ホワイトクリスマスと白リボン

 こちらの作品は、2016年のクリスマスの時期にデート・ア・ライブの五河琴里を題材として公開した二次創作です。
 私が小説を執筆するようになってから3年目の作品です。一部加筆修正を差し込みつつ基本的に元の文章を維持しつつ、独立したお話として掲載する事になりました。
 どうぞよろしくお願いいたします。

1、琴里の決意

 季節は冬へと移り変わり、人々の装いも、冬物へと変貌していく。それにつられるようにと言っては変だが、カップルの姿も大分多くなってきた。
 一様に手を繋いだり腕を絡めるなどして、幸せそうな表情を浮かべている。普通にデートを楽しんでいるのであろうが、来たるクリスマスが待ちきれないのか、きゃっきゃと話している。実に微笑ましい光景だ。
 そのなか、五河家の一人娘である琴里はクリスマスの準備のためここを訪れていた。そして通りを歩く人々の多くがカップルという事に気がづき、はあとため息を吐く。
「……クリスマス、どうしようかなぁ。おにーちゃんとの大切な日……」
 そう。琴里のクリスマスでの目的と言えば、大好きな兄で、異性として『結婚』を考えているおにーちゃんとのデートなのだ。
 いつおにーちゃんを好きになったのか、彼女自身定かでないところがあるが、初めて恋心を抱いたのは中学生の頃では無いかと、琴里は思っている。
 当時から彼女は「愛してるぞ、おにーちゃん」と兄である士道に言ったり、思春期の女子にしてはスキンシップ多めでおにーちゃんに接してきた。 
 それを士道も痛いくらいに分かっているため、『両想い』ではあるのだが……だからといって、容易に事が運ぶわけでも無いのである。
 女心とは、なかなか難しいのだ。
「中学生の頃とかは、そこまで深く考えずに「愛してる」だとか“結婚したい”とか思ってたけど……」
 琴里がおにーちゃんとの将来を考え始めたのは中学三年生の頃だ。その頃には彼女の母親・遥子さんには相談していた。
 しかし、父親である竜雄さんには相談はしていない。これこそ乙女心なのだろうか。
「おとーさんには相談できないんだよなー……おとーさん、この事を聞いたらおにーちゃんをどうにかしてしまいそう……」
 簡単にその情景をイメージ出来てしまい、おとーさんらしいと呟き、苦笑する。
 結局、琴里はクリスマスを過ごすためのアイディアが載ってそうな雑誌などを買い、後は服などを下見して、帰路に就くことにした。
 その帰り道、ばったり精霊の一人・四糸乃に出会う。
「あれ、四糸乃?」
 名前を呼ばれると、彼女は表情を綻ばせると、控えめに駆け寄る。琴里は四糸乃の手を取り、並んで歩く。
「琴里さんはどうしてここに?」
「んー。クリスマスにお出かけするから、その準備を色々するために、かなー」
「誰かと行ったりするの?」
 四糸乃の左手にはめられたパペットのよしのんが、コミカルに口をぱくぱくしながら尋ねる。
 琴里は一瞬逡巡するような様子を見せてから、
「……いるにはいるけど、まだ企画段階というか、何というか。私の中でも煮詰まってないから、何とも言えないんだー」
「へえ。琴里ちゃんの“一緒に行きたい人”かぁ」
 よしのんが可愛らしく腕組みをして考える素振りを見せたかと思えば、じーっと琴里を見つめる。これが人間であれば、明らかに意地悪な表情をしているだろう。
 長年の付き合いからか、四糸乃はよしのんが何を考えているか察したらしく、「あまりデリケートな事聞いたら琴里さんに失礼だよ……」と、やんわり注意している。
 それを聞いたよしのんは「しょうがないなー」と腕組みをほどき、
「追及は今のところやめるけど、そのうち聞かせてねー?」
「……気が向いたらだぞー?」
 
 夕飯後。琴里はリビングでクリスマスの特集が組まれている雑誌を読み耽っていた。
 しかし、なかなかアイディアが決まらず、長く綺麗な髪をかきむしる。琴里の様子に気づいたのか、洗い物を終えたらしい士道が尋ねる。
「琴里、叫び声上げていたけどどうした?」
「んー……とっても大切な事なんだけど、決まらなくてさ」
「そうなのか」
「うん……」
 そこで終わるかと思われたが、士道は手をタオルで拭きエプロンを椅子に掛けて、琴里の隣に腰を下ろす。
「それで、何が決まらないんだ?」
「それがね。クリスマスの予定が決まらないんだー」
「まさか――琴里、彼氏できたのか……?」
「んなっ、違うぞー‼ おにーちゃんとのお出かけなの!」
「なんだ、俺とか――俺と⁈」
「そう、おにーちゃんと、だぞー?」
 士道は、この時ほど琴里の表情が大人っぽく、どこか母である遥子さんに似ている事は無いと思った事だろう。
 琴里は思う。このクリスマスで自分の想いを——自分がおにーちゃんと将来どういう関係でいたいのか――どれだけおにーちゃんのことを愛しているのか――自分の覚悟をおにーちゃんに知ってもらうのだと。
 
