緒に、別の映画館で映画をみていたのだから。
それからも何度かそういう事はつづいた、しかし、オカルト好きのママリとしてはこの事象に心あたりもあれば、それが何と呼ばれているかも知っていた。

《バイロケーション》

同時期に同じ人間が別の場所で目撃されるといった、ドッペルゲンガー的な問題を内包する現象である。
ママリは、まず自分の心をうたがった、彼女は、化粧マニアであり、最新のトレンドや、SNSで有名人、タレントの化粧方法を勉強し
10冊ほどメモをとったノートを用意し、持ち歩くほどの化粧狂であった。
メイクの下手さにコンプレックスがあったが、しない人とは違うとおもっていて、
ある種見下していたがそんな自分がいやだった。なんだかゆがんだ《化粧感?》のようなものが存在していた。

 そして、なぜメアリが目撃したか、それにもある種生霊の魂とでもいうような、彼女自身の内面のいわくを、彼女自身が感じていたの。
いわゆるメアリは、きゃぴきゃぴ系の、天然のふりをした、ぶりっこきゃらで、しかも化粧がめちゃくちゃへたくそのナチュラルメイクだったからなのだ。
《努力をせずにあいつは!!》
と内心で恨みのようなものを抱えていたのである。

それから、何度も師匠を呼び出し、相談することがあった、
師匠の本業は、やっぱり記者で、本人の望む望まないにかかわらず、パパラッチとしての才能があり、それを人にいわれるとひどくおこった。
霊感商法、というより、彼女は本物なのだが、それはつまり副業のほうだった、それも、格安だった。
なので初めはうたがっていたママリも、次第に彼女の力を疑いつつも、信用し、やがて師匠と呼ぶ仲にあんった。
ママリのバイロケーションの問題は、彼女の精神のなりたちの問題でもあったのだが、
それは師匠と共通点があったらしく、なんだかんだ、普通に相談相手として、やがて、親友としての仲をふかめていった。
だがその話で、もっとも困難を極めたのは、彼女——ママリの親友のアイリが、バイロケーションを目撃してからである、親友のアイリは、ママリの化粧癖をしっていて、そしてメアリが嫌いだということをしっている、
そんなアイリの前に、というかその部屋に、呼び鈴をおして、デジタルで玄関先を映すインターホンで、彼女の姿、それも
——化粧をしていない——ママリの姿をみたのだという——そして彼女はこういったそうだ。

《化粧なんてもうまっぴらごめんよ!!》

まあ、師匠の尽力のおかげで、バイロケーションはそれから、今回の夏の、いっときの遭遇を覗いては、長い間彼女の人生には現れなかった。 
話の続きをしよう、最後のバイロケーションのお話だ、海辺のホテルと隣町への旅行。
そこで、“遭遇”の話をママリの言葉をかりて、親友の私、アイリがお話しようと思う。余談だが私はいま、地元の銀行で銀行員をしている。
犯罪に出くわしたことはない。が、オカルトについてはくわしい。
《バイロケーション》
それは、ある種の界隈では、こんなことがいわれている。
・1つ自分に近づいてくればくるほど、危険のサインであること、もっとも近づいた際には、何がおこるか、わからないという事
・2つ意図的に扱える場合があったり、自分にも、もう一人の自分の記憶が芽生えたりすることがあること。

以上の事を勘案して、私のかわいい唯一無二の親友、ママリの、いや、はっきりいうと、師匠の経験した話をきいてほしい。
海辺のホテルへ宿泊二日目、前日の花火の話をして、朝の十時から海水浴とサーフィンにいそしんでいた二人、師匠と彼氏は、一度シャワーをあびて
お昼をとりにホテルへ戻ることにした、その日ママリは、別の場所へ一人で出かけていた、観光とカメラ趣味のためだという、そのときの写真がちゃんとのこっているのが、バイロケーションたるゆえんである。

2人がシャワーをあびて、水際の軽装にきがえ、シャワー室のカーテンをひらき、建物からでてきて、二人でいこうか、と声をかわした瞬間である。
海辺から一人の少女、いや遠近法で、こちらに近づいてくる途中で、それは女性という年齢だということがわかった、
それは化粧をしていない女性で、よくみるとその……全身すなだらけのママリであった。
そしてママリは、なぜだか彼氏君に近づいて、こういったのだ。

《私をなぐってみろおおお!!!おおおおお!!》

彼氏君は怖いものが苦手なので、どういう反応をするのか、と師匠が彼の様子をうかがっていると、彼氏は、うつむき加減で、体をぷるぷるさせ、
ひたいから汗をたらしつつ、人のおおい砂浜で、ただぽつり、こうつぶやいた。

「化粧していないママリちゃんも、かわいいね」

ボッ。ママリの顔が瞬間的に赤くなるのと、師匠が少しいらだった様子になるのは同じタイミングでおきた。
そして、師匠は、気が付いたのだった。
「あっ、あいつの生霊成仏したな」
と。

海辺・バイバイ・バイロケーション

海辺・バイバイ・バイロケーション

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-22

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