*星空文庫

老人シェアハウス

播磨王66 作

  1. 1話:高齢者シェアハウス(201803~06)
  2. 2話:シェアハウス入居(201807)
  3. 3話:高齢者シェアハウスでの運営会議(201808~09)
  4. 4話:高齢者シェアハウスの増加(2018010)
  5. 5話:ブログで老人シェアハウスが話題に(201811)
  6. 6話:郊外シェアハウスの候補地(201904~12)
  7. 7話:富士山が近く、温泉地区のシェアハウス体験宿泊1(201904~12)
  8. 8話:富士山が近く、温泉地区のシェアハウス体験宿泊2 (201904~12))
  9. 9話:南房総のシェアハウス体験宿泊1(201904~12)
  10. 10話:南房総のシェアハウス体験宿泊2(201904~12)
  11. 11話:高崎のアパート形式の老人シェアハウス体験宿泊1(202003~07)
  12. 12話:高崎のアパート形式の老人シェアハウス体験宿泊2(202003~07)
  13. 13話:東松山のアパート形式の老人シェアハウス体験宿泊(202003~06)
  14. 14話:老人シェアハウスの発表会に出席1(202009)
  15. 15話:老人シェアハウスの発表会に出席2(202009)
  16. 16話:困窮老人のためのアパートと補助金(202010)
  17. 17話:2025年問題の老人部会の創設(202011)
  18. 18話:大洋の村(鉾田市)の再開発について1。(202104)
  19. 19話:大洋の村(鉾田市)の再開発について2(202104)
  20. 20話:大洋の村(鉾田市)の再開発について3(202104)
  21. 21話:老人SHの新しい考え方での取り組み(202110)
  22. 22話:沖縄シェアハウス体験宿泊1(202112)
  23. 23話:沖縄シェアハウス体験宿泊2(201112)
  24. 24:石垣島シェアハウス体験宿泊1(202112)
  25. 25話:石垣島SH体験宿泊3(202112)
  26. 26話:石垣島老人シェアハウス体験宿泊3(202112)
  27. 27話:石垣島老人シェアハウス体験宿泊4((202112)
  28. 28話:シェアハウスでの事件(202112)
  29. 29話:土地の利用権獲得地の利用方法(202209-12)
  30. 30話:インフルエンザと癌(202301-03)
  31. 31話:インフルエンザと癌(202301~03)
  32. 32話:山下君との最高の思い出づくり2(202301-03)
  33. 33話:山下君との最高の思い出づくり2(202301~3)
  34. 34話:友との永久の別れ

生涯活躍のまち(2025年には75歳以上の高齢者は全国で約532.7万人増え、その約3分の1が一都三県に集中すると見込まれています。)とか、2025年問題が、話題に上がります。「2025年問題」とは、団塊の世代が2025年頃までに後期高齢者(75歳以上)に達する事により、介護・医療費などの社会保障費の急増が懸念されている問題です。さらに、2025年には東京圏だけで約13万人が必要な介護を受けられない「介護難民」になる。日本創成会議が6月4日に発表した「東京圏高齢化危機回避戦略」で、団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となる2025年には、全国で約43万人が必要な介護を受けられない「介護難民」になるという試算が出ています。2025年には75歳以上の高齢者は全国で約532.7万人増え、その約3分の1が一都三県に集中すると見込まれています。そのために、2025年には75歳以上の高齢者は全国で約532.7万人増え、その約3分の1が一都三県に集中すると見込まれています。それを受けて、老人の地方移住(地方へ姥捨て)対策がたてられた。CRCCは米国富裕層の高齢者の生き生きとした老後をめざしたもので、日本版CRCCとは、全く別物である。そこで、政治家、役人が考える2025年ではなく、主役の高齢者が考える、我々の未来というものを考えてみたものである。(カクヨム、小説家になろう、にも、載せています。)

1話:高齢者シェアハウス(201803~06)

 佐島米子は一年半前に、夫、佐藤一郎に先立たれた。半年前から長女の木島恵子の家族3人と佐島米子の実家で
同居生活を始めた。以前は、友人の北山さゆり、佐藤みどり達が実家に遊びに来てお茶のみ話を楽しんでいたが、
長女一家と同居になり自宅で楽しみにしていたお茶飲み会ができなくなった。半年が過ぎ自由に行動できないのに
嫌気がさしてきた。今日は久しぶりに近くの喫茶店に友人二人と会う事になり楽しげに喫茶店に行き、
いつもの様に世間話やニュースの話題であっという間に時間が過ぎていった。
 友人の二人も旦那さんに先立たれて3年たっていたが、すっかり元気を取り戻していた。 

 北山さゆりが、ねー知ってる、最近ここからバスで20分行った、大きな農家を改修して高齢者のシェアハウス
ができたそうよ。 何でも、高齢の女性5人が入居して費用も15万円+食費3万円と比較的安いみたいと
話してくれた。全員、まだ元気で洗濯も掃除も自分たちでやってるそうで食事を自分で作れば月15万円だと
言っていた。ただし要介護、要支援の人は、入れないそうよと言った。お手伝いさんが一人いてくれて夜間は
警備会社とつながって安心だそうよ。
 近いうちに見学に行ってみないと言い、彼女がその高齢者シェアハウスに連絡しておくと言ってくれた。
 
 この話に佐島米子、佐藤みどりも興味を持ち見学する事にした。来週水曜日昼、この喫茶店で集合する事が
決まった。約束の日に喫茶店に集合してバスで「高齢者シェアハウス:緑の里」へ到着するとスタッフが
出迎えてくれた。施設の女性からパンフレットをもらい説明を受けた。それによると支援、介護の必要のない
65才以上の高齢者で基本的に重い持病のない人が対象で、もし介護、病気になった段階で他の施設に移って
いただくという条件付きで入居できると話してくれた。施設を見回してみるとステレオ、大きなテレビとDVD
、生け花、トランプ、将棋、数冊の本、自動式の麻雀台一つ、珈琲メーカー、紅茶、お茶が完備されていて
食事付きと食事なしの一方を選ぶ様になっていた。
 部屋は8畳と6畳があり、どちらか選べる。組み立て式のタンス、ベッド、小さな茶ダンス。
2階にも5部屋あり、離れの部屋が2つあり、全員で12名まで収容できる大きな施設。4人用の大きな浴槽。
トイレは2階に2つ、1階に3つ。掃除されきれいなリビングとエレベーターが完備してあった。
 まだ、入居者募集中であり、入居者が10人以上になれば常時、昼間、女性2人を常駐させる予定だと言った。
  1時間くらい見学と説明を聞いた後、失礼した。また喫茶店に戻り北山さゆりが開口一番、あの施設で
月15万円いいんじゃないと言った。2人の友人も、確かに割安かもねと同感した。自宅に帰り、
佐島米子(73才)は今日行った、高齢者シェアハウス「安らぎの里」の事を、長女、木島恵子に話してみたが
老人同士で本当に、大丈夫なのと言うだけで、あまり関心がなさそうだった。

 そこで佐島米子は実は、あそこが気に入って近いうちに入居したいと思っているだけれどと続けた。木島恵子が、
えー嘘、そんな簡単に決めちゃって大丈夫なのと言い返した。だって友人と三人と一緒に入居すれば寂しくないし
気兼ねもいらないから第一楽しそうなんだものと言った。それじゃー今の私たちと一緒の生活が全然楽しくないみたい
じゃないと少し怒ったように言った。あわてて、そうじゃーないの、ただ楽しそーと思っただけよといい直した。
 長女、恵子が、木島太朗が帰ってきて高齢者シェアハウスの話をした。それに対して太朗は、そっちの方が良いなら
、そうしたら良いんじゃないかと素っ気ない返事だったので、恵子は心配なのよと言い返した。
 太朗は、お母さんの家に住まわせてもらっている身であり、こっちが世話になっているのだから、
お母さんの意見を尊重すべきだよと言った。

 それに高齢者シェアハウスも、ここから車で15分位の近い所にある訳だから、そんなに心配しなくて良い
じゃないかと言った。お母さんの自由にさせてあげた方が良いと思うよと話した。それを聞いて米子は喜んで
太朗さん、ありがとうねと言った。

 翌日、電話で友人二人に電話したところ彼女たちも了解をもらったと言う事で、入居の話を実現しようと決まった。
 数日後、再度、3人で高齢者シェアハウスをたずねて必要書類をもらってきた。施設の担当者が、書類は、郵送でも
構いませんよと言ってくれた。1階と2階と離れ4部屋ありますが、何処が希望ですかと聞かれ、みんなが1階を
希望しますと言った。それでは、1階の3部屋、希望と言うことで、抑えておきますと言ってくれた。

2話:シェアハウス入居(201807)

 佐島米子は、家に帰って、木島太朗が帰ってきてから、シェアハウスを予約した事を話した。木島太朗が、
それは良かったですねと言い、良かったら、休みの日に引越手伝いましょうかと言ってくれた。それはありがたい
、お願いしますと答えた。それぞれの引越荷物を教えてくれれば、2tか、大きくても4tトラックを借りれば
十分間に合うと思いますよと言ってくれた。木島太朗は、恵子と一郎にも、手伝う様に言っておきますから
三人いれば半日くらいで引っ越せると思いますよと、話してくれた。

 その後、二週間後に引っ越すことが決まり、太朗に、引越手伝いをお願いした。引越当日、太朗が幌着きの
2tロングトラックを借りてきた。木島太朗と一郎が荷物をトラックに入れ、友人2人のお宅をまわり段ボール箱
を荷台に積み込んだ。恵子は、自家用車で友人二人と共に、後をついてきた。 高齢者シェアハウスについて、
指定された、一階の部屋に、荷物を運び入れ、午後3時には、全て終了した。

 引っ越した三人は、そこでの生活を始めた。その後、太朗と恵子、一郎が家に戻った。シェアハウスは佐島米子と
北山さゆりと、佐藤みどりの合計3人が、一階に入居して一階の入居者が5名になり、定員いっぱいとなった。

 その他、離れの部屋に女性2名。シェアハウスの担当者から男性5名が近々、入居希望されており2階の5部屋
を男性専用として使いたいので宜しくお願いしますと言った。やはり、すぐに満員になりそうだ。
翌週、男性5人が入居してきて、自己紹介と挨拶をした。
 
 男性5人の名前は山下圭介、長野仁、佐藤広、泉田健二、加藤圭と言った。趣味は麻雀、将棋、競馬、株、
ハイキング、旅行、パソコン、占いと多種にわたった。

 その時、突然、佐島米子の友人の北山さゆりが、圭ちゃん久しぶりと言った。これには、みんなが、ビックリ
して幼なじみなのと言った。北山さゆりが、中学校時代の級友ですと言った。加藤圭の方も、えー、
あの時のさゆりちゃん、と驚いていた。世の中、意外と狭いものですねと、お互いに笑い合った。
 自己紹介も終えて夕食を全員で和やかに、とりはじめた。

 その中の長野が女性達に麻雀できる人はいますかと聞いてきた。佐島米子、北山さゆり、吉武祐子がハイと
答えた。男性達は全員できる様で合計8人ですねと言った。時間のあると時に麻雀で楽しみませんかと言ってきた。

 その他、山下がパソコンが得意なんでスカイプや、その他ソフト、機械のことで困ったら言って下さいねと
言ってくれた。それを聞いて長野が麻雀は、ぼけ防止になるし面白いから教えて上げるから一緒にやりたい人は
言って下さいと話した。泉田と佐藤が、おもむろに僕たちも麻雀牌のマット持っているから使っていいですよと言った。

 長野が、まー、楽しくやっていきましょうと言い、みなさんの得意分野を生かして、お互いに助け合いましょうと
言った。これには、期せずして全員から拍手がわき起こった。シェアハウスのケアー担当者の佐藤さんから、
住人が増えたので、ケアー担当者をもう一人増員し二人体制で、朝9時から夜7時まで常駐しますと言った。

3話:高齢者シェアハウスでの運営会議(201808~09)

 翌週、二人目のケアー担当の佐藤正子さんがやってきた。鈴木和美さんと二人体制で今後、やっていきますので宜しく
と挨拶をした。その後、長野さんが各自、得意分野で教室を開きませんかと言った。具体的に、例えば、月曜の午前10時
からインターネット教室、火曜の午後2時から占い教室、水曜日の午後2時から麻雀教室、木曜の午前10時から
投資教室。金曜の10時からパソコン教室。時間は、1時間と決める。どうですかと、みんなに聞いてみると、
おおきな拍手で承認された。土、日のどちらかで、気が向けば、麻雀大会、持ち寄りの賞品で1~3位の賞品を
用意したりすると楽しみも倍増する。

 吉武さんがケアー担当の佐藤さんに、例えば数人で日帰りとか1泊くらいで小旅行なんか、しても良いのですかと
質問した。佐藤さんが必ず携帯電話を持参し行動してもらえれば自己責任で自由に企画していただいて結構ですと言った。
但し企画が決まり次第、最低7日前には、ケアー係に提出して下さい。もちろん冬山登山とか危険を伴う事はやめて
もらいますがと言った。基本的には、支援、介護の必要のない人ばかりなので、自己責任でご自由に楽しく
過ごしていただくのがモットーですと付け加えた。

 翌週から日程とカリキュラムを張り出して1日1教室を開始した。2週間が過ぎで麻雀の人気が高く、知らない人も
教えての要望が増えてきて、日程関係なく時間のあるとには、麻雀牌を表にし見える様にして、こう入ったら、
こう打つ、こうしたら駄目とか、解説をする様になり、2卓8人で、上手い人達は競技形式で自動麻雀台で楽しんだ。
 知らない人や、初心者には、ベテランさんから、見えるようにした麻雀牌で実際に、ゆっくりと掴んだ牌と
捨てる牌の理由をその都度、教えてもらう様にした。1ヶ月後には多くの人が麻雀ができる様になり8人、
2卓で対戦を楽しむようになった。ただし時間制限を設けて10時から午後3時までの時間で、最大4時間と
決めて楽しむようになった。

 その他では、占いの上手な山田君子さんがタロットや、風水、星座、手相、人相占いで、シェアハウスの住人を
みてあげたりして、喜ばれるようになって言った。また、読書好きで、小説を書いたり、短歌、俳句の得意な
佐藤みどりさんには、多くの人が、いろんな質問をして、重宝がられていた。

 山下圭介さんが無類の珈琲好きで、サイフォンで豆をひいて、珈琲を楽しんでいた。そのたびに、良い香りが
シェアハウス中にただよっていた。そこで住人の中で数人が、珈琲を飲ませて下さいと言いだし6人用の硝子容器
とおおきなサイフォンを買って山下さんに入れてもらうようにお願いした。山下さんは、申し出を快諾して、
毎日入れてくれる様になった。そして各人から、どの様なタイプの珈琲が飲みたいのか聞き出し、それにあった、
珈琲豆を選んで、ネットで買うようにしてくれた。お金を出すというのだが、山下さんがいらないというので、
大きめの貯金箱を用意して一杯いただくごとに最低百円を入れる様にした。

 佐藤広さんは、紅茶のマニアで、毎日、数種類の紅茶を楽しんでいた。紅茶もみんなに好評で、無料で入れて
もらっていたが、珈琲と同じ様に最低百円を出すようにして継続できるようにした。

 その珈琲、紅茶にあう、和菓子、洋菓子、ケーキ、菓子パンを買ってくる様になって、毎日、お茶会が
盛んに行われるようになっていた。

4話:高齢者シェアハウスの増加(2018010)

 木下あゆみさんが昔、喫茶店で働いていた、また佐島米子、山下圭介が料理好きでスポンジケーキの台を買ってきて
生クリームを作りイチゴやキイウイ、オレンジ、ブルーベリーなどをトッピングしてケーキを作ってきて、お茶会が、
さらに、豪華になっていった。もちろん、ケアー担当の方も含め、住人全員で楽しみ、たずねてきた人にも、
お出しする様になった。

