*星空文庫

実々さんと先生

順手 作

  1. 第1話 先生の家
  2. 第二話 先生のコーヒー

腕時計の「僕」と、
少々変わった教授の「先生」と、
大学生の「実々さん」。

ほとんどこの三人だけでつづられる小さな物語です。
お気に召して頂けたなら幸いでございます。

第1話 先生の家

 僕のご主人の名前は、本多実々(ほんだ みみ)。
 そして僕は彼女のおしゃれな腕時計。

 その日も大学の路面には、太陽光が元気よく降り注いでいました。
 実々さんも、いま実々さんの前にいる茶髪の女の人も日焼け止めを 塗っています。
「ほんと助かる! 本多さん!」
 目の前の茶髪さんが大げさに合掌をします。
 実々さんは、私は全然大丈夫ですからと控え目に微笑みました。
 茶髪さんは実々さんが喋っている途中でもう校舎の方へ駆け出しています。
「ホントありがとねー!」
 走りながら元気よく手を振っています。
 そして校舎の中へ消えました。
 茶髪さんに応えるように、隣のヨッチャンも手をブンブンしています。
 実々さんは軽く会釈しながら、脇腹のあたりで小さく手を振ります。
 実々さんはこういう時、小さくしかリアクションを取りません。
「惜しかったあ。
 ホームキーパーのお礼にチケット一回とかー。クラブなかったらアタシ行きたかったー」
 歩き出しながらヨッチャンが言いました。
 ホッケーをやっている彼女の顔はこんがりと焼けています。
「惜しかったね」
 ヨッチャンに応える 実々さんは薄いカフェオレのような肌をしています。
 ママがフィリピンという国から来て、褐色の肌をしているからです。
 パパは日本の人なので、娘の実々さんは濃い茶と黄色が混じって儚げな茶色なのです。
 髪はセミロングの黒色です。
 本当は大学に入るとき、茶色に染めるつもりでした。
 でも直前で不安になって、お店の前でUターンしたのです。



「もうこの辺のはずなんだけど……」
 腕時計を、つまり僕を見ながら実々さんはつぶやきます。
 場所は大学から二駅行った住宅街に移っています。

 実々さんは、家と大学の周り以外では土地勘がありません。
 北陸から関東の方へ越してきて、まだ二年 しか経っていないので仕方ありません。
 ちょっと方向音痴だったりするので、尚更仕方ありません。

 実々さんは大学で宇宙科学という勉強をしています。
 なんか難しいやつです。
 実々さんは楽しそうに勉強してます。
 将来はずっとそれの勉強をするか、それを人に伝える仕事がしたいようです。

 あ、と実々さんが小さく口を開きました。
 スマートフォンと表札の文字を見比べて、
「良かった」
 と小さく微笑みました。
 どうやら目的の家が見つかったようです。

 表札には『秋庭 -Akiaba-』と書かれてあります。

 実々さんは今日、この、
 本当はもっとお洒落なんだろうなー、
 と思う、今は白い壁が薄茶色くなったペンションみたいな所で、家政婦さんをするのです。

 さっきの茶髪の(ゼミの)先輩に、一日だけバイトを変わって欲しい と頼まれたからです。
 彼女いわく、
「軽く変な人だけど基本部屋から出てこないから。別に相手にもしなくて良いよ」
 だそうです。

「ごめんくださーい」
 実々さんにしては大きな声で、家の方へ声をかけます。
 返事はありませんでした。
 実々さんはもう一度、今度はもっと頑張って、声を出します。
 静かです。
 涼しい風が通り過ぎていきました。
「おじゃましまーす」
 また控え目な声に戻って、実々さんは柵を押し開きました。
 キィイィと錆びついた音が草ぼうぼうの庭にひびきます。
(お仕事に庭掃除は入ってないんだ)
 少し寂しそうな心の声が聞こえました。

