旅人(1000文字小説)
1000文字ジャスト(空白含む)で書かれた小説です。
1000文字小説、さんという投稿サイトへの投稿目的で、ごく最近執筆しました。
執筆日は、icloud上にあるファイルの情報を見る限りでは,2012年9月7日の模様です。
現時点では、これがいちおう、最新作です。
旅人が南へ向かうと、日照りの強い砂漠の真ん中に、喉をからからに乾かせたひとりの女がいました。旅人は躊躇なく、できるだけたくさんの水を女に与えました。
「私はこれから東へ向かう。この砂漠を渡るには、最低限の水さえあれば私には充分だ」
旅人が東へ向かうと、森の中に、今にも破れ落ちそうなくらいみすぼらしい襤褸を着た、ひとりの女がいました。旅人は躊躇なく、下着以外の全ての衣服を女に与えました。
「私はこれから北へ向かう。北は涼しいと聞いているので、最低限の下着さえあれば、私には充分だ」
旅人が北へ向かうと、海辺の荒びれきった漁村に、金に困ったひとりの女がいました。旅人は躊躇なく、路銀をほぼ全て女に与えました。
「私はこれから西へ向かう。西の街では力仕事を担う男は引く手あまただと聞いている。健康なこの肉体さえあれば、私には充分だ」
旅人が西の街に着いたとき、街は盗賊団の略奪によってかつての栄華も見る影なく、全てを失った者で路上は溢れ、旅人を雇い入れる余裕のある者など、ただの一人も見当たりませんでした。旅人は飢え、乾き、寒さに震え、そしてもう一銭の銭もなく、また、再度どこかへ旅に向かう体力も気力も枯れ果てていました。旅人はやむなく路辺に座り込み、乞食のような体裁で誰かが施しを与えてくれるよう待ってみましたが、誰もがみな同じような状態だったので、誰一人、旅人に施しを与える者は現れませんでした。旅人は日増しに精魂尽き果て、旅の終わり、すなわち己れの死を、すぐ身近に感じるようになりました。
そこへ、王様と家来と奴隷を引き連れた、大旅団がやって着ました。旅人の心の中に、希望が蘇りました。その一座の中に、南で水を与えた女、東で衣服を与えた女、漁村で路銀を与えた女の姿もあったからです。旅人は驚喜して、女たちに順番に声をかけました。
「私にはもう何も無い。何か恵んでくれるか、あるいは王様に取り次いで仕事を与えて貰えないだろうか?」
女たちは、異口同音に涙を流してこう言いました。
「残念ながら、あなたに差し上げられるものは、私には、何ひとつありません。賃金は安く、買える衣服も食糧も水も僅かで、誰もが自分達の生活で手一杯なのです。私には夫も子もおり、王様があなたを雇い入れれば、誰かがここに置き去りになるでしょう。それは私の家族かもしれません。あなたにご恩をお返しできるものは、ほんとうに、何もないのです」
旅人(1000文字小説)
1000文字で小説を書くことは初挑戦でした。
1000文字小説、さんでは、1000文字前後、となっており、中には1200字の作品も見受けられましたが,
何故か僕は、1000文字ジャストで終わらせることに、こだわりました。その「こだわり」の理由は、作者自身にも、不明です。
1000文字小説、さんにて、幾つか代表作のような作品を拝読したところ、エンターテイメント性の強い、ラストで大どんでん返しがあるような作品が好まれているように感じ、それは僕本来の作風とは異なるため、僕は、僕なりの僕らしさを失わないようにだけ、心掛けました。
他のことはあんまり考えませんでしたが、日常の人生経験や、読書体験を通じて、何となくボーっと考えていることは、意識的にせよ無意識的にせよ、何らかのかたちで本作にも影を落としており、結果としては、僕本来の文体は捨てざるを得ませんでしたが、「まあまあ僕らしい」作品になったと、作者は考えています。