*星空文庫

それぞれのこの街

北野 一徳 作

富田比呂菜
「ギルバートグレイプって知ってる?」と富田比呂菜は同僚であり、付き合い始めて間のない彼氏でもある片桐宗介に尋ねた。
「知ってるよ。ジョニーデップの映画でしょ?」
 片桐宗介は映画に詳しい。映画だけじゃなく、音楽にも、インターネットゲームにも詳しい。ダーツもやるし、ボーリングはプロ並みのスコアを出す。ラインはもちろんのこと、ツイッターやらフェイスブックもやっているから、手からスマホが離れることはない。今もスマホの画面を見ながら、質問に答えている。
「どんな映画なの?」
「うーん。一言では難しいな。確かスウェーデン人の監督の映画だったはずだけど、なんでその映画が気になるの?」
「友達がそれを観たらしいんだけど」
「で?」
「私も観た方が良いのかなって」
「観て損する映画じゃないけど、明るくはないよ。ディカプリオが出てるんだけど。子供の頃のね。知的障害を持ってる役でね。あれは良い演技だったなー」
「宗介は良い映画だと思った?」
「悪くはないなって、それぐらいかな。っていうかそろそろ休憩終わりじゃね?」
 富田比呂菜はアルバイトとして、片桐宗介は正社員としてチェーン店のダイニングバーで働いている。社内恋愛はご法度だが、隠れて二人は付き合っている。何人かの同僚にはバレているようだが、店長にさえ気付かれなければ、良いと思っている。
 片桐宗介も富田比呂菜も吸っていた煙草を灰皿に落とした。狭い喫煙室から出ると、店長が居た。
「お疲れ様です」と片桐宗介は全身に消臭剤のスプレーを吹き掛けながら、元気よく挨拶をした。富田比呂菜は会釈をした。
「お疲れ。片桐ちょっと良い?」
「分かりました。休憩上がりなんで、ちょっと店長と話があるって、スタッフに伝えてきます」と片桐宗介は言って、フロアに出て行った。
「富田はさー、何年目だっけ?」
 富田比呂菜は、
「五年目です」と答えた。この後、何を言われるのかは分かっている。店長から再三に渡って、リーダーとか役職につかないかとこれまでも打診を受けているのだ。
「お前がそのつもりがないのは分かってんだけどさ。そろそろ本気で考えてくれよ」
「私は、そういうんじゃないんで」
「でもさ、正社員にも近づくんだぞ」
 店長からしてみると、リーダーになるか、ならないのなら辞めて欲しいのだろう。私より遅く入った年下のバイトがリーダーになっている。年齢的に考えてみて、扱いづらくなってきているのは自覚があった。しかし、責任がぶら下がってくるのは勘弁だった。気楽なスタッフのままが良かった。
「ああ、はい」とだけ返事し、その場を後にした。片桐宗介とすれ違いでフロアに出る。 
 ランチタイムはとうに過ぎていて、店内は閑散としている。今日はディナー予約が四組入っている。
 富田比呂菜がアルバイトのままで居ることに拘るのは、劇団員をしているからだ。正社員になれば出勤シフトの融通が利かなくなる。そうすれば稽古に影響が出るし、おそらく女優になる夢を諦めなくてはならなくなるだろう。
 富田比呂菜は岡田美由希からのラインが気に掛かっている。女優志望なのに、その映画を観てないだけでなく、知りもしないのだから。返信は観てからにするか、正直に観ていないというか。しかし観ていないというのは、富田比呂菜のプライドが許さない。今日にでもレンタルビデオ屋かネット配信されているものを観てみようと決めた。返信はそれからでも遅くないだろう。
 グループライン上では藤井慎吾の返信はない。藤井慎吾が観たことがあると送っていたら、富田比呂菜は大いに傷ついただろう。
 富田比呂菜の働くダイニングバーは、業界の中では大手に入る。首都圏の主要駅の近くには、必ずと言って良いほど出店している。
 四年前に入店した時は、賄い飯があることが最大の理由だった。劇団員は食いぶちに困っていることが少なくない。
 入店したのは二十四歳だった。もう二十八歳だ。三十歳を目前に控えている。店長が社員に誘ってくれている今が華ということは分かっているが、女優になる夢は捨てられない。
