繰り返す、夏。 チャプター1

暗闇の中をただ彷徨い続ける、本当の目的とは……。

繰り返す、夏。

チャプター1

 何も見えない暗闇で。
 光一つない宇宙空間で。
 海の深い深い深海で。
 私は棺桶のようにただ狭いだけの細長い箱に入れられ、何も見えない闇の中を海月のようにゆらゆら漂っている。
 なぜ暗いということが分かるのか。それは私の目の前には少し濁ってはいるが、透明な板が張られているからである。一度この板に触れてみた時があった。温度は氷のように冷たく、ガラスのように硬かった。
「いつこの暗闇に光を見ることが出来るの?」
 私の問いに答えるものは誰もなく、ただ静かな寂しい時間だけが過ぎていく。
 この無限に続く闇が終わるのならば次は時間との闘いである。
 どういう意味か。
 だって……。
 光があふれる世界で、もう一度あなたに合うことが出来るのだから。
 

 もうどのくらい漂ったか分からなくなったある時、暗闇の中に一つの光が差し込んだ。雲と雲の間から太陽の光が差し込むかのように、私が横たわっている棺桶の中を鮮やかに照らし出した。
 私が横たわっていたところは、どうやら棺桶ではないらしい。ただ、すごく表現しづらい。昔見たSF映画に出てきたコックピットのように、アナログテレビのようなモニターが壁一面を覆っていた。他にも針が動かないメーターに、電車の操縦席にあるようなT字型のレバーまである。そして私はそのような機器に囲まれながら、ただ横たわっていた。私を固定しているものは何もない。多分、暗闇の中で動けないと錯覚していたのだろう。意外にも私の顔や胸とガラスの付いた天井とは十分なスペースがあるようだ。
 私は少し体を横にしようと上半身を起こすと同時に、この宇宙船が大きな音をたてて左右に揺れた。
「なにこの揺れ」
 私は体を支えようと右手で壁に触れた。すると何かのボタンを触ってしまったのだろうか。その壁が緑色に光りだし、ビビビといった妙な音を発し始める。
「次は何?」
 私は離れられる範囲でその壁から遠ざかる。と言っても横幅は棺桶と同じくらいなので、そんなに離れられない。
 とうとうガスが噴き出るように壁から白い煙が噴射し初め、火花と共にボンと小さな爆発を起こした。
 私は体を小さく丸め自分の顔に火花が当たらないように腕全体使って顔を覆う。
「おはようございます。どうやら目的地に着いたようですね! 長旅ご苦労様です」
 爆発のあと、その状況に似合わないような、冷静な態度の男性の声が聞こえ始めた。
 私はゆっくりその声の聞こえたほうを向くと、そこには立方体の四角い物体が中に浮かんでいた。
「長旅……私はどのくらいここにいたの? それにあなたは?」
 私の問いかけを聞くと、四角い物体は上下に浮遊しながら語りだした。
「私はこの船の操縦兼案役を務めております。オリバーです。グリーン・メロン社が開発した浮遊型人工知能ロボ、『スクエア』の二千九十九年モデルです。製造番号は一千三百八十六番で趣味は……」
「自己紹介はもう大丈夫、どのくらいここに?」
 私はオリバーというロボットの自己紹介を遮った。
「……分かりました。沙耶様が分かりやすいように説明すると約三日と半日でしょうか。今回はそんなに遠く離れてはいなかったので早いほうです」
「暗闇の中だったからもっと長い時間彷徨っていると思ってたんだけど……そんなでもないのね」
 私がそう言うとオリバーは「ええ」と答え、空中で一回転した。
「じゃあ、私はやらなきゃいけない事があるから」
 そうオリバーに告げると、彼は「分かってます」と答え、T字型のレーバーの横にある、いかにも爆弾を起爆させる時に使いそうなスイッチに近づいた。そして立方体の両側面からマジックアームに近い形の腕をどこからともなく出現させると、勢いよくそのスイッチを上から押した。すると、棺桶上の宇宙船のあらゆる方向から、ロックが解除された時のカチッという音が聞こえ、ガラスの付いた天井が私の足元から頭上に向け弧を描くように開きだした。足元から外の景色が見え始めると、同時に少し鼻につく潮の香りが私を包み込んだ。
「海……」
