カンガルーケア

らっきょ太郎 作

退屈の苦痛の狭い、エリア35。

 僕は友達のHと動物園に行く事になった。何故かと言うと中学校の宿題で動物の姿形をスケッチブックに描いて提出する様に先生に言われたのだ。それで僕は街の端っこに或る寂れた動物園にチャリンコをこいで目指していた。動物園に到着して看板を見るが、やはり塗装も剥がれマスコットのゾウとサルの目の辺りが薄くなっている。その様子からそれなりの年月が経っているなと思った。こうして僕は入場料を払い園内に入った。すると胸ポケットに仕舞い込んである携帯のバイブレーターが振動した。手に取って画面を確認すると友達のHからの着信だった。
「もう着いたかい?」
「うん。今ちょうど到着したところだよ」
「ふぅん」
「ふぅんって、君こそどうなんだ? 到着したのか?」僕はそう言って腕時計を見た。時計の針は十時十五分を指していた。
「俺かい? 俺ならとっくの昔に園内に居るよ。そうだな、ゾウとサルとオオカミとウサギは観た。やる気のない顔であくびをして、こっちをジィーって観ていたな。『久しぶりに人間がやって来たぞ。で、昼寝と飯を食べている姿を見て何が楽しいんだろうな』と、言いたげだった」
 Hの話声の奥でザァーザァーと雑音が聞こえた。電波が鳴っている様な海のさざ波が鳴っている様なそんな雑音だった。「何か変な音が聞こえるぞ?」僕はHにそう聞いた。
「そうか?」
「そうだよ。それで、お前は今、何処に居るんだよ」
「ああ、俺は今、カンガルーの所に……」Hがそう述べた時だった。雑音の音の波長が強くなる。小さな渦巻きがだんだんと大きくなる感じだ。何だか気分が悪くなる音だった。
「おい、何を言ってるんだ? 全然、聞こえないぞ?」
「だから……。お……れは、今、……カンガ……」それがHの声が聞こえた最後だった。僕の耳に当てている携帯はプツンと切った。いや、Hの携帯の方が切れたのかもしれない。何だか少し気味が悪い途切れ方であった。それで取りあえず僕はHが言っていたカンガルーの居る場所に行こうと思った。便所の横に或る看板に近づいて配置図を見て探してみる。どうやらカンガルーの居る場所は此処から反対の場所である。Hの奴、結構見て回ったんだなと感じた。
 カンガルーの居る場所を目指して歩く間に僕はそれなりの動物たちを観た。Hの語っていた通りにゾウとかサルとかオオカミとかウサギたちはやる気のない姿だった。例えで考えてみる。四日間置いたポップコーンが湿気にやられた感じ。とかなんとか。特にオオカミは酷かった。絞った雑巾が寝っ転がっていると見間違えたくらいだ。これなら近所に飼われているイヌッコロの方が野生っぽいぞ。そんな感じで僕はHの居るらしいカンガルーの飼育場所に到着したのだ。
 Hは居なかった。代わりに偉そうに胡坐をかいているカンガルーが居た。
カンガルーは初めて観るものであるから、近づいて良く観察してみようと思い檻の前に立った。するとだ。カンガルーは立ち上がって、細長い脚を伸ばし、ぴょんぴょんと跳ねながらコッチにやって来る。カンガルーは僕より大きく感じた。それからカンガルーは口を開いて「やあ、こんにちは」と、お天気キャスターに居そうな声で僕に挨拶をした。僕が冷たい檻に指で触った瞬間に突発的に発せられ声に、驚いた。それを打ち消そうと僕は「カンガルーって喋るんだね。僕、カンガルーって初めて観るからカンガルーが喋れて挨拶をする奴だなんて分からなかったよ」と言った。
「挨拶しない奴の方がワタシからするとあり得ませんね。初対面の方にはまず、自分から近づいて挨拶をする。これはワタシのポリシーの一つでありますね」カンガルーは丁寧な口調で言った。
「なるほど」と僕は言った。
「因みに笑顔で挨拶をする事がワンポイントアドバイスであります」
「なるほどね」と答えた。
 カンガルーはくちゃくちゃと口を動かしていた。その口を動かすリズムに質問をした。
「さっきから君って口を動かしているね。何を食べているんだ?」
「チューインガムです。ワタシ、食後の後にガムを食べる事にハマっているんです」と言った。
「へぇ。僕はチューインガムは嫌いだな。だって顎が痛くなる」
「なれますよ」とカンガルーは緑色のガムをプクゥーと膨らませて言った。
 そうしているうちに僕は或る一つの疑問が浮かび上がって来た。
「ねぇ。どうして君は他の動物たちみたいになっていないの?」
 カンガルーは、はてな、と言った感じに首を曲げて「それは、どう言った意味ですか?」と逆に質問した。だから僕は「だって他の動物たちって何だかやる気がないじゃないですか? 眠たそう、と言うよりも、寝る事さえもやる気のない感じでした。それなのに君はヤケにイキイキとしている」
 そう言うとカンガルーは納得した声で「そう言う事ですか! 確かに、ワタシも最近までは憂鬱な日ばかりでしたよ。毎日、毎日、同じ事を繰り返す日々、人間たちに観察されるだけの人生でした。所が最近、それなりに楽しい日になったんです」
「それはどうして?」
「最初は、或る小さな女の子が柵の中に入って来ました。一体、何処から入ったかは分かりません。でも、目の前に居ました。女の子はかくれんぼがやりたいと言って、ワタシのお腹の袋に入りました。するとどうでしょうか。ワタシは或る程度の人の言葉が理解出来たのです。次に、飼育員の人がワタシのお腹の袋に隠れました。動物園の社長に怒られると言ってね。そうするとワタシは動物園の園内の知識が分かりました。それで鍵の開け方が分かり、園内を自由に移動する事が出来ました。そうしているうちに動物園の社長がワタシが歩いている所を見つけてしまい大声で騒ぎました。ワタシは仕方がないので社長を袋に詰め込みました。そうすると社長の声で話せるようになりました。ワタシはそれからと言うもの社長の携帯で従業員に連絡して動物園を運営し始めました。でも、やがて、動物園も飽きてきました。だって、此処狭いじゃないですか」
 カンガルーは腹の袋に手を突っ込んでスニーカーを取り出した。それでポーンと僕の居る場所に放った。赤い星のマークが光る見覚えの或るスニーカーだった。檻の方から声が聞こえた。
「モデルはカンガルー以外がいいなぁ……」

カンガルーケア

カンガルーケア

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-06-17

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