 十七時になりディナータイムが始まった。ランチタイムの残りでコーヒーやらを飲むお客様と、アルコールを飲むお客様が混在する時間帯だ。
 四組の予約の最初は、頻繁にこのお店を利用する常連の男性だ。見た目では四十代前半に見える。富田比呂菜のことを気に入ってくれている。直接的にあなたが居るから、このお店に来ているとさえ、言われたことがある。いくらアルバイトの身の上といっても、こういう言葉は素直に嬉しい。
 四年も働いているとキッチン以外の仕事は任されるようになっている。フロア接客からバーテンダーまで。今ではシェイカーを振る姿も板について来た。
 今日はフロア担当だ。予約の十八時きっかりに常連のお客様が来店した。入り口まで出迎えに行く。
 富田比呂菜は言った。
「本日はご来店、ご指名ありがとうございます」常連はいつもと違う女性を連れていた。
こうした場合好奇の目で見る訳にはいかない。前の女性とは別れたのかもしれないし、同時進行なのかもしれない。
 常連は、
「富田ちゃん、いつもお疲れ様。予約通りの席は空いてるよね」と尋ねて来た。
「ええ、もちろんです」常連は店内の最も奥にある端の席を希望する。このお店が分煙で彼が喫煙者であることが理由の一つでもあるのだろうが、内密な話をするのには適しているとの判断からだろう。
 常連は、席に着くなり。
「俺はコロナ、そっちは何にする?」と言った。女性は、
「私は生ビールをお願いします」と言い、
 富田比呂菜は、
「コロナと生ビールですね。かしこまりました」と言った。
 このお店ではファーストドリンクを九十秒以内で提供することが目標になっている。富田比呂菜は滅多に酒を飲まないが、乾杯までの間が空くのを避けるためだということは理解している。
 富田比呂菜はこのお店でも女優だ。フロアスタッフやバーテンダーを演じきる。個を消し、あるべき姿を追求している。個を出せば、お客様やスタッフに腹をたてることが出て来るのは分かりきっている。
 ハンディターミナルでオーダーを入力し、バーカウンターへ向かう。ファーストドリンクであることを伝えるとバーテンダーは、他のオーダーを飛ばし、真っ先に用意を始める。富田比呂菜はバーテンダーよりもフロアの方が気が楽だ。ファーストドリンクがコロナや生ビールの場合は、ほとんど問題ないが、稀にカクテルやギネスを頼むお客様が居る。ただ混ぜるだけななら、まだマシで、シェイカーを必要とする場合は九十秒ルールを守れない場合が多い。ギネスも同じく、泡の出来具合で提供することになるから時間が掛かる。フロアを担当している場合は、オーダーが入った段階で提供時間の目安を伝えるようにしている。そうすることで、幾らかのお客様は、注文をビールやサワーに変えることも少なくない。酒飲みの気持ちは分からないが、早く乾杯することに意味があるのだろう。個の富田比呂菜からずれば、飲みたいものを時間が掛かったとしても飲めば良いのにと思っているが、女優はそんな気持ちはおくびにも出さない。
 客席は禁煙席、喫煙席合わせて三十席程だ。今日のフロア担当は片桐宗介と富田比呂菜の二人と、休憩時間には店長が入ることになっている。三十人を二人で相手にするのは、正直容易ではない。片桐宗介と富田比呂菜だからこそこなせると思っている。ただオーダーを通し、飲み物や食事を運ぶだけなら簡単だ。何より厄介なのは、待ちが入っているタイミングで、テーブルを片付けなくてはならない場合だ。一度で片付けが終われば良いが、このお店では片付ける時に、食器同士を重ねてはならないというルールがある。あくまで見た目重視ということだ。富田比呂菜もそれには大いに賛同しているが、繁忙時間帯では、鬱陶しく思うことも少なくない。無論、絶対に顔には出さない自信がある。
 コロナと生ビールの準備が終わり、常連のテーブルに届ける。
「大変お待たせしました。コロナと生ビールです。ごゆっくりお楽しみください」
 常連が、
「富田ちゃんはすごいな。いつもと違う女を連れているのに一切表情が変わらない。今日は、姉と来たんだよ。二股とかじゃないないから安心して」と言った。
