連載 『芥川繭子という理由』16~20

時枝 可奈 作

  1. 連載第16回。「もっと前へ」
  2. 連載第17回。「翔太郎×繭子」
  3. 連載第18回。「FMZ」1
  4. 連載第19回。「FMZ」2
  5. 連載第20回。「帰国」

昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

連載第16回。「もっと前へ」

2016年、6月25日。
迷った挙句、私は次回のスタジオ訪問の際「肉まん」を差し入れた。皮肉ではないが、これしか思いつかなかったのだ。彼らならきっと笑ってくれると信じていたが、実際手渡すまでは心臓が飛び出る思いだった。伊澄は一瞬眉間に皺を寄せた後、「分かってんなぁ、あんた」と言ってくれた。私の凝り固まった全身の力が一気に抜けた事は言うまでもない。先日晒した醜態と掛けた迷惑を思うと、とても肉まんの差し入れで拭い切れないのは百も承知で、それでも3袋持参した甲斐があった。


池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)、伊藤(O)。


-- 先日は本当にご迷惑をおかけしました。まさかこうやって全員同時に時間を作っていただける機会がこんなに早くめぐって来るとは思いもよりませんでした。感謝の気持ちをどう伝えて良いやらわかりません。
S「大袈裟な事言ってるぞ(笑)」
T「俺は連続になるからどうかなあとも思ったんだけど、せっかくだしね」
-- ありがとうございます。嬉しいです。
R「2週間くらいか?今回結構間あいてねえか?」
-- ちょっと体調崩しまして、実はあの後寝込んだんですよ。病気移しちゃ行けないってんでもう一週間、大事を取って間隔をあけました。
R「風邪? この蒸し暑い時期に」
-- 季節の変わり目というやつでしょうか。
M「いや、スタジオ内結構寒いですよ?練習中激暑になるから朝からガンガンに冷やしてますけど、終わって汗引いた途端震えちゃってもう体が意味分かんない事になりますもん」
T「そうなんだ、言えばいいのに」
-- そうだよ、気をつけなよ?
M「え、言えない(笑)」
T「は?」
M「どうしよう、言っちゃった(笑)」
S「なんだ?」
(一同、笑)
R「そもそもお前、風邪引かねえじゃねえか」
M「あ、まあ、はい。…なんかトゲあるなー」
-- あはは。とにかく、まずはお詫びをと思いまして。
R「醜態晒したのはこっちも同じだからな」
S「痛い痛い、トゲが痛い」
-- (笑)。でもこの時期肉まん売ってるお店がないんでちょっと焦りましたよ。どうやってあれだけの量集めたんだよって。
S「誠が?まあコンビニとかじゃないからな」
-- そうなんですか!やっぱそうかー、どこ行っても今の時期あるわけないじゃんって顔されて参りましたよ。結局業務スーパーに眠ってる在庫引っ張り出して、解凍までしてもらっちゃいました。
R「どんだけ肉まん好きなんだよこの女って(思われたな)」
-- それは別に構わないです(笑)。ただあの日の後は、ちょっと記憶にないんですけど、どういう着地の仕方をしたんでしょうか?
S「まだその話すんの?もう良いって」
-- では、やめておきましょう。
M「記憶ないの?なんで?お酒弱いの?」
-- 好きなんだけど、弱いんです。私、吐いてませんよね?
S「ゲロは吐いてないよ。色んな液体出してたけど」
M「もー!言い方!」
-- ふわー。いやいや、あの時の映像は後日見返したんです。でもカメラが少し遠かったのと、聞き取り辛い部分もあって何が何やら。直視出来ないシーンもありましたし(笑)。
T「俺それ見たいと思ってたんだよ、後で見せて」
-- 分かりました。一応今日持ってきてます。…え? どういう意味ですか?
T「何が。…別にあんたの醜態を見たいんじゃないよ」
-- そうですよね、びっくりしました。
M「でもちょっと嬉しいな。もう肉まん食べれないと思ってたし。自分で買えよって話なんだけど、なんか、買えないじゃん、やっぱりこうやって無理にでも持ってきてもらわないと。もう肉まんイコール誠さんだし」
-- 繭子はもしかして、なんで誠さんが差し入れで肉まん持ってくるか知ってるの?翔太郎さん忘れたって言ってたような気がするんだけど。
M「翔太郎さんが忘れるなんてありえないよ」
-- あー、確かに。
M「なんで言わないんですか?」
S「言わなかったっけ?」
-- お伺いしましたっけ。
M「誠さんが、初めて翔太郎さんに買ってもらった食べ物だから。きゃっ」
そう言って可愛く脇を締める繭子の顔には、少しだけ寂しさが浮かんでいる。
-- そうだったんですね。分かりました。では、召し上がっていただいた所で、仕切り直します。私、意外だったのがこんな初歩的な質問してなかったんだなーって気づいた事があって。なんだかタイミング的に今更感強いですが、皆さんが今注目されているバンドを教えて頂きたいのですが、どうでしょうか。日本でも、世界でも。
R「んー、確かに今更だな」
S「メタルの?」
-- 他にもよく好んで聞くバンドなどがあれば教えて頂きたいです。以前うちに掲載した号でも聞いてる質問なんですが、それがもう3年前なんです。その時は全員に『特になし』と一刀両断されましたので、今はどうかなと。結構若手のバンドも増えて来たと感じます。
T「俺はメタル聞かないしねえ」
-- そのようですね。最初聞いた時は驚きましたが、今でもやはりそうですか。
T「家ではって言う意味だけどね。仕事上有名所が新譜出したらそりゃあチェックはするけど、好き好んで自分の時間で聞くことはないね」
S「うん」
T「お前は結構家で色々聞いてるイメージあるけど?」
S「俺は大成と逆で新譜を聞かない。聞くにしてもお前らの感想聞いた後でなぞる程度かな。結局、誰聞いても、俺ならこうする、こうやる、っていう変な聞き方になるし」
T「あー(頷く)」
S「それも車移動の時くらいかな。家で流してるのは昔のが多いな」
-- それは昔のアルバムという意味ですか? 今はもう活動されていない、昔のミュージシャン、バンドという意味ですか?
S「メタルも聞く事はあるけど、最近のはまあ、ないかなあ。基本的には畑違いの音源が多いな。それもがっつり聞き込むんじゃなくて、気分によってただ流してるだけの事が多い」
-- 家に帰ると何であれ「音」を聞きたくないっていう人もたまにいますが、そうではない?
S「そういう時もあるよ」
-- なるほど、ありがとうございます。
R「庄内がわりと細目に情報くれんだけどな、飲んでると。一応Billionの批評なんかも読んでんだけどさ、結局気にして見てんのはどのバンドがどんなアルバムを出したかって事よりも、聞いてる連中はどこを評価してどう感じてんのかなって、そこにしか興味がねえな」
-- 意外ですね。逆にそこは気にされていないものかと。
R「んーだから、上手く出て来ねえけど、そこを聞いて喜んでんだ、そこが好きなポイントなんだって、そっちのリアクションを楽しんでんだよ」
-- へえー、面白いです。
R「けど実際そのバンドの音源は聞かねえけどな(笑)。知ってる顔の連中が今どこに興味を示して飛びついてんのか、それ読んでニヤニヤしてるだけ。だから昔ほど他のバンドを気にしなくなったのもあるよ。最近ライブ自体見に行ってねえし」
M「また皆で行きたいですねー!」
S「一時期よく行ってたもんな」
-- 4人でですか?
S「4人でっていうか、現地集合なんだけど」
R「それもあれだよ、顔合さない時もあったよな」
S「あったあった」
-- どういったバンドですか?
M「パンクバンド。インディーズ系だね。近い所だと主に都内でやってる『FUNGUS』とかしょっちゅう新宿に見に行った」
S「都内でやってるくせに関西弁のな。元トレイシーだ確か」
R「そうそう。あれ。いっつもベロベロんの状態で途中から参加して、『EVEN EAZY ACTION』だけ聞いて吐きそうなぐらい泣かされて帰って来るっていう」
S「それお前の話だろ!」
T「あはは!」
R「まあな(笑)、たまにこっちに来れば『シーン』もよく見に行ったな」
S「『世間知らず』ん時だけ4人で全力oiコールして、ヒガッチョン喜ばせて帰るっていうね」
-- おっとっとっと?
M「『THE SCENE』っていう京都のバンドがお気に入りなの。こっちのFUNGUSと昔から仲いいみたいでよく同じイベントに出てるから知ったんだけど。そこのボーカルの東さんの事が皆好きで。ってか全力oiコールは3人ですからね、私やってないですよ」
R「そうだっけ?」
M「たまにです。もう最前列とかでやるから周りのファンの子達がびっくりしてるもん。うわ、なんかヤバイ奴ら来たって。私そういう時ちょっと離れて見てましたから」
-- バレたりしないんですか?
M「気がつく人達もいるかな。対バンの人達にはたまに後で声掛けられたり。ただほとんど誰も近寄って来ないよ、めっちゃくちゃタチ悪いもん」
S「なんだそれ」
M「酔っ払った3人になんか近づける訳ないじゃないですかー!」
-- そうなんですか。
M「そうだよー!竜二さんは特にガッシリしてる上に酔うと動きが無軌道で大きいからそれだけで近寄るの怖いもん。皆威圧感あるし、ヤバイ人オーラも半端じゃないよ。私ですらちょっと嫌だもん。なんかね、誰も目を合わせたがらないタイプ」
-- それは正直嫌ですね。
S「ボロクソに言われてるぞ」
M「翔太郎さんもですよー!」
-- でも身内の繭子からしたらちょっと頼もしくもない? そういう色んな人種が入り乱れる場で、アンタッチャブルな空気出してる人達ってちょっと憧れるな。怖いけど。こういう仕事してると何度かお目にかかる事があるけれど、もれなくそういう異質なオーラの男の人って何故だか格好良く見える。
M「あ、それはちょっと分かるかも。なんだかんだ、目立ってる3人見るの好きかもしれないね。バイオレンスな空気だけは嫌だけど」
-- それは私もそう(笑)。だけど気づいてないだけできっと繭子も目立ってると思うよ。
S「いやいや、そもそも一番声掛けられるのはやっぱり繭子だし。次点で竜二か」
T「割と社交性のある2人ね」
S「俺らそこらへん壊滅的だよな」
T「(黙ってうなずく)」
M「ただでもやっぱり最近は、実際にそこまで乱暴な事しなくなったから、うん(笑)。昔は本当辛かった、立場無くて。なんでこの話すると翔太郎さん笑うんですか(笑)。特にパンクバンドのイベントって、ファンもおかしいのいるけど、演者も尖ってる人多いから。何度も喧嘩に巻き込まれたりして。そこで初めて他人の振りする事を覚えた」
S「あははは!」
M「だからあ」
-- 打ち上げで喧嘩になって警察呼ぶパターン多いですよね。割とメタル畑の人達って、そういう意味では普段大人しかったりするんだけど、パンク系はやばいの多いんだよね。
M「何なんだろうね」
-- やっぱり昔は流血沙汰もあったり。
M「うちはさせる側なんだけどね」
-- あああ、ちょっと。それはちょっと、掲載出来ないです。
(一同、笑)
M「でも時効でしょ?喧嘩はやっぱり両成敗だよね」
-- 繭子もそこそこ酷いな。
S「だから言ってるだろこいつヤバイって。あんまり調子乗ってベラベラ喋らせるとロクな事になんないぞ」
M「酷ぉ!」
-- それで笑ってらしたんですね(笑)。
R「でも繭子が喧嘩してる所、俺一回見た事あるぞ?」
M「ええっ?」
-- え、グーですか?
R「いや、殴るとかじゃなくて胸倉掴んで叫んでた。何言ってるかまでは聞こえなかったんだけど。大分前だけどな、あれなんだったんだろ」
M「覚えてないなー、酔ってたのかなー」
-- そういう事にしておきましょうか(笑)。ちょっと脱線しましたけど、やはり皆さんメタルバンドについてはあまり聞かない、という事で。
R「若いのは得に聞かねえな。四天王とか、その年代の新譜ばっかりかな。俺も家ではそもそも音楽聞かねえし」
S「若いのは俺も全く聞かない」
T「うん、名前も知らないの多いよな」
-- ですがうちの編集部内でも度々議論になるのが、ドーンハンマーの楽曲陣はアルバム内における『オールドスクール』と『ニュースクール』あるいは『現代味』のバランスがとにかく優れていると言われています。
R「…はい。そうです」
(一同、爆笑)
-- いえ、ええ?(笑)
R「なんだって?」
-- ええ、昔ながらを彷彿とさせるクサメロタイプと現代風なアレンジがバランス良く配合されたアルバムを作って来る、という評価です。
S「それが?」
-- 流行に敏感とまではいかなくても、ある程度昨今の流れを気にしていないと、もの凄く古臭い曲しか作れないんじゃないかと思うんです。実際はそんな事になっていないので、どうなってるんだ?と。
S「古臭いんだよ思うよ?」
T「うん」
S「ただ簡単に言えば音の数でごかましてたりしてな。年が年だから好きな曲の雰囲気ってのも癖があるだろ。そこをブラッシュアップというか、まあごまかしかな。それはあるよ」
T「ビートルズのさ、なんか名曲を引っ張って来てさ、俺達なりにやればそこはきっとメタルに聞こえるだろ?」
-- そうでしょうね。
T「そこを更にドーンハンマー流というか、10倍速、音数3倍とかでやれば原曲が分からないぐらいの変化も付けられる。そこまで行くと新しい古いじゃなくて、凄いか凄いくないかしか残ってないんだよきっと」
-- なるほど。分かりやすいです(笑)。
S「それをオリジナルでやってんだよな」
-- 思いついて作曲したものが少々古臭かろうが、思い切ってバンドでプレイすれば他をここまで圧倒出来る、と。
S「(頷く)」
T「ただ俺とここだけでも曲の雰囲気は違ってくるから、アルバム内でのバランスってのは、そこだろうね」
-- なるほど、納得です。そうなってくると確かに、あえて新しいバンドに興味を示さずとも我流で勝負できる理由が分かりますね。繭子は、どうかな。繭子もやっぱりよそのバンドは聞かない?
M「えー、そうだなー。うーん」
-- いや、ないならないで良いんですけどね。
M「うん、知ってるバンドとかCD持ってるバンドとかは一杯いるんだけど、実際今も聞いてるかって言われると確かに聞いてないなと思って。何でなんだろう」
-- 珍しくはないですよ。やっぱりプレイする側、聞かれる側という意識もあるのではないですか。
M「特にそういう意識はないつもりなんだけどな。昔から聞いてる曲をふと思い出して繰り返し流すみたいな聞き方はするけど」
-- 昔から好きな音楽というか、よく行くライブはメタルよりロックとかパンクバンドが多いんですか。
R「もともとバンド始めた当初はパンクだったしね。でも、俺らはパンクじゃねえわってすぐに気付いた。そこからどんどん音を激しくして行って。ただメッセージソング歌えないし、やっぱり音もガッチリしたのが好きなんだけど、根っこにある好きな音楽性とかは割と広めなのかもな」
-- 世代的に言うとピストルズとかラモーンズはちょっと上ですか。クラッシュとか。
R「うん、全然興味ない。パンクに関して言えば海外のバンドは全く聞かねえな」
-- 何故ですか?
R「単純に音が脆い」
S「言うなあ、こいつ(笑)」
-- ドキドキしてきました。
R「違うか?」
S「違わないけど」
R「だろ。弱いし、ピッチもおかしいの多い。そういうルーズな音を良いって思えないんだよ。だからこういう音楽やってるんだと思う。もちろんメタルでもあんまり下手バンドは聞かないし」
M「(頷く)」
-- ハードコアパンクなども聞かれませんか?
R「例えばどれの事?」
-- 私もそこまで詳しくはありませんが、「Discharge」「Sick Of It All」「Misfits」などでしょうか。
R「ああ」
S「名前はもちろん知ってるけど、聞いてるか?って言われたら聞いてない」
R「本人らがどう思ってるか知らねえけど、今言ったバンドだって『演奏力に定評あり』とか絶対言われたがってねえよな?」
S「(爆笑)」
T「ふふ、ちょっと、きついな」
R「そうかあ?」
-- 皆さんにしてみれば、やはり名の知れた彼らであっても、音は脆いと。
R「多分アルバムを聞いて楽しむ分には問題ねえんだ、きっと」
S「(頷く)」
R「作品としての質っていうより好みだしな。もう俺はテメエの好きな音ってのを分かってるし、極端な事言えばその音以外は必要ねえんだよ。ただ他のバンドにはそいつらなりのポリシーだったり好き嫌いがあって当たり前だと思うしよ。そこにはきっと、おって思うようなリフだったり演奏だったりはあるんだろうし、どのバンドも名前を売ってる以上は何かしらの武器があって、魅力は絶対あると思う。ただ今もう、普通にファンとして聞く目線にはねえかな。俺なら出さねえような音だから」
T「だからさっき時枝さんが言った、プレイする側だっていう発想は間違いじゃないと思うよ、意識して線引きしてるわけじゃないけど」
S「うん、うん」
M「へー(意外そうな表情)」
T「俺と竜二は特にその傾向が強いと思う」
S「クロウバー時代からちょっともうそうだったよな」
T「回転を上げられなかっただけで音の好みは変わってないからね」
-- なるほど。そんな皆さんに影響を与えたのやはり、スラッシュ四天王ですか。
R「どうなんだろう。当時からもちろん好きは好きだし、コピーしまくったっていう意味ではそうなんだろうけど、音とかメロディラインの影響はそんなに真似したい程ではなかったな。四天王で言えば最近の方が好きなくらい、昔の音源よりはな」
-- ドーンハンマー的にはやはり、SLAYER推しが強いようですね。
R「そーだなぁ。ウチにはやっぱり翔太郎がいるから、特にリフで張り合える強みってのは武器だと思うんだ。しかもメガデスもメタリカもワンマンバンドだけど、うちの場合翔太郎とプラスαの部分が強力だから、正直音負けするとは全然思ってない。でもやっぱりスレイヤー。ジェフとケリーのタッグは凄いし、デイブの圧倒的パワーというかモンスターエンジン積んでる感は圧倒される。まあ、トムも頑張ってるよ、あの歳であの歌かよって思うと正直焦るよな」
-- よく分かります。似ていますよね、あなた方とスレイヤーは。
R「そうかもしれねえな」
-- 今となっては四天王唯一、現役でスラッシュメタルを貫き通している姿勢も、なんだか親近感が沸きますね。
S「あれはでも可哀想な気もするけどな。メタリカもアンスラも、当時やりたい音楽があれだっただけで、別に一生スラッシュでやっていきますなんて宣言してないと思うんだよ。特にメタリカなんて売れちゃったもんだから、アルバムごとに作風変えただけであれこれ難癖付けられてるけど、どう考えてもその時一番新しいアルバムが最高傑作だと思うんだよ、俺に言わせりゃ」
T「メタリカなんかは特にそうだね。速い遅いだけを基準にするならメタリカなんか聴かなきゃいいだけで、彼らは彼らにしか出来ない仕事を毎回やってるよ」
-- 当時大分叩かれまくって今でも賛否ありますが、所謂遅く重くなった時代のアルバムでも、評価するに値すると。
S「ファン目線と俺達じゃ考え方が違うしな。彼らが長い時間を掛けてどういう仕事をしたか、聞けば分かるから。単純に、速いの好き!遅いの嫌い!っていうだけで価値が決まるバンドじゃないんだよ、メタリカクラスになると」
-- なるほど。皆さんが言うと重みが違いますね。うちの編集陣にも聞かせたい言葉です。
S「マインド的には似てると思うよ、スレイヤーもメタリカも。格好良い曲作りたいって思った時に、速くなるか遅く重くなるかの違いがあるだけで、その楽曲自体のクオリティは常に最新アルバムが一番高いと思うから。全然枯れてないよな」
-- 特にあちらのバンドは音楽プロデューサーの名前も大きく紹介されますが、バンドにそういう人間は必要だと思いますか?
(意外なことに、全員がうんうんと何度も首を縦に振る)
-- 失礼ながらドーンハンマーは唯我独尊なイメージがあるので、正直意外です。
S「それは、あれだわ」
R「うちで言うと大成がやってる仕事だからな。必要ないわけねえよ」
S「そう」
-- なるほど、そういう意味ですか。バンド内でそれを賄えるドーンハンマーのようなケースは良いのですが、外部からわざわざ引っ張って来て雇う意味は、どのような所に感じられますか?
S「客観的にそのバンド、そのアルバムの特徴と長所を把握出来て、さらに高いレベルへ引っ張れるかどうかだから、外部かどうかはあんまし関係ないけどな。ボブ・ロックとかリック・ルービンみない人の話してんだろ? 彼らもプレイヤーだからな。理屈を分かってる第3者が色々提案や注意を入れて来るのはありがたい話だと思うよ。聞く耳持つかどうかは別として、金払う価値ならあると思うよ」
-- なるほど。物凄くよく分かりました。ちなみにあなた方は聞く耳を持つ方ですか?
(全員が首を横に振る)
-- あははは、やっぱり!
R「違う違う、だって大成いるのになんで知らない奴の言う事聞くんだよって話で」
-- でも翔太郎さん理論で言うと、そこは大成さんでなくとも良いわけで。
R「あー? あ、そうなんのか」
S「別にプロデューサーの指示通りにやらなきゃいけないなんて事はないだろ。もちろん衝突して仕事打ち切るバンドも多いし、方向性や性格が合わないなんてザラじゃない。そういうの、もう分かってるし、自分達の目指す音とか世界観を言わなくても理解できる奴が身内にいるのに、それ以上の何を求めるんだよ」
-- 新しい世界が見えたりするかもしれません。
S「そんなの大前提だろ。例えば現状どん詰まりになって何か変えたいと思った時に外部に頼る意味なんて今の俺達にはないし、頼るならPじゃなくて演者で助っ人頼むよ、URGAさんみたいに。一歩引いた目線で色んな引き出しを開けてくれるのがプロデューサーなんだろけど、それをもう、こいつは10年以上やって来てるから。要は、新しい世界?とやらも大成が引き出して来たおかげでこんだけの枚数アルバム作れてるわけだから」
T「待て待て待て、重圧が凄いぞお前」
M「うちのPを舐めんなよー!」
T「ここぞとばかりに言うな、ずっと黙ってたくせに」
M「だって難しい話分からないですもん」
-- (笑)、確かにもの凄くプレッシャーのあるポジションなわけですが、大成さんとしてはプレイヤーとしての顔と、プロデューサーとしての顔と、どちらが楽しいですか。
T「どっちも俺だしどっちも楽しいよ。選ぶなら演る側だけどね。ただ選べないよね。ベース弾きながら、ここはああやった方が良いなって考えちゃうし、色々音を組み立てながらも、自分でプレイしてみないと気が済まないしね」
-- ベース以外の部分にも気が行ってしまうという事ですか。
T「うん。多分翔太郎なら同じ事出来ると思うんだけど」
S「いやいや、嫌だ、絶対どっちかのレベルが落ちる」
R「(笑)」
T「演奏しながらその曲の一番いい場面っていうのをどこに持ってくるかっていうのが、世界観を作るのに一番手っ取り早いと俺は思ってて。基本やっぱりギターバンドだから、翔太郎のリフか、竜二の声、もしくはその両方でクライマックスとかテンションのピークを作りたい。そう考えた時に、まあ竜二には全力で歌ってもらう事しかお願いしようがないわけで、あとはリハでプレイしながら翔太郎と一緒にキメル部分をどこがいいか探してるうちに、曲の全体像が見えてくるという感じかな。無意識にやってる事が多いけどね」
-- うわ、なんか鳥肌が来ました、今。無意識なんですね、職人だー(笑)。
S「凄くない?この話。俺初めて聞いた時、こいつちょっとウソついてんじゃねえかなって思ったもん。今の話で伝わったかどうか分からないけど、こいつ絶対音が『見えてる』んだよな」
-- 私もそう感じました。頭の中で音の像が見えていないと言えない事ですよ。生粋のアレンジャーですよね。
S「そうそう」
T「見えてるっていうかイメージしてるだけだよ。竜二の音、翔太郎の音、繭子の音、俺の音、それを一本ずつの線と捉えてさ、お互いの距離感や音の太さ、つまり線の太さを微妙に変えながら、立体的な位置を組み替えて聞こえ方やボリュームを上げ下げしていく作業をやってるだけであって」
S「はい、もうついていけない」
R「あははは!こいつ、何言ってんの?」
T「何だよ(笑)」
M「あの話に似てない? 翔太郎さんと私の音の隙間は全部俺が埋めるっていう」
-- うん。プロデュースの話とはちょっと違うけど、音が見えているっていう点では共通して凄い話だね。
T「いや、だから重圧が」
S「結局大成が差し示す方向に進んでいって、それで駄目なら別に違うやり方で作り直せばいいだけの事だしな。誰も同じ事出来ないんだし。俺が曲書いて、竜二が歌詞載せて、さてこういう曲が出来ましたと。そこからだもん、大成の仕事は。一回びっくりしたのが、あれどの曲だっけな、『7.2』の時に俺が書いた譜面見せた時、お前なんつった?」
T「覚えてないよ、お前じゃないんだから(笑)」
-- なんと仰ったんですか?
S「『いいね。これアルバムの最後に持ってこようか』って言ったの。待って、まだ譜面書いただけだから待って、お前何が見えてんの?って」
T「あははは、あったあった。いやでもそんなの誰でも言えるって。譜面見たら翔太郎の少なくともメインリフぐらいは脳内で再生出来るから」
R「出来ねえよ!」
M「出来ないですよ!」
-- ちょっと神がかったエピソードですね。結局ラストナンバーになったんですか?
S「だと思うよ、そこらへん俺口出ししないし」
-- ということは、『Luny's Of Thoruns』ですね。名曲ですけど、ちょっと想像つかないですね、ギターの譜面だけ見てもうラストナンバーに相応しい曲であることが分かったなんて。盛ってませんか?
T「あははは!盛ってるよなぁ?」
S「お前が言うな」
-- 凄いなぁ。ホントこういうエピソードには事欠かないですね。偉大なプロデューサーの逸話が聞けて良かったです。
R「あ、面白い話聞く?」
-- いきなりですね!ありがとうございます!
R「最近テレビ見ててよ、なんかお笑い芸人がやたら大声出してるわけ。どういうネタなのかは分かんねえんだけど、取り敢えずデカイ声だして笑い取ってるわけ。それを見てて思うわけだよ。こんなんで成立すんのかよと。でもじゃあ俺こいつより声出るかなーって思ってテレビの前で叫んだわけ、全力で。したら普通に通報されて警察来たんだよ」
爆発的な笑い声。
身悶えと地団駄と拍手。
繭子が立ち上がってお腹を押さえ、やがてしゃがみ込む。
伊澄も神波も突っ込みを入れようにも笑いが込み上げて言葉にならない。
-- 面白い話ってそういう意味の面白いですか、とっておきのネタという意味だと思って完全に裏をかかれました。紛れもなく面白い話ではありましたけども。
S「くっそー、腹立つなあ。何を張り合ってんだお前は」
T「黙ってるから変だなとは思ったんだよ、やたら俺ん所話来るから絶対何か企んでると思ったけど」
M「あー。あー。あははは駄目だー」
-- 結局どうなったんですか? それ苦情ですよね。
R「謝ったんだけどよ、苦情っていうか、殺されてんじゃねえかって心配になって通報されたみたい」
追い打ち。回復しかけていた繭子が完全に膝をついて崩れた。伊澄が池脇の腕を叩いた。
M「お腹痛いよー」
-- 断末魔だ。悲鳴だと思われたわけですね。うふふ、想像するとやばいですね。
笑いに震える腹筋が痛くなり始めたその時、伊藤織江が現れた。伊澄の名前を呼んでスタジオの外へ手招きする。伊澄は黙って立ち上がり、スタジオの外へ出て行く。
R「ウソウソ、本当はちゃんと面白い話あるんだよ実は」
-- 何ですか?
R「PV撮んだよ、再来週くらいから。話は前々から決まってたんだけど、色々向こうの監督さんとか演出家の方とスケジュール合わなくて、今になってようやく」
-- おおおお! というかそれはもっと早く言ってくださいよ!
R「知ってると思うけど、これが初なんだよPV用意すんの」
-- これもずっと不思議だったんですよね。
R「日本だとまあ、何で?くらいで済む話なんだけど、最近向こうだと『無い』のは通用しないんだって。アメリカでうちのCD扱ってるレコード会社にずっと催促されてたみたいで、ようやく決まったんだよ」
-- プロモーションし辛いという事ですよね。
R「そう。イベントに俺達をねじ込んだりツアー用の箱抑えるのに、音源しか商材がないバンドなんてそもそも嫌がられるんだって。今ってデモテープだけじゃダメなんだよ」
-- そうですね。やっぱり、どういうバンドがプレイしていて、どういうステージ構成を好むのか、手っ取り早く知る為には映像が一番ですからね。ライブ映像だけではイマイチ伝わり切らない事も多いですし。
R「やっぱり詳しいな、さすがにそこらへん」
-- ちなみに、その監督の名前とか教えて頂く事は出来ますか?
T「ニック・オルセン」
-- ウソ!うわ!ウソォ!?
R「有名か?」
-- 有名ですよ!『ファーマーズ』ですよね。ニッキー・シルバー・オルセン!ガッチガチの映像作家です。うわわわわ!うわわ!
M「あははは!」
R「なんだよ(笑)。絵コンテ見る?なんか不思議系過ぎてよく分かんねんだよ」
-- 見たいです! 映像クリエイター集団のトップなんで拘りが半端ないと思いますよ。日本で彼と仕事したバンドいたっけなー。凄いですよ、これは本当にニュースです。もう情報どこかに出てます?
R「そんなに興奮する話か?」
T「まあ、ファーマーズと聞いてピンと来ない時点で俺達には何も言う資格ないよな。まだ出してないと思うよ。この話だけ先にBillion載せたいの?」
-- 駄目ですかね。
T「織江と話してみな」
-- 分かりました!
R「じゃあちょっと取って来てやるよ」
-- ありがとうございます。翔太郎さん戻られませんね。
そういうや否や、池脇と入れ替わりで伊澄と伊藤がスタジオ内に戻って来た。
S「どこ行ったのあいつ」
-- ニッキー・オルセンの絵コンテを取りに行っていただきました!
S「あ、PVの話? 丁度いい」
そう言って伊澄が伊藤を見やる。彼女は眉間に皺を寄せて、うーんと言いながら繭子の後ろに立った。
O「時枝さん、誠の連絡先って知ってる?」
-- え? いや、皆さんが知ってる番号と同じじゃないでしょうかね。あ、事務所も分かりますけど。
O「うん。まあそうだよねえ。どうしよっか」
S「仕方ないんじゃないの、こういうのはさ、タイミングだし」
そう言った伊澄の顔に若干の陰りが見える。
-- どうかされましたか。
O「んーと、もうPVの話聞いたっぽいから言うけど。絵コンテと構想案を貰ったのって実は今年入ってすぐぐらいだったの。もう半年以上前ね。なかなか向こうのスケージュールが合わなくて進展しなかったんだけど、その時考えてたこっちのイメージが…」
-- あちらの描くイメージと合わない?
O「あー、いやそういうんじゃなくって」
彼女には似つかわしくない歯切れの悪さだ。関誠の連絡先とどう繋がるのだろうか。
そこへ分厚い紙の束を持った池脇が戻って来た。ドンとテーブルに投げたそれの端っこが妙に黄ばんでいる。
M「なんか汚れてません? 何この黄色いの」
R「ん?ああ、カレー」
M「ちょっとー!」
カレーライスを食べながら見ていたという事か。世界的映像作家による手描きの絵コンテを。カレーを食べながら。
O「えっとね、この、最後の最後」
そう言ってページを捲り、伊藤がある一枚の絵を指さした。恐らく女性の顔のアップだ。その前のコマを見ると、女性の背中から脱皮して何かが飛び出している絵。そして顔のアップ映像へと続いている。
O「このひとつ前の、背中から何かが飛び出している絵ね。このシーンのこれは、繭子なの」
-- ドラムセットに座ってるっぽいですもんね。
O「そう。それでね、ここで背中を食い破って出て来る何か、向こうは天使だと言ってるしこちらは悪魔が良いって言ってるんだけど、どちらにせよ、誠に依頼しようと思ってるんだよ」
-- そういう事ですか!良いですね!素晴らしいアイデアです。
S「ただここへ来て電話に出ねえんだよ、あいつが」
-- そう、なんですか。
O「何も聞いてないよねえ?いや、うん、ああいう事があった直後だし、結局この話もどうするか分からないって所なんだけど、そもそもその後話せてないのね。一応、結構前だけど軽くこの話をした時は二つ返事でやるって言ってたから、仕事の話だしちゃんとしておきたいんだけど、事務所に掛けてもね」
-- 駄目だったんですか。
O「ちょっとびっくりしちゃったんだけど、事務所にも伝えてるみたいなのよ。『大恋愛をしていましたがこの程終わりました。心機一転頑張りたいので連絡を取り次がないで欲しい』と本人から言付かっておりますので、ってあちらさん物凄く申し訳なさげでさ。相手が翔太郎だってのも言ってるらしくて、担当の方に電話で『バイラル4の伊藤と申しますが』って告げた瞬間『ああっ』って言われて驚いたよ」
-- さすがにびっくりしますね、そこまで徹底されると。翔太郎さんが掛けても無理なんですもんね。じゃあ、誰も無理ですよね。
S「それは分かんねえけど、番号が変わってるとかじゃなくて、出ないっていう意思ならもうどうしようもないよな」
M「誠さんらしいっちゃらしいんだけど、なんか変だよねぇ。これじゃ翔太郎さんの事嫌ってるみたいな避け方だよ」
-- 実は、私も連絡取ろうとは思ってたんです。既に収録済みの、誠さんのインタビューを今後どうしたものか迷っていたので。一度は取材許可を頂いてるんですが、ただ今の事務所の対応を聴くかぎり、こちらもアウトっぽいですね。
O「一応連絡してみてくれないかな。結果を教えて欲しい」
-- 承知しました。これ、誠さんがダメだった場合、代役立てるんですか?
S「いや、繭子だな」
M「うへー。恨むよ誠さん」
-- どうして?
M「いやー、企画としては面白いんだけどね。でも一番美味しい最後の場面で、ルックス最強の関誠が受け持ってくれるっていう安心感があったからさ。あとなんか身内感覚で、見ろこの顔面偏差値の高さを!アメリカ人何するものぞ!とか勝手に盛り上がってたし」
R「それはでも向こうにはまだ話してねえしな。そもそも向こうは繭子で想定して描いてるんだし」
M「はーい。気合入れるかー」
上半身を左右に捻りながら言う繭子に、珍しく大人しい声で伊澄が声を掛ける。
S「よろしく頼むよ」
繭子はニッコリ笑って、元気に頷く。
M「あい。翔太郎さんの頼みは断りません」
S「悪いな、急な話で」
M「こんな事くらいで謝らないで下さい。全然大丈夫ですから」
そう言って顔の両脇でピースサインを作ってみせる。
この時の繭子の笑顔が、この一年で最も可愛いと思うのは私だけだろうか。
どこまでも強くあろうと己を鼓舞し続けるのが伊澄という男だ。しかし思いもよらぬ場面で、自分の半身とも呼べる存在の喪失を改めて突き付けられている。死別でないとは言え、だからこそ平常心でいる事は難しいように思えた。私の知る限り、体裁や寂しさいった自分の事よりも、他人に及ぼす迷惑や影響を気に病む人だからだ。そんな今、特に繭子の存在は大きいと感じる。
実は、この日スタジオへ来る前に私は繭子と電話で話している。あれから初めて顔を合わすのだが、どういう顔で行っていいか分からないという私の相談に、繭子はこうアドバイスをくれた。

