CLOUD SIDE - ambivalence - (第3話)
- CLOUD SIDE -
ambivalence - 信疑 -
ナリオに頼まれた部品を取りにジュノンへ向かったクラウドは、昼下がりになってミッドガルに戻って来た。ナリオの店を訊ねたが留守だったので、クラウドはエッジにあるセブンスヘブンまで戻った。その日の食材も手に入れることが出来たので、クラウドは荷物を持って家の中へ入る。クラウドを見つけて駆け寄って来たのは、ティファの傍らで手伝いをしていたマリンだった。
「おかえりなさい、クラウド」
「ああ…」
相変わらず、マリンとはどう接したらいいのか分からなかったが、いつもと同じように相槌をうった。
「今日は早かったんだね」
ティファは、さして驚いた風でもなく、クラウドに言葉をかける。クラウドは同じように「ああ」と答えた。いつも遅くなるのはナリオのところへ寄っていたからだが、それはティファには言わなかった。
手に入れた食材をカウンターに置いて、クラウドは店を出た。ナリオに頼まれた部品は、まだフェンリルに積んだままだ。車庫代わりにしている店の隣の囲いまで戻り、クラウドはフェンリルに積んだ部品を確認した。再びナリオの所へ行ってみようか迷っていると、不意に誰かに声をかけられた。
「戻ってたのか」
声の主は、帰りに寄った時には居なかったナリオだった。以前、ナリオの家で会った彼の友人らしき男も一緒だ。
「ああ。頼まれた部品、取ってきたけど…」
そう言いながら、クラウドは車庫にしている囲いからフェンリルを出した。
「よし、見せてみな」
預かった部品をナリオに渡すと、彼は「これこれ」と嬉しそうに頷いた。
「なあ、あいつ元気そうだったか?」
それを聞いて、クラウドは小さく笑った。
「なんだよ?」
ナリオが怪訝そうに首をかしげる。
「いや、同じことを聞いて来たから」
「あいつが?」
「うん。セリフも全く一緒だった」
ナリオは苦笑を浮かべて「まいったな」と呟いた。
「元気にしてる」
クラウドが言うと、ナリオはクラウドを覗き込んだ。
「それも同じセリフか?」
「同じだ」
クラウドが答えると、ナリオは声を上げて笑い出した。
「あー、ったく。久々に笑ったな。よし、じゃ始めるか」
連れの男に合図して、ナリオはフェンリルの改造を始めた。クラウドも所々で手を貸し、理想の構造が出来上がってくるにつれ、見物客が増えて来た。いつの間にかマリンが店から出て来て、その様子を見つめている。近所の子供達も、マリンと一緒に彼らを見ていた。
「よし、もうちょいだ。クラウド、ちょっとそれ取ってくれ」
クラウドの横に置いてあった器具を指差してナリオが言った。クラウドは黙ってそれを渡す。
ナリオと連れの男は、フェンリルの中の導線を繋ぎ始めた。額に浮いた汗を拭いながら、真剣な眼差しで改造を進めて行く。珍しい形のバイクも、それに真剣に向かって仕事をする男達も、街の人々にとっては珍しい光景だった。これから生きて行こうとする彼らに、ほんの少しの勇気を与えていたのかもしれない。
「どうだ?」
ナリオは、クラウドを見て言った。クラウドは、合体剣の6本を収納出来るようにしたかったのだ。
「寸法バッチリだと思うぜ」
背に携えていた合体剣を抜いて、クラウドは剣をばらしてみる。街の人々は、彼の持っている剣でさえ珍しい物を見る目で見つめていた。
フェンリルの改造部分は、6本の剣を収納するのに問題は無かった。出し入れもスムーズに出来て、走行中であっても剣を取り出すことは可能だ。
「うん、いいな」
試しにフェンリルに跨がって、クラウドは合体剣の収納を試した。想像通りの出来に、とても満足だった。
「だろ? 俺にかかれば、こんなもんよ。元神羅のメカニックはダテじゃないぜ?」
得意げに笑うナリオに、クラウドは「そうだな」と笑った。
「でも、お前こんなん造ってどうすんだ?」
「え?」
「戦いでも行くのか? まあ、世の中まだまだモンスターがはびこってるけどよ」
