*星空文庫

裸足の私と水色の靴

玉置こさめ 作

サンプルです

広沢市広沢町。
ここは北上盆地の南部に位置する町だ。
町の西から東には、ゆるやかな流れの竜成川が横たわる。この町はもとは城下町だったそうだ。
北竜公園は、その城跡に築かれた憩いの場だ。
公園の池の水面がピンク色に光っている。無数に散った桜の花びらだ。
私は柵に寄りかかった。灰色や白の水鳥が浮いている。池は広く、中央には小さな島がある。
羽を休めて、まどろんでいる群れ。くちばしを水面に突っ込んで餌を探している群れ。
池をぼんやり眺めながら、私は今朝のことを思い返していた。
今日は四年生に進級して最初の始業式だった。
新しい担任の先生は、ひとりひとり自己紹介をするようにうながした。
私、黒岩ひとみは自己紹介が苦手だ。引っ込み思案なわけではない。
けれど、自分のことについて説明するよう言われると困ってしまう。
だから、あいさつも何だかはっきりしないまま終ってしまった。
しばらくすると、高崎リリの番がやってきた。高崎さんと同じクラスになるのは初めてだったけれど、彼女は有名人だ。
薄茶の瞳。整った顔立ち。丈高い背。ハーフだという話を聞いたことがある。
高崎さんは、注目をものともせずに、りんとした声で、
「高崎リリです。よろしくお願いします」
とだけ言って、さっさと着席した。
その堂々とした態度が清清しくて、私は目が離せなかった…
手に持っていた紙袋を開く。中にはお花や星や兎にかたどられたクッキーが入っている。
袋に手を突っ込んで、それらを細かく砕いた。
袋の口を柵から向こうに向ける。きつね色のかけらが水に落ちる。
すると、鯉が一斉に群がってきた。水鳥もこちらへと羽ばたいてきて水面にくちばしを突っ込んだ。
クッキーはあっという間に消えていく。
その様子をしばらく見守ってから、ベンチに置いたままのランドセルを取ろうと振り向いた。
そのとたん、動けなくなってしまった。そこには眼差しがあった。
彼女は、私を見ると、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。
今日、同じ組になったばかりのクラスメイト。高崎さんだった。
「黒岩さん…だよね?」
りんとしたベルのような声で、私を呼んだ。高崎さんは水色のサテンの靴を履いていた。
真珠みたいに光る生地で、長いリボンが編みこまれた、きれいな靴だ。
「どうしてそんなことしたの? お菓子でしょう? しかも手作りじゃない」
私は、もごもごと口を閉ざしてしまった。
「言えないの?」
黙ってうなずくと、高崎さんはため息をついた。
「じゃあ、内緒にしてたほうがいい?」
その問いかけに何度もうなずいた。
高崎さんは立ち上がって、脇に置いていたランドセルを取り上げた。
ぱらぱらと、明るい緑の芝草と、桜の花びらが落ちた。
「じゃあ言わないよ。その代わり、あなたも、私がここで寝てたこと言わないでね」
そう言うと歩いて行ってしまう。なんと、その場所には『立ち入り禁止』の札が掲げられていたのだ。
拍子抜けして、私は高崎さんの行方を目で追った。どうやら後ろめたいことをしていたのはお互い様だったようだ。
私だけが慌てることはなかったのだ…
芝の上を、まだ冷たい四月の風がさあっと通り過ぎて、桜の花びらを散らしていった。