 僕は実々さんの思っていることがある程度聞けるので、こういう事も分かるのです。
 僕が実々さんから愛されている証拠です。


 結局、この家の人からの返事は、玄関を開けてもありませんでした。

 仕方ない。
 心の中でそう言いながら、実々さんがバッグの紐を握り直します。
「私は今日こちらのお手伝いをする事になってるんだから。
 それに時間に遅れたらもっと失礼だし。
 ……きっと」
 言い訳みたいな事をモゴモゴしながら、スリッパに履き替えます。
 振り返って靴を揃えて、ついでに脱ぎ散らかっていられる他の靴も揃えます。
 どれも男性用で、サイズもおなじみたいです。
(一人暮らしなのかな)
 と、実々さんの心の声

 ごめんくださぁ…ぃ……
 と、囁くような声を掛けながら、実々さんは奥に進んでいきます。
 廊下も庭と同じてあまり綺麗ではありません。
 あちこちに本の塔が出来上がっています。
 茶髪さんが掃除機をかけているのか、ホコリ臭くはありません。
 キィキィと床板が鳴ります。
 もうお昼近いのにカーテンは開いていないようです。
 足元が見えにくいので、実々さんがうっかり本の塔にぶつかってしまわないか心配です。

 角を一つ曲がりました。
 すると、やっと廊下まで窓の光が伸びる部屋がありました。
 バッグの紐を握りしめていた実々さんの拳も、ほころびます。

 小さく深呼吸をすると、
 実々さんは部屋の前に立ちました。
 左右の手を腿の前で揃えます。
 ドアは開いています。
「失礼します。
 東川大学2年生の本多と申します。
 矢沢さんの代理で、本日こちらのお手伝いをさせていただきに参りました」
 緊張で声が震えています。
 実々さん、バイト経験がないのです。
 でも何度も心の中で練習したセリフはちゃんと言えました。

 また返事は帰ってきません。
 また!
 またです。
 僕は腹が立ってきました。
 今度は絶対聞こえたはずです。
 だって向こうの人、ヒゲも剃らずに本を睨めつけるように読んでいる男の人、と実々さんはほんの数メートルしか離れていないのですから。

 これはきっと実々さんへの嫌がらせです。
 でも実々さんは、僕とは違うように考えました。
「勝手にお邪魔してしまいすみません」
 頭を深く勢い良く下げます。
 あんまり勢い良く下げるもんだからわずかに風が吹きます。
 目まで届く男の人の前髪がかすかに揺れました。

 男の人はようやく、目を本から離しました。
 一瞬でしたけど。
「待ってたんですよ」
 男の人が喋りました。
 普通のことなのにとても新鮮です。
「コーヒーがね、昨日の夜からなくなってしまったんですよ。
 淹れてきてもらえませんか」
 キノウノヨルカラ?
 僕のピカピカした長針と短針はお昼の十二時をさしています。
 部屋の中の重そうな机にも、本や書類の塔がが建築されています。
 その内の一つに微妙なバランスでカップが置かれてました。
 空っぽです。
(夜……夕飯の後からずっと)
 机の前にいたの? かな、
 と、実々さんは軽く驚きました。
 でもすぐに、はいと返事をします。

 男の人は、実々さんと親子ほど歳が離れているようでした。
 目の下には濃いくまができています。
 エリの伸びたTシャツから除き見える肌にも、生気がありません。
 というか、
 女の人が来ると分かっているのに、屈めば胸が見えるような服を着ているなんてどうかしています!

 実々さんは男の人の気を散らさないように小さく、
「ご用意してまいります」
 と答え、小さく会釈をし、小さく回れ右をします。
 台所は自分で探すつもりです。
 と、後ろから声がかかります。
「申し訳ない。
 朝食を一緒に作ってきてくれませんか。
 昨日の昼から何も食べていなくて」

 繰り返しになりますけど今はお昼です。
 この人の言う、昨日の夜っていつなんだろう。



 実々さんは玉子粥を作りました。
 空きっ腹には、少し冷ましたお粥が良いと思ったからです。
 コンビニのお弁当や外食ではお金がかかるので、料理は普段からしています。

「失礼します」
 一声かけて部屋の中へ。
 一歩目で本に蹴躓きそうになります。
(わ、や、わっ)
 何とかお盆は死守できました。
 実々さんが部屋の中を見回します。
(壁が埋まってる……正しくは何畳分なんだろ)
 実々さんは足元に注意しながら進んでいきます。
 ちょっとしたジャングルを探検しているようです。
 高い本の木。
 床がほとんど見えない本の草むら。
 壁がどこにあるか見当がつかない本棚の壁、壁、壁。
 窓が埋まってないのがミラクルレベルです。