 富田比呂菜は不安になっている訳ではないし好奇の目でも見ていない。何に安心するべきか分からないが、話は合わせる。
「お姉様なんですね。いつも御利用して頂いているんですよ」
「俺たち似てないでしょ」
「言われるとそうかもしれませんが、ご姉弟でも似ていない方も多いですから」
「俺ら、血が繋がっていないの、富田ちゃんにはさ、俺の両親は再婚しているって話はしたよね」
 常連は結構込み合った話を富田比呂菜に振ることも少なくなかった。富田比呂菜にとっては、その時ほど女優魂の見せ所と考えている節がある。
「はい。お聞きしました」
「両親の連れ子同士が俺らって訳」
「一緒に飲まれるくらいですから、仲がよろしいんですね」
「お互い小学生だったから、最初の頃はほとんど会話もなかったんだけど、これも富田ちゃんに話したよね。うちの母が亡くなったってこと」
「はい。確か昨年末でしたよね」
 富田比呂菜は、他のお客様の様子や来客がないか気を抜かずに話を聞き続ける。
「そうそう富田ちゃんは、本当記憶力がすごいな。母が亡くなるまでは、そんなに姉弟間も仲が良かった訳じゃないんだ。でもさ、家族が一人いなくなると結束力が強くなるんだよ。家族って不思議なもんだよ。それまでは二人で飲むなんて考えもしなかった。血は繋がっていなくても家族は家族なだよな」と常連はしみじみ語った。
 富田比呂菜は、フロアスタッフの仮面を被ったまま、自分の家族のことを考えていた。
歳の離れた姉が二人居る三姉妹だ。二人は地元で結婚して子供も居る。結婚するまでは、それなりに仲が良かったように思う。しかし育児が始まると姉たちは時間が取れなくなる。帰郷した時にもまともな会話は出来ない。姉たちの代わりに甥っ子や姪っ子の相手をするのが関の山だ。富田比呂菜に子供は居ないが、育児の大変さはなんとなく分かる、主婦は四六時中子供の世話をしているのだ。それを充実していると感じる女性も居るだろうが、自分の時間が少しでも欲しいと思うのではないだろうか。だからこそ富田比呂菜は率先して、叔母さんの役割を果たす。ここでも良き叔母さんを演じるのだ。そんな状態であるから姉たちと酒の席を共にしたことはない。酒がどうしても必要という訳ではないが、本当の話をする時には、こういう生業柄、酒が潤滑油になってくれることを知っている。
「お姉様もごゆっくりなさってくださいね。お食事のメニューが決まりましたらお声掛けください」と言って、富田比呂菜は常連の席を後にする。
 片桐宗介と目が合う。言葉には出さなくてもあの女性は誰だと言っているのが分かる。片桐宗介は仕事は出来るがゴシップ好きなところがある。たまに一緒に飲みに行くと、お客と店員の誰それが付き合っているとか、別れたとか話すことも少なくない。富田比呂菜はそういう一面は好きではない。誰にしても問題は抱えているのだ。それを面白おかしく話すのは陰口でしかない。思ったことを全て口に出せば良いというものではないし、こういう職業に就いているのだから守秘義務はあるはずだと思っている。
 二十時を回ると、全席が埋まった。これからが富田比呂菜と片桐宗介の腕の見せ所だ。馬の合わないスタッフとフロアを担当することになったら、最悪だ。富田比呂菜ばかりが忙しくて、そのスタッフは単純な作業しかしなくなる。場合によってはオーダーを聞き間違えたりして、富田比呂菜が謝りに行くこともしばしばある。相手がリーダーの場合でもだ。歴は富田比呂菜の方が長いし苦情対応にも慣れている。リーダーからすると、そういう面も扱いづらいだろうなと自覚はあるが、富田比呂菜は女優だ。ダイニングバーを舞台にしたあるべきフロアスタッフを演じきらなくてはならない。
 富田比呂菜はディナータイムが終わると遅ればせながら劇団の仲間に合流した。遅い時間であっても、集まりに行かないことはない。出勤シフトも出来る限り、それに合わせて希望を出しているし明日は休みだ。一ヶ月後に控えた公演の稽古と道具の準備する。小さい劇団であるが故に、演者も掛け持ちで大道具やら小道具、衣装の準備を手伝う。
