眠れない夜

目が覚めて周りの暗さに、スマートフォンの液晶画面に表示された無情な数字に、覚えたのは絶望だった。

四時、二分。お気に入りの、印象的な目の綺麗な女優さんの後ろ姿の待ち受け画面に現れた数字は、予定よりも三時間以上も早かった。

「わたし、2時間しか眠れてないよ…。」

横向きにに胎児のように丸まった私の二の腕と、冷たいシーツのあいだの小さな空間に掠れた声が響く。

自分の声は他の人が聞いている声とは異なって聞こえるのだと言われたことを思い出した。いつもなら他の人も聞こえる空気を伝わる声が多く占めているように思うけれど、今私が落とした声は絶対に骨を振動させて伝わる声のほうが大部分を占めていたな、と私は静かに思った。

眠れない時に液晶画面を見つめるのはよくありません。眩しい光で余計に脳が活性化してしまいます、なんてネットで仕入れた情報が脳裏に映る。私は書き手も知れないその情報に反発して言う。眠れないのは科学的なことじゃないよ、気持ちなんだ。心なんだよ、哲学的なことなんだ。

数時間後に迎える現実を考えて憂鬱になる。明日も仕事なんだよなぁ、仕事に差し支えたら困るんだよな。

寝返りをうつと柔らかな枕に頭が沈んだ。二の腕の滑らかさに頬が触れる。二の腕の柔らかさはこういう時のためにあるのかもしれない、とぼんやりと思った。

りりりりり、と開け放した出窓から鈴虫の声が聞こえている。小さな、鈴を鳴らしている。怖かったはずの夜の暗闇がベルベットのような柔らかさで私を包む。

「大丈夫、不幸が幸福を甘くする。切なさや哀しみが幸福を甘くするんだ。」

辛い時の合言葉を私は呟く。哀しいときにいつも呟く合言葉は辛さが表れているはずなのに、いつも私を柔らかく包んだ。

眠れなくても、いいや。柔らかなタオルケットに顔を沈めると甘い匂いがした。眠れなくてもいいよ、私は今を楽しむだけ。夜の甘さを、柔らかさを。ねぇ、熟睡している人には楽しめないことでしょう?

目が覚めてしまった時には、溜息を零してばくばくとしていた鼓動は和やかな時計の秒針の振動のようになっていた。

心地よい静けさと柔らかな孤独に私は目を細め、唇に弧を描いた。

2014年 09月26日 05時14分(作成)

眠れない夜

眠れない夜

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-06-26

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