「お食事とコーヒーをお持ちしました、先生」
 先生と呼ばれた無精ヒゲの男の人は本から目を上げません。
 目で本の文字を追いながら、手は猛スピードでペンを走らせています。
 どうしよう。
 という心の声が不安げです。
 そっとお盆を置いて出ていこうにも、お盆を置くスペースがどこにもありません。

 少し間がありました。
 突然先生が顔を上げます。
「ん、いい匂い」
「遅くなってすみません。お食事を持って参りました」
 実々さんが微笑みます。
 右手には白いマグカップがあります。
 マグカップからは湯気が立ち上り、湯気は先生の小鼻をかすめています。
 実々さんはカップを先生に近づけ、先生の嗅覚に訴えたのです。

 先生はお粥をかき込み始めました
 食べながらお腹がぐうぐうなっています。
 ほんとに丸一日何も口にしていなかったようです。

 実々さんが再びジャングルをかき分け始めます。
 掃除に洗濯、夕飯の用意。
 ホームキーパーの仕事はまだまだあります。
 と、
「やー、美味しい」
 また背後で声がしました。
 さっきよりずっと、すっとんきょうな音程です。
「これは、うん、もぐもぐ美味しい。
 失礼ながら加藤さん、腕を上げましたね」
 失礼なのは実々さんの名前を間違え事です。
 さっき名乗ったのに。
「ありがとうございます。
 お口に合ったのなら良かったです。
 あ、遅くなりましたが私は――」
「……?
 あれ。加藤さんですよね。
 家事を頼んでいる。
 髪黒く染められたんですね」
 顔を上げた先生と実々さんが目が合います。
「私は宇宙科学科の矢沢さんの、代理の本多と言います」
 実々さんが二度目の自己紹介をします。
「…………?
 ………!
 そうでした。申し訳ない、矢沢さん。
 加藤さんは一つ前の方ですね。
 彼女は赤い髪にしていらっしゃいました。
 あなたの茶色い髪とはまるで違い…………
 あれ? 矢沢さん髪黒くされました?」
 この人大丈夫だろうか。

「私は矢沢さんではないんです。
 ご挨拶のタイミングがおかしくてすみません」
 実々さんは我慢強く3回目の自己紹介をします。
「あー、代理の方ですか。
 ………ふむ
 本多さんは黒髪、と」
 変な事を呟きつつ天井を見上げます。
「ところで本多さん。
 矢沢さんの髪は何色でしたでしょうか」


 これが、実々さんと先生の出会いでした。

第二話 先生のコーヒー

◎登場キャラ

 ・本多実々(みみ)
大学生。フィリピン人とのハーフで、薄い褐色の肌をしている。控えめで責任感が強い人。

・「先生」大学教授。
実々がホームキーパーをすることになった先生で、少し変。

・実々の腕時計の「僕」。本作の語り部。
                   
                  ーーーーーーーーー

赤い壁掛け時計が、
高い所から偉そうに十二時半を示しています。
腕時計と壁掛けの違いがあるとはいえ、
同じ時計としてあまり面白くありません。


季節はもう夏です。
大学もあと少しで夏休みに入ります。
暑くなるのに合わせて、僕のご主人、実々さんは髪を切りました。
セミロングから、カフェオレ色の顎辺りまでバッサリ。
軽いイメチェンです。
というのも実々さん、
夏休みに思い切ってバイトをするつもりなのです。
人生初です。
僕は心配です。
実々さんはあまりテキバキした人ではないからです。
でも実々さんには一つの目標があるのです。


実々さんがいる食堂は、いろんな人の声がごった返しています。
「ぽんちゃん、しっから軍資金稼いでおいてな」
そう言いながら、実々さんの友達、山科さんはるるぶをバッグにしまいました。
実々さんの目標とは、自力で旅費を稼ぐことです。
山科さんやヨッチャン達と旅行する日を、
実々さんはずっと前から楽しみにしていました。
なのでお盆に帰省する以外は、バリバリ働くつもりです。
バイト先はもう決まっています。
マクドナルドです。
駅前の、店員さんがいつも目まぐるしく動き続けている店舗です。
いつも。
目まぐるしく。
やっぱり今からでも、勤め先を変えた方が良い気がします……