『普通だよ。普通でいいんだよ。もし翔太郎さんの事気にしてるなら、ちゃんと私が見てるから大丈夫』

一緒になって笑う、一緒になって怒る、一緒になって泣くことの出来る存在。そして伊澄が全く気を使わなくて済む、その事をむしろ喜んでいるであろう繭子という存在。今伊澄を支えているのは、誰であろう彼女の変わらない距離感である事は明白だった。
それは繭子の加入当時、文句ひとつ言わずに彼女のドラム練習にとことん付き添っていた、伊澄翔太郎の姿が気が付けばそこにあったように。
私は視界が震えて来るのを悟られぬよう、必死に絵コンテを睨みつけた。

連載第17回。「翔太郎×繭子」

2016年、7月某日。
夏の本番を前にしてうだるような暑さが連日続いている。しかし見ているだけでこちらが脱水症状を起こすんじゃないかと錯覚するくらい、ドーンハンマーの練習は相も変わらず自分達に容赦がない。午前の練習が終わって、昼食後の休憩時間。会議室で一人煙草を吸っていた伊澄のもとへ、繭子と共にお邪魔してお話を聞いた。



伊澄翔太郎(S)×芥川繭子(M)。


M「未来を担うこれからの若いバンドについて、だそうです。…どうぞ」
S「頑張って下さい。以上です」
M「ふははは!終わった。終わっちゃった」
-- もう少し、そこをなんとか(笑)。
S「繭子」
M「こないだ街で若い男の子がね、ギターケースとキャリーバッグを持ってバス停でバス待ってるのを見かけたんですよ。バンドマンだよねえって思って。何と言うか、ああ、こういう子って今でもモテたりするのかなあって」
S「格好良かったのか?」
M「顔は見てないですけど、雰囲気はそこそこ」
S「何才くらい?」
M「多分10代です」
S「へー」
M「個人的な興味はないけど、バンドマンってやっぱりモテるっていうイメージあるじゃないですか。今の若いバンドの子って、動機なんなのかなって気になりません?」
S「…それは下手過ぎる奴が多いって話を遠回しに伝えようとしてる?」
M「うふはは、トッキーどうしよう、超怖い。超機嫌悪いかもしれない」
-- ええっ(怯える)。
S「あははは! 悪い悪い、ちゃんとしなきゃな。でも動機がなんなのかって、そんなのは100人いたら100人違うんじゃないか」
M「昔からよくモテたくて始めた話聞くじゃないですか。…翔太郎さんが違うってのは知ってますけどね!」
S「(笑)、でも効率悪いよな、そしたら。だって高い金払って楽器買ってさ、練習して、メンバーと揉めて、ステージ抑えて、緊張しながらライブやって、その後ようやく女の子ってえらく遠回りに感じるな。初めから好きな子にアピールしまくった方が早くないか? タダだし」
M「一回メンバーと揉めたのは何故なの(笑)。まあ冷静に考えてみると翔太郎さんの言う通りなんですけどね。じゃあ例えば翔太郎さんが打ち上げの席で、対バンしたバンドのメンバーが『俺実は女にモテたくてバンド始めたんすよー』って言ったらどうします?」
S「そのバンドはどうなの。格好良いの?」
M「うちと対バン出来るくらいなんで、そこそこは」
S「じゃあいいんじゃないの?」
M「ん? そのじゃあは、なんのじゃあですか」
S「動機が女でも、上手くなれたんならいいじゃないの」
M「ああ、なるほど。動機はそんなに重要じゃないと」
S「繭子にとっては重要なのか?」
M「そうですね。少なくともモテたい衝動で始めた人とは一緒にやりたくないですね」
S「あはは!お前の方が怖えよ」
-- 確かに。言いきっちゃいましたね。
М「私にしてみれば怖いのはあっち」
-- 何故?
М「異性を意識してバンド始めるような人間は絶対私の事鼻で笑うだろうなって思う。汗だくんなってドラム叩いてるトコ見て、何あいつーみたいな冷めた笑いで見られるなんて、怖すぎる」
-- そんな人いないでしょ(笑)。少なくとも音楽をやってる人間でそういう態度の人見た事ないけど。
М「えー、いると思うなあ」
-- 翔太郎さんはどう思いますか。
S「考えた事ないけど、前から俺が思ってんのは、最近の若い子ってバンドに限らず小綺麗で何やっても器用な気がすんだよ。偏見なのかもしれないけど、俺が20代前半とか、それこそ10代後半なんてもっと不器用だしだらしなかったけどなーって」
M「ああ、なんか分かる気がします。もうすでにモテてる子がバンドやってるのか、バンドやってるからモテてるのか分からないですけど、ちゃんとした身なりの子も要領良い子も多い気がしますね。でも10代ならいざしらず、20代なら翔太郎さんもう出来上がってるじゃないですか」
S「そんなことないよ。ドーンハンマー入る前なんか、ただの社会不適合者だし」
M「あはは」
S「割と礼儀正しい子も多いよな。俺真似出来ないから、人として良い事だと思うし偉いなと思うんだけど、ただなんて言うか、今の子は確かに吸収も早いし一見何でもそつなくこなしてスマートなんだけどさ、だからこそ絶対に負ける気がしない。全く怖さを感じない」
M「はい、同じく。そういう意味では確かにそうですね」
S「タイプが違うから向こうもきっとそう思ってんだろうけど」
M「あはは、それはどうかな」
-- 翔太郎さん達の言う、勝ち負けってなんですか?
S「ん、クソ格好いいなって震えるかどうか」
-- なるほど(笑)。そこはもうドーンハンマーは日本に敵無しですからね。
M「気持ち良い事言うなあ。おかわり!」
S「キャリアとか練習量ももちろんあるから威張って言う程の事じゃないけどな。多分こういう事言うと鼻つまみ者扱いされるだけだろうけど、やっぱり上手くなりたくてがむしゃらにやって来た奴の方が、特に音楽に関しては記憶に残るいい演奏残せると思うんだよ」
M「そうですね」
S「それがハングリーさなのかシンプルに音楽が好きなのかは置いといて。でも凄いのさは、今の子達はそれすらも分かってて選んでるんだよな、きっと。熱い方向へ行きたい奴は勝手に来るし、スマートに行きたい奴はそれこそモテまくる人生を選んでると思う。繭子はそういう男が嫌いなんだろ?」
M「ふは!うわー、誰の事言ってます?」
S「ロキノン系の」
M「怖い怖い!もう! 具体的な事言うのやめましょうよ」
S「お前が聞くからだろ(笑)」
-- 背筋がぞっとしました。大手事務所系列が多いから怖いですよ、あっち。
M「そういう事言うとこの人目が光るからやめて!」
-- (笑)、でもなんで繭子は嫌いなの?
M「嫌いというか、人が何をしようがどういう動機であろうが、私に被害がなければなんでもいいけど。別にそれは若い子に限らずどんな人でもそうですけどね。お洒落とかファッションの感覚で音楽をやってる人もいるだろうし、それでもお金稼いで生きてる人は需要のある仕事をしてるっていう意味では全然『アリ』なんでしょうし」
S「そらそうだ。俺達のやってる音楽だって、必要ないと感じる人にしてみりゃ一種のファッションだしな。でも俺らなんて単純だからいつも思うのがさ。いわゆるロックバンドというカテゴリーのバンドがライブやってんのを、メンバーと見てて」
-- それはフェスみたいなイベントとかの、舞台袖ですか?
S「そんな齧り付きで見た事はない。テレビとか、CMとかついてるのをたまにここで」
-- そうですよね(笑)。
S「汗かいてさ、髪の毛振り乱してさ、やってるだろ」
-- はい。
S「ああいうの見てて疑問に思わない?」
-- え?
M「う、あー、ちょ、っとなぁ…(苦笑)」
S「これがこいつらの全力か?って」
M「うわわ、翔太郎さんそれダメですって(笑)」
S「でもどういう事なの?って思うだろ」
M「思わないですよ!」
S「いやいや、ウソウソ。お前だって絶対思ってるよ。ロキノン系嫌いなくせに」
M「そういう理由じゃないです(笑)。あっ…、もー」
-- さっきからずっと繭子が困っててなんだか(笑)。でも、そういう理由とは?
M「んー、おそらくだけどね。…要するに熱いプレイをしている俺達格好いいだろ?っていうスタンスのエモ系ボーカルとか、ロックバンドが全部中途半端に見えるって事ですよね?」
S「ほらー」
M「違いますから、私は。そもそも、全力とか熱とかいう事を突き詰めて考えた時にロックバンドでは限界あるだろ、なんでメタルをやらないんだ?っていう意見は前にもチラッと、皆さんで話されてたのは聞いてましたから」
-- ああああ、それ私も同意見です。
M「ええ!?」
S「だよな!?」
-- はい。実際言えないですけどね、さすがに紙面では。
М「だって話が違うと思わない?」
-- んー、偏見かもしれないとは自覚してるよ。翔太郎さん的にどうでしょうか。
S「何が違うと思ってんだ?」
M「…例えばですよ。料理で言うと肉料理は美味しいし、エネルギーも溜まるし王道な感じがするじゃないですか。ステーキとか焼肉とか。バンドを料理で例えた時に、翔太郎さん達が言うのは『美味い飯食いたきゃ肉食え』って言ってるのと同じだって思うんです。だけどめちゃくちゃ美味しいスープだってあるし、究極を極めたスープだって人を感動させることは出来るじゃない?」
-- うん(笑)。
M「別にロキノン系がスープだって言ってるわけじゃないですよ。デスメタルを肉だと思ってるわけでもないし。何が最高かっていうのは人それぞれ違うし、ロックを至高の音楽だと信じて全力でプレイしてる人はきっと格好良いと思うしね」
-- そうだね、そう思うよ。
M「スープ料理に全力を費やしてる人に、全力出したいなら肉料理作れよって言ってるようなものですよって、私は思います」
-- なるほど。翔太郎さんは先ほど、ファッション感覚で音楽をやっていようが、それが仕事として成立しているのであれば『アリだ』と仰いましたが、今の繭子の話を聞いてどう思われますか? スープ料理を極めたいと思ってる人に『アリ』だと思えない、という事でしょうか。
S「アリかナシかで言えばアリだろ。そういう話してないだろ、今」
M「あれ(笑)」
S「繭子の言うスープを俺が不味いって言ってると思われてるんなら全然違う。ロックンロールもパンクロックも、そういう音楽のカテゴリーの中で本物っていうのは絶対いるし、格好良い人はいるさ。俺が言ってるのはそういう好みの問題じゃなくてもっと物理的な話」
M「物理?」
S「ああ。なんでこんなにスープを連呼しなきゃならんのか理解に苦しむけど、繭子の言うスープを仮にじゃあ、フェラーリだとしようか」
M「車ですね(笑)」
-- はい、はい。
S「対する俺達は何だって言やあ、そりゃコンコンルドだろうと」
M「飛行機!」
-- ジェット機(笑)。
S「繭子は比べる所を間違ってんだよ。俺の言ってるのは、激しい音や、自分の中にある鬱積した感情を音に出して大暴れしたいんならメタル以上の音楽はないのになって話」
M「あー、はいはいはい。そうか、そうですね」
S「いくらフェラーリが最高速度で地上を走ってカーマニアを魅了しようが、高度何万メートルを超音速で飛ぶ飛行機には『速さ』で勝てないだろ。パンクロックVSデスメタルはどっちが最高の音楽かって勝負をしてるわけじゃなくて、ステージで自分の持ってる音楽的ポテンシャルを最大限引き出して『ウワー!』ってなれんのはロックでは無理だと思うから。そもそもそこを狙ってやる音楽でもねえし」
M「あー、うん、そこは分かる気がします」
S「だろ? ロックやパンクって割と自分の内面や生き様を重要視した世界観だと思うし」
M「うん。はい」
-- 単純に音比べをした時に、構築への拘りや音圧が段違いですよね。確かにそこには物理的な差がありますね。
S「そうそう。いくら人気のあるロックバンドでも、『世界一うるさいバンド』に選ばれたリしないだろ。世界一重たくて速くて怖いバンドにもなれねえだろ。でもまともな音も出せないような勢いだけのバンドのくせして『熱いぜ、俺達』みたいな顔するからさ。『は?お前らが?』ってやっぱ思うだろ」
M「うふふふ、もう、私黙りますね」
-- 私は個人的にめちゃくちゃ興奮するお話ですけど、バンドが方々で揉め事起こしてきた理由が分かる気がします。ここまで思い切り良くぶった切る方なんですね!
M「そうだよ、超怖いよ」
S「そうは言うけど実際な、それこそ舞台袖で今人気に勢いのあるロックバンドのライブを見てるとしようか、俺らが。お前も。それが誰でも構わないけど、客がもう汗だくなって拳を上げてます、泣いてますと。会場が一塊になって大盛り上がりですと。次、俺達です。想像してみ。前のバンドがはけて、アウェイ感残ったままのステージに俺達が上がります。俺、大成、繭子がせーので音を出します。竜二が腹の底から『ウラア!』って叫んだ瞬間俺達がそこいらのロックバンドに音負けしてると思うか?」
M「音負け? いや、それはありえないですけど」
S「だろうが。一発で会場ひっくり返す自信あるだろ?」
M「あります」
S「蹂躙。俺達のやってる音楽はそこを狙ってくんだろ」
M「はい(笑)」
-- 蹂躙、良いですね、よく分かりました。どのジャンルの音楽であれ、こと音と爆発力に関してはデスメタル以上はありませんよね。
S「俺はそう思う。話戻るけど、見て、聞いて、格好良ければ何でもいいと思ってるのは嘘じゃないよ。格好良いと思えればね。スープでもフェラーリでもなんでもいいけどさ、それでも俺達は肉とコンコルドだよ」
-- なるほど。素敵な表現ですね、『肉とコンコルド』。格好良ければなんでも良いというのはつまり、最初の話に戻りますが『動機』はなんだってかまわないと?
S「俺はね、あえて気にはしない」
-- 繭子にとっては…。
M「私にとっては、重要かな。良いか悪いかは関係ないんだけどね。だけど人に興味が湧きませんもん、モテたいから音楽やってるとか、お金の為にやってる人なんて。そういう人達の人気がどれほど凄くて、ヒットナンバーが色んな所から聞こえてきても、その人に興味が湧かない、イコール、その人の音楽は私の中に入って来ないです」
S「一番初めのきっかけは女であっても、やってるうちに音楽が好きになって、のめりこんで、今は女なんてどうでもいいっす、みたいなゴリゴリのゲイは?」
M「話変わってるじゃないですか(笑)!ああー、まあ、そういう事もあるのかな。したら、…んー、アリですかね」
S「結構ガチガチで厳しいんだな、お前」
M「翔太郎さんが言う? いやいや、厳しいとかじゃないですよ。好き嫌いの話ですもん。音楽をこよなく愛してなきゃ駄目だとか、そういう風には思ってないですよ。私はやっぱり、竜二さんの歌をずっと聞いてましたし、一度掴んだものを手放そうとしない頑なな男気とか、そういうのがやっぱ好きなんで」
S「男気と来たか(笑)」
M「翔太郎さんもそうですよ。気付いてませんか?」
S「気づくも何も。こないだも休憩中にさ、思いついたキレッキレのリフを竜二と二人で延々と弾いて、叫んで頭振って。ひたすら汗だくんなってやって、ふらっふらで倒れそうになりながら、食った飯吐きそうになって。『なあ、俺ら何やってんだよ』って」
(一同、笑)
繭子、腹を抱え足をジタバタさせて笑う。
-- 最高ですね(笑)。
M「好き!私そういう子供みたいな大人が大好きです」
S「そんな奴らに男気も何もないって話(笑)」