 今度の公演のタイトルは「殺し殺され」だ。脚本、演出、主演も団長の本多敏昌が行う。題目からするとよくある殺人事件物のように感じるが、違うそうだ。
 概略すると現代の人間は共存しているようであって、その実は互いを殺し合っているという内容だ。本多敏昌はどこかの生物学者の論説に大いに感銘を受けて、この作品を書き上げた。その生物学者は、動物には群れで行動するものと単体で行動するものが居るが、人間は単体で行動する動物であり、一夫一妻は社会性を身につけるために後付けされたもので、本来は多夫多妻であった。日本のある地方では昭和の初めまで夜這いが当たり前のように行われ、どの男性のかも分からない子供を村全体で育てるのが当たり前だったというのだ。それが近代になって欧米文化の「個」や「宗教観」を意識させられようになり、一夫一妻になったという訳らしい。富田比呂菜は何が「殺し殺され」に繋がってくるのかはまだ聞かされていない。演出や台詞読み合わせの稽古はこれからだ。
 舞台はテレビや映画の大きなスクリーンで上映される訳ではないから大袈裟な動きが必要になってくる。視線だけで表現するようなことは出来ない。身振り手振り大声で観客に訴えかける必要がある。富田比呂菜はその身振り手振りが、将来の自分にとって足枷になるのではないかと思っている。テレビや映画では大袈裟な演出は必要ないのだ。癖がつくのが気になっていないと言えば嘘になる。しかしながら、このアングラ劇団を抜けても自分の夢に近づけるとは思えなかったし、今のところ自分の居場所はここにしかない。
 結婚はまだかという両親からのプレッシャーはあるが、富田比呂菜は女優として成功することの方が最優先だった。両親には自分の夢について語っていない。否定されるのが目に見えるからだ。それに加え店長をはじめとして、妻帯者の言う言葉を聞いていると結婚に対して良いイメージを持つことは出来ないし、そもそも結婚願望というのが分からない。
 富田比呂菜が同じ劇団員ではなく片桐宗介と付き合っているのは、馬が合うのは当然だが、金銭面的なところも大きい。劇団員は全員と言って良いほど、その日暮らしをしている者が多い。一人だけ資産家の劇団員が居るが、何をしても鼻につくのだ。デートをするにしてもお金が必要だ。一部分では金銭面で片桐宗介を選んでしまっていることには後ろめたさがないと言ったら嘘になる。結婚願望はないにしても異性を必要としていない訳ではない。心の拠り所を欲している。
 片桐宗介との性行にスキンは付けていない。付けると萎えるというからだ。富田比呂菜は仕方なしに了承している。子供が出来たらという不安がない訳ではない。男女の関係の中で性行なしなのは少ないことは分かっている。自らは性欲の強い方でない。しかし、摩擦の力には勝てない。一旦始まると何かが押されるのが分かる。
 ことが終わると片桐宗介は毎度、賢者モードだと言って、富田比呂菜の身体を触るもの嫌がるし、すぐに煙草を吸い始める。富田比呂菜はしている最中より終わった後こそ、大切にしたい時間だ。お互いに汗ばんでいたとしても、引っ付いていたいし、腕枕の一つもして貰いたい。相手が片桐宗介である必要がないことに自覚がある。馬が合えば良いのだ。一旦付き合い始めると別れるのが簡単ではないことを経験から知っている。体力も精神力も消耗する。次の相手が決まっているのなら踏ん切りも付けられるだろうが、自分の住んでいる世界は狭い。他に相手など居ないのだ。
 本多敏昌の台本は、演者へ同時に配られる。読み合わせを行いながらストーリーを理解していくという手法をとっているから、まずは全員で棒読みを行う。今回の演者は四名。本多敏昌と富田比呂菜と俳優二名という構成で、富田比呂菜はヒロイン役だ。
 台本の読み合わせを終え、富田比呂菜が理解したあらすじは、こういうことだった。
 人間は肉食であり草食でもある。何動物なのか分からない。言うならば雑食動物だ。また群れているようであって、実際その群れは不安定だ。家族然り、会社然り、友達関係然り。