クラウドはフェンリルから降りて、少し俯いた。
「遠くに行く時、必要だと思ったから……かな」
「遠く……って、どっか行くのか?」
ナリオの問いかけに、クラウドは首を横に振って答えた。
「分からないけど、探しに行きたいんだ……」
「何を?」
それ以上、クラウドが答える事はなかった。ナリオも「訳が分からない」という風に首をかしげて、それ以上の会話を続けるのは断念した。
「まあ、また何かあったら声かけてくれよ」
「ああ…」
クラウドは、収納した合体剣を抜いて、再び1つにした。
あの日から、クラウドは心の傷を抱えたまま生きて来た。
決して癒えることのない傷。
失ったものがたくさんありすぎて、その度に心が壊れそうだった。
憧れていた男に奪われた、たった1人の母、故郷。
忘れてはならないはずの大切な友。
守ることの出来なかった、かけがえのない人。
彼女を想う度、胸の中の何かが破裂しそうなほど痛むけれど、
その痛みを抑えるのは、記憶の中の彼女の言葉だった。
こんなことを考えているなんて、誰にも言えないけれど、
バカだと言われても、無駄だと言われても、あると信じている。
彼女が言っていた約束の地。
そして、彼女が最後に言った言葉を信じている。
永遠の別れじゃないから、悲しく無い、と……。
--- だから俺は、探し続けたいんだ。君の……居る場所を。
* * * * *
エッジの街に夜の帳が降りた。空は暗雲、星の輝きは見えなかった。
食事を済ませたマリンは、既に眠っている。クラウドは自室で、窓の外をぼんやりと見ていた。神羅が行っていた魔晄エネルギーによる電力供給が無い今、街に灯る明かりは乏しく、寂しい色に見える。
「クラウド?」
不意に名を呼ばれ、クラウドは我に返って振り向いた。クラウドの部屋の入り口に立っていたのは、店で働いているはずのティファだった。
「どうした?」
「さっきから呼んでるのに、全然降りてこないんだから」
ティファは、少しイライラした口調で腰に手を当てた。そんなティファを見て、クラウドは返す言葉も無く黙り込む。
「電話」
「俺に?」
「誰かは知らないけど、とにかくクラウドに代わってくれって」
怪訝に思いながらも、クラウドは部屋を出てセブンスヘブンへ降りて行った。どうやら繁盛しているようで、店には多くの客が来て居た。店のカウンターの隅に電話が置いてあり、受話器が横に置かれたままだった。クラウドは受話器を持って話し掛ける。
『クラウド!? 悪い、こんな時間に』
相手は、いつも食材を分けてくれる農場の男、ロイトだった。
「何かあったのか?」
『どうしても、すぐ届けてもらいたい物があるんだ』
「今から?」
『無理は承知してる。でも、あんたしか居ないんだ、頼む』
受話器の向こうの声は、何か切羽詰まった雰囲気があった。どういう事情かは分からないが、そこまで言われて断る理由がクラウドには無かった。
「分かった、これから行く」
そう返事をして、クラウドは電話を切った。
出かける支度を始めたクラウドを見て、ティファが「どうしたの?」と訊ねてきた。
「悪い、出かけてくる」
「どこへ行くの?」
ティファの問いかけに、クラウドはどこから事情を話したらいいのか迷った。
「……なんて言ったらいいかな」
視線を逸らして言葉を探すクラウドを、ティファは怪訝そうに見つめていた。
「いつも、野菜を分けてくれる人なんだ」
「それで?」
「うん……時々、戻るついでにミッドガルに届け物を頼まれることがあって」
クラウドは、困ったような顔でティファに視線を向けた。
「どうして、そんな顔してるの?」
「いや……黙っていて悪かった」
「何を?」
ティファは何も知らないから、怪訝な顔でクラウドの言葉を聞いている。でも、言葉を選ぶのが下手なクラウドの話を、ティファはいつも聞いてくれていた。フェンリルを譲ってもらった時も、ティファは事情を聞かずに条件を受け入れてくれた。それなのに、ティファに黙っていた事が後ろめたかったのだ。
