わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 5

 「…どお? 具合は」
「ん? ぜんっぜん平気。打撲ったって歩けるし、手も動くからご飯も食べられるし。みんな、行って来なよ。わたしは疲れてるし、丁度いいお休みだよ」
 大クラッシュから一夜明けて、わたしは身体のあちこちを湿布や包帯だらけにしつつも、家の中で生活するには問題ない状態だった。でもスポーツをするのはやめておけと、お医者さんに釘を刺されていた。
「ごめんね。お留守番させちゃって」
という先生も環ちゃんもキコちゃんも申し訳無さそうな顔をしている。
「気にしないで下さい。気にされるとかえってわたしもムズムズする感じだし、合宿ってことで学校からも補助出てるのに全員お休みとかマズイですもんね。わたしだけのんびりしちゃって逆に申し訳ないって感じですし。わたしのことは心配せずに、行ってきて下さい。ほら、環ちゃんもキコちゃんも暗い顔しないで」
 わたしは、明るい顔でみんなを見送った。残されたのはわたしひとり。先生のご家族もみんな仕事だったり観光ボランティアだったりで、ひとりは心細いのではと言ってくれたのだが、わざわざわたしのために大事な用事をキャンセルしてもらったりするのは余りに悪いので丁重にお断りした。なあに、トイレも行けるし、朝食も今日はこの家でみんなで食べたし、お昼はラーメンの出前を取っていいということでメニューを置いていってくれたし、何の不自由もない。
 もうスキーは懲り懲り。今日は一日ゆっくりするんだっ。持ってきた漫画読もうかなー。スマホに好きな曲も入れてきたし、それ聴きながらゴロゴロしようっと。ゴールデンウイークはスポーツなんかするもんじゃない。ひたすらインドアでダラダラしてこその黄金週間! 満喫するぞー…、

 …楽しくない。

 ひとりでこんなことやってても、全然楽しくない。確かにわたしはスキーが出来ない。スケートも出来ない。足も遅いし、持久力もないし、身体を動かすのは苦手だし、運動に関しては超物覚えが悪い。今までウィンタースポーツ部に入って以来、運動部になんか楽しいことなんて無いと思ってた。

 違う。

 みんなから遅れてヒイヒイ言っても、こけて倒れて転がって、痛かったり雪まみれ氷まみれになっても、それでも、こんなのより全然マシだった。

 だって、みんながいたから。

 わたしがどんなに足を引っ張っても、みんなわたしのことを待ってくれた。わからないことがあっても、分かるまで教えてくれた。わたしがくじけそうになっても、みんなはあきらめずに励ましてくれた。

 寂しいよぅ…

 涙が溢れてきた。川のように次々と流れ出して止まらない。
「ぐすん、ぐすん…」
泣いて泣いて、泣きまくった。それでも涙は止まる気配を見せなかった。



 がちゃっ。

 玄関の方から音がした。
「誰か帰ってきた?」
先生のお父さんか、お母さんか…、とにかく、泣いているところを見られたら恥ずかしい。わたしは慌てて顔じゅうの涙をぬぐい去り、布団を頭からかぶった。トントンと階段を登る音がする。あれ、どっかで聞き覚えのある足音…、そして、いや程聞き慣れた呆れ声。

 「うめー、五月のまっ昼間に布団に潜り込んでて、暑くないかい?」



 突然現れた環ちゃんは、わたしの着替えを勝手にカバンから取り出すと、パジャマを脱ぐようにうながした。
「ど、どこいくの? わたし、スキー場行ってもスキーできないよ?」
「いいからいいから。歩いたりは出来るんだから、こんな天気いい日に寝てるなんてもったいないっしょ」
 着替え終わるやいなや、わたしは環ちゃんに引っ張られて外に出た。そこには昨日から借りている生江家の車と運転席に座る先生、後部座席に座るキコちゃんがいた。
「ささどうぞ。うめちゃんには上座を用意しておいたから」
タクシーの座席では日本だと後部の右が上座になるが、身内が運転するときは助手席が上座になる。わたしはビップ待遇だとでもいうのだろうか。またはひとり取り残されていたわたしのことを心配して気を使ってくれているのかもしれない。でも、そのために部活動を中断しているのなら申し訳ない。
 しかし、わたしは車に乗せられた。そして車は発進した。どこに行くかも告げられずに。

 