 ☆

ポケットから鍵を取り出す。
私の家は真新しい二階建てだ。ここへくる前に住んでいたアパートよりも、ずっと広い。
お母さんは家を、建てるとき、台所を使いやすくすることに気合を入れていた。
お父さんや設計事務所の人たちとあれこれ話し合って、台所の造りを決めたのだ。
その甲斐あってか、毎日、楽しそうに料理している。
引っ越してからは、私も簡単なお手伝いをするようになった。春休みに入ってからは、包丁の使い方を教わった。
そのとき、私は、あることを言われた。
それからだ。手作りのクッキーが喉に詰まるように感じはじめた…
部屋に直行して、ランドセルを置いた。そのままベッドにごろんと寝転がる。
目を閉じると、まぶたの裏に、高崎さんの顔が浮かんできた。明るい日差しの下で聞かれたことがぐるぐるとまわる。
どうしてあんなことしたの? 
お菓子でしょう? 
しかも手作りじゃない。
しかも手作り…
手作り…
声がこだまする。
そういえば、誰かが、あの子について何か噂をしていたっけ…何だったろう? 
いずれにしろ、全然口がきけなかった自分が何だか恥ずかしい。
のろのろ起きて部屋を出た。台所へ下りた。冷蔵庫を開く。
ラップのかけてある作り置きのサラダとパスタを取り出す。パスタをレンジで温める。
食べ終えて、お皿の片づけをしていると、ドアの開く音がした。
玄関に行くと、お母さんがたくさんの買い物袋を抱えていた。
「お帰りなさい。クッキーおいしかったよ」
「ただいま。先に帰ってたのね。お友達と食べたの?」
「うん」
嘘をついたとたん、きゅうっとお腹がすぼむ。
放課後、友達と遊ぶ時に食べられるように持たせてくれたクッキー。
お母さんのクッキーはおいしい。広沢鉄器を生かした特別なオーブンで焼かれるのだ。
友達に羨ましがられるし、友達のお母さんもほめてくれる。なのに、今日はあんなことをしてしまった…
台所のシンクに沈められたお皿を見て、ふふ、とお母さんは満足そうに笑った。
「ひとみ、しっかりしたお嫁さんになれるね」
私が包丁を習い始めた春休みにも、お母さんは同じようなことを言っていた。
『ひとみ、いいお嫁さんになれるよ』
そのときも、私はうまく返事ができなかった。
「じゃあ、宿題があるから…」
「もう宿題? がんばってね」
お母さんの楽しそうな鼻歌を聞きながら台所を出て、階段を上る。
「お母さん、パソコン使っていい?」
階下に呼びかけると、いいわよ、と返ってきた。パソコンはお父さんの書斎にあるので、使うときは必ず声をかける。
お父さんの背の高い椅子に腰かけて、電源を入れる。インターネットをつないで、検索をかけると、すぐに知りたいことがわかる。
私のような傾向をもつ人たちの情報がたくさん出て来る。けれども、私は未だに自分の知りたいことをどうやって探せばいいのかわからずにいた。
小学生の場合について、参考になるような情報は見付からない。
私には秘密がある。私は今まで一度も男の子を好きになったことがない。私が好きになるのはいつでも女の子だった。
お母さんは『お嫁さんになる私』のために料理を教えてくれる。けれど、私は男の子の輪からも女の子の輪からも外れている。
春休みの頃から、クッキーを食べることができなくなった。
食べたくても、息がつまるような感じがして喉を通らないのだ。

翌日、教室に入ると、高崎さんはもう着席していた。
新しい国語の教科書を読んでいる。窓辺の席なので、光がさして、その髪がきらきら輝いている。
どこか近寄りがたい雰囲気だ。誰も声をかけようとしない。
今までは別のクラスだったのに、いきなり話しかけて、周りの子から変に思われないだろうか。
迷っていると、高崎さんが顔をあげた。目が合うと、笑顔を浮かべて手を軽やかに振った。
私は強張った。唇が乾いてくる。けれど、「おはよう」と小さく声をかけた。
すると、そこだけ光が点ったように、
「おはよう!」
と、高崎さんは笑った。
クラスメイトの一人が歩み寄ってきて、私をつっついた。前田ゆうこだ。
去年のクラスも、所属するクラブも一緒だった。
「ひとみ、高崎さんと仲いいの?」
「昨日公園で偶然会ったの」
ゆうこが眉を寄せた。
「知ってる? あの子のお父さんとお母さん、本当じゃないんだって。高崎さん、養護施設からもらわれてきたの。お母さん…あ、育てのお母さんね、子供ができない病気なんだって」
私は体に何かがべったりと張り付いてくるような感覚にとらわれた。そういう話を、簡単にするものではないと思う。
「そうなんだ」
ごまかすように笑った。ゆうこは何かまだおしゃべりしたいようだった。けれど、始業のチャイムが鳴ったので席に戻った。
私は高崎さんをちらりと見た。今のは陰口だ。聞こえていなかっただろうか。
目が合うと、聞こえていたのか、いないのか、彼女はにこにこ笑った。
雰囲気が違う…確かにそうかもしれない。
明らかに自分についてひそひそ言いあっていたような私に、何も言わないなんて、少し変わっている。
けれど、高崎さんは昨日のことを黙っていてくれた。もしも誰かに伝えられていたら、多少なりとも教室で噂になっていただろう。
高崎さんは、約束を固く守ってくれたのだ。
確かに雰囲気は違う。
けど、悪い子じゃない…