「勝手なことをして」
荷物を運ぶ謝礼を受け取っていたことも、それをフェンリルの改造費に使っていたことも正直に話した。そして、ティファには悪いと思う気持ちがあったことも。
「しようがないなぁ」
クラウドの話を聞いたティファは、呆れたように笑っていた。怒り出すと思っていたクラウドにとっては、ティファの予想外の反応に驚いた。
「行っておいでよ」
クラウドは頷いて、店の裏口から出て行った。車庫代わりにしている囲いからフェンリルを出してエンジンをかける。そして空を見上げると、暗雲に覆われて星が見えなかった。こんな時は、凶暴なモンスターが出る事もある。クラウドはフェンリルに合体剣を収納した。そして一路、ロイトの農場へフェンリルを走らせた。
* * * * *
ロイトの農場に無事に辿り着いたクラウドは、フェンリルを降りてロイトの自宅へ向かった。ドアをノックすると、中から人の足音がしてドアが開いた。
「あ、クラウド。悪かったな、こんな時間に」
「いや。それで、届けたい物って?」
「……中に入ってくれるか?」
ロイトはドアを開けたまま体を横に向けた。クラウドは、何故ここで渡せないのかと怪訝に思いながら、ロイトの自宅の中へ足を踏み入れる。そして、そのまま奥の部屋へ案内された。そこは明かりの乏しい薄暗い部屋で、年老いた女性がベッドに伏せていた。暗がりでよく見えなかったが、顔や腕に黒い膿が出ている。星痕症候群に侵されているようだ。
「母さん、来てくれたよ、ほら」
ロイトの呼び掛けに、彼の母はうっすら目を開けてクラウドを見た。
「この人が、さっき話したクラウドだ。今から届けてくれるって」
枕元に顔を近付けて、ロイトは母親に話し掛けた。クラウドが彼らに近付いて少し屈むと、ロイトの母親は痛みに震える手で何かを差し出した。
「……お願いします、これを……あの子……ナリオに……」
差し出されたのは、紫色の石がはめ込まれたペンダントだった。クラウドは黙って頷き、それを受け取った。星痕が痛むのか、すぐに目を閉じて苦しそうに息を吐き出した。クラウドとロイトは、静かに部屋を出て行く。
「渡したら、電話をくれるように伝えてくれないか?」
ロイトの言葉に、クラウドは「分かった」と答えた。受け取ったペンダントは、ロイトが用意した袋に入れ、無くさないようにボタンの付いているポケットに入れた。
「見ての通り、母は今、危険な状態なんだ。でも、ミッドガルに居る弟に伝えることも出来なくて……。母の危篤を知れば、あいつの事だから、危険を承知で夜の道を飛び出すんじゃないかって……。母が星痕に倒れた時も知らせようと思ったんだが、ナリオが危険な目に遭ってはいけないと、母に止められていたんだ」
差し出したペンダントは、ナリオが神羅に入社した年、母親の誕生日にプレゼントとして贈ってくれたもので、とても大切にしていたそうだ。しかし持って逝くことは出来ないから、ナリオに渡したいのだと言う --- そんな母の為に何か出来ないかと考え、ロイトはクラウドの事を思い出したのだと話した。ナリオが受け取ったことを知れば、少しでも母の気持ちが慰められるのではないか、と。
「こんな形でしか……母の願いを叶えてやれなくて……」
「必ず届ける」
「……頼む」
クラウドはロイトの家を出てフェンリルに跨がった。エンジンをかけてライトを点灯させ、農場を後にする。
夜空は相変わらず、暗雲が覆っていて星が見えない。
ロイトの農場から離れ、ミッドガルまでの距離もまだ遠い、虚無の地へ差し掛かった時だった。
「……!!」
真っ暗な道を疾走していると、クラウドは背後に殺気を感じた。
フェンリルに収納している合体剣を取り出し、左右1本ずつを掴んで合体させる。
ライトが照らす周辺には何も居ない。殺気は、確実に背後から近付いてくる。
クラウドは、その気配を察知して戦うしかない。
--- 来た!
