*星空文庫

ボクを食べた少女

メーヴィス・クイーン 作

 とつぜん世界で戦争がはじまちゃったあと……
 パパは兵隊さんになって、戦場で死んじゃった。
 それでね、あたしはママを食べることにしちゃった。
 とってもうれしいよぉ。

 一日目は、目玉をくり抜いて食べた。
 二日目は、鼻を食べた。
 三日目は、ほっぺたを食べた。
 四日目は、ふわふわのおっぱいを食べた。
 五日目は、おしりを食べた。
 六日目は、なにも食べれなかった。
 七日目も、なにも食べれなかった。
 八日目も、なにも食べれなかった。
 九日目も、結局なにも食べれなかった……。

 死んだはずのママがあたしの目の前にポッとあらわれた。
 五体満足のきれいなママだった。
 あたしはママの胸にとびこんだ。
 するとママはあたしの頭をなでなでしてくれた。

「ママ……おなかがすいたよ……」
「我慢しなさい……」
「もう我慢できないよぉ……ママ……」
「しゃべらないの! よけいお腹が空くでしょう」
「……ママ……あたし……このまま……死んじゃうの?」
「……お外に出て、食べ物を探しなさい……ぜったい、生きる希望を失くしちゃだめよ! いい、わかった?」
「わかった……」
「ママとゆびきりしようか?」
「うん」
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、ゆびきった」

 とつぜんママがポッと消えちゃった。
 おなかがぺこぺこで目玉がぐるぐるまわちゃった。
 あたしはふらふらと屋根の上によじのぼちゃった。
 近所の可愛い坊やが家からのこのこ出てきた。
 あたしは息を殺しながら、煉瓦(レンガ)をぎゅっと握りしめた。
 狙いを定めて煉瓦をおもいっきり投げちゃった。

 ゴツンッ!
 見事に命中しちゃった。

「ぎゃああああああぁぁぁ!!」
「おーい、そこのボクちゃん、どうしたの?」
「こっ、こっちに……こっちに……くるな……」
「あははは、わかった……えいっ!」

 またゴツンッと音がした。
 あたしって才能あるかも?
 こんどはボクが叫ばなかった。
 それから瞬間的に、しゅっと屋根から飛び降りた。
 ボクちゃんの頭から血が混ざった甘いミルクの香りがする。
 きっとママはこのボクちゃんを生贄(いけにえ)にしなさいと言っているんだわ、そう思うと(よだれ)をたらしちゃった。

「はあーい、おまたせ」
「……うっ……うっ……」

 ボクちゃんはすっかり虫の息になちゃった。
 とつぜんママがポッと現れた。
 ママは両刃鋸と大きな裁縫鋏を持っていた。
 でも、ママがにやりと微笑んでいるのは――なぜ?
 頭にかぶっていた青い帽子が紫色に(にじ)んでいるのは――どうして?
 よーくみると、ボクの頭から爆発したものがそこらじゅうに飛び散っていた……。
 
「ママ……これって……」
「よけいなことを……考えなくていいの……これは乾酪(チーズ)よ……さあ遠慮しないで食べなさい」
「これ、食べてもいいの?」
「さあ、たあーんと召しあがれ」
「うん……」

 あたしは恐る恐るほおばった。
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 
「ああ、おいしい」
「よかったわね……」

 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 
 ボクの血とミルクが混ざり合った最高の珍味。
 あっという間に乾酪をたいらげちゃった。
 こんなにおいしいものを食べたのは、生まれてはじめてだった。
 あたしは牛のように長い舌で、ほっぺたについたボクの血をぺろぺろ舐めずりしちゃった。


 それから何分か過ぎちゃった。
 いったい何分が過ぎたのか、よく覚えていないの。
 目玉がぐるぐるまわちゃった。
 また、あたしのおなかがぺこぺこになちゃった。

「ねぇ、ボク……あたしボクを……もっと食べたくなっちゃった……」
「殺して! 殺して!」ボクが叫んだ。
「ボクの味、ボクの味、あははは」

 ボクの両腕と両脚はすっかり無くなっていた……。
 あははは、まるで芋虫みたいになっちゃったね。ママとおんなじだわ!
 ボクの乾酪っておいしいのかな?
 それとも、今度こそ大きな裁縫鋏で舌をちょんぎって“人タン”なんてどう?
 両刃鋸と裁縫鋏――どっちにすればいいの?
 ああ、もう迷っちゃう! 
 
「どちらにしようかな 天の神様の言う通り ちんぷんかんぷん あぶら虫 鉄砲撃ってバンバンバン 月火水木金土日 さ・よ・う・な・ら」
 
 あたしは思わず両刃鋸を握りしめちゃった。
 裁縫鋏とは、縁がないのかしら……。

「殺して! 殺して!」
「ボクの味、ボクの味、あははは」
「殺して! 殺して!」
「ボクの味、ボクの味、あははは、あははは」

 ボクが殺してと叫ぶと、もう涎がとまらなくなちゃった。
 むかしね、難しい本を読んだことがあるの。
 あたしはまるでパブロフの犬のようになちゃった。
 血まみれになった煉瓦を見ると、もう笑いがとまらなくなちゃった。
 むかしね、難しい本をもう一冊読んだことがあるの。
 高いところから物を投げ下ろすと重力加速度が加わって、速度が倍になるの。

 あたしは両刃鋸でボクの頭をギコギコと切断しちゃった。
 
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン

 (レア)のまま乾酪をぜーんぶ食べちゃった。
 自分のほっぺたを何度も、何度も、舐めずりしちゃった。
 その後、あたしはお巡りさんに捕まちゃった。
 窓がひとつもない真っ暗闇の汚い牢獄に閉じ込められちゃった。
 
 えーん、えーん。
 ここには食べるものはなにもないよぉ。
 ボクの味が恋しくて涙をぼろぼろ流しちゃった。
 あたしは深い眠りについちゃった……。
 

 でも、あたしは死んじゃいないわ!
 いつもケーキ屋さんの前に立っているの。
 牛のような長い舌で自分のほっぺたを舐めずりしたまんま。
 一九九四年には、牢獄の中で書いた詩がみつかちゃったのは、あまりにも有名なお話だけど……。
 
 とつぜんあたしの顔に薄汚れた紙がぶつかった。
 それは一枚の新聞紙だったの。
 あたしはばしゃっと新聞紙をひろげちゃった。
 あれ?! 
 今は一九九五年だった。
 あたしは自分の指先をよーく見つめた。
 からだじゅうがママみたいに透き通っていた。

「やだぁ! あたしって、幽霊になっても人間の血と肉が恋しいんだわ。あははは」

 道端で脳味噌をぶちまけた少年が死んでいた。

「あははは、ごめんあそばせ。テヘッ」

 そういえば、このボクちゃんの名前はなんていうのかしら?
 ゴツン子ちゃんじゃ、あまりにも可哀想だわ……。
 あはっ! いい名前が浮かんじゃった。


 ゴツンじゃなくて、ポコだよ……うん……きっと、そうだよ……。


 


 

『ボクを食べた少女』

『ボクを食べた少女』 メーヴィス・クイーン 作

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-06-13
Copyrighted

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