 空は雲一つない晴天で、白い鳥たちが文字にならないような鳴き声を発している。またどこからともなく聞こえるジリジリという音は、聞いているだけで少し暑苦しく、私にはうっとうしく感じた。
「沙耶様。ここが今回の目的地、魚沼村です」
 オリバーの言葉を聞いて、私は小さく「うん」と答える。
 私は少し動揺していたのだ。まさか生きている間にもう一度、この魚沼村に帰ることが出来るとは思っていなかったから。
 私が人生で最初で最後の青春を味わった。甘酸っぱくて、ほろ苦い、思い出の場所。
「無事、船乗り場に辿り着いたみたいです。確か沙耶様の実家はこの近くでは? 顔を出してみるのはいかがでしょうか」
 オリバーの言葉に私は首を横に振る。
「それはいけない。私たちは時間旅行をしたのよ? 過去の私には会いたくない。案内人なら分かるでしょ?」
 私の言葉にオリバーはハハハと笑った。棒読みである。オリバーは私の顔の周りを二回転すると、得意げに話始めた。
「確かに、あなたからしたらタイムトラベルしたように見えるかも知れません。実際にはしていませんよ。ここはパラレルワールドの魚沼村ですから」
 それを聞いた私は、宙に浮いているオリバーを腕全体で力強く抱え込む。
「私は過去に行きたかったの! パラレルワールドってどういうことよ!」
 私はオリバーに、物理的にも非物理的にも力強く訴えた。私に抱え込まれたオリバーは小さな声で痛みを訴えかけている。
「いたい、いたい、いい……痛い!」
 オリバーの訴えに力が入ったのを確認すると私は彼を解放する。
 オリバーは私の目の前で三回転ほどすると、マジックアームのような手を天に突き上げ、力強く言った。
「過去に戻ることなど一般の人間が出来ることではありません! 過去を変えてしまったら未来が変わってしまいますから!」
 それを聞いて私は「知ってるわ!」と彼に言い放つ。オリバーは話を続けた。
「この旅行を決行するにあたり、しっかりと説明したじゃないですか。これは過去を変えるための時間旅行ではないと。過去の思い出をもう一度見に行くための時間旅行だと」
 その言葉私に旅行へ出発するまでの忘れたくても忘れられない、辛い記憶を連想させた。なんだか頭が痛くなり、呼吸が苦しくなる。でもどうにか踏ん張り、私はそれを思い出さないように深く呼吸をした。
「大丈夫ですか」というオリバーの、心がこもっていない言葉に、私は雑に返事をした。
「パラレルワールドなのは、元の私たちの世界の現在が狂ってしまうのを防ぐためなのです。あなたは過去を変えたいようですが、ご理解頂きたい」
 その言葉に私は「分かった」と返事をすることしか出来なかった。

 私達は自分達が乗ってきた船から出た。周りには少し汚れた漁船がいくつも停泊していた。これでは逆に私達はの船が目立ってしまいそうだ。オリバーにその事を伝えると、「大丈夫です」と言った。
「私達の船や私、そしてあなたが今着ているこの時間旅行用スーツがあればこの世界の人間からは目視されません」
 オリバーはそう言うと私の頭上をくるくる回り始める。
 私はオリバーからそう言われて初めて自分の身体に視線を移した。時間旅行用スーツはスキューバダイビングをする時に着るウェットスーツに似ている。ゴムのような生地は指の先や足のつま先まで伸び、まるで靴下のように手や足全体を覆っている。身体にフィットしていて着ているという感覚がない、まるで何も着てないかのようだ。ここまでくるとウェットスーツというよりは二十一世紀初頭のロボットアニメに出てくるパイロットスーツの方が近いかもしれない。色は白がベースになっており、所々に赤色と黒色の線が入っている。ただ背中にファスナーや面ファスナーがなく脱ぐことが出来ない。
「目視されないのはいいかも」
 私がそういうと、オリバーは「ただ……」と話を続けた。
「中には見える人もいるみたいで……小さな子供とか、酔っ払っている人とか、追い詰められ易い人とか、毛むくじゃらの動物とかですね」
「それじゃあまるでお化けみたいね」
 私はそう言ってハッとした。スーツを見ていた顔をオリバーに向ける。
「そういうことですよ」
 私はなぜか納得してしまった。