ひんやりとした廊下がどこまでも伸びています。
廊下の両脇には沢山の白い扉が並んでいます。
その中のドアの一つを実々さんは押し開けました。
ドアには、
『塩見』『宇宙総合論理学』
というプレートが貼り付けてあります。

ここは実々さんが在席する、
塩見ゼミの研究室の一つです。
既に部屋にいた人たちが、まばらに声をかけてきます。
軽く会釈をしながら、実々さんはいつも座っている席へ向かいます。
部屋は20人位が使うのにちょうど良いようなサイズです。
会議机がコの字に並べてあります。
実々さんはコの角っこにある椅子に、腰をおろそうとしました。
と、
「やほー」
2つ隣の席から明るい声がかかります。
茶髪の矢沢さんがちょいちょいと手招きしていました。

実々さんが矢沢さんの隣まで移動します。
「悪いんだけどぉ」
矢沢さん。
苦笑い。
僕、何となく察する。
「これ、頼めないかな」
「?」
「ほら、この前のキョージュんとこにさ」
キョージュこと、秋庭先生の家に行ってから、もう2ヶ月ほどが経っています。
話ながら、矢沢さんは机に人差し指を向けました。
「届けてほしーんだよね」
あの日以来、矢沢さんから家政婦の代理を頼まれたことはありません。

矢沢さんが指さした先には、古ぼけたハードカバーが置かれています。
「あたしも困ってんだよね。
今日先生のトコ行く日じゃないし。
そもそもホームキーパーってさ、別に召使いじゃないじゃん。
でもあのゼミのヒト、その辺よく分かってないらしくてさ」
と分厚い本にデコピンをする。
矢沢さんは秋坂ゼミの学生に、
先生が届けて欲しいと言った本を、替わりに持っていってくれ、と
押し付けられたらしいのです。
「つってもそれあたし関係ないじゃんね」
そだね、関係ないと思う。
実々さんはもっと関係ないと思う。

実々さんはカフェオレ色の指で黒髪をいじっています。
困っています。
今は学期末なので、もうすぐ試験があります。
ゼミが終わったら帰って試験勉強をする予定です。
「あの、先輩――」



今回も一応柵の前で立ち止まり、実々さんは家の中に呼びかけました。
返事はありません。
二度は呼びかけずに、柵から玄関まで早足に進みます。
バッグ越しにも形が分かるほど、預かった本は重いようです。
早く先生に渡して、肉に食い込む肩紐の痛みから開放されたい。
という感じの心の声が、じんじん響いてきます。

実々さんは結局矢沢さんの頼み(威圧)を断れませんでした。
試験勉強よりも人間関係を優先したようです。
そして今回は無償です。


一声かけて、実々さんはドアノブをひねります。
難なくドアが開きます。
この家の人には鍵という概念がないみたいです。

実々さんが、
はぁ~、
とだらしない声を吐き出します。
やっと痛いのから開放されるので、そんな声が出ても仕方ないです。
重みに任せるままバッグを廊下に下ろしま、
せんでした。
(危なあ。やっちゃうとこだった)
実々さんは腕に力を込め直して、
今度はそっとバッグを床に置きました。
お陰で本の角は潰れずに済みました

今回の先生は、キーボードに突っ伏していました。
頬にはまばらにヒゲが生えているのが見えます。
髪も整えてありません。
SKY と書かれた空色のTシャツが、哀れなくらいくたくたです。
今日も年齢不詳、職業自称感が半端無いです。
寝息が聞こえます。
まだ息をしているようです。
起きたら、四角い跡がさぞ愉快に並んでるんことでしょう。

実々さんは先生を起こさないように静かに部屋を横切ります。
部屋は相変わらずの密林です。
辿り着いた机の上も前と同じです。
実々さんはちょっと迷ってから、
先生の足元に屈みました。
渡す本をそこに置くのかと僕が思っていると、
実々さんは色褪せたタオルケットを持って立ち上がってきました。
出来るだけ音を立てないように、そのタオルケットを先生の背中に掛けます。
扇風機が直接先生の背中に当たっていました。
SKYのTシャツが強い風にはためいています。
風に舞い上がるTシャツの臭いは、あまり嗅いでいたいものではありません。
実々さんの薄い茶色の眉根に少ししわがよります。
臭いではなく、先生の体調を気にてのようです。

