CLOUD SIDE - repose - (第2話)

- CLOUD SIDE -
repose - 安息 -


 ティファの営む店、セブンスヘブンで一生ただで飲み食い出来る権利 --- そう取り交わした約束の書面に、クラウドは自分の名前を署名として書いた。
 既に夜も更けたころ、完成したばかりのフェンリルに跨がり、クラウドはエンジンをかけた。体に伝わってくるエンジンの振動も、頑丈なボディも、太いタイヤも、申し分のないバイクだ。
 「どうだ?」
 造ったのは、神羅でバイク類のメカニックをしていたという男、ナリオ --- 満足そうにその様子を見つめている。そんなナリオを見て、クラウドは肩をすくめた。
 「走ってみないと分からないけど、最高なんだろ?」
 「当然だ」
 ナリオは得意げに顎を上げて笑った。クラウドはエンジンをふかしながら、フェンリルのライトを点灯させる。
 「また来る。改造も頼みたいし」
 ナリオにそう言うと、彼は任せとけ、という風に頷いた。
 「俺もそっちに行く。早速コレ、使わせてもらいたいしな」
 取り交わした約束の書面をひらひらと振って、ナリオは嬉しそうに笑った。

 * * * * *

 ミッドガルに寄り添うように造られた町、エッジ。フェンリルに跨がって走って来たクラウドは、街角にあるセブンスヘブンの前で止まった。セブンスヘブンの入り口の横には、ちょうどフェンリルを収納出来るほどの囲いがある。車庫代わりに出来そうだ。
 バイクの音に気づいて店から出て来たティファは、それを黙って見つめていた。そして、クラウドに一言だけ声をかける。
 「おかえり」
 「ああ……」
 「それが、あのおかしな権利と引き換えになった物?」
 クラウドは何を言うわけでもなく、ただ黙ってティファから目をそらした。そして、手に入れた食材を抱え込んで店の裏口へ向かう。
 「ティファ」
 彼女に背を向けたまま、クラウドは彼女の名を呼んだ。
 「ん?」
 肩ごしにティファを見てから、クラウドは再び目線をそらした。一生懸命、言葉を探した。事情を聞くでもなく、責めるでもなく、ただクラウドの申し出を受け入れてくれたティファに、なんて言ったらいいのか、すぐに言葉が見つからなかった。
 「どうしたの?」
 しばらく黙り込んでいたクラウドは、ようやく言葉を見つけた。
 「……ありがとう」
 再び肩ごしにティファを見ると、彼女は呆れたように笑っていた。
 「これからも、食材の調達お願いね」
 「ああ」
 「そのバイク、そんなに気に入ったんだ」
 ティファが言うと、クラウドは少しだけ体を横に向けた。
 「うん、最高だ」
 クラウドが久しぶりに嬉しそうな顔をしたので、ティファも嬉しくなって「そっか」と笑った。

