当たり前

当たり前

一度、たった一度の親切がこんなことになるなんて・・・。

当たり前

 その日は仕事がいつもより多く、金曜日ということもあって少し遅くまで会社に残って仕事をしていた。ふと、5階のオフィスの窓から外を眺めると、初雪が降っていた。クリスマスのイルミネーションと合わさって、とても幻想的な景色が広がっていた。
「綺麗ですね・・・。」声に反応して、左側を見ると同じ部署の女性社員が窓の景色を眺めながら私に話しかけてきた。
「残業ですか?」と続けて彼女が話しかけてきたので、「うん、まぁね、でもすぐ終わるよ」とそれに答えた。「いいな~、私はまだ結構かかりそうです」黒い長髪を耳に掛けるしぐさをして、少し困った顔で彼女は言った。
その日は金曜日だったこともあり、もう仕事も終わっていたので、私はあまり深く考えずに「良ければ、手伝おうか?」と答えた。
 「いいんですか?」彼女は嬉しそうに笑い、小走りで自分のディスクに腰掛けると、近づく私に「じゃあ、すみませんがこれとこれをお願い出来ますか?」と資料を渡した。私はそれを受け取りながら「ああ、早く済ませて帰ろう。明日からは休みなんだから」と彼女に言い、自分のディスクに戻って仕事を手伝い始めた。
2時間くらいで仕事は終わり、夜の9時くらいにはオフィスの施錠をして、彼女と私は会社を後にした。「今日は本当にありがとうございました!」帰り道の別れ際に彼女は笑顔で、頭を下げて私に言った。私は左手を顔の位置まで挙げて「大したことじゃないから、気にしないで、お疲れ様」と彼女に言って自宅へと帰った。
 それから何度か同じような状況になるようなことがあって私はその度に彼女の仕事を手伝ったりしていた。最初はありがたがっていた彼女だったが、次第に彼女から「今日も手伝ってください~!」とか言うようになってきて、いつの間にか手伝ってもらえるのが当たり前な状況になっていった。
 時々なら私にも大して負担にならず、大丈夫だったのだが、流石に毎回となると私にも次第にその手伝いが負担になっていくようになった。
ある日、いつものように「今日も手伝ってください~!」と彼女が言ってきたとき、その日は体力的にきつかった私は「今日はちょっと、ごめんね」と断ると、彼女は不服そうな顔で「チッ」と舌打ちをすると「そうですか、お疲れ様です。」と今までの猫なで声とは違い、まるで、ゴミに話しかけるような口調で私に言葉を吐き捨てるように言った。
それからは、オフィスで会うたびにあいさつをしてもどこか冷たいような態度で接してくるようになった。良かれと思ってした些細な親切が、継続ができなければ、人との関係に亀裂を生む、続けられることが出来ない親切などするものではない、親切も頻繁にしてしまえば、それは当たり前になる。
当たり前のことをしなくなったとき、他人から向けられる感情はどんなものよりも冷たく、冷酷である。
 帰り道に寄った居酒屋さんの片隅で、日本酒の熱燗と魚のお刺身を肴に、自分の甘さと世間の生きづらさを感じながら私は瞳に溜まった涙をスーツの袖で拭っていた。

当たり前

当たり前

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-09

Public Domain
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