*星空文庫

ひとりぼっちの炭酸抜けた

森 悠希 作

心の炭酸は何味ですか?

ひとりぼっちの炭酸抜けた

 日差しは良好、雲はふわふわ、空は青く澄み渡っている。
 海はさざめき、光を受けてキラキラと輝き、おいでおいでと手招きをする。
 絶好の海水浴日和ってわけだ。

 僕という人間は今、夏の海を訪れている。サークル仲間はみな、すっかり上機嫌でバシャバシャと遊んでいる。いかにも眩しくて青い景色だこと。
 ちなみに僕は、水着に着替えずに海の家でのんびりしている。日陰の中で無表情を貫いている様は、砂浜ではしゃぐ人たちとえらい対照的だろうなあ。

 そんな僕のお供をしてくれるのが、炭酸水。海の家といえば、かき氷や焼きそばに、コーラとラムネがよく連想されるかもしれない。けど、僕は炭酸水の方を選んだ。今、活気に溢れた場所にいる僕にとって、必要不可欠な存在なんだ。テーブルに置いた透明ラベルの炭酸水をごくごくり。シュワシュワと口内で弾け飛ぶ泡に、舌と喉を豪快に走る爽快な苦味が、最高に美味しい。

 炭酸といえば、大半の人たちはビールかコーラ、またはラムネがいいと言い張る。ビール派の先輩によると、キレがいいものが好ましいらしい。酸味と苦味が夏の暑さと共にスッ、と走り去るような清涼感を覚えられるからとのこと。一方、コーラ派の同級生は、甘さに爽やかさが付加された、奇跡の青春飲料だと言い張っている。ちなみに、ラムネ派は実にわかりやすい理由を述べていた。夏の代名詞、夏の風物詩のひとつであるから、と。
 ビールも、コーラも、ラムネも。僕からすれば、アルコールとイメージだけで言っているようにしか感じられない。理解はできるけども。僕ら人間は、化学物質や価値観には弱いからね。でも、僕がそれらには甘えられない人種なだけなのかもしれない。

 大好きな炭酸水をもう一口、と思ったけど、ボトルの中身はすでにからっぽ。腕時計のデジタル版を覗き込むと、もう昼飯を食べる時間に迫っていた。海の方を見ると、サークル仲間が波から顔を出したところが見える。一人が海の家、一応僕がいる方向を指差すと、みんなで砂浜に上がり、こっちに向かって歩き始めた。
 距離が縮まると、僕はみんなを呼んだ。空いていたテーブルを確保できた。肩に色鮮やかなタオルをかけながら、意気揚々と笑うみんなの様子は眩しい。海の雫をまとっているからだと、僕は思うことにしている。

「よし! みんな、注文するものは決まったか? 突然だが、じゃんけんをするぞ! 負けた二人が、全員分を注文して持ってきてくれ!」
 
 一斉に不満の声が発された。それでも、うちの代表が言い出したことならと、結局メンバーはどこかウキウキしながら参加しだす。

「恨みっこなしだ、いくぞ! 最初はグー、ジャンケンポン!」

ーああ、やっぱり海は青いな。



 僕は今、列に並んでいる。他にもお腹をすかせた人々が並んでおり、文字通りに首を長くしながら、注文口の上にかかっているメニューを見ていた。その中に、僕はぼんやりと立っている。
 そんな僕のお供をしてくれているのが、サークル仲間であり、唯一僕と同級生の藤沢さん。と言っても、和気藹々とおしゃべりをしているわけじゃない。隣に立って一緒に並んで、だいたい似た感じでぼんやりしている。側から見ても、格段仲がいいわけではないということがわかるはずだ。
 話題に乏しい僕は、気を遣うことを放棄することにした。慣れないことはするものじゃない。そう思っていると、しどろもどろになりながらも、藤沢さんは体たらくな僕に話しかけてくれた。

「た、竹下くんって、休みの日とかは何してるの?」
「休み? んん……復習とバイトだね」
「そう、なんだ。趣味とかは?」
「特にはない、かな」
「あ、あらら……」

 藤沢さんの声じゃなく、周りの声が聞こえてきた。

「……藤沢さんは?」
「え?」
「休日とか、どうしてる?」
「あ、えっと。私もバイトしてて、家にいる時はスイーツとか、作ってる」
「へえ、すごいじゃん」
「い、いやあ、それほどでも……」

