FGO 超短編集
アントニオ・サリエリ 「これが私」
音楽が人間を殺すことが出来るか?答えはイエスである。
甘美な音色は、奏でる者の思惑を一心にうけ、神より賜った力を通して周りの人間を感化させる。
言うならば、一種の催眠にも等しく、少しずつ死の淵へと足を運ばせるなど造作もない事。
ただ、ただ。音楽で殺しをしたいかと言われれば、それは違う。
この世界で美しい音色の数々を知りつつも、破滅の音を奏でて自らの手を赤く染めようなどと
あぁ、サリエリは思っていなかっただろう。
いや、考えもしなかったか。
ずずっ
白いティーカップ、赤い紅茶には4~5の角砂糖が未だ溶け切らず浮いている。
それを持つのはこの部屋の主だ。
雪山の上、外界と隔絶された異境ともいえる場所に座するカルデアに
人類を守る為に、と大きな荷物を背負わされた者たちが奮闘する場所に呼び出された英霊である。
黒と白のスーツに身を包み、真っ赤な目を白髪の間から覗かせる。
細身の体で、如何にもな芸術家気質がそこに佇むだけで伝わってくるような。
一人きりの部屋、暗いその片隅でアンティークなテーブルランプのみを灯らせて、座っている。
そんな男。
灰色の男。
「神に愛されしものを、殺した男」
名を、アントニオ・サリエリと言った。
「あぁ、やはり駄目なのだ」
ぽつり、呟いてしまう。
何時もの事だ、私にとってはもう当たり前の事になってしまった。
か細い両手で顔を覆うと、指と指の間の空間から、昔サリエリが見た風景が思い出されてしまう。
空ごとのように、聞こえる。
『アマデウスが死んだ』
うちひがれるような悲しみを、思い出す。私が奴を憐れんだことなど無いのに。
サリエリの、無き腫れるような目元を、鏡で見えたくしゃくしゃの自分の原本を思い出す。
あぁ駄目だ、何故なのだ。
答えが見つからないと分かっていて、それでも問う事を止められはしない。
返らぬ答えと知ってなお、求める行為を絶つことは出来ない。
「くそ、わからない。誰なんだ、私は!」
茶色の机を叩こうとして、潰し壊してしまいそうだと、最後の理性でもってクッキー缶へと手を伸ばす。
がさりと、仕切りの紙にもたつきながらも残り少ないチョコチップクッキーを齧る。
鼻の奥から抜ける甘い匂い、歯から伝わる固くはなくとも脆すぎず崩れる、そんな感触を楽しみながら、
それでも、サリエリのように喜ぶ事が出来ない。
苦しかった、理解できる事と受け入れられることは違った。
知っている事と、私がしたことではないという乖離と、あるべき姿となした姿の重ならなさに、私は怪物であるとつくづく思い知る。
「知っている、知っているとも!私は、怪物だ……。
サリエリでは、ないのだ」
心地よくのみこめる訳がない、無理やり流し込んで納得させようとしているだけだ。
思ってしまう、サリエリで無いならば。サリエリが出来た事は、私には出来ないと。
甘く甘美な菓子の類を頬張り、曲を奏で歌い、
そして。そして。
「あの、アマデウスの曲を聴いて!感動し語らう事など!」
今の私には、努々出来ぬことだった。
復讐者、無辜の怪物、それが私。
歪んだ逸話と心の中で生まれた黒い感情が、サリエリという体を食い潰し、飲み込み、成り下がった怪物。
サリエリに最も近く、そしてただ近いだけの遠いもの。
あの日の感情を、感触を覚えている。
元来サーヴァントとは、進むことが出来ない過去に縛られた存在故、忘れるという人間の基本を行う事が難しい。
それは、持ちたくもない忘却補正によって、黒い負債の鎖として私を縛り付けている。
臆病で空腹な私が、二度目の『神に愛されしもの』殺しを行わないように。
フラッシュバックするのだ、サリエリの記憶が!
サリエリならばこうしたと、サリエリならばこう感じたと!
「私の抱く感情よりも思いよりも鮮やかに!思ってしまう……」
成り下がった私の感情など、ただ一途なだけ。
あの神才のか細い首をこの赤き手でもって、締め上げたい。
それだけしか考えることが出来ていない、機械のようなものだ。
「なんなのだ、わたしは……」
残った数枚のクッキーを口に運んで、少しだけ心を落ち着かせようとする。
甘ったるい紅茶をすすってなお、晴れない心に一層の苛立ちを私は感じていた。
くそ、くそっ!