 富田比呂菜は配役の一人と付き合っている。
 本多敏昌は富田比呂菜を配役の一人から奪うように画策する。
 もう一人の配役は本多敏昌の意図に気付き、止めようとするが偽善者呼ばわりされる。
 本多敏昌は言う。
「欲しいものは欲しいなりの行動に移さなくては駄目だ。動物は絶えず競争の中に居る。人間も同じだ。倫理感なんてものは後付けだ。会社でも出世競争で足の引っ張り合いをするだろう。あからさまに口に出す奴が居ないから厄介なんだ。恋人同士でもそれは同じだ。安定なんてものはない。絶えず不安定の状態にいるからこその動物であり、人間なのだ。それから目を背けるから、おかしなことになる」
 富田比呂菜は配役の一人のことは好きだが、本多敏昌の引力に徐々に抗えなくなり、関係を持ってしまう。本多敏昌曰く、いつも強いオスが勝つようになっていると。   
 本多敏昌がフィナーレに近づく台詞を言う。
「自分が我慢して居るのだから、その他大勢にも同じものを求める。それから逸脱すると社会的制裁を受ける。我慢、自制心、これが現代人たる所以だ。元来と言ってもどの時代かは分からないが、我慢などする必要のない時代があったはずだ。都合の悪い奴が居れば殺せば良かった」
「ならば言わせて貰おう。俺はお前のことが我慢ならない。死んでくれ」と富田比呂菜の彼氏が言って、本多敏昌を刺す。
 本多敏昌は、
「それで良いんだ」と声を絞り出し演目は終わる。 
「日本のテレビや映画じゃ社会派の演劇は出来ないんだ。何かへの配慮が必要になってくる。それはスポンサーであり、政治家であり、何かの団体だし世論だ。言いたいことを言うとすぐにバッシングに合う。だからこういうアングラ劇団が必要になってくる訳だ。小説も同じだ。直接的なことを表現することは出来ない。そんな時にはメタファーを使う。読者にとっては難解な物語になる。言論の自由なんて、この国にはないんだよ」
 富田比呂菜は団長のこの口癖を聞き飽きているし、聞くたびに負け犬の遠吠えだとさえ感じている。だったらこの国を出るか、既存のシステムの中で表現すれば良いのにと。賛否両論が出るくらいの作品にすれば良いのだ。環境のせいにするのは簡単だ。迎合はしないにしても、それを打ち破るか、ギリギリの線を狙うのが表現者の責務だと思っている。少なくとも金にならない商売ほど情けないものはない。需要がないのに供給するのは表現とは言えず、エゴでしかない。かと言って全部が全部団長の口癖全てを否定することも出来ない。富田比呂菜にもギリギリの線は分からないし、自らが需要のない劇団員でしかない。
 万が一、テレビや映画に出られる女優になったとしたら、おそらく金や立場に目が眩むだろう。自分が演じたい作品を選り好み出来る程の才能が自らにあるとはまでも思い上がっていない。どんな役であれ、需要があれば喜んで出演するだろう。
 富田比呂菜は台本の読み合わせが終わってから、いつもは利用していない稽古場近くのレンタルビデオ店に向かった。もし無ければネット配信されているか確認すれば良いと思っていた。最近のレンタルビデオ店は陳列が複雑だ。新作、準新作、旧作、その店なりの特集コーナーなど、単純にアイウエオ順に並んでくれていれば容易に見つけられるのにと富田比呂菜は思った。店側の思惑は色々な陳列方法をとることで目当てのビデオ以外も借りて貰う可能性を高めることにある。案の定、富田比呂菜は店中を探す羽目になり、店員に声を掛けると、タッチパネル式のコンピュターで調べられることを教えられた。ギルバートグレイプと入力すると、旧作の何番目にあると出て来た。在庫ありとなっているのを確認してから、その棚に向かった。手に取ったケースであらすじを確認した。まずキャスティングに惹かれた。ジョニーデップ、ジュリエットルイス、レオナルドディカプリオ。ディカプリオは若い。成長期の彼はこんな顔だったのかと思わされた。
 レンタルビデオ店を後にして、家路に着く。気持ちはもうビデオに持っていかれていた。
手早く食事を済ませてから風呂に入る。明日は仕事が休みといっても舞台の練習はあるのだ。深夜まで起きている訳にはいかない。