「さあ、そろそろ沙耶様の目的を果たしに行かないと」
 オリバーと意外にも長く話をしてしまったようだ。彼は続ける。
「沙耶様が見たいのは柳瀬という男性でしたよね」
 その言葉に私はええと返事をする。
「彼は私の命の恩人なの、彼がいなかったら私はもうこの世にはいない」
 そう言ったところで私の中で一つ疑問が生まれる。
「ねぇ、柳瀬くんはこの並行世界に存在しているの?」
 オリバーは、むむむと考えている時に出す唸り声を上げながらマジックアームで腕組みをする。
「大丈夫だと思うのですが……この旅行に関して捕捉させて頂くと、私たちは利用者が望む世界なのか事前に調査をしているのです。なので、沙耶様が出発される前はこの世界に柳瀬様もいることになります」
「それが分かればいい。私は彼が生きてればなんでもいいから」
 私はそう言って、思い出の地を歩き始めた。


 数時間探したところで柳瀬くんを見つけることが出来ないことくらい、だいたい私も予想がついた。オリバーも事前に調査してるんだったらすぐに彼の元に案内すればいいのにと、少し頭にきたが何か理由があるのだろうか。
 魚沼村は私が住んでいた頃と全然変わっていなかった。木造建築の小さな平屋がいくつも立ち並び、所々から生臭い魚の匂いが漂ってくる。山が近くにあるため、ほとんどの家が海沿いに並び、歩道が狭かった。
浮輪が飾られた小さな小屋には、ダボダボの水着にパーカーを合わせた男子中学生達が集まりなにやら大声で騒いでいる。
 私は何気なく気になって、彼らの話を盗み聞くことにした。
「おい聞いたかよ! 今日の夜、流れ星が見えるらしいぜ。山にでも登ってみんなで見ようぜ!」
「俺も見にいきてぇ」
「俺も!」
「おい、柳瀬お前は?」
 グループの中で一人水着を着ずに薄水色をしたアイスバーを舐めている青年が顔を上げる。
「俺は親が許してくれないかな」
 私はその声を聞いてとっさに口元を手で押さえた。
 柳瀬くんである。声もあの時と一緒だ。彼は青色の半ズボンを履き、白いTシャツの上にライトグリーンのパーカーを羽織っている。
 私は声を出したい衝動を抑え、一度深呼吸をした。
 私が柳瀬くんと初めて会ったのは中学一年生の夏である。魚沼村では、毎年夏にお祭りを開く。そんなに大きくは村中の人達が海岸沿いに集まり、屋台を出し合うのだ。陸と海の境目には提灯の優しい橙色が道のように伸びていくのが綺麗と評判である。当時の私は夏祭りで友達とはぐれてしまい、ふらふら人混みの中を歩いている時に柳瀬くんから声をかけられた。彼は私のことを知っていたみたいだけど、あれはなぜだったのだろうか。
 私がそんなことを考えていると、柳瀬くんは他の男子たちに手を振りアイスバーを咥えたまま歩き出した。
「沙耶様、柳瀬という男が去っていきますよ。追いかけなくていいのですか?」
 顔の右真横から聞こえる低音の電子音、いや男性の声と言った方が正しいのかもしれないが、私はオリバーの声に一瞬驚く、体が少しだけ浮いたような気がした。
「ちょっと……」
 私がオリバーに小声で指摘しようとすると彼は「声も彼には聞こえませんよ」と冷静に行った。
 私はそれを聞いてオリバーに殴りかかろうとしたが、そこをぎゅっと堪えた。
「急に出てこないで、驚くじゃない」
 私は先ほど溜めていた力を言葉にして吐き出す。
 彼は「ごめんなさい」と棒読みで答える。
 私はオリバーはロボットなのだと何度か頭で言い聞かせると少しだけ気持ちが楽になった気がした。
「彼を追いかけた方がいいのでは? 彼を探す時間はまだありますが、期限も迫っています。今すぐあとを追いかけましょう」