声にならない、目元が顔が歪んでいるのは見なくても分かる。
むしゃくしゃする心を、一体何が落ちつけられるのか……。
そんなの考えなくても分かった、机を片すこともなく私は椅子を立つ。
次のチョコレート缶を開けて、中にあるサイコロ型のチョコを一つ頬張ってから、ある部屋へと足を進めた。
白と水色の混じる清潔感のある施設の中、娯楽施設の一角にそれはある。
言わば音楽室、防音室と言った方が本当は正しいのだろうか?
サーヴァントだって人間だって、歌いたいときはあるし、曲に酔いしれたいときもある。
今の私はまさにそれだ、私はピアノの旋律を求めていた。
「何を、ひこうか?」
俯いて歩く、場所は分かっているから頭で色々な曲を模索していた。
あの曲がいいか?今は気分が沈んでいるから楽し気な方がいいか?
いや、もっと激しくいこう。気晴らしなんだから。と
そう、すっかり一人で弾ける気でいた。
左腕に握った銀時計が夜中の一時を示す、こんな時間に起きている日は大概寝付けないままだから。
暗い部屋にいるよりも、酔いしれようじゃないか。
何なら、酒瓶もあけよう?
そんな呑気に考えてしまっていた。
知っているのに、ピアノを弾くのは自分だけじゃ無いことを。
目を逸らしていた、復讐者が出来るはずも無いのに、瞼を瞑って。
でも、聞こえてしまったんだ。
私の中の私を呼び覚ます、あの声が。
「何か、次のリクエストはあるかい?」
「んーと、じゃあ。きらきら星で」
~~~~~ッ!
ぞわり。走る悪寒と同時に右腕が真っ赤なモノへと変わる。
アマデウスを引き裂いた、魔の腕に。
「あま、アマデッ……くぅ」
駄目だ。マスターがいる。
膝を床に着く、体を抱き込むようにして心の臓から湧き上がる殺意を抱き込む。
この夜中に騒ぎを起こす気か、私が部屋から出たのがいけないのだ。
しきりに叫ぶが、怪物は私の体を突き動かそうとする。
「うっ……く……」
流れ出すきらきら星は、私の腕から胴へと侵食を進めていく。
駄目だ、今すぐに胸元を突いて血を吐かせてやりたかった。
演者である彼の腕を切り飛ばして、二度と演奏できぬ者にしてやりたかった。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。
声だけならば、まだ辛抱は効くはずだ。抑えろ……
「ねぇ、アマデウスはさ。サリエリをどう思っているの?」
「っ!」
身体の震えが止まった。
一瞬ではあるが、その言葉を待とうとした。
復讐者らしからぬとは思うが、いやしかし。
純粋な復讐者で無いからか、私の中の怪物は止まってくれた。
怪物だって形骸のような噂の塊だ、殺すという言動そのものに一貫性はあるが、その理由など曖昧なもの。
曖昧な噂の曖昧な部分、それを埋めたがっていた。
嫉妬なのか、嫌悪なのか、悲愴であったのか。
知りたい、神の才を持つものが私をどう思っているか。
「サリエリ?あぁ、酷い奴さ。僕の下ネタには微塵も笑ってくれないし、あいつの事はやっぱり最後までわかってやれなかったよ。
気がするーじゃなくて、本当に、0%の意味でね。そういう意味では僕にもちょっと非があるカモだけどね。」
力が少し抜けた。
「あぁ、やっぱり凡人の私は……私では……」
駄目だった、のか。
殺す理由に足ると、怪物は認識したのだろうか?
赤い腕の指先がより一層の鋭利さを持ち始める。
これは人型の怪物ではない、憤怒の竜とかしたアマデウスを殺す為だけの姿だ。
あぁ、私を嘲笑っていたのか。才能のあるお前は、やはり。
手をついて、体を上げる。
先ほどまで抑えていた殺意を、何の躊躇いもなく体から吐き出し始める。
腕には、あぁ。指揮棒にも似た白骨の剣が握られていた。
鉄扉一枚の壁が、憎らしい。
「でもね」
ぴたりと、私は止まる。
「僕の音楽で一番喜んだのはきっと彼だ。
どれだけの賛辞を貴族や王から聞いたって、彼の一言に勝るものはなかなか無かったさ」
あぁ、ぁ!