 数日後、旅行好きの北山さゆりと山下圭介さんが数人で旅行しないかと言い、近くの駅から日帰りのバス旅を
しようと言い始めた。このプランに、木島恵子、加藤圭、長野仁の4人の参加希望者が出たので翌週火曜日に出かけた。
佐藤みどりは、旅行よりも自分の部屋で本を読んでいたいというので行かなった。 静岡方面で、お寿司食べ放題と、
名所旧跡めぐりと、魚の干物のお土産つきで三千八百円、朝7時Y駅出発で、夜七時に到着予定。
 多くの旅行の記念写真や名所の写真をとってきた様で大喜びで帰ってきた。

 政府肝いりで、五年前から日本版CRCC構想を考えて指定地域を選定して大都市圏から高齢者の地方移住促進
の補助金を投入したが、地方移住が遅々として進まず成功例が出てこなかった。むしろ独居老人問題については
首都圏近郊の高齢者シェアハウスの方が人気となり増えてきた。それにより元気な老人達が、手ごろな価格と言う事も
あってシェアハウスがここ2年で急激に増加してきた。そのため日本版CRCC(老人の地方移住)から近郊の
シェアハウス改築に補助金をつけて、大都市圏の高齢者の郊外への分散を後押しする方針に転換した。

 千葉、埼玉、山梨、栃木、群馬、長野、茨城、静岡の農家などの大きな一軒家を改修して6~12人程度の
シェアハウスをつくった。特に近くに温泉がある地域のシェアハウスが人気で空き家が足りない程になった。

 そのため人気のある近くに温泉のある地域では大きなマンションを各フローごとにシェアハウスにしたり、
大規模アパートを改修して、集会場を新築してアパートに直結させて高齢者シェアハウスが増えはじめた。
 昔のアパート、ローコスト住宅が競い合って、高齢者シェアハウスを建て出した。

 ただ再利用しやすい間取り変更のしやすい木造の建物が多いのが特長だった。老人が多い30年以上前にできた
ニュータウンでもゴーストタウン化を防ぐためボランティアの元気な老人達がNPOを結成して
週に一回くらい集まり、身体の不自由な老人の1週間分の食事を作り冷凍弁当を届けていた。

 ただし支給される年金額が少ない人には無料で支給する事もあった。こうして老人ホームに入所できない
老人達を自分たちで手助けをしていった。こういう工夫により老人ホームに入れない待機老人のが数が減ってきた。

 この様な、老人や貧困家庭に対する食事の差入れサービスが一部の調理師学校や外食産業でも協力してくれる
施設があらわれて福祉の輪が広まっていった。政府も首都圏、大都市圏の介護を必要とする老人増加問題や
貧困家庭に対する成功例に対して多方面から補助金の活用などで全面的に協力するようになってきた。
 この頃には日本版CRCCとか老人の地方移住など小手先の方法は全く見向きもされずに忘れ去られていった。

5話:ブログで老人シェアハウスが話題に(201811)

 加藤圭さんがパソコンでブログを開設しており、この老人シェアハウスの日頃の活動を発信していた。
 多くのテレビ番組や新聞に老人シェアハウスの話題が取り上げられる様になり、加藤圭さんの
老人シェアハウスのブログがテレビ番組に取り上げられて、テレビ局が取材に来た。一日の生活を朝から
午前、午後の趣味の活動を撮影したりシェアハウスの住人に感想などを取材していた。小旅行にも同行して
住人達に、いろんな質問をしていた。住人の皆さんが楽しんで快適な生活を楽しんでいる風景が報道された。

 数日後、大手の建設会社石島光さんと不動産業者の木下冬彦さんが御意見を聞きたいと訪問の約束を事務所に
取ってきたのでブログを書いている加藤圭さんが会う事した。加藤圭さん1人では心許ないので幼なじみの
北山さゆりと、彼女の友人の佐島米子、話し上手な山下圭介とこのシェアハウスのオーナーで応対した。
 当日、朝九時にシェアハウスに来て、挨拶してから一階の広間で応対した。最初に大手不動産の石島光さんが
シェアハウスとしては具体的に首都圏郊外と言っても、どの当たりが良いと考えてますかと質問した。
 加藤圭さんが、都内まで特急で60~90分圏内まででしょうねと答えた。

 具体的にはと言う質問に対して暖かくて混み合ってなくて海が見えて温泉があって大病院がある所、例えば
温暖な南房総、首都圏に近い三浦半島、遠い所では那須、伊豆半島くらいまで、具体的には銚子、高崎、宇都宮
、水戸、甲府などと言った。首都圏でも、横須賀市、水戸市は人口減少で困っている様ですと答えた。
 この答えに対して石島さんは、そこまで広げてくれれば東京、横浜の高齢者が多いと言っても収容可能ですね
と笑った。確かに茨城、栃木、群馬、山梨、南房総、三浦半島で子供達が都心部へ出て空屋や老夫婦だけで
大きな土地と建物に暮らしているケースも多い様だった。調べて、そういう老夫婦に直接当たるのも早いかも
知れませんと言った。

 石島さんが、指定の地域なら大きな土地を確保して、大きなシェアハウスを建てる事は十分可能だと言った。
 次に木下さんが建物は、ここの様に大きな母屋と離れの木造二階建てが良いのですかと聞いてきた。
 学生アパートみたいに小さな部屋とベッドと簡単な洗面所とタンスがあればOKだし木造で壊したり、
改修しやすく、修繕もしやすい簡素な造りで、断熱だけしっかりしてくれれば、多くは望まないと言った。

 もし新築住宅を建てるなら高齢者が亡くなった後、他の用途にも使える様な木造住宅の方が長期にわたり
使えるので望ましいのではと付け加えた。不動産の石島さんも、建築会社の木下さんも、おおよそのニーズは、
わかりましたといい、建築図面と、場所を検討して、モデルのシェアハウスをメールで送りますので、
みなさんで見ていただいて、御意見を添えて、石島と、木下の方に返信して下さいといった。
一時間くらいで、会議は終了した。

 最後に温泉、大病院、生活しやすそうな郊外都市と、そこにシェアハウス、高齢者アパートを作った場合の
見積もりと設計図、予想図をメールで返信してくれれば、ありがたいと加藤圭さんが言い、閉会となった。

6話:郊外シェアハウスの候補地(201904~12)

 2週間後に候補地の場所が不動産会社の石島さんから送られてきた。温泉が近く大病院が多く比較的便利な山梨市、
石和温泉、酒折、塩山(山梨)温泉が近く、大病院が多く、温暖で海が近い、天津小湊、鴨川、勝浦。
 これらが、加藤圭さんが希望を叶えられる地域だろうと伝えてきた。

 その他に首都圏郊外で多くの農家が賃貸アパートを作ったが入居者が少なくて困っているのを逆手に取れば
安く借りられると教えてくれた。アパートの近くに大きな集会場の様な施設を作り、昼間は娯楽、音楽、お茶、
食事を取る場所として使用する方法もあると言った。木造アパート供給過剰による賃貸物件は関東地方の郊外に
かなり多く、そこを狙えば、早期に老人賃貸住宅をシェアハウス風に使うことができる。資金も少なく、
長期に賃貸が可能だと言った。不動産会社の石島さんが、供給過剰のアパートの長期賃貸契約が1番、
手っ取り早く、しかも割安で入居可能と考えていると連絡してきた。

 石島さんが、加藤圭さんに、このアイディアを社内に持ち帰って検討したいのだが良いかと聞いてきたので是非、
実現して下さいと言い了解した。その後、石島さんの不動産会社から、千葉で賃貸アパート6軒、2棟、合計12軒
の15m離れた所に、新たに集会所を新設した老人向けシェアハウスの様な1LDKアパートを集会場を3食付きで
、管理人2人と専用のワゴン車つきで単身で月8万円、夫婦2人で月12万円(国と地方の補助金、月2万円を
抜いた値段)が募集後、数日で入居者が決定したと連絡があった。

 翌週、加藤圭さんの老人シェアハウスを不動産屋の石島さんと同じ会社の人2人が、大きな菓子折の袋を持参して
訪ねてきた。石島さんが、以前、取材した時に、有益な情報をもらって1LDKアパートに集会所をつけた、
シェアハウス様の施設を探し募集をかけたところ好評で、すぐに入居者が決まった様で、シェアハウスの北山さん、
佐島さん、山下さん、加藤さんに、お礼のお土産を渡した。

 石島さんは、この他に首都圏で15~20ケ所、候補地があるので設備を整備して早急に募集をかけてみると
意気込んでいた。山下さんと加藤さんのブログに広告宣伝を入れて下さいと言い宣伝料金は支払いますからと言った。
入居状況は石島さんの会社のホームページに載せますから進捗状況を見ていて下さいと言って帰って行った。

 翌月、千葉、埼玉、山梨、茨城、群馬、神奈川、栃木、東京多摩で、合計15件の1LDKから2DKのアパート
を使い、老人向けシェア様の施設の募集をかけていた価格は月8万円から12万円だった。募集の翌月には全部、
埋まっていた。その後、石島さんから、山下さんと加藤さんのホームページの広告宣伝料金として月1万円で最初
の2年間は最低、継続して支払いますと言った。

 その連絡後、数週間後に再度、石島さんが会社の部下3人と、また土産を持参してやってきた。その時に温泉が
近く大病院が多く比較的便利な山梨市、石和温泉、酒折、塩山と温泉が近く大病院が多く温暖で海が近い天津小湊
、鴨川、勝浦について調査中だが改修できそうな母屋と離れのある大きな農家は少なく、時間がかかりそうだと言った。

 新築を建てるには費用がかかりリスクが大きすぎて手をつけられないと言った。だから空きアパートの多い家主さん
をもっと人数をかけて調査し交渉し説得し老人シェアハウス風の施設を増やしていく事に専念していくと言った。
 やはりコストパが一番重要だと言い、全部で月10万円なら入居希望者が非常に多く非常に有望だと話した。
 古アパート改築なら十分、その値段で老人シェアハウス風の施設を作っていけると言った。

7話:富士山が近く、温泉地区のシェアハウス体験宿泊1(201904~12)

 中古の大きな農家を改修して母屋と離れの老人シェアハウスが山梨県にできたと連絡があった。温泉も近く果物も
取れて花のきれいな所で桃源郷みたいな素敵な豪農の空き家のシェアハウスだと言った。
 それを老人シェアハウスにする場合、改修費の分として入居金をいただくことになり簡易間仕切りの部屋ですが
家賃は月8~10万円(食事なし)で提供する事にしたと言い、そこに招待して3泊4日、実際に宿泊してもらい、
ご意見をいただきたいと言われた。旅費、宿泊費、無料でコメント料金として、それぞれ3万円支払うと言った。
4人の予定を話し合い来月、体験宿泊する事にした。

 そこは特急で八王子から約1時間、新宿から1時間半、駅から車で15分、母屋に7人、離れが2人づつ2軒で
4四人合計11人の大きな家だった。母屋に7人を16畳の部屋3つを2つに間仕切り6人8畳に1人が宿泊できる
ようにしてあった。台所を改修して広い土間を全部、板の間にして、リビング、ダイニングになっていた。
 食事は、パートの女性に依頼して男性管理人1人で考えてると言った。北山さん、佐島さん、山下さん、加藤さん
をのせたワゴンが豪農の家の庭に着いた。いわゆる典型的な農家で大きな家だ。畳を全部、フローリングに替えて、
各部屋には、ベッドと机と椅子があり、リビング、ダイニングも、新しいフローリングで古さは感じなかった。
 大きいユニットバスとトイレが3つ。台所は、冷蔵庫、電子レンジ、圧力釜、IHコンロ、食器洗い機などが、
食器、その他が、そろっていた。全室を案内してもらい、使い方も説明してくれた。

 明日、明後日の3食、パートのおばさんがつくりに来てくれるとの話。その後バンタイプの車を一台、置いて
行くと不動産屋さんが言い、自由に買い物や温泉、観光して、楽しんでと言った。
 その晩の晩餐のために、ビールとワインとジュース、お茶とつまみ、サンドイッチ、おにぎり、などを差し入れて
くれた。業者が帰った後、早速、2つのお風呂をわかして入浴後、4人でダイニングキッチンの食卓に食品を広げ、
歓談しながら、ビール、ジュース、お茶で乾杯し、ゆっくりと食事をした。

 1人づつ、自分の部屋に戻ってベッドに入った。翌朝、8時に朝食につくりに来ると言ったが、老人は朝が早いので
、勝手に、お湯を沸かして、持参したコーヒー、お茶と飲みながら昨晩、食べきれなかった、おにぎり、サンドイッチ
を食べた。佐島さんが、朝食つくりはいらないねと言った。夕食くらい作ってもらえれば十分かもしれないと言った。
 その意見には、全員、賛成した。山下さん、加藤さんがインターネットは、使えるようにしないとだめだと言った。

 8時に朝食担当の伊藤さんがきて挨拶して食パンと炊き立てのご飯と味噌汁、サラダ、持ってきたといい
ベーコンエッグか目玉焼きを食べてもらおうと思ったと言った。そこで明日は来なくてもいいよと言った。
 伊藤さんをいれてコーヒー飲みながら5人で歓談し帰っていただいた。

 持参した食料は、ありがたくいただいた。朝食後、不動産会社に電話して食事は夕食つくりのパートさんだけ
で良いと連絡した。その後、車で近くのスーパーマーケットに立ち寄り食パンやお菓子などを各自がの欲しい
ものを購入した。品数も多く、新鮮な野菜、魚、肉などが売られていた。
 近所の名所巡りをし昼食は近くのレストランでとり温泉施設にし立ち寄った。温泉料金は安いが、地元の人の
利用料は、更に安く一般の人の半額だった。

8話:富士山が近く、温泉地区のシェアハウス体験宿泊2 (201904~12))

 夕方、5時に老人シェアハウスに戻り、6時過ぎに夕食を作るためにパートの木谷さんが来てくれた。今晩は、
山梨名物のほうとうを作るというのであらかじめ切ってきた野菜とカボチャを鍋に入れて、数分後、良い
においがしてきて、ほうとうの完成。それをお椀に入れて、ご馳走してくれた。それに漬け物、残った鍋に卵を
散らして雑炊にして食べた。その後、風呂から上がり今日のドライブの話などをして10時過ぎに就寝した。

 翌日は自分たちで湯を沸かし珈琲、紅茶、お茶をいれてトーストにバター、ジャムをつけて食べるたり、
昨晩の残りの雑炊を食べたり、買ってきた菓子パンを食べたり、それぞれ、自由な朝食を楽しんだ。

 今日は電車で、この近所の都会である甲府に出かける事にした。駅前は、近代的な町並みでデパートがあり、
生活するには十分な設備。その後タクシーで山梨県立中央病院を見学し湯村温泉に立ち寄り温泉につかり休息した。
 甲州、山梨は冬の山もきれいで、春になり桃の花が一面に咲き誇り、暑くなってくると葡萄の季節を迎え、
夏になれば、車で一時間位で富士五湖で納涼を楽しめ、誠に風光明媚な場所と言える。
 夕方に、また、老人シェアハウスにもどり6時過ぎに、木谷さんが来て、漬物と味噌汁とお煮しめ、メンチカツを
用意してくれた。夕食後、木谷さんに、お礼を言った。

 その後、今回の山梨のシェアハウスについて北山さん、佐島さん、山下さん、加藤さんで話し合いをした。
 まず、インターネット使えるようにして欲しいと山下さんが開口一番に言った。つづいて、佐島さんが食事の
まかないは、夕食だけで十分であり、料理好きな人がいれば、まかないさんなしでもやっていけるのではないか
と話した。もし来てもらえるなら、まかないさんよりも、朝十時位に手伝いに来て掃除、洗濯、料理を
お願いすれば、それだけで十分だと言った。山下さんが話し上手なので、この話を明日の不動産屋さんとの
話し合いで発表してもらうと言う事で、会議は終了して、床に就いた。