 ☆

その日は、掃除の当番だった。雑巾をいれたバケツを水道に持っていった。
水をためていると、ゆうこが近づいてきた。
「ひとみ、今年も家庭科クラブだよね」
クラブとは、放課後に行われる趣味の活動のことだ。三年生のとき、私もゆうこも同じ家庭科クラブだった。
一年ごとにクラブは変えてもいい決まりだ。けれど、必ずどこかに入らなければならない。
「スポーツは危ないし、音楽や図工は女の子らしくないしさ。そうでしょ?」
きっと、うちのお母さんも、私は今年も家庭科クラブに入ると思っているはずだ。
「後藤君にクッキーあげたいんだあ…」
ゆうこが声をひそめて、私によりかかるようにして耳打ちをした。また、あの張り付くような感覚にとらわれた。
ゆうこから後藤君の話を聞くのは初めてではない。
でも、いつも、遠くにある絵画を見ているような気持ちになってしまう…
いつも、ただうなずくだけだ。
自分が周りの女の子たちと違うことに気づいたのは、小学校に上がってからだ。
クラスメイトは私を友達とみなしてくれる。
けれど、例えば、ゆうこは、私のそんな癖のようなものを知ったらどう感じるだろう。
窓の外に広がるグラウンドでは、サッカークラブの男子が練習をはじめていた。
ゆうこの好きな後藤君もいた。エースストライカーだ。
グラウンドの緑の芝が輝いて見えた。その瞬間、昨日の芝生の上の堂々とした高崎さんの姿が思い浮かんだ。
もともと、家庭科クラブの活動は好きだ。手芸も、料理も。
けれど、お母さんの中では「家庭科クラブに入ること」は「女の子らしくなっていく過程」としてみなされてしまう。
そうやって私の気持ちとお母さんの考えの溝が深まるのは、得体の知れない病気が進行していくようなものだ。そんな気がしてきた。
「今年は家庭科クラブに入らないかも」
「えっ。どうして入らないの? ひとみからクッキー作り教わりたかったのに」
ゆうこが口を尖らせた。
「今度、お母さんからレシピもらってきてあげようか?」
「本当? ありがと! ひとみママのクッキーおいしいんだもん。まあ、クラブは四月の間に決めればいいって先生言っていたもんね。じゃあ、レシピよろしくね」
ゆうこは身をひるがえした。
私は、ほっと息を吐いた。
「ひとみ。キャベツの千切り、お皿に並べて」
「はあい」
「おお。ハンバーグか」
夕飯の支度をお手伝いしていると、お父さんがダイニングに入ってきた。お風呂上りのお父さんは、パジャマの下だけはいた格好だ。タオルで髪を拭いている。そんなお父さんを見て、お母さんが眉間にしわをつくる。
「もう。ちゃんと服を着てくださいな」
「いやあ。はは。すまんすまん」
お父さんは着替えて戻ってきたけど、今度はすぐにテレビをつけた。どうしても見たいサッカーの試合があるそうだ。
お母さんが怖い顔をすると、音量を下げた。ちらちらテレビを見ながらごはんを食べている。
「まったく子供みたいなんだから…」
「まあまあ。お、ハンバーグ! うまいなー」
文句を言いながらも、お母さんはそう言われるとかなわないようだ。嬉しそうになる。
今だ、と私は思った。
「お母さん。友達が、手作りクッキーのレシピを知りたいんだって」
「あら、お安い御用よ。ひとみ。クラブ届けは出した? 何か足りないものあったら言いなさいね」
私はどきどきして、プチトマトを箸でつつきながら、再び口を開いた。
「あの…それね。それなんだけど…今年は、別のクラブに入ってもいい?」
「えっ?」
お母さんの仕草が止まった。凍りついた、と言ってもいいかもしれない。
その反応に、私は顔をあげられなくなる。
お父さんも不思議そうにこちらを見た。サッカー中継のアナウンスが空しく響いている。
「今年は、別のクラブに入ってみたい」
「何のクラブ? 危ないのはだめよ」
「どこにするかは、まだ決めてないけれど…」
「どうして家庭科クラブがだめなの? もしかして、いじめられた?」
「そうじゃないよ」
「でも、ほかに女の子の入れそうなクラブなんて、あんまりないでしょ。どうしてなの?」
お母さんは、すぐに『これは男の子のもの』『これは女の子のもの』というふりわけをしてしまう。けれど、それは困る。困るのだ。
「手芸や、料理は楽しいよ。でも、どうしても、別のところがいい」
顔が真っ赤になってくるのがわかった。何だか自分がわがままに思えてきた。
「偉い!」
お父さんが、急に大声を発した。びっくりして、そちらを見ると、お父さんは満面の笑みを浮かべていた。
「去年と別のところに入ってみたいんだろう。いいんじゃないか? いつも同じことを学ぶばかりがいいとは限らないぞ」
お母さんは、ちょっと顔を曇らせた。お父さんが賛成したので、反論しにくくなったからだ。私は祈るようにお母さんを見つめる。
「しょうがないわねえ」
しぶしぶ、お母さんはうなずいた。
「もっと早く言ってくれれば良かったのに。家庭科クラブのがお友達も多いのに…」
「まあまあ。ひとみ、やるからにはしっかりやりなさい。家のお手伝いも、ちゃんとな。そうすりゃ、母さん、うるさく言わないから」
「もう、お父さん。そういうことじゃないの」
「ありがとう、お父さん。お母さん」
お父さんは深々とうなずいた。お母さんは、呆れた顔をしていた。
きちんと説明をできたわけじゃなかった。
ごめんなさい、お父さん、お母さん。心の中で謝りながら、ハンバーグを切りわけた。

