浦島草幻戯

浦島草幻戯

浦島草幻想小説です。PDF縦書きでお読みください。

 天南星は里芋科の植物である。里芋というと、根菜の仲間としてあまりにもイメージが固定されているが、花をすぐに思い出せる人はあまりいないだろう。
 蒟蒻も里芋科である。なかなか花が咲かないので花を見た人はあまりいない。植物園などで、熱帯を原産とする大蒟蒻の花が咲いたりすると、テレビが様子を映したり、新聞種になったりする。
 天南星も知っている人は少ない。天南星の仲間の蝮草だとか、浦島草、お茶花の雪持草などはかなり知られているが、それもマニアックな世界かもしれない。
 私の知人に植物の分類を専門とする生物学者がいて、民間の植物園に勤めているが、その父親が浦島草に取り付かれた人であった。
 過去形であるのは、彼は夭折しており、友人が七つの時に四十で亡くなっている。そのKという男は、自宅の庭に樹木は別として浦島草の仲間と寒葵しか植えていなかった。大小の石を配置した庭に寒葵の間から、様々な天南星が生えてきて、初夏は見事な庭となる。蛇の鎌首のような花が、それぞれに意志があるように向きたい方角に向いていた。
 特に浦島草が至る所にあり、長い舌のようなものを長く垂らしていた。中国のいろいろな天南星も鉢植えで家の軒下に置いてあった。
 Kは建築会社の建築設計師であり、彼の設計した家は、庭を意識した環境に適したもので、なかなかの評判であったと聞く。
 Kは時刻通りに会社を引けると、まっすぐ家に帰ってきて、庭を見て回り、食事をするという規則正しい生活を送っていた。会社帰りに寄るとすると、本屋か園芸店ぐらいで、庭の手入れに必要なものを購入して帰宅した。朝はもちろん早起きである。草取りをして、庭に水をまいた。Kは決してホースで水を撒かなかった。銅でできた大きなジョウロに水をいれ、何度も水道と庭を往復して、たっぷりと水をやった。
 本人は言わなかったが、ざーっといっぺんに水を撒くのがいやだったのだろうと友人は言う。葉っぱが重そうに垂れ下がってしまうのが嫌だったからだ。
 子供とは程々に接し、なにをせよということを言ったことのない人だと友人は言っていた。それに自分の趣味を押しつけることもしなかった。しかし友人が子供の頃、自分からジョウロで庭に水を撒こうすると、とても喜んで、子供用のジョウロを買ってくれたという。
 友人はそんな植物を見て育ったせいなのか、植物学の学徒になり、天南星ではなく、寒葵の分類で学位を受けた。
 そのKに関して、友人が話したいことがあると電話をかけてきた。
 その日、午後になって、彼は私のマンションを訪ねてきた。彼の住まいは伊豆で、伊豆の私的な植物園の副園長をしている。亥之森(いのもり)園作という。
 「久しぶりだな」
 彼は大学の時と全く変わらず、茶系の洋服を着て、茶色の靴を履いて入り口に立っていた。
 「久しぶりといっても半年だろう、まあ入ってくれよ」
 私も生物学を一緒に学んだのであるが、私はフリーのサイエンスライターの道にすすんだ。いくつかの雑誌に生命系で新しく発見されたことの解説を書いたり、時にはエッセイのようなものも書いたりしている。
 彼は学生時代とこれも変わらず口数が少なく、静かにテーブルの前に腰掛けた。
 大きな鞄を抱えている。別に持っていた包みをほどき、
「これ、いつもの干したキンメとイカ」と差し出した。
 伊豆の魚はうまい。だけど、私が独り者で、料理をしないことを知っているので、保存がきき、焼くだけでいいようなものを持ってきてくれる。
 「いつも悪いね、奥さんは元気」
 「うん、あいかわらずだよ」
 彼は植物園で働いていた一回りも違う若い子と結婚をした。明るくて、彼にはうってつけである。植物が好きで、同じ植物園の植物を管理しているが、地味な寒葵には興味がない。色とりどりの洋花が好きなようで、特に蘭を好んでいる。
 「それで今日はどうしたの」
 いつもだと、計画的な彼は、かなり前に予定をきいてくるのだが、珍しく、昨夜突然電話をかけてきた。今日は月曜日で植物園は休みなので、出てくることが出来る。いつもは奥さんとやってくるのだが一人で来た。東京に急な用事でも出来たのかもしれない。
 彼は膨らんだ鞄から、古びた大学ノートを取りだした。かなりの数がある。
 「なんのノートだい」
 「おやじのノートなんだ、実家は母と妹家族が住んでいるが、倉庫を整理して子供部屋にしようと、片づけた。隅からこのノートが親父の本の中からでてきたそうだ。親父は本が好きでずいぶん持っていたのを、倉庫に片付けておいたんだ」
 「なにが書いてあるの」
 「浦島草にまつわることなんだが、科学的な部分と、なにやら、妄想的なものが書かれているところがあって、その当時のおやじの状態がわかる」
 「それがどうかしたの」
 「実は、親父はなぜ死んだのかわからないんだ、お袋にも全く想像できないようだ」
 「若くして心臓麻痺で亡くなったときいてたけど、違うの」