 翌朝は朝食後、部屋の掃除と食器かたづけを終え、点検して不動産屋さんを待った。朝10時過ぎに不動産会社
の石島さんと社員2名がやってきた。そこで、昨晩の話し合いの結果を話し始めた。まずインターネットは使える
ようにして欲しい事、宿直の男性が料理、洗濯、掃除がある程度できれば、まかないさんもいらないと伝えた。
 石島さんがまかないさんが不要なら、家賃を下げる事ができるかもしれないと言った。不動産屋さんたちが元気な
お年寄りなら、お手伝いは、それほ程いらないんだと感心していた。その他、問題点はないかと、質問してきた。
 そこで佐島さんが地元の同年代の方に気軽に遊びに来てほしいと言った。地元との交流を持った方が、生活し
易くなり、多くの有益な情報ももらえると思うので、なんとかしてもらえればありがたいと言った。
 話した事を不動産屋さんが録音しメモを取っていた。昼前に、ワゴン車で、駅まで送っていただき、
元の都会の老人シェアハウスに帰っていった。特急を使い、一時間半で到着した。

 翌週、不動産会社の石島さんが、訪ねてきて、北山さん、佐島さん、山下さん、加藤さんに、アンケート用紙
を持参し書き込んで郵送してと言いアンケートを受理した時に調査料を支払うと言った。
 それから今後、数件、皆さんのペースで結構ですから、新しく作る老人シェアハウスの調査に協力して
ほしいと言った。山下さんが、今回の体験は面白かったので、できるだけ協力しましょうと言った。

9話:南房総のシェアハウス体験宿泊1(201904~12)

 翌月も、石島さんが訪ねてきてアンケート調査の記載のお礼と謝礼金を3万円づつを持参し、北山さん、佐島さん
、山下さん、加藤さんに渡した。できたら今月末か来月に南房総に作ったシェアハウスを見て欲しいと言ってきた。
条件は前回通りで、滞在は2泊以上で、お願いしたいと言うのだ。それに対して、4人から反対はなかった。
 日程は、みんなで調整して、石島さんに連絡すると言った。

 南房総の物件は東京駅から特急で90分、冬温暖で海が好きな人にとっては絶好の場所。有名な亀田総合病院
まで車で15分位。東京駅から高速バスで亀田病院、鴨川駅行きが出ており所要時間は90分程。
 翌月、佐島米子は、また北山さん山下さん加藤さんと連れ立って体験宿泊する事にした。東京駅から昼の特急バス
に乗り東京湾アクアラインからの海の景色を眺めながら、房総半島を横断して鴨川駅に到着した。駅前に不動産会社
の石島さんと社員2名がワゴン車と乗用車で待っていた。佐島ら四人は、ワゴン車に乗り込んで老人シェアハウス
まで15分で到着。大きな農家で母屋に5人、離れに2人用1室12万円と単身用2室8万円の9人が暮らせるタイプ。
 石島さんが、インターネットを使える様にしておきましたと言った。

 今回も2泊3日の体験宿泊。まず各部屋のチェックをはじめた、大きな農家で築年数は50年以上たっているが
、梁も、天井もしっかりしていたが、農家独特の臭いが、ちょっと気になった。離れの2人部屋は、納屋を改装した
様だった。単身部屋も物置を改装した様だ。暮らすには、母屋の方がよさそうに思えた。近くのスーパーまで車で
10分、道の駅まで15分、海まで10分の立地で、不動産屋さんが塩害も気にしなくて良いと言っていた。
 家庭菜園する位の畑も近くにあり野菜、花を育てられる。観光地、海水浴場、亀田総合病院へも車で15分位。

 まかないさんは一日一回、夕食の前に来るだけだと教えてくれた。既にこの日は、食料品とビールを飲み物を
用意しており、まかないさんは来ない。不動産屋さんが帰った後、風呂に入り、その後4人で、ビールやお茶を
飲みながら歓談した。ここは、冬も温暖で、暮らしやすそうだと山下さんが言った。北山さんが、亀田総合病院が
近いのは、何かあった時でも安心ですねと笑いながらい話していた。
 佐島が田舎は家が広々して開放感があって良いと言った。加藤さんは海が好きなので釣りにいったり、海水浴も
でき楽しみだと言い、近くに温泉施設があるので、それもポイントが高いねと笑った。

 明日は、スーパー、亀田総合病院、海を見に行き、道の駅で昼食をとり、温泉施設に寄って帰ってきましょうと
言った。その後、早めに床についた。翌朝、家の庭に出てみると、気温が高めなせいか、夏の朝の様な、清々しい
気分で爽快だった。朝食は、昨晩の残り物と、味噌汁をつくりすませた。珈琲、お茶を飲みながらゆっくりして
10時前に不動産屋さんが置いていってくれた車で買い出しに行った。スーパーはイオン、ベイシアなど
大手も出店していて品数も多く全く不自由しないので安心。
 道の駅まで遠いので、近くの八百屋で魚料理の旨い店を聞き出して、昼食をいただいた。海鮮丼、アジフライ、
刺身定食など新鮮で抜群においしかった。ただ、温泉施設は、割高な気がした。

 夕方5時ころ老人シェアハウスに帰った。少しして、まかない担当の佐藤清美さんが来て、自宅で、
魚を焼いてきてくれた。台所で、味噌汁をつくってくれ、漬物とともに食卓に上がった。海辺の地域で
魚は新鮮でうまかった。漬物は、それほど塩辛くなくて食べやすかった。

10話:南房総のシェアハウス体験宿泊2(201904~12)

 食後、佐藤さんに、この周辺で格安の立ち寄り温泉はないか聞いたところ、山懐にある今日行ってきた温泉位で
、他は温泉旅館とか温泉ホテルしかないと教えてくれた。買ってきたビールなどを飲んだりして早めに床に就いた。
 明日は亀田総合病院の見学と鴨川シーワールド、月の砂漠で有名な御宿海岸に行く事にした。

 翌朝は、昨晩の残りと、買ってきたトーストと珈琲、紅茶、お茶で朝食をとった。食後ゆっくりして十時前に
出発、亀田総合病院へ、車で十分、大きく、近代的な総合病院だった。中に入ると、近代的な作りで、
まるでホテルの様な洗練された感じで好感が持てる病院だった。外来も混んでいる様子でもなかった。
 11時過ぎにクリニックの最上階にあるカフェテリアKai(カイ)で早めの昼食をとった。
 窓から見える景色は、遠くまで見えて、つい長居をしてしまいそうになる程、海の景色がすばらしかった。

 鴨川シーワールドは、亀田総合病院の目と鼻の先にあるので、場所を確認後、昼過ぎに、御宿海岸の月の砂漠
の像がある海岸へ出かけた。途中で御宿天然温泉元湯の看板が見えたので、帰りに寄る事にした。月の砂漠の
海岸まで車で三十分程度で着いた。海岸線を散歩して月の砂漠記念館も見て回わり御宿天然温泉元湯に立ち寄った。
 入浴料が八百円と、やはり高い。温泉の泉質も鉱泉を沸かしたもので、それ程のものではなかった。
それでも、ゆっくり三十分以上、湯につかった。

 午後三時過ぎたので、老人シェアハウスに戻った。御宿のはマンションが多く立ち並ぶエリアだった。帰りは
、少し、道路が混雑していて、四時に老人シェアハウスに到着し少しして佐藤さんが来られ今日は鶏のから揚げと
とんかつを持参してくれた。好きな方を食べてくださいと言うので、まず、ビールを飲みながら男性たちが、
唐揚げをつまんだ。他の人たちも、ゆっくり食事を開始した。

 佐藤さんに質問した。雪が降る事はあるのですかと言いう質問に彼女は今まで見た事がないと言った。
 風は強いが暖かいので、いろんなお花が咲いており、冬の観光客も多いと言った。夏場の暑さを聞くと、
それは暑いけれど海からの風があって朝晩は涼しく昼間エアコンつけるが、それ以外は窓を開けてますと答えた。

 佐島さんが、単刀直入に困っている事は何ですかと聞くと、そーね、田舎でデパートや都心の様な繁華街がなく、
素敵な高級レストランがない事かな、まー仕方ないからあきらめてますがと言った。たまに、東京へ行くことは
あるのですかと聞く、たまに平日、東京駅行きの高速バスで出かけ、銀座をぶらつくのを楽しみますと言った。
 片道九十分で行けるから楽に日帰りできるそうだ。

 佐藤さんに四人でお礼を言い見送った。その晩も、早めに床に就いた。明朝、朝食をゆっくりとり9時過ぎに
不動産会社の石島さんと会社の人二人でが訪ねてきた。石島さんが南房総、良い所でしょうと言った。
 北山さんが欠点は格安温泉がない事位で、その他は問題ありませんと言った。特に亀田総合病院が近いのが
特に気に入ったと言った。

 今回は時間がなく、できなかったが海釣りを是非やってみたいと言った。防波堤からでも釣れますが、釣り船で
釣ると大物がかかるそうですと、笑いながら石島さんが言った。サーフィンもできますよと続けると、サーフィン
で腰が痛くなったら亀田総合病院で診てもらえばいいんですねと言うと大きな笑い声が上がった。
 今回の宿泊体験を終えて四人は鴨川から東京へ戻った。

11話:高崎のアパート形式の老人シェアハウス体験宿泊1(202003~07)

 翌週、不動産会社の石島さんが、老人マンションを訪ねてきて、体験宿泊のお礼と、アンケート用紙を持参した。
前と同じ様に支払いの書類を各自に渡した。その後、石島さんが真面目な話、冬温暖な南房総と観光地が多く、
温泉の多い甲府周辺に、我が社では注目していると話して農家の家とか空きの多いアパートなどを訪問して
営業活動をしていると話した。特に、アパートのサブリース問題、つまり長期間の家賃保証制度で、トラブルが
起きている事例が多い地域に、目をつけていますと言った。関東郊外のアパートの空き物件の多いエリアを回って
、老人シェアハウスの長期契約の話をして、一部の地域では契約が進んでいる様だ。

 アパート形式の老人シェアハウスの特徴は、プライベートを大事にしたい方にとっては好評いただいいていると
言った。そのタイプの老人シェアハウスは入居者さんには個々のアパートに住んでもらい近くに集会場みたいな
施設をつくり、そこで、食事、歓談、趣味、音楽を満喫してもらう形式で既に40棟以上、7施設が営業開始
していると言った。メリットは手ごろな値段で利用できる事、あまり人づきあいの苦手な方でも、自分の部屋で
自由に生活できるし、集会場に常駐している。管理人さんが、毎日、見回りくるシステムになっている。
 宇都宮、高崎、水戸の郊外や東京から私鉄で1時間以上の郊外で最寄り駅まで遠い、車がないと不便というのが
難点だと言った。その分、保証金なしで価格は、食事なしで、最低、月に5~7万円からと、食事つきでは月、
8~10万円、一年分、前払いで割引なるそうだ。石島さんが、こういう施設の体験宿泊をして、問題点や
気の付いた意見を聞きたいので、また4人にお願いしたいのですがと話した。

 山下さんが、石島さん、あと何回、体験宿泊をしてもらいたいのと質問すると2回ですと答えた。1か所が
高崎でもう一つは東松山です。山下さんが、反対される方はいませんかと、残りの3人に聞いた。北山さんが
2回で終了ですねと確認できれば了解しますと言った。他に反対はなく翌月と翌々月に体験宿泊する事にした。

 日程は、後日石島さんに伝えると言うことになった。翌週火曜日、高崎のアパート形式のシェアハウスに
体験宿泊と決まった。4人は、前もって、新幹線の切符を送ってもらい、当日は十時の新幹線に乗り11時過ぎ
に高崎で待っていた石島さん達の車で20分、めざすシェアハウスに到着した。
 あたりは田んぼと畑が多く、まさに田園風景だった。近くの集会場の様な大きな家に入り、石島さんたちが
用意してくれた弁当をいただいた。その後、近くのショッピングセンターへ行き、近隣調査を始めた。
 大きなスーパーが数件あり問題なし。バス停までは徒歩15分で本数も少なく、車が必要。
 車で15分の所に温泉施設があった。折角なので湯につかって休む事にした。デラックスな設備ではないが
安い値段で問題はない。帰りにスーパーで食料を買いこんで帰る事にした。

 集会場で、ゆっくりしていると夕飯をつくってくれる木下さんが来られた。
 挨拶後、高崎では小麦生産が盛んで、パスタ料理がちょっとした名物だといいニンニクのきいた、アサリの
ボンゴレをつくりますと言った。ワインも持参したと言うので大喜びをした。少しして、にんにくの良い香りが
鼻をくすぐった。パスタを取り分け始めたので加藤さんがワインをグラスに注ぎ始めた。このボンゴレが、実に旨い
、ワインまでついて、ちょっとしたディナーパーティーとなった。

 食事を終えて、佐島が冬は寒いのですか、また雪は降るんですかと質問した。雪は、あまり降らない。
 朝もマイナス10℃程度までで、特に寒いとい事もないが冬の昼間に空っ風が吹くのがきついかなと言った。

12話:高崎のアパート形式の老人シェアハウス体験宿泊2(202003~07)

 田園地帯特有の事って何ですかというとカエルの合唱が聞こえますが、うるさいと感じるか、風情があると
感じるかは個人差があると言った。秋の初めにトンボが飛び秋にはヒガンバナ(曼珠沙華)が田んぼの周り
一面に咲きほこり、きれいですよと言った。

 この辺の農家の人が副業としてアパート経営を始め、最初は全室満室で儲かったみたいです。
 それを見ていた農家の人が後追いで多くのアパートを建てたため過剰になり、今は空室が目立つ様になり
建設会社の家賃保証問題でトラブルが起きている様ですと言った。高齢者だけの大きな農家の空き家も
目立つ様になっているのが、ちょっと残念ですと言った。

まかないの木下さんが他にご質問はありませんかというと、北山が治安は、どうですかと質問した。
 もちろん高崎も大きな町で、いろんな人がいますから絶対安全という訳にはいきませんが痴漢が
出たとか、運転が特に荒いという事もなく、普通ですと笑いながら言った。

 最後に、木下さんが、高崎は、新潟や長野、富山、金沢への新幹線の中継地で旅行するには便利で、
家族で善光寺言ったり、新潟の寺泊の魚屋へ行ったり、金沢へ行って、楽しんでますと言った。

 夜も遅くなるので木下さんに礼を言い、ご帰宅いただいた。その後、徒歩5分の各自のアパートへ
行き風呂に入って寝る事にした。佐島は一人でのアパート生活に慣れてないせいか、
なかなか寝付けなかった。 翌朝、集会場に集まり昨晩の話をした。北山も寝付かれなかった様だ。

 男性の加藤と山下はワインをかなり飲んだので良く眠れ朝に風呂に入った。もう近所もわかったので
帰りたいと北山が言いだした。朝食後、石島さんが来たので今日の夕方には帰りたいと言うと、
あっさり了解してくれた。アパートはどうでしたかと聞くので女性たちはアパートに一人という生活を
した事がないので不安で、よく眠れなかったと言った。

 そうですか実はアパート形式の老人シェアハウスの利用者は男性が多く女性は少ないと言い、
女性は安全のため同じ屋根の下の生活の方が良いみたいですねと苦笑いをした。
 夕方、新幹線で戻った時間的は今迄の中で一番近い感じだ。

 翌日、石島さんが来てアンケートと提出書類を持参してきた。石島さんがアパート形式の老人シェアハウスは
、あまり豊かでないご老人が多く低価格に魅力を感じて住んでおられる方が多いようです。

