電信柱

電信柱

茸短編SF系小説です。PDF縦書きでお読みください。


 
 夏の暑い昼日中のことである。
 数人が電柱を見上げている。一人の人が指さして「あ、危ない」と、叫んだ。僕も近寄って見上げた。電信柱のてっぺんに、かなり大きな茸がのっかって、ふふらふふらと揺れている。
 傘も茎も橙色の茸である。
 見ている人の中に見知った人がいた。
 「なぜあんなところに茸があるのでしょうねえ」
 「どうしてでしょうな、みんなが見上げていたので、来てみたのだが」
 ここにいる人たちは茸が電信柱のてっぺんにある理由を知らないようだ。誰かが乗せたにしても相当のわざが必要である。頭の大きい茸を台の上に立たせるのは、卵を机の上に立てるのと同じくらい難しい。
 「あ」またみんなの口から声が漏れた。風が吹いて茸がくらっと揺れたのである。
 人がさらに集まってきた。
 茸の動きが一瞬止まった。そのとたん茸の傘から橙色の煙が立ち上った。胞子を撒いたようだ。風が止んでいるせいもあって、橙色の煙は電信柱の周りに漂い、渦を巻きながら下に降りてきた。見ていた人は橙色の煙に巻かれてしまった。
 僕も同様である。胞子が鼻から入ってきた。すると、あたまがすーっとして、暑さが吹っ飛んだ。
 「涼しいー」若い女の子の甲高い声が聞こえる。
 やがて胞子の煙は風に吹き飛ばされ、また暑い夏の日差しが戻ってきた。
 電信柱のてっぺんではまだ茸が揺れている。
 ちょっと強い風が吹いた。茸がぴょこんと飛び上がるように電信柱から離れると、真っ逆様に落ちてきた。
 「あー」といって群衆が離れた。
 茸は皆の見ている前で歩道のコンクリートの上に落ちた。そこで、見ている人たちが予想もしないような出来事が起きた。
 「がちゃーーん」という音がして、茸が砕け散ったのである。
 僕の足下にも破片が落ちてきた。拾ってみると、それは陶器で出来ていた。他の人たちも拾い上げて不思議そうな顔をしている。
 「これは何でしょうな、ちょっともらっていきますかな」
 知り合いの男性も欠片を拾った。僕もそれをもって家に戻った。
 欠片を持って庭に入ると、そこから見える電信柱にも茸が乗っていた。紫色の茸が乗ってふらふらしている。見ているうちに傘が開いて、ぽーっと紫の胞子が舞い上がった。
 あわててもう一度門の外にでて、その電信柱の下に行くと、紫色の煙が降りてくるところだった。誰もいない。
 僕はその紫色の胞子を吸い込んだ。頭がメントールを吸ったときのようにスーッと涼しくなる。
 そのあと、先ほどの茸と同じように、落ちてきた。なんと、それを上手くキャッチしたのである。やっぱり陶器でできていた。
 一端家に戻り、書斎の机の上に陶器の茸を置くと、他の電信柱を見に外に出た。
 今度は紙袋をもってきた。住宅街の電信柱の上を調べて歩いたところ、すべての電信柱の下に、茸の破片が落ちていた。電信柱の下が土になっていたところでは、割れないでそのまま転がっているものもあった。かなり丈夫な陶器である。
 ずいぶんたくさんの陶器の茸が集まった。
 書斎の机にならべてみると色とりどりで綺麗だ。よく見てみたが、やはり陶器である。その茸の傘の欠片には襞も綺麗に残っており、少しばかり胞子がついている。
 いつも机の上に置いてある拡大鏡でのぞいてみた。白い襞の間の橙色の胞子が大きく見える。かたちは空豆のようだ。
 僕の息がかかったら、ふっとその胞子が飛んだ、思わず息を吸い、胞子が口の中に入った。
 そのとたんすーっと気持ちがよくなって、もう何もする気がなくなり、その場で寝てしまったようである。 
 翌朝、気持ちよく目覚めたのだが、布団の上ではなく、書斎の机の脇であった。すぐには思い出すことができなかったが、机の上の茸たちが目に入り、胞子を吸い込んで寝てしまったことを思い出した。
 朝食を食べ、銀座の仕事場にでかけた。
 僕は銀座のはずれの小さなビルの一角で、画廊を経営している。今開催ちゅうのものは、素人さんの個展だが、なかなか人気があって、見に来る人が多い。
