オリオンの腰紐

オリオンの腰紐を拾ったので交番に届けた。初雪のしんしんと降る深夜のことである。
警官は怪訝な顔をするばかりで、まったく取り合ってくれない。
「とぼけたことを言いなさんな、オリオンってあの、オリオンのことかね。星が落し物をしたとでも?」と言う。
「もちろん、私が言っているのは天のオリオンのことですとも。今日は初雪が降ったでしょう、仕事を早めに切り上げて家路についていたんです。そうしたら、川辺に積もった雪がやけにきらきらと眩しい。何だろうと思って近づいてみたら、これが落ちてちたということです」
右手に持った長い紐を警官の前に突き出した。ただのボロの紐にしか見えないが、ところどころに光の粒のようなものな織り込まれていて、きらきらと光っている。
「そんなもの、何かの飾りではないのかね。だいたい、なぜそれがオリオンの腰紐だと言い切れる?」
あそこを見てごらんなさい、と交番の外に出て南の空を指さす。ひとさし指は凍えて先端が赤く色付いていた。
「あれがペテルギウス、オリオン座でいっとう明るい星です。そこから縦長の長方形を作れるでしょう。本来ならその中央に三つ星が並んでいるはずですね、腰紐にあたる部分です」
そこまで言うと警官はアッ!と声をあげた。
「おいおい、何の冗談だ。星がすっかり見えないじゃないか」
そう、腰紐を拾ってこれはいったい何だろうと考えている時にふと頭上を見やると、南の空でオリオン座が腰紐をなくしていることに気が付いたのだった。
「やはりこれは彼の腰紐なのでしょう。ここに預ればいつか取りに来てくれるでしょうか」
「いやしかし、誰がこれを探しに来るんだ? まさかオリオンが地上に舞い降りてくると?」
とたんに静寂が訪れる。警官の腕の中で腰紐は寂しそうに光っている。
その時、ふいに泣き声のような、高い音の鐘のような、とても言葉では言い表すことのできないもやもやとした音が響いてくるのだった。そうしてそれはどうやら近付いて来ているらしい。
何事だと二人であたりを見渡すと、突然目の前に、彼らはいた。
金色のきらきらと輝く髪、真っ白な薄い布を纏っただけの寒々しい格好をした子どもが三人、突然目の前に現れたのだ。
彼らは泣いていた。泣いていることはわかったが、何を言っているのかはさっぱりわからない。先ほど聞こえたもやもやとした鐘の音のような音で、彼らは泣くだけだった。(なんと、あの音は彼らの口から響いているのだ)
三人の顔は驚くほど似通っており、そして驚くほど美しかった。左右に立つのは女の子で、その真ん中には同じ顔で髪だけ短い、男の子と思しき子どもが立っている。
「やあ、これはいったいどういうことだ。君たち、こんな時間に何をしているんだね?」
警官は先程までと打って変わって優しさのこもった声で訊ねるが、子どもたちは泣くばかり。
ひとまず交番に招き入れ、どうしたものかとまた二人で悩み始めたとき、突然子どもたちの声が止まった。そして次の瞬間には
「――――――!」
甲高い鈴の音のような音がまたしても彼らの方から響いてくる。なにごとかを伝えようとしているのがわかった。
よく見ると子どもたちは、テーブルの上に無造作に置かれたオリオンの腰紐を指さしてはしゃいでいる。
「これは、この子達のものだということでしょうか」
腰紐を手に取ると、ゆっくりと彼らに伝わるように話しかけてみた。
「これは(と言いながら腰紐を目の前で揺らす)、君たちの、落し物ですか?」
とオリオン座を指さす。
「~~~!!」
三人はニコニコしながら手を取り合い、強く頷いて、今にも飛んで行きそうな勢いで跳ね回っている。
「おまわりさん、これはこの子達にお返ししましょう。きっと星座から転げ落ちてしまったのです」
「うむ、きっとそうなんだろう。返してやってくれ」
真ん中にいた男の子らしい子どもに腰紐を手渡すと、三人はひときわ高い声でまたぼやぼやと鳴いて、外へ駆け出していった。一瞬、強い光に包まれたかと思うと、もう子どもたちはどこにもいなかった。
「見ろ! 腰紐が元へ戻っているぞ!」
警官が大声で叫ぶので、もう一度南の空を見上げる。綺麗な等間隔で並んだつ三星が、オリオンの腰のところでペテルギウスに負けないくらい強く美しく煌めいていた。
いつの間にか雪は止んでおり、私はようやく家に帰れそうなことへ安堵して、警官に別れを告げたのだった。

オリオンの腰紐

オリオンの腰紐

オリオンの腰紐を拾ったので交番に届けた。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-06-02

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