 ですから佐島さんたちの様なハイソな生活をされてる方には向かないのかもしれませんねと言った。
 加藤さんが気を使って俺たちは全く気にしないし、格安なら入居しても良いと思った位だと言った。
 それは、自分時間を大切にしたいし、スカイプで友人たちと麻雀したり、おしゃべりしたいので一人
の方が良い場合もかるからねと言った。

 山下さんも男同士で飲んで大の字に寝るのも悪くないし料金が安い最低月5万(食事なし)からといのも
魅力的だねと笑った。石島さんが来月の東松山が最後なんで、宜しくお願いしますと言い帰っていった。

13話:東松山のアパート形式の老人シェアハウス体験宿泊(202003~06)

 いよいよ、最後の体験宿泊のため、東松山へ行く日、池袋に朝9時50分に集合。池袋から10時発の東武東上線・
快速で東松山まで50分。駅に着くと、石島さん達が待っていてくれ、車で、アパート形式の老人シェアハウスに
向かった。駅から離れると、まさに田園風景や分譲住宅の一角を過ぎると田舎の景色になり工場も多い。

 農家の畑をつぶしたと思われる所に大きなの長屋風のアパートが立ち、その近くに古い大きな農家を改装した
家があった。改築した農家に着くと全室、キッチンとダイニングが改装してあった。
テーブルと椅子が置いてある。台所も昔の台所を改修してガスコンロをしつらえて、シンクと食器洗い機、
電気釜など、必要な電気製品が置いてあった。大きな農家なので4~5人は入居できると思うが、畳で広い和室
なので間仕切りもなく内装は多分そのまま。到着して石島さんが、まだ、この母屋をどうやって改修したらよいか
土間を張りにしたが、間仕切りをどうするか思案中で、具体的には、定員を増やして家賃を下がげるか、
余裕ある間取りにするか、現在検討中だと話してくれた。
 外の大きな室のアパートは、築15年で格安、食事なし、月4万円、月6万円(宅配弁当3食付き)と格安で
提供するつもりだと言った。母屋の使い方についても、ご意見をいただきたいと思っていると付け加えた。

 石島さんの差し入れの昼食をいただき、車で近隣調査開始。スーパーマーケットは大きいのが3件あり近くに
割安の温泉施設があったので後で寄ることする。車で十分で高崎線の吹上駅二十分弱で熊谷駅と近い事が分かった。
小川町駅で八高線と合流する。この周辺は、吉見百穴とか森林公園とか公園やゴルフ場が多く自然の多いエリアである。
喫茶店で地図とにらめっこしながら話し合いを終えて、温泉に入る事にした。必要最低限の設備であったが、
手頃な値段で気軽に来られるので好評だった。

 夕方、老人シェアハウスに戻ると、夕飯作り、池田さんが来られ、麻婆豆腐と回鍋肉を持参してくれた。
 驚くほど旨いので、訳を聞くと、彼女の実家が中華料理屋をやっていて、たまに手伝っていると言った。
 食後、東松山の名物を聞くと、まず、何と言っても「焼き鳥」だた焼き鳥と言っても使ってる肉は豚肉の様だ。
 有名店の名前を聞いて、翌日、食べに行くことにした。気候を聞くと、熊谷が近いので夏の暑い事が有名だと言い
、冬も山に近い所はマイナス10℃位になるので朝は寒い様だ。田んぼ、畑が多く、農家の高齢化で耕作放棄地が目立つ
様になったそうだ。この地区の特長は、とにかく公園が多く自然豊でゴルフ場も非常に多い点かだと話してくれた。
その晩は農家の大きな畳部屋2つに4人で寝た。翌朝は昨日購入した、おにぎりやサンドイッチと珈琲紅茶で
朝食を済ませた。

 9時半頃に石島さん達がやってきて感想はどうですかと質問してきた。都心から近い割に、緑が多く、公園が
多くあって良い所ですねと、加藤が答えた。畳の大広間も風情があり、よく寝られましたと北山が言った。
 石島が欠点は夏暑く冬寒いみたいですと言った。少しして石島が、これで体験宿泊は終了しましたが近いうちに
、我が社で今後の老人シェアハウスの営業会議があるので体験宿泊者、入居対象の高齢者としてのお考えを
伺いたいと思いますので参加いただけないでしょうかと言ってきた。

 山下さんが参加しても良いですが、日当は出るんですかと笑いながら言った。もちろん調査費用として
1人3万円づつ、あなた方4人には支払いますと言った。ただ、この日、同年代の方々が見学者として20人
、他に施設運営希望者が10人参加しますので、是非、調査した事は内緒でお願いしますと言った。
 もちろんしゃべりませんよと答えた。他の3人もその条件で了解した。

 日時は、来月の第3、土日の午前10時からで山下さん達4人は、最終日の日曜に出席して下さいと言われた。
 午前中は、山下さん達4人と社内の者だけの会議で一般来場者は午後2時からの全体会議に出席しますと言った。
 なお会場は数カ所のブースを設けてパンフレットを置き質問に答えられるスタッフと常駐させておきますと言った。
 山下さん達4人は、話し合った結果、特にその日、用事がないので出席する事にした。

14話:老人シェアハウスの発表会に出席1(202009)

 石島さんに依頼された、建設会社の会議に向かうため、山下、佐島、北山、加藤の4人は朝8時半に出発し、
会議開始20分前に会場に到着し石島さんに挨拶をした。会議で社内の者から意見を求められるかも知れませんが
、率直に、良い、悪い、わからないといって下さって結構ですと言った。
 会議が始まり、今後、75才以上の単身と夫婦の老人の首都圏の人口が示され、東京、神奈川、埼玉、千葉の
人口比率がに多くなって行く事がわかった。このままでは、首都圏ので介護を受けられない介護難民が増える事が
予想された。そのため、高齢者を地方に移住させる事業(日本版CRCC)が既に数年前から始まったが思った程
の成果が得られなかった。そこで、首都圏内、茨城、栃木、群馬、山梨、静岡を含めて大きな農家を改修した
老人シェアハウスが数年前から増えてきた。農地にできた数多くの節税対策の入居者が少ない小さなアパートを
再利用して作る老人アパートを開発し始めたとの発表があった。フロアーには50人程の社員が詰めかけていた。

 最初に石島さんが体験宿泊した山下さん達、4人と、その他、6人を紹介した。次に議長が、体験者に、御意見を
伺いますので宜しくお願いしますと言った。最初に、老人シェアハウスで、良かった場所と、理由、悪かった場所
とその理由を教えて下さいという、質問が出た。

 議長が、その質問は、どなたに聞きたいのですかと聞くと、できたら全員にと言った。最初に山下さんが我々4人で
話した結果をお話ししますと言い、二重丸(◎)の施設は南房総、山梨のシェアハウスでした。
 理由は温泉、大病院があり買い物便利、自然が良い点。南房総は更に温暖である事ですと言った。
 丸(○)の施設は高崎のシェアハウス、交通の便が良い、大病院、買い物施設がある。マイナス点は、
冬の空っ風と雷、夏の嵐。今一つ良くなかったのは東松山だった。理由は、小さいアパート形式の
シェアハウスで、近くに集会場の施設を作り、娯楽、食事で使うと言う施設。安全の面で心配という女性から
の意見が多く、評判が良くなかった。他のグループの意見もやはり、南房総、山梨のシェアハウスが好評で、
アパート形式は安全面で評価が低かった。ただ料金が低ければアパート形式もメリットあるとか他人に
気を遣わなくて良いのでアパート形式が良いという男性が3人いた。

 続いて営業部のから、現在、取り組んでいるプロジェクトの説明があった。それは、かつて開発され現在、
空き家が多いニュータウン。具体的には、高島平団地、多摩ニュータウン、、鳩山ニュータウン(埼玉)、
五宝つつじヶ丘住宅(千葉県多古町)千葉ニュータウン(千葉)、椿峰ニュータウン(埼玉)、
金沢シーサイドタウン(横浜市金沢区などである。そのエリアで、交通の便良くて、程度の良い、
マンション、アパートを改修し、老人シェアハウスを建てるというものだった。

 昔、夢の格安別荘地と言われた鹿島の大洋村別荘地。そこで我が社が調査した所、大洋村の空き別荘を安く
仕入れてバスを土浦、成田、潮来、水郷まで通せば、年金+アルファで住める住宅を作れるというプロジェクトが
進んでいると話した。海辺まで近く、釣りや、サーフィンなどもでき、朝日、夕陽、夜の星と景色も十分楽しめる。
成田、土浦に大きな病院もあり、現在、詳細に検討中と発表された。

15話:老人シェアハウスの発表会に出席2(202009)

 分科会で、石島さんが、かつてのニュータウンの空き屋を利用した高齢者シェアハウスも検討中だと言い
、大洋村のプランについて山下さんに、どう思いますかと意見を求めた。昔のニュータウンを再生すると
言いますが、老人シェアハウスばかりでは困ります。老人と若い人達のバランスの取れたニュータウン
でなければ入居する気になりません。またスーパーがないと困るし、販売価格が安いと言うだけでは
昔の破綻した大洋村と同じになると言った。山下さんが、ですから、町づくり構想を本気で、不動産会社、
建築業者が、互いに協力して作り上げていかなければ、簡単にできるとは思えませんと言った。
加藤さんが、単なる姥捨て山的な発想では、誰も入居してくれませんと言った。石島さんが、実は私もリスクが
大きすぎる気がして心配だと言った。まだ本格的な建設は始めていない状態で地元の業者と地価や中古別荘の
値段を聞いてる状態であると明かしてくれた。

 山下さんが、昔の経験から成功例を積み上げいった方が間違いないので、その方が良いと思うと言った。
リスクをおかして大きな損害を出したら大変ですからと話した。石島さんが貴重な御意見をありがとうございます。
会社に持ち帰り事業を再度調査し再検討しますと言った。

 北山さんが南房総や山梨で多くの高齢者シェアハウスを作ったら良いと言い、その方が業者にとっても
入居する高齢者にとっても良い事なんじゃないですかと言った。石島さんが、おっしゃる通りかも知れません
入居希望者があっての高齢者シェアハウスですからと言い、貴重な御意見ありがとうございますと言った。
 11時半を過ぎたので、議長が、意見も出尽くした様なので、これにて会議を終了しますと宣言し閉会。

 会社が用意してくれた和食レストランで、社員さんとシェアハウス体験宿泊者が昼食をとった。
 昼食後、山下さんが仲間の3人に折角だから午後の高齢者シェアハウスの展示会を見て帰らないかと提案した。

 あまり遅くならないならいいわよと佐島が言った。午後1時に会場を見学すると盛況でパンフレットもらったり
入居条件を聞いたりする方も見られた。人気の南房総と山梨の高齢者シェアハウスは、近くの自然や、
大病院、観光地、シェアハウスの外部、内部の写真などが展示されていた。

 その中に、あまり裕福そうでない男性の老人がもっと安く提供してくれる施設はないのかと聞いて回っていた。
その人は担当者に雨露がしのげて風呂あり、他に布団があれば十分だと言い、入居希望者少ない不人気物件でも
良いから安くできないと交渉していた。これを見ていた佐島は何か、胸が詰まる思いがして残酷な現実を見たような
嫌な気持ちになった。高齢者シェアハウスとか美辞麗句を並べ立てても、所詮は、姥捨ての場所じゃないかと、
心の中でつぶやくのだった。

 その後、佐島が、皆さん、たまらず、もう帰りましょうと口走った。北山さんも、少し疲れたから、
帰ろうと言ったので全員で会場を後にした。自分たちのシェアハウスに帰り食事をとって早めに床についた。

16話:困窮老人のためのアパートと補助金(202010)

 数日後、石島さんから電話が入り訪問したいと連絡が入った。少しして佐島さんが部屋に入ってきて挨拶し、
山下、加藤、北山、木島さんにご相談があると言うので小さな部屋へ移り話を聞く事にした。
 石島さんが、ある筋から政府や企業、NPOからの補助で、貧困老人のための安いアパートを作りたいので
、具体的に、青写真をつくって提案して欲しいという依頼があった。
 対象となるのは年金の少ない老人又は貧困老人で具体的には3食付き、全部込みで月8万円と言う条件だという。
そこで食事について朝、トースト2枚に目玉焼きとサラダ、昼、スパゲッティとスープ、夕、豚肉と野菜炒め、
スープで原価で3万円に抑えられれば何とか、やれるんだけれど食事は問題ないかと言うのだ。山下さんが大きめの
具材いり、おにぎりと卵焼き、肉、魚とスープでも十分であり、量は多くなくてもよいから大丈夫じゃないのと言った。

 ただ買い物に行くにはどうやって行くかが問題だと言った。郊外でスーパーまで行けなければどうするのかと逆に
質問した。石島は週3回程度ワゴン車で買い物に出かける事は可能だと言った。
 ワゴン車1台と住み込みの管理人さんを常駐させるように考えてると言った。
 それなら問題ないかも知れなと言った。山下さんが、とにかく対象の高齢者に試しに住んでもらって
結論出した方がいいよと助言した。特に、女性は人間関係が大切だから試してみて決めてもらうしかない。
 嫌な人と一緒じゃ近くに住みたくないからねと笑った。石島さんが、わかりましたとお礼を言った。
 政府の方でも首都圏に多い一人暮らしの経済的に困窮している老人問題に本格的に動き出す様だと言い、
これが1つの救いのチャンスになるかも知れないと喜んでいた。

 北山さんが、私たちは石島さんの会社のために協力すると言うよりも利用させていただいて1人暮らしの老人の
ためになる様にと願って協力したんですからねときっぱりと言った。これを聞いて北山さんには一本取られた。
 確かにその通りですよねと石島さんが苦笑いした。数日の後ニュースで茨城県と栃木県、群馬県、千葉県、
埼玉県で給食センターの跡地を利用して有償ボランティアによる食事提供する、老人向けサービスを開始する
と伝えており入居老人10人に男性管理人1人を置きを24時間体制で見守る体制の
格安老人アパートを作ると報道していた。

 これを使って首都圏に住む独居老人の孤独死を防止する為に転居してもらう計画をたてると言った。
 対象のご老人には、近く通知を送り、格安老人アパートが空き次第、入居させようという計画。
 多摩ニュータウンや高島平団地、千葉ニュータウン、都内の貧困独居老人を優先的に入居させる方針が
伝えられた。アパートの改修についても地元の工務店やボランティア大工さんに格安でお願いしたいとニュース
で報道していた。貧困老人が増えており、こういう簡易の貧困老人アパートが多く作られた。
 貧困老人アパートは、多目的に使えるように工夫され、改修しやすく、隣部屋と大きなボルトで
接合されており、1つづつ、分離して、トラックで運べ、他の土地で貧困老人アパートが必要になった時に、
その地域で簡単にアパートの部屋を増やせるように工夫してある。

17話:2025年問題の老人部会の創設(202011)

 高齢者が急増している現状の対策協議会として、政治家、産業界(不動産、建設、医療、銀行)福祉協議会
ができた。これに対し、対象の高齢者が協議会を作ろうという動きが自然発生的に現れ始めた。
 加藤と山下、北山、木島も老人シェアハウスを見てきて自分たちの問題なので積極的に関わっていきたい
と考えていた。

 東京と横浜で財界、銀行、商社、学者のOBたちが母体となる組織をつくりメンバーを募っていた。
 その時、加藤ら4人が老人シェアハウスを見学した事が知られて、加藤と北山が東京老人部会、山下と木島が
横浜部会へ来るように要請があった。その後、彼らが東京と横浜の老人部会にメンバーとして加わる事になった。
 高齢者急増の問題は差し迫っており毎月2回の会合が開かれる様になった。そして加藤達4人は月一回ずつ
会議に参加すると協議会に伝えた。翌月、山下と木島が横浜部会に参加要請があり出かけていった。
 午前10時から対象の高齢者や建設、不動産、葬儀社、銀行、政治家などが全員参加する全体集会が始まった。
最初に政治家から現在の高齢者の人口と病院、葬儀場のアンバランスで危機的状況にあるという状況報告が発表された。