 肩にかけたタオルで、藤沢さんは自分の口元を隠した。隠れてない頬が少し膨らみ、目は細くなっている。なんか、結構素直な人なんだな。

「普通にすごいよ。どんなの作ってるの?」
「えっと、パンケーキとか、クッキーとか。焼き物系が多いかも」
「え、すご。手間がかかりそうなのに」
「最近は、簡単に作れるミックスとか売ってるし、そんなに難しい作業は無いの」
「へえ、便利だね。それでも僕は失敗しそうな気がする」
「ほ、本当に簡単だよ! 牛乳か水、あと卵とか混ぜるだけのことが多いから」
「でも、うーん、料理に関してはあまりセンスがないみたいだからなあ、僕」

 そう告げると、藤沢さんは丸い目を、さらに丸くさせた。僕は自分の頬を指で軽くなぞった。何度振り返っても、綺麗な目玉焼きを自分の皿の上に乗せた記憶がない。

「じ、じゃあさ、今度のサークル内イベント、菓子作りにできないか代表に聞いてみようよ! みんなでお菓子の作り方を覚えて、一緒に食べるの! 前から提案してみたくって」
「お、ちょっと楽しそう。確か、代表と他の先輩たちは寮暮らしだったよね。部屋、貸してくれないかな」
「それも聞いてみないとだね! 食べてる時にでも!」

 タオルの端を両手で握り込みながら、藤沢さんはさっきと打って変わって、堂々と笑みを浮かべていた。僕もつられて、ふと笑いかえす。



 注文を終え、二人で六人分の食べ物を運んだ。ちなみに僕はラーメンを選び、藤沢さんはタコライスを選んだ。他の先輩たちは、焼きそば、カレー、フランクフルトにイカ焼きと、見事なまでにバラバラ。食卓の彩りが鮮やかだと言えば、聞こえはいいかもしれない。
 パクパクと食べている途中で、藤沢さんと僕はスイーツ作りを提案してみた。もともと人を集めることが好きな代表と、祭り事には目がない先輩たちはあっさりと賛同してくれた。藤沢さんは、それを聞いて随分と嬉しそう。
 全員食べ終えると、遊び足りないという先輩たちはまた海へと走り出した。僕は変わらずに、海の家でのんびりすることにしよう。話すのとはしゃぐのとじゃ、だいぶ差がある。

「あ、あの! 私もここでちょっと休もうと思います」

 予想外なことに、藤沢さんも日陰に残ることにした。お腹がいっぱいになって少し眠気が生じたとのこと。代表と先輩たちは不便な体質だと彼女を哀れんだ。いやいや、むしろこっちの方が普通のはずなんです。あなた方が特例なのです。というツッコミを心のうちに留める。

「じゃあ、竹下! 藤沢のこと、よろしく頼む!」
「あ、はい。先輩たちは楽しんできてくださいね」
「おう! 二人の分も遊ぶからな!」

 そう言い残し、先輩がた四名はまた青い海にむかって走りだした。いやはや、太陽がまた一層眩しく照ってるな。
 さてと。

「あのさ、テーブルを独占しちゃまずいから、ちょっとベンチの方に移動しない?」
「ああ、うん! わかった」
「ありがとう。あの、みんなの荷物は僕が運ぶから、先に場所を選んでくれるかな?」
「え、いいの? 私も普通に運べるよ?」
「いいのいいの、二人で持ちながらブラブラと探すより効率もいいし、ね?」
「なるほど! じゃあ、探してくるよ!」

 食事の途中でパーカーを羽織った藤沢さんは、その裾をひらひらさせながらベンチを探しに行った。その間、彼女が視界に入るよう、荷物を足元に置きながら僕は立っている。いつでも合図に気づけるようにするためさ。おっと、さっそく見つかったようだ。僕らの荷物を全部持って、藤沢さんが手を振っている場所までむかった。

「ありがとう竹下くん! 重かったでしょ……」
「ううん、かさばってるだけだからさ。藤沢さんも、場所見つけてくれてありがとう」
「いやあ、全然だよ! じゃあ、座ろっか」

 こうしてやっと落ち着いた。不思議と、自分から話そうという気力が生まれた僕は、らしくもなく話題を振ることにした。



「そういえば、やったね、スイーツ作りの案が通って」
「ね! 私、本当にお菓子が好きだからわくわくしちゃうよ!」
「ハハッ、その様子を見てるとなんとなく伝わってくるよ。あ、お菓子といえば、なんかおやつ買って食べる?」
「おお、食後のデザートだね! ここからメニュー見えるかな?」
「見えるんじゃないかな?」

 藤沢さんはバッと振り返る。僕も彼女に倣って、メニューが書かれた黒板を見やった。少しだけ目が悪い僕は、目を細めている。ぼやけた白線が文字となり、魅力的なおやつの名前がずらりと並んでいるのが見えた。