 オリバーの言葉に頷くと、私は走り出す。
 期限、それは旅行者がこの世界にいることの出来る時間と、あともう一つ大事な時間のこと。
 私は未来に何も干渉出来ないが、何かこの世界で爪痕を残せるはず。オリバーには悪いけど、彼とどうにかして話をしないと!
 そんなことを考えながら柳瀬くんの後を追いかけていくと段々と見慣れた屋根が見えてくる。瓦が隙間なく埋まっていて、綺麗な傘を作っている。いや、漢字の「人」という字に似てると言った方が分かりやすいか。また、二階がなく、上から大きな鉄の塊に潰されたかのように高さがなくぺちゃんこだった。そして錆が入った金属の筒からはどことなく懐かしく、母親を思い出すような安心する匂いが私の鼻孔をくすぐった。
 走っていた足が段々と遅くなり、やがて私はそこで立ち止まってしまった。
「沙耶様、どうかなさいましたか」
 数メートル先で私が付いてこないのに気付いたのだろう。オリバーが私のそばに近寄ってくる。
「ここ、昔住んでた私の家」
「沙耶様おめでとうございます、と言いたいところですが、ここはあなたのご実家ではありません」
 オリバーの言葉に「家の形は一緒なのよ」と訴えると「それは偶然でしょう」とあっさりと流されてしまった。
「そもそも表札があなたの苗字ではないのです。ご覧になりますか?」
「いい」
「なら私が読み上げます。幸田幸雄、幸田美千恵、幸田宏美」
 懐かしい名前だ。苗字は違うが幸雄と美千恵は私の両親と同じである。しかし娘だと思われる人物の名前は私のものではなかった。自分のいるべきところに自分がいない。どこからともなく寂しさが自分の体を包み込んでいく。
「この世界の私はどこにいるの、オリバー?」
 私の問いかけにオリバーは遠慮なく答える。
「それは簡単です。あなたとは違う場所で生まれ存在しているか、この世に存在しないかのどちらかです」
「なんであなたはそんなに意地悪で優しさがないの?」
 オリバーの言葉に私は問う。
「決まっているでしょう。私はロボットですから」
 私の体から力が抜ける。この時、私はこの時間旅行に来た本当の意味を見失ったような気がした。
 私は何のために闇の中を漂い、孤独な気持ちを耐え、この魚沼村に来たのか。柳瀬くんをもう一度見たい。これは確かに私がこの時間旅行で最低限やり遂げたいことである。では私は彼に対して何をしたいのか……。
 私は思い出したくない過去の記憶と、どうしても向かい合わないといけないのかもしれない。
そう考えたが決まった時、私はオリバーの名を呼んでいた。
「オリバー、私やっぱり彼と話がしたい」
「沙耶様、それはどういうことでしょうか」
「過去との対峙、そして柳瀬くんを救いたいの」

続く

繰り返す、夏。 チャプター1

こんにちは、段々寝音です。星空文庫では初投稿になります。
今回の作品はもともと一つの話として完結させようとしたのですが、以外にも長くなってしまったためチャプターごとに分けることにしました。そんなに早くは続きを載せれないと思うので、続きは気長に待ってください。

繰り返す、夏。 チャプター1

暗闇の中をただ彷徨い続ける、本当の目的とは……。 SF作品です! 時間旅行ものですね、ただ普通のとは違うかも。 読んでもらえると嬉しいです!

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-04-21

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