-- ジャンル問わず最近活躍しているバンドで、あ、ちょっと良いかもなって思うバンドはいませんか? 真壁さん達がお仕事されてる部屋に、おそらく送られてきたであろうCDが山積みになってましたが。
S「好きだなー、その手の話題」
-- 各方面で、翔太郎さんの名前やバンドの名前を聞くことが多いのですが、実際皆さんの口から他のグループの名前ってほとんど聞かないんですよね。タイラー(TINY RULERs)とURGAさんぐらいですよね。お嫌いなのかなと思って。
S「しつっこ(笑)」
-- いやでも、普段部屋で聞いたりしなくとも、同業者として気になったり才能を認めていたりするミュージシャンはいらっしゃらないのかな、と。
S「そもそも同業者なんていないと思ってるよ」
-- URGAさんがいらっしゃるじゃないですか(笑)。
S「ああ、そこの名前出すならもっと前の段階で繋がってる気がするな。クリエイターとか、似た者同士とか。そもそも俺らデスメタルだぞ。同じ土俵のバンドいるなら連れて来いよ」
-- いるんです、実際にいるから怖いんです、そういう事仰ると火の手が上がるんです!
S「あははは!じゃあもう、知らねえとしか答えらんねえよ。俺の耳に入ってこない時点でいないんだよだから」
-- 繭子ー(笑)。
M「昔からこういう人達です。以上」
-- (笑)。
M「たまたま昨日の帰り、翔太郎さんに車で送ってもらったの。久々にご飯でも一緒にどうですかってなって、ちょっと足伸ばしてもらったんだけどさ。今翔太郎さんて何聞いてんのかなって思ってカーステ弄ったら何流れたと思う? S.Y.Lだよ?『オーストラリア』」
-- ははは、凄い。
(S.Y.L=STRAPPING YOUNG LAD 『LIVE IN AUSTRALIA』)
M「うわーって思って。懐かしい。でもやっぱり超格好良いんだよ」
-- 名盤だね。
M「気になって調べたらさ、98年発売なの。18年前だよ。私10歳とかだよ。今翔太郎さんの車乗ったらデヴィン・タウンゼントが叫んでるんだよ。そんなのさ、若いバンド聞いてる暇ないって」
S「ほっとけよ。ちょっと恥ずかしいわ」
-- そうかあ。でも、そうだよねえ。ご自身が常に前のめりで爆音を鳴らし続けてるんですものね。若いバンドを聞いて今更何を思うって話ですよね。
S「別に若いバンドがどうとかじゃねえよ」
-- フォローしたんです今(笑)。
S「そっか。ただ昔も今もそうだけど、格好良いバンドなんて、そんなに血眼になって探さなくたって耳に飛び込んできたと思うんだよ、勝手に。気が付いたら夢中になって聞いてるもんだし。それを待ってるだけだよ」
-- それは確かに仰るとおりですね。ちなみに昨日は何をお召し上がりになったんですか?
M「天ざる」
-- 渋い!
M「天ざると日本酒」
S「こいつ容赦ないよ。俺車で飲めないの知ってて酔うまで飲むからな」
-- 結構酷いんだね(笑)。
M「なんかね、テンション高かった」
S「お前の話してんだぞ、他人事みたいに言うな」
M「ふふふ。その後またこっち戻って来て、近くのコンビニにも寄ってもらったのね。コンビニにはちょくちょくメンバーと行くんだけど、多分意外に思うんじゃないかなーと思うのがさ。店員さんに優しいの、皆」
-- 別に意外って程じゃないよ。
M「そお? 最近煙草って銘柄じゃなくて番号で言うでしょ? 私翔太郎さんの煙草の番号覚えてるからさ、自分の物をレジに置く時一緒にそれも言うのね。昨日のレジが新顔でね、よく分かってないか緊張してたかで、全然かみ合わないの。全然見つけられないし。なんなら私が体伸ばしてそれって指さしてあげたり。しかもソフトですか、ハードですかって言われて。いや、番号言ってんじゃんって」
S「あはは。昨日はこいつ、酔ってたからね」
M「…フォローされた(笑)」
-- なんか可愛いね、繭子。
M「何でやねん(笑)。それでね、なんだかんだあって最後翔太郎さんがお金出してくれて、帰り際にお釣りもらうでしょ。私文句の一つでも言おうかしらってくらいイライラしてたけど、翔太郎さんがそもそも全く怒ってないし、『ありがと』って言ってお釣り貰ってるの見てすっごい凹んだ、っていう話」
-- その店員さんて女の人?
M「うん。…あ」
S「何だよ(笑)」
-- あー。
M「あはは。んー、なんか、やっぱり皆大人だなあって思う」
-- 繭子は子供だね。早く大人になりな(笑)。
M「ふふ」
S「だからお前の話だぞって」



M「好きな異性のタイプ? なんでそんな話するのよ。言わないよ(笑)」
S「…繭子さんから、どうぞ」
M「言わない言わない」
S「ろ」
M「言わない(笑)…また蒸し返す!」



M「バンドの方向性…、ふーん」
S「方向性って?」
M「舵取りしてるのは曲作ってるお二人だけど、きっと好きな楽曲が似てるから極端にズレたりしないですよね」
S「あー。でも、ニュアンスで言うと『ズレる』程度が面白いんだよな。そういう編曲も面白いなと思える程度の個性が」
M「はいはい。ドーンハンマー始めた頃ってまだデスラッシュって言葉なかったですよね」
S「今でもどこまで認知されてるのか知らないけど、そういうバンドはもう一杯いたよ。AT THE GATESとかTHE CROWNとか」
M「THE HAUNTEDも?」
S「あったよ。あそこはアルバムによってカラーが違ったけど」
-- 最初から今ぐらいの爆走感を出していこうという具体的な話合いはされたんですか?
S「竜二と大成がクロウバー時代に悶々とし始めるわけ。もっとあーいう事やりたい、こういう曲やりたい。全力で大暴れしたいって。そこがスタートだから話し合いも何も、こういうバンドだぞって決まってる所へ俺とアキラは入ったからね」
-- そうだったんですか。繭子は、バンド加入を決めた時に、ちょっとついていけるか不安だ、みたいには思わなかった?
M「技術的な面での不安はあったよ。でもバンドの方向性の事を言ってるならゼロだよ。ゼロ(指で輪っかを作り微笑む)」
-- 確信をもって言えるってすごいですね。笑顔が本気だもん。逆に翔太郎さん達としては、18歳の子が俺達のやろうとしてる事本気で理解してんのかなって、思いはしませんでしたか?
S「それはだって、こいつの前にアキラがいたからな。アキラの叩く姿を繭子は生で見てるから。それ見て入りたいって言えるんなら、それが全てだろ」
-- ああ!そうか!アキラさんの存在は大きいですよね。
S「大きいだろうね、目の上のタンコブというかね」
M「いやいや、でっかい師匠ですよ」
S「タンコブ師匠」
M「タンコ、もう(笑)」
-- アキラさんがご存命の頃にバンドは『FIRST』をリリースされています。繭子が加入して2ndアルバム『HOWLING LEO』が出るまでに4年もの歳月が経過しています。様々な理由が考えられますし、身の回りの環境面含め、皆さんにとって一番辛い時期だったと思われますが、実際に2ndをリリースする段階へ来てからも、相当な苦労があったんじゃないですか?
S「…どう?」
M「私ですか。私はー、…泣きながら叩いたのは覚えてますよ。覚えてますか?」
S「覚えてるよ」
-- ああ、そうですよね。
M「そんな急にしんみり(笑)。それは別にだって、泣きながらレコーディングした音を採用したわけじゃないからね。練習とかリハで何度も色んな感情に襲われて。2ndに関して言うと、今みたいな生みの苦しみってほとんどないんだよね。まあ、今でも苦しむ程私が生み出してるわけじゃないけど」
S「ドラムに関しては全部お前だろう」
M「でも今はまだ、そこだけですから」
S「十分」
M「やです。もっと上を目指します」
-- もっと上って、曲作りって事?
M「うん。素敵なフレーズをどんどん出して、採用されたい」
-- 繭子がそんな笑顔で『素敵なフレーズ』って言うと、なんだかURGAさんみたいな曲思い浮かべちゃうけど、デスメタルナンバーなんだよね。
M「もちろん(笑)」
-- 不思議な感じがするね。となると、2ndに対して生みの苦しみがなかったというのはつまり…。
S「出すまでに時間かかったのはさっきもあんたが言った通り、色々とバンドに集中出来ない理由があっただけで、2ndの曲はもっと前に出来てたんだよ」
M「(頷く)」
-- ファンサイドとしても、強烈なファーストアルバムに歓喜した後だったので、渇望というか、待ちわびる間も噂や口コミの広がりでセールスが伸びましたね。
S「考えてやった事じゃないから喜べはしないけどな。ただ現実問題、忘れられなかっただけありがたいよな」
-- 繭子の言う、色んな感情というのは?
M「私はアキラさんが残してくれた譜面を叩いだだけだからね、余計に、なんというか」
-- ああー、それは。クるねえ。色々溢れちゃうよね。
M「そう。自分で望んで入ったバンドで、望んで座ったドラムセット。だけど本当にここにいていいんだろうか。私にとって商業ベースに乗る初めての音源。ちゃんとやらなきゃ、足を引っ張れない。目の前にアキラさんの譜面。うわーーーーー!って(笑)」
S「あははは!」
-- いやあ、そりゃそうなるよねえ。そういう時他の皆さんはどういう立場で彼女を見ていらしたんですか?
S「んー、どうだったろうな。泣きながら叩いてたのはもちろん見てたよ。見てたけど、ここを超えないとその次がないのは皆分かってる事だから…」
M「うん」
S「あえて何かをした覚えはないな。いい子いい子は絶対にしないって決めてたし」
M「あはは」
-- 次がないというのは、実績を上げないとって意味ですか。
S「いやいや、ビジネスの話じゃなくてな。あの時繭子はスタートを切ったばかりだったけど、そのスタートはアキラが用意したポジションからのスタートなんだよ。本当の意味で繭子がバンドの一員になるには、そこをちゃんと自分の力で超えてかないといけないし、その次のステージまで泣きながらでも良いから辿り着いてさえくれたら、なんとかなるって思ってた気がする」
M「…」
-- 繭子、大丈夫?
M「大丈夫じゃない。色々思い出すとやばい」
(右手を鼻の下に添えて口元を隠してはいるが、彼女の唇が震えているのが分かった)
M「なんとかなるなんて私には到底思えなかったし。それはやっぱり、翔太郎さん達がきっと、なんとかしてやるって思ってくれてたからなんだろうけど、その時の私はただただ必死。もうずーっと、毎日必死」
S「普通はそうだよ。でもそういう若さだけじゃない不器用な直向きさとか、足掻く姿を見てるからなんだろうな。大成の言う天才って表現も分かるけど、実際こいつ本当にありえないぐらい叩くんだけど、ここだけの話度肝抜かれたけど、やっぱりそれをこいつの評価として言いたくないな、俺はね」
-- 繭子嬉しいね。
М「嬉しい。嬉しいし、もっと上の感情」
S「上(笑)」
-- 上?
M「泣きながら叩いてたって言ったけど、その涙は悲しいから出る涙とは違うんだよ。分かる?」
-- うーん、多分、…どうかな。
M「何よりも凄かったのは、翔太郎さんや皆の立ち上がる姿。絶望を味わって一度は完全に膝が折れた所からの立ち上がり方というかさ、悲しみをぐっと奥歯で噛締めて、堪えて前を向く姿勢が私を引っ張り上げてくれてたの。私はそれをこの目で見てるから。私は自分で頭下げたからいつまでも悲しい寂しいなんて言っていられない。でも分かってるけど辛いもんは辛じゃない。けど、バンドがまた動き始めてからのこの人達の…引力というか、私を引っ張る力っていうのは、今でも言葉に出来ないんだ」
-- うん。
М「アキラさんの事や、私自身の事や、これからの事や、あれやこえやを考えると一杯一杯になってよくパンクしてたけどね。ふと顔を上げるとすぐ目の前に三人が立ってるでしょ。別にこっちを見てニッコリ笑ったりなんてしないんだけどね。前だけ見てる背中がね、ひたすら、ついていけば間違いないんだって信じられた。誰よりも辛いはずの三人が俯かずに一心不乱に演奏してる姿を見てるから。…分かるかな」
-- うん。分からない、繭子程はね。でも、うん。
腕組みをしたまま宙を見つめ、何も発さない伊澄に聞いてみる。
-- その辺り、翔太郎さんにとってはどのような時間だったのでしょうか。
S「うーん。…俺がというよりかはさ…、あいつらもそうなんだけど」
そこで伊澄は言葉を切り、考えこむような眼差しで黙った。
私も繭子も、彼を見つめたまま何も言えずにいた。
やがて伊澄はこう答えた。

毎日、嬉しかった、と。

その瞬間繭子は堪えきれないない様子で立ち上がり、右手で口元を覆ったまま会議室を出た。
新しい煙草に火をつけると、伊澄は私に向かって「追わなくていいからな。好きにさせてやって」と言うと、自らも会議室を後にした。

連載第18回。「FMZ」1

2016年、7月16日。



ここからの映像は時枝の撮影ではなく、芥川繭子と伊藤織江の手によるものだ。
PV撮影の為『ファーマーズ』の待つアメリカへ飛んだドーンハンマーに同行する事が出来なかったBillion側のたっての希望により、彼女らにビデオカメラを託した。
もう少し早い段階でこの話を聞いていれば私が同行していたのだが、既に別の仕事の予定が入っており断念せざるを得なかった。
断腸の思いで彼らを見送り、その日から2週間彼らに会えない寂しさを胸に会社へ戻る辛さは筆舌に尽くしがたいものがあった。
ご存知ない方の為に予備知識として紹介しておくと、今回彼らのPV製作を行う『Farmer'z』とは、本国アメリカでも絶大な影響力を持つ映像クリエイター集団だ。ジャンルを問わずミュージシャン、バンド、モデルらのプロモーションビデオ撮影を行う傍らで、新作映画の予告編製作にも携わっており、彼らが名がクレジットされるだけで売り上げ額の桁が変わるとまで言われている。特に看板クリエイターであり集団を率いる『ニッキー・シルバー・オルセン』の持つカリスマ性は、アンディ・ウォーホルを越えたとまで言われ、若い世代から圧倒的な指示を獲得している。彼らとの仕事を希望するアーティストは常に長蛇の列をなしており、彼ら恒例の一大イベントを控えたこの時期に、ドーンハンマーの名がそのトップに躍り出た経緯はこの時点ではまだはっきりと分かっていなかった。もちろん正式に契約を交わしたビジネスだが、詳細な理由が判然としないままである事に一抹の不安を覚えると伊藤織江は語った。

「普通びっくりするでしょ。だってうちから依頼したわけじゃないのよ。たまたま、PV制作の意志をアメリカのレコード会社に伝えてあった所へ、向こう側(ファーマーズ側)から打診して来たのよ。ウソだって思ったもの。どこでうちの名前を知ったんですか?って聞いたらもちろん向こうでのレコード会社の名前を言うんだけど、まあ、色々とね、って嫌なオプション付けられてさ。え、何なにって(笑)。まあまあって。本当、そんなんだからね。それでいていきなりスケジュールの話だけどーって。いや、本当にやるの、やってくれるの?って(笑)」

だからと言って軽々しく仕事を蹴る事の出来る相手ではないことも分かっている。とにかく彼らと共に仕事が出来る事は音楽業界のみならず大変光栄な事であり、世界レベルでのブレイクを確約されたも同然であった。
ただ、やはりそこはアメリカだ。行ってみるまでは何が起こるか分からない。騙されているという可能性もゼロではない。不安を抱えながらの渡米となったが、当の本人達はあっけらかんとした物だった。



空港にて。詩音社の備品であり私の愛機でもあるビデオカメラを構えながら、繭子が言う。
「どこー?どこ押すの?これかな?」
-- もう撮影出来てるよ。
「なんで何にも音しないの?」
-- そういう仕様だからです。全然緊張感ないね。私を撮らなくていいの。
「結構重たいんだね」
-- 一応業務用だからね。
「まー、ダメだったらすぐ帰ってくるよ」
-- そんな、まさか。
「騙されてたら速攻で『ファッキンファーマーズ』って曲を竜二に書かせるからね。ね、竜二、ね」
と伊藤が笑って言う。
「お?もう撮ってんの」
3人の様子に気づいて池脇がこちらへ顔を向ける。
「練習です」
と繭子。
「待ってろよアメリカー、ぶちかましてやるよー」
そう言ってどんどんカメラに歩み寄る池脇。ピンとが合わずぼやける画面。大笑いする繭子。煙草を吸いに行ったまま帰らない伊澄。神波はソファーに座ってどうやら眠っている。どこにいても、どこへ行っても、彼らは変わらないのだろう。きっと大丈夫だ。とんでもない作品を創って帰ってくるに違いない。