 「いや、決して間違いではないのだが、どうして心臓麻痺を起こしたのかわからない、親父の命日は5月5日、菖蒲の節句、こどもの日の夜中の二時頃なんだ。四十年も前のことだよ、親父は調度四十だったな、生きていれば今年八十だ。庭で硬直して死んでいた。寒いことはないし、いったい何が起きたのかわからないんだ。顔にはびっくりしたような表情が現れていたということだが」
 「なにに驚いたのかわからないわけだな」
 「そうなんだ、夫婦仲はよくてね、お袋は親父のことを尊敬していたし、信頼もしていたから、死んで数年間、精神的に不安定だったようだ。親爺のことを全く言わなくなってね、しかし、子供の面倒はよく見てくれた。それは俺も覚えている。
 このノートが出てきて、奇妙なことが書いてあったので、妹はお袋には見せずに僕によこした。僕も読んでみたのだが、君にも読んでもらって、意見を聞きたいんだ」
 「どのような意見をいえばいいのかな」
 「科学的なのか妄想なのか判断がつかないところがあるのでね、はっきり妄想と分かるところはいいんだけど」
 「いつまでに読めばいいかな」
 「いや、いつというわけではないので、君が忙しくないときに読んでみてくれよ」
 「わかった、できるだけ早く読むよ」
 「ほんとに急がないから」
 「今日、これからはどうするの」
 「すぐ帰る」
 「なんかあったのか」
 そう聞くと、彼は恥ずかしそうに、僕を見た。
 「子どもができた、今東京の病院で診てもらっている」
 結婚して十年子供ができなかったのである。それは嬉しいだろう。
 「そりゃめでたい、だからここに奥さん連れてこなかったのか」
 「うん、病院に迎えにいって一緒に帰る」
 まだ照れている。
 「よかったな、我々、もう四十五だものな」
 「僕は君より二つ上だから四十七にもなる」
 彼は二浪していた。
 「それじゃ、東京の美味しいものでも買って、早く帰ったほうがいい、おめでとうと、奥さんに言ってくれよ、子供が産まれたら訪ねていくよ」
 「あと三ヶ月だ、お茶の水の大学病院で産むことにしている、伊豆の今かかっている先生の出身の大学病院なんだ」
 「それじゃ、お見舞い、いやお祝いかな、行くから、連絡してくれよな」
 ということで、彼はそそくさと、我が家から帰っていった。
 今抱えている原稿を仕上げてから読もう。そう思って、彼の置いていった包みの中からノートを取り出した。一番古いのものは1960年と書かれている。彼が生まれる十年ほど前からのものである。Kがまだ独身の頃からのものだろう。表紙には友人の字で1と書かれている。ノートには通し番号がふられていいて全部で二十八冊あった。最後の年号は1977年である。彼の父親が亡くなった年なのだろう。ほぼ年に一冊、年によって二,三冊のノートがある。
 ノートを書斎に運び、古いものを一番上にして机の上の端に積んだ。
 そのまま、依頼原稿の制作に入った。脳の性分化に関して最新の総説が米国の雑誌に載り、そのサマライズとコメントを頼まれているのだ。男の脳と女の脳に関しては、人々の中で多くの誤解があり、専門家ですら勘違いしているところがある。この総説は日本人がまとめたものだが、内容的には矛盾が少ない。動物は胎児の時や新生時期に男性ホルモンによって脳の一部の機能が男性型になることはかなり古くに明らかになっているが、この総説はラットで男性ホルモンが作用する遺伝子をはっきりさせたものである。遺伝子をつぶした後、生まれた雌に男性ホルモンを投与すると排卵周期がなくなるはずがなくならない。すなわち、脳の機能は雌のままであること、しかし、からだにペニスができることから、からだには男性ホルモンが効いているが、脳には効いていないことが示され証明されている。神経細胞にあるその遺伝子が男性ホルモンに反応して脳の機能を男にすることを示すことがしっかりとまとめてあった。
 コメントを交えて、この実験結果と導かれた説明の合理性をまとめて、さらに解説図をつくるのである。
 話は頭にはいっているが、図をどうするかまだまとまっていない。
 しかし、今日一日で仕上がるだろう。


 明くる日、原稿をメイルで送ると、友人が残していったノートをチェックすることにした。個人的にも興味がある。
 1960年の一番目のノートを開いた。
 「浦島草記」とあり、亥之森久作の名前が続く。父親の名前は久作というのだろう。
 3月25日、白い芽の頭が庭の端で見られたとある。その後、スケッチが描かれており、約一月、その状態がこと細かく記述されていた。周りの植物たちのことも記録してあり、比較することで、浦島草の成長の様子がよくわかる。
 それが終わると、今度は図鑑を調べたのであろう。浦島草について専門的なことが詳しくまとめてある。この年は浦島草に興味を持ち始めたころのもので、図鑑や資料をエネルギッシュに集めたようだ。資料ごとに大事と思われるところが抜書きされている。したがって、内容はかなり重複している。