 それからクラウドは、自分のバイクを持てるようになって、食材の調達も以前よりは楽になった。レンタルしたり、トラックに乗せてもらう事もなくなった。人との触れあいに慣れていないクラウドには、それは少々煩わしく思っていたから、フェンリルで走る風は尚更すがすがしく思えた。
 フェンリルのメカニック、ナリオから、今度は兄に届けて欲しいと荷物を預かった。ナリオの兄も、弟が無事であるかどうか知りたいだろうから、クラウドは先にそこへ向かうことにした。
 ミッドガルから南東へ走り続けると、農場や牧場を営む町や村が点在する。のどかな風景ではあるが、メテオの被害を免れなかった家や農場も多い。
 クラウドはフェンリルを止めて、ロイトの農場の前で降りた。彼はすぐにクラウドに気づいて、作業を中断して歩み寄って来た。
 「よお、あんたか」
 「荷物を預かって来た」
 「え?」
 ナリオから預かった荷物を渡すと、彼はそれを受け取ってクラウドを見た。
 「これは?」
 「中身は知らないが、あんたの弟からだ」
 「ナリオから? 無事だったんだな? 元気そうにしてたか?」
 クラウドは黙って頷いた。
 「そうか…」
 荷物の中身よりも、弟の無事を知って安堵した事の方が彼には重要な届けものだったようだ。
 「出来る事なら会いたいが、ミッドガルまでは行けないからな…」
 受け取った箱を撫でながら、彼は寂しそうに笑った。そんな彼の様子をクラウドが黙って見ていると、ふいに顔を上げてクラウドに視線を向けた。
 「なあ、また弟に届けたい物があったら、頼んでもいいか? 少しだけど、礼もするよ。あんたくらいしか、頼めるのが居ないからな」
 「ああ…分かった」
 「あ、それから、今日はじゃがいもがあるから、少し分けてやるよ。ちょっと待ってな」
 弟が無事だったと知って嬉しくなったのか、彼はクラウドを待たせてじゃがいもを持って来た。クラウドは彼に礼を言って、分けてもらったじゃがいもを積んだ。
 「また寄ってくれよ」
 クラウドは頷いて、フェンリルに跨がった。
 「生きてれば……」
 「え?」
 「生きてれば……そのうち会えるよ」
 そう言ったクラウドの目は少し伏せていて、何気ない言葉にしては重みがあった。何かの感情を抑えるように一度目を閉じたが、すぐに顔を上げてエンジンをかけた。
 「……そうだな」
 そんなクラウドの心情を悟ったのか、ロイトは切なそうに笑った。この世界の情勢では、誰もが大切な人を失っていてもおかしくはない。
 クラウドはロイトの農場を出ると、他の食材を手に入れるために走り続けた。
 --- 1日だって、忘れたことは無い。
 フェンリルを走らせながら、クラウドは思った。飛ぶように過ぎ去って行く景色のように、1日1日は過ぎてゆくけれど、つい昨日の事のように思うのだ。大切な人を失った瞬間を。自分の腕の中で、彼女の亡骸を抱いたことを。人は言葉で「胸が痛い」と言うけれど、この痛みの事を言うのだと初めて知った。言葉を発することも出来ず、涙で視界はぼやけて、胸の中で何かが破裂しそうなほどの痛み。その胸の痛みは今でも、彼女を想えば破裂の寸前にまで達するほど痛む。そのたびにクラウドは自分自身を責め、抱える傷の痛みを増やしていった。
 --- エアリス…。
 最後には、彼女の名を呼ぶことしか出来ない自分が惨めだった。

 * * * * *

 クラウドは食材を調達すると、ついでに荷物を運ぶことを頼まれるようになった。ロイトが初めてだったが、何件か同じように頼まれ、少し謝礼を受け取るようになった。
 自分のバイクを持てるようになったからか、その日も予想以上に早くエッジに戻れそうだった。そんな日は決まってミッドガルのナリオの店に立ち寄った。頼まれた荷物運びの謝礼金は、フェンリルの改造費に使うようになり、その甲斐あってか、クラウドが理想としたバイクの構造に近付きつつある。
 「どうしても足りない部品があるんだ」
 ナリオが腕を組んで唸った。
 「手に入らないのか?」
 「うーん、まあ、ミッドガル中を探して回ってみるさ。手に入ったら出向くよ」
 「……分かった」
 その日は、完成を諦めてナリオの店を出た。手に入れた食材をセブンスヘブンまで運ぶ。何が必要で何が不要なのかクラウドには分からなかったが、クラウドが手に入れた食材で、ティファは色々な料理を作っていた。そしてティファは、決まってクラウドとマリンの分を別の皿に取り分けてくれる。
 「疲れたでしょ? 先に休んでていいから」
 彼女は、決まってそう言った。クラウドは決して体力的に疲れたわけではないが、人との関わりに慣れていないクラウドは、たくさんの他人と関わると、それだけで疲れると思うことがある。
 店の奥には、ティファとマリンと3人で生活している部屋がある。ティファは店を営んでいるので、夜はマリンと2人きりだった。
 「クラウド、食べよ?」
 ティファが作った料理に手を付けないでいると、マリンが心配そうにクラウドを見ていた。
 「…うん、そうだな」
 クラウドは我に返って、マリンに視線を向けて笑みを作った。ようやく訪れた安息の日々は、いつまで続いていけるものなのか、と考えると、クラウドは許される自信がなかった。でも、生きていくことでしか償える方法が見つからないので、自分が生きることを許されている間は、ずっとこの胸の痛みを抱えて生きて行こう、と思っている。その気持ちだけは、本物だと信じることが出来た。
 「クラウド、疲れたの?」
 また、マリンに心配そうに言われてしまった。クラウドは首を振って「大丈夫だ、心配ない」と答え、ようやく食事を始めた。小さな女の子と接した事などなかったので、クラウドはマリンにどう接したらいいのか分からない時がある。マリンが心配そうにしていたら、心配ないと答えるし、御飯を食べようと言われれば、一緒に食べる。それくらいしか出来ない。それでいいのかすら、クラウドには分からなかった。
 ティファは、いつも深夜まで店で働いているので、クラウドが先に眠ってしまうことが多かった。朝になれば、食材を手に入れるために家を出る。以前は食材を手に入れるのに、ほぼ1日かかる事が多かった。主に農家のトラック移動の護衛の謝礼としてだったり、近隣に出没するモンスター退治の謝礼として食材を分けてもらうことがほとんどだった。しかしフェンリルで移動出来るようになってからは、街へ戻る時間が早くなった。朝家を出る時間は遅らせずに、早めに戻ってナリオの店に立ち寄って行く。クラウドは、その日もいつも通りの時間に家を出た。
 「クラウド!」
 車庫代わりにしている囲いからフェンリルを出すと、ふいに誰かに声をかけられた。声の主を見ると、フェンリルを造った男、ナリオだった。
 「どうした?」
 こんな朝早く、こんな所まで、という意味だったが、クラウドが話す言葉は少ない。しかし、それで不自由したと思った事は無かった。
 「良かったー、間に合った。お前に頼みがあるんだ」
 怪訝そうなクラウドに、ナリオは一枚のメモ書きを手渡した。
 「ジュノンに俺の同期が居いてな、そいつが部品を分けてくれるって言うんだ。それで、取って来てくれねぇかな? 詳しくは、その紙に書いてあるから、やつに渡せば分かる」
 クラウドは、黙ってそのメモ書きを受け取った。ジュノンの住所と、相手の名前、用件、ナリオの名前が書いてある。
 「分かった」
 受け取ったメモ書きをしまって、クラウドはフェンリルのエンジンをかける。
 「頼んだぜ」
 そう言ったナリオを一瞥してから、クラウドはフェンリルを走らせた。エッジをあっという間に抜け、ジュノンまでは最短距離を走ることにした。