 でも、途中から昨日と違う道になったことはわかった。軽だけどアウトドアを意識して作られたこの車の本領が発揮されるような急坂もあれば、軽でなければ窮屈であろうきついカーブもある。ついには砂利道となり、どころどころ残った雪を慎重にかわしながら、先生はハンドルを回す。そして車は、一軒の家の前で止まった。
「曲り家と言ってね、上から見るとL字型になっている家なの。東北地方では色んな所で伝統的な建物として残ってるけど、ここはそれを模して後の時代になって建てたから、文化財とかじゃないけどね。おじいちゃんが小さい頃はここに住んでたそうだけど、こんな山奥じゃ不便でしょ? 畑も林に戻しちゃって、町に出て仕事してたお父さんたちと一緒に住むようになったの。まあ、喜多方の今の家がそんなに広くないから、物置小屋がわりに取ってあるんだけどね。あとは夏に別荘みたいな感じで使ったり。喜多方は盆地だけどこっちは標高高いから涼しいの」
先生はそう言うけど、物置と言うにはかなり立派な作りだし、管理もちゃんとできてるみたいで空き家という雰囲気はない。
「おじいちゃんのお兄さんが裏磐梯に住んでるから、近いのよここから。よく来て、掃除とか修理とかやってくれてるの。元大工さんだったのよ。だからこの家も自分で建てたんだって」
なるほど。どうりでしっかりしてるはずだ。ただここからだと、L字を外側から見ている形になり、肝心の特徴がよくわからない。
「じゃあ、裏に回ってみましょうか。曲り家の特徴を知るために。社会科の勉強も、百聞は一見に如かず、よ」

 裏に回ると、突然上から声がした。
「おーい、うめー、こっちこっち」
いつの間にか環ちゃんとキコちゃんが屋根の上に登っている。
「どうしたの? 危ないよ? てゆーかどっから登ったの?」
「危なくない危なくない。ほら、階段階段」
環ちゃんの指差す先には、大量の雪が積もるというか、溜まっていた。そこに階段が刻まれ、まだ雪の残る屋根に続いていた。
「家が曲がってるってことは、L字の内側の直角の所に屋根から落ちた雪がたくさん溜まるってことよね。二方向から落ちてくるんだから。しかもこの家はこっち側が北だから、ずっと雪が解けずに残ってるの。ま、説明はこんなところにして。はい」
わたしは、レインブーツと、環ちゃんのスキーウェアを手渡された。環ちゃんはと言えば、いつの間にかレインスーツを着ている。おそらく先生に借りたのだろう。
「暑いかもしれないけど、きちんと着てね。万一また怪我したところをどこかにぶつけたらいけないから、スキーウェアのほうが厚手で安心でしょ? あ、ヘルメットもね。大丈夫、万に一つのことに備えたことだから。ほら、こんなのもあるし」
屋根の上から、ロープが投げ下ろされた。
「これにつかまって登れば、万が一踏み外しても落っこちないから」
ロープは環ちゃんとキコちゃん、二人がしっかりと握っている。
「あと、私が後ろからついていくから。もし滑っても、私が受け止めるから」
先生はそう言うと、わたしの後ろにピッタリついた。屋根の上なんて危険だろうと思っていた気持ちはだんだん薄れていった。わたしはロープをしっかり握って、一歩一歩しっかりと踏みしめながら、雪の小山を登っていった。
 わたしは、高いところは得意ではない。だが雪が屋根までしっかり届いていたこともあってそれほど怖くはなかった。
「よし。これで準備万端。さ、うめ、心の準備はいいかい?」
環ちゃんが、にこやかさと真剣さを兼ね備えたような顔で言った。そして環ちゃんの手にあるのは…。
「…ソリ?」
それについての説明は、先生の役目だった。
「ちょうどこの家にしまってあったのを思い出してね。お兄ちゃん夫婦に子どもが出来たら、って思ってたんだけど、別に今使ってもいいじゃない? 私も小さかった頃、このスロープは何度も滑ってるのよ」
え、ということはつまり、この雪の上を…。なるほど確かに、斜面になっている。
「玉木さんと石渡さんも手伝ってくれたのよ、このスロープづくり。おかげで助かったわ。さすがに午後になると雪もゆるんできちゃうし」
そっか。じゃあ今日はみんなスキー行ってないんだ。と、いうことは…。
「私の提案に、二人とも手を叩いて、やろうやろうって。いい友達できたわね、二切さん」
朝から、このソリのコース作ってくれてたんだ…。でも、そこにわたしが連れて来られたってことは…。
「大丈夫、怖くない。横に曲がって落ちないように左右に雪を盛ってるし、安全に止まれるように下はゆるやかな上りカーブになるようにしてあるし、それに」
しゃべりながらソリに乗り込んだ環ちゃんが、両足を広げてその間を指さして言った。
「どんなことがあっても、アタシがクッションになるから。大舟に乗ったつもりでいいよ。ソリだけど」
そっか。やっぱりわたしのためなんだ。高いところは怖いけど、みんなスキーを我慢してまでわたしのために…。高いところから滑るなんて怖いけど、環ちゃんの真剣な目を見ると、大丈夫な気がしてきた。
「う、うん。わたし、乗ってみる。環ちゃん、よろしくね」
わたしは身を縮ませるようにして、ソリに乗った。環ちゃんはわたしの身体を背中から包み込むと腰のところにシートベルトのごとく両手を固定させた。そしてわたしたちに後ろからキコちゃんが声をかけた。
 「じゃあ、準備オッケー? 行くよ。それっ!」