 その晩。琴里は珍しく遥子さんと寝る事にした。その理由は“何となく”だ。
 遥子さんの姿見を借りて髪を梳かしていると、後ろから遥子さんが声を掛ける。
「ことちゃんの髪の長さ、お母さんが大学生の時とほとんどおんなじくらいだわ」
「おかーさんもこれくらいだったの?」
「そうよ。腰くらいまではあったと思う。お母さんがやってあげるから、櫛貸して」
「うん」
 言われるがままに母に櫛を手渡し、娘の髪を丁寧に梳かす母親。その情景は、誰が見ても、きっと微笑ましい親子の光景として映る事だろう。
 琴里は、小さい頃にしてもらった感触を思い出して、気持ちよくなり目を瞑る。
「それで。しーくんとのデートの事はどうなったの?」
「おにーちゃんとも相談したんだけど、全然決まらなくて……」
 遥子さんは琴里の髪を優しく撫で、そっと娘の体を抱き寄せる。
「おかーさん?」
「ちゃんと恋をしているんだね。昔から明るくて無邪気で、誰に対しても優しく接するから、他の子と軋轢が出来る事も耐えなくて心配だったの」
「……確かにそれはあるかも。無意識のうちに、男の子に好意を持たれる事もいっぱいあって、それを断れば相手がしつこく粘ってきたり、なんてこともあったし。その事で女の子たちからも色々嫌味を言われる事も少なく無かった」
 琴里はその無邪気さゆえに、知らず知らずのうちに人間関係で面倒ごとに巻き込まれる事が多かったのだ。
 でも、と続けて、
「——そんな時、おにーちゃんが相談に乗ってくれてね。とても嬉しかったんだぞー?」
「でしょうね。しーくん、ああ見えて、人間関係の機微には敏感だから」
 遥子さんは琴里の頭を優しく撫でて、そして、優しい笑みを浮かべる。
 急に静かになった事へ不思議さを感じた琴里は、振り返った時に見えた母の表情に、思わず「どうしたの?」と声を掛ける。
「……いいえ、何でもないわ。この事はいつお父さんに相談するつもりなの?」
「————当分先だと思う。少なくとも私が高校を卒業するまでは……。だって、おにーちゃんにさえ、こんな事言えるような心の準備出来ていないのに……」
「そうね。まずはしーくんと良く話すといいわ。あの子はいつでも、可愛い妹の味方だから」
 その日は日付が変わるまで、遥子さんと琴里は、親子仲睦まじく、他愛もない話に花を咲かせたそうだ。

 翌日。琴里は学校から帰ってきて、例のごとくソファで雑誌を読んでいた。もちろんクリスマス特集のやつである。
 今見ているのはおすすめのイベントが掲載されているページで、琴里はそれをくまなくチェックしていく。
 と、その中で気になる記事を見つける。
「『江川沙智 クリスマス記念コンサート』⁈」
 琴里が驚くのも無理ない。江川沙智はアイドル活動や声優活動などで有名な女優だ。超がつくほど有名な江川沙智が、今回クリスマスを記念してコンサートを開くという事だけでもかなり驚きなのだが――何よりも、琴里は彼女の大ファンなのだから。
 琴里が江川沙智を知ったのは、彼女が出演するとある朝の連ドラを観た時の事だ。それ以来、琴里はドラマの虜となり、やがては、彼女のCDを購入したりアニメなどの出演作などを追う、熱心なファンとなっていった程だ。
 そのため、琴里が興奮するのも頷ける話であった。
「えーと。会場は『パシフィコ横浜』? ここからだと、どう行けばいいんだー?」
 琴里はあまり鉄道などの事情に詳しくなかった。電車を使うようなお出かけをする場合は、両親が計画を立てるか、士道と二人っきりで出掛ける時も兄が計画を立てていたからである。
 ちょうどその時、玄関の開く音がして、リビングに入って来たのは、噂をすればなんとやら士道だ。
「琴里帰ってたのか。おかえり」
「うん、ただいまだぞー。ちょっと相談したい事があるんだけど」
「おう。ちょっと待っててな」
 士道はそう言うと、着替えなどを済ませてで琴里のいるリビングへと戻って来る。琴里の隣に腰を下ろすと、
「それで相談したい事って?」
「えーとね……」
 一瞬琴里の表情に赤みが差す。やっぱりこの事を話すには勇気が必要なんだと、改めて自覚する彼女。しかし大好きなおにーちゃんとのデートのためなら、これくらいで躓いてはいけないと自分の心を強く持つ。
 それと同時に、こういうところが“弱い私”の短所だと、琴里は感じる。
 七年前の天宮市を襲った大火災の日、奇しくも琴里の誕生日であった。プレゼントに士道から『黒いリボン』を貰い、こう言われたのだ。
――――それを着けてるときは、琴里は……強い子だ。
 それ以来、琴里は白いリボンの時の自分を恥じるようになった。
 彼女は純粋——あるいはピュアと言い換えても良い——であるがゆえに、人一倍感受性が強く、どうしても考えすぎてしまったり、人の悪意などに打たれ弱いといったコンプレックスを抱えているのだ。そのため、琴里が『白いリボン』でいるのは、心を許した相手の前に限定されている。
――その瞬間、琴里の瞳から綺麗に輝く涙が、頬を伝っていく。
「あれ、どうして泣いて……」
 琴里自身、全く意識していなかった。ただ、心の中の何かが音を立てて壊れていくのを感じた瞬間、とめどない涙に後押しされるように、彼女は声を上げて泣いた。とにかく泣いた。
 彼女にとっては辛い経験で、それに縛られていたのは明白だった。高校生となった今でも、彼女は人間関係を良好に構築する事が出来ずにいる。
 そんな自分がとても嫌で、何も昔から変わらないじゃないか、と自分を責め立てている。
 