飛行機内にて。
「えー。眠れません」
マスクを付けた繭子のアップ。カメラが移動し、横並びに座るメンバーの姿。
男性3人が一様に腕組みをしたまま眠っている。池脇の付けたアイマスクが上下逆さまなのはご愛敬だ。カメラが繭子のアップに戻る。
「もうすぐ、アメリカにつきます。ニュージャージー州に、行きます。えー、PVを、撮ります。緊張してきました」
何故片言なのかは分からないが、周囲を気にして小声で話す繭子がとても愛らしい。
彼女の反対側に座る伊藤は、資料に目を通しているようだ。
「敏腕社長、織江さんです。彼女の手腕に全てかかっています」
伊藤が顔を上げて、ニコっとほほ笑む。繭子の言葉は聞こえていないようだ。



「着きましたー!」
ひと際明るい繭子の声。空港玄関の自動ドアが開くと同時にカメラが外に飛び出す。
画面が一気に白飛びする。ホワイトバランスが調節されて外の様子が分かるようになるまでに5秒。空港を出ると、大柄なアメリカ人が近づいて来た。見事な金髪にグシャグシャのヘアスタイル。無精髭まで様になって見える、3、40代の男性である。池脇が繭子より先に歩み出て何事か言葉を交わし、握手。
「スゲーな、お出迎えつきかよ。ジャックだって」
口々に挨拶を交わし、握手。
「お、ドーンハンマーって書いてる」
繭子がカメラを向けると、ジャックの着ているTシャツの胸にはDAWNHAMMERのロゴ。
ジャックはチャーミングな笑顔を浮かべると、親指を立ててカメラにウィンクをして見せた。
「…作ったんだって、スゲーな、俺らも持ってないのに。くれよジャック、それくれよ」
池脇が指さして言うとジャックは大笑いし、車へ案内する。日本ではなかなか見る事がないサイズの、銀色の大きなバンだ。特にファーマーズなどのペイントはされていない。



「えーっと、着きました。今日から2週間寝泊りする家です」
車から降りると既に日が暮れようとしていた。到着した先は郊外にある一軒家だった。光量不足であまり周囲の様子が分からないが、緑の多い住宅地のような場所だ。洗練された都市部ではない。
「わー、何か凄いねー、合宿みたいだねー」
「ワクワクするね。でもなんか戸惑うね、さっきまで日本にいたのに、いきなりアメリカの、住宅地の、一軒家だもんね」
そう相槌を打つ伊藤の声も普段より少し高い。ジャックに案内されて中に入ると、既に明るい屋内から眼鏡を掛けた若い女性が出て来た。ハーイ、アイム、エイミー、という声が小さく聞こえる。
「エイミーだって」とカメラに注釈する繭子。
ジャック、エイミー、池脇、伊藤の4人が英語で話をしている。伊澄は荷物を玄関脇に置いて、両腕を上に伸ばす。
「煙草吸っていいの?」と早速だ。4人の誰ともなしに話しかける。
ジャックとエイミーが同時に伊澄を見、池脇の通訳に「オケイ、シュア」と答える。
手を上げて外に出ようとする伊澄に、「家ん中でかまわないみたいだぞ」と池脇が声を掛ける。
「散歩」そう言って伊澄は外へ出る。
「えー、どうしよっかなー」伊澄が出て行った後の玄関を映しながら繭子が言う。
「もう暗いから出ない方がいい」と止める神波の言葉に「はーい」と繭子は素直な返事。
周囲の家からも距離がある為ここで練習演奏をしても大丈夫らしい。近くにはリカーくらいしか店がないので必要な物は明日街へ買いに行く。食事はこちらで準備するが、不要な時は事前に教えてほしい、といった注意点が池脇と伊藤に告げられる。
荷物を部屋に運んで来る、と言って神波が繭子や織江のカバンを持ち上げる。その様子を見てジャックが歩みよって来た。俺がやるよ、という事らしい。池脇の説明によると、ジャックが現場までの送り迎えと雑用、エイミーが家事全般を受け持ってくれるらしい。どうやら、本当にファーマーズとの仕事が始まるようだ。穏やかで和やかな歓迎ムードに、却って戸惑うバンドメンバーの姿が初々しく映る。



ステーキとパンとサラダがこれでもかと並んだ豪華な食卓。
うわー!とテンションの上がる繭子。
食べられないものはあるか、とほほ笑みながら訪ねるエイミー。
ナッシン、と声を揃えるメンバー。
ワンダフル!と声を上げるエイミー。
バンドメンバーと伊藤、ジャック、エイミーが食卓に着く。
これから2週間よろしく。
良い仕事をしよう。
乾杯。



夕食後、ジャックが帰るらしい。
繭子はカメラ片手に御見送り。メンバーも並んで彼に挨拶する。
明日から忙しくなるぞ、用意は良いか?とジャック。
もちろんだ、とメンバーは笑顔で親指を立てる。
「おやすみ」を言った後、ジャックは繭子のカメラに向かって指を差す。
「Hey mayu、so cute」
「センキュー!」
繭子は元気に返し、飛んでくるメンバーの視線を笑って躱す。



初日の夜。部屋は一人ずつ用意されていた。エイミーが1階に寝泊りし、2階にメンバー。部屋は4つで、相手側としては繭子と伊藤で一部屋と考えたようだが、彼女は神波と同じ部屋に移った。伊藤なりに気を使って繭子に一人部屋を与えたのだが、落ち着かない繭子は2人の部屋を訪れて話を始めた。ベッドの上に座った繭子の前にカメラが置かれているが、位置が低すぎて胸元までしか映っていない。部屋着のスエットに着替えたようだ。神波は今この部屋にはいない。
「まだ全然実感ないです」と繭子。
「始まってみないとね」
近くで伊藤の返事が聞こえるが、どこにいて何をしているか分からない。
「ちゃんと出来るかなー」
「繭子だけの問題じゃないから、大丈夫だよ」
「演奏するだけなら全然どこでもいつでも何時間でも平気だけどなー。PV撮影なんてした事ないしなあ。竜二さんと大成さんは慣れてるだろうけど、翔太郎さんと私やったことないし」
「とりあえずは言われた通りに動いてみるしかないね。完成の絵は向こうにしか分からないんだし」
「そういうのが初めてで嫌なんですよね。主導権がこっちにないって、ものすごく不安です。私がどう思おうが、向こうの答えが優先されるんでしょう?私、我慢出来るかな」
「なんで我慢するのよ、ガンガン戦って、嫌ならやめればいいじゃない」
「あははは。そんなわけにいきませんよ、一応プロだし。織江さんにも、フィリップにも迷惑かけるの嫌だし」
(「フィリップ」=フィリップ・アンバーソン。アメリカでドーンハンマーのCDを販売している『ホット・ジンジャー・レコード』の責任者である)
「全然気にしないでいいよ」
「フィリップ今日来なかったですね」
「明日着くって、さっき連絡あったよ。忙しいんだろうね」
「はあああ。モヤモヤする」
「珍しいね、こんな繭子」
そう言って伊藤がカメラを持ち上げて繭子を映す。とくに嫌がりもしないが、笑いもしない。とても疲れた顔、とてもストレスを感じている顔だった。
「結局こっち来るまでにどの曲で行くかも決まらなかったし」
「よくある事らしいよ。進行表が第一優先だしね。向こうはうちとの仕事の他にも山ほど案件抱えてるんだし、まずはスケジュール通り動く事。まあでも絞った3曲のどれかで行くことはほぼほぼ決定だし、曲によって絵コンテが変わる事もないみたいだから、大丈夫なんじゃない?」
「おかしな話ですよねえ、それも」
そこへ部屋の扉をノックする音。繭子が織江からカメラを受け取り、ドアを映す。
「イエス?」
「翔太郎いる?」
声の主は池脇竜二だ。
「いなーい、大成さんもいないでーす」
ドアが開く。
「あれ、部屋代わったんじゃねえの?」
と顔だけのぞかせて池脇が言った。
「寂しいから来ちゃいました。2人ともいないんですか?」
「ああ。絵コンテもっかい見ておこうと思ったんだけど、持ってるの誰?」
「えっと、私持ってるよ、今出すね」
「悪いな、今更」
カバンをがさごそ、例の絵コンテの束を取り出して池脇に手渡す伊藤。
「どこ行ったんだろうね、外かな」
「酒買いに行ったんかも」
「もう全部飲んだの?2人とも英語喋れないのにね。あ、身分証明いるんじゃなかったかなー、こっちも」
「まあ無理なら帰ってくるだろうよ。じゃ」
「おやすみなさい」
「あいよ」
扉を閉めかける池脇に、竜二さん!と繭子が声を掛ける。
「ん?」
「ちゃんと出来るかな、明日から」
池脇は笑顔で、
「やるんだよ。出来なくたって、出来るまでやるんだよ」
と力強く頷き掛ける。繭子も彼の言葉に小さく何度も頷いた。
「そっか…。そうですよね!」



ビデオカメラが階段を下りる。伊澄のギターが聞こえてくる。アンプを通していないが、彼の弾く音はすぐに分かる。
「おはよーございまーす」と繭子。一階のリビングには伊藤以外全員揃っていた。ジャックも既に来ており、伊澄の弾くギターと神波のベースのユニゾンに興奮している様子。ワオだのファッキンだのクレイジーだの日常で飛び交うフレーズがやはり日本とは全然違う。伊澄も神波も日本にいる時とは違って全然喋らないが、コミュニケーションには困らない様子だった。
エイミーがキッチンから朝食を持って現れる。膨大な量のパンと玉子とベーコンとサラダだ。明日からはミソスープも用意すると言っている。カメラがトトトっと走って窓から外を写す。
「快晴だな。さて、やっちゃいますか」
小声でそう自分に気合を入れる繭子。



驚いた事に、現場はここから車で10分もかからないそうだ。というより、既にこの地域一帯がファーマーズの所有地であり、現場と言えば現場なのだ。ドーンハンマーが寝泊りする一軒家のような宿舎が周囲にいくつもあり、それぞれ他のミュージシャンやアーティストが同じ目的で逗留している。昨晩スリップノットのコリン(ボーカル)らしき男を見たが、確信が持てなかったので話しかけなかったと伊澄が言った。ジャックによれば間違いないらしく、しくじったー、と珍しくミーハーな伊澄の顔が見れた。
ファーマーズというだけあって、大きな牧場や農園を思わせる広大な緑の敷地に、巨大な白い建物が3棟間隔をあけて建っている。まるで巨大テーマパークに来たような印象だ。
「あれ?あれがそうなの?」
移動車の中から、近づいてくる要塞の様な建物群を見つめて繭子が目を見開く。
「イエス、ウェルカムトゥー、ザ ファーマーズ」とジャック。
「デカ!」
それらすべてが撮影所であると聞かされて、いやがうえにもメンバーの士気が高まる。
映画の撮影でもやるんか、と池脇が言ったがまさしくその通りで、日本のビジネス街に建つ高層ビルとはまた異質な巨大さに、圧倒されるメンバーの横顔が映し出された。
「夢みたいだなー」
ボソリと独り言を言う繭子の視線の先には、小高い丘の上に立つ周囲の木々よりも背の高い撮影所。その中でもメンバーが向かったのは一番奥にある建物だった。
ジャックが到着を告げ、彼らが車から降りた時、サングラスを掛けた銀髪の男が歩いて来た。身長は高く、背筋がピンと伸びている。黒のポロシャツに、グリーンの迷彩ハーフパンツ。どこにでもいそうな典型的なアメリカン親父。この男こそ、映像クリエイターの鬼才、ニッキー・シルバー・オルセンその人である。日焼けした顔に満面の笑みを浮かべ、両腕を開いて近づいてくる。まずは池脇、伊澄、神波、繭子の順番でハグ。最後に伊藤にもハグ。ジャックとはハイタッチ。
「アー・ユー・ニッキー・オルセン?」と片言の英語で繭子が尋ねる。
「ヤ! コール、シルバ!カモン!」とニック。低く張りのある自信に満ちた声だ。
中で話そう、と首で合図し、メンバーを建物内へ誘導する。
カメラが伊藤の手に渡り、繭子の背中を映し出す。その奥で池脇とニッキーが話をしている。すると池脇が伊藤を振り返り、少し困った顔を浮かべた。しかし向き直って身振り手振りで何事かを熱く説明している。ニッキーはしばらく口に手を当てて黙っていたが、ヤ!と一声吠えて、奥へ歩いて行った。伊藤の持つカメラの場所まで池脇が引き返してくる。
「何て?」
「中は撮るなって」
「あー、やっぱり」
「一応説明はした。日本のプロモーターがバックに付いてて一年がかりで密着取材やってる途中だから、ここを外す訳にはいかない。中で回した映像は毎日そっちにデータを渡すから、使って良い映像だけ返してくれれば問題ないって」
「ああ、助かる、ありがとう。私からも話しとく。フィリップの事なんか言ってる?」
「いや、全然。あいつこっち来てんの?」
「その予定だけどね。まあ、一から話詰めるよ、どこまで意思の疎通がとれてるか分からないね」
「そこらへん任せる」
「うん、あ、呼んでる呼んでる」
奥でニッキーが手招きしている。その後に続くメンバー達の顔には少なからず緊張の色が見える。何もかもが初めての連続だ。



いきなり時間が飛ぶ。池脇の言葉どおり、ファーマーズの検閲を得て許可の下りたものしか映像が残っていない為、仕方のないことではある。
画面では楽器を携えて幾分落ち着いたメンバーの顔。
聞いた話ではこの場面、とりあえず生で見たいというニッキーの要望に応えて一曲フルで演奏するシーンだと言う。
服装はここへ来た時と変わらない練習着のままだ。撮影用なのか分からないが、彼らの後ろには巨大な真っ白い壁。足元には真っ白い床。音合わせをしているメンバーを、少し離れた正面位置に立ってニッキーが見ている。その少し後ろに、すっとぼけた顔のジャックが立っている。伊藤のカメラに気づくと軽く手を振る余裕の笑顔だ。
「ハッ!ハッ!ダァッ!」
池脇がマイクを通して勢いよく息を吐く。
メンバーを振り返り、見渡す。
繭子が頷く。前に向き直り、池脇が言う。
「ボーカルとギターもっと上げて」
ハッ!ハッ!
「もっと」
ギギギギギギ、ガガガガガガ。
「えー。全然だけど、こんなんもん?非力すぎない」
伊澄の挑発ともとれる発言に繭子が下を向く。
池脇の通訳にを受けてニッキーがジャックを振り返る。
ジャックが小走りに何処かへ行き、しばらくして戻る。
手を叩いてメンバーの注意を引くと、彼は親指を立てて微笑んだ。
ギャギャギャギ!
「ッケー」
伊澄の了承が出た。これぞ伊澄翔太郎だ。



なんの合図もなくいきなり演奏が始まった。目下最新アルバム収録の、『goruzoru』だ。
数え切れない回数プレイしてきた現在進行形のアタックソング。速さ、重さ、複雑さ、凶暴さ、禍々しさまで兼ね備えた代表曲である。
ドーンハンマーファンでこの曲を知らない者はいないだろう。
ニッキーが2歩前に進み出た。組んでいた腕をほどき、口元に手をやる。
後ろでジャックが両腕を振り回して飛び跳ねている。見るからに分かりやすい男だ。
彼は間違いなく、ドーンハンマーのファンだ。
ニッキーがサングラスを外した。
どんどんメンバーの動きが大きくなりボルテージが上がる。
獣のように吠え立てる池脇。荒ぶる神の如き高速ピッキングでリフを弾き飛ばす伊澄。のたうつ大蛇を思わせる神波の重低音爆撃。溜め込んだストレスを爆発させながら粒の揃ったクリアなドラミングで3人を煽り立てる繭子。
もっと来い。もっとだ。来い。かかって来い!



最高の盛り上がりを見せた瞬間画面が切り替わる。さすがだ。全部は見せないというわけだ。引き込まれていただけに目の前で何かが弾けたような気持にさせられる。
興奮仕切った顔で拍手喝采を送るニッキー。そして隣で大声を上げて叫ぶジャックの目には涙すら浮かんでいる。
「お前らは一体どこからやって来たんだ!本当に日本人か!信じられない!まじか!素晴らしいよ!」
惜しみない称賛の声が飛び、ここへ来てようやくメンバーの顔に安堵の表情が浮かぶ。
拍手が一人二人でない事にもようやく気がつく。
見ればオープンスペースであるスタジオ内の壁沿いを、グルりと大勢のクルーが囲んでいた。中にはスタッフではないような、業界人らしい雰囲気の男女も混じって見受けられる。広い撮影場内と言えどあれだけの爆音を響かせたのだ、他の現場でも仕事になどなるまい。何事かと様子を見に来た人間誰もが、元いた場所へ戻ることなく彼らの演奏に釘付けとなっていた。何かのサプライズか?誰だよこいつらとでも言いたげな困惑顔で、事情を呑み込めぬまま取り敢えず拍手している者もいる。しかしメンバーの正面に立って一番興奮しているのが誰あろう、ニッキーなのだ。誰も帰ろうとしないわけだ。
「お前ら凄いぞ!今まで見た中で最高のプレイだ!本当に、本当に日本人か!? 特にお前!お前は本当にクレイジーだ!最高だ!」
そう叫んでニッキーが指を差したのは池脇竜二だ。
池脇は周囲を見渡し興奮気味に「フォウ!」と叫んでみせる。
「驚いたね、こんなに人がいたとは思わなかったな。東の猿もなかなかやるもんだろ!?」
池脇が英語で叫ぶと、歓声と拍手が巻き起こる。恐らく何を言っているかは分かっていないが、池脇の一声で周囲が盛り上がっているのだけは分かる、という顔で嬉しそうに笑う繭子達。
「よーく分かった!お前らとのビジョンが完璧に見えたぞ!おい!他の奴らは仕事に戻れ、遊んでる暇なんてないぞ!」
ニッキーはずっと叫んでいる。身振り手振りも大きく、ずっと興奮している。メンバーに歩み寄ると、池脇の肩を抱いて引き寄せる。
「お前は本当に凄いな、たまげたよ」
「ありがとう。うちのメンバーも凄いだろ?」
「ああ、凄いとも、しかし俺には分かる。とんでもないモンスターはやっぱりお前だよ、名前なんだっけな」
「池脇竜二だ」
「そうか竜二。会えて嬉しいよ」
池脇は自分だけが褒めちぎられる事に戸惑いを隠せない。何度もメンバーに視線を走らせ、疑問を投げかける。しかし伊澄も神波も繭子も、笑みを浮かべたまま何も言わない。言えないのではなく、言わない様子だった。



カメラの画面が酷く揺れる。スタジオ内を繭子が走っている。その先にはいたのはジャックだった。繭子に気づいてジャックが片手を上げる。
「マユコー」
「ワイー」
恐らく「Why」なのだがニッキーの発音するwhyが「ワイ~」に聞こえて面白いようで、気に入った繭子が意味なく何度も口にする。
「何?」とジャック。
「ジャックはいっつも笑ってるね、いっつも楽しそうだね」
通訳は伊藤がしているのだが、ジャックは話をしている相手の顔から眼を逸らさない。
「ああ、楽しいよ。ハッピーだね」
「ジャックはいっつもシルバの側にいるけど、本当は何の仕事してるの?」
「ああ、言ってなかったね。僕も彼と同じ撮影監督だよ」
「えええ!?」
この時までメンバーは彼の事を雑用係だと思っていた。毎朝迎えに来てスタジオまで車で送ってくれるのだが、そのままスタジオ内をうろうろしているし、ニッキー・オルセンの側を離れないので何をやってるんだあいつは、とメンバー内で話題になっていた。
「そうなんだ!」
「そうだよ、そもそも今回君達を撮ろうと企画したのは僕だ。だけど興味を示したニッキーに取られちゃったんだよ。まあプロジェクトには関わっているし口出しはするけどね」
通訳しながら驚きを隠せない織江の上ずった声に、繭子も心底びっくりしていた。
「そうだったんだ!私達がここにいるのはジャックのおかげなんだね!」
「うーん、そうとも言えるし、違うとも言えるかな」
「ワイー」
そこへ煙草を吸い終わった伊澄が通りかかる。
「また遊んでんのかジャック」
「違う違う、ジャックだったんです!私達をここに呼んだのジャックだったんです!」
興奮した様子で繭子がジャックを擁護する。
「え?フィリップだろ?」
「え?あれ?」
伊藤がその辺りの事情を詳しく聞いてみると、意外な話が聞けた。
「ああ、フィリップ。我が友。そうだよ、フィリップのおかげさ。そもそもは、僕が君達の演奏を見て一目惚れしたのが最初だけど、こっちで君達の音源を扱ってるのが彼のホット・ジンジャー・レコードだからね。紹介してくれよって何度もお願いしてたんだ。彼は忙しいからね、なかなか実際に会える機会はめぐってこなかったんだけど、君達がまだ一本もミュージックビデオを撮ってない事を彼から聞いて、これはもう僕がやるしかないと運命を感じたんだ」
「へー、そう聞くとやっぱりジャックのおかげって気もするなあ。フィリップ別になんもしてねえじゃん」伊澄が笑って言う。「全然こっち来ねえし」
「…ああ。そうだね。彼はどちらかというと国内より国外のバンドを発掘してアメリカに持ち帰る仕事にやりがいを感じているからね。常にひとつの所には留まっていないよ。今回の仕事の間に、会う予定なのかい?」
「というか初日には会うはずだったんだけどな。忙しい忙しいばっかりだよあいつ」
「あははは。まあそういう事もあるさ。2週間あるんだ、一日くらいは会えるんじゃないかな。僕からも連絡してみるよ」
繭子がジャックに向かって言う。
「なんでジャックは私達を知ってたの?どこでやった演奏見に来たの?」
「いや、実を言うと生で演奏を見たのはこないだニッキーと一緒に見たのが最初だよ。実は本当に偶然なんだけど、日本からDVDが送られて来たんだよ」
「DVD?」
「うん。うちの会社はバンドやミュージシャンだけじゃなくて、色んなジャンルでプロモーションのバックアップをしているってのは知ってると思うけど、日本のモデル事務所とも幾つか契約を交わしてるんだ。着物の企画なんかではよく助けてもらってる。そういった縁で知り合ったモデルの子からDVDが送られてきたんだよ。もう去年の話なんだけどね。だけど実際見てみると君達のライブ映像だったからびっくりしたよ。てっきりそのモデル事務所のファッションショーか何かだと思ってたから」
「え、ジャック、そのモデルって、名前分かる?」
繭子が食い気味にジャックに尋ねる。
「残念ながら名前は憶えてないな。もの凄く綺麗な子だったんだけどね。事務所は分かるよ。確かプラチナムだ」
関誠であることは、間違いないだろう。
「うーわー」
思わず繭子はそう漏らし、その場を離れた。彼女が持っていたカメラも一緒にその場を離れたため、その後どうなったかという映像は残っていない。「どうしたんだ? まずかったかい、今の話」と心配するジャックに問題ないと答えて伊藤が場を取り繕ったらしいのだが、その時の伊澄の反応も、繭子がその後どうしたかも分からないままだ。