「……僕は決まったかな。藤沢さんは?」
「ああ、まだ! あの、先に買って! 私、結構悩んでるから時間がかかっちゃいそうだし、荷物も誰か見ておかないと」
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えて、お先に」
「うん! いってらっしゃい」

 小さく手を振る彼女に一振り返して、僕はまた列に並んだ。昼のピークは超えたようで、さっきより人数が随分と減っている。おかげで、すぐに注文を入れることができた。

「フライドポテトのエムサイズ一つと、炭酸水を一本ください」
「はいよ、少々お待ちを」

 横にそれて待っていると、すぐに注文の品が出てきた。
 並みのものより三倍くらいに太いフライドポテトが湯気をまとっている。揚げた香りをもっとよく嗅ごうと顔に近づけると、まだ衣がわずかにふつふつとしているのがわかる。対照的に冷え切った透明ラベルの炭酸水は、本日二本目。口の中で蓄積したポテトの塩気と油気をスッキリと流してくれるだろう。考えてるだけでよだれが出てきた。
 ベンチに戻ると、藤沢さんがこっちに気づいて手を振ってくれた。彼女は立ち上がり、律儀にもおかえりと言ってから、僕の手元を見る。

「ポテトと、炭酸水! え、炭酸水、好き?」
「え? う、うん、まあ」
「へえ……!」

 なんだろう、とても視線が太いというか、なんというか。

「と、とりあえず、藤沢さんも買ってきなよ。あ、それとも、まだ決まってない?」
「ああ! ううん、決まった決まった。じゃあ、いってくる!」
「いってらっしゃい」

 藤沢さんを見送ってから、僕はふっと息を吐きながら座り込んだ。彼女の視線はなんだったのだろう。考えてもわからないけど。
 ボトルを置いて、ポテトをひとつ、口に放り込んだ。程よい厚さの衣がさくっと鳴り、中のほくほくとした柔らかい芋が溢れだす。続けて何本か食べた。鼻を優しく通る甘さと香ばしさ、舌の上で踊る塩気。途中で、ぷしゅりと新しく開けた炭酸水をごくごくり。うん、いい苦味だ。
 藤沢さんを待っている間に、手元にあるフライドポテトはあっという間になくなった。入れ物を近くのゴミ箱に捨ててから、また炭酸水を口にする。すると、戻ってくる藤沢さんが見えた。

「ただいま!」
「おかえりなさい、って……」

 いやはや、これはこれは。
 帰ってきた藤沢さんは、かき氷にソフトクリーム、そしてスムージーを両手で器用に持っていた。



「たくさん、買ってきたんだね」
「うん! この三つで迷ったんだけど、迷うくらいなら全部食べちゃおうと思って」
「それは全然いいと思うけど、お、お腹冷えない?」
「大丈夫、大丈夫! 私の胃、丈夫だからさ」

 満面の笑みを浮かべながら、彼女はポスンと隣に座る。
 スムージを一度持ってくれと渡された。半透明な蓋から見えるのは、ほんのりとしたクリーム色。バニラかな、一番上に書いてあったし。
 かき氷をベンチに置き、ソフトクリームを右手に持ち直すと、藤沢さんはお礼を言いながらスムージーを引き取った。そしてそのまま、蓋から突き出たカラフルなストローを口にする。ストローの色が少し白くなった。

「んん!」

 ストローを口から離すと、藤沢さんは瞳をキラキラと輝かせた。そして、ソフトクリームのてっぺんをぱくり。白と紫の線が入った渦状のクリームからは、甘くフルーティーで芳醇
な香りが漂ってくる。唇を一度ぺろりと舐めると、今度は膝上に乗せた緑色のかき氷をスプーンで採掘し始めた。また一口、ぱくり。
 それからは、三つの甘味をローテーションでありつく様が展開された。藤沢さんの頬はウキウキと膨れ上がっている。その様子はどこかせわしない。見ているとなんがかくすぐったくなってくる。

 すると突然、ハッとして僕の方を向き直した。

「そうだ、竹下くんって、炭酸水好きなの?」
「え? そう、だね、好きだね」
「おお、やっぱり! 海の家に来たら、大抵の人はコーラかラムネを買うことが多いからさ」
「ハハ、確かにね」
「でも、どうして好きなの?」
「んー、そうだね……炭酸とその苦味が刺激的で、目がさめる感じが好きなんだと思う。口の中もスッキリするし、虫歯とかの心配があまりない」
「へえ〜、なんか大人……」
「そんな、大袈裟だよ」