『偉人伝 中東 上巻』
『世界の猟奇事件 2018年版』
『2017年度 祭り文化研究学会論文集』
他いっぱいの本。
この人、何の研究をしているんだろう。
実々さんも同じように思っています。

頼まれた本(直接頼まれたのは先生の学生で、それを頼まれたたのは矢沢さんだけどね!)を、
置く場所を探していたら、さっきの書籍名が目に入ってきたのです。
ちなみに、実々さんの手の中にあるハードカバーは、
『ピエロと神官』
という謎のタイトルです。

実々さんが、そうっと体の向きを入り口側にむけます。
ピエロと神官は今は、先生の右手の脇に置かれています。
後は急いで帰るだけです。
今日中に復習したいノートが何十ページもあるのは、僕も知っています。
「あ、ぁ。加藤さん」
先生が寝ぼけたような声を出しました。
「申し訳ない。
コーヒーを淹れてきてくれませんか」
目はほとんど閉じています。
その下には今日も濃いくまがあります。
実々さんがおずおずと口を開きます。
カフェオレ色の肌を引き立てる、形の良い唇が動きます。
「あの……
すみません先生……
今日は頼まれてらっしゃったご本をお持ちしただけで」
あとご主人の名前は本多さんで、
加藤さんはもう辞めてますんで。


だから先生の言う事は無視しても構いません。
むしろ無視すべきです。
でもここは台所です。
「そういえば先生は何党なんだろう。
前の時はあんまり考えずにブラックお出ししちゃったけど」
お湯を沸かしながら独りごちる実々さんです。

実々さんの長所は、人の頼みを断らないように心掛けているとこです。
短所は人の頼みを断れないとこです。

台所も家の雰囲気に合ったオシャレな作りです。
茶髪の矢沢さんは意外と仕事はするようで、シンクも綺麗です。
テーブルの上にもホコリはありません。
そこや床に本の山がなければもっと良かったです。

僕がそんなことを思っている間、実々さんは戸棚を順に開けていきます。
「クリープないねえ」
また独り言。
一人暮らしが続くと独り言が増えるのです。
「砂糖はどうなんだろ。
袋はあったけど、これ料理にしか使ってないのかな。
先輩にもっと聞いとけば良かったかな」
これは先輩の仕事だという事は忘れているようです。

実々さんは湯気の立つマグカップと小さな小さな皿を持って部屋に戻ります。
皿には砂糖が盛ってあります。
先生は起きていました。
予想通り、キーボードの跡がほっぺたの上でで愉快に踊っています。
先生は目を丸くして実々さんを見つめています。
「どうして今日、
やざ……
かと……
違う。
黒髪で肩まで髪が届かない、から
ああ、」
先生が納得したように頷きます。
「申し訳ない。
今は関係ないあなたにコーヒーを頼んでしまって。
それにしてもお久しぶりですね。
玉村さん」
また新しい名前が出てきました。


先生が一人で喋っています。
「申し訳ない」
これが口癖のようです。
名前を思い出してもらったご主人は、静かに聞いています。
窓の外はすでに暗くなっています。
「私はどうにも人の顔を覚えられないたちでして。
色々試した結果、
ふーふー
今の方法に辿り着いた訳でして、
ふーふー
つまり髪の色や形で人の見分けをしているのです。
ずず、ずずず
おや、これは美味しいコーヒーですね」
先生が嬉しそうな声を上げます。

窓の外はもう暗くなっています。
貴重な時間は戻って来ません。

美味しいコーヒーが飲めて良かったですねセンセイ。

『実々さんと先生』

ご覧頂きましてありがとうございます。

次の物語も誠心誠意書かせていただきます。

『実々さんと先生』 順手 作

少し変わってる教授。 教授のお世話をする事になった大学生の実々さん。 これはそんな二人のとりとめの無いお話。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-07-09
Copyrighted

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