「ミイラー、ミイラー」
池脇を指さして繭子が笑う。
包帯をぐるぐる巻きにされたような衣装。
日本の山伏や法術師などにインスパイアされたという衣装。
ニッキー曰く「大昔の日本にいた魔法使い」。
そんな者は存在しないし、本来バンド側はオリエンタルなイメージを出したくなかった。
出来れば日本をイメージするような衣装であったり、漢字が出てきたり、といった露骨な演出は避けたいと事前に伝えてあったのだが、それだと今回の絵コンテ通りに映像化した場合どう見てもミイラのような仕上がりになるとの事だった。それでもいいから一旦ジャパンテイストは入れずに撮って欲しいと願い出て、衣装合わせの今に至る。池脇、伊澄、神波の男性三人は、少しずつ互いに変化を持たせながらも基本的には統一感のあるミイラスタイル。全身を汚れた包帯で覆い、その上からボロボロの服を着ている。それは着物だったり浴衣だったりを参考につくられた衣装なのだが、革ベルトが付属していたり鎖帷子が見えていたり、謎が多い。
ニッキーは言う。
「最初は3人とも顔を出さない。顔まですっぽり布で覆う。演奏が始まってだんだんを衣装が剥がれて行く。中から出て来るのは鬼の顔をしたエクソシストだ」
何度聞いても意味が分からなかったらしい。池脇と織江が2人がかりで説明を受けても残りのメンバー首を捻るしかなかったようだ。
池脇が動きづらそうに腕を上げて繭子を指さす。
「お前覚えとけよ、絶対お前ん時爆笑してやるからな」
「竜二さん超カッコイイー!」
「もう遅せえ!」



モニターを真剣な目で見つめるニッキーとジャック。
スタジオではドーンハンマーの曲が流れている。『Follow the pain』だ。この曲のPVに決まったのだろうか。
ニッキーとジャックが体を起こして手を叩く。
ヤ!とニッキー。彼の口癖である。
ジャックはモニター画面を指でなぞるようにしながらニッキーに言う。
「やっぱりここに文字入れようよ。その方がぐっと絵面が締まると思うよ」
ニッキーは髪の毛を両手でかき上げ、ンンンーと唸り声を上げる。
「どっちかだ!スペルを3次元化するか、衣装に書き込むか、どっちかだ!」
「両方っていう線はなしかい?」
「くどい、それはくどい」
ジャックがカメラに向かって両手を広げる。揉めているようだ。



遠くから、4人の姿を映し出す。
衣装を身に纏った池脇、伊澄、神波の3人は、繭子を真ん中にして円を描くように立っている。普段の演奏時には見れない立ち位置だ。この位置関係だと繭子のポジションをとても重要視しているように見える。絵コンテからしてそうだったが、繭子が自分にスポットが当たる事をすんなり受け入れていると良いのだが。



撮影所の外。
喫煙スペースで煙草を吸う伊澄。そこへ神波が近寄る。
遠目から撮っているので何を話しているか分からない。
「結構ぶれるな」という伊藤の声。
撮影しているのは彼女のようである。
急に伊澄が笑い声をあげる。
神波が伊澄の肩を叩いてその場を去る。
伊澄の顔にズーム。
こちらに気が付く伊澄。
伊藤がカメラの中で手を振る。
伊澄も彼女に手を振り、そして彼女の背後へ向かって指を差す。
「え?」
そこへ何者かが彼女へ抱きついた。
「ぎゃー!」
「あははは!」
背後から忍び寄って来た繭子だった。



家の中を映すカメラ。いきなり映像が切り替わる為、時間の概念がなくなる。
キッチンに立つ織江の背後からカメラが近づいていく。隣にはエイミーが興味深い顔で伊藤の作業を見ている。
「何作ってんですかー?」
「春巻き」
「ああ、いいねー。エイミー春巻き食べたことある?」
伊藤が訳す。
「ええ、あるわよ、こっちはチャイニーズフードも人気だから」
「そうなんだ。織江さんの手料理久しぶり」
池脇がキッチンに顔を出す。
「良い匂いする。ビール買って来るけど足りないものはあるか?」
「大丈夫」と伊藤、
「エイミーは?」
「んー、ないわ。一緒に行きましょうか?」
「大丈夫、繭子来るか?」
「行っていいんですか?」
「いいよ、あいつらも行くし」
「織江さん行っていい?」
「子供みたいな事言うね、どうぞ、行ってらっしゃい」
包丁を握ったまま伊藤が振り返って笑う。
エイミーが繭子に尋ねる。
「繭子はいくつなの?」
「ハウオールダー? 28、トゥエンティー・エイト」
「ワオ!」
エイミーが声を上げる。
「信じられない。18歳くらいだと思ってた。ビール飲んでるから不良なんだと思ってたわ」
「あははは!」
通訳なしで話せる池脇と伊藤が笑い声をあげ、遅れて繭子が「またかー!」と嘆く。
「いつになったらこっちで成人出来るんだ私は」



カメラは繭子の足元を映している。目線の高さにカメラを持ち上げていないのだろうが、そうする気配もない。扉をノックする音。
「おお」
伊澄の声だ。
「今いいですか?」
繭子が声を掛けると、伊澄が自ら扉を開ける。
「どした」
「入っていいですか?」
無言で伊澄が後ろへ下がり、招き入れる。
入口付近にある鏡台にカメラを置いて、繭子は椅子に座った。カメラは繭子の背中を映しているが、とても暗い。
ギシ、と音がして伊澄がベッドに腰かけた気配。
「大丈夫ですか?」と繭子が言う。
心底心配している声だ。とても小さな声。
例え扉の前に誰かが立っていたとしても聞こえないだろう。
「別に落ち込んではないよ。なんていうか、…なんていうんだろうな」
そう答える伊澄の声も小さい。
「私はなんかちょっと、複雑なんですよ」
「まあ…」
「一瞬めっちゃ嬉しかったです。でも、次の瞬間、なんでかイラっと来て」
「はは」
「もう、一瞬でマックス。でもまた次の瞬間には、は~ってなって」
「忙しいな」
「翔太郎さんは?」
「実はこういう事ってこれまでも何度かあるんだよ、わざわざ言ってないだけで」
「そうなんですか」
「繭子だけじゃないけどな、基本的に俺は言う方じゃないから」
「はい」
「気が付いたら、あー、あいつっぽいなーっていう。誠らしい、…優しさって言っていいんだと思うけど、そういう事よくあるんだよ」
「全然知らなかった。ファーマーズなんて織江さんに聞くまで存在も知らなかったし。本来だったら物凄い話なんですよ。私達より全然前にお仕事してたわけですから。それなのに黙ってこういうサプライズしかけてさ。絶対、これってバンドをどうこうっていうより、翔太郎さんの為っていう気がするんですよ。女心を感じるというか」
「…」
「それって凄い事だなぁって思うんです。行動力とか、気持ちとか、凄いなって、羨ましいなって、いつも通り思えたら楽なんだけど」
「…お前の方こそ大丈夫か」
「ごめんなさい、色々溜まってるみたいです」
「なんか出来る事あったら言えよ」
「それ私が言おうと思って来たの」
「だと思った」
「ずっるー」
「余計な心配しなくて大丈夫だ。ちゃんとやるから」
「別に発破かけに来たわけじゃないですよ」
「分かってるよ。ありがとう」
「あー、もう。なんでこんな気分にならなきゃいけないんだろうなぁ。二人がこれまで通り上手くやってくれてたら、ジャックから話聞いた瞬間飛び上がって喜んだのに。聞いて聞いて、その綺麗なモデルってね、翔太郎さんの恋人なんだよ!って自慢出来たのに。今は素直に喜ぶ事も出来ない」
「考え過ぎな気もするな。あいつも言ってたろ。とりあえず感謝くらいはしてるんだろうし、何かしら世話になった、くらいの事は考えてて恩返しを思いついたんだとしたら、素直にラッキーだって思えばいいんじゃないか」
「うーん。腑に落ちない、です」
「それは知らんよ」
「だってもしDVDを送ったのが本当に誠さんなら、半年以上前にそれをやってるわけですよ。それなのに半年後にはバイバイですか? そんなのってさあ。…翔太郎さん、誠さんの話全部を信じてますか?」
「っはは。いや、それさぁ、意味あるか?」
「…」
「信じるとか信じないとかで、何か変わる?」
「…」
「もう戻れ。おやすみ」
「私信じられないんですよ、どうしても」
「だったらなんだよ。あいつにそう言ってやれよ。そいでまた、なんで嘘だと思いたいの?って聞かれたらいい。そんなもん答えようのない突き離した質問されて終わりだろ」
「だって、私だってずっと2人を見てきましたから」
「…」
「そんな。…あー!もう!」
荒々しく繭子がカメラを持ち上げた瞬間電源が落ちた。
繭子はこの時点で、誠が別れを告げにきた日に伊澄が語った彼の素直な気持ちを知らない。
繭子にとってはまだ心の整理がついていないのだろう。
アメリカまで来て、ファーマーズというワールドワイドな映像作家集団と仕事をしていても尚、胸の閊えが取れないでいるのだ。あるいは忘れようとした忙しい日々の中で、突然その笑顔を思い起こさせる運命の引き合わせに、苦悩を強いられているのだろう。



ホット・ジンジャー・レコードのフィリップ・アンバーソンが合流した。
スタジオで衣装についてあれこれ注文を付けていた時だ。
「翔太郎の右腕はもっと自由に動かせるほうがいいな」
そう英語で声が上がる。ふり返った先に、ぼーっと突っ立っているフィリップの姿。
金髪で顎髭を蓄えた、ドーンハンマーと同年代の男だ。ジャック程ではないが、彼もガッシリしとした体躯である。トレードマークだという大きな黒縁眼鏡の奥にはブルーアイが光っていた。
「おお、やっと来たかー!」
と池脇が声を上げ、メンバーが代わる代わるハグ。ジャックとフィリップは久しぶりだねと言葉を交わし握手。フィリップとニッキー・オルセンは初対面らしく、「お会い出来て光栄だ」という言葉と共に両手を使った握手。いつも忙しく飛び回っている彼らしくよれよれのネルシャツにチノパン。気負いのない自然体のフィリップと久しぶりに会えて、ストレスの溜まっていた繭子の顔も明るい花が咲いたようになった。
所が、満面の笑みでメンバーとの再会を喜んでいたフィリップの顔が突然涙に歪んだ。
何が起こったのか分からず、誰もが言葉を失う。カメラの前に初めて姿を現した時、違和感を察知出来た者はいなかったそうだ。普段から何を考えているか分からない、飄々とした身軽さが彼の持ち味らしく、少し年を取ったな、ぐらいの印象しかなかったという。
「どした、なんだよ」
「おい、フィリップお前泣いてんのか?」
伊澄と池脇が歩みよって肩に手を置く。
ジャックとニッキーが顔を見合わせている。
カメラを構えていた伊藤の手が下がる。
「遅くなってすまない」
震える声で、フィリップがそう言った。
「はあ? なんだよそれ。なんで泣いてんだって」
「いや、いいんだ。ごめんよ、続けてくれ」
そう言ってフィリップは伊澄の手を振りほどき、その場を離れようとした。
池脇がニッキーらに一言断りを入れてフィリップの後を追った。必然的に、メンバー全員そちらへ向かう。
「なんだよ、ちゃんと言えよ、何か問題でもあんのか」
池脇が問い詰める。少し離れた場所で、伊藤がメンバーに小声で訳す。
「すまない。本当はもっと早くに来れるはずだったんだ」
「ああ、そうだな。忙しかったんだろ?」
「親父が死んだんだ」
「いつ!?」
「昨日だ」
メンバーが顔を見合わせる。
「何やってんだよ、なんでここにいるんだ」
「何故って仕事だよ。君達に会いにきたんだ。うちの会社から作品を出してる大事なバンドであり大切な友達だからね」
「いいからもう帰れよ、葬式とか色々あんだろ」
「もう間に合わないよ。葬儀は明日だ。昨日親父が死んですぐに向こうを出た。到着したのはついさっきなんだぜ」
「いやいやいやいや、お前何やってんだよ、帰れよ!」
「もういいんだ、ありがとう」
池脇が語気を強めて説得しようにも、フィリップは笑顔で受け流して言う事を聞かない。池脇の声が大きい為に、少し離れた場所で待っているニッキーとジャックにも事情は伝わっている。しかし事が事だけに、軽々しく「さあ、再開しよう」と言い出せないでいる様子だった。伊藤から通訳を受け終える前に伊澄が尋ねる。
「国どこなんだよ」
池脇が振り返り、フィリップに尋ねる。
「マイノット。ノースダコタ州だ」
「どうなんだ?」
伊澄がジャックを見やる。伊藤が訳すと、ジャックは目を見開いて首を横に振る。遠すぎる。大雑把に言えば今彼らがいるニュージャージーは合衆国の東端。ニューヨークにも割と近い郊外都市だ。しかしノースダコタは合衆国の最北端、カナダとの国境地である。
「昨日出て今着いたんだろ。なら行けるだろ、飛行機か?」
伊澄の言葉に、フィリップも少し真顔になる。
「もういいんだよ俺の事は。親父ともそんなに仲が良かったわけじゃない。知った顔に久々に会えてちょっと気が緩んじゃっただけだよ。仕事を再開しよう」
そう言うフィリップの肩を、トーンと池脇が突き放した。そしてニッキーとジャックの方を振り返ると、こう言った。
「ちょっと行ってくるよ、ノースダコタ」
「ああ!?」
ニッキーが明らかな怒気を含んだ声を上げる。
ノーノーノーノーノーノー!慌てたフィリップが叫んで割って入る。
「行かないよ、冗談だ」
アメリカでこの業界の仕事をする人間にとって、ファーマーズあるいはニッキー・オルセンとの仕事がどれほど重要な事かは誰もが身に染みて理解している。普通は無理なのだ。どれだけ頭を下げようと、お金を積もうと、こんなチャンスは普通廻って来ない。たまたま、ジャックがドーンハンマーに目を付け、たまたま、ジャックとフィリップが友人だった。ただそれだけなのだ。確かに今アメリカにおいて、このジャンルを好きな人間ならばドーンハンマーの名前を知ってるファンがいてもなんらおかしくはない。メタリカとも、スレイヤーとも共演しているのだから、多くの音楽ファンが目にするステージ彼らは立っている。しかし彼らはメタリカではないし、スレイヤーではない。この機会を逃せば、もう二度とこんなチャンスは掴めないかもしれないのだ。
「今これから行って、明日向こうを発つ。2日だけ時間をくれよ、帰ってきたら今の倍集中してやり遂げてみせるから」
池脇の言葉を、ニッキーは笑い飛ばす。
「お前自分の言ってる事の意味分かってるのか? 確かにお前らは凄い才能を持っている。作業も順調に進んでいる。だがそんなものは仕事として当たり前の話なんだ。そういう奴らは世界中にいるんだぞ。そもそもそういう奴らとしか俺は仕事なんかしないからな。それを2日遅らせる?馬鹿なのか?お前らだけの問題じゃないんだぞ!」
「やめろ!やめてくれ!分かってるよニッキー、俺達はそんなに馬鹿じゃない!」
泣きそうな顔でフィリップが間に入る。だが池脇は止まらない。
「いーや馬鹿だね!例えアンタらがどこのお偉いさんでどんだけ世界中に影響力があろうとも俺達を止める事は出来ねえよ。いいか?俺達は今からノースダコタまで行って、この、フィリップの、親父の葬式に出席する。その足でここへ戻って来る。そしてションベンちびるくらい最高のプレイであんたの脳みそをグラグラにしてやろうじゃねえか。もしそれでも嫌だって言うなら、この話はここまでだ!もうここへは戻って来ない。分かったか!ニッキー!?」
唖然とするニッキー・オルセン。
眉間に縦皺を刻んで下唇を噛みしめるジャック。
初めて見るジャックの仕事人としての顔だった。
伊藤が極力静かなトーンでメンバーに訳す。
ジャックが言う。
「威勢が良いのは結構だよ、竜二。君の言いたい事は分かったよ。ただ、振り返ってみろよ。フィリップも、他のメンバーも、本当に君と同じ気持ちなのか?」
しかし池脇は振り返らない。伊藤が訳す。
どうしたらいいんだ、という顔でノーノーノーと頭を振り続けるフィリップ。
そんな彼を見て伊澄は面白そうに笑った。
ニッキーが怪訝そうな顔で彼を見やる。
繭子が一歩フィリップに近づいて、彼の腕をポンポンと叩いた。
神波は長い両腕を翼のように広げて、ご覧の通りだよ、と笑顔で語り掛ける。
伊藤は大きく息を吸い込んで、溜息を吐き出した。しかしその顔にはすっきりとした笑みが浮かんでいる。
「後悔しないんだな?」
とニッキーが凄む。
「後悔はしない」と池脇が答える。
「ただ、一方的に勉強させてもらって悪いとは思ってるよ。日本に帰ったらとりあえず、アンタらの事はスゲー奴らだったって宣伝しといてやる」
さあ、行こうか、と立ち去ろうとしたその時、パンパン、と2回手を打ち鳴らす音が響いた。
「オーケイ。オケイ、オケイ」
ジャックだ。振り返りはしたが何も言わないドーンハンマーの面々をじっと見つめ、数秒後ジャックは大きく息を吐き出した。
「初めてここを訪れた時、似たような巨大な建物が3つ、この丘に立っているのを見ただろう?」
何の話だ、という顔でメンバーは顔を見合わせる。
「実はこの敷地内には、もう一つ大きな建物があるんだ」
とジャック。おいおい、本気かお前。そう言ってニッキーが頭を振る。
「何だよ」
と池脇。ジャックは伊藤の持つカメラを指さす。メンバーを映しているカメラを自分の顔に向けろ、という合図らしい。彼女がその通りにすると、ジャックは満面の笑みを浮かべてゆっくりとこう言った。


「プライベートジェットだ」

連載第19回。「FMZ」2

2016年7月、某日。


場所はアメリカ、ノースダコタ州、マイノット。
この地はアメリカでドーンハンマーのCDを販売している、
『ホット・ジンジャー・レコード』フィリップ・アンバーソンの故郷である。
カナダとの国境地帯に面するマイノットは、日本の四季をグレードアップさせたような気候性が特徴的だ。昔ながらの芸術性豊かな建物を今も多く残す土地である一方、季節によっては驚くほどの猛威を発揮する厳しい自然の大地でもある。冬場の気温は基本が0度を下回り、夏場は40度を超える事もあるという。
メンバーが訪れた季節は夏、7月の下旬だ。この日の気温はまだ穏やかと言える27℃だ。とは言え黒のスーツを着込んで歩くドーンハンマーの表情には汗と疲労が浮かんでいる。先頭を歩くのは池脇、次いで伊澄、神波、繭子、伊藤、フィリップの順番だ。
少し離れた場所からカメラを回しているのはなんとジャックだ。
(Billion編集部の備品である時枝のビデオカメラを、あのファーマーズのジャックが手に持って撮影した映像なのだ。幸せな映像などでは決してないと知りながらそれでも興奮を抑えきる事が出来ない)
ジャックが手配したファーマーズ所有のジェット機の中で、これまたファーマーズ所有の喪服に着替えたメンバー達。勢いよく撮影所を飛び出したのは良いものの、向かう先は友人の父親の葬儀だ。話が盛り上がるわけもなく、ノリでついてきたジャックがずっと困った顔をしていた。フィリップは心底申し訳なさそうに、だがどこかで嬉しそうな笑みを見せながら、機内でずっとジャックの相手をしていた。
撮影しても良いかな、とジャックが言い出したのもこの時だ。
フィリップは一瞬考えたが、すぐに軽い調子で「もちろん」と答えた。
葬儀が行われる墓地に到着した時、いるはずの無い息子の姿を見つけて母親らしき女性が駆け寄って来た。既に顔の化粧は涙で崩れており、自分のもとへ辿り着いた時には足元もおぼつかない母の様子に、フィリップはサングラスの下から勢いよく涙を零した。
アメリカ式の土葬を経験するのはメンバーもこれが初めてだ。英語が話せると言ってもそこまで文化しきたりに明るいわけではなく、自分達の存在をアピールする理由のない彼らは当然のようにフィリップから離れ、参列者の最後尾に並んで立った。
小さな花と、一握りの土を順番棺に掛けて行く。ドーンハンマーもそれに倣って、土を掛ける。立ったまま上から放り投げるのが嫌で、メンバー全員がしゃがみこんで、低い位置からゆっくりと砂を落とした。それを見たフィリップは唇を噛み、声を殺して泣いた。
母親が泣き叫び、親族友人達が顔を覆った。
決して親父とは仲が良い方ではなかった、とフィリップは言った。しかしそこには父と子の確かな絆が存在した。
大切な仕事を蹴ろうとしてまで駆け付けた異国の友が、今こうして『決して仲が良い方ではない』父親に敬意を表してくれているその姿が、寡黙ながら実直だった父が歩んだ人生の答えであるような気がしたと、後にフィリップは語ってくれた。
しかし最後に息子であるフィリップが挨拶をすべき場面が訪れたが、フィリップは頑なにそれを拒んだ。そもそも泣き崩れてまともに話が出来なかったのと、年に一度会うか会わないかの晩年の父親に対して今ここでなんと声を掛けたら良いのか分からないというのが、正直な気持ちだった。
何でもいいからと母親がすがる。
フィリップも必死に言葉を探している。
しかし涙ばかり流れて、言葉が出て来ない。
ジャックのカメラがそんなシーンを映している。
カメラの隅で、池脇の体が揺れた。
後ろから、伊澄が彼の肩を押したようだった。
「ンン!」
と池脇が咳払いをする。
彼らしい、大きくよく響く咳払い。
何かを感じ取ったジャックが、池脇の方へ画面の焦点を向ける。


