Fate/defective [×××]:02
それに意志は介在しない。それに感情は付随しない。
映画を鑑賞するかのように。悲劇だけを遠くから眺めている。そんな心地でいた。
人類の取り返しのつかない過ちを、無かったことにするために。ただ殺し尽くした。それが自分の役目だから。
だから、今目の前にある光景も。その中のひとつ。それだけだ。
広い公園の地下には、誰にも知られていない大聖堂があった。今は公園の地面に大きな穴をあけられて、微かな月の明かりを取り入れている。
大聖堂の中は荒れ果てていた。
この世のものとは思えない黒い泥が這いずり回った跡に、数え切れないほどの屍。屍のほとんどは肉が溶けて骸骨になっていた。そして、足の踏み場もないほどの瓦礫。その所々からは勢いの無くなった火が燻っていた。
生者の気配が感じられない荒廃した大聖堂の中で、一人の男がそれらを無表情で見つめていた。
彼は世界を救った。
この場にある黒い泥が世界に蔓延すれば、人類は滅亡していただろう。それを食い止めるために、彼は大聖堂にいた人々もろとも炎で焼き尽くしたのだ。
それが彼の役目だったから。霊長の守護者である、ナツグの。
目深に被ったフードと前髪の間から、彼は当たりを見回した。そしてふらりと前に歩みを進める。瓦礫に躓くことはなかった。
ナツグはここを知っている。
日本の東京。新宿御苑。その地下。
過去にナツグが参加した聖杯戦争の、最終決戦が行われた場所だった。
彼の知る聖杯戦争では、黒い泥の侵略を食い止めることが出来たはずだった。しかし、ここではそれが叶わなかったらしい。ナツグがこの地に降り立ったとき、黒い泥はすでに大聖堂の外に這い出ようとしていた。
だから、敵も味方も善も悪も、すべてを大聖堂という釜に閉じ込めて。業火にくべた。何もかも、無かったことにするために。
目的もなく踏み出す足に、瓦礫とは違うものが当たる。重く、鈍い音がした。
視線を足に向けると黒ずんだ細長い金属の板が見える。歪んで元の形など判別がつかないはずだが、彼には判った。
剣士のサーヴァント。その触媒だったものだ。
“あの時”に、鞘など持っていただろうか。
霞がかった思考の奥で、自分の知る聖杯戦争との違いをなぞっていく。その過程で脳裏に掠めるのは亜麻色の髪の少女。
その少女の姿が像を結ぶ前に、ナツグはまた一歩大聖堂の中を進んだ。
ざくざくと先程まで生きていた何かを構うことなく踏みつけて。耳が屍のノイズに慣れてきた頃、ノイズの隙間から控えめな高い音が響く。
咄嗟に足を退けると、月明かりを反射する小さな物体が姿を現す。
青く光るそれは、三角錐のルーン石。
それは、槍使いの英霊が持っていた品。最後には槍使いのマスターに託された。心優しいあの人の大事な物。
そっと、青い石に手を伸ばした。指先が触れようかというところで、ナツグは何かを感じ取ったようにハッとして顔を上げた。そのまま空を見上げる。フードが取れて、渇いた空気に顔が晒される。能面のようだった彼の顔は、微かに驚いたようだった。
見上げた先には、空にあいた大きな穴。渦を巻く靄が円の縁を飾っていた。穴の中は何も無い。それは真実、虚空だった。
そのときナツグが泣き叫ぶことくらい、許されていただろう。嘆いて、怒って、どうにもならない現実に当たり散らしても良かったはずだった。
彼を感知できる者など誰一人いないのだから。生者はその場にいなかったのだから。霊長の守護者の一時の激情など、抑止力が。アラヤが感じ取ることはないのだから。
しかし、ナツグはそうしなかった。彼は自分の中のすべてが、体の中から抜け出ていく感覚を覚えた。まるで頭上に浮かぶ虚ろな空間に、吸い取られていくように。
彼は心が空っぽになっていくのを感じ、瞳を閉じた。
これも、守護者である自分には当たり前のことだ。
だから、何を思うでもない。何を感じるでもない。
ただ、何かを思うとすれば、強いて言うならば。
痛かったろう。苦しかったろう。熱かっただろう。
傷つけてばかりで、ごめん。
Fate/defective [×××]:02