 ☆

次の活動日の放課後、私は校舎を歩きまわって、ほかのクラブを見学した。
クラブ担当の先生や同級生からも、活動の内容を聞かせてもらった。
校舎の二階の理科室では科学クラブが実験していた。体育館ではバスケットボールクラブが練習していた。
俳句をつくるクラブ、一輪車のクラブ、図工クラブ…たくさん見てまわった。
それなのに、なかなかピンとくるようなところがない。
そのうちに下校時刻になってしまって、物足りない気持ちのまま、最後に訪れた図工室を出た。
このまま帰るのは何だかさみしい。本でも借りて帰ろうか。そう思い立って、校舎のつきあたりの図書室へ向かった。
引き戸を開いて静かに入る。手前のカウンター席には図書係の男子がいた。
多分、五年生か六年生だろう。私をちらっと見て、自分の読んでいる本に視線を戻した。
大きな机の並ぶ図書室は、窓からさしこむ夕日の光に染まっている。
放課後まで残って読書している人はあまりいない。
本棚の林に沿って歩いていった。
奥の壁沿いには、大きめの図鑑が並ぶ。棚が向き合ってできる狭い空間をのぞいたとき、私は息を呑んだ。
その場所だけ、真四角に切り取られた透明な密室みたいに空気が張り詰めていた。
高崎さんだ。棚に隠れて、外側からは見えなかったけれど、高崎さんが踏み台に腰かけて、膝の上に本を広げていた。
声をかけていいか迷っていると、高崎さんは顔を上げてこちらを向いた。
「わ。びっくり。どうしたの?」
「ごめん。その…のぞくつもりじゃ…」
「気にしないで。一緒に見る?」
彼女が本を掲げて見せてくれたとき、私は声をあげそうになった。
その本の表紙には、見たことのない、あざやかな銀河の写真があしらわれていた。
濃い闇に、無数の赤や青の光。中央にはオーロラにも似た星雲が鳥の翼のような形に広がっている。
雲の内側には周囲の光よりひときわ輝く青い星星。
吸い込まれるように高崎さんの向かいに立って、本をのぞきこんだ。真紅の冠のようなオリオン。
澄み切って神秘的に輝く土星の輪。壮大な腕のように交差する銀河。それらは、教科書や、広告に用いられる天体写真とはまるで違っていた。
宇宙の素顔が映し出されていた。
「すごい…すごいね…きれい…」
私は、ただただそう繰り返す。
「ハッブル宇宙望遠鏡の写真よ」
「宇宙望遠鏡…?」
「地上にも大きな望遠鏡はあるけれど、この望遠鏡は宇宙にあるの」
宇宙に望遠鏡があるなんて、考えたこともなかった。星の図鑑なら見たことがある。
けれど、それらは、地上から見た星の位置関係や、星座の移り変わりを示す学習用のものだった。こんなに鮮やかで生き生きとした星の姿を見るのは初めてだ。
「高崎さんは、星が好きなの?」
「リリでいいよ」
彼女はこちらを見て笑った。初めて言葉を交わしたときの、何もかも見透かすような笑みとは違う。教室であいさつしたときの、やたらに明るい笑顔とも違う表情だった。
「本当は天体クラブに入りたいけど、希望者が、私と、もう一人しかいないから活動できないんだ。三人必要なんだって。だから、こうして本を眺めるだけ」
高崎さんがため息をついた。私は思わず声を発していた。
「私、入ろうか」
高崎さんが目を丸くして私を見た。
「私、入りたい。星のこと、もっと知りたい。高崎さんとも友達になりたい」
思い切ってそう言うと、高崎さんはますます目を丸くして、ばんと私の肩をはたいた。
「名前! リリでいいったら」
「じゃあ、私はひとみでいい」
「ひとみ。ありがとう。すっごく嬉しい! よろしく」
「ううん。こちらこそ、よろしくね」
差し出されたリリの掌を握り返した。
リリは嬉しそうだ。頬が明るくほてって、薔薇色の星雲のようだった。