 綺麗な色の抽象画である。画廊は十一時から夜の七時までやっている。従業員は私を入れて三人、その二人はアルバイトである。月曜が定休日で、それ以外に二人には都合の良い時、週に一日調整して休みを取ってもらっている。出社時間は十時である。
 九時半に画廊に着くと、もう鍵が開いており、朝木遊子が準備をはじめていた。 
 「おはよう、はやいね」
 「あ、社長もはやいですね、いつも十一時ごろじゃないですか」
 「うん、昨日奇妙なことに遭遇してね、早く目が覚めたのだよ」
 「あら、私も」
 「奇妙なんだな、電信柱に茸がのっていて、それがばら撒いた胞子を吸ったらすーっとして、欠片についていた胞子をすったら眠くなったんだ、それに茸は陶器でできている」
 「同じ、家の近所の電信柱に青い茸が乗っていて、みんなで見ていたら、胞子を散らして落ちてきたの、そしたら、ぱかんと傘と柄に割れちゃって、傘が私のところに転がってきたので、ほら、もってきちゃった」
 遊子は陶器でできた青い綺麗な茸の頭をバックから取り出した。
 「これを家に持って帰って、キッチンのテーブルに乗せておいたら、残っていた胞子を吸い込んで、すぐ寝ちゃったの」
 遊子は大きな目をくりくりさせ、茸を手に持って、くるくるまわした。
 「僕はいろいろなのを拾ったよ、全く壊れていないのが二つもあったよ」
 「誰がこんな仕掛けをしたのかしら」
 「目的もわからないね」
 「この茸の陶器を使って何かできそう」
 そこにもう一人の従業員である、城戸紀子が出勤してきた。
 「おはようございます、遊ちゃんその青い茸の頭どうしたの」
 「電信柱から落ちて割れたの」
 「あら、わたしも」
 紀子はバックから、黄色の茸の欠片を取り出した。僕ももってくればよかった。
 「君の家の近くの電信柱に乗っていた茸かい」
 「ええ、社長さん、みんなで見ていたら胞子を捲いて、落っこちてきた」
 二人とも都内に住んでいる。
 「もしかすると、東京中の電信柱に茸が乗っていたのかもしれないな」
 二人とも頷いた。
 銀座にはあまり電信柱がないが、画廊は大通りからはずれており、高速道路の脇の道には電信柱があったような気がした。
 「ちょっと近くの電信柱を見てくる」
 僕は画廊をでて、古い住宅がある地区に行ってみた。電信柱があった。電信柱の下を見ると、赤い茸が土の上に落ちていた。ひびが入っていたが、丸のままである。きっと見物人がいなかったに違いない。
 少し歩いて、もう一つの電信柱のところに行ってみた。
 そこにも半分に割れた緑色の茸が落ちていた。それらを拾って、画廊に戻ると、今週個展を開いている華柳香野香が来ていた。
 「おはようございます」
 「あ、社長さん、おはようございます、茸の話今お二人から聞きました。私は見ていないのですが、不思議な話ですね」
 「華柳さんは住まいが横浜でしたね」
 「ええ、青葉区です」
 「どうも、東京の電信柱に茸がついたようですよ、ほら、銀座の電信柱の下にも落ちていました」私は緑と赤い茸を見せた。
 「あら、綺麗、私もほしい」 
 「これ、あげましょう、時間のあるとき、電信柱の下を探してごらんなさい、まだあるかもしれない」
 私は電信柱のある方向を指さした。
 「ちょっと行ってきます、まだ見に来る人もいないでしょうから」
 「はい、対応しておきますから大丈夫ですよ」
 彼女はかばんを持ったまま出て行った。
 十一時になって画廊を開くと、もう人が入ってきた。その女性が私に尋ねた。
 「先生、今日はみえないのでしょうか」
 「いえ、すでにみえています。ちょっと用事で外出していますがもう戻ると思います。ごゆっくりご覧ください」
 と言い終わらないうちに華柳香野香が戻ってきた。
 「あった、ほら、二つ拾った、白い茸と、橙色の茸」
 「きれいですね、先生」
 画廊にきた客が声かけてきた。
 「あら、来てくださったのね、ありがとう」