 監督はラッセハルストレム。聞いたことのない名前だった。富田比呂菜は演劇に関わることで自分が知らない情報があると酷く傷つく。自意識過剰だし、プライドが高過ぎるのは分かっているのだが、気持ちを抑えることは叶わない。
 デッキにビデオを挿入し、映画告知の連続を流し見る。毎度のことだが早く本編に入って貰いたいものだと感じずにはいられないが、告知がなかったらレンタル代金は高くつくのだろうと諦めている。
 ようやく本編が始まった。
 富田比呂菜の観終わった感想は、少々特徴はあるものの普通の家族の物語。しかし、心の琴線に引っかかりを感じずにはいられなかった。富田比呂菜は東京で暮らすことを選んでいる。決して井原を忘れている訳ではない。それでも、それでもなのだ。
 富田比呂菜は岡田美由希より前に個別で藤井慎吾にラインすることにした。観たかどうかを確認するためでもあるし、観たとしたなら同じ東京に住む者としての感想を聞きたかった。
 富田比呂菜は、私はギルバートグレイプをさっき観たんだけど、慎吾は観た?と送った。
 暫くして、藤井慎吾は仕事が忙しくて、まだ観ていないと返信を寄越した。観た方が良さそうかと質問もあった。
 富田比呂菜は、好みはあるし、仕事が忙しいだろうから観れる時に観れば良いんじゃないと送った。
 藤井慎吾から、面白かった?と返信が来た。
 富田比呂菜は、面白いってジャンルの映画ではないよ。でも私達のことを言っている気がすると送った。
 藤井慎吾から、磨り減っているってこと?と返信が来た。
 富田比呂菜は藤井慎吾からの言葉の意味を推しはかりかねたが、恐らく彼が言いたいのは自分が磨り減っている気がしているということなのだろうと思った。
 富田比呂菜は自分はどうだろうと考えた。将来への不安はある。むしろ不安しかない。しかしそれが磨り減っているというのとは違う気がした。結婚しなければ一生を一人で生きていくことになる。まだ二十代だから現実味はないが、昨今のニュースでは孤独死を取り扱うことが多いことは知っている。富田比呂菜は私がある日この部屋で死んだとしても、当分発見されないだろうなと思った。それと同時に死ぬというのは孤独であることの象徴とも思った。死ぬときに看取る人が居たとしても、この世界から居なくなり、一緒に別世界へと飛び移る訳ではないのだ。誰の死も孤独だ。孤独死と名をつけているのは死んだ本人ではなく、その他の生きている人々なのだ。
 富田比呂菜は生きているこの瞬間にこそ、本当の孤独があるんじゃないかと思い始めた。東京には一千万人以上の人々が暮らしているのに、自分は仕事場と劇団、この二つしか居場所がない。団長が言っている通り安定などない。その仕事場や劇団もいつなくなるか分からないのだ。誰かが保証してくれる訳ではない。それが藤井慎吾の言う、磨り減っているということかもしれない。いや現在進行形で磨り減っていっているということかもしれないと思った。
 富田比呂菜は藤井慎吾にこう返信した。
「そうかもしれない」
 藤井慎吾からの返信はこうだった。
「切腹させられないだけマシなのかもよ。いつか逆転出来る可能性は残されているんじゃないか」
 富田比呂菜は逆転する自分を素直にイメージすることは出来なかった。切腹の意味は分からなかった。岡田美由希にどんな形であれ返信はした方が良いよと送って、藤井慎吾から、了解と返信が来て、やり取りは終了した。
 
 岡田美由希 二
 二人からの返信はまだ来ていない。送ったのが今日だから、明日には来るかもしれない。岡田美由希がギルバートグレイプを知っているかと質問したのは、井原に暮らす岡田美由希には主演のジョニーデップの選択が良く分かるのと、都会の生活がどういうものなのか知りたかったからだ。もし二人が知らない映画だったならば、負担の掛かる質問をしたと後悔している。観てすぐに良く考えもしないで二人へ問い掛けを送信してしまったのだ。もう既読になっているメッセージを見なかったことにしては貰えない。