 相談に乗ってほしいと言われて来たかと思ったら、一瞬の逡巡の後突然泣き出した琴里を目の前に、最初は戸惑いを隠せない士道だったが、自分の妹が無く理由なんて、昔から決まっている。
 そっと体を抱き寄せる。琴里はそれに身を任せ、涙は激しさを増していく。
 昔はお手入れを手伝った事のある妹の髪を、赤ちゃんをあやすように撫でる士道。
 
 琴里が目を覚ましたのはそれから三時間ほど経ってからだ。
 ふと窓の外を見やるが、すでにカーテンが閉められ、明らかに日が暮れているのが分かる。
「私、どれくらい寝たのかな……おにーちゃんに身を任せて泣いたのは覚えているんだけど――」
 この時間だとおにーちゃんは夕飯の支度をしているはず。そう思って、琴里は軽く体勢を変えてキッチンの方を向く。そこには士道と遥子さんの姿があった。
「ことちゃんの様子はどうなの?」
「しばらく泣いたら寝ちゃってさ。風邪引かないように毛布をかけてあげたけど……」
「突然泣き出した理由に心当たりはあるんでしょ?」
「……まあな。琴里が泣く時は、いつも何か辛い事とか悩み事を抱えてる時だからさ」
「そっか。後で話を聞いてあげてちょうだい。ことちゃんにはしーくんしかいないんだから」
「分かってるよ」
 会話が終わり、遥子さんがキッチンを出て行く。その時視線が重なる。遥子さんは声を出さずに唇の動きだけで喋る。『頑張ってねことちゃん』と。
「おかーさん……」
 やがて、遥子さんがリビングを出て行くのを見届けて、琴里は静かに呟く。
「……私ももうちょっと頑張らないとだぞー」

 翌日は土曜日。色々あった一週間だったが、琴里にとっては、また一歩、大人への階段を上った事を実感させる日々だった。
 そして、今日こそちゃんと相談しようと、琴里は士道を呼んでソファに座った。
「実はね、クリスマスの日なんだけど――一緒にお出かけしてほしいの」
 士道は一瞬驚きの表情を浮かべた後、自分の妹がこうしてお願いしてくれる事へ喜びを感じ、表情を綻ばせる。
「ああ、いいぞ。可愛い妹の頼みだからな」
 そこからは兄妹仲睦まじく、楽しく計画を立てて行く。
 まずはパシフィコ横浜までの道のりだが、JR新宿駅まで小田急小田原線を使い、そこからJR山手線で渋谷駅に移動。渋谷駅からはみなとみらい線直通の東急東横線に乗り、みなとみらい駅まで。
「私だと全然ここまで調べられないねー。ありがとう、おにーちゃん」
「お前なあ……少しは知ろうって気持ちは——」
「全く無いぞー!」
 士道はがっくりとうなだれる。自分の妹にこんな一面があったのかと、今更ながら落胆する士道であった。
 そして次に考えないといけないのは、チケットだ。発売日の期間にすでに入っており、江川沙智クラスであれば、チケットが完売していてもおかしくは無かった。
「今から取れるかなー……」
「それは何とも言えないんじゃないか。とりあえず販売してるサイト見てみよう」
 士道に言われて、琴里は自分のノートパソコンを持ってくると、PCを起ち上げる。
 専用のサイトを表示し、チケットの残席状況を確認する————
「おにーちゃん‼ おあつらえ向きに二つ空いてるよ! しかもなかなかのポジション」
「本当か! すぐ予約しないと――父さんたちには事後報告になるけど、それは母さんが何とかしてくれると思う」
「だね。おとーさん、完全におかーさんのお尻に敷かれてるから」
 その光景を想像して、自然と笑みがこぼれる二人。
 善は急げで、琴里は必要事項などを手早く入力していく。途中成人による認証が必要なところは士道に任せる。それに加えて決済は士道のクレジットカードを使う事になった。最初は自分の分は自分で払うと提案した琴里だったが、誰でもない妹の頼みだからと、士道が琴里の分を負担したのだ。
 彼女は何だか申し訳ない気持ちになったが、素直に甘える事にした。自分がおにーちゃんに対して甘いところがあるのは自覚しているが、おにーちゃんが自分に甘々なところがあるのもまた知っている。
 最後のステップが終了し、画面にチケットが確保された旨の文章が表示された。
「無事にチケット取れたみたいだな。まさに残り物には福があるって感じだ」
「本当にそうだね! 良かった、これでおにーちゃんとのデートが中止になったらどうしようかって思ったぞー。そんなのは絶対嫌だったし」
 琴里は、自分でお膳立てしたんだから、ちゃんとおにーちゃんに話さないとな、と心に誓う。その想いが結実するのか――それは分からない。
 しかし、クリスマスを前に、思わぬ人物からその心構えを砕かれる事になるとは、この時の琴里は知る由も無かったのである。