「アマデウスっ!」
すっ、と赤がひいた。
私はサリエリだ!アマデウス!
怪物ではない、灰色の男ではない、私はきっと良くない物に汚れていただけなんだ!
音楽室の扉に手をかざす。
認証をして赤のランプが緑に変わり、小気味よい稼働音と共に扉が開き始める。
会いたいと願っていた、話したいと思っていた。
私に掛けられた様々な酷い噂を、笑い飛ばして欲しかった。
一曲、弾いてほしかったんだ!
私はサリエリだったのだ、私は。
いや、いや、
『いや、違うとも』
私の視線が、部屋の中央を一瞬だけ捉えた。
彼が死んで以降、初めて彼に会えた。そんなような気がした。
夢に見ていた卑屈そうな顔を、見て思う。
だが、やっぱり違うらしい。
その夢とやらは、サリエリが見た再開の夢じゃない。
彼の顔は、何度も殺さんとして迫って、幾度となく目にしていたんだ。
彼を殺し続けるだけの夢。
熱く焦がれるような感覚と共に、両腕や両足から深紅が駆け巡る。
まるで、一秒が一分になった見たいな、ドアの動きに私は確信した。
喉まで差し掛かった怪物。すっかり復讐の様相を着せられてしまったにも関わらず、まだ扉は目線が通るばかり。
呑まれるのだ、私はやっぱりサリエリでは無かった。
サリエリは、アマデウスに会う事など出来ない。そんな運命まできっと、背負わされているに違いないと思えた。
「アマデウスっ!」
びくり、と体が震えた。
隣で演奏していたアマデウスの手も、流れていたきらきら星も止まる。
「いまの声って」
私がアマデウスの方を向くのとほぼ同時に扉が開いた。
じっとこちらを見つめる赤と黒の怪物。
見違えようか、サリエリだ。
何故こんな時間に、この部屋へ?そんな事考える暇なんて、ない。
「コロスゥ……コロスゥヴ!」
「よし、マスター。逃げよう」
「わかった」
私は大急ぎでソファーを後にした。
「はっ、くそ。逃げられたか」
息切れがする、心臓もどくどくと脈打ってしまって、少し息苦しい。
また殺し損ねた、悔しさが力となって、強く拳を握る。
が、何故だろうか。
答えを見つけたような気がしていて、少しだけ清々しいような気持ちを得ていた。
真っ暗な自室、開けっ放しのチョコ缶に再度手を伸ばす。
「私が誰かはわからないが、サリエリではない」
チョコを頬張る。
先に一瞬だけ出た私の記憶の欠片は、長居することが出来ないらしい。
そのままで居られないのなら、やはり私はサリエリでは無いのだろう。
だが、
確信した。
「私は、アマデウスの前では完全なる復讐者で、怪物で居られるのだ」
私は、怪物だった。奴の前でなら、完全に荒れ狂う存在として居られる。
空のティーカップを見つめて、冷めきった紅茶をポットから注ぎながら、
そう。不満げに、口に出す。
「私は、アマデウスの傍でだけは完全なる『神に愛されし者殺し』で居られる。
ならば、奴を殺すために。そして私が私である為に、奴の傍に居続けよう」
注がれた赤い液体に、白い砂糖が落とされ
溶けて少しずつ、白は赤に塗りつぶされていく。
「あぁ、そうとも。」
「殺す為に、殺さずに傍に居続けよう。
傍らで、奴の奏でる全てを聞き続けよう。
奴を殺すその時まで、私は奴を殺す運命を背負い続けよう」
私は、私だ。
きっと、私はサリエリでも灰色の男でも無辜の怪物でもある。
私の本質がどれなのか、本当の一つがどれなのか、まだわからない。
一生、わかるとも思えはしないが、
全ての「私の願い」を背負っている。
殺すべき者を殺したとき、私がさて何になるか等、見当もつかないが
「あぁ、甘いものは素晴らしいね」
やるべきことだけは、見えた気がした。
フランシス・ドレイク 「私の船長」
「悪いねぇマスター、折角の休みに付き合ってもらってさぁ」
声がする、強く吹く風の中にかき消されることのない、凛としたものだ