 いつの間にか、藤沢さんの右手からはソフトクリームが消えていた。かき氷が入ったボウルをしっかりと手に持ち、溶けかけの部分をさっさとすくう。けど、さっきより表情がすこしばかり曇ったように見えた。

「実は私、苦い味のものが苦手でさ」
「うん」
「いわゆる甘党なんだ。だから、ビールもコーヒーも飲めなくて、よく周りにからかわれるの」
「ああ、そういう人いるよね。なんか苦いものは正義みたいな大人もどき」
「た、竹下くん、思ったよりは毒舌なんだね」
「ああ、ごめん。でも、実際そうでしょ」
「アハハ、うん、そう思う。……別に苦いのは悪って言ってるわけじゃないのに、なんか過剰に反応されるのが嫌でさ」

 食べるペースが落ち、藤沢さんはかき氷をザクザクと崩し始めた。
 大学生くらいになると、コーヒーとビールにとてもお世話になる人が増える。そして、そのままどっぷりとハマるんだ。飲めるものが増えただけのことなのに。
 励ましになるかどうかなんてわからないけど、似たような経験をしたと、共有してみることにした。



「僕は、逆に甘いのが苦手でさ。それで僕も、人生を損してるってよく言われるよ。別に損なんて、してるつもりはないのにね」
「そう! むしろ得してばっかりいるよ!」
「ね。まあ、いいものを知ってほしいって気持ちもあるんだろうけど、言い方ってものがあるし、どうしても苦手なものは苦手だからね。まずはへえ、そうなんだ程度に思って欲しいよね」
「その通り! 竹下くん、わかってる!」

 思ったよりも肯定的な反応がもらえて、一安心。

「ハハッ、でしょ? ああ、でも、ちょっと残念なこともあるね」
「え、どういうこと?」
「例えば、僕は藤沢さんが好きだという甘味を、一緒に楽しめない。共感ができないから、少し寂しいというか、一緒の話題で盛り上がれないというか。知りたいんだけど、知れないみたいな」

 せっかくこうして、友達みたいにお喋りができるようになったのに。
 って、一瞬思った自分を戒めた。苦くて痛いくらい強い炭酸水を一口。

「確かに、私は竹下くんが美味しいと感じる苦さがわからないから、嬉しい気持ちもわからない……なんか、もったいないね!」

 藤沢さんは特にひっかかった様子もなく、陽気に応えてくれた。

「あっ! じゃあさ、食べてみる?」
「え?」

 藤沢さんは、手元にあるかき氷を僕の前に差しだした。僕を向いた側のかき氷は、少し溶けていたけど、まだもっこりと山のように丸い。緑色のシロップがかかってるから、余計にそんな感じがする。藤沢さん側のかき氷は急激な斜面を描いていて、彼女の少し変わった食べ方を顕著に表していた。
 ホッと一息ついたあと、僕は藤沢さんに賛同の意を持って頷いた。

「それじゃあ、お言葉に甘えて。新しいスプーンを取ってくるよ」
「うん!」

 ここではありがたいことに、プラスティックのスプーンがそのままで置かれていることを、食事の時に知った。案外丈夫だから、そのまま何度か使い回しできそうだ。実家から離れた学生の身としては何気にありがたい。

「じゃあ、いただきます」
「はい、召し上がれ」

 もう一度差しだされたかき氷を手に取り、未開拓部分を少しだけ削り取る。口に入れてみると、ほどよく気持ちいい冷たさが、人工的な優しい甘みと共に広がった。飲み込んだ後も口に残る感じはまだ苦手だ。けど。

「思ったよりイケる」
「本当? やった! どこがよかった?」
「ん、そうだね……口も頭も痛くないくらいの冷たさで、溶けてるからか、シロップの甘さが柔らかくなってたところかな。甘いものが苦手な僕でも十分食べられそう」
「おお! 竹下くん、意外と甘党の素質あるんじゃない?」
「え、えっと、ありがとう?」

 一体、僕の感想のどこからそんな風に思える要素があったんだろう。まあ、いいっか。かき氷を藤沢さんに返して、僕はスプーンをぶんぶんと指先で小さく振り回し始めた。
 
「よし! 今度は私が苦いものを口にしないとだね」
「張り切ってるね。じゃあ、なにがあるか見てくる?」

 僕が黒板の方を指差すと、藤沢さんは首を横に振って言った。

「それならもう決まってるよ! 竹下くんと同じ炭酸水!」



「え、なんでまた、コーヒーとかの方が無難じゃない?」
「私にはちょっとハードルが高い気がして。炭酸水なら、まだ水じゃん?」

 砂糖とミルクを足してもダメなのかと、藤沢さんの苦手具合を改めて認識する。コーヒーの香りが苦手だという人もいるらしいし、もしかしたらそういう人なのかも。
 炭酸水もなかなかの苦さだと思うけど……。

