廻る撫子、雨のなか

 篭は揺れる。未だ一切の穢れを知らぬその眼差しは、安らかに閉じていた。
 眠る赤子を、少年は見ていた。

 唄は揺れる。揺り篭を持つ手は幼気を仄かに香らせ、その眼差しは純粋そのものであった。
 子守る少年を、青年は見ていた。

 池は揺れる。耳馴染みのララバイと水面に映る子供の姿を背に、その眼差しは大志に燃えていた。
 抱く青年を成人は見ていた。

 車内は揺れる。社会の荒波に揉まれ疲労したその眼差しは、窓の先の世界に期待した背中を懐かしんだ。
 疲弊する成人を、老人は見ていた。

 椅子は揺れる。案外捨てたものでもない此の世を抱擁し、頼りない小さな焔をその眼差しに灯し続ける。
 居眠る老人を、赤子は見ていた。

 夢は揺れる──。

廻る撫子、雨のなか

廻る撫子、雨のなか

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-17

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