天体クラブのもう一人のクラブ員である香山宏君は六年生だ。
最初の活動日、リリと一緒に理科室へ向かった。理科室に入ると、香山君はもう先に来ていた。
地球儀に似た透明の球体をくるくるまわしている。後から知ったけれど、それは天球儀という器具だった。
家庭科クラブでも六年生はいたけれど、男子はいなかった。私は少し緊張していた。
私とリリのすぐあとから、赤嶺先生が入ってきた。駆け足で来たようだ。息を切らしている。
クラブ担当の若い女の先生だ。
「ごめんねえ。先生がびりっけつだ。先生たちの会議が長引いちゃったの」
全員がそろうと、赤嶺先生はまず自分のことを話してくれた。
「じゃあ、今日からよろしくね。先生は宮沢賢治がすきでね、賢治の作品に色色な星座が出てくるから星座にはちょっと詳しいの。天体クラブの活動は君たちだけじゃ危ないときもあるからね。先生がなるべく付くようにするから、よろしくお願いします」
『天体クラブにおける危ない活動』が、私には想像できない。
「それって、どんなときですか?」
「例えばねえ…」
「太陽観測のときや、天体望遠鏡を扱うときだよ。太陽観測は必ず専用の眼鏡が必要だし、天体望遠鏡は扱いが難しい」
「そうそう! 香山君、さすがね」
先生の話をさえぎって、香山君がそう話してくれた。先生が手を叩いてほめる。
へえー。知らなかった。私は感心したけど、香山君はこちらをにらんだ。
「そんなの常識だよ。おまえ、本当に星に興味あるの? なんか全然詳しくなさそうだけど」
驚きと恥ずかしさと怖さとで、私は絶句してしまう。リリが、香山君をにらんだ。
「自分が詳しいからって、ひとみをいじめないで。せっかく入ってくれたのに」
「人数あわせで無理やり友達を引き込んだのか? そんなのどうせすぐ飽きるよ」
六年生の男子を相手にひるまないリリはすごい。けれど、香山君ってくせものだ。
「ああ、ほら。いきなりけんかしないの」
先生が間に入ってくれた。
「気を悪くしないでね。ひとみちゃん。香山君は天体に詳しいの。お友達をつくるのはちょっとへただけど」
「ちょっと? だいぶ、じゃないですか」
「何だよ」
リリが茶々をいれると、香山君がまたいらだつ。はいはい、そこまでと先生は手を打った。
「じゃ、ひとみちゃん。どうしてクラブに入ったのか教えて。友達につられただけじゃないって言ってやんなさい」
自己紹介は苦手だ。けれど、今はリリがいる。先生も優しそうだ。香山君はおっかないけど、ぐっと前を向く。
「わ、私は…黒岩ひとみです。確かに、リリ…高崎さんに誘われたし、星のことも詳しくないし、宮沢賢治の作品もよく知らないけど…」
香山君はうさんくさいものを見る目で、私を見ている。
「でも、図書室で宇宙の写真を見てすっごく感動しました。だから、これから知りたいと思いました。よろしくお願いします」
頭を下げる。これほどまでにきちんと自己紹介できたのは、初めてだった。顔を上げると、香山君と目が合った。
「宇宙の写真って、何?」
「ハッブル宇宙望遠鏡の写真です」
「ああ、そう…」
質問しておきながら、ぶっきらぼうにそう返すだけだ。けれど、新たな文句は出なかった。
「はいはいはーい、次は私!」
リリが大きく手を振った。
「元気ねえ。はい、高崎さん」
「高崎リリです。天体クラブに入ったのは宇宙が好きだから。夢は宇宙飛行士です!」
きっぱりとリリがそう宣言した。思わず、彼女の目をまっすぐに見つめ返してしまった。
リリには何の気負いもなかった。誇り高い光を目に宿していた。真剣だ。
女の子なのに…
そんな考えが私の頭をよぎった。
その瞬間、ひどく恥ずかしくなった。
私は、女の子らしく見られることをやめようとして天体クラブに入ったのに。
近頃の私は、お母さんやゆうこに対して、あれこれと非難する気持ちを抱いていたのに。
それなのに、リリの夢を聞いたとたんに、お母さんやゆうこと同じきゅうくつな定規ではかろうとするなんて…
私にも、お母さんや、ゆうこと同じ考えが隠れていたのだ。だから、恥ずかしくなった。
香山君は、あんぐりと口を開いた。それから尋ねた。
「コスモノートになることが、どれだけ大変かわかってるのか?」
「知ってるよ」
リリは腕組みして、何でもないことであるように答えた。私は詳しくないけれど、きっと、ものすごく大変なのだろう。
先生が近づいて、そっと私に話しかけた。
「香山君ね。クラブ活動ができるって教えてあげたら、泣きそうなくらい喜んでいたのよ。だから仲良くしてね」
思わず先生を見つめる。先生は軽くウインクした。私は小さくうなずいた。リリと香山君はまた口げんかしている。
けれど、先生にそう言われてみると、香山君は生き生きして見えた。
色色な考えがめまぐるしく浮かんでは消えていく。
家庭科クラブに入るか、入らないか…
お母さんからどう見られているか…
私の悩みは地上から見える星のようなものだった。
宇宙に望遠鏡があること…
星星は鮮やかなこと…
そして、宇宙飛行士になりたいと思っている女の子がいること…
リリの胸には宇宙に浮かぶ望遠鏡のように広大な夢が掲げられているのだ。