空を切って背後に剣を振るうと、飛びかかって来た殺気が一瞬で消えた。暗闇の中では、それがどんなモンスターだったのかすら分からない。しかし、殺気は続けざまに左へ現れた。剣を振るおうと腕を振り上げた瞬間、逆側から鋭い爪がクラウドの腕を掠めた。
「くっ…!」
クラウドの動きが止まった一瞬で、左に現れた殺気が襲い掛かる。
その衝撃で、クラウドは小さく呻いた。左肩が酷く痛むが、どうなったのかは分からない。
左腕の痛みを堪えながら、クラウドはフェンリルからもう1本の剣を取り出した。
複数の殺気が近付いてくる。
剣を合体させ、クラウドは切っ先を天に向ける。
息を吸い込んで力を込め、大剣を大きく振るって風を起こす。
殺気は剣の風圧に弾き飛ばされた。
残った殺気が左後ろに飛びかかってくる。
続けざま、すぐ背後からも飛びかかって来た。
合体させた剣を1つ抜き取り、クラウドは両手に剣を持って同時に振り下ろした。
空を斬る音と同時に、2つの殺気は一瞬で消えた。
フェンリルが剣の風圧でスピンしそうになり、クラウドは剣を1つにして片手でハンドルを握った。ブレーキをかけながら後輪を振ってフェンリルを止める。
クラウドは背後を振り返ったが、暗闇に消えてしまったモンスターの姿がどんなものだったのかは分からなかった。しばらく闇に目を凝らしたが、その殺気が追ってくることは無さそうだ。
息を吐き出し、クラウドはフェンリルに剣を収納した。爪で斬られた右腕と、モンスターに体当たりされた左肩が痛むが、今はミッドガルに向けてフェンリルを走らせる事が先決だった。
かつては、眠らない魔晄都市であったミッドガルも、今では夜ともなれば明かりの乏しい田舎の集落と大差は無かった。潰れた七番街は真っ暗で、元々娯楽の街だった八番街は他の場所よりは明かりが多い。ナリオの住む壱番街は、八番街の近辺から遠ざかると、明かりの数はエッジとさほど変わらない。人が住んでいれば明かりもあるが、住んでいない建物もある。
壱番街の街は、夜間に人はほとんど歩いていない。見通しのいい道を抜けると、ナリオの住む建物がある。クラウドは、そこでフェンリルを止めた。建物の2階の明かりは、まだ消えていなかった。
クラウドが建物に近付くと、消えていた1階の明かりが点いた。おそらくエンジンの音に気づいたのだろう。
「なんだぁ? こんな時間に」
1階のドアを開けたナリオは、クラウドを見て頭を掻いた。
「どうした、その怪我ぁ。なんかあったのか?」
「……どうしても、届けて欲しいって言われて」
クラウドの表情を見たナリオは、ただ事ではない雰囲気を感じ取って眉をひそめた。クラウドは、ボタンの付いているポケットから袋を取り出し、それをナリオに差し出した。
「なんだよ、それ」
「あんたの兄貴から……いや、母親からだ」
「え?」
「受け取ったら、電話してくれ、って」
クラウドの手からひったくるように袋を掴んで、ナリオはその中身を取り出した。母親にプレゼントしたはずのペンダントが手許に戻る意味は、悪い知らせしか思い浮かばなかったのだろう。彼は激しく動揺し、床に置いてある工具を蹴散らして電話を掴んだ。受話器をぎゅっと握りしめ、ボタンを押す手が震えている。クラウドは、ただ彼の姿を見つめることしか出来ない。
「兄貴!? 母さんは!?」
電話口に怒鳴る --- しかし、声は震えていた。
「なんで隠してた!? どうして言ってくれなかったんだよ!?」
彼の母親は、星痕に侵されていた。彼だけが知らなかった事実。受話器の向こうで彼の兄が何を話しているのかは分からないが、しばらく無言が続いた。
「……うそだろ?」
突然、彼の声が小さくなった。その一言が何を意味するのか察知出来るが、クラウドは信じたくはなかった。
--- 間に合わなかった…。
彼の母の顔が脳裏に浮かんだ。最期の願いを叶えてやれなかったのだ。
ナリオは、無言のまま受話器を置いた。俯いて、肩で息をついている。
「悪いけど、出てって……くんねぇかな……」
俯いたまま、ようやく絞り出したような声で言われ、クラウドは彼の言葉に従う事しか出来なかった。自分自身の不甲斐無さに打ち拉がれ、謝罪の言葉も、慰めの言葉も出てこない。
ナリオの店の前に止めたフェンリルに戻り、クラウドはフェンリルに寄り掛かって空を見上げた。雲は晴れず、星の輝きは見えなかった。
永遠の別れなんかじゃないから、悲しく無いよ。
エアリスが囁いたのを思い出した。
こんなに無力な自分を包んでくれた彼女に、何をしてあげることも出来なかった。
彼女の最期の優しい言葉に、甘えているだけなのかもしれない、と思った。
--- エアリス、俺はまた分からなくなったよ。何を信じていいのか……。
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