「な、なるほど」
「それに、竹下くんが言ったように知りたいんだよ、話してる相手が好きな味を!」

 海と夏の風が混ざって、僕らの頬を撫でた。顎で切りそろえられた焦げ茶色の髪がふわふわと揺らぐ。大きくて丸い目は、波が反射する太陽の輝きを吸い込んでから閉じられた。純白な歯が見せる無垢な感情は眩しい。
 僕の胸元に、小さな熱が吹き付けられた。僕の喉にはその些細な余熱すら熱すぎて、焦げてしまう。煙がひっかかって、僕は小さく咳払いをした。

「……そっか。それなら、小さいボトルも置いてあったから、それを買った方がいいよ」
「そうだね、普通の五百ミリより処理が楽そうだし。それじゃあ、また行ってくるね!」
「うん、いってらっしゃい!」

 両手をグーにして、藤沢さんはまた去って行った。
 僕は深呼吸をした。新しい空気でこの熱は冷めてくれないだろうかと期待を込めて。少ししたら、少し引いた。けど、まだ。

「買ってきたよ!」
「あ、おかえり」
「ただいま、さっそく飲んでみるね」

 隣に座りなおすと、藤沢さんはプシュッと蓋を開けた。慎重に口に近づけて、小さくボトルを傾ける。ボトルを話すと、口をつぐんだ。喉元が小さく動いたのが見えた。

「……どう?」
「……苦い!」
「アハハ、だよね」
「苦い! けど、確かにすっきりするね。ジュースとかと混ぜて飲みたいかも」

 これは新発見だと、藤沢さんは透明な炭酸水のボトルを覗き込んだ。

「ありがとう、竹下くん」
「へ?」
「おかげで新しいことに挑戦できた! もしよかったらだけど、また一緒に挑戦してくれないかな?」

 また?

「……あ、うん。僕でよければ」
「やった! じゃあ、竹下くんでも食べられそうな甘味を探しておくよ!」
「えっと、それなら僕は藤沢さんでも口にできそうな苦味を探せばいいのかな」
「ぜひ!」

 今日、初めて会話したときはあんなに小声で目を泳がせていたのに。
 今じゃ、まっすぐ目を合わせて、たくさん笑うようになった。
 約束まで取り付けられるなんて。
 誰かと約束して、笑いあったのって、いつぶりだろう。
 


「おおい! 竹下、藤沢!」
「あ、先輩、どうしたんですか?」
「ちょいと物を取りにな。藤沢は、体調は大丈夫か?」
「あ、はい! そろそろまた海に入ろうかなと」
「そっか、じゃあ一緒に行くか? 竹下も、どうだ?」

 僕は初めて、誘いに対して声を詰まらせた。
 
「あ、その、僕は遠慮します。誰かが荷物の見張りもしていないといけませんし。お二人で行ってください」
「そうか、それもそうだな。でも、いいのか?なんなら交代するぞ?」
「いいえ、本当に大丈夫です。僕はもともと肌が少し弱いですし、これで」
「そうか、わかった!それじゃあ、行くか」

 サークルの先輩に続いて、藤沢さんは眩しい海へと向かいだした。その前に、僕に振り返って、小さく手を振りながら口を動かした。
 じゃあ、またね。
 そう言ったように見えた。また熱が戻ってくる。
 僕は手を振り返して見送ったあと、急いで自分の炭酸水を飲んだ。あって欲しくない熱を冷ましてくれるだろうと。強い炭酸と苦味が僕を戒めて引き戻してくれるだろうと。そう期待して。
 気づいたらボトルは空。お腹が少し重い。けど。

「……甘い」

ー炭酸水はぬるくなって、優しい甘さが溶け込んでしまっていた。

『ひとりぼっちの炭酸抜けた』

掌編小説書きませんか (@ShortNovelman)さんの第一回目のお題より。

小さな小さな飯テロもドゾ。

『ひとりぼっちの炭酸抜けた』 森 悠希 作

人付き合いとして、主人公はサークル仲間と共に海に来た。小さなことから、サークル内で唯一の同級生である女の子と、のんびりお喋りすることになる。そして、人と一緒に笑い、話し、理解し合おうとすることの楽しさを思い出す。 苦い炭酸水が大好きな男子大生に、甘味が大好きな女子大生が見せた、小さい小さい夏。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日 2018-07-09
Copyrighted

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。