2、隠していた気持ち

 クリスマス一週間前。この日は朝からアイテムの買い出しに出かけていた。当日の化粧品、着ていく服などなど。それなりの準備があるのだ。
 それらを買い揃えて自宅に着いたのが夕方頃。この日は士道と七罪が珍しく二人でお出かけをしていた。何でも、七罪が士道にファッションのアドバイスを貰いたいのだそうだ。
 というのも、七罪を保護する時に士道(士織)が施したモデルチェンジを彼女がとても気に入ったらしいので、対人関係がひどく苦手な七罪をサポートする目的のようだ。
 というわけで今、五河家には琴里しかいないはずなのだが……玄関には見慣れた靴が置かれている。
「四糸乃かな?」
 とりあえず玄関で靴を脱ぎリビングに向かうと、ソファでよしのんとお話している彼女がいた。
「あ、琴里さん、お帰りなさい」
「うん、ただいまだぞー」
「琴里さんは、今日はどちらに?」
「クリスマスに着ていく服とか、メイクの道具とか――色々買って来たんだ—」
「クリスマスにお出かけ――もしかして士道さんと、ですか?」
「そうだよー」
 妙な間がある事を若干不思議に感じる琴里だが、さして気にする事もなく、自室で着替えなどを済ませてからリビングに戻って来た。
「うはぁ、今日は冷えるな。ミルク温めるかな」
 冷蔵庫からミルクを取り出し、お気に入りのマグカップにたっぷり注ぐ。ちなみに、このマグカップも士道が中学三年生の誕生日にくれたものだ。
「……このカップもおにーちゃんがくれたものなんだよね」
 そう誰にでもなく呟いて、琴里はマグカップの縁をそっと撫でる。きゅっと擦れる音が鳴る。
 それと同時に、おにーちゃんを好きな気持ちが今にも溢れ出しそうで、思わず胸元に手のひらをあてる。琴里の心臓は確かに、ドクン・・・・・・ドクン・・・・・・ドクン・・・・・、と鼓動している。
 一瞬時を忘れていた琴里だが、すぐに我に返り、カップをレンジにセットする。
 温め終わり、四糸乃の隣に腰掛ける。
 琴里がミルクを飲んでいる様子をそれとなく眺めていた四糸乃だが、何かを決意するような口調で、琴里に話しかける。
「————琴里さんは、」
「うん?」
 何だろうと琴里が思ったのも束の間、四糸乃は思いもかけない事を口にする。
「士道さんと結婚したいんですか?」
「⁉」
 ホットミルクをむせてしまい、思わずその場で悶絶。しばらくして立ち直った琴里は、自分でも意識せず驚くほどに低い声音で四糸乃に尋ねる。
「……どうしてそう思うの?」
「だって、そんなの今更な事ですよね。琴里さんが士道さんの事が大好きで、将来まで考えているって事、精霊の皆は理解していると思いますけど」
「それはそうだと思うけど……」
「皆が知っているという事は、どういう事か分かりますか――その中に、それによって傷つく人も出てくるということなんです」
「傷つく人って、誰の事————」
 琴里がその言葉を発した瞬間、部屋の温度が氷点下まで下がるような感覚に、彼女は襲われる。しかし、それは決して幻覚でも何でも無い。四糸乃は水を司る精霊。彼女の機嫌が悪化する事により、それが具現化したのだ。
 そして四糸乃の表情がそれまでとは打って変わり、せき止めているものが今にも決壊しそうなそれをしている。琴里は本能的にまずいなと思ったが、時すでに遅し。四糸乃は一気に感情を爆発させる————
「琴里さんは分かっているんですか‼ “結婚したい”って言う事がどれほど重いか。それに、それを聞く周りの気持ちを! 聞く話では琴里さんのお母さん――遥子さんにも言われたらしいじゃないですか。良く考えなさいと。琴里さんは何も分かっていないです‼ 何も分かっていない……」
 四糸乃は大粒の涙を流しながら、リビングを出て行った。
 琴里には、どうして四糸乃がそこまで激昂するのか、理由がはっきりしなかった。だがすぐに察しがついた。何故なら、四糸乃も琴里と同じくらい士道の事が大好きで、愛していたからなのである。でなければそもそも涙を流す理由が見つからない。
 四糸乃は感じていたのだろう。同じ人を好きになっている状況で、自分に勝ち目が無い事を……。
 琴里の燃えるような髪ほどに、ほっかほかに温められていたミルクは、いつの間にかその熱を失っていた。
 彼女はしばらくその場から動くことが出来なかった。

