繰り返す、夏。 チャプター2

繰り返す、夏。 チャプター2

繰り返す、夏。
チャプター2


「沙耶様、今回は特別ですからね」
「ええ、で、でもこの状況どうにかならないの?」
私は今、空を飛ぶオリバーのマジックハンドに捕まり、夕焼けに染まりかけた雲一つない空を足をふらつかせながら飛行している。頭を上げるとオリバーの頭から大きなプロペラが出ているのが見える。下は……見ない方が自分のためかもしれない。何十年か前に空中からグライダーで下降し陸地に降りてサバイバルするゲームが流行ったが、キャラクター達は何一つ嫌な顔をせずに何百と下降を繰り返してた。私だったら二回やったら家に帰る、それ以上はやらない。
「沙耶様、少し気持ちに余裕が出て来ましたね」
「聞いてたの?」とオリバーに返すとハハハと抑揚の無い笑い声が返ってきた。
「まるでニューヨークを守る蜘蛛男みたいですね」
「それは少し違う気がするけど……あ! あれ!」
 私が空から見つけたのは、コンビニのレジ袋を左手に持ち、船着場をゆっくりと歩いている男子の後ろ姿、柳瀬くんである。
「なんとか追いつきましたね、どうしましょう沙耶様」
「このスーツ着てれば認識されないんでしょ? なら先回りして偶然会った感じを演出して」
 私がオリバーに提案すると「了解です」と言い、船着場に向け下降し始めた。柳瀬くんの頭上を後ろから追い越し、彼が歩いている五メートルほど前に飛び降りた。映画で見たヒーローのように右手と左膝を地面に密着させるようにして着陸した。
「あっ!」
「オリバー、このスーツすごい! 全然痛くない……ってえ?」
私と柳瀬くんの声が重なった。
 顔を柳瀬くんの方へ向けると、彼は目の前の状況に追いついていないようで、口を大きく開け、目を丸くしている。彼の足元には左手に持っていたレジ袋を落としたのだろうか、色の付いた炭酸水がペットボトル内で泡立っている。
「オリバー……柳瀬くんが」
「完全に見えてますね」
 一度向けた顔をもう一度地面に戻す。
「どうしよう、オリバー!」
 私は左耳に手を触れながら小さく言う。通信機のような物がスーツに内蔵されているらしい。ただ、スーツは耳まであるわけではない。形が大事だとオリバーは言っていた。
「沙耶様が出来る誤魔化し方を。時間旅行で来たことは絶対に行ってはいけません」
「それは分かってるけど……」
 私の言葉にオリバーが「柳瀬くんがこの場から去る前に」と急かしてくる。
 私は「了解」と小声で返すとゆっくりとその場に起き上がり、左膝についた汚れを叩き落とした。柳瀬くんはそんな私を見ていたが、少しずつ後ろに後ずさっている。
 私はそんな柳瀬くんに声をかけた。
「やっと……見つけた」
 私がそう言うと、柳瀬くんはその場から走り出した。
「待って!」
 そう叫ぶとオリバーが柳瀬くんの方に飛んでいった。
「私にお任せ下さい!」
 オリバーは柳瀬くんの目の前で止まり、両面から飛び出るマジックハンドを大きく伸ばす。
「先には行かせませんよ」
 オリバーはバスケット選手のように柳瀬くんの行く手を塞ぐ。柳瀬くんは苦い顔をしながらなんとか隙を見つけ逃げようとステップを踏む。しかしこの攻防は長くは続かず、柳瀬くんは足踏みを辞めた。
「お前たち、だ、誰なんだよ……」
 面倒くさそうに柳瀬くんは私の方をむく、両肩を上下に激しく動かしながら、私の耳にも聞こえるほどの荒い呼吸を繰り返す。
「私達は遠い星から来た宇宙人……つていうところかなぁ」
「そんなこと、信じられるとでも?」
 柳瀬くんが信じそうにないため、オリバーに指示を出す「時間旅行スーツの解除、年齢は彼と同じくらいで」
  私がそう言うと、オリバーは「了解しました」と、私の体全体が足の方から徐々に輝き出した。段々と光が強くなり、とうとう自分自身も眩しさに耐えられないくらい眩しくなり、目を瞑った。
「ちょっとオリバー! こんなに眩しいなんて聞いてない!」
 私がそう言うと、オリバーはいつも通り「大丈夫ですよ」と耳が痛くなるような電子音で返答した。
「沙耶様の肌が見えないようにした結果です」
 その言葉になんて返せばいいか、私には分からなかった。
 光は三十秒ほどで段々薄れ始め、私の姿が認識出来るようになってきた。光出した時と同じように足の方から光が消え始める。見覚えのある靴に、ソックス。膝まであるスカートに赤いリボン。見事私は中学時代の姿に変身したのだ。
「すごいまるで魔法ね」
 私がそう言うとオリバーは「科学です」と言い放った。
 この反応に関しては私は間違っていないと思う。数メートル先で見ていた柳瀬くんも同じことを思っただろう。
 柳瀬くんは先ほど私に驚いた時のように目を丸くしている。
「沙耶様は分からないと思いますが、少し顔や身長なども幼く見えるようにしてあります」
 オリバーの言葉に少し嬉しくなり、自分の頬を触る。時間旅行に参加してから自分の顔をしっかり見たわけではない。だからか自分がどんな顔をしているのかとても気になる。触ると赤子の肌のように頬がプルプルしていて、旅行前より確実に若くなっている。
「す、凄い! 若返ってる! オリバー見て!」
 こんな感じで、私は柳瀬くんを前にして、素直に感動しはしゃいでいた。
「普通宇宙人が自分達の技術に驚くか?」
そう言う柳瀬くんは、少し呆れた様子だ。
「あなた達も新しいゲーム機には驚かされるでしょ?」
「た、確かに……」
 柳瀬くんが私たちの技術を見終えたところで彼に私が来た本当の理由を伝えようと話を切り出す。
「実は私はあなたを守るためにこの地球に来たの」
先ほどのテンションから、真面目なテンションに切り替え、真面目な話を始める。柳瀬くんは不思議そうな表情を浮かべながら口を開いた。
「さっきのテンションは?」
「いいから聞きなさい、ここから真面目な話なの」
私の言葉を聞き柳瀬くんは分かったと答えた。
私は話を続ける。
「あなたは近々事故に巻き込まれて命を落とすわ。私はそれを阻止するためにここに来たの」
その言葉を聞いて柳瀬くんは私を睨みつけた。
「宇宙人が未来のこと分かるわけないだろ?」
自分の設定ミスに少し後悔するがもう変えられない。
「科学に不可能はない」
私がそう言うと、オリバーが空中で三回転した。
「実際、俺はお前達が宇宙人だってこともまだ信じていないんだ。それに事故で死ぬから監視させろなんて、誰がこんな根拠のない話を信じるのさ」
私は柳瀬くんの言葉を聞き、少し強引過ぎたと反省するも彼に死ぬということを信じてもらいたいという気持ちが強く、私の心の中はモヤモヤとしたものが渦を巻き始めた。
「ごめんね、分からなくなるよね」
 私は柳瀬くんにそう言う。オリバーは私と柳瀬くんの間に入り、二回転してから柳瀬くんに話し始めた。
「沙耶様はあなたを守りたいのです。もっと言うと、彼女は宇宙人ではありながらあなたを救いたいと思ったのです。あなたの普段の生活に支障が出るようにはいたしません、遠くからあなたを見守らせて下さい」
オリバーの言葉に柳瀬くんは小さく頷いた。