 毎年生えてくる浦島草の様子を丹念に記載することと、新しく入手した資料をまとめることが三年間ほど行われているが、1963年になると、浦島草だけではなく、蝮草の仲間、すなわち天南星属の植物を、買うなり採ってくるなりして、庭に植えて観察し、ノートにその様子を記録している。その年に、通信販売によりかなりの種類をそろえている。姫浦島草、南国浦島草、蝮草、青蝮草、三つ葉天南星、雪持ち草、ムサシアブミ、さらに、ハンゲ類である。全国の園芸屋から買っているが、特に四国の園芸店からのものが多い。
 それぞれの特長や育て方が事細かに記載されている。成長記録が三年ほど続き、1967年になると、最初のページに庭の絵が書かれている。その後、すでにあるにもかかわらず、同じ種類の天南星を購入している。庭での配置を考えてのことであろう。庭の絵には庭木以外はすべて天南星の仲間と、寒葵の仲間が描かれている。購入された寒葵の名前が記されているが、浦島草のように詳しい説明はない。おそらく、下草として選んだのであろう。ただ、寒葵の花には興味があるようで、咲いた花のスケッチはそれ以降見られるようになる。
 1968年に描かれている庭は細かに計画されたものであることがわかる。1969年にも庭の絵があり、数枚の庭の写真が挟んであったが、それからすると、浦島草や他の天南星類の数が格段に増えている。1967年より前には天南星と寒葵以外の植物もかなり植わっていたと思われるが、1967年からすべて天南星にする計画がスタートしたようである。計画そのものの案は書かれていないが、Kの頭の中にはイメージが出来上がっていたと想像できる。
 このあたりで、なぜこのKがそれまで写真を撮らなかったのか、疑問がわいてきた。
 彼に電話をかけてみた。
 「それはね、おやじは仕事でその当時からコンピュータを使いこなし、写真機も専門的なものを使っていたんだが、家に帰ると、そういうものを一切排除していたらしい、徹底していたとお袋は言っている、1969年に写真が挟んであったのは、結婚した年で、お袋が写真を撮ったのだろうと思うよ」
 「ずいぶん、マニアックだったのだね」
 「そういうところがあったよ、普通だと、自分が丹精して咲いた花などは写真で残すだろうに、おやじは自分の頭の中にだけ残っていればいいという思いだったのだろう、お袋もそう言っていた、だから、旅行の写真や、俺の子供のころの写真はすべて、母親が写したものなんだ」
 「そうなのか、ところで、奥さん順調かい」
 「うん、全く問題ないよ」
 「子供の写真撮っとけよ」
 「いわれなくてもね」
 といったことで、Kのマニアックな頭の構造が見えてきた。
 1970年のノートには、浦島草にまつわる新聞や雑誌の記事の切り抜きが張ってあるようになり、それに対するコメントが書いてある。ちょうど彼が生まれた年である。植物としての浦島草から、浦島草の文化のようなものに興味を持つようになったのであろうか。それとも、マニアの常として、それにまつわるすべてを自分のものにしようという気質からだろうか。しかし、浦島草に関する新聞記事というものはあまりない。蒟蒻やお茶花の雪持ち草の記事に付随して名前がでるくらいである。まして、事件に絡んだりすることは全くない。
 ただ、浦島草がでてくる小説やエッセイーはある。Kは過去にさかのぼって、浦島草の本を集めたようだ。その小説の内容とコメントをおこなっている。典型的な小説は大庭みな子の「浦島草」であろうが、まだこの時には出版されていない。
 1971年になると、庭の様子の記述はかなり減ってくる。また、浦島草に対する書き方というか、見方が変わってきているようだ。
 「今日の浦島草は舌がだれている、水はちゃんとやっているのだから、もっとまじめにやらなければ浦島草の名が廃る、お説教をしてやった」
 「浦島草と比べると青蝮草はなんと精悍な顔をして宙を睨んでいるのだろう、そうでなくては威厳が保てない」
 「姫浦島がずいぶん増えた。いかにもかわいい娘があたりを興味シンシンに眺めている様子である。隣に植わっている匂いハンゲの花と話をしているようでもある」
 なんとも、文学的というか、花を花とはもう思っておらず、気持ちを浦島草に移入してしまっている。
 中国の白い天南星はすっきりとした白い花を付けるが、それを、中国らしからぬ日本の純真真っ白の乙女と表現し、中国の赤い天南星はスマートなフランスの乙女と記している。
 初期のころとはずい分表現が違い、彼の目に映る浦島草がただの植物から、自分と血の繋がっている生きもののように見えてきているようである。
 後で彼に聞いたところ、彼が生まれてから、Kが娘を欲しがっていたと母親が言っていたそうだ。それがこの文をうんだのだろうか。妹さんの生れる前のことである。
 1972年になると、見た夢のことに触れられるようになった。夢の中で浦島草が姫浦島、蝮草、雪持ち草、武蔵鐙や蒟蒻と話をしている。