四月も半ばをすぎると、桜はあっけなく散っていく。入れ替わるように、八重桜が花開きはじめていた。
クラブ活動のあとは、三人で一緒に帰るのが習慣になりつつあった。
「じゃあ、ひとみに『宇宙クイズ』でーす。金星はどこでしょう」
リリがそんな問いを発した。
天体クラブに入ってから、まず探し方を覚えたのは金星だ。
一番星と呼ばれる星。太陽のそばにあるので、明け方と夕暮れ時に探すのがいい。
「んー…あっち。あの桜の枝にかかっているまぶしい星」
「ピンポーン。正解! ひとみ、すごい!」
「それくらい常識」
「また。香山君はいやみばっかりなんだから」
香山君とリリは相変わらずだけど、私はもう慣れっこだ。平気で二人の口げんかを眺めていられる。
北竜公園にさしかかった。リリと初めて言葉をかわした公園だ。この場所にさしかかると、私は緊張する。
クッキーを池にまいた理由を、私はまだリリに明かしていない。リリはそれを覚えているはずだ。
けれど、わざと気にしていないふりをする。そのせいか、このあたりにくると、私と反対にテンションが上がる。
リリは、少し上ずった声でこう言った。
「そうだ。あのね、うちのおばあちゃん、今年で九十九なの」
「九十九? すっげえ」
「すごーい!」
私も香山君も仰天する。
「でね、ゴールデンウィークに誕生会があるの。『はくじゅ』っていうんだって。お祝いの会だから、二人とも、良かったら遊びに来てくれないかな。バスに乗らないといけないし、お父さんかお母さんと一緒でもいいから」
「わ、行きたい。お母さんに聞いてみるね」
「あ、忘れるところだった。はいっ」
リリがランドセルから何か取り出した。それは黄色の厚紙を星型にくりぬいたカードだ。表に私たちの名前が書かれている。
お手製の招待券だった。私は、ランドセルにそれを大切にしまいこんだ。
香山君も受け取ったけれど、うつむいて、こう言った。
「俺は無理かも。塾があるから」
リリはそれを聞いて、少しだけ残念そうな顔になる。けれど、香山君は星のカードを眺めながらこんなことをつぶやいた。
「高崎は本当に星が好きなんだな」
「あったりまえじゃない」
「俺、勝手に無理だって思い込んでることがあってさ。サラリーマンになって、ずっと趣味で天体観測できりゃいいかなあって」
私たちは驚いて、香山君を見つめた。
「でも、俺、本当は映画監督になりたいんだ。宇宙を望遠鏡で撮影して作品つくりたい。高崎が宇宙飛行士になりたいって言ったとき、本当はちょっと感動したんだ」
リリが意地悪そうな笑みを浮かべた。
「素直じゃないなあ。もっと早くそう言えばいいのに。いいじゃない、映画監督!」
リリがほめると、香山君はにやりと笑った。
リリといると、どんなことでもできそうに思える。私も香山君もぐんぐん引っ張られる。
リリはまるで太陽だ。自分で重力を有していて、まわりの星星をひきつけるのだ。

急いで家に帰った。玄関のドアの前で、ランドセルから星のカードを引っ張り出す。
お母さんにすぐに差し出せるように手に持つ。ドアノブをまわす。ドアはすぐに開いた。
「ただいま!」
勢いよく、リビングに駆け込んだ。
「お帰りなさい。待ってたの、ひとみ」
出てきたお母さんの顔が真っ青なので、私は立ちすくんだ。珍しく、お父さんも早く帰っていた。ソファに難しい顔をして座っている。
一人がけのソファに座るよう言われたとき、嬉しい気持ちが急にさめていくのを感じた。お父さんの隣に、お母さんが腰かけた。
「お母さんね、さっき、ネットで料理のレシピを見てたんだけど…ひとみ、あなた、何か調べてるの?」
とたんに、私は全身水を浴びせられたように感じた。お母さんとお父さんがそろって私に聞きたいことがわかった。
きっとお母さんはインターネットの履歴を見たのだろう。インターネットで検索した内容は記録に残る。
だから、調べものをしたあとは、履歴を消すようにしていた。けれど、きっとそれを忘れていたのだ。
膝の上に置いたこぶしを、ぎゅっと握りしめた。
「ひとみ…あなた、女の子が好きなの?」
私は、答えられずに、うつむいた。
「お友達ができたって言ってたわね。その子とは離れなさい。その子のせいでしょう?」
リリのせいにできたらどんなに楽だろう。けれど、ほかの人のせいではない。
私は、首を横にふった。
「リリは悪くない。リリのせいじゃない」
気持ちは焦るのに、頭のなかがぼんやりしてくる。
お母さんの顔がだんだん赤くなってきて、ついに泣き出してしまった。
「病気だわ。病気よ…」
そう繰り返した。私の心の乾燥している場所にどんどんひびが入って、音を立てて割れていく。
母さんは急に立ち上がって、私の手をとった。ぞっとするような、石みたいに冷たい手だった。
「病院に行きましょう」
びっくりして、それを振り払った。
「いやっ。病気じゃない!」
お父さんが慌てて立ち上がって、お母さんを引きはがした。
「やめなさい、おまえ。落ち着きなさい」
「じゃあ、何だっていうんですか。何だっていうの? ひとみ、どうして?」
お母さんは何度も私に問いかける。けれど、やっぱり言葉が出ない。見かねたお父さんが、もういいだろうと静かに告げた。
「ひとみ、着替えてきなさい。おまえはちょっと休みなさい」
お父さんが普段見せないような怖い顔をすると、お母さんは口を閉ざしてうつむいた。