「おそらくまだ柳瀬くんは私達の話を信用してはいないでしょう」
柳瀬くんと別れ、棺桶のような宇宙船に帰ってきた私達は、明日からの行動計画を立てているところだ。宇宙船に横たわり目の前の窓からキラキラ光る星を見てると先ほどのモヤモヤした気持ちが薄れていくように感じた。
「明日は平日です、学校にでも行って見ましょう。柳瀬を監視するにはこれしかないかと」
「わかってる」
そうオリバーに返事を返した時、流れ星のようなものが一本、私の目の前を横切った。

次の日私は学生服を着て学内に入った。アニメでよく見るように、木の上から窓を通して見守るということをしたかったのだが、そんなに都合のいい木は存在しなかった。
エントランスに入り二階に上がる。中央にある階段から左手に行くと、たしか柳瀬くんの教室があったはず。
私は一本ずつ階段をのぼって行く。すると人だかりが出来ているのが見える。
「どうしたんだろう」
人だかりの中をかき分け私は教室に入る。そこで私が見たのは柳瀬くんの机の上に置かれた花瓶と白い花だった。
詳しい話を近くにいる学生に聞く。
「柳瀬くんは?」
「昨日流れ星を見に行った帰りに事故に遭ったみたいで……」
昨日学生達のグループ内では流れ星を見に行かないと言っていたはず、なのに……それに……。
私は人混みの中を急いで掻き分け、廊下を走り出した。

「時間旅行ではこの世界に干渉出来ないと言いました」
学校から出て船着場に着くとオリバーは私にそう言った。
「でも、私の知ってる……物語の最後と違うじゃない! 柳瀬くんはここで死ぬはずじゃなかった。死ぬはずじゃなかったのに……」
私はオリバーに訴える。
「沙耶様には何度も言っています。この世界はあなたのいた世界の過去ではないのです。沙耶様も見たでしょう、この世界のあなたの両親は、あなたではない違う子供を産み、似てるようで似てない生活を送っている。これが並行世界の面白いところであり、特徴であり、怖いところなのです。おそらく柳瀬の物語は昨日で終わりだったのでしょう」
オリバーはそう言うと私の頭上をぐるぐる回り始めた。
「じゃあ、死というものからは逃げられないの?」
私は続けてオリバーに問いかける。オリバーはそれを聞いたからか「むむむ」と低い音を出し始めた。
「難しい質問ですね沙耶様。例え一回の死を逃れられたとしてもそれは追いかけてきます。そして、また死が訪れる。時計の針のようなものです。長針と短針は回転する速度は違えど必ず重なるところがある。短針が長針を追いかけ、追いつく。それは人が死に追いかけられ追いつかれるのと同じなのです。速度は人によって異なりますが」
「じゃあ今回私が柳瀬くんの死を止められたとしても……」
「また彼には死が訪れます。人は死から逃げられませんから」
私はオリバーに言われて気付いた。私達は死ぬ後のことは考えても、死という概念について深く考えることはない。それは日本人だけかもしれないが、少なくとも私は考えたことはなかった。じゃあ私は、何も変えられないのだろうか。私は柳瀬という人間の事故……いや、彼の死を止めるために時間旅行して来たというのに、これでは意味がない。
私はオリバーにもう一度言う。
「柳瀬くんに会えるようにしてよ、あなたならできるでしょ?」
「出来ない訳ではありません、しかし……」
「何?」
「また、今回の用になったら」
「繰り返すだけ……同じことを、タイムリミットまで」


続く

繰り返す、夏。 チャプター2

繰り返す、夏。のチャプター2です。
チャプター1をまだ読んでない方はそちらからどうぞ

繰り返す、夏。 チャプター2

オリバーに柳瀬くんを助けてほしいと願う沙耶。 しかし、その選択は正しかったのか……。

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更新日
登録日
2018-04-21

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