待ちぼうけ
駅は、うるさかったよ。
おやすみだから、ひとがたくさんいて、電車のなかも、ホームも、にぎわっていた。改札を出ると、きみが、いて、きみは、みんながまちあわせにつかっている、広場で、だれかとまちあわせをしているようだった。きょうも、いい感じにスカートが、似合っていないね。たぶん、そう言ったらきみは、とても怒るだろうから、ぜったいに言わないけれど。
いつもはいる、黄色いタクシーが一台も、ロータリーにいない。きみのほかにも、だれかとまちあわせをしている風のひとは、何人かいる。スーツを着て、黒いアタッシュケースを持った、仕事中っぽいおじさん。春らしい、ピンク色のスカートをはいた、高校生くらいの女の子。これからどこに行こうとしているのか、上下スウェットに、サンダルの、金髪の若い男。そして、きみ。
ぼくは、やぁ、と、ふつうに声をかけた。いたって、いつも通りに。大学で逢うときみたいな、調子で。暑くもなく、寒くもなく、外で、まちあわせたり、ぼうっとしているには、たいへんに適した陽気で、でも、きみは、ぼくの顔をみた瞬間、みるみるうちに、表情が、たとえるなら、そう、般若のおめんをかぶったような、そんな怖い表情になり、触らぬ神に祟りなし、的な?、と思って、そそくさと立ち去ろうとする、ぼくの、おろしたての、黒い、スプリングコートの袖を、はしっとつかみ、
「いまヒマやろ?」
と、にっこり微笑んだ。微笑んではいるけれど、般若だよな、と思った。(ほら、般若のおめんって、くち、笑ってる感じ、だし)
ヒマじゃないです。
なんで敬語やねん。
スカート、いい感じの柄だね。
うっさい、似合ってるねって言えや。
なんだかちょっと、コントみたい、と思いながら、ぼくは、しかたない、きみのとなりに立ち、きみの相手を、することにした。いま、こいびと待ってんねん、と言うきみに、ぼくは、はぁ、そうですか、と答えた。でも、きみのこいびとって、どっちなのだろう。はぁ、そうですか、なんて、然も興味ない感じで答えたけれど、じわじわと、興味がわいてきた。きみのこいびと、とやら。おとこか、それとも、おんなか。年上か、年下か、もしくは同い年か。社会人か、学生か。もしや、おなじ大学のひとか。
きみは、白いツバメ柄が入った、紺色のスカートを二回、ぱっ、ぱっ、と軽く叩いた。駅の前の、ビルにある、おおきなデジタル時計が、十五時三十六分から、十五時三十七分に、変わる。まちあわせの時間、三十分やねん。きみが言った。十五時?、とたずねると、財布と、スマートフォンくらいしか入らないような、ちいさなショルダーバッグから、きみは、スマートフォンを取り出し、指が、めりこむのでは、と思うほどの勢いで、画面をタップした。
「十四時」
そう言ったあと、くそやろう、と忌々しげに呟き、チッ、と、チッ、というより濁った、ヂッ、ときこえる舌打ちを、きみがした。くそやろう、の声が、地声に戻っていたのだけれど、ぼくはきみの地声、けっこう好きなんだよ。いつも、声のトーンを、がんばって高く上げているきみが、ときどき無理をして、裏返る感じも、かわいくないわけではない。
もうええ、飲み行こ。ぼくの、スプリングコートの袖をつかんだまま、きみは、すたすたと歩きだした。ぼくはただ、家に帰る途中だったのに。なんだかみんな、おやすみで、浮かれてる感じ、と思いながら、広場をあとにする。すれちがった、金髪の、だぼだぼのジャージを着た女の人が、きっと、あの、どこに行こうとしているのかわからない、金髪の若い男のまちあわせの相手だろうな、なんて、分析するくらいの余裕は、あって、べつに、きみに連れまわされたところで、べつに、とも思う。
決して似合うわけではない、スカートの裾を、ひるがえし、ヒールの高い靴で、颯爽と歩く姿は、そう、おとこ、にはみえない、ので、たぶん、いま、ぼくときみは、まわりからすれば、こいびと同士、のようなものであろうが、ぼくは、きみが、そういった対象になるかはわからない、けれど、でも、前を向いて、ずんずんと歩いてゆく、きみの、ななめうしろからみる、顔に、うっすらと涙を流した跡があるのを、ぼくは見逃さなかったし、そういうところ、かわいいと思った。土曜日の午後。
待ちぼうけ