「ええっと、親愛なる…我らが友、フィリップの父であるマット」


池脇が英語で話し始めた。
余程意外だったのだろう。カメラを向けていたジャックの、ワーオ、という声が録音されている。


「ハイ、マット。俺たちはあんたの息子の友人だ。
あんたとは今日初めて会うが、初めてな気がしないな。
俺たちは日本人だし、ノースダコタに来たのも今日が初めてだ。
だけど、遠く離れていても俺たちとフィリップが長い間友人でいられるように、
父親であるアンタとも、全くの他人というわけではない気がするよ。
そうだろ?
俺たちは今、ファーマーズという連中と仕事をしている。
どうやらそれは凄い事らしいんだが、何が凄いのか俺達にはまだ全然分からないんだ。
そんな事よりも、日本で、ただ好きな音楽を好きなようにプレイしていただけの俺達を、
アンタの息子が見つけてくれた事のほうがよっぽど凄いと思わないか?
今日、今、俺達がこのアメリカの大地に立っていられるのは、
アンタの息子のおかげだよ。
そしてアンタ達が、フィリップを育ててくれたおかげだ。
彼とはあんまり仲が良くなかったんだって?
心配しなくていいぜ、アンタの息子はとても立派な男だよ。
仕事に誇りを持っている。
才能もある。
何より人を見る目があるよ。
少しの間寂しくなるだろうが、世界中を飛び回ってる息子の側で、
俺達の代わりに見守ってやってくれないか。
いつもヨレヨレのネルシャツを着て、髭も伸びっぱなしの友人を、
たまに思い出しては元気にやってるかなって、心配してるからさ。
よろしく頼んだよ。
じゃあ、また会う日まで。rest in peace 」


祈りを捧げる姿のまま、フィリップは大声を上げて泣いた。
仲が良くなかったなんて嘘なんじゃないかと思うぐらい、父親を呼びながら泣き続けた。
友の言葉を聞いて初めて、自分の父親を亡くした事が実感出来たような、そんな風に思えた。
伊澄が池脇の肩に手を置いて、何事か言う。
池脇は声を出さずに笑って、メンバーを振り返る。
繭子は泣いている。
伊藤も泣いている。
「オー、…ゴッド」
ジャックがそう呟いて、鼻をすすり上げた。


帰りの機内は明るかった。
諸々の後片付けがあるためフィリップはそのまま置いてきたが、
メンバーの晴々とした顔を見てジャックも嬉しそうに発破を掛ける。
帰っても休んでる暇はないぞ!
繭子がヤ!とニッキーを真似て答えた。


機内の中で撮影された映像には、池脇と繭子が話をしている場面が残されていた。
声は小さ過ぎて聞こえないが、真剣に何かを相談している風の繭子に、池脇が笑顔で答えている。
繭子は身振り手振りで必死に熱く語るのだが、池脇は笑顔でただ大きく頷いているだけだ。
そのうち繭子がボン、とシートの背もたれを叩く。
どうやらまともに相手をしてもらえていないと感じたようだ。
池脇が真剣な目をして何かを言うと、繭子は少し驚いたような顔をした。
池脇は繭子の頭をポンポンと撫で、ガッシリと頭を掴んで顔を近づけた。
そしてまた何かを伝え、体ごと離れた。
繭子はずっと驚いた顔のままだ。
映像はそこで途切れる。



再びニュージャージーの『ファーマーズ』スタジオ。
繭子が衣装に身を付け、フロアの真ん中に置かれたドラムセットにぽつんと座っている。
周囲には誰もいない。背後にはとても大きな白い壁。足元にはとても広い白い床。
そんな変わった背景の中で、繭子も白装束に身を包んでいる。
ドラムを叩く際は足を開く必要がある為、同じく白いモンペのような物を履いているのだが、後ろで纏めた髪の毛が銀色のせいで、動かないでいると見失いそうになる。
よく見れば白い長襦袢のような衣装は所どころが破れ、汚れている。
その様は物凄く綺麗な『リングの貞子』のようだ。
繭子は何をするでもなくぼーっとしている。
伊藤の構えるカメラに気づくと、何事が伝えたげに口を動かした。
恐らく、「ヒ・マ」と言っている。
伊藤の笑い声。
「ready」
と天の声。
慌てて繭子がスティックを持ってキックペダルに足を乗せる。
「action」
目にも止まらぬ速さでドラムを叩き始める繭子。



パソコンが数台並べられた場所にメンバーが集められた。
ある程度形になった映像を見てみようという事になったようだ。
横一列に並んでモニターを覗き込んでいるメンバー達の後ろ姿が数秒映った後、
今度はメンバーの前にカメラが回る。
徹底的に作業工程や内容の分かる場面はカットされている。
音が消えた。
モニターを真剣な眼差しで見つめる4人。
「おわ」とでも言ってるのか、口を開いて竜二がニッキーとジャックを見やる。
繭子もぽかんと口を開く。
伊澄は無反応ながら目が釘付けになっている。
神波は眉間に皺を寄せている。細部まで見逃さない真剣な顔だ。
音が戻って来る。
繭子が拍手をしてニッキーを探す。
自分達の背後にいたのを見つけて親指を立てて「すごい!」と叫んだ。
ニッキーとジャックがメンバーの反応を満足げに見ていた。
「これで今工程的にどれくらい? もうこれで良い気もするけど」
と池脇が尋ねる。ニッキーは大袈裟に笑い、それに答える。
「とんでもない事言うな。まだ素材を組んだだけだぞ。要するにこういう流れで、こういうストーリーだよ、とお前たちに見せただけだなんだから。そうだな、今で丁度半分だ」
「マジかよ。ここから何をどうする気なんだ? 間に合うのかそもそも」
「基本的な撮影はほぼ終わってるよ」
とジャックが後を続ける。
「そのー、君たちの出番はね。あとはこちらが頑張る番だ。マジックを見せるよ」
伊藤の通訳にメンバーが「おおお」と盛り上がる。
「えー、でもでも、これどうやって撮ってるの?いつこんなに一杯撮ったの?」
と繭子が無邪気な質問をする。ニッキーが笑い声をあげ、ジャックが頭の後ろを掻く。
沈黙の後、ジャックが織江の手にあるカメラに注目させる。撮ってる所では話せないよ、という事だろう。
「一つだけ教えてあげよう。こんなに大きい建物で、広いスペースなのに、君達はあのホワイトスペースから動く事はほとんどなかったよね。今回白い背景を使ったのは君達専用に用意したセットだけど、どういう背景であれ、基本的な撮影の仕方は誰でも変わらないんだ」
ジャックが笑顔で言い終わり、織江が通訳し終わっても、誰も何も言わない。
分からないからだ。
だが数秒押し黙った後、神波が「ああ!」と声を上げる。
「言うな!」
と声を上げてニッキーが彼に手をかざす。
「言うなよ、分かってるな?」
「オッケー、オッケー」
神波はホールドアップ状態で頷く。どうやらカラクリに気づいたのは彼だけのようだった。



宿舎の中。食卓を囲む夕食時の映像。
撮影が順調に進んでいるせいか、メンバーの顔も明るい。
程よくお酒も入り、池脇などは笑顔から酔いが見て取れる程だ。
彼が身振り手振りで大袈裟に話をすると、エイミーが顔を赤くして笑う。
それが嬉しいようでジャックも興奮してまくしたてる。
うるせえな、と言いたげだかそれでも笑顔で話を聞いている伊澄。
どうやら彼は話す事は出来ないが、聞き取るだけなら池脇と遜色ない速さで理解が出来ているようだった。
繭子は隣に座る伊藤と楽し気に話をしていたが、ある時ジャックに向かってこう言った。
「ニッキーも来ればいいのにね」
ジャックが笑って頷いた。
「そうだね。だけど本来は僕がこうやってここでディナーを食べているのも、いけないんだよ」
「ダメなの?どうして?」
「ここへ来てすぐの頃、翔太郎もコリンに会っただろ? うちにはたくさんの映像作家がいて、色んな人間と同時進行で仕事をしてるんだ。だから僕みたいに君達だけに専念している暇は本来ないし、ましてや一緒に食卓を囲んだりしたら、それを快く思わない連中だっているだろう」
「あー、そうなんだ。ジャック駄目じゃん」
「僕は君達のファンだからね」
オー。イエー。
メンバーが口々に喜びの声を上げる。
ジャックもそれに応えるように手を上げて頷く。
「所でマユ。君は18歳じゃなかったんだね」
「またその話か!」
「あはは、いや実際18歳だとは思ってなかったけど、28歳だとも思わなかったよ」
「ジャックは何歳なの?」
「40だよ」
「へー、竜二さん達と近いね。エイミーは?」
「34歳よ」
「いつから付き合ってるの?」
ジャックが盛大にむせ返る。バシバシと胸を叩き、エイミーを見やる。
エイミーは怪訝な顔でジャックを見返し、ノーノーノー、と顎を振る。
その反応を見てメンバーは苦笑いし、繭子を無言で窘める。
繭子はそんな彼らを見て、カメラに向かって舌を出す。
「あー、ところで」
池脇がワザとらしく胸を張って話題を変える。
「ニッキーって女の子の名前だよな?」
ジャックが盛大に飲み物を吐き出した。



巨大な撮影所のシルエットをバックに、小高い丘の上で並んで立つ4人。
風が強い。
右から伊藤、神波、繭子、伊澄、池脇。
右端からジャックがひょっこり現れる。
左端からニッキーがひょっこり顔を出す。
真ん中にいる繭子が両手を握って、左右を見る。
「せーの!」
「ウィーアー!ド」
「ドドーーン」
「ハ」
「おいー!」
全然揃わない。
ワンモタイム!ワンモアタイム!
足を引っ張った自覚のあるニッキーが指を立てて叫ぶ。



「何待ち?」
繭子のアップを撮っている伊藤が彼女に尋ねる。
スタジオの隅っこで極力セットや機材が映らない場所を探し、合間のオフショットを撮る方法を見つけたようだった。少し光量が足りない角度もあるが、そこまで贅沢は言えない。繭子は少しハイになっている様子で、どこからか聞こえてるくるBGMに体を揺らして答える。
「機材トラブルとニッキー待ちです」
「男達は?」
「竜二さんは分かりません。翔太郎さん煙草ー、大成さんはジャックと機械の話ー」
「放っとかれてんのか」
と伊藤が笑って言うと、繭子は全然気にしない様子で「平常運転です」と笑い声をあげる。
BGMが止まる。
「なんか結構選曲が渋くて嬉しいですねえ」
天井のどこかにあるであろうスピーカーを探しながら繭子が言うと、
「流れたり止まったりが激しいね」と伊藤が言う。
「そうなんですよ。色んなトコで撮影してるみたいだし、流れていない時の方が多いけど。あ、でも、さっきホーンテッド(THE HAUNTED)流れたんですよ、一瞬だけ」
「流れたね、アガるね、こんだけデカイ箱で聞くといつもと違って聞こえる」
「そーなんですよー」
嬉しそうに繭子は言い、「近い近い」と伊藤がカメラを遠ざける。
そこへまた別の曲が流れだす。
「うわ!」
「え?」
「クラッシュだ、アンスラックス、やばい」
ヘヴィでありながらタテノリのリズムが心地良く疾走する名曲、ANTHRAXのアルバム「8」から1曲目の『CRUSH』が流れた。この曲が大好きだという繭子は目を閉じて頭を振る。後ろで束ねられていない彼女の髪の毛が左右に揺れて、顔を見え隠れさせる。
ジョン・ブッシュの歌声と共に繭子も歌い始める。と思いきや声は出さず口パクだ。
「あはは」
伊藤が笑って、彼女の顔を追いかける。気付いた繭子は目を開けて微笑み、いかにも自分の持ち歌であるかのような表情を浮かべ、カメラに向かって歌い上げる真似をして見せた。
「いいねえ」
実際歌っているわけではないので、上機嫌の勢いを借りてウインクして見せたり、
叫ぶような顔をして見せたり、眉間に皺を寄せて凄んでみたりと、クルクル表情がよく動く。
「ねえ繭子」
「to be love by you! to be love by you!」
「ねえ、ねえって」
「はーい?」
「マユーズでもPV撮ろっか」
「ええ?あはは。音源作るんですか? あ!あー、止まっちゃった」
繭子が体を動かすのを止めてしまう。
「次のアルバムの事考えてるんだけど、マユーズをおまけにするのも面白いかなーと思って」
「へー!良いですね、おまけかー。遊び甲斐あるなあ」
「どう思う?」
「PVですか? んー、ヤ!」



スタジオ内。メンバーと議論しているニッキーの後ろ姿。
男達は既に衣装を着ていない。繭子だけが例の白い衣装を着ている。
まだ撮影が残っていたのだろうか。
繭子を囲むようにして池脇らが立ち、相対する形でニッキーとジャックが立っている。
離れた位置でそれを見守っている伊藤のカメラに会話は聞こえてこない。
時折り、「ノー! ノー!」と抗議している池脇の声が届く。
上半身を左右に揺すりながら言葉巧みに説明しているであろうニッキー。
首を横に振る伊澄。「ノーだニッキー、ノー!」声を荒げる池脇。
くるっと背を向けて髪の毛をかき上げるニッキー。
カメラに気づいて、撮るな、と手をかざす。
さらに離れた場所に移動した伊藤のもとへ繭子だけがやって来る。
繭子の顔をアップで撮る。データを消させないようにする伊藤の策だろう。
「何系のトラブル?」
「私に脱いで欲しいみたい」
「はあ!?」
「待って待って待って、裸で叩けって言う意味じゃないですよ。私の背中から飛びだす最後のシーンは、衣装を身に着けてない体のシルエットが欲しいんだって。色を付けて裸が見えないようにはするけど、撮影自体は裸じゃないと意味ないって」
「ノー。ノー。そういう問題じゃない、ノーよ。私が絶対にそんな事させない」
「うーん、でもニッキーもジャックも、変な意味で言ってないのは分かるんですよ」
「だからそういう問題じゃないって。ちょっとカメラ持ってここにいて」
「え?」
織江は狼狽える繭子にカメラを持たせ、その場を離れる。
しばらく画面がグラグラと揺れ、音声だけを拾っている。やがて伊藤の叫ぶような声が響く。
「ヘイ!グランパ!」
「うわ!」
驚く繭子の声。ニッキーの正確な年齢は分からないが、完全に老いを揶揄する織江の表現に、場の空気が『凍り付く音』が聞こえたようだった。



カメラを覗き込むジャックの笑顔。口笛を吹く真似。上機嫌だ。
「ハイ、オリー。あー、僕の一番好きな曲はねー。『ULTRA』か『ROTTEN HALL BURNNIG』だよ。共に最新作収録の2曲だけど、彼らの音源は常に最新作が最高傑作だね。素晴らしいよー」
酔っ払ったように顔をゆらゆら左右に振りながら話すジャックに、
「ありがとう。『ROTTEN~』を選ぶあたりさすがに良いセンスしてると思うわ。だけど遊んでていいの? 問題は解決したの?」
と英語で尋ねるカメラマンの伊藤。
「ああ、大丈夫だよ、君のおかげでね。君はホントにすごいな。美人だし、仕事も出来る、英語も話せてマネージメントも完璧。君、何かあったらうちに来なよ」
伊藤は明るく笑い声をあげる。
「勧誘してくれてるの? ありがとう。だけど間に合ってるわ」
「そう言うと思ったよ。今回フィリップとの縁で君達と仕事が出来て本当にエキサイティングだったよ。今後とも仲良くしてくれるかい?」
ジャックはカメラマンの伊藤ではなくレンズに向かって話をしている。
「もちろんよ。それよりジャック、カメラに近すぎるわ、鼻毛が映りそうよ」



パソコン台のような場所に置かれたビデオカメラ。
まるで置き忘れられたような角度で、天井を映している。
静寂の中から靴音が近づき、カメラを誰かが取り上げる。
映し出されたのはニッキー・シルバー・オルセンだ。
顔の高さより少し上まで持ち上げて、若干見上げる角度でレンズを見つめるニッキー。
一度背後を振り返り、誰もいない事を確認する。
「あー。ハイ、ニッキーだ。今回、君達と仕事が出来て本当に良かった。勉強になったよ。我々の仕事はまだ残っているが、撮影日程を終えた君達に感謝の言葉を伝えておこうと思ってね。ありがとう。いずれ君達とはまた会う事になるだろう。そんな気がするよ。あー。話したいことが山ほどあるんだが、今回はちょっと時間が短すぎたね。撮影の事、トラブルへの対処法、君達のバンドについての事、我々の仕事についての事。トップシークレットな事はさておき、君達の仕事に対する姿勢や考え方は今後の参考になるものばかりだった。もしまたMVを作るという話になった時は、真っ先に私の名前を思い出して欲しい。まあ、こう見えて私も忙しい男だから、そう簡単に捕まらないとは思うがね。楽しかったよ、また会おう。じゃあね」
そう言うとニッコリ笑ってウィンク、そして電源が落ちる。
後で聞いた話だが、いかにも置き忘れられたカメラを偶然発見して秘密のメッセージを録画したように見えるが、全て彼の演出だという。話始める前に一旦背後を気にする仕草も含めて、だ。実にチャーミングな男である。



宿舎。カメラが二階から降りてくる。
一階のリビングには、夕食後に酒を飲みながら談笑するメンバーの姿。
テーブルには池脇、神波、伊藤、ジャック。後片付けをしているエイミーが、カメラを持って降りて来た繭子に気づいて手を振る。
「ハイ、あなたも何か飲む?」
「ノーノー、センキュー」
もう結構酔ってるよ、と繭子は答えてそのまま外へ出た。
玄関先のポーチで、伊澄がグラス片手に煙草を燻らせている。
繭子に気づいて、レンズに向けてグラスを持ち上げる伊澄。
「いいですか?」
と繭子が言うと、伊澄は黙って隣にずれた。繭子は一旦彼の隣に腰を降ろしたが、そうなるとカメラが彼に近すぎる事に気づき、「近いな」と言って伊澄の前に回ってしゃがみ込んだ。
「バーボンですか?」
「ウーロン茶」
「ウーロン茶?アメリカで?ウソだあ」
伊澄がグラスを差し出し、繭子はカメラを構えたまま一口含んだ。
含んだ瞬間吐き出す。
「ぐおおお」
「勿体ねえなあ」
「あああ、喉が痛い、きつい、あああ。なんですかこれ」
「メーカーズマーク(ウィスキー)。いつもの奴だよ。やっぱ本場で飲む方が強くていいなあ。日本のはちょっと度数下げられてるからなあ」
「あー、もう。クラクラする」
「貸して」
そう言って伊澄がカメラを受け取り、繭子の腕を引っ張ってカウチに座らせた。
伊澄が彼女の前に座って、カメラを構える。
「これ時枝さんの奴?」
「あい。そうっす」
「えー、明日最終確認して、全行程終了となります。2週間あっと言う間でしたが、手応えはありましたか。芥川さん」
「え? 明日帰るんですか?」
「明後日」
「あー。んー。どー。どうだったんですかねえ」
「あ、そんな感じなんだ?」
「ううーん。最初から不安はあったんですよね、ビジョンが見えない事に対して、どういう気持ちで事に当たるのが正解なんだろうなあ、みたいな」
「精神論的な言葉はいらないと。何をどうすればいいか教えろってことか」
「(鼻をすする)、甘えなんですけどね、それは。分かってるから、結局具体的に何かを誰かに相談出来ないままモヤモヤで、気が付いたら君達の撮影は終わってるよーって言われちゃいました。これがこのまま映像作品としてずーっと残るんだって考えたら、ズーンと落ちました」
「考え過ぎなんじゃないの」
「そうなんですかね」
「終わったもんは仕方ないだろ。次なんかまた機会があれば、そん時は今よりマシな動きすれば良いんじゃないか」
伊澄の言葉に繭子は俯き、何も返事が出来ない。泣いてはいない。しかし泣きそうではある。
「俺なんかの話が参考になるかは分からないけど、特にこの、今回のPVに関して俺は『好き勝手弄って遊んでちょーだい』くらいの感覚で乗り切った所はあるな」
「…翔太郎さんが?」
あの、伊澄翔太郎が?とでも言いたげな口調である。
「主導権は俺にない。俺の作品でもなければ、なんならドーンハンマーの作品でもない。ファーマーズの作品に出演したんだ、くらいに思ってたよ。これはだから、精神論的な話になるのかもしれないけど」
「…それってなんか変じゃないですか?自分達のPVなのに」
「お前日本でファーマーズのPV他に何か見た?」
「見てないです」
「あははは。一個も?」
「はい」
「見ろよせめて一つくらい」
「あまり、興味がないんです」
「お前ほんと昔の俺に似てるわー。まあ、どうでもいいんだけど。結局さ、向こうが俺達を選んだ理由って、はっきり言われないからこそ当たってると思ってんだけど、まず向こうのビジョンありきなんじゃないかと思って。つまり、俺達の曲があります、PVを作ろうと思います、色々打診してみた結果、ファーマーズが作ってくれそうです、っていう流れじゃないんだよきっと」
「向こうが作りたい作品が最初にあって、それを私達を使って映像化したって事ですか?」
「絵コンテが決まってるのに曲が最終決定しないままこっちに来ただろ。よくある話と言えばそうだけど、可能性としては俺の言ってる事も的外れとは思えないな。まあでも、ジャックの野郎が俺達の事を知ってたってのも大きいと思うよ、選択肢に名前が上がるって時点でものすごい確率らしいからな」
「えー、それってなんか、どうだろう。どうなんですか?」
「どうとは?」
「私のことなら構いませんけど、翔太郎さん達が舐められるのは我慢できません」
「お前も年食えば分かるよ。まだ繭子は20代だろ? 10年前まで10代だったんだよ。繭子の上には30代って世代が10年ふんぞり返ってる。俺達はその更に上の世代なんだよ。俺達にはもう時間はないんだ。利用して、利用されて、それで自分達の行きたい場所へ行く切符が手に入るんなら、全然それで構わない」
伊澄の話を聞いて、繭子の眉間に皺が刻まれる。
んんんー、と不満げな声を出して後頭部を掻きむしる。
「こないだ、竜二さんにも、似たような話をしたんです。だけど、相談にすらなんなかったんですよ」
「なんで」
「プロモーションビデオって、私達のプロモーションじゃないですか。少なくとも私はそう思ってたので、事細かにあれこれ指示出しされて自分本来のプレイが出来てない状態でオッケー出されても、何がオッケーなの?って」
「うん」
「絵コンテは見てましたよ、ちゃんと。だからある程度、こういうストーリーなんだなっていうのは分かるし、そこはいいんだけど、肝心のプレイは私全然でしたよ、この2週間。どう思います?って聞いても、竜二さん笑ってるばっかりで」
「うん」
「もう!って」
あの飛行機内での撮られた映像が、どうもその時の様子を映した物のようだ。
「なんで笑ってんだクソ野郎って?」
「フフフ、うん、クソ野郎!って」
「竜二お疲れ」
「えええ!」
慌てて振り返る繭子の背後には誰もいない。がっくり項垂れる繭子。
下から見上げる角度で撮っているにも関わらず顔が見えなくなった。
「だけど」
項垂れたまま繭子が言葉を続ける。
「それはお前が未熟なんだってはっきり言われちゃいました」
「へえ」
「よーいアクションを言われた瞬間に、一発テイクで自分の納得のいくプレイが出来なかったんなら、それはお前が悪いって」
「一理あるな」
「だけどそもそもが、俺達が全身全霊を掛ける場所はPVの中じゃないだろって。それはファーマーズが自分の時間と魂を削ってやる仕事であって、俺達の居場所は他にあるだろう。それ以外はどうでもいいよって」
「っはは。あいつまじで『ファーマーズ』って新曲作りそうだな」
「なんていうかな。分かるんです、分かるんですけど、そうじゃないんです」
「繭子らしくていいなあ、帰ったら時枝さんが歓びそうなエピソードだ」
伊澄が笑って言うも、度数の高いバーボンウィスキーにストレスを蒸し返された繭子は全く笑い返さない。
ダダン、と子供のように足をばたつかせ、「もう!」と怒りの声を吐き出す。
「皆が皆同じ気持ちで生きてるわけじゃないんだ。お前の欲しい答えはお前が探すしかないな」
「…はい」
「明日仕上がりを見て、そん時判断しろよ。ああ、もうこいつらと仕事する事はねえなって思うか。やっぱり世界には凄い連中がいるもんだなって思えるか。ニッキーもジャックも、それを分かって仕事してると思うぞ。クリエイターは常に判断される側なんだから」
繭子は顔を上げて、何度か頷いて見せる。
「確かに、その通りですね」
「よし、じゃあ最後にカメラに向かって一言」
だらしなく足を投げ出して座っていた繭子は、カメラを意識したように座り直した。
「う、うん! えー、えーっと、えー…え?誰に!?」
「あははは!」