 その年は鉢植えの蒟蒻玉が大きな花をつけたと書いてある。蒟蒻は里芋科で天南星とは親戚である。里芋科の植物は鉢植えにしてあったようだ。
 浦島草が蝮草に舌をからませ、けんかをしている夢が書かれている。
 「あんたは舌がないくせに大きな口をきいている、もっと謙虚になれ」
 「よけいなお世話だ、背が俺のように伸びないからと言って、お前こそえらそうに」
 「背のことを言っているのではない、あんたは、蝮になれるわけはないのに、蝮のかっこうをして、周りの虫たちにいばり散らしているじゃないか」
 蝮草も負けてはいない。
 「よけいなお世話じゃないか、舌があるのがなぜ偉い」
 「まあまあ、つまらない喧嘩はよそうじゃないか、それより、天南星の仲間がもっと日の目を見るようにならなければ、植物の世界で肩身の狭い思いをすることになるのではないか」
 と言ったのは雪持ち草である。
 「あんたは、ちんまりと、お茶花として気取っているが、もっと気持ちを開いて楽しくやったらどうだい」
 浦島草は誰にでも難癖を付けるようである。
 「雪持ち草は悪いことをしてないよ、気取ってもいないし、いいじゃないか」
 武蔵鐙は浦島草に文句を言いたいようである。
 「あんたは、俺のこの厚い紫色の唇に文句を言うんだろう」
 「そりゃそうじゃないか、暑苦しい」
 「よけいなお世話だ、おれたちゃ暑いところの天南星だ」
 「俺はこの庭で、あんた等に囲まれているのがうんざりしているんだ」
 そういった浦島草に蝮草が「利己主義め」
 とののしった。
 浦島草が長い舌を蝮草の葉に打ちおろした。葉が裂けた。
 そこで目が覚めたとある。
 その後も、夢の内容がたくさん書かれている。いくつかを抜粋しよう。
 紫色の浦島草が真っ赤になってKの顔の前に現れた。
 「おい、天南星を集めるな、全部浦島草にしろ」
 Kは「それは無理だ、今まで集めたものを捨てるのはしのびない」と夢の中であやまった。
 「それじゃ、我々浦島草を、蝮草や蒟蒻より背が高くなるように改良しろ」
 「それならがんばってみよう」
 「数年の間にできないのなら、他の天南星は鉢植えにして、みな庭からどかすことにしないと、すべての庭の植物を枯らしてやる」
 「いや、それは困る、できるだけはやく改良してみよう、それにもっと、浦島草を植えます」
 「そうだ、そうしろ」
 その夢の後、Kは日本中を旅することになる。九州、四国、本州は東北まで、さまざまなところから浦島草を採取してきて庭に植えている。
 夢の一つに浦島草同士の会話がある。
 元々植えてあった浦島草が九州の浦島草に言っている。
 「あんたはちょっと大きいね」
 「暖かいところに育つと大きくなるんだ、武蔵鐙などは茂るように大きくなる、俺はここに植えられちまったから小さくなるかもしれん」
 四国の浦島草にはこう言っている。
 「四国も暖かいと思うがさほど大きくないね」
 「そうだな、体質だろう」
 東北の浦島草に元々の浦島草が言った。
 「あんたは、やっぱり小柄だね、だが太めだ、寒いとしっかりと足を踏ん張るのだな」
 「そうだ、生きるためにしっかり太くなる、この地に連れてこられて、暖かいので背が伸びるのではないかと期待している」
 その夢の次の夜、いつもの浦島草がKの夢にでてきて言ったことが記されている。
 「昨日の夜のことを覚えているか、九州の浦島草の背は高いが、東北のものよりほんの少しだ、むしろ東北のやつらは、しっかりと太い、あれらと俺たち関東のものをかけあわせ、背の高い浦島を作れ」
 これから、Kは交配を繰り返し、背の高い浦島草を作ることに専念している。
 1973年にはその様子が細かに記載されている。それと同時に、庭にいろいろな肥料を入れることで、どの程度まで大きくなるか見てもいる。
 栄養が多い方が確かに大きくなる。年数が経つほど大きくなるので、すでに植えてある浦島草は十年以上のものがあることから、かなりの大きさであるが、蝮草や武蔵鐙より大きくない。改良はなかなか難しいようである。
 そのうち、夢の中には関東の浦島草はあまり顔をださなくなり、むしろ青軸の浦島草がでてくるようになる。
 青軸の浦島草は鉢植えにしてあり、庭に植えられているわけではない。青軸とは動物でいえば白子である。葉緑素以外の色素が欠落する遺伝的疾患といっていいであろう。
 Kは青軸ものに懲りだしたようだ。武蔵鐙、雪持ち草、蝮草の青軸は手に入れたことが書かれている。ただ、姫浦島の青軸を探しているが、見つからないと嘆いている。いくつかの種類の寒葵も青軸のものを庭に植えている。
 青軸ものになると、夢にでてくるのは女のようである。
 竹下夢路が描いたような細い、なよなよとした、青軸の浦島草が枕元に立つと、それがだんだんと和服をまとった白い女に変わり、「Kさん」と呼びかける。
 ノートには始めはそれだけだったと書いてある。