 メテオの残した影響は所々に見られたが、仲間たちと旅をした時の事を思い出させる場所もあった。1人で走っていると煩わしさは無くなったけれど、考える事が多くなった。
 ジュノンへ向かう前に、クラウドはミッドガルを臨む小高い丘でフェンリルを止めた。地面に突き立てたはずの大剣が倒れている。自然に倒れたのか、動物かモンスターが触ったのか分からなかったが、クラウドは大剣を拾って再び地面に突き立てた。かつて宿敵セフィロスを倒した剣、親友の形見だった。
 クラウドは、突き立てた剣の先に見えるミッドガルを見据えた。2人で目指したはずの世界は、富と栄華の大都市だった。それが、今はこんなにも荒廃している。失われなくても良かった命は、犠牲と言うにはあまりに多すぎた。星の命を削る神羅の野望も、星を傷つけ、世界を恐怖に陥れようとしたセフィロスの野望も打ち砕いたけれど、クラウドは今でも、本当にそれが最善の方法だったのだろうか、と思うことがある。今それを思っても世界が変わるわけではない事は分かっているが、拭いきれない後悔と疑問は、これから先も一生消えることは無い。
 「ごめんな…」
 クラウドは、突き立てた大剣を見つめて呟いた。ジェノバ細胞を植え付けられ、意識の混濁と記憶の混乱をくり返していたとはいえ、忘れてはならないはずの親友を例え一時でも心から消したことで、クラウドは今でも苦しんでいた。もっと自分が強ければ、彼を死なせずに済んだかもしれない。2人でミッドガルに辿り着いていたら、未来は変わっていたかも知れない。最悪、どちらかが死ななければならない運命だったとしたら、なぜ彼でなければならなかったのか、と自分を苛んだ。
 「お前じゃなくて、俺だったら良かったのに…」
 今さら「こうだったら」なんて考える事が無駄だと分かっているけれど、今となっては彼の分まで生きることでしか償えないけれど、クラウドにとって安息の日々は、恐怖と隣り合わせのような気がしてならなかった。大切な人を失った、あの瞬間が今でも蘇るように……。
 「お前だったら、守れたのかな……」
 突き立てた大剣を悲しそうに見つめ、クラウドはひとり呟いた。そして、込み上げてくる苦しみに耐えるように、深く目を閉じた。答えてくれる親友は、もう居ない。クラウドは、自分で決めた人生を生きて行く事しか出来ない。それならせめて、今あるものを守れるようになりたい。そうすることで、親友の分まで生きよう、と。しかし、それと同時に浮かんでくる言葉は、必ず気持ちの裏にひそむ後悔の念だった。

 --- あの時、どうして俺を置いて行ってくれなかったんだ……ザックス……。

CLOUD SIDE - repose - (第2話)

CLOUD SIDE - repose - (第2話)

クラウド×エアリス小説、第2話。 届け物を頼まれたり、人と交流しながらも、クラウドは過去の過ちに苦しんでいた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-22

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