残念ながら、実際最終日にPVの最終確認を行うメンバーの姿はビデオカメラには残されていなかった。おそらく外には出せない部分が映り込んでしまったか、あるいはそもそも最後の最後で撮影自体を断られてしまったかだ。しかしドーンハンマーのPV撮影密着という意味では、かなり有益なシーンが数多く残されていると思うし、何よりスタジオ内の風景やニッキー、ジャックと言った名立たるアーティストの動く姿やコメントが収められている時点で、かなり特別な事だ。
どれだけドーンハンマーが彼らに受け入れられているかが窺い知れる。
最後に伊澄が繭子に言って聞かせた、彼らが今回『選ばれた理由に関する推測』を語る場面も、ファーマーズ側が消さなかった事は異例としか思えないし、それは彼らなりの誠意とも取れるだろう。
この旅の最後に記録された映像は、空港にてジャックとエイミーに見送られながらアメリカを後にするドーンハンマーのバックショットだった。
その中には伊藤の姿もあった事から、おそらくそのショットを撮影したのはジャックだ。という事は、去りゆく後ろ姿を撮った後、もう一度戻ってカメラを受け取っている事になる。最後まで笑わせてくれる旅の記録となった。



一つ面白い会話が収録されていたのでここで紹介させて貰いたい。
最終日前日、最後の晩餐での会話だ。
池脇が酔っ払った大声でジャックに質問する。
「そう言えばさ、ジャックって、ラストネームなんてーの?」
「ああ、言ってなかったかな。オルセンだよ。ジャック・オルセンだ」
「…え?」
「ニッキーの息子だよ。ニコラス・オルセンの、息子」


強い風が吹いている。
黒のメタリカTシャツ。
デニムのホットパンツ。
丈の長いラベンダー色のパーカー。
小高い丘の上から、繭子が大きく手を振っている。
左手を口元に添えて、彼女が叫ぶ。


「バイバイ! アメリカ! また来るね!」

連載第20回。「帰国」

2016年、8月2日。


あらかじめ彼らの帰国日を知らされていた為空港まで迎えに行く事も当然考えた。しかし首を長くして帰国日を待ちわびてはいたものの、さすがに彼らの疲労を考え当日とその翌日の訪問は遠慮した。これまで見て来た彼らの苛烈さ、自分の仕事に手を抜こうとしないその様は、エンジンが壊れるまで走り続ける印象すら私に抱かせた。そんな彼らが2週間という短い時間で世界トップのクリエイターとPV撮影を行ったのだ。おそらくは完全燃焼して帰って来るに違いないと確信していた。
いつものソファーにいつもの並びで座る彼らを見た時、不覚にも頬が紅潮した。
4人がそこに居並ぶだけで皮膚がビリビリと波打つような圧力を感じた。その圧とはもちろん震える程の魅力に他ならない。
伊藤織江が最後に繭子と並んで座り、何も言えずに息を呑む私にお土産を手渡してくれた。
感激のあまりソファーの足元に正座で座り直し、両手で恭しく受け取る私に一同が笑い声をあげる。
大きな紙袋に色々と入っていたが、一見して何だか判別出来ない謎の白い布が丸まって入っていたので、それを取り出してみた。
-- これは?
「あ、私の衣装。の一部」と繭子。
-- ええ!いいの、こんなの勝手に持って帰ってきて!
「うん、記念にくれたもんだしね。なんかね、白い着物みたいなの着せられたんだけど、その帯」
-- 着物?衣装って着物なんだー。わー、速く見たい。
アメリカの空気を存分に収めたというビデオカメラを受け取った後、話を伺った。



池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)、伊藤(O)。


-- とにもかくにも、お疲れさまでした。笑顔ではありますが、やはり疲労の色は隠せませんね。
R「もうオッサンだもんな。実際帰って来てからの方が疲労がすげえ押し寄せて来た」
M「分かります。私昨日も一日ぼーっとしちゃって動けなかったですね」
-- だけど物凄く充実したお顔をされてるので、私も今からワクワクしてます。PVはあとどのくらいで完成の予定ですか?
R「ほぼ終わってるかな。あとは向こうがどんだげ納得の行く作品に仕上げて来るかって話と、その確認と」
-- 所謂編集の最終段階ですね。
R「そう」
-- ご覧になって、いかがでしたかか。
R「正直、ちょっとビックリした」
-- おおお!
R「当たり前の話だけど音源はアルバムから引っ張って来てるだろ。だからあとは動きというか、視覚的な作り込みの問題なんだけど、俺らってやっぱライブバンドだからさ、決められた振付なんかないんだよ、そもそも」
-- そうですよね。
R「こっちは普通に、まあ、ある程度制約はあるんだけどそこまで考えずにプレイするだけするんだよ。その一挙手一投足ってのか、細かーい部分を拾って拾って、芸術的に切り取って振付に変えて行くっていうか、そういう方法を知らない俺らにしてみれば…凄かった」
T「撮られてる感覚は薄かったね」
S「(頷く)」
-- 私も何度か日本のバンドのPV撮影現場を経験してますが、おそらくファーマーズはある種これまでの概念にはない手法で撮影しているんだろうな、という思いがあります。
R「うん。ん、手法って?」
-- 演出うんぬんというより以前に、これどうやって撮影してるの?という。
R「ああ、うん。でもそれ最後まで分かんなかった」
-- それは、やっぱり企業秘密という事ですね。
T「俺はなんとなく、こうなんだろうなっていう閃きがあって、あとでジャックに確認したら半分正解だって言われたな。まだ先があるみたいな言い方だったね」
S「それって言っちゃ駄目なやつなんじゃないの?」
T「言わない言わない、ファーマーズはさすがに敵に回せないよ」
S「あははは」
-- え、ジャックって。え、まさかジャック・オルセンですか?
M「おー。やっぱりトッキー物知りなんだねえ」
-- いやいや待って待って、そんな、え、ニッキーとジャック両方と仕事したって事ですか?ジャックはファーマーズの基盤を受け継ぐ次世代のトップですよ。オルセン親子と一緒に仕事したのってこの10年ではインフレイムスとあなた方だけですよ!
M「興奮しすぎだよ(笑)。私達もジャックがニッキーの息子だって知った時はめっちゃびっくりしたけどね。似てるっちゃー似てるよ。背、おっきい所とか」
-- 待ってよ、そんな印象しかないの!? うーわ、これは凄いなあ。ただでさえ引く手数多で並んでる姿を見るだけで貴重だと言われているのに、2人揃って同じ現場で協力しあう姿を生で見るとか…。でも実際どうでしたか、彼らと仕事してみて、その、単純に作品として思った通りの物が出来ましたか。それとも。
S「まさしく、作品って感じ」
M「うふふふ」
-- えっと、それはどういう。
S「俺達のPVというより一つの独立した作品を見たっていう感想かな。短編映画みたいな出来というか。もちろん映像としては申し分ないクオリティだと思うよ。俺らを素材にしてよくここまで作り込んだもの創造出来たなって感心するよ。ここにいる全員の予想を遥かに上回るモノを見せられたからね」
-- それは凄いですね!短編映画ですか!あ、ごめんなさい。今更ですけど私結局どの曲のPVなのか分かってないんです。
R「俺らも向こうついてから聞いたもんな」
-- やはりそうなんですね。『P.O.N.R』からですよね?あ、私この2週間で色々考えたんですよ。これ見て貰っていいですか。
テーブルの上にA4サイズの紙を置くとメンバーが体を起こして覗き込んだ。
紙の真ん中に、アルバム『P.O.N.R』の曲名を縦に並べて書いた物である。
そこに、◎、〇、△の印をつけた。私なりに考えた、PV向けだと思う楽曲の予想である。


1.『PICTHWAVE』
2.『ULTRA』△
3.『FORROW THE PAIN』〇
4.『COUNTER ATTACK :SPELL』〇
5.『MY ORDER』
6.『BRAIN BUSTER'S』
7.『COUNTER ATTACK :DOWN』
8.『ROTTEN HALL BURRNING』
9.『GORUZORU』◎