 一瞬だった。

 いや、十秒くらい実際にはあったと思う。キコちゃんの手によって押し出されたソリはまたたく間にスピードを上げ、斜面を滑り降りると地面に達して雪の壁を乗り越えないギリギリで止まった。
 「どう? うめ?」
環ちゃんは内心、心配だったんだと思う。わたしが雪に対して恐怖心を抱いていたことは分かっていただろうし、今の滑走でそれがよみがえってしまったのではないかと。
「…楽しい」
正直、賭けだったと思う。これで余計にわたしの恐怖心が増す可能性もあったと思う。でも、ソリが一気に加速を始めたときのオヘソが浮き上がるようなスーッとした感覚。両耳をかすめていく風の音、雪とソリが擦れる音。またたく間もなく目に入り込んでくる斜面の雪とその向こうの木々。それでいて全身を環ちゃんにしっかりホールドされている安心感。
「もう一回いく?」
環ちゃんの声に、二つ返事で答えようとしたその時。

 涙が、溢れてきた。
「ど、どうしたの。やっぱり怖かった? アタシが一緒に乗るんじゃ、不安だった?」
わたしは、グスングスンと言いながら、首を横に振った。あっという間にゴーグルの中に涙が溜まってきた。
「ねえどうしたの? 怖くなかったんだったら、泣くことないじゃん」
自らのお尻をソリ代わりに滑り降りてきたキコちゃんが言った。でもわたしは首を振り続け、なんとか言葉を絞り出した。
「…違うの…。嬉しい…の。みんな…わたしの…ため…に…ここまで…うわああん」
最後は大声で泣き出してしまった。環ちゃんはわたしをぐっと引き寄せると、両手でわたしを抱き締めながら言った。
「当たり前だよ。アタシらみんな、友達っしょ?」



 「スキーって、最初に習うときに恐怖心を抱かせちゃダメなのよね。それがわからないなんて、指導者失格だわ」
「何いってんですか先生。雪で遊ぶのは楽しいってことをこうやって教えてくれたじゃないですか、うめに。ねえ、もう一回滑らない?」
環ちゃんはわたしの気持ちがすっかり立ち直ったことに気づいてくれていた。ゴーグルをオデコに上げて涙をふきながら、わたしはうなずいた。
「何度でも…何度でもやりたい。環ちゃん、お願いしていい?」
環ちゃんは、満面の笑顔で親指を上に立てた。
「任せとけ。北国育ちなめんなよ? 百回でも付き合ってやんよ」



 こうして、合宿は幕を閉じた。
 その後のわたしは、相変わらずの運動音痴っぷりで、月一度のスケートも全然ままならないし、ノルディックウォーキングもみんなに追いつけない。あとで知ったことだけど、運動部の子の中にはウィンタースポーツ部というか、わたしのことを小馬鹿にしていた子もいたようだが、最近は必死にみんなについていくわたしに、
「二切さん、頑張れー」
と声をかけてくれる同級生も出てきた。
 わたしは、相変わらずだけど、でも、変わったことがある。
「早く、冬が来ないかな」
最近、環ちゃんと生江先生は、恐怖心を抱かせないスキーの教え方を色々研究しているそうだ。わたしはその努力と期待に応えなければ、なんて気負うまでもなく、今度の冬は心ゆくまで雪とたわむれる事ができそうだ。

わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 5

 とりあえず、物語はこれで何とかひとまとまり付いたかなって思っています。自分の中では一応のハッピーエンドという形だとは思っているのですが、結局うめは滑れるようになってないじゃないか、というツッコミどころも残ってはいますね。でも作者としてはうめの心の成長、つまりチャレンジを恐れない心、そして友達を信じる心が育ったという面を描きたかったというのもあったので、その点では見事に、うめは変わった、成長したと思います。
 なんだかんだでウインタースポーツのシーズンもそろそろ終わりますし、この続編があるかどうかは自分でも決めてはいませんが、来シーズンにはワタクシのような泡沫ラノベもどき書きではなく、名実ともにプロと呼べる先生方の中からスキーやスノボを題材にした部活ものが産まれてくることを願ってやみません。

わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 5

「どうして芳◯社や◯迅社の四コマ雑誌にはスキー部のマンガが載っていないのか? という疑問からこの物語は生まれました。ならば自分で書いてしまえと思って書き上げた(だってラノベでも心当たりないですもん)第四弾です。「既にスキーやスノボの部活もの商業誌であるぞー」というツッコミはむしろ歓迎、と書きつつもまだ来ていないので、おそらく自分がパイオニアなのだなって喜びと、漫画界ではマイナーなスポーツなのかなというがっかり感が半々です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-04-17

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