*星空文庫

こわいのとんでけ

エダマメ 作

「お見舞いが来ていますよ」
看護師のその声を聞いて、彼は書いていた手紙を布団の下に隠した。
「調子はどう?」
病室に、声が鳴った。
彼女が部屋に入ってくる。
「ああ、それなりには回復しているよ」
そう彼は微笑した。
彼女は布団の上の紙とシャープペンシルを見て、首を傾げた。
「レターセット?」
「あ、うん…ほら、クラスで寄せ書きくれたよね、あれの返事」
「ふうん」
彼女はベッドの側の椅子に腰掛けた。
「そ、そんなことより、髪切ったの?」
「う、うん…切ったよ」
彼女は困ったような笑みを浮かべた。

「手術は?どうするの?」
「…成功率は、大分低いらしいよ」
「…そう」
彼女は立ち上がって、部屋の窓の外を見る。
「ねえ、──死ぬのって、怖い?」
彼は一瞬、固まって、それから応えた。
「…怖いよ、とても」
そう、と呟くように言って彼女は、彼の方を振り向いた。
「私は、ときどき、死にたいって、思うんだ」
彼女は彼から目を逸らして、語り出した。

「私ね、最近、嫌がらせ、みたいなこと、されてるの」
途切れ途切れに、弱々しい声。
「この間は、髪を切られた」
彼は目を見開く。
「その髪…自分で切ってないの」
「…その後自分でちゃんと整えたけどね」
自嘲ぎみに彼女は言った。
「先生には言ったの」
「あの先生に言って、どうにかなるとでも?」
「…でも…」
「それに」
彼の言葉を遮って、彼女は続ける。
「自分で解決しなきゃ」
彼女は笑っていた。感情の読み取れない笑み。
「いつから、なの」
「二カ月くらい前、からかな」
「長いね」
「そうかもしれない」
彼は溜息を吐いた。
「憎くないの」
「虐められるってことは、私にも非があるんだと思う」
「でも…」
戸惑う彼を遮ってまた、彼女は言った。
「生きている方が死ぬよりよっぽど怖いよ。誰を傷つけているかも分からずに過ごしているなんて──」
「──僕の話をするよ、隠し事を話そう」

「さっき、手術の成功率は大分低いって、言ったよね」
「…うん」
「手術して死ぬより、しないで死んだ方が良いと思わない?」
「…!なんで…」
「考えてごらんよ。どちらにせよ死ぬんだろう?」
彼は笑っていた。先程彼女がしたような、感情の読み取れない笑みだった。
「この手紙も…ほら」
彼は隠していたそれを手に取って見せた。
『あなたがこの手紙を読んでいるとき、僕はもうこの世にはいな』
そこで文は止まっていた。
「死ぬのは怖いよ。君や、家族や、友人と会えなくなるのも…でも、迷惑かけて死ぬなんて、自分勝手な死に方はしたくないんだ」
「──そんなの、ずるいよ」
「ずるい?」
「手術したら、助かる可能性だってあるんでしょ?」
「低いって、言ったでしょ」
「低くても、あるじゃない。君が生きられる可能性を、見ないふりして捨てるのは、それこそ自分勝手だよ。私だって迷惑かけてるのに、自分だけ迷惑かけずに死のうなんて、ずるい」
「滅茶苦茶だね、それはまた」
「それでも構わない。誰も自分勝手な死に方だなんて、思わないよ」
「僕はとてもじゃないけどそんな風には考えられないよ」
自嘲する彼に、彼女はそっと深呼吸して言った。
「ごめん、ただ、生きるか死ぬかなんて、本来は自分で選択できるものじゃ、ないからさ。苦しくたって、生きるしかないんだよ」
険しくなっていた表情を緩めて、
「そうかもしれない」
と呟いた。
「だから君は生きているんだね。生きるのを放棄する考えを捨てて」
「うん。だから君には諦めないでいて欲しいんだ。生き抜く可能性を拾って」

少しの間、沈黙が流れた。

「足掻いてみるよ、生きるために」
彼は静かに、そう言った。
ふわり、彼女は笑う。そして口を開いた。
「ねえ、おまじないをしよう。手を握って──こう言うの」

「こわいの、こわいの、とんでけ」

『こわいのとんでけ』

『こわいのとんでけ』 エダマメ 作

それでも、生きよう。生きるのは怖いけれど。 そんなお話です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-03-13
Copyrighted

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