鳥

鳥が私に話し掛けてきます。現実はしだいにあの虚ろな神秘な世界へと移ろうとしている心の幽かな期待感。なんだか人間を辞めて青空を真っ直ぐに飛び立つ優雅な白鳥になりたい。その為にはこの世のものではない計り知れない他力が必要ではないかと思うようになりました。
その時に鳥がずっと私を追ってきて、動向を伺っているのに気付いた。私は心弾む少年の青春の時空にタイムワープしていた。
私の心の寄り処は、森に飛び交う鳥だというのだろうか。静かな気持ちで安穏たる宇宙の中で、鳥のお話しを聞いています。
鳥は私に何を伝言しようとしているのか。これから何かしらの啓示を行おうとする、何か意味ありげな鳥の神妙な動きは、妙に軽快なよそおいをしていた。鳥は思うままで気持ちよさそうに、その意味を私にこっそり尋ねてきました。
鳥は私に「こんにちは。」と挨拶をしました。
私も鳥に挨拶をしてその融通無碍な態度に確かな信頼を得ていた。
「あなたを鳥にさせたいと思うのです。あなたはそれを期待して望みますか。何と嬉しい情景に出逢った事でしょう。」
「あなたは何で私にそのような事をおっしゃるのですか。」
「2年前に人間が仕掛た網にかかった鳥を、あなたの手によって助け大空の遥か彼方へと帰してくれたお礼がしたいのです。」
ええ、私は思い出しました。あの時確かに一羽の鳥を助けだしたのです。自分の過去の行為を深くゆっくり静かに思い起こしてみた。
「あの時の鳥があなたなのですね。あなたは私を憶えていたのですね。」
「もちろんですとも、あなたは命の恩人です。あなたにそのお返しをしたくて、ずっとあなたをお待ちしていました。あなたがまた森へ来るのを、くる日もくる日もお待ちしていたのです。今日やっとあなたにお逢いすることができました。」
「あの時のあなた。あなたは何もお変わりないあの時のあなた。あなたとまたこうして逢えることができて、どれだけ嬉しいことでしょう。ずっとあなたの事をお祈りしていました。今日のこの日をどれだけ夢見たことでしょう。これからあなたを鳥にさせたい。あなたは鳥になって私と一緒に飛んでみませんか。一緒にデートに付きあってもらえませんか。」
嬉しさのあまり私も「いいわよ。」と答えました。

すると私の手に羽毛が生えてきました。羽毛はやわらかく大いなる優しさと愛情を備えていた。
何という浮遊感をもたらす、未だ人類が体験したことがない飛翔への準備。あたかも女性の母体にいる胎児が豊かな栄養に囲まれて、生命の準備の期待感に満ち溢れたかのようです。
私の手は羽根となり、物凄く上昇する若かれし少年となって大志を抱いた。あの夢見る時代へと青春の中心に座標軸を移動させた。
ついにこの時が来たのです。夢を大空へ飛ばすこの時が来たのです。
私は鳥を見ました。鳥は優しくこちらを女の恋心を抱いてじっと見つめています、恋人のそわそわした心の模様を顕にした。
私は鳥を見て微笑んだ。鳥も私の方を見て微笑んだ。
何か私と鳥の愛の信頼関係はいか程のものでしょう。この世界は至上の新しき清々しさでときめいている。
生命がその大志の強さにもう飛翔しようとしている。不思議な感覚を感じ全身が輝いた、この地球上の生命の輝きを天空に放ったのです。
そして私は鳥になっていた。うきうきわくわくして羽根を大きく広げて、この青空へ全身全霊で飛ばそうとしました。
羽根をはためかし人生で初めて浮遊する時を、心を踊らせて待っていた。

ああ、そして私は地上を離れ浮いていた。何という超次元な感覚なのでしょう。
世界で人類が誰も体験したことのない情景を見ている。私の幸せはこの時までずっととっておいたのです。
私の事象は新たな時空に到達していた。この世界で奇跡を感じる。これ程までに神を感じた奇跡の境遇に遭遇したことがあったでしょうか。
私の夢がまさにこの時間この場所で叶えられていた。今の現実が人生で一番いとおしいのです。
羽根を動かすと高く高く上昇していき、地上から天空に向かう憧れを、ありったけの叫びを伴って昇って行きます。
あの鳥と一緒に天空の世界へと行ったのです。
そして私はその鳥と結婚したのです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-18

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