 次に、具体的に「末期老人病院」についてのテーマについて話し合った。いろんな質疑応答があった後、突然、
山下さんに議長から指名で、高齢者として、どの様な施設を望まれますかと聞かれた。
 それに対して、末期老人病院の収容人数の問題もあると思いますが、末期癌病院みたいに暗い雰囲気ではなく
花壇に花が、壁に絵がかけてあり、音楽が流れている、ホスピスの様な方が良いと思いますと答えた。

 続けざまに基準としては、延命治療を必要としない老人で余命3~4週間以内と言う事で良いですかと問われた。
 それについては施設の数と対象者の数で、仕方ないかも知れませんと答えた。更に、場合によっては廃校、病院、
工場の後を改修した古い建物になるかも知れませんが、どう思いますかと言われた。それも現状を考えると仕方ない
かも知れませんが、極力、綺麗に改修してもらいたいと言った。

お隣の木島さんにも、同じ質問ですが、お答えいただきたいのですがどうですかと聞かれた。
木島は女性として綺麗な施設で愛情をもって看取ってもらいたいと言った。
いろいろ厳しい条件がある事は、わかりますが、しかし、この問題は、私たちのせいではなく、
私たちが生まれた戦争中の軍部と政府の「産めよ殖やせよ」の政策の結果、団塊の世代と呼ばれる突出して
人口の多く世代が生まれたわけです。我々は、むしろ、被害者なんですと、毅然と言い切った。
 この発言に会場の団塊の世代の人達から、そうだ、そうだと大きな声と、そうだ被害者なんだぞと大声が聞こえ
、やがて、おおきな拍手となった。

 議長が確かに言われる通りかも知れません。しかし現在の首都圏の状況を考えると、やむを得ないです、
心苦しいのですが、ご理解下さいと言った。木島が最後に、そういう事で、できるだけ綺麗な施設で敬意を払って
、私たちの世代の人達を看取って欲しいものですと涙ながらに訴えた。すると会場が水を打ったように静かになった。

 会場から手が上がり、議長がその人をさして、どうぞと指名した。不動産会社に勤務している石島と申します。
今の話を聞いて、我々、不動産、建設、に携わっている人間は、きちんと、ご要望に答える様な立派な仕事を
したいと言い、多分この会場の関係者もそう思ったことでしょうと言った。その時、会場からおおきな拍手と、
そうだ頑張っていこうと声が飛んだ。議長が、これで総会は終了します
と言い、この後、病院の設計や、葬儀場の事などを分科会で話し合って下さいと言った。

 終了後、木島と山下さんと不動産会社の石島さんが食事行こうと近くのレストランに入った。そこで石島さんが
木島さん、すごいね、説得力がある御意見でビックリしました、いや感動しましたと言った。説得力があって
素晴らしい。確かに団塊の世代の人は、その時代の政治のせいで、大勢生まれたのは確かです。

 今年の冬は、厳しい寒さもあって、亡くなる老人が多くて首都圏では、葬儀場が足りなくて、他県に援助を求めて
車で一時間以上もかけて葬儀場へ運ぶケースも珍しくはない。そこで東京都、横浜市などは、多くの葬儀業者、
建設業者、不動産会社と協力して山間の土地に大きな末期老人病院と葬儀場を作る事にした。
 その後、末期老人病院は、余命4週間以内と考えられる人の看取りを目的にした、介護と緩和ケアのための病院
であり医師と看護師の数は少なく介護士と多くのボランティア補助員によって成り立つ施設となった。

18話:大洋の村(鉾田市)の再開発について1。(202104)

 翌週、不動産会社の石島さんから以前、話した、昔の大洋村の再開発について直接、話が聞きたいと、
山下さんの所に電話が入り火曜日に、話を聞くことになった。石島さんが言うには、今まで建てた、
山梨、南房総、他の老人シェアハウスと老人用アパート近くに集会所を造った施設が好評であり、
この際、同業他社を出し抜いて、この領域でトップになりたいと言い、ついては、大洋村に多くの施設を
建てたいので、早急に図面を書いて、建ててしまえと言う雰囲気になっていると言う。
 それを聞いた山下圭介、加藤圭、北山さゆり、佐島米子たちは、確かに、建てても入居者が集まらないと、
負の不動産になるからねと、冗談半分に笑った。すると、いつも温厚な石島さんが、笑い事じゃないんですよ、
どうしたら良いか本当に、困っているんですと言った。

山下さんが、しかし行ったことも見た事もないのでわからないよと言い返した。既に、一区画は作ったので
4人で体験宿泊して意見を聞かせて欲しいと、頭を下げた。 わかりました、何日、宿泊するんですかというと
、最低2泊、お願いしたいと言った。アンケート用紙を見ると、病院への距離、雰囲気、最寄り駅までの距離
、時間、スーパー、郵便局、温泉、娯楽、良い点、問題点。作るとしたらアパート形式か、シェアハウス形式と
書いてあった。山下が仲間3人と話して、来週の火曜日ならOKと言う事で、朝8時に迎えに来る事に決まった。

 当日は、小雨後、曇りだった。高速道路を通り約2時間半でついた。山下が旧大洋の里・別荘地はと言うと、
国道51号線から防風林の中に点在してますが、ほとんど廃墟で見に行かない方がいいと言った。
是非見たいというので細い道を海辺に向かうと小さな別荘が朽ち果てて荒れ放題で廃墟が多く不気味さを感じた。
 目の前が、すぐ海という口コミで、実際にそうですが風は強いわ、塩害はひどく、かつて、この地区は建築制限
がほとんどなかったので数十万円で掘っ立て小屋を作り、安い別荘作ったんだそうです。建築を知っている人なら
家を作る地域ではない事は、すぐわかる。値段の安さだけで完売したそうです。

 しかし逃げ足も速く、数年後には購入した人の中古別荘販売広告が多数出ていて大きな問題となった。
 茨城県が販売業者に立ち入り検査に入ったが、元々、県が、この地区に建築制限をほとんどつけなかったので
、業者が、無価値の土地を安く切り売りして家を建てたのだ。つまり責任者がいないのである。
 単に、不良品を売ったのと同じ事。ただ、その商品が別荘と言うだけです。
海岸近くで、車を降りて歩いてみると数が強くて散歩なんてできる所ではない。
(防風林の中に別荘が建ってる感じ)

 この海が、外海で荒れて大きな船も座礁したり転覆したりしたそうです。いくら別荘と言っても防風林の中に
家を建てるなんて、信じられない事だ、と石島さんが言った。それで石島さんは気が進まないんですねと、
山下は言った。石島は商売とは言え、こんな所に悪い物件を建てて売るなんて信じられないとつぶやいた。

19話:大洋の村(鉾田市)の再開発について2(202104)

 山下さんが所で私たちが利用するシェアハウスは、どこですかと言うと海からは遠くなるが、車で7分の
所だと言い、そこへ向かった。広い国道51号線の水戸方面に向かって左脇の木で囲まれた、大きな農家を
中心に左右に、別棟が1棟ずつ、逆コの字型にならんだ、家が3軒。その家を改修して部屋が12部屋あり
土間をフローリングにして集会場みたいにしてある、大型のシェアハウスで15~16人は住めると言った。

近くの大きな病院は、車で45分の国立霞ヶ浦、1時間の東京医大(阿見町)病院か、1時間の成田赤十字病院、
1時間半で筑波大学病院と遠く、近くに大きな病院はない。山下は、ずばり、難しいという見立てなんですねと
石島さんに聞いた。石島さんは力なくこっくりと頷いた。
 しかし体験宿泊と言う事なってるので霞ヶ浦の景色を見たりしていって下さいと言った。

 山下は笑いながら石島さん中間管理職の苦しみよくわかりますよと、やさしく言うと、わかってくれますか
と安堵のため息をついた。山下さんが石島さんのために協力しますかと、言うと、加藤圭、北山さゆり、
佐島米子たちも、そうしましょうと言い、持参してきた昼食を一緒に食べた。その後、車一台を残して
石島さん達三人は帰った。一番近いスーパー「カスミ」とコメリが2軒で車で10分。

 夕方に賄いの清水八重子さんが来てくれた。今晩はカキフライにしたいのです、食べられない人はいますかと聞くと
全員が大丈夫ですと言った。食べられない人のために、薄切りの豚肉でとんかつ二枚あげておきますと言った。
 なすの味噌汁とレンコンの煮付け、かきフライ、とんかつでお腹いっぱい食べた。その後、地元に住む、清水さんに
、質問させてもらった。まず名物を聞くと、行方:茨城南部の地名(なめがた)のさつまいも「紅はるか」、
乾燥芋、レンコン、茨城県は農産物の宝庫で米、ナス、ピーマン、ネギ、白菜、キャベツ等々が有名。
 霞ヶ浦のワカサギ、利根川のテナガエビと非常に多いそうだ。

 おすすめのドライブコースを聞くと国道51号線を北上して大洗、那珂湊、国営ひたち海浜公園と西方面、北浦と
霞ヶ浦に架かる大橋を渡って霞ヶ浦を抜けて、土浦を経由して、つくば学園都市、北上して筑波山と行った所、
南に下がれば鹿島、潮来経由で西方面に成田、東方面には銚子、犬吠埼などが名所が多く楽しめると言った。
 気候を聞くと海からの風が強く、海水浴は厳しい。暑さ寒さも普通。塩害と風の強いのが難点。
雪は、まず滅多に降らないと言っていた。良い所は何と言っても、霞ヶ浦の景色、さつまいも、レンコン
、物価も農産物が特に安いと話してくれた。清水さんが帰宅後、入浴し、各自、早めに床についた。 

20話:大洋の村(鉾田市)の再開発について3(202104)

 翌朝、山下が珈琲をいれてくれ、その良い香りで、皆、起きて、朝食をとった。
山下が今日は、水戸方面に北上か、西に向かい霞ヶ浦、土浦、つくば、又は、南下して、成田か銚子方面、
どれが良いと聞くと、女性達が那珂湊へ行き、魚を食べ買い物もしたい言うので決まった。

 朝9時半に51号線を北上、一車線だが空いていて一時間強で那珂湊に到着。まだ早いので、ひたちなか海浜公園
に向かった。広い公園にスイセン、ハナモモ、チューリップが綺麗。10時半に入館して、植物を見て回った。
 その後、那珂湊お魚市場へ行き、寿司屋に入り、丼を頼んでゆっくりと味わった。旨いのは、もちろん、
色鮮やかな、魚が豪快に丼に盛りつけてあった。食後に大洗のめんたいパークに行きたいと言うの向かった。
 そこは、有名な明太子・かねふく・めいたいこの製造工場だった。ゆっくりと一時間かけて工場、施設の
見学をした。フードコーナーでも、めんたい・にぎりや、明太ソフトクリームを楽しんで2時に出た。
 その後、北山がせっかく水戸の近くに来たのだから水戸の偕楽園と見学して納豆も買って行こうと言う事
になった。偕楽園を少し歩き、近くの「徳川ミュージアム」も見学した。結構、歩いたので車で寝る人もいた。

 3時に水戸を後にして帰路につき、4時過ぎ鉾田の老人シェアハウスに着いた。また、賄いの清水さんが来られて
焼き魚の夕食を作ってくれた。夕食後の雑談で、今日、大洗、水戸へ観光に行ってきたことを話した。
 すると、清水さんが、ここらは、昔、都会というと水戸で、買い物や、デパートの食堂を楽しみにしていたと
話してくれた。大洗の魚市場は、近所の人が行く時に、良く買い物を頼んでものだと言った。
 時間的には土浦と水戸、同じ位かも知れないと言った。

 千葉の方に行く事は滅多にないそうだ。ここも過疎化がひどくて大きな農家の跡取りが都会に出て帰って
こなくて、空き屋が増えている。農家ではシェアハウスにしてもらった方が家が長持ちするし土地の持ち主も売らずに、
貸す事によって年金みたいに収入になるのはありがたいと思っている様だ。清水さんにお礼を言い別れて入浴後、就寝。

 翌日、10時頃、石島さん達がやってきた。石島さんが、開口一番、どうでしたかというので、山下さんが、
スーパー1軒、大きな病院まで車で1時間、天然温泉なしで正直言って、不便という感じだと答えた。
そうですか、やっぱりと石島さんが言うと、佐島さんが家が広くて良い、また大きな国道にも面してる大きな農家
のシェアハウスは住み心地、悪くないですよと言った。

 石島さんが、こう言う大きめの農家の空き屋が、まだ、ありそうなんですが話を進めても問題ないという事ですかと
聞き返すと、ここの土地の不便さは、ありますが、こんなに大きな農家と離れを持ち、防風林まである、
こんな家は全国的にも少ないじゃないですかと言った。
 シェアハウスとして、広く、明るい日射しが入り、庭が広く、日常生活するには、むしろ良い方かも知れない
と言った。これには他の3人も住みやすさはあるかもしれないと賛同してくれた。石島が面(地域)として考える
のではなく点(家)としてシェアハウスを見る事ができるとい言うことですかと聞き返した。佐島がそうですと答えた
 確かに、老人が車で買い物で多く出かける事は少なく、家の中にいる時間の方が長い。その点で住み易さの方が
重要だと言う事ですねと聞き返した。山下さんがそう言う事じゃないですかねと言った。そうか逆転の発想か、
実は、そう言う意味では、このエリアには、この様な物件が多そうなのですと言った。

 改修して賃貸で貸したいと言うオーナーが多いと言うのだ。大洋の村の悪いイメージでなく鉾田市と言う事で
大きな道沿いの大きな家と離れのあるシェアハウスとして、開発していく決心がついたと、ちょっと上気した笑顔で
石島さんが言った。ありがとう、みなさん、これで、会社にも、良い報告ができると、握手する程、喜んでくれた。
 マイクロバスで、山下さん達4人を送ってくれた。帰って加藤さんが、今までの体験宿泊した中でも、
最も役に立ったようだねと、喜びながら話していた。

21話:老人SHの新しい考え方での取り組み(202110)

 数日後、不動産会社の石島さんが老人シェアハウスに体験宿泊のお礼に来た。石島さんが以前から、会社の方から
土地の安い所、温暖な所、温泉のある所、大病院やスーパーが多い所、空地の多い所とかエリアを決めてから、
そのエリアでどうするかとい言う視点にばかりとらわれていて肝心なシェアハウスの中の広さ、
快適性がその次になっていたと言った。先日、佐島さん、ここのシェアハウス住み心地が良くて快適です。
 一番、多くの時間を過ごすのは家、部屋の中ですから、そこが快適なのが一番良いと言ってくれた事で目が
覚めましたと言った。今後、住み心地で最優先のシェアハウスを作っていきますと言ってくれた。
 そう言う観点で見ると大きな国道に近くて敷地の大きな農家や離れのある家を中心に関東全体を調査し
直してみる事にしたと言った。もう何回も体験宿泊してもらい助かりました。

 今後はシェアハウスの写真や動画で見てもらい家の周辺はグーグルマップで見てもらい、アドバイスをもらう様
にしたいと言った。山下さんや佐島さんも、その方が楽で時間を取られなくて好都合。また地元の住人など、
もっと多くの方の意見も聞けるので、その方が良いと話した。
 石島さんがグールグマップやYOUTUBEで現地に行かなくても希望にかなう大きな農家や古家、空家の
場所や周りの様子もわかる。これを社内で詳しく見てからターゲットになりそうなエリアを実際に車で走ってみて
写真を撮ったり住んでる方や、地元の方から情報収集して候補地を絞り、家主さんと改修工事費用と賃貸契約の
話を進めて行く様にしていくと語った。急がず一軒ずつ地道に老人シェアハウスを作り入居者を集めて、
それが終了してから次の物件を当たる様にしていくようだ。