 ☆

部屋に戻って、着替えを済ませた。下におりていくと、お母さんはいなかった。心細い気持ちになる。
「母さんは、先に休んでるから。会社に連絡がきて、父さん、今日は早く帰って来たんだ。飯でも買ってくればよかったなあ。出前をとろうな」
お父さんは、ちょっと情けない雰囲気の、いつもの笑みを浮かべた。
お父さんは、泣いたりしない。けれど、食事の間も黙りがちだった。
私は差し出す機会を失ってしまった星を、ソファの脇に置いたまま、てんぷらそばを食べた。
おそばの湯気に、頬のあたりがあたたまる。だんだん混乱した気分が引っ込んできた。
「お父さん。ごめんなさい」
やっとそう言うと、お父さんは、首をふった。
「お父さんもびっくりしたけどな、謝る事じゃない。早くまたお母さんがご飯作ってくれたらいいけどな」
迷ったけれど、私は星のカードを取り出した。
「あのね。友達のおばあさんの誕生会があるの。…私、お母さんにも一緒にきてほしい」
「そうか。見せてごらん」
星のカードをお父さんに渡した。お母さんが笑ってくれますように。紙の星だけど、そう祈りをこめて。
お父さんは黙ってカードを見つめている。
私はリリの堂々とした宣言を思い出した。
『夢は宇宙飛行士です!』
私には、あんなに大きな夢も、それを高らかに打ち明ける度胸もない。
でも、リリといると、自分に素直であることが大事だと思えてくる。
今、黙っていることは、リリの友達として失格だ。そんな気がしてきた。
ずっと黙っていた方が、きっといろんなことがうまくいく。けれど、それは私の本当の気持ちを抑えることだ。
「お父さん…私ね、一度も男の子を好きになったことがない」
私はようやく打ち明けることができた。すると、お父さんは息を呑んだ。そして、
「そっがあ…なじょしたらよかんべなあ」
土地の言葉でそうつぶやいた。困ったときの、お父さんの口癖だ。お父さんのつぶやきは、私の気持ちをぴったりあらわしていた。
「私も、いっつもどうすだらいいがわがんね」
そう答えると、お父さんはうなずいた。
「じゃあ、お父さんから、お母さんに、今のひとみの言葉を伝えていいか? そしたら、お母さんも一緒に考えてくれるかもな」
私はうなずいた。
何故だか涙がにじんできた。湯気が目に入ったふりをして、慌てて目元をぬぐう。力強く、そばをすすった。

広沢山には低学年のときの遠足で来たことがあった。けれど、それっきりだ。
山に囲まれた街で暮らしている私たちにとって、それは身近なものだ。
けれど、そのふもとの村までくると、街中からの眺めとは違って、山はぐっと間近に迫ってくる。怖いと感じてしまうくらいに。
バスの隣の座席にいるお母さんをちらっと見た。都会育ちのお母さんに、山の眺めはどう映るのだろう。
秘密を知られた日の、次の朝だ。
お母さんは、星のカードを私に返して、こう言った。
『お母さんも行く。あなたのお友達に会ってみたいもの』
お母さんはもう泣いていなかったけれど、まだ怒っているようにも見えた。
けれど、日が経つにつれて、お母さんの不機嫌は和らいでいった。
今朝にいたっては、張り切って、クッキーを焼いてくれた。もともと、お母さんはお祝い事が大好きなのだ。

 ☆

バスは、私たちを、そのいかめしい屋敷の前の停留所におろした。
隣にも家はあるけど、ずいぶんと離れてる。お殿様の偉い家臣が、今にも現れそうな、重厚な屋敷だった。
「ひとみ、本当にここなの?」
「リリのメモの通りだよ。確かにここだと思うけど…」
屋根と柱つきの立派な門構え。緑のひば垣が屋敷を囲んでいる。わらぶき屋根が見えた。庭の木々がそびえている。
門は開かれていた。私とお母さんは恐る恐るその門をくぐった。お屋敷は、母屋から奥までL字型に曲がった造りだ。
奥から、人の話し声や笑い声が聞こえてきた。石畳がつづく先に、縁側に囲まれた広い庭が見えた。そっとのぞいた。
そこには、もうたくさんの人が集まっていた。垣根や木々の枝は、モールや紙で飾られている。
野外で使われる調理器具やテーブルがあちこちに設置され、人垣の真ん中では、若い男の人たちがじゅうじゅうお肉を焼いていた。
屋敷の佇まいとはちぐはぐな雰囲気だけれど、みんな楽しそうだ。食べたり飲んだり、とにかくにぎやかだった。
「まあ、すごい。こんなお庭で、こんな風にお祝いするのも素敵ねえ」
お母さんも、感心してあたりを見回している。
水色のドレスをまとったリリが出てきた。
「いらっしゃい! ひとみ、遠いのに、ありがとう。ひとみのお母さん、初めまして。高崎リリです。今日はありがとうございます」
「あなたがリリちゃん。まあ。こちらこそ、お招きありがとうございます」
奥から、リリのお父さんとお母さんらしい人たちも出てきた。
「黒岩さんですか。どうも初めまして」
「いつも、ひとみがお世話になっています」
私はリリと視線を交わした。リリがいつものいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ひとみ、行こ。おばあちゃんに会わせてあげる」
「うん。お母さん、先にごあいさつしてくる」
「失礼のないようにね」
「ひとみちゃんをお借りします」
リリはお母さんに頭を下げると、私の手をとって歩き出した。
リリの靴は、ドレスと同じサテンの水色の靴だ。それは私たちが初めて言葉をかわした日にはいていた靴だった。
私は、何も言わずにリリについていった。
リリは、私を、縁台から直接屋敷に招いた。靴を靴脱ぎ石に置いて、縁台に上がる。
中は、ひやりと冷たい空気で、とても清らかだった。高い天井の屋敷で、リリのおばあちゃんは、座敷のまんなかの掘りごたつにあたっていた。
奥の台所では、親戚らしき大人の人たちが忙しそうに行き来している。
おばあちゃんは着心地のよさそうなゆったりした部屋着で、きれいな紫の着物を肩に羽織っていた。
時々、大人たちが何か話しかけていくので、優しくうなずいている。座敷わらしが、そのままおばあちゃんになったような、不思議な神々しさがあった。
「おばあちゃん、友達つれてきたよ!」
リリが威勢よく話しかける。
「私の初めてのおんな友達。ひとみちゃん! かわいいでしょ!」
ぐっと私は前に連れ出された。
「リリちゃんのお友達けえ。めげえ子だな」
「黒岩ひとみです。あの、この度は、お誕生日おめでとうございます。クッキーを焼いてきたので、どうぞ召し上がってください」
「じゃあじゃあ。ありがどなあ。クッキー、ばあちゃん大好きだ。ありがどあんす。昔はながっただもな。ありがどな。今日はええ日だあ。ありがどなあ」
繰り返されるお礼に、私ははっとした。何度も繰り返される『ありがとう』に、何度もうなずく。
おばあちゃんは、しわくちゃの顔で、その目は静かに潤んでいた。庭で楽しんでいる人たちを眺めている。
あと一年で一世紀という、とほうもない時間。おばあちゃんのその時間を、どれほどたくさんの楽しみや悲しみが訪れたのだろう。
古いお屋敷に咲く紙の花にも、太い木々の枝に飛ぶモールの星にも、周りにいる人たちの優しい想いが宿っている。
それは、おばあちゃんが、そのとき、そのとき、自分の周りにいる人たちを大切にしながら生きてきた証しなのだろう。