 それが、エスカレートしてきて、女は薄絹一枚になり、彼のベッドに入ってくるようになったとある。洋風な生活をしていたようだ。
 Kがなにもしようとしないので、静かに去っていったとある。
 それが、1973年であるが、1974年になると、夢とは書かれておらず、昼間、仕事が休みの日に書斎にいると、戸をすーっと開けて、青軸の浦島草が入ってくるようになったと書かれている。
 白昼夢ではない、とK自身が書いている。それは疑問だ。妄想であろう。それを信じているとなると精神的な問題があることになるが、自分では信じられないと書いてはあるので、さほど酷い状態ではない。
 浦島草は入ってくると、デスクの上まで花の首を伸ばし、長い舌をさらに伸ばして、机の上で書き物をしたり、本を読んでいるKの顔に触ろうとする。とある。
 彼らの目的は何であるかわからないと結んでいる。
 夢の話を考えてみる、まずは庭の浦島草が、Kに背が高くなるように改良を要求している。これは、K自身が新たな浦島草を作り出したいと思っている気持ちがそうさせたのだろう。バラなど園芸植物の愛好者は新種を作り出すのが夢である。納得がいく。次に青軸を集めたくなるのは、K本人が普通の天南星だけでは飽きてきて、新しいものを求めた結果だろう。コレクターはそういうものである。青軸の浦島草が女に変身したのもわからないではない。もっと早く女にかわってもよい。健康な男性なら、不思議はない。夢の中でむしろ、なにもせず終わったのは、Kが性に執着していない性格であることを物語っている。
 ところがさらに白昼夢のような、妄想のような話になっていく。昼間に浦島草が彼の部屋に入ってくるのである。何か他のことをしているときに、そのような、幻影が見えるとすると、浦島草に心が奪われていることで、デスクの上でしていることに集中できない状態である。好きな浦島草のことをノートに書いているときにもそれが生じているということは、すでに脳の中に病が潜んでいたのかもしれない。
 昼間書斎に入り込んできた青軸の浦島草が、だんだんKのそばに寄ってくるようになる。脇にたつと長い舌をKの肩におき、舌の先をKの顔に這わすようになる。
 「青軸浦島の舌は柔らかく肩に乗り、舌先を我の頬にはわせるのは、とても気持ちがよい」
 と書かれており、Kとしても、嬉しい出来事で、いやなことではなかったと考えられる。
 1974年になると、浦島草が書斎に入ってくるのを待つようになる。さらに、青軸浦島草がKの膝の上に腰掛けて、何か話しかけるようになる。
 書き出しに、「青軸浦島がこんなことを言うんだ」とある。
「水道の水はおいしくないわ、自然水をお願いね、どう、頬をさわると気持がいい」
 Kはうなずいて、「天然水を買ってきてあげよう」と返事をしている。実際に、天然水を買ってきて鉢にやり、次の日にその感想を聞いたりしている。
 「フランスの水もいいけど、富士の水がいいわ」と青軸浦島草が答えている。
 「なぜかわからないが、頬に青軸浦島の舌が触れるとなんでもしてやりたくなる」とも書いてある。
 夏の終わりになり、花はとっくに終わっているのだが、青軸浦島が書斎に入ってくるようである。やはり妄想でしかないが、それでも、ふだんの生活には支障がないようで、家族はまったくKの様子に気がついていなかったらしい。
 秋になると、ちょっと様子が変わってきた。青軸の浦島がKにこすりついているときに、普通の庭にある紫の浦島草が戸を開けて入ってきたとある。
 紫の浦島草は幹も太く頑丈で、鋼のような舌をばちんばちんと床に打ちつけながらKのそばにきた。青軸浦島はなよなよしながらも、紫の浦島草の前に立ちはだかり、「私のKよ、渡すものですか」と言った。紫の浦島草も女になっている。
 紫の浦島草は何も言わず、舌をしたたか青軸の浦島草に打ちつけた。青軸浦島草は「うー」といって、二つにおれ、床に倒れると、這いながら書斎から逃げて出ていったのである。そのときKは何も言っていない。
 それからは、紫の浦島草の天下であった。Kのそばによると、強い舌をKの首に巻き付け、絞めるようにして、その先をKの唇に這わした。
 これにはKも驚いたようで、身をよじってかわそうとしたらしいが、ともかく、首を絞められている。いいなりになっていると、次第にKの下半身が熱くなってきたようである。青軸の浦島草には感じたことがなかったことなので、Kは恥ずかしくなったと書いている。
 それはその年、ずーっと続いていた。毎日のように、彼の書斎に庭の浦島草が一時間ほど滞在して、彼の体をまさぐっていくのである。
 1975年の春になると、今度は、Kがよく庭に出て、部屋に入ってきた紫の浦島草草に話しかけたようだ。
 「優しい、浦島草になりなさい」
 「おとなしい子になりなさい」
 いろいろな文言で、丁寧に浦島草の性格を変えようとしている。
 書斎に浦島草が入ってくると言う記述は次第に少なくなる。その頃から、昼間ではなく、夜中に庭にでて観察している記録が多い。