 岡田美由希は、ギルバートグレイプを観てから初めて都会について考えるようになった。商業高校を卒業したら、地元の企業に就職することしか考えられなかった。
 井原は、岡田美由希が生まれる前には、そこそこ栄えていたらしい。少子高齢でもなく、小学校は一学年四クラスあり、中学校に至っては十一クラスあったそうだ。今はその半分以下だ。デニム産業が盛んだったことは岡田美由希も知っている。井原デニムと言って市をあげて宣伝しているが、岡山のデニムと言えば倉敷にある児島のイメージが付いてしまっている。今から逆転するのは困難に思える。
 井原には公園がたくさんある。キリン公園、自転車公園、田中苑などなど。岡田美由希はたまに車で通り掛かることがあるが、遊んでいる子供を見掛けることはほとんどない。衰退していくというのは、こういうことなんだと地元民ですら思わざるを得ない。
 井原には美星町という街がある。名前のまま星空が綺麗なことで有名だが、それとは別で、岡田美由希には井原で唯一と言っても過言ではない好きな場所がある。街の中を縦横無尽に走る畳の幅程の用水路だ。どこが始点で終点なのかも分からないし、傾斜がついているようにも見えない。流れるのが謎な用水路。子供の頃、夏になればザリガニを取るために、用水路に入った。たまに落ちて怪我をする人が居るにも関わらず蓋はされていない。農業用の水路かと思いきや田畑に供給されているのを見たことはない。ザリガニが生息しているくらいだから水は澄んでいるし、飲んだこともあるがお腹を下すこともなかった。今では、その用水路に入りはしないものの流れを眺めるのが好きだ。どこまでいっても流れている、今の自分が留まっているのと比較しているのかもしれない。流れを眺めていると安心するのだ。
 案の定、翌る日の朝になると富田比呂菜から返信があった。映画は知らなかったけど観たよって。井原を思い出したって。岡田美由希は嬉しく思った。観てくれたことよりも、自分と富田比呂菜は繋がっているということに。
 藤井慎吾からも昼頃返信があった。まだ観たことないけど、時間を作って観てみるよと。富田比呂菜とは違って観ていないにしても返信をくれたことだけで嬉しくなった。
 社会人を十年近くもやっていると、どんどん友達は減っていく。田舎だけあって若く結婚するものが少なくないのだ。そうすると一緒に遊ぶことはなくなり、自然と疎遠になっていく。だからこそ、二人からの返信は嬉しかった。
 今日も武田のじいちゃんは、豆腐二丁を買いに来た。
「こんな田舎じゃ出会いもなかろう。都会に出た方がええんじゃねえかのう」
 岡田美由希は、都会に出れば出会いがあるのか懐疑的だった。いつ頃か忘れたが、出会い系サイトに登録したことがあった。岡山県や広島県の男性からアプローチは結構な数が来たが、下世話な内容か、ピンとこない人物しか居なかった。その折に東京や大阪の男性欄を見たが、岡山とは比較にならない程の数の男性が登録していた。都会に居ても出会いがないのは変わらないのかもしれない。
「そうかもしれんね。でも何が何でも結婚したいとはまだ思っとらんのよ」と富田比呂菜は答えた。
「最近は多いのう。そういうのが。それも悪くないんかのう。わしも婆さんを亡くしてからは一人じゃけえ、おんなじかのう」
「じいちゃんには子供も孫もおるが、じゃけえ私とは違わー」
「子供も孫もなー自分の生活で精一杯じゃけえ、なかなか寄り付かんのじゃ。こうやって岡田さんと話すのがなー楽しみなんじゃ」
 岡田美由希は求められていることに悪い気はしなかった。
 そんなことを考えながら、今日もレジで袋詰めをする。

                                      了

『それぞれのこの街』

『それぞれのこの街』 北野 一徳 作

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-06-13
Copyrighted

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