 華柳香野香はその客と話し始めた。
 我々は、事務所に引き上げ、紀子が客にお茶をだしに行った。
 「この茸はいったいなんでしょうね、陶器でできている茸を電信柱のてっぺんに乗せるなんて普通の人にはできないでしょう」
 遊子は事務所の机の上の茸を手にとって仔細に眺めている。
 「そうだな、何の目的なんだろう、テレビで報道していないのも不思議だね、こんなに広範囲におきていることなのに」
 私の拾ったものも机の上に置いた。
 「また同じことが起こるのでしょうか」
 「そのうち誰かが調べて新聞にのるよ」
 「そうですね、でも、今開けてみたのですけど、だれも2チャンネルに書き込んでいないのですよ」
 「不思議だね、偶然かな」
 紀子がもどってきて、「ずいぶんお客さん来ている、たいへん」
 またお茶の用意をはじめた。我々もその手伝いにまわった。香野香の絵はかなり赤丸シールが貼ってある。すなわち売れているということである。
 客の中に、知った顔があった。美術評論家である。この男は若いのに目もいいが、幅広い知識があった。絵画はもちろん陶器から彫刻まで、しかも歴史ものまで評価を下す能力をもっている。
 「八蜂さん」私が彼を呼ぶと、気がついて近寄ってきた。
 「ああ、なかなかいい絵が並んでますね」
 彼はほめない評論家である。彼の言葉としては相当の評価である。だが、香野香は浮かない顔をしている。あまり評価されていないと感じているらしい、あとで説明してやらないとならないだろう。
 「八蜂さん、ちょっとこれを見ていただけませんか」私は彼を事務所に誘って、机の上の茸をみせた。
 「お、こりゃ、どこから発掘したんだい、相当古いものじゃないかな。きれいなものだ」
 電信柱のことは知らないようである。そういえば住まいは千葉だったかもしれない。
 彼は手に取った。そのとたん、「おや」という顔をした。
 「なにかありますか」
 「いや、おかしい、古いものかと思ったんだが、全く違うようだ。これはセラミックだよ、ほら、歯に使う非常につよい陶器、よく切れる包丁や鋏もつくることができる。もしかすると、セラミックより丈夫なものかもしれない。未来の陶器じゃないかな、それで茸作ったとは」
 「どのような点で、そうわかるのでしょうか」
 「これは割れたばかりなのですか、それとも、割れて何百年も経たったものですか」
 「割れて、おそらく一日、二日です」
 「この割れたところを見て下さい」
 茸の割れたところをよく見た。丸く溶けたような状態になっている。
 「おわかりでしょう、新しい割れ目ならばもっと悦な状態でしょう、自分で修復して丸くなっている。そんなセラミックはこの世界にはありません、海の中にでもあって水にさらされていればこうなるでしょう」
 確かに、ほかの茸も同じように割れ口は滑らかである。
 「面白いものですね、堅いし割れても割れたところが滑らかになるという物質は、たとえば地震で落ちたガラスなどがそうなれば、踏んでも危なくない。子供の容器などにも応用できる。それより、その原理はいったいどうなっているのか、もし陶器が成長もできるのなら、面白い芸術作品ができる」
 確かにその通りである。
 「それを一つかしてくれませんか、調べてみたい」
 「ええ、どうぞ、あげますよ」僕は茸を一つ渡した。
 「香野香さんの作品どう思いますか」小声で聞いた。
 「とてもいいと思いますよ、今度雑誌に紹介しておきましょう、将来性もありますよ、ただ調子に乗らなければね」
 意味深長な評価をした。私としても、画廊がバックアップすべき画家を選ぶという役割もあり、いろいろな人のアドバイスを受けながら仕事をしている。このような評論家の意見は重要である。香野香はもう少し様子を見よう。彼女はこのところ毎年この画廊で個展を開いている。今年はよく売れているが、それでも個展にかかる費用はまだ捻出できないだろう。
 茸はその日一日だけだった。それになぜか新聞にも載らなかった。

