*星空文庫

老いぼれがゆく

音澤 煙管 作

老いぼれがゆく

- 夜勤労働者たち - ⑴


比較的温暖で過ごし易い田舎町に住んで居る。
此処は丁度、本国の真ん中辺りに位置する、南北には海や山々がある所で地場産には恵まれた環境だから食うものには困らないし何時も安値で手に入る、そのせいか此の土地から離れた事は一度も無いが、親の都合やら勝手やらで県内のあちこちに転居した事は多々有る。

父親は県外の人間、母親は地元で生まれ育ったが、今は隣町で暮らして居る
週末の早朝には心配なのも兼ねて実家まで40分程かけて車を跳ばして行く。
自身もその町には長く世話になった、学生時代から三十代の頃までだったが生まれたところは母親の産まれた隣町だ。

隣接して行き来は楽だが、いずれも田舎町の海側と山側だけの所になる。
双方、教育と福祉に力を入れているから母親も今後は安泰で生きられるだろう。

幼少は、勉学は好きでは無かったが、社会経験として多方面で学ぶ事は日常茶飯事でその独学で余計な経験が活かされたのかどうかはわからないが、これ幸いにして今に至って居る。

社交的な性分では無い反面、
嫌気がさす程の多趣味であるため老若男女、誰とでも会話が出来る自信だけはあるが、その都度に趣向が変わるのでトークする相手を選ぶわがままさも出る。

わがまま同士で和気あいあい、意気投合もするが衝突もする
これが同じ穴のムジナと言うやつかな?

自身の人生には不満は無いが、ここ最近の生活を振り返り、日記の様に書き始めたが、いざこうして書き始めてみると出るわ出るわ、愚痴も止まらなくなるので此処に記した。

愚痴を言えるだけ幸せで、何にも不自由する事ない平和な環境に居る身分と判っていても頭のリハビリと思い、書ける時間も有るのでこうして筆をとって居る。

その辺の老人の戯言に聞こえるかもしれないが、独り暮らしも長くなると話し相手をラジオにして居るが、遅い晩酌をしてそのうちに酔い潰れて点けっ放しで寝たのも忘れ、目が覚める頃には4時前に成って居る。

歳のせいか、此の時間帯は不思議なもので、世の中の時間が止まっていると感じるくらい暗黒で静粛な空間に溺れる事が出来る。
昔現役中だった頃の仕事柄か、
年相応の睡眠と更年期の影響か、早起きは得意な方では無いが、善悪や今までの回想も落ち着いた思考を此の足りない脳みそに働かせてくれるから嫌いではない。

最も、二人の息子たちに分身が誕生してからはおじいちゃんと呼ばれ、去年には妻に先立たれてからは嫌でも好き勝手に独りで気ままに過ごして居るのだから、テレビや新聞に載る様な不良老人に成らなければいいと、自由奔放な暮らしで満足して居る。

暗闇から現実に意識が戻る境目で
消し忘れたラジオの音と、
お腹を空かせた飼いネコたちが、
しきりに鳴くのに気付き

「お前たちは夜勤明けか?
お疲れ様だったなー」

と、揶揄いながら起き上がり
おぼつかない足でスリッパを引っ掛け、台所の開きからゴソゴソと猫の餌を取り出し錆びない金属製の容器へ移すと、騒がしかった夜勤労働者の鳴き声が静まるが、日々無言のクレームも多いから参って居る。

飲み水にも煩くて、抜け毛が浮いているだけでそっぽを向くから器の数が餌の物より多くて家中のあちこちに置いてある。

彼達と同居をすると毎日数回の餌やりと、水飲みの器の点検と交換をしないと水不足となり飲み水を探し回り、
風呂場の水やら台所の水やら水滴まで欲しがって衛生的に良くはない。
それがきっかけで何名か短期入院した事例もあるので経済的にも悪いから日課にしている。

餌をあげてからは自分の朝食は未だ後にして、フラフラと階段を登ろうとすると滑り止めの少しの段差に躓きながらもベランダへ向かう。
不用心に雨戸を閉めていない掃き出しの窓だけを開け、灰皿代わりに置きっ放しの上蓋の性が無くなったインスタントコーヒーの空瓶を足元に置き蹲み込んで自分で葉を巻いた手巻きタバコを煙管に挿し、火を点ける習慣がここ何年も続く。

夜勤労働者たちも後からノソノソと付いて来る。
内勤で野良に成れないネコたちも
家中の空気では息苦しいのか、
または年数度の繁殖期になる此の頃は
特に外を気にしだし落ち着かない。

未だ辺りも暗い頃に、繁殖期の鳴き声を出されては近所迷惑だから午後になると犬の様に首輪を着け、
紐を括り付けて数分の散歩をさせる事も必要不可欠な生活になって居る、
それも多頭飼いの我が家では健康推進のウォーキングを欠かさない人たちと同様に長生きに気を配る様な姿と近所には見られて居るのだろうか。

世間の目は、一般的なテレビや報道からしか情報や価値観が伝わらない寂しい人間生成の世の中で、風当たりは肩身が狭くなる思いだが、ここ数年の空前のネコブームで見る目も変わるだろうと思って居るが、この田舎町では数年後にならないとトレンドは口コミでも伝わらないから嫌気がさす中の暮らし、生憎にも今の家族はこのネコたちだけで世間の冷たい視線を受けるのは自身だけだから気楽である。

口コミする輩たちが未だ寝静まっている中、辺りも暗闇から薄蒼く明るくなり始めている。
煙管に挿した手巻きタバコは未だ半分も灰に成らず、いつもの様にシケモクとして、次回にも吸えるように瓶に堕とし軽く蓋をする。

さて、自分もそろそろ朝メシとするか
ベランダに居る息抜きして居る労働者たちを招集し家中に入れと指示を出し、
掃き出しの窓を閉めて階段を下り台所へ向かう。
インスタントコーヒーを取り、
朝メシの準備を始めた。

『老いぼれがゆく』

『老いぼれがゆく』 音澤 煙管 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-04-16
Copyrighted

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