 夜の虫たちの活動の記載が増えている。Kが虫たちの生活に興味をもち始めたようだ。夜は虫たちが好きなように動き回ると、虫たちの面白い活動を書き留めている。
 「今日の浦島草は機嫌がよかった、土の中に浸み込んだ昨晩の雨水がとても気に入ったようだ、私に対して、舌を持ち上げて、頬に触れるなどして、柔らかに振る舞ってくれた。気に入らない水が浸み込んだときには、強く舌を打ちつける。ミミズばれになることもある。それでも、浦島草と話ができるようになったことは嬉しい」
 これは五月中頃のメモである。六月になると、浦島草の花が終わりになっていく。
 「しなびていく花を見ていると、どのように、慰めたらいいのかわからない」
 と感情移入をしている。
 しかし、Kは次のように考えて自分を納得させている。
 「浦島草の花が萎れていくのは、根本の芋の中に眠りに行くにすぎない。来年まで寝ているのである。あの芋を切れば寝ている様子を見ることができるが、芋が死んでしまう。そんなことをすれば、来年起きてこれない、でも見てみたい」
 その次の日、Kは聴診器を買ってきたと書いてある。
 それについて、彼に電話をして確かめた。何に使うのかわからなかったが、それを使って遊ばせてもらった記憶があるという。Kが自分の心臓に聴診器をあてがい、息子に耳の部分をつけさせ、お父さんの心臓の音を聞いてごらんと言ったことを覚えているということだ。
 ノートをみると、浦島草の根本に聴診器をあて、浦島草の花の寝息を聴いたとある。
 かなり頭の中が曲がってきている様子がうかがえる。
 そのあたりから、夜中に、Kは一時間ほど浦島草たちと話をしている。花はないが、葉っぱの根本に聴診器をあて、地球のことを議論しているようである。Kが原子力の問題や温暖化など、地球の将来を憂いているのに対して、浦島草がいうには、なにも心配していないと言っている。確かに放射能があふれ、オゾン層が破壊されて地球は暑くなるに違いない。しかし、動物は滅ぶかもしれないが、植物は形をどんどん変えて生き残り、地球は再び植物が主人となると言っているようである。
 そのような会話が続いている中で、一本の浦島草が彼に強い興味を持っていることがうかがえた。すなわち、彼自身がその一本に強い興味を抱いていることがわかる。その一本だけに彼女という言い方をしている。
 「彼女の話し声は天使の歌声のように、私の耳に囁きかける。とても優しい」
 と書いている。
 庭の南側の椿の木の下の一本のようである。
 1976年のノートの記載はほとんどが彼女との会話になっている。
 「夜にしか話ができないのはなぜかわからない、彼女にきくと、昼間は寝ているということらしいが、少しは起きて話をしてくれてもよいと思う」
 そう不満も書いている。
 そのころ、Kは仕事に行き詰まりを感じていたようである。なにが言いたかったのか書いてないが、設計がうまくいっていなかったのではなかろうか。
 その点を友人に電話で確かめたのだが、母親の話では、そのころ急に無口になり、母親とあまり口を利かなくなったということであった。なんでも、ある駅の、駅舎の設計主任にされたようであるが、何分にも趣味が全面に押し出され、しゃれてはいるが、とても予算に収まらないものだったようである。駅舎にステンドグラスをいくつも配し、壁にも壁画を施すようなもので、今ならば絶賛されたに違いない。基礎は問題なかったので、内装の変更を求められていたようである。
 頑固なKは考えを変えることがつらかったのであろう。
 そのような状況のためか、浦島草に心の休まる香りが出せないか質している。
 「浦島草の君はなぜ、人間の気持ちが静まるよい匂いを持たないのかね」
 すると、浦島草が答えたのは、
 「私に、肉を与えてみなさい、それはすてきな匂いを作り出して差し上げましょう」
 というものだ。
 「なんの肉がよいのかな」
 Kはすぐ用意しようと思ったと書き添えている。
 「猫よ、あの野蛮な夜行性動物を、私の脇に埋めるのです」
 彼はその要求に従ったようである。ということは、猫を何らかの形で手に入れているはずである。
 それも、友人との話で明らかになった。彼の妹がかわいがっていた猫の玉が、そのころいなくなったということである。おそらく、殺されて、浦島草の脇に埋められたのであろう。
 さらにエスカレートしたようだ、何匹かの猫を埋めたことを伺わせる記述がある。
 「ちかごろ、書斎の窓を開けておくと、えもしれぬ心地よい匂いが風に混じって入ってくる。浦島草の匂いが強くなった。その香りは私の気持ちを落ち着かせくれる、私が彼女にお礼を言ったところ、猫のエキスは美味しいと喜んだ、ところがもっと香りを強くする肉があり、浦島草はそれが食べたいということである」