 ☆

縁側にリリと並んで座って、切り分けられたケーキを食べた。
お母さんは、まだリリのお父さんやお母さんたちと話している。リリは、そっと私にこう打ち明けた。
「あのね、ひとみ。私が養子だって話、聞いたことある?」
「えっ?」
それは、いつだったか、ゆうこから聞いたことのある話だ。けれども、リリの口から改めて聞かされて面食らった。
「それね、本当なの」
あまりに突然の打ち明け話に、私は、プラスチックのフォークを取り落としてしまった。
「本当のお父さんとお母さんのこと知りたいって思うけど、養護施設では教えてもらえないし、私の親については本当に手がかりがないみたい。だから宇宙にいったら地球に向けて言うの。お父さんお母さん、生んでくれてありがとう。私は元気でいますって」
かわいそうと言うのも、どうして? と尋ねるのもおかしい気がした。
リリが当然と思っているつらいことを、リリがあたりまえと思ってがまんしている気持ちを、くつがえしてしまわないように、私は黙った。
「今のが私の秘密で本当のこと。さ、今度はひとみが話して」
すぐにわかった。初めて会ったときの、クッキーの一件のことをリリは言っているのだ。
リリは、私に話をさせるために、自分の秘密を打ち明けてくれた。
私が話さない理由を、リリは、自分の秘密と同じくらいの重さとみなしてくれたのだ。自然に言葉が出てきた。
「あのね…」
私はゆっくりと話し出した。

私にはいつでも好きな女の子がいたこと。
けれども、友達はみんな男の子を好きになること。私には、自分の気持ちを誰かに伝えたり、その人のためにクッキーを焼いてあげるような行動をとる機会がなかったこと。
友達に男の子の話をされると困ること。
ぼんやりした気持ちになること…
いつもきゅうくつな気持ちでいたこと…
クッキーが喉を通らなくなったこと…
お父さんとお母さんに知られて、今も本当は気まずい気持ちでいること…

話し終えると、リリはしばらく黙っていた。さすがのリリにも、思いも寄らない話だったようだ。
「じゃあ、ひとみ、つらかったんだね」
「まだ、お母さんとちゃんと話せてないんだ…。でも、私、もう食べ物を粗末にしたりしないよ。気持ちを抑えすぎて、そんなことをするのはもういや」
私はきっぱりそう告げた。
「そっか」
ぴょんとリリは縁側からおりた。
「今日は本当にありがとう。私、ずっと、おんなのこの友達ができなかった。でも外見や生い立ちのせいにして諦めてたんだ。ひとみが図書室で私を見つけてくれたとき、救いの神様だと思ったよ」
私は照れくさくなって笑った。リリこそ、あのときは天使みたいだったのに。
私たちは、見つめあって、手を掲げた。お互いの掌を打ち付けあった。

『裸足の私と水色の靴』

『裸足の私と水色の靴』 玉置こさめ 作

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-05-24
Copyrighted

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