見渡せば一面大海原の世界、その中心にぽつりと存在する木造の船の上、そこに私や声の主が居た。
ゴールデンハイド号、名高き船乗り。いや、海賊ドレイクの
金の面舵を片手で揺さぶる赤髪の人物の、船である。
「気分転換になるし、丁度良かったよ」
そういって、看板の上に寝そべる。
時間は太陽を見る限り昼頃と言ったところか。
ぽかぽかと温かい光に照らされ、吹く風と相まって丁度良く眠気誘われる温度。
眩しいから、と瞼を閉じてからくぁぁあとあくびを一つしたならば、笑い声が聞こえてくる。
「なんだいアンタ、眠いのかい?」
「んー、気持ちよくてさー」
「そうかいそうかい、でもまだ寝るのは後にしなよ?」
「うん、わかってる」
何で突拍子もなくお船の上で揺れているのか。それにはちょっとした経緯がある。
日頃の疲れと比例する、湿布の匂いがすっかり籠った自室に、朝早く立て続けに来客があったのだ。
勿論、そのうちの一人はドレイクなのだけど、こんなところにいる理由はドレイクではない。
「私達、ピクニックがしたいのだわ!」
「したいしたーい!」
「ちょちょちょ」
朝。八時。遅めの起床。
着替え終わりと同時に、3人の少女達が走りながら部屋にやってきた。
言うならば無邪気な嵐、一切の遠慮なく笑いながら現れ、そして私を取り囲む。
真っ先に胸に飛び込んでくるのはジャック、次点でナーサリー。
それを少し慌てた様子で見つめるジャンヌサンタリリィがぱっと視界に映り込む
「ジャンヌちゃん、これどゆこと?」
私は目の前でぴーくにっく!と歌うジャックとナーサリーをよそ眼にしながら
一番話の通じそうなサンタジャンヌちゃんに声を掛ける。
流石の私も、こんな状況易々とは飲み込めないし、落ち着こうにも膝の上が騒がしくて気になる。
「えっとですね、その。
私がまた海が見たいなぁなんて口に出してしまったばっかりにですね、その」
「夢は良い事だわ!叶えてあげましょうよ!」
「おかーさーん、おかーさんもピクニック~」
「はいはい、ちょっと待って」
一人喋り出すと、木霊のように他が喋り出す。
それを宥める私は、なんか保母さんみたいだな。なんて呑気な事を考えてはいられなかった。
「ピクニック……って、しかも海」
「えぇ、れいしふとしたいのだわ!聞いたの、あの素敵な女神さまたちに「オケアノスに言ったらどうって!」」
「くっ、女神さまは性根が……」
この無邪気タイフーンは女神さまからの刺客らしい。
当然、レイシフトは頼めばやって貰えない事も無いが、それはスタッフに負担がかからない。という訳では決してなく
というか、ロマニの負担が単純に増えるというか……うむむ。
「し、資料室に海の映像はあると思うし、そういうの見てから普通にお茶会とかは……」
「駄目よ!」「駄目!」
「あ、あはは」
「おかーさん、いいでしょー?わたしたち、この前頑張ったよー?」
「ジャックちゃん」
それ言われると、何も言えない。
それにナーサリーも譲る気が無いし、どうすれば
「んぁ、先客がいたかい」
鈍いモーター音が響いて、扉がまた開く。追い打ちをかける様に。
一斉に、目線が扉の方へと動く。赤髪、顔に傷。見違える事も無い、ドレイクだ。
酒瓶片手に、少し赤らんだ顔のドレイクは、それでもまっすぐに歩を進めながら部屋の中へと入ってくる。
それを見つめしばし、私の口より先にナーサリーが動いた。
「ねーねー船長さん!ピクニックに一緒にいかないかしら?」
「ちょ、」
「へぇー、ピクニックねぇ。何処に行こうとしてるんだい?」
「なんで乗り気なの!?」
「ジャンヌが、海が見える場所に行きたいんですって!そこで美味しいお菓子を食べようと思うの!
どうかしら?」
ナーサリーがきらきら乙女感満載の主張、ドレイクは少し私を見た。
酒瓶を逆手に持ち直して肩に手をかけ、予想通りの笑顔で。
「へぇー、いいじゃないか。なんなら、アタシの船でやるかい?