 遂に、このシェアハウスの建設に関して、昨年から石島さんの会社がリーディングカンパニーになったらしい。
 その仕事が社内で評価され石島さんが課長から副部長に昇進した様で破顔一笑だった。石島さんが2019年
から国が所有不明の土地10年利用権、所有者が現れない限り利用権を延長できる制度を創設を国会に提出した
様だと言い、これで一層、シェアハウスの競争が激化すると言った。所有不明の土地10年利用権を全国的に
調査したが、多くある事が判明して我が社で積極的に利用していく事が決まったと言った。

 石島さんから山下さんに電話があり、翌週、相談にのって欲しいと言われた。相談事というのはシェアハウス
の別荘版構想についてと言った。火曜日に石島さんが訪ねてきて我が社に登録しているシェアハウス会員が
自由に避暑、避寒に使えるシステムを考えたと言うのだ。北は北海道、釧路、旭川、札幌、函館、南は沖縄、
石垣島、久米島、温泉地、スキー場、海辺の町、離島などバラエティーに富んだ場所につくる。

 全国のシェアハウスにはマイクロバスがあり希望者者があれば観光してくれ各シェアハウスには男性管理人がおり
賄いさんが夕食造りに来てくれるだけでなく買い物の代行もしてくれるシステム。各施設に、カードゲーム、
大型テレビ、ステレオ、インターネットパソコン3台を設置。全国シェアハウスの予約や格安の飛行機便、
特急列車、高速バスの手配もしてくれる。シェアハウス入会時に使える施設の数と宿泊数によってプレミア会員
として登録すれば全国の施設を個人で移動できるという便利なシステムだと言った。

 期間は一週間単位で今年の冬から営業開始する施設も出てきたので冬場に沖縄と石垣島の体験宿泊をして欲しい、
その体験談を宣伝で利用させてもらう条件で宣伝料も支払うと言う条件。山下、加藤、佐島、北山さんが
利用させてもらいますと言った。詳細は、後日、山下さんにメールしますと石島さんが言った。

 翌年、2022年1月28日に羽田から那覇へ、そこから車で30分の糸満シェアハウスに一泊、石垣島へ飛んで
、船で石垣島シェアハウスで一泊し、帰りは、船で石垣島へ、そこから、飛行機で羽田へ戻る日程が決まった。

22話:沖縄シェアハウス体験宿泊1(202112)

 2021年12月22日に山下、加藤、佐島、北山さん達が朝、羽田空港へ向かった。昼過ぎに那覇空港に
到着した。出迎えたのは石島さんの会社の鈴木さん達2人がワゴン車で迎えに来てくれていた。車で20分、
糸満の海が見える現地の家を改装したシェアハウスに着いた。大きな平屋に後から建てた平屋の離れがあった。
母屋に4人離れに2人の6人用のシェアハウス。ここには、お風呂がなくシャワーだけだと言った。テレビ、
ソファー、ステレオ、パソコン2台、炊事用具も取り揃えてあった。

 漁港の近くで海が見える素晴らしい場所にあった。旅の疲れか到着して数人が広い和室で1時間程、昼寝をした。
夕方3時過ぎに、景色が良いので4人で散歩に出かけた。少し行くと、もうすぐ目の前が海で遠くの水平線まで
、くっきりと見える。たぶん夕日も綺麗だろうと思われた。しかし、その港は漁船を置く施設と簡単な防波堤だけ
の質素な漁港だった。帰る頃には、夕日が落ち始め、やはり想像通り素晴らしい夕日だった。
帰ると既に賄いの奥間あけみさんが来てゴーヤンチャンプルとスパム・おにぎりと海藻汁を作ってくれた。
 スパムおにぎりは初めて食べたのだが上にスパムと下に敷いた薄焼き卵と巻いた海苔が良い味を出してる。

 ゴーヤチャンプルも絶品、差入に泡盛を持ってきてくれた。良かったら飲んでと言うので男性はコップで
女性達はワイングラスに少しもらった。沖縄料理に泡盛は本当に良くあう。山下、加藤はおかわりをする
程だった。もちろん、その後、かなり酔ったのは言うまでもない。

 山下があけみさんに、ご苦労さんとコップいっぱい、つぐと、そうですかと言いながら、うまそうに2杯も
飲んだ。彼女が言うには本当の泡盛は40度、これは飲みやすい25度ですから、軽い方ですねと豪快に笑った。
 山下は、もし私が、もう少し若ければ手を出したかも知れないと思う程、飲む程に色っぽい。あけみさんの顔
をしけしけとみるので、あけみさんが、あらいやだー、そんなに見ちゃー嫌と、色っぽい声を出した。
 その光景を、あきれた顔して佐島米子、北村さゆりが見て男の人は、いくつになっても良い女を見ると、
すぐ夢中になってしまう、アホな動物ねと大笑いした。

 加藤が、おもむろに奥間あけみさんは若い頃、ずいぶんもてたんでしょと言うと、そんな事ないよ。
何回も結婚して子供は多いがねと大声で笑った。何回も結婚したと言う事は多くの男子にもてたと言う事
じゃないですかと切り返すと、いやー男運が悪かっただけですよと言った。

 何回、結婚して何人のお子さんがいらっしゃるんですかと、聞くと3回結婚して9人の子供がいると言った。
 木島さんと北村さんがへー、すごい9人もお子さんを産んだんですかと驚いたように言った。あけみさんが、
沖縄では、そんなに多くという訳でもないですよと平然というのには全員、驚いた。

23話:沖縄シェアハウス体験宿泊2(201112)

 沖縄の出生率が全国1位というのは頷ける。泡盛をすすめながら、あけみさんの話を聞き続けた。
 最初は高校を出て大きな屋敷に奉公に出て、お手伝いさんをしていたんですが、そこのご主人が、ある晩、
私の寝床に入ってきて、できちゃったんですと、あっけらかんと言った。続けざまに4年で3人でき、
これが奥さんにばれて家から出されました。次に、実家に帰り1年、体調ももどったので、給料の良いバーの
仕事を始めたんです。働き出して2年目、同じ年齢のトラックの運転手の彼氏ができ、良く遊んだ、
そして、また子供が3人できた。彼氏の安アパートで一緒に暮らしだした。

 ただ運転手の給料が安いので、彼は私たちのために無理して寝る間も惜しんで働いてくれたんです。
 本当に良い人でした。一番下の子供が3歳の時、無理がたたって居眠り運転でトラックごと海におちて
死んだんです。この時は、本当に悲しかった子供を連れて心中しようかとも思ったくらいです。
 それでも生活費を稼ぐためキャバレーで毎日、働いた。

 そんなある日40代のメガネをかけた賢そーな人が私の話を親身になって聞いてくれ慰めてくれた。
 そのうち彼の家に出入りする様になっていった。彼は41歳で、昔、奥さんを米軍の兵士に殺されて、
その後、独身を通していたそうです。 大学の教師だったようです。彼の優しさにほだされて、また身ごもって
続けて子供が3人できた。しかし多くの子供をじゃけんにする事もなく、大事に育ててくれたんです。
 彼が47歳の時、家で突然倒れ電話かけて救急車を呼んだんですが、急性心筋梗塞であっという間に亡くなった。
彼の遺品を整理していると生命保険の証書が出てきて、電話すると死亡保険1千万円が出るというので必要書類を
用意して送ると私の口座に入金された。そのお金で実家を増改築して現在、両親と私たち10人と両親の合計12人
で生活していると言った。この話を聞いていた佐島さん北山さんが涙を流しながら彼女の苦労話を聞いていた。

 思わず良い話を聞かせてもらってありがとうと山下が言い、これ少ないけどと1万円、渡すと残りの3人も
1万円ずつ出して、あけみさんに渡した。いや、こんなに、お金もらう訳にはいかねーと言った。すると山下がいや、
あなたに渡すんじゃなくて、お子さん達に何か買ってあげなさいと言うと、あけみさんは内地の人にも、
こんなに良い人達がいるんだねーと頭を下げた。申し訳ない、ありがとうと言い、受け取ってくれた。
 つまんねー話して時間も遅くなったので、これで失礼しますと帰った。なんか泣けて、泣けて、喉が渇いたと
言い残った泡盛を加藤さんと飲み干した。北山さんが本当に小説にでもなりそうな、あけみさんの人生ですねと、
しんみりと言った。話のきっかけを作った張本人の山下さんは飲み過ぎて布団に入って寝入ってしまった。
 加藤さんも眠そうなので床についてすぐ寝た。

 翌朝、朝早めに起きて厚着をして海岸を見に言った。 朝日が昇るのが本当に美しく神々しい感じさえする位、
美しい日の出だった。水平線がきれいで本州では、なかなか見る事ができないない景色だった。
 朝9時過ぎに鈴木さん達が迎えに来てくれた。那覇空港へ送ってもらった。

24:石垣島シェアハウス体験宿泊1(202112)

 10時に那覇空港に到着して石垣島空港行き11時発で12時着の便で石垣島に着いた。
石垣島空港で具志堅さん達2人が迎えに来てくれ、フサキビーチに近い、絶好の場所に三階建てのマンションの
一階が老人シェアハウスで2~3階はリゾートホテル兼、長期滞在型リゾート、レストランは庭に設けられている。
 具志堅さんが、この施設は、我が社でも肝いりで最高のリゾートホテルをめざして建てたもので回転率の上げ
、料金を抑えて利用し易くと、考えてたリゾートだと話してくれた。

 老人シェアハウスは最低6泊7日以上で希望があれば一年中利用可能として考えていると言った。石垣一押しの
高級リゾートだそうだ。港から10分、空港から30分程度の場所に建っていた。実は石島副部長から良かったら
2泊して石垣島と竹富島を楽しんで下さいと連絡が入ったと言われた。そこで2泊と言う事でお願いした。

 早速、庭のレストランへ行き、石垣牛ステーキランチを頼んだ。やがて旨そうな湯気を立ててステーキが運ばれた、
これが有名な石垣牛か、しっかり噛んで食べてみると、やわらかく、美味しい。オリオンビールもさっぱりとした
口当たりで、良くあっている。サラダも大盛りで充分な量だ。支払いはと言うと、いえ結構です。石島副部長の経費で
全て一括、処理しますので、ご心配なくといわれた。ここからの景色やホテル内の使い勝手など十分に堪能して下さい
と言われた。昼食後、一階のシェアハウスの個室と集会室を見て回った。
 個室はホテルの広めの30m2のツインルームといった感じで大きめなベッドとソファーベッドが置いてあった。
 小さなテレビとワイファイが飛んでいた。小さな整理タンスと化粧台、洋服棚があり十分な広さだった。
 集会室は入り口の近くにあり、ホテルの部屋4室位の広さでカード、囲碁、将棋、全自動麻雀台が2台あった。大きな
冷蔵庫がありビールがあり、氷も作れるので洋酒、カクテルなど充分つくれる。小さいコンロがあり、湯を沸かす程度は
できそうだ。料理はレストランを利用する。

 部屋に大きなベランダがついていて、椅子に座れば良い景色を見ながら潮風に吹かれながら、酒を飲むのも楽しい
かも知れない。もちろん朝日、夕日が綺麗だろうと思われた。超豪華と言う程でもないが、必要なものは十分
そろっており、まさに長期滞在に向いてる施設といえる。マイクロバスも使え、石垣島の島内観光には好評だろう。
 各部屋の装備は充分。ベッドで少し仮眠を取り4時半に起きてホテルの周りを4人で散歩した。周りにはマンション
とかホテルがある程度で人家は少ない。5時半過ぎに戻ると昼食を作ってくれた人が夕食も私が作りますが、
さっぱりと八重山そば、それとも豚肉の炒め物が良いですかと聞くので、八重山そばでお願いしますと伝えた。

 時間は6時半でレストランですかと言うので了解した。1階の集会室で湯を沸かして、紅茶をゆっくりといただいて
明日の予定を相談。北山さんが明日は竹富島を楽しみたいと言い、牛車で観光と有名なコンドイ浜をみたいと言った。
 他に意見がなく、これで決まり6時半近くなり、レストランへ向かった。入ると、できましたので、
今、運びますと言ってくれた。

25話:石垣島SH体験宿泊3(202112)

 翌日、朝8時に具志堅さんが達が迎えに来た。具志堅さんが竹富島までは10分位ですので、
石垣島で行きたい所と聞かれて北山さんが川平湾と石垣空港と言うので両方を観光しましょうとなった。
川平湾まで二十分、川平湾に着いて景色を見たり、エメラルドグリーンの綺麗な海を見て回ったりした。
9時に川平湾から石垣島空港まで20分、10時に竹富島行きの船に乗り10時半前に、竹富島に着き、
牛車に乗り、約30分、島をゆっくり観光した。11時にバスでコンドイ浜に向かった。

 近くで昼食をとり北山がもう一ヶ所、カイジ浜の「星の砂浜が」が見たいといった。自転車ですぐと
いうので、行くと、すぐ隣で5分で着いた。星の砂を見つけるため粘った。しかし持ち帰ることができない
ので写真に撮って帰る事にした。四時に竹富島のフェリーターミナルに着き、4時過ぎの船で石垣島へ、
4時半に埠頭に具志堅さんが迎えに来て、ホテルへ送ってもらった。翌日は12時40分発の羽田行きにのる
ので11時にホテルに迎えに来ると言った。4人とも部屋でゆっくりして6時にレストランに集合する事にした。
 夕食は石垣牛のステーキのご馳走だった、うまい、ご飯も少し柔ら気目に炊いている様で、高齢者なので
気遣いをしている様だ。

 夕食後7時から昨晩の続きで10時過ぎまで麻雀をする事にした。一番待ち望んでいたのは良い所が
なかった山下さんであり鼻息も荒い様である。始まると雑談も少なく真剣モード。最初の親は佐島さんで
タンヤオドラ一で手堅く積もった。次に北山さんの下チャの山下さんがリーチをかけた。
 慎重に最初は皆、安全牌を出した、山下さんが力を込めて牌を引くと、大声で一発つも、デカいよ!
メンホン、東、ドラ一のこの倍満貫(1万6千点)、昨日の敗戦の悔しさがあったのか満面笑みだった。
 次の回は、山下さんが加藤さんにチートイツに振り込んだ。第一戦は、山下さんの逃げ切り。

 二戦目は突如つきだした北山さんがツモの連続で東場で3万8千点とリードした。南四局になり山下さんが
最後のリーチ、北山さんが牌を、次々に出し入れしてるのを見て、加藤さんが順調に入っているみたいだねと
言い、まさかテンパってるんじゃないよねとニヤついた。山下さんの上チャの北山さんが牌を引いて、
なにやら確認してる様子にじれた山下さんが早くしてと言い、先ヅモした、ちょっと待ってと北山さんが言い
、やっぱりつもってると言った。タンヤオだけと牌を倒した。すると先ヅモした手を開いた、山下さんが、
えー、一発ツモ、ドラ三、跳満で逆転だったよ、大きな声で悔しがったが、加藤さんが、先ヅモはマナー違反だよ
と言い、北山さんが、今回は、山下さんドラマティックだったけど勝てなかったわねと言った。

 9時40分だったので最後の半ちゃんを始めた。今回は、奮起した山下さんが東場で確実に3回上がり3万点、
他は差が少ない状況で南場へ突入。木島さんがと加藤さんが小さい手であがり4人の差が縮まり、最終局、
南4局となった。また、例によって、北山さんが牌を盛んに入れ替えていた。5巡目、遂に、リーチをかけた。
 木島さん、加藤さんが安全牌を出して次の山下さんの番になった。三萬が4枚出ているから、これは通るだろうと
、2萬を出したところ、北山さんがロンと言った。リーチ一発ドラ2の満貫で、逆転優勝となった。
 北山さんが、6萬と9萬の両面待ちになる筈だったのを間違えて切ったため2萬単騎待ちになったと言った。
たまたま3萬を一人がポンして一枚を山下が出していた。偶然のいたずらで山下さんが逆転負けしたのだ。

 石垣島の女神様に嫌われたと山下さんが天を仰ぐと、みんなで大笑いして、麻雀を終えた。
 やけ酒だと前にもらった、泡盛を山下さんが残り全部飲んで憂さ晴らししたそうだ。

26話:石垣島老人シェアハウス体験宿泊3(202112)

 翌日、朝8時に具志堅さんが達が迎えに来た。具志堅さんが竹富島までは10分位ですので、
石垣島で行きたい所と聞かれて北山さんが川平湾と石垣空港と言うので両方を観光しましょうとなった。
川平湾まで20分、川平湾に着いて景色を見たりエメラルドグリーンの綺麗な海を見て回ったりした。
9時に川平湾から石垣島港まで20分。10時に竹富島行きの船に乗り10分で着き、牛車に乗り30分、
島をゆっくり観光し11時前にマイクロバスでコンドイ浜に向かった。近くで昼食をとり北山がカイジ浜の
「星の砂浜が」が見たいと言った。すぐ隣だと言うので行くと徒歩で10分で着いた。そこで星の砂を見つけた。
しかし拾って持ち帰れないので、写真に撮った。帰り4時に竹富島のフェリーターミナルに着き、
4時過ぎの船で石垣島へ、4時半に埠頭に具志堅さんが迎えに来て、ホテルへ送ってもらい、
翌日は12時40分発の羽田行きにのるので11時にホテルに迎えに来ると言った。

 4人とも部屋でゆっくりして夜6時にレストランに集合する事にした。夕食は石垣牛のステーキのご
馳走だった、うまい、ご飯も少し柔ら気目に炊いている様で、高齢者なので気遣いをしている様だ。
 夕食後7時から昨晩の続きで10時過ぎまで麻雀をする事にした。一番待ち望んでいたのは、ついてなかった
山下さんで鼻息も荒い様だ。始まると雑談も少なく真剣モード。最初の親は佐島さんでタンヤオドラ1でつもった。
 次に北山さんの下チャの山下さんがリーチをかけた。慎重に最初は皆、安全牌を出した、山下さんが力を込めて
牌を引くと大声で一発つも、デカいよ!、メンホン、東、ドラ1のこの倍満貫(16000点)
昨日の敗戦の悔しさがあったのか満面笑みだ。

 次の回は山下さんが加藤さんにチートイに振り込んだ。第一戦は、山下さんの逃げ切り。2戦目は突如つきだした
北山さんがツモの連続で東場で38000点とリード。 南四局になり山下さんが最後のリーチ、北山さんが牌を、
次々に出し入れしてるのを見て、加藤さんが順調に入っているみたいだねと言い、まさかテンパってるんじゃない
よねとニヤついた。山下さんの上チャの北山さんが牌を引いて何やら確認してる様子に、じれた山下さんが早くして
と言い先ヅモした、ちょっと待ってと北山さんが言い、やっぱりつもってると確認しタンヤオだけと牌を倒した。 
 すると先ヅモした手を開いた、山下さんが、えー1発ツモ、ドラ3、跳満で逆転だったよ、大きな声で悔しがったが
、加藤さんが先ヅモはマナー違反だよと言い、北山さんが、今回は山下さんドラマティックだったけど勝てなかったわね
と言った。9時40分になり、最後の半ちゃんを始めた。今回は奮起した山下さんが東場で確実に3回上がり3万点、
他は差が少ない状況で南場へ突入。木島さんがと加藤さんが小さい手であがり4人の差が縮まり南4局となった。

 また北山さんが牌を盛んに入れ替えていて5巡目、遂にリーチをかけた。木島さん、加藤さんが安全牌を出して
次の山下さんの番になった。3萬が4枚出ているから、これは通るだろうと、2萬を出したところ、北山さんがロン
と言った。リーチ一発ドラ2の満貫で、逆転優勝となった。北山さんが6萬と9萬の両面待ちになる筈だったのを
間違えて2萬単騎待ちになったと言った。たまたま3萬を一人がポンして残りの1枚を山下が出した。
偶然のいたずらで山下さんが逆転負け。石垣島の女神様に嫌われたと山下さんが天を仰ぐと、皆で大笑いして
麻雀を終えた。やけ酒だと前にもらった、泡盛を山下さんが残り全部飲んで、憂さ晴らししたそうだ。

27話:石垣島老人シェアハウス体験宿泊4((202112)

 翌朝、山下さん以外は、いつもの通り7時過ぎに起き、朝食をとった。加藤さん、北山さん、佐島さんが
朝食を終えて、ゆっくり、お茶や珈琲を飲んでいたが9時過ぎても山下さんが起きてこないので、加藤さんが、
部屋をノックして入ると、眠そうな目をして、昨晩は飲んで寝ようとしたが、麻雀の負けの悔しさで、
なかなか寝付けなかったと言いながら、山下さんが出てきた。朝食はと言うと、いらない、加藤さん珈琲を
頂戴といい、うまそうに、飲んだ。まだ、ちょっと酒が残っているようだった。 

 11時に具志堅さんが迎えに来て、忘れものがないか、もう一度、チェックして下さいと言った。チェック完了し
、ホテルを後にし、30分で石垣空港に到着した。運転手の具志堅さんにちょっと、待っててと言い、お礼の品を
買って手渡した。具志堅さんが、うれしそうに、また、石垣に遊びに来て下さいねと笑顔で去って行った。
 12時40発の飛行機の手続きを終えて八重山そばを食べに行った。その時、山下さんの酔いが、覚め、八重山そば
、うまいねと、美味しそうに食べていた。

 飛行機に搭乗して4人とも、すぐ寝てしまい3時過ぎに羽田に到着、石島さん達が出迎えてくれ老人シェアハウスまで
送ってくれた。車中、石島さんが、どうでしたかという質問に良かったよ、今までで最高に良かったと山下さんが言った。
特に、夜の麻雀が最高だったと笑った。石島さんが昔は、今より娯楽な少なかったので結構、麻雀できる高齢者が多いん
ですねと言い、我が社の老人シェアハウスでも、中古の全自動麻雀代を入れる施設が増えているんですと話した。
 加藤さんが老人性痴呆予防のためにも手指と頭を使うのは良い様ですねと言った。40分位で到着した。
 石島さんが、また電話してアンケート用紙を持ってくるので宜しくと言って帰って行った。
 翌週の火曜日、石島さんがやってきてアンケート用紙を4人に渡した。山下さんが老人シェアハウスの
別荘タイプって良いアイディアであり、好評だと思うよと言った。

 石島さんが、沖縄や北海道など遠隔地にホテルやリゾート施設をつくっても、オンシーズンはめちゃ混みで
取れないが、オフシーズンの平日は、逆に予約者がいなくて困っていた。その隙間を埋めるために別荘型、
老人シェアハウス、またはウイークリー、マンスリー長期割引と言う利用方法を考えたと言う事なんです。
 回転率を上げないと儲からないですからねと話してくれた。

 今年は、全国の別荘、リゾートホテルも使われなくなってる施設が多い様で、改修する予定物件も多く、
全力で、この仕事に力を入れる予定だと言った。山下さん達、4人に、抽選で数名、無料ご招待のキャンペーンを
打つのは効果ありますかねと、たずねると多くのお客を囲い込むためには早めに手を打つのが一番良いと答えた。
 石島さんが、それなら、春の四国、九州、山陽、瀬戸内海、夏の東北、北海道、信州、秋の日光、熱海、
湯河原、箱根、冬の沖縄、石垣島など、会社の予算が出る限り、キャンペーンを打ちますと言った。

28話:シェアハウスでの事件(202112)

 寒い季節がやってきた、今年はインフルエンザの流行が早く始まり、このシェアハウスの近くの小中学校で
流行の兆しが見え始めた。大型加湿器を集会場に2台おき、湿度を40%以上に保つようにフル回転していた。
 アルコール消毒液も2つ置いて利用した。そんな時ケアー担当の佐藤正子さんがマスクをして出勤して来て、
風邪気味ですが替わりの人が見つからないので出勤したと言った。しかし午前中で咳がひどくなり
熱も出てきたので早退。かわりにシェアハウスのオーナー池川久美子さんがやってきた。もう一人のケアーの
鈴木和美さんと2人で面倒みてもらう事になった。翌日から、急遽、佐藤正子さんのかわりに臨時で北川君子さん
がケアー担当と言う事で来てくれた。数日後、北村さんと君島好子さんが咳と高熱でダウンした。
 早速、お医者さんに往診してもらうと、北村さんは軽度で薬をもらったが、君島好子さんは容態が悪く
近くのKU病院に入院する事になった。入院5日目に肺炎を併発して君島さんが、あっけなく亡くなってしまった。

 この知らせを聞いたシェアハウスの住人達は一様に信じられない様子でふさぎ込んでしまった。住人達は
全員70才以上で明日は我が身と思い、急に落ち込んでしまった。そんな時に佐島米子さんが三年前に旦那さん
の佐島一郎を肺炎で亡くした時を思い出して泣き出した。少ししてシェアハウスのオーナー池川久美子や
ケアー担当の佐藤正子さんが、じっくり話を置きいてあげる事によって佐島米子さんも、やっと気持ちを
落ち着ける事ができ泣き止んだ。ごめんね、みんなが沈んでいる時に泣いてしまってと謝った。

 翌日、すっかり元気なった佐島米子がシェアハウスの女性達と組んで自分たちを励ますために
「コーラスの昨夜」という音楽会を開いた。彼女たちの澄んだ声に勇気づけられシェアハウスの住人達に、
いつも通りの明るさが蘇った。週末には北村さんも熱が下がり、すっかり回復した。その後、全員で、
うがい、手洗いを励行して風邪、インフルエンザを予防していた。

 12月24日、クリスマスイブに不動産会社の石島さんが、大きなクリスマスケーキと、ケンタッキー
フライドチキンの箱をもってやってきた。メリークリスマスと、おどけていった。すると佐島米子さんが、
手をそこの消毒石けんで洗って、うがい液でうがいして下さいと言った。石島さんが、ごめんごめん、
と言いながら、手早く手洗いと、うがいをした。この様子を見ていた住人達が大笑い。

 その後、いただいた、クリスマスケーキを切り分けて、みんなで、ご馳走になった。石島さんが、今年は
皆さんに協力してもらって新しい仕事の方針も決まったし、昇進できたり、最高の年でしたと話してくれた。
 また来年も宜しくねと言うと石島さんを数年後には部長さんにしてあげないとねと、北村が笑いながら言うと
石島さんが、しおらしく皆さん宜しくと、と頭を下げるのを見て会場から大きな笑いの声が響き渡った。
 そんな、いろいろあった2021年も暮れていった。

29話:土地の利用権獲得地の利用方法(202209-12)

 翌週、石島が大きなお土産袋(和菓子、洋菓子)をもってシェアハウスを訪れた。山下達四人に先日のお手伝い
のお礼を言った。石島が山下さんに前日の謝礼金20万円ずつ以前聞いた4人の振込先に振り込みますと言った。
 山下さんが各自に、口座が変わっていない事を確認した。石島が、また2021年11月に
各利用権獲得土地に建てる建物が決まったので、また見て確認してもらいたいのですがと言うと、残りの3人に
都合を聞いて、電話すると約束した。石島さんが帰った後、山下さんが佐島、北村、加藤さんに話すと大変でした
が乗りかかった船だから最後まで面倒見てあげましょうと木島さんが言った。

 みんなも了解し都合の良い日を決めてもらった。11月の第2火曜日に行く事にした。当日、朝9時に石島さんが
迎えに来て、会社に9時半に到着し、会議室で73ヶ所の土地に建てる建物について、◎の物件から、◎、△の
物件まで、順番にスライドを使って矢継ぎ早に説明していった。もし、意見、疑問点があれば言って下さいと言った。
どんどん、スライドがでてきて、昼までに33ヶ所。昼食は、おにぎりとサンドイッチで、飲み物か片手にもち、
スライドを見続ける。途中、トイレ休憩と3時に15分休憩、夜6時過ぎに終了。特に異論は出なかった。
 △の物件はアパートしか作れない物件で土地代も安そうなので、貧困老人向けアパートと多く建てるそうだ。
 政府も、所有不明の土地10年利用権実施は、東京に増え続ける高齢者問題の解決のために考えた方策で、
格安賃貸の老人アパートへ入居させたいために考えた苦肉な策だと言った。夜7時過ぎに老人シェアハウスに
もどり、早めに床についた。数日後、石島さんが、大きなお土産を袋をもって、たずねてきた。

 山下さん達四人に、お礼を言い、実は12月18日に山下さんの会社で、今回の土地の利用権獲得地の利用が決まった
のを記念して、お礼のパーティーを開くので是非来て欲しいと言うのだ。ちょっとしたサプライズもあるからと
意味深な笑いを浮かべた。北村さんがサプライズって何と聞くと、それは来てのお楽しみと言った。12月18日は
特に、用事ないからと言う事で4人で参加を了解した。例の12月18日となり午後1時半に石島さんが迎えに来て、
会社に2時過ぎに到着、大きな、会議室に50人位、集まっていた。彼ら4人が到着すると、社員達からおおきな
拍手が起きた。石島さんが壇上のマイクの前で、老人シェアハウスや、老人アパートのモニターになってもらい、
貴重な御意見と、体験宿泊で、我々、社内のものが思いつかないような事を教えてくれ、この仕事も大成功を収めた、
誠にありがとうございますと、頭を下げた。続いて、会社の社長が、本当に感謝しますと言った。今までの感謝の
気持ちを特別ボーナスという形で、お渡ししたいと思いますので名前を呼ばれたら壇上までお願いしますと言われた。

 山下圭介、佐島米子、加藤圭、北山さゆりの順番で呼ばれて、社長から直接、特別ボーナスをいただいた。
 社長から特別ボーナスをもらうたびに、一斉にフラッシュの嵐で、多くの写真を撮られた。後日、石島さんが
老人シェアハウスに多くの写真を届けてくれた。特別ボーナスの中身は50万円と高額なのには全員ビックリした。

30話:インフルエンザと癌(202301-03)

 2023年の年が明けた。今年は寒い日が多く東京でも
雪が降る日が増えた。山下さんが風邪を引いて、熱が出た
ので、救急病院に担ぎ込まれた。診察の結果、B型の
インフルエンザとわかった。幸い、老人シェアハウスで
流行するまでにはいたらず、佐島米子も安心した。

彼女の友人の佐藤みどりは一人でいる時間が長く他人との
接触を好まずに生活していた。だた風邪を引くわけでもなく
、淡々と毎日を過ごしていた。1月下旬の寒い朝9時になっても
起きてこない、佐藤みどりを心配して佐島米子がノックしたが
応答がないので部屋に入ってみると布団から出た格好
で佐藤みどりが仰向けに倒れていた。急性心筋梗塞だった。
 お医者さんが来て死亡を確認した。この事態に、
佐島米子、北山さゆりが、友人の死を悼んで泣き崩れた。
 友人の加藤さんが遺体の前で愕然とするだけだった。
 そして、簡単な葬儀が行われ佐島、北山、加藤さんが参列した。

 一方入院した山下さんは、念のため、精密検査を受けるため
数日入院する事にした。検査を終えて元気になって老人シェアハウス
に無事戻ってきた。数日後、入院した病院の外来を受診する様に
山下さんに連絡が入った。1人では大変だろうと言う事で加藤と佐島が
同行した。外来で呼ばれて診察室に入室し15分位で診察室から出てきた。

 その時の顔はこわばり能面の様だった。何か異変を感じた佐島が何か
あったのと聞くと、前立腺癌が見つかったというのだ。そして肺に
小さな腫瘍がありそうだというのだ。最近、少し歩くと息切れがするのが
何かおかしいと思っていたそうだ。
 これには佐島も加藤もなんて言ったらわからず黙りこくった。
 病院の食堂で昼食をとった時も、お通夜のようにしんと
静まりかえり一言の会話も交わせなかった。 
 山下さんが、この事はすまんが誰にも言わないでくれと
言われ、もちろんと了解した。診察の支払いを終えて、
シェアハウスに戻った。大丈夫だった?、と仲間の声に
何も答えない山下さん、佐島がもう大丈夫みたいと軽く答えた。

 その晩、北山が佐島の言動に違和感を思えて、なんか
あったんでしょうと詰め寄った。しかし佐島は山下さんに
言われた通りに大丈夫だったみたいよと言うだけ。
 北山が山下さんに直接、話を聞きに行った。
 話を聞き終えて出てきた北山さんの目には大粒の涙が
あふれ出していた。
 幼なじみの加藤さんが肩を抱きながら一緒に歩いてきた。
 北山さんが、涙ながらに、かわいそう、なんで、なんで、
山下さんの身体に癌ができたの?、あんなに一生懸命に
生きてきたのに、神様ってひどいわと涙声で言った。

 加藤さんが私たちは、免疫がおちているから癌ができやすいんだよ
と冷静な声で言った。数日後シェアハウスのオーナーと山下さんが
話し合って、癌の症状が出て来たらここを出る事にしたそうだ。
 加藤さんが彼は奥さんに先立たれて5年、子供がいなくて、
兄弟とも音信不通で天涯孤独になりインターネットで通じた友人、
スカイプの友人と話すのを楽しみにしている。

 癌の症状が出ても手術、放射線療法など延命治療は、拒否する
と言っていた。また彼は苦学して大学を出て商社に勤め世界中を
飛び回り立派な家を持ち退職後は苦学している学生、最近では、
東北大震災で両親を亡くした子供達に募金をしていると教えてくれた。
 彼が元気なうちに素晴らしい想い出をつくろうではないかと
、加藤が言った。

31話:インフルエンザと癌(202301~03)

 2023年の年が明けた。今年は、寒い日が多く、東京でも雪が降る日が増えた。山下さんが風邪を引いて、
熱が出たので、救急病院に担ぎ込まれた。診察の結果、A型のインフルエンザとわかった。幸い、老人シェアハウス
で流行するまでにはいたらず、佐島米子も安心した。彼女の友人の佐藤みどりは一人でいる時間が長く、他人との
接触をあまり好まずに生活していた。だた風邪を引くわけでもなく、淡々と毎日を過ごしていた。
一月下旬の寒い朝、9時になっても起きてこない、佐藤みどりを心配して佐島米子がノックしたが応答が
ないので部屋に入ってみると布団から出た格好で佐藤みどりが仰向けに倒れていた。急性心筋梗塞だった。
 お医者さんが来て死亡を確認した。この事態に佐島米子、北山さゆりが友人の死を悼んで泣き崩れた。
友人の加藤さんが遺体の前で愕然とするだけだった。そして、簡単な葬儀が行われ佐島、北山、加藤さんが参列した。

 一方入院した山下さんは、念のため、精密検査を受けるため数日入院する事にした。検査を終えて元気になって、
老人シェアハウスに無事戻ってきた。数日後、入院した病院の外来を受診する様に山下さんに連絡が入った。一人では
大変だろうと言う事で加藤と佐島が同行した。外来で呼ばれて診察室に入室し15分位で診察室から出てきた。 
 顔はこわばり能面の様だった。何か異変を感じた佐島が何かあったのと聞くと前立腺癌が見つかったと言った。
そして肺に小さな腫瘍がありそうだと言うのだ。最近、歩くと息切れがするのが何かおかしいと思っていたそうだ。
これには佐島も加藤もなんて言ったらわからず黙りこくった。病院の食堂で昼食をとった時も、お通夜の様に、
しんと静まりかえり一言の会話も交わせなかった。山下さんが、この事は、すまんが誰にも言わないでくれと言われ
、もちろんと了解した。診察の支払いを終えて、シェアハウスに戻った。大丈夫だったと言う仲間の声に、
何も答えない山下さん、佐島がもう大丈夫みたいよと軽い答えをした。

 その晩、北山が佐島の言動に違和感を思えて、なんかあったんでしょうと詰め寄った。しかし佐島は、山下さん
に言われた通りに大丈夫だったみたいよと言うだけ。北山が山下さんに直接、話を聞きに行った。
 話を聞き終えて、出てきた北山さんの目には大粒の涙があふれ出していた。幼なじみの加藤さんが、肩を抱きながら
一緒に歩いてきた。北山さんが、涙ながらに、かわいそう、なんで、なんで、山下さんの身体に癌ができたの?
あんなに一生懸命に生きてきたのに、神様ってひどいわと、涙声で言った。
 加藤さんが、私たちは、免疫がおちているから、癌ができやすいんだよと冷静な声で言った。

 数日後シェアハウスのオーナーと山下さんが、話し合い、癌の症状が出て来たら、ここを出る事になるそうだ。
 加藤さんが、彼は奥さんに先立たれて5年、子供がいなくて、兄弟とも音信不通で天涯孤独になり、インターネット
で知り合った友人、スカイプの友人、麻雀仲間と話すのを楽しみにしていた。もし癌の症状が出ても手術、
放射線療法など延命治療は、拒否すると言っていた。

 また、彼は苦学して大学を出て商社に勤め、世界中を飛び回り、立派な家を持ち、退職後は苦学している学生、
最近では、東北大震災で両親を亡くした子供達に、募金をしていると教えてくれた。
 彼が元気なうちに、素晴らしい想い出をつくろうではないかと、加藤が言った。

32話:山下君との最高の思い出づくり2(202301-03)

 春が来て、花見のシーズン、レンタカーを借りて4人で花見の名所に出かけた。桜の下で、お弁当を広げて
、ゆっくりと食事をして、記念写真をとって、楽しいひとときを過ごした。また、高遠の小彼岸桜も見に行き
、混んでいたので長居せずに写真を撮って、さっさと帰ってきた。山梨県の北杜市の山高神代桜も圧倒的な
スケールの桜で感激した。慈眼寺のしだれ桜も、その美しさに4人とも口をあんぐりという感じで見ていた。
 いっぱい写真をとって楽しい春を楽しんだ。

 6月初旬には横浜の開港祭にも出かけてた。やがて梅雨になり、シェアハウスで、麻雀を楽しんだ。
7月に4人で石島さんの会社の北海道の別荘型シェアハウスに3泊4日で出かけ、加藤と山下さんでドライブ
して札幌、小樽、函館、日高の牧場を巡った。札幌でジンギスカンを食べて函館のいかそーめん、
小樽の寿司屋で「うにとイクラの丼」を食べた。ひなびた温泉巡りをして充実した4日間を過ごした。
 その後もシェアハウスので麻雀で、つきが、くるくる回り勝ったり負けたり実に楽しい時間を過ごすことができた。

 9月中旬には曼珠沙華の花が咲き出した。9月18日に山下、加藤、北山、佐島米子の4人で神奈川県伊勢原
の日向薬師へ曼珠沙華を見に出かけた、平日というのに、多くの人だったが、ゆっくりと歩きながら写真をとったり
、曼珠沙華をバックに記念写真を撮ったり、昼から2時頃の暖かい時に散歩して回った。
大山名物の豆腐を食べて早めに帰宅した。

 10月下旬のある晩に、山下の部屋に加藤と北山と佐島が夕飯後に呼ばれていった。最初に山下さんが、いろいろ
世話になりありがとうといった。佐島が何言ってるのよ、まだまだ一緒に、みんなで楽しんでいきましょうと言うと、
山下が、私もそう思うのだが、そんなに長く、いられないような気がするんだと、小さな声でいった。加藤が、
そんな弱気でどうするんだよと励ましたが、山下が、何か、そんな気がするだと言った。

 続けて、ところで、ここに3冊の預金通帳がある。いままで、臨時収入があるたびに、東北の大震災で両親を亡く
した子供達のためにY社を通じて、募金していたんだ。私は、女房に、先立たれ、子供や仲の良い兄弟、
親戚もいない。そこで、もしもの時に、私の思ったとおりに使って欲しいんだと言った。
 定期的に一定額ずつ、Y社を通じて、東北の大震災で両親を亡くした子供達のために募金して欲しい。
残ったお金を基金として、できたら君たちの善意のお金を足して募金の和を大きく長く続けて欲しいと言った。

 佐島が石島さんからいただいたお金もあるし、わかりましたと言った。加藤が、わかったよ、ネット募金は、
私が責任をもって継続して行く、また我々も募金するし、募金の和を広げる活動も手伝うと言った。
 山下が、加藤の手を握って、その時は頼んだぞと言った。加藤は、山下の手を強く握り返し、これは男と男の約束だ
と言い力いっぱい握り返した。加藤、佐島、北山の3人とも協力を約束した。
 11月になり、木枯らしが吹いて寒くなって来た。加藤達、4人組は毎晩の様に麻雀して遊んでいた。12月に入り、
ちまたでは、インフルエンザの流行がニュースになるようになってきた。

33話:山下君との最高の思い出づくり2(202301~3)

 そんなある晩、麻雀をしていた山下が、急に咳き込んだ、びっくりして、加藤が、背中をさすった。
 部屋に帰り、佐島と北山が、枕元に水さしとタオル、ぬれタオルをおいた。山下が悪いなーと言いながら
目を閉じて寝た。みんな部屋に戻ったが、佐島が嫌な予感がして寝付けなかった。

 北山と加藤も同じだった。翌朝、眠れぬ夜を過ごした3人は、山下の部屋をたずねた、彼は既に起きていたが、
咳がひどく苦しそうだったので、ケアー担当の佐藤和美さんにいって咳止めの薬をもらい、飲ませた。
 しかし、いっこうに改善しない、そこで9時まで待って加藤が、北山、佐藤和美さんと車で、近くの大学病院
の救急へ連れて行った。内科の先生が診察して肺に嫌な感じの影が映っている、癌の転移かも知れなと言った。
 癌の検査をしてみるので、入院の手続きを取って下さいと言われ佐藤和美さんが書類を書いた。
 10時半まで検査が行われ病室に運ばれた。北山と加藤が、山下の病室へ行った。

 そこで山下が僕はもう長くないかも知れないが、先日話した、東日本大震災で親を亡くした子供達への募金の件は
、頼んだぞと加藤に言った。わかった約束は必ず守ると言った。次に山下は、北山に老人シェアハウスに入ってきて、
幼なじみに再会できて、本当に良かったねと言い、おまえら仲良くやれよと言った。いいなー、昔の様に、恋人になって
、長生きしろよと3人が手をつないだ。北山の目から、大粒の涙がこぼれ、わかった、仲良くやっていきますと言った。
 山下が、おい、加藤、こういう時に、しっかり抱き付くんだよと、背中を叩いた。あわてて、加藤は北村のからだを
しっかり抱きしめた。本当に仲良くやれよと、言いながら山下の目から涙がこぼれ落ちた。数分して映画のワンシーン
みたいだと山下が言い、みんな本当にありがとうと小さな声でつぶやいた。その後、北村と加藤は山下の病室を出た。
ケアー係の佐藤和美さんが、書類と精算を終えましたので帰りましょうと言い、加藤が運転して、シェアハウスに帰った。

 部屋に入ってきた加藤に、待っていた佐島がどうだったと言い、加藤が、病院での一部始終を話した。12月も半ば
を過ぎて、12月24日、クリスマス、不動産会社の石島さんがクリスマスプレゼントの大きな袋を持ってやってきた。
 山下さんが病気で入院したと、加藤が、話したところ、石島さんが、必ず、年内に、お見舞いに行きますと言い、
山下さんには本当にお世話になってますからと言うのだったが、12月27日にお見舞いに行ったが、
病状が悪化して、面会謝絶で、ついに会えなかった。

 シェアハウスの庭では山茶花の花が12月になって咲き始め、美しく綺麗な紅い花を1枚、また1枚と開いていった。
山茶花の花は、2ヶ月間、長く咲き続け、みんなの目を楽しましてくれるのだ。

34話:友との永久の別れ

 2023年があけて、1月3日、入院中の山下さんが、危機を脱して回復したと病院から連絡があり、
みんな、ひと安心した。そこで、石島さんが、1月26日、再び、山下さんの、お見舞いに大学病院へ出かけた。
 病室に行くと、山下さんがいない。ナースステーションでは、看護婦さんが慌ただしく動き回っている姿に
何か、ただならぬ気配を感じた。山下さんが急変して喀血し集中治療室に運ばれ、再び、絶対安静となった。

 急いで、シェアハウスの加藤さんに電話を入れた。すこしして、加藤、北山、佐藤和美、佐島がやってきた。
山下さんは、集中治療室に移され、会えない。一時間後、医師が来て、病状を説明してくれた。それによると
転移した肺がんが肥大し、悪化して、今朝、喀血したと言うのだ。
 現在、呼吸、血圧、脈拍は、正常に戻ったが、意識はまだ朦朧としていて、不安定、持ち直して、意識が、
戻れば良いが、現状では、どうなるか、なんともいえない状況だと言った。変化があったら、すぐ連絡します
と言ってくれた。とりあえず、見舞いに来てくれた石島さんにお礼を言いシェアハウスに戻る事にした。

 その後も、悶々とした日々が続いた。そんな中でも庭の満開の山茶花の花が一枚、又一枚と散っていった。
4日後の1月30日、庭の山茶花の花びらの最後の1枚がおち、その日の昼、山下が息を引き取った。
 シェアハウスの庭には、落ちた山茶花の花が、まるでピンクの絨毯の様に、綺麗に敷き詰められていた。
 佐島米子は、それを見ていると、山下との思い出の一つ一つが、花びらの1つずつと重なって思い出された。

 2019年2月の2025年問題の老人部会で山下さんが、どの様な施設を望まれますかと聞かれた。
 末期老人施設の収容人数の問題もあると思いますが、暗い雰囲気ではなく、花壇に花が、壁に絵がかけてあり
音楽が流れている、ホスピスの様な方が良いと思いますと答えた事を思い出した。木島も同じ質問を聞かれ、
女性として綺麗な施設で愛情をもって、看取ってもらいたいと言った。いろいろ政治的に厳しい条件がある事は、
わかりますが、それは、私たちのせいではなく、私たちが生まれた戦争中の軍部と政府の「産めよ殖やせよ」
の政策の結果、団塊の世代と呼ばれる突出して人口の多い世代が生まれたわけです。
 我々は、むしろ、被害者なんですと、毅然と言い切った事をなつかしく思い出された。

 思い返せば、山下さんは我々四人のリーダー的、存在で、正しいと思った意見を通してくれた。また賢い、
腕白坊主の様に正しいと思った事を決してひるまず、発言して実行してくれた。そんな強いところと苦労した
人間特有の弱者への海のように大きくやさしい心で恵まれない人へ人知れず募金を続けていた素晴らしい人だった。
 佐島米子は、こんな素敵な人に、巡り会えて、うれしかったし、山下には、多くの楽しい思い出を
ありがとうと、静かに黙祷するのであった。終了!

『老人シェアハウス』

この作品を読んで、首都圏に住む、高齢者が主体的に、この問題を考えてもらう、きっかけになって欲しいと思います。もちろん、異論、反論、御意見、いろいろあると思いますが、高齢者が主体的に考えてもらえる、きっかけに、なって欲しいと思います。

『老人シェアハウス』 播磨王66 作

首都圏に、なぜ、独居老人が増えたのか、また、首都圏に増えた独居高齢者が加害者でなく、むしろ、被害者じゃないかと思えてならない。高齢者以外の人達にも、いろいろ、考えてもらえるきっかけになれば良い。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-03-30
Copyrighted

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