 それから、数週間した月曜日の夕方であった。家の近くの公園の電信柱の周りに人がたむろしていた。やはり上を見上げている。電信柱のてっぺんには赤い小さな茸がふらふら揺れている。小さいながらもだんだん傘が開いてきて、赤い胞子が空に舞い始めた。胞子は見ている人たちを包み込み、人々はすーっと眠くなった。胞子の煙がやむと茸が落ちて、人々の前で、がっちゃんと大きな音を立てた。
 わたしは、他の電信柱を見た。茸はのっていない。前に見たときには、朝のことで、電信柱の上には必ずあった。今回はこの電信柱一本だけである。そういえば以前この電信柱には茸がなかった。どうしてだろうかこの電信柱の茸の成長が、数週間遅かったのだろうか。しかも朝ではなく夕方に胞子をまいている。
 今日の夜、今まで茸が乗っていなかった電信柱を見張っていると、それが判るかもしれない。どこから茸がきて電信柱の上に乗るのかわかることにもなる。
 僕はこの茸が宇宙から飛んできて、電信柱に乗ったと想像していたのである。

 夜の十一時、家の近くの四つ角にある、電信柱を見ていた。以前見たときに茸が乗っていなかった電信柱である。この時間になると夏とはいえ暗い。
 しばらく眺めていたのだが何も起きない。首が疲れて下を向いたとき、硬いコンクリートの電信柱の根元の部分がもこっと膨れ始め、まるで腸の中を食物が通る時のように、膨らんだ部分が上へ上へと移動していく。やがて、てっぺんに来ると、ボシュと音がして、電信柱のてっぺんから真っ黒な茸が顔をだし、ゆらゆらと揺れだした。
 茸は宇宙からくるのではなく、地球の奥から吹き出してきた。
 他の電信柱にも急いでいった。そこではちょうど黄色い茸がボシュという音とともに電信柱のてっぺんに顔を出したところであった。黄色い胞子が舞い初めて、やがて落っこちてきて割れた。以前茸の乗っていた電信柱からも茸がでてきた。
 地球の奥ではなにが起きているのであろうか。
 あの評論家は自分で修復能力のあるセラミックであるという。ということは、生き物の範疇に入ってしまう。
 それよりもまず、最初は茸である。生物である。それが新しいセラミックになる。いったいどこでそうなったのであろうか。
 家に戻って机の上を見た。接着剤で破片を修復したいろいろな色の茸が乗っている。
 よく見てみると、やはり不思議なことが起きていた。少しではあるが、なくなってしまっている小さな破片の穴の部分が消滅している。すなわち埋められて正常につるんとしている。接着剤でくっつけたつなぎ目が消滅し始めている。明らかにこのセラミックは生きている。
 これは生命体と言っていいのだろうか?
 マグマの中でこの新しい生命体はどうやって誕生しているのだろうか。熱の中で菌類がマグマの成分を取り込み、セラミックス生物になったのだろうか。
 そうだとすると、宇宙で生み出されたものではない。地球の地中奥深くで生み出されたのである。地球の意志である。地球は四十六憶年前にDNAを作りだし、DNAが増えやすい環境を整え、生物というものを生みだした。生物は動物と植物と菌類という種をもつ。三つの生物界はいまでも続いている。だが、理由はわからないが、セラミック生物を地球は作った。マグマの熱がそうさせたか。電信柱を利用して新たな生き物が吹き出している。DNAが作り出した最も発達した生き物である人間は、地球に満足してもらえなかった。新たな秩序の生き物であるセラミック生物が生まれたのである。これは私の結論である。空想科学小説だ。
 これからどうなるのであろう。このセラミックは我々の世界になにをもたらすのであろう。わかりきっていることである。今の生物の死である。DNAは皆セラミックをうみだす仕組みに取り入れられるのであろう。
 そんな想像をしてみた。
 しかし、その後、一月に一度ほど、電信柱の上に茸が現れ、胞子をまき散らして、落ちて壊れた。しかし、特に大きな変化もなく、我々の生活は続いていた。なぜか、電信柱の茸についての報道はなく、一方で、人々は電信柱の茸を目撃している。現実であったことは、僕の机の上の前にある、増殖セラミックの茸が二つに増えた。どうも分裂のようである。ただ、これが増えたからといって、誰にも危害は与えないので問題にならない。ただ、友人から面白い話を聞いた。電信柱から落ちた茸の欠片を畑の隅に埋めておいたところ、畑を耕していたときに、鍬がセラミックの茸をいくつも掘り出したということである。
 土の中での方が増殖しやすいのは当たり前と言えば当たり前である。土にはセラミクスの成分がたくさん含まれているのである。
 そしてとうとう、こんなことが起きた。