 クリスマス前日。
 二日前から学校が冬期休暇に入っていたため、最近はクリスマスの予定を立てる事に余念が無い琴里だったが、四糸乃から言われた一言が尾を引いており、あまり集中できている様子では無かった。
 琴里自身、四糸乃にあんな事を言われるなんて予想もしていなかった事だ。
 保護した当初は、周囲に対して絶大な人見知りを発揮し、よしのんがそばにいないとすぐに霊力が逆流する事もあり。
 しかし、次第にそれを克服していき、ようやく人間関係を円滑に築けるようになったと思ったら――。
 琴里はいつの間にか外の景色を見ていた。明日の天気予報は、夜から雪が降るらしいと、朝のお天気お姉さんは朗らかに告げていたが、今の彼女にそれを嬉しがる心の余裕は無かった。
 雪が降る前兆なのか、空はどんよりと曇っていて、まるで今の自分の気持ちのよう、と琴里は一人ため息を落とす。
 そんな中、現在進行形で気まずい空気の四糸乃がリビングに来て、琴里の心臓は瞬間的に心拍数が上昇した。
 四糸乃は琴里をちらっと見ると、そっぽを向いたまま言葉を紡ぐ。
「——士道さんに、今の私の気持ちを伝えました」
「それってつまり……」
「士道さんの事が、前から大好きで、士道さんさえ良ければ一緒になりたいと」
 四糸乃は、琴里からはその表情が見えないように再度顔を背けた。だけどちらりとのぞく頬には涙が一筋伝っているのを、琴里は見逃さなかった。
「——「伝えてくれてありがとうな、四糸乃。俺も四糸乃の事が大好きだし、これからも大切にしたいと思ってる。だけど、今の俺には誰かを選ぶなんて選択肢は無いんだ。だから、ごめん……」」
 琴里は言葉を失う。仮に四糸乃の話が本当だとするなら、琴里にも一緒になれるチャンスは存在しない事になる。
 でも、と四糸乃は続ける。
「その相手が琴里さんとなれば、また状況は変わってくると思います」
 四糸乃は頬を袖でぐいっと拭うと、晴れやかな笑みを浮かべていた。それは、土砂降りが過ぎ去り、虹が掛ったような、とても綺麗な表情だった。
「今まで琴里さんにきつく当たって本当にごめんなさい。……でも、琴里さんにはどうしても気づいて欲しかったんです。好きな人と一緒になりたいと願う事がどれだけの意味を持つのか……私、琴里さんの恋、応援したいです」
「四糸乃……」
 彼女の一言に、琴里は心を揺すぶられた……そして、知らず知らず、彼女は涙を流していた。
————やっぱり私は泣き虫だ。昔から何も変わっていない。こんなんじゃおにーちゃんの隣に立つなんて到底無理だ。
 
 その日の夜。琴里は竜雄さんの書斎に行く事にした。
 こんこんと控えめにノックをすると、中から「はーい」と返事があった。ドアと壁の隙間からそっと顔をのぞかせた琴里を、竜雄さんは穏やかな笑みで迎え、「入りなさい」と促す。
「それで、何の用だい? 琴里が来るなんてそうそう無い事だからね」
「実はね、とっても大事な話があるんだ」
「琴里の大事な話か。話してごらん」
 竜雄さんはあくまで子供を慈しむかのように、とても優しい声音で、先を促す。
「——私がおにーちゃんの事を大好きな事は、おとーさんも知ってるでしょ?」
「ああ、もちろんだよ。昔から琴里は、士道にべったりだったからね」
「……むぅ、話は最後まで聞いてくれないかな」
「ああ、悪い悪い」
「……おかーさんには先に相談した事なんだけど――私、おにーちゃんの事を、異性としても、とっても愛してるんだ」
 竜雄さんはあくまで驚くことも無く、しかし、その言葉を嚙みしめるように、逡巡するような様子を見せ……そして口を開いた。
「——琴里が、いつその事を話してくれるのか。私と遥子はずっと待っていたんだよ。でも遥子の方に先に話が行っていたみたいで、ちょっと複雑な気分ではあるけど」
「それは、ごめんなさい……」
「いや、いいんだよ。琴里なりに悩んだだろうし、それを責めるつもりは、お父さんには無いよ。むしろ、琴里の大切な事を話してくれて――娘に頼ってもらえて嬉しい父親なんて、この世にはいないからな」
「もー、おとーさんは昔から親バカなんだから」
「うっ、それは否定できないな……」
 その日、琴里の父に対する印象がさらに良くなったのを、竜雄さんが知る由は無かった。

