Me, that you have made.
核シェルターが向こうにあるからそこまで走れと言われて闇雲に走ってきたが、
目の前に現れたのが古ぼけたガレージだったのでひどく落胆した。
白一色で丹念に塗りたくられたようなこの立方体の馬鹿みたいに大きいシャッターは完全に閉まっている。
騙されたのか?
しかし目の前のそれは借家にくっついてるお馴染みのガレージに比べてはるかにでかかった。
最寄りの食料品スーパーと同じくらいはある。しかもよく見たら似たような建物がこのだだっ広い空間にいくつか、
場所を選ばず突然地面から生えたみたいに立っている。途方に暮れてぼんやりと眺めていると、ギィ、と金属の擦れる鈍い音がした。
シャッターには通り抜けるためのドアが付いていたようで、それが中から開かれていたのだ。
おもむろにドアの方へ歩み寄り、ひとまず中に入って、唖然とした。
まず目に入ったのは、白。空間の四方は巨大なバケツをひっくり返したみたいにどこもかしこも白かった。
それからどこまでも伸びるベルトコンベアーのグレーと、その連なり。機械はガタガタと無機質ででたらめな
音を奏でながら動き続けている。横一面に立ち並んでいるベルトコンベアーの群れは、ひとつ残らず同じ動きをしていた。
何かの工場か何かだろうか、少なくとも核シェルターなんかではあり得ない。やはり騙されたのだ。
諦めて引き返そうとドアへ向き直ろうとしたとき、何かが近付いてきた。液晶モニタを乗せた白い二輪付きの台のようなものが
こちらへ走ってきて、目の前で止まった。モニタにはただ一言、「受け取れ」の文字が点滅している。
台の上には1㎝四方ほどの白いキューブのようなものが何個か置かれていた。絶対にあり得ないのだがその時はなぜだか
その白い塊がサラダ用のチーズに見えて一瞬自分の空腹感を思い出したが、すぐに忘れてしまった。
そいつらを手に取るとプラスチックのような、弾力のある硬いスポンジやゴムに似たような、奇妙な手触りをしていた。
匂いは無く、舐めてもみたが何の味もしなかった。それらが何なのかはまったくわからなかったが、恐らくこれが
「鍵」なのだという「意味」には気が付くことができた。引き返すのをやめ、ベルトコンベアーがなす群れのあいだを縫って奥へと進む。
どれほど時間が経ったのかわからない。いつの間にかベルトコンベアーの上では無数の白いトレーが目指すさいはてに向かって運ばれ続けていた。
よく見るとトレーの中には柔らかそうな白が詰め込まれていて、きっと「トウフ」と呼ばれる食料品に違いないと思った。
出し抜けに笑いがこみ上げてきて、しまいには立っていられなくなるほど腹の底から笑っていた。
両手で握りしめていたはずの「鍵」たちも手から零れ落ちて床に転がっていく。
それらに共鳴するかのように、今度は建物全体が激しく震えはじめた。我に返る。
待て、まだだ、まだ終わって欲しくはない。
緊急停止したベルトコンベアーにしがみついてなんとか立ち上がると、視線は勝手に天井の方へ向けられた。
白い天井が、まるでブロックの玩具を壊すみたいにガラガラと崩れてくる。よく見ると崩れた部分に茶色い染みができている。
それはこの空間に瞬く間に広がって、頭上から大量の雫になって降り注いできた。
そうして始まった浸食。微かな香り。甘ったるいコーヒーの。
ほろほろと崩れていく白い天井に蟻が群れている。
――頼むから次はもっとまともなやつを作ってくれ、と叫んだ声は電気信号になって飛んで行った。
ここで私は途切れている。
「はい、それではここまでにしましょう。ご協力ありがとうございました、どうぞ席を立ってお帰り下さい。
送迎が必要な方は1階の受付で申出て下さいね」
会議室のような部屋に集められた老若男女十数名は、みな曖昧な表情でぞろぞろと席を立ち、お互いに顔を見合わせて
こそこそと話しながら出て行った。一人残った青年が、部屋の前方で解散を告げた白衣の男に話しかける。
「先生、あの、僕たちはいったい何を験されたのですか? ただただこれを眺めさせられて……。
実験だなんて仰るから期待していたのに、まさかこれだけだなんてあまりに拍子抜けです」
説明を求める青年に対して初老の男は優しげな笑みを返す。
「君はこれを見ながら、何を考えていたんだい」
「ええと、それは」
自ずと二人の視線は部屋の前方に設けられたスクリーンに移動する。
そこにはなんの変哲もない白い立方体が一つ、大きく映し出されていた。
「始めはなにかの建物みたいだな、と思いました。工場とか。僕の隣の女性はガレージみたいだと思ったそうですけど。」
先生と呼ばれた男はニコニコと笑いながら、それから、と青年の話を促す。
「それからなんだか眠くなってきて、砂糖に見え始めたんです。それで早く帰ってコーヒーが飲みたいなと
思ったところでちょうどよく先生が声を掛けられて」
「なるほどね。ということは今回彼を終わらせたのは君だったのか」
「どういう意味です」
男は目を細め、神妙な面持ちで青年を見つめた。安堵とも非難ともいえない男の表情に青年は後ずさり、それ以上聞けなくなってしまった。
「まあいいや、無駄に報酬が良かったし、これでコーヒーでも飲んできます。それじゃ」
「うん、もし興味があればまた来ると良い。次も誰か誘ってもらえると嬉しいよ」
重たそうなバックパックを担いで青年が部屋を出る。
男は一人、テーブルに置かれた端末の青いモニタに向き直る。
「トウフは傑作だったな。中央に座っていた日本人の学生か? 私も笑いそうになった」
まるで話し相手がそこに居るかのようにごく自然に語りかける。
モニタからはなんの反応もない。
「次はもっとまともなやつを……ね。善処したいが、こればかりは私にはどうすることもできないんだ」
哀しそうにモニタを見つめると、愛おしむ手つきで"shut down"を選択する。
呼応するかのようにちかちかと画面が数回点滅を繰り返した。
男はそれに満足して微笑むと、静かにモニタを閉じた。
Me, that you have made.