 庭に雌の鍬形がいた。ときどき、飛んでくることがある。死んでいるようなので拾い上げてみると、それは、セラミックでできていた。鍬形虫がセラミックに変化したのである。どうしてそうなったのか。考えられるのは、茸の胞子が日本中にまき散らされた。あの胞子はなにをするのだろう。僕も吸っている。鍬形が胞子を吸ってそうなったのであろうか。庭の隅に蟻の行列があった。ところが、その蟻たちは動いているのだが、つまみ上げてみると皆セラミックでできていた。あるとき、全く動かないセラミック製の蟻がいた。死んだ蟻である。
 昆虫がセラミックになっていくようだ、他の動物はどうなのであろう。
 その後、だいぶ経ってからではあるが、蛙やトカゲがセラミックになっているのに出くわした。両生類やは虫類にもあらわれてきた。川の中を見ると、セラミックになった魚がゆらゆら揺れていた。
 まだ鳥は飛んでいる。そのうち、セラミックの鳥が空に舞い、枝に止まってさえずるのであろう。セラミックのネズミたちも、天井裏やどぶでちょろちょろする。
 木だってそうである。セラミックになった木が野や山に茂っているのだ。
 しかし、皆分裂して増えていく。地球上がいっぱいになったらどうなるのだろう。
 庭の梅の木に手をおいたとき、あっと思った。梅の木はもうすでにセラミックになっていた。木の下に蟻の行列がいる。それが二列になっていた。分裂しているのだ。 
 たまに遊びに来る野良猫が縁側の下にいる。
 「おい、さんしょ」と呼んだ。山椒魚のように頭の大きなドラ猫である。山椒は呼ぶと頭をすり寄せてのどをごろごろさせて喜ぶ。だがこっちを向いたままだ。
 近寄ってなぜてみると、セラミックだった。しかも今半分に割れようとしている。見る間に二匹の猫になった。二匹の猫をなでると、ごろごろ言った。
 すごい勢いで、地球上のものがセラミックになっていく。これが進化か。
 今画廊で個展を開いている人は、木彫りの動物を得意とする人だ。結構売れている。ある日、その作者が自分の作品を見て、嘆き悲しんだ。並べられている彫刻がすべてセラミックに変化してしまっていたのである。
 今日起きてみたらなんだか、頭が痺れている。だが、まだ動くことができる。庭にでてみた。庭のほとんどがセラミックのようだ。私は三匹になっている野良猫の山椒のそばの縁側に腰掛けた。万が一このままセラミックになっても猫たちのそばにいれば何となく暖かい。
 腰掛けて山椒を見た。案の定、足が動かなくなり、首も回らなくなった。セラミックになっていくのだろう。だが、自分の意志があった。目も見えた。 
 地球がセラミックになったらどうなるのだろう。というより、地球は何か目的があって、生き物をセラミックにしているのだろうか。
 僕は完全にセラミックになって動いている。日が昇ってきて梅の木の間から光が射した。と思ったとたん、太陽が動かなくなり、だんだんと光が弱くなっていく。とうとう、夜になってしまった。月明かりがある。月の位置も変わらなくなった。どうも地球が太陽系から離れ、銀河系の中に飛び出しているようである。
 どこへ行くのだろう。
 空には星星が綺麗に瞬いている。
 どのくらい時間がたったのであろう。
 地球は一つの星に接した。同じくらいの大きさだ。地球が身震いをした。地球は一つの生き物になっている。
 すでに僕は三人のセラミック人間になっているが、地球の身震いで、一人がその星に落っこちた。猫も蟻んこも、みなその星に落ちた。この星には空気がある窒素がある。きっとここで落ちたセラミックはDNAになるのだろう。そして何百億年後には地球と同じような運命をたどるのではないだろうか。生命を生む役割を持つ星として地球は宇宙をさまよい。条件のあった星に生き物の種をまく。それが地球の役割であるのであろう。きっと、地球が出来た時、同じ役割の星が地球にセラミック動物を撒き散らし、そこからDNAがうまれたのに違いないのである。
 セラミック生命は永遠の命なのである。生きものは土である。
 トントンと画廊の事務所のドアをたたく音が聞こえた。
 僕はぼんやりと立ち上がって鍵を開けた。朝木遊子が入ってきた。
 「社長、事務所にかぎかけて、またSFなんか書いていたのですか、八峰さんがみえています、華柳香野香さんの記事を書いてくださったそうです、雑誌に載せる前に社長に見てもらいたいということです」
 評論家の八峰が入ってきた。
 「香野香のセラミックの茸展はよかったよ、話によると、新潟の野外アートフェスティバルで、町のすべての電信柱に茸のセラミック破片をはりつけるんだってね、これから評判になるよ」
 僕は電信柱のように突っ立ってうなずいた。
 

電信柱

電信柱

電信柱のてっぺんに茸が生えて、ゆらゆら揺れている。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-06-08

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