3、雪は彼女のもとに…

 十二月二十五日——琴里にとっては、ある意味一世一代の日がやって来た。この日が彼女にとって、これからの命運を左右すると言っても過言では無いからだ。
 その日は朝から雪の降る寒い出だしで、通りを歩く人も、皆がコートなどの防寒着を纏っている。
 そしてクリスマスだけあって、イルミネーションの準備をしている家庭もちらほら。夜になれば、この住宅地一帯がイルミネーションで綺麗にライトアップされるのだろうと思うと、期待に胸が膨らむ琴里だ。
 いつも通り精霊の皆と朝食を食べ、彼らはマンションに帰ったり、自分の住まう場所へ戻っていく。
 朝食の後片づけを終えて、士道と琴里は慌ただしくお出かけの準備を進めていく。特に琴里は、メイクや髪のセット、服装の準備に時間が掛かるので、朝食を早めに食べ終えていた。
 準備に一時間ほど掛けてようやく士道の待つリビングへと舞い戻る。可愛く、かつ大人の雰囲気を感じさせる妹の装いに、士道は思わず声を上げる。
「お、琴里のその服、結構似合ってるじゃないか」
「えへへー。今日のデートのために選んだんぞー? そりゃあ似合ってなくちゃヤダからねー」
「そっか。準備も出来たし、早めに出るか」
「了解だぞー!」
 家から小田急小田原線の最寄り駅まではおよそ徒歩で十分程。快速急行の新宿行に乗車し、三十三分という短さで新宿に到着。
 新宿駅に到着したら、小田急線からJR連絡改札を抜けて、十四番線ホームに移動する。クリスマスだけあり、多くの人で混雑している。琴里はただならぬ人込みに辟易し、士道の手を繋ぎ直す。
「琴里?」
 きゅっと力の込められた右手が気になり、琴里の問いかける士道。
「……ちょっと人込みにあてられちゃったみたい。歩けるから大丈夫だと思うけど」
「そっか。山手線、少しでも座れるといいけどな」
 そうこうしている内に、渋谷・品川方面行の山手線が入線してくる。
 摩擦音を残して停車した電車から、ぞろぞろと降り、階段やエスカレーターに殺到する人々。
「うへえ、すごい人数だねー。おにーちゃん」
「そうだな」
「新宿なんて、お友達とお買い物に来た以来だから、あまり慣れてなかった……」
「でも、大分人降りたから座れそうだ」
 現に車内にいた七割の人数が降車し、席にも空きが出来ている。最前列で待機していた士道と琴里だが、彼女は真っ先に席に座ると、その隣を示して士道を急かす。隣に座った事を確認すると、琴里は安堵したのかその肩に寄りかかる。
「気分はどうだ?」
「うん。座ったら大分楽になったかも――それに。おにーちゃんがそばにいてくれるだけで、もっと楽だぞー」
 琴里はじっと士道を見つめる。士道は、無邪気さが取り柄の頃の彼女と接していた頃のみたいに、心の機微を汲み取る事は出来なかった。
 だけれど、長年付き合ってきた妹だ。何となくその意図を察して、そっと頭を撫でてやる。
「この手つき、昔から変わらないね……優しいおにーちゃんの手のひらの感触」
「その表現は生々しいからやめろ……」
「ふふ、そうだね。だけど、癒されるのは事実なんだから」
「恥ずかしい事言うなよ――」
 おにーちゃんったら可愛い————そんな琴里の呟きは、ちょうど発車した電車のモーター音にかき消されてしまった。
 新宿駅を出発した列車は、代々木駅を発ち、車内アナウンスが間もなく原宿駅に到着する旨を告げる。
 やがて山手線はモーター音を立てて、最後にキキッという摩擦音とともに停車した。
 士道と琴里に近い乗車口から、一組のカップルと思しき男女が乗車して来た。
 男性の方は、身長は百八十センチくらいあると思われ、髪はきちんとセットされ、顔のつくりもなかなか爽やかな印象だ。
 対して女性は、百五十センチくらいの身長。しなやかな黒髪。神がいたなら、注力の限りを尽くしたであろう顔の造形美。琴里は思わず見惚れる。
「ねえねえ。この後はどこ行くの?」
「そうだな。横浜とか行こうかなって考えてるけど。あそこだったら、この時期イルミネーションとかやってるし。それに大観覧車なんて乗ってみたくないか?」
「うん‼ 一回乗ってみたかったんだよね!」
 そのカップルは楽し気に会話をしながら、一つ前の車両へと移動していった。
「——というか。今のカップルさんたちも横浜に行くって言ってたね、おにーちゃん」
「みたいだな。もしかしたら、また見かけるかもな」
「だねー。その時は挨拶する? 『さっき電車の中で一緒になった者ですがー』って」
「やめとけ。不審者扱いされても嫌だし、それに、琴里だったら本当にやりかねない」
「ええ。ちょっとそれどういう意味だー?」
 琴里は士道の言い草に不満を覚え、ほっぺたを膨らませる。しかし、その表情は、可愛いという意味で士道に対して逆効果であったらしく、余計に頬が緩んでしまう。
 それを見た琴里の機嫌が直るはずが無く、遂にみなとみらいに到着するまで、彼女の機嫌が直ることは無かった。
 横浜高速鉄道の管轄であるみなとみらい駅に到着。
「やっと着いたー。おかげで肩とか腰とか足がくたくた……」
「どこかで休憩するか? さっきから歩きにくそうだったし」
「うん。こういう時って、やっぱり履き慣れていない靴で来るのはチョベリバだね」
「ちょべ……?」
「チョベリバ! チョーベリーバッドの略だぞ――」
「いや、それは知ってるけどな――まさかイマドキのJK——殊更琴里が使うとは思ってなくて」
「……確かに。私も、自分で使って「何でこんな事言ったんだろう」って思ったもん」
 そう言って互いに笑いつつ、休憩できるスペースを探しに上の階へ向かう。
 一つ上のフロアに上がり、そこで目にしたのは……
「ねえおにーちゃん。ここって」
「ああ。どうやらブライダル関係みたいだな……」
 いわゆる結婚するのに必要な店舗が集まっているらしく、主に式場にまつわる店舗、さらにはウェディングドレス専門の店舗など。実に多種多様なお店が揃っている。
 特に目を惹かれるのは、やはりウェディングドレスを飾っている店舗だろうか。ショーウィンドウには、通りからよく見えるように、ドレスが強調して飾られている。ショーウィンドウを眺めながら談笑するカップルの姿も見受けられ、一様に幸せそうな笑みを浮かべ、次の場所へと歩いていく。
 琴里はその光景を目の当たりにして、体温が上昇するのを感じた。ここ数年でそのような意識が高まっているせいか、ウェディングドレスがやけに眩しく映る。
 実際に着用している風景を想像する——————。