 そこで字がかなり乱れている。浦島草は人肉を要求したのである。彼は困ったようだが、彼女の要求を拒絶する気持ちは全くない。なんと自分の指を切り落とすことまで考えていたような節がある。ところが、秋も深まったころ、よい解決策が見つかった、と書いてある。その解決策は彼にとって至極満足なもののようであった。
 なにをしたのか記述はないので、これも友人に聞いた話から想像するしかない。
 Kは部下の若い女性から相談を受け、いろいろ面倒を見たようである。それにはKの妻、友人の母の協力があったということである。
 その若い部下の女性は社長の息子の子供を孕み、社長の息子との関係とお腹の子をなんとかしたいということをKに相談したとのことだ。Kが社長の信任が厚かったことから、社長と話をつけ、息子は関係会社に出向させ、その女性のお腹の子供は、Kの妻の兄が産婦人科医だったことから、そこで堕胎させている。
 友人の母親、すなわちKの妻の話はそこまでであるが、私の想像では、堕胎した胎児をもらって庭に埋めたのではないかと思う。もらったのか、もしかすると、おろした胎児も処理は自分でするという条件で堕胎してもらったのかもしれない。それは、Kにとって非常にありがたいことであったのだろう。このようにして浦島草の脇に堕胎の胎児を埋めたのではないだろうか。
 ともかく、それからの記載は非常に機嫌のよいものである。
 「浦島草が歌を歌うようになった。もちろん人間の世界の音楽ではない。彼女たちの歌である。ハープのようでもあり、お琴のようでもある音色で、流れるような音律を刻む。とても心地よく、知らず知らずに浦島草の世界に引き込まれるようである」
 「あるとき、その音色に聞きほれていると、目の前に薄紫色の薄い絹をまとった女性が立った。恥ずかしげに自分を見ている。私はどうしようもなく、ここ何年も感じたことのない、若い自分の体を感じた」
 「触ろうと手を伸ばすと、ふっと消え去った」
 日々仕事に追われ、その世界を忘れていた。自分の体の変化に驚き、といって、連れ合いにそれをもちかけるにはあまりにも間があいてしまった、とある。まだ四十にもなっていないのにである。
 「浦島草にまたでてきてくれ、消えないでくれと哀願した」
 その後、浦島草はまた人間を埋めてくれと言ったようだ。
 Kはここで、たまたま前回はうまくことが運んだが、もう無理であることを悟った。
 「自分を差し出したらどうなるか、浦島草に問いただした。返事はあんたが死んだらあんたは自分を見ることができなくなる、と彼女は言った」
 「道理である、そこで、私の指一本ではどうだろうかと切り出してみた」
 浦島草は頷いた。
 どの程度の事実か私にはわからないが、極道の世界では約束を違えたり、極道をやめるときには指を詰めるということを聞いた。逆に私は約束を守るために指を差しだそうと思ったのである。というKの記載がある。
 だが、なかなか難しいものである。自殺ももっと決断がいるのだろうが、すぐさま死ぬなら、痛みを感じる時は短い。しかし指を切ると、直るまでかなりの痛さを我慢しなければならない。指を切るのが怖いと感じるのは当たり前だろう。
 その後、Kはどうしたのか、友人に聞いてみた。彼の話である。
 「そのころ、親父の左手が建設現場の機械に誤って触れ、中指を切断したんだ、しばらく痛がっていたが、設計作業に支障はなく、不便さは感じていなかったようだ」
 きっとその指は浦島草の脇に埋められたのであろう。
 ノートの続きを見る。
 「浦島草の機嫌がとてもよい。やっぱり人間はいいわ、またお願いね」
 と頼まれたが、「すぐとはいかないけど、考えるよ」と話しておいた。
 この浦島草はもう私の伴侶でもある。とある。
 夕方はすぐ寝てしまい、深夜の零時に起きる。庭にでて浦島草のところにいくと、浦島草は私の目線まで背を伸ばし、紫色の煙を吐き出す。煙は若い女性に形を変えて目の前に現れた。そうっと、手に触れてみる。消えることなく彼女はそこに立っていた。しばらくそうしていたがまたもとの浦島草にもどった。
 そういった記述が毎日のように続き、秋も遅くなり、雪が降る季節になっても、同じように雪の上に浦島草が現れ、女性の姿になった。
 不思議なことに、Kは女性の顔の造作について一言も触れていない。ただ、眼は黒目がちで瞳孔の開いた猫のようだという表現があった。Kが花の奥をのぞき込んでいる様が想像できる。
 1977年、Kが最後を迎える年である。ノートの記述をみると、浦島草が人を要求していたのを止めたとある。その年は大庭みな子が小説「浦島草」を出しているが、その記載はない。もう世事のことはよくなったようだ。
 浦島草が言うには自分は成長した。それで根から人を吸わなくてもかまわないということである。しかし人を吸いたい、あなたが欲しいという、私は頷いたのである。
 それから私は毎晩浦島草のところに行った。葉も生えていなければ、もちろん花もない。しかし、いくとそこから音もなく浦島草が延びてくる。