実は昨日ティーチの野郎と飲んでて、無性に船が恋しかったんでここに来たんだ」
「わぁ!それは素敵だわ!」
「わぁーい、楽しみーっ」
「あぁ、あははははは」
「ご、ごめんなさいトナカイさん」
「いいから、準備しといで」
少し俯くジャンヌをぎゅーして、ナーサリーとジャックの方へと促す。
やっぱり我慢してても女の子は女の子って事なのかな、少し嬉しそうなジャンヌの横顔を一瞬見て、私は体を起こす。
もう駄目だ。流された。
せめて、ロマニへの頭下げ役にドレイクも引っ張っていこう
「にしても、まぁーさかお料理担当としてマタハリさんやブーティカさんまで勧誘してくるとは」
「今頃、船内の料理場で楽しくお料理してるんだろうねぇ」
波の音に混じって、看板の下から少し騒がしい音が聞こえてくる。
予めジャックちゃんに解体して貰っていたワイバーン達が、キツネ色になっている事だろう。
ピクニックなんだもの!とナーサリーも張り切っていたことだし、お料理を覚えるのはきっといいことだ。
いいこと、だろう。
そう思いながら、体を起こして膝を抱え込み、辺りを見渡した。
いくつもの木の柵の隙間から、終わらない青が見える。
「海、だなぁ」
私やマシュだけが知っている、ドレイクとの思い出の場所。オケアノス。
あの日の記憶が、この果てない水平線の向こうから蘇ってくるような感覚に、私は少したじろいでいた
ジャンヌオルタ、アルテラ。大きな壁を乗り越えて少しだけ自信がついた頃に訪れた世界だからか、少しだけよく覚えている。
我武者羅だった私の視界が広がった場所。
「広いなぁー。」
あの日のドレイクの励ましを思い出して、なんとなく変な気分になる。
コートを羽織った後ろ姿、彼女とは違うドレイクの存在。同じ人なのに、私だけが覚えてるなんてやっぱ難しい。
こんな、英霊とか世界を救うとか、考えてもみなかったしなぁ。
なんで、私は補欠で来たのだろう。どうして私だけになったんだろう。
別に自分を卑下しているつもりはないのだけれど、補欠である私がそれこそ、世界に名を響かせた人たちに囲まれている事に
ちくちくとした痛みと気持ち悪さを、私は覚えていた。
皆優しいし、心強いし、会うことが出来て凄く嬉しい気持ちもあるけれど……
「なんだい黙って、変な事考えてんのかい?」
「ヘンな事って……」
声がかかって、少し逆光。影のようなドレイクの背中を少し見やる。
振り返ることはなく、金の舵を握ったままの彼女、いや船長は言葉を続けた。
「ヘンはヘンさ。少しゆっくり考える時間があると、後悔しだすのは悪い癖だよ?」
「いや、後悔なんて」
「やれトレーニングだの、ってさ。思い使命背負ってんだから焦るのは分かるけど、そんなにごわごわの肩じゃ何も背負えやしなくなっちまうよ」
波の音が、する。
「ねぇ、もしかして、ドレイクが私とレイシフトしたのって」
私の気持ちに、このもやもやに気付いている……から?
「さぁ?アタシにはなんの事だかさっぱりだね」
両手を上げてお手上げのポーズ、おどけたような様相に少し不安を覚えた。
見抜いて言わないのか、わからないまま喋っているのか。
相も変わらず、船長は振り向きはしない。ただまっすぐに、何も見えない水平線の先へと舵を動かすだけ。
頼もしい背中に、私は羨ましさを覚えた。
「だけど、らしくないのは見てて調子狂っちまうよ」
「でも、何かやらなきゃ。止まってられないよ……
敵はどんどん強くなってて、この前の特異点だってやっとの思いだった……」
私は、情けなく言葉を返した。
背負った物の重さに、見合うだけの人間に。私は成りたいと思って時間を惜しんだ。
らしくない、と言われてしまうのは少し辛かった。
楽しいピクニックの前だというのに、なんだかしょっぱい。
うっ、と喉奥から漏れた嗚咽に、大きな背中はため息を吐き出す。
「ほーら、アンタはわかってないね。アタシに言わせりゃ背負いすぎなんだよ。
アンタに背負わせ過ぎないように、アタシも下の連中もここに居るんだろう?」
ほらジャック!こら、暴れない!と、騒がしい音と焼くような音が聞こえてくる。