 その日の天気は雲一つない澄み切った晴れ模様。時折吹く春風が彼女の髪を揺らす。
 チャペルの入り口から続くカーペットの両脇には、精霊の皆、ラタトスクの面々、むせび泣く竜雄さんとそれを宥める遥子さん。他にも色々な人が二人を祝福している。
 彼女とそのお婿さんは、手を取り合い、ゆっくりとカーペットを歩いていく。
 舞う花びら。一ひら、彼女の頭に舞い降りる。それを見つけたお婿さんは一旦立ち止まり「取ってあげるよ」と彼女に言う。
 彼女が「んー? 何?」と言った瞬間————。

「んだあああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
「どうしたんだ琴里!」
 琴里は遂に恥ずかしさのあまり声を荒らげ、それに士道がびくっと反応した。
 兄が心配そうにのぞきこむものだから、琴里の心拍数は再び跳ね上がる。彼女は会場に到着するまで、遂に士道と目線を合わせる事は出来なかった。

 そんな紆余曲折を経て、二人は存分にライブを楽しむ事が出来たようで、琴里は終始機嫌が良いようだ。
 そしてライブの終わり。ステージ上で一礼した後、江川沙智が切り出した。
「私の事では無いのですが、実は、皆さんにご報告したい事があります」
 それに呼応するように、会場にいたファンと思しき人々が「なーにー?」と問いかける。何という一体感であろうか。
 スクリーンの中の彼女は微笑み、
「この度、私の友人が結婚する事になりました————」
「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ⁉」」」」
「え、マジで⁉」
 会場の黄色い悲鳴もさる事ながら、琴里の叫びもなかなかだ。
 反応を満足に思ったのか、江川沙智はステージ上にその結婚するという二人を呼ぶ。その姿を見て、士道と琴里は「あ!」と声を上げ、
「おにーちゃんっ! あの人たちさ」
「間違いない。さっき山手線に乗ってた人たちだ!」
 そう。ステージ上に招かれた彼らは、なんと、先ほど原宿駅から山手線に乗車してきた、あのカップルだったのだ。
「まさか、あの二人が結婚する間柄だったなんて……」
「ああ。驚きだな……」
 二人が驚愕している最中、ステージ上では簡単な一問一答が繰り広げられており、江川沙智の質問に、彼氏の方がたじたじになり、彼女の方に至ってはもじもじとして彼氏に隠れている。彼女の方は相当に人見知りのようだ。
 瞬く間に二人への質問が終わり、江川沙智が締めくくると、会場からは「リア充爆発しろコノヤロー‼」という、エールか妬み何だか分からないコールが巻き起こる。
「さて。今日のライブはこれにてお開きですっ‼ 皆また来てくれるかな?」
「「「「いいともー‼」」」」
「お、おいおい。このライブ、著作権とか大丈夫かよ」
「まあいいんじゃない。あれだけ有名な女優さんだし。あの人も大目に見てくれると思う。実際番組にも出たことあるし」
「それならいいんだけどな……」
 二人して思わず頬に汗を垂らしながらも、概ね満足のうちに、二人のメインイベントは終了したのであった。
 客席を出てすぐ、琴里はガラス窓に駆けていく。
「見て見ておにーちゃん‼ 夜景が綺麗だよ」
「うわ、こりゃすげえな……」
 向かって左手には横浜のビル群が立ち並び、ビル街の明かりが、夜の風景に幻想的に映り込む。
 真正面には海が広がる。今や暗闇に沈んでいるものの、遠くに見える工業地帯の明かりも、これまたノスタルジックな気分に浸ることが出来る。
 しばらく、惚けるようにその光景に見入る琴里。いつしか気分も昂っていく。でも、と思い直す。この後が大事なんだ、と。今日のその目的のために、今月——いや、昔からずっと頑張って来たんだ。ちゃんと気持ちを伝えなくては……。
 国立大ホールを出て、横浜みなとみらいホールに向けて歩く。
 琴里の様子を敏感に察しているせいか、ホールを出てから、士道は一言も発する事は無い。一方琴里も、いつ切り出そうかと再三士道の横顔をうかがうも、今一歩踏み出せずにいる。
 二人の間を流れる気まずい雰囲気。横を通り過ぎていく――または、イルミネーションを見ながら、寄り添う――カップル。
「……なあ、琴里」
「ひゃいっ⁉」
「その、さ――お前はさ。将来結婚したいとか思ってるのか?」
「えっ‼ そんなつもりは全く無いぞー。
