*星空文庫

迎え火

森カラ 作

 かなこは怒っていた。
今年もまた盆がやって来て、集落のように小さな町がざわついているせいだ。
みな同じような会話を何度も繰り返している。迎え火はいつ炊くか、誰が火をつけるか、まあそれはおじいちゃんよね、夕食は何を揚げようか――。

家の前の通りで燃した藁の燃える火を頼りに来て、死者は僅かな間こちら側に滞在するらしい。馬鹿じゃないのと思ってかなこはまた家族の顔を見た。
誰も信じてなんかいない、本当には。
腹の底で虫が這うような気色悪さがある。

必死に茄子や胡瓜に割り箸を刺している祖父の背中なんて堪ったもんじゃない。
祈る姿は死者に縋っているようであまりに弱く、それは生も否定している気がして嫌悪が走る。

 もちろん娘に先立たれた祖父の気持ちが分からない訳ではない。
かなこにとっては母なのだし、だから生者の祈りを侮るわけじゃない。
でも祈りというのはそうでもしないと生きて行けず、折り合いをつけることもできない人のその場しのぎの救済でしかないのだ。

だって祈って会えるならもう会えてる。
かなこは階段を駆け上がり部屋に戻って断ち切るように乱暴にドアを閉めた。
「かなこ!」と窘める姉の声が階下からしたがかなこは無視した。

振動で手が痺れ、手首に痛みが走った。でもそれも死んだら無くなる。
死んだら無だ。すべてはこの身体ひとつで完結している。
脳が活動を停止すれば肉体は焼かれて無くなる。
魂というものが身体から引きはがされ、空中を漂いだすなんてファンタジーもいいところだ。

盆が来ればこの町中に死者が溢れるというのならどうしてその気配が分からない?
確かに自分にも第六感みたいなものは備わっていると思う。
思い出の場所で、あれ? と思うこともある。
でもそんなのはただの脳の不具合なのだ。

脳だって完璧じゃない。
心臓に異常がなくても起こる頻脈のように脳だって多少バグることはあるだろう。
そうでも思わないと一生解けない問いに苛まれることになりそうでまた怒りが湧いてきた。そのときドアが突然二度叩かれ、それとほぼ同時に扉が開かれた。
祖父だった。

「おじいちゃん、やめてよ! ふつう部屋は許可をもらって入るものでしょ」

「かなこ」
 非難にまるで動じずに祖父は言った。
「今年の迎え火はお前がやれ」

 言われた意味が分からず言葉が出ない。迎え火? 火つけをやれと? 私が?

「お前はすぐに顔に出る。あさこにそっくりだな」

「やめてよ。そういうの嫌なの。だって私は信じていないし必要ないもの。みんなみたいに死んだ人に縋ったりしない。会いたいとも思わない、だって」

 だって本当にいて欲しいときにはいつだって出てきてくれなかった。
どんなに火を焚いてもどんなに祈ってもここには。だがそれは言わずにかなこは強く唇を噛みしめた。祖父は長く息を吐き出すと、かなこに着火ライターを差し出し、

「何でもいい。とにかく今年はお前がやれ」

 受け取らないと終わらない気配があって、かなこは仕方なくそれを手にした。

「お前がやらないと始まらない。早く来いよ」

 祖父が出ていく。音がなくなってもしばらくそのままでいたが、

「かなこ! 早くしな!」

 姉が外から呼ぶ声がした。
くそ、藁なんか思い切り蹴散らして火を振り回してやる!
勢いのまま部屋を飛び出したかなこは、だが外に出て息を呑んだ。
そこに母がいた。いや正確には母に顔の似た祖父と姉が待っていた。

怯んでしまい足が止まる。姉が呆れた様子でかなこの手を取り、引く。
その手が母のように熱いのでまた慄く。抗うことも出来ず促されるまま火をつける。
藁がちりちりと鳴ったと思ったらすぐに大きな火になり、夕闇に飲まれかけた道を照らした。

かなこが顔をあげると火はそこここで光り、まるで道のようになっていた。
そばには同じ悲しみを背負っている人たちの顔がいくつもあった。

「出てきて目に見えるんじゃない。死んだもんはお前の中に現れるんだ」

 祖父の声が母の声に聞こえる。
そんなわけないとまだ思ったが、かなこの目からはとうとうと涙が流れていた。
通りの向こうまで続く火はかなこが懸命に生きてきた時間そのものを照らしているようだった。

ああなんだ、ここにいたの。かなこは思った。
オレンジ色に照らされた自分の手がいつの間にか母に似て見える。
姉の横顔にも祖父の眼差しにもまた母がいた。

姉が迎え火からもらった火を大事に守って家に入っていく。それは母そのものでもあり、過ぎてきた時間でもあり、まだ続いていく「これから」でもあった。
かなこは祖父と一緒にオレンジ色に照らされながら、初めて同じ悲しみに手を伸ばした。それは寂しくて愛しくてとても暖かかった。

『迎え火』

素直な人を見て湧く苛立ちも、弱さを責め立てたくなる衝動も、かなしんでいるからこそのもの。
という単純なものを書きたかったはずだが……2000字厳守の壁は高いぜえ……

『迎え火』 森カラ 作

大事な人をうしなって、うまく哀しむことができずにいる10歳の女の子のおはなし。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-07-09
Copyrighted

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