最初に池脇が紙きれを手に取り、「おー」と言う。
隣の神波がそれを取り上げ、「へえー」と言う。
伊澄がそれを受け取るが、彼は何も言わない。
繭子がそれを裏から透かして見て、「あ」と言う。
最後に伊藤が手に持って、「わお」と言う。
-- どうですか?当たってます?
M「なんでこの曲だと思ったの?」
-- 考えた末に思い至ったのは、やっぱり作る側としてその才能をぶつけるには「めちゃくちゃ速い高難易度の曲」か「作り込みし易いドラマ性のある曲」を選ぶと思ったんです。ただでさえファーマーズって時には変態的として語られる程ぶっとんだVFXの映像美や特殊メイクなどに特化した技術屋の集団なので、絶対どっちかだろうなーと。なのでキラーチューンの『URTLA』と『GORUZORU』は候補だったんじゃないかなと。逆にドラマ性のある曲っていうとやっぱり『FOLLOW THE PAIN』か『COUNTER ATTACK :SPELL』のどっちかだろうなと。イントロアウトロでURGAさんの参戦もあって映像化するにはもってこいですし。だけども純度100のドーンハンマー製じゃない分権利的な意味で難しいとなると、PAINを外してSPELLの方になるのかな、というのが私の推理です。どうですか?
M「すっご、よくそこまで考えるね」
O「だーれもそんな深い所まで考えてなかったよ(笑)。時枝さんが一番気持ち籠ってるよ。素敵」
-- え、ええ、そうなんですか?ちょっと引いてます?結局どうなんですか。
R「『SPELL』であってる」
-- おわあ!
M「あはは!」
-- いや、自分で推理しといてアレですけど、やっぱそうなんですね、うわー、そうかー、複雑ー。
R「複雑ってなんだよ(笑)。まあ、シングルカット出来るような曲じゃねえのは分かるけど」
-- いえいえ、曲自体はめちゃめちゃ格好いいですよ。リフの多さと複雑さで言えば全曲中トップクラスですし、プログレを究極にデスメタル化したような曲で個人的に大好きですよ。そういう曲の良し悪しではなくて、この曲を選ぶ辺りファーマーズってやっぱりそうだよねって、妙に納得してしまうと言いますか。
S「…それってさ、あいつらが作りたい映像を撮る為に選曲したんだろって事?」
-- あいつら(笑)。そうです。以前から言われている事なんですけどね。どんなアーティスト相手だろうと、彼らの場合自分達の作る映像が優先なので、作品に合わせて曲を寄せて行く事で有名です。
M「へえ、やっぱりそうなんだ」
-- うん。ひょっとしてですけど、『ASTRAL ORGE』の話もされませんでしたか?
R「あんな前のアルバム?…された?俺はされてないぞ」
S「聞いてない」
T「うん」
M「わかんない」
-- あ、そうですか。
とそこへ、繭子の隣で右手を胸の高さにあげている伊藤に気づく。
R「いつだよ!」
O「撮影初日。竜二達がニッキーと打ち合わせしてる後ろでジャックに提案されたよ。一応聞いてみるんだけど、昔の曲で、例えば『ASTRAL ORGE』の曲なんかで撮影してみる気はあるかい?って。ないない、あるわけないって即答したけどね。向こうもある程度承知してたみたいでそれ以降はしつこくされなかったけど、そんなのよく分かったねえ。盗聴器でも仕込んでた?」
-- あははは。私結構ファーマーズ好きなんで、詳しいですよ。さっきも言いましたけど、彼らの作る映像の特徴って、ドーンハンマーのアルバムで言うと『ASTRAL』がドンピシャなんです。まず世界観ありきなので、表現しやすい音像と言いますとか。
S「まあ、確かに今とは出してる音そのものが違うもんな。曲の構成も凝ってるものが多いし、だからってそんなにか?」
-- どちらかと言えばメロデスに近いアルバムだと思うんですよ。獰猛だしブルータルな曲も多いですけど、翔太郎さんのギターソロが曲の顔になっていたりとか、印象的な早弾きで曲全体を引っ張ってく構成が主体で、今とは少し趣が違いますよね。今みたいに全員一丸となって高速リフオンリーで押し切る爆走ナンバーが生まれ始めたのは、あの後からですよね。
S「ほんっと詳しいなこの人!」
(一同、笑)
-- あはは、ありがとうございます。というか、今何気にさらっと怖い話聞きましたけど、向こうの申し出速攻で突っぱねたんですね。織江さんてやはり凄い御人ですよね。
O「普通だよ」
M「そー!」
いきなり繭子が思い出したように叫んだ。
-- びっくりした。
M「織江さんすっごかったの!もうね、なんだろ、すっごかったの!」
R「誰かこいつに言葉を教えてあげて」
M「あはは!あのね、私向こうの提案でちょっと裸にならないかって言われたの」
-- うふふ、言いそう!
M「そこもそんな感じなの!?でね、まあ竜二さんも翔太郎さんも絶対ノーだ!って反対してくれるんだけど、しばらく平行線だったわけ。でさあ、何揉めてんのって織江さんに聞かれて、こうこうこうでって説明したらいきなりプッチーンって織江さんなって」
-- 格好良い(笑)。でもやばい事になりませんでしたか。
M「すっごかったの!おい!そこのじいちゃん、何言ってるか分かってんのか!だって、もちろん英語でね。私びっくりして『うわ!』って小さくなっちゃったもん。そこからもう英語でぐわー!ってマシンガンのような喧嘩、バトル」
-- うっはー!それは凄い(笑)。それで、結局ヌードにはなったの?
M「なってないなってない。結局そこの部分は裸じゃなくて衣装を変えて撮影した」
-- すごい話だなー。うちの庄内興奮するだろうなあ。
O「変な風に伝えないでね(真顔で時枝に顔を寄せる)」
-- 分かってます。ただその後よく揉めませんでしたね。ニッキーはカリスマですけど超ド級の我儘ワンマンキングだというのが定説ですが。
O「うーん(笑)、どうかな。単に合理主義者なんだと思うな。ヌードは駄目、だけど逆にこういうのはどうかって提案してそっちの方が面白ければ、気持ちを切り替えてより良い方を掴めるクレバーな人だと思うよ」
-- なるほど。まあ、ニッキーに面と向かってそれを言える人間がこの世界に何人いるんだって話なんですけどね。
M「ああ、それでいきなり羽根生えたんだ?」
-- 羽根?
O「繭子。シー!まだ駄目」
M「ああ、そうでしたそうでした」
-- 気になるー。この2週間での積る話を全部聞きたいのは山々なんですが、それはまた後日、撮影していただいた映像を見てからと言うことで、今回ちょっと仕事の提案を持ってきました。
O「仕事?どんな?」
-- 対談です。『タイラー』との対談を、うちで掲載したいのですが。
R「へー、なんで今?」
-- 彼女達今年アルバムを出してまして、それが満を持しての2ndアルバムという事で各社こぞってインタビューを取ってるんですね。それで一応うちも何かやろうという事で動いていたんですが、タイミング的にはうちが一番後発なんですよ。
R「俺達に付きっ切りだっかたからじゃないよな?」
-- いえ、彼女達の担当は私ではなくて庄内ですので。ただせっかくなので、今この遅れたタイミングでやるからには話題性をもう一つ乗っけて、2号連続ドーンハンマーを組もうと。まず先にPV特集のインタビュー。翌月でタイニールーラーとの対談方式で行ってみてはどうかと。
O「それってあの子達にとってはどうなの。ドーンハンマー特集第2弾、みたいな扱われ方だと嫌じゃない?出遅れとは言えレコ発インタビューなんでしょ? 話の規模からして全然あちらの扱いが大きい方が売れるよ?きっと」
-- そんな所で気を使わないでください(笑)。確かに初めは逆にするつもりだったんです。対談を掲載してからの、PV特集にしようかと。ですが一応皆さんが戻られる前に向こうとも話をしていて、結果、対談を後にしてもらった方が良いというのが。
O「木山さんが?(TINY RULERs ・プロデューサー)」
-- はい。ただ冠としてはさすがにドーンハンマー特集とは書けないですよ。2号連続であなた方の記事が掲載にはなりますけど、あくまで単独の特集が2ヶ月連続、という建前です。
O「ううーん。向こうがそれでいいなら私達は全然平気だけど。いつ?」
-- 早ければ来週にでも。PV記事の上がりにもよりますけど、私記事書くのだけは速いんです。
R「すまん、何喋るの? 悪いけど俺あの子らのアルバムまだ聞いてないよ」
-- 出来れば当日までに一度くらいは耳に入れておいて欲しいかなとは思いますが、基本的にはレコ発後の心境や今後のビジョンなどを先輩であるドーンハンマーに相談する、といった企画になると思いますので、そこはなんとかなるかと。
S「全員対全員?」
-- いえ、基本的にあちらのドリームバンドは媒体露出しないので3人だけです。こちらは全員の方が良いかと。
S「なんで?」
-- いけませんか。
S「だから、なんで」
-- 彼女達がドーンハンマーのファンを公言してるからです。
S「うわ、怖い。俺余計な事言って5秒で泣かす自信ある」
-- あははは! えーっと、どうしましょうか。体調不良でも、スケジュール合わないでもなんとでもしますよ。もし本当にアレでしたら、はい、仰って下さい。
S「うん、ちょっと俺は保留な。ごめんな」
R「そんなんありかお前(笑)」
T「ちょっと分かるけどね。向こうが熱っぽく語って来ようもんならどこまで本気なのか煽ってみたくもなるもんね」
S「そうなんだよ、そうそう」
-- とりあえず繭子は、確定でお願いします。ボーカルのROAと竜二さんはこちらで色々お話した経験もおありなので、大丈夫ですよね。
R「まあ、なんとかなんじゃねえかな。けどアルバムどうですかっていう質問はNGだっつっといて。そうなったら翔太郎じゃないけどマジて泣かすかもしれない」
-- ええ? 私ももちろん聞いてますけど、全然格好いい仕上がりですよ。
S「俺達がそんな浮ついた事言える連中に見える?」
-- 分かりました、はい。そこは絶対NGですね、もう今のが既に超怖いです。
M「あはは!トッキーも気苦労が絶えないね」
-- ねー。だけど、毎日幸せだから全然頑張れるんだ。
M「そりゃー良かったねー」
-- 繭子は幸せじゃないの?
M「幸せだよ!決まってるじゃない。2、3日前までどこにいたと思ってんの?」
-- だよね。
M「いや…、実を言うとそこはそんなでもないんだ。私向こうではずーっとストレスでムシャクシャしてたし」
-- なんで!?
M「んー、まあビデオ見て。その方が早い。でも結果的には楽しかったんだなって帰ってから思った。皆で合宿したのも初めてだし。竜二さんや織江さんが英語ペラペラじゃない?そういう、どこ行っても物怖じせず対等に渡り合える姿を横で見てるのとか凄い好きだったりするの。あと空気も全然違うし、日本で同じようなの食べてるのに向こうだと違って感じたりとか。なんかね、遠征してライブやってすぐに帰ってくる時と違って生活をしたのが、新鮮で良かった」
R「お前もうちょい仕事の話して? 修学旅行の思い出じゃねえんだからさ」
M「あはは。似たようなもんですよ!」
R「全然違うよお前。とても良い勉強になりました、とかさ」
M「えー、それを言うなら普段のライブ遠征の方が勉強になりますよー。今回は撮影中の事よりもそれ以外のエピソードの方が数倍濃くて面白かったです」
-- 良いなー、行きたかったなあ。もう今日徹夜で見よう、このビデオ。
R「でも織江と後で確認したけど、やっぱり結構データ消されてるよな」
O「中の映像は仕方ないよね。でも意外と、え、これ残して大丈夫なの?っていう部分も残ってたり」
-- 中って撮影所の中ですか? カメラ回したんですか!? 凄い(笑)。
O「雰囲気を感じる程度になら残ってるよ。やり手のニッキーの事だから全部計算ずくだと思うけどね」
-- なるほど。ほとんどがオフショットというか、旅行記みたいないノリなんですね。
M「結構頑張って撮ったんだよ。でね、あー、やっぱりうちのリーダー、カッコイイなーって心底思った」
-- 何それ何それ。
M「なんかね、自分がまだまだ子供なんだなって、精神的にね、思った場面一杯あって。さっきの竜二さんや織江さんの事もそうだけど、大成さんも翔太郎さんも良い意味で、凄い良い意味で、普段と全くブレないの。変わらない強さ。改めてそれを感じて、それがまたちょっと落ちる原因にもなってたくらい。あー、駄目だ私って」
S「何急にしおらしくなってんの? 似合わないぞ」
伊澄の言葉に、繭子は落ち込んだ顔で私を見やる。
M「こうやってね、ちょいちょい優しくされんの」
S「何だお前、面倒くせえな!」
M「あー、気遣われてるー、こんなんじゃ駄目だーって」
-- えー、でもそんなの全然駄目なことないと思うけどな。繭子がそんなだからどうこうとかじゃなくてさ、皆単純に、そういう人達なんだと思うけどな。優しいが基本装備みたいな人達なんだと思う。それに一回りぐらい年の違う女の子囲ってるんだからさ、もっと大切にされて良いと思うけど。
R「囲ってるって言うな(笑)」
M「あはは。ありがとうトッキー。優しいね」
-- いやいや、本当に。ちなみに皆さんそんな感じでタイラーにも優しくお願いしますね、マジ泣きさせると企画ボツりかねないので。
S「そこは割と自信ない」
M「翔太郎さん普通に超優しいですよ!」
S「俺が何も怒ってなくたって、ギャン泣きされたら負け確定なんだろ? 自信ないよそんなの」
そこへ仕事モードの顔で伊藤が割って入る。
O「えっと、ごめんね。続きだけど、対談どこでやるの?あっち?こっち?」
-- 庄内が動いてセッティングしますので、おそらく向こうだと思います。決まり次第連絡しますね。
O「よろしくね。…あのさ、翔太郎はなんであの子達を泣かせるって思ってるの?」
S「2回ほどうち(スタジオ)来た事あるだろ。知らないかもしれないけど、俺一度も絡んでないからね。多分怖がられてるとは思う。あと単純にノリについて行けないよな、もう」
O「えー、それは意外だね。あなたもそこそこ面白い事言うしさ、話せば割と好かれるタイプだと思うけど」
S「お前は親戚のおばちゃんか」
M「(爆笑)」
S「あと作品について語ろうにもさ、俺の中ではあの子らはプレイヤーだけど作ってはいないという認識だから、温度差を感じるな。きっと向こうが熱く語れば語るほど余計に」
T「作ってねーじゃん、て?」
S「うん」
R「わはは!」
T「それはお前きついわ、可哀想だよ」
S「だろ?一応自覚はあるよ、けどそう思ってるもんは仕方ないよ。今回の曲格好良くって超好きなんですーってだけならニコニコしてられるけど、結構攻めたメタルソングに仕上がってると思うんですよね、とか言われてみ。はあ!?ってなるわ」
M「あははは!そんな事言わないですよ」
S「分かんないだろそんなの。それに、きっと大成も怖がられてると思うんだよ」
T「俺とお前は違う。俺ドSじゃないし」
S「えー。やだなー、同じじゃないですかー、やだなー」
T「違う違う違う。お前さっき繭子に聞いたぞ。酔っ払ってるこいつにウーロン茶っつってバーボン、ストレートで飲ませたんだってな」
S「あははは!」
大笑いする伊澄の膝を繭子がわざわざ立ち上がって叩く。
T「見ろよ、これがドSじゃなくてどれがドSなんだよ」
M「やぁばかったんですから!」
S「悪い悪い、そこまで酔ってるの知らなかったから」
R「タイラーって成人してんのか?」
-- 駄目ですよ!未成年ですよ!
突然切り出す池脇の言葉に私の肝が冷えた。
R「何も言ってねえよ。そうか、酒飲んで腹割ってってのは無理か。けど俺木山の方がよっぽどドSだと思うわ」
S「あはは、確かにそれもあるなあ」
-- いやいや、もう何が怖いってお酒無理やり飲まされてるのに、超優しいとか言っちゃう繭子も相当だけどね。
M「別に無理やりじゃないよ(笑)。でも訴えたら勝てるかなあ?」
-- 勝てる勝てる。
M「勝てるって。(訴えたら)どうします?」
S「うるせーなー」
-- 本当に仲良いですよね。上の世代4人と繭子の年齢が離れてるからそこはまあ分かるとしても、男性3人の絆というか、仲の良さはきっと私がこれまで出会ってきたどのバンドより強いと思います。そもそも男バンドのメンバー同士って、どこかでライバル視している節があって、ちょっと小馬鹿にしあうぐらいが普通なんですけどね。喧嘩もしょっちゅうしてて、いずれ年齢を重ねると昔は我慢出来た事が無理になって、ソリが合わずに消滅していくパターンをよく見てきました。皆さんはお互いへのリスペクトを隠しませんし、やはり、幼馴染というのが大きいのでしょうか。
R「…」
S「…」
T「…誰かなんか答えてあげたら」
M「なはは。そりゃあ言いたくなる気持ちも分かるけど、今のはトッキーに無理があるよ。こんな強烈な個性を前にして『仲いいですよね』って言ってさ、そうなんだよなーっていう返事が返ってくると思ったら駄目だよ」
-- ふふ、うん。言いたかっただけっていう気持ちが強いんだけどね。でもテレビとかでアイドルグループが見せる嘘みたいに爽やかな仲良しこよしとは、全然違って見えるのは私だけかな?
M「言いたい事は分かるよ。だけどそれを当人に言ったってさ」
-- そうだね。
S「何この気持ち悪い会話!」
R「マジで勘弁してくれよ」
O「今でこそだよねえ。昔は本当に仲悪かったもんね」
S「拾うなよお前!」
M「私その時代全然知らないからなあ」
O「私は一緒に年食ってるからかねえ(笑)。ちょっと前にさ、時枝さんの取材を受けるにあたって昔の日記読み返したりしてさ、色々思い出してたんだよね。今回も向こうで部屋は違うけど一緒に寝泊りしたでしょ。このスタジオも楽屋があるし似たようなもんだって言われたらそうなんだけど、ちょっと雰囲気違うもんね。繭子はもちろん初めてだけど、昔はそういうの普通だったし、色々甦っちゃって」
M「へー、聞きたいです」
O「竜二の部屋の近くに『合図』ってあるじゃない?今は喫茶店もやってるとこ」
M「カオリさんが切り盛りしてた店でしょ。昔バーだった」
O「そうそう。夜は今でもバーだよ。カオリが自分で仕切るようになる前からあそこが溜まり場でさ、いつも誰かがいたな。けどある時からもう、なんていうの、親の仇なのか?っていうくらい仲悪い時代が始まるの」
-- 何年くらい前の話なんですか?
O「何年…?もう相当前だとしか。アキラもカオリもノイもいた時代だし、竜二と大成がめっちゃくちゃだった頃」
-- あ、もしかして以前荒くれだった時代の話ですか。そこ広げるとまずいって織江さんご自分で仰ってましたよね。
O「うん、あはは、うん、まずいね。でも時効って事もあるかな」
M「こわー。翔太郎さんも荒れてたんですか?」
O「うん。翔太郎はずっと印象変わらないんだけどね。でもそうなると逆に怖いよね。あの頃と何も変わってないとしたら今一番怖いのはこの男かもしれない」
S「好き勝手言ってりゃいいよ、お前はほんとに」
M「単純に計算してノイさんがいた時代ってなると15年くらい前とかですか?」
O「もっと前もっと前。竜二と大成がメジャーデビューしたのが21歳とかでしょう。確か寸前まで極悪だったよ。3人とも高校卒業してないし、毎日毎日他所で喧嘩してた頃」
M「中卒でしたよね。あー、聞いたなあー、そこらへんの伝説」
O「伝説(笑)。険悪になり出した頃がまだ18とかで子供だし、可愛いもんだって思うかもしれないけど、当時はそんな事微塵にも思えないくらい怖かったよ。しかもそれがハタチくらいまで続くわけだから。今思えばよくまた仲直り出来たなーって」
M「それって、翔太郎さんとアキラさんが一緒にデビューしなかった事とも関係あるんですか? 仲悪かったから俺はお前とはやんねーよ、みたいな」
O「いや、違ったと思う。だって最高に仲悪かったのが竜二と大成だし。当時竜二の相棒だったのが翔太郎で、大成の相棒だったのがアキラなの。だから翔太郎とアキラにしてみたら、え、お前らが一緒にデビューすんのって驚いただろうなって思ってた。私もそこは突っ込んで聞けないまま今日まで来たんだよ、実を言うと。当時はまだ聞けなかったし、後になって蒸し返すのも、それはそれで怖いし」
池脇と神波が顔を見合わせ、苦笑いで首を捻る。
-- という事は、 織江さんは当時からもう皆さんとはお知り合いだったんですね?
O「うん。当時っていうか、知り合ったのは中学の時だからね。それがさあ、もうドラマみたいな出会いだったの。昭和の学園ドラマみたいな」
-- え、中学生からのお付き合いだったんですか!でもそれって、どういう…?
O「言っても平気?」
T「今止めたってどうせ後で言うんだろ?」
O「うん。今懐かし過ぎてちょっとブレーキ壊れてる」
R「ちょっと俺便所行って来るわ」
S「お前逃げんなよ」
T「あはは、何これ、なんかの罰ゲームなの、今」
M「これはもの凄い貴重かもよー、今日ー」
-- ワクワクしてきた。ここまで昔の話は庄内でも知らないんじゃないですか。
O「だと思うよ、私は言ってないし。何が凄いってね、私はこっちが地元なんだけど、アキラも含めたこの4人は中学の頃に一緒にこっちへ引っ越してきたの。こっちへ来る前から地元が同じ4人が一緒に転校して来たの、凄くない?」
-- え、なんですかそれ。集団疎開みたいになってますけど。
S「あははは!」
T「久しぶりに聞いたわそのフレーズ」
S「当時からそれ俺ら言ってたもんな、懐かしい」
-- でもちょっと、ありそうでなかなか無い話ですよね。
T「俺らの親世代がそれこそもう、ずーっと仲が良くて。こっちへ仕事に出たうちの親父が今でいう起業みたいな事をするってんで、他の3人の親を呼び寄せたんだよ。手伝えって事だったのかな、今思えば」
S「俺らの元いた田舎ってのがとにかく治安悪くて、地元じゃまともな仕事にありつけないような家ゴロゴロあったからな。渡りに船だったんじゃないの、俺らの親達にしてみれば。全く知らない土地に出て一から仕事探すよりは、知ってる野郎が居るトコで頑張った方が気も楽だろうし、4世帯一緒ってのはどうしたって心強いって言うのがあっただろうしな」
O「あー、その気持ちは分かるなあ。大成んとこのお家って造船会社に勤めてなかった?」
T「そうだよ。今は知らないけど昔は結構劣悪な環境だったのもあって、自分で下請け会社作ったんだよ。昔気質の男だし、もといた親会社とも別に悪い関係じゃなかったけど、将来を色々考えての事みたい。こいつらの親呼んで、あと何人か雇って株式にして、とか。当時は全然分からなかったけど」
O「そうだったんだ、それってでも」
T「うん、うちの親父結局仕事中の事故で死んでるから、会社作って皆を呼んだまではいいけど、すぐ解散になったね」
S「うちの(父親)なんかは大成の親父が好きだから来るのは来るけど、そもそも船作る技術なんてないもんだから速攻で一抜けしたもんな。薄情な奴だなーって思ったもん当時」
T「あー、あはは。それはそれで仕方ないけどな。危うく4世帯路頭に迷う寸前だったし」
-- それは皆さんがこちらへ越してきたという中学生の頃の話ですか?
T「そう」
-- ドラマみたいな出会いと言うのは、4人が一斉に引っ越して来た事ですか?
O「うん。同じ日に転入して来たんだけどさ、もちろん4人ともクラスはバラバラなのよ。だけど休み時間になるといっつも4人固まってるの。え、なんで転校生同士仲良く固まってんのってなるでしょ」
-- 言われてみれば、確かに(笑)。
M「目に浮かぶなぁ。可愛くてヤンチャな4人だったんだろうなあ」
O「いや、だから、怖かったんだって。どこでどんな人生送ったらあんな目つきになるんだよって皆噂してたもん。私とノイがこの4人と知り合って、そんなこんなで高校に上がって、しばらくすると荒くれ期が始まるのね。不思議なんだけどさ、よくこの人達から離れなかったなって今でも思う時あるもん。思い返せば離れた方が良い理由は一杯あったんだけどね、でもなんでだかずっと一緒にいたね。その当時はまだ大成と付き合ってないし、ノイ(と池脇)だってもっと後だし」
M「カオリさんは?」
O「カオリはだって、年が少し上だしね。3つかな。でも、そう。カオリが一人でこの荒くれ達を押さえつけてくれてたんだよ、今思うと」
M「すごい」
-- すごい(笑)。
S「いやー、覚えてないな」
O「全然ウソくさい。っていうかウソだね」
T「懐かしいなぁ。あの頃の話だけで面白い映画が三部作で撮れるんじゃないかな。その頃だね、マー(真壁)とかナベ(渡辺)とか、後輩だけどテツ達と知り合うのは」
O「皆、ここいるこのえげつないぐらいの狂犬達に感化されて集まった人達だよね。人生変えられたって言ってたよ、皆。でもそう言って笑ってる皆と今でも一緒にいることがさ、きっと辛い出来事を乗り越えて来られた力になってると思うんだよね」
-- 良い話だー。
M「ねー。いいな、こういう話。でもテツさんはなんか分かるけどマーさんとナベさんが悪かったのはちょっと想像つかないなあ」
-- 確かに。
O「んー、悪かったかどうかは…」
S「マーはずっと大成とバイク弄ってたよな。喧嘩もそらするけど、昔から機械いじりが好きで。大人になっても足がダメになるまでずっと走り回ってたよな」
T「そうそう。走るのと弄るのどっち好きって聞いたら当時から弄る方って言ってたもんね。弄りたいから走ってんのって」
S「あはは、そーだそーだ」
O「でも本当、今こうやって穏やかに笑って、並んで座ってる事がある種奇跡なんだよ繭子。竜二と大成なんて、今だから言えるけど殺し合うんじゃないかって思ったんだもん」
M「…」
伊藤の言葉に何も言えず神波を見つめた繭子は、自分の膝の上で頬杖をついて支えていた体を、すっと起こした。
T「大袈裟だよ、引いてんじゃん」
M「今はもう、なんのわだかまりもないんですか?」
T「ないよ。あったら一緒にバンドなんて組まないよ」
M「なんで仲悪かったんですか?」
T「それは、言えないかな」
M「ええ。じゃあ、2人みたいに、翔太郎さんとアキラさんも仲悪かったんですか?」
S「んー、悪くはないかな。けどお互いの事情を知ってるから、顔会わせばとりあえず喧嘩はしてたよ。別に嫌いとかではないんだけど。だからお互いそんな感じだったし、こいつと竜二が雪解けした後は俺もアキラも、別に何も。あん時はしんどかったねえどーも、ほんとだねえ、みたいな」
O「嘘!? 何それ!?」
S「だからたまたまなんだよ。俺と竜二が一緒にいて、大成とアキラが一緒にいたのも。住んでた場所が近いもん同士別れたんじゃないかな。どっかでどちらかを孤立させちゃいけないみたいなのが無意識にあって。お前がそっちならじゃあ俺こっちな、みたいな。ほんとそれだけだし」
T「…」
O「どっちが正しいとか間違ってるっていう、翔太郎なりの意見はなかったの?」
S「そりゃあ少しはあったよ。けどだからってアキラを嫌いになる理由にはなんないだろう。俺としては、どっちが正しいとか間違ってるとは思ってなかった。とことん貫いた奴が勝てばいいかなって」
T「…なるほど。翔太郎らしいな」
O「うーん。そういう物なのかなあ」
T「だからあの頃って、ちょっとお前皆と距離あったのか」
S「うん…まあ、…よく覚えてないけど」
T「あはは」
M「なんの話か全然分からない!結局18歳くらいから喧嘩してて、その後21歳くらいで竜二さんと大成さん達がクロウバーを組むでしょ。それも2、3年で辞めちゃってますよね」
T「ややこしい話するけど、クロウバーはもともと竜二と翔太郎のバンドな」
M「えええ!?」
-- ええええ!それは知りませんよ、そうなんですか?
S「デビューしたのはあの4人だけど、もともと遊んで始めたのは俺と竜二のコピーバンドだよ。パンクバンドから始めて、嫌になってメタルのコピーバンド始めたけど、それも嫌になって俺が抜けたの。まあ、バンドって呼べるような事は何一つしてないけどな。でもそういう意味じゃあ、いきなり竜二と大成が組んだわけじゃないってのはそうかもな」
M「へええー、すっごいビックリです、今」
S[メンバー2人しかいないけどな(笑)」
そこへ池脇が戻ってくる。
R「痛ってー、めっちゃケツがヒリヒリすんだけど」
O「もう、オジサン!」
R「話終わった?」
-- クロウバーが実は竜二さんと翔太郎さんで始めたバンドだっていう所まで来ました。
R「お、もうこないだの話じゃねえか」
S「20年以上前だけどな?」
R「うははは!」
-- クロウバーをお辞めめになった経緯は以前お聞きしましたね。方向転換して所属事務所を退社し、あえなく解散となったわけですが、そのまますぐにドーンハンマーを結成されたわけですか?
R「順番としてはそうだけどよ。そっからが一番苦労したんじゃねえかな。取り敢えず翔太郎が全然『うん』って言わねえんだよ。アキラもずっと煮え切らない感じだったし」
-- それはいつ頃の話ですか? 
R「えー。クロウバー辞めたのが23、4だよ確か。4かな?んでもっかい4人でって、ようやく形を作れたのが…」
T「にじゅー…5とか6とか」
S「7じゃないかな」
R「そんな掛かったかな」
-- 少なくとも3年近くかかったんですね。『FIRST』がリリースされたのが2002年なので今から14年前です。そう、ですね、27歳ですよね。クロウバーが解散したのが99年ですから、それまでの期間は皆さん何をされてなんですか。
R「何。…何してた?」
S「んー」
T「…あはは」
-- え、覚えていらっしゃらないという事はないですよね? 年齢的な事も改めてお伺いしなければと思ってはいたんですがずっと機会を逃していました。皆さんがドーンハンマーとして再始動するまでに、空白の3年があるんですよね。
R「どっかで聞いた事あるようなフレーズ(笑)」
一同、笑。
-- 音楽的な方向転換を求めて、翔太郎さんとアキラさんの力をバンドが必要としていたのであれば、この3年間はあまりにも長い空白ですよね。
R「形として、練習とか曲制作に専念出来る態勢が整うまでに3年掛かっただけで、気持ちとしてはいつでも4人で動きたい思いはずっとあったよ、俺はな」
O「言い出しっぺだもんね(笑)」
R「まあな」
-- 何かバンドに専念出来ないようなご事情があったわけなんですね。
O「荒くれてた」
-- またですか!?
O「いや、私はまだその頃別の仕事してたし詳しくは知らない、というか後で全部聞いてるパターンなんだけど、当時は今度こそ翔太郎が荒ぶってたんだよ確か」
S「今度こそ(笑)」
O「バンドやる直前の話でしょ? 確かそうだよねえ」
R「いや、まあ。こいつがって言うか、当時の俺達の周りが大分キナ臭い連中が多かったというか。巻き込まれてたに近いというかな。それまでにさんざん暴れまくったツケが後の世代から返ってきたんだよ」
S「うん、まあまあ、言い方は難しいけど、巻き込まれた感は大いにあるな(笑)。ただじゃあ、お前大人しくしてたんか?って聞かれると」
R「してないけどな!」
S「(爆笑)」
-- え、一応お伺いしますけど、皆さん逮捕歴とかないですよね?
R「奇跡的にないよ」
S「お前そういう言い方するとやる事やってるみたいになるから」
T「本来は全員アウトだよね」
O「時効だって信じよう。私調べたもんこの会社始める時。確か傷害罪は10年起訴されないと時効だよね」
M「あははは! こんな話してて大丈夫なの!? ねえ、大丈夫なの!?」
-- わかんない。どうしよう、怖くなってきた。
O「でも喧嘩はするけど自ら犯罪に手を染めるような人達じゃないよ。それはいつの時代であろうとも違うって断言できる。側でずっと見て来た私が保証します」
-- 良かった!はい、ありがとうございます。
O「感謝された(笑)」
M「話題変えようっ。結局何を理由に、4人で始める事になったんですか?」
T「なんだろ、4人とも違う理由なんじゃない?」
M「へー。あ、でもその頃だともう出会ってるんじゃないですか?誠さんに」
言った瞬間繭子は片手で頬っぺたを叩いた。
あー、しまった、やってしまったー。
という嘆息と表情でゆっくりと体を前に倒す。
伊澄はなんとも言えない顔で、真上に向かって煙草の煙を吐き出す。そしてフフッと笑って、「まあ、あいつとあの時会ってなかったら、確かにバンド組むのはもっと早かったかもしれねえな」と言った。許されたような空気が生まれ、池脇が彼の後を引き継いだ。
R「そう考えると、むっちゃくちゃ前の事な気もするし、でも昨日の事のような気もするし。織江もそうだけど、そんな前からもう誠がいるって変な感じだよな。このバンドより長えってウソみたいだよな。何より全然年取らないからあいつだけ時間止まってんじゃねえかって思うよ」
T「何気にあいつも俺らが荒くれてた時期を知ってる一人なんだよな」
S「知ってるっていうか、そもそもあいつも原因の一つだし」
R「あー!そうだよ、ここ2人酷い目にあったもんな俺ら」
S「あははは」
R「でも言ってそのすぐ2年後ぐらいにはもう、繭子も来るからな」
O「あー、そうだねえ」
M「ふわー、そうだー」
S「早いな、時間ってのは」
T「そら年食うわけだよ」



不思議な光景だった。
こうして3人が並んで笑っている事の意味を考えると、儘ならない人生の困難や出会いがもたらす幸運などにも自然と思いが巡り、とても不思議な気分にさせられる。
彼らの親世代の出会いがまず最初にあり、そこから受け継がれた絆が、男達をデスラッシュメタルの雄となる運命へと導いたのだ。
彼ら4人が放つ光に吸い寄せられるように友や恋人達が集まり、ある者は志半ばで世を去り、またある者は新たにその輪へ加わる。
そこには人としての営みが悲しいまでに深く刻まれ、消え行き、また生まれた。
悲しみと喜びが永遠に回転する時間の川を泳いで、彼らは今目の前に座っているのだ。
「ごめんなさい」
と小さな声で、繭子が伊澄に向かってそう言った。
伊澄はそれに気づいて繭子を見やり、何も言わずに小さく首を横に振った。
この日の事だった。このまま関誠の存在がなんとなく彼らの中でタブー視されて行くのだろうかと、一抹の寂しさを覚えていた私の気持ちを察してか、周囲に人のいないタイミングを見計らって、池脇が私に声を掛けてくれた。

「あんまし気を使わなくていいぞ、繭子もそうだけどな」
-- ただ、やはり多くを語れないというか、続かない話題を発してしまう怖さはあると言いますか。翔太郎さんも、嫌がる気配を見せない代わりに、普段より口数が減るようですし。
「まあ、そりゃあね。ただ、誠が俺達にとってどうこうっていう気持ちよりも前に、単純に今は弱気になりたくねえっていうのがあるかな」
-- 弱気、ですか。
「考えても分からない事を口にして、不安になるのは御免だって事」
-- なるほど、よく分かりました。

この日以来、私は彼らの前で関誠の事を思い出す事はあっても、彼女の名前を口にする事はなくなった。いくら彼らの中でNGでないとは言え、新しい情報が何もない状態で話題に挙げても寂しさしか残らない事は、もはや明確だったからだ。

連載 『芥川繭子という理由』16~20

連載21回~へ https://slib.net/85167

連載 『芥川繭子という理由』16~20

日本が世界に誇るデスラッシュメタルバンド「DAWNHAMMER」。これは彼らに一年間の密着取材を行う日々の中で見た、人間の本気とは何かという問いかけに対する答えである。例え音楽に興味がなく、ヘヴィメタルに興味がなかったとしても、今を「本気」で生きるすべての人に読んで欲しい。彼らのすべてが、ここにあります。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-07-13

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