 前に言ったでしょ。私は男の子の事あまり信じられないって。告白ばかりされて、恋とかはちょっと疲れちゃったって。そういう面倒ごとに巻き込まれるのが嫌なんだって。
 だって、どの男の子も子供っぽいんだもん。人に対しての一般的な気遣い出来ないし、言動に幼さが滲み出てるし、そもそも人間関係に疎くて――。 私、そういう人とは、結婚以前に、好きになりたいと思わないぞー」
「そっか」
 士道は何かを考え込んでいる様子だが、すぐにそれを打ち消したようで、「何でもない」と小声で呟いた。
「私の理想とする男の子——おにーちゃんが言う意味では『結婚相手』って言ったら良いのかな。
 理想は『私の弱さを肯定してくれる』人だぞー……」
「琴里の弱さ————?」
「おにーちゃんなら分かるでしょ? 私の弱さ——ううん。“弱い私”」
 二人はいつの間にかイルミネーションの下で立ち止まっていた。
 琴里は、手袋をしていたが、心の寒さからだろうか、はあっと手に息を吹きかけて温める。
「知ってるさ。琴里の言う“弱い私”……」
「私はこの『白いリボン』で髪を括っている間は、弱い。おにーちゃんに甘えてばかりで、おとーさんやおかーさんにも頼りっ放し。昔から泣きっぽくて、良くおにーちゃんに慰めてもらってた。
 それに、人間関係を上手く作れなくなったりっていうのが多くて、自分を責めるようになって、それからあまり人を信じられなくなったの。男の子を信用し辛くなったのも、それが原因なんだぞー。
 だから、私は変わりたいと思った。いつまでもこんな自分でいちゃダメなんだって。
 少しは変われたよ。お友達も出来たし、楽しくお話も出来る。中学校みたいに苦労する事も少なくなってきた。
——知ってる? そんな風に私が出来たのもおにーちゃんのおかげなんだよ?
 おにーちゃんがいてくれたから。おにーちゃんがいつでも私を励ましてくれたから。私は乗り越えられたんだよ?
 お友達と喧嘩した時も。人間関係絡みで辛い事があっても――どんな時も、私の頭を撫でてくれて、「大丈夫だ」って言ってくれた」
「琴里……」
 そこまで言い終わるとふぅと息を落とす。気温のおかげで彼女の吐息は白く染まる。そして、白いリボンを解き、それをポケットにしまった。
 いつもとは違う琴里の表情————黒いリボンのドSな司令官でも無く。白いリボンに飾られた無邪気な妹のそれでも無く。そこにいたのは、素の顔をさらけ出す、愛しい妹。
 士道は、琴里が自分の事を好きなのは当然だと思っていた。それは兄妹であるから、愛し合うのも自然の事。そう考えていたからだった。
 しかし、琴里の――今にも溢れてしまいそうな涙を見れば、その意味が変化したことに気づかない士道では無かった。
 そう。琴里は、士道の事を——————
「おにーちゃん、私、“異性として”。“将来を一緒に生きたい相手”として……愛してます」
「琴里————」
 士道は琴里の瞳を真剣に見つめ、
「——今はその気持ちに答えられそうに無い、ごめん」
「え……?」
「でも、」
 士道は戸惑いと恥ずかしさを入り混じらせた笑みを浮かべて、はっきりと告げる。
「——いつか。琴里の想いにちゃんと応えられるまで待ってほしい。その時は、琴里を……『お嫁さん』として、また迎える」
「……‼」
 彼女は遂に涙が溢れるのも止めることなく、がばっと、狂おしく愛おしい兄を抱きしめる。
 その時、頭上から、イルミネーションの光を反射して、真っ白い雪がきらきらと舞い降りて来る。
 
 ホワイトクリスマス。一人の女の子の気持ちが結ばれようとしている。

ホワイトクリスマスと白リボン

 いかがでしょうか。また私のどこかの作品でお会いできることを楽しみにしています。

ホワイトクリスマスと白リボン

2016年のクリスマスの時期に公開した、デート・ア・ライブの二次創作です。また、独立した作品として公開するにあたり、タイトルを『ホワイトクリスマスと白リボン』に変更しました。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-30

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 1、琴里の決意
  2. 2、隠していた気持ち
  3. 3、雪は彼女のもとに…