いつも頑張ってくれる皆の声、でも、傷つくばかりの彼女たちに私は申し訳なさを、覚えざる負えなかった。
私が、もっと優秀なマスターになれるなら。
「ほれ!」
「うわぁっ!」
いきなり、髪をぐしゃぐしゃと掻きまわされる。
少しぼうっと考えている間に、私の目の前にはドレイクが来ていた。
見据えるような瞳が私を捉えて離さず、整えた形がどんどんと歪になっていく。
うりうりと声をだす感じが、久しぶりに頭を触られた感触が、なんだか少し懐かしくて。
「ずるいよ」
お母さんみたいで、唇を思わず噛み締める。
さっきよりも、顔がひしゃげたのが自分でもよくわかった。
「罪だねぇ世界も。こんな可愛い子に重いモン背負わせてさぁ」
少し蹲るようになった私の背中に、ぼやくような声がして、少しだけむすっと、した。
「悪い事ばっかじゃ、ないよ」
「よくない事ばかりじゃないのかい?」
「ううん、じゃないと皆に会えなかったから」
「へぇ、それが言えれば上等じゃないか。少しはらしさを取り戻したみたいだね」
私をお人形にしていたドレイクは、よいしょっ!と立ち上がって私の手を引き上げた。
少しびっくりしたが、なんとか立ち上がってドレイクの方を見やる。
ぼさぼさの髪に手をあてて、あぁーあと思えば
ふふん、といつもより少し自慢げでこどもっぽい笑い方をしてドレイクは口を開いた。
「アンタに呼ばれてきた奴は、誰もアンタを見捨てたりしないよ。
だから、もうちょっと背中の荷物をさ。下ろして頑張りな」
ばんっ!と背中が痛いぐらい強く叩かれて、
激励と言うのは、まさにこういう事なんだろう。
「下ろしてどうするのさ」
分かっている事を、あえて言う。
しってるよ、どう答えるかなんて。
「んなもん、アタシ達が背負うよ」
あぁ、頼もしいなぁ。
「流石、船長だね」
「当たり前だよ、誰だと思ってるんだい?太陽を落とした女だ」
「はは、そうだったね」
ちゃんと覚えて帰りな。とドレイクは言いながら振り向く。
向かっていくのは木の扉、激しいお料理合戦の行われている場所だ。
「さぁーて、厨房にちょっかい掛けにいくかな。お酒お酒~」
ぼやく様にいうその隣りへ、少しだけ駆け足に。寄り添う。
頼もしい、私の船長。
「ドレイクさん、マスターをからかうと昼間からのお酒は令呪で禁止しちゃいますよ?」
「あははは、こりゃ。一本取られたねぇ」
風も、波も。
今はどうか、穏やかなままで。
アルジュナ 「施しより、授かりへ」
声に呼ばれる。呼ばれたのであらば、一英雄として出向かねばなるまい。
抑止の世界、ただ白いだけの孤独。私の安らぐ何も無き場所から、私は外へと出た。
足先から、細かい粒子となって消えていく刹那、現代の知識を得ることになる。
燃え尽きた世界、生き残った氷獄の住人の抗いに、私は駆り出される。カルデア、過去の改変を行うレイシフト、最後のマスター、数多の英霊と共にこれから殲滅の一途を辿ることになる。
体全てがほどけてしまえば、私を再結晶させるけたたましい機械音聞こえ始め、霊基が固定。一瞬の内に私は目を覚ます。
目の前には華麗なオレンジ色をした髪をもつ少女が、あぁ。生々しい傷を抱えながらも立っていた。
「サーヴァント、アーチャー。アルジュナと申し...ッ!」
彼女の後ろ、目線が少し動いたがばかりに動揺の色が私を蝕んだ。白髪、黄金の鎧、機械仕掛けの赤き翼。
「アルジュナ、か。久しいな」
声がかかる、誰が見違えるものか。
「カルナ......まさか、貴方が先に此処にいるとは。奇縁な事もあるものだな」
「そうだな、非常に頼もしく思う」
頼もしい、か。
「まぁ、いい。私は今よりマスターの弓。カルナ、お前と争う気は無いと言っておこう」
「ありがたい、何せ俺にも大事な物が出来た。戦いを挑まれても、今の俺には失うものがあるからな」
「そうか」
「話は終わった?」
少しはっとなると、にこやかな笑顔の少女は私に話しかけてくる。この子が、立香か。