 浦島草の花は私の顔のところまで延びてくると、長い舌をするすると私の口の中に入れ、私の舌をまさぐった。むかし、頬をさわられると気持ちのよい思いをしたものであったが、それ以上である。ただ、ほんの一分も舌をまさぐると、引っ込め、浦島草は消えていった。しかしその余韻は一時間も続き、書斎に戻り、机の前に腰掛けると、なにも考えることもできず、口の中の不思議な快感に浸っていた。
 浦島草の舌はだんだん奥に入ってくる、食道を通り、胃の壁をなでさすってくれたときには、飛び上がるほど、気持ちがよくなった。
 舌を食道の前の喉の方に下ろし、気管から気管支、さらには肺の奥までのばしたときには、頭の中が真っ白になり、体がしびれた。
 毎日このような記述があり、浦島草の舌はKの体の中を隅々まで嘗め尽くしている。
 三月末になり、浦島草の芽がで始めると、浦島草は女性に変身して、口から舌を伸ばし、Kの舌に差し込んで、彼の体液を吸ったようである。
 浦島草が舌から私の養分を吸う様になった。蚊と同じように浦島草の舌が私の舌に刺さると、そこがかゆくなり、すぐに快感に変わる。体に何らかの変化が起こることなく脳が快感を作り出すのだ。
 それから、Kの体重が少しずつであるが減っていったことが書かれている。しかし、すこぶる健康で、前より丈夫になったとある。
 これは、体の中の腐ったものを浦島草が吸い出してくれているからだ。
 と書いている。浦島草に感謝しているのである。
 四月初め、庭に花が伸びてくると、花は女に変わることはなくなった。しかし、Kが夜中に近寄ると、花から舌がニュルニュルと伸び、遠慮会釈なく口のなかに入り、Kの舌に巻き付き、先を舌に突き刺す。
 そのころKは食欲が増え、しかし、見るからに痩せ始めている。この頃になると、自分のからだが腐っていくと書いてある。
 浦島草は、私の体の中に腐った部分がなくなったので、草の液を注入し腐らせている。そのとき、あの快感が生まれるようである。浦島草は私のからだの一部を腐らせ、それを吸い取っていくのである。私を料理している。どうなってもよい、ともかく、浦島草にすべてを与えよう。
 Kのからだの多くの部分が吸い取られ、おそらく、生きる最低のものを残してすべて吸い取られたのであろう。
 このところ、物事をやる気持ちがうせてきた。器用だった指の動きが悪くなり、人の名前なども忘れるようになった、きっと浦島草の舌は私の脳にまで達してきたのではないだろうか。
 早期の認知症の状態である。といっても生活に困らない程度のようである。
 1977年、なくなる一週間ほど前から、浦島草の舌が体の中をまさぐり、精巣をすべて腐らせ、吸い取ってしまったとある。
 友人に父親が亡くなったときの医師の所見をきいてみた。
 「おやじは体重がかなり減り、痩せてきていた、といって、癌などはみつからなかった。前の時と同じように仕事のストレスのためではないかと医者は言っていた。全身が老化現象で、若くしてこうなる人がいるようである。といって、アルツハイマーなどの病名がつくようなものではないということであった。
 さらに精巣などのことも聞いてみた。
 「解剖していないし、わからない、なぜだい」
 と友人は疑問を呈した。
 「もうすぐ読み終わる、そうしたら、説明する」
 と答えた。
 ノートの続きを読もう。
 浦島草の舌が、心臓の上を這っている。何とも気持ちのよいもので、安らぎと同時に快感が走る。
 今日は、浦島草の舌が一度きゅっと心臓に巻き付いた、あまりの気持ちの良さに意識を失いそうになった。
 昨日より強く、浦島草の舌が心臓に絡み、縮んだ。しかも二度もである。ほとんど快感の中に意識を失っていった。
 そして、5月5日の日付はノートの上にはなかった。その日がお立日である。
 
 Kは心臓麻痺で死んだとされている。このノートに記載されていることが、創作の原案か、それともKの妄想的経験なのかわからないが、からだの変化などを考えると後者であろう。精神を病んでいたというより、脳の疾患ではなかろうか。先にも書いた若年の認知症である。ハンティントン舞踏病の初期にある精神疾患かもしれない。
 友人が電話をかけてきた。
 「昨夜、母親が初めておやじの最後のことを言ったよ、俺も初めて聞くのだが、庭で浦島草の舌がおやじの舌に絡んだ状態で、心臓麻痺を起こしていたということだよ」
 この話をきいたところで、本当のことはKしか知らないのである。
 ただ、Kは至極幸せのうちに死んだことはこのノートから察せられることである。

「お化け草」所収、自費出版33部 2018年 一粒社

浦島草幻戯

浦島草幻戯

浦島草しか庭に植えず、浦島草に取りつかれた男の話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-04-27

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