初めはインコだった


私の右足にとまったのだ

お嬢さんの屋敷の庭だった


屋敷は丘に建っているので見渡しが良く、向こうには森が広がっている



かわいいな

黄色のインコを横目に、私はギターを弾いた

初めてここまで弾けた

記憶にあるままのメロディが、フレットを抑えるたびに心地よく流れていく


お嬢さんが後ろをフラフラ通ったので声をかけた

インコを左肩へ乗せてお嬢さんに見せると、お嬢さんはあらあらと、ふわふわ喜びながらべっとり赤茶に染まったハンカチを振り、向こうへ行ってしまった



もう一度弾いた


この先は忘れてしまったな



黄色かったインコは茶色くなっていた

あれ と思っていると、ギターがなくなっていた


昨日、屋敷の中で起きた事が少しずつ思い出されていく-


帰ってきた私は、摘んできたばかりの薔薇の花を持って隣町のお嬢さんが私の部屋の前を通るのを待っていた


皆、町の広場から帰ってきてこの屋敷に泊まるはずだったのだ

すると、隣の部屋の青年に呼ばれた

ちょうど1人、2人、広場から帰って来始めた頃だった

部屋に来いと言うのだから珍しい
しかし彼の事ならどうせ寂しいのだろうと思って隣の部屋へ行き、彼のテーブルについた


燻製肉が皿にだしてある

先日隣町からもらってきたという


「悪いね」


彼はゆっくりと椅子に座りながら、紅茶は切らしたままだったことを私に謝った



少し焦っていた私は廊下を通る人の足音を意識しながらも、内気な彼を気まずくさせまいと、無理に言葉を繋げ、会話を続けた


そのうちに、会話には沈黙だってあるものだと思い出し、黙って微笑しながら彼と窓の外を交互に見ていた


やけに広くて、汚い部屋だった

テーブルの上には渇いた紅茶のこびりついたカップが出しっ放しだった

綺麗な燭台には、蜘蛛の巣まであった

この皿だって、いつ洗うつもりかわからない

部屋の向こうは薄暗くてよく見えないが、本棚のように見えた

2人部屋を1人で使っているのだが、滅多に人を入れないという噂は本当だろう


そんな事を考えている頃には、もう廊下の足音は止んでいた-



ふと気づくと、左肩にいたインコが豚になっていた


私は豚を抱えていた

肌の茶色い豚である

「僕は寂しいんだよ」

豚は生意気に言った

疑いはしなかった
寂しいのだろうと理解した私は、この豚を撫でてやった


可哀想な豚は、腹を見せて
「掻いてよ」と言う

掻いてよとは、腹を揉んでほしいのだろうとすんなり理解できた

腹を揉んでやっている間、豚は絵に描いたような、何とも幸せそうな笑顔だった


そのうちに豚は、ポロリ、ポロリと悩みを口にし出した


私は吹いている風と、揺れる桃色の花に気を取られ、豚の悩みを聞いていなかった



滑らかに動いていた豚の皮膚が、いつのまにか重くなって、硬くなって、ついには動かなくなった


「そっか」


ポツリと言うと、豚は灰色になってしまった


お嬢さんは独りで森に薔薇を摘みに行ったらしい


豚は石に変わっていた


庭の一本の木の下の出来事だった

気が散りやすい「私」の感じた、第六感の闇

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-07

CC BY-NC-ND
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