女の子らしい雰囲気を見せているが、その実あと一歩のところまでやって来ているだけの事はある。風格といい体躯といい、女性だからと特別扱いするのは気が引けるほどにしっかりした人だ。
「これは失敬。して、私はこれよりどうすれば?」
「うん、とりあえず貴方の部屋を用意してあるから、其処を好きに使って」
こっち、と手招きする彼女に私は着いていく。私を見据えたカルナは微動だにもしないが、気にすることはなくその横を通りかかる。
「安心しろ、マスターはとてもよい人だ」
「その程度わかる。にしても余程丸くなったと見えるな」
見失わぬよう背中を追いながら、少しだけ感じたことを頭で反芻する。
カルナの悪い癖、私を苛立たせるあの口振りの影があまり見えない。というも、口を開く前に少し考えているようにも見えた。
おそらく、ここのマスターの影響だろう。
「ついたよ」
「失礼します」
布団とサイドテーブル以外に物の無い、松代な部屋。掃除は行き届いているものの、なんとも殺風景としか言いようがない。
「物は、これから増やして構わないから、好きに使ってね。」
「わかりました」
「アルジュナさん、これからよろしくね」
差し出された手、傷だらけの筋と赤の混じった女性に持たせたくない勲章ばかり。マスターとの握手というのは、些かサーヴァントの身に反すると思いはしたが、
「ええ、心して」
その手を握り返すこととした。
「オレは、上手くやれているか。マスター?」
「そんな心配しなくても平気だよ」
そんなやり取りを何度聞いたことか。呼び出されて早くも一週間が過ぎた頃に、既に四度カルナが不安そうな様相を呈しているのを見かけた。
私が出る巻くではないと、廊下に背中を預けて。しかし、気にならぬわけではないからつい聞き耳を立ててしまう。
私の兄、施しの英雄、私が射ぬいた者。奴が一体何を考えているかなど、ついぞ分かりきることもなく。私は私が成すために、弓を引いた。この指を、離した。
後悔など、してどうなるか。この身を蝕む黒が消えることなどなく、私は一人孤独にうちひがれて居たい。
ただ、そうだとしても。知りたい気持ちは消えない、カルナの思いや願い。私はそれを摘むものになってしまったが、ここでならカルナは、叶えることが出来るだろう。
知りたかった、神の与えた唯一無二の巡り合わせだから。
「オレは、あの男と。アルジュナと、上手くやっていけるだろうか。
母の願い、このカルデアという場所。こんな機会二度とて無かろう」
「カルナさんにも、思うことはあるんだね」
「当然だ。話でわかり会えると、マスターとかつてのマスターは教えてくれた。オレの努力次第でどうにかなるのなら、掴めるチャンスは掴みたい」
「変わったね、カルナさん」
「そうか。オレはオレのままだが」
「うんん、変わったよ。カルナさんは、欲しがられるままに与えるだけの人だったけど、今はちゃんと。欲しがれるんだから」
俺は、真底胸クソが悪くなった。
抑え込んだ激情、あの日の後悔、俺が望んだ生き方との乖離。黒。
沢山の物を抱えて、捨てきれずにいる負債を背負い込んだままで、私は此処に立っているというのに、カルナは何故?
真っ白な服の上から自らの胸をきつく掴み、歯を食い縛りながら自室のドアを開けた。
軽く間食でもしようと思っていたものだが、今はもうそれどころでは無い。
電気はつけず、静謐と静寂が包む未だに物の増えることのない部屋の中。一つだけ大事に抱え込んでいたもの、命を刈り取った弓矢を手にして膝をついた。
「あの日の、後悔。片時とて、忘れたことはないッ......」
離れていてもなお、手に感じた肉を裂く生々しい感触。力無く項垂れ、倒れこんだ兄にして宿敵の姿、一度足りとて変わることのなかった無骨な表情。
鮮明に、思い出せる。
俺とカルナとを晴らせるのは、最早再戦しかあるまいと、思っていたし願っていた。
謀殺に似たあの日、俺を見てくれた宿敵。一人の勇士として、英雄として見据えられたあの時!引く他なかったあの時、躊躇いを飲み込んだ。
ずっと、待ち焦がれた。本当の私になるために!正々堂々と、カルナを打ち倒すために、私は此処にいるのでは無いのか?
「人理等と、私には過ぎたもの。今一度を......」
マスターに立てた誓いを、かなぐり捨てる思い。しかし、叶わないだろう。
カルナは、望むことをしなかった。
「アルジュナ、少しいいか」
真夜中、痛む心を慰めてなお眠れない私の元へと、声がかかる。
「カルナ、か。」
ぽつり。反射的にも、呟いた。
そうだ。と肯定の言葉が返ってくれば、即座に言い返す。
「帰ってくれ」
「話がある」
「またにしてくれ」
「いや、駄目だ」
「融通の聞かぬ男だな......」
三度は繰り返すまい、赤く施錠を示すランプを緑にすれば人を検知したセンサーは勝手に動き出す。
そこにはやはり、カルナとマスターが佇んでいた。アーチャーの身にもなれば、少しは気配の掴み方も上手くなるということか。
「感謝する」
「それはいい、用とはなんだ」
「ふむ、それでは簡潔に言おう。そろそろオレはお前が気に食わない」
「カルナさん、大事な所で言葉を減らさないの」
一瞬カチンとくる言葉が聞こえたかと思えば、それは即座にマスターの手によって押さえられる。未だかつての見たことの無い苦戦するカルナ。とやらを俺は拝んでいるらしい。
「私が気に食わないと、それはお互いに分かっていたことだろう。殺し合いをしたいのであればこちらは望むところだが?」
「違う、そうではない」
言葉を選び、絞るようにして話すカルナ。余程の事と見える。
「オレは、教えたいのだ」
「何をだ?」
お前に何を教わると言うのだ。
俺の方が望まれ、恵まれ、英雄らしく生きてきた。これからもだ、教わる事など
「お前の黒を隠し通せる相手は、このカルデアにおいていない」
......
......
なんと?
今、なんと言った?
「マスターは既に、お前を垣間見ている。動き出す前に、一言言っておきたくてな」
「マスター......?」
「マスターはね、サーヴァントの記憶を夢で見ることがあるの」
不安そうな声を、らしくなく上げる私に、ぽつりぽつりと言葉がかかる。
弓を引き、指を離し、確かに心の臓を穿つ。あの瞬間を、覗かれたとでもいうのか。
「恵まれていようが、関係無いって事を、アルジュナには知ってほしい」
「いやマスター私は!」
「アルジュナ」
はっとする、冷や汗が流れる。
私の中の私が、矢をつがえろと吠えたてる。
「わかっていただろう。聡明なお前ならば」
「うるさい!私は......俺は!」
英雄なんだ、恵まれた、授かった者だ!
こんなにも醜くて言い訳がない!我欲があって言い訳がない!
「お前も俺も変わらないな」
「ッ!」
「半ばで倒れたオレは、この終わりかけの世界で新しいものを得た。自らを知って、あの日の高みを超えた。新しい境地へと、胸がすく思いをした」
「アルジュナ......」
白黒とする俺を、震える手をマスターが握る。構うことなく、カルナは言葉を続けた。
「宿敵よ、しかして今は背中を預ける授かりの英雄よ。認めればいい。迷いの先に、気付いているのだろう?」
「カルナ.....」
ぎゅっと、マスターの握る力が強くなる。
光の灯る、曇り無き瞳。
「アルジュナ、私はもっと貴方と一緒にいたい。英雄としての貴方だけでなくて、私はアルジュナと居たいんだ」
英雄で、ない私?
「全てを受け入れる者を目の前にして、隠し通すなど、意味がないぞ」
ああ、あぁ。
最後の最後で、お前は口が悪い。
知っていたんだろう、私が私に掛けた呪いは、私とお前でしか解けないと。
私とお前が解くためには、マスターが必要だったのだと。
なんとも、可笑しなものだ。
「アルジュナ、これは?」
私は、大事なものをマスターへと渡す。
何よりも握りしめてきたもの、いつまでも手放さなかったもの。英雄として祭り上げられ、その境地に座して尚、捨てられなかった後悔の塊。
「大事な、ものです。私は、貴女に持っていてほしい」
射ぬいた弓矢。手放すことなく、ここまで黒と共に持ち続けたが、今は少し持っているのも可笑しいだろう。
「弓矢......?」
「ええ、忠義の証に。
私の全てを許し、包んでくれた貴女に使えている間は、貴女に持っていてほしい。」
貴女なら、このような後悔を生むことはないと信じている。
貴女なら、私を授かりの英雄ではなくアルジュナとして、見てくれる。
貴女の側でなら、私はカルナを等しく愛しき兄弟と扱える。
「今後とも、よろしくお願いします。マスター」
貴女の側では、私はサーヴァント。
過去の負債も、記憶も後悔も打ち捨てて、世界とマスターの為に走る。
私は、貴方のサーヴァントです。
「マスター」
FGO 超短編集