*星空文庫

くるみ

あおい はる 作

 メールが、送れないから、メールアドレスを、変えたのだな、と思って、きみが、わたしに、なんの連絡も、なしに、メールアドレスを変えたことに、憤り、なんて、大仰なものを感じるのは、ちょっとちがうかもしれない、と思いながら、でも、やっぱり、むかつく、と思い直し、パソコンの電源を、落とした。
 極北の地に、いる。
 寒い、という感覚が、麻痺している。観光客が、寒い、寒いと、がたがた震えているけれど、きょう、そんなに、寒くないし、と、わたしは心のなかで、つぶやき、公園のベンチで、チョコレートドーナッツを、たべる。きみに、メールが送れないと、わかってから二日間は、家を出なかった。朝から浴びるように、ビールを飲んでいた。そろそろ、たべるものを買わなくてはと、空っぽの冷蔵庫を目の前に、思い立ち、二日ぶりに、靴を履いた。
 むかしの、こいびとだった。
 むかしのこいびとで、いまは、ともだち、で。でも、メールアドレスを、教えてもらえなかったのだから、もう、ともだちとも呼べないな、と思った。チョコレートドーナッツの、なかには、くるみが入っていて、わたしは、その、ちいさなくるみを、じっくり味わうように、たべた。ともだち、だと思っていたのは、実は、わたしだけなのかも、と想像したら、くるみがとても、刺刺しく感じられた。くちのなかが、なんだか、痛いような。
 池が凍っている。
 マイナス三十度の、世界。
 心なしかドーナッツも、しゃりしゃりとした食感で、かき氷をたべているような、そんな気がしないでもない。ホットコーヒーは、氷を入れなくても、アイスコーヒーになる。歩いているひとのほとんどは、観光に来たひとで、地元のひとらしきひとは、あまり見かけない。すれちがうひとが、口々に、寒い、寒いと、ぼやいている。
(きみの顔、でも、あんまり覚えて、ない)
 ヘラジカに似ていた、ような、いや、ヒグマ、だったか。
 すっかり冷え切ったチョコレートドーナッツを、ぱくぱくたべて、くるみだけをたいせつに、歯で、その形や、噛み応えを楽しむように、味わう。

『くるみ』

『くるみ』 あおい はる 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-03-13
